バッハのこの愛らしいクラヴィーア作品( BWV.992 )については、ここでも言及したことが何度かあるけれど、このほど本邦を代表するクラヴィーア奏者二名による音源をじっくり聴いてみまして、あらためてこの若き天才の片鱗がうかがえる鍵盤楽曲について書いてみたくなってしまった。
最初に聴いたのは渡邊順生氏による、その名も「グスタフ・レオンハルトの思い出に捧ぐ」!! 渡邊氏書き下ろしのライナーによると、いちおうこの作品はすぐ上の兄ヨハン・ヤーコプ・バッハに捧げられたもの … ということになってはいるが、高名なバッハ研究者クリストフ・ヴォルフの唱える「異論」を紹介し、この従来説に疑問を呈している。いわく、BWV 番号でつぎの作品である「奇想曲 ホ長調 BWV.993」のような「ヨハン・クリストフ・バッハを讃えて」とかいった「献辞」がないこと、「兄」を意味するイタリア語は fratello なのに、『メラー手稿譜集』所収の筆写譜( バッハの現存する鍵盤作品最古の直筆楽譜として、オルガンコラール「輝く暁の星の麗しさよ BWV.739 」がある )の表記は 'fratro' となっている。これはイタリア語にもラテン語にもない綴りなので、日本語で言えば「兄貴分」くらいの意味、つまり実の兄さんというより兄ちゃんとして慕っていた級友のことではないか、候補としてはたとえば後年の「エルトマン書簡」で知られるゲオルク・エルトマンではないか、とヴォルフは推測している。加えて渡邊氏は、「この作品は誰かとの別離に際して書かれたものではなく、バッハが、誰の身にも起こりうる家族との別離を想定してこの曲を作曲した、という可能性も排除できない」、と書いている。
このライナーにも書いてあり、その後図書館にて『バッハ事典』の記事を確認したときにもおんなじことが書いてあって、言われてみればああそうかなんですけれども、この作品、じつはトーマスカントルのヨハン・クーナウの作曲した「聖書ソナタ( 1700年出版 )」に触発されて書いたものらしい。… これもなにかの縁ですな、後年バッハはそのクーナウの後任としてトーマスカントル職を奉じることになるのだから。ついでながらこの「聖書ソナタ」、かつてレオンハルトオルガンとチェンバロを弾き分けつつ、みずからドイツ語のナレーションを吹きこんでもいる。… 「古楽の楽しみ」ではじめてその音源の存在を知った … ほしい。
個人的に注目したいのは、この「奇想曲」、カプリッチョと題された組曲のうち、第三曲「友人たち皆の嘆き」というパッサカリア。ご承知のようにパッサカリアもシャコンヌも元来は実用音楽というか、踊りのための音楽で、たとえばハプスブルク宮廷で活躍していたゲオルク・ムッファトの鍵盤楽器用パッサカリアとかシャコンヌとかはそんな雅な雰囲気が、悪く言えば「貴族趣味」が芬々と漂う。ところがバッハとなると、「オルガンのためのパッサカリア BWV.582 」や有名な「シャコンヌ BWV.1004 」などに代表されるように、「楽しい踊りの音楽」というよりなんかもうバロック版「悲愴」みたいなきわめて内省的かつ重大深刻な印象を持ってしまう。おまけにバッハという人はここぞ、という場合にしか変奏曲形式を採用しない主義みたいなところがあり、たしか独奏楽器のために書かれた「パッサカリア」も「シャコンヌ」も、独立した楽曲としてはこのふたつしか存在していない、と思う( もっとも後者は「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ」中の一曲ではあるが )。悲しみとか嘆きといった感情表出とこれら変奏曲形式との結びつき … というのが、ひょっとしたら少年時代から最晩年までバッハの心には宿っていたのかもしれない。バッハの伝記を読むまでもなく、当時の社会における「死」は、いまとはおよそ比較にならないほどに身近なものでしたし。
いまひとつは小林道夫氏による 2009年 10月録音の音源( 「バッハ:カプリッチォ 小林道夫の芸術 V 」 )。収録場所が、なんと「杜のホール はしもと」!! 一度だけ、「ボニ・プエリ」来日公演で聴きに行ったホールですが、たしかに響きのよい音楽ホールだと感じた。木がふんだんに使われているのもいいし。そしてなにより感心したのは、ここがショッピングセンターに公立図書館までが入った複合文化施設で、しかも駅前にあるという点 ! 自分の地元にもこういうのがあればいいのに、といつも思っている。
ちなみに小林氏のライナーでは、第三曲目が「シャコンヌ」になってます。… 枝葉末節の事柄ではあるが、表記としてはどっちがよいのだろう ?? 渡邊氏はこの作品を「表出性、フーガにおける主題展開の技法、演奏技巧面の充実など様々な面で、この大先輩( クーナウのこと )の作品に勝るとも劣らないレヴェルに達している」と絶賛していますが、対する小林氏はというと、たとえば終曲に関しては「バッハのフーガは、この世の奇蹟と言いたい程の作品が多いのだが、さすがにこの終曲( 引用者注:終曲はフーガ書法で書かれた「御者の角笛」 )は彼の若さが露呈していると言われる。たしかに弾いていると、あれ、これで良いのかなと思う音が無いわけではないが、勢いの良い主題と、… 郵便馬車の揺れをあらわすような音型など、むしろ若さの魅力があふれていると受けとれ」ると述べている。… うーむ、おなじ作品とて、弾き手がちがえば感想もそれぞれ、とても参考になりますね ! といってもいつだったか故吉田秀和氏が「金字塔」と評したウィーン・フィルのおんなじ公演を、かたや「疑問符をつけざるをえない」みたいに評されたりしたのでは、読まされる側としてはどうにも困ってしまう。もっともこの「批評」にかんしては音楽だけでなく絵画や文学なんかもみんな似たような問題を抱えているので、なんとも言えない。
それはそうと、先日、NHK 静岡の朝のニュースを見ていたら、こういう話題が取り上げられていて、これはすばらしい取り組みだ、と思ったのでここでも紹介します。主宰者の演出家先生のおっしゃるとおりですよ、ほんとに。本来、音楽であれ演劇であれ、もっとも見たがって / 聴きたがっているのは金満な聴衆ではなく、若い貧乏学生だったりするわけですよ。それなのにやはり損得勘定が最優先されるのか、この手の公演の料金設定ってどうしてこういつも高いのだろう ?? と個人的にいっつも感じていたことなので、こういう試みはぜひぜひ長くつづけていただきたい、と思う。ちなみにこの「観劇料金はご随意に」方式をはじめて採用した今回の演劇祭、採算はしっかりとれたそうですよ。こんな試みが音楽でも、たとえば東北の被災地などでもっと花開けばよいと思う … ひょっとしたらもう始まっているのかもしれないが。ショービズという名の示すがごとく、現行の公演事業はあまりにも商業主義かつ集客第一主義、金儲け第一主義に走っていると思いませんか。
2013年09月16日
2013年07月15日
アルンシュタットのバッハオルガン
先日、なにかのついでで開いたこちらのページ。バッハがまだはたちくらいのときにオルガニストを務めていたアルンシュタットの聖ボニファティウス教会 ( 現バッハ教会。ついでに聖ボニファティウスというのは「ドイツの使徒」とも呼ばれるアングロ-サクソン出身の聖人で、布教先で北欧神話の雷神トールに捧げられた聖なるオークの大木を切り倒したことでも有名。ローマカトリックや聖公会など東方教会以外での祝日は 6月 5日 )。
じつはこのときまで、ここの教会のオルガンが、ほぼバッハが弾いた当時の状態に「復元」されていたことすら知らずにいたものだから、あれあれ ? と思ってしまった。自分のイメージでは、手許の古い本に掲載された写真にあるような ( そしてかつて「名曲アルバム」で放映された映像でも )、二階バルコニーに立つ白塗りのケースに大バッハの肖像画つきの楽器だったもので … しかも修復完了がバッハ没後 250年にあたる 2000年というから、かれこれ 10年以上も経過している ( またしてもいまごろ … )。
運よくこんなサイトも見つけました。ピーター・ウィリアムズによると、アルンシュタットのバッハ博物館にある「当時の演奏台」は、100% バッハが弾いた当時のもの、というわけでもないらしい。ひょっとしたら手許の『バッハのオルガン作品』になにか書いてあるのかと思ったけれども、あいにく出典は別物で、未確認。リンク先サイトにはウィリアムズによって復元された当時の楽器のストップリスト( disposition ともいう )まで転載されていて、参考になります。
アルンシュタットの博物館にある演奏台を見ても、当時新造なったばかりのこのヴェンダー製作の楽器はわりとちんまりした規模だったことがわかる。後年、とくに前世紀初頭までに加えられた「改修」によってストップ数は当初の 21 から倍以上になり、その昔「名曲アルバム」で「ニ短調のトッカータとフーガ BWV.565 」が放映されたときに見たのも、このときに拡張されたロマンチックな性質の楽器。Pipedreams サイトの記述とあわせて読むと、レオンハルトが最後の来日公演で弾いた明治学院大チャペルの楽器と同様に、人力で風を送る「ふいご」装置も復元してあるとか。で、たとえば ↓ のような動画でもそれは確認できます。
二階にあった「もとの」楽器は、なんと格子壁の背後に隠れているという。画像で見る第一印象としては、なんかヴァイマールの宮廷礼拝堂にあったというオルガンの図を思い出してしまった。「天の城」という通称が示唆するとおり、かつての宮廷礼拝堂は何層もの階が吹き抜けになったようなユニークな様式の礼拝堂で、オルガンは最上階バルコニーに設置されていた。言ってみればここが若き宮廷オルガニスト、バッハの仕事場。アルンシュタットの楽器も会堂の最上部にあったから、ヴァイマールの楽器ほどではないにせよ、オルガンの豊かな響きが文字どおり音のシャワーとなって天から降り注ぐような感覚だったんじゃないかと思います( 前にも書いたけれども、ヴァイマール宮廷礼拝堂はその後火災で焼失してしまって現存していない、残念至極 )。そういえばこの前見た「ららら ♪ クラシック」、パッヘルベルにつづきましてバッハでしたね ! おもしろかったけれども … 「アリア」は、なんといっても跳躍の多いベースライン( 通奏低音 ) の効果大、とも思うのでした。そして、そう、「意外にアツい男バッハ」。ここでも何度か書いたから蒸し返さないが、とりわけアルンシュタットの 4年間には聖歌隊のファゴット担当のガイエルスバッハという男と夜、広場でサーベルを抜いて、チャンチャンバラバラまで起こした前科あり( 苦笑 )。
… と、ここまで「今日は一日 AOR 三昧」をちょくちょく聴きながら書いていました … クリストファー・クロス、エア・サプライ、ビリー・ジョエル、マンハッタン・トランスファー … たまにはこんな「オトナな」洋楽もいいね。ヘビメタとかみたいにわんわんガンガンしなくて、涼やかで心地よいし。いま ? いまはもちろんバッハです。連続企画 ( ? ) の「教会カンタータ」全曲を聴く試み。いまは 90 番台。そろそろ 100 番台に入りそう。小学館の『バッハ全集』解説本を見ながら聴いていますが、なんというか、バッハの鍵盤作品を愛好する人こそ、「作品理解」のために教会カンタータを聴くべきではないかという思いをつよく抱くようになった。バッハ作品はよく「声楽的であると同時に器楽的」でもあると評されたりするけれど、その「背後」にある作曲者の意図が、とりわけ具体的な「歌詞」を伴ったこの手の声楽作品を分析することによってよりいっそう深まる、と確信します。やっぱりバッハのような天才の手になる作品というのは、鍵盤作品ならそれしか聴かない、というようないままでのワタシみたいな態度はほんとに片手落ちで、厳に改めなければならない … と反省の念もこめて、いまはつよく思うようになったしだい。だから、というわけでもないが、バッハのオルガン作品についでその後、少年合唱ものも好きになったのは、バッハの宗教声楽作品鑑賞にとっても、まさにうってつけだったのかもしれない。
じつはこのときまで、ここの教会のオルガンが、ほぼバッハが弾いた当時の状態に「復元」されていたことすら知らずにいたものだから、あれあれ ? と思ってしまった。自分のイメージでは、手許の古い本に掲載された写真にあるような ( そしてかつて「名曲アルバム」で放映された映像でも )、二階バルコニーに立つ白塗りのケースに大バッハの肖像画つきの楽器だったもので … しかも修復完了がバッハ没後 250年にあたる 2000年というから、かれこれ 10年以上も経過している ( またしてもいまごろ … )。
運よくこんなサイトも見つけました。ピーター・ウィリアムズによると、アルンシュタットのバッハ博物館にある「当時の演奏台」は、100% バッハが弾いた当時のもの、というわけでもないらしい。ひょっとしたら手許の『バッハのオルガン作品』になにか書いてあるのかと思ったけれども、あいにく出典は別物で、未確認。リンク先サイトにはウィリアムズによって復元された当時の楽器のストップリスト( disposition ともいう )まで転載されていて、参考になります。
アルンシュタットの博物館にある演奏台を見ても、当時新造なったばかりのこのヴェンダー製作の楽器はわりとちんまりした規模だったことがわかる。後年、とくに前世紀初頭までに加えられた「改修」によってストップ数は当初の 21 から倍以上になり、その昔「名曲アルバム」で「ニ短調のトッカータとフーガ BWV.565 」が放映されたときに見たのも、このときに拡張されたロマンチックな性質の楽器。Pipedreams サイトの記述とあわせて読むと、レオンハルトが最後の来日公演で弾いた明治学院大チャペルの楽器と同様に、人力で風を送る「ふいご」装置も復元してあるとか。で、たとえば ↓ のような動画でもそれは確認できます。
二階にあった「もとの」楽器は、なんと格子壁の背後に隠れているという。画像で見る第一印象としては、なんかヴァイマールの宮廷礼拝堂にあったというオルガンの図を思い出してしまった。「天の城」という通称が示唆するとおり、かつての宮廷礼拝堂は何層もの階が吹き抜けになったようなユニークな様式の礼拝堂で、オルガンは最上階バルコニーに設置されていた。言ってみればここが若き宮廷オルガニスト、バッハの仕事場。アルンシュタットの楽器も会堂の最上部にあったから、ヴァイマールの楽器ほどではないにせよ、オルガンの豊かな響きが文字どおり音のシャワーとなって天から降り注ぐような感覚だったんじゃないかと思います( 前にも書いたけれども、ヴァイマール宮廷礼拝堂はその後火災で焼失してしまって現存していない、残念至極 )。そういえばこの前見た「ららら ♪ クラシック」、パッヘルベルにつづきましてバッハでしたね ! おもしろかったけれども … 「アリア」は、なんといっても跳躍の多いベースライン( 通奏低音 ) の効果大、とも思うのでした。そして、そう、「意外にアツい男バッハ」。ここでも何度か書いたから蒸し返さないが、とりわけアルンシュタットの 4年間には聖歌隊のファゴット担当のガイエルスバッハという男と夜、広場でサーベルを抜いて、チャンチャンバラバラまで起こした前科あり( 苦笑 )。
… と、ここまで「今日は一日 AOR 三昧」をちょくちょく聴きながら書いていました … クリストファー・クロス、エア・サプライ、ビリー・ジョエル、マンハッタン・トランスファー … たまにはこんな「オトナな」洋楽もいいね。ヘビメタとかみたいにわんわんガンガンしなくて、涼やかで心地よいし。いま ? いまはもちろんバッハです。連続企画 ( ? ) の「教会カンタータ」全曲を聴く試み。いまは 90 番台。そろそろ 100 番台に入りそう。小学館の『バッハ全集』解説本を見ながら聴いていますが、なんというか、バッハの鍵盤作品を愛好する人こそ、「作品理解」のために教会カンタータを聴くべきではないかという思いをつよく抱くようになった。バッハ作品はよく「声楽的であると同時に器楽的」でもあると評されたりするけれど、その「背後」にある作曲者の意図が、とりわけ具体的な「歌詞」を伴ったこの手の声楽作品を分析することによってよりいっそう深まる、と確信します。やっぱりバッハのような天才の手になる作品というのは、鍵盤作品ならそれしか聴かない、というようないままでのワタシみたいな態度はほんとに片手落ちで、厳に改めなければならない … と反省の念もこめて、いまはつよく思うようになったしだい。だから、というわけでもないが、バッハのオルガン作品についでその後、少年合唱ものも好きになったのは、バッハの宗教声楽作品鑑賞にとっても、まさにうってつけだったのかもしれない。
2013年05月19日
シュタイクレーターとバッハ
本題に入る前に … 「本家」サイトの英語版がこのたびめでたく ( ? )、とりあえず完成いたしました。「聖ブレンダンの祝日」にかろうじてまにあったかっこうです ( もっとも、細かなミスやHTML のエラーなどは今後も対応予定 )。英語版といっても、自分で書いた日本語文章を自分で英文に直していっただけ … とはいえ予定はかなりずれこんで、ようやく「脱稿」。そうは言っても英語版ならではのコンテンツもいちおうあるので、完成が当初予定より大幅に遅れたのはそのせいもあったかもしれないし、途中で、「『フィネガンズ・ウェイク』の道しるべ」なんていうページ作成に完全に寄り道したせいもあったかもしれない。
この前、いつものように Organlive.com を聴き流していたら、なんかどっかで聴いたことあるような出だしの楽曲が … あれ、これは「聖アンのフーガ ( BWV.552 ) 」?? と思いきや、バッハ以前、30年戦争の最中に没したという不運な教会オルガニストで作曲家のヨハン・ウルリヒ・シュタイクレーターという人の「リチェルカーレ ト長調」なる作品だった。にわかに興味を掻き立てられたワタシはさっそく英語版 Wikipedia 記事を見ました … それによるとシュタイクレーターは 1593年 3月22日生まれ、ということは誕生日はかのバッハに近かったりするのですが、バッハ一族と同様、ヨハン・ウルリヒの父上とそのまた父上も音楽家として活躍していたらしい。1613 年にボーデン湖に浮かぶリンダウ島の教会オルガニストに就任、17年にはシュトゥットガルトの大修道院付属教会オルガニストとして赴任している。27 年にヴュルテンベルク公国宮廷オルガニストに任命され、オーストリアと南ドイツを代表する流派形成の立役者、ヨハン・ヤーコプ・フローベルガーも若かりしころ、このシュタイクレーターの弟子だったという。
フローベルガーは大バッハもその鍵盤楽曲の楽譜を持っていたことが知られているから、「間接的に」つながっていると言ってよいかもしれない。とはいえ調べたかぎりではバッハの所蔵楽譜目録にはこのフローベルガーのお師匠さんの作品は入ってないようです、残念。そしてまさにこれから円熟期、という年齢になってペストに罹患し、早世した。享年 42歳でした。
というわけで現存する作品じたいも少なくて、幸運にも全作品が NML で聴取可能です。で、一回取り急ぎ聴取した感想としては、フローベルガー風 … というより、むしろ北ドイツ流派、たとえばザムエル・シャイトの「新タブラチュア Tabulatura nova 」を思わせる感じ。フローベルガーは当時の音楽家がそうであったように音楽先進国イタリアに留学して、フレスコバルディに師事しているけれど、シュタイクレーターはその師匠筋、たとえばフレスコバルディよりさらに前の世代のクラウディオ・メールロの「リチェルカーレ」なんかのほうが作風的にはより近い感じもする。全体的に、単純な動機から紡ぎだされた旋律線がしだいに対位法的に込み入ってきて、最後はトッカータ風の華麗な走句に彩られた華やかな終わり方、という構成が多いみたいです。
… 歴史に「もし」はご法度だろうけれども、もしシュタイクレーターが長生きしていたら … バッハにあたえたであろう影響も変わっただろうし、音楽史上にその名を残すような重要なドイツ人作曲家のひとりとなったかもしれない。じっさいは早世してしまったために『音楽中辞典』にさえ載ってない、じつにマイナーな存在。むしろ当時は弟子だったフローベルガーのほうがはるかに有名で、しかもこの人はのちのヘンデルを彷彿とさせるような「国際人」でもあった ( バッハが一生、中部ドイツから離れなかったのとは対照的 ) 。さすがに『新グローヴ』にはシュタイクレーターの記事はあるらしい ( 当然か )。
先週の BBC Radio3 の Choral Evensong 、イエスの「昇天日」前日のセントジョンズ聖歌隊によるバッハの教会カンタータ BWV.11 ( 別称は「昇天祭オラトリオ」 ) は、すばらしい演奏でした … 。
この前、いつものように Organlive.com を聴き流していたら、なんかどっかで聴いたことあるような出だしの楽曲が … あれ、これは「聖アンのフーガ ( BWV.552 ) 」?? と思いきや、バッハ以前、30年戦争の最中に没したという不運な教会オルガニストで作曲家のヨハン・ウルリヒ・シュタイクレーターという人の「リチェルカーレ ト長調」なる作品だった。にわかに興味を掻き立てられたワタシはさっそく英語版 Wikipedia 記事を見ました … それによるとシュタイクレーターは 1593年 3月22日生まれ、ということは誕生日はかのバッハに近かったりするのですが、バッハ一族と同様、ヨハン・ウルリヒの父上とそのまた父上も音楽家として活躍していたらしい。1613 年にボーデン湖に浮かぶリンダウ島の教会オルガニストに就任、17年にはシュトゥットガルトの大修道院付属教会オルガニストとして赴任している。27 年にヴュルテンベルク公国宮廷オルガニストに任命され、オーストリアと南ドイツを代表する流派形成の立役者、ヨハン・ヤーコプ・フローベルガーも若かりしころ、このシュタイクレーターの弟子だったという。
フローベルガーは大バッハもその鍵盤楽曲の楽譜を持っていたことが知られているから、「間接的に」つながっていると言ってよいかもしれない。とはいえ調べたかぎりではバッハの所蔵楽譜目録にはこのフローベルガーのお師匠さんの作品は入ってないようです、残念。そしてまさにこれから円熟期、という年齢になってペストに罹患し、早世した。享年 42歳でした。
というわけで現存する作品じたいも少なくて、幸運にも全作品が NML で聴取可能です。で、一回取り急ぎ聴取した感想としては、フローベルガー風 … というより、むしろ北ドイツ流派、たとえばザムエル・シャイトの「新タブラチュア Tabulatura nova 」を思わせる感じ。フローベルガーは当時の音楽家がそうであったように音楽先進国イタリアに留学して、フレスコバルディに師事しているけれど、シュタイクレーターはその師匠筋、たとえばフレスコバルディよりさらに前の世代のクラウディオ・メールロの「リチェルカーレ」なんかのほうが作風的にはより近い感じもする。全体的に、単純な動機から紡ぎだされた旋律線がしだいに対位法的に込み入ってきて、最後はトッカータ風の華麗な走句に彩られた華やかな終わり方、という構成が多いみたいです。
… 歴史に「もし」はご法度だろうけれども、もしシュタイクレーターが長生きしていたら … バッハにあたえたであろう影響も変わっただろうし、音楽史上にその名を残すような重要なドイツ人作曲家のひとりとなったかもしれない。じっさいは早世してしまったために『音楽中辞典』にさえ載ってない、じつにマイナーな存在。むしろ当時は弟子だったフローベルガーのほうがはるかに有名で、しかもこの人はのちのヘンデルを彷彿とさせるような「国際人」でもあった ( バッハが一生、中部ドイツから離れなかったのとは対照的 ) 。さすがに『新グローヴ』にはシュタイクレーターの記事はあるらしい ( 当然か )。
先週の BBC Radio3 の Choral Evensong 、イエスの「昇天日」前日のセントジョンズ聖歌隊によるバッハの教会カンタータ BWV.11 ( 別称は「昇天祭オラトリオ」 ) は、すばらしい演奏でした … 。
2013年05月06日
新生「ららら♪ クラシック」は
… おもしろい !
だいぶ前、英国 BBC Radio3 の Discovering Music についてすこし書いた記憶がある。ようは、「ひとつの楽曲を徹底的に分析・解剖し、そのあとで全曲通して聴いてみよう」という趣旨の公開放送番組で、最近は放送日時が変更されてしまったみたいで前みたいに Choral Evensong を聴取してからつづけて聴く、というようなことはなくなりました。… その代わり、といってはなんですが、NHK の「E テレ」にて放映されていた「ららら♪ クラシック」が春の番組改編でリニューアルし、放映時間こそ短くはなったものの、内容的にはまさにこの「ひとつの楽曲の構造を解析し、そのあとで全曲通して聴かせる」という Radio3 のスタイルをアレンジしたものに生まれ変わりまして、個人的にはたいへん喜んでます。Radio3 の番組はどっちかというとかなり突っこんだ、本格的なもので「通好み」な感じがしたけれど、「ららら♪ … 」のほうは「だれもが知っているあの名曲」のみに絞り、しかもひじょうに「わかりやすく」解説しているので、同系統の Radio3 の上記番組よりはるかにとっつきやすい。ありそうでなかったこんなクラシック音楽番組、やっと日本でも楽しめるようになったかとひとりで勝手に感慨に浸っている。
で、だいぶ前の回ではあるがバッハ好きにとってぜったいハズせない「修行時代のバッハの師匠」的存在なのが、―― ゲオルク・ベーム、そしてブクステフーデなど「北ドイツ流派」もおおいに影響をあたえた存在ではあるが ―― なんといっても一族ぐるみのつきあいのあったヨハン・パッヘルベルということになる。パッヘルベル、とくると超有名な「ニ長調のカノン ( とジーグ。あいにく「ジーグ」のほうはあんまり人気がない ?? ) 」。番組見ていまさらという感じではじめて知ったのですが、あの 28回ずっと繰り返される通奏低音、あれ「カノンコード」なる通称で呼ばれていたんですねぇ。へぇ、J-POP にもずいぶんとまた、それとなくこの通奏低音進行が「応用」されていたとは、こりゃ作曲した本人もびっくりするでしょう。
すこし見方を変えると、57 小節からなるカノンを滔々と貫き流れるこの「カノンコード」は、たとえば同時代のヘンリー・パーセルがいくつか作曲している「グラウンド」にも近い。「グラウンド」というのはグラウンドベース、つまり一定不変の低音進行からなるコード上を上声部が自由に変奏する、という形式。こういうのを basso ostinato、「執拗なバス ( 固執低音 ) 」と言い、たとえば「パッサカリア」とか「シャコンヌ」なんかも「グラウンド」の仲間。
「カノン」… はたしかにもっともかんたんな形式が「輪唱」なわけですが、じつはこれ対位法でもっとも厳格で、技巧的にむつかしい。こちらの譜例を見るとわかるように、2小節ズレながらおんなじ旋律が、おんなじ音から始まってます。これを「同度のカノン」と言い、いわばカノン技法の基本形。「音楽の捧げもの」や「フーガの技法」に収められているのははるかに込み入った技巧的なもので、音符を逆にあたかもカニのごとく辿る「逆行カノン」、カノン旋律が鏡写しにしたみたいに上下対称の転回形になった「反行カノン」、同度ではなく 3度、オクターヴ、さらには 10度、12度にまで音程を拡大して模倣しあうもの、音価を縮小したり倍に引き伸ばしたりして模倣しあうもの … となんだか音楽、というよりはっきりいってこれはもう高度な「数学パズル」かみたいな趣です。
「パッヘルベルのカノン」スコアを眺めると、パッと見で「整然としている」ことが見てとれると思います。ヨーロッパによく見られるような、幾何学的に整然と整備された美しい庭園でも見ているかのような印象さえ受けます。前にも書いたことの蒸し返しになるけれども、中世ヨーロッパの大学では音楽は「自由七科」といって、幾何・天文・算術 … とならんで音楽もあった。ようするに数学の一分野として見做されていた、ということです。この発想法はたとえばケプラーの言う「天球の音楽( 『宇宙の調和』 ) 」にも通底しているし、なんといっても当時の西洋音楽のすべての流派を吸収していったバッハその人こそ、こういう「古い」スタイルの音楽の継承者、具体的には対位法においてそうした作曲技法を極限にまで突き詰めていった最後の作曲家だった、と言えると思う。とはいえこの愛らしい作品 … はカノンをなす三つの声部進行が、たとえばソプラノははじめ4分音符で開始され、下の声部で模倣が開始されるとこんどは8分音符進行に細分化され、やがて生命力あふれるというか、躍動感に満ちた装飾音型に彩られた華やかなパッセージとなってつづく、というパターンは、どことなく「教育的意図」も感じられる。ひょっとしたらこれ、幼い息子の教育用だったんか ? という妄想さえ湧いてくる。じっさいパッヘルベルは当時 13歳だった愛息子ヴィルヘルム・ヒエロニュムスをバッハよろしく、遠い北ドイツのリューベックにいたブクステフーデの許へ「武者修行」させるべく、鍵盤楽器用の変奏曲集「アポロンのヘクサコード」の献辞で、先方に弟子入りを乞う一文までしたためている ( が、ブクステフーデがパッヘルベルの息子を弟子入りさせたかどうかは記録がなくて、不明 )。そのときのパッヘルベルの気持ちって … 考えるとなんかこう目頭が熱くなる。
ちなみにパッヘルベルはバッハの長兄ヨハン・クリストフに多大な影響をあたえたように、すぐれたオルガニストでもあった。手許にはヴェルナー・ヤコップによるオルガン作品集のアルバム ( Virgin レーベル、ときおり Organlive.com でもかかったりする ) があり、またヴァルヒャの記念碑的な最後の音源にもいくつか収録されているが、音楽好きな方にはぜひともパッヘルベルのオルガン作品を聴いてほしいと思います。イメージが変わるかも。ワタシは北ドイツ風の「トッカータ」や内省的なコラール前奏曲、「シャコンヌ」あたりが好きですねぇ。
… 番組ゲストの森口博子さんが、「これは毎日、おなじように聞こえるけれどもけっしておなじではない日常のこと、宇宙の営みをも伝える」音楽なんだ、みたいなことをおっしゃっていたが、じつはまったくそのとおりなんである。ほぼそれとおんなじようなことを、かの名ヴァイオリニストのメニューインが『人間と音楽』というすばらしい本の出だしに近いところで書いていたりしています。いまここにその邦訳本がないからうろ覚えで申し訳ないが、「フーガには、知覚、記憶、忘却 … など人間の経験する思考回路すべてが内包されている」みたいな内容だったように思う。だから、というわけじゃないけど、自分も対位法楽曲、たがいにじゃれあうようにズレながら絡みあうカノン、あるいはフーガのように追いかけっこするポリフォニー音楽が大好き。大げさな言い方をすれば、フーガやカノンはわれわれ人間の営みそのもの、人生そのものなんじゃないかって気がいつもする。ワタシにとって人生とは、ひとつのフーガなんですな。ちなみに「カノン」というのは「法」。たとえば「教会法」のことを英語では canon と言ったりするし( 聖書の「正典」の意味もあれば、ローマカトリックでは「ミサ典文」の意味になることもあり )、canons regular とくるとその規則に従って生きる聖職者、「( 大聖堂の ) 参事会員」のことも意味したりする。大宇宙の見えざる運行の法則というのをこの曲から感じとった森口さんナイス ( 笑 )。
以下、『音楽中辞典』の引用です。
… そういえばエルガーって、すごい苦労人だったんだな。典型的な「大器晩成型」、あるいは「至福を追い求め」た人、と言えるかも。また前回の「トロイメライ」もよかった。シューマンがなんであんなに筆の立つ作曲家なのかもしっかり説明されていたり。それをまた「子供の情景」とおなじ子どもである、―― といっても「神童」の ―― いまをときめく牛田智大くんの生演奏で !! 演出もにくいね。というか、牛田くんはもうずっとこのままでいてくれればいいのに、と思わないこともない、って音楽とぜんぜん関係ないねこれは。
だいぶ前、英国 BBC Radio3 の Discovering Music についてすこし書いた記憶がある。ようは、「ひとつの楽曲を徹底的に分析・解剖し、そのあとで全曲通して聴いてみよう」という趣旨の公開放送番組で、最近は放送日時が変更されてしまったみたいで前みたいに Choral Evensong を聴取してからつづけて聴く、というようなことはなくなりました。… その代わり、といってはなんですが、NHK の「E テレ」にて放映されていた「ららら♪ クラシック」が春の番組改編でリニューアルし、放映時間こそ短くはなったものの、内容的にはまさにこの「ひとつの楽曲の構造を解析し、そのあとで全曲通して聴かせる」という Radio3 のスタイルをアレンジしたものに生まれ変わりまして、個人的にはたいへん喜んでます。Radio3 の番組はどっちかというとかなり突っこんだ、本格的なもので「通好み」な感じがしたけれど、「ららら♪ … 」のほうは「だれもが知っているあの名曲」のみに絞り、しかもひじょうに「わかりやすく」解説しているので、同系統の Radio3 の上記番組よりはるかにとっつきやすい。ありそうでなかったこんなクラシック音楽番組、やっと日本でも楽しめるようになったかとひとりで勝手に感慨に浸っている。
で、だいぶ前の回ではあるがバッハ好きにとってぜったいハズせない「修行時代のバッハの師匠」的存在なのが、―― ゲオルク・ベーム、そしてブクステフーデなど「北ドイツ流派」もおおいに影響をあたえた存在ではあるが ―― なんといっても一族ぐるみのつきあいのあったヨハン・パッヘルベルということになる。パッヘルベル、とくると超有名な「ニ長調のカノン ( とジーグ。あいにく「ジーグ」のほうはあんまり人気がない ?? ) 」。番組見ていまさらという感じではじめて知ったのですが、あの 28回ずっと繰り返される通奏低音、あれ「カノンコード」なる通称で呼ばれていたんですねぇ。へぇ、J-POP にもずいぶんとまた、それとなくこの通奏低音進行が「応用」されていたとは、こりゃ作曲した本人もびっくりするでしょう。
すこし見方を変えると、57 小節からなるカノンを滔々と貫き流れるこの「カノンコード」は、たとえば同時代のヘンリー・パーセルがいくつか作曲している「グラウンド」にも近い。「グラウンド」というのはグラウンドベース、つまり一定不変の低音進行からなるコード上を上声部が自由に変奏する、という形式。こういうのを basso ostinato、「執拗なバス ( 固執低音 ) 」と言い、たとえば「パッサカリア」とか「シャコンヌ」なんかも「グラウンド」の仲間。
「カノン」… はたしかにもっともかんたんな形式が「輪唱」なわけですが、じつはこれ対位法でもっとも厳格で、技巧的にむつかしい。こちらの譜例を見るとわかるように、2小節ズレながらおんなじ旋律が、おんなじ音から始まってます。これを「同度のカノン」と言い、いわばカノン技法の基本形。「音楽の捧げもの」や「フーガの技法」に収められているのははるかに込み入った技巧的なもので、音符を逆にあたかもカニのごとく辿る「逆行カノン」、カノン旋律が鏡写しにしたみたいに上下対称の転回形になった「反行カノン」、同度ではなく 3度、オクターヴ、さらには 10度、12度にまで音程を拡大して模倣しあうもの、音価を縮小したり倍に引き伸ばしたりして模倣しあうもの … となんだか音楽、というよりはっきりいってこれはもう高度な「数学パズル」かみたいな趣です。
「パッヘルベルのカノン」スコアを眺めると、パッと見で「整然としている」ことが見てとれると思います。ヨーロッパによく見られるような、幾何学的に整然と整備された美しい庭園でも見ているかのような印象さえ受けます。前にも書いたことの蒸し返しになるけれども、中世ヨーロッパの大学では音楽は「自由七科」といって、幾何・天文・算術 … とならんで音楽もあった。ようするに数学の一分野として見做されていた、ということです。この発想法はたとえばケプラーの言う「天球の音楽( 『宇宙の調和』 ) 」にも通底しているし、なんといっても当時の西洋音楽のすべての流派を吸収していったバッハその人こそ、こういう「古い」スタイルの音楽の継承者、具体的には対位法においてそうした作曲技法を極限にまで突き詰めていった最後の作曲家だった、と言えると思う。とはいえこの愛らしい作品 … はカノンをなす三つの声部進行が、たとえばソプラノははじめ4分音符で開始され、下の声部で模倣が開始されるとこんどは8分音符進行に細分化され、やがて生命力あふれるというか、躍動感に満ちた装飾音型に彩られた華やかなパッセージとなってつづく、というパターンは、どことなく「教育的意図」も感じられる。ひょっとしたらこれ、幼い息子の教育用だったんか ? という妄想さえ湧いてくる。じっさいパッヘルベルは当時 13歳だった愛息子ヴィルヘルム・ヒエロニュムスをバッハよろしく、遠い北ドイツのリューベックにいたブクステフーデの許へ「武者修行」させるべく、鍵盤楽器用の変奏曲集「アポロンのヘクサコード」の献辞で、先方に弟子入りを乞う一文までしたためている ( が、ブクステフーデがパッヘルベルの息子を弟子入りさせたかどうかは記録がなくて、不明 )。そのときのパッヘルベルの気持ちって … 考えるとなんかこう目頭が熱くなる。
ちなみにパッヘルベルはバッハの長兄ヨハン・クリストフに多大な影響をあたえたように、すぐれたオルガニストでもあった。手許にはヴェルナー・ヤコップによるオルガン作品集のアルバム ( Virgin レーベル、ときおり Organlive.com でもかかったりする ) があり、またヴァルヒャの記念碑的な最後の音源にもいくつか収録されているが、音楽好きな方にはぜひともパッヘルベルのオルガン作品を聴いてほしいと思います。イメージが変わるかも。ワタシは北ドイツ風の「トッカータ」や内省的なコラール前奏曲、「シャコンヌ」あたりが好きですねぇ。
… 番組ゲストの森口博子さんが、「これは毎日、おなじように聞こえるけれどもけっしておなじではない日常のこと、宇宙の営みをも伝える」音楽なんだ、みたいなことをおっしゃっていたが、じつはまったくそのとおりなんである。ほぼそれとおんなじようなことを、かの名ヴァイオリニストのメニューインが『人間と音楽』というすばらしい本の出だしに近いところで書いていたりしています。いまここにその邦訳本がないからうろ覚えで申し訳ないが、「フーガには、知覚、記憶、忘却 … など人間の経験する思考回路すべてが内包されている」みたいな内容だったように思う。だから、というわけじゃないけど、自分も対位法楽曲、たがいにじゃれあうようにズレながら絡みあうカノン、あるいはフーガのように追いかけっこするポリフォニー音楽が大好き。大げさな言い方をすれば、フーガやカノンはわれわれ人間の営みそのもの、人生そのものなんじゃないかって気がいつもする。ワタシにとって人生とは、ひとつのフーガなんですな。ちなみに「カノン」というのは「法」。たとえば「教会法」のことを英語では canon と言ったりするし( 聖書の「正典」の意味もあれば、ローマカトリックでは「ミサ典文」の意味になることもあり )、canons regular とくるとその規則に従って生きる聖職者、「( 大聖堂の ) 参事会員」のことも意味したりする。大宇宙の見えざる運行の法則というのをこの曲から感じとった森口さんナイス ( 笑 )。
以下、『音楽中辞典』の引用です。
カノン
canon[英・仏] Kanon[独] canone[伊]
@ 厳格な模倣による対位法的手法の一種。また,その手法によって作られた楽曲。同一の旋律を複数の声部が一定の時間的間隔をおいて模倣してゆくタイプが一般的。そのさい,まったく同じ高さの音で模倣してゆく場合と,一定の音程距離を保って模倣してゆく場合とがある。また特殊なタイプのカノンとしては,反行カノン,逆行カノンなどがある。模倣をおこなうさいに拡大や縮小の手法が用いられることもある。輪唱もカノンの一種。
カノンの手法を使った楽曲例は中世からみられ,ロタ,カッチャ,ロンデルスなどとよばれた。14世紀のマショーは,精巧なカノン作品を残したことで有名。15世紀になると,フランドル楽派の作曲家たちが複雑なカノン作品を創作。しかし16世紀以降,カノンはかならずしも重要な創作ジャンルではなくなり,しだいに対位法学習のための楽曲としての性格を強めた。バロック時代にも,カノンは対位法的な手腕を示すための楽曲として作られ,バッハもそうした作品を残している。
A ミサにおける典文。サンクトゥスのあと,主の祈りの前に,司式司祭によってとなえられる。ミサのもっとも荘厳な部分で,この祈りの最中にパンとぶどう酒が聖別される。【秋岡 陽】
… そういえばエルガーって、すごい苦労人だったんだな。典型的な「大器晩成型」、あるいは「至福を追い求め」た人、と言えるかも。また前回の「トロイメライ」もよかった。シューマンがなんであんなに筆の立つ作曲家なのかもしっかり説明されていたり。それをまた「子供の情景」とおなじ子どもである、―― といっても「神童」の ―― いまをときめく牛田智大くんの生演奏で !! 演出もにくいね。というか、牛田くんはもうずっとこのままでいてくれればいいのに、と思わないこともない、って音楽とぜんぜん関係ないねこれは。
タグ:カノン ヨハン・パッヘルベル
2013年04月08日
ラウテンクラヴィーア ⇒ クレープス父子 ⇒ ヴァルヒャ
1). 先日、いつも行っている図書館にてこんな音源を借りてきました。今年はアーノンクール / レオンハルトによるバッハの「教会カンタータ」をすべて聴いていこうという野望 ( ? ) を胸にもっか一曲ずつ噛み締めるように聴きつづけているんですが、以前からこちらのアルバムも気にはなっていた。で、このたびいっしょに借りてみたんですが … いやもう、ただただおどろくほかなし。これはバッハ好きならまたしても must-buy だと思います。
1750 年、バッハの死去後にただちに作成された「遺産目録」にはこのディスクに収録されているような「リュートチェンバロ」、a.k.a. ラウテンクラヴィーアなる謎めいた鍵盤楽器が 2台も ( ! ) 記載されていた。ライナーで渡邊順生先生が熱く語っているように、生前のバッハはこの楽器をたいへん気に入り、みずから設計してオルガンビルダーのヒルデブラントに製作させるということまでやってのけている。ライナーによると、どうも最晩年の「音楽の捧げもの」とか「フーガの技法」などのような、単純な単一主題の音楽上の可能性を徹底的に究める、という作風の霊感をあたえたのがまさしくこのラウテンクラヴィーアであり、もっと言えば若き日の作風をガラリと変えてしまったほど、バッハにつよい影響を及ぼしたんだとか。それはすごいことだ。
バッハは職歴上、オルガン大好き音楽家だとばっかり思っていたが、当時の音楽家の必需品たるクラヴィコードも大好き、ヴァイオリンもお手のもの、だが弦楽器族ではとりわけリュートをこよなく愛していたことが資料などから明らかになっています。前にも書いたかもしれないが、リュートってけったいな形状の楽器ですね。ネック部分が直角に折れ曲がり、張っている弦もいちおう 11 本が標準らしいけれども、13 本やそれ以上、なんてのもあった。低音仕様の大型リュートのテオルボなんてのもあります。
ライナーにもどると、なんでもこの「鍵盤で弾くリュート」、ちょうどバッハの活躍していたドイツで隆盛を誇ったとのこと。裏返せば、ドイツ以外ではまるで流行らなかったという点が、個人的にはたいへん興味を惹かれるのであった。もっとも録音に使われているのは奏者の山田貢先生の独自研究の成果といえるもので、寸分たがわぬバッハ時代のラウテンクラヴィーアの「レプリカ」というわけではない。想像で補った部分もあるとはいえ、よくぞこの音楽史から消えた楽器を復元し、その響きを録音してくれたものだと拍手を送りたい気分です。収録曲はバッハの「組曲 ホ短調 BWV.996 」などのリュートのために書かれたと考えられている 4作品と、ドレスデン宮廷きってのリュートの名手でバッハの親友でもあったシルヴィウス・レオポルド・ヴァイスのソナタ作品。一曲目の出だしから、そのなんとも言えない精妙なるガット弦の美しい調べにすっかり魅了されてしまった。ここで例によって「パブロフの犬」的にこう思ってしまう ―― これで「3声 / 6声のリチェルカーレ」とか、「フーガの技法」、「ゴルトベルク」をぜひ聴いてみたいものだ、と。ラウテンクラヴィーアのいいところは、チェンバロのようなキンキンした響きがないところ。とにかく耳に心地よいのです。眠れぬ夜には最高の友。
2). そんな折も折、いまひとつ心を捉えたことがあります … それは去る週末、ひさしぶりに Pipedreams を聴取したときのこと。ヨハン・ルートヴィヒ・クレープス … そうそう、大バッハには娘を嫁がせたアルトニコルとか、キルンベルガーとか何人か優秀なお弟子さんがいたけれども、なかでも「父と子」二代にわたって文字どおりバッハの教えを忠実に学び、実践していった父のヨハン・トビアス・クレープス、息子のヨハン・ルートヴィヒ・クレープスの存在も忘れるわけにはいきません。とりあえずいま英語版 Wikipedia でヨハン・ルートヴィヒの記事を見たら、バッハは高く買っていたらしい。でも時代はすでにギャラントな古典派に取って代わられようとしていて、ヨハン・ルートヴィヒのようにかたくなに師匠譲りのポリフォニックな作品は受けがよくなかったらしい。バッハ亡き後、7人もの子どもたちを抱える一家を支えるためにありつけるポストにはなんでも就いて糊口をしのいでいたようです。けっきょく作品依頼は一件もこなかったらしい。それでもオルガン作品 ( BWV 番号にも彼の作品が少数ながら紛れこんでいる ) や2本のリュートと管弦楽のための協奏曲とか書いています。彼の 3人の息子たちも音楽家になったようで、うちひとりは高名なドイツ歌曲の作曲家になったみたいです。
… レオンハルトみずからバッハに扮した伝記映画があったけれども、ここでワタシの脳裏には、「クレープス父子とバッハ」を描いた小説とか、だれか書いてくれないかな … などとまたしてもしようもないことを夢想している。きっかけは、大塚直哉先生の「クラヴィス 〜 鍵〜 」というディスクを聴いたことによる影響、というのもある。こちらも物語仕立てになってまして、カベソンやスヴェーリンク、バッハにいたる鍵盤音楽をオルガン・クラヴィコード・チェンバロと弾き分けているとても凝った趣向のアルバム。ワタシはこのジャケットの少年音楽家に、バッハが「アリアとさまざまな変奏」を作曲した当時に14歳だったゴルトベルクのイメージを重ねあわせていた。
3). でもじつはそれでおどろくのはまだ早かった。… なんと Pipedreams のおなじプログラム内に、ヴァルヒャの作曲した作品まで流れてました !! 噂には聞いていたが、いやもう「バッハの鍵盤作品演奏の権威」という、ややもすれば「おかたい」イメージで語られがちなヴァルヒャ像がどこかへ吹き飛んでしまう、ひじょうにおもしろい作品でした。… 演奏者は弟子のひとりのヴォルフガング・リュプサム。リュプサム … はたしか Naxos レーベルの録音が多いから、ひょっとして、と思い例によって NML サイトで探したら、ありました !!! しかも 4つも !!!! これはもう片っ端から聴くしかないじゃないですか ( 笑 )。もっとはやく知っていればよかった。
故岳藤豪希氏が師匠ヴァルヒャの即興演奏について、「あくまでポリフォニーが基本なんですが、ファンタジーからフーガになり、最後はコラールになった」のように書いていたことを思い出しながら耳を傾けていた。その評どおり、とにかく自由だ、というのが第一印象。奇しくもヴァルヒャとおなじ 1991年 8月 11日に亡くなったフランスの盲目のオルガニストで作曲家のガストン・リテーズの作品です、と言われたらそう信じてしまいそうなくらい、ドイツ的というより、なんか半音階多用の色彩的なフランス風なコラール前奏曲のように感じたのでした。こんど NML のアクセス権を更新したら全曲制覇しよう。
… 最後に週末に聴いたこちら。礼拝の締めくくりとして演奏される英国特有の「オルガン・ヴォランタリー」。いままでいろんな作品を聴いてきたけれども、今回ほどぶったまげたことはなかった。というか、こんなん演奏していいの ? みたいな感じ。なんとジャズオルガン ?! みたいなノリノリの作品。いままで厳かに、粛々と進行してきた式次第が、最後の最後になってはっちゃけた「無礼講」になった感じ。ちなみにこの 'Live wire' という作品、今回はじめてのオンエアだとか。つぎの日曜まで聴取できるので、お好きな方はぜひ。時間のない方はプレイヤーのスライダを 51分 35秒あたりまで進めてから聴いてください。
1750 年、バッハの死去後にただちに作成された「遺産目録」にはこのディスクに収録されているような「リュートチェンバロ」、a.k.a. ラウテンクラヴィーアなる謎めいた鍵盤楽器が 2台も ( ! ) 記載されていた。ライナーで渡邊順生先生が熱く語っているように、生前のバッハはこの楽器をたいへん気に入り、みずから設計してオルガンビルダーのヒルデブラントに製作させるということまでやってのけている。ライナーによると、どうも最晩年の「音楽の捧げもの」とか「フーガの技法」などのような、単純な単一主題の音楽上の可能性を徹底的に究める、という作風の霊感をあたえたのがまさしくこのラウテンクラヴィーアであり、もっと言えば若き日の作風をガラリと変えてしまったほど、バッハにつよい影響を及ぼしたんだとか。それはすごいことだ。
バッハは職歴上、オルガン大好き音楽家だとばっかり思っていたが、当時の音楽家の必需品たるクラヴィコードも大好き、ヴァイオリンもお手のもの、だが弦楽器族ではとりわけリュートをこよなく愛していたことが資料などから明らかになっています。前にも書いたかもしれないが、リュートってけったいな形状の楽器ですね。ネック部分が直角に折れ曲がり、張っている弦もいちおう 11 本が標準らしいけれども、13 本やそれ以上、なんてのもあった。低音仕様の大型リュートのテオルボなんてのもあります。
ライナーにもどると、なんでもこの「鍵盤で弾くリュート」、ちょうどバッハの活躍していたドイツで隆盛を誇ったとのこと。裏返せば、ドイツ以外ではまるで流行らなかったという点が、個人的にはたいへん興味を惹かれるのであった。もっとも録音に使われているのは奏者の山田貢先生の独自研究の成果といえるもので、寸分たがわぬバッハ時代のラウテンクラヴィーアの「レプリカ」というわけではない。想像で補った部分もあるとはいえ、よくぞこの音楽史から消えた楽器を復元し、その響きを録音してくれたものだと拍手を送りたい気分です。収録曲はバッハの「組曲 ホ短調 BWV.996 」などのリュートのために書かれたと考えられている 4作品と、ドレスデン宮廷きってのリュートの名手でバッハの親友でもあったシルヴィウス・レオポルド・ヴァイスのソナタ作品。一曲目の出だしから、そのなんとも言えない精妙なるガット弦の美しい調べにすっかり魅了されてしまった。ここで例によって「パブロフの犬」的にこう思ってしまう ―― これで「3声 / 6声のリチェルカーレ」とか、「フーガの技法」、「ゴルトベルク」をぜひ聴いてみたいものだ、と。ラウテンクラヴィーアのいいところは、チェンバロのようなキンキンした響きがないところ。とにかく耳に心地よいのです。眠れぬ夜には最高の友。
2). そんな折も折、いまひとつ心を捉えたことがあります … それは去る週末、ひさしぶりに Pipedreams を聴取したときのこと。ヨハン・ルートヴィヒ・クレープス … そうそう、大バッハには娘を嫁がせたアルトニコルとか、キルンベルガーとか何人か優秀なお弟子さんがいたけれども、なかでも「父と子」二代にわたって文字どおりバッハの教えを忠実に学び、実践していった父のヨハン・トビアス・クレープス、息子のヨハン・ルートヴィヒ・クレープスの存在も忘れるわけにはいきません。とりあえずいま英語版 Wikipedia でヨハン・ルートヴィヒの記事を見たら、バッハは高く買っていたらしい。でも時代はすでにギャラントな古典派に取って代わられようとしていて、ヨハン・ルートヴィヒのようにかたくなに師匠譲りのポリフォニックな作品は受けがよくなかったらしい。バッハ亡き後、7人もの子どもたちを抱える一家を支えるためにありつけるポストにはなんでも就いて糊口をしのいでいたようです。けっきょく作品依頼は一件もこなかったらしい。それでもオルガン作品 ( BWV 番号にも彼の作品が少数ながら紛れこんでいる ) や2本のリュートと管弦楽のための協奏曲とか書いています。彼の 3人の息子たちも音楽家になったようで、うちひとりは高名なドイツ歌曲の作曲家になったみたいです。
… レオンハルトみずからバッハに扮した伝記映画があったけれども、ここでワタシの脳裏には、「クレープス父子とバッハ」を描いた小説とか、だれか書いてくれないかな … などとまたしてもしようもないことを夢想している。きっかけは、大塚直哉先生の「クラヴィス 〜 鍵〜 」というディスクを聴いたことによる影響、というのもある。こちらも物語仕立てになってまして、カベソンやスヴェーリンク、バッハにいたる鍵盤音楽をオルガン・クラヴィコード・チェンバロと弾き分けているとても凝った趣向のアルバム。ワタシはこのジャケットの少年音楽家に、バッハが「アリアとさまざまな変奏」を作曲した当時に14歳だったゴルトベルクのイメージを重ねあわせていた。
3). でもじつはそれでおどろくのはまだ早かった。… なんと Pipedreams のおなじプログラム内に、ヴァルヒャの作曲した作品まで流れてました !! 噂には聞いていたが、いやもう「バッハの鍵盤作品演奏の権威」という、ややもすれば「おかたい」イメージで語られがちなヴァルヒャ像がどこかへ吹き飛んでしまう、ひじょうにおもしろい作品でした。… 演奏者は弟子のひとりのヴォルフガング・リュプサム。リュプサム … はたしか Naxos レーベルの録音が多いから、ひょっとして、と思い例によって NML サイトで探したら、ありました !!! しかも 4つも !!!! これはもう片っ端から聴くしかないじゃないですか ( 笑 )。もっとはやく知っていればよかった。
故岳藤豪希氏が師匠ヴァルヒャの即興演奏について、「あくまでポリフォニーが基本なんですが、ファンタジーからフーガになり、最後はコラールになった」のように書いていたことを思い出しながら耳を傾けていた。その評どおり、とにかく自由だ、というのが第一印象。奇しくもヴァルヒャとおなじ 1991年 8月 11日に亡くなったフランスの盲目のオルガニストで作曲家のガストン・リテーズの作品です、と言われたらそう信じてしまいそうなくらい、ドイツ的というより、なんか半音階多用の色彩的なフランス風なコラール前奏曲のように感じたのでした。こんど NML のアクセス権を更新したら全曲制覇しよう。
… 最後に週末に聴いたこちら。礼拝の締めくくりとして演奏される英国特有の「オルガン・ヴォランタリー」。いままでいろんな作品を聴いてきたけれども、今回ほどぶったまげたことはなかった。というか、こんなん演奏していいの ? みたいな感じ。なんとジャズオルガン ?! みたいなノリノリの作品。いままで厳かに、粛々と進行してきた式次第が、最後の最後になってはっちゃけた「無礼講」になった感じ。ちなみにこの 'Live wire' という作品、今回はじめてのオンエアだとか。つぎの日曜まで聴取できるので、お好きな方はぜひ。時間のない方はプレイヤーのスライダを 51分 35秒あたりまで進めてから聴いてください。
2013年03月24日
Bach all the way !
以前よりここでもちょくちょく触れている Organlive.com サイト。先日 21日は、大バッハ 328回目の誕生日ということもあってか、火曜日くらいからバッハ、バッハ、バッハのオルガン作品づくし !! これはもう好き者としてはたまらない。図書館から借りているカンタータ全集 … も聴きたいところだが、とにかくつぎからつぎへとバッハのオルガン曲が流れてくる誘惑には勝てず ( ? ) 、けっきょくヒマなときはずっとかけっぱなしにしていた。
… とはいえよくよく聴いていると、たとえば「前奏曲とフーガ BWV.544」とか 「同 BWV.548」、「幻想曲とフーガ BWV.542」とかはいろんな演奏者による音源、古くはカール・シュトラウベとかシュヴァイツァー、最近ではアンソニー・ニューマンとかトーマス・ヘイウッドとかの盤がかかってそれはそれで興味深いのだけれど、どうも偏りがあるみたいで、BWV. 548 とか BWV.541、BWV.544 とかは 10回くらいはかかっていたように思う。ヘンだな、バッハのオルガンフーガでもっとも有名な「小フーガ BWV.578」はどうなってんの、ひとつ前の BWV.577 の「ジーグフーガ」はわりとよくかかっていた気がするのに、なんて思っていたら、ようやく聴取しているときにかかった。とはいえ音源は、以前 NHK-FM でやってた「クラシックの迷宮」の「北の国から来たフーガ」でもかかっていた、ヘルムート・リリンクによる古い録音。とりあえず聴いてない分もふくめてこの「小フーガ」ってどれくらいかかったのかなと思い、火曜日から金曜日まで、片っ端から曲目リストをコピペしては Office 互換文書として貼りつけてみました。… 貼りつけていったら、79ページにもなってしまった ( 苦笑 )。検索かけたら、リリンクまで 4回はかかっていたらしい。変わり種としては、ヴァージル・フォックスによる「マタイ受難曲 BWV.244 」の終曲コラールとか、「バッハのアリオーソ ( BWV.1056 ) 」として知られる旋律の編曲とか、あと OTTAVA ではじめて聴いて気に入った教会カンタータ「神の時は最善の時なり[ 追悼行事 ] BWV.106 」冒頭の「ソナティーナ」の編曲とか、有名な「アリア ( 「組曲 第 3 番」から ) 」のオルガン版とか、トランペットとのデュオとか … 「4 つのデュエット」や「クラヴィーア練習曲集第三部」からのコラール編曲と、偏りはあれど、これだけの音源が一堂に会するなんてのはめったにないから、ありがたく拝聴したのでありました。もちろん最近逝去されたマリー-クレール・アランやヴァルヒャ、リヒターの音源もかかってました。
… なかでも印象的だったのが、トーマス・ヘイウッド氏のこちらのアルバム。… ジャケットの写真、バッハというより、なんか映画「アマデウス」という感じ ( 笑 )。
ちなみにバッハの自由オルガン作品には渾名というか、通称で呼ばれているものがあるので思いつくままに挙げておきます。
「前奏曲とフーガ BWV.533 」のフーガ → 「夜警のフーガ」
「前奏曲とフーガ BWV.544」→ 「偉大なロ短調」
「前奏曲とフーガ BWV.548 」のフーガ → 「楔 ( 'The Wedge' )」、曲全体としては「二楽章のオルガン交響曲」
「幻想曲とフーガ BWV.542 」のフーガ → 「ト短調の大フーガ」
「フーガ BWV.578 」→ 「ト短調の小フーガ」
「前奏曲とフーガ BWV.552 」のフーガ → 「聖アンのフーガ」、これはおもに「聖アンの歌」という聖歌が歌われる英国での呼び名。
… バッハのオルガン音楽つながりでは、こちらも忘れるわけにはいかない。あとで聴いてみることにします。
追記:本日放送の「きらクラ ! 」のふかわさんの「名言」、'Life is music.' のつづきですが、'... and each one is a conductor of oneself.' ではどうでしょうか。
… とはいえよくよく聴いていると、たとえば「前奏曲とフーガ BWV.544」とか 「同 BWV.548」、「幻想曲とフーガ BWV.542」とかはいろんな演奏者による音源、古くはカール・シュトラウベとかシュヴァイツァー、最近ではアンソニー・ニューマンとかトーマス・ヘイウッドとかの盤がかかってそれはそれで興味深いのだけれど、どうも偏りがあるみたいで、BWV. 548 とか BWV.541、BWV.544 とかは 10回くらいはかかっていたように思う。ヘンだな、バッハのオルガンフーガでもっとも有名な「小フーガ BWV.578」はどうなってんの、ひとつ前の BWV.577 の「ジーグフーガ」はわりとよくかかっていた気がするのに、なんて思っていたら、ようやく聴取しているときにかかった。とはいえ音源は、以前 NHK-FM でやってた「クラシックの迷宮」の「北の国から来たフーガ」でもかかっていた、ヘルムート・リリンクによる古い録音。とりあえず聴いてない分もふくめてこの「小フーガ」ってどれくらいかかったのかなと思い、火曜日から金曜日まで、片っ端から曲目リストをコピペしては Office 互換文書として貼りつけてみました。… 貼りつけていったら、79ページにもなってしまった ( 苦笑 )。検索かけたら、リリンクまで 4回はかかっていたらしい。変わり種としては、ヴァージル・フォックスによる「マタイ受難曲 BWV.244 」の終曲コラールとか、「バッハのアリオーソ ( BWV.1056 ) 」として知られる旋律の編曲とか、あと OTTAVA ではじめて聴いて気に入った教会カンタータ「神の時は最善の時なり[ 追悼行事 ] BWV.106 」冒頭の「ソナティーナ」の編曲とか、有名な「アリア ( 「組曲 第 3 番」から ) 」のオルガン版とか、トランペットとのデュオとか … 「4 つのデュエット」や「クラヴィーア練習曲集第三部」からのコラール編曲と、偏りはあれど、これだけの音源が一堂に会するなんてのはめったにないから、ありがたく拝聴したのでありました。もちろん最近逝去されたマリー-クレール・アランやヴァルヒャ、リヒターの音源もかかってました。
… なかでも印象的だったのが、トーマス・ヘイウッド氏のこちらのアルバム。… ジャケットの写真、バッハというより、なんか映画「アマデウス」という感じ ( 笑 )。
ちなみにバッハの自由オルガン作品には渾名というか、通称で呼ばれているものがあるので思いつくままに挙げておきます。
「前奏曲とフーガ BWV.533 」のフーガ → 「夜警のフーガ」
「前奏曲とフーガ BWV.544」→ 「偉大なロ短調」
「前奏曲とフーガ BWV.548 」のフーガ → 「楔 ( 'The Wedge' )」、曲全体としては「二楽章のオルガン交響曲」
「幻想曲とフーガ BWV.542 」のフーガ → 「ト短調の大フーガ」
「フーガ BWV.578 」→ 「ト短調の小フーガ」
「前奏曲とフーガ BWV.552 」のフーガ → 「聖アンのフーガ」、これはおもに「聖アンの歌」という聖歌が歌われる英国での呼び名。
… バッハのオルガン音楽つながりでは、こちらも忘れるわけにはいかない。あとで聴いてみることにします。
追記:本日放送の「きらクラ ! 」のふかわさんの「名言」、'Life is music.' のつづきですが、'... and each one is a conductor of oneself.' ではどうでしょうか。
2013年01月26日
ボーイソプラノ・バッハ !
この前の日曜朝に聴いた「ビバ ! 合唱」。米国人作曲家特集で、のっけからバーバーの「アニュス・デイ」がかかりました。演奏者はハリー・クリストファーズ指揮のザ・シックスティーン。これ聴きますと条件反射的に 2003 年暮れに聴いた、オックスフォード・ニューカレッジ聖歌隊の来日公演が脳裏をよぎる。以前書いたことの蒸し返しになるけれど、心身ともに激しく揺すぶられるような掛け値なしの名演で、いまだにあのときの感動を思い出すたびにぞくぞくと鳥肌が立つ。そういえばけさ聴いた「音楽の泉」再放送では、先月 8 日が没後満 300 年だった、アルカンジェロ・コレッリの特集でした。年の瀬定番の「クリスマス協奏曲」など、いろいろかかってまして、バッハと比べるとふだんあんまり聴いてないから、これはよかった。もっともコレッリは一枚だけ、Naxos レーベルのヴァイオリンソナタ集 ( 8.557165 ) は持ってます。これはお気に入りの一枚でして、わりとよく聴いてます。余談ながら、ワタシは「コレッリ」と表記するけれど、「コレルリ」もときおり見かけますね。どっちが言語により近いのだろうか ? と思うこともしばしば。でも NHK の表記みたいに、「グレゴリオ・アルレグリ」はないやろ、と思うのでした。
そんな折も折、仏人メル友から航空便が届き、? と思って開封したらなんとバッハの「クリスマス・オラトリオ BWV.248 」の前半 3 つ分を収録したアルバムが同封されていた。演奏者は往年の名門、バイエルンのテルツ少年合唱団。テルツ、とくると往年のファンはまずあの故レオンハルトとともに取り組んだ、伝説的な「カンタータ全集」を思い起こす向きも多いんじゃないでしょうか。というわけで、いまその「カンタータ全集」を、小学館の『バッハ全集』版にて BWV.1 から順番に聴いています … 自分はいままであんまりこの分野、「教会・世俗カンタータ」というものを聴いてこなかった。オルガン作品に偏っていたきらいがある ( 好きなんだから、これはしかたなし ) 。… 人生、この先なにが起こるやも知れず、いまのうちに全曲聴いておかなければ、という妙な使命感 ( ? ) に急き立てられて、とりあえずぜんぶいっぺんはちょっとムリだから「教会カンタータ」から行こう、と決めまして、空き時間にかけっぱなしにしています ( それと、OTTAVA もね。OTTAVA は、深夜の 'stella' が個人的には就寝時の最良の友って感じで最近、ハマっています。聴いているとわりとバッハのオルガンコラールとか BWV. 1041 の「アンダンテ」なんかがかかります。ブクステフーデの「シャコンヌ BuxWV.160 」もときおりかかってます。ブクステフーデのシャコンヌ / パッサカリアはいくつかありますが、個人的にはこれがいちばん好きですねぇ ) 。
図書館から借りてきた『バッハ全集』、巻頭付録 ( 月報第 8 号 ) にその歴史的名盤の当事者たるアーノンクール氏が取材に答えているんですが、「少年の歌声によるバッハ」に並々ならぬ関心を抱いているワタシにとって、たいへん貴重な記事でして、まだ本文に入る前からいきなりヒートアップしてしまった。
「ボーイ・ソプラノの起用」と題された項目で、アーノンクール氏はつぎのように語っていたのがすこぶる印象的でした。
マエストロ・アーノンクールのこのお話、読んでいるほうとしてはただただ酒肴、じゃなかった、首肯するのみですな。ちなみにいま書きながら聴いているのは BWV .113 、レオンハルト指揮盤でして、ソプラノソロを歌っているのは当時ハノーファー少年合唱団員でいまはテノール歌手のセバスティアン・ヘニッヒ氏。ちなみにこれも以前書いたことながら、ヘニッヒ氏の父上はこの少年合唱団創立者の故ハインツ・ヘニッヒ氏。
この「カンタータ全集」ってアーノンクールがウィーン少年合唱団 & テルツ & レーゲンスブルクという、中央および南ドイツ、オーストリアの子どもたちを擁していたのに対し、レオンハルトのほうは手勢の「レオンハルトコンソート」とこのハノーファー少年合唱団を率いている … 意図されているのかどうかはわかりませんが、ちょうど北と南とであたかも対峙するかのような構成になってます。ただし例外的 ( ? ) に、英国ケンブリッジ・キングズカレッジ聖歌隊を起用した盤もあります。
ボーイソプラノで歌うバッハ、としてはこれも愛聴盤である Teldec レーベルの「聖なる歌声 / ボーイ・ソプラノ・バッハ」もすぐれたアルバムだと思う。これはいわば「カンタータ全集」を、文字どおりボーイ・ソプラノという切り口でまとめたものですが、バッハの教会カンタータ入門としてもおすすめ ( ほかに「マタイ・ヨハネ両受難曲」に、「クリスマス・オラトリオ」からの選曲もあり ) 。
付録本文では、杉山好先生の書き下ろした「裏側から見たバッハ」と題するエッセイがとりわけつよい印象を受けました … というか、以前から漠然と抱いていた、「なんでバッハは ( 砂川しげひさ氏ふうに言えば ) 、とくに低音が、かくも 16 分進行が多くてペコペコしているのか ? 」。ヘンデルやテレマンなど同時代人の作品とくらべてもバッハのペコペコ進行ぶり ( ? ) はすさまじい、と個人的には思っている。で、杉山先生の寄稿を読んで、なるほど、そうかッ ! と思わず膝を打ったしだい。ようするに、「バッハの音楽は、足から作り出された音楽」だというのです。
このエッセイ、書き手の主張すべてに頷くわけではないけれども、ここに引用した箇所はひじょうに鋭い指摘ではないか、バッハ音楽とその解釈の本質を突いているのではないかと、門外漢のワタシでも感じます。ワタシもよく歩きますが、たしかにバッハという人の音楽には大地にしっかと両足つけて立っている、歩んでいる人の力強さが感じられるのです。だからといってヘンデルはそうじゃない … という気はさらさらないが。でもブクステフーデの演奏を聴きに、380 km もの道のりを「歩いて」行ったバッハだもの、これはたしかに言えてるよなーとなんか長いこと引っかかっていたつかえみたいなものが取れてすっきり、今宵はこれを祝して赤ワインを飲もう ( 笑 ) 。
… そして、今回のこの記事が、キリのいい 700 本目の記事とあいなりました。くだらんこと、取るに足りないことも含めていちおうこれはこれで自分自身の記録、備忘録でもあるので、本家の更新も進めつつ、もうひとふんばり、バッハの作品番号しんがりの数字とおんなじ 1080 本くらいまでは書き継いでいこうかしら、などとまたしてもしようもないことを夢想してます。
そんな折も折、仏人メル友から航空便が届き、? と思って開封したらなんとバッハの「クリスマス・オラトリオ BWV.248 」の前半 3 つ分を収録したアルバムが同封されていた。演奏者は往年の名門、バイエルンのテルツ少年合唱団。テルツ、とくると往年のファンはまずあの故レオンハルトとともに取り組んだ、伝説的な「カンタータ全集」を思い起こす向きも多いんじゃないでしょうか。というわけで、いまその「カンタータ全集」を、小学館の『バッハ全集』版にて BWV.1 から順番に聴いています … 自分はいままであんまりこの分野、「教会・世俗カンタータ」というものを聴いてこなかった。オルガン作品に偏っていたきらいがある ( 好きなんだから、これはしかたなし ) 。… 人生、この先なにが起こるやも知れず、いまのうちに全曲聴いておかなければ、という妙な使命感 ( ? ) に急き立てられて、とりあえずぜんぶいっぺんはちょっとムリだから「教会カンタータ」から行こう、と決めまして、空き時間にかけっぱなしにしています ( それと、OTTAVA もね。OTTAVA は、深夜の 'stella' が個人的には就寝時の最良の友って感じで最近、ハマっています。聴いているとわりとバッハのオルガンコラールとか BWV. 1041 の「アンダンテ」なんかがかかります。ブクステフーデの「シャコンヌ BuxWV.160 」もときおりかかってます。ブクステフーデのシャコンヌ / パッサカリアはいくつかありますが、個人的にはこれがいちばん好きですねぇ ) 。
図書館から借りてきた『バッハ全集』、巻頭付録 ( 月報第 8 号 ) にその歴史的名盤の当事者たるアーノンクール氏が取材に答えているんですが、「少年の歌声によるバッハ」に並々ならぬ関心を抱いているワタシにとって、たいへん貴重な記事でして、まだ本文に入る前からいきなりヒートアップしてしまった。
「ボーイ・ソプラノの起用」と題された項目で、アーノンクール氏はつぎのように語っていたのがすこぶる印象的でした。
「私たちが、このカンタータ全曲録音で結果的にボーイ・ソプラノを使うことにしたのは、一つには、バッハ自身が、ボーイ・ソプラノを起用していたためです。そして、これは残念ながら滅多にないことなのですが、もし非常に優秀なボーイ・ソプラノに巡り会えた場合、ボーイ・ソプラノが加わることで、器楽パートに対し、完璧な音の交響が実現できるのです。また、そのことが音楽そのものに多くの魂を吹きこむことになり、曲の精神性が高まります。音楽の強烈な内容に、少年の純粋さが結びついたとき、もちろん、その少年に十分な音楽性があっての話ですが、非常に巧みな技術を用いる大人の女性のソプラノが歌った場合よりも、ずっとずっと感動的な表現が実現できるからです。これが女性のソプラノを起用する場合とボーイ・ソプラノを起用した場合の最大の違いです」
―― バッハの時代のボーイ・ソプラノは、どのようなものだったのでしょうか。
「バッハの時代のボーイ・ソプラノは、今のボーイ・ソプラノよりも年齢が四歳ほど上でした。というのは、当時の少年たちの声変わりは十六歳から十八歳にかけて起きていたからです。ですから、現在の少年たちよりも肺が大きく、仮に八歳から歌っていたとすると、かなりの経験を積んでいたことになります。仮に十六歳でソロを歌うにしても、すでに八年のキャリアを身につけていたわけです。現在の少年たちはたいてい十三歳か十四歳で声変わりをしてしまいますので、ボーイ・ソプラノはまだ「小さな男の子」といった感じです。今の時代に、それらのハンディを補うだけの優れた才能を持ったボーイ・ソプラノの少年を見つけるのはとても困難です。ですから、現在、ボーイ・ソプラノを使ってカンタータを演奏することはとても難しいのです。実際に私たちはピーター・イェーロジツを初めとするすばらしい才能を持った少年に巡り会って、その少年にたくさんのカンタータを託しました。それだけ上手な少年に巡り会うのは珍しいことなのです」( 以上、下線強調は引用者 )
マエストロ・アーノンクールのこのお話、読んでいるほうとしてはただただ酒肴、じゃなかった、首肯するのみですな。ちなみにいま書きながら聴いているのは BWV .113 、レオンハルト指揮盤でして、ソプラノソロを歌っているのは当時ハノーファー少年合唱団員でいまはテノール歌手のセバスティアン・ヘニッヒ氏。ちなみにこれも以前書いたことながら、ヘニッヒ氏の父上はこの少年合唱団創立者の故ハインツ・ヘニッヒ氏。
この「カンタータ全集」ってアーノンクールがウィーン少年合唱団 & テルツ & レーゲンスブルクという、中央および南ドイツ、オーストリアの子どもたちを擁していたのに対し、レオンハルトのほうは手勢の「レオンハルトコンソート」とこのハノーファー少年合唱団を率いている … 意図されているのかどうかはわかりませんが、ちょうど北と南とであたかも対峙するかのような構成になってます。ただし例外的 ( ? ) に、英国ケンブリッジ・キングズカレッジ聖歌隊を起用した盤もあります。
ボーイソプラノで歌うバッハ、としてはこれも愛聴盤である Teldec レーベルの「聖なる歌声 / ボーイ・ソプラノ・バッハ」もすぐれたアルバムだと思う。これはいわば「カンタータ全集」を、文字どおりボーイ・ソプラノという切り口でまとめたものですが、バッハの教会カンタータ入門としてもおすすめ ( ほかに「マタイ・ヨハネ両受難曲」に、「クリスマス・オラトリオ」からの選曲もあり ) 。
付録本文では、杉山好先生の書き下ろした「裏側から見たバッハ」と題するエッセイがとりわけつよい印象を受けました … というか、以前から漠然と抱いていた、「なんでバッハは ( 砂川しげひさ氏ふうに言えば ) 、とくに低音が、かくも 16 分進行が多くてペコペコしているのか ? 」。ヘンデルやテレマンなど同時代人の作品とくらべてもバッハのペコペコ進行ぶり ( ? ) はすさまじい、と個人的には思っている。で、杉山先生の寄稿を読んで、なるほど、そうかッ ! と思わず膝を打ったしだい。ようするに、「バッハの音楽は、足から作り出された音楽」だというのです。
ところがどうしたわけか、近ごろの筆者には、バッハ音楽が大地に包蔵された楽音のエネルギーをどうやら足の裏から取りこむところから出発して、リズム的に脚を動かし、オルガンの風函にも似た肚の底に地霊の息吹きをいっぱいに溜込んだうえで、そこからようやく横隔膜より上の心臓、肺、喉、首を通って頭脳から両手へという順序の動きによって制作され、また演奏されていったのではないかと思われるようになった。… それゆえ、足の裏 … と脚の運動を軽視したバッハ解釈や演奏は、なにかしらバッハ音楽の本質には届かない、もしくはそぐわない不満足感をぬぐいきれないとの実感が筆者には日増しに募りつつある。この点で、バッハ音楽の歴史的にも、本質的にもアルファでありオメガであった楽器は、足鍵盤をその重要な特徴として備えたパイプ・オルガンに他ならなかったことを片時も忘れてはならないだろう。… このハイテク社会の車中心、コンピュータ依存、そして情報電送化万能のテンポとスピードにあおり立てられて、ほとんど足をすくわれかけている現代人が、足もとお留守のままではたしてほんとうのバッハ音楽を演奏できるものなのだろうか、という問いである。古楽器の保存や復元、その奏法の歴史的解明、響きの良い演奏ホールの建設、ディジタル録音による生の音への肉薄とその CD 化等々、今日のバッハ演奏とその享受には多くの新しいメリットがつけ加わって来たことを充分に承知し、またそれなりに評価はしながらも、筆者としては、現代のバッハ演奏と解釈に関して、黒雲のように胸の中に湧き起こって来る根本的な疑念と不安をどうしても払拭しきれない悲痛の思いで、この文章を書き綴っているのである。
このエッセイ、書き手の主張すべてに頷くわけではないけれども、ここに引用した箇所はひじょうに鋭い指摘ではないか、バッハ音楽とその解釈の本質を突いているのではないかと、門外漢のワタシでも感じます。ワタシもよく歩きますが、たしかにバッハという人の音楽には大地にしっかと両足つけて立っている、歩んでいる人の力強さが感じられるのです。だからといってヘンデルはそうじゃない … という気はさらさらないが。でもブクステフーデの演奏を聴きに、380 km もの道のりを「歩いて」行ったバッハだもの、これはたしかに言えてるよなーとなんか長いこと引っかかっていたつかえみたいなものが取れてすっきり、今宵はこれを祝して赤ワインを飲もう ( 笑 ) 。
… そして、今回のこの記事が、キリのいい 700 本目の記事とあいなりました。くだらんこと、取るに足りないことも含めていちおうこれはこれで自分自身の記録、備忘録でもあるので、本家の更新も進めつつ、もうひとふんばり、バッハの作品番号しんがりの数字とおんなじ 1080 本くらいまでは書き継いでいこうかしら、などとまたしてもしようもないことを夢想してます。
「音楽とは神経を鎮めたり、安らぎを与えるためだけのものではなく、人々の目を開き、心を揺さぶり、ときに驚かすためにあるものだ」 ―― ニコラウス・アーノンクール
2013年01月06日
ジョイス ⇒ 大拙師 ⇒ ベートーヴェン
いま、図書館から借りてきたバッハの「カンタータ全集」の、BWV.1 から順番に聴いてます。今後はすべて聴いてみよう、と新年早々しょーもないことを考えている。ちなみに BWV.1 の「暁の星は麗しきかな」は、3 月 25日の受胎告知の祝日用に書かれたもの。初演は1725年3月25日。でも手許の『クリスマス音楽ガイド』という CD 付きの本では、このフィリップ・ニコライ作詞作曲による原曲を「顕現日 ( 公現日 ) 」の 1月6 日用の賛美歌、としている。… ???
きのう見た「こころの時代」。禅とその思想を英文による著作で欧米などキリスト教圏にひろく紹介し、米国の大学にも客員教授として招かれ、ユング主催の「エラノス会議」にも列席したという鈴木大拙師にまつわる話だというのでしっかり見てしまった。大拙師の郷里金沢市にて「鈴木大拙館」の名誉館長を務める岡村美穂子さんが、最晩年の大拙師の秘書時代の思い出話をされていたんですが、もっとも印象に残ったのは、「心に枠をはめない」ということ。あらゆる点において「わかる」ということは、ふつう理解・判断するとかのことだと思うけれども、考えてみれば「わかる」というのは「分かる・分ける」ことにほかならず、理解も判断もともに「物事を腑分けする」という前提のあることば。逆に言えば人間はこういうかたちでしか事物を捉えられない生き物。もしまかりまちがって「あるがままに」わかって、あるいは受け入れてしまったら、それこそ比較神話学者ジョーゼフ・キャンベルの言う「精神分裂症 ( 統合失調症 ) 」になりかねない (シャーマンというのは、みずから進んでその状態に陥り、生還した体験の持ち主だという)。ようするに「発狂」しかねない、ということ。
大拙老師のいう「枠をはめない」生き方というのは、自分の好きなキャンベルの生き方とか思想とかにもみごとに通底するものがある、と感じる。キャンベルはじめ、あの当時の米国の知識人たちは大拙師の熱心な支持者だった人が多いから、当然といえば当然なんだろうけれども、たとえばこれをキャンベルのことばで言えば、「世界の無条件の肯定」ということになる。また大拙老師は岡村さんが、「なんで雲水さんたちはあんなふうに修行しているの ? 」という質問に対して、「何事も『すっと』できるようになるため」だとこたえたという。そうですよね、人間、なにがむつかしいかって、この究極の自然体、すっとできないから、難儀するんですよね、とアタマ掻き掻き聞き入っていた。大拙老師ではいまひとつ、「それはそれとして」という達筆の書もすばらしい。ワタシも頭に血が上ったときに、この呪文 ( ? ) を心のなかでつぶやけば冷静になれるかも … しれませんな。
昨年はジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』にすっかりハマってしまったワタシだったが、これとて一脈通じるところがあるように思う。人類の全歴史とダブリンという一地方都市にしてアイルランドの首都のローカルな歴史とがみごとに混然一体となった書き方、英語という大英帝国から押しつけられた言語を完膚なきまでに破壊し、あらたなことばを紡ぎ出しているから、この作品に惹かれたわけではない。自分はそういう作者の意図がのみこめるほど聡明でもなんでもないただの門外漢にすぎない。そうではなくて、双子兄弟のシェムとショーンに代表されるような、ありとあらゆる二項対立を超えたところにこそ真の融和がある、というおそらく「真実」と言ってさしつかえない事柄について、理屈じゃなくて直感的に感じ、またそれがなかなかできないわれわれ人間の弱さも見つめ、それをも「肯定」しようとする姿勢も感じたからにほかならない。そしてこの作品のすばらしいところは、ジョイス自身も書簡などで言及しているとおり、「笑って読める」点にこそある。まさしくジョイだ。岡村さんのお話では、大拙師も究極の真理とは、「主体と客体とかの区別のまったくない、人智を超えたところにある」とかおっしゃっていたそうだ。テーゼ → アンチテーゼ → ジンテーゼみたいな話ですが、自由闊達な境地というのは、そういう感覚というか意識、キャンベルふうに言えば宇宙の究極原理ブラフマンと自己の存在 ( アートマン ) は深いところでつながっていると覚知したときにはじめて会得できるものなのかもしれない。以前ここで『音楽好きな脳』という本のことを書きましたが、最近の流行りは人間の意識もなんでもかんでも「大脳皮質」とか「前頭葉」が作り出した幻影、みたいな論調が多い。でもワタシなんかは、脳は「光の入れ物にすぎず、光そのものではない」と説いたキャンベルのほうが真理を突いているように感じる。それと大拙老師の思い出話では、円覚寺の背後の山から昇った朝陽を「There appears Hongan ! 」と指さして言った、というエピソードにも心打たれるものがありました。キャンベルふうに言えば、本願、ブラフマン、アートマンとかいうことばは、「究極の真理の一歩手前」の言い方。それらすべてを突き抜けたところに物事の本質、究極の存在というものがあるような気がしますね。もっともこんなふうにアタマで咀嚼しているかぎりはダメなんでしょうけれども。
… 年末年始はなにかとバタバタしてしまって、「 NHK ニューイヤーオペラコンサート」で NHK ホールの大オルガンがひさしぶりの勇姿 ( ? ) を井上圭子さんによる独奏で披露したにもかかわらずその模様も見られず ( 泣 ) 、大晦日に録画したノリントン指揮の「第九」もいまだ見ていない … けれども、そういえば「ららら ♪ クラシック」で昨年末に「第九」の特集が組まれたとき、作曲家の吉松隆さんによる解説が秀逸 !! だと思った。詳細はこちらに譲りますが、そう、合唱の出てくる最終楽章って前 3 楽章の主題あるいは動機が出てきては、「いーや、オレの求めている音楽はこうじゃない !」とまたしてもアンチテーゼがしばしつづき、そしてようやく「歓喜の主題」が登場するや、「これだ !! これこそまさしく求めていた調べだッ、どべッ !!! 」とばかりに盛りあがって、バリトンの「口上」がはじまる。「このような調べではなく … 」( ちなみに「どべッ ! 」というのは、柳瀬尚紀著『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』の副作用 ) 。
こういう革新的な作品って、いつの時代も拒絶反応に見舞われるもんです … 「春の祭典」しかり、そしてジョイスの『フィネガン』しかり。騒々しい ? 悪趣味 ?? … ノリントンの解釈はベートーヴェン自身のオリジナルに忠実だと、ご本人はそう断っていたようですが、FM の生放送を聴いたかぎりでは出だしの楽章なんかはほんと速いなーという印象。もっともこれは複雑な問題でして、突き詰めれば「音楽作品の受容史」というところまで行ってしまう。なのでこの記事の趣旨から大きく脱線する大問題なので、省略 ( 微苦笑 ) 。
昨年のお盆、西伊豆町に墓参りした折に禅寺からもらってきた『円覚』という季刊の小冊子が手許にあるんですが、円覚寺派の管長さんが書かれた「無事是貴人 ( ぶじこれきにん ) 」という書は、すなおにすばらしい、と思い、気が向いたときに眺めていたりするんですが、ほんとそうですよね、無事でいられることこそ、真に尊いのです ! なにはともあれたまたまこの拙文を見てしまった方にとって、今年こそ「無事是貴人」でありますように。ついでにその西伊豆町安良里の禅寺の玄関口にも、鈴木大拙師のことばが日本語と英語で掲示してあります。
きのう見た「こころの時代」。禅とその思想を英文による著作で欧米などキリスト教圏にひろく紹介し、米国の大学にも客員教授として招かれ、ユング主催の「エラノス会議」にも列席したという鈴木大拙師にまつわる話だというのでしっかり見てしまった。大拙師の郷里金沢市にて「鈴木大拙館」の名誉館長を務める岡村美穂子さんが、最晩年の大拙師の秘書時代の思い出話をされていたんですが、もっとも印象に残ったのは、「心に枠をはめない」ということ。あらゆる点において「わかる」ということは、ふつう理解・判断するとかのことだと思うけれども、考えてみれば「わかる」というのは「分かる・分ける」ことにほかならず、理解も判断もともに「物事を腑分けする」という前提のあることば。逆に言えば人間はこういうかたちでしか事物を捉えられない生き物。もしまかりまちがって「あるがままに」わかって、あるいは受け入れてしまったら、それこそ比較神話学者ジョーゼフ・キャンベルの言う「精神分裂症 ( 統合失調症 ) 」になりかねない (シャーマンというのは、みずから進んでその状態に陥り、生還した体験の持ち主だという)。ようするに「発狂」しかねない、ということ。
大拙老師のいう「枠をはめない」生き方というのは、自分の好きなキャンベルの生き方とか思想とかにもみごとに通底するものがある、と感じる。キャンベルはじめ、あの当時の米国の知識人たちは大拙師の熱心な支持者だった人が多いから、当然といえば当然なんだろうけれども、たとえばこれをキャンベルのことばで言えば、「世界の無条件の肯定」ということになる。また大拙老師は岡村さんが、「なんで雲水さんたちはあんなふうに修行しているの ? 」という質問に対して、「何事も『すっと』できるようになるため」だとこたえたという。そうですよね、人間、なにがむつかしいかって、この究極の自然体、すっとできないから、難儀するんですよね、とアタマ掻き掻き聞き入っていた。大拙老師ではいまひとつ、「それはそれとして」という達筆の書もすばらしい。ワタシも頭に血が上ったときに、この呪文 ( ? ) を心のなかでつぶやけば冷静になれるかも … しれませんな。
昨年はジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』にすっかりハマってしまったワタシだったが、これとて一脈通じるところがあるように思う。人類の全歴史とダブリンという一地方都市にしてアイルランドの首都のローカルな歴史とがみごとに混然一体となった書き方、英語という大英帝国から押しつけられた言語を完膚なきまでに破壊し、あらたなことばを紡ぎ出しているから、この作品に惹かれたわけではない。自分はそういう作者の意図がのみこめるほど聡明でもなんでもないただの門外漢にすぎない。そうではなくて、双子兄弟のシェムとショーンに代表されるような、ありとあらゆる二項対立を超えたところにこそ真の融和がある、というおそらく「真実」と言ってさしつかえない事柄について、理屈じゃなくて直感的に感じ、またそれがなかなかできないわれわれ人間の弱さも見つめ、それをも「肯定」しようとする姿勢も感じたからにほかならない。そしてこの作品のすばらしいところは、ジョイス自身も書簡などで言及しているとおり、「笑って読める」点にこそある。まさしくジョイだ。岡村さんのお話では、大拙師も究極の真理とは、「主体と客体とかの区別のまったくない、人智を超えたところにある」とかおっしゃっていたそうだ。テーゼ → アンチテーゼ → ジンテーゼみたいな話ですが、自由闊達な境地というのは、そういう感覚というか意識、キャンベルふうに言えば宇宙の究極原理ブラフマンと自己の存在 ( アートマン ) は深いところでつながっていると覚知したときにはじめて会得できるものなのかもしれない。以前ここで『音楽好きな脳』という本のことを書きましたが、最近の流行りは人間の意識もなんでもかんでも「大脳皮質」とか「前頭葉」が作り出した幻影、みたいな論調が多い。でもワタシなんかは、脳は「光の入れ物にすぎず、光そのものではない」と説いたキャンベルのほうが真理を突いているように感じる。それと大拙老師の思い出話では、円覚寺の背後の山から昇った朝陽を「There appears Hongan ! 」と指さして言った、というエピソードにも心打たれるものがありました。キャンベルふうに言えば、本願、ブラフマン、アートマンとかいうことばは、「究極の真理の一歩手前」の言い方。それらすべてを突き抜けたところに物事の本質、究極の存在というものがあるような気がしますね。もっともこんなふうにアタマで咀嚼しているかぎりはダメなんでしょうけれども。
… 年末年始はなにかとバタバタしてしまって、「 NHK ニューイヤーオペラコンサート」で NHK ホールの大オルガンがひさしぶりの勇姿 ( ? ) を井上圭子さんによる独奏で披露したにもかかわらずその模様も見られず ( 泣 ) 、大晦日に録画したノリントン指揮の「第九」もいまだ見ていない … けれども、そういえば「ららら ♪ クラシック」で昨年末に「第九」の特集が組まれたとき、作曲家の吉松隆さんによる解説が秀逸 !! だと思った。詳細はこちらに譲りますが、そう、合唱の出てくる最終楽章って前 3 楽章の主題あるいは動機が出てきては、「いーや、オレの求めている音楽はこうじゃない !」とまたしてもアンチテーゼがしばしつづき、そしてようやく「歓喜の主題」が登場するや、「これだ !! これこそまさしく求めていた調べだッ、どべッ !!! 」とばかりに盛りあがって、バリトンの「口上」がはじまる。「このような調べではなく … 」( ちなみに「どべッ ! 」というのは、柳瀬尚紀著『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』の副作用 ) 。
こういう革新的な作品って、いつの時代も拒絶反応に見舞われるもんです … 「春の祭典」しかり、そしてジョイスの『フィネガン』しかり。騒々しい ? 悪趣味 ?? … ノリントンの解釈はベートーヴェン自身のオリジナルに忠実だと、ご本人はそう断っていたようですが、FM の生放送を聴いたかぎりでは出だしの楽章なんかはほんと速いなーという印象。もっともこれは複雑な問題でして、突き詰めれば「音楽作品の受容史」というところまで行ってしまう。なのでこの記事の趣旨から大きく脱線する大問題なので、省略 ( 微苦笑 ) 。
昨年のお盆、西伊豆町に墓参りした折に禅寺からもらってきた『円覚』という季刊の小冊子が手許にあるんですが、円覚寺派の管長さんが書かれた「無事是貴人 ( ぶじこれきにん ) 」という書は、すなおにすばらしい、と思い、気が向いたときに眺めていたりするんですが、ほんとそうですよね、無事でいられることこそ、真に尊いのです ! なにはともあれたまたまこの拙文を見てしまった方にとって、今年こそ「無事是貴人」でありますように。ついでにその西伊豆町安良里の禅寺の玄関口にも、鈴木大拙師のことばが日本語と英語で掲示してあります。
タグ:鈴木大拙
2012年12月30日
ひたぶるに長い老いを生きるとは
今年は内外を問わず、ほんとうに多くの著名人と呼ばれる方々が物故されてしまった、そんな印象のつよい一年でもありました。とりわけ音楽関係者の訃報がひじょうに目についた感があります。玉木宏樹氏 ( 69歳、1月8日 )、別宮貞雄氏 ( 89歳、1月12日 )、グスタフ・レオンハルト氏 ( 83 歳、1月16日 )、ホイットニー・ヒューストン氏 ( 48 歳、2月11日 )、モーリス・アンドレ氏 ( 78歳、2月25日 )、畑中良輔氏 ( 90歳、5月24日 )、尾崎紀世彦氏 ( 69歳、5月31日 )、ブリジット・エンゲラー氏 ( 59歳、6月23日 )、ジョン・ロード氏 ( 71歳、7月16日 )、ルッジェーロ・リッチ氏 ( 94歳、8月6日 )、カルロ・カーリー氏 ( 59歳、8月11日 )、イアン・パロット氏 ( 96歳、9月4日 )、桑名正博氏 ( 59歳、10月26日 )、エリオット・カーター氏 ( 103歳、11月5日 )、本田武久氏 ( 41歳、11月28日 ) … 。心から各氏のご冥福をお祈り申し上げます。個人的になによりもびっくりしたのは、前にも書いたがやはり年明け早々のレオンハルト氏の訃報だったが、いま Wikipedia の訃報データベースを参照していたら、なんと米国のオルガン・エンターティナー、お相撲さんのような巨漢のカルロ・カーリーさんまで亡くなっていたことがわかり、しばし呆然。しかも行年 59歳というのは、どう考えても若すぎる。バッハより先に逝ってしまった。いまごろ両氏はバッハと語らっているのだろうか。
そして、われわれクラシック音楽ファンにとって忘れてはならない大恩人にして知の巨人と言ってもいい人まで逝去された。吉田秀和氏 ( 98歳、5月22日 )。ご存知のようにきのうは 41 年間 ( !!! ) 、吉田氏が中断することなくつづけてこられた「名曲のたのしみ」最終回スペシャルが放送されました。貴重な音源、あるところにはあるものですね … でもどう考えても 5 時間というのはちと短かすぎないですか ? 41 年分ですよ、「今日は一日 … 」みたいに、倍の 10 時間くらいは放送してほしかった。できればきのうの最終回はまた近いうちに再放送してほしい。
ワタシも雑用の手を休み休み、風呂掃除のときも携帯ラジオをかたわらに置いて聴いていたんですが、自分はそれほど吉田ファンでもなく、かつ熱心なリスナーというわけじゃなかったけれども、この番組のリスナーの熱い熱い思いのこもったお便りとか聞いているとこっちまでこみ上げてくるものがありました … とくに最後の作曲家シリーズとなったシベリウスの放送用原稿、なんと最終回分まで用意していたとか、亡くなる 5時間前もチーフプロデューサーの西川さんと電話で打ち合わせしていたという話を聞いていると、やっぱりご本人は無念だったのではないか、と察します。吉田氏の最終回用の原稿は、フィンランド語で書かれた詩の英訳を抜き書きされたものだったらしい。自分は、それを耳にしたときに目頭が潤んでしまった。
昨年暮れのこの時期、ここで引用したウェンデル・ベリーの「ほんとうの仕事」じゃないけれど、健康であるとかいくつか条件はつくものの、真のプロフェッショナルというのは生涯現役、指揮者だったらシノーポリ、オルガンだったらルイ・ヴィエルヌのような死に方が理想なのかもしれない。とはいえ吉田氏の仕事ぶりはとてもボンクラにはなかなか真似できないなあ、と嘆息しつつも、せめてこの世に別れを告げなければならないその瞬間まで情熱を燃やしつづけられる仕事じゃなければほんものではないんだ、ということを痛感したのも事実。ちなみにパリ・ノートルダム大聖堂オルガニストにして作曲家だったヴィエルヌは、オルガンを演奏中に演奏台の上に崩れ落ちるようにして息を引き取ったという、壮絶な死にざまだったらしい ( 「生きざま」という言い方があるが、本来はこちらのほうが正式 )。そして人間、順調に行けば当然のことながらこの老いの過程がもっとも長い。「老いの一徹」ということばもありますね。とにかく吉田氏の仕事に対する情熱は、鬼気迫るものがある。並大抵のことじゃありません。そういえば名優・高倉健さんはプロフェッショナルとはなにかについて、「生業です。以上です」とおっしゃっていた。
で、なにが言いたいのかというと、最近またなにかの流行りみたいに今年に入って十代の自殺のニュースが急増したことが念頭にあったからです。亡くなった若者にたいしてこんなこと言うのは不謹慎であることは承知のうえで言わせてもらうと、どうしてそんなに死に急ぐのか。60 数年前だったら、出征していく学徒にたいして「きみ、死にたもうことなかれ ! 」と叫ぶところだったろうが … またこんな投稿も最近、地元紙面にて見かけました。投稿者は 78 歳の女性。「若い人たちがいじめで自殺しています。『なぜ』という言葉が頭の中でグルグル回っています。生きていくのは楽しいことばかりではありません。でもこの世にいただいた大切な命です。人生、最後まで生きていると、きっと穏やかな日々がおとずれると思います。… 生意気を言うようですが、今の若い人たちにもきっと良い時期がやってきます。衣食住が豊富な時代、生かされていることへの感謝を忘れずにいてほしいです ( 以上、下線強調は引用者 ) 」。
自殺する人には筆舌に尽くせないほどのたいへんな理由があるにちがいない。ここ数年、世代間、あるいはもっと一般的な意味でのコミュニケーション能力不足がよく話題にのぼります。二十代の人としゃべっていても、ウンでもスンでもなく、ちゃんとこっちの話を聞いてるのかとハラ立つこともしばしばのおっさんから見ると、たとえばこちらもどういうわけかいっこうに減らない「振りこめ詐欺」と若い人の自殺の問題はどこかでつながってるんじゃないでしょうか。自殺者はたったひとり孤立無援だと考え、絶望しきっているからみずから死を選択するのであって、もしだれかひとりでも、その人と向きあって話を聞いてくれる人さえいたら生きる勇気を取りもどす可能性はずっと高まるはず。「振りこめ」だって、ふだんから隣近所、いつも行っている金融機関、親子どうしで意思疎通ができていたなら、たとえ手のこんだ「芝居」でも、健全な批判精神を取りもどして「なんかヘンだぞ ? 」と気づくはずだと思うのです。
「ジャマナカ」と仇名されたあの山中教授が、もしその苦しいときにすべてを投げ出していたら、ノーベル生理学・医学賞を共同受賞することもなかったでしょう。リヒャルト・シュトラウスのような「英雄の生涯」を送ったわけでもなんでもない一介の門外漢に言わせてもらえば、「とにかく生きなさい。そのうちきっといいこともありますよ」。
明日の大晦日は HDD にダビングした「神話の力」のお気に入りの回でも見て、それから「第九」を聴こうかと考えているけれども ( ノリントンさんの「第九」は、合唱部分以外は全体的に快速急行だった ) 、べつに比較神話学者キャンベルの回し者じゃないが、けっきょくどんなことがあっても追いつづけられるものを持っているか否か、にかかっているような気がする。それは天職と言えるような仕事かもしれないし、メシの食えるライスワークでは残念ながらないがそれなしでは生きられないライフワークと言える仕事、あるいは家族か、子どもか … それともエピキュリアンなワタシみたいに「音楽」や「絵画」などの芸術にそれを見出すのか、それは人それぞれだろう。でも十代の人にとにかく言いたいのは、生きてください、ということのみです。
いつだったか朝の NHK の番組を見ていたら、こんな話が披露されていた。広島県呉市の万年筆修理の達人の許へ、女子高生らしい女の子が高級万年筆を手に来店した。達人はペン先の修理を終えると、それとなくこの万年筆でなにを書くの ? と訊いた。その女子高生は、「これで遺書を書くんです」。万年筆修理の達人は、まだきみは若いんだから、ほかのことを書いてみなさい、と言ったそうです。後日、その女子高生から手紙が来て、あの修理した万年筆で、こうしたためられていた。「もうすこし生きてみようかと思います」。
今年のワタシにとって、大袈裟な言い方をすれば「生きるよすが」となったのは、アイルランド人小説家ジェイムズ・ジョイス最後の大作、『フィネガンズ・ウェイク』との出会いだった。これをきっかけに正月は柳瀬氏による新訳なった『ダブリナーズ』も読むつもりでいるけれど、芸術至上主義者としては、ほんものの芸術作品に出会うことの重要性も強調しておきたい。たとえばこの油絵。「日曜美術館」の「アートシーン / 世界美術館紀行」にて放映されたときに見たんですが、見た瞬間、涙があふれそうになって困った。昨年暮れに出かけた静岡市美術館のダ・ヴィンチ展でもラファエロの弟子が描いたらしい愛らしい「聖母子像」があり、いまその絵はがきを机に飾っているけれども、ほんものの芸術作品というのは理屈じゃないんです。見た瞬間、精神と身体を貫く煌めき、ジョイスの言う「エピファニー」がある ( そうでないものが、「ポルノグラフィー」。ちなみに有名な「小椅子の聖母」も紹介されていて、こっちはいまにも額縁からはみ出るんじゃないかというくらいの幼児の生命力が感じられて、やはり大好きです )。人生なんて『フィネガン』じゃないけど、「上昇」と「転落」の繰り返しですよ。たしかにこの国も子どもの貧困問題などが深刻になりつつあって、それはそれで大問題ではあるけれども、とにかくまだ前途があるのに、可能性だって昔にくらべれば信じられないくらいに転がっているのに ( ほんらいインターネットというインフラは、そのための道具であるはず )、せっかくいただいた命をいともあっさり捨てないでほしい。「生は、つねに死と隣りあわせだ」という真実を身近に感じていれば、よほどのことがないかぎり、みずから電車に飛びこもうとか飛び降りようなどと考えるわけがない。明日はどうなるかわからない、ということを知っている人のみが、「もっとも晴れやかな顔で明日を迎えることができる」。とにかくみなさんがたはそれだけの価値しかない存在では、けっしてないのだから。そんな人は、この地球上にただのひとりもいやしない。
そして、われわれクラシック音楽ファンにとって忘れてはならない大恩人にして知の巨人と言ってもいい人まで逝去された。吉田秀和氏 ( 98歳、5月22日 )。ご存知のようにきのうは 41 年間 ( !!! ) 、吉田氏が中断することなくつづけてこられた「名曲のたのしみ」最終回スペシャルが放送されました。貴重な音源、あるところにはあるものですね … でもどう考えても 5 時間というのはちと短かすぎないですか ? 41 年分ですよ、「今日は一日 … 」みたいに、倍の 10 時間くらいは放送してほしかった。できればきのうの最終回はまた近いうちに再放送してほしい。
ワタシも雑用の手を休み休み、風呂掃除のときも携帯ラジオをかたわらに置いて聴いていたんですが、自分はそれほど吉田ファンでもなく、かつ熱心なリスナーというわけじゃなかったけれども、この番組のリスナーの熱い熱い思いのこもったお便りとか聞いているとこっちまでこみ上げてくるものがありました … とくに最後の作曲家シリーズとなったシベリウスの放送用原稿、なんと最終回分まで用意していたとか、亡くなる 5時間前もチーフプロデューサーの西川さんと電話で打ち合わせしていたという話を聞いていると、やっぱりご本人は無念だったのではないか、と察します。吉田氏の最終回用の原稿は、フィンランド語で書かれた詩の英訳を抜き書きされたものだったらしい。自分は、それを耳にしたときに目頭が潤んでしまった。
昨年暮れのこの時期、ここで引用したウェンデル・ベリーの「ほんとうの仕事」じゃないけれど、健康であるとかいくつか条件はつくものの、真のプロフェッショナルというのは生涯現役、指揮者だったらシノーポリ、オルガンだったらルイ・ヴィエルヌのような死に方が理想なのかもしれない。とはいえ吉田氏の仕事ぶりはとてもボンクラにはなかなか真似できないなあ、と嘆息しつつも、せめてこの世に別れを告げなければならないその瞬間まで情熱を燃やしつづけられる仕事じゃなければほんものではないんだ、ということを痛感したのも事実。ちなみにパリ・ノートルダム大聖堂オルガニストにして作曲家だったヴィエルヌは、オルガンを演奏中に演奏台の上に崩れ落ちるようにして息を引き取ったという、壮絶な死にざまだったらしい ( 「生きざま」という言い方があるが、本来はこちらのほうが正式 )。そして人間、順調に行けば当然のことながらこの老いの過程がもっとも長い。「老いの一徹」ということばもありますね。とにかく吉田氏の仕事に対する情熱は、鬼気迫るものがある。並大抵のことじゃありません。そういえば名優・高倉健さんはプロフェッショナルとはなにかについて、「生業です。以上です」とおっしゃっていた。
で、なにが言いたいのかというと、最近またなにかの流行りみたいに今年に入って十代の自殺のニュースが急増したことが念頭にあったからです。亡くなった若者にたいしてこんなこと言うのは不謹慎であることは承知のうえで言わせてもらうと、どうしてそんなに死に急ぐのか。60 数年前だったら、出征していく学徒にたいして「きみ、死にたもうことなかれ ! 」と叫ぶところだったろうが … またこんな投稿も最近、地元紙面にて見かけました。投稿者は 78 歳の女性。「若い人たちがいじめで自殺しています。『なぜ』という言葉が頭の中でグルグル回っています。生きていくのは楽しいことばかりではありません。でもこの世にいただいた大切な命です。人生、最後まで生きていると、きっと穏やかな日々がおとずれると思います。… 生意気を言うようですが、今の若い人たちにもきっと良い時期がやってきます。衣食住が豊富な時代、生かされていることへの感謝を忘れずにいてほしいです ( 以上、下線強調は引用者 ) 」。
自殺する人には筆舌に尽くせないほどのたいへんな理由があるにちがいない。ここ数年、世代間、あるいはもっと一般的な意味でのコミュニケーション能力不足がよく話題にのぼります。二十代の人としゃべっていても、ウンでもスンでもなく、ちゃんとこっちの話を聞いてるのかとハラ立つこともしばしばのおっさんから見ると、たとえばこちらもどういうわけかいっこうに減らない「振りこめ詐欺」と若い人の自殺の問題はどこかでつながってるんじゃないでしょうか。自殺者はたったひとり孤立無援だと考え、絶望しきっているからみずから死を選択するのであって、もしだれかひとりでも、その人と向きあって話を聞いてくれる人さえいたら生きる勇気を取りもどす可能性はずっと高まるはず。「振りこめ」だって、ふだんから隣近所、いつも行っている金融機関、親子どうしで意思疎通ができていたなら、たとえ手のこんだ「芝居」でも、健全な批判精神を取りもどして「なんかヘンだぞ ? 」と気づくはずだと思うのです。
「ジャマナカ」と仇名されたあの山中教授が、もしその苦しいときにすべてを投げ出していたら、ノーベル生理学・医学賞を共同受賞することもなかったでしょう。リヒャルト・シュトラウスのような「英雄の生涯」を送ったわけでもなんでもない一介の門外漢に言わせてもらえば、「とにかく生きなさい。そのうちきっといいこともありますよ」。
明日の大晦日は HDD にダビングした「神話の力」のお気に入りの回でも見て、それから「第九」を聴こうかと考えているけれども ( ノリントンさんの「第九」は、合唱部分以外は全体的に快速急行だった ) 、べつに比較神話学者キャンベルの回し者じゃないが、けっきょくどんなことがあっても追いつづけられるものを持っているか否か、にかかっているような気がする。それは天職と言えるような仕事かもしれないし、メシの食えるライスワークでは残念ながらないがそれなしでは生きられないライフワークと言える仕事、あるいは家族か、子どもか … それともエピキュリアンなワタシみたいに「音楽」や「絵画」などの芸術にそれを見出すのか、それは人それぞれだろう。でも十代の人にとにかく言いたいのは、生きてください、ということのみです。
いつだったか朝の NHK の番組を見ていたら、こんな話が披露されていた。広島県呉市の万年筆修理の達人の許へ、女子高生らしい女の子が高級万年筆を手に来店した。達人はペン先の修理を終えると、それとなくこの万年筆でなにを書くの ? と訊いた。その女子高生は、「これで遺書を書くんです」。万年筆修理の達人は、まだきみは若いんだから、ほかのことを書いてみなさい、と言ったそうです。後日、その女子高生から手紙が来て、あの修理した万年筆で、こうしたためられていた。「もうすこし生きてみようかと思います」。
今年のワタシにとって、大袈裟な言い方をすれば「生きるよすが」となったのは、アイルランド人小説家ジェイムズ・ジョイス最後の大作、『フィネガンズ・ウェイク』との出会いだった。これをきっかけに正月は柳瀬氏による新訳なった『ダブリナーズ』も読むつもりでいるけれど、芸術至上主義者としては、ほんものの芸術作品に出会うことの重要性も強調しておきたい。たとえばこの油絵。「日曜美術館」の「アートシーン / 世界美術館紀行」にて放映されたときに見たんですが、見た瞬間、涙があふれそうになって困った。昨年暮れに出かけた静岡市美術館のダ・ヴィンチ展でもラファエロの弟子が描いたらしい愛らしい「聖母子像」があり、いまその絵はがきを机に飾っているけれども、ほんものの芸術作品というのは理屈じゃないんです。見た瞬間、精神と身体を貫く煌めき、ジョイスの言う「エピファニー」がある ( そうでないものが、「ポルノグラフィー」。ちなみに有名な「小椅子の聖母」も紹介されていて、こっちはいまにも額縁からはみ出るんじゃないかというくらいの幼児の生命力が感じられて、やはり大好きです )。人生なんて『フィネガン』じゃないけど、「上昇」と「転落」の繰り返しですよ。たしかにこの国も子どもの貧困問題などが深刻になりつつあって、それはそれで大問題ではあるけれども、とにかくまだ前途があるのに、可能性だって昔にくらべれば信じられないくらいに転がっているのに ( ほんらいインターネットというインフラは、そのための道具であるはず )、せっかくいただいた命をいともあっさり捨てないでほしい。「生は、つねに死と隣りあわせだ」という真実を身近に感じていれば、よほどのことがないかぎり、みずから電車に飛びこもうとか飛び降りようなどと考えるわけがない。明日はどうなるかわからない、ということを知っている人のみが、「もっとも晴れやかな顔で明日を迎えることができる」。とにかくみなさんがたはそれだけの価値しかない存在では、けっしてないのだから。そんな人は、この地球上にただのひとりもいやしない。
2012年08月05日
「わたしはうれしかった」
先日、合唱大国の英国から、ほんとうにひさしぶりにケンブリッジ大学のセントジョンズカレッジ聖歌隊が来日公演するとのことだったので、早めにチケット買ってその日を楽しみにしてました。
自分が聴きに行ったのは来日公演最終日のサントリーホール公演で、なんとまたおあつらえ向きに「祈りの歌」と題して、セントジョンズの礼拝堂で毎日あげている「夕べの祈り ( Choral Evensong ) 」を「再現」するという趣向のプログラム、とあっては、聴き逃すわけにはいかない。
当日は覚悟していたわりには ( ? ) 拍子抜けするほど酷暑でもなくて、ほんとにひさしぶりに ―― よく地下鉄の出口の番号を覚えていたもんだ ―― サントリーホール前の「カラヤン広場」にたどり着くと、いまやすっかり成長したホール屋上庭園の緑の樹々から、さわやかな風が広場へと吹き抜けてました。
コンサートはバードの「5声のためのミサ」から「キリエ」、「グロリア」、「サンクトゥス」、「神の子羊」が歌われたんですが、シュヴァイツァーのことばじゃないけれど、のっけからコンサートホールの空間がまるで彼らの礼拝堂へと変わってしまったかのような錯覚におそわれた。まるで天上から降り注ぐかのような清純かつおごそかそのもののハーモニーと響きにやわらかく包まれた。… ア・カペラの多声合唱が進行するにつれ、なんだかほんとに天に引き上げられるかのような感覚さえおぼえた ( 最後の曲を締めくくる 'A-m-e-n' なんかはとくに ! ) 。こんな感覚はまったくひさしぶりだ … これとおなじような感覚をおぼえたのは、2003 年暮れのオックスフォード大学ニューカレッジ聖歌隊公演以来だ ( 奇しくも場所はおなじサントリーホール ) 。ハイドンの「小オルガンミサ」ではなんというか、いかにもハイドンらしい愛らしさが感じられるような軽やかな調べをこれまたぴったりなレジストレーションによるオルガン伴奏とともに堪能し、そのままひきつづいて演奏されたモーツァルトの名曲にしてワタシのもっとも愛好するモーツァルト作品、「アヴェ・ヴェルム・コルプス K.618」は、演奏者と聴いているわれわれ聴衆とが心ひとつに祈るような、そんな一体感に満たされた。これぞ至高の、至福のひととき。もうほかになんにもいらない、そんな感じ。前半最後のゾルタン・コダーイの「グロリア ( 「小ミサ」から ) 」では一転、なんともパワフルなコーラスとオルガン伴奏が気持ちいいくらいの快演。ピアノからフォルテまで、なんとすばらしくバランスのとれた聖歌隊なのだろう。「どうだッ ! これが 400 年近い長い伝統を持つ聖歌隊の合唱だ ! 」といった貫禄がびんびん伝わってきます ( 聖歌隊のそもそものルーツは、1511 年にまでさかのぼるらしい ) 。といっても、これは一方的な演奏解釈を押しつけられるというたぐいのものでもありません。じつに自然体なのです。演奏という介在を忘れさせてくれる演奏。プログラムを見ると全 7 公演のうち、かぶってない作品のほうが少ないくらいで、パーセル、パレストリーナ、バッハ、ブラームス、パリー、ラフマニノフ、ペルト、ブリテン … とじつに多彩です。これだけ幅広いレパートリーを歌うというのだから、これはすごい。
英国の聖歌隊公演ではおなじみの感ありのオルガン独奏では、大クープラン若かりしころに作曲した「修道院のためのミサ」から「プラン・ジュ」、「クロモルヌのレシ」、「ディアローグ」など何曲か、そして近現代のフランスの作曲家でオルガニストのモーリス・デュルフレの「『来たれ、創造主なる聖霊』によるコラール変奏曲」。クープランのほうはオルガン本体のコンソールから、デュルフレのほうはステージ上の、いわゆる「移動式コンソール」から演奏。オルガンスカラーのお兄さんはいつものようにふたりいて、演奏と譜めくり / ストップ入れ替えを交替でおこなってました ( 移動式演奏台のストップは完全電気式なので、点滅する押しボタンスイッチ型。以前 NHK で見たアンドレ・イゾワールのリサイタルではボタンの接触が悪かったのか、演奏者があせって何度か押しまくっていた ) 。
休憩後の後半、のっけからスタンフォードの「マニフィカト」、ハーバート・ハウエルズの「主よ、いまこそ我を ( 'Nunc Dimittis' もしくは「シメオンの頌歌」。アングリカンではこれらふたつの曲をあわせて「サーヴィス」と呼び、ワンセットで演奏される。 )」。
しかしなによりも文字どおり耳目を引いたのは、ジョナサン・ ハーヴェイという人の「来たれ聖霊」でした。最初は単純な単旋聖歌ではじまり、それがやがてポリフォニックに複雑にからみあい、と思ったそのとき、いきなり隊列を崩してコリスターの子どもたちが、つづいてお兄さん団員たちがてんでばらばら、ステージ上を譜面持ったまま歩き出して歌い出すではないですか ! … そのときは呆気にとられて見守っていただけだったが、後日 FB の公式フィードを見たらああそうか、作曲家はここで「使徒言行録」の記述*を再現しようとしたんだということが判明。なるほど ! たしかに西洋の修道院では歩きながら観想、という習慣は寡聞にして聞いたことないから、そういうことだったんだな。とはいえ歩きながらそれぞれのパートを歌う、というのは技術的にはひじょうにむつかしいはずです。というわけで会場からもひときわ大きな拍手があがってました。
つづいてジョン・ゴス、レイフ・ヴォーン-ウィリアムズ、エルガーなどの英国の聖歌隊ではおなじみの作曲家の聖歌作品が歌われました。「主よ、慈悲深くあられ」というアングリカンチャントははじめて聴いたけれども、なんとも心に染み入る、じつに美しい調べでした ( なおプログラムに記載のあった Cantoris と Decani については、トレブルパートがふたつに分かれるとき、通常はカントリスが高いパートを、デケイナイのほうが低いパートを歌うようです。礼拝ではカントリスは北側の聖歌隊席、デケイナイは向かい合った南側の聖歌隊席を占める ) 。'What sweeter music than a carol ... ' という曲もあるけれど、こちらも負けずに sweeter でしたね。最後のエルガーは、ふたたび大地揺るがすごときフルオルガンとコーラスの圧倒的な響き。MAN ALIVE !! とまたしてもわけわからん叫びを上げたくなりましたよ。当然のことながらやんやの拍手喝采とブラヴォーの声にこたえてアンコールが、しかも3 つも !! うちひとつはなんと「赤とんぼ」でした。
しかし … 至福のときというのは、なぜにかくもあっという間に過ぎ去ってしまうんだろうか ( Time flies ... ) … ニューカレッジ公演でバーバーの「アニュス・デイ」が歌われたとき、ぞくぞくっとする感覚をおぼえたものですが、あのとき以来、ひさしく味わってなかったあの感覚がまさにセントジョンズカレッジの歌声に接して甦った。このようなコンサート開催実現に向けて尽力された方々に心からお礼を言いたいくらいです。そしてもちろん、この猛烈に暑い時期に来てくれたコリスターたちや若いオルガニストたち、指導者のアンドリュー・ネスシンガ先生 ( 父親がエクセター大聖堂オルガニストで、自身そこのコリスターだった人 ) に、心からただただ感謝。
… 今回の公演を聴いてあらためて思ったことはやはり、音楽の力、芸術の力のすばらしさ、ということだった。これはあの空間を共有したすべての人がそう感じているんじゃないかと思います。
* ... 「使徒言行録」2:3 - 4 、「… そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、"霊" が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」。
自分が聴きに行ったのは来日公演最終日のサントリーホール公演で、なんとまたおあつらえ向きに「祈りの歌」と題して、セントジョンズの礼拝堂で毎日あげている「夕べの祈り ( Choral Evensong ) 」を「再現」するという趣向のプログラム、とあっては、聴き逃すわけにはいかない。
当日は覚悟していたわりには ( ? ) 拍子抜けするほど酷暑でもなくて、ほんとにひさしぶりに ―― よく地下鉄の出口の番号を覚えていたもんだ ―― サントリーホール前の「カラヤン広場」にたどり着くと、いまやすっかり成長したホール屋上庭園の緑の樹々から、さわやかな風が広場へと吹き抜けてました。
コンサートはバードの「5声のためのミサ」から「キリエ」、「グロリア」、「サンクトゥス」、「神の子羊」が歌われたんですが、シュヴァイツァーのことばじゃないけれど、のっけからコンサートホールの空間がまるで彼らの礼拝堂へと変わってしまったかのような錯覚におそわれた。まるで天上から降り注ぐかのような清純かつおごそかそのもののハーモニーと響きにやわらかく包まれた。… ア・カペラの多声合唱が進行するにつれ、なんだかほんとに天に引き上げられるかのような感覚さえおぼえた ( 最後の曲を締めくくる 'A-m-e-n' なんかはとくに ! ) 。こんな感覚はまったくひさしぶりだ … これとおなじような感覚をおぼえたのは、2003 年暮れのオックスフォード大学ニューカレッジ聖歌隊公演以来だ ( 奇しくも場所はおなじサントリーホール ) 。ハイドンの「小オルガンミサ」ではなんというか、いかにもハイドンらしい愛らしさが感じられるような軽やかな調べをこれまたぴったりなレジストレーションによるオルガン伴奏とともに堪能し、そのままひきつづいて演奏されたモーツァルトの名曲にしてワタシのもっとも愛好するモーツァルト作品、「アヴェ・ヴェルム・コルプス K.618」は、演奏者と聴いているわれわれ聴衆とが心ひとつに祈るような、そんな一体感に満たされた。これぞ至高の、至福のひととき。もうほかになんにもいらない、そんな感じ。前半最後のゾルタン・コダーイの「グロリア ( 「小ミサ」から ) 」では一転、なんともパワフルなコーラスとオルガン伴奏が気持ちいいくらいの快演。ピアノからフォルテまで、なんとすばらしくバランスのとれた聖歌隊なのだろう。「どうだッ ! これが 400 年近い長い伝統を持つ聖歌隊の合唱だ ! 」といった貫禄がびんびん伝わってきます ( 聖歌隊のそもそものルーツは、1511 年にまでさかのぼるらしい ) 。といっても、これは一方的な演奏解釈を押しつけられるというたぐいのものでもありません。じつに自然体なのです。演奏という介在を忘れさせてくれる演奏。プログラムを見ると全 7 公演のうち、かぶってない作品のほうが少ないくらいで、パーセル、パレストリーナ、バッハ、ブラームス、パリー、ラフマニノフ、ペルト、ブリテン … とじつに多彩です。これだけ幅広いレパートリーを歌うというのだから、これはすごい。
英国の聖歌隊公演ではおなじみの感ありのオルガン独奏では、大クープラン若かりしころに作曲した「修道院のためのミサ」から「プラン・ジュ」、「クロモルヌのレシ」、「ディアローグ」など何曲か、そして近現代のフランスの作曲家でオルガニストのモーリス・デュルフレの「『来たれ、創造主なる聖霊』によるコラール変奏曲」。クープランのほうはオルガン本体のコンソールから、デュルフレのほうはステージ上の、いわゆる「移動式コンソール」から演奏。オルガンスカラーのお兄さんはいつものようにふたりいて、演奏と譜めくり / ストップ入れ替えを交替でおこなってました ( 移動式演奏台のストップは完全電気式なので、点滅する押しボタンスイッチ型。以前 NHK で見たアンドレ・イゾワールのリサイタルではボタンの接触が悪かったのか、演奏者があせって何度か押しまくっていた ) 。
休憩後の後半、のっけからスタンフォードの「マニフィカト」、ハーバート・ハウエルズの「主よ、いまこそ我を ( 'Nunc Dimittis' もしくは「シメオンの頌歌」。アングリカンではこれらふたつの曲をあわせて「サーヴィス」と呼び、ワンセットで演奏される。 )」。
しかしなによりも文字どおり耳目を引いたのは、ジョナサン・ ハーヴェイという人の「来たれ聖霊」でした。最初は単純な単旋聖歌ではじまり、それがやがてポリフォニックに複雑にからみあい、と思ったそのとき、いきなり隊列を崩してコリスターの子どもたちが、つづいてお兄さん団員たちがてんでばらばら、ステージ上を譜面持ったまま歩き出して歌い出すではないですか ! … そのときは呆気にとられて見守っていただけだったが、後日 FB の公式フィードを見たらああそうか、作曲家はここで「使徒言行録」の記述*を再現しようとしたんだということが判明。なるほど ! たしかに西洋の修道院では歩きながら観想、という習慣は寡聞にして聞いたことないから、そういうことだったんだな。とはいえ歩きながらそれぞれのパートを歌う、というのは技術的にはひじょうにむつかしいはずです。というわけで会場からもひときわ大きな拍手があがってました。
つづいてジョン・ゴス、レイフ・ヴォーン-ウィリアムズ、エルガーなどの英国の聖歌隊ではおなじみの作曲家の聖歌作品が歌われました。「主よ、慈悲深くあられ」というアングリカンチャントははじめて聴いたけれども、なんとも心に染み入る、じつに美しい調べでした ( なおプログラムに記載のあった Cantoris と Decani については、トレブルパートがふたつに分かれるとき、通常はカントリスが高いパートを、デケイナイのほうが低いパートを歌うようです。礼拝ではカントリスは北側の聖歌隊席、デケイナイは向かい合った南側の聖歌隊席を占める ) 。'What sweeter music than a carol ... ' という曲もあるけれど、こちらも負けずに sweeter でしたね。最後のエルガーは、ふたたび大地揺るがすごときフルオルガンとコーラスの圧倒的な響き。MAN ALIVE !! とまたしてもわけわからん叫びを上げたくなりましたよ。当然のことながらやんやの拍手喝采とブラヴォーの声にこたえてアンコールが、しかも3 つも !! うちひとつはなんと「赤とんぼ」でした。
しかし … 至福のときというのは、なぜにかくもあっという間に過ぎ去ってしまうんだろうか ( Time flies ... ) … ニューカレッジ公演でバーバーの「アニュス・デイ」が歌われたとき、ぞくぞくっとする感覚をおぼえたものですが、あのとき以来、ひさしく味わってなかったあの感覚がまさにセントジョンズカレッジの歌声に接して甦った。このようなコンサート開催実現に向けて尽力された方々に心からお礼を言いたいくらいです。そしてもちろん、この猛烈に暑い時期に来てくれたコリスターたちや若いオルガニストたち、指導者のアンドリュー・ネスシンガ先生 ( 父親がエクセター大聖堂オルガニストで、自身そこのコリスターだった人 ) に、心からただただ感謝。
… 今回の公演を聴いてあらためて思ったことはやはり、音楽の力、芸術の力のすばらしさ、ということだった。これはあの空間を共有したすべての人がそう感じているんじゃないかと思います。
* ... 「使徒言行録」2:3 - 4 、「… そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、"霊" が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」。
2012年06月03日
この人も生誕 100 年 & Libera
1). 先日、NHK-FM 「ベスト・オヴ・クラシック」はドイツの名指揮者、ギュンター・ヴァント生誕 100 年を記念して未公開音源の数々をいっきにオンエアしてました。いやー、聴きごたえがありました ! こういう企画はどんどんやってもらいたい、と思う。シューマンが心身ともに充実していたころの名曲「ライン交響曲 ( 3 番 )」、シューベルトの「 8 番」、「悲しみが疾走する」モーツァルトの「 40 番」、そして、ブルックナーの大作「7 番」と「 8 番」、そして最後の「 9 番」!! これだけでも壮観、としか言いようがない。大満足。
それとオルガン好きにはこちらもはずせない Pipedreams 。もうかなり前の回になるけれども、あの米国人オルガニスト、ヴァージル・フォックスもじつは今年が生誕 100 周年の記念イヤーだった。フォックスは、たしかできたての NHK ホールの大オルガンを弾きに来たことがあったと思う。フォックスの音源は、ほんとひさしぶりに聴いたのですが、なんというか、いろんな意味で 20 世紀の典型的なショーマンタイプのオルガン弾きだったと思う。出だしの「小フーガ BWV.578 」では、たとえばわざとらしいほど長く引き伸ばしたコーダとか、あるいは「幻想曲とフーガ BWV.537 」ではある特定の旋律をこれでもかと際だたせるような鍵盤交代とレジストレーション、そしてなかば伝説化したロックコンサート会場での「トッカータ BWV.565 」でのハデハデの演奏など、聴き手の好き嫌いがハッキリとわかれる演奏家だと感じます。でもたとえば第二次大戦時の慰問演奏旅行とか、バッハってだれ ? みたいな若い聴衆の面前で移動式のチャーチオルガンを引っさげて「トッカータ BWV.565 」を弾いてやんやの喝采を浴びたり … この人なくしては、米国におけるオルガン音楽の認知度はいまのような水準には達しなかったのではないかとも思います。この人の演奏スタイルを忠実に受け継いでいるのが、たとえばあの巨漢オルガン弾きのカルロ・カーリーですね。この人もまた師匠とおなじく NHK ホールのオルガンを弾いてリサイタルを開き、その模様を中継したNHK の番組も見たことがあるけれども、MC ( ! ) までこなして、「わたしは美しいものを信じます」とかなんとか言って、おもむろに自身の編曲によるヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ / 前奏曲とイゾルデ愛の死」を弾きだしたり … ベートーヴェンの「トルコ行進曲」では「最後の音に注目 ! 」とか前置きしてから弾きはじめ、コーダではまるで関係のないヘンな「ブー」音を左足で出したり … 前にも書いたがバッハのもうひとつの「ニ短調のトッカータ BWV.538 」では特徴的な16分音符進行を「蒸気機関車」と表現したり … たしかに子ども受けはしますな。こういうアプローチは、それはそれでたいへんけっこうなことだと思う。入門向けとしてはまさにフォックスもカーリーも最高の演奏家だと言える。でもたとえばなにか重い病気とか抱えている人がこの手の演奏を聴いて、心揺さぶられる感動を、生きる勇気を与えられるほどの深い感動を、身震いを覚えるほどの強烈な感覚を受けるだろうか。なかにはいると思う。比較神話学者キャンベルが、「あなたにとって至福は、無上の喜びは、どこにあるのか。あなたはそれを見つけなくてはなりません。ほかのだれもが見向きもしない古くさい曲でもいいから、とにかく自分が大好きなレコードを聴くとか、あるいは好きな本を読むとか ( 『神話の力』p.173. なお TV 放映版では、「どんな陳腐な音楽でもかまいません」のように発言していた ) 」と言っているように。でもあいにく自分はそうではない。行き詰まったとき、壁にぶつかったときは、やっぱりヘルムート・ヴァルヒャの録音に手が伸びてしまう。そういうときの心理って、「奇をてらったところのない、一点の濁りのない清冽な泉のごとき音楽」というのを自然に欲するのではないかと思う。
2). それはそうと、けさの「ビバ ! 合唱」ではなんと Libera 特集 !! でした。案内役の大谷研二先生が、「ロバート・プライズマンさんは、こんな高レヴェルの子どもたちをどうやって集めているのかな ? ひょっとして聖歌隊の伝統のある国だから、聖歌隊から引き抜いているのか ? 」みたいな疑問を呈しておられた。じっさいには、地元の南ロンドンのふつうの小学校に通うふつうの少年たちを中心にスカウトしている … ということをいろんなソースで読んで知ってはいるけれども、たしかにこれってひじょうに骨の折れるたいへんな仕事ですよね。また音源で聴くのと実演に接するのとではやはりちがうものでして、ワタシはそのちがいをおおいに楽しむほうだから、なにがあっても平気なところがある。でも初来日時に 2 回、聴きに行った経験から、この子たちの歌声は CD で聴くというスタイルのほうがよいのかも、と思うようになったのも事実。例の 5 段階評価では「うまい」か、ソリストによってはそれ以上の実力の子どもたちであることは明らか。でもマイクを通した歌声を聴く、というのが自分の場合、どうも性にあわないみたいで ( じっさい、エコーのかかったサウンドはかなり耳に響いた ) 。ほかにもいくつか理由はあるが … いずれも直接、音楽とは関係ないので省略。
聴取したあと、あらためて手許の音源を調べたら、2006 年暮れに発売された国内盤カヴァーヴァージョンだけ、なぜか封も切らずに後生大事に持っていたことが判明 ( 苦笑 ) 。ワタシとしたことが、なんということか。あとで聴いてみよう。そのあとオンエアされた「吹奏楽のひびき」は、「追悼 モーリス・アンドレ」でこちらもよかった。オルガン好きなので、レモ・ジャゾット「作曲 ( と、明言していたのは好感が持てた ) 」の「アルビノーニのアダージョ」はオルガン伴奏に乗せて哀愁を帯びた旋律をピッコロ・トランペットで奏でていたのはすばらしかった。ついでに Libera の「カッチーニのアヴェ・マリア」について、大谷先生ははっきり「ヴァヴィロフという人が 1970 年ごろに作曲した曲」だと言っていたのも、好感が持てた。それから「きらクラ ! 」では、Boni Pueri の音源までかかっていた ( 「おお牧場はみどり」とスメタナの歌劇「売られた花嫁」から「花は麗しく、鳥は喜び」)。
またしてもキャンベルの引用が出てきたところで、最後もこの人で締めくくりたいと思います。FB の JCF サイトに掲示される引用名句の数々。つい最近、『神話の力』からこんなお気に入りの一節が引用されていたので、飛田先生の訳と併記して紹介しておきます ( またまた脱線だが、キャンベルの恩師ハインリッヒ・ツィマーという古代インド哲学の権威と同名の父親は、19 世紀末のケルト学黎明期の権威。ツィマーって、どっかで聞いた名前だな、なんて漠然と思っていたら、こんなとこでつながっていた ) 。
"I think of grass ―― you know, every two weeks a chap comes out with a lawnmower and cuts it down. Suppose the grass were to say, 'Well, for Pete's sake, what's the use if you keep getting cut down this way? ' Instead, it keeps growing." ...
芝生のことを考えてください。ほら、二週間ごとにだれかが芝刈り機で伸びた芝を全部刈り取ってしまうでしょ。芝が、「頼むからよく考えてくれ。あんたがこうしょっちゅう刈り取られたとしたら、どうなると思う ? 」と言ったとしても不思議ではない。でも、芝はそんなことを言わずに、ひたすら伸びつづけようとする。[ ここに私は中心のエネルギーを感じます。] ―― ibid., p. 382
それとオルガン好きにはこちらもはずせない Pipedreams 。もうかなり前の回になるけれども、あの米国人オルガニスト、ヴァージル・フォックスもじつは今年が生誕 100 周年の記念イヤーだった。フォックスは、たしかできたての NHK ホールの大オルガンを弾きに来たことがあったと思う。フォックスの音源は、ほんとひさしぶりに聴いたのですが、なんというか、いろんな意味で 20 世紀の典型的なショーマンタイプのオルガン弾きだったと思う。出だしの「小フーガ BWV.578 」では、たとえばわざとらしいほど長く引き伸ばしたコーダとか、あるいは「幻想曲とフーガ BWV.537 」ではある特定の旋律をこれでもかと際だたせるような鍵盤交代とレジストレーション、そしてなかば伝説化したロックコンサート会場での「トッカータ BWV.565 」でのハデハデの演奏など、聴き手の好き嫌いがハッキリとわかれる演奏家だと感じます。でもたとえば第二次大戦時の慰問演奏旅行とか、バッハってだれ ? みたいな若い聴衆の面前で移動式のチャーチオルガンを引っさげて「トッカータ BWV.565 」を弾いてやんやの喝采を浴びたり … この人なくしては、米国におけるオルガン音楽の認知度はいまのような水準には達しなかったのではないかとも思います。この人の演奏スタイルを忠実に受け継いでいるのが、たとえばあの巨漢オルガン弾きのカルロ・カーリーですね。この人もまた師匠とおなじく NHK ホールのオルガンを弾いてリサイタルを開き、その模様を中継したNHK の番組も見たことがあるけれども、MC ( ! ) までこなして、「わたしは美しいものを信じます」とかなんとか言って、おもむろに自身の編曲によるヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ / 前奏曲とイゾルデ愛の死」を弾きだしたり … ベートーヴェンの「トルコ行進曲」では「最後の音に注目 ! 」とか前置きしてから弾きはじめ、コーダではまるで関係のないヘンな「ブー」音を左足で出したり … 前にも書いたがバッハのもうひとつの「ニ短調のトッカータ BWV.538 」では特徴的な16分音符進行を「蒸気機関車」と表現したり … たしかに子ども受けはしますな。こういうアプローチは、それはそれでたいへんけっこうなことだと思う。入門向けとしてはまさにフォックスもカーリーも最高の演奏家だと言える。でもたとえばなにか重い病気とか抱えている人がこの手の演奏を聴いて、心揺さぶられる感動を、生きる勇気を与えられるほどの深い感動を、身震いを覚えるほどの強烈な感覚を受けるだろうか。なかにはいると思う。比較神話学者キャンベルが、「あなたにとって至福は、無上の喜びは、どこにあるのか。あなたはそれを見つけなくてはなりません。ほかのだれもが見向きもしない古くさい曲でもいいから、とにかく自分が大好きなレコードを聴くとか、あるいは好きな本を読むとか ( 『神話の力』p.173. なお TV 放映版では、「どんな陳腐な音楽でもかまいません」のように発言していた ) 」と言っているように。でもあいにく自分はそうではない。行き詰まったとき、壁にぶつかったときは、やっぱりヘルムート・ヴァルヒャの録音に手が伸びてしまう。そういうときの心理って、「奇をてらったところのない、一点の濁りのない清冽な泉のごとき音楽」というのを自然に欲するのではないかと思う。
2). それはそうと、けさの「ビバ ! 合唱」ではなんと Libera 特集 !! でした。案内役の大谷研二先生が、「ロバート・プライズマンさんは、こんな高レヴェルの子どもたちをどうやって集めているのかな ? ひょっとして聖歌隊の伝統のある国だから、聖歌隊から引き抜いているのか ? 」みたいな疑問を呈しておられた。じっさいには、地元の南ロンドンのふつうの小学校に通うふつうの少年たちを中心にスカウトしている … ということをいろんなソースで読んで知ってはいるけれども、たしかにこれってひじょうに骨の折れるたいへんな仕事ですよね。また音源で聴くのと実演に接するのとではやはりちがうものでして、ワタシはそのちがいをおおいに楽しむほうだから、なにがあっても平気なところがある。でも初来日時に 2 回、聴きに行った経験から、この子たちの歌声は CD で聴くというスタイルのほうがよいのかも、と思うようになったのも事実。例の 5 段階評価では「うまい」か、ソリストによってはそれ以上の実力の子どもたちであることは明らか。でもマイクを通した歌声を聴く、というのが自分の場合、どうも性にあわないみたいで ( じっさい、エコーのかかったサウンドはかなり耳に響いた ) 。ほかにもいくつか理由はあるが … いずれも直接、音楽とは関係ないので省略。
聴取したあと、あらためて手許の音源を調べたら、2006 年暮れに発売された国内盤カヴァーヴァージョンだけ、なぜか封も切らずに後生大事に持っていたことが判明 ( 苦笑 ) 。ワタシとしたことが、なんということか。あとで聴いてみよう。そのあとオンエアされた「吹奏楽のひびき」は、「追悼 モーリス・アンドレ」でこちらもよかった。オルガン好きなので、レモ・ジャゾット「作曲 ( と、明言していたのは好感が持てた ) 」の「アルビノーニのアダージョ」はオルガン伴奏に乗せて哀愁を帯びた旋律をピッコロ・トランペットで奏でていたのはすばらしかった。ついでに Libera の「カッチーニのアヴェ・マリア」について、大谷先生ははっきり「ヴァヴィロフという人が 1970 年ごろに作曲した曲」だと言っていたのも、好感が持てた。それから「きらクラ ! 」では、Boni Pueri の音源までかかっていた ( 「おお牧場はみどり」とスメタナの歌劇「売られた花嫁」から「花は麗しく、鳥は喜び」)。
またしてもキャンベルの引用が出てきたところで、最後もこの人で締めくくりたいと思います。FB の JCF サイトに掲示される引用名句の数々。つい最近、『神話の力』からこんなお気に入りの一節が引用されていたので、飛田先生の訳と併記して紹介しておきます ( またまた脱線だが、キャンベルの恩師ハインリッヒ・ツィマーという古代インド哲学の権威と同名の父親は、19 世紀末のケルト学黎明期の権威。ツィマーって、どっかで聞いた名前だな、なんて漠然と思っていたら、こんなとこでつながっていた ) 。
"I think of grass ―― you know, every two weeks a chap comes out with a lawnmower and cuts it down. Suppose the grass were to say, 'Well, for Pete's sake, what's the use if you keep getting cut down this way? ' Instead, it keeps growing." ...
芝生のことを考えてください。ほら、二週間ごとにだれかが芝刈り機で伸びた芝を全部刈り取ってしまうでしょ。芝が、「頼むからよく考えてくれ。あんたがこうしょっちゅう刈り取られたとしたら、どうなると思う ? 」と言ったとしても不思議ではない。でも、芝はそんなことを言わずに、ひたすら伸びつづけようとする。[ ここに私は中心のエネルギーを感じます。] ―― ibid., p. 382
2012年04月02日
祝 水戸芸術館オルガン復活リサイタル
1). けさの「古楽の楽しみ」は、「ヴェネチアの古楽さまざま」その 1 。16 世紀、サン・マルコ大聖堂オルガニストだったクラウディオ・メールロという人の「第 1 旋法のトッカータ」、「第 8 旋法によるリチェルカーレ」という作品がかかってました。メールロかあ、ひさしく聴いてなかった。というか最近はめっきり聴く機会が減った ( 「オルガンのしらべ」が現役だったころは、NHK ホールの大オルガンを使った録音でときおりかかっていた ) 。ひさびさのメールロでしたが、… なんか似たようなフレーズやトリルが多くて、個人的にはサン・ピエトロ大聖堂オルガニストだったジロラモ・フレスコバルディのほうが好きだったりする。メールロの作品は、どういうわけか昔からあんまり好きではない。ちなみにこの日かかった「リチェルカーレ」はバッハ晩年の大作「音楽の捧げもの」とはちがって、厳密なフーガではなく、きわめて自由な進行のトッカータに近いもの。リチェルカーレついでに、以前、この作品 ( ?? ) をはじめて見たとき、椅子から転げ落ちたことがある。
2). 水戸芸術館の玄関ホール 2 階バルコニーにある 46 ストップ三段手鍵盤とペダルをもつオルガン。昨年の大震災で被災して、とくにペダルタワーの大きなパイプがバラバラと階下の床に落下して転がっている光景は、オルガン好きとしてはなんともショッキングで、気仙沼の「水を運ぶ」松本少年の写真とともに強烈に印象に残っている。でも建造元のマナ・オルゲルバウのオルガンビルダー父子をはじめとする、関係者各位の懸命なご努力が実を結び、ついにきのう、復活公演とあいなった、との報道には心からうれしく思います ( オルガン復活が、「棕櫚の主日 ( Palm Sunday ) 」当日になったというのは、たまたまだったとは思うけれども。今年はつぎの日曜が西方教会における復活祭 ) 。ほんとは聴きに行きたかったくらいだったが、もうすこし落ち着いてから行ってみようかなと考えてます ( → 関連記事その 1、その2。NHK ニュースの動画はこちらで。 )。→ 当日のプログラム ( PDF ) 。
ニュース見てはじめて知ったんですが、修復ついでに「ツィンベルシュテルン ( Zimbelstern, 「シンバルの星」の意 ) 」ストップが取りつけられたんですね ! これはすばらしい。往年の名ピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプの回想録の書名( 『鳴り響く星のもとに』 )にもなっている。ケンプが子どものころ、この愛らしく軽やかなオルガンのストップを耳にしたことがあり、終生、その響きを忘れずにいたらしい。このツィンベルシュテルン、動画を見ればわかるようにストップを引き出すと先端についた星型の飾りがくるくると回転し、内部に取りつけられた小型の鐘をハンマーが打ち鳴らすという一種の自動演奏装置。このストップをもった楽器は、この近辺だと NHK ホールや東京芸術劇場大ホールの巨大なオルガンとかすみだトリフォニーホールのオルガン、豊田市コンサートホールのオルガンに、愛知県芸術劇場の大オルガンにもある。芸劇のガルニエの楽器は、なんか強風にあおられる風見鶏よろしく超特急で回転する ( 笑 ) 。この手の自動演奏装置はなんというか建造家の遊び心が垣間見えておもしろい。カテドラル聖マリア大聖堂のマショーニオルガンには、「水笛」が備えられている ( ほんとうに水が入っている ) 。
動画ではバッハの「ハ長調のトッカータ、アダージョとフーガ BWV.564 」がかかってましたが、TV 画面で見たときは滝 廉太郎作曲の「花」が聴こえてきた。昨晩見た「 N 響アワー」後継番組で、ピアニストの舘野泉さんが、「音楽はわたしの人生そのもの」だとおっしゃっていたのが印象的でしたが、オルガン復活リサイタルを聴いた方が、「とてもよかったです。しあわせです」と語っていたのも心に残った。建造した松崎氏が言っているように、この楽器がいかに水戸市民に慕われているか、ということを知ってなんだかこちらもとてもうれしくなった。この復活公演前の先月にも、このオルガンの修復作業を追った企画も NHK で見たんですが、ここの楽器って、子どもが自由に触ったり弾いたりできる市民参加企画をずっとつづけてきたそうで、これこそまさしく市民に開かれたすばらしいオルガンだ、とひとり感じ入ったしだい ( 番組では、仕上げの「整音」作業のもようが映し出されていた。小指ほどの金属パイプの「歌口」を専用の道具で息を詰めての微調整。ほんのすこしの力の加減で音が狂ったりするし、雑音厳禁なので、暖房を止めた深夜に作業していたという ) 。だからこそのあの熱気、あの待望感なのですね ! この楽器に対する水戸市民の思いが伝わってくるようで、ほんと感動しましたよ。La musica è la mia vita !!
… ところで AOI の楽器、2004 年ごろは「オルガン体験」みたいな企画を開催していたけれども、そろそろまたお願いしますよ ! そうだ、浜松市楽器博物館にも行かなくては … 。
2). 水戸芸術館の玄関ホール 2 階バルコニーにある 46 ストップ三段手鍵盤とペダルをもつオルガン。昨年の大震災で被災して、とくにペダルタワーの大きなパイプがバラバラと階下の床に落下して転がっている光景は、オルガン好きとしてはなんともショッキングで、気仙沼の「水を運ぶ」松本少年の写真とともに強烈に印象に残っている。でも建造元のマナ・オルゲルバウのオルガンビルダー父子をはじめとする、関係者各位の懸命なご努力が実を結び、ついにきのう、復活公演とあいなった、との報道には心からうれしく思います ( オルガン復活が、「棕櫚の主日 ( Palm Sunday ) 」当日になったというのは、たまたまだったとは思うけれども。今年はつぎの日曜が西方教会における復活祭 ) 。ほんとは聴きに行きたかったくらいだったが、もうすこし落ち着いてから行ってみようかなと考えてます ( → 関連記事その 1、その2。NHK ニュースの動画はこちらで。 )。→ 当日のプログラム ( PDF ) 。
ニュース見てはじめて知ったんですが、修復ついでに「ツィンベルシュテルン ( Zimbelstern, 「シンバルの星」の意 ) 」ストップが取りつけられたんですね ! これはすばらしい。往年の名ピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプの回想録の書名( 『鳴り響く星のもとに』 )にもなっている。ケンプが子どものころ、この愛らしく軽やかなオルガンのストップを耳にしたことがあり、終生、その響きを忘れずにいたらしい。このツィンベルシュテルン、動画を見ればわかるようにストップを引き出すと先端についた星型の飾りがくるくると回転し、内部に取りつけられた小型の鐘をハンマーが打ち鳴らすという一種の自動演奏装置。このストップをもった楽器は、この近辺だと NHK ホールや東京芸術劇場大ホールの巨大なオルガンとかすみだトリフォニーホールのオルガン、豊田市コンサートホールのオルガンに、愛知県芸術劇場の大オルガンにもある。芸劇のガルニエの楽器は、なんか強風にあおられる風見鶏よろしく超特急で回転する ( 笑 ) 。この手の自動演奏装置はなんというか建造家の遊び心が垣間見えておもしろい。カテドラル聖マリア大聖堂のマショーニオルガンには、「水笛」が備えられている ( ほんとうに水が入っている ) 。
動画ではバッハの「ハ長調のトッカータ、アダージョとフーガ BWV.564 」がかかってましたが、TV 画面で見たときは滝 廉太郎作曲の「花」が聴こえてきた。昨晩見た「 N 響アワー」後継番組で、ピアニストの舘野泉さんが、「音楽はわたしの人生そのもの」だとおっしゃっていたのが印象的でしたが、オルガン復活リサイタルを聴いた方が、「とてもよかったです。しあわせです」と語っていたのも心に残った。建造した松崎氏が言っているように、この楽器がいかに水戸市民に慕われているか、ということを知ってなんだかこちらもとてもうれしくなった。この復活公演前の先月にも、このオルガンの修復作業を追った企画も NHK で見たんですが、ここの楽器って、子どもが自由に触ったり弾いたりできる市民参加企画をずっとつづけてきたそうで、これこそまさしく市民に開かれたすばらしいオルガンだ、とひとり感じ入ったしだい ( 番組では、仕上げの「整音」作業のもようが映し出されていた。小指ほどの金属パイプの「歌口」を専用の道具で息を詰めての微調整。ほんのすこしの力の加減で音が狂ったりするし、雑音厳禁なので、暖房を止めた深夜に作業していたという ) 。だからこそのあの熱気、あの待望感なのですね ! この楽器に対する水戸市民の思いが伝わってくるようで、ほんと感動しましたよ。La musica è la mia vita !!
… ところで AOI の楽器、2004 年ごろは「オルガン体験」みたいな企画を開催していたけれども、そろそろまたお願いしますよ ! そうだ、浜松市楽器博物館にも行かなくては … 。
2012年03月26日
バッハの独創性
1). とうとう昨夜の放映で往年の名音楽番組「N 響アワー」が終ってしまったよ … というか、ほんと池辺先生って駄洒落の帝王だ ( 笑 ) 。あの調子じゃ、番組がちっとも進行しませんな。最後の締めがもっともリクエストの多かったというスヴェトラーノフ指揮のチャイコフスキー「5 番」の終楽章からでしたが、ひょっとしたら「チャイさま」と崇拝しているゲストの檀ふみさんへのサービス ( ? ) もあったのか、なかったのか … でも掉尾にふさわしい演奏となりました。
けさの「古楽の楽しみ」は、バッハだ ! なんでも今週はバッハ特集らしい。で、案内役の磯山先生はのっけからシュヴァイツァーの有名なことばを引用してました。「… かくのごとくバッハは一つの終局である。彼からは何ものも発しない。一切が彼のみを目ざして進んできた ( 白水社刊『バッハ 上巻』p.26 ) 」。でも、バッハの音楽はただ中世・ルネサンス・バロックといった「古い」時代の音楽の集大成、それでおしまい、なんてことはない。同時にその独創性ゆえに、のちの時代の音楽が発展する礎ともなっているのだ、とそんなようなことを言っていた ( まじめに聞き耳立てていなかったので、うろ覚えですが ) 。で、そんなバッハの「独創性」、つまりユニークさが典型的に現れている作品の好例として、オルガンのための「6 つのトリオソナタ ( BWV.525 - 530 ) 」が取り上げられてました。そのうちかかったのは最初の「ソナタ 変ホ長調」、2 番目の「ソナタ ハ短調」、3 番目の「ソナタ ニ短調」、そして最後の「ソナタ ト長調」から第 1 楽章と第 3 楽章。ただしこれだけリコーダーと通奏低音と右手担当のチェンバロという、演奏者の解釈による「原曲復元版」演奏でした。
以前にも書いたけれどもこの「6 つのトリオソナタ」、なんせオルガニストひとりに 2 つの声部と通奏低音からなる室内楽ソナタを弾け、って言うんだからそんなご無体な、的な超絶技巧練習曲集なのです。もっとも以前ここでも紹介した、オランダの十代のオルガニストのような天才的な奏者の手にかかってしまうと、聴いていてこれほど楽しい作品もそうはない、と思う。磯山先生も告白されていたが、ワタシもはじめてこれを聴いた中学生のときは、「ニ短調のトッカータとフーガ」とはまるで趣の異なる、侘び・寂よろしくなんとちんまりまとまってつかみどころなくさらさら、さらさら流れるだけの作品に巨大な ? がアタマに浮かんだものなんですが、チップス先生よろしく年とってくると(when you are getting on in years ... ) 、この作品の持つすばらしさに気づかされる。当方が持っているのはプレストンにコープマン盤、それとリヒターにヴァルヒャ盤ですが、けさ聴いたロレンツォ・ギエルミがミラノのアーレントオルガンを弾いた新録音も、またいい ! と思った。ストップの配合がなんとも微妙な陰影で、右手も左手も似たような音色なんですが ( 蛇足ながら、この作品はひとつの手鍵盤だけでは弾けない。「独立した二段手鍵盤と足鍵盤を持つオルガン」用とバッハみずから指定している ) 、混濁せずにくっきりと絡み合い、じゃれあう旋律線が耳に心地よく響いてくる。このアルバムも a must buy かな。
「6 つのトリオソナタ」は、バッハのオルガン作品としては珍しく自筆譜が残っている。長男フリーデマン・バッハの教育用だったから、当然のことながらフリーデマンによる筆写譜も伝えられている。で、これもまた以前書いたことですが、4 番目の「ソナタ ト長調 BWV.528」の終楽章は、オルガンのための「前奏曲とフーガ BWV.541 」の「初期稿」では前奏曲とフーガのあいだにはさまれるかたちで記譜されかけている筆写譜が伝えられていて、当初はこのかたちだったのではないかとも言われてます ( 筆写譜では、記譜された最初の 13 小節が抹消されている ) 。ときたま、BWV.541 もこの「失われたオリジナル版」で演奏されたりします。
音楽ついでに … もう終わったけれども、この番組もすばらしかった。ただたんに歌詞を翻訳するだけでなく、想像の翼を広げた日本語の歌詞まで生徒に作らせるところがいい。'True Colors' って名曲ですね ! 「音楽もまた人なり」、シンディ・ローパーさんはその芯の強さをわれわれに見せてくれましたね。それにしても … 'Honesty' だの 'We're all alone' だの、懐しいことこの上なし。
2). … というわけで、本日は米国の神話学者キャンベルの誕生日だったりします ( 1904 年ニューヨーク生まれ ) 。最近、なにかにつけてこの人の著作とか思想とか言及することが多いけれども、この前自室の掃除ついでにがさごそ漁ったら、だいぶ前に録画 ( いにしえの 3 倍モード !! ) した VHS テープがいくつか出てきて、ちょうど数冊ほど著作を読んだとこだし、懐かしさもあって見てみた。「神話の力」という TV 対談は 6 回シリーズですが、掘り出せたテープは初回も含めた 3 回分。きのうは初回の「英雄伝説」をひさしぶりに視聴したんですが … やはりその天性のストーリーテラーぶりには引きこまれてしまう。トカイを飲み飲み、「銀河を十何回か転がしていけばアンドロメダ銀河まで辿りつける」という発想のやわらかさがやたら印象に残っている、埴谷雄高の独白番組もおもしろかったけれど。訳者の飛田先生も書いていたけれども、この対談が成功しているのは相手役 ( いや、生徒役 ?? ) のジャーナリスト、ビル・モイヤーズによるところが大きいと思う。そういえばキャンベル神話学を映画化した ( らしい ) Finding Joe なる映画が昨年だったか、米国の一部地域で公開されていたみたいですが、「単館系」でどっかで上映してくれないかな ?
書籍版『神話の力』は、かつて NHK の「海外ドキュメンタリー」で放映されたときとは話の順序が細かいところでちがっていますが、その書籍版から、モイヤーズとの対談で印象に残った箇所を引いておきます ( いまさっき「ベスト・オヴ・クラシック」で聴いた、シューベルトの「グレート」は、最高 ! でした ) 。
―― モイヤーズ 私はどうやって私の内なる竜を倒せばいいのでしょう。私たちが各自しなければならない旅とは、先生がおっしゃる「魂の高い冒険」とは、どういうものでしょう。
―― キャンベル 私が一般論として学生たちに言うのは、「自分の至福を追求しなさい」ということです。自分にとっての無上の喜びを見つけ、恐れずそれについて行くことです。
―― モイヤーズ それは仕事ですか、それとも生活ですか。
―― キャンベル もしあなたのしている仕事が、好きで選んだ仕事ならば、それが至福です。しかし、あなたがある仕事をしたいのに「駄目だ、とてもできっこない」と思っているとしたら、それはあなたを閉じ込めている竜ですよ。…
―― モイヤーズ そう考えてくると、私たちはプロメテウスやイエスのような英雄と違って、世界を救う旅路ではなく、自分を救う旅に出かけるんですね。
―― キャンベル しかし、そうすることであなたは世界を救うことになります。いきいきとした人間が世界に生気を与える。これには疑う余地はありません。生気のない世界は荒れ野です。人々は、物事を動かしたり、制度を変えたり、指導者を選んだり、そういうことで世界を救えると考えている。ノー、違うんです ! 生きた世界ならば、どんな世界でもまっとうな世界です。必要なのは世界に生命をもたらすこと、そのためのただひとつの道は、自分自身にとっての生命のありかを見つけ、自分がいきいきと生きることです。
―― モイヤーズ 私が旅に出て、竜の居場所を見つけてそれをやっつけるとき、万事ひとりでやらなければならないのでしょうか。
―― キャンベル 手伝ってくれる人がいるなら、それはそれでいいのですが、やっぱり最後の仕事は自分でしなければなりません。心理学的には、竜は自分を自我に縛りつけているという事実そのものです。私たちは自分の竜という檻に囚われている。精神病医の課題は、その竜を破壊して、あなたがより広い諸関係の場へと出ていくことができるようにすることです。究極的には、竜はあなたの内面にいる。あなたを抑えつけているあなたの自我がそれなんです。
… ブータンの若き国王が福島の子どもたちに語った、あのドラゴンの話を彷彿とさせるくだりですな。
追記。いまさっきちょっと調べたら、なんともう国内上映公式サイトができていたりして … 。「なぜ、映画のタイトルはファインディング・ジョー」なの ? という質問がありましたが、それはこの拙ブログ関連記事を見ればわかる ( 笑 ) 。べつに回し者じゃないけれども、閉塞という名のドラゴンに閉じこめられている感があるこの国でこの手の作品を上映するのは、それなりに意義あることだと思う。
けさの「古楽の楽しみ」は、バッハだ ! なんでも今週はバッハ特集らしい。で、案内役の磯山先生はのっけからシュヴァイツァーの有名なことばを引用してました。「… かくのごとくバッハは一つの終局である。彼からは何ものも発しない。一切が彼のみを目ざして進んできた ( 白水社刊『バッハ 上巻』p.26 ) 」。でも、バッハの音楽はただ中世・ルネサンス・バロックといった「古い」時代の音楽の集大成、それでおしまい、なんてことはない。同時にその独創性ゆえに、のちの時代の音楽が発展する礎ともなっているのだ、とそんなようなことを言っていた ( まじめに聞き耳立てていなかったので、うろ覚えですが ) 。で、そんなバッハの「独創性」、つまりユニークさが典型的に現れている作品の好例として、オルガンのための「6 つのトリオソナタ ( BWV.525 - 530 ) 」が取り上げられてました。そのうちかかったのは最初の「ソナタ 変ホ長調」、2 番目の「ソナタ ハ短調」、3 番目の「ソナタ ニ短調」、そして最後の「ソナタ ト長調」から第 1 楽章と第 3 楽章。ただしこれだけリコーダーと通奏低音と右手担当のチェンバロという、演奏者の解釈による「原曲復元版」演奏でした。
以前にも書いたけれどもこの「6 つのトリオソナタ」、なんせオルガニストひとりに 2 つの声部と通奏低音からなる室内楽ソナタを弾け、って言うんだからそんなご無体な、的な超絶技巧練習曲集なのです。もっとも以前ここでも紹介した、オランダの十代のオルガニストのような天才的な奏者の手にかかってしまうと、聴いていてこれほど楽しい作品もそうはない、と思う。磯山先生も告白されていたが、ワタシもはじめてこれを聴いた中学生のときは、「ニ短調のトッカータとフーガ」とはまるで趣の異なる、侘び・寂よろしくなんとちんまりまとまってつかみどころなくさらさら、さらさら流れるだけの作品に巨大な ? がアタマに浮かんだものなんですが、チップス先生よろしく年とってくると(when you are getting on in years ... ) 、この作品の持つすばらしさに気づかされる。当方が持っているのはプレストンにコープマン盤、それとリヒターにヴァルヒャ盤ですが、けさ聴いたロレンツォ・ギエルミがミラノのアーレントオルガンを弾いた新録音も、またいい ! と思った。ストップの配合がなんとも微妙な陰影で、右手も左手も似たような音色なんですが ( 蛇足ながら、この作品はひとつの手鍵盤だけでは弾けない。「独立した二段手鍵盤と足鍵盤を持つオルガン」用とバッハみずから指定している ) 、混濁せずにくっきりと絡み合い、じゃれあう旋律線が耳に心地よく響いてくる。このアルバムも a must buy かな。
「6 つのトリオソナタ」は、バッハのオルガン作品としては珍しく自筆譜が残っている。長男フリーデマン・バッハの教育用だったから、当然のことながらフリーデマンによる筆写譜も伝えられている。で、これもまた以前書いたことですが、4 番目の「ソナタ ト長調 BWV.528」の終楽章は、オルガンのための「前奏曲とフーガ BWV.541 」の「初期稿」では前奏曲とフーガのあいだにはさまれるかたちで記譜されかけている筆写譜が伝えられていて、当初はこのかたちだったのではないかとも言われてます ( 筆写譜では、記譜された最初の 13 小節が抹消されている ) 。ときたま、BWV.541 もこの「失われたオリジナル版」で演奏されたりします。
音楽ついでに … もう終わったけれども、この番組もすばらしかった。ただたんに歌詞を翻訳するだけでなく、想像の翼を広げた日本語の歌詞まで生徒に作らせるところがいい。'True Colors' って名曲ですね ! 「音楽もまた人なり」、シンディ・ローパーさんはその芯の強さをわれわれに見せてくれましたね。それにしても … 'Honesty' だの 'We're all alone' だの、懐しいことこの上なし。
2). … というわけで、本日は米国の神話学者キャンベルの誕生日だったりします ( 1904 年ニューヨーク生まれ ) 。最近、なにかにつけてこの人の著作とか思想とか言及することが多いけれども、この前自室の掃除ついでにがさごそ漁ったら、だいぶ前に録画 ( いにしえの 3 倍モード !! ) した VHS テープがいくつか出てきて、ちょうど数冊ほど著作を読んだとこだし、懐かしさもあって見てみた。「神話の力」という TV 対談は 6 回シリーズですが、掘り出せたテープは初回も含めた 3 回分。きのうは初回の「英雄伝説」をひさしぶりに視聴したんですが … やはりその天性のストーリーテラーぶりには引きこまれてしまう。トカイを飲み飲み、「銀河を十何回か転がしていけばアンドロメダ銀河まで辿りつける」という発想のやわらかさがやたら印象に残っている、埴谷雄高の独白番組もおもしろかったけれど。訳者の飛田先生も書いていたけれども、この対談が成功しているのは相手役 ( いや、生徒役 ?? ) のジャーナリスト、ビル・モイヤーズによるところが大きいと思う。そういえばキャンベル神話学を映画化した ( らしい ) Finding Joe なる映画が昨年だったか、米国の一部地域で公開されていたみたいですが、「単館系」でどっかで上映してくれないかな ?
書籍版『神話の力』は、かつて NHK の「海外ドキュメンタリー」で放映されたときとは話の順序が細かいところでちがっていますが、その書籍版から、モイヤーズとの対談で印象に残った箇所を引いておきます ( いまさっき「ベスト・オヴ・クラシック」で聴いた、シューベルトの「グレート」は、最高 ! でした ) 。
―― モイヤーズ 私はどうやって私の内なる竜を倒せばいいのでしょう。私たちが各自しなければならない旅とは、先生がおっしゃる「魂の高い冒険」とは、どういうものでしょう。
―― キャンベル 私が一般論として学生たちに言うのは、「自分の至福を追求しなさい」ということです。自分にとっての無上の喜びを見つけ、恐れずそれについて行くことです。
―― モイヤーズ それは仕事ですか、それとも生活ですか。
―― キャンベル もしあなたのしている仕事が、好きで選んだ仕事ならば、それが至福です。しかし、あなたがある仕事をしたいのに「駄目だ、とてもできっこない」と思っているとしたら、それはあなたを閉じ込めている竜ですよ。…
―― モイヤーズ そう考えてくると、私たちはプロメテウスやイエスのような英雄と違って、世界を救う旅路ではなく、自分を救う旅に出かけるんですね。
―― キャンベル しかし、そうすることであなたは世界を救うことになります。いきいきとした人間が世界に生気を与える。これには疑う余地はありません。生気のない世界は荒れ野です。人々は、物事を動かしたり、制度を変えたり、指導者を選んだり、そういうことで世界を救えると考えている。ノー、違うんです ! 生きた世界ならば、どんな世界でもまっとうな世界です。必要なのは世界に生命をもたらすこと、そのためのただひとつの道は、自分自身にとっての生命のありかを見つけ、自分がいきいきと生きることです。
―― モイヤーズ 私が旅に出て、竜の居場所を見つけてそれをやっつけるとき、万事ひとりでやらなければならないのでしょうか。
―― キャンベル 手伝ってくれる人がいるなら、それはそれでいいのですが、やっぱり最後の仕事は自分でしなければなりません。心理学的には、竜は自分を自我に縛りつけているという事実そのものです。私たちは自分の竜という檻に囚われている。精神病医の課題は、その竜を破壊して、あなたがより広い諸関係の場へと出ていくことができるようにすることです。究極的には、竜はあなたの内面にいる。あなたを抑えつけているあなたの自我がそれなんです。
… ブータンの若き国王が福島の子どもたちに語った、あのドラゴンの話を彷彿とさせるくだりですな。
追記。いまさっきちょっと調べたら、なんともう国内上映公式サイトができていたりして … 。「なぜ、映画のタイトルはファインディング・ジョー」なの ? という質問がありましたが、それはこの拙ブログ関連記事を見ればわかる ( 笑 ) 。べつに回し者じゃないけれども、閉塞という名のドラゴンに閉じこめられている感があるこの国でこの手の作品を上映するのは、それなりに意義あることだと思う。
2012年03月10日
Missa in Angustiis
'Kyrie eleison!' 「主よ、憐れみたまえ ! 」。
「ミサ通常文」テキストは、このギリシャ語で開始されます ( なんでここだけギリシャ語のラテン語読みなのか、についてはよく知りませんが。原語表記では 'Κύριε ἐλέησον.' ) 。ギヨーム・ド・マショー以来、このテキストにはいろんな作曲家が曲をつけてきました … 高校国語の教科書に、精神科医だった神谷美恵子女史の「なぐさめのことば」というエッセイが載っていて、出だしがいきなりこのギリシャ語、しかもバッハの「ロ短調ミサ」の言及ではじまっていたことも思い出す。
先週末、こちらの演奏会に行ってきました。… しばらくのあいだこの手の演奏を聴きに行く機会がなかったもので、楽しみにしていました。プログラムはヨーゼフ・ハイドンの通称「ネルソン・ミサ Hob.XXII-11 」と呼ばれる 'Missa in Angustiis' 、「不安な時代のミサ」という、なんとも意味深長なタイトルの作品と「テ・デウム」、そしてW.A.モーツァルトの器楽作品「教会ソナタ」が4 つ ( KV, 244, 67, 69, 336 ) でした。
鎌倉のカトリック雪ノ下教会を本拠地とするこの少年合唱団および男声合唱団については、だいぶ前にも書いたから繰り返しませんが、もうすぐ 5 回目の欧州演奏旅行に出発するとのことで、今回はそのプレ公演。演奏旅行先は前回とおなじくポルトガルとスペインが中心らしいですが、400 年以上も前の「天正遣欧少年使節」ゆかりの地を巡る、というのはなんとすばらしいことだろう、と思う。
今回のプログラムは「不安な時代のミサ」と「朝課」で歌われる「テ・デウム ( 汝、神を ) 」といったハイドンの宗教声楽作品がメイン。しかし浅学のわが身は寡聞にして前者は聴いたことなし。「名曲のたのしみ」でかかったことあったかな ? とアタマをひねったりしつつも、いまにも泣き出しそうな、いや雪でも降りそうな寒空の下、「カトリック大船教会」とか大船小学校裏とか、前回とは反対の南側のルートを通って会場へ。「大船市場」なんてのがあるんだ、新鮮な野菜がいっぱい、人もいっぱい。
冒頭には近現代イタリアの作曲家ロレンツォ・ペロージという人の男声合唱のための「三声のミサ」という作品が弦楽合奏つきで演奏されました。男声合唱団のほうは OB で構成されているらしいんですが、グロリアの変声した子もちらほら混ざってました。でもその一糸乱れぬあたたかいハーモニーに、まず心動かされました。つづいてモーツァルトの4 つの教会ソナタが演奏されまして、こちらはまたもやうれしいことにチェンバーオルガンも加わってまして、とくにオルガンの速いパッセージが活躍する楽曲はすばらしかった。「テ・デウム」というのは真夜中の日課である「朝課」のおしまいに歌われる散文の賛歌で、アングリカンではおもに午前の祈り ( Mattins ) において「詩編 100 番 ( 'Jubilate' ) 」とともに歌われることが多い。プログラムを見てはじめて知ったけれども、作詞者はあのミラノ司教聖アンブロジウスで、「愛弟子の一人に洗礼を授けるために即興で」作ったんだとか。One is never too old to learn!
この「テ・デウム」と「ネルソン・ミサ」、率直に申しあげて名演! でした。プログラム冒頭の 三声のミサといい、なんというか、たいへんな集中力を感じました … とりわけ出だしのフーガ風につづく「キリエ・エレイソン ! 」には。大人の独唱者やコーラスを支える室内オケ ( とオルガン ) の演奏もそうなんですが、年少さんから年長の団員、そして男声合唱にいたるまで、まったく破綻のない、ハイドンの音楽と渾然一体となったかのような、演奏という介在をいっさい感じさせない演奏でした。少年合唱も文句なしです。ひさしぶりにこの手の生演奏を聴いたせいか、ちょっと鳥肌ものでした。「ネルソン・ミサ」後半の、たぶん「ベネディクトゥス」あたりだったと思うが、たたみかけるようなフーガ風合唱など、じつに感動的でした。
ここですこし脱線だが … 演奏中、ハイドン作品に聴き入っているとき、ふと聖アウグスティヌスや聖ヨハネス・クリュソストモスの語ったとされることばを思い出していた。『告白録』だったか、アウグスティヌスは「歌詞そのものより、その歌の旋律に心動かされるとき、わたしは重大な罪を犯したと告白する」と言い、クリュソストモスのほうは「かくして悪魔はこっそりと町に入り火をつける、ありとあらゆる悪意に満ちた歌でいっぱいの、堕落した音楽によって ! 」と、もっと過激なことを言っている。これらの発言を見ますと、キリスト教と音楽って切っても切れない間柄、と思ったら初期教会時代はそうでもなくて、むしろ敵視されていたような空気さえあったらしい。でもそれが中世に入ると、単調な単旋聖歌ばかりだった教会音楽に、阿部謹也氏ふうに言えば「俗謡の侵入」によって、ノートルダム楽派をはじめとする初期多声音楽の華が開き … というふうに展開し、オルガンや金管楽器が加わり … フランドル楽派やヴェネツィア楽派が花開き、北と南の流派がまるで川が海に流れこむかのごとくバッハへと流れこむ、ととりとめなく思っていた。音楽を敵視した教父たちの気持ちはわからないでもない。音楽にはたしかに気分を高揚させるという点で、ちょっと危なっかしい魔力がある ( 中世の遍歴楽師は「悪魔の使い」扱いだった ) 。マンロウとかのゴシック期の音楽、とくに「俗謡」のたぐいの音源を聴いてみればびっくりするくらいアップテンポな、これほんとに中世西ヨーロッパの音楽なの ? と疑いたくなるくらいモダンな音楽だったりする。でも教会側はけっきょく、「愚者の祭り」同様、こうした世俗の音楽の力には抗いきれず、うまく懐柔して日々の典礼に取りこんでしまう道を選ぶ。かくしてわれわれはいま、こうしてすばらしい音楽遺産の数々を、「生きた」演奏として享受することができる。やっぱり音楽ってすばらしい。人の歌声ってすばらしい。「人はパンのみに生きるにあらず」、その「精神の糧」がなんであれ、人はやはりこういうものがないと前には進めないものだ、という思いをあらためて強くしたしだい。歌詞の意味は、もちろん知っているほうがいいとは思うが、そんなにこだわらなくてもいいと思う。奏でられる音楽というのは、ことばの境界線をあっさり越えて、聴く者の心に「じかに」響くものなのだから。そこが音楽の力のすばらしいところ。
… 最後になりましたが、演奏旅行のご成功を祈願して。
「ミサ通常文」テキストは、このギリシャ語で開始されます ( なんでここだけギリシャ語のラテン語読みなのか、についてはよく知りませんが。原語表記では 'Κύριε ἐλέησον.' ) 。ギヨーム・ド・マショー以来、このテキストにはいろんな作曲家が曲をつけてきました … 高校国語の教科書に、精神科医だった神谷美恵子女史の「なぐさめのことば」というエッセイが載っていて、出だしがいきなりこのギリシャ語、しかもバッハの「ロ短調ミサ」の言及ではじまっていたことも思い出す。
先週末、こちらの演奏会に行ってきました。… しばらくのあいだこの手の演奏を聴きに行く機会がなかったもので、楽しみにしていました。プログラムはヨーゼフ・ハイドンの通称「ネルソン・ミサ Hob.XXII-11 」と呼ばれる 'Missa in Angustiis' 、「不安な時代のミサ」という、なんとも意味深長なタイトルの作品と「テ・デウム」、そしてW.A.モーツァルトの器楽作品「教会ソナタ」が4 つ ( KV, 244, 67, 69, 336 ) でした。
鎌倉のカトリック雪ノ下教会を本拠地とするこの少年合唱団および男声合唱団については、だいぶ前にも書いたから繰り返しませんが、もうすぐ 5 回目の欧州演奏旅行に出発するとのことで、今回はそのプレ公演。演奏旅行先は前回とおなじくポルトガルとスペインが中心らしいですが、400 年以上も前の「天正遣欧少年使節」ゆかりの地を巡る、というのはなんとすばらしいことだろう、と思う。
今回のプログラムは「不安な時代のミサ」と「朝課」で歌われる「テ・デウム ( 汝、神を ) 」といったハイドンの宗教声楽作品がメイン。しかし浅学のわが身は寡聞にして前者は聴いたことなし。「名曲のたのしみ」でかかったことあったかな ? とアタマをひねったりしつつも、いまにも泣き出しそうな、いや雪でも降りそうな寒空の下、「カトリック大船教会」とか大船小学校裏とか、前回とは反対の南側のルートを通って会場へ。「大船市場」なんてのがあるんだ、新鮮な野菜がいっぱい、人もいっぱい。
冒頭には近現代イタリアの作曲家ロレンツォ・ペロージという人の男声合唱のための「三声のミサ」という作品が弦楽合奏つきで演奏されました。男声合唱団のほうは OB で構成されているらしいんですが、グロリアの変声した子もちらほら混ざってました。でもその一糸乱れぬあたたかいハーモニーに、まず心動かされました。つづいてモーツァルトの4 つの教会ソナタが演奏されまして、こちらはまたもやうれしいことにチェンバーオルガンも加わってまして、とくにオルガンの速いパッセージが活躍する楽曲はすばらしかった。「テ・デウム」というのは真夜中の日課である「朝課」のおしまいに歌われる散文の賛歌で、アングリカンではおもに午前の祈り ( Mattins ) において「詩編 100 番 ( 'Jubilate' ) 」とともに歌われることが多い。プログラムを見てはじめて知ったけれども、作詞者はあのミラノ司教聖アンブロジウスで、「愛弟子の一人に洗礼を授けるために即興で」作ったんだとか。One is never too old to learn!
この「テ・デウム」と「ネルソン・ミサ」、率直に申しあげて名演! でした。プログラム冒頭の 三声のミサといい、なんというか、たいへんな集中力を感じました … とりわけ出だしのフーガ風につづく「キリエ・エレイソン ! 」には。大人の独唱者やコーラスを支える室内オケ ( とオルガン ) の演奏もそうなんですが、年少さんから年長の団員、そして男声合唱にいたるまで、まったく破綻のない、ハイドンの音楽と渾然一体となったかのような、演奏という介在をいっさい感じさせない演奏でした。少年合唱も文句なしです。ひさしぶりにこの手の生演奏を聴いたせいか、ちょっと鳥肌ものでした。「ネルソン・ミサ」後半の、たぶん「ベネディクトゥス」あたりだったと思うが、たたみかけるようなフーガ風合唱など、じつに感動的でした。
ここですこし脱線だが … 演奏中、ハイドン作品に聴き入っているとき、ふと聖アウグスティヌスや聖ヨハネス・クリュソストモスの語ったとされることばを思い出していた。『告白録』だったか、アウグスティヌスは「歌詞そのものより、その歌の旋律に心動かされるとき、わたしは重大な罪を犯したと告白する」と言い、クリュソストモスのほうは「かくして悪魔はこっそりと町に入り火をつける、ありとあらゆる悪意に満ちた歌でいっぱいの、堕落した音楽によって ! 」と、もっと過激なことを言っている。これらの発言を見ますと、キリスト教と音楽って切っても切れない間柄、と思ったら初期教会時代はそうでもなくて、むしろ敵視されていたような空気さえあったらしい。でもそれが中世に入ると、単調な単旋聖歌ばかりだった教会音楽に、阿部謹也氏ふうに言えば「俗謡の侵入」によって、ノートルダム楽派をはじめとする初期多声音楽の華が開き … というふうに展開し、オルガンや金管楽器が加わり … フランドル楽派やヴェネツィア楽派が花開き、北と南の流派がまるで川が海に流れこむかのごとくバッハへと流れこむ、ととりとめなく思っていた。音楽を敵視した教父たちの気持ちはわからないでもない。音楽にはたしかに気分を高揚させるという点で、ちょっと危なっかしい魔力がある ( 中世の遍歴楽師は「悪魔の使い」扱いだった ) 。マンロウとかのゴシック期の音楽、とくに「俗謡」のたぐいの音源を聴いてみればびっくりするくらいアップテンポな、これほんとに中世西ヨーロッパの音楽なの ? と疑いたくなるくらいモダンな音楽だったりする。でも教会側はけっきょく、「愚者の祭り」同様、こうした世俗の音楽の力には抗いきれず、うまく懐柔して日々の典礼に取りこんでしまう道を選ぶ。かくしてわれわれはいま、こうしてすばらしい音楽遺産の数々を、「生きた」演奏として享受することができる。やっぱり音楽ってすばらしい。人の歌声ってすばらしい。「人はパンのみに生きるにあらず」、その「精神の糧」がなんであれ、人はやはりこういうものがないと前には進めないものだ、という思いをあらためて強くしたしだい。歌詞の意味は、もちろん知っているほうがいいとは思うが、そんなにこだわらなくてもいいと思う。奏でられる音楽というのは、ことばの境界線をあっさり越えて、聴く者の心に「じかに」響くものなのだから。そこが音楽の力のすばらしいところ。
… 最後になりましたが、演奏旅行のご成功を祈願して。
タグ:グロリア少年合唱団
2011年12月30日
ありがとう、マエストロ!!
先日、ひだまりさんのブログを見てびっくりした。あのレオンハルト大人 ( 「たいじん」です … ) がついに引退を表明したとのこと。
あるていど、覚悟していたこととはいえ、「Alas! これで巨匠の演奏に直接触れる機会はもう永久にないのだ」とひとりごちた。
レオンハルトの実演にはじめて触れたのは1996年3月、芸劇の「回転オルガン」を使用してのリサイタルでした。もっともアラウホとかフローベルガーとか、バッハ以前の作品ばかりだったので、「ルネサンス・バロックオルガン」面のみでしたが ( バッハ作品もたしかアンコールで演奏してくれたように思う ) 。意外と ( ? ) 若々しいエネルギッシュな演奏だった、というのが第一印象でした。
2 回目は、2004月6月で、静岡音楽館AOI でのチェンバロリサイタル。アンコールは、自身の編曲によるバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ BWV.1006 」から有名な「ガヴォット」でした。これ、最初の実演のときに買った「山野楽器特別企画」 CD にも収録されているもので、自分はとくにこの音源が気に入っていたので、なんて粋な計らいと大喜びで聴き入っていたのを思い出します。
3 回目は、今年の5月29日に聴いた、明治学院チャペルのすばらしいオルガンによるリサイタル。
今回の引退表明、どうも出所はこの仏語サイトらしいが … レオンハルト先生は、循環器系のご病気を抱えているらしい。最後のリサイタルになった12日のパリ公演ではアンコールにもこたえず、すぐに会場を引き上げたようで、その翌日、突然の引退表明ということになったみたいです。
言わずもがなだけれども、こんにちの古楽演奏の隆盛はレオンハルトなくしては考えられない。レオンハルトのお弟子さんもまたたくさんいて、ピエール・アンタイとかトン・コープマンとか錚々たる面々がいる。そしてわが静岡県東部にもその流れをくむおひとりがおります。オランダ留学中にコープマンに師事したチェンバロ / 通奏低音奏者の杉山佳代先生です。またレオンハルトというとバッハ好き、少年合唱好きにとって忘れられないのがアーノンクールとともに録音した「カンタータ全集」、「クリスマス・オラトリオ」や「マタイ受難曲」など、一連のバッハ声楽作品関連の偉大な仕事です。
マエストロ、いままでわれわれ古楽好きにすばらしい演奏とすばらしい音源をたくさん残してくれてほんとうにありがとうございます! ささやかながら、この場を借りて心からの感謝を捧げたいと思います。
あるていど、覚悟していたこととはいえ、「Alas! これで巨匠の演奏に直接触れる機会はもう永久にないのだ」とひとりごちた。
レオンハルトの実演にはじめて触れたのは1996年3月、芸劇の「回転オルガン」を使用してのリサイタルでした。もっともアラウホとかフローベルガーとか、バッハ以前の作品ばかりだったので、「ルネサンス・バロックオルガン」面のみでしたが ( バッハ作品もたしかアンコールで演奏してくれたように思う ) 。意外と ( ? ) 若々しいエネルギッシュな演奏だった、というのが第一印象でした。
2 回目は、2004月6月で、静岡音楽館AOI でのチェンバロリサイタル。アンコールは、自身の編曲によるバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ BWV.1006 」から有名な「ガヴォット」でした。これ、最初の実演のときに買った「山野楽器特別企画」 CD にも収録されているもので、自分はとくにこの音源が気に入っていたので、なんて粋な計らいと大喜びで聴き入っていたのを思い出します。
3 回目は、今年の5月29日に聴いた、明治学院チャペルのすばらしいオルガンによるリサイタル。
今回の引退表明、どうも出所はこの仏語サイトらしいが … レオンハルト先生は、循環器系のご病気を抱えているらしい。最後のリサイタルになった12日のパリ公演ではアンコールにもこたえず、すぐに会場を引き上げたようで、その翌日、突然の引退表明ということになったみたいです。
言わずもがなだけれども、こんにちの古楽演奏の隆盛はレオンハルトなくしては考えられない。レオンハルトのお弟子さんもまたたくさんいて、ピエール・アンタイとかトン・コープマンとか錚々たる面々がいる。そしてわが静岡県東部にもその流れをくむおひとりがおります。オランダ留学中にコープマンに師事したチェンバロ / 通奏低音奏者の杉山佳代先生です。またレオンハルトというとバッハ好き、少年合唱好きにとって忘れられないのがアーノンクールとともに録音した「カンタータ全集」、「クリスマス・オラトリオ」や「マタイ受難曲」など、一連のバッハ声楽作品関連の偉大な仕事です。
マエストロ、いままでわれわれ古楽好きにすばらしい演奏とすばらしい音源をたくさん残してくれてほんとうにありがとうございます! ささやかながら、この場を借りて心からの感謝を捧げたいと思います。
2011年12月25日
「クリスマス・オラトリオ」
今年のクリスマスシーズンは、夜の街を彩るイルミネーションも心なしか控えめに見えます。冬の節電 … もあるとは思いますが。
昨晩は遅くまでクリスマスカードならぬメール送信しまくっていて、平行してこの時期恒例の NORAD のサンタ追跡 … ではなくて、BBC Radio4 サイト経由でキングズカレッジ聖歌隊による「9つの朗読とキャロルの祭典」に耳を傾けてました。'Once in royal David's city' 、今年のソリストくんは、声の成熟度が高いというか、変声直前の子かしら、と感じた。「創世記」のアダムとイヴの堕落と楽園追放のくだり、いつもいつも思うんだけれども、あれを頭の先からぬけるような一点の曇りもないボーイソプラノの声で朗読されちゃうと、内容とのすごい落差を感じてしまいますね ( 苦笑 ) 。
今年は「木枯らしの風吠えたけり」さながら、強い西風が吹き荒れるクリスマスを迎えました … メール書きも一段落して、いまはバッハの「クリスマス・オラトリオ BWV.248」を聴いているところです。
この作品、1月6日のエピファニーまでの降誕節の礼拝用に書かれた一連のカンタータをひっくるめてこう呼ばれています。なので出だしの合唱曲はもちろん25日のクリスマス礼拝用、第 2 部の出だしの曲は 26日の礼拝用 … と順を追って演奏されるのが本来の姿。でもただ聴いて楽しむぶんにはべつにそんなこと気にしなくてもいい。好きな曲だけ聴いてもよし、全曲いっきに聴くもよし。
だいぶ前に買った「聖なる歌声 / ボーイソプラノ・バッハ」というアルバムがありまして、これにも「クリスマス・オラトリオ」から 2曲、収録されてます。個人的には元日礼拝用の第 4 部の4 番目の「エコー・アリア」が好き。小学館の『バッハ全集』ではモンテヴェルディ合唱団が歌ってますが、前述のディスクでは往年のウィーン少 ( WSK ) メンバーがソロを歌ってます。なんといってもあの 'Ja - ja!' ―― 'Ja - ja!' という掛け合いのエコーが絶品。こういう作品こそ、ボーイソプラノがふさわしい ( と思う ) 。
そんな「クリスマス・オラトリオ」、今月の「名曲アルバム」にも登場してますね。さっそく見たんですが、礼拝で演奏中の聖トーマス教会聖歌隊のめんめんも映像に写ってました。ドレスデン聖十字架聖歌隊と比較されることも多いバッハゆかりの聖歌隊、今度こそ生を聴いてみたいものです。
… そういえば先日、体調を崩して家で寝ながら聴いていた「ミュージックプラザ 年忘れリクエスト・スペシャル」。「ハッピー・クリスマス」、'That's an Irish Lullaby' 、「1 歳から 92 歳の子どもまで … 」という歌詞がとても印象的な「クリスマス・ソング」、そしてニニ・ロッソの「夜空のトランペット」!! 今年は精神的にやや difficult な年だっただけに、なんだかわからんが聴いているうちに泣けてきましたね ( 今年もビリー・ギルマンのクリスマスアルバムはじめ、手許の音源を片っ端から聴いたりした ) 。
クリスマスシーズンなので、もちろん「サンタが街にやってくる」もかかりました ( Santa Claus は米語の言い方。英国では Father Christmas という。仏語では le Père Noël ) 。'He's making a ... ' は、いつだったかクイズのお題に出しましたね。ま、いまは Web というツールがあるので、調べ物はそれこそあっという間、歩きながらだってできてしまうのでしょうけれども ( 注:「歩きスマホ」はご法度。落下がこわいので、携帯するときはいつもカバンの中に入れている自分 ) 。
サンタつながりでは、この前なにげなく若い俳優さんのツイートを見てたらこんなこと書いてありました。
「子供の頃にサンタさんに『ゲームが欲しい! 』という手紙を書いて寝たところ、夜中、おじいちゃんが必死になってお店を探し回り、朝方枕元にそっと置いてく姿を見た時には、涙で視界が眩んだ事を思い出しました」
それでいいんじゃないかな。
けさ、佐渡さんのこの番組も見ましたが … 考えてみれば今年ほど、「楽聖」ベートーヴェンのこの畢生の大交響曲を数多く聴いた年もなかったような気がする ―― それもただ漫然と、ではなくて、必死に、すがるような思いで。そして聴けば聴くほど奥が深い。3 楽章まで、えんえんと連ねてきた調べをアンチテーゼ - ジンテーゼよろしく、「おお友よ、このような調べではなく もっと心地よい もっと歓喜に満ち溢れる歌を歌おうではないか ! 」Yes ! Man alive !!
でもどうでもいいけどなぜクリスマス当日に「ハードロック・ヘビメタ三昧」かなあ … 。
最後に私的なことで恐縮ながら … 遠くに住む親戚の子たちにすこし早い「お年玉」をその子たちのおじいさん宅に託したら、けさ、当の子どもたちからいきなり電話がかかってきてビックリした。たどたどしい声だったので、てっきりまちがい電話 ? とカンちがいしたり。こういうときにさっと頭の切り替えができなくて、「楽しい冬休み過ごしてね ! 」とかすこしは気のきいたことばでもかけてあげられればよかったのに … と思ったけれども、思いがけない声のプレゼントをいただきました。
今宵もキングズカレッジの「9 つの朗読と … 」が再放送されるので、興味ある方は本場のクリスマスキャロル・サーヴィスを堪能されるとよいでしょう。たぶん 23 時くらいからはじまると思います ( Desire には「世界時計」ウィジェットというのがあって、いつも「静岡県」と「ケンブリッジ」の現在時刻を表示させて確認に使ってます ) 。それでは、平穏なクリスマスと年の瀬を。
昨晩は遅くまでクリスマスカードならぬメール送信しまくっていて、平行してこの時期恒例の NORAD のサンタ追跡 … ではなくて、BBC Radio4 サイト経由でキングズカレッジ聖歌隊による「9つの朗読とキャロルの祭典」に耳を傾けてました。'Once in royal David's city' 、今年のソリストくんは、声の成熟度が高いというか、変声直前の子かしら、と感じた。「創世記」のアダムとイヴの堕落と楽園追放のくだり、いつもいつも思うんだけれども、あれを頭の先からぬけるような一点の曇りもないボーイソプラノの声で朗読されちゃうと、内容とのすごい落差を感じてしまいますね ( 苦笑 ) 。
今年は「木枯らしの風吠えたけり」さながら、強い西風が吹き荒れるクリスマスを迎えました … メール書きも一段落して、いまはバッハの「クリスマス・オラトリオ BWV.248」を聴いているところです。
この作品、1月6日のエピファニーまでの降誕節の礼拝用に書かれた一連のカンタータをひっくるめてこう呼ばれています。なので出だしの合唱曲はもちろん25日のクリスマス礼拝用、第 2 部の出だしの曲は 26日の礼拝用 … と順を追って演奏されるのが本来の姿。でもただ聴いて楽しむぶんにはべつにそんなこと気にしなくてもいい。好きな曲だけ聴いてもよし、全曲いっきに聴くもよし。
だいぶ前に買った「聖なる歌声 / ボーイソプラノ・バッハ」というアルバムがありまして、これにも「クリスマス・オラトリオ」から 2曲、収録されてます。個人的には元日礼拝用の第 4 部の4 番目の「エコー・アリア」が好き。小学館の『バッハ全集』ではモンテヴェルディ合唱団が歌ってますが、前述のディスクでは往年のウィーン少 ( WSK ) メンバーがソロを歌ってます。なんといってもあの 'Ja - ja!' ―― 'Ja - ja!' という掛け合いのエコーが絶品。こういう作品こそ、ボーイソプラノがふさわしい ( と思う ) 。
そんな「クリスマス・オラトリオ」、今月の「名曲アルバム」にも登場してますね。さっそく見たんですが、礼拝で演奏中の聖トーマス教会聖歌隊のめんめんも映像に写ってました。ドレスデン聖十字架聖歌隊と比較されることも多いバッハゆかりの聖歌隊、今度こそ生を聴いてみたいものです。
… そういえば先日、体調を崩して家で寝ながら聴いていた「ミュージックプラザ 年忘れリクエスト・スペシャル」。「ハッピー・クリスマス」、'That's an Irish Lullaby' 、「1 歳から 92 歳の子どもまで … 」という歌詞がとても印象的な「クリスマス・ソング」、そしてニニ・ロッソの「夜空のトランペット」!! 今年は精神的にやや difficult な年だっただけに、なんだかわからんが聴いているうちに泣けてきましたね ( 今年もビリー・ギルマンのクリスマスアルバムはじめ、手許の音源を片っ端から聴いたりした ) 。
クリスマスシーズンなので、もちろん「サンタが街にやってくる」もかかりました ( Santa Claus は米語の言い方。英国では Father Christmas という。仏語では le Père Noël ) 。'He's making a ... ' は、いつだったかクイズのお題に出しましたね。ま、いまは Web というツールがあるので、調べ物はそれこそあっという間、歩きながらだってできてしまうのでしょうけれども ( 注:「歩きスマホ」はご法度。落下がこわいので、携帯するときはいつもカバンの中に入れている自分 ) 。
サンタつながりでは、この前なにげなく若い俳優さんのツイートを見てたらこんなこと書いてありました。
「子供の頃にサンタさんに『ゲームが欲しい! 』という手紙を書いて寝たところ、夜中、おじいちゃんが必死になってお店を探し回り、朝方枕元にそっと置いてく姿を見た時には、涙で視界が眩んだ事を思い出しました」
それでいいんじゃないかな。
けさ、佐渡さんのこの番組も見ましたが … 考えてみれば今年ほど、「楽聖」ベートーヴェンのこの畢生の大交響曲を数多く聴いた年もなかったような気がする ―― それもただ漫然と、ではなくて、必死に、すがるような思いで。そして聴けば聴くほど奥が深い。3 楽章まで、えんえんと連ねてきた調べをアンチテーゼ - ジンテーゼよろしく、「おお友よ、このような調べではなく もっと心地よい もっと歓喜に満ち溢れる歌を歌おうではないか ! 」Yes ! Man alive !!
でもどうでもいいけどなぜクリスマス当日に「ハードロック・ヘビメタ三昧」かなあ … 。
最後に私的なことで恐縮ながら … 遠くに住む親戚の子たちにすこし早い「お年玉」をその子たちのおじいさん宅に託したら、けさ、当の子どもたちからいきなり電話がかかってきてビックリした。たどたどしい声だったので、てっきりまちがい電話 ? とカンちがいしたり。こういうときにさっと頭の切り替えができなくて、「楽しい冬休み過ごしてね ! 」とかすこしは気のきいたことばでもかけてあげられればよかったのに … と思ったけれども、思いがけない声のプレゼントをいただきました。
今宵もキングズカレッジの「9 つの朗読と … 」が再放送されるので、興味ある方は本場のクリスマスキャロル・サーヴィスを堪能されるとよいでしょう。たぶん 23 時くらいからはじまると思います ( Desire には「世界時計」ウィジェットというのがあって、いつも「静岡県」と「ケンブリッジ」の現在時刻を表示させて確認に使ってます ) 。それでは、平穏なクリスマスと年の瀬を。
2011年10月30日
The Art of the Chorister
まずはじめに … 自然現象だからどうしようもないとはいえ、どうして今年はこんなにも大きな地震が頻発するのだろうか … こんどはトルコ東部で M 7.2 の直下型震災。100時間ぶりに救出された若い人の話とか聞くとほっとする反面、あの潰れた建物の中にいったいどれくらいの人が生き埋めにされたのだろうと思うと、悲しい。トルコは古くから親日国として知られていますが、東海地震( こんどは 3連動かもしれないが … ) 震源の真上の静岡県は、どういうわけか (?) とくに義援金とかの募集は行なっていないらしい。というわけで、いちおう義援金を受け付けているサイトへリンクしておきます。自分の契約しているキャリアも義援金受け付けをしているみたいです。
本題。最近、ひょんなことからニューカレッジのこのアルバムをようやっと入手できました。さっそく聴いてみたら、買って大正解! 名伯楽ヒギンボトム先生がひとりひとりのコリスター( choristers, アングリカンにおける少年聖歌隊員の呼称 ) の個性をぞんぶんに引き出した、すばらしい録音でした。
ヒギンボトム先生 … についてはこちらの過去記事をご覧いただくとして、そのときどきの指導法は変化しつつも、先生直筆のライナーの解説を見ても、基本的なポリシーはやはり「ひとりひとりの個性重視」で終始一貫しているようです。以下、ライナーの要約。↓
「… このアルバムには 2005−06 年のニューカレッジ少年聖歌隊員の歌声が収められている。ひとり声変わりの早い子がいて、総勢 16 名のうち 15 名が録音に参加した。声変わりを迎える少年の声を訓練するのはむだなのではないかと考える向きもいるかもしれないが、事実はその逆で、少年たちに合唱の手ほどきをするのは最高にやりがいのある仕事だ。オケやプレミアリーグの場合とちがい、数年の訓練で一人前の歌手としてりっぱに通用するし、毎日のように『夕べの祈り』に参加しているから、経験も豊富。また、500 年にわたって蓄積された数百ものレパートリーをコンサート水準で演奏してきた 13 歳の少年音楽家というのは、ほかの分野ではまず見当たらない。 … 彼らにはおのずからたしかな鑑識眼が養われ、バッハやモーツァルトといった音楽をすすんで歌うようになる。こちらでお膳立てする必要もない。ただしこのような音楽をものにするには、ただたんに " 正確に " 歌えればよいというものではない。歌唱技術と、音楽にたいする鋭敏な感覚が必要だ。これにはひとりひとりアプローチが異なる。そしてまさにこの点が重要な点だ。彼らはひとつの集団として歌っているように見えるが、彼らはそれぞれがソリストとして歌っている。すでにソリストとして自立しているコリスターもいるし、年少隊員たちは彼らのようになりたいと精進する。彼らにはよどみなく初見演奏できることが求められる。こうした技術も、毎週すくなくとも 10 の異なる作品を絶え間なく歌うことで自然と身につく。コリスターは操り人形ではない。彼らは自分たちでどうすべきかを知っているし、また的確に処理できる必要がある。ときには勢いあまることもあるが、結果はつねに刺激的だ。『技術が自由を与える』とは彼らの訓練においてはまことに言い得て妙だ。彼らの訓練を通じていつもびっくりさせられるのは、われわれ大人が活を入れられ、成功するすべを彼らから学べることだ。われわれは子どもたちのこのような能力開発を怠ってはいけない。コリスターたちを訓練してきた経験から言えることは、子どもたちの教育にはかりしれない効果がある、ということ。右脳型とか左脳型とかに偏らず、子どもたちには美しいものに触れてもらう。その過程で規律と責任が身につき、そして健康状態も良好に保たれる。子どもたちにこれらすべてを与えないほうががわたしには考えられない … 」
コリスターの個性重視のヒギンボトム先生とあって、収録作品は一、二名のソリストもしくは 3−4人とパートごとに組んだものがほとんどで、「みんなでコーラス」というのはあまり入ってません。個人的にお気に入りなのが、タリスの「わたしは天からの声を聞いた」というレスポンソリウムと、バッハのカンタータ「われは満ち足れり BWV. 82 」のバスのアリア、「まどろめ、疲れた目よ」。ただし歌われているのは「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帖」に書かれている稿で、10 度上のト長調に移調したヴァージョンらしい。タリスの曲は、ヒギンボトム先生の解説によると中世、「セイラム ( ソールズベリ ) 式典礼」の「朱書き ( rubrica ) 」に、少年聖歌隊員の一団は主祭壇に上がってこの聖歌を詠唱するよう指示書きしてあったんだとか。それをタリスは4声のそれぞれのパートに割り当てて対位法書法で作曲したということのようです。またヘンリー 8 世は「諸聖人の日」の前日つまり「ハロウィーン」の日に( おっと、31 日がその日ですよね! 今日は比較神話学者キャンベルの 24 回目の命日 ) 、居室にて、王立礼拝堂 ( くどい! と思われるかもしれませんが、これは特定の場所を指す呼称ではないです、念のため ) の少年聖歌隊員に歌わせたなんて話も紹介されてます。
モーツァルトの有名な「聴聞僧のおごそかな夕べの祈り K. 339 」から「主を讃えよ」も天上の声のごとき清純なボートソプラノの独唱とコーラスで収録されてますが、「アヴェ・マリア」というのは寡聞にして知らなかった。こういう作品だったんだ。また、ペルゴレージの「スターバト・マーテル」からも有名な曲がふたつ収録されてます。こちらに関して言えば、フランスのヌイイ市にある、聖十字架教会聖歌隊の少年隊員二名によるアルバムを持ってまして、こちらも負けず劣らず名盤だと思う。もっともボーイソプラノによる「スターバト・マーテル」は、ハノーファー少年合唱団員だった当時のセバスティアン・ヘニッヒの歌った音源のほうがいい! という向きもいると思う ( こっちも好き ) 。そしてどうでもいいことながら、ライナー巻末のコリスターたちの写真、 ' New College choristers minus cassocks and ruffs ' 。まるで『ハックルベリー・フィンの冒険』みたい。とても教会音楽を歌っている子たちには見えん ( 笑 ) 。
… というわけで、いま「サンデークラシックワイド / 特選アラカルト / クラシックリクエスト」を聴いてます!! 今回のテーマは「耳から離れないクラシック」。案内役は「特ダネ! 投稿 DO 画」でおなじみの森山春香アナ。そうそう、「カヴァレリア・ルスティカーナ」の「間奏曲」には、バックで静かに流れるオルガンの音色が聴こえるんですよねー、これがまたいいんだ。「古楽の楽しみ」エンディングテーマの「水上の音楽」から「パスピエ」。passepied という語は、「通行する足」くらいの意味だから、語源的にはパッサカリア ( passacaglia ) と似たようなものかもしれない。そして … いわゆる「カッチーニのアヴェ・マリア」として通用している作品は、やっぱりちがうのではないかと … 飯守泰次郎先生には申し訳ないけどつい思ってしまったのでした。それとそうそう、ドヴォルジャークが「鉄ちゃん」だったことは、有名な話ですね。そういえば米国人オルガン・エンターティナー、カルロ・カーリーがかつてバッハの BWV.538 の「ドリア調のトッカータ」の16分音符進行を評して、「蒸気機関車」だと言ってたことも思い出した。
… ついでにけさのこの番組。「気まクラ DON!」じゃないけど、イントロクイズ。… むずかしすぎるッ ( 笑 ) !! 最後の「4ついっぺんに」演奏、演奏するほうもするほうですが、あんなもンわかるか ( 苦笑 ) ! でもベートーヴェンの「 5 番」冒頭の有名な動機の音が「嬰ハ」にズレていたことと、トロンボーンやピッコロが勝手に吹いていたのは、わかったけれども。おっとそういえば 61 回目の「気まクラ DON!」は、バッハの有名な … でしたね。バッハ作品が出題されるのは「アリア」につづいて 2 回目でした。
PS:「クラシックリクエスト」、「小フーガ」来たッ! 演奏者はプレストンだ !! そしてピッチは現代ピッチでした。「平和な美しさ」、なるほど、そうかもしれませんね!
本題。最近、ひょんなことからニューカレッジのこのアルバムをようやっと入手できました。さっそく聴いてみたら、買って大正解! 名伯楽ヒギンボトム先生がひとりひとりのコリスター( choristers, アングリカンにおける少年聖歌隊員の呼称 ) の個性をぞんぶんに引き出した、すばらしい録音でした。
ヒギンボトム先生 … についてはこちらの過去記事をご覧いただくとして、そのときどきの指導法は変化しつつも、先生直筆のライナーの解説を見ても、基本的なポリシーはやはり「ひとりひとりの個性重視」で終始一貫しているようです。以下、ライナーの要約。↓
「… このアルバムには 2005−06 年のニューカレッジ少年聖歌隊員の歌声が収められている。ひとり声変わりの早い子がいて、総勢 16 名のうち 15 名が録音に参加した。声変わりを迎える少年の声を訓練するのはむだなのではないかと考える向きもいるかもしれないが、事実はその逆で、少年たちに合唱の手ほどきをするのは最高にやりがいのある仕事だ。オケやプレミアリーグの場合とちがい、数年の訓練で一人前の歌手としてりっぱに通用するし、毎日のように『夕べの祈り』に参加しているから、経験も豊富。また、500 年にわたって蓄積された数百ものレパートリーをコンサート水準で演奏してきた 13 歳の少年音楽家というのは、ほかの分野ではまず見当たらない。 … 彼らにはおのずからたしかな鑑識眼が養われ、バッハやモーツァルトといった音楽をすすんで歌うようになる。こちらでお膳立てする必要もない。ただしこのような音楽をものにするには、ただたんに " 正確に " 歌えればよいというものではない。歌唱技術と、音楽にたいする鋭敏な感覚が必要だ。これにはひとりひとりアプローチが異なる。そしてまさにこの点が重要な点だ。彼らはひとつの集団として歌っているように見えるが、彼らはそれぞれがソリストとして歌っている。すでにソリストとして自立しているコリスターもいるし、年少隊員たちは彼らのようになりたいと精進する。彼らにはよどみなく初見演奏できることが求められる。こうした技術も、毎週すくなくとも 10 の異なる作品を絶え間なく歌うことで自然と身につく。コリスターは操り人形ではない。彼らは自分たちでどうすべきかを知っているし、また的確に処理できる必要がある。ときには勢いあまることもあるが、結果はつねに刺激的だ。『技術が自由を与える』とは彼らの訓練においてはまことに言い得て妙だ。彼らの訓練を通じていつもびっくりさせられるのは、われわれ大人が活を入れられ、成功するすべを彼らから学べることだ。われわれは子どもたちのこのような能力開発を怠ってはいけない。コリスターたちを訓練してきた経験から言えることは、子どもたちの教育にはかりしれない効果がある、ということ。右脳型とか左脳型とかに偏らず、子どもたちには美しいものに触れてもらう。その過程で規律と責任が身につき、そして健康状態も良好に保たれる。子どもたちにこれらすべてを与えないほうががわたしには考えられない … 」
コリスターの個性重視のヒギンボトム先生とあって、収録作品は一、二名のソリストもしくは 3−4人とパートごとに組んだものがほとんどで、「みんなでコーラス」というのはあまり入ってません。個人的にお気に入りなのが、タリスの「わたしは天からの声を聞いた」というレスポンソリウムと、バッハのカンタータ「われは満ち足れり BWV. 82 」のバスのアリア、「まどろめ、疲れた目よ」。ただし歌われているのは「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帖」に書かれている稿で、10 度上のト長調に移調したヴァージョンらしい。タリスの曲は、ヒギンボトム先生の解説によると中世、「セイラム ( ソールズベリ ) 式典礼」の「朱書き ( rubrica ) 」に、少年聖歌隊員の一団は主祭壇に上がってこの聖歌を詠唱するよう指示書きしてあったんだとか。それをタリスは4声のそれぞれのパートに割り当てて対位法書法で作曲したということのようです。またヘンリー 8 世は「諸聖人の日」の前日つまり「ハロウィーン」の日に( おっと、31 日がその日ですよね! 今日は比較神話学者キャンベルの 24 回目の命日 ) 、居室にて、王立礼拝堂 ( くどい! と思われるかもしれませんが、これは特定の場所を指す呼称ではないです、念のため ) の少年聖歌隊員に歌わせたなんて話も紹介されてます。
モーツァルトの有名な「聴聞僧のおごそかな夕べの祈り K. 339 」から「主を讃えよ」も天上の声のごとき清純なボートソプラノの独唱とコーラスで収録されてますが、「アヴェ・マリア」というのは寡聞にして知らなかった。こういう作品だったんだ。また、ペルゴレージの「スターバト・マーテル」からも有名な曲がふたつ収録されてます。こちらに関して言えば、フランスのヌイイ市にある、聖十字架教会聖歌隊の少年隊員二名によるアルバムを持ってまして、こちらも負けず劣らず名盤だと思う。もっともボーイソプラノによる「スターバト・マーテル」は、ハノーファー少年合唱団員だった当時のセバスティアン・ヘニッヒの歌った音源のほうがいい! という向きもいると思う ( こっちも好き ) 。そしてどうでもいいことながら、ライナー巻末のコリスターたちの写真、 ' New College choristers minus cassocks and ruffs ' 。まるで『ハックルベリー・フィンの冒険』みたい。とても教会音楽を歌っている子たちには見えん ( 笑 ) 。
… というわけで、いま「サンデークラシックワイド / 特選アラカルト / クラシックリクエスト」を聴いてます!! 今回のテーマは「耳から離れないクラシック」。案内役は「特ダネ! 投稿 DO 画」でおなじみの森山春香アナ。そうそう、「カヴァレリア・ルスティカーナ」の「間奏曲」には、バックで静かに流れるオルガンの音色が聴こえるんですよねー、これがまたいいんだ。「古楽の楽しみ」エンディングテーマの「水上の音楽」から「パスピエ」。passepied という語は、「通行する足」くらいの意味だから、語源的にはパッサカリア ( passacaglia ) と似たようなものかもしれない。そして … いわゆる「カッチーニのアヴェ・マリア」として通用している作品は、やっぱりちがうのではないかと … 飯守泰次郎先生には申し訳ないけどつい思ってしまったのでした。それとそうそう、ドヴォルジャークが「鉄ちゃん」だったことは、有名な話ですね。そういえば米国人オルガン・エンターティナー、カルロ・カーリーがかつてバッハの BWV.538 の「ドリア調のトッカータ」の16分音符進行を評して、「蒸気機関車」だと言ってたことも思い出した。
… ついでにけさのこの番組。「気まクラ DON!」じゃないけど、イントロクイズ。… むずかしすぎるッ ( 笑 ) !! 最後の「4ついっぺんに」演奏、演奏するほうもするほうですが、あんなもンわかるか ( 苦笑 ) ! でもベートーヴェンの「 5 番」冒頭の有名な動機の音が「嬰ハ」にズレていたことと、トロンボーンやピッコロが勝手に吹いていたのは、わかったけれども。おっとそういえば 61 回目の「気まクラ DON!」は、バッハの有名な … でしたね。バッハ作品が出題されるのは「アリア」につづいて 2 回目でした。
PS:「クラシックリクエスト」、「小フーガ」来たッ! 演奏者はプレストンだ !! そしてピッチは現代ピッチでした。「平和な美しさ」、なるほど、そうかもしれませんね!
2011年10月10日
教授、むずかしすぎます ( 苦笑 )
満を持して(?)第2シーズン開始! というわけで、さっそく坂本教授の「schola 音楽の学校」を見ています。で、教授の出したあのホ短調の「動機 ( モティーフ )」。これにつづけて「古典派」ふうの「第2主題」を作りなさい、というもの。ソナタ形式の作曲演習なんですが … 自分はそんな才能ないので、とりあえずなにかしらつなげたい。そう思っていちおう電子ピアノ仕様のキーボードに向かって出だしの「動機」を弾いたはいいが … やっぱり先がつづかない ( あたりまえ ) 。なんとなく「インヴェンション」もどきのフレーズなんか、ジャズでもないのに半音進行にしたりしたけどあとがつづかず。orz 西洋音楽における「機能和声」も「対位法」もきちんと学んだわけでもなく、昔「楽典」をひととおり読んだだけというほんとにディレッタントなので、第2回の放映を見たとき、「ああ、あんなふうにアタマに浮かんだ音型がすんなり流れるように出てくればいいのに ( 「N響アワー」開始時のあのアニメのように。というかあれってモデルはベートーヴェンなのか?? ) 」なんて不遜にも指くわえながら思ってしまった。なんせ相手は世界を股にかけて活躍される音楽家ですもの、そもそも比較するのがおかしいんですが … それにしてもあれすごくないですか? 生徒の書いた楽譜を見て回りながら、まるでプロ棋士が囲碁の生徒相手にひとりひとり打っていくような感じで、まったく個性のちがう書き方のフレーズを「こうしたらいいんじゃない? 」みたいに助言しつつ弾いてみせたりするのって。ゲストの先生方は代わり映えしないけれども ( 失礼、でも岡田先生の『西洋音楽史 ―「クラシック」の黄昏』のバッハについての私見については、ちょっと? ではありますが)。
さて古典派ということで、それ以降の交響曲とか協奏曲にひろく取り入れられている作曲技法のひとつ「ソナタ形式」について、演習もまじえて懇切丁寧に説明してますが、ひとこと断っておくとこれはバッハ時代の「ソナタ」とはまるで別物です。バッハ時代のバロックソナタは三つあり、「室内ソナタ ( sonata da camera ) 」と「教会ソナタ ( sonata da chiesa ) 」、そして「トリオソナタ ( trio sanata ) 」がありました。最初のは「急 − 緩 − 急」楽章形式で、舞曲つまりダンス音楽を含むこともありました。たいして「教会ソナタ」は「緩 − 急 − 緩 − 急」の4楽章構成。ともにコレッリが定型化したらしい。最後の「トリオソナタ」は文字どおり 3声ソナタで、絡みあいながら進行する旋律線担当のふたつの楽器( ヴァイオリンとかフルート、リコーダーとか )と通奏低音 ( チェンバロやヴィオールやオルガン ) といった編成の楽曲を指します。でもこれはおおざっぱな分類で、バッハ以前は「ソナタ」と呼ばれていた楽曲がバッハやヘンデルの時代には「パルティータ」という名前で呼ばれたりと、厳密に使い分けられていたわけでもないことも付記しておきます。またとくに舞曲が含まれていた場合ものちに「組曲」とか、「序曲[ とくにフランス古典音楽期 ]」と呼ばれたりして、「交響曲」の元祖シンフォニア ( sinfonia ) は、「 ( オペラ用 ) 序曲」から派生することになる。
… ところで先週の NHK-FM 「ベスト・オヴ・クラシック」の「古楽週間」、よかったですよ。「フルート協奏曲 ヘ長調 RV. 433 『海の嵐』」などヴィヴァルディの名曲もかかりましたし。その中にはバッハがヴァイマル時代にオルガン独奏用に編曲した「バイオリン協奏曲 ニ長調 RV. 208 『ムガール大帝』」も含まれてまして、楽しかったですね。また「フラウティーノ協奏曲 ハ長調 RV. 443 」というのは初耳だったので、おもしろかった。フラウティーノって、ソプラニーノ・リコーダーのことなんかな ?? 蛇足ながら当時は「横吹き」のフルートはフラウト・トラヴェルソなどの呼称で呼ばれ、「フルート」といえばたいていはブロックフレーテつまりリコーダーのことでした。ちなみにオルランド・ディ・ラッソの「5声のレクイエム」の「トラクトゥス ( tractus ) 」というのは、ひらたく言えば「詠唱」のこと。「聖週間」までの「改悛の季節」のあいだ、または「レクイエム」ではまさかめでたいときに歌う「アレルヤ唱」はあげられないので、その代わりに詠唱するもの。手許の本によると、使用される旋法は第二と第八のみだったらしい。また「NHK 音楽祭 2011」もすばらしかった。水曜の生中継は、巨匠サー・ネヴィル・マリナーのブラームスの「1番」。やはりというか、あの有名な最終楽章、すごかったなあ。もちろんカツァリスのモーツァルト「 23 番」もかろやかで若々しくて、よかった。
もうひとついま開催中の「Nコン」全国本選について。自慢じゃないけど当方、耳には自信がありまして、印象に残った演奏の学校がたいていの場合、上位入賞したりする。高校の部でもぜんぶ当てたし。だからなに、so what? とくるとなにも返せないが … でもきのうの小学校の部で熱演していた岩手大学教育学部附属小のコーラスもよかったですよ。惜しくも入賞は逃したが … 個人的には印象に残りました。
… というわけで、本日はなにがあるかといえば … 帰ってきた「プログレ三昧」( 笑 )! デイヴ・シンクレア という方のライヴまで用意されているそうだ !! 本でも読みながら、聴いてみるとしますか ( でもあのホ短調動機のつづきも書きたい … 才能ないからムリですけど ) 。
追記: Dave Sinclair さんについて。いやー、おどろいたのなんの。まさかヘンリー・パーセルの師匠、王室礼拝堂聖歌隊員でもあったあのジョン・ブロウが母方のご先祖さまにいるとは ( → 関連リンク ) !!!! 聴いててよかった?! なんか 300年以上も前に生きていた英国の作曲家がいきなり目の前に出現した ( apparition ?! ) ような感覚を味わっている。「原子心母」なんかものっけからかかっていたけれど、今回も、クラシックやらなにやら絶妙なミックスというか、個性的な楽曲が多いなあ、というのが偽らざる感想。オルガンサウンドを適度に散りばめた作品もけっこうありましたね。
さて古典派ということで、それ以降の交響曲とか協奏曲にひろく取り入れられている作曲技法のひとつ「ソナタ形式」について、演習もまじえて懇切丁寧に説明してますが、ひとこと断っておくとこれはバッハ時代の「ソナタ」とはまるで別物です。バッハ時代のバロックソナタは三つあり、「室内ソナタ ( sonata da camera ) 」と「教会ソナタ ( sonata da chiesa ) 」、そして「トリオソナタ ( trio sanata ) 」がありました。最初のは「急 − 緩 − 急」楽章形式で、舞曲つまりダンス音楽を含むこともありました。たいして「教会ソナタ」は「緩 − 急 − 緩 − 急」の4楽章構成。ともにコレッリが定型化したらしい。最後の「トリオソナタ」は文字どおり 3声ソナタで、絡みあいながら進行する旋律線担当のふたつの楽器( ヴァイオリンとかフルート、リコーダーとか )と通奏低音 ( チェンバロやヴィオールやオルガン ) といった編成の楽曲を指します。でもこれはおおざっぱな分類で、バッハ以前は「ソナタ」と呼ばれていた楽曲がバッハやヘンデルの時代には「パルティータ」という名前で呼ばれたりと、厳密に使い分けられていたわけでもないことも付記しておきます。またとくに舞曲が含まれていた場合ものちに「組曲」とか、「序曲[ とくにフランス古典音楽期 ]」と呼ばれたりして、「交響曲」の元祖シンフォニア ( sinfonia ) は、「 ( オペラ用 ) 序曲」から派生することになる。
… ところで先週の NHK-FM 「ベスト・オヴ・クラシック」の「古楽週間」、よかったですよ。「フルート協奏曲 ヘ長調 RV. 433 『海の嵐』」などヴィヴァルディの名曲もかかりましたし。その中にはバッハがヴァイマル時代にオルガン独奏用に編曲した「バイオリン協奏曲 ニ長調 RV. 208 『ムガール大帝』」も含まれてまして、楽しかったですね。また「フラウティーノ協奏曲 ハ長調 RV. 443 」というのは初耳だったので、おもしろかった。フラウティーノって、ソプラニーノ・リコーダーのことなんかな ?? 蛇足ながら当時は「横吹き」のフルートはフラウト・トラヴェルソなどの呼称で呼ばれ、「フルート」といえばたいていはブロックフレーテつまりリコーダーのことでした。ちなみにオルランド・ディ・ラッソの「5声のレクイエム」の「トラクトゥス ( tractus ) 」というのは、ひらたく言えば「詠唱」のこと。「聖週間」までの「改悛の季節」のあいだ、または「レクイエム」ではまさかめでたいときに歌う「アレルヤ唱」はあげられないので、その代わりに詠唱するもの。手許の本によると、使用される旋法は第二と第八のみだったらしい。また「NHK 音楽祭 2011」もすばらしかった。水曜の生中継は、巨匠サー・ネヴィル・マリナーのブラームスの「1番」。やはりというか、あの有名な最終楽章、すごかったなあ。もちろんカツァリスのモーツァルト「 23 番」もかろやかで若々しくて、よかった。
もうひとついま開催中の「Nコン」全国本選について。自慢じゃないけど当方、耳には自信がありまして、印象に残った演奏の学校がたいていの場合、上位入賞したりする。高校の部でもぜんぶ当てたし。だからなに、so what? とくるとなにも返せないが … でもきのうの小学校の部で熱演していた岩手大学教育学部附属小のコーラスもよかったですよ。惜しくも入賞は逃したが … 個人的には印象に残りました。
… というわけで、本日はなにがあるかといえば … 帰ってきた「プログレ三昧」( 笑 )! デイヴ・シンクレア という方のライヴまで用意されているそうだ !! 本でも読みながら、聴いてみるとしますか ( でもあのホ短調動機のつづきも書きたい … 才能ないからムリですけど ) 。
追記: Dave Sinclair さんについて。いやー、おどろいたのなんの。まさかヘンリー・パーセルの師匠、王室礼拝堂聖歌隊員でもあったあのジョン・ブロウが母方のご先祖さまにいるとは ( → 関連リンク ) !!!! 聴いててよかった?! なんか 300年以上も前に生きていた英国の作曲家がいきなり目の前に出現した ( apparition ?! ) ような感覚を味わっている。「原子心母」なんかものっけからかかっていたけれど、今回も、クラシックやらなにやら絶妙なミックスというか、個性的な楽曲が多いなあ、というのが偽らざる感想。オルガンサウンドを適度に散りばめた作品もけっこうありましたね。
2011年08月29日
リコーダー四重奏によるバッハもいいもんだ
1). 週末、ふと思い立って本棚の整理をしてました。… すると思いのほか読んでない本が出てきて、つい手にとってながめて … てなぐあいでちっとも進みやしない (苦笑) 。ロバート・フルガムの本だの『シュヴァイツァーとの対話』だのユダ福音書関連本だの、かなり前に買っておいていつのまにか忘れていたなんて本がぞろぞろ (だいぶ前に図書館の除籍本市にて手に入れたロアルド・ダールの自伝もまだだった) 。奥のほうからは、マッキベンの処女作『自然の終焉』が出てきまして、ほんとにひさしぶりに繰ってみたらこの書き手がいかに炯眼だったかを実感した(まだ若かったから、若干、肩に力の入ったところは感じますが)。温暖化にともなうハリケーンの大型化や「過去のデータはもう当てにはならない」ということもすでに指摘している。そしてこちらの邦訳記事を見ますと、
このへん、以前読んだ Deep Economy で著者が主張していたこととも重なりあいます。そういえば先日、さる識者の方が、冷蔵庫やエアコンは最新の製品に買い換えたほうがけっきょく節電になるとか書いてあったけれども、それも量の問題でして、一部屋にエアコン一台とかクルマも一人一台、なんてことやっていたら吐き出される CO2 もエネルギーの消費も増えるいっぽうですよ。「足るを知る」生活様式と持続可能な経済・社会構造というものを真剣に考えないといかんと思うのです。そういえば前掲書 p.98 になんと比較神話学者のキャンベルまで登場しているとは ―― 一度読んだ本なのに ―― びっくりした。世の中、狭いもんだ ( 引き合いに出されている「『聖書』は社会志向の神話」という主張は Myths to live by にも出てきた ) 。
… 御託はともかく、これからは読書の秋だし (いちおうそれ以外の季節でも読んでるつもり) 、読むペースを上げるとしますか。そういえばGALAPAGOS っていう電子書籍リーダー、いつのまにか (?) Android 搭載端末へと変身していた。といってもいろいろと制限がかかっているみたいでして、Android OS ほんらいの利点はさほどないとか。 … ひょっとして思っていたほど売れてないんじゃないかと老婆心ながら思ったしだい。
2). ここからはいきなりではあるけれど音楽の話。けさの「古楽の楽しみ」は「 17・18 世紀フランスの楽器と音楽」と題して、うれしいことにオルガン音楽三昧。ド・グリニーって、31で早世しているとは知らなかった(バッハはこの人の「オルガン曲集 第 1 巻 [1699年出版] 」の楽譜をもっていた)。クープラン一族ももちろん登場しましたが、ルイ・クープランの曾孫のジェルヴェ・フランソワ・クープランという人の作品ははじめて耳にしてたいへん興味を惹かれました。後半、なにやら聴いたことのある旋律が … 出てきたのは気のせいか? ともかく革命期をはさんだ激動の時代を生き抜いた音楽家です。「芸は身を助く」ですね。あといまさっき聴いた「ベスト・オヴ・クラシック」。今宵はフィンランドからやってきた「ブラヴァデ・リコーダー四重奏団」というリコーダーカルテット。スヴェーリンク編曲による有名な「涙のパヴァーヌ (あふれよ、わが涙) 」なんかはとくにおもしろかった。もとはオルガン曲だったんだろうか … ダウランドではアンコールでも一曲、演奏されてました。でも個人的にはやっぱりバッハ。なんと、オルガン独奏用の「前奏曲とフーガ ハ長調 BWV.545 」のド - レ - ミ - ファ … と上行するフーガをリコーダーで合奏してくれました! 感謝感激!! もちろん録音。バッハ作品では「平均律クラヴィーア曲集 第 2 巻」から「前奏曲とフーガ BWV.885 」も演奏してくれまして、こちらはBravo! のお声までかかってました。総じて快演だったと思います。リコーダーカルテットとくるとオランダの ALSQ とかを思い浮かべるけれども、はじめて聴いたこのフィンランドのカルテットもいいなあ、気に入りました。
3). 最後は残暑見舞い代わりとして、美声の持ち主の少年歌手二名の紹介。グレイソン・チャンスという子とロナン・パークという子。グレイソン少年のほうはシングル盤を買ってみた。例の5段階評価では「うまうま」と「うまい」の中間くらいでしょうか (5段階評価というのは「うまうま」、「うまい」、「ふつう」、「へたうま」、「うまへた」の順) 。これはもちろん、個人の趣味の問題なので、独断と偏見についてはご容赦を。彼の特徴は、「ピアノ弾き歌い」のスタイル。ピアノの腕もそうとう達者なものです。バッハなんか、ポップ風にアレンジしたうえでオリジナル歌詞とか乗っけて歌っちゃいそうですね。
以前ここでもカナダ出身のジャスティン・ビーバーを取りあげた NYT 記事とか紹介したことがありましたが、「第二のジャスティン (?) 」みたいな子がこんどは英国から現れた。それがロナン少年。スーザン・ボイル女史やポール・ポッツを輩出した例のオーディション番組の最終審査に残ったんだそうですが、あいにく優勝は逃したとのこと。で、さっそく歌声を聴いてみますと、たしかに雰囲気は似ているかも。もっともご本人は BBC の報道によると、
Despite already having hoards of young fans, the singer - who turns 13 in August - is keen to stay away from comparisons with Canadian star Justin Bieber.
"Ronan doesn't want to be compared to anybody because he wants to be himself, but obviously the success [Justin's] had is fantastic and Ronan would love to be as successful," said Mrs Parke.
そりゃそうですよね。こちらはこれだけではなんとも言えないが、やはり「うまい」と「うまうま」のあいだくらいですか。ちなみにワタシはグレイソン少年のシングルにて、はじめてレディ・ガガの歌というものを聴いた (苦笑) 。
それともうひとつ、NHK-FM の番組経由で知ったこちらのアルバムも買いました。あるとき「クラシック・カフェ」で、フォーレの「小ミサ」がかかりまして、酷暑がスーっと引いていくような、清冽なボーイソプラノのソロがなんとも耳に心地よい演奏でして、即、これは買いだと思いました (笑、録音は20年ほど前とちょっと古いのですが) 。ちなみに演奏者のウェストミンスター大聖堂聖歌隊というのは古株ぞろいの英国の教会聖歌隊にしては比較的あたらしいほうで、1903 年の創設。ロイヤルウェディングが挙行されたほうのウェストミンスター・アビイとは関係なくて、こちらは英国におけるローマカトリックの総本山です。
追記。米国東海岸を北上するハリケーンの進路図が NYT にあったのですが、↓を見ればわかるように東海岸を舐めるように北進し、まもなくラブラドル半島に達するという。しかもこれよくよく見たらセヴェリンの復元カラフが到着したニューファウンドランドとかの間近を通過しています … しかも先をたどってゆくとアイスランドのすぐ沖にまで達する予想。かつてこんな進路をたどったハリケーンなんか、あったのだろうか … こちらも台風には要警戒ですが。
もう1つの選択肢は、わずかに後退を試みることだ。回復力と安全性に重点を置くのである。そのために(ここが問題になるのだが)成長に重点を置くのをやめる。私たちはそろそろ、人間はもう十分にやりたいことをやった(少なくとも欧米では)、これ以上、欲は出さなくてもいい、それよりは少し控えて、もっと余地を持とうと考えてもいいのではないか。具体的には、SUVよりバス、自転車、電車を選ぶということだ。そして、石油の代わりに自らの筋肉を働かせ、より多くの人が田畑に出て、食料自給を目指すのだ。銀行が「大きすぎて倒産させられない」とわかったからには、食料とエネルギーのシステムも同じことになると思っていいだろう (下線強調は引用者) 。
このへん、以前読んだ Deep Economy で著者が主張していたこととも重なりあいます。そういえば先日、さる識者の方が、冷蔵庫やエアコンは最新の製品に買い換えたほうがけっきょく節電になるとか書いてあったけれども、それも量の問題でして、一部屋にエアコン一台とかクルマも一人一台、なんてことやっていたら吐き出される CO2 もエネルギーの消費も増えるいっぽうですよ。「足るを知る」生活様式と持続可能な経済・社会構造というものを真剣に考えないといかんと思うのです。そういえば前掲書 p.98 になんと比較神話学者のキャンベルまで登場しているとは ―― 一度読んだ本なのに ―― びっくりした。世の中、狭いもんだ ( 引き合いに出されている「『聖書』は社会志向の神話」という主張は Myths to live by にも出てきた ) 。
… 御託はともかく、これからは読書の秋だし (いちおうそれ以外の季節でも読んでるつもり) 、読むペースを上げるとしますか。そういえばGALAPAGOS っていう電子書籍リーダー、いつのまにか (?) Android 搭載端末へと変身していた。といってもいろいろと制限がかかっているみたいでして、Android OS ほんらいの利点はさほどないとか。 … ひょっとして思っていたほど売れてないんじゃないかと老婆心ながら思ったしだい。
2). ここからはいきなりではあるけれど音楽の話。けさの「古楽の楽しみ」は「 17・18 世紀フランスの楽器と音楽」と題して、うれしいことにオルガン音楽三昧。ド・グリニーって、31で早世しているとは知らなかった(バッハはこの人の「オルガン曲集 第 1 巻 [1699年出版] 」の楽譜をもっていた)。クープラン一族ももちろん登場しましたが、ルイ・クープランの曾孫のジェルヴェ・フランソワ・クープランという人の作品ははじめて耳にしてたいへん興味を惹かれました。後半、なにやら聴いたことのある旋律が … 出てきたのは気のせいか? ともかく革命期をはさんだ激動の時代を生き抜いた音楽家です。「芸は身を助く」ですね。あといまさっき聴いた「ベスト・オヴ・クラシック」。今宵はフィンランドからやってきた「ブラヴァデ・リコーダー四重奏団」というリコーダーカルテット。スヴェーリンク編曲による有名な「涙のパヴァーヌ (あふれよ、わが涙) 」なんかはとくにおもしろかった。もとはオルガン曲だったんだろうか … ダウランドではアンコールでも一曲、演奏されてました。でも個人的にはやっぱりバッハ。なんと、オルガン独奏用の「前奏曲とフーガ ハ長調 BWV.545 」のド - レ - ミ - ファ … と上行するフーガをリコーダーで合奏してくれました! 感謝感激!! もちろん録音。バッハ作品では「平均律クラヴィーア曲集 第 2 巻」から「前奏曲とフーガ BWV.885 」も演奏してくれまして、こちらはBravo! のお声までかかってました。総じて快演だったと思います。リコーダーカルテットとくるとオランダの ALSQ とかを思い浮かべるけれども、はじめて聴いたこのフィンランドのカルテットもいいなあ、気に入りました。
3). 最後は残暑見舞い代わりとして、美声の持ち主の少年歌手二名の紹介。グレイソン・チャンスという子とロナン・パークという子。グレイソン少年のほうはシングル盤を買ってみた。例の5段階評価では「うまうま」と「うまい」の中間くらいでしょうか (5段階評価というのは「うまうま」、「うまい」、「ふつう」、「へたうま」、「うまへた」の順) 。これはもちろん、個人の趣味の問題なので、独断と偏見についてはご容赦を。彼の特徴は、「ピアノ弾き歌い」のスタイル。ピアノの腕もそうとう達者なものです。バッハなんか、ポップ風にアレンジしたうえでオリジナル歌詞とか乗っけて歌っちゃいそうですね。
以前ここでもカナダ出身のジャスティン・ビーバーを取りあげた NYT 記事とか紹介したことがありましたが、「第二のジャスティン (?) 」みたいな子がこんどは英国から現れた。それがロナン少年。スーザン・ボイル女史やポール・ポッツを輩出した例のオーディション番組の最終審査に残ったんだそうですが、あいにく優勝は逃したとのこと。で、さっそく歌声を聴いてみますと、たしかに雰囲気は似ているかも。もっともご本人は BBC の報道によると、
Despite already having hoards of young fans, the singer - who turns 13 in August - is keen to stay away from comparisons with Canadian star Justin Bieber.
"Ronan doesn't want to be compared to anybody because he wants to be himself, but obviously the success [Justin's] had is fantastic and Ronan would love to be as successful," said Mrs Parke.
そりゃそうですよね。こちらはこれだけではなんとも言えないが、やはり「うまい」と「うまうま」のあいだくらいですか。ちなみにワタシはグレイソン少年のシングルにて、はじめてレディ・ガガの歌というものを聴いた (苦笑) 。
それともうひとつ、NHK-FM の番組経由で知ったこちらのアルバムも買いました。あるとき「クラシック・カフェ」で、フォーレの「小ミサ」がかかりまして、酷暑がスーっと引いていくような、清冽なボーイソプラノのソロがなんとも耳に心地よい演奏でして、即、これは買いだと思いました (笑、録音は20年ほど前とちょっと古いのですが) 。ちなみに演奏者のウェストミンスター大聖堂聖歌隊というのは古株ぞろいの英国の教会聖歌隊にしては比較的あたらしいほうで、1903 年の創設。ロイヤルウェディングが挙行されたほうのウェストミンスター・アビイとは関係なくて、こちらは英国におけるローマカトリックの総本山です。
追記。米国東海岸を北上するハリケーンの進路図が NYT にあったのですが、↓を見ればわかるように東海岸を舐めるように北進し、まもなくラブラドル半島に達するという。しかもこれよくよく見たらセヴェリンの復元カラフが到着したニューファウンドランドとかの間近を通過しています … しかも先をたどってゆくとアイスランドのすぐ沖にまで達する予想。かつてこんな進路をたどったハリケーンなんか、あったのだろうか … こちらも台風には要警戒ですが。
2011年08月14日
これぞ音楽(芸術)の力
1). 「疎開」。先の大戦終結を学童疎開先で迎えた体験をしたお年寄りのなかには、よもや終戦66 年目にして「放射能疎開」などという事態に陥るとは夢にも思っていなかったと思う。
先日、NHK 総合の朝のニュースを見ていたら、世界的指揮者の佐渡裕さんが釜石市を訪問して、なんと子どもだけの弦楽オケによるチャリティーコンサートを避難所などで開いたことを報じてまして、つい見入ってしまった。なんでもきっかけは被災した女性からの手紙だったとかで、佐渡さん以外にも現地入りして「音楽の贈りもの」を届けに行った演奏家は多数、おられるとは思うけれども、佐渡さんの行為はほんとうにすばらしく、見ているこちらも感動した。いまもっとも音楽が必要とされているところへ音楽を届けることこそ、音楽で飯を食べている人の務めでもあるといつも考えているので。音楽はなにも高い金払って演奏会場だけで聴かせるべきものじゃないし、以前書いたかもしれないがたとえば長期入院している患者さんとかにはもっともっと音楽が必要なんじゃないかといつも思っている。大震災と大津波、そして原発事故とたいへんな心労を抱えている人たちこそ、もっとも音楽を必要としているはずなので、こうした試みは今後もぜひつづけていただきたいと思います。↓ の動画にもありますが、かつての松原 ( 波高20m の津波に襲われた場所らしい) で海に向かって子どもたちがバッハの「アリア」を奏でるという場面は、佐渡さんらしい気遣いがつよく感じられました。津波で流され、いまだに行方不明の人が届出分だけでも4700 人近くにものぼる。そうした御霊にたいして、鎮魂の気持ちをこめて子どもたちがバッハの音楽を演奏してくれたというのは、どんな一流の著名な海外の演奏家の演奏よりも御霊の魂に届き、残された方々の心に深く深く響いたのではないかと思う。そして「ふるさと」の演奏。やはりこの作品は日本人の心に深く染み入るものがある ( → 関連記事。東北地方はじつは学校音楽活動、とくに合唱部の活動がさかんな土地柄でもあり、ラテン語歌詞のミサ曲とかもレパートリーとするようなひじょうに高いレヴェルの公立学校がいくつもあります )
2). 音楽が必要、といっても必要とする音楽はむろん人それぞれ。自分みたいにバッハが好き、という人もいればクラシックを毛嫌いする向きもいる。ひとつ言いたいのは、「食わず嫌いはダメ」ということ。佐渡さんはクラシックの指揮者で、はじめてバッハの「アリア」を耳にした被災者の方も多かったかもしれない。でもすばらしい音楽には国籍も時代も言語も人の趣味さえ超越してズバっと聴く者の心を鷲掴みにするものだと思う。「アリア」も「ふるさと」も、どちらにもその場にいた人たちが深く感動していたことは、TV 画面を通じてこちらにもよく伝わってきました。
クラシックを敬遠する人というのは、たとえば辛気臭い、演奏時間が長い、堅苦しい … という一方的な思いこみで「食わず嫌い」な向きが存外多いのではないかという気がします。といってもべつに西洋音楽崇拝者、というわけではないが … 。NHK とくると音楽好きは「名曲アルバム」というパブロフの犬的反応があるけれど、以前少し触れたように今年は番組開始から35 周年だそうで、まずはお祝い申しあげたい。先日、そんな「名曲アルバム」35 年の歩みを振り返る特番みたいなものが放映されていてつい録画していたんですが、考えてみればこのたった5 分のミニ音楽番組の功績はひじょうに大きいと思う。5 分でその「名曲」のエッセンスをすばらしい演奏と作曲家ゆかりの地の取材映像と組み合わせて伝えよう ! という試みは成功したと言っていいでしょう。とはいえ尾高忠明さんはじめ、当初その話を聞かされた音楽家はみな異口同音に「無茶苦茶だ ! 」と思ったとか ( そりゃそうだ ) 。あれはすべて番組オリジナルの編曲で、番組のためだけに東京フィルやN響とか、一流オケや演奏家を投入して収録しているというのは知ってはいたけれど、その舞台裏を垣間見たのは今回がはじめて。なかなか貴重な映像ではある。思うんですが担当ディレクターのみなさんは、音楽にそうとう造詣が深くないとつとまりませんよね ( ブラームスの「1番」スコアとにらめっこして収録したい箇所に線引きしていた場面はおもしろかった ) ? いま放映中のイザークの名曲「インスブルックよ、さようなら」では、キャプションであの歌の歌詞を作ったのは当時のハプスブルク家皇帝マクシミリアン 1 世だと出ていてびっくり ( そしてこれは前にも書いたけれども、「ウィーン少」の原型となる宮廷礼拝堂少年聖歌隊を設立したのが、このマクシミリアン 1 世)。「外交や戦争で都を離れることが多かった皇帝は、その寂しさをこの詞に託した」。むむむそれは初耳。手許のCD ライナーには、「インスブルック宮廷を去るにあたって作曲した惜別の曲」とかなんとか、書いてありますけれども ??? それにしてもインスブルックって意外と大きな町ですね。人口12 万弱、ということは三島市よりすこし多いくらいか。この前も「世界ふれあい街歩き」にて見ましたけれども。こういう行ったことのない世界の風景を音楽とともに堪能されてくれるのも、「名曲アルバム」の魅力。取材はいつもディレクターとカメラマンのたったのふたりだそうで、150kg 以上もある機材を運んで取材しているというから、それだけでも頭がさがる。サン-サーンスの「オルガンつき」も今月初旬にかかってましたが、最後の北フランス・ディエップの灰白色の絶壁のつづく海岸風景なんか、もうすばらしいのなんの。あんな美しい光線条件は、撮ろうと思っても撮れるものじゃないです。
「未来に残したい名曲」ランキング11 位にバッハの「アリア ( エール、エア、BWV. 1068 ) 」が入っていたけれども、個人的には「小フーガ BWV.578 」のほうが印象深い。たしか広野嗣雄氏の演奏だった。もちろんぴったり5 分におさまるようにややゆったり目 ( ? ) な演奏。使用楽器はたぶんNHKホールの大オルガン。リューベックの「ホルステン門」やブクステフーデゆかりの聖マリア教会内部とかが映ってました ( いまは、FM版の「名曲の小箱」や「名曲スケッチ」とかでかかったりする ) 。ところで「どんな名曲も5 分におさめる」名人の作曲家・栗山和樹さんが出演して苦労話とかしゃべってましたが、いまひとり編曲者としてよくお見かけするのはニウ・ナオミさんという方。「インスブルックよ … 」、「モンセラートの赤い本」、「あふれよ、わが涙」とか歌曲系の編曲が多いけれども、こちらも栗山さん同様、「5 分にする名手」なんかな ??
先日、NHK 総合の朝のニュースを見ていたら、世界的指揮者の佐渡裕さんが釜石市を訪問して、なんと子どもだけの弦楽オケによるチャリティーコンサートを避難所などで開いたことを報じてまして、つい見入ってしまった。なんでもきっかけは被災した女性からの手紙だったとかで、佐渡さん以外にも現地入りして「音楽の贈りもの」を届けに行った演奏家は多数、おられるとは思うけれども、佐渡さんの行為はほんとうにすばらしく、見ているこちらも感動した。いまもっとも音楽が必要とされているところへ音楽を届けることこそ、音楽で飯を食べている人の務めでもあるといつも考えているので。音楽はなにも高い金払って演奏会場だけで聴かせるべきものじゃないし、以前書いたかもしれないがたとえば長期入院している患者さんとかにはもっともっと音楽が必要なんじゃないかといつも思っている。大震災と大津波、そして原発事故とたいへんな心労を抱えている人たちこそ、もっとも音楽を必要としているはずなので、こうした試みは今後もぜひつづけていただきたいと思います。↓ の動画にもありますが、かつての松原 ( 波高20m の津波に襲われた場所らしい) で海に向かって子どもたちがバッハの「アリア」を奏でるという場面は、佐渡さんらしい気遣いがつよく感じられました。津波で流され、いまだに行方不明の人が届出分だけでも4700 人近くにものぼる。そうした御霊にたいして、鎮魂の気持ちをこめて子どもたちがバッハの音楽を演奏してくれたというのは、どんな一流の著名な海外の演奏家の演奏よりも御霊の魂に届き、残された方々の心に深く深く響いたのではないかと思う。そして「ふるさと」の演奏。やはりこの作品は日本人の心に深く染み入るものがある ( → 関連記事。東北地方はじつは学校音楽活動、とくに合唱部の活動がさかんな土地柄でもあり、ラテン語歌詞のミサ曲とかもレパートリーとするようなひじょうに高いレヴェルの公立学校がいくつもあります )
2). 音楽が必要、といっても必要とする音楽はむろん人それぞれ。自分みたいにバッハが好き、という人もいればクラシックを毛嫌いする向きもいる。ひとつ言いたいのは、「食わず嫌いはダメ」ということ。佐渡さんはクラシックの指揮者で、はじめてバッハの「アリア」を耳にした被災者の方も多かったかもしれない。でもすばらしい音楽には国籍も時代も言語も人の趣味さえ超越してズバっと聴く者の心を鷲掴みにするものだと思う。「アリア」も「ふるさと」も、どちらにもその場にいた人たちが深く感動していたことは、TV 画面を通じてこちらにもよく伝わってきました。
クラシックを敬遠する人というのは、たとえば辛気臭い、演奏時間が長い、堅苦しい … という一方的な思いこみで「食わず嫌い」な向きが存外多いのではないかという気がします。といってもべつに西洋音楽崇拝者、というわけではないが … 。NHK とくると音楽好きは「名曲アルバム」というパブロフの犬的反応があるけれど、以前少し触れたように今年は番組開始から35 周年だそうで、まずはお祝い申しあげたい。先日、そんな「名曲アルバム」35 年の歩みを振り返る特番みたいなものが放映されていてつい録画していたんですが、考えてみればこのたった5 分のミニ音楽番組の功績はひじょうに大きいと思う。5 分でその「名曲」のエッセンスをすばらしい演奏と作曲家ゆかりの地の取材映像と組み合わせて伝えよう ! という試みは成功したと言っていいでしょう。とはいえ尾高忠明さんはじめ、当初その話を聞かされた音楽家はみな異口同音に「無茶苦茶だ ! 」と思ったとか ( そりゃそうだ ) 。あれはすべて番組オリジナルの編曲で、番組のためだけに東京フィルやN響とか、一流オケや演奏家を投入して収録しているというのは知ってはいたけれど、その舞台裏を垣間見たのは今回がはじめて。なかなか貴重な映像ではある。思うんですが担当ディレクターのみなさんは、音楽にそうとう造詣が深くないとつとまりませんよね ( ブラームスの「1番」スコアとにらめっこして収録したい箇所に線引きしていた場面はおもしろかった ) ? いま放映中のイザークの名曲「インスブルックよ、さようなら」では、キャプションであの歌の歌詞を作ったのは当時のハプスブルク家皇帝マクシミリアン 1 世だと出ていてびっくり ( そしてこれは前にも書いたけれども、「ウィーン少」の原型となる宮廷礼拝堂少年聖歌隊を設立したのが、このマクシミリアン 1 世)。「外交や戦争で都を離れることが多かった皇帝は、その寂しさをこの詞に託した」。むむむそれは初耳。手許のCD ライナーには、「インスブルック宮廷を去るにあたって作曲した惜別の曲」とかなんとか、書いてありますけれども ??? それにしてもインスブルックって意外と大きな町ですね。人口12 万弱、ということは三島市よりすこし多いくらいか。この前も「世界ふれあい街歩き」にて見ましたけれども。こういう行ったことのない世界の風景を音楽とともに堪能されてくれるのも、「名曲アルバム」の魅力。取材はいつもディレクターとカメラマンのたったのふたりだそうで、150kg 以上もある機材を運んで取材しているというから、それだけでも頭がさがる。サン-サーンスの「オルガンつき」も今月初旬にかかってましたが、最後の北フランス・ディエップの灰白色の絶壁のつづく海岸風景なんか、もうすばらしいのなんの。あんな美しい光線条件は、撮ろうと思っても撮れるものじゃないです。
「未来に残したい名曲」ランキング11 位にバッハの「アリア ( エール、エア、BWV. 1068 ) 」が入っていたけれども、個人的には「小フーガ BWV.578 」のほうが印象深い。たしか広野嗣雄氏の演奏だった。もちろんぴったり5 分におさまるようにややゆったり目 ( ? ) な演奏。使用楽器はたぶんNHKホールの大オルガン。リューベックの「ホルステン門」やブクステフーデゆかりの聖マリア教会内部とかが映ってました ( いまは、FM版の「名曲の小箱」や「名曲スケッチ」とかでかかったりする ) 。ところで「どんな名曲も5 分におさめる」名人の作曲家・栗山和樹さんが出演して苦労話とかしゃべってましたが、いまひとり編曲者としてよくお見かけするのはニウ・ナオミさんという方。「インスブルックよ … 」、「モンセラートの赤い本」、「あふれよ、わが涙」とか歌曲系の編曲が多いけれども、こちらも栗山さん同様、「5 分にする名手」なんかな ??
2011年06月06日
Dank u wel, Maestro!
先月最後の日曜日、楽しみにしていたグスタフ・レオンハルト大人(「たいじん」と読む)のオルガンリサイタルを聴きに行ってきました。ふだんの行いがよくないためなのか(?)、当日は大嫌いな雨降りでして、おまけに台風までやってきているというかなり悪いコンディション(ちなみに当方は晴れ男だと思っている)。それでも電車は予定どおり運行していたし、篠突く雨のなか、ぶじに会場に到着。アレグロミュージックの人とおぼしきスタッフの方が傘をさして開場時間前に詰めかけていた聴衆のみなさんを手際よくとなりの「記念館」へととりあえず退避させてました(いま公式サイト見たらなんとここには19世紀製足鍵盤つき[!]リードオルガンがあるらしい。びっくり。自分は中には入らなかったから、ちょっと後悔)。
ここの新オルガンは機械化によって失われてしまった昔ながらの製作法を忠実に再現して製作された、まぎれもなく現代オルガンの逸品といえる楽器。じっさいに見てみるとシュニットガーオルガンみたいなデザインで、リュックポジティフのケースとプロスペクトがじつに美しい。とはいえ1916年に献堂された木造の礼拝堂の屋根を突くほどの大きさで、音が鳴る前からおそらく残響はあんまりないだろうと思いました(じっさいそうだった)。でもオルガンというのは設置会場の音響空間にあわせて設計・組み立てされるものなので、残響のなさもたぶん計算に入れてあるはず。モデルにしたのがニーホフ、フランツ・カスパール・シュニットガーあたりの17世紀オランダの古楽器(ブラバント型とか呼ばれるタイプ)だとしたら、当地の教会堂は天井が木造だったりするので残響もさほど長くはないらしい(録音しか聴いたことないから、よくわからないけれども)から、これでちょうどいいのかもしれない。楽器の構造上、あいにく演奏台(コンソール)は拝見できなかったが、公式ページの画像を見てもわかるとおりかつてヴァルヒャが弾いたカペルの歴史的オルガン(アルプ・シュニットガー)に形といい色といいそっくりだ。ストップノブの形状なんかとくに。調律はミーントーンの一種らしく、標準ピッチよりやや低め(435Hz)。
悪天候のためか、お客さんの入りが長引きまして、かなり遅れて開演。どうもレオンハルト氏は演奏台にいたらしくて、ほぼお客が入りきったあたりでだしぬけにオルガンの朗々とした音が礼拝堂に鳴り響いた。プログラムは同郷人スヴェーリンクの「前奏曲」。つづいておなじく北ドイツオルガン楽派の系譜に連なるハインリヒ・シャイデマンの1637年作曲の「前奏曲」。つづいて一般の人は名前さえ聴いたことないんじゃないかと思われるスペインのフランシスコ・コレア・デ・アラウホの「ティエント 54番」、そしてふたたび北ドイツにもどってバッハによるオルガンコラールの即興演奏にいたく感激したというヨハン・アダム・ラインケンの「トッカータ ト短調」、J.C.F. フィッシャーの「音楽のパルナッソス山(1738)」から6つ目の組曲「エウテルペ」終曲の「シャコンヌ ヘ長調」。こんどは英国に飛んでウェストミンスターのオルガニストでもあったジョン・ブロウの「3つのヴォランタリー」、ベルギーの人ケルクホーヴェンの「ファンタジア 131、132、129番」、ふたたび英国のパーセルの「ヴォランタリー ト長調」。最後に、リューネブルクの聖ミカエル学校の生徒だった少年バッハもおそらくは聴いたであろう、北ドイツのゲオルク・ベームの復活祭用コラール前奏曲「キリストは死の絆につかせたまえり(音楽とは関係ないけど、プログラムの原語表記中、 'Christ lag in todesbanten' のs がぬけてました)」。これらの作品が休憩なしでいっきに演奏されました。
1996年3月にはじめてレオンハルトのオルガン独奏に接して以来、ほんとうにひさしぶりの実演。そのときもそうだったけれども、今回もまたバッハ以前の古い人の作品ばかりなので、知っている曲はラインケン、フィッシャー、ベーム、スヴェーリンクくらいのもの(ブロウとパーセルについてはほかの「ヴォランタリー」なら聴いたことあり)。そうはいってもアラウホのうねるような即興的半音進行にリード管も加わったいかにもイベリア半島らしい響きとか、若き天才パーセルのやや内省的な感じのヴォランタリー、またスキップしちゃいそうなかわいらしいフィッシャーの「シャコンヌ」、荘厳なベームのコラールと、いわばオルガン音楽による17世紀欧州の旅みたいななんともうれしい、ぜいたくなひとときを過ごさせてもらいまして、巨匠にはいくらお礼を言っても言いたりない。こういうきびしいときに来日してくれて、チェンバロとオルガンを演奏してくれるなんてほんとうにありがたいかぎり(じつは半分あきらめかけていた)。ときおり雨のたたきつける音とかも聞こえてきたけれど、礼拝堂なのでこれはこれでいい(救急車にはちょっと困ったが)。プログラムでは北ドイツオルガン楽派からベルギー、スペイン、英国までと幅広かったですが、この「新しくて古いオルガン」にもっとも向いているのはやはりスヴェーリンクとか17世紀オランダ・北ドイツものだろう。
アンコールもフィッシャーの「音楽のパルナッソス山」からだったようですが、終演後、あらためて手許のチラシを見たら「バッハの時代そのままの送風を試みたいと思います」とあってまたびっくり。なんとオルガンの製作者エーケン氏みずから楔形ふいごに乗っかって1時間あまりも休まず風を送っていたとは! そのせいかどうかはわかりませんが、演奏中、この楽器はなんともまろやかであたたかい響きだと感じていました。東京カテドラル聖マリア大聖堂のイタリアの楽器も響きのあたたかい、いい楽器だと思ってますが、こちらも負けずにあたたかで、キンキンとやたらうるさくならない点が気に入りました。これでもうすこし残響があればなおよかったかも。まろやかであたたかい響きではありますが、残響が少ないためか、ほどよい「ステレオ効果」もあって各ヴェルク(鍵盤ごとのパイプを収める風箱)の立体感も美しかった(ステレオ効果も、たとえば「多目的ホール」にあるようなコンサートオルガンだとわざとらしく「分離」して聴こえたりしてぶち壊しになったりする)。
…それにしてもレオンハルト氏、あいかわらず物腰がかっこいいなあ。リサイタル翌日にめでたく誕生日を迎えられまして、齢83 ! ですよ。全曲演奏し終わってリュックポジティフの後ろから悠揚せまらずあの長身が現れたときなんか、割れんばかりの拍手です。数年前に病気を患ったと聞いて心配していましたが、96年に聴いたときと、また2004年6月の静岡公演のときともさほど変わらず、元気なようすでほっとしました。またレオンハルト氏はかなりの車好きらしいけれども、まだアルファロメオとか乗っていらっしゃるんだろうか…? とにかくありがとう、マエストロと言いたいです(本題と関係ないけれど、本日6日はなんと「楽器の日」らしい)。
ここの新オルガンは機械化によって失われてしまった昔ながらの製作法を忠実に再現して製作された、まぎれもなく現代オルガンの逸品といえる楽器。じっさいに見てみるとシュニットガーオルガンみたいなデザインで、リュックポジティフのケースとプロスペクトがじつに美しい。とはいえ1916年に献堂された木造の礼拝堂の屋根を突くほどの大きさで、音が鳴る前からおそらく残響はあんまりないだろうと思いました(じっさいそうだった)。でもオルガンというのは設置会場の音響空間にあわせて設計・組み立てされるものなので、残響のなさもたぶん計算に入れてあるはず。モデルにしたのがニーホフ、フランツ・カスパール・シュニットガーあたりの17世紀オランダの古楽器(ブラバント型とか呼ばれるタイプ)だとしたら、当地の教会堂は天井が木造だったりするので残響もさほど長くはないらしい(録音しか聴いたことないから、よくわからないけれども)から、これでちょうどいいのかもしれない。楽器の構造上、あいにく演奏台(コンソール)は拝見できなかったが、公式ページの画像を見てもわかるとおりかつてヴァルヒャが弾いたカペルの歴史的オルガン(アルプ・シュニットガー)に形といい色といいそっくりだ。ストップノブの形状なんかとくに。調律はミーントーンの一種らしく、標準ピッチよりやや低め(435Hz)。
悪天候のためか、お客さんの入りが長引きまして、かなり遅れて開演。どうもレオンハルト氏は演奏台にいたらしくて、ほぼお客が入りきったあたりでだしぬけにオルガンの朗々とした音が礼拝堂に鳴り響いた。プログラムは同郷人スヴェーリンクの「前奏曲」。つづいておなじく北ドイツオルガン楽派の系譜に連なるハインリヒ・シャイデマンの1637年作曲の「前奏曲」。つづいて一般の人は名前さえ聴いたことないんじゃないかと思われるスペインのフランシスコ・コレア・デ・アラウホの「ティエント 54番」、そしてふたたび北ドイツにもどってバッハによるオルガンコラールの即興演奏にいたく感激したというヨハン・アダム・ラインケンの「トッカータ ト短調」、J.C.F. フィッシャーの「音楽のパルナッソス山(1738)」から6つ目の組曲「エウテルペ」終曲の「シャコンヌ ヘ長調」。こんどは英国に飛んでウェストミンスターのオルガニストでもあったジョン・ブロウの「3つのヴォランタリー」、ベルギーの人ケルクホーヴェンの「ファンタジア 131、132、129番」、ふたたび英国のパーセルの「ヴォランタリー ト長調」。最後に、リューネブルクの聖ミカエル学校の生徒だった少年バッハもおそらくは聴いたであろう、北ドイツのゲオルク・ベームの復活祭用コラール前奏曲「キリストは死の絆につかせたまえり(音楽とは関係ないけど、プログラムの原語表記中、 'Christ lag in todesbanten' のs がぬけてました)」。これらの作品が休憩なしでいっきに演奏されました。
1996年3月にはじめてレオンハルトのオルガン独奏に接して以来、ほんとうにひさしぶりの実演。そのときもそうだったけれども、今回もまたバッハ以前の古い人の作品ばかりなので、知っている曲はラインケン、フィッシャー、ベーム、スヴェーリンクくらいのもの(ブロウとパーセルについてはほかの「ヴォランタリー」なら聴いたことあり)。そうはいってもアラウホのうねるような即興的半音進行にリード管も加わったいかにもイベリア半島らしい響きとか、若き天才パーセルのやや内省的な感じのヴォランタリー、またスキップしちゃいそうなかわいらしいフィッシャーの「シャコンヌ」、荘厳なベームのコラールと、いわばオルガン音楽による17世紀欧州の旅みたいななんともうれしい、ぜいたくなひとときを過ごさせてもらいまして、巨匠にはいくらお礼を言っても言いたりない。こういうきびしいときに来日してくれて、チェンバロとオルガンを演奏してくれるなんてほんとうにありがたいかぎり(じつは半分あきらめかけていた)。ときおり雨のたたきつける音とかも聞こえてきたけれど、礼拝堂なのでこれはこれでいい(救急車にはちょっと困ったが)。プログラムでは北ドイツオルガン楽派からベルギー、スペイン、英国までと幅広かったですが、この「新しくて古いオルガン」にもっとも向いているのはやはりスヴェーリンクとか17世紀オランダ・北ドイツものだろう。
アンコールもフィッシャーの「音楽のパルナッソス山」からだったようですが、終演後、あらためて手許のチラシを見たら「バッハの時代そのままの送風を試みたいと思います」とあってまたびっくり。なんとオルガンの製作者エーケン氏みずから楔形ふいごに乗っかって1時間あまりも休まず風を送っていたとは! そのせいかどうかはわかりませんが、演奏中、この楽器はなんともまろやかであたたかい響きだと感じていました。東京カテドラル聖マリア大聖堂のイタリアの楽器も響きのあたたかい、いい楽器だと思ってますが、こちらも負けずにあたたかで、キンキンとやたらうるさくならない点が気に入りました。これでもうすこし残響があればなおよかったかも。まろやかであたたかい響きではありますが、残響が少ないためか、ほどよい「ステレオ効果」もあって各ヴェルク(鍵盤ごとのパイプを収める風箱)の立体感も美しかった(ステレオ効果も、たとえば「多目的ホール」にあるようなコンサートオルガンだとわざとらしく「分離」して聴こえたりしてぶち壊しになったりする)。
…それにしてもレオンハルト氏、あいかわらず物腰がかっこいいなあ。リサイタル翌日にめでたく誕生日を迎えられまして、齢83 ! ですよ。全曲演奏し終わってリュックポジティフの後ろから悠揚せまらずあの長身が現れたときなんか、割れんばかりの拍手です。数年前に病気を患ったと聞いて心配していましたが、96年に聴いたときと、また2004年6月の静岡公演のときともさほど変わらず、元気なようすでほっとしました。またレオンハルト氏はかなりの車好きらしいけれども、まだアルファロメオとか乗っていらっしゃるんだろうか…? とにかくありがとう、マエストロと言いたいです(本題と関係ないけれど、本日6日はなんと「楽器の日」らしい)。
2011年06月05日
Credo --> Diferencias -->「六段」???
先週の日曜朝に放映されましたこちらの番組。ここでも過日、すこしばかし触れた、「六段の調」はなんとグレゴリオ聖歌の「ニケア信経('Credo')」だった?! という衝撃的な説を発表した音楽学者の皆川達夫先生みずからご出演、とあっては見ない手はない。
箏曲の「六段」序奏部分、よく「テン、トン、シャーン … 」と表現されたりしますが、グレゴリオ聖歌の「クレド第1番」といっしょに演奏すると … むむむ偶然の一致にしてはできすぎている。たしか音楽の教科書では八橋検校作だと書いてあったような気が … でもじっさいのところ、これは作者不詳の謎だらけの作品らしい。たしかに「琴歌」がないのも、やや不自然ではありますね(当時、箏だけの独奏曲というのはあんまりない)。
皆川先生によると、「六段」成立とちょうどおなじ16世紀、イベリア半島にてはじまったとされる変奏曲の一形式「ディフェレンシアス(diferencias, 「さまざまに変化する」の意)」とよく似ているという。当方、ディフェレンシアスとくると、なんとかのひとつ覚えでつい盲目のオルガニストにして作曲家のアントニオ・デ・カベソンという連想が働くのですが、そうかあ、ディフェレンシアスかぁ、それは意表を突かれました。と、あわてて「名器の響き 鍵盤楽器の歴史的名器」というエラートから出ているアルバムを取り出して「『ラス・ヴァカス』によるディフェレンシアス(Diferencias sobre las Vacas )」を聴いてみる … カベソンのオルガン用・クラヴィコードなどの有弦鍵盤楽器用「ディフェレンシアス」では3つ・5つ・6つの変奏形式があるみたいですが、このクラヴィコードで演奏されているタブラチュア譜は6つの変奏からなってました。
「六段」と「クレド」の関係もたいへん興味深いのですが、ザビエル来日が1549年8月15日(聖母被昇天の祝日)、「天正遣欧少年使節」がローマへ派遣されたのが1582年なので、西洋音楽史では盛期ルネサンスから後期ルネサンス時代ということになる。少年使節団は帰国後、太閤秀吉の御前で、番組でも紹介されたジョスカン・デ・プレの「千々の悲しみ」というモテットを歌ったんだそうです。デ・プレですよ! これを子どもたちが歌うというのはたいへんなもんです。もっともイエズス会士たちも加わっての演奏だったとは思うけれども … 。
皆川先生で思い出すのは「長崎オラショ(歌オラショ)」の研究。生月(いきつき)島で伝承されている「歌オラショ」は先生によると、16世紀スペインの大作曲家トマス・ルイス・デ・ヴィクトリアなどが使用した、当時イベリア半島で流布していたタイプの「グレゴリオ聖歌」が原型だと特定しています。たとえば「ぐるりよざ」は、スペインの地方聖歌のひとつO Gloriosa が原曲だという。* また手許の本にある当時の「キリシタン音楽」の記述もたいへん興味を惹かれる。1552年、すでに山口において「歌ミサ」があげられ、「カント・ドルガーノ」、「オルガンの歌」すなわち「多声音楽」が演奏され、しかも「行列聖歌」には本場同様、子どもたちによる聖歌隊が行進しながら歌っていた … というからおどろく。ちなみにザビエルが山口の守護大名宛てに献上した楽器は「クラヴィコルディオ」、クラヴィコードだったらしい。このころ宣教師たちは各地に欧州式初等神学校の「セミナリヨ」を建て、そこに通う子どもたちに音楽、いや「洋楽」をも教えていた。1581年、織田信長は完成まもない安土セミナリヨで高度な音楽教育を受けた少年たちによる「クラヴォ」とヴィオールの演奏を聴いたとある。またオルガンやヴィオール、「クラヴォ」のほかに「シャルマイ」、「フラウタ」などの管楽器も演奏された。われわれが想像する以上に豊かな西洋音楽が西日本を中心に鳴り響いていたのかもしれない … もっともほんのいっときだけだったけれども。ちなみに「シャルマイ」は日本では「夜鳴きそば(チャルメラ)」の代名詞となり、発祥の地の欧州では音程が不安定かつ音域も狭い「セルパン」同様、すたれる運命をたどり、いまやオルガンのストップ名(リード管)として残るのみ。
これら「キリシタン音楽」の例が教えてくれるのは、よその国の文化・芸術というものは、あんがい、まったく思いもつかない国や地域で、昔のままの姿で残存していたりする、ということ。皆川先生が発見した16世紀イベリア半島の地方聖歌の話だってそう。「歌オラショ」の録音テープを持参して当地の権威に聴かせたら、「これはひじょうに古いグレゴリオ聖歌だ! 信じられん!!」と驚愕されていたそうです。
…というわけで、いま個人的に関心があるのが、以前ここでも触れた「対位法」と中世アイルランドの音楽との関係。あいにく突っこんで論じた本なり論文なりはまだ見かけたことはなし。これ、西洋音楽史を勉強している若い学生さんたちのなかでだれか取り組んでくれないかしらとひそかに(?)切望しているところでもある … 対位法、またはポリフォニーって、たいてい単旋律聖歌(グレゴリオ聖歌)に2声、3声と即興的に対旋律をつけて歌い出したのがそもそものはじまりで、発祥の地はたぶん北フランスかフランドル地方で、それがルネサンス時代になると、バンショワやジョスカン・デ・プレ、ギヨーム・デュファイ、ハインリッヒ・イザークらが登場して「通模倣」形式のモテットとかが作曲され … みたいな流れがいわば定説で、どこを突っついてもアイルランドとか英国とかは出てこない。でも「百年戦争」によってジョン・ダンスタブルなんかの甘美な響きの「3度・6度」を多用するいわゆるEnglish Descant が大陸に伝わってあたらしいスタイルを生み出したりしたわけだし(そのような英国ならではの多声音楽の作品が、たとえば14世紀後半に編纂された『オールド・ホール写本』なんかに出てくる)、ギラルドゥス・カンブレンシスの『アイルランド地誌』にさりげなく出てくる多声音楽の記述は、完全に無視していいわけではないと思う。西洋音楽の源流は、意外にも「周縁」にあるのかもしれませんぞ。
* … 笠原潔『西洋音楽の歴史』 2001年、財団法人放送大学教育振興会、pp. 149 - 179。なお番組中出てきた「ヴィオラ・ダルコ(「弓で弾く弦楽器」の意)」は、ようするにヴィオラ・ダ・ガンバ(ヴィオール)属の楽器で、たしかに「六弦」なんですが、当時のキリシタン音楽において使用されたのがいわゆる「股にはさむ」ヴィオール属なのか、それとも「肩で支える」タイプの楽器(ヴィオラ・ポンポーサみたいな弦楽器)だったかはわからないという。
箏曲の「六段」序奏部分、よく「テン、トン、シャーン … 」と表現されたりしますが、グレゴリオ聖歌の「クレド第1番」といっしょに演奏すると … むむむ偶然の一致にしてはできすぎている。たしか音楽の教科書では八橋検校作だと書いてあったような気が … でもじっさいのところ、これは作者不詳の謎だらけの作品らしい。たしかに「琴歌」がないのも、やや不自然ではありますね(当時、箏だけの独奏曲というのはあんまりない)。
皆川先生によると、「六段」成立とちょうどおなじ16世紀、イベリア半島にてはじまったとされる変奏曲の一形式「ディフェレンシアス(diferencias, 「さまざまに変化する」の意)」とよく似ているという。当方、ディフェレンシアスとくると、なんとかのひとつ覚えでつい盲目のオルガニストにして作曲家のアントニオ・デ・カベソンという連想が働くのですが、そうかあ、ディフェレンシアスかぁ、それは意表を突かれました。と、あわてて「名器の響き 鍵盤楽器の歴史的名器」というエラートから出ているアルバムを取り出して「『ラス・ヴァカス』によるディフェレンシアス(Diferencias sobre las Vacas )」を聴いてみる … カベソンのオルガン用・クラヴィコードなどの有弦鍵盤楽器用「ディフェレンシアス」では3つ・5つ・6つの変奏形式があるみたいですが、このクラヴィコードで演奏されているタブラチュア譜は6つの変奏からなってました。
「六段」と「クレド」の関係もたいへん興味深いのですが、ザビエル来日が1549年8月15日(聖母被昇天の祝日)、「天正遣欧少年使節」がローマへ派遣されたのが1582年なので、西洋音楽史では盛期ルネサンスから後期ルネサンス時代ということになる。少年使節団は帰国後、太閤秀吉の御前で、番組でも紹介されたジョスカン・デ・プレの「千々の悲しみ」というモテットを歌ったんだそうです。デ・プレですよ! これを子どもたちが歌うというのはたいへんなもんです。もっともイエズス会士たちも加わっての演奏だったとは思うけれども … 。
皆川先生で思い出すのは「長崎オラショ(歌オラショ)」の研究。生月(いきつき)島で伝承されている「歌オラショ」は先生によると、16世紀スペインの大作曲家トマス・ルイス・デ・ヴィクトリアなどが使用した、当時イベリア半島で流布していたタイプの「グレゴリオ聖歌」が原型だと特定しています。たとえば「ぐるりよざ」は、スペインの地方聖歌のひとつO Gloriosa が原曲だという。* また手許の本にある当時の「キリシタン音楽」の記述もたいへん興味を惹かれる。1552年、すでに山口において「歌ミサ」があげられ、「カント・ドルガーノ」、「オルガンの歌」すなわち「多声音楽」が演奏され、しかも「行列聖歌」には本場同様、子どもたちによる聖歌隊が行進しながら歌っていた … というからおどろく。ちなみにザビエルが山口の守護大名宛てに献上した楽器は「クラヴィコルディオ」、クラヴィコードだったらしい。このころ宣教師たちは各地に欧州式初等神学校の「セミナリヨ」を建て、そこに通う子どもたちに音楽、いや「洋楽」をも教えていた。1581年、織田信長は完成まもない安土セミナリヨで高度な音楽教育を受けた少年たちによる「クラヴォ」とヴィオールの演奏を聴いたとある。またオルガンやヴィオール、「クラヴォ」のほかに「シャルマイ」、「フラウタ」などの管楽器も演奏された。われわれが想像する以上に豊かな西洋音楽が西日本を中心に鳴り響いていたのかもしれない … もっともほんのいっときだけだったけれども。ちなみに「シャルマイ」は日本では「夜鳴きそば(チャルメラ)」の代名詞となり、発祥の地の欧州では音程が不安定かつ音域も狭い「セルパン」同様、すたれる運命をたどり、いまやオルガンのストップ名(リード管)として残るのみ。
これら「キリシタン音楽」の例が教えてくれるのは、よその国の文化・芸術というものは、あんがい、まったく思いもつかない国や地域で、昔のままの姿で残存していたりする、ということ。皆川先生が発見した16世紀イベリア半島の地方聖歌の話だってそう。「歌オラショ」の録音テープを持参して当地の権威に聴かせたら、「これはひじょうに古いグレゴリオ聖歌だ! 信じられん!!」と驚愕されていたそうです。
…というわけで、いま個人的に関心があるのが、以前ここでも触れた「対位法」と中世アイルランドの音楽との関係。あいにく突っこんで論じた本なり論文なりはまだ見かけたことはなし。これ、西洋音楽史を勉強している若い学生さんたちのなかでだれか取り組んでくれないかしらとひそかに(?)切望しているところでもある … 対位法、またはポリフォニーって、たいてい単旋律聖歌(グレゴリオ聖歌)に2声、3声と即興的に対旋律をつけて歌い出したのがそもそものはじまりで、発祥の地はたぶん北フランスかフランドル地方で、それがルネサンス時代になると、バンショワやジョスカン・デ・プレ、ギヨーム・デュファイ、ハインリッヒ・イザークらが登場して「通模倣」形式のモテットとかが作曲され … みたいな流れがいわば定説で、どこを突っついてもアイルランドとか英国とかは出てこない。でも「百年戦争」によってジョン・ダンスタブルなんかの甘美な響きの「3度・6度」を多用するいわゆるEnglish Descant が大陸に伝わってあたらしいスタイルを生み出したりしたわけだし(そのような英国ならではの多声音楽の作品が、たとえば14世紀後半に編纂された『オールド・ホール写本』なんかに出てくる)、ギラルドゥス・カンブレンシスの『アイルランド地誌』にさりげなく出てくる多声音楽の記述は、完全に無視していいわけではないと思う。西洋音楽の源流は、意外にも「周縁」にあるのかもしれませんぞ。
* … 笠原潔『西洋音楽の歴史』 2001年、財団法人放送大学教育振興会、pp. 149 - 179。なお番組中出てきた「ヴィオラ・ダルコ(「弓で弾く弦楽器」の意)」は、ようするにヴィオラ・ダ・ガンバ(ヴィオール)属の楽器で、たしかに「六弦」なんですが、当時のキリシタン音楽において使用されたのがいわゆる「股にはさむ」ヴィオール属なのか、それとも「肩で支える」タイプの楽器(ヴィオラ・ポンポーサみたいな弦楽器)だったかはわからないという。
2011年05月01日
「わたしはうれしかった」
ロイヤル・ウェディング、いやーよかったですねぇ … 若いおふたりの門出もそうなんですが、13年前に亡き母を弔ったのとおなじウェストミンスター・アビイで晴れの姿を披露した光景は、国教会(英国聖公会)信徒でもなんでもない一日本人から見てもじつに感動的でありました。
音楽好きから言わせれば、やはり新婦が父上のエスコートでアビイ身廊へと入場したさいに演奏されていた、あの有名なサー・チャールズ・ヒューバート・ヘイスティングス・パリーのアンセム、「わたしはうれしかった」がたいへん印象的でした … 。
このアンセム、王室の慶事では定番といってよいほどよく演奏される作品だし、また昨年のイートンカレッジ礼拝堂聖歌隊公演でもこの壮大かつ感動的な合唱作品を演奏してくれてました(もっとも芸劇のあのオルガンはコンビネーション装置の調子が悪かったらしく、オルガニストが「手動」でストップの入れ替えをしつつ伴奏するという離れ業をやってのけていた)。'I was glad when they said unto me : We will go into the house of the Lord ... ' と、「都に上る歌」の「詩編 122 」の歌詞がたたみかけるように歌いだされるさまはまさに圧巻(とくに好きなのは'We will go ... ' と各声部一音ずつずれながら入ってくるところ)。今回の結婚式で使用された楽曲はなんでも某オンラインストアにて配信されているらしいですが、ひとつ気づいたのはパリーの作品が ―― 英国人ならだれでも歌える「エルサレム」をはじめ ―― 4つも演奏されていたこと。Daily Telegraph によれば、父チャールズ皇太子が大のパリー好きだとか。また、生中継のアナウンスでは演奏楽曲はすべておふたりの選曲によるもので、(アレッドの故郷でもある) ウェールズのアングルシー島に住んでいる作曲家の声楽作品も流れた、とか聞こえたので、いま公式サイトにて使用楽曲を調べてみたら、ポール・ミーラーというまだ35歳の、アバディーン大学で講師を務めている人のモテットだった。↓
新婚生活はアングルシー島で送られるようですね。そういう関係(?)でミーラー氏に白羽の矢が当たったのだろうか。
一覧を見ると、なんとバッハの「幻想曲 BWV.572 」があったり、アイルランド出身のスタンフォードの「オルガンソナタ」もあったり、ヴォーン・ウィリアムズの「グリーンスリーヴスによる幻想曲」、現代のフィンジの「弦楽オーケストラのためのロマンス」とか、もちろん国民的作曲家のラッターの作品もありましたね。 'This is the day which the Lord hath made' というアンセムでしたが、これは結婚式のために特別に用意したんだとか。思うんだがこういうのって本来ならばCM のないNHK でノーカットでただひたすら流すべきだと思うが、あいにくそうではなかったので、退場のさい流れていたであろう、これまたお決まりのヴィドール (シュヴァイツァー博士の師匠だった「フランス・オルガン交響楽派」のひとり) の「トッカータ (「オルガン交響曲 第5 番」終曲) 」とかアングリカンものが好きな人にとってはおなじみのウォルトンとか、エルガーの「威風堂々 第5 番」なんかは当然 (?) カット。それでも式典を通して見てみると、「おや、いつも聴いている『夕べの祈り (おおよそローマカトリックの「晩課」に当たる典礼) 』とあんまり変わらないなあ」というのが率直な感想でした。カンタベリー大主教が仲立ちとなっておふたりの結婚を承認する儀式とかはもちろんふだんの典礼にはない式次第だが、聖書朗読やアンセム (英語によるモテット) なんかはふだんの典礼と変わらない。使用楽曲の豊富さ以外は「夕べの祈り」とそんなにちがいはない、という感じでしたね。「夕べの祈り」は Evensong と呼ばれるように最初から最後まで音楽づくしで、「歌による典礼」と言っていいほど。
… ここのオルガンは、一般人が入れる身廊 (nave) と聖歌隊席のある内陣 (chancel, quire) とを隔てる仕切り壁、スクリーンの両脇に向きあうようにしてそそり立っている。地デジで見るとさすがにプロスペクトの美しさが際立つが、音楽史の本によく出てくる1784 年にヘンデルを記念して開催された演奏会の版画では、ここのオルガンは西側入り口上のバルコニー席、つまりクリップに映し出されている入り口上の大きなステンドグラスのすぐ前にあった。現在の楽器は「英国王のスピーチ」で有名になった、王子の曽祖父ジョージ6 世の戴冠式のためにハリソン・アンド・ハリソン社が納入したもので、実働ストップは84。公式サイトの説明によると、2006 年に演奏台の大規模な改修がおこなわれたらしい。
…ロイヤル・ウェディングとは関係ないけれども、ここの聖堂の天井の高さにおどろかれた方も多いかと思います。ほんとうにゴシック建築って奇跡的だと思う。この前見たこちらの番組では、アミアン大聖堂を中心にそのすばらしい匠の技に着目して放映してましたが、あれは極限ともいえる当時の建築技術の粋を結集したものと言っていい。ひたすら天の高みを目指して大都市間では空前のゴシック聖堂建設ラッシュが起こったものですが、なにごとも限度というものがありまして、たとえばアミアンと高さを競っていたボーヴェ大聖堂は、当時最高の地上48m のヴォールト天井高を誇ったものの、1274年に内陣が完成してわずか2年後にあっけなく崩壊。内陣再建後の16 世紀には高さ153m に達する塔まで建立したものの、これもまた完成後ほどなくして倒壊している。TV 画面に映し出されたウェストミンスター・アビイのあの「重さ」をまったく感じさせない、「暗さ」もまったく感じさせない明るく軽やかな空間も「飛び梁 (flying buttress) 」の発明があればこそ。これなくして壁もあまりないスカスカの構造物が建っていられるはずがない。ゴシック様式の大聖堂、とくるとステンドグラスが付きものですが、恐竜のごとき「飛び梁」と「肋穹窿 (ribbed vault) 」で支える構造だからこそ、あんなに大きな窓が設置できる。当時の石工の職人芸には脱帽です。
もうひとつ目を引いたのは、身廊に沿ってアーケードのごとく立つ新緑美しい立木。あれもおふたりのアイディアだとか。なんとすばらしい! 注意深い方は聖堂を支える柱を見て気づいたはずです。あの林立するほっそりした柱の発想源はあきらかに中世の欧州を覆っていた針葉樹の森。王子の美的センスは絶妙だと感服したしだい (蛇足ながら、聖歌隊席の前に数名の赤装束の少年がいたけれども、彼らこそヘンリー・パーセルの後裔たる王室礼拝堂 [Chapel Royal] の少年聖歌隊員です、念のため。指揮者はここの音楽監督オドネル氏ですが、2000年から現職、ということなのでもう10年以上になるのか … 前任者はマーティン・ニアリー氏だと思いましたが、ニアリー氏のころに制作されたCD 「ミレニウム」はときおり聴いてます) 。
音楽好きから言わせれば、やはり新婦が父上のエスコートでアビイ身廊へと入場したさいに演奏されていた、あの有名なサー・チャールズ・ヒューバート・ヘイスティングス・パリーのアンセム、「わたしはうれしかった」がたいへん印象的でした … 。
このアンセム、王室の慶事では定番といってよいほどよく演奏される作品だし、また昨年のイートンカレッジ礼拝堂聖歌隊公演でもこの壮大かつ感動的な合唱作品を演奏してくれてました(もっとも芸劇のあのオルガンはコンビネーション装置の調子が悪かったらしく、オルガニストが「手動」でストップの入れ替えをしつつ伴奏するという離れ業をやってのけていた)。'I was glad when they said unto me : We will go into the house of the Lord ... ' と、「都に上る歌」の「詩編 122 」の歌詞がたたみかけるように歌いだされるさまはまさに圧巻(とくに好きなのは'We will go ... ' と各声部一音ずつずれながら入ってくるところ)。今回の結婚式で使用された楽曲はなんでも某オンラインストアにて配信されているらしいですが、ひとつ気づいたのはパリーの作品が ―― 英国人ならだれでも歌える「エルサレム」をはじめ ―― 4つも演奏されていたこと。Daily Telegraph によれば、父チャールズ皇太子が大のパリー好きだとか。また、生中継のアナウンスでは演奏楽曲はすべておふたりの選曲によるもので、(アレッドの故郷でもある) ウェールズのアングルシー島に住んでいる作曲家の声楽作品も流れた、とか聞こえたので、いま公式サイトにて使用楽曲を調べてみたら、ポール・ミーラーというまだ35歳の、アバディーン大学で講師を務めている人のモテットだった。↓
新婚生活はアングルシー島で送られるようですね。そういう関係(?)でミーラー氏に白羽の矢が当たったのだろうか。
一覧を見ると、なんとバッハの「幻想曲 BWV.572 」があったり、アイルランド出身のスタンフォードの「オルガンソナタ」もあったり、ヴォーン・ウィリアムズの「グリーンスリーヴスによる幻想曲」、現代のフィンジの「弦楽オーケストラのためのロマンス」とか、もちろん国民的作曲家のラッターの作品もありましたね。 'This is the day which the Lord hath made' というアンセムでしたが、これは結婚式のために特別に用意したんだとか。思うんだがこういうのって本来ならばCM のないNHK でノーカットでただひたすら流すべきだと思うが、あいにくそうではなかったので、退場のさい流れていたであろう、これまたお決まりのヴィドール (シュヴァイツァー博士の師匠だった「フランス・オルガン交響楽派」のひとり) の「トッカータ (「オルガン交響曲 第5 番」終曲) 」とかアングリカンものが好きな人にとってはおなじみのウォルトンとか、エルガーの「威風堂々 第5 番」なんかは当然 (?) カット。それでも式典を通して見てみると、「おや、いつも聴いている『夕べの祈り (おおよそローマカトリックの「晩課」に当たる典礼) 』とあんまり変わらないなあ」というのが率直な感想でした。カンタベリー大主教が仲立ちとなっておふたりの結婚を承認する儀式とかはもちろんふだんの典礼にはない式次第だが、聖書朗読やアンセム (英語によるモテット) なんかはふだんの典礼と変わらない。使用楽曲の豊富さ以外は「夕べの祈り」とそんなにちがいはない、という感じでしたね。「夕べの祈り」は Evensong と呼ばれるように最初から最後まで音楽づくしで、「歌による典礼」と言っていいほど。
… ここのオルガンは、一般人が入れる身廊 (nave) と聖歌隊席のある内陣 (chancel, quire) とを隔てる仕切り壁、スクリーンの両脇に向きあうようにしてそそり立っている。地デジで見るとさすがにプロスペクトの美しさが際立つが、音楽史の本によく出てくる1784 年にヘンデルを記念して開催された演奏会の版画では、ここのオルガンは西側入り口上のバルコニー席、つまりクリップに映し出されている入り口上の大きなステンドグラスのすぐ前にあった。現在の楽器は「英国王のスピーチ」で有名になった、王子の曽祖父ジョージ6 世の戴冠式のためにハリソン・アンド・ハリソン社が納入したもので、実働ストップは84。公式サイトの説明によると、2006 年に演奏台の大規模な改修がおこなわれたらしい。
…ロイヤル・ウェディングとは関係ないけれども、ここの聖堂の天井の高さにおどろかれた方も多いかと思います。ほんとうにゴシック建築って奇跡的だと思う。この前見たこちらの番組では、アミアン大聖堂を中心にそのすばらしい匠の技に着目して放映してましたが、あれは極限ともいえる当時の建築技術の粋を結集したものと言っていい。ひたすら天の高みを目指して大都市間では空前のゴシック聖堂建設ラッシュが起こったものですが、なにごとも限度というものがありまして、たとえばアミアンと高さを競っていたボーヴェ大聖堂は、当時最高の地上48m のヴォールト天井高を誇ったものの、1274年に内陣が完成してわずか2年後にあっけなく崩壊。内陣再建後の16 世紀には高さ153m に達する塔まで建立したものの、これもまた完成後ほどなくして倒壊している。TV 画面に映し出されたウェストミンスター・アビイのあの「重さ」をまったく感じさせない、「暗さ」もまったく感じさせない明るく軽やかな空間も「飛び梁 (flying buttress) 」の発明があればこそ。これなくして壁もあまりないスカスカの構造物が建っていられるはずがない。ゴシック様式の大聖堂、とくるとステンドグラスが付きものですが、恐竜のごとき「飛び梁」と「肋穹窿 (ribbed vault) 」で支える構造だからこそ、あんなに大きな窓が設置できる。当時の石工の職人芸には脱帽です。
もうひとつ目を引いたのは、身廊に沿ってアーケードのごとく立つ新緑美しい立木。あれもおふたりのアイディアだとか。なんとすばらしい! 注意深い方は聖堂を支える柱を見て気づいたはずです。あの林立するほっそりした柱の発想源はあきらかに中世の欧州を覆っていた針葉樹の森。王子の美的センスは絶妙だと感服したしだい (蛇足ながら、聖歌隊席の前に数名の赤装束の少年がいたけれども、彼らこそヘンリー・パーセルの後裔たる王室礼拝堂 [Chapel Royal] の少年聖歌隊員です、念のため。指揮者はここの音楽監督オドネル氏ですが、2000年から現職、ということなのでもう10年以上になるのか … 前任者はマーティン・ニアリー氏だと思いましたが、ニアリー氏のころに制作されたCD 「ミレニウム」はときおり聴いてます) 。
