2013年11月01日

キャンベルの「創作作法」

 11月1日は、ローマカトリックなどの西方キリスト教会の暦で言うところの「諸聖人の日( All Saints' Day or Allhallows, 東方教会では「衆聖人の主日」と呼び、聖霊降臨祭後の日曜日になる )」。子どもたちがかわいいお化けやらなんやらに仮装して、手に Jack-o'-lantern をぶら下げて、'Trick or treat !!' と練り歩くのが日本でもすっかり定着した感ありのハロウィーンですが、教会暦ではこの「諸聖人の日」前夜( Allhallows Eve ) という位置づけであることも、知っておいて損はない。そして前にも書いたことですが、ハロウィーンの元祖はケルト人の収穫感謝と新年を祝う祭り、Samhain( Samhuinn、発音はサウィン )だと言われてます( → アイルランド各地に残る、サウィンゆかりの地めぐりの記事 )。そういえば先日こちらの番組で見た、「ターシャ・テューダーとパンプキンパイ」は、おいしそうだった。

 米国の比較神話学者ジョーゼフ・キャンベルが「向こう岸」へと船出したのは、26年前のハロウィーンのそのまた前の日のことでした。当時の NYT とかの追悼記事を見るかぎり、食道癌治療の予後がよくなかったらしい。じつはジョーゼフ・キャンベル財団( JCF )サイトにはこんな展覧会の紹介ページがあって、モノを書く人、つまりゼロからなにかをこさえる人、いま風に言えば「クリエイターの仕事の現場」というものに並々ならぬ関心を持っているワタシとしては、あーこれ、現物をぜひ見てみたかったな … と思ってしまった。

 キャンベルの書簡や草稿、蔵書などをすべて保管しているというこちらの研究センターのサイトにはハワイのキャンベル邸の書斎の画像もあって、それを見るとふつうのライティングビューローが写っていたりするんですが、展覧会紹介ページによると、キャンベルの著作の数々は、「ジョーとジーン・アードマンの結婚祝いとして彫刻家のトーマス・ペニング夫妻から贈られたウォルナット製ピクニックテーブルとベンチ」で著されたという !!! 

 もちろん展示では模式的に配置されているため、この通りにキャンベルがじっさいの執筆活動をしたわけじゃないけれども、その「ワークフロー」がどんなものであったかはよくわかる。中央の大きな画像はクリッカブルになっていて、たとえばテーブル上の蔵書とかその背後の「こけし」に「浮世絵」だの、前衛絵画だの後ろ側のベンチに平積みされた本の山だのをクリックするとキャプションが出てくるという仕掛けになってるんですが、やはり個人的にはキャンベルの執筆はどのようにおこなわれていたか、に興味津々。

 手前側ベンチとテーブル上に無造作に置かれたように見える五つの黄色いリーガルパッドの紙。これがこの展覧会でキャンベルの仕事のやり方ないし作法を再現した部分になる。ここのキャプションとキャンベルの草稿や蔵書すべてを管理しているセンターのページの記述とかも参考にその仕事ぶりを再現してみると、

1). テーブルとベンチの向かって左手にあるリーガルパッドの束は、これから書き上げるための下書き原稿。
2). テーブル上にある用紙は、いままさに書いている原稿。
3). テーブルとベンチの右側にある束は、タイピストに渡す、いわば決定稿。
4). 反対側ベンチに積んであるのは、いま現在は入り用ではないがのちほど参照するための参考文献類。

というわけで、キャンベルは自らはタイプ原稿を作成しなかったようで、つねに専属( ? )のタイピストを雇っていたようです。最初にキャンベルの助手となった女性がこう述懐しているのも印象的。「先生は毎朝 9時きっかりに鉛筆を紙に下ろし、そのまま正午前までほとんど休むことなく書きつづけていた」。

 自分の著作とそのための調査に時間を当てるため、当時の勤務先だったサラ・ローレンス大学では規定の四分の三しか出講せず、自分の報酬もその分減額してくれと大学当局に申し出ていたんだそうだ。「カネではなく、自らの至福を追求せよ」というのは、自分の生き方から出たモットー、ということになりますな。週四日は著述活動に専念していたようです。

 また、1970 年代後半にキャンベルの助手だった女性によると、毎朝、「前日に書きあげた黄色い紙の束」が机上に用意され、各用紙にほんの二、三行だけ追加すると、「先生はそれらの用紙をあれこれ配列し直して、最適な順序を見つけた」。またキャンベル最晩年に助手をつとめた男性によれば、「先生はハサミを取り出し、各ページを切っては文章をあれこれ入れ替えていた」。そうやって下書きを総合的にまとめて原稿を書き、タイプしてもらう、という手順を踏んでいたらしい。ここでふと、以前見た、故吉田秀和氏を特集した番組の一場面を思い出した。生前の吉田氏の仕事場を映していたシーンで、万年筆で手書きした譜例をハサミでチョキチョキ切って、原稿用紙に糊づけしていた場面です。糊づけしながら吉田氏はこんな趣旨のことを言ってました。「原稿を書くっていうのはね、手仕事なんですよ。手仕事というのは大事にしないといけないと思うね。これはありそうにないことだけれども、もしコンピュータというのを覚えて、それで原稿を書くようなことになったら … たいそうがっかりするんじゃないかしら ? 」。ビル・モイヤーズとの対談集『神話の力』なんか読むと、どうも最晩年のキャンベルは Mac ?? だろうか、とにかく PC を導入したよとさも嬉しそうに発言しているくだりがあって、このへん吉田氏とはちがうかもと思わせるけれども、タイピストだった人の話を読むかぎりでは、キャンベルもまた「手仕事の人」だったのかもしれません。でも振付師 / ダンサーの奥さん( ジーン・アードマン・キャンベル )にとっては少々困ったことに、食事をしようにも、先生がここで書き物をはじめてしまうと資料やらなんやらすべて出しっぱなし状態になるので、あいにくこのテーブル本来の用途では使えなかった、とのこと。ちなみに出版社に渡した原稿はみんな処分して、手許には日の目を見ることのなかったほうの原稿を残すことがよくあったとか。このへんも大胆と言えば、大胆かな。そういえば JCF FB 公式ページにて、『千の顔を持つ英雄』の「元型」になったという草稿を見かけたことがあります。

 そんなふうにして書かれたキャンベルの著作には、ビックリ箱じゃないけどほんとびっくりさせられる展開が多いことも事実。いま読んでる『創造的神話』の巻だって、たとえばアベラールとエロイーズの話をしている最中にいきなり「白隠禅師坐禅和讃」の鈴木大拙師による英訳なんかが平然と出てくるのだから( 「衆生近きを知らずして / 遠く求むるはかなさよ … 当所即ち蓮華国 / この身即ち仏なり」 ) … もっとも上記引用文の少し前には『源氏物語』なんかも出てきますが。そこのパラグラフ冒頭は、'troubadour' ということばの語源の話になっている ―― どうですこの自在さ。いったいなんのこっちゃ、という向きにかんたんに説明すると、キャンベルの見るところ、「個人」という発想をはじめて出現させたのは、11−12世紀のトルバドゥールたちだという。で、アベラールとエロイーズのあの有名な話が出現したのもまさにちょうどこの時代のことで、トルバドゥールとアラブ世界の詩人との類似性を主張するさる先生の著作を引用し、こうした貴族階級における神秘主義的恋愛ものの伝統というのは姿かたちこそさまざまに変えながらも、発祥の地インドから東は紫式部による感傷的な藤原氏の宮廷の物語へ、そして西はアイルランドから黄海に至るまで、その頂点に上りつめた時というのがまさしくアベラールとエロイーズの悲劇が起こったその時代なのだ、という箇所。

 この『創造的神話』の巻、いまようやく「第二部 荒れ地」の出だしの章、「愛の死」を読み進めているところ。これも上記引用箇所のつづきとして有名な「トリスタンとイゾルデ」の物語が、例によって古今東西の文献引用を散りばめて詳述されている。このつぎの章が、『フィネガンズ・ウェイク』を中心に論じた「フェニックスの火」になります。そういえばこの前の「きらクラ ! 」では若い女流ハーピストの方がゲスト出演されてましたが、なんとも折よく( ? )ちょうどそのときの読みかけの箇所に掲載されていたのが、「イゾルデに竪琴を教える騎士トリスタン」の図( いまは大英博物館にあるらしいチャーツィー大修道院タイル画の一部、13世紀 )。ヘルメス → アポロン → オルフェウス → トリスタンの共通要素は「竪琴」。番組ではゲストのハーピストの方が、ダビデを引き合いに出していた。そうだった、オランダの古いオルガンなんか、必ずと言っていいほどダビデ王の彫像がペダルタワーにでんと乗っかっていたりする。

 … この前も安良里の禅寺での法事で「坐禅和讃」をあげたばかりだし、静岡県東部地区の住人としてはまさかこんなに身近な先人の名がキャンベル本に出てくるとは、まったく思ってもみないことだったので、なんかうれしいような感じもしないでもない。

 ところで最近物故された人、というと、やはりショックだったのはやなせたかし氏ですね … アンパンマンって、最初はぜんぜんと言っていいくらい世間的には受け入れられなかったようです。「顔の一部をちぎって食べさせるとはなんて残酷な」とかなんとか、そういういまにして思うとまるで的はずれな批判があったからとかって聞きましたが、アンパンマンこそ、キャンベルの言う「英雄」そのものですよ。英雄には「自己犠牲」がつきもの、アンパンマンは幼児でもわかる語法でそれをみごとに表現しているように思いますね。合掌。
… われわれはただ英雄が開いた小道をたどりさえすればいい。そうすれば、かつては恐るべき怪物に会うと思っていたところで神に出会うだろう。そしてかつては他人を殺すべきだと思っていたところで自我を殺すことだろう。まだ遠くまで旅を続けなければと思っていたところで、われわれ自身の存在の中心に到達するだろう。そして、孤独だと思い込んでいたのに、実は全世界が自分と共にあることを知るだろう。

―― ジョーゼフ・キャンベル『千の顔を持つ英雄』( 飛田茂雄訳『神話の力』、早川書房刊から )


posted by Curragh at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の雑感など
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