2010年01月18日

Gumblarに要注意

1). 本題に入る前に…Gumblarなる「悪質な不正プログラム」がたいへんな勢いで――それこそ新型インフルみたいに――つぎつぎと「亜種」を作ってはあっちこっちのWebサイトに感染してはアクセスしてきたPCを踏み台にして被害を広げている…らしいです。こうなるとうかうかしていられませんね…とりあえずいまのところ、自分のPCも拙サイトも大丈夫みたいですが、なかにはタイミング悪く感染してしまった方もいるかと思います。

 取り急ぎ役立ちそうなリンクを貼っておこうと思います。Flash Playerのヴァージョン確認ページAdobe Readerの最新版(v.9.3)配布ページ。→関連ニュースサイト1その2。またJavaを入れている人は同様に最新版にしたほうがいいでしょう(jqs.exeという自動で更新版を探しに行くプログラムがあらかじめ入っているから、PC起動時にこれが自動実行されると思います)。

 ところでGoogle側が主張する中国からのサイバー攻撃…にはどうもIEの「未知の」脆弱性が悪用されたらしいとのことですが、困ったことにIEのこちらのセキュリティホールについてはいまだMS社側から正式にパッチをリリースするという発表はなし。しかたないからFirefoxをメインブラウザとして使う、というのがいちばん手っ取り早い回避策(workaround)かも(この攻撃を受ける恐れがあるのはIE6らしい→関連記事)。

2). たまたまお休みに当たった月曜、朝からNHK-FMをいつものごとくかけっぱなしにしていてうとうとしていたら、澄んだボーイソプラノのハーモニーが聴こえてきた…けさの「にっぽんの歌 世界の歌」は、「ウィーン少(WSK)」の特集らしかった(注:狙っていたわけではありません、念のため)。いつぐらいの音源かは不明ですが、十八番(「じゅうはちばん」じゃありません)のウィンナワルツはさすが、という感じ。もっとも後半の日本語の歌は、やっぱりちょっときついものがありますが。それでも案内役の富沢アナは、「彼らの歌声で聴く日本の歌は、またちがった魅力をみせる」みたいにうまくフォローしておりました。聴いていてふと思ったのですが、長い歴史を誇るWSKが初来日してからすでに半世紀、彼らほど日本語の童謡・唱歌を歌ってきた海外の合唱団というのはほかに例がないのではないか、と。英国の聖歌隊も来日するといくつか日本の歌を歌ってくれて、それはそれで日本の聴衆のひとりとしては嬉しかったりするのですが、経験という点ではWSKのほうがはるかに積んでいるのかもしれない。もっともこの件にかんしては「パリ木」だって負けてはないとは思うけれども。今年のイースターは4月4日だけれども、イートンカレッジはいつぐらいに来るのかな? 

 先週の「バロックの森」、木曜はC.P.E.バッハの「わがジルバーマン・クラヴィールとの別れ ホ短調 Wq.66」がふたたびかかりまして、これはしっかりエアチェック(え、死語??)。でも今回はクラヴィコード独奏盤でして、WSKの歌う日本の歌同様、おんなじ曲でもチェンバロとはかなり印象が変わりますね。また作曲者本人が、「クラヴィコードをうまく弾きこなせる者はチェンバロもうまく弾くことができる。その逆はありえない」とか、自身のものした理論書に書いているとか。エマヌエル・バッハは、クラヴィコードの表現の豊かさと教育的効果を高く評価していたらしい(このへんは父親譲りかもしれないが)。クラヴィコードが弾けるようになるにはまずもってチェンバロがきちんと弾けないとダメ、ということか。あれは微妙な指の力加減が要求されるみたいだから、たしかに難易度は高いのかもしれない――オルガンとはまたべつの意味の難易度が。

 …それにしても「リンク集」にも入れてあるBCSDサイトがなくなる、というのはやはり寂しい気がする。なにか探しもののとき、ここが手っ取り早くて便利だったので。マークさん長いことお疲れさまでした(このサイトはだれでも項目を追記できるようになっているけれども、いま見たらこんな記事まであった[苦笑])。

追記:BCSDサイト、いつのまにか復活(?)してました。

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2010年01月04日

今年も記念イヤーが多いな

 今年、記念イヤーの作曲家のめんめんについては、Kenさんがくわしく紹介してくださっていますが、今週の「バロックの森」はまさに今年が記念イヤーの作曲家特集。フランスのカンプラとアレッサンドロ・スカルラッティはともに1660年生まれで今年が生誕350年…ということですが、当方、あいにくカンプラ氏のほうはまるで知らず。orz なんでも「オペラ・バレエ」が有名らしい。正月にもそんな「記念イヤー」作曲家の特集番組を組んでましたが、ペルゴレージはじめ、けっこう多いですね…バッハの前任トーマスカントルのクーナウも1660年生まれなんですね。

 昨晩見た「ナゴヤ・ニューイヤーコンサート」。たいてい、オルガン独奏は一回ぽっきりなんですが、今年はたまたま運よく(?)、指揮者松尾葉子さんのリクエストということで、サン-サーンスの「オルガンつき」が聴けました! これはよかった(ここの大オルガンの製作者はNHKホールとおなじ旧東独のカール・シュッケ社)。このときは今年生誕200年を迎えるロベルト・シューマンの「ピアノ協奏曲 イ短調 op.54」から第一楽章が演奏されました。合唱好きだったら、「流浪の民」のほうがピンとくるかも(あの日本語歌詞は名文だと思う)。

 …いまさっき、必要があって米国Googleサイトに行ったら、なんと今日はニュートンの誕生日らしい。例のロゴが、「リンゴの木」になってまして、リンゴがぽとっと落ちるGIFアニメーションつきという、芸の細かさ(笑)。明日5日は、「柱頭行者聖シメオンの祝日」ですね(東方教会では9月1日)。そしてそのつぎの6日は「エピファニー」、三博士がみどり子イエスを拝したことを記念する日なんですが、きのう本を読みながら民放で見たとある「日本史もの」番組。日食と歴史上の事件との関連説明で、なんとイエスが処刑されたと考えられる年代にも日食が観察されていたという! それが西暦29年12月29日…らしい。これを額面どおりに受け取ると、イエスは三日後の元日に復活したことになる。でも「ちょっと待ったぁ(「ヒゲじい」ふうに)」。太陽暦と言ったって当時はユリウス暦だから、若干ズレるはずだが…。もうひとつ脱線させてもらえれば、深夜に見た「世界ふれあい街歩きスペシャル」の再放送もよかったですね! なるほど、ああいうふうに撮影していたわけか! 総重量25kgの機材を腰のあたりで支えて撮影、なんてほんとうにたいへんだ。ナレーションを当てている俳優さんたちの苦労話もおもしろかった。あいにく「ダブリン」の回は見ていないから、いつか再放映してくれるといいけれども…。

 いま聴いている最中の「ベスト・オヴ・クラシック」。今週は「プラハの春音楽祭2009」からで、なぜかまた(?)番組終了までの空いた時間にオルガン曲がかかります。本日はメシアンですか。ハルバーシュタット大聖堂って、この拙記事で書いたのとおんなじ場所かな? 

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2009年12月31日

「ひびけ、Radio!」

1). いまさっきやぼ用から帰ってきて、すぐさまラジカセの電源を入れると聴こえてきたのがエリック・クラプトンの名曲、'Tears in Heaven'でした。…これ耳にすると、どうしても「初代」The Choirboysのパトリックの名唱を思い出してしまう。というわけで、いま、やっと落ち着いて「今日は一日…」を聴いてます。今年最後のお題は「年末アコースティックギター三昧」! 聴けなかった前半のプレイリストを見ると、おおッ! バッハの「トッカータとフーガ BWV.565」のギタートリオ版がかかっていたのか! …本日の進行役の押尾コータロー・セレクションだって…押尾さんのコメントとかぜひ聞きたかったな。惜しい。でもがちがちのクラシック系のリクエストなんか出したらボツにされるかな? …いつだったかここにもちょこっと書いたけれども、スウェーデン(?)のギタリストがあの! 「フーガの技法」をギター一本で弾いているという「怪演」の音源というものが存在するらしいから、もしNHKのライブラリーにそれがあったらぜひぜひ聴いてみいたのだけれども(出だしの「コントラプンクトゥス 1」だけでいいから)…。

 …それはともかく、今宵はTVでは「第九」があるし、NHK-FMとかけもちしながらThe Otherworld Voyage in Irish Literatureの読みかけ箇所(現存するImmramaの意図・様式・構造についての論文)を読み終わらせようかと考えています…ひじょうに歯ごたえがあって、素人のアタマではついていけない部分がいくつもあるけれども、あともうちょいなのでがんばってみる。読んでいるうちに、たぶん除夜の鐘の時間帯になるでしょう(笑)。それと、けさ届いたばかりのAmazon箱。グールドの弾いた「バード&ギボンズ作品集」と、ペーパーバック一冊。ペーパーバックのほうは、はじめの数ページだけとりあえず目を通してみた。またあとで読んでみます(すでに邦訳は出ていますが、いまは言わないことにする)。足許には、『聖なる妄想の歴史』なる米国のジャーナリストがものした問題作(?)が転がっているので、時間を見つけてこっちも読もう(おなじく『平均律第一巻』のピアノ譜も転がっていたりする)。いっとき体調不良だったこともあって、予定がズレこんでしまったのは致し方なし。

 …今年は個人的にもちょっと波乱含みでいろいろなことがありましたが、とりあえずこうしてぶじに大晦日を迎えることができて、感謝。クリスマス直前には伊東沖の群発地震が心配だったけれども、いまでは落ち着いてきている(シャボテン公園のカピバラ一家もこの季節恒例の「ゆず湯」にのんびりまったりつかっている)。先日の地元紙には、例の火山学者小山教授が西伊豆町にて、地元住民のための伊豆半島の火山景観についての講習会をおこなったとか載ってました。これはたいへんよいことだ。16年も居座りつづけた前知事から変わった川勝新知事も、ここで書いたこととほぼおんなじ内容の「ジオパーク構想」を――うれしい偶然ながら――打ち上げているし、この方面は個人的には今後も目が離せない感じではあります。

 …地元紙つながりでは、この前、読者の投書欄を見ていたら、こんな16歳からの投稿がありました。「高速道路無料化」について? を提示しているもので、「高速道路は永遠のものではなく、かならず壊れるときが来る。そのときに回すお金がどこからくるのかわからない」としごくもっともなことを書いていた。「高速道路は無料化ではなくて、区間ごとの料金を安くして、他のところから金を回すようなことがないようにしてくれたほうが一般市民にとってはいちばんいいことではないか」という趣旨のことをつづけて、最後はこう結んでいます。「政治家は、するかしないかではなくて、その間のことも考えられるようにして、政策に取り組んでほしいと思います」。Great! きみのほうがよっぽど政治家に向いているかもね! 

2). いまさっき、人生はじめての「配信楽曲ダウンロード購入」なるものを体験しました…NHKラジオをよく聴いている人ならご存知の「ラヂオのうた」。これいいなぁ、大晦日の記事はこれで締めよう! と決めていたのですが、いざ探したらかんじんの歌詞があんまり見当たらない。版権の問題があるので一部だけですが、大好きな歌なので、なんとかして歌詞を引用したいというわけでいまさっき買ってみたしだい(苦笑)。…音楽=CDで買うものという図式が体の芯までこびりついている者としては、これはかなり新奇な経験でした。一曲200円、まるでせんべいを一枚一枚、たい焼きを一枚一枚、焼いて売っているようなものですね。いずれこういう「バラ売り」でしか楽曲が買えなくなってしまうんだろうか(そうはならないでほしいと思う)…ちょっと複雑な思いはしますが、ビリー・バンバンの歌うこの「ラヂオのうた」はすばらしい。年がら年中、聴きまくっている者としては最高のラジオ讃歌です。というわけで、最初の歌詞だけを「引用」して今年最後の記事を締めくくりたいと思います。今年もいろいろな方にお世話になりました。この場を借りまして妄評多謝。m(_ _)m これにて今年の「いったいなにを書いているんだこいつは!」という拙いブログは店じまいとします。では「年末アコースティックギター三昧」のつづきを聴くとしますか(「弾き語りフォーユー」って大晦日の朝も放送あったんですね[汗]…今年物故した音楽人からの選曲で、最後の加藤和彦さんの「あの素晴しい愛をもう一度」では、なぜか中間部がバッハの「平均律第一巻」冒頭の「前奏曲」になってました。コード進行が似ていたのかな? とにかく小原孝さんは休みがないですね…元旦も[!]放送があるのだとか)。

  ラヂオのうた by ビリー・バンバン

  ♪ひびけ Radio! ぼくの空に
  ひびけ Radio! とどけきみに
  ひびけ Radio! 世界中に
  ひびけ Radio! 
 
  洗いたてのシャツ 朝日にかざしながら
  父のくれた ポケット・ラジオ
  手を伸ばすたびに 不釣合いなガラスの
  きみが選んだ ティー・カップ 
  なくした時を静かに 流れてるあの歌
  乾ききれない思いが 駆け巡るように
  
  ひびけ Radio! ぼくの空に
  ひびけ Radio! とどけきみに
  ひびけ Radio! 世界中に
  ひびけ Radio! 

posted by Curragh at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | NHK-FM

2009年12月25日

めずらしく

 この時期恒例の「N響の第九」。22日の生中継を聴いたのですが、今年はなんと児童合唱つき!! 出演は東京少年少女合唱隊のめんめん。とはいえ「常連」の国立音大の大所帯にくらべてこちらはせいぜいが20数名とのことだったので、大所帯の大合唱に掻き消されて正直、あんまりよく聴こえてこなかった。でも尾高忠明氏も言っていたように、やっぱり子どもの純粋無垢な歌声というのはなにものにも代え難いものがあると思う。今回は指揮者クルト・マズア氏たっての希望で異例(?)の起用となったらしいけれども、ふだんの「第九」でも児童合唱をもっともっと採用してもいいのでは? という気がします。

 児童合唱つながりでは今年の「9つの日課と…」はすばらしかった、と思う。今年の委嘱作品を書いた人って、ひょっとしてVoAにいたあのガブリエル・ジャクソン氏なのか?? バッハの有名なオルガンコラール編曲の「甘き喜びのうちに BWV.608」も演奏されてましたね(礼拝堂のオルガンは今年はじめに改修工事を受けたらしい)。そういえば先日の「気まクラ」の「名曲温泉コーナー」ではこれまたレオン・ボエルマンの「ゴシック組曲」から「聖母への祈り」という、またなんともしぶい(?)選曲。ひさしぶりに聴きました(フレンチ・バロックではクレランボーという人もいる)。そうそう、'Little Drummer Boy'もかかってましたね。歌の内容がまた泣かせてくれるのですが、なんかこの歌聴いていますとツルゲーネフの「乞食」の詩にも似ている…ような気がしないでもない。

 けさの「バロックの森」。「キルンベルガー・コラール集」のキルンベルガー作曲の「オーボエ・ソナタ 変ロ長調」という作品がかかりました。もちろんお初に聴く作品。オルガンとの二重奏で、この時代のオーボエ+オルガンという組み合わせもまた珍しいのではないかと思うが…曲想の変化がちょっと乏しいかとも思ったが、装飾豊かに歌い上げるオーボエの旋律は心地よかった。

 …また真夜中からキングズカレッジの快演を聴き直そうと思います。みなさまもよきクリスマスと年の瀬を。

posted by Curragh at 22:12| Comment(2) | TrackBack(0) | NHK-FM

2009年12月20日

BBC Radioのクリスマス番組

1). …の前に、まずはこちらから。8日の火曜日、NYの聖トーマス教会にて恒例の「メサイア」演奏会がおこなわれまして、それに20年以上も通いつづけているという記者さんの書いた批評記事。いまの音楽監督はもとセントポール大聖堂の聖歌隊指導者ジョン・スコット先生ですが、記者氏によると、ここの聖歌隊の特徴は「清らかさと力強さにおける非凡なバランス」。この特徴、英国のほとんどの聖歌隊にもあてはまりそうな感じがします。さすが本場英国仕込みというところですか。聖歌隊を支えるのはConcert Royalというピリオド楽器編成によるアンサンブル。スコット先生着任以前の「メサイア」では、劇的で、極端なテンポによる、どちらかというとロマン的な演奏だったのが、2004年にスコット先生が来てからはきびきびとしたテンポ運びによる演奏に変わったという。火曜日の演奏会では、ときに歯切れのよすぎるくらいの鋭く明瞭な歌唱法が際立っていたらしい。石造りの聖堂内は聖歌隊も独唱者も響きがごっちゃになりやすいからそれを防ぐため、という技術的な問題もあるようですが、残響の豊かな聖堂ではこれくらいの「歯切れのよさ」でちょうどよかったみたいです。

... and the resonance gave the choral sound an irresistibly visceral power, particularly in “For unto us,” “Glory to God” and “Worthy is the lamb.”

 前にも書いたけれども、欧米ではこの時期、「メサイア」公演がほんと盛んですね。BBC Radio3でも、「みんなで『ハレルヤコーラス』を歌おう!」みたいな企画があったくらいですし。日本でもよく公演がありますが、すこし前にNHK-FMで聴いたような、「縮約版」でじゅうぶんと考える。もともとこの作品の初演(1742年、場所は英国領アイルランドのダブリン)は「四旬節」だったし、クリスマスにまつわる部分は第一部くらいのもので、本来は第二部掉尾を飾る「ハレルヤコーラス」をわざわざ(?)第一部にもってきて演奏を終わらせていたりします。なのでこの作品はあんまりクリスマスシーズン向きではない、と愚考しております(聖トーマス教会サイト内には、「夕べの祈り」が聴けるページまでありました)。

2). そんな折も折、お世話になっていますSatomiさんのブログ記事にて知ったBBC Music Magazineのクリスマス号のこと。さっそく飛びついて、HMVの通販にて買ってみました(HMVの店舗のほうはけっこう利用したことがあるのに、なぜかいままで通販サイト経由で買ったことがなかった。さすがに英国の音楽雑誌系は強い)。パラパラ繰ったらいやぁ、食指をそそられる記事がてんこ盛りではないですか。主要な英国国教会(聖公会)系大聖堂聖歌隊も紹介しているし(choristerやCantoris、Decaniといった業界[?]用語解説もある)、もとキングズカレッジ音楽監督のサー・デイヴィッド・ウィルコックス氏のインタヴュー記事まである(p.10には、今年のYCOY受賞者ふたりとプレゼンター、アレッドの写真つきの短い記事もあります)。カバーCD(この雑誌は毎号CDつき)にはブリテンのカンタータ「聖ニコラス Op.42」(混声、セントポール大聖堂聖歌隊員がソロに加わっている)、ブリテンと児童合唱との関係を論じた記事とか、ジョン・タヴナーの取材記事とか、「作曲家はいかにして冬の寒さを音楽で表現してきたか」について書かれた記事とか…あれかこれかと文字どおり目移りしてしまいますが、巻末のBBC TV&Radio番組紹介欄から、めぼしいものをいくつかここにも書いておきましょう。いずれもストリーミング聴取できるから、恒例の「9つの日課とキャロルの祭典」とあわせて書き出してみます。

a). Carols from King'sBBC Radio3でも25日14時から放送があります(24日は15時から)。時差が9時間くらいなので、日本では午前零時(25日は23時)からになりますね。

b). Midnight Mass。リーズの聖アン大聖堂で執り行われる真夜中のクリスマスミサの中継。出演はリーズ大聖堂聖歌隊ほか。モーツァルトの「小ミサ」など。

c). Christmas Around Europe 2009。放送は本日21時あたりから。このままかけっぱなしにして、そのまま真夜中のChoral Evensongへと突入予定(笑)。

d). Breakfast。この期間中、BBCシンガーズの歌うキャロルが流れます。

↑、キングズカレッジの「キャロルの祭典」ですが、BBC Music誌では15時からとなっていたのに、サイト上では14時になっていて、てっきり雑誌掲載分がまちがえていたのかと思ったら、ちがっていたのはサイトのほうでした。orz 訂正しておきました(三たび訂正…)。

posted by Curragh at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | NHK-FM

2009年12月14日

音楽もクリスマス一色

 きのう聴いた「ビバ! 合唱」はクリスマス特集でして、ラッターによるファンファーレつきの「神の御子は今宵しも」とか定番の「きよしこの夜(歌っていたのはレーゲンスブルク大聖堂聖歌隊)」とかかかってましたが、ブルガリアやノルウェーの民謡とかもはじめて聴く曲だったのでひじょうに新鮮でした。ノルウェー民謡を歌っていたのは高校生主体のアマチュア合唱団だったようですが、DJの松下先生もべた褒めするほどの出色のでき。「歌ってるんだぞ、ではなくて、いかにも自然な感じで歌っているところがいい!」。たしかに。「自然な演奏」、というのはじつはひじょうにむつかしい――声楽にせよ器楽にせよ。

 その前の日曜夜にかかったのはオネゲルの「クリスマス・カンタータ」という作品で、寡聞にして知らなかった。出だしはいかにも、という感じで不協和音が耳につき、なんだか暗いなぁ、と思ってましたが、後半になって「サセックスのキャロル」とかさりげなく引用してあったりと、それなりにおもしろい曲でした(歌っていたのはテュークスベリー・アビイ・スコラ・カントルムの子たち。くどいようだが、'abbey'は「修道院」じゃありません! これは国内盤出しているところが悪いんでしょうけれども)。先週の「バロックの森」もコレッリの「クリスマス協奏曲」とかシュッツの「クリスマス・オラトリオ(原題がWeihnachtshistorieなので、「クリスマス物語」とでも言うべきところ)」とかかかってましたね。今週は「バロック期の英国」がテーマみたいです。けさは今年生誕350年のパーセルの作品がいろいろかかりました。

 そういえば先週金曜の「N響定演」、いつぞやNHK-FMにて耳にしたヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」をやってました! これすこぶるおもしろい作品ですね。ミサ曲と言いながら、書法は大胆、自由奔放。ゲストの池辺晋一郎先生なんか、「もうやけになってやっちまえ! という感じ」なんて言ってました。そしてこの作品のおもしろいところは後半、長めの「オルガン独奏」があること。手も足も休むどころの騒ぎじゃなくて、ソロのあいだじゅう、ものすごく速いパッセージをガンガンに弾きまくります(NHKホールの大オルガンって最近、リサイタルで使われることがないですな)…池辺先生はオルガン独奏にも触れ、「あんなものすごいパッセージ書いたらオルガニストに怒られる、あんたはオルガンという楽器を知らない! とね」なんて評してました。さらに乗ってきた(?)先生、「もうこんな曲書いてヤンナーチェック、なんてね」…寒ッ! そんなこんなもあってか、いまいち体調がよくないです。今夜はこの時期にしか楽しめないクリスマス音楽を聴きながら寝ることにします(地上波で放映希望!)。

 …ところでクリスマスで歌われる曲に'O little one sweet(O Jesulein suß, o Jesulein mild,)'というのがあるんですが、これってほんとうにバッハの作品? なんだろうか。アンソニーの歌った盤と、こちらのドイツ語で歌われた音源(山野楽器で買ったのですが、たしか1000円くらいとお買い得で、しかも内容がすばらしくてほぼ毎日、聴いてます)をもっていますが、とにかくたいへん愛らしい佳作であることだけはまちがいありません。とくにソロを歌っているThomas Neumannという少年が秀逸。いつごろトマーナにいたのかさだかではないが、オルガニストにハンネス・ケストナーの名前があることから、すくなくとも20年以上前に活躍していた人らしい(まだ旧東独時代のことですね。現在のトーマス教会オルガニストはウルリッヒ・ベーメ Ullrich Böhmeという名手。カントルはクリストフ・ビラー先生ですね)。

追記。先週のBBC Radio3のThe Choirを聴いていたら、ゲストのBBCシンガーズがいきなり'Aka Tombo'を日本語で歌ってくれまして、なんかうれしかったですね。…それにしても英国の人って「ハレルヤコーラス」好きですねぇ。日本人が「第九」好きなのとおんなじかもしれないが…。

posted by Curragh at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | NHK-FM

2009年11月22日

「カプリッチョーサ」にペットボトル騒動

1). 今週の「バロックの森」は「舞曲特集」。中南米起源とも言われるシャコンヌ、シャコンヌとしばしば区別のつかないパッサカリア(passacaglia, 原意は「通りで踏むステップ」、すなわち「通りで踊るダンス」)、サラバンド、アルマンド、フォリアが取り上げられました。で、シャコンヌの起源…についてはやはり以前、この番組にて中南米だと教わりましたが、じつは! サラバンドもそうだという。なんでも中南米のスペイン植民地で人気があった踊りだったんだとか。シャコンヌといっしょに欧州へ入ってきたのかな? サラバンドという形式はすでに15世紀にはあったらしいから歴史はけっこう古い。で、サラバンド形式ないしはそれっぽい様式で書かれた楽曲は数あれど、個人的にはやっぱり「ゴルトベルク」のあの美しい主題が頭の中で鳴り響く。アルマンド allemandeは「ドイツふうの」という仏語から、フォリア fol(l)iaは以前ここに書いたから今日は省略(笑)。

 で、その「ゴルトベルク」なんですが…きのうの「リクエスト」にてかかった、ブクステフーデの「カプリッチョーサ BuxWV250」というチェンバロ変奏曲。なんとなんとこの作品――主題かな? ――が、バッハのあの「ゴルトベルク」第30変奏に引用されているという!! ちょっと待った(ヒゲじい風に)、30変奏ってたしか「キャベツとかぶらがどうした…」とかいう「クォドリベット」の引用じゃなかったっけ? 松田アナがそう言っていたから、たぶんそうなんだろう…でも気になる、と思ってたまにはいつも利用している隣町の図書館じゃなくて自分の町の図書館にひさびさに行って、『バッハ事典』を見ようとしたらだれかさんが借りているらしくて見当たらず。orz …検索画面では「禁帯出」扱いのはずが、どうもこれ借りられるらしい…これだからなあ。まったくもっていいかげん。いつもの図書館に行けばよかったかも。

 あいにくハイポジテープを切らしていて、しかたないから耳を皿のようにして聴いていたのですが、ブクステフーデのこの変奏曲、たしかに30を越える変奏の規模といい、「ゴルトベルク」にけっこう似ています。ほんとにこれバッハの「ゴルトベルク」の着想源のひとつだったんだろうか? ググってもあんまり出てこないけれども…。要出典ってとこかな。

2). 音楽とまるで関係ないけれども、今年もまたこの時期がめぐってきました…とりあえず今年のBeaujolais Primeur の出来は100年に一度の当たり年と言われた2003年なみとか(2003年の欧州は熱波に襲われた年でもありました)。で、さっそくデュブッフおじさんのSélection Plusの大瓶と、となりにちょこんと並んでいた「お試しサイズ」と書かれた250ml入りのかわいい瓶入り「ヴィラージュ・ヌーヴォー」もついでに買ってみました(コート・ドールの老舗ネゴシアンPatriacheのもの)…とり急ぎこの小瓶のほうで今年の出来を確認しようかな、と思ったもので。「お試し」とはいえ、グラスに注いだら芳醇な香りが立ち上りまして、味もけっこうしっかりしているし、これは大瓶のほうも楽しみです。

 …ボジョレの新酒はフランス本国では1000円くらいで買えるらしいけれども、デュブッフさんの(ふつうのBeaujolais Nouveau)は定価が酒税込みで2180円だったかな、毎年おんなじ値段。ときおりディスカウントの酒屋で2000円以下で売られているのを見たこともあるけれど、なんだかんだ言っても高いですね。自分はいつもデュブッフさんの高いSélection Plusとか「ヴィノスやまざき」特製のシャテルスさんとこの蔵元直送ヌーヴォーとかを4本くらい買うと万札飛びますし(笑)。でもだからといって、どっかのスーパーが売り出している「低価格」なボジョレ・ヌーヴォーはいただけない。…なんとペットボトル入り! 旬のもの、走りのもの、新鮮なヌーヴォーをペットボトル入りで売るなんて、よくフランス本国の人は怒らなかったな、と思ったら、やっぱり怒ってました(苦笑)。いくら新酒とはいえ、ジュースじゃなくてれっきとしたAOCワインなんだし、そりゃないでしよ、と思っていたので、お怒りはもっともだと思う(ちなみに静岡の人なので、ペットボトル入りのお茶も嫌い)。

追記。きのうボジョレの新酒が回った状態で見た「ピアニストの贈り物/辻井伸行・コンクール20日間の記録」。国際的に名高いピアノコンクールの舞台裏をぞんぶんに紹介していて、ドキュメンタリーとしても秀逸な番組でした。でも室内楽との共演とか(しかもあのタカーチ!!)、あらためてこのコンクールがありとあらゆるシチュエーションを設定して新進ピアニストの技量を見てやろう、という趣旨のコンペだと知ってそっちのほうも驚いた(こんなハードなピアノコンってあんまりない気がする)。聴衆のひとりも似たようなこと言っていたけれども、辻井さんの演奏のいいところは奇をてらわないこと。技巧に走るのではなく、ピアノから紡ぎ出されるのはまさしく作品そのもの、音楽そのもの。演奏という介在物をいっさい感じさせない。こういう言い方はよくないとは思うけれども、やはりこれは目の見えない演奏家ならではの、まさに天から賜った贈り物のように思う。ヴァルヒャだってそうですし。はじめてあのバッハ演奏を聴いたときの衝撃はいまだに忘れられない。辻井さんの演奏を聴いても、おんなじ感動をおぼえる。コンクールで弾いた「難曲」ぞろいももちろんすばらしいけれども、いちばん感動したのはホストファミリーに感謝をこめて演奏した、辻井さん自作の曲。たしか「波」をテーマにした小品だったと思うけれども、とにかくあの作品はすばらしい。辻井さんの録音盤にも収録されていればいいけれど…(付記。調べたら、収録されているみたいです。波ではなくて、神田川のせせらぎを表現したという「川のささやき」でした)。

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2009年11月14日

天国的な美しさ

1). けさの「バロックの森/リクエスト」は大バッハと息子たちの作品がかかりました…出だしの「ふたつのバイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV.1043」、これひさびさに聴きまして、感動をあらたにしました…とくに「ラルゴ・マ・ノン・タント」の中間楽章が大好き。二丁のヴァイオリンが丁々発止といった緊迫感あふれる掛け合いが「ヴィヴァーチェ」の第1楽章の聴きどころとすれば、第2楽章での二丁のヴァイオリンのやりとりはため息が出るほど美しい。天国…というのがいったいどんな場所なのか、は召されてからのお楽しみでしかないのですが(? 、地獄行きもしくはリンボー行きなんて言わないでね。レトリックですので)、この第2楽章の二丁のヴァイオリンの調べはまさに「天上の音楽」というのはこんな感じなのではないのかと思わせてしまうくらい、じつに美しい、と思う。朝の目覚めにはまさにぴったりですね(現存するのはソロおよび通奏低音のパート譜のみ)。最後にかかった「オルガンのためのトリオ・ソナタ BWV.530」ももちろんすばらしい作品、というか、恐るべき難曲。でも「ひとり室内楽」をただ聴いているかぎりでは、そんなことみじんも感じさせない、バッハにしてはわりと「とっつきやすい」作品のように感じます。

 今週の番組テーマは「追悼の音楽」で、たとえばブロウの「ヘンリー・パーセル氏の死を悼むオード」などを聴くと、やはり最愛の弟子を突然、失った師匠の深い悲しみと衝撃がずしりと伝わってくる。パーセルの葬儀の場へタイムスリップしたかのような感覚に襲われます(パーセルの死因ははっきりしていないようですが、一説によると結核らしい)。

 …そういえば今日のお昼時に放映していた「世界ふれあい街歩き」はリンツでして、もちろんあのザンクトフローリアン修道院教会も紹介されてました…あそこの大オルガンの真下に、アントン・ブルックナーが眠っているのですね。りっぱな棺も映し出されてました。リンツ中心部から15kmも離れたところにあるんですねぇ。

2). ところであのツタンカーメン王墓はようやく修復される運びになったみたいですね。先日の地元紙夕刊紙面にリンク先の画像とおんなじ写真とともに載ってました。修復作業がはじまると…当分のあいだは公開停止になるのかな? この墓は「特別料金」で、王家の谷入り口で入場料を払っただけではダメで、墓の入り口にてさらに見学代金を取られるそうです。現在もなお貴重な「第一の人型棺」が残されている墓所でもあるし、そのお金が墓の維持管理に使われているのであれば(たぶん)、「特別料金」扱いはしかたないでしょうね(それにしても「玄室」の床面ってずいぶんボコボコしているんですね…手前に見えているのは石棺のふた。真ん中で割れているのはもとからで、たぶん突貫工事でこさえた花崗岩のふた[石棺本体は石英質の岩]がなんらかの理由で割れてしまったらしい。割れた部分はセメントでつなぎあわせてある)。それと「カーターハウス」もこのほど修復され、いずれは一般観光客向けに公開される計画だという。希望者はなんと宿泊もできる!! カーターの亡霊とかが出そう(?)ですが考古学好きにはたまらないかも。

 …と最後にまったく関係ないヨタ話のたぐいではありますが、手短かにガス抜きを。先ごろ明るみに出た超有名な脳科学者先生の申告漏れの件。ご本人は担当している番組サイトにて「予想以上に仕事に追われ、確定申告する時間がなかった」とか釈明しているそうですが、脳科学を専門にしている方にしては釈明にもならない釈明ではないですか。それだったらていどの差こそあれ、だれしも忙しいじゃないですか。額も途方もないし(一般的な一庶民から見れば)…いままで税理士に頼まなかったというのが、不思議といえば不思議な話ではある(たしか「雑所得」って年間20万円以上になると確定申告が必要になると思った)。そういえば先生は今年のLFJのアンヴァサダー(?)だったかしら、そういう役回りも務められていて、『音楽の捧げもの』という新書本まで書いて、御著書は会場に山積みされて売られていた。先生も大のバッハ好きらしいから、たぶん内容はすばらしい…のでしょうけれども、この「申告漏れ」の話を聞いたときは、正直、あきれた。

 …けさ見た「オバマ大統領の演説(あのサントリーホールを貸し切り!!)」は、やはり「語られることばの力」を感じた。だれかさんの言い方をそっくりそのまま引用して感想を要約すれば、「やっぱりオバマは演説がうめーなー」でした。

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2009年11月02日

木枯らし一号…もうそんな季節か

 本日はお休み。つまりは三連休、ということで、とりあえずこまごました雑事とかやりながら図書館から借りてきた本を読んだりして過ごしてました。時系列順にざっと書き出すとこんな感じ。

5時ごろ起床。もちろん目的は今年のYCOYを聴くため(笑)。最初は女の子の聖歌隊員からだろう、とタカをくくってゴミ出しなんかしていたら、あにはからんや今年は(去年も?)少年聖歌隊員から。orz ま、あとで聴きなおしますか。
6時。「バロックの森」を聴く。今週は――バッハだ! 
7-10時 ふたたび寝る(笑)。「気まクラ」とか聴きながら。
正午まで 部屋の掃除とかいろいろ。遅い食事をとりながら、「国会中継」とか見ていたりする。首相の答弁を聞いていますと、申し訳ないがこんなアイリッシュジョークがぴったりだ――「借りた金は必ず返す――できるだけ早く」。
14-16時 「クラシック・カフェ」を聴く。本日は――なんとなんと「オルガン演奏を中心にお送りします」!! よっしゃー(笑)。バッハとなぜか大クープラン(フランソア)の作品とかがかかる。オルガン+オーボエ二重奏によるラインベルガーの「アンダンテ・パストラーレ “羊飼いの歌”」と「ラプソディー 変ニ長調」がまたかかったけれども、これ廃盤なのでまたエアチェック(できればアルバムがほしい)。サン-サーンスの「オルガンつき(この言い方はなんだか定食かなにかの付け合わせみたい)」は音量をあげて楽しむ(笑)。
17時20分-18時 「にっぽんのうた 世界の歌」を聴いて、またまた涙する。ヘフリガーの独語訳日本歌曲ってある意味すごすぎる。ヨーロッパの聴衆にも聴かせてやりたいくらいだ。
18-22時 ほとんど騒音かと思うけれども「へたの横好き」な練習をする。ダウンロードした「協奏曲 BWV.974」の緩徐楽章と「アリオーソ(チェンバロ協奏曲第5番 BWV.1056)」の楽譜を睨みつけながらちょこっと弾いてみる。あとでじっくり「大バッハの編曲作法」なんかも調べてみよう。
22-23時 つまらん記事を書く(いまですね)。

 …いまYCOY2009を聴きなおしているんですが、なんだか今年の男子組はみんな緊張?! しちゃったのかな、いまいちというか…それでもアンドリュー・スウェイトくんの後輩くんはよかった。というか、歌声「だけ」を聴いていると昨夜、「ビバ! 合唱」にて聴いた「カンテムス」の女の子みたいだ。結果はこの子が少年聖歌隊員部門で優勝して、お決まりのデュエットとあいなったのですが、'The Lord Bless You and Keep You'の二重唱なんか、どっちが男子でどっちが女子か、まるでわからなかった。こんなことはじめてだ。たいてい、それぞれの「声の個性」というものが際立つんですけれども…。ちなみに優勝したのはこちらのローレンスくんという子。ダットンくんのときとおなじ出場者最年少の11歳だそうです。→YCOY2009のプレスリリースページ

 惜しくも優勝は逃したものの、少年聖歌隊員では「鳩のように飛べたなら」を歌ったカラムくんという子(オックスフォードシャー・ラドリーカレッジ礼拝堂聖歌隊員。「いままで歌ってきて最大の出来事は?」との質問にはあのヘイリー・ウェステンラと歌ったこととこたえてました)なんかよかったな。女子聖歌隊員では、「御身がそばにあるならば BWV.508」が印象に残った(これはバッハの作ではなくて、シュテルツェルという人の作品らしいけれども、低音はバッハの筆らしい)。また今年も常連ウィンチェスターカレッジからウィリアムくんという子も出てまして、クリケット・サッカー・ラグビー好きとのこと。サッカーは強豪チェルシーのサポーター…らしい。アレッドはここで意味ありげに'Good luck!' なんて言っていたけれども…(今年の審査員のひとりカール・ジェンキンスって父親が聖歌隊指導者だったんですね)。

 …最後にいつものように脱線。日曜の朝、NHK総合の「三つのたまご」を見ていたら、Creative Libraryなるサービスがはじまったんだとか。すこし見てみましたが、「名曲アルバム」で出てきたオックスフォード・モードリンカレッジ近くの小川(水路?)をパント(punt)する平底船とかのクリップが出てきました。これたしか米良さんの歌う「あふれよ、わが涙」でしたねー。また土曜日には「教育テレビ50周年」で盛りだくさんでして、特設サイト見ていたら「いちにのさんすう」とか出てきて、ちがった意味で目が潤んでしまったり。そういえば「タップ(宇宙人かと思っていたら、お化けだったんですねぇ)」の等身大ぬいぐるみとか八重洲口地下街のNHKショップで見たことがある(笑)。

 ここでお知らせ。先日、新宿文化センターから封書が来まして、? と思って開封したら、「国際交流演奏会」の案内だった。いっとき中断されたけれども、今年は再開するとのことで、招聘団体はモスクワアカデミー合唱団。なにしろ全席たったの1000円! なので、興味のある方は聴きに行かれてみては。

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2009年09月21日

浜松アーカイヴス三昧!

 本題に入る前に…先日、「人間ドック」なるものをはじめて受診。いろいろ検査を受けましたが、心電図のときに、「洞性不整脈 sinus arrhythmia」があるねと言われた。図解みたいなものも見せられて説明、というか心臓の働きについての講義も受けたけれども、ようするに病的なものではない、だれにでもある不整脈とのこと。もっとも本人はときおり脈が飛ぶことは知っていたので、とくに驚かなかったけれども。そして最後にはじめてendoscopeを飲んだ。麻酔注射やら、喉にも麻酔薬をピュッと飛ばされたりして検査そのものは30分ほどで終了。あとは病室のベッドの上でぐったりして(笑)、渡された食事券を使ってお昼を食べて帰りました(病名関係はギリシャ語起源のことばが多いですね。pneumoniaとかarthritisとか)。

 本題です。待ってました! という感ありの「今日は一日○○三昧」。本日は「浜松アーカイブス」三昧 クラシック編)。NHK浜松放送局には戦前・戦後のSP・EP・LPなどなんと34万枚にもおよぶ膨大な音源ライブラリー(開設は2003年から)があって、今回はそのご自慢のコレクションから「クラシック」と「軽音楽(言い方が古臭い?)」と二日連続で生放送! しかも15時あたりから、ということでいままさにそうだと思うが、オンエア中のスタジオ見学までできてしまうという、なんとも太っ腹にして贅沢な企画です。で、もちろん朝の「バロックの森」からずっとNHK-FMはかけっぱなし。

 浜松アーカイヴス(archiveを独語読みするとアルヒーフ[archiv]。バッハファンにはおなじみの古楽の老舗レーベルですね)の34万枚にものぼるコレクションの内訳は、クラシック系が4割近く、それ以外の軽音楽が6割近く、邦楽・童謡などが数パーセント、残りは昔の放送実況録音とかの音源だそうです。それにしてもすごい量。グレン・グールドの弾くブラームス(「間奏曲 変ホ長調 作品117第1」)とかもありましたが、そうそう、二十代の方からリクエストされた旧ソ連の「メロディア」音源! あれはほんとうにめったにお目にかかれないですね。10年くらい前に神田の中古LP屋さんでほんの数枚見かけたていど。それといまさっきかかっていたモーツァルトの「アレグロ ト短調 K312・フーガ ト短調 K401」をつづけて、オルガンの二重奏というこれまた珍しいかたちで録音した盤とか、ほんと興味は尽きません(この音源じたいはじめて聴いた。演奏者はヨハネス・プレーガーとウォルフガング・バウアー)。自分もいちおうリクエストしたんだけれども、かけてくれるかな…? 

 いまの若い人、というか子どもさんは「ドーナツ盤(EP盤もしくは45回転盤)」さえ知らず、ましてやさらにその昔、「竹」の針でSP盤を蓄音機(!)でいちいち何十回もクランク回してゼンマイ巻き上げては聴いていた、なんてことも知らないという場合がほとんどだろう(よほどこの手のものが好きでなければ)。なんせいまの時代、「サザエさんちの黒電話(rotary phone)」さえ使い方がわからない、なんていう人がいるくらいですから。なんかリップ・ヴァン・ウィンクルか、ケルト伝承に出てくるオシーンにでもなった気分です(あれは押すんじゃなくて回すんです)。

 DJはあの! 矢口清治さん。前半のゲストは相場ひろ先生。たがいの得意分野を生かしたやりとりもおもしろい。たとえばベートーヴェンの「7番」の第2楽章がカルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルの演奏でかかりましたが、これリクエストした俳優さんは、だれだったかもう忘れたけれどもさる海外ミュージシャンの楽曲にこれが効果的に使われていると知り、ぜひクライバーの録音で、とリクエストされたんだそうです。もちろんそっち系の音楽に詳しい矢口さんはその音源を知っていた。その前にクライバーの父親エーリッヒ・クライバーのSP音源もかかったけれども、そのへんのことは相場先生がフォロー。結果的に音楽ジャンルにとらわれず、まんべんなくフォローしていて、ある意味理想的だと感じました。

 …まだまだつづくけれども、がんばってくださいね。

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2009年08月30日

真空管でアレッド

 土曜の早朝、といってもまだ「丑三つ時」ごろなんですが、例によって「丸太のように」眠りこけつつもときおりNHK-FMの番組でかかっている音楽で目覚めたりということを繰り返していたら、突然、ボーイソプラノが聴こえてきて、ぱっちり目が覚めた(笑)。歌声の主はかつての天才ボーイソプラノ、アレッド・ジョーンズ。歌っているのはヘンデルの「なつかしい木陰」。でもなんか音がちがうぞ。ずいぶんまろやかで、ほんわかしている…包みこまれるみたいな。??? と思って聞き耳を立てていたら、なんとこれいまや超希少品の「真空管アンプ」で再生した音源だという!! 原盤はなんだろ、LP? アレッドが日本デビューした当時(自分もまだ高校生)、Victorによる国内盤はLPとCD、両方で出ていたのかどうか…よくわからないけれども、おんなじ音源でもあきらかに音がちがいます。これが噂に聞いた真空管のすごさなのかと思い知ったしだいです。

 このときの「ラジオ深夜便」は仙台からで、音楽ホールをまるまる貸し切って舞台上にデンと真空管アンプや口径20cm以上のこれまた希少な旧チェコスロヴァキアのスピーカー(メーカーはテスラとか言っていた。テスラってたしか軍用真空管のほうが有名だったような気がする)を据えて、そこから醸し出される音楽をじっくり鑑賞しましょう、というなんとも贅沢な内容の放送でした。いやー、もっと早くわかっていれば録音したかったところ(泣)。しゃべっていた人もアレッドのこの音源を「すばらしい。いまどきこういうかたちでの録音ってないですよね(たぶんオルガン伴奏に乗せてボーイソプラノが独唱するというタイプの演奏を指しているんだと思う)」。とか言ってましたが、「これってだいぶ古い録音ですよね…20年前?」ともおっしゃってましたが、たしかあれはアレッドが12歳くらいの録音だから、26年前かな。もうそんなに経つのか…そりゃそうだ、いまは二児の父親ですもの。

 なんでも真空管アンプって声楽との相性が抜群らしい。とくに高音域の「ノビ」とか「張り」の再生に絶大な威力を発揮するんだとか。オーディオ関係はからっきし弱いので、このへんなんとも言えないが、FM放送でもたしかにちがいくらいはわかる。デジタルな再生装置だとなんかこうキンキンする高音域も、真空管だととてもやわらかい響きがします…生の人の歌声にもっとも近いブレイバックを聴かせてくれるのが真空管アンプなのかなと感じた。一度でいいから手持ちの音源を真空管アンプで聴いてみたいものだ。高音域のノビがいい、ということは、キンキンしがちなオルガン音楽なんかも相性がいいのかな? オルガンは人間の耳で捉えられる音はぜんぶ出るから、耳の検査にはもってこいですが(16Hz〜2万Hz)、こと真空管アンプのテストとしても使えるかも。反対に、チェンバロやクラヴィコードみたいな繊細な音色の楽器はどうなんだろ、とも思う。今回の放送では声楽中心にかかっていたみたいです。エマ・カークビーの歌うモーツァルトのアリアとか、あと藤田恵美さんという方の音源もかかってました。こちらの歌い手さんは初耳でしたが、なんでもSARS禍さなかの台湾で、「聴くクスリ」としてアルバムが売れに売れた、という「癒し系」の音楽のようで、なるほど真空管アンプで再生されるとたしかにほんわかと心身ともにリフレッシュされますねー。こうしてあたらしいアーティストの名前を覚えられるのもFM放送のいいところ。iTMSが悪い、とは言わないし、あれはあれでおもしろいとは思うが、音楽の世界がどうしても狭くなるように思う。Last FMというサイトも興味あるけれど、そんなに変わりないかもしれない(それと真空管アンプというのは、光るらしい。音楽にあわせて光るなんて聴いているほうの気分も盛り上がりますな)。

 …そんな折りも折り、日本を代表するチェンバロ/クラヴィコード演奏家の渡辺順生氏の『チェンバロ・フォルテピアノ』なる大著をとなり町の図書館にてちょこっと読んでみたら、思いがけずこんな記述が出てきました。

 「…また、音楽は、本来、演奏の現場において生成しその終了と共に一回限りの生命を終えるものであり、CDなどの録音物は本質的には生演奏を缶詰にしたものであるか、あるいはその記憶のよすがに過ぎない。しかし、これだけCDが世の中に溢れかえると、人々はその利便性に目を奪われて、ライヴの現場に足を運ぼうという意欲を減退させる。こうして、家庭では、本来、音楽家にとっては魂の表現であるはずの演奏が、主婦の台所仕事のBGMとして聴かれ、一流アーティストの演奏会に足を運ぶ人々は、そこにCDと寸分違わぬ演奏を期待する。このように本末転倒した情況を誰も不思議と思わず、いまや、自由な即興性に溢れた創造的精神など、刺身のつまほどにも求められない(p.762、下線強調は引用者)」

…ええっと、自分にかぎって言えば、生演奏にたいして「CDと寸分違わぬ」演奏を期待して聴きに行くことなんてありえません! それだったらわざわざ交通費やらなにやらはたいてまで、実演聴きに行くことなんかないですよ(どんなに安く抑えても行って帰って万札が飛ぶ)。CDとかが溢れかえっているから音楽本来の聴き方、つまり生演奏を聴きに行かなくなる…という理屈もおかしい。「家庭の主婦の台所仕事のBGM」なんて、むしろ最高じゃないですか。演奏家としては逆に喜ぶべきなんじゃないでしょうか? グールドが聞いたらニンマリすると思うけど。ビル・マッキベンの本(Deep Economy)では、いまCDの売り上げがきょくたんに落ちこんでいる米国では、昔みたいに人々が繰り出してはライヴに積極的に足を運ぶようになってきているそうですよ。CDより、悪質な違法ダウンロードとかのほうが音楽家にとってはもっとまずいことだと思いますけれども。なにしろ音楽CDはお金出して買うものだし、それはないでしょ、って思う。ほんとうに気に入った演奏家の演奏だったら、「生」を聴きたくなるもの(すくなくとも自分はそう)。逆にCDがきっかけでコンサートが実現したという例もいくらでもありますし。いまほど演奏家に「自由な即興性に溢れた創造的精神」が求められている時代はないとも思いますがどんなもんでしょうか。そういうことばっかり言っているから、いつまでたってもこの国にはこの手の音楽が根付かないんじゃないですか? 聴き手が演奏会場に行きたくなる気分になる、そういうふうに仕向けるというのもいまや演奏家にとっては喫緊の課題だと思うぞ(ただでさえ財布の紐は固くなってるし。それと苦言をもうひとつ言わせてもらえば日本での公演は総じて高い。もうすこしなんとかならないか)。というかこの本はチェンバロとフォルテピアノを中心に、歴史資料を縦横に駆使して書かれた本なので、この最終章のここの記述が「浮いて」見えたのも事実。「新即物主義」という落とし穴にはまったかつての演奏習慣はバッハや古典派時代の「即興精神」にそぐわない、という文脈的にはわからないでもないけれども、いささか恣意的かつ独善的書き方の感ありでした。

 …CDついでに先日、書店にて立ち読みした『レコ芸』。鍵盤楽器のページを繰ったら、武久源造さんの新譜、「バッハ meets  ジルバーマン・ピアノ」が特選盤に!! 評も読んでみましたが、これはmust buyだと直感。↑であげた本によると、バッハはフォルテピアノよりもクラヴィコードとチェンバロのほうを好んだという見解でしたが、ライプツィッヒ時代のバッハはすでにジルバーマンのピアノを何台か弾いているし、「あたらしい楽器の可能性にたいする興味」がまるでなかった、とも言えないように思う。AOI芸術監督の野平一郎氏による「平均律」録音は曲想にあわせてオルガンだったりチェンバロだったりピアノだったりと柔軟に切り替えて収録したおもしろいディスクですが、おなじことは最晩年の作品「フーガの技法」でも言えるように思う。たしかに語法的にはチェンバロもしくはクラヴィコードですが、全曲、その楽器で演奏しなければならないということはないと思う。オルガンやピアノのほうがよかったりする場合もある。武久さんのアルバムにもどると、有名な「シャコンヌ」もオリジナル編曲で弾いているらしいし、なんと言ってもバッハも弾いたジルバーマンピアノの忠実なレプリカで演奏しているという点だけでも聴いてみたくなりますね。

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2009年08月22日

シュタットフェルトの「平均律」

 けさ聴いた「バロックの森/リクエスト」はオール・バッハ。最初にかかったのはフランスのオルガニスト、アンドレ・イゾアールの弾く「トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調 BWV.564」。ヴァイマール時代の1713-17年ごろの作曲で、若きオルガニスト、バッハのイタリア音楽研究のひとつの成果として結実した独創的な作品。北ドイツオルガン楽派から受け継いだ即興性あふれる「トッカータ」につづいて、イタリア音楽から吸収した、あきらかにヴィヴァルディの影響を受けた「緩徐楽章」を挿入、つづいて重々しい「グラーヴェ」のあと、まるで暗闇からパッと明るく開けた場所に出たかのようにフーガ主題が活発に走り出し、ふたたびトッカータ風にちょっととぼけた感じで「走り去って」終わる、そんな曲です。イゾアールの演奏では終結部コーダの和音が省略されていたから、よけいにこのフーガの「走り去る」感じが出ていたように思います。

 つぎにかかったのが「チェンバロ協奏曲 第1番 ニ短調 BWV.1052」。リクエストを寄せた方は高三の受験生らしくて、この曲を聴いてリフレッシュしているんだとか。松田アナによるとこの作品、10曲ほどある一連のチェンバロ協奏曲ものではとくにロマン派の作曲家に受けがいいらしくて、シューマンなんかは「最高傑作」だとして絶賛した、という。たしかにいきなりドラマティックに開始する緊張感あふれる出だしとかはいかにもロマン派の音楽家が好きになりそうな気はします。とっつきがいいというか。原曲はヴァイオリンのための協奏曲(楽譜は焼失したらしい)だったらしいです。とにかくバッハは使用目的がコーヒーショップでの店先コンサートとはいえ、チェンバロ協奏曲として編曲するのがことのほか好きだったと感じます…それも2台とか4台とか、複数台のチェンバロを独奏楽器として使っていることからしても、たんなる「手遊び(「てすさび」と読む)」とは思えません。この第1番も、ひさしぶりに聴きました。チェンバロを弾いているのはこの番組では常連(?)の、オッターヴィオ・ダントーネ。朝から眠気が飛んでいきそうな、溌剌とした演奏でした。

 そして最後が、「平均律クラヴィーア曲集 第1巻」から「前奏曲とフーガ 第8番 変ホ短調 BWV.853」。前奏曲のアルペッジョが連続するところとかがなぜか好き。演奏者はあのマルティン・シュタットフェルト。ピアノもいいですね。ほかの人の演奏ではどうなのかわからないけれども、前奏曲はほとんどpianoで弾き通している。フーガのほうは多少、盛り上がり感がありましたが、やはりpianoで静かに終わります。器楽でも声楽でも、pianoで弾く/歌うというのは技術的にむつかしいことです。これだけ繊細に音量をコントロールして弾きつつ、きちんと旋律線を歌わせているのはさすがです。

 来週の「バロックの森」は「イタリアのさまざまな都市にちなんだ音楽」だそうで、プレイリストを見たら、米良美一さんの歌う「アマリリ麗し」とか、「チェンバロの慰め」のガルッピの「2つのフルートのための協奏曲 ニ短調」とか盛りだくさんですね。ジョヴァンニ・ガブリエーリの「サクラ・シンフォニア集」って、たしか今週もオルランド・ディ・ラッソのあいまにかかってましたね(「ピアノとフォルテのソナタ」)。それとトン・コープマンがリサイタルのアンコールで弾くおなじみのオルカンコラール前奏曲もかかってました(「来たれ、異教徒の救い主よ」 BWV.659)。

 …今週の「にっぽんのうた 世界の歌」では、はじまりがトマス・ムーア作詞の有名な「庭の千草(The Last Rose of Summer)」。いろいろな人がそれぞれに歌っていていいのですが、原歌詞で歌われた音源というのもひとつくらいあってもよかったのでは…なんて思ってしまった。もっともこれは日本語歌詞による「庭の千草」にこだわってのことだったかもしれない。

 …ああそうだ、今夜の「名曲リサイタル」は辻井伸行さんが出るんだった、忘れずに聴かなくては(もちろん「名曲のたのしみ」も)。

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2009年08月16日

辻井さんにオルランド・ディ・ラッソ

 今年はあんまり夏らしくない不順な天候がつづいたせいか、ひさびさにカッと真夏の太陽が照りつけたものだから、ただでさえバテ気味の体には ―― 地震というよけいなおまけまでついていたというのもあるけれど ―― ちょっとこたえます。でもけさの「バロックの森/リクエスト」では、コレッリの「ヴァイオリン・ソナタ ハ長調 作品5第3」というのが一服の清涼剤という感じで、よかった。この原曲がもともとどんな構成なのかは知りませんが、オルガンとヴァイオリンという組み合わせによるソナタというのも、なかなかよいもの。ボプ・ファン・アスペレンは一昨年だったか、来日公演でバッハの有名な無伴奏ヴァイオリンのための「シャコンヌ(BWV.1004)」をチェンバロで華やかに弾いたときの録音が「ベスト・オヴ・クラシック」でもかかっていたけれども、この音源もいい。Naxosレーベルらしいから、探せばあるかも。

 … けさの地元紙朝刊に、西伊豆町安良里漁港からサンマ船が出港したという記事がありました。20年くらい前、安良里だけでも4,5隻はあったと思うけれども、いまでは静岡県でたった一隻のサンマ船になってしまった … これから約3か月、サンマの魚影を追って根室沖から南下して房総半島沖まで漁をつづける。昨年は例の原油高騰のあおりを食って出漁しなかったから、サンマ漁船出港は2年ぶりということになります。昔は田子とかほかの港からもサンマ漁船が船団を組んで出港したものだから、それは壮観でした。いまは昔、という感あり。

 … BBC Radio3のChoral Evensong。今週は「3聖歌隊フェスティヴァル」で、'Mappa Mundi'で有名なヘレフォード大聖堂から。冒頭のブルックナーの「アヴェ・マリア」からしてもう涙腺が緩みそう。最後の聖歌では、'I heard the voice of Jesus say'が出てきます。詩編第2番のドイツ語歌詞で歌われるメンデルスゾーンの詩編歌が演奏されたのもよかった。最後のオルガン・ヴォランタリーもメンデルスゾーンの「オルガン・ソナタ第1番 ヘ短調」の第1楽章でした(↓は、アンソニー・ウェイの独唱ヴァージョンによる'I heard the voice of Jesus say')。



 …そういえば今週の「バロックの森」はオルランド・ディ・ラッソ特集(なぜかバッハもあるけれど…)。それと、土曜夜の「名曲リサイタル」は生放送で、あの辻井伸行さんが出演! これは聴かなくては。吉田秀和氏の「名曲のたのしみ」もおもしろいですね。ハイドンに「オルガン協奏曲 ハ長調 Hob.18-1」なんて作品があるなんて知らなかった。宗教声楽作品が中心みたい。いまは、「今日は一日SF・ヒーロー三昧」聴きながら書いてます(ほとんど聴いてないが[笑])。このあとはBBC Radio3のライヴを聴きながら寝ます。

 本題と関係ないけれど、NYTのダイジェストレターの「今日はなんの日」によりますと、本日はこんな日でした。

On Aug. 16, 1977, singer Elvis Presley died at Graceland Mansion in Memphis, Tenn., at age 42.

 プレスリーって、42で亡くなっているのか! しかも「ブレンダン号」がぶじカナダ・ニューファウンドランドに到着した年ではないか…ってぜんぜん関係ないか。

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2009年07月20日

ペツォルトとバッハ

 いま「気まクラ」の再放送を聴いています。「キアーロ!」コーナーにて、「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帖」に収録されている超有名な「ト長調のメヌエット」がかかりました。で、これは――いや、これも、か――じつはバッハの作品ではなくて、他人の作品。ということは知っていたけれども、真の作者がバッハより8つ年上の同時代人クリスティアン・ペツォルトなる人だった、ということをいま知った。ついでだからとさっそくWikipediaをのぞいてみたら、ありました。ほえ、『完全な楽長』のマッテゾンからも絶賛されていたみたいですね。なのに現存する作品というのがこれと、チェンバロ協奏曲とカンタータ一曲ずつというのは、なんとも残念な話ではあります。どこかの図書館から出てくることを期待しますか。ところでライプツィッヒ時代後半、1730年代以後、バッハは度重なる市当局との衝突で、トーマス教会での職務にも嫌気が(?)さしていた(人間だから、いやになっちゃう気持ちはよくわかります)。かわりに「コレギウム・ムジクム」活動に熱を入れていたりしていたものだから、減俸処分まで喰らうしまつ。使用者側から言わせれば、反省するどころか教会音楽はこうあるべきだ、みたいな上申書まで提出して、職責の一部であるトーマス学校の生徒にラテン語を教えるということさえ、ペツォルト学士に「丸投げ」している。とにかくバッハの態度はなってない、とこんな感じ。で、ここで出てくるペツォルト学士なる若い人は、年上ですでに高名なオルガニストだったペツォルト氏とはたぶん、関係ないのだろうと思いますが、思い出しついでにいちおう書いておきます(笑、とくに意味はなし)。

 けさの「バロックの森」ではアンドレア・ガブリエーリのオルガン独奏用の「カンツォーナ」という作品もかかりました。はじめて聴いたけれども牧歌的な感じのカンツォーナでしたね。カンツォーナはその名のしめすとおりもとは「歌」ですけれども、器楽曲に転用されてからはチェンバロとかオルガンとかの独立した楽曲として、たとえばフレスコバルディとかが書いています(1635年刊行の『音楽の花束』、または『トッカータ第二集』とか)。バッハも一曲だけ、オルガンのためのカンツォーナ(BWV.588)を残していますが、バッハの時代にはすでに時代遅れの古臭い楽曲形式になっていた。形式的には同一主題がはじめ二拍子、経過句をはさんでおんなじ主題がこんどは三拍子に転じて現れるフーガ(リチェルカーレ)です。先人のフレスコバルディの場合、対位主題(対唱)をそなえた複雑かつ技巧的なものが多いですね。「対位主題」というのは、たとえばオルガンのための「パッサカリア」後半部フーガ主題や、「フーガの技法」の3番目のフーガみたいに、メインの主題に寄り添うようにくっついている独立した対位旋律のこと(→カール・リヒター演奏による「パッサカリア」後半部分)。

 …いま放送では村上春樹さんの最新作のことが話題に上がってますが…へぇ、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団によるヤナーチェクの「シンフォニエッタ」って、小説冒頭から登場するのですか。驚いたのは、リスナーの方によると、CD屋さんに行っても売り切れてないんだそうだ。とくにジョージ・セル盤が。Amazonならありそうな気もするけれど、村上さんの本ってすごいなあ。そうそう、いまおもしろい本を読んでいるのですよ。ちょっと古いんですけれども『翻訳夜話』っていう本で、名翻訳家の柴田元幸氏との共著。図書館で借りたんですが、とにかくpage-turner、読みはじめたらとまらない。いちいち目からウロコ状態です。とくに文芸翻訳を志している方には必読書だと思いますよ。贅沢にも両氏によるカーヴァーとオースターの短編の「競訳」まであって、しかも原文まで併載されている。これはもうすぐれた翻訳指南書と言ってもいいと思う。カーヴァー作品をはじめて原文で読んだけれども、ミニマリズムというやつですか、ひじょうに簡潔で歯切れのよい文体で書かれていました(おっと、ミニマル音楽ではけっこう知られたライヒの'Electric Counterpoint'もかかってましたね)。

 …今日は「海の日」ですが、40年前のこの日、人間がはじめて月に降り立った歴史的な日でもあります。先日地元紙を見たら、「静かの海」に残された月着陸船「イーグル」の残骸の写った写真が掲載されてました。いまだに「あれはやらせだった」みたいなことを言っている人が米国にいるということにも驚くけれども…。

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2009年07月13日

もうひとつの「ホ短調」

 けさの「バロックの森」はバッハの作品から。有名なカンタータ第140番は、名門キングズカレッジ聖歌隊の歌声で。年によって、高音部を歌うコリスターたちの歌声の質も大人びた感じ中心だったり、子どもっぽい感じ中心だったりして、それはそれで楽しめるんですが、けさ聴いた印象としては幼さが感じられる声でした。逆に、いまさっき聴いた「ベスト・オヴ・クラシック」で歌っていた、やはり英国を代表する名門オックスフォード・ニューカレッジ聖歌隊の歌声は、とても大人びていて、成熟した合唱を聴かせてくれてました。歌っていたのは今年生誕350年を迎えるパーセルの歌劇「ディドーとエネアス」の抜粋と、アンコールの「主よ、わたしたちの罪を思い出さないでください」。合唱といえば、先週の日曜にもヴィントスバッハ少年合唱団によるメンデルスゾーンの詩篇にもとづく声楽曲三つと「六つの箴言」から「元日に」という曲がかかりました。ここの歌声もひさしぶりに聴いた。さすが、というか、あいかわらず達者です。また来てくれないかな…ずいぶん前ですが、8月の猛烈に暑いさなかに彼らがはじめて日本に来て歌声を披露してくれたことをついきのうのように憶えています。

 話もどって、けさはバッハのもうひとつの「ホ短調の前奏曲とフーガ BWV.533」もかかりました。演奏者はミラノのオルガニスト、ロレンツォ・ギエルミだったから、たぶん手許の音源とおんなじディスクだろうと思う。弾いているのはカザルスホールのオルガンとおんなじドイツのアーレントという製作者の楽器。こちらの「ホ短調」は以前ここでも紹介した「偉大なホ短調」、または「二楽章のオルガン交響曲」とシュピッタが呼んだBWV.548とは対照的に、おそらくバッハがブクステフーデの演奏を聴きに370km以上も歩いてリューベックへ向かったころに作曲されたのではないかと考えられている作品。あきらかにブクステフーデふうの豪壮華麗なトッカータ的走句で堂々とはじまる前奏曲ははやくも天才の片鱗を感じさせます。ブクステフーデやゲオルク・ベームなどの北ドイツオルガン楽派の作風では、自由な前奏曲(トッカータ)−フーガもしくはフゲッタ−前奏曲(トッカータ)みたいな境界線のあいまいな書き方が多いのですが、バッハははやくも後年の作風を垣間見せるかのように、前奏曲とフーガが大きく向き合うというかたちで書いていますし、前奏曲における主題展開にも統一感がある。つづくフーガは、「夜警のフーガ」というニックネームがついていて、8分休符をはさんだ夜警ラッパみたいな音型が印象的。でも厳格な展開、ということはなくて、こちらは走り去るかのようにあっけなく終わる。またこの「ホ短調」は、メンデルスゾーンも好んで弾いていたそうです。

 …20年前の今日は、伊東沖で海底火山が噴火した日でした…あのときはほんとうに度肝を抜かれた。その直前の一週間は震度4クラスの群発地震が頻繁に起こり、うとうとしていたら突如突き上げられるような揺れでたたき起こされ、いまにも倒れそうな本棚を必死になって押さえていた(押さえている本人も揺れながら)。あれから20年が経過しましたが、地元紙上で火山学者の小山先生が指摘していたように火山防災計画は20年前のままだし、なによりもいまだハザードマップさえないというのはどういうことか。静岡県東部地方と伊豆半島に住む人の意識低下、噴火体験の風化がそろそろ気になります。火山と観光というのは、けっして相反するものではないと思う。火山の恵みあってこその温泉や景勝だし、また前にも書いたけれども伊豆半島にはひじょうにユニークな地学景観がそこここにあります。このような火山もふくめた伊豆半島の地形地質を前面に押し出した観光というのももっと考えられていいのにといつも思います。先日、NHKラジオ第一でたまたま知ったのですが、どこだったか「ジオツーリズム」というのを表看板に掲げて観光客を呼びこむ取り組みをしている町を紹介していました。そう、ジオツーリズム! まさに伊豆半島こそ、ジオツーリズムにうってつけではないですか。グリーンツーリズムの一環として、この火山や地学的景観といった自然の恵みをうまく取り入れたジオツーリズムの取り組みがもっと盛んになってくれればよいな、と思っています。

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2009年07月12日

マイケル、カーペンターズ、バッハ

 …初代ノートブックさんが静かに寿命を迎える前に、あせって中古ショップさんで二台目を購入。ということで、まだ使い慣れない二台目のPCから更新(キーボードの配置がやや変則的で慣れが必要。しかしPCって、どうして使い慣れた使用環境の移行というものにこうも時間がかかるのか。orz PCのハードじたいは、あせって買ったわりにはすこぶるよくて、4、5年前の旧型とはいえ性能面では自分にはもったいないくらいよいです。造りも企業のリース向けらしく、堅牢ですし。でもHDDの位置がいまいちで、左手掌直下[苦笑]。なのでそこだけ熱いのが難点といえば難点。あとは申し分なし。無線LANも導入したのでどのへんまで電波が届くか、試してみるつもり)。

 今週の「バロックの森」、火曜日にかかったバッハ17歳くらいのときの作品、「旅立つ最愛の兄に思いを寄せる奇想曲 BWV.992」。これはたぶん、バッハ全作品中でほぼ唯一の「標題音楽」なんじゃないかと思います。チェンバロ独奏用ですが、この日は巨匠デームスのピアノでしっとりと。金曜日、ハンス・レオ・ハスラーのモテットにつづいてかかったのは、バッハの息子カール-フィリップ・エマヌエル・バッハのオルガンのための「ソナタ ト短調 Wq.70-6」という曲がかかりまして、印象としてはなんかヘンデルの「オルガン協奏曲」っぽかったんですが、珍しさというのもあっておもしろかった。肩の凝らない作品ですね。

 …週末、二台目PCのためにUSB接続のマウスとか必要なこまごまとしたものを買ったり、使用環境の移行作業やらでくたくたになって、ぼんやりNHK総合を見ていたら、先ごろ急逝したマイケル・ジャクソンさんの音楽に焦点を当てた番組をやってまして、つい見入ってました。解説役はこの手の音楽に詳しい松本アナ。マイケルとくると、どうしても'Bad'とか'Thriller'のイメージが強いですが、けっこういろんなジャンルの歌を歌ってますね。個人的にはやっぱり祈りの気持ちも込められているように感じる'Heal the world'が好きですね。ブルガリアで開かれたというマイケルのコンサートのもようも流れてましたが、狂喜乱舞し、髪振り乱して声援を送る観客の姿を見ると、マイケルという歌い手は歌い手というより自由の国アメリカの姿そのものだったのではないかという気がした。奇行がらみでは、なんとなくグールドも思い出したり…ひとつの天才というものは、そういう「度を越えた」面があるのはいたしかたないのかもしれない。そういえば、一庶民の視点で見れば、この前週刊誌で見た来日したときのマイケルの「大人買い」の写真にはびっくりした。レーザーディスク(!)とかビデオとか、50本以上も買い漁っていたらしいから…ある意味、うらやましくもあるが、はたしてあれだけの量のレーザーディスクやらビデオやらCDやら、鑑賞する時間なんてあったんだろうか、などと余計な勘ぐりもしたり。

 そのあと、カーペンターズのカレンさんを取り上げた「SONGS選」という番組もはじまったのでこちらも見た。日本人って、やっぱり'Yesterday once more'、好きなんだ〜ってヘンなとこで感心したり。'I need to be in love'、「青春の輝き」も名曲ですねぇ。ぐっときたのは、兄リチャードが生前のカレンさんの歌声と「共演」した'Close to you'のシーン。たまたまいい再放送にあたって、なんだか得した気分。

 FMに切り替えたら、「ラジオ深夜便」の「競演 世界のアーティスト」のコーナーでしたが、なぜかジャック・ルーシェ・トリオとギターの荘村清志さんでした。「トッカータとフーガ BWV.565」の、あのgroovyなノリのいい演奏なんかさすがです。荘村さんのギターによる「アランブラ宮殿の思い出」もすばらしい。というわけで、けっきょくジャック・ルーシェのバッハを聴いて一日が終わった。

 …いま、図書館からアイルランド神話ものを借りているんですが、「聖ブレンダンの航海」ときょうだい関係にある「メルドゥーンの航海」って、なんと80年も前(1929年)に邦訳されていたんですねー、知らなかった。この本も近いうちに「参考文献」ページに追加する予定です。

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2009年07月06日

シェプキンの「ゴルトベルク」

 いまさっき、「ベスト・オヴ・クラシック」にてセルゲイ・シェプキンさんのピアノリサイタルの再放送を聴いてました。やっぱりいいですねー。いろいろな人の演奏で傑作「ゴルトベルク」を――もちろん生でなくて、CDで――聴いたけれども、この人の演奏は出だしのアリアからしてうならされます。最初に聴いたときは手許にスコアがなかったけれども、こうしてスコアとにらめっこしてあらためて聴いてみると、微妙な強弱のつけ方といいアゴーギックといい、繰りかえしの部分では装飾音のつけ方も変化させていたりと、たんに技巧まかせではなくて、細かいところに神経の行き届いた、抜群のバランス感覚の際立つ演奏のように感じました(→初出拙記事)。来日公演はちょうど一年前に収録されたこのリサイタルで二回目だそうですが、このへんにも来ないかな…ぜひ生で聴きたいと思います――もちろんバッハで! 

 …というわけでいまは「ラジオ英会話」。King Tutとかomenとか出てきておもしろいですね(エジプト旅行編らしい)。omenついでに、ominousという形容詞もある。スキットでは'good omen'が出てきたけれども、手許の電子辞書には'a propitious omen'というラテン語起源のちょっとかっこつけた言い方も載ってますね。decipherという語も出てきましたが、cipherという語は音楽関係の用語としては「オルガンの自鳴」という意味まであります。「自鳴」というのは、ようするに故障でして、鍵盤を押さえ終わってからもパイプからえんえんと音が鳴りっぱなしになる現象。以前YouTubeの「すごいアマチュア」のことを書いた折に紹介した、米国人少年奏者の投稿動画に、そんな「自鳴」場面もあったことを思い出しました(残念ながら彼はすべての動画を削除してしまったようです)。

 …シェプキンさんのCDもそうだけど、Peter - The Adventures of a Chorister over a Thousand Yearsという古い小説とか、ほしいものリストはあいかわらずなんですけれども、ちょっとした緊急事態が発生。なのでまたしても貴重なお足がそちらに流れてしまいました。そういえば明日は「七夕」でしたね…。

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2009年06月21日

「N響定演ライヴ」とバッハのオルガンコラール

 今週の「バロックの森」、月曜の朝にはバッハのカンタータ第一番、「輝く暁の星の麗しさよ BWV.1」がかかりました。これは1725年3月25日の「受胎告知日(Annunciation of Blessed Virgin Mary, ローマカトリックでは「神のお告げ」)」に初演されたと言われているもの。水曜日はハンブルクで活躍した作曲家の特集でして、シャイデマンのオルガン独奏用の「前奏曲 ニ短調」。朗々とした輝かしい音色が美しい小品でした。木曜日にはミシェル-リシャール・ドラランドの「怒りの日」がかかりました。ドラランドの声楽作品じたい、ぜんぜん知らないから、聴けてよかった。「怒りの日」はもとは中世のセクエンツィアで、フォーレの「レクイエム」では「怒りの日」のテキストこそないけれど、本来一部をなしていた「慈悲深きイエスよ('Pie Jesu')」のみ、なんとも言えない天国的な美しいソプラノ独唱用として作曲しているのは有名ですね。英語版Wikipediaによると、「怒りの日」の作者はチェラーノのトンマーゾという13世紀のイタリア人フランシスコ会士らしい(チェラーノという町はラクイラ県にあるから、この前の地震の影響はどうだったのか、ちょっと気になるところ)。

 けさの「リクエスト」もドラランドの「テ・デウム」がかかったりしましたが、ドラランドと同時代人だったフランソワ・クープラン(大クープラン)のクラヴサン曲集第二巻から「昔の偉大な吟遊詩人たちの年代記」というのもかかりました。こちらは中世に隆盛を誇った吟遊詩人たちが、いまやお役御免になって宮廷の寵愛を失った自分たちをかつてのように取り持っておくれと懇願した事件があり、クープランが彼らを動物や鳥になぞらえて皮肉ったという当時の時代背景が透けて見えるような作品でした。ときのルイ王朝の宮廷音楽を牛耳っていたのがリュリとかクープラン、ドラランドといった音楽家だったから、彼らにしてみれば吟遊詩人連中は商売敵、いまやわれわれの時代なのだと誇示したかったのでしょう。とはいえそんな宮廷音楽家の華々しき時代も過ぎ去って、1789年7月14日を境に彼らもかつての吟遊詩人同様、没落の道をたどることになる。以前ここにもすこし書いたけれども、いちばんいい例がマリー・アントワネットのお付きのクラヴサン教師だったクロード・バルバートル。フランス革命後はほんと、流転の人生だったようです(→拙記事)。

 フランス革命後の混沌とした時代に生まれたのが今年没後200年のハイドン。きのうの「名曲のたのしみ」では、ハイドンの少年時代の話とそのころ作曲したという「小ミサ ヘ長調 Hob.22-1」がかかりました。合唱は名門オックスフォード・クライストチャーチ大聖堂聖歌隊で、指揮はこれまた著名なオルガニストにして音楽学者のサイモン・プレストン。はじめて聴く作品だったので、とても興味を惹かれました。こちらの「小ミサ(Missa Brevis)」、キリエからアニュス・デイまでいちおう「ミサ通常文」通作ですが、ひとつひとつの規模がひじょうに小さいので、それで「小ミサ」という曲名なんだろうか(「小ミサ」はクレドのないものを指す場合が多いが、バッハの数曲ある小ミサ曲のようにルター派では「キリエ」と「グロリア」のみの構成になったりする)。少年ハイドンは美声の持ち主で、弟のミヒャエルとともに当時のシュテファン大聖堂聖歌隊で「宮廷付属聖歌隊」、のちのウィーン少年合唱団とともに歌っていたそうですが、変声すると、とたんに追い出されたという。なんともひどい話! 一時は野宿生活なんてこともあったらしい。またハイドンは8歳か9歳くらいでウィーンに旅立って以後、生まれ故郷に帰ってくることはついになかったという。

 それからもうひとつだけ。水曜の夜の「第1651回N響定期公演」ライヴ。急遽ピンチヒッターで登場したロシアの名ヴァイオリニストのヴァディム・レーピン氏によるラロの「スペイン交響曲 ニ短調 作品21」は絶品! でした。アンコールでも――たいへんむつかしいと言われる――第二楽章を再演したりと余裕ですね! ファリャ、ラロとドビュッシーにラヴェルと贅沢なプログラムだったと思うけれども、この生中継番組の最後にかかるテーマ曲(?)がこの春から変わりました。バッハのオルガンコラール前奏曲「おお人よ、汝のおおいなる罪を嘆け BWV.622」ですね。これはもちろん、有名な「オルガン小曲集」にある一曲で、この曲集中、もっとも大きなコラール編曲です(といっても演奏時間にして5分くらいですが)。16世紀の宗教詩人ゼーバルト・ハイデン作の原歌詞は「マタイ」にも出てくるから、聴いたことがあるという向きも多いと思います。とはいえこの「エンディングテーマ」の演奏者はだれなんだろう、気になるな…。

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2009年06月07日

グルダの「アリア」

 けさの「20世紀の名演奏」は、先月31日に逝去された音楽評論家、黒田恭一さんを偲ぶ特集でした…カラヤン指揮ベルリンフィルによるマスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」の有名な「間奏曲」ももちろんすばらしくてよかったけれども、黒田さんは大のグルダファンだったらしい。グルダ、とくると、おかたいクラシック好きには怪訝な顔をされる人がいまだにいるかもしれない。でもこういう「型破りな人」人こそ、音楽の本質を突いていたりする。グールドなんかそうですね。ひさしぶりにグールドがオルガンで弾いた「フーガの技法」を聴いていますが、なんだかんだ言ってもやっぱり天才ですね。番組後半には、黒田さんも大好きだったというグルダの「アリア」もかかりました…これ、自分も大好きな作品。93年だったか、けっきょく最後になってしまった来日公演で、グルダが興奮冷めやらぬ聴衆に、「なにかアンコールはあるかい?」と振ったら、すかさず「アリア!」の声。「『アリア』? グルダのだね?」とにっこり微笑んで、やおら自作の「アリア」を弾きだした…あのときの公演のもようを録画したビデオはいまでも後生大事にとってある。それはそうと、こちらの通販にてその「アリア」ピアノ用の楽譜を発見。お足はあいかわらずないけれども、またほしいものが増えてしまった…。

 今日は朝から盛りだくさん。「バロックの森」ではバッハの世俗カンタータ(BWV.215)と、「ト短調の大フーガ」として有名な「幻想曲とフーガ BWV.542」がかかったし、なんといっても「海外コンサート」では、あの巨匠ミシェル・コルボ指揮による「ロ短調ミサ」までかかった。なんというぜいたく!! LFJ2009でもコルボの公演は即完売したらしいし…でも残念ながら金曜夜の「芸術劇場」は見逃した(というより寝ていた orz)。せっかく自分の聴いた、ピエール・アンタイ指揮のカンタータBWV.33の公演のもようを放映していたというのに…。合唱ファンだったらコルボの名を耳にすれば、1972年の「伝説的名演」を収録したアルバムを思い浮かべる人も多かろう。フォーレの「レクイエム」のアルバムですね。自分は廉価盤の紙ジャケのやつをもってますが、あれはほんとうに名演。しばらく聴いてないから、また聴いてみよう。

 いまさっきの「ビバ! 合唱」。今年が記念イヤーのメンデルスゾーン特集。のっけからマルティン・フレーミヒ指揮ドレスデン聖十字架合唱団によるモテット「主をたたえよ」。この盤は、ひょっとしたらもってるかもしれない…最近聴いてないから確認してみないとわからないけれども。「エリヤ」からも二曲かかりましたね。案内役の作曲家松下耕先生も言っていたけれど、「メロディーは天から降ってくるもの。ハーモニーは作曲者の技量。メンデルスゾーンはその両方をもっていたわけで、まさしく天才! ですね」というのは、まったくもってそのとおりだと思う。メンデルスゾーンの歌曲・宗教声楽曲はけっこう好きで、前にもここに書いた「鳩のように飛べたなら」はとりわけ大好き。自分が死んだらなんも聴こえないけれども、「葬式にかけてほしい曲」ナンバー・ワンかな。「歌の翼に」も好きだけれど、「おお、ひばり」、これもいいですね。TFMのクリスマスコンサートのときに聴いたんですが、失礼ながら成人女声の声より、清冽で軽やかな少年合唱のほうが曲想からしてもふさわしい気がする。もっとも作曲者はふつうに成人女声で、と指定しているのかもしれないが…。そしてもうひとつ宗教声楽曲がかかりましたが、歌っているレナー・アンサンブル・レーゲンスブルクという団体、ピンときた方もいると思いますが、そう、あのレーゲンスブルク大聖堂の「雀たち」のOB団体なんであります。松本先生いわく、「この人たち、とってもおちゃめなんですよ〜。でも合唱となるとこのようにビシっとそろうんであります」。少年時代から訓練を積んだ「おなじ釜の飯を食った」者どうしですから、アンサンブルの呼吸もばっちりです。

 それとちょうど時間帯が重なってちょっとしんどいけれども「N響アワー」。こっちも印象的でした…前にもここに書いたフィンランドのピアニスト・作曲家・指揮者のオッリ・ムストネン! 23のとき初来日してピアノ協奏曲を弾いていたときのもようも出てきたけれども、なんか若いころのアレッドに似ているな。いまでも若々しくて、かっこいい。できればあやかりたい(笑)。ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲 ニ長調」の第一楽章のもようが放映されましたが、初来日のときと変わらず、なんと情熱的で若々しい演奏と指揮! ベートーヴェンの生きていたころは「弾き振り」が当たり前だったろうけれど、これができる人ってほんと尊敬する。なかなかできるもんじゃありません。インタヴューにもこたえてましたが、日本びいきのようで、なんだかとてもうれしいですね。ムストネンさんの自作「三つの神秘」も、どことなくヴィヴァルディの「冬」みたいな感じでおもしろかった。前にも書いたけれども、ムストネンさんはもっか、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を「弾き振り」で録音中だとか。あ、そういえばこちらのCDも、じつは気になっていたりする。とはいえお足が…。

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2009年06月05日

「むすんでひらいて」はルソーの歌劇が原曲??

 今週の「バロックの森」は「バロック時代末の音楽」。月曜日は歌劇作品でして、ペルゴレージの「奥様になった小間使い」などの喜劇風の作品がもてはやされたことなんかを案内役の先生が話してました。この作品はのちにパリでも上演されて大評判になり、そのことがきっかけとなって、イタリアとフランスの歌劇のどちらが優れているかをめぐる大論争まで起きたと言います。そうそうペルゴレージで思い出したけれども、いつだったかアレッサンドロ・スカルラッティの「サルヴェ・レジナ」(?)だったかな、そんなタイトルの声楽曲がかかったことがあって、聴いてびっくり。ペルゴレージのあの有名な「悲しみの聖母(Stabat Mater)」そっくりじゃないですか!! 二重唱のところなんかとくに。スカルラッティのこの作品、ペルゴレージの「悲しみの聖母」となにか関係がありそうな気がします。またフリードリヒ二世の取り巻き音楽家のひとりだったヤニチュという人の作品ははじめて聴きましたが、「伴奏−旋律線」という構成がはっきり出ていて、いわゆる「通奏低音」ではなかったように思う。このへんからだんだんに通奏低音時代、つまりバロックからロココ、古典派へと移行していくんであろうか。でも同時期の英国、たとえば大バッハの末息子で「ロンドンのバッハ」と称され、少年モーツァルトにも影響をあたえたヨハン・クリスティアン・バッハと組んで演奏会を開いたりしていたアーベルの作品、「ヴァイオリン、チェロと通奏低音のためのソナタ イ長調」では、いまだ通奏低音とヴィオールまで活躍しています(英国人のヴィオール好きは有名)。

 ところがこの日、さらに驚くべきことが。おしまいに「自然へ帰れ!」で有名な思想家ジャン-ジャック・ルソー作のオペラ、「村の占い師(Le Devin du village)」というのがかかったのですが、これの第8幕「パントミム」で使われた冒頭旋律が原曲だという!! これはもうほんとにぶっとび! ですよ。聴いてみたら、たしかによく似ているわ(ルソーはラモーの音楽を、「旋律が自然ではない!」と批判していたとかいう話も聞いた)。

 調べてみたら、こんなサイトが見つかった。なるほど、すでに20年以上も前にモーツァルト研究の第一人者の海老沢敏先生が『むすんでひらいて考 ルソーの夢』なる本を出していたんですね、知らなかった。で、このサイトの説明によると、単純にルソー原曲とはどうも言えないようです。このルソーの「村の占い師」の旋律、二通りのルートで日本に入ってきたことが考えられるという。ひとつはこのルソーの旋律を使った、ドイツ系イギリス人音楽家ヨハン・バプティスト・クラーマー作曲の「ルソーの夢」という変奏曲経由。もうひとつはルソーのこの旋律を使って英国人作曲家が作った「メリッサ」という作品と、それをさらに英国聖公会系で歌われる讃美歌に改作したものから入ってきたという説。またこの旋律は「軍歌」としてもひろく歌われていたため、讃美歌としては使われなくなった(欧米ではいまも現役の讃美歌)。戦後、作者不詳の「むすんでひらいて」の歌詞がつけられ、日本人ならだれでも知っている歌になったということらしい。…「むすんでひらいて」のあのメロディー、直接的ではないにせよ、遡ると行き着くところはルソー作曲のオペラだったとはねぇ。One is never too old to learn. それになんと! 「むすんでひらいの謎」というCDまであるということを教えてもらいました(Kenさんありがとうございます)。

 水曜日はリコーダー、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロといった、この時期に衰退していった楽器の特集。ピアノに取って代わられたチェンバロ(クラヴサン、ハープシコード)は、そのまま音楽演奏の場が貴族の宮廷や教会から富裕市民階級のサロンへと移っていった時期と重なってます。おなじころ急速に求心力を失っていった教会音楽とともに、楽器の王様オルガンも楽器から機械への堕落がはじまる。オルガンの本格的復活は、19世紀ロマン派以降になります。

 …とそんな折りも折り、なんと音楽評論家の黒田恭一さんが急逝されてしまった。享年71。まだまだ旅立たれるお歳ではないですね…。昨年(?)だったか、どこか手術されたというお話を聞いたような気がするけれども、「20世紀の名演奏」に復帰されたとき、その声のあまりのやつれぶりに心底驚いた。大丈夫だろうかと、心配になったものだ。ところが先週の放送では、それがウソみたいに元気で、歯切れも良くて、「今日は日曜日です。どうぞお気持ちさわやかにお過ごしください。黒田恭一でした」と昔のように語りかけてくれたものだから、ああ、ずいぶん元気になられてよかったなとほっとしていた、その矢先だったのに…。クラシック音楽の評論というと、いきおい辛口で衒学趣味の評論に走りがちで、自分の主観のみで人の演奏に難癖つけたりするのが多いけれども、黒田さんはそんなことはなくてとてもおおらかで、クラシック音楽とはあんまり縁のない人にもこんなおもしろい世界があるよ、聴いてごらんよとやさしく語りかけるタイプの評論家だった。クラシック音楽愛好家の裾野を広げた黒田さんの功績はひじょうに大きい。夕方のNHKラジオ第一放送でも黒田さんを偲ぶ番組を放送していて、多くのリスナーのお便りが紹介されてました。「あの語りがもう聞けなくなると思うと寂しい」、そんな声がほとんどでした。

 クラシック音楽の裾野を広げる、ということでは、たとえば「音楽の絵本」というすばらしい団体がいます。チケット屋からもらうDMにもこの「着ぐるみオケ」のチラシがときおり入っていたりするけれども、こういう活動こそ大事だと黒田さんもきっとおっしゃるように思う(「ロバの音楽座」もそうですね)。まだ自分もちょっと呆然としているけれども、とにかくいまはただ黒田さんの冥福を心より祈るほかない。合掌。

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2009年04月18日

「ロ短調ミサ」にレーゲンスブルク

 「バロックの森」は、バッハ最晩年の大作、「ミサ曲 ロ短調 BWV.232」特集。ライプツィッヒの聖トーマス教会カントルとして激務をこなしていたバッハは、礼拝における音楽のありかたについて市参事会と衝突することたびたび。あげくのはてに減俸処分まで喰らったりして、どうもこの時期のバッハはひそかに転職の機会をうかがっていたらしい。1730年10月28日には、かつてリューネブルクまでの道のりをともにした旧友でロシア公使として活躍していたゲオルク・エルトマンに一通の書簡をしたためる。「自分は絶えず不愉快さと嫉み、迫害のなかで暮らしている」。けっきょく旧友が転職を世話したようすはなくて、こんどはライプツィッヒからさほど離れていないドレスデン宮廷に眼を向けるようになる。バッハはハッセの新作オペラ初演に立ち会うためにかの地を訪問、聖ゾフィア教会のゴットフリート・ジルバーマン製作のオルガンをもちいた演奏会を開いて、大成功をおさめたりしていたから、ドレスデン市民のほうがバッハの「受け」はよかった。この時期からザクセン選帝侯一家を称える目的で旧作を転用した世俗カンタータをいくつか作曲しはじめていますが、じつは「ロ短調ミサ」もそうした「売りこみ」活動の一環だったようです。まず1733年7月27日付けで「キリエ」と「グロリア」のパート譜をザクセン選帝侯フリードリッヒ・アウグスト二世に献呈。その後「クレド」と「サンクトゥス」、「アニュス・デイ」を書き上げて、1749年ごろには全作が完成。「ロ短調ミサ」完成を優先させたためなのかどうかは本人に訊かないとわかりませんけれども、1740年ごろから作曲に取りかかっていたであろう――これまた畢生の大作と言うべき――「フーガの技法 BWV.1080」がけっきょく未完に終わってしまったのは、やっぱり惜しい気がする。ちなみに案内役の先生の解説でも触れていたけれど、「サンクトゥス」前半部は1724年のクリスマス礼拝のために書かれたカンタータが原曲なので、バッハの生前に演奏されたのは、この「サンクトゥス」前半部のみということになる。旧作カンタータのパロディが多いことからして、ギヨーム・ド・マショー以来の典型的なローマカトリックの「ミサ通常文通作」作品というよりは、大規模な「カンタータミサ」と言ったほうがよいかもしれない。単独のミサ曲でこれほど大規模な声楽曲は当時ではほかに例がないように思う。文字どおりバッハの記念碑的な宗教声楽作品でしょう。また「数象徴」大好きな人が小躍りしそうな仕掛けもいっぱいです。たとえば「クレド」。'credo'ということばは49回、つまり7x7回出てくるし、'in unum Deum'は84回(7x12、12はもちろん使徒数)、'Et incarnatus est'は19回(7+12、聖霊とマリアの人性)、'Crucifixus'では24音からなるバスに12個の和音が乗り、また基礎をなすオスティナートバス(固執低音)の反復音型は13回繰り返す、というぐあい。歌詞も、カトリックの「ミサ通常文」のみならず、ルター派の言い回しさえ出てくる。つまりこれは、せまい意味でのミサ曲ではない。カトリックとか、プロテスタントとか、そういったもろもろの制約から解き放たれ、ただ純粋に神を賛美するために書かれた音楽。だからこそ、信徒でもなんでもない一日本人が聴いても感動できるのだと思う。

 オルガン曲では「幻想曲 ハ長調 BWV.570」もかかりましたね。これはバッハがはたちになるか、ならないかくらいに書いた作品(小学館の全集版では1704年、『新グローヴ』では1708年以前としている)。小品ですが、けっこう好きです。やわらかいフルート系コーラスで演奏されることが多いですが、番組でかかったアンドレア・マルコンという人の演奏では、たいへん力強いオルガノ・プレーノでして、一瞬、べつの曲かと思った(笑)。おんなじ曲でも、レジストレーションひとつでこうも印象が変わってくるのですねぇ。

 …そしていつものごとく、これまた関係ない話ながら、いまさっきNHK総合で見たメキシコの「巨大結晶洞窟」。確認してないけれど、あの記録映像、National Geographicのものなんじゃないかな。あのバカでかい「石膏(セレナイト)の結晶(!)」が槍のごとくあっちこっちから突き出しているこの世離れした驚異の洞窟って、たしか以前、NG誌にも掲載されていましたから。それと、たまたまお昼にTVつけたらなんと、「世界ふれあい街歩き」にてレーゲンスブルクをやっているではないですか。途中からだったので残念! ひょっとしたら、大聖堂とか入ったかも。もしそうだったら、ぜひ見たかった。なんでもあそこのオルガンは、「一般の見物人からは見えない」場所に隠されているらしいから。「大聖堂の雀たち(Die Regensburger Domspatzen)」の呼び名で親しまれているレーゲンスブルク大聖堂聖歌隊の歌うバッハのコラールを収録したCDのライナーに、そんなことが書いてあります(MOTETTE CD 50721)。なんでも高祭壇の後ろ側に隠れるようにして設置してあるとか。写真を見ますと、歌っている聖歌隊員の背後にある祭壇のうしろから、ポジティフオルガンらしきケースの一部がちらりと見える…。なんでまたこんなヘンな場所に…と思ったけれども、20年くらい前に大規模な改修を施したとき、いっそのことオルガンもこんなせせこましいところじゃなくてもっと音響的にも最適な場所に再設置しようというわけで再三、会合が開かれたけれどもけっきょくまとまらず(どこの大聖堂でも似たようなもんだと思うが、たぶん予算がつかなかったのだろう)、オルガンじたいは新しくなったものの、1839年以来の「定位置」から動けずに現在にいたっています。ここの大聖堂に行かれる方は、高祭壇のうしろに注目してみましょう(笑)。またここの聖歌隊の前の指導者だった人は、現教皇ときょうだいでして、2006年だったかな、教皇がレーゲンスブルク大聖堂を訪問しています。というわけで聖歌隊のサイトをひさしぶりに見てみたら…あいかわらずなに書いてあるのかさっぱりですが、DVDかな? この'Domspatzen'というのは…。そしてオックスフォード・ニューカレッジ聖歌隊から昨年の今ごろに出たアルバム、'The Art of Choristers'もほしい(笑)。

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2009年04月11日

聖金曜日のN響定演は

 …今宵の第1644回N響定期公演はバッハの受難曲、ではなくて、チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35」とR.シュトラウスの「アルプス交響曲」でした。ヴァイオリンはジャニーヌ・ヤンセンさんという女流奏者で、やんやの喝采にこたえてのアンコールは、バッハの有名な「シャコンヌ」つきのパルティータ(BWV.1004)からふたつ目の曲、「サラバンド」でした。前半ももちろんよかったけれども、やっぱり壮大な「アルプス交響曲(Eine Alpensinfonie)」がすばらしかった。NHKホールのオルガンもひさびさに(?)活躍してましたね(弾いていたのはだれなんだろう…)。ゲストとして作曲家の池辺晋一郎先生が呼ばれていたけれども、たしかにこの作品、晩年のシュトラウスの創作傾向の走りみたいな感じがしますね…「ティル・オイレンシュピーゲル」とか「ドン・ファン」、あるいは「ツァラトゥストラはかく語りき」のような斬新さよりも、どこか枯淡というか、枯れた境地みたいなものが感じられます。そうはいっても「アルプス交響曲」は巨大な編成で、ウィンドマシーンあり、「ヘッケルフォーン」なる変わった楽器も登場。ホルンだけでも8本あるし、舞台袖にも金管奏者が配されるなど、たいへんな大所帯。個人的には「雷雨と嵐、下山」のすさまじく吼えたたける嵐の描写と、それにつづく「日没」−「終末」あたりの楽章がすこぶる印象的でした。一見、ちょっと単純な主題動機ですが、後半部、オルガンの静かな和音上に現れるときにはなんともいえない神々しさを感じます。

 池辺先生はシュトラウスの作品を、「これだけの分厚い音で構成していながら、混濁したところがないのがすばらしい」みたいなことをおっしゃっていたけれども、バッハやそれ以前の「北ドイツオルガン楽派」の作品にも似たようなことが言えるように感じました。オルガンという楽器は17世紀の北ドイツにおいて著しく発展し、巨大なペダルタワーがそそり立つ独特の姿も印象的なんですが、これはそのままブルーンス、ベーム、ブクステフーデなどの音楽にも現れている。かんたんに言えば、「垂直思考」。おなじポリフォニー書法でも、オケヘムやジョスカン・デ-プレのようなつぎつぎと声部が重なり、混ざりあって、やがて一本の大河のように滔々と流れる、といったような書き方ではなくて、「縦の和音の響き」というものを計算に入れたポリフォニー書法で曲を書いている。だからすぐれた演奏者がしかるべきストップを選び、しかるべき鍵盤で弾くと、幾重にも声部が重なり合った曲なのに聴くほうの耳には一音一音きわめてクリアに聴こえてきたりして、ハッとさせられたりする。暗い針葉樹の森の梢越しに、天から一条の光が射しこんでくるような感覚。池辺先生の話を聞いているうちに、ついそんなことを思ってしまった。

 …余談ながらいまさっきの「芸術劇場」。イプセンの戯曲を放映していましたが、ちょうどチャンネルを切り換えて途中から見たら、なんとバッハの「フーガの技法」の第一曲目を奏でるピアノの音が聴こえてくるじゃないですか! 演奏はひじょうにゆっくりとしたテンポでしたが、弾いていたのはこれまただれなんだろう…? 

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