2013年06月22日

「ヨーロッパのオルガン音楽」! 

 今週の「古楽の楽しみ」は、「ヨーロッパのオルガン音楽」! というわけで、漫然とではなくしっかり聴取してました。

 月曜朝の初回は、オランダ・アムステルダム古教会 ( Oude Kerk ) オルガン奏者にして当時すでに高名な作曲家だったヤン・ピーテルスゾーン・スヴェーリンクのオルガン作品から。わりと知られた「ニ調のトッカータ」や「大公のバレット( 舞踏会 )」とかがかかりましたが、「バレット」のほう、なんと磯山先生によると弟子のひとりのザムエル・シャイトの作品ではないか … という学説がにわかに浮上しているとか。前にも書いたことながらシャイトはじめ、数多くのドイツ人オルガン奏者を育成したことから、「ドイツのオルガニスト作り」の渾名まで頂戴してしまったというスヴェーリンク。終生、故国を離れることはなかったけれども、『フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック』にもその作品が収録されているくらい、その知名度は高く、なんでも殺人 ( ? ) を犯してお尋ね者となった英国人「ヴァージナリスト」、ジョン・ブルがオランダあたりに逃亡したとき、このふたりの音楽家は面会したらしい、なんて話もあるくらい ( → 「大公のバレット」。以下、リンク先はすべて NML )。

 ところで使用楽器はそのスヴェーリンクゆかりの古教会の歴史的楽器なんですが、この前半のプログラムまでが近年修復された後のもので、調律もスヴェーリンク当時の「ミーントーン」。中全音律とも訳されるこの調律法、ひらたく言えば「純正律と平均律の中間」みたいな折衷方式で、多くの長3度を純正に調律する方法。でもこれは完全な平均律ではないから、和音によっては聴くに堪えない「うなり ( 狼、ウルフ音と呼ばれる )」が発生したり、エンハーモニックにならない音程があったりして、ようするに使用可能な調性が限定されてしまうという欠点がある。スヴェーリンク当時は「まったく濁りのない、完全なハーモニー」がまだまだ重要とされていた時代だったかもしれないが、すでにそのスヴェーリンク自身が「半音階的ファンタジア」という作品も書いているし、いずれにせよミーントーンは響きの点ではえも言えぬ美しさがあったけれども、「自由自在に調を操って」書く場合にはやはり不便きわまりない不完全な調律法だった。

 アントニ・ファン・ノールトという人ははじめて耳にした名前だったが、この人こそスヴェーリンクの後継者だったという。レオンハルトはさすがだ、ちゃんとこの同郷の先輩の作品の録音も残してくれている。この前のシュタイクレーターもそうだったが、こういうはじめて知るいにしえのオルガン音楽の先達たちの作品を知ることが、最近のワタシのあらたな楽しみになりつつある。

 二日目は「リューベック」編。リューベック、とくるとやっぱりブクステフーデ … なんでしょうけれども、まずはブクステフーデの二代前の聖マリア教会オルガニスト、ペーター・ハッセという人の「前奏曲 ヘ長調」から。ペーター・ハッセという名前も初耳だったが、なんとバッハの同時代人、ドレスデン宮廷で活躍したアドルフ・ハッセの父上だった。こんなとこでつながりがあったとは。で、その次がフランツ・トゥンダーで、ここのしきたりを守ってその娘さんと結婚してここのオルガン奏者のポストを継いだのがブクステフーデその人、ということになる。磯山先生も言っていたけれども、リューベックって戦火に見舞われたことも災いして、マリア教会はじめもともとあった歴史的オルガンのほとんどが失われてしまっているから、音源もリューベックではないところに現存しているトゥンダー / ブクステフーデゆかりの製作者の楽器、ということになる。当時リューベック一帯でオルガンを建造していた一族としてはシュテルヴァーゲンが有名で、使用音源にもそのシュテルヴァーゲンの楽器が使われてました。ちなみに「前奏曲、フーガとシャコンヌ ハ長調 BuxWV.137 」の演奏者のフォックルールという人。どっかで聞いたような名前 … と思って手許の History of the Organ 2 - From Sweelinck to Bachの DVD 見たら、ここでアルプ・シュニットガー製作の歴史的楽器を弾いていた人でした。この人の演奏、ひとことで言えば音色選択もとても趣味がよくて、だれとは言いませんがやたら突っ走ることもなく、終始一貫中庸なテンポで朗々と響かせています。

 ヘンデルやヨハン・マッテゾン、そしてはたちの ( ! ) バッハにも愛娘との「縁談」がご破算になってしまった哀れなブクステフーデ … じつはその後、娘婿となってマリア教会オルガン奏者の地位を継いだのがだれなのか、まるで知らずにウン十年が経ち、ようやくそのナゾが明かされるときが来た ( 大げさな )。その人の名はシーファーデッカー。だれ ? と思ったら、磯山先生の解説によるとこの人は聖トーマス学校の出身で、ライプツィッヒ大学在学中にすでにカンタータだかオペラだか書いて上演した経験があるという、なかなかの才能の持ち主だったらしい。で、そのシーファーデッカーさんのオルガンコラール前奏曲、「わが魂は主をあがめ」がかかりました。とりあえず NML サイト内では、こちらの音源が引っかかりました。あとでぜんぶ寄稿、ではなくて聴こう。

 三日目は、「ドレスデン」編。いままではどっちかというといわゆる「北ドイツ・オルガン楽派」の流れを汲む作曲家と、そんな作曲家の霊感を刺激するような豪壮華麗な大オルガンを建造してきたシュテルヴァーゲン / シュニットガー一族の楽器が中心でしたが、こんどは一転して中部ドイツ。ここはバッハと友だちだったゴットフリート・ジルバーマンという高名なオルガンビルダーが活躍した地。前にも書いたけれども北ドイツのオルガンとジルバーマンオルガンとが異なる点は、1). ヴェルク ( 風箱 ) どうしの独立性があまりない構造、2). 演奏者の背負う( ? ) 「リュックポジティフ」オルガンがない代わりに演奏者の直上に配置される「ブルストヴェルク」があり、3). 独立した巨大な「ペダルタワー」もなく、4). 北ドイツ型と較べるとキンキンしたミクスチュア族ストップよりも三度管系ストップが充実し、ハーモニーの心地よいフルーストップ系も目立つ、などが挙げられると思います。

 のっけにかかったスイス在住の小糸恵さんによる「幻想曲とフーガ ト短調 BWV.542 」は、疎開してかろうじて激しい戦火を免れた、ドレスデン宮廷教会のゴットフリート・ジルバーマン建造の楽器。47 ストップ、三つの手鍵盤と足鍵盤を擁する楽器。小糸さんの演奏はたまにかかったりするけれども、この「ト短調の大フーガ」としても知られる有名な作品 ( たしか以前「名曲アルバム」でも流れていた ) の演奏はゆったり目のテンポに支えられた悠揚迫らぬ威風堂々といった感じでこちらも好印象。

 「トッカータとフーガ ニ短調 BWV.538 」、通称「ドリア調」の演奏者は往年の名手リヒター。使用楽器はこれまた有名なフライベルク大聖堂のジルバーマンオルガン。こちらは44 ストップの楽器。これ聴いていてちょっと不思議だったのが、「ヴィブラート」?? みたいな音の震えがときおり挿入されていたこと。変わった演奏だなあ、どうやってんのかな ? とか思いつつ聴いてました。たぶん不規則に同音連打していたんじゃないかと思うが … 。でもその演奏効果はけっこうあったように思う。無意味なつけ足し、というふうには思わなかった。

 「コラール・パルティータ BWV.770 」について。この使用楽器は大バッハ本人が竣工検査をしたナウムブルクというところにあるヴェンツェルス教会の大オルガン。製作者はヒルデブラントで、この楽器を使用した音源はたびたび Organlive.com でもかかってます。残響がひじょうに豊かで、楽器の音色もすばらしい。ツェーンダーの演奏もそんな楽器の特徴がよく出ていたと思う。磯山先生の解説によると、当時、師匠 G. ジルバーマンと弟子ヒルデブラントは仲たがいしていたらしくて、完成検査に立ち会ったバッハみずから師匠を引き連れてこの弟子の「力作」を鑑定し、そのさいふたりの仲を取り持ったというから、いやビックリ。バッハという人は、どうも「宮仕え」というのが性にあってないんじゃないか、と思われる騒動 ( ? ) 話にこと欠かない人、というイメージが自分の中でできあがっていたので、こういうエピソードを知ると、バッハという人がいたずらに頑なな人だったわけではないことがわかる。バッハ一流の気遣いを感じさせる、いいお話じゃ、じぇじぇ、と思ったしだい。

 最後が音楽の都、「ヴィーン」編。ここはあえてヴィーンと書く。ヴィーンとくると、オルガン音楽好きにとってまず思い浮かぶのがムッファトとフローベルガー。ムッファトについて『音楽中辞典』では、
ムッファト , ゲオルク
Muffat , Georg 1653・6・1 洗礼 サヴォワのメジェーヴ−1704・2・23 パッサウ 

 フランス生まれのドイツの作曲家,オルガニスト。ゴットリープの父。1663−69 年にパリでリュリに師事。アルザスのセレスタとモルスハイム,インゴルシュタット,ウィーンで学ぶ。1677−78 年プラハ滞在。78年ザルツブルクの大司教宮廷音楽家。81−82 年ローマでパスクイーニに師事,コレッリと交流。90年パッサウの司教宮廷楽長。器楽アンサンブル,オルガンのための作品が重要。フランス,イタリア様式をドイツに導入。

とあり、この人がフランス人との混血だったことがわかる。これは知らなかった。諸国遍歴した人だったようだが、息子のゴットリープは終生ハプスブルク家のヴィーンにとどまり、「ハプスブルク王朝最後の大音楽家」だったようだ。父親のほうの鍵盤作品はレオンハルトの音源なんかでわりと耳にする機会もあるけれども、あいにく息子の方は聴いた憶えすらなく、だから今回、「ミサ曲 ヘ長調」からキリエとグロリアが聴けたのはまことにラッキー。ちなみにこれ磯山先生の解説によると「ヴェルセトル」、verset だそうで、該当箇所のグレゴリアン・チャントと交互に演奏される小品のこと。→ ゲオルク・ムッファトの「パッサカリア ハ短調」。「準備のできたオルガニストのための音楽」って、この音源に収録されている Apparatus musico-organisticus のことなんだろうか。

 フローベルガーのほうは、「カプリッチョ 第 8番」が、レオンハルトの音源でかかりました ( リンク先は、弟子のアスペレン盤 )。

 おしまいがヨハン・ヨーゼフ・フックス。おなじく『中辞典』を見ると ――
フックス , ヨハン・ヨーゼフ
Fux , Johann Joseph 1660 シュタイアーマルク州ヒルテンフェルト−1741・2・13 ウィーン 

 オーストリアの作曲家,理論家。1698年ウィーンの宮廷作曲家に任命され,1705 年聖シュテファン大聖堂の副楽長,12年同首席楽長に就任。15年首席宮廷楽長に任命され,終生その職にあった。約 80曲のミサ曲を含む宗教曲のほか器楽曲も多数作曲。理論書《グラドゥス・アド・パルナッスム》( 1725 ) は,厳格な対位法様式にもとづく作曲の教科書として後世に大きな影響を与えた。

とあり、バッハの「フーガの技法 BWV.1080 」はこれに着想を得て書かれたのではないかとも言われてます。もっとも耳で聴いて楽しいのは、バッハのほうですがね。

 きのうの「リクエスト」。ビクトリアのミサ曲「めでたし、海の星」がなんといってもよかった。ウェストミンスター大聖堂聖歌隊、いつ聴いてもいいなあ、とくにこの目覚めの時間にはぴったりだ。もっともビクトリアのわりと長めのア・カペラ作品なんか聴いていると、また夢の国に引きもどされそうにはなりますが ( 苦笑 )。

 そして関係ないことながら、NML サイトにて『音楽中辞典』が使用できなくなるのは、残念至極。そのつど図書館に行ってもいられないし、そろそろ買うか ( 苦笑 )。

 本題とは関係のないひとこと:まもなく富士山が「世界文化遺産」登録される … みたいですが、なんか報道が偏っているせいなのかどうかはいざ知らず、どうもみなさん「カネ」がらみの話しか聞こえてこないような … そりゃそっちのほうも重要なんだろうけれども、以前ここで書いた、浜松アクトシティ中ホールのオルガンが水浸しになったあの事件。製作者コワラン氏は嘆いてましたよ、日本人が被害金額の話しかしないって。楽器は生き物、もっと愛情をもって接してほしいとかなんとか、そうこぼしていたという話を、どういうわけだか今回の富士山文化遺産登録関連ニュースを見ているうちに思い出してしまった。なにかカンちがいしていませんか、カネが落ちるとかどうとか、そんな次元で今回の登録を云々してほしくない。今月、NHK ホールがめでたく開場満 40周年を迎えたそうですが、こけら落としのときに旧東ベルリンのカール・シュッケ社建造の大オルガンを弾いたのが、旧チェコスロヴァキア出身のイルジー・ラインベルガーというオルガニストだった。この人は筋金入りのアルピニストでもありまして、「五合目までクルマで行く」というのが邪道だとして、なんと !! 富士山を一合目から歩いて登山したのだそうです !! ワタシが尊敬する人というのは、こういう人なんです ( ついでにWikipedia 記事のリンク先が百年前の作曲家ヨーゼフ・ラインベルガーになってます … ) 。

posted by Curragh at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | NHK-FM
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