2014年02月09日

偽作? 真作? 人殺し? 

 偽作と真作( 真筆 )。国内のクラシック音楽界を揺るがすほどの騒動になっている例の「偽作」問題について。一ディレッタントとして、また「芸術至上主義」を自認してもいるここにいる門外漢も、思うところがありまして、卑見を述べさせていただきたい( ほんらいは、さっさと片付けるべきことがあるんですが、この件に関してはつい口を挟みたくなってしまった )。

 当事者の片割れである作曲家先生の記者会見、いちおう某民放番組にて見たんですが … なんというか、スカっとしませんね。「わたしはかつて若く、愚かだった。いまは年老い、そしてもっと愚かになった」というマーク・トウェインのことばを地で行くような人間ではあるが、そんなワタシの目から見ても、この人、ちょっと常識に欠けてるんじゃないかと思わざるを得なかった。どう考えてもこのタイミングでことの真相はこうでした、謝罪します、というのは、いくらなんでもせっかく作品を選んでくれた橋選手に対して非礼なんじゃないでしょうか。

 もちろん、この「天才的大馬鹿コンビ」の道義的責任は免れず、このたびの「偽作」騒動で損害を被ったレコード会社や興行関係者、あるいは ―― 安くもないチケットを買ってコンサートを楽しみにしていた聴き手 ―― から、損害賠償請求訴訟を起こされるかもしれない。だが今回の会見でいちばん違和感を感じたのは、当初「現代典礼」という曲名の長大な作品が、いつのまにか「交響曲第1番 HIROSHIMA」にすげ替えられた時点で、この「真作者」先生はどうして事の真相を公にしてくれなかったのか、ということ。もしその段階でことの真相を明らかにしてくれたなら、ここまで酷い( そして醜い )騒動にはならなかったのではないか、といまさらこんなこと言っても遅いけれども( 例の「指示書き」も見たけど、グレゴリオ聖歌やバッハをはじめ、ウィリアム・バードやビクトリア、ペンデレツキだのが出てきて、音楽の知識はそうとうあるなという印象は持った )。

 しかしながら同時にまたこうも思う。しまった、騙された! こんなもん、捨ててしまえ! と、その当該作品のアルバムをお持ちの方でそう考える向きもいるかもしれない。でもちょっと待った。あなたが買ったその楽曲って、たとえ耳が普通に聞こえるアカの他人の作品だからといって、即、無価値、ということになるのだろうか? ワタシは否、と思う。

 「作曲家が単独で自作を発表する」のが作曲の定義になったのは、そんなに古いことではないはずだし、他人様の楽曲を勝手にアレンジして「ワタシの作品」として出版したり演奏したりするのは、バッハまでの時代はごくごくふつうに行われていたことでもある。たとえば、過去記事でこんなこと書いたけれども、モンドンヴィルという人は、自分の名前で出版してもたいして売れないとふんだらしく、今回とおんなじようなことをしてお茶を濁している。そして大バッハの長男、ヴィルヘルム・フリーデマンは、もっと確信犯で、なんと偉大なる父の作品を、こともあろうに「ワタシの作品」として出版した「前科」が明らかになっている( もっともいまは著作権云々 … とかあるので、直接の比較の対象にはならないとは思うが )。

 意図的ではないけれど、結果的に長いこと音楽愛好家を「欺きつづけた」作品というのもそれこそぞろぞろある。もっとも有名なところではたとえば「モーツァルトの子守歌」。これじつは医者でアマチュア音楽家でもあったベルンハルト・フリースという人の作品(ちなみにこちらの記事によれば、フリースの奥方がモーツァルトの弟子のひとりだったという。これは初耳!)。あたらしいところでは、「アルビノーニのアダージョ」なんかもそう。トンマーゾ・アルビノーニという人は、ヴィヴァルディとかガルッピとかが活躍した、ヴェネツィアの貴族の家に生まれた、ようするに金持ちのボンボン。この人のスゴイところは、いわゆる「職業音楽家」ではなく、一介のアマチュア音楽家、それも玄人はだしの才能と技量の持ち主だったこと。で、20世紀の音楽学者レモ・ジャゾットが「空襲直後のドレスデンの旧ザクセン国立図書館の残骸から」見つけたとかいうこの「アダージョ」、はっきり言って、―― かつてスラヴァというカウンターテノールが歌って国内でもヒットした、「カッチーニのアヴェ・マリア」同様に ―― これアルビノーニの「真作」をいくつか聴いたことある人だったらまず「これは偽作だろう」と首を傾げる作品にちがいありません。ようするに意図的であってもなくても、西洋音楽ではこんな話、けっこうあったりします。

 ではだからといって、「アダージョ」の音楽作品としての「価値」は、なーんもないのでしょうか? オーソン・ウェルズ監督の映画「審判」にも使われ、いままで無数のミュージシャンによってそれこそ無数に編曲されたり一部分を使用されたりしてきたこの作品、ジャゾットのでっちあげだからといってこんなまがいものいらない、騙された、金返せ、ということにはならないと思う。このへんが音楽というアートフォームの持つ特有の事情かもしれない。いつか書いたかもしれないことですが、音楽は、ほかの芸術分野より、「理解されるのに時間がかかる」。これは故別宮貞雄氏の実弟で多数の著訳書でも知られる別宮貞徳氏の音楽エッセイに出てくる一節なんですが、西洋音楽の歴史を見ると、絵画や建築といった分野である形式、たとえばルネサンスとかバロックとかが確立したのち、ほぼ数十年から百年くらいあとになって、音楽の歴史上でもそういう名前で呼び習わされる形式が確立した時代がやっとやってくる、そういう趣旨のことが書いてありまして、なるほどなあと思ったものです。音楽は「むずかしくて」、醸成するのに時間がかかるということです。

 今回の騒動の火付け役(?)なのかな、音楽評論家の先生が「新潮 45 」に寄稿した記事がそもそものきっかけみたいですが、その先生が、「ベートーヴェンになぞらえるなんてベートーヴェンに失礼だ!」みたいな発言をしていた。そりゃもちろん失礼だとは思うが、べつになぞらえる必要もないでしょう、と。ことはこれにかぎったことじゃないけど、やはり色めがねでモノを見たら / 聴いたらいけない、ということなんではないかな。悲しいけれど、けっきょくある楽曲の演奏を聴いて感動したとかなんじゃこれ駄作だとか、そういう判断はとどのつまり聴き手本人の感覚の問題。かくいうワタシはこの自称「全聾の作曲家」氏の作品をただのひとつもまともに聴いたことがなく、ただ記者会見のあいまに切れ切れに流れてきた「ソナチネ」の旋律を聴いた感想なんですが、こんなこと言うのは不遜だというのも承知のうえであえて言えば、作品じたいは思ったほど悪くない、というのが第一印象だった。

 バッハ時代の話にもどすと、当時は自分を「表現する」ために作曲する、なんてのはありえず、たとえば雇い主であるライプツィッヒ市当局とかトーマス教会、あるいは「不眠症を和らげてくれるような作品をひとつ書いてくれ」とか、これこれの作品を作るべしという制約ないし職務上の義務として「作曲」という行為があった。次週の「古楽の楽しみ」は関根敏子先生解説による「フランス古典もの」の週ですが、ためしに聴いてみるといいです。ダンドリュー、ドラランド、ラモー、フォルクレ、ルクレール、サント-コロンブ、フランソワ・クープラン、マラン・マレー … こういった人たちはみな所属していたフランス宮廷の求めに応じた作品を書いていった。思うに( やったことは道義的・倫理的に悪いことだが )、今回の「ゴーストライター」先生のやったことは、時代がちがえば、こういうフランス古典時代の雇われ作曲家とたいしてちがわないんじゃないか、という気がする。当人も「最初はアシスタントとして」手を染めた、みたいなこと言ってるから、感覚的には基本的にこういう「職人」作曲家とおんなじだったのかもしれない。つまり、「偽作」ではあったが、だからといって手は抜いていなかった、ということ。曲作りのあいだ、魂はこめていたと思う。ついでに脱線すれば、本家サイトに掲載したラテン語版『聖ブレンダンの航海』がらみの記事とか、訳文とか、当の本人は真剣に、大げさな言い方ではあるが骨身を削るような思いで作成している。こんなことしたって一円の得にもならないことはわかってるんですけど、ようするに芸術とか創作っていうのは損得の次元じゃないんです(損得がらみの芸術は、たとえばジョイスの言うところの「ポルノグラフィー」 )。年がら年中、おカネのことしか頭にない人には、わかってもらえないでしょうがね。

 ちなみに道義的責任を作品評価に直結させる人がいるけど、それもどうかと思う。このふたりのやったことは子どもに対して悪い見本だったとは思うが、西洋音楽史上ではそれ以上に悪い見本みたいな作曲家が、自分の知るかぎりふたりいる。ジョン・ブルカルロ・ジェズアルドだ。ブルは、「ブルのおやすみ」とか「ブルのトイ( 玩具 )」といった愛らしいヴァージナル小品を書いたことでも知られる、16−17世紀の英国人作曲家で教会オルガニスト。合唱大国の英国では現在もよくあることだが、この人もまた教会の少年聖歌隊員出身の音楽家で( 「マッパ・ムンディ」で有名なヘレフォード大聖堂聖歌隊出身 )、血気盛んな若かりしバッハじゃないけど、この人もまたトラブルメイカーだったようで、最後には adultery、姦通罪に問われてお尋ね者となり、逮捕されちゃかなわんとばかりにあわてて英国を脱出、ネーデルラント方面に渡ったらしい( いまふうに言えば「高飛び」 )。その後、アムステルダムの大家スヴェーリンクと会ったり、アントウェルペン大聖堂オルガニストに任命されたりと、なかなか好待遇だったようです。もういっぽうの 16世紀イタリアの作曲家ジェズアルドのほうは、逆に、奥さんの不倫の現場を手下とともに急襲して惨殺したという、トンでもない男だった。貴族の特権でとくに沙汰なしということだったらしいけれども、いずれにせよ彼が殺人犯だったことに変わりはない。

 だからといって、このふたりの作品までもが無価値だ、葬ってしまえ、ということにはならんでしょう。芸術作品というものは、「それじたいで」成立するもの。作品を書き上げた時点で、もう作者のものではなくなる。作品そのものがひとり歩きするものだとかたく信じている。

 余談ながら、ときおなじくして村上春樹氏の新作短編『ドライブ・マイ・カー』についての騒動も聞こえてきた。思うに、訴えた町議さんには申し訳ないけど、一種の原理主義者的臭いを感じた。こういうのがまかりとおるようになると、いずれはかつての「第三帝国」とか、もっと古いところではジョルダーノ・ブルーノみたいな憂き目にあわされかねない( 誇張ではなく、本気でそう考えている )。ことは「創作するとはどういうことか」という、その根本にかかわる重大事です。かつて三島由紀夫の『宴のあと』とか、伊藤整の『チャタレイ夫人の恋人』に関する一連の裁判沙汰とかも思い出されたけれども、いま一度、このことについて考えてみたい。ちなみにこの短編、全文読んだけれども、… ようするにここは主人公の「そういう思いこみのクセ」みたいなものではないだろうか。個人的には、こういうくだりが気に入ったりした。
 「命取りになるぞ」と家福は言った。
 「そんなことを言えば、生きていること自体が命取りです」とみさきは言った。
 家福は笑った。「ひとつの考え方ではある」。

posted by Curragh at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから
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