出かける直前になって左目(眼球)がいきなりの不調に見舞われまして、上京するのはやめておこうかとも思ったけれど、せっかくグノーシスおよび新約外典研究の権威が来日して講演会を開いてくれるのだからと無理して出かけました。
梅雨明け前だというのに都心はモワーっとひどい暑さで、36度まで上がっていたらしい。体温とおんなじですね…。ついでに立ち寄った銀座ではいきなり夕立(? まだ午後2時なのに)に降られ、中央線に乗ろうとしたら落雷で遅れたり…で、どうにかこうにか会場に着きますと、すでに聴衆であふれています。しまいには警備員まで出てきて、主催者にほかの来客にも迷惑がかかるからなんとかしてくれと突っかかるしまつ。せまい空間にすし詰め状態になり、人いきれで冗談抜きで倒れそうになりました。これってどう見ても主催者側の怠慢。3月に聴きに行った第一生命ホールの係員のように、早々と二列に並んでもらうなり、詰めかけたお客の整理をするのが先でしょう。
本題。まずおさらいということで、「ユダの福音書」発見までの数奇な経緯やイエスとユダとの「密約」を描いた再現ドラマの入ったDVDの抜粋映像を見せられまして、その後マーヴィン・マイヤー教授の講演となりました。マイヤー教授はときおりユーモアを織り交ぜて、とても平易な英語で語りかけてくれたので、自分のいいかげんな耳でも講演内容の7割は理解できました(だいぶ前国立市に滞在されたこともあるとか)。
通訳嬢の斜め後ろの席だったので、彼女があらかじめ講演原稿から起こしたとおぼしき
肝心の講演ですが、チャコス写本発見までのこれまでの経緯と、「ユダの福音書」に描かれたイエスとユダの関係、現代における「ユダの福音書」の意味について…とほぼ既知の事柄でして、あまり目新しいものはありませんでした。それでもすこしは収穫はありまして、たとえば同僚研究者グレゴール・ウルストによると、「108」という数字の入ったページの断片があって、ひょっとしたらページ番号ではないか、とすれば「チャコス写本」はもっと長大なコーデックスだったかもしれないというお話は興味深く思いました。ほんとうにそうだとしたら、写本の半分(発見されているのは66ページ分)はどっかへ行ったまま、ということになります。
パピルス写本を閉じ合わせるための補強材として使用した紙くずなどを糊で固めたもの(cartonnage)から製作年代の測定ができるというお話(このへんはロビンソン博士の本にも書いてあった)や、「ユダの福音書」中に登場するいろいろなアイオーン、「光り輝く者」の発想のひとつにユダヤのカバラ思想もあるというお話なんかははじめて聞くのでおもしろかったですが、後半、ユダの再評価についてはちょっとついていけなかった…。これはDVDビデオの構成にも問題があるのだけれど、古来よりユダ=ユダヤの連想(というより思いこみ)から、あらぬ偏見と憎悪が生まれ、ひいてはそれがヒットラーなどの「ユダヤ人狩り」につながった、いまこそ「ユダの福音書」発見を契機としてこうした偏見・差別をなくすべき、みたいなことをおっしゃって、正直引いてしまった。たぶんこれって地理学協会側のお膳立てに沿った発言として「修正」させられたんだろう、とは思ったけれど、いくらなんでも紀元280年ごろのコプト語写本を現代の中東情勢と結びつけるのはどう考えても行き過ぎないし牽強付会だと感じました。
マイヤー教授のご専門、グノーシス主義については「自身の内面で神とコンタクトをとり、教会組織を必要としない集団がいた」くらいの説明で、とくに目新しいものではありませんでした。というか、これじゃまるでNew Ageではないの、と思わなくもなかったが…。
個人的にもっとも関心のあったのは、チャコス写本を筆写し、エジプトの地中に埋めたのがだれなのか、ということでしたが、いまのところわかっているのはキリスト教徒の墓から見つかったこと、その墓はどこにあるのか特定するまでにいたっていない、とのことでした(写本は発見当時、石の箱に入っていたらしい)。
ナグ・ハマディ文書との関係については、チャコス写本のうちふたつの文書はナグ・ハマディにも収録されている点に触れられたのみで、たとえば当時、その地域に存在した聖パコミオス共同体の修道士とグノーシス主義文書との関係など、個人的にもっとも重要視している問題についてはなにも答えてはくれませんでした(このへんのことをご存知の方、ぜひ教えてください)。
そのへんの事情、質疑応答で質問しようかなと迷いましたが、「ユダの福音書」に直接かかわる事柄ではないし、と思ってけっきょく質問できずじまい…最初に質問したおじさん(おそらく自分よりは年上)の、さっぱり要領を得ない質問攻撃がながながとつづいたり(信者だね、きっと。それもカトリックじゃなさそう)で、場の空気も険悪になってきたので――典型的小心者日本人としては――なにも訊けなかった。せっかくグノーシス研究の第一人者が目の前におられるというのに!! 嗚呼…。
…講演会が終わると、お決まりのサイン会。それも日経NG社の方針(?)か、もっとも高価なDVDつきブック版のみサインする、というもので、すでに本を持っている者としてはDVDだけでじゅうぶんなので、とりあえず(商売に乗せられている)DVDだけ買ってみました。
…ほうほうの体で帰宅したあと、そのDVDを全編通して見てみたら…これが大チョンボ。なんなんだこれ、ようするに「反ユダヤ主義反対、Semitism万歳」的ビデオか? という代物でした。どうりであのような「偏向」的講演になってしまったわけだ(残念…)。