NYTにあいついで掲載されたこれとこれの読後感などをすこし。
最初の記事を見ておどろいたのは、いまや日本でもすっかり定着(?)してきた感のあるTwitter(本来の字義は「囀り」、あるいは「リトル・チャロ 2」に出てくる、なにを企んでいるのかわからないランダがするようなくすくす笑いの描写としても使われたりする)サイト以外にも、じつにさまざまな「だだ漏れ(あんまりこういうヘンテコな日本語は使いたくはないが)奨励」交流サービス提供業者がいるということ(自分の現在位置までお知せするサイトまである!)。発祥の地なんだから当然と言えば当然かもしれませんが、それにしても冒頭に登場する38歳のオンラインデートサイトのコンサルタント(ようするに合法的な出会い系サイトか??)だとかいう男性が登場するけれども、この人なんか、――いまどき死語だけど――「ほとんどビョーキ」ですよ。
Mark Brooks wants the whole Web to know that he spent $41 on an iPad case at an Apple store, $24 eating at an Applebee’s, and $6,450 at a Florida plastic surgery clinic for nose work.
ご当人は、
“It’s very important to me to push out my character and hopefully my good reputation as far as possible, and that means being open,” he said, dismissing any privacy concerns by adding, “I simply have nothing to hide.”
なんておっしゃってますが…こうなるともうひとつの「信仰」に近いものがある(この人はAmazonをはじめとするオンライン通販の買い物履歴のみならず、旅行予定やなんとDNA情報まで[!!]公開しちゃっている)。やはりなにごとも好事魔多し、公開してかまわないものと非公開にすべきものという線引きはきちんと引いて、ほどほどにしておいたほうが身の安全のためだと思うぞ、まことによけいなお節介ながら。
いま米国ではこの手の会社を起こすIT起業家に投資するのが流行っているみたい。投資家みずからそんな会社の経営に参画したり。たとえばロンドンで設立されていまはサンフランシスコに拠点を移した新興企業の場合、ユーザーにたいして「毎日、自分を撮影した画像をアップしてください」と呼びかけている。当然、この手の「なんでもみんなと共有しよう!」的SNSサイトを利用するのは、プライヴァシー関係にあまり抵抗のない(?)若い世代の人が多いようです。
While the over-30 set might recoil from this type of activity, young people do not seem to mind. The site, which gets around 300,000 visitors a month, according to the online research company Compete.com, appears to be largely populated with enthusiastically exhibitionist teenagers.
でも…ちょっと待ったぁ! と言いたくなりませんか。たとえばBlippyなるSNSの場合、顧客の買物履歴情報をめぐって、Amazonとトラブル沙汰まで起こしている(→関連記事)。自分なんか、利用しているGmailの「Buzz騒動」でウンザリしているくらいなので(Buzzはアクセスしたこともないけど。Gmailはたしかにすぐれたサービスだということは認めるけれども、たとえば音楽関連のメールを書くとすると、脇に表示される広告に「楽譜通販ならxx」が出てくる…というのは、どう考えても人の書いた文面を「読んで」いるとしか思えんのだが[苦笑])。
ほんの数年前までは、こと個人に直結する情報の公開について、利用する側の意識も高かったように思う(そんなこと言えば、自分がインターネットを利用しはじめた10年前にはネット上のクレジット決済でさえ嫌がる人が多かった)。それがここ2,3年で急激に(?)低下し、新手のサービスがひろく認知されるにつれてますます危機意識が低下しているというか、ほとんどなにも考えずに「○○なう」とか、わけのわからない符丁みたいなやりとりが横溢しているようにも思う(そういえば某週刊誌でTwitter批判記事が連載されていたけれども、「井戸端会議」以下でも以上でもないとかごく当たり前のコメントしか書いてないし、また発言者がだいたいWebプランナーとか、そっち方面でごはん食べている人なのに「ネットは暇人のもの」とか「集合痴」だとか書いているのって矛盾してない? もっとも「Twitter礼賛本」でひと儲けしている手合いはよろしくないとは思うが)。個人情報が筒抜けになる、ということでは全世界で推定4億人が利用していると言われているFacebookサイトなんか、年がら年中、クラッカーどもの攻撃対象になっている。それだけ「攻撃しがいのある」サイトだということだろう(Blaster騒動とかも思い出されるが、いまどきのクラッカーにしてみれば、MSサイトよりSNSサイトを狙い撃ちにしたほうが手っ取り早く稼げるとでも思っているのではないか)。もっともWebというのはもともとそういう構造なのかもしれない――通信速度やHTML規格の改訂、スマートフォンに代表される高性能な携帯端末の普及など技術的な課題が克服され、また利用者側の意識も変化するにつれ、この手の「なんでも発信、みんなで共有」的なサービスが雨後のタケノコみたいに登場するようになったように思う。YouTubeとかも典型的な例ですね。'Broadcast Yourself'と銘打っているように、いまや市井の人々すべてがbroadcastできる道具をもった、ということか(あ、ブログなんかもそうか。「即時性」についてはRSSという仕組みに負うところが大きいと思う)。
こういった新興業者が利用者側の意識の低下につけこんでいる感なきにしもあらずですが、いちばんの問題は彼らの個人情報の取り扱い方にある。彼らから「だだ漏れ」なんてこともじゅうぶん考えられる。手っ取り早くみんなと共有することができる、おもしろいからとこの手のSNSサービスにあれこれと手を出すのは、どう考えても賢明ではないように思う。なにしろビジネスとして成立するのか、という根本的課題についてはいまところ「海の物とも山の物とも」わかっていない。気がついたら利用していたサービスが消滅してました、なんてことだってありうること(ついでにT.M.I.は'Too much information'の略。さらについでに動詞のexploitが出てくるけれども、別語源の名詞として「手柄」、「偉業」の意味のexploitもある。strand, feat, strain, forego, mean, seeなどはまったくちがう意味の単語があるので、注意が必要)。
二番目の記事については某PC雑誌でも手短かに報じられてました。ここでまたおどろくのは、米国の歴史家が注目している点。たとえばある出来事なりを将来、調査するとき、これほど同時に多くの人が記録を書き残してくれるツールというのはいままで存在しなかったし、かつデジタルデータなので任意のキーワードで「検索」をかければ一瞬にしてほしい情報へとアクセスできる、とこの決定に喜んでいる向きがすくなからずいるらしい。以前だったらかぎられた人しか「その現場」にいなくて、そういうかぎられた情報源でしか調べようがなかった(急進的奴隷制度廃止論者ジョン・ブラウンの絞首刑の話が引き合いに出されている)。でもいまはちがう、だれもが情報を「つぶやく」ことで発信できるし、それが議会図書館に保管されれば「一大史料」へと大化けするかもしれないと期待をかけているというわけ。なんだかゴミの山から堆肥でも作るような発想みたいですが、Twitter社が提供する膨大な「過去のつぶやき」データは公開されたもののみで非公開設定の方は対象外、ということなので、意図せず個人情報が流出することはなさそう。また議会図書館側は当面のあいだは「アクセス許可した」研究者にかぎって利用できるとし、発信されて半年が経過しないと利用もできない仕組み。議会図書館側のこうした措置は、当然やっかいな「個人情報」の取り扱いに配慮してのもの。ところが、
BUT the library's restrictions on access will not matter. Mr. Macgillivray at Twitter said his company would be turning over copies of its public archive to Google, Yahoo and Microsoft, too. These companies already receive instantaneously the stream of current Twitter messages. When the archive of older Tweets is added to their data storehouses, they will have a complete, constantly updated, set, and users won’t encounter a six-month embargo(下線は引用者。以下同).
これってつまり…「だだ漏れ」ってこと??? ちなみに全世界で発信されるTweetは、一日あたりなんと約5500万件! だという。また過去4年間の総合計は約50憶件。それでもテキストデータだから、総容量は5テラバイトくらいだという。いまひとつ問題だと思うのは、「即時性」、「未編集」至上主義的な、ほとんど「信仰」に近い感覚。
“Twitter is tens of millions of active users. There is no archive with tens of millions of diaries,” said Daniel J. Cohen, an associate professor of history at George Mason University and co-author of a 2006 book, “Digital History.” What’s more, he said, “Twitter is of the moment; it’s where people are the most honest.”
As a written record, Tweets are very close to the originating thoughts. “Most of our sources are written after the fact, mediated by memory ― sometimes false memory,” Ms. Taylor said. “And newspapers are mediated by editors. Tweets take you right into the moment in a way that no other sources do. That’s what is so exciting.”
以前書いたEarth Day関連記事と同様、こういう「信仰」も、しょせんは時代とともに移ろう一過性の時代感覚にすぎない。たとえばそのときの思いつきでつぶやいたものを一週間ほどして、忘れたころに読み返してみて、なに書いてんだとか、いかん、こんなことつい書いてしまったとか、そういうふうに感じるのが人間だと思う。つまり「そのとき書いたもの/感じたもの」がおしなべてよいとするのはあまりに短絡的だと思う。なにも手を加えない生々しいままのほうがよいという発想ないし信仰は、首肯しかねる(→関連記事)。