2009年04月06日

トレブル? ソプラノ? カウンターテノール? 

 本日はお休みでしたので、平日にもかかわらず朝からNHK-FMをかけっぱなしで聴いていました(正確に言うと、BBC Radio3も一晩中聴いていたから、そのつづき)。けさの「バロックの森」、かかったのはスカルラッティ(スペインで活躍して500曲以上もの鍵盤作品を残したドメニコではなくて、その父親のほう)作曲「ヨハネ受難曲」前半部分。カウンターテノールのルネ・ヤーコプスが福音史家役を歌ってました。カトリックの「受難曲」なので、歌詞はラテン語。このあとにひさしぶりに聴いた「気まクラ」でも、なんと奇遇なことに、「キアーロ! コーナー」にて、「ソプラノ・ボーイソプラノ(トレブル)・カウンターテノール・ソプラニスタ・カストラート」の歌声はどこがどうちがうのか? という質問にこたえるかたちで、それぞれがつづけてかかりました。気になるボーイソプラノは、セントポール大聖堂聖歌隊員時代のアンソニー・ウェイの歌うブラームスの「子守り歌」。これはたぶん彼の実質上のデビューアルバム、'The Choir'のサントラからだと思う。国内盤だから、使用音源は「ボーイソプラノの世界」というアルバムだろうか(英国輸入盤では、彼のベストアルバムというのも以前HMVで見かけた)。寝ながら聴いているうちに、アンソニー少年のぷにぷにした顔が浮かんでしまった…のはどうでもいいとして、笑福亭笑瓶さんが、「これって歌声のちがい、わかりますか??」とお相手の幸田浩子さんに訊いていた。幸田さんは、「え? わかり…ますよね?」とこたえていたけれど、女声ソプラノと少年歌手の歌声は…たぶんわかる。問題は、男声アルトのカウンターテノールと女声アルト、あるいはそのあとでかかった男声ソプラノ歌手、ソプラニスタと女声ソプラノとの区別がつくかどうか…こちらについてははっきりいって自信なし。以前書いたことの蒸し返しになりますが、何年か前にアレッド・ジョーンズは自信たっぷりに、「女子聖歌隊員と少年聖歌隊員の歌声のちがいははっきりわかる!」と豪語(?)していました。でも――これも前に書いたけれども――カナダの歌姫(かな?)、アゼリン・デビソンの歌声をはじめて聴いたとき、どこの少年が歌ってんだろう、なんて思っていた。この少女歌手のデビューアルバムについては、少年なのか少女なのかまるで歌声の見分けがつかなかった。でも、なんといっても最後のカストラート、アレッサンドロ・モレスキの1902年の録音が聴けたのは運がよかった。ちなみにカウンターテノールのほうは米良美一氏、ソプラニスタのほうはオレグ・リャーベツの歌声でした。そして、これは「なに、知らなかったの?」と言われそうですが、マーラーの「交響曲第1番 第3楽章」のあの暗ーい旋律って、「フレール・ジャック」だったんですね! そう言われてみればたしかにそうだ、というか、なんかこれ以前の「どこ似て」コーナーの再来みたいだな(笑)。それと、「ブランデンブルク協奏曲 第2番 BWV.1047」とか、季節柄「ヨハネ受難曲 BWV.245」からアリアが二曲と、バッハも多くかけてくれたのでこちらもよかった。最後のベートーヴェンの「第5交響曲」の3楽章から4楽章にかけての劇的な転調効果を紹介したのもよかったかな。

 NHK-FMでは、4月からはじまった「にっぽんのうた 世界の歌」、これ巷ではすこぶる評判がいいですね! たしかにこれはいい。童謡・唱歌にかぎらず、どんどん名曲をかけてほしい。こんな番組があると、なんかほっとします。そのうち少年合唱による欧州の民謡とかもかかるのかな? 

 …寝ながら聴いていたBBC Radio3のDiscovering Music。「パパ」ハイドンの「交響曲 第98番」とフォルテ・ピアノ独奏用に書かれた「アンダンテと変奏曲 へ短調」。「98番交響曲」のほうは第2楽章に英国国歌がさりげなく挿入されていることでも知られていますが、冒頭の不協和音が変ロ短調で、数小節後にテンポも速くなっていっきに明るい主調に転じるとか、この時代の指揮者は楽団の中央でクラヴィーアを弾きながら指揮していたとか話してましたね。ピアノ変奏曲のほうは、18世紀のフォルテピアノのレプリカ楽器を使っての実演でして、ハイドンの鍵盤作品におけるC.P.E.バッハの影響についても触れていました(→参考ページ)。そういえば3月31日って、ハイドンの誕生日。地元紙にも、オーストリアではいろいろイヴェントが開催されたとかちいさな記事が掲載されていました。とにかくこの番組、毎度思うけれどもほんとすばらしい企画だ。90分間、取り上げた楽曲をじっくりと料理する、じゃなくて解剖する。こういう歯ごたえがある番組をNHK-FMでもやってくれないかしら? 

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2009年04月05日

「ロザリオのソナタ」

 先週の「バロックの森」は、チェコ出身でザルツブルクで活躍したハインリッヒ・イグナーツ・フォン・ビーバー(長い…)の代表作、「ロザリオのソナタ」特集でした。ヴァイオリンの名手にしてザルツブルクの宮廷楽長だったビーバーは、言ってみればモーツァルトの大先輩にあたる。全曲通して聴くことはあんまりなかったので、あらためて聴いてみると変則調弦(スコルダトゥーラ)の効果もあってか、受胎告知から聖母マリアの戴冠まで、たいへん生き生きとした音楽による活写のように感じました。またこの作品は、15通りの変則調弦を要求されるがゆえに、全曲を生演奏で一気に聴ける、ということはめったにない。たまにはそんなすごい演奏会もあるようですが…。終曲の「パッサカリア」は、なんとなくバッハの「無伴奏」ものの先駆けのような気もした。バッハの有名な「シャコンヌ(BWV.1004の終曲)」だって、「パッサカリア」と似たような変奏曲ですし。また作曲者の指示なのかどうかくわしくは知らないのですが、曲によって通奏低音の担当がオルガンになったりテオルボやチェンバロになったりしていたのも興味深かった。金曜日の放送ではアーチリュートという楽器も出てきましたね。テオルボに似ているけれど、調弦がちがうらしい。また「レクイエム」からの抜粋もかかったし、「技巧的で楽しい合奏音楽」からも「ニ短調のパルティータ 第1番」がかかりました。週末の「リクエスト」では、ひさしぶりにガルッピの「チェンバロのなぐさめ」から一曲、かかりましたね。それと、マラン・マレーの「ヴィオール曲集 第2巻」から「スペインのフォリア」。「フォリア」って人気者だな。この時代からラフマニノフにいたるまでじつにさまざまな作曲家がこの主題にもとづいた変奏曲を書いていますね。

 そして今週は、いよいよHoly Week。つまり移動祝祭日の「復活祭」目前というわけで、「バロックの森」ではアレッサンドロ・スカルラッティの「ヨハネ受難曲」がかかります。昨年のいまごろだったか、テレマンの「ブロッケス受難曲」* を聴いたけれども、こっちは聴いたことがないから、楽しみ。また「トリエント公会議」以後、ドイツのルター派圏で発展した「受難曲」も、もとをたどると中世のトロープスから派生した典礼劇のひとつ、「墓場でだれを探しているのか?('Quem quaeritis in sepulchro?')」にまで行き着くらしい(→参考サイト。cf. Alan Mould, The English Chorister, pp.63-5)。いま、聴いている「ビバ! 合唱」でも、ちょうどおあつらえ向きにシュッツの「マタイ受難曲」の「最後の晩餐」とかかかってます。ア・カペラで歌っているのはフレーミヒ指揮、名門ドレスデン聖十字架合唱団。

 BBC Radio3のChoral Evensong。先週分はヘンデル尽くし。でもなんか日本人には耳に馴染まないんですよね、あの英語式発音。「ジョージ・フレデリック・ハンデル」って、たしかにそうなんだけれども…(笑)。

*... ハンブルクの法学修士でのちに市参事会員になったバルトルト・ハインリヒ・ブロッケスが1712年に書いた受難詩『世の罪のために苦しみをうけ、死にゆくイエス』を台本とした受難曲の通称。テレマン(1716年)のほか、ラインハルト・カイザー(1712年)、ヘンデル(1717年)、ヨハン・マッテゾン(1718年)、ヨハン・フリードリヒ・ファッシュ(1723年)らの作品があり、バッハも「ヨハネ受難曲 BWV.245」(1724年初演)でこのブロッケス台本の一部を採用している。

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2009年03月28日

モサラベ聖歌にカバニーリェス

 先週の「バロックの森」は「スペインバロック特集」。月曜の朝はなんとモサラベ聖歌。いわゆる「グレゴリオ聖歌」は 8世紀後半にアルプスの北、カール大帝のいたフランク王国において発展し、11世紀ごろに完成したと言われています。それまではガリア、アイルランド、スペイン、イタリアでそれぞれ地方色の濃い典礼聖歌が歌われてきました。もっともいずれもローマ式聖歌がベースになっているので、ことさら地方色が強いというのは少々誇張した言い方かもしれない。それはともかくこの「モサラベ聖歌」も名前のみ聞いたことがあるだけなので、シャルプラッテンのこの音源は貴重だと思う。で、聴いてみた第一印象としては…なんだか長崎の「オラショ」を聴いているみたいだ。なるほど、だから皆川先生はイベリア半島で伝えられてきた古い単旋律聖歌にたどりついたんですね。「モサラベ」というのはイスラム勢力が席巻していたイベリア半島におけるキリスト教徒を指した言い方だったようです。そしてイベリア半島の音楽において、イスラム圏の影響はぜったいに見逃せない。リュートももとはと言えばアラビア半島の古代楽器が発展したもので、イベリア半島経由でヨーロッパにもたらされたものですし。スペインの音楽がどこか中東風で、独自様式を発展させてきたのも、イスラムの影響が大ということでしょう。

 またカベソンやカバニーリェスという、ふだんはあまりお耳にかけない作曲家の書いたオルガン曲もかかったけれども、カベソンの「ミラノ風ガイヤルドによるディフェレンシア」と「イタリア風パヴァーヌによるディフェレンシア」のほうは寝ていて聴きそびれた(苦笑)。「ディフェレンシア」というのは英語 difference と似た響きのことばで気づかれるとおり、変奏曲の一種。ちなみに「ディフェレンシア」という形式で最初に曲を書いたのは16世紀、フェリペ二世に仕えていたルイス・デ・ナルバエスという人だったらしい。そのナルバエスからも二曲、佐藤豊彦氏によるビウエラ独奏でかかりました。スペインとかイベリア半島の音楽ってこの手の「変奏曲形式」がひじょうに発展していますね、どういうわけか。シャコンヌ、パッサカリア、ディフェレンシア、ファンダンゴとか…ヘンデルやコレッリとか多くの作曲家が曲を書いている「ラ・フォリア」というのも変奏曲の一種ですが、これらに共通しているのはもとはダンス音楽、舞曲だったということ。「ファンダンゴ」とくるとソレールの書いたチェンバロ曲とかも思い出しますが、きのうの朝かかったのは「 2台オルガンのための 6つの協奏曲」でした。演奏者はコープマン−マトー。それと、そうそうこの時代のスペイン音楽でよく出てくる楽器、ビウエラもたびたび登場しましたね。Wikipedia記事を見ると、ギターの親戚みたいなかっこうしてますね。聖歌と言えば、有名な「モンセラートの赤い本」もかかりました。「母なるマリアを」は、たしか「名曲アルバム」でも流れたはず。カスティーリャ王アルフォンソ・エル・サビオ編纂の 400曲以上もある「聖母マリアのカンティーガ集」とかもそうですが、いずれもひじょうにノリのいい歌が多いですね。これらは厳かな典礼で歌うのではなくて、巡礼者一行が目的地にたどり着いた喜びから踊り歌うためのものだった、とのことでなるほどと納得。スペインの大作曲家とくると
やっぱりビクトリア。木曜の朝はビクトリア作品集で、「死者のためのミサ曲」を、いまは亡きジョージ・ゲスト指揮キングズカレッジ聖歌隊が歌ってました。トレブルの独唱がちょっと個性的でしたね。

 また木曜にかかった、アルベロという人の書いた「レセルカータ、フーガとソナタ ト調」という曲もおもしろかった。楽曲そのものというよりは、アンドレアス・シュタイアーの弾くチェンバロの独特な音色に、でしたが。とくに低音の響きがなんかほかのチェンバロとはちがうような気が…かなり独特な重厚な響きでした。変り種と言えば英国人作曲家でのちにアントヴェルペンで活躍したジョン・ブルの書いた「スペインのパヴァーヌ」。ヴァージナルを弾いているのがあのクリストファー・ホグウッド。エンシェント室内管弦楽団指揮者として有名ですが、ほんとは鍵盤楽器奏者だったんですね(汗)。この人の弾くオルガンのCDを探してみようかな。

 先週のBBC Radio3のChoral Evensongはウェストミンスター・アビイからで、今年生誕350年にあたるヘンリー・パーセル作品集みたいな感じでした。珍しく小編成アンサンブルによる演奏もありまして、こちらもとてもよかった。明日の夜の再放送分は「聖母マリアの受胎告知記念日 ( カトリックでは「神のお告げ」、3月25日 )」礼拝のウェルズ大聖堂からで、最後のオルガン・ヴォランタリーではバッハの「マニフィカトによるフーガ、オルガノ・プレーノで(わが魂は主をあがめ) BWV.733 」が演奏されます。5声部、138小節からなる自由なフーガで、しばらく手鍵盤のみで進み、後半になると足鍵盤が定旋律を奏ではじめます。ヴァイマール時代の作で、その技巧の巧みさを指摘したヘルマン・ケラーは「即興演奏を楽譜に書いた」のではないかと推測しています。

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2009年03月07日

いきなりアイリッシュ音楽!

 今週の「バロックの森」は、「イタリア様式の音楽とフランス様式の音楽」と題して、当時のフランス音楽とイタリア音楽とを対比させたプログラムでした。バッハももちろんかかりまして、「クラヴィーア練習曲集 第二部(1735年出版)」から「イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV.971」、「パルティータ ロ短調 BWV.831」から冒頭の「フランス風序曲」、「組曲第2番 BWV.1067」とかがかかりました。BWV.971はもう説明不要なくらい、よく知られたチェンバロ作品で、ピアノでもよく演奏されています。でも「ゴルトベルク」と同様、「二段手鍵盤」のために書かれているので、両手交差、というか衝突することがたびたび。ピアノで弾く場合はそのへんをうまくクリアしないとけない(でもピアノ演奏版もけっこう好き)。BWV.1067は、一見、フランス風組曲(サラバンドとかメヌエット、バディヌリといった小舞曲の組み合わせ)なんですが、案内役の先生によると、フルートを主役に持ってきたイタリア風の協奏曲の要素を融合させているという。なるほどそう言われればたしかにそうですね。バッハの場合はそんないいとこ取りの「折衷様式」、「融合様式」が多いですね。オルガン曲でこの手の作品は、とくると、たとえば「トッカータ、アダージョとフーガ BWV.564」とか、前にもここですこし書いた「前奏曲とフーガ BWV.548」でしょうか。バッハの本棚にはパッヘルベルやブクステフーデといったドイツの先達のみならず、ヴィヴァルディやクープラン、フィッシャーといったドイツ以外の地域の音楽家の楽譜も多数収められていたと言います。言ってみればバッハという音楽家は、当時のありとあらゆる音楽様式を吸収してさらに完成度の高い独自様式へと高めた、ということになるでしょうか。バロック音楽の大家は数多いけれども、やはりバッハなくしてはその後の西洋音楽のたどった道のりはまるで別物になっていたでしょうし、バッハがもしいなかったら、いまの西洋音楽(クラシック音楽)は「世界共通語」としての英語のように、文化・習慣の相違を超えて世界中で愛聴される一種のスタンダード音楽になりえなかったと思います。

 もっとも民俗音楽だって独特の味わい深い世界があります。けさの'Weekend Sunshine'。うとうとしながら聴いていたら、けさはなんとアイルランド音楽特集じゃないですか! このたび『聴いて学ぶアイルランド音楽』という邦訳を上梓されたおおしまゆたかさんがゲストに呼ばれて、本の内容に沿ってアイルランド音楽の数々を紹介していくという趣向でした。はじめて耳にする曲が多くて、アイリッシュの底力みたいなものをあらためて感じたしだいですが、BACが初来日したときに歌ってくれた有名な「シューラ・ルーン('Siúil A Rún')」とか「静かに、モイル('Silet, O Moyle')」とかもかかりました。しかも「シューラ・ルーン」のほうは、元ちとせさんという日本人女性歌手が、チーフタンズの演奏に乗せて歌ってました! これにはちょっとびっくり。この曲名の意味もはじめて知った。アイルランドゲール語で、「道中ご無事で」という意味らしい。まるでチャロの首輪にくっついているお守りの「一路平安」みたいなタイトル。17世紀、いわゆる「名誉革命」でフランスに亡命したジェームズ二世がアイルランドで反旗を揚げたものの、けっきょくプロテスタントの英国軍に敗れてふたたびフランスへ逃れる。アイルランドの敗残兵が大陸へ逃れるときに、その恋人が兵士への想いを歌ったものだということもはじめて知った。そしてピーター・ポール&マリーもこの曲のカヴァーを歌っているということも初耳でした。ケルティック・ウーマンも歌っているし、とにかくアイリッシュの歌としての知名度は断トツらしい。「静かに、モイル」の「モイル」は、北アイルランド・アントリム州の地名だそうです。作詞したのは、「夏の名残りの薔薇(邦題「庭の千草」)」で有名なトマス・ムーア。ついでにニューカレッジのアルバムにも収録されている、「サリー・ガーデンズ('Down By The Salley Gardens')」もアイルランド民謡ですね。

 けさの放送の詳細はおおしまさんのブログにも掲載されていますが、番組後半はほとんどが歌つきの曲でした。パブの「かんばん」の時間になるとかかる歌('The Parting Glass')とか、抜群に音程の安定しているおじさんの独唱とか(DJのバラカンさんが、「日本の一般的なポップス系の歌い手さんは音程の悪いのが圧倒的に多い」なんて言っていたのには笑った。もっともみんながみんなそうだというわけではないです、念のため)。また「リヴァーダンス」の音楽もかかりましたが、これをハーモニカの超絶技巧で披露しているブレンダン・パワーなるオーストラリア出身の演奏家にも舌を巻く。名前にブレンダン…とあるから、やっぱりアイルランド系なんでしょうね(だいぶ前、NYTimes電子版に「ブランドン」という名前の6歳くらいの少年の話が載っていたことも思い出した)。ひょっとしたらご先祖さまは西海岸のケリーあたりかもしれない。おおしまさんの話によると、アイルランドの伝統音楽は西海岸のクレアあたりがひじょうに盛んらしい。

 でもけさの放送でなんといっても驚いたのは、Shanachie(シャナヒー、アイルランドゲールで「語り部」のことらしい)という日本人女性4人組のユニット。なんというか、Liberaのような、中世と現代の融合みたいな、たいへんフレッシュでなんとも心洗われるすばらしい音楽がかかったことです。これを本場アイルランドの人が耳にしたら、ギネス片手に感激するんじゃないでしょうか。とにかくけさ紹介してくれた'An Mhaighdean Mhara (「人魚」)'がほんと絶品で、もっと聴きたくなった。こういう実力派グループが日本にもいるという事実は、なんとも心強いかぎりです。これだけでも本日は大きな収穫でした。おおしまさん、バラカンさんありがとう。そうそう本も買わなくちゃね。ついでにAmazonでいろいろ検索したら、こんな本も見つけました。こっちもおおいに興味を惹かれるけれど、いかんせんお足が…orz。

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2009年03月01日

NHK-FMが40周年

 今日、3月1日は「NHK-FM 本放送開始40周年」にあたるんだそうで、きのうから二日間、48時間特別番組編成でした。いろんな分野からゲストの方がそれぞれの立場からNHK-FMの40年の歩みを思い思いに語られているのはよいとしても、ちょっと緩慢で、聴いているほうはややダレ気味。それでもまずはcongratulations! とお祝いを述べさせていただきましょう。いつもいつもお世話になっていることだし…。

 その記念すべき日を迎えた週の「バロックの森」は今年没後250年のヘンデル特集。来月14日が命日。バッハとおない年の生まれですが、こっちのほうがひと月ほど年上(2月23日、バッハは今月21日、春分の日生まれ)。ヒギンボトム指揮・ニューカレッジによる「祭司ザドク」とかももちろん定番でよかったけれども、ちょっと毛色の変わったところではオーボエ編曲版「涙の流れるままに('Lascia ch'io pianga')」や「調子のよいかじ屋」がすこぶる印象的でした。「涙の流れるままに」は、「弾き語りフォー・ユー」でも小原さんがちょっとポップス調のアレンジで弾いてくれましたね。またけさは「気まクラ」の放送日ではないけれど、特番ということで、音楽家の卵たちがせいぞろい。トップバッターの赤井俊亮くんという子は、「第30回ジュニア・ギター・コンクール」で小学低学年の部銀賞をとったとかで、彼が9歳の小学生ギタリストである、と前もって聞かされていなければ、どこのプロが演奏しているのだろう…と思ってしまうほど、非の打ちどころなし。毎日の練習時間はたったの30分! ですと。恐るべき9歳、といったところですか。

 BBC Radio3のChoral Evensong、最後のオルガン独奏が、二週連続でバッハ(BWV.589の「アラ・ブレーヴェ」とBWV.546の「前奏曲」)! 「灰の水曜日」の放送は、ケンブリッジ・セントジョンガカレッジ礼拝堂から。教会暦で言うところの四旬節入りです。今年の復活祭は4月12日(東方教会では4月19日)。英米の学校ではこの時期はレントタームと呼ばれたりします。そんなとき、思いがけずエアメールで絵はがきをもらいました…差出人はメル友のひとりの現役choristerくん。親御さんにオックスフォードのボドリーアン図書館に連れて行ってもらったそうで、いま、「ハレルヤ――英国合唱音楽の歴史」という特別展をやっていて、今年が記念イヤーのヘンデルの「メサイア」自筆譜とかあってとてもおもしろかった、とありました(最初、裸眼で絵はがきを見たら、図柄がボドリーアンのドーム屋根の写真だったので、てっきりバティカン市国にでも行ったのかとカンちがいしてしまったorz ちなみにここの図書館にも、『聖ブレンダン伝』および『航海』のラテン語版写本がいくつか収められている)。上記展示会は来月25日まで開催しているようなので、この時期渡英される方はついでに足を運ぶのもいいかも(しかもうれしいことに'Admission is free.'とある!!!)。上記ページ見ますとヘンデルのほかに、11世紀の有名な「ウィンチェスター・トロープス集」やメンデルスゾーンの「エリヤ」、おなじく今年が生誕350年にあたるヘンリー・パーセルの「聖セシリアの祝日のためのオード」とかもありますね(垂涎)…。また貸し出してもらった貴重な楽譜としては、「イートン・クワイヤブック」がある! それと、英国合唱音楽ファンにはおなじみだろうと思われる、パリーの「わたしはうれしかった(詩編122、ダビデ作と言われる)」の自筆譜まである! 国立博物館の「国宝 阿修羅展」もひじょうにおもしろそうだけれど、こっちもええなあ、と今宵はちょっと飲みすぎました。

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2009年02月22日

バッハとフランク

 「ベスト・オヴ・クラシック」、火曜日の「セルゲイ・シェプキン ピアノ・リサイタル」が印象的でした。とくに「ゴルトベルク変奏曲(正式名は「二段鍵盤つきチェンバロのためのアリアと種々の変奏」) BWV.988」が秀逸。ピアノならではの繊細な音色変化とか、主題のアリア後半部分をちょっとスタッカート気味に弾くアーティキュレイションとか、チェンバロでは表現できない微妙な陰影をつけて、じつに美しい演奏でした。ときおり各変奏をつなげてひと息に弾いたりして、この切り換え方もじつに巧みです…各変奏がぶつ切りにならず、ひとつの連綿たる生命体というか、たえまなく流れる小川のように、聴いているほうはただ流れに身を任せていればいい…聴いているうちに心も体もリフレッシュされ、軽くなってくるようだ。第30変奏のおどけた「クォドリベット」のあと、舞い戻ってくるアリアが静かに終わると、ややあってブラボーの連呼。その気持ち、わかります。自分はやたらと叫ぶほうではないが、実演に接していたら、思わず快哉を叫んでいたかも。寡聞にしてこのすごいピアニストのことは知らなかったけれども、ロシア生まれの米国人らしい。そういえばこんどのLa Folle Journée au JAPON、公式スケジュールが公表されましたね。チェンバロではなくて、ピアノで生の「ゴルトベルク」を聴こうか、思案中(あいかわらずサイトの色使いが派手だ…)。「ゴルトベルク」はキース・ジャレットが20年前に来日した折チェンバロを弾いたライヴ録音盤をもっていますが、シェプキンさんのCDも探してみよう。ちなみにこの作品、不眠症に悩むカイザーリンク伯爵のために作曲されたというのはつとに有名な逸話ですが、たしかにバッハの弟子だったゴルトベルクくんは、当時13,4歳だったらしい…この大曲を弾きこなすとは、恐るべし少年チェンバロ弾き、ということか。英国の聖歌隊ではやはりおない歳の少年隊員がオルガンを習ったりするし、ゴルトベルク少年がこれを毎晩弾いては伯爵を慰めていた…というのはありえない話ではないかも(まったく関係ないことながら前の日16日は1923年、ツタンカーメン王墓玄室の封印が解かれた日だったとか)。

 つぎの日は「N響定演」。最後のセザール・フランクの「交響曲 ニ短調」がひさびさという感じでよかった。ゲストの音楽評論家、諸石幸生氏が言っていたけれども、なんでフランスもの交響曲、とくるといっつも「幻想交響曲」なのだ(苦笑)? ヴァンサン・ダンディの「フランスの山人の歌による交響曲」だってあるじゃない。ベルリオーズの「幻想〜」はこの半年だけで、すくなくとも5,6回は聴いている。傑作だとは思うが、いいかげん飽きてくる(笑)。おなじ何回も聴くなら、ベートーヴェンの「7番」は大好きだから、こっちなら飽きないとは思うけれども。時間があまったので、1990年4月に収録された「アンドレ・イゾワール オルガン演奏会」からフランクの「コラール第1番 ホ長調」もかかりました。…というかこれってCD化されていたんだ…古ーいビデオテープ漁ればたぶん録画したやつが出てくると思うけれども…再生できるのか?? とりあえず1999年だったかな、「プレストン&ハーデンベルガー デュオリサイタル」の録画テープはまだ見られるし、もっと前の「ギ・ボヴェ オルガンリサイタル」もまだまだ大丈夫(かな?)。

 きのうの「バロックの森/リクエスト」、バッハ編曲のBWV.587の原曲がかかるかと思ったら、ちがった組曲からでした。orz けさの「リクエスト」ではBWV.225のモテットがかかりました。演奏は名門ヒリヤード・アンサンブル。原盤はたぶんECMじゃないかしら。このモテットはMCの松田アナによると、1789年にモーツァルトが聴いて、いたく感動したらしい。バッハの7つのモテット(モテットは「ことば」を意味する古仏語mot、あるいは「動き」を意味するラテン語motusからきていると言われる)は2曲が偽作らしくて、前にもすこし書いたペルゴレージの「悲しみの聖母」の編曲版(BWV.1083)とかもあります。

 そのあとで聴いた「名曲リサイタル」では、チェンバリストの鈴木優人氏と長篠央子嬢のおふたかたが出てまして、鈴木邸では小型オルガン・チェンバロ・クラヴィコードとひしめいているらしい。さすがは音楽一家ではあります。でもメンテナンスとかたいへんそうだ…。チェンバロもオルガンも、かんたんにピッチが狂うことでは負けていないので。レオンハルト大人(「たいじん」と読む)なんか、休憩時間に聴衆を追い出してまでチェンバロの調律をするくらいですから(2004年のAOI公演にて追い出された人)。

 本題とは関係ないですが、火曜の朝、外に出たら雪が降っていて驚いた…といっても2時間くらいでやんでしまいましたが。このへんで雪というのはひじょうに珍しいものでして、幼稚園時代には富士の裾野の「日本ランド(当時)」に「雪見遠足」に行ったこととかいまだに覚えています(静岡県人には当たり前のことなんですが、めったに雪の降らないこの地域ではわざわざ雪を見に行く遠足という行事があります)。どうも伊豆半島一帯でも降ったようで、地元紙サイトにも記事が掲載されています。にっくき花粉症さえなければ、写真撮りに行きたいところですね〜。orz

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2009年02月15日

チャロ聴いてます

 いま、「チャロ」の先週分のまとめ放送を聴きながら書いています。それで思い出したのが、その前の週の放送に出てきたこういう描写文。

Jane ran over to Tomoko, who was still standing there.

下線部、なんでコンマが必要なのでしょうか? とクイズ出している場合じゃないですが、いわゆる「制限用法」と「非制限用法」とが感覚的に使い分けられるか、ということ。説明は…いつぞやのクイズの回答とともにいずれ書くかもしれない(その前にいくつか書かないといけないことが…)。

 土曜の「バロックの森/リクエスト」はバッハとヘンデル。「涙の流れるままに」を聴くと、どうしてもあのソリストの声とダブってしまう…それはともかく、ヴァルヒャがアンマー・チェンバロで弾いた「パルティータ ロ短調 BWV.831」も印象的です。モダンチェンバロは好きではないが、アンマー社製のこの楽器はけっこう好ましい音色。やたらキンキンしていなくていい。これが淡々と弾き進むヴァルヒャのスタイルとぴたり合っていると思う。ひとつの時代を伝える演奏です。「チェンバロ協奏曲 第4番 イ長調 BWV.1055」は若々しくて躍動感あふれるピノック&イングリッシュ・コンサートの演奏でした。けさは、アレグリの「ミゼレレ」がかかりましたね。水曜にはクープランもかかったけれど、来週のリクエストでもかかりますね。「組曲 諸国の人々 の『神聖ローマ帝国の人々』」なんですが…これの最初の曲が、バッハのBWV.587の「アリア ヘ長調」の原曲だとか。オルガン曲として聴いてきたこの作品が原曲はどんな響きなのか、いまから楽しみ。バッハでは、明朝の「前奏曲とフーガ 第7番 変ホ長調 BWV.852」もはじめて聴く奏者なので、どんな演奏か楽しみ(音源のASVってたしか英国の合唱ものを多く出しているレーベルだったと思う)。金曜にかかるスコット・ロスの録音盤は、ひょっとしたら図書館で借りたことがあるかもしれない。

 先週木曜の「ベスト・オヴ・クラシック」では「クラウディオ・アバド指揮、ルツェルン祝祭管弦楽団演奏会」のもようがかかりましたが、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調」が印象的。ラフマニノフついでに、先週日曜のBBC Radio3のDiscovering Musicではおなじ作曲者による「3番」の解剖。あの出だしの旋律がロシア正教の聖歌由来であることが、じっさいに鳴らされる鐘の音も引き合いに出してていねいに解説されてました。というかこの番組すごすぎ。日本にもこういう解説番組があるといいのに…。その前のChoral Evensongはセントポールでしたね。そのセントポール聖歌隊中興の祖とでも言うべき作曲家でオルガニストのサー・ジョン・ステイナーのカンティクルがよかった。後半の「シメオンの頌歌」は、大伽藍の豊かな残響とともにひじょうに神々しくて、泣けてきた。もっともこれは花粉症のせいで涙腺が緩みっぱなし、というのもあったかもしれないが…。ちなみに自身もかつてセントポールの少年聖歌隊員だったサー・ステイナーと「少年聖歌隊員の友」マリア・ハケット女史にまつわる感動ものの逸話は、The English Choristerにも生き生きと書かれています(Wikipedia記事中、出生地が「サウスワーク」になってるけれど、これってもしかしてサザック Southwarkのことか??)。

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2009年02月07日

アンコールは毎度おなじみ…

 今週はなんといっても火曜の「ベスト・オヴ・クラシック」で放送された「トン・コープマン オルガンリサイタル」がよかった。前半はブクステフーデ、後半はバッハというプログラム。コープマンはじつはブクステフーデのオルガン作品全集も出しているけれども、あいにく一枚ももってない。このさいだから、なにか買いますか。いや、どうせなら「全集」を買ったほうがいいかも。コープマンの演奏スタイルは自由闊達、「オルガンをチェンバロみたいに弾く」と本人も言っているように、スタティックな管楽器のイメージの強いオルガンをじつにノリのいい楽器に変身させてしまう。こういう弾き手こそ、ブクステフーデ作品の演奏にはうってつけです。そうそう、『音友』誌にも載ってましたね。そしてこの日聴いた録音もおんなじオペラシティ・コンサートホールでのもの。ひさしく行ってませんね、ここのホール。音響は申し分ないけれども、お上りさんにはちと遠い。サントリーホールとかNHKホール、カザルスホールあたりならまだいいかな。東京カテドラル聖マリア大聖堂のイタリア製オルガンなんかもいいね。

 ブクステフーデで印象的だったのは「パッサカリア ニ短調 BuxWV.161」。だいぶ前に書いたことですが、これとバッハの「パッサカリア BWV.582」の類似性を指摘する学者がいます。まぁたしかに似てますね。コープマン演奏によるブクステフーデものは一枚ももってないとはいえ、たしかプログラム中の曲のいくつかは、昔コープマンさんの実演を聴きに行ったときにも聴いたような気がする(芸劇か、トリフォニーホール公演)。またフランス・バロックのフランソワ・クープラン作曲「修道院のためのミサ曲」から二曲も演奏されましたが、これってクープランがまだ二十代で書いたらしい。バッハ同様、すでに円熟を感じさせますね。

 後半のバッハは有名どころが5曲。コープマンさんも好きなのかな、「小フーガ BWV.578」とか「幻想曲 ト長調 BWV.572」とかも演奏されました。「小フーガ」のほうは、2005年にAOIで聴いたときより「ほんの気持ち」テンポが遅かったみたい(笑)。速いことには変わりないけれども。ブクステフーデの「パッサカリア」を意識したかどうかは知らないけれど、バッハの「パッサカリア BWV.582」も演奏されました。フーガ終結部、怒涛の「ナポリの六」あたりの畳みかけるような演奏スタイルは、いかにもこの人らしいところ。おなじ作品でもヴァルヒャだと印象がまるでちがう。アンコールは、「オルガン小曲集」からコラール前奏曲「イエスよ、わたしは主の名を呼ぶ BWV.639」。コープマンのリサイタルって、なぜかアンコールがこれと「いざ来ませ異邦人の救い主よ BWV.659」というケースが多い。言ってみればアンコールの定番曲(笑)。ちなみにこれも前に書いたことですが、BWV.639のコラール編曲は映画「母べえ」でヴォカリーズで歌われてもいる。この作品を弾くときのコープマンは、バッハのオルガン自由作品で見せた激しい感情表出とは打って変わり、かなり遅めのテンポで一音一音、噛みしめるように音楽を紡ぎだしてゆきます。このコラールにかんして言えば、ヴァルヒャのテンポのほうが速かったりする。

 「バロックの森」ではバッハのカンタータ、「神はわがやぐら BWV.80」がよかった。この讃美歌の作詞者はルターですね。またプロイセン王フリードリヒ二世作曲「フルート・ソナタ ホ短調」という作品もはじめて聴きました。チェンバロを弾いているボブ・ファン・アスペレンはレオンハルトやコープマンとおんなじオランダの奏者。2007年だったか、「ベスト・オヴ・クラシック」でこの人の来日公演がかかって、たしかバッハの有名な「シャコンヌ(無伴奏ヴァイオリンのためのバルティータ第2番 ニ短調 BWV.1004)」をチェンバロで独奏してました。で、いまは「N響定演」を聴いています。明日は、例の署名集めに親戚の家に行く予定。

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2009年02月01日

最古の〜は英国の例が多い?

1). 先週の「バロックの森」は「二重奏・二重唱」特集。月曜日にはまた登場のジョン・ブル作曲「ニ台のハープシコードのためのウェールズ舞曲」、トマス・トムキンズの「ファンシー」がまずかかりました。なんでもこのニ作品は、現存する音楽史上最古の「二重奏」曲なんだとか。英国古謡「夏は来たりぬ」が最古の二重カノンの例で、オルガンが教会に設置された最古の例がこれまた英国ウィンチェスターで、そのウィンチェスターのベネディクト会修道院(いまのウィンチェスター大聖堂。修道院は創設当時から大聖堂として機能していた)にはかつてオルガヌムの現存最古の曲譜集と言われる「ウィンチェスター・トロープス集」があり、またカリヨンが最初に出現したのも英国らしい。というわけで西洋古典音楽関係ではなぜだかわからないけれども、このように「たどっていったらなぜか英国(イングランド)」だったという例が多かったりします…なんでかはいまもって知りませんが。またルクレールの「ふたつのバイオリンのためのソナタ ハ長調」という曲もかかりましたが、最近、ECMのニューシリーズからおなじ演奏者による新譜が出ましたね。そして最後にかかったヨハン・クリストフ・フリードリヒ・バッハの「ヴァイオリンとヴィオラのためのソナタ ハ長調」という曲では、ついに通奏低音が消滅して、旋律線−伴奏声部がはっきりと役割分担された曲想になっています。このへんからいわゆる古典派の音楽になったのかな。木曜には名トレブルとして名を馳せたアラン・ベルギウスの歌ったアーノンクール指揮によるバッハのカンタータ、「目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ BWV.140」。音源がAmazonにあるかどうか調べたら、廉価盤として再発されているもよう。さっそく買いましょう(笑)。クープランとかガスパール・ル・ルーなどのフランスバロック作曲家によるクラブサン(チェンバロ)二重奏曲もけっこうかかりましたね。あと本日聴いたばかりのブルックナーの交響曲はよかったなぁ。ついでにブルックナーとベートーヴェンの「第九」は、ともにニ短調。「フーガの技法」とおんなじだ。週末の「リクエスト」ではバッハのオルガンコラール、「いざ来ませ、異邦人の救い主よ BWV.659」もかかりました。演奏者はサイモン・プレストン。BWV.599とならんでこっちも大好きなコラール編曲。そして黄金崎展望台から夕陽を眺めるとき、決まってこの曲が脳内BGMとして流れるのはなぜなんだろう…?? 

2). 「音楽史はじめて」なものが多い印象を受ける英国つながりで、BBC Radio3のChoral Evensong。もうすぐ時間切れだけど前々回放送分のバース・アビイからの中継がよかった(言わずもがなですがBathという地名は当地の温泉に由来)。カンティクルが、個人的に好きな「スタンフォードのイ長調(1880年作曲)」。そして今年が記念の年ということからか、「聖パウロの回心」記念日(1月25日)がらみでメンデルスゾーンのオラトリオ「聖パウロ」から「見よ、われらは至福とともにたたえる」を演奏してくれるという大サービスつき(パウロ[サウロ]の回心については、「目から鱗のようなものが落ちて」視力を取りもどしたエピソードが有名ですね)。そしておしまいのオルガン・ヴォランタリーもメンデルスゾーンの作品で、「ソナタ第三番 イ長調」から最初の楽章。ヴァルヒャはたとえばレーガーのオルガン曲はオルガン曲らしからぬから弾かない、と言っていたけれども、メンデルスゾーンのこのソナタは擬古典調のブラームスのオルガン曲とならんでけっこう好きだったりする(レーガーのオルガン曲のスコアは、たしかにパっと見ではまるで「足鍵盤つきピアノ」譜みたい)。

 今日は聖パトリックともかかわりのある聖ブリジッドの祝日。明日がその昔「聖燭祭」とも呼ばれた「主の奉献日(聖母マリアお潔めの祝日)」。また1922年2月2日はジョイスの『ユリシーズ』初版本がパリで出版された日でもあるらしい。教会暦では来月1日から四旬節の大斎に入りますが、ローマカトリックでは以前は東方教会とおなじく四旬節前の準備期間として六旬節とか七旬節とかがありました(たらふく飲んだり喰ったりのカーニヴァルとかもあったりしますが)。聖職者が典礼のときに着用する祭服の色も、四旬節期間中は紫に変わる。ちなみに降誕日(クリスマス)から顕現日(エピファニー)までは白、そして四旬節最初の日、「灰の水曜日」までが緑。四旬節中は紫で聖週間は赤。復活祭から聖霊降臨祭前日までが白、というのが基本的なパターンです(一部代用色あり→参考ページ)。

 …いつもこの中継聴いていて思うのですが、英国聖公会系の聖職者って、いまイラクやアフガニスタンに派兵されている人たちのために祈りましょうとか、温暖化に言及したりと、いま世界で起きている出来事とか時事問題に言及することが多いですね。イラクやアフガンスタンについては英国も派兵しているから当然といえば当然なんですが、今回も主任司祭がかの地で治安維持活動に従事している兵士たち、そして離れ離れになってしまった彼らの家族のことなどを話してました。本来説教というものはこうあるべきなんじゃないのかと思う。「イエスがこう言ったのはこれこれこういうわけで、ここはこう解釈するのだ」ばっかりではなくて。自分が子どものとき、ごく短い間だったが某プロテスタント系教団の教会に通っていた時期がありました。子ども向けにリライトされた『聖書物語』ではなくて、現物の『新約・旧約聖書』が見たかっただけなんですが…礼拝に参加して聞いた説教はシオニズム剥き出しみたいな、いまにして思えばきわめて原理主義的かつ一字一句額面どおりに受け取る釈義の押し売り一辺倒だったような危なっかしいものだった。よくあんなんで献金受け取っていたものかとも思う(苦笑)。ときあたかも『大予言』シリーズが売れまくっていたころですかね…。もっともみんながみんなこんな説教をしていた、などと言うつもりはなし。プロテスタントもカトリックも聖公会も、ようは説教する側の「人となり」、オバマ新大統領の演説にもたびたび登場する'decent(decency)'があるかないか、ということではないかと思います(聖イグナチオ教会のミサにあずかったときに聞いた説教は、わりとまともでうなづける内容でした)。

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2009年01月25日

インスブルックよ、さようなら

 先週の「ベスト・オヴ・クラシック」、火曜はチェリスト、ハインリヒ・シフ指揮による演奏会がかかりまして、モーツァルトの「交響曲 第36番 ハ長調 'リンツ' K.425」が流れました…聴いているうちにふと思ったのは、エコーの箇所。なんでも芸術というものはそうだとは思うけれど、先達のもちいた技法ないし音型みたいなものが垣間見えたりする。エコー部分を聴いているうちに、これはイタリア流派から受け継いだのか、それとも北ドイツオルガン楽派に代表されるエコー手法から借用したものなのか。ただたんにモーツァルトを知らないだけなので、すこし突っこんで調べてみれば疑問氷解、となるかも。

 「バロックの森」は、「ウィーン(ほんとはヴィーン)ゆかりの音楽」特集。まずウィーン少年合唱団(WSK)の歌う「インスブルックよ、さようなら」。作曲者イザークってもとはフランドルの人だったんですね。神聖ローマ皇帝マクシミリアン一世の宮廷に仕えた人ですが、このマクシミリアン一世こそ、ウィーン少の元祖となる宮廷礼拝堂付属少年聖歌隊を作った人(500年以上も前の話)。案内役の先生の解説によると、皇帝はことのほかボーイソプラノのみの聖歌隊にこだわったのだそうです。だから日本のファンは、まずもって陛下に感謝しなければならぬ、ということかな。少年合唱ではそのあと聖フローリアン少年合唱団による演奏もかかったけれども、これがまた珍しい作品で、作曲者はなんとときの皇帝、フェルディナント三世作曲の「イエスよ、人々の救いの種をまく人よ」。ウィーン少とくらべるとちょっと歌声がやさしすぎるというか、いまいち弱かったかも。この作品でいちばん目をじゃなくて、耳を惹いたのが、ソプラニスタの独唱。日本にもそういう歌い手さんがおられますが、失礼ながらイェルク・ヴァシンスキ氏のほうが一枚上手かもしれない。ひじょうに印象的な歌声でした。ヨハン・ヤーコプ・フローベルガーの「皇帝フェルディナンド三世の死に寄せる哀悼歌」というチェンバロ曲もはじめて聴きました。これは文字どおり崩御した主君の死を悼む作品で、人の感情というものは古今東西、変わることはないなぁとしんみり感じたしだい。木曜にかかったヨハン・カスパール・ケルルのオルガンのための「カンツォーナ 第5番」もよかった。演奏者は巨匠レオンハルト。1996年春に、東京芸劇大ホールの「回転オルガン」で実演に接したけれども、そのときのことも思い出しました。ここの楽器は「バロック/ルネッサンスオルガン」と「ロマンティックオルガン」と三つの顔をもっていますが、前者のほうは中世以来の中全音律で調律されていて、レオンハルトはそれが気に入ってここの楽器を使ったらしい。ちなみにバッハが長兄の書棚からこっそり楽譜を持ち出して月明かりのもとで写譜した…という話がありますが、その楽譜にはパッヘルベルとかに混じって、フローベルガーやケルルの作品もあったそうです。つまり少年バッハはこれら南ドイツとウィーン宮廷に仕えた先達たちの作品を吸収していったということです。こんどのLa Folle Journée au Japonのテーマは、「バッハとヨーロッパ」。なのでバッハが所蔵していたであろう作曲家の作品とかもけっこう演奏されるらしいので、こちらのほうも楽しみ。

 ところでヴィヴァルディも、晩年はウィーンの宮廷に仕えようと考えてはるばる北イタリアからウィーンまで旅したはいいが、なんと運の悪いことに当地に着いたら音楽好きの主君カール六世が崩御してしまったあとだった。伝記とかでは困窮のうちに亡くなった…と悲劇的に描かれているようですが、最近の研究ではかならずしもそうではないみたいですね(→参考スレッド)。また月曜はバッハ作品集でしたが、印象に残ったのは「前奏曲とフーガ 第8番 変ホ短調 BWV.853」。チェンバロを弾いていたのはグレン・ウィルソンという人。すぐ影響されてしまうほうなので、いきなり「平均律」の楽譜を引っ張り出したりして。当該ページを開くと、当たり前だけどフラット多すぎ(笑)。むつかしそうです…(汗)。

 …まるで関係ないことながら、いまさっき民放TV番組で西伊豆が映ってました。ソーラーカーでよく行ったなーと感心しきりですが、うちの親戚の子が通った幼稚園に「足湯」があったとは初耳。そして…岩地温泉のあのでかいペンギンは…??? こんど行ったら岩地まで足を伸ばして確かめてこようかしら(笑)。

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2009年01月19日

おなじ作曲家とは思えない

1). まずは先週の放送から。「ベスト・オヴ・クラシック」では水曜の「アッコルドーネ来日公演」と、つぎの日の「ラ・プティット・バンド来日公演」の「オール・ヴィヴァルディ・プロ」が最高! でした。アッコルドーネというのは初耳の団体でしたが、イタリアの古楽アンサンブルらしい。どうでもいいけど招聘元のアレグロミュージックって、レオンハルトの招聘元ですね。そして今年も巨匠がやってきてくれる!! 感涙!!! ぜったい行くぞッ! と間隙、ではなくて感激のあまりいきなり脱線してしまった。プティット・バンドのほうは「バロックの森」でもおなじみですが、ヴィヴァルディってピッコロの前身楽器のための協奏曲なんかも作曲してるんですね。ただし「フルート協奏曲 ニ長調 'ごしきひわ' RV.428」はフルートではなくてリコーダーで演奏してました。またヴィオロンチェロ・ダ・スパッテってなんだかわかりませんが、チェロの前身楽器らしくて、これで「チェロ協奏曲」を演奏してました。たしかヴィヴァルディという人は、「ヴァイオリンとオルガンのための協奏曲」も書いてなかったかな。つい最近、そういう曲を聴いたような…「グロリア・ミサ」なんかも好きでよく聴きますが、ヴェネツィア楽派の「赤毛の楽長」さんには、マンドリンとかファゴットとか、当時脇役だった楽器を主役に持ってきた愛らしい作品が多いですね。

 「バロックの森」も聴きごたえありでした。フローベルガーのチェンバロ曲、ジョン・ブロウの「パーセルの死に寄せるオード」、名前が似ていてややこしいすこし前の作曲家、ジョン・ブルのハープシコードの小品三つ(演奏者はトレヴァー・ピノック。ちなみにブルには「イングランドのトイ」とか「ブルのおやすみ」とか、軽音楽の走りとでも言うような小品も多く残していて、こちらも聴いてみるとおもしろい)。でもいちばん印象的だったのはバッハの有名ではないほうの、「トッカータとフーガ BWV.538」。弾いていたのは旧東独フライベルク大聖堂オルガニストの故ハンス・オットー。フーガだけで222小節もあり、バッハのオルガン・フーガのなかでもとりわけ規模の雄大さとゆるぎない構築性が特徴的な作品です。後半部はとくに幾重にも重なり合うストレッタの連続で、技術的にもたいへんな難曲(だと思う)。オットーの演奏はひさしぶりに聴きますが、昨今の流行のようにやたらせかせかしてなくて、この作品の壮大さをうまく表現しているように思います。フーガも、階段式デュナーミクで、終結部に向かって盛り上がってゆく感じがとても心地いい。つづいてかかったのはゼレンカの明るい協奏曲でしたが、ゼレンカって活躍した町がドレスデンで、ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハものちにこの「エルベのフィレンツェ」で活躍しています。大バッハも同時代人ゼレンカを高く評価していたらしい。

2). アレッド・ジョーンズが案内役をつとめるBBC Radio3のレギュラー番組The Choir。先週分の放送では、Juice Ensembleなる女性三人組の声楽ユニットを紹介してましたが、途中で懐かしの(?)モスクワ・アカデミー合唱団の歌声がかかった。番組後半ではディーリアスの作品がかかり、その音源の指揮者で、昨年11月に急逝した(奇しくも亡くなった時期がフルネとほぼおなじですね)リチャード・ヒコックス氏の特集を組むとか言ってました。アレッドにとっても思い出深い人の特集なので、こちらも楽しみ。で、最後にかかったのが――なんとブクステフーデ! しかもうれしいことに、若きオルガニスト・バッハが400kmもの道のりを歩いて(! 昔の人は健脚だ。うちのお爺さんも峠をいくつも越えて松崎に行ったとか聞かされたことがある)リューベックの聖マリア教会へと駆けつけ、「夕べの音楽」を楽しんだとか、当時28歳だったブクステフーデの愛娘、アンナ・マルガレータ(親父が前任者トゥンダーからもらった娘さんと名前がそっくりでややこしい)と結婚しなければここのオルガニストの地位にはつけないと知ったバッハがさっさと帰ったとか、その数週間前にはヘンデルが一足早く来ていて、やっぱり辞退して帰っちゃったとか、アレッドがお茶目な感じで話してました(→リューベックではブクステフーデ没後300年の2007年、娘をヒロインにしたミュージカルまで上演されたようです)。で、かんじんの作品なんですが、「目覚めよ! と呼ばわる声が聞こえ BuxWV.101」でして、これバッハのカンタータが有名ですね(BWV.140)。聴いた感じとしては、これがあの幻想様式の、豪壮華麗な音楽を書く人の作品なんだろうか…というのが偽らざる感想。なんかイタリア初期バロックの、そうカリッシミとかモンテヴェルディあたりの作風を思い起こさせる。そういえば「われらがイエスの四肢」もそんな感じだったかな。鍵盤独奏作品との「作風」の落差が大きいのもブクステフーデの特徴なのかしら? このへん、北ドイツ・オルガン楽派による宗教声楽曲をもっと聴かないとわからない。たしかにバッハはオルガン曲についてはこの楽派からおおいに影響を受けたけれども、初期のカンタータについてはどうなのかな…寡聞にして知らないので、今後の課題として心に留めておくことにします。

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2009年01月02日

「途中でみてごらん」

 2009年の年頭はもうすこし本家サイトの更新を進めて…と考えていたけれども、あいにく鼻風邪で、薬のせいか頭までぼんやりして――もとからか? ――なかなかその気にもなれず、しかたないから『オバマ演説集』とか読んだりして過ごしてました。

 いまさっきまで聴いていた「新春スクリーン・クラシック」。古今東西の映画作品で効果的に使われたクラシック名曲・クラシック的な映画音楽の数々を気軽に聴いてもらいましょう、みたいな趣旨の番組でして、寝ながら聴くにはうってつけでした。で、しばらく聴いていたら、フランスで封切られたときには仏国民の7人にひとりがこれを見たという、「コーラス(Les Choristes)」のサントラから二曲、かかりました。うちひとつが、「途中でみてごらん」という曲。こちらはアカデミー賞にもノミネートされたらしい。そしてこの曲が、じつは昨年暮れに聴いた「パリ木」来日公演のアンコールとして彼らが歌ってくれた曲だとすぐ気づきました。そうかこれだったんですね。アカデミー賞にノミネートされたというのもアンコールで歌ってくれた理由なのかもしれませんね。映画のサントラからはもう一曲、「海への想い」もかかりました。こちらはなんと言っても美声の持ち主、モニエ少年のボーイソプラノソロがすばらしい。かつて「パリ木」公演で聴いた、レジスくんの歌声にも似ているなあと思った。

 それから「奇跡のシンフォニー」のサントラもかかりましたね。オープニングの「バッハ/パルティータ−ブレイク」。「昔むかし、パパとママは心に響く音楽に導かれた…」というハイモアくんのナレーションつき。また映画で使われたクラシック音楽として、歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から「間奏曲」(オルガンがよく響いていた)、ドボルジャークの「母の教えてくれた歌」、それと、バッハの「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帖」から有名なアリア「御身がそばにあるならば BWV.508」もかかりました。これは「戦場のアリア」という第一次大戦時の実話にもとづいた作品で使われていたらしい。このアリアじたいはバッハの真作ではなくて、他人の作品(通奏低音のみバッハ?)。でもこのアリア、けっこう好きです。ボーイソプラノでも歌われたりします。そしてショパンの有名な「別れの曲」。あのタイトル、じつは1935年ごろに航海された仏独合作映画の邦題から定着したものだということははじめて知った。たしかにあの作品はほんとうは「12の練習曲 作品10-3 ホ長調」だけれども、「別れの曲」という曲名は映画から来ていたのか。

 明晩放映の「NHKナゴヤ・ニューイヤーコンサート」、今年はどんなオルガン曲が演奏されるのかな? メンデルスゾーンの作品…かもしれませんな(ハイドン没後・メンデルスゾーン生誕200年)。ハイドンとくると、元日恒例「ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート」。今年はバレンボイムの指揮でしたが、やっぱりあの「告別」という名で知られる「交響曲 第45番 第4楽章」がおもしろかった。

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2008年12月13日

現代音楽は苦手

 今週の「ベスト・オヴ・クラシック」はこの時期恒例(?)の感ありの「欧州現代音楽祭」もの。ぜんぶきちんとは聴いてないけれど、平均律を72等分して作曲されたという「ロゴス−断片」とかは、なんだか微積分の問題でも解いているような気が…バロック時代のミーントーンでも和音によってはかなり耳障りな「うなり」、ウルフ音というのがありましたが、オクターヴを72等分したという響きの重なり方も、素人耳にはたんなる不協和音にしか聴こえないのが悲しいところ。そしてこれは人の声や打楽器、弦楽器と金管楽器とかなら演奏はできるとは思いますが、オルガンやピアノといった鍵盤楽器だとむり。もともと鍵盤が――完全平均律にせよ「キルンベルガー第3法」のような不等分調律にせよ――1オクターヴ12音しか割り振られていませんし。もっとも「純正律(純正調)オルガン」みたいな楽器でなにか弾いたら、純粋なドミソ三和音の混じりもののいっさいない響きはとても印象に残るとは思いますが、どうもこの手の現代音楽ものははっきり言って苦手。なにかこう頭でっかちというか、理屈っぽい。そうかと思えば、ひとつひとつの音がバラバラで、なんの脈略もない長文をだらだらお題目よろしく読まされているような構造(?)の曲とか。以前書いた「口のまわり」なんて、その最たる例。あれ聴いたときには冗談ぬきで口あんぐりでした(さすがは「口のまわり」)。

 日本語では「音を楽しむ」と書くのに、聴いていてちっとも楽しくないし、気分も高揚しない。「春の祭典」初演時に騒動を起こした連中が卒倒するような、やたらキンキンいう不協和音の連続。こういうのははたして音楽なんだろうか…と思ってしまうのは、聴いているこっちの理解が浅はかなせいなんだろうか。聴いていてこれはなかなか、と思えたのはアンソニー・ブラクストンという人の「コンポジション 304(+91,151,164)」というジャズふうな作品のみでした。

 昔、日本の現代文学は「長いトンネルに入っているかのようだ」みたいな文を目にしたことがありましたが、むしろこれは現代音楽にこそ当てはまることではないかと感じたしだい。

 「バロックの森」は、パーセルのアンセムもよかったですが、ベームのコラールパルティータ「喜べ、わが魂よ」がすばらしかった。若きバッハのオルガンコラールにもこんな感じの曲があって、あきらかにベームの影響を受けていると感じさせる曲でした。が、この音源、あいにくAmazonでもタワレコのサイトでも見当たらない。orz orz これでまたwish listが増えてしまった。

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2008年11月30日

たんなる流行?

 月曜からの「バロックの森」のテーマは「近年のバロック音楽演奏に見られる傾向」。なのでいわゆるバロックピッチの問題についても取り上げてくれるみたいで、楽しみです。バロック音楽の音高はいまの演奏会ピッチより半音低め、という「思いこみ」があったのですが、トップページで赤塚先生は「バロック音楽の演奏では今日の一般的なピッチよりも半音くらい低いピッチが用いられることが多いのですが、このことには強い歴史的根拠はありません」とはっきり断っている。きちんと調べないとなんとも言えないが、やはりこれは国ごと、地域ごとでそうとうバラつきがあったのではないかと察します。ゴットフリート・ジルバーマンのオルガンは材料費節約のためにわざと(?)半音高めのパイプに加工してあったみたいですし。だから当時この手のオルガンを弾いていた演奏者は、室内楽とあわせるときにはだいたい一全音低く移調しながら弾いていたらしい。Kenさんの記事では、北ドイツのオルガンも半音くらい高めに設定された楽器が多かったとか。またバッハが用いた調律法というのもおもしろそう。初期の平均律、「半音調律法」のことだろうか。バッハの指導のもとヒルデブラントが建造したオルガンには、「ミーントーン調律法」と「半音調律法」を統合したナイトハルト方式を採用していたらしい。それと、水曜の「ヴィオロンチェロ・ダ・スパラ」というのは、いったいどんな楽器?! スティルス・ファンタスティクス編曲によるブクステフーデの「パッサカリア ニ短調(作品番号がないけれど、おそらくオルガン独奏用のパッサカリアでしょう)」とかも楽しみです。今週は、録音必須かな…。

 いまさっきまで聴いていた「サンデークラシックワイド」。今日はひさしぶりのリクエスト大会でして、しばらく電子ピアノ(もどき)で練習しながら聴いていたら、WSK団員ソロによるバッハのカンタータ第31番「天は笑い、地は喜ぶ BWV.31」から アリア「最期の時刻よ」がかかりました! たぶんこれ「ボーイソプラノ・バッハ」というアルバムに入っているものかと思いますが…ゲストのピアニスト仲道郁代さんが、「癒されますねー」とおっしゃってました。本日のリクエストのテーマは「リラックス・クラシック(しゃれ?)」なので、たしかにぴったりのリクエスト曲ですね。そのすぐあとにかかった仲道さん自身によるベートーヴェンの「悲愴ソナタ」第2楽章もよかったです。たしかにこの楽章、悲壮感のなかにも人を勇気づけてくれる名旋律ですよね。しかしこの曲をリクエストした11歳の男の子で、ひょっとしたらなにか楽器を習っているのかもしれないけれど、11歳にしてこの作品に癒されているというのは、かなり早熟なのかも。ヴィヴァルディの「冬」も大好きなので、これもよかった。最後の「歌劇 カヴァレリア・ルスティカーナ」から有名な「間奏曲」もあいかわらず美しい調べでいつ聴いても心が安らぎます。ということでもう11月も終わりですね…。今日は西風が冷たかったけれど、真っ白に雪化粧した富士がくっきりと見えました。

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2008年11月24日

童謡・唱歌三昧!

 ついにきた! という感じです。「今日は一日 童謡・唱歌三昧」。もちろん朝からずっと…と言いたいけれど、こういうときにかぎって蛍光管が切れたりする。なので途中買い物に行っていたのでずっと聴いているわけじゃないですが、とりあえずかけっぱなしにしています。そうそう、「DJサミット三昧」の記事でも書いた「こいのぼり」、ふたとおりかかりましたね。聴いたらもう一方の快活なテンポの歌、あれたしか歌ったことがあります。思い出しました。それとゲストの方の薀蓄――ときおり、話がある方向性を向いてしまうのは「童謡・唱歌」という楽曲のもつ性格ゆえか――もけっこうおもしろい! ピアポントの「ジングルベル」って、もとはクリスマスとはなんら関係なくて、競馬場かなにかに行くときの歌だったらしい(というかこれ童謡なの??)。お馬さんをトナカイに変えたのは、かのビング・クロスビーだそうな。「メリーさんの羊」は、谷川俊太郎訳ヴァージョンで歌われてました。こっちも聴いたことなかったから、新鮮でしたね(そういえば今年の「しずおか連詩の会」、けっきょくどうなったのかな…のちほど地元紙でチェックしてみよう)。そうそう、童謡・唱歌は美しい日本語の宝庫でもありますね。'Home, sweet home'に「埴生の宿」を当てるなんてすごいとしかいいようがない。ちなみに「埴生」という言い方はこの歌のタイトルくらいしかお目にかからない。こういうかたちでことばが保存されるのはまことにけっこうなことです。いまは血の通ったことばが次々と姿を消していますよね…かわりに国籍不明のJKだのKYだの隠語符丁のたぐいが流行る時代だから、なおさらです。

 子どもの合唱隊も当然ながら多くかかっていますが、TFM少年合唱団の前身であるビクター少年合唱隊というのは聴いたことがないから、楽しみ。

 いま秋から冬の童謡・唱歌がかかってますが、「庭の千草」、そう言われてみればこれ歌詞に「白菊」が出てきますね。アイルランドの国民的詩人トマス・ムーアの原詩は'The last rose of summer'だから、薔薇から菊になった、というわけか。TVの「みんなの童謡」にも説明が表示されていたけれども、「ペチカ」という歌、作曲者は「雪の降る夜は 楽しいペイチカ」みたいな歌い方を望んでいたというから、「ペイチカ」と歌うほうが作曲者山田耕筰の意図にかなっている、ということらしい。

 今週の「バロックの森」は音楽の守護聖人、聖女チェチーリアにまつわる音楽とか、女性を主題とした音楽だそうです。聖チェチーリア(セシリア、ラテン語名カエキリア)はつい先日、22日が祝日。ちなみにきのうの日曜は、大陸につぎつぎとケルト系修道院を建てていったあのコルンバヌスの祝日で、今日は聖クリュソゴノス、そして飛んで29日が「船乗り」ではないほうのバーのブレンダン(この日はほかに殉教者聖セルニンの祝日でもありますが。ふたりないし三人でおなじ日を分けあうということがままあってややこしい)。もっとも聖人信仰…というのは土着信仰がらみが多いから、プロテスタント諸派は基本的にはこういう民間信仰のたぐいは認めない。なので聖女チェチーリアにまつわる音楽としてヘンデルの作品がかかるのは意外に思われるかもしれませんが、英国の場合は宗教改革というより宗旨替え、リーダーをローマ教皇から英国王に挿げ替えただけのことなので、修道院はたしかに所領没収、破壊されたけれども、カトリックにおける典礼の伝統はわりとそのまま保存されたという経緯があるから、あんまり抵抗はなかったかもしれない(ただし使用原語は従来のラテン語ではなくて自分たちの母国語に切り換えたから、現地語礼拝の先駆けとも言えるかも)。しかしカリッシミに、カンタータ「死に臨んだメアリー・ステュアートの嘆き」という作品があるとは寡聞にして知らなかった。こっちもしっかり聴かなくては。

 聖女チェチーリアについては、実在したかどうかはっきりしたことはわかっていないようです。16世紀に設立されたローマの音楽学校で彼女が守護聖人として選ばれ、以後、教会音楽の守護聖人になったらしい。そんなチェチーリアのアトリビュートは、オルガン、またはリュート(聖ブレンダンはもちろん舟、そしてクジラ)。だから絵画でもよくポジティヴオルガンを弾いているんですね。とけっきょくまたオルガンがらみで終わり。

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2008年11月15日

プーランクの宗教声楽作品

 いま聴いている「名曲のたのしみ」。今宵はプーランクの宗教声楽曲。1936年に親しい友人を交通事故で亡くすという不幸に見舞われたプーランクは、このとき以降、敬虔な祈りと内省的感情に満ちた宗教的声楽作品を書くようになったという。プーランクの音楽とくると、すぐ「エスプリの効いた軽妙洒脱な音楽」というイメージが湧くのですが、たとえばいまはじめて聴いた「ロカマドゥールの黒衣の聖母への連祷」という作品ではまるで別人かと思うほど純朴な和声で、深い祈りに満ちた音楽でした。もとはオルガンと女声合唱という構成だったが、その後伴奏に管弦楽も追加した稿に書き改めたといいます。そのあと1937年、父親が亡くなって20年目の年に作曲された8声の「ミサ曲 ト長調」がウィンチェスター大聖堂聖歌隊によるア・カペラでかかりました。曲の最後が、静かに消えいるかのようなボーイソプラノで厳かに終わるのもいいですね。プーランクの宗教声楽曲では、たしか「アヴェ・ヴェルム・コルプス」も以前どこかで耳にしたような気がします。以前公演会場で買ったオックスフォード・ニューカレッジ聖歌隊のクリスマスCDにも「羊飼いたちよ汝らの見たものを語れ('Quem vidistis pastores')」というラテン語歌詞の小品が入っています。プーランクは、「ロマン派の宗教声楽曲はあまりに仰々しい書き方をしている。だから素朴な響きの音楽として書いた」という趣旨のことを言っていたそうです。63歳で亡くなるまで「悲しみの聖母」とか書いていますが、こういう作品を聴くきっかけとなるのはやっぱりFMラジオ放送ということになる。こういう機会でもなければまず聴くこともなく、知ることもなかった作品というのはけっこうな数になります。以前、iPhoneを買ったから「バロックの森」はもう聴く必要がなくなった、という方の文章を読んだことがありますが、自分の場合はそんなことはなくて、あいかわらずFM波で流れる音楽は貴重な情報源だし、自分の手持ちの音楽しか聴かないというのは、せまい入江の中でくるくるとボートを漕いでいるようなものではないかと思います。もっともどんな聴き方をしたって個人の自由なので、しょせんこれは野暮というか、余計なお世話のたぐい。でもひとつだけ、海とちがって音楽のいいところは、自分のまるで知らない水域に乗り出しても、ひっくり返ることも浸水沈没する心配もないことです。

 その「バロックの森」、今週は冒頭にルネッサンス時代の声楽曲がよくかかってました。ジョスカンの「聖母ミサ」、オーランド・ラッソの「悲しみの聖母」、オケヘムのミサ曲「わたしは苦しんで」、パレストリーナ(フルネームはジョヴァンニ・ピエルルイージ・ダ・パレストリーナ)のミサ曲「マリアは天に上げられ」とか。そしてこれは関係ないことながら、クラシック音楽、とよくひとくくりにされるけれども、ひと口にクラシックと言ったってグレゴリオ聖歌からデュファイ、ラッソ、ジョスカン・デ・プレあたりの音楽とバッハ、あるいはそれ以後の古典派、ロマン派とは構造において、あるいは発想において音楽世界そのものがまるでちがいます(中世までは音楽は数学系4科目のひとつと考えられていた、とか)。だから「どんな音楽を聴くの?」という質問を受けたときは、「バッハの鍵盤作品が中心だけど、来るものは拒まず、洋楽でもなんでも聴きます」とこたえることにしております。

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2008年11月10日

ブルックナーのモテット

 NHK-FMの音楽番組はそれぞれ味があっておもしろいのですが、今年からはじまった「ビバ! 合唱」もけっこう好きな番組で、教育テレビの「N響アワー」とカブるので少々困ります(苦笑)。で、前回放送はブルックナーのモテット集。DJの作曲家松下耕氏がブルックナーにまつわるお話をいろいろされてました。アントン・ブルックナー…とくると、「ロマンティック」という呼び名で有名な「交響曲第4番」とか、宇宙的とも言える壮大なスケールの交響曲を思い浮かべる向きも多いかと思いますが、この人は少年時代に聖歌隊員だった聖フローリアン修道院付属教会のオルガニストを振り出しに生涯、教会オルガニストとしても活躍した人で、このへんベルギー出身の同時代人セザール・フランクとも似ている。父親も教会オルガニストで、はやくも10歳のときに父の代奏をつとめた…というから、知るかぎりオルガニストの最年少記録(?)をもっているリヒテンシュタイン出身のラインベルガーについで早熟だった、ということにもなります。

 ブルックナーの宗教声楽曲でもっとも知られていると思われるのは、やはり「アヴェ・マリア」でしょうか。ついで「この場所は神がおつくりになった(Locus iste)」かな。後者は昇階唱(グラドゥアーレ)といって、本来はミサにおいて最初の聖書朗読のあとで歌われた斉唱聖歌。中世教会ではスクリーン上に置かれた書見台に登って聖書を朗読したあと、つづけて先唱役がそこから歌いはじめた。一般的には朗読者が書見台の段をひとつ上がり、そこから歌い出すので「昇階唱」と言われます。松下先生も言っていたけれどもブルックナーの無伴奏声楽作品って、一見シンプルで単純に思えるけれど、歌うほうからすればこのシンプルさゆえにごまかしがきかず、むずかしい。長く引き伸ばされた音符や休符の使い方にも特徴がある。なるほど。で、作曲技法としては「長三度近親(?)」が特徴らしい。19世紀音楽の和音のお手本みたいな作品だと言ってました。

 でも松下先生のコメントでいちばん印象的だったのは、こういうア・カペラで歌われる音楽の力について語ったこと。もしことばだけで人を勇気づけることができるなら、音楽なんか必要ない。でもじっさいにはそうではない。歌詞と音楽がひとつになった声楽作品には人を勇気づける特有の力がある。そんな趣旨のことをおっしゃっていて、ひじょうに共感をおぼえました。そういう音楽に文字どおり支えられ、生きるよすがとしている人がここにも約一名いますよ。

 ブルックナーで思い出して、本棚からウィンズバッハ(ヴィントスバッヒャ)少年合唱団のCDを引っ張り出して、彼らの歌うブルックナーのモテットをひさしぶりに聴いてみました。聴きながら、彼らの初来日公演のことも思い出してしまった。もう10年以上も前の夏でしたね。

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2008年11月02日

ドゥダメルを聴きながら

 いまベネズエラの若き指揮者、グスターボ・ドゥダメル指揮による演奏を聴いているところです。前にも書いたけれど、この人の名前をはじめて知ったのが「名曲のたのしみ」の試聴室コーナー。さすがは吉田秀和氏、いちはやく紹介してくれました。それ以来たとえばNYTにも記事が載ったり、来月ついに! 来日公演もするようなので、日本でも――ファジル・サイとかマルティン・シュタットフェルトのときのように――ブレイクしそうですね。案内役の濱田滋郎氏の言うとおり、繊細にして大胆、エネルギッシュに飛ばすかと思えば作品の内面に深く沈潜する…生命感あふれ、ひじょうに生きがよくて、色彩感を引き出す棒さばき、というのが特徴でしょうか。欧州各地でいまや引っ張りだこなのもうなづけます(Wikipedia記事中、スペイン語の日本語表記についての蛇足的記述にはちょっと笑えた)。ベートーヴェンの「8番」をさっき聴いたのですが、この人の「7番」はいったいどんな感じかしら…とつい思ってしまった。しかしどうでもいいけど録音マイクの位置近すぎない? ものすごい集中力なのはわかるけれど、かつてのグールドの鼻歌よろしく、「ウンッ、ウンッ!」みたいな声をまともに拾ってるんですが…(苦笑)。まあこういうのもライヴならでは、と言ってしまえばそれまでですが。

 「バロックの森」は、1692年に初演された「妖精の女王」のためにパーセルが書いた劇付随音楽を中心とした英国バロック。発見だったのは、マシュー・ロックの「『テンペスト』のための音楽」には音楽史上最古といわれる「クレッシェンド」などの指示書きがあるということ。このへんから作曲家はいろいろ指示を書きこむようになったらしい。バッハみたいになーんにもない場合のほうがむしろふつうだった時代だから、パーセルもそうだけどやはり英国の音楽家というのは進取の精神にあふれていたのかもしれない。英国ついでに今週のBBC Choral Evensong、最後のオルガン独奏でパーセルの'Voluntary in D minor for double organ'がかかりますが、このダブルオルガンというのはオルガニストの座る椅子がうしろのポジティフ鍵盤のパイプを入れた箱とくっついた形の二段手鍵盤のみの楽器を指しています。このころの英国のオルガンは、スエルシャッターが発明されたりとここでも進取の精神が発揮されてはいたけれど、バッハのいたドイツのオルガンのような立派な足鍵盤はまだなかった時代。ダブルオルガンは別名をクワイヤオルガンとも言う。オルガニストの座る椅子(chair)が、訛って聖歌隊のquireを連想させたことからこの名前がついたらしい。名前はちがってもおんなじタイプのオルガンです。パーセルもウェストミンスターでそんな楽器を弾いて、聖歌隊がそれにあわせて歌っていたのでしょうね。

 前回放送の「気まクラ」では、有名なアルビノーニの「アダージョ」もかかってましたが、これがなんとスーク・チェンバー・オーケストラによる「オルガンなし」、オリジナルの想定復元版なるものがかかりました。たしかにジャゾット編曲――英語版Wikipedia記事によれば、ジャゾットが空襲後のドレスデンの図書館廃墟から「断片」を発見して云々…という話はどうもあやしいようですが――と称されるオルガンつきのものみたいに、やたら感傷的でなくていいと思う。ヴィオラが主旋律を朗々と歌い上げてました。後半偽終止して盛り上がる…という演出もなし。こういうスタイルのほうがたしかにアルビノーニの作風に近いかも。けさの「バロックの森/リクエスト」でもそのアルビノーニの「トリオ・ソナタ ヘ短調」がかかりました(ちなみにアルビノーニは貴族出身で、なんとか宮廷つき音楽家とかそういう肩書きを得たことはなく、言ってみればプロではなくてアマチュア音楽家に近いユニークな存在だったらしい)。でも個人的にはガルッピの曲集「チェンバロの慰め」から「ソナタ 第1番 ヘ長調」がすばらしい。これまだCDもってないんですよねー。楽譜もぜひほしいところ。

 そういえば「クラシックカフェ」ではグロリア少年合唱団も歌った、ラインベルガーのオルガンとオーボエのための美しい小品「アンダンテ・パストラーレ『羊飼いの歌』」もかかりました! これもCDほしいんだけど、あいにく廃盤らしい。orz しかたないからエアチェックだけはしておきました。もうすぐ待降節だし、季節柄ぴったりの愛らしい作品です(待降節の前には感謝祭、その前には「バーの聖ブレンダン」の祝日[29日]があったりします、ぜんぜん関係ないけれど)。オルガンとオーボエという組み合わせって、意外とあんまりないのでは? 自分はこの作品以外、寡聞にして知りません。

 今晩の「ビバ! 合唱」、ふたたびシャンティクリアがかかりますね。

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2008年10月20日

真作…なのかなあ

 けさの「バロックの森」。とりあえずカセットテープをがさごそあさったら、かろうじて――昨夜の「チャロ特番」でも出ていたbarely made it が使えそうですがそれはさておきまして――BWV.1128とパッヘルベルの「フーガ ロ短調」くらいは録れそうだったので、録音してみました。…ひさしぶりにKenさんのブログから印刷したルスト筆写譜の画像とかピアノ編曲譜とか引っ張り出して聴いてはみましたが――なんかしっくりこないものがあるのはなぜだろう…このコラールファンタジーについては「バッハの真作」という「事実」がいまだにすんなり受け入れられずにいます。前にも書いたことの蒸し返しになるけれども、これと構造的に似ていると思うのはバッハ最古の自筆譜が残っているコラール「暁の星はいと麗しきかな BWV.739」、そして研究者が「決め手」としているコラールファンタジー「キリストは死の縄目につきたまえり BWV.718」。様式論からすれば、たしかにそうかもしれない。けさの解説によると、このコラールの冒頭5小節半はすでに知られていて、今回「再発見」された筆写譜もその部分はまったくおんなじものだという。でもルスト筆写譜の「底本」ははたしてバッハにまで遡れるものなのだろうか…コラール各行の終わりを示すフェルマータも書かれていないし…。それはともかく、こちらがCD買う前にこうして流してくれるとはまことかたじけなきこと。というわけであらためて聴いてみた印象としては、画像として公開された冒頭部のあとで「わりと自由な」、エコー手法をともなった間奏部がしばしつづき、そして冒頭部、つまりコラール第一行目の定旋律のやや変形された旋律がもどってきて(?)、またしばらくつづいたのち、自由なトッカータ風終結部へとなだれこむ、そんな感じでしょうか(あくまで耳で聴いた印象ですが)。ワインベルガーの演奏はコラールの各行の入りが明瞭に聞き取れるようなレジストレーションで、テンポもほどよく好ましいと思いました。演奏時間6分20秒ほどの作品で、定旋律から紡ぎ出された特定の音型が繰り返し出てくるのも特徴的でしょうか(とくに中間部のエコー部分)。でもあの独特の終結部だけ聴くと、なんかバッハ以前の北ドイツオルガン楽派のだれかさんのコラール…っぽい気もしますが。でもそのあとかかった、2004年のアンナ・アマリア図書館の火事で焼け出された貴重な楽譜類から発見されたアリア、「すべては神とともにあり、神なきものはなし BWV.1127」のほうは聴いてすなおにあ、これはまぎれもなくバッハの作品だと感じました(苦笑)。このいままで知られていなかった、文字どおり「新発見」のアリア、ヴァイマール時代のバッハが仕えていたヴィルヘルム・エルンスト公の誕生日のための頌歌…だという。ちなみにエルンスト公の誕生日は来たる今月30日だそうです。

 パッヘルベルのほうもはじめて聴く小品でした。やはり2004年の火事で焼け出された貴重な楽譜の山から発見されたもののひとつらしい。こっちのフーガはバッハの青年時代、アルンシュタットやミュールハウゼンの教会オルガニストだったときに作曲されたフーガに似ていると感じた。また日本でパート譜が発見された、カンタータ第216番「美しきプライセの都」BWV.216のリフキンによる復元版もかかりました(こちらは断片しか残っていない)。しばし聴いていたら、おやどっかで聴いたような…'Boys on Bach'でアンドリュー・ジョンソンが美声で歌っていた、世俗カンタータBWV.170のアリアとおんなじ旋律が出てきました。

 …今週も盛りだくさんの感あり。水曜にはブクステフーデのオルガンのための「前奏曲 ハ長調」、木曜には「平均律」から一曲と、大バッハの末っ子ヨハン・クリスティアンの「聖母マリアをたたえまつる ヘ長調(たぶんまだ聴いたことなし)」、金曜にはニューカレッジ聖歌隊によるによるヘンデルの「アン女王の誕生日のためのオード」、週末のリクエストでは大好きなスヴェーリンクの「わが青春はすでに過ぎ去り」、そしてまたブクステフーデの「シャコンヌ ハ短調」と変奏曲形式の作品がつづきますね(この曲の低音主題がバッハの「パッサカリア BWV.582」の低音主題のモデルになったのではないかとも言われる。モデルの候補としてはほかにもアンドレ・レゾンの「小パッサカリア」とかパッヘルベルの「パッサカリア ヘ短調」とも関連があるとも言われていますが、以前こちらの記事で触れたように、最近ではブクステフーデの「パッサカリア ニ短調 BuxWV.161」との関連性を指摘する学者もいます)。

 …バッハついでに、以前、オルガン作品にかぎって「偽作一覧」を備忘録代わりにこちらに書きつけておきましたが、世の中、上には上がいるもので、偽作かどうかまで全作品にわたって網羅しているサイトをこのほど見つけましたので、ご紹介しておきましょう。また全作品を網羅したサイトとしてはこちらもあります。

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2008年10月13日

古楽と鉄道唱歌と…バッハ??

 先週の「ベスト・オヴ・クラシック」は「ヨーロッパの古楽」と題しておもに今夏に録音された音源をかけてくれました。月曜は名門ヒリヤード・アンサンブルによる中世ルネッサンスの宗教声楽曲。パレストリーナはまだしも、アレティーノという人はあんまり聴いたことないから、興味深かった。また「レスポンソリウム『罪をあがなうあなたは進みゆかれます』」は東方教会から伝播したらしい11-2世紀のノナントラ写本と呼ばれる手稿譜にもとづく演奏でして、グレゴリオ聖歌の成立を知る上でもひじょうに貴重な作品らしい。もっともグレゴリオ聖歌はアルプス北方、「カロリング・ルネッサンス」、つまりカール大帝時代のフランク王国内のベネディクト会系修道院で歌われていた旋律が採譜されているものが大半だと言われています。個人的には、当時のアイルランド・ケルト教会やイングランド教会で歌われていた聖歌の影響ははたしてあるのだろうか…という点にも関心がありますが。とにかくこのとき歌われたのは、アルバニアあたりから直接ローマ教会に入ってきたもののようです。たしかに東方的な節回しというか、響きを感じました。北方系の聖歌とは異質です。ヒリヤード・アンサンブルは男声のみの声楽アンサンブルとしてつとに有名ですが、それにしても高音部の歌い方もみごとと言うほかない。すばらしいハーモニーを聴かせてくれました。心洗われます。ちなみに先週末のBBC Radio3のChoral Evensongジョン・ブロウ没後300年記念、ということでブロウ尽くし(ついでにその約百年前にはジョン・ブルというオルガニストも活躍していた。ブルは「マッパ・ムンディ」で有名なヘレフォード大聖堂の少年聖歌隊員だった人。晩年は大陸のアントウェルペン[『フランダースの犬』のネロが死んだ大聖堂のあるところ]にとどまり、北ドイツオルガン楽派の祖スヴェーリンクにも会っている)。弟子のパーセルのほうはわりとよく聴かれますが、師匠のほうはあんまり(苦笑)。なのでとても貴重な機会だったと思う。ついでにChoral Evensongは日本の聖公会用語では「唱詠晩祷」と表記するらしいけれども、これだといまいちわかりにくいから自分はいつも「夕べの祈り」としています。モンテヴェルディに「聖母マリアの夕べの祈り」がありますが、こっちだって本来は8つある聖務日課のひとつ「晩課 Ad Vesperas」です。ついでながらレスポンソリウム responsoriumというのは聖書朗読箇所の応答(response)として歌われる聖歌で、アングリカンの「夕べの祈り」冒頭で歌われる「唱和」とは別物です(両方ともresponsesと表記されることがあるのでややこしいと言えばややこしい)。

 火曜のエウローパ・ガランテによるオール・ヴィヴァルディ・プロもよかった。ヴィヴァルディって当時としては珍しいチェロとかファゴットとかマンドリンとかを主役に据えたすばらしい協奏曲を残していますね。有名なハ長調のマンドリン協奏曲とかファゴット協奏曲とかかかってました。木曜のドレスデン・バロック管弦楽団によるバッハやテレマン、ハッセらのコラールカンタータも秀逸です。ライプツィッヒの、バッハゆかりの教会での公演、これだけでもいいなあ! 

 最後はコンチェルト・コペンハーゲンの演奏会から。指揮者モルテンセンの解釈が前面に押し出された演奏。とくにかの有名なパッヘルベルの「カレンとジーグ ニ長調」は…めちゃ速い! 指揮者みずからチェンバロで通奏低音弾きながらの「弾き振り」で、右手でしっかり即興も弾きながらのひじょうにきびきびとした、一方的感傷に陥らない演奏は、これはこれでたしかに作曲者パッヘルベルの意図した演奏に近いかもしれない。リタルダンドしてカノンが終わるかなーと思いきや、さっさと舞曲ジーグに転ずる変わり身の軽やかさはバロック時代の演奏慣習という点ではかなっているのかもしれない。でもちょっとせかせかと急ぎすぎ? のような気もしました。

 今日は祝日。「気まクラ」の再放送聴いていたら、おお、以前、録音しそこなった現代の作曲家ファーイの「古戦場」がかかりました! さっそく録音。そうなんですよね、これ廃盤じゃないんですが、在庫なしで、再発売も未定。録音するほかなし。今回はじめて知ったのですが、ファーイがアイルランド北西部コナハト地方のある古戦場に想を得て作曲したものらしい。アイリッシュ・ホイッスルのなんとも郷愁を誘う響きがとても印象的な作品で、けっこう好きです。で、そのあとは…なぜか「今日は一日鉄道三昧」!! 鉄道唱歌…たしかにこれ一気に流すのもすごいとは思うが、なんか節回しがいつもおんなじで――「桃太郎」に似ている? ――ちょっと飽きますね。東急東横線の各駅名を連呼したヘンテコな歌には笑いましたが。しかしみなさん…ほんとうに鉄道がお好きなんですね…。走る列車のあのリズム、たしかにあれ変拍子の習得にはうってつけかも。鉄道つながりでは、ドヴォルジャークは若いころ、乗っていた列車の異音にいちはやく気づいて停めさせ、大事故を未然に防いだとかなんとか…そんな逸話を昔読んだことがあります。うろおぼえなので確証はないけれど…。バッハの「無伴奏ヴァイオリンソナタ」と踏切の音…おもしろい視点ではあるけれど、このへんにくるともうついていけない(苦笑)。とはいえ杉ちゃん&鉄平による「山手線上のアリア」は思わず笑ってしまった。…リクエストがくるということは、CDとかあるんだろうか…? あと鉄道つながりということで、オネゲルの「機関車パシフィック231」もかかってましたね。この作品は以前NHK-FMで聴いたことがあります。

 それと、そうそう、土曜の「名曲リサイタル」。リコーダーとチェンバロ二重奏による…チャーリー・パーカー! もうびっくり。リコーダーもさることながら、チェンバロであのジャズ特有のビートをたたき出しているのにはほんと驚きました。でも…意外といいではないですか、チェンバロでジャズ! しかもマルケッティの「魅惑のワルツ」までかかりました。ジャズオルガン(ハモンドとレスリースピーカー)というのはふつうですが、チェンバロもけっこういいかも! もっとも故ポール・モーリアみたいに、増音チェンバロでないと音量的に負けそうですが。それと、「名曲のたのしみ」。プーランクがランドフスカのために書いたという「クラヴサンと管弦楽のための田園協奏曲」なんて作品があるんですね、知らなかった。こっちはモダンチェンバロでオケに負けじと張り合ってましたね(笑)。

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2008年09月05日

An die Musik

 今週の「バロックの森」はヨハン・パッヘルベルから。9月1日は、NYTimesの「今日はなんの日」ではナチスドイツが1939年のこの日にポーランドを侵攻、第二次世界大戦がはじまった日で、また日本人にとっては1923年のこの日にあの関東大震災が発生した日でもあり、そして今年はときの首相が職を辞した日でもあります(…)。そうか、パッヘルベルの誕生日だったんですね! まずはオルガンコラールから2曲、それと「トッカータ ハ長調」がかかりました。演奏者はダフィト・ファン・バウヴェルという人。音源はRicercar(!)というレーベルから出ているらしい。つづいてバッハのカンタータ第150番「主よ、我は汝を求む BWV.150」がかかりましたが、終曲の反復する低音声部はなんと、パッヘルベルのシャコンヌ主題をそのまま借用しているという(聴いた感じではヘ短調のシャコンヌだと思う)! ついでにバッハが借用したパッヘルベル主題をのちにブラームスも使っています(「交響曲 第4番」の終楽章)。つぎの日は、バッハの弟子の作品集でこっちも興味津々でした…なにしろ聴く機会がほとんどないので。ライプツィッヒ時代にバッハに師事したクレープス父子とかオルガンコラールの筆写譜で名前を残しているキルンベルガーとか。また弟子のひとりミュテルは、後年ラトヴィアのリガで活躍した、ということもはじめて知りました。ちなみに2日はなにがあったかというと、地元紙によれば1666年のこの日にロンドン大火が起きて当時屋根が木造だった古セントポール大聖堂が焼失したとありました。クリストファー・レン設計による現在の壮麗な建築になったのはそのあとのこと。ちなみに火元はシティのパン屋でした(1871年10月8日に起きたシカゴ大火の場合は火元が「牛」ということらしいですが、どうもこれはでっちあげらしい…ついでにシカゴってチャロの現在の滞在地でしたっけ…)。

 そのつぎの日は、ちょうどロンドン大火の100年ほど前の時代に活躍したトマス・タリスとクリストファー・タイのラテン語モテットがヒリヤード・アンサンブルによるア・カペラのコーラスでかかりました。パーセルの英語によるアンセム(モテットの英語版)もかかりましたが、そのあとのヘンデルの有名なオペラアリア「あなたがどこを歩くとも」がおなじ英国のテノール歌手イアン・ボストリッジの歌でかかりました。'Where're you walk...' とくると、パブロフの犬でついアレッドの歌が脳内に流れてしまう。ちなみに1976年のこの日に、米国の打ち上げた火星探査機ヴァイキング2号が火星軟着陸に成功した、とNYTimesのニューズレターにありました。

 つぎの4日は、バッハ・オルガン名曲集みたいな内容。まずはこの日が命日のシュヴァイツァー博士の古ーい演奏(1936年!)からで、これは音源――LP!――をもってます。ほんとひさしぶりにシュヴァイツァー演奏版「バビロン川のほとりにて BWV.653」を聴きました…おそらくヴァルヒャもこの音源を聴いたのでしょうね…そのヴァルヒャの演奏もかかりまして、曲はバッハ最晩年の傑作のひとつ、カノン風変奏曲「高き御空よりわれは来たれり BWV.769」。これはバッハが1747年に、ミツラーの「音楽学協会」に14番目――数字でBACH(2+1+3+8)の名前の順番になるように――の会員として入会したおりに提出した作品。曲が進むにつれひじょうに複雑なカノン技法が展開されるのですが、愛らしいクリスマスコラール旋律による主題のためか、とても耳に心地よい作品に仕上がっていて、聴いていてけっこう楽しいオルガン曲だと思います(終結部のS-A声部にBACH音型が瞬間的に現れる)。

 …そういえば先週末、BBC Radio3のChoral Evensongを寝ながら聴いていたらうつらうつらしてしまい、気がついたらバッハの――最近はおおいに疑問あり――「トッカータとフーガ ニ短調 BWV.565」が鳴り響いていたので??? と思ったら、そのあとのBBCプロムス2008の特集番組からサイモン・プレストンのオルガン独奏に切り替わっていました…英国では「聖アンの(フーガ)」と呼ばれることの多い「前奏曲とフーガ 変ホ長調 BWV.552」も流れました。なんでも出だしのフーガ主題(このフーガは三つの主題からなる三重フーガ、フラット三つの調号とともに「三位一体」を象徴、最後は三主題がすべて結合される)が英国で愛唱される「聖アンの歌」にひじょうに似ているからかの地ではそう呼ばれるらしいが…一度だけ「聖アンの歌」を聴いたことがありますが、なるほどたしかに似てますな。

 アレッド…のこと書いてふと思い立ったお題のドイツ語。シューベルトの有名な「音楽に寄す D.547」。これもしみじみとした味わいのあるじつにいい歌曲ですよね…シューベルトの偽らざる心情が吐露されているようにも思えますが、自分としてはなによりも音楽という芸術への信仰告白だという印象が強い。だれだったか競馬のミステリ翻訳ものの冒頭に、「馬のいない人生なんて考えられない」なんて献辞していた人がいたけれど、自分にとっては音楽のない人生なんてまったく考えられない。歌詞にもあるように、苦楽のない人生なんてない(と思う)けれど、自分にとって慰め、救いになってくれるのは…やはり音楽しかないような気がする。『聖書』もいいとは思うけれども、やっぱりだれがなんと言おうとまず音楽ありき。以前、紅葉の写真を撮りに富士山五合目に行ったとき、ちょこっと登山道を登ったところで一息ついていたら、風もやんでだしぬけに完全なる「無音」状態に陥ったことがあります…とにかくなーんにも聞こえない。眼下の売店のがなりたてる放送も、ほかの観光客のざわめきも、とにかくなんにも聞こえない(おそらくそのときたまたま風向きが変わったせいなのだろう)…しばらくしてこの完全な静寂というものにだんだん気が狂いそうになりました…。やっぱり人間って、なにか音が聞こえていないとダメみたいです。せんだって――ここにも書いた気がするけれど――NHK-FMの深夜枠で「ヨーロッパ古楽紀行」を再放送してまして、そのなかで「ロバの音楽座」の松本雅隆さんがいみじくもこんなこと言ってました。「…ドローンというのは、人間の日常生活のなかから生まれたのだと思います…人というのは、なにか思考するときでもなんらかの音に囲まれているものです」。たしかにそれはあると思う。あのときほんの5分くらいだったと思うが、自分も「完全無音」というものがいかに恐ろしいものかを体験しましたし。やっぱり音楽は、生きていくうえで必要だ、というわけでいまも聴きながら書いています。とはいえ、はからずも「耳について離れない」音楽というものもありまして…「奇跡のシンフォニー」を見に行ったとき、映画館に入るときと出るときにけっこうな音量で流しっぱなしになっていた例の歌――「ポニョ」です――、そのとき耳にして以来、なぜかあのメロディーが頭に刷りこまれてしまった…おなじような目にあっている方はほかにもいらっしゃるようで、なんと作曲家の吉松隆氏までこんなこと書いてました…。

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2008年08月10日

ヴィターリのシャコンヌじゃないの?!

1). この三週間くらいのことだと思いますが、以前、ここでも取り上げたトンマーゾ・アントニオ・ヴィターリの「シャコンヌ(伊語ではチャッコーナciaccona)」。これが、オルガン伴奏に乗ってヴァイオリンが朗々と奏でるという録音盤でかかっていた。あーこれほしいッ! と思い、Amazonとかタワレコとか検索したがいずれも在庫なし。残念とは思ったが、驚いたのはこの作品、じつはヴィターリの作品ではない、偽作だという。…じゃ真作者って、だれ?¿? この時代の作品はやたらとこういうこぼれ話がつきもの。ほしい、と言えば、前にも書いたモーツァルトの40番とかをオルガン四手で弾いている盤。とにかくこの二枚はなんとしてもほしい。アンドリューくんの新譜も注文しなくては。けっきょくAmazon日本ショップのいいお得意さんになってしまっている自分がいる。

2). とそこへ飛びこんだのが洋販の倒産。でもたいして驚かなかった。時代の流れかもしれない。洋書洋雑誌取次ぎ最大手の倒産とあって、すぐにAmazonのことを考えた。まちがいなく洋販倒産の一因を作ったのはAmazonでしょう。洋販がなくなると、当面のあいだ、町の本屋さんで洋雑誌が手に入りにくくなるかもしれない。考えてみれば以前は神保町のタトル商会とかでよく買っていた。ポイントカードだってまだもってるし(笑、とっくにexpired)。それがいまでは洋雑誌はともかく本は和洋取り混ぜてほとんどAmazonで間に合ってしまう。だからと言ってAmazonが悪いとは思わない。創業者ジェフ・ベゾスが自宅ガレージでデータベースとネットワークを組んで、Web通販で書籍を売ると宣言したとき、ほかの本屋さんは笑っていたそうです。でもベゾスは「顧客中心主義 customer centric」を掲げて、ついにキャッチコピーどおりの「地球最大規模の」なんでも屋にまでなってしまった。昔、苦労して個人輸入するほかなかった希少な洋書がそれこそ開国じゃないけれど、Amazon経由でどっと目の前のPC画面に陳列され、いともあっさり注文できるようになったことは、自分としては革命的な出来事だった(当時そう感じた人はきっと多いと思う)。この使い勝手のよさ、買い手の立場に立った経営姿勢がけっきょく成功の秘訣だったように思う。

3). 話がまたそれてしまいました。本題にもどりまして…先週の「バロックの森」は音楽家一族特集。クープラン(おじルイと甥っ子のフランソワ)一族、スカルラッティ一族、そしてもちろんバッハ一族。月曜は大バッハの大叔父ハインリヒ、父親の従兄ヨハン・クリストフ(月明かりのもと写譜していた少年バッハから楽譜を取り上げたというヨハン・クリストフはいちばん上の兄貴のほうでややこしい)、マリア・バルバラの父ヨハン・ミヒャエルの作品がかかりました。火曜が大バッハの息子たちと孫の作品。はじめて作品を聴いたウィルヘルム・フリードリヒ・エルンスト・バッハは、メンデルスゾーンがカンパして建立した最初のバッハ像除幕式に呼ばれた人で、200年にわたり音楽家を輩出してきたバッハ一族最後の音楽家でした。なかでも興味深かったのが、C.Ph.E.バッハの「我がジルバーマン・クラヴィールとの別れ Wq.66」。最晩年の作品だそうで、なんかこう枯淡の境地と言いますか、淡々とした味わいの小品です。金曜日のパーセル兄弟というのは…寡聞にしてこちらは知らなかった。弟ダニエル・パーセル!! 兄よりずっと長生きして、歌劇作品とか残したらしい。というか作品を生まれてはじめて聴いた。ここ何年か、ほぼ毎朝のように「バロックの森」は聴いているけれども、ダニエル・パーセルの作品って取り上げたことがあるのだろうか。それとベンダ兄弟も取り上げてましたね。兄弟つながりだと、サンマルティーニ兄弟というのもいます。

 兄弟音楽家、とくると、やはり先週、「ミュージック・リラクゼーション」で聴いた木村大・祐の兄弟ギターデュオもすばらしかった(曲は「スカーボロ・フェア」)。弟くんのほうは正式なデビューはまだらしいけれども、はやくソロを出してほしいな。

祝編曲完成
posted by Curragh at 23:51| Comment(3) | TrackBack(0) | NHK-FM