そう、本日は大バッハの次男、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの満 300歳の誕生日でありますね。なんとタイミングのよいこと。で、BWV.1031 の、とのわけあの憂いを帯びた「シチリアーノ(ナ)」でつとに知られる「フルートとオブリガートチェンバロのソナタ」。あれって最近の研究ではどうもこのC.P.E. バッハの作ではないかという。現在はバッハ作品目録からはずされているとかで、それは知らなかった。C.P.E. バッハの作品目録にはヘルム番号とかいうのがあって、この「シチリアーノ」、ヘルム番号では 545 なんだそうです。親父さんの作品だったら、545 番目というとオルガン作品ですな(「前奏曲とフーガ ハ長調」)。
そのつぎにかかった「フルート・ソナタ ホ短調 Wq. 124 」は、音源が浜松市楽器博物館所蔵の歴史的楽器を使用しての、これまた貴重な録音。やはりレプリカ楽器とはちがうなー、と感じます。歴史の重みを感じます。うん、たしかに BWV.1031 の「シチリアーノ」を彷彿とさせる作風です。いわゆる「多感様式」というやつかな。C.P.E. バッハはその代表選手みたいに言われたりします。
ちなみに先週だったか、「古楽の楽しみ」でも C.P.E. バッハの特集やってまして、なんと、大バッハの「マタイ」のいいとこ取りみたいな作品まで作曲していたんですね! これにもびっくり。しかもアリアとかほとんど原曲のままで出てきて、たとえば「わが心の切なる願い」なんて、ほんとそのまんまでした( ついでにこれのもともとの原曲というのは、ハンス・レオ・ハスラー作曲の失恋の歌、「わが心は千々に乱れ」)。
C.P.E. バッハというと、『正しいクラヴィーア奏法への試論』なる教本まで書いている。これもたしか「古楽の楽しみ」だったか、鍵盤楽器奏者はクラヴィコードをマスターしてはじめてオルガンやチェンバロ、そして当時最新の鍵盤楽器だったフォルテピアノも満足に演奏できるようになる、とか言っていたそうです。そんな C.P.E. バッハですが、たしかフォルケル宛てだったか、書簡に、「もうここ何年も足鍵盤を弾いていない」と書いたとか。早くもオルガンの時代はすでに過ぎ去り、さしもの名手 C.P.E. バッハでさえも、もうオルガンの足鍵盤技巧なんかには目もくれなくなっていた、ということなんでしょう。
いま、NHK-FM でもわりとよくかかったりする「チェンバロとハンマーフリューゲルのための二重協奏曲 変ホ長調 Wq. 47 」がかかりました … この作品、けっこう好きです。フォルテピアノとチェンバロを、丁々発止勝負させるみたいな趣向で、聴いていてたいへんおもしろいし、なによりこの両者の音響のかけあいがひじょうに心地いい。合いの手を入れるかのように時折顔を出して主張するフルートもいい。フォルテピアノに負けじとバラバラやるチェンバロのパッセージなんか聴いていると、沈んでいた気分も上向きになってくる気がしてくる。
C.P.E. バッハも、「スペインのフォリア」もの変奏曲を書いていたんですね。コレッリとかはだいぶ後になってラフマニノフとかが自作として組み入れていたりしているけれども( ラフマニノフついでに、いま図書館から借りているのが有名な「交響曲 第2番」。アダージョ、いいですねぇ )。
「ジルバーマン殿のピアノに別れを告げて Wq. 66 」は、よく聴くフォルテピアノ独奏盤ではなくて、あんまり聴いたことのないクラヴィコードによる音源。「ため息」音型の多用とか半音階とか、こちらも典型的な多感様式の作品という印象です。この音源の楽器はレプリカなのか正真正銘の歴史的名器なのかはわからないけれども、とても繊細な響きをクリアに聴かせてくれています … 録音もいいのかな。手許にあるクレーガー盤「フーガの技法」では、キーを震わせてヴィブラートをかけたときの「ビヨンビヨン」がやたら耳につく録音でしたが。この手の「か細い」音の楽器というのは、マイクの位置がほんのすこしズレただけで結果がまったくちがってしまうから、録音技師さんにとっては扱いの厄介な楽器じゃないかと察します。
… というわけで、今年はなるたけ多くの C.P.E. バッハ作品を聴きたいと考えてます。できれば「ジルバーマン殿のピアノに … 」みたいな美しい小品で弾けそうな作品があったら、練習してみたい。ほんとはへたっぴには「インヴェンション」とかさらったほうがいいとは思うが … 。
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