2013年08月31日

シェイマス・ヒーニー氏逝く

 1994 年のノーベル文学賞は、日本の大江健三郎氏でした。日本人文学者としては川端康成につづいてふたり目で、もっかのところノーベル文学賞にもっとも近いと言われているのが、かの村上春樹氏ですね。では大江氏が受賞したその翌年はだれかというと、アイルランドの国民的詩人のシェイマス・ヒーニー氏でした。大江氏の受賞とその記念講演( 'Japan, the ambiguous, and myself' )もたいへん印象に残っていますが、アイルランド好きとしてはヒーニー氏の受賞にもおおいに興味を惹かれたものでした。そのヒーニー氏の死亡記事が、なんとも小さく地元紙に出てました。享年 74歳。

 図書館でたまにヒーニー氏の邦訳された詩集を見かけて手にとってパラパラ、くらいでまともに読んだことさえない人間があれこれ口にする資格などないのだけれども、74 歳というのはちょっと早すぎる死のように思えてならない。いまのところ直接の死因は不明ながら、かなり以前から体調はよくなかったみたいです。もと米国大統領のクリントン氏もヒーニー氏の作品が大好きだったようで、おくやみで 'our finest poet of the rhythms of ordinary lives', 'a powerful voice for peace.' とコメントしたとか。

 北アイルランドのベルーイーというところで農業を営んでいた家庭に生まれ、処女作『あるナチュラリストの死』という詩集を世に問うたのが 1966 年。検索してみると『全詩集』などけっこう邦訳もされているようですが、ヒーニー氏自身すぐれた翻訳家で、オウィディウス『変身物語』などのラテン古典から、古英語で書かれた有名な『ベーオウルフ』も現代英語訳していたり、また毛色の変わったところではヤナーチェクの歌曲集なんかも英訳しているという、ひじょうに多才な方です。戯曲も数篇、発表しています。

 ヒーニー氏の訃報のすこし前、ワタシもお世話になっている「青空文庫」創設者の富田倫生氏の訃報もありました … こちらも早すぎる死でしたが、著作権関係の話では日本も欧米なみの「70年」にしようという動きがあるけれども、ワタシも富田氏とおなじく延長には反対。でも富田氏とその仲間が「青空文庫」を立ち上げたのは、1997 年のことなんですね ! まだ一般家庭にネット接続環境がさほど普及してないころ、回線も心もとないアナログ電話回線が主流だったころのこと。いまとはちがってそうとうな苦労があったはずです。「青空文庫」というネーミングもすばらしいですね。ちなみにいまは堀辰雄の『風立ちぬ』がダウンロード件数1位だとか。どんなきっかけであれ、こういう作品が幅広く読まれるのはいいことだ。

 この前の「クラシック音楽館」で放映された N 響定演では、エルガーの編曲したバッハの「幻想曲とフーガ」が流れてました。オーケストレーションの手法とかにも興味をそそられましたが、原曲の雰囲気そのままでロマン派ふうのクライマックスへと違和感なくもっていくあたりのバランス感覚はさすがと思ったりもした。感動をあらたにしたので、ヒーニー、富田両氏のご冥福を祈りつつ、このバッハの原曲 BWV. 537 を聴いて締めたいと思います。合掌。





posted by Curragh at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | おくやみ
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/73788916
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック