もっとも美術展じたいが目的で静岡市くんだりまで行こう、ということではなくて、比較神話学者キャンベルの寄稿した文章が収録されている、The Celtic Consciousness という 30数年前に出版されたケルト学アンソロジー本がなんと(!)静岡大学附属図書館にあるということがわかって、折を見てコピーを取りに行こうと考えてました。で、せっかく静岡市に来たついでにこの美術展にも立ち寄ってみよう、というじつにお気楽な気分で見に行ったのでした( 前にも書いたかもしれないが、キャンベルの寄稿文は聖ブレンダンがらみのもので、『聖ブレンダンの航海』サイト運営者としてぜったいに目を通さねば、とかねがね思っていた。で、こっちのほうも負けずにビックリだったので、またのちほど稿を改めて書きたい )。
入っていきなり、川端のノーベル文学賞授賞記念講演「美しい日本の私」の全文を転載したでかいパネルが。このところキャンベル本ばっかり読んでいるせいか、「禅における無は、西洋の虚無とはちがう」とかなんとか、そんなくだりがとくに目を引いた … けれども、ビックリしたのはノーベル文学賞のメダルがのっけからデーンと展示されていたこと。当たり前だけど、こういうメダルって、そうは見られるもんじゃないですよ。展示方法も工夫されていて、メダルの「裏側も」鏡で反射させてよく見えていた。というか裏面ってはじめて見た( 苦笑 )。月桂樹のそばに佇んでなにかを書き取っている青年と、リラをつまびくミューズ。「技芸を編み出し地上の生をよりよくせし者」というウェルギリウスのことばの引用が周囲に刻まれているデザイン( → こちらのブログ記事参照 )。しかも川端がもらった賞状に、授賞式のときに川端本人が首から下げていた文化勲章まで展示されていて、「軽く眺めてはやく食事でもしよう」なんていう甘い考えはこの時点でみごとに吹き飛んだのでありました( 美術館に入る前、おなじ複合ビル内の本屋で「花子とアン」関連の買い物をしたりと財布の中身がかなり軽くなっていた、という事情もある ) … けっきょく3時間くらいねばって、いやじっくり鑑賞。幸いそんなに人もいなかったし、気がついたらワタシひとり、みたいな時間もあって、ある意味最高のひととき。
川端さんて、ただの文士じゃなかったんだ、稀代の目利き、古美術品コレクターだったんだ、ということに遅まきながら気づかされた。とにかくハンパじゃない。交流の深かった東山魁夷さんの日本画作品だけじゃないです。たとえば古賀春江という画家。ご本人の写真も展示してあったんですが、それ見るまでてっきり女流画家かと思っていた( 苦笑x2 )。残念ながら夭折してしまったが、展示してあった作品のひとつ「公園のエピソード」は気に入って、あとで絵はがき購入。不思議な世界観というか、パウル( ポール )・クレーみたいな音楽が聴こえてくるような、メルヘンタッチの構図と配色が印象的でしたね。ほかにも埴輪とかハート型の顔をした土偶(! こういう「ハート型の顔」をした古代の遺物って、ほかの国ではあるんだろうか )とか、そうかと思えばなんと、当時まったくの無名だったあの草間彌生さんの水彩画があったり … 目利きとしての川端は、新人発掘も得意だったみたいです。名伯楽ってとこかな。
川端本人の書、そして直筆原稿(『名人』の一節)も展示してありました … 静岡ゆかりの染色家、芹沢_介装丁による『伊豆の踊子』や『雪国』といった川端作品の初版本もずらり並んでました。というか、このセクションでもっとも興味を引いたのが、岡本かの子、谷崎潤一郎など、当時の文豪たちの書簡類でした … なんと若き日の寂聴さんの私信まである! なかでも目を引きつけられたのが、『堕落論』の坂口安吾と、太宰治の書簡。安吾の文面は「拝啓 コリー犬ぶじに届きました … 」とかなんとか。川端と安吾は愛犬家だったのね( これもいまごろ )。太宰のは芥川賞をどうかわたくしに、と選考委員だった川端に懇願する内容でして、思わず食い入るように全文読んでしまったよ( 笑 )… 「何卒 私に与えて下さい … 一度だけでいいから、母と愚妻を喜ばせてやって下さい … 早く、早く、私を見殺しにしないで下さい きっとよい仕事できます … 」… もう絶句するほかなし( 苦笑 )。しかもこれ、巻物か? と思うくらいの巨大なもの。展示スペース無駄に取り過ぎ( 再苦笑 )。もらったほうもさぞや迷惑しただろうな。そして三島の私信も複写でしたが、展示してありましたね。なんだかいかにも三島らしい(?)「昨今の文学はなっとらん」的批判が書かれてあったような( 家庭的文学なんか読む気はまったくないとか、そんなことが書いてあった )。
最後の東山魁夷さんのコーナーは、川端のコレクションに入っているものもあるけれど、たとえば古代ローマのガラスの小瓶とか、銀化現象というらしいけれど、風化作用でじつに美しい、幻惑されるような七色に光り輝いていて、こういうの見るのもはじめてだったから文字どおり目が釘づけです。なんとロダンや、ピカソの作品までありましたよ。東山さんの絵画作品では、よく見る「北山杉」とか「湖」とか「森」とかもいいけれど、毛色の変わったところでは 1969年ごろに欧州旅行に行った際に制作した一連の作品がすばらしかったです。フライブルクの「晩鐘」とか、オーストリアのエッツという町の「マリアの壁」とか … 。1955年に制作したという「秋富士」もすばらしい。東山さんの描く富士山ってはじめて見た。箱根の仙石原あたりから描いたのかな? 富士山の向き的にはそうだと思う。
とにかく書き出したらキリないくらい、時代もプトレマイオス朝エジプト・古代ギリシャとローマから、古代中国、中世鎌倉時代の掛け軸や彫像、戦前の絵画に現代作家、ロダンにピカソ … 正真正銘、古今東西の名品逸品揃いのこの美術展、わずか千円ちょっとでこれだけの作品( と、例の太宰の手紙 )がぜんぶ見られるなんて、こんなお得な機会はないですよ。興味ある方はぜひ一度見に行かれるべし。
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