いまはたぶん絶版ではないかと思うけれども、漫画家の砂川しげひささんの『のぼりつめたら大バッハ』という大笑いすることうけあいの(?)「バッハ入門本」が手許にあります(個人的にたいへんウケたのは「御前試合Part2 バッハ vs. グールド」)。で、この中に「フーガの技法を聴く技法」なる項(pp.103-6)がありまして、砂川さんの友人の版元編集者は「フーガの技法」オタクだという。彼いわく、「未完で終わっているところが、じつに技法的である」。さらにつづけて言うには「したがってバッハはフーガの技法である。と同時にフーガは未完の技法でもある」と言ったとか(笑)。
つい最近、武蔵野市民文化会館小ホールにて、この「フーガの技法」全曲をオルガンで弾くというリサイタルがある、という情報をつかみまして、さっそくホールのサイトに行ってみたらなんと完売御礼(最新ページにはもうリンクさえなし)!!! …新型インフルエンザを警戒しつつもこれだけはぜひ聴きたかったなぁ、と口惜しさをにじませつつ、門外漢の下手の横好きを承知の上で、ガス抜きしたいと思いました(苦笑)。もしこの演奏会に行かれる方が「予習をしておこう」とググったりして万が一、この記事がひっかかっても当方は一切の責を負いません(笑)。それはそうと、行かれた方の感想とかはぜひぜひ読んでみたいものです。
バッハは晩年、器楽でも声楽でも大作・傑作と呼ぶにふさわしい作品をつぎつぎと作曲していきましたが、ことに器楽作品では「音楽の捧げもの BWV.1079」とか「『高き御空よりわれは来たれり』によるカノン風変奏曲 BWV.769」とか、たんに「聴くための音楽」というより音による幾何学と言ってもいいくらいの数学的構築性が前面に押し出された作品も目立つようになります。もっともバッハの音楽って、わりと親しみやすい「ゴルトベルク」だって厳格な構造のカノンがいくつも含まれているし、このような「数学的」な音楽は「平均律」にも「インヴェンションとシンフォニア」にも認められること。そんなバッハなので、最晩年になっていよいよ対位法という作曲技法の「奥義」をきわめようと思い立ったのも、むりからぬ話ではあります。
しかしながら…「フーガの技法」ほど、謎だらけの作品もほかにないと思う。解決済みの問題(どんな楽器で弾くか、とか)もあるけれども、たとえば「未完フーガ」はこの曲集に含まれるものなのかどうか、「2台のクラヴィーア用」に編曲された「鏡像フーガ(13番a/b)」は本来この曲集に入るべき作品なのか、初版楽譜と自筆譜にしたって食いちがいが多くて、どこまでがバッハ自身の息のかかった彫版なのか、などまだまだ多くの謎が残されてもいます。
ひさしぶりに、手許にある「フーガの技法」のCDをぜんぶ引っ張り出してみた(手許に11枚、あと図書館から借りて聴いたディスクとかもあります)。ディスクのなかには演奏者自身が解説を書いているものも多くて、それぞれになるほどと思わせるところもあるし、そんなわけなかろう、みたいな箇所もあったり(たとえば「4つのカノン」にそれぞれ水・空気・火・地をあてはめた仏人オルガニストとか。これはたぶんシュテークリヒの仮説をそのまま流用したんだと思う)。またつい最近、Naxosのライブラリー試聴のときに知って、ほしいと思っていたリチャード・トレーガーのクラヴィコードによる演奏盤も手に入れたので、エマール盤やタヘツィ盤など、あらためて聴きくらべてみました(あとできればヨハネス・エルンスト-ケーラーによるオルガン演奏盤もほしいところ)。
エマールの演奏と「フーガの技法」については過去記事にてかんたんに書いているので、ここでは重複しないていどにもう一度おさらいしておきます。
1. 作曲年代 最新の筆跡・透かし模様研究によれば、「平均律」および「ゴルトベルク」完成直後の1742年ごろから着手したのではないかという。…つまり以前よく言われていた、「音楽の捧げもの」の「王の主題」から着想を得て「フーガの技法」全曲を貫く「基本主題」をこさえた…というのはまちがい、ということになる(とはいえ両者はよく似ている。とくに「転回形」主題と「王の主題」の類似性は無視できない[マルセル・ビッチ著『フーガ』文庫クセジュ、白水社、pp.62-3])。
2. 楽曲配列について ここで問題にする「配列」とはじっさいの演奏会用ではなくて、あくまで作曲者が意図した「出版用の」配列。当時の慣習からして「全曲演奏」というのはおそらく想定していないと思う(「連作」をすべて演奏する、というのは19世紀以降の発想)。とにかくバッハはContrapuncs 11までは確実に彫版を監督していたらしいから、Contrapunctus 1-11までは「初版楽譜」どおり。その後は「初版」では混乱していて、あてにならない。また「4つのカノン」は本来どこに配置される予定だったのか」についても「全曲の掉尾」という意見(バトラーなど)もあれば、「クラヴィーア練習曲集 第三巻」の「4つのデュエット」のように、終結を飾る堂々たるフーガ(BWV.552、「聖アンのフーガ」と英国で呼ばれているもの)直前に配されるべきとして、「未完フーガ」の直前だったという意見もある(ヴィーマーなど)。また「初版」では3声と4声の「鏡像フーガ」二曲の順序があべこべになっている。自筆譜(「ベルリン自筆譜」SBB-PK P200)に書かれてある順序が本来の姿。また「鏡像フーガ」13番の「2台クラヴィーア用編曲」は、やはりこの曲集には含めないほうがよいように思う。これはよくある「編曲の必要に迫られて」作曲したものかもしれないけれども、自由な声部をひとつ追加したためにきちんとした「鏡像」にさえなっていないから、やはりこの曲集にはふさわしくない。
3. 「自筆譜」は印刷版下そのものの「清書譜」なのか? 「ベルリン自筆譜」と呼ばれているバッハ直筆の楽譜については「初版」といろいろな点で食いちがっている。音価が倍になったり、拍子が変更されていたり…そもそも自筆譜からしてあまりにも「訂正」ないし「推敲」箇所が多い。小林先生とかも書いているけれども、やっぱり自分も「ベルリン自筆譜」は「決定稿」ではない気がする。強いて言えば「決定稿」半歩手前のものかな?
4. 演奏楽器について すでに1920年代にリーチュという人が「これは鍵盤楽器、とくにチェンバロ独奏用として」作曲されたものだと結論づけている。「チェンバロ派」の代表はレオンハルトで、やはり独自に論文を発表して、この作品がチェンバロを想定して作曲されたものであると結論づけている。ただしレオンハルト説では「未完のフーガ」は本来、この曲集とは無関係のものと一蹴している。ひとつの根拠として、「未完フーガ」抜きで小節数を数えると「平均律 第一巻」とおなじ小節数になるとか…また「24」という数字にこだわって「フーガの技法」も本来、24曲のフーガとカノンからなる曲集になるはずだったとか主張している人もいるけれども、「数象徴」に走る研究者同様、恣意的かつ的外れかと思う。だいいち、「ひとつの主要楽句にもとづく、ありとあらゆる種類のコントラプンクトとカノン(『故人略伝』)」が目的の曲集と、方向性じたいがちがう「平均律」とおなじに作る必要はまったくないし、バッハほどクリエイティヴな天才が「二番煎じ」みたいな試みをするとも思えないし。語法的には当時のオルガン手鍵盤の音域を逸脱した箇所(「10度のカノン」)もあるし、あきらかにチェンバロとかクラヴィコードを想定していたと思うけれども、オルガンで弾いてはいけないわけでもないと思う。曲想によってはオルガンのほうが効果的だと思われるものも含まれている(「コントラプンクトゥス第7では、全4声部を経めぐってゆく拡大形の主題を、ペダルに移しかえ適切なレジストレーション[リード管がよい!]をほどこすことによって、聞こえやすくすることが可能」――タヘツィの解説から)。
5. 未完のフーガについて 「初版」では「3主題によるフーガ Fuga a 3 Soggetti」とあるが、19世紀末のノッテボームはじめ多くの研究者が指摘するように、やはり基本主題と組み合わせて終結する「四重フーガ」だったのではないかと思う。わからないのは、『故人略伝』にある、「…バッハは最後の病気に妨げられて、彼の構想からすると、最後から二番目のフーガを完成することも、4つの主題を含んでいて、後に4声部が全部、一音符残らず正確に転回されて現れるという最後のフーガを労作することもできなかった」という一文が真に意味するところ。「未完フーガ」のあとにもう一曲、つづくのか? それともこれは、3つの主題しか書かれていない「未完フーガ」とはまるで別物の話なのか? 第一主題がじつは「基本主題」の一変形、という主張もあり、やはりよくわからない。第一主題が提示される最初の部分はそれだけで自己完結した(「フーガの技法」では全曲がかならずしも厳格な古様式を意識して作曲されてはいないが、ここでは原形・転回形の組み合わされたストレッタの頻出する厳格な古様式に立ち返っている)フーガになっている。その後活発に走り出す第二の主題と有名なB-A-C-H主題が導入されるけれども、それぞれの新主題導入の「間隔」はどんどん短くなっている。ということは基本主題が導入される「間隔」はさらに短くなっていたかもしれない――つまり終結直前にちょこっと顔を出してあっけなく終わる、という構想だったかもしれない(バトラー)。
最後は独断と偏見に満ちた(?)各「コントラプンクト」について。
1. 「原形基本主題の4声単純フーガ」。厳格な古様式書法で書かれ、バッハのほかのフーガに見られるような明確な間奏エピソードは存在せず、教会旋法的で転調さえほとんどない。出だしの主題-応答提示は「十字架型」。最後でわりと「当世風な」書法の劇的な盛り上がりがある。
2. 「原形基本主題の4声単純フーガ」その2。前者がおごそかで中立、静的としたらこっちはせかせかとせわしなく動的。出だしはB-T-A-Sと「階段状」に主題が提示される。後半(69-70小節)ではじめて変形された主題が出てくる。自筆譜ではこの直後に終止していたが、「初版楽譜」ではバッハはこのあとにソプラノ主題提示を追加、数小節書き足している。
3. 「転回基本主題の4声単純フーガ」。フレスコバルディかフローベルガーを思わせるような半音階的な対位主題がまとわりつく。後半、変形された主題と原形主題の転回形が組み合わされる。
4. 「転回基本主題の4声単純フーガ」その2。「真正な」転回形主題ではじまる。この「単一主題グループ」最後のフーガは前3曲とがらりと変わって、自由な間奏部と提示部とが交互に交代する書法。最初のグループ中もっとも大規模なフーガ(138小節)。「コントラプンクトゥス4は室内楽だ(エマール)」
5. 「変形された基本主題とその転回形による反行フーガ」。ここでふたたび厳格な古様式に立ち返る。頻繁に複雑なストレッタが現れ、みじかいエピソードのかけあい部分も緊張感あるストレッタで書かれ、二番目は「鏡像」を暗示するかのようにたがいに声部を入れ替えて現れる。終結部は6声に達する。
6. 「変形主要主題とその縮小による反行フーガ」。「初版」で「フランス様式で」と書かれたフーガ。フランス風序曲を思わせる付点リズム音型が使われていることから、演奏家のなかにはここから「あらたな形式のフーガが開始される」という合図だと解釈する人もいる。三拍子系と四拍子系のリズムが混在しているが、当時の演奏習慣にしたがって複付点音符として弾いたほうが聴き手にとっても聴きやすい。変形された基本主題と転回主題とが交互に現れるが、たがいに半分の音価に縮小されたかたちと組み合わされる。
7. 「変形主要主題とその縮小・拡大による反行フーガ」。縮小形につづいて倍の音価に拡大された変形主要主題がからみあう。拡大された主題はまるでコラールの定旋律のように聴こえる。
8. 「2つの新主題と変形主要主題による三重フーガ」。ここではじめて3声部曲が現れる。ふたつ目の主題にはすでにB-A-C-H動機が含まれている(39-42小節)。
9. 「新主題と原形基本主題による二重フーガ」。ふたたび4声にもどる。ここでは12度でたがいにひっくり返って現れる転回対位という技法が使われている(8度の転回対位は基本的な技法ゆえに、独立した楽曲としては作曲しなかったと思われる)。全曲中、最大限に「躁状態な」、つまりハイなフーガになっている。文字どおりふたつの主題の「追いかけっこ」(↓演奏例。譜例つきなので、じつにわかりやすい)。
10. 「新主題と変形主要主題による二重フーガ」。「4声の二重フーガ」その2。こちらは変形された基本主題の転回形とやはりリズムの異なる新主題とが組み合わされ、両者は10度の転回対位の関係で声部を交代して提示される。3度と6度の甘美な響きが特徴。
11. 「2つの新主題と変形主要主題による三重フーガ」その2。こちらは8番目のフーガと共通の主題をもつ4声部の三重フーガ。やはりB-A-C-H動機が含まれている。「未完フーガ」をのぞいてもっとも完成度の高いフーガで、一部の演奏家や研究者が指摘するように、受難曲を思わせるような劇的な曲想になっている。
12a/b. 「変形主要主題による鏡像フーガ」。4声部で書かれているが、全曲中唯一の3拍子をとるフーガ。途中から主題じたいがさらに変形されて現れる。ピアノなどの鍵盤楽器で弾く場合、通常はひとりではむりで、もうひとり演奏者が必要になる。オルガンの場合は足鍵盤があるから、この問題はクリアできるけれども…いずれにせよみごとと言うほかなし。
13a/b. 「変形主要主題による鏡像フーガ」。こちらは3声の鏡像フーガ。前者が静的だったのにたいし、こちらはその反動(?)でひじょうに活発に走り回る。こういう対比関係、ないし緊張関係もバッハらしいところではある。
4つのカノン 順序については諸説紛々だが、ヴィーマー説をとりたいところ。つまり15,17,16,14(決定稿のほう)がいいような気がする。カノンのみ2声で書かれたのは、厳格なカノン技法を徹底的に極めようとする意図のためだと思われるけれども、ほんの一部、規則から逸脱した箇所もある。じっさいの演奏という点をけっして忘れなかった実務家バッハらしいと言えば、らしいかな。
14. 「未完の四重フーガ」。4声。↑で書いたように、「3つの主題によるフーガ」と解釈すべきかどうか、判断しがたいところではありますが、規模からすれば「四重フーガ」であってもぜんぜんおかしくないし、これら3つの主題と基本主題とは結合可能。239小節目でぷっつり途絶えたのは、病気の進行というよりむしろ「ロ短調ミサ」とか「音楽の捧げもの」のほうを優先させていたためだろうと思う(ちなみに中断箇所の小節数が2+3+9=14、BACHだ! と主張している人もいる)。「未完フーガ」についてはほかのフーガと大きく異なり、「4声の総譜」というかたちではなくて、なぜかふつうの上下二段の鍵盤譜になっていて、そこにこちゃこちゃと書きつけられ、また紙の「片面」しか使われていない。「紙の倹約」ということにかけては人一倍うるさかったバッハがどうしてこんな書き方をしたのか? バッハはいったいなにを意図していたのだろうか?
…かならずしも「全曲演奏」すべき作品とは思っていないけれども、やっぱり一度は実演に接して聴いてみたいものですねぇ(一部だけならコープマン・マトーの二台チェンバロ連奏で聴いたことはある)。
2009年10月05日
2009年10月04日
けっきょくは愛情の深さ
以前、ちょこっと書いたことのある、浜松アクトシティ中ホールのオルガン「被水」事件。もうあれからかれこれ10年以上は経過しているけれども、オルガン好きにとってあの悲惨な事件はついきのうのことのように憶えている。もちろん、故意にやらかしたわけではないから、人間だれしもまちがいは犯すものですし、いまさらなんでスプリンクラーを誤作動させたのかとかは問いません。ただ、あの直後、フランスから飛んできた製造元のコアラン社長がひと言、地元紙記者に向かってじつに悲しげに言ったことばがひじょうに印象に残っています――「もっと楽器に愛情を注いでほしい」。しばらくして朝刊コラム欄にて、日本人はすぐ「被害額はいくらだ」とか、すぐ「お金の話」になってしまう、そのへんの意識を変えなくてはならないという趣旨のことが書かれていた。
先日、図書館に自然もののDVDビデオを返しに行ったとき(ようやく「地デジ」対応TV受像機を導入したので、自分の撮ったデジカメ画像を昔の「スライド投影機」よろしく見たり、美しい自然風景のDVDを見ることが多くなった)、音楽のコーナーをぼんやり眺めていたら、なんと! 以前Kenさんがレヴューしていた「パイプオルガン誕生」というDVD作品が目の前にあるじゃない! これだいぶ前に、NHKがデジタルハイヴィジョン番組として放映していたもので、うちはそっちの契約はしてないから、いつか深夜帯に再放送するんじゃないかしら、と気長に待ちつづけて待ちくたびれていたものでした。もちろん迷わず借りました(笑)。西伊豆へ墓参りに行ったあとで、さっそく見てみました――オルガンという楽器は設置される空間にあわせて一台一台、手作りで文字どおりなにもないところから図面を引いて設計・建造される。今回、東京カテドラル新オルガン建造に白羽の矢が立ったのは、イタリア北部の美しい山里に工房を構えるマショーニ社。典型的な同族経営・家内工業的なマショーニ社は、欧州のオルガンビルダーのなかでもきわめて伝統を重んじる会社で、金属管(鈴と鉛の合金)もすべて自前で作る。DVDを眺めているうち、上記のコワラン社の社長さんの嘆きを不意に思い出してしまった。オルガンという楽器がいかにとほうもない時間と手間をかけて建造されてゆくものなのか、このDVD作品を見てはじめて理解できたような気がする。なにしろオルガンケースを設計し、3122本もあるパイプ一本一本を職人たちが手作りし、また人間で言えば「肺」にあたる「風箱(スライダーチェスト)」を組み立て、コンソール(演奏台)を作り…そうして精魂こめて完成させた部材を日本へ送り出し、こんどは現場で複雑なジグソーパズルよろしく組みあげる。組み立てが完了すればはいお疲れさん、とはいかなくて、ここから先はまたしても骨の折れる「調律」と「整音」作業が待っている。水銀灯の発する雑音も邪魔になるから、夜通し作業するときは真っ暗闇の中。木管・金属管一本一本について、納得いくまでひたすらミリ単位の微調整を繰り返す。この会社の場合は経営者マショーニ三兄弟のひとりが担当していました。
このビデオを見て、なるほど! と思ったのがイタリアの有名な古オルガンが映ったときでした――あのボローニャの楽器! 以前図書館で借りたパレストリーナとかデ・マックとかのオルガン作品を弾いたタミンハのCDで使われていたオルガン好きにはわりと知られた1470年代に建造された古楽器でした(ダ・ヴィンチが生きていた時代の楽器ですよ)…東京カテドラルの楽器はミラノの古楽器の響きをモデルにしているそうですが、どうりでどっかで聴いたことあるような、たいへんやわらかくて暖か味のある音色だったんですね(あそこのオルガンについては「アーレントオルガン」ものを出しているギエルミさんが監修していたのですね。ギエルミさんが地元教会の楽器のストップを引き出してはこれはこんな音がします、とか言ってデモ演奏をしてくれたシーンはたいへんおもしろかった)。
ふだんはお目にかかることさえない、オルガンの内部とか、トラッカーアクションにローラーボードといった昔の職人の創意工夫の成果もぞんぶんに紹介されてまして、とにかく感動しました。もっとも印象的だったのは、組み立て完了後、職人のひとりがはじめて自分たちの組み立てた楽器の「音出し」をする場面。はじめやや緊張気味にバッハの「トッカータ(、アダージョとフーガ ハ長調) BWV.564」冒頭部を弾きはじめたのですが、分厚い和音をフルストップで鳴らしたり、ヴィドールの「トッカータ(「オルガン交響曲 第5番」から)」を試奏するあたりになると、満面の笑顔。楽器の響きぐあいが自分たちの思い描いていたとおりだったのでしょう、職人たちの顔は子どもみたいに輝いていました。またオルガンの「肺」がふくらんだり縮んだり、生きた人間の呼吸そっくりな動きをするのもはじめて見た(風圧調整器の部分だと思う。「重し」が乗っていたから)。なるほど、だからバッハ先生は新造オルガン検査のとき、「この楽器がいい肺を持っているかどうか見ないとね」と言ってフルストップでばりばり弾いたんだな。
とにかくこんなおもしろい音楽ものビデオ作品ははじめて見た。オルガンという楽器をよく知らない人にもこれはおすすめです。かくいう自分も「ブルドン Bourdon(木管)」とか「ヴォーチェ・ウマーナ(Voce Umana[伊]、「人間の声」の意。豆腐屋のラッパみたいな音を出すリード金属管)」というストップのパイプが、じっさいにはどんな響きなのか、またオルガンでもっとも重要な「プリンシパル principal(e)」列はどんな音色なのか、それぞれ単独で聴くことなどほとんどないから、これはひじょうに勉強になりました(→東京カテドラル公式サイト内のマショーニオルガンのページ。なお、こちらの画像のいちばん下に写っているストップが、「水笛」のストップ)。
オルガンはたしかに「高い」買い物かもしれないけれども、職人たちが狭いオルガンケースの中で頭をぶつけながら一所懸命に組み立てているということを知れば、一見、とっつき悪そうな巨大な楽器もきわめて人間臭く見えてくるだろうし、楽器に注ぐ愛情も強く、深くなってくるように思われます(それにしてもあのトラッカーアクションってすごい仕掛けだ。素麺みたいなぺらぺらの細長い棒状の板がそれぞれの音鍵に連結されているのだから! そして、オルガニストの指の動きに瞬時に反応するさまも目の当たりにした。どうりで古い時代のイタリアのオルガン教本かなにかに、「トラッカーアクションはオルガニストの指をつくる」とか書いてあったわけだ)。
「愛情」ということでは、先だって英国から届いた封書。中身はここの教会の修復されたオルガンのこけら落とし演奏会のリーフレット。ここのオルガンもまた、地元教区民の並々ならぬ愛情と思いがこめられていることを知って、ひとりで感動していた。ここにかいつまんで書きますと――『地殻の物理学』なる本まで書くような地理学者でもあったここの教区教会主任司祭が以前勤めていた教会に建造させたオルガンがなんらかの事情で使われなくなり、そのケースを譲ってもらったのが1865年のこと。その2年後、こんどは最愛の妻を若くして亡くしてしまい、1869年、亡き妻にささげるためにそれまでオルガンさえなかったこの教区教会に譲り受けたケースを使って4ストップのささやかなオルガンを設置させた、という(この人は96歳まで長生きした)。その後、ちょうど40年前に手動の「ふいご」から電動式送風機に切り替えられたりしたものの、長年の湿気にさらされつづけたためと寄る年波には勝てず、ついにこの19世紀の楽器は2004年に取り払われた。そのとき教区教会の音楽面を熱心に支えていた教区委員のひとりマンフレッド・ヘッブルスウェイトという方が亡くなり、故ヘッブルスウェイト氏の夫人が多額の寄付を申し出た。この寄付を元手にして、教会とつながりのあるケンブリッジ・ジーザスカレッジの当時の音楽監督やオルガンビルダーたちと教会側が協議して、あらたに修復されるオルガンを設置することに決まった。規模も拡張され、3つの手鍵盤と足鍵盤をもつ21ストップの堂々とした楽器へと「変身」。建造当時の音色を守るためにパイプはほとんどが旧楽器と近隣教会から譲渡された19世紀末に製作されたものを使用、ケースのプロスペクトも以前の楽器のものを修復した上でそのまま流用。音響面と設置上の考慮からいままで設置されていた北側入り口ではなく、西口にオルガンのためのバルコニー(オルガンロフト)をあらたに作り、そこへ修復した楽器を設置することに決まり、ついに今年6月、修復された新オルガンは完成した…。
このような地方のちっぽけな教区教会の、これまた小型のオルガンではありますが、その背後にはこのようにじつに多くの人の「熱い思い」がこめられているのです。いまのご時世、あまりにも多くの場面ですぐ「カネ」のことが話題にのぼるのを見聞きしますが、そういう呪縛から逃れられるようになるのはいったいいつになることやら。
先日、図書館に自然もののDVDビデオを返しに行ったとき(ようやく「地デジ」対応TV受像機を導入したので、自分の撮ったデジカメ画像を昔の「スライド投影機」よろしく見たり、美しい自然風景のDVDを見ることが多くなった)、音楽のコーナーをぼんやり眺めていたら、なんと! 以前Kenさんがレヴューしていた「パイプオルガン誕生」というDVD作品が目の前にあるじゃない! これだいぶ前に、NHKがデジタルハイヴィジョン番組として放映していたもので、うちはそっちの契約はしてないから、いつか深夜帯に再放送するんじゃないかしら、と気長に待ちつづけて待ちくたびれていたものでした。もちろん迷わず借りました(笑)。西伊豆へ墓参りに行ったあとで、さっそく見てみました――オルガンという楽器は設置される空間にあわせて一台一台、手作りで文字どおりなにもないところから図面を引いて設計・建造される。今回、東京カテドラル新オルガン建造に白羽の矢が立ったのは、イタリア北部の美しい山里に工房を構えるマショーニ社。典型的な同族経営・家内工業的なマショーニ社は、欧州のオルガンビルダーのなかでもきわめて伝統を重んじる会社で、金属管(鈴と鉛の合金)もすべて自前で作る。DVDを眺めているうち、上記のコワラン社の社長さんの嘆きを不意に思い出してしまった。オルガンという楽器がいかにとほうもない時間と手間をかけて建造されてゆくものなのか、このDVD作品を見てはじめて理解できたような気がする。なにしろオルガンケースを設計し、3122本もあるパイプ一本一本を職人たちが手作りし、また人間で言えば「肺」にあたる「風箱(スライダーチェスト)」を組み立て、コンソール(演奏台)を作り…そうして精魂こめて完成させた部材を日本へ送り出し、こんどは現場で複雑なジグソーパズルよろしく組みあげる。組み立てが完了すればはいお疲れさん、とはいかなくて、ここから先はまたしても骨の折れる「調律」と「整音」作業が待っている。水銀灯の発する雑音も邪魔になるから、夜通し作業するときは真っ暗闇の中。木管・金属管一本一本について、納得いくまでひたすらミリ単位の微調整を繰り返す。この会社の場合は経営者マショーニ三兄弟のひとりが担当していました。
このビデオを見て、なるほど! と思ったのがイタリアの有名な古オルガンが映ったときでした――あのボローニャの楽器! 以前図書館で借りたパレストリーナとかデ・マックとかのオルガン作品を弾いたタミンハのCDで使われていたオルガン好きにはわりと知られた1470年代に建造された古楽器でした(ダ・ヴィンチが生きていた時代の楽器ですよ)…東京カテドラルの楽器はミラノの古楽器の響きをモデルにしているそうですが、どうりでどっかで聴いたことあるような、たいへんやわらかくて暖か味のある音色だったんですね(あそこのオルガンについては「アーレントオルガン」ものを出しているギエルミさんが監修していたのですね。ギエルミさんが地元教会の楽器のストップを引き出してはこれはこんな音がします、とか言ってデモ演奏をしてくれたシーンはたいへんおもしろかった)。
ふだんはお目にかかることさえない、オルガンの内部とか、トラッカーアクションにローラーボードといった昔の職人の創意工夫の成果もぞんぶんに紹介されてまして、とにかく感動しました。もっとも印象的だったのは、組み立て完了後、職人のひとりがはじめて自分たちの組み立てた楽器の「音出し」をする場面。はじめやや緊張気味にバッハの「トッカータ(、アダージョとフーガ ハ長調) BWV.564」冒頭部を弾きはじめたのですが、分厚い和音をフルストップで鳴らしたり、ヴィドールの「トッカータ(「オルガン交響曲 第5番」から)」を試奏するあたりになると、満面の笑顔。楽器の響きぐあいが自分たちの思い描いていたとおりだったのでしょう、職人たちの顔は子どもみたいに輝いていました。またオルガンの「肺」がふくらんだり縮んだり、生きた人間の呼吸そっくりな動きをするのもはじめて見た(風圧調整器の部分だと思う。「重し」が乗っていたから)。なるほど、だからバッハ先生は新造オルガン検査のとき、「この楽器がいい肺を持っているかどうか見ないとね」と言ってフルストップでばりばり弾いたんだな。
とにかくこんなおもしろい音楽ものビデオ作品ははじめて見た。オルガンという楽器をよく知らない人にもこれはおすすめです。かくいう自分も「ブルドン Bourdon(木管)」とか「ヴォーチェ・ウマーナ(Voce Umana[伊]、「人間の声」の意。豆腐屋のラッパみたいな音を出すリード金属管)」というストップのパイプが、じっさいにはどんな響きなのか、またオルガンでもっとも重要な「プリンシパル principal(e)」列はどんな音色なのか、それぞれ単独で聴くことなどほとんどないから、これはひじょうに勉強になりました(→東京カテドラル公式サイト内のマショーニオルガンのページ。なお、こちらの画像のいちばん下に写っているストップが、「水笛」のストップ)。
オルガンはたしかに「高い」買い物かもしれないけれども、職人たちが狭いオルガンケースの中で頭をぶつけながら一所懸命に組み立てているということを知れば、一見、とっつき悪そうな巨大な楽器もきわめて人間臭く見えてくるだろうし、楽器に注ぐ愛情も強く、深くなってくるように思われます(それにしてもあのトラッカーアクションってすごい仕掛けだ。素麺みたいなぺらぺらの細長い棒状の板がそれぞれの音鍵に連結されているのだから! そして、オルガニストの指の動きに瞬時に反応するさまも目の当たりにした。どうりで古い時代のイタリアのオルガン教本かなにかに、「トラッカーアクションはオルガニストの指をつくる」とか書いてあったわけだ)。
「愛情」ということでは、先だって英国から届いた封書。中身はここの教会の修復されたオルガンのこけら落とし演奏会のリーフレット。ここのオルガンもまた、地元教区民の並々ならぬ愛情と思いがこめられていることを知って、ひとりで感動していた。ここにかいつまんで書きますと――『地殻の物理学』なる本まで書くような地理学者でもあったここの教区教会主任司祭が以前勤めていた教会に建造させたオルガンがなんらかの事情で使われなくなり、そのケースを譲ってもらったのが1865年のこと。その2年後、こんどは最愛の妻を若くして亡くしてしまい、1869年、亡き妻にささげるためにそれまでオルガンさえなかったこの教区教会に譲り受けたケースを使って4ストップのささやかなオルガンを設置させた、という(この人は96歳まで長生きした)。その後、ちょうど40年前に手動の「ふいご」から電動式送風機に切り替えられたりしたものの、長年の湿気にさらされつづけたためと寄る年波には勝てず、ついにこの19世紀の楽器は2004年に取り払われた。そのとき教区教会の音楽面を熱心に支えていた教区委員のひとりマンフレッド・ヘッブルスウェイトという方が亡くなり、故ヘッブルスウェイト氏の夫人が多額の寄付を申し出た。この寄付を元手にして、教会とつながりのあるケンブリッジ・ジーザスカレッジの当時の音楽監督やオルガンビルダーたちと教会側が協議して、あらたに修復されるオルガンを設置することに決まった。規模も拡張され、3つの手鍵盤と足鍵盤をもつ21ストップの堂々とした楽器へと「変身」。建造当時の音色を守るためにパイプはほとんどが旧楽器と近隣教会から譲渡された19世紀末に製作されたものを使用、ケースのプロスペクトも以前の楽器のものを修復した上でそのまま流用。音響面と設置上の考慮からいままで設置されていた北側入り口ではなく、西口にオルガンのためのバルコニー(オルガンロフト)をあらたに作り、そこへ修復した楽器を設置することに決まり、ついに今年6月、修復された新オルガンは完成した…。
このような地方のちっぽけな教区教会の、これまた小型のオルガンではありますが、その背後にはこのようにじつに多くの人の「熱い思い」がこめられているのです。いまのご時世、あまりにも多くの場面ですぐ「カネ」のことが話題にのぼるのを見聞きしますが、そういう呪縛から逃れられるようになるのはいったいいつになることやら。
2009年09月06日
シュヴァイツァー博士の演奏
今月4日はシュヴァイツァー博士の命日( 1965年没 )。というわけで、「阿修羅展」の帰りに買ってきたシュヴァイツァー博士の3枚組CDを聴いています。前にも書いたけれどもこちらの録音は戦後まもないころのもので、以前東芝 EMI から LPで出ていたものより新しい。よく見かける「グンスバッシュ教区教会のオルガンを弾くシュヴァイツァー博士」という写真も、じつはそのときに撮られたもの( →こちらの画像 )。
博士はアフリカ大陸の仏領赤道アフリカ(いまのガボン共和国)で黒人たちの医療奉仕の道に進むと決めたとき、オルガンの師匠ヴィドールから、「音楽家のおまえになにができるんだ、銃も持たずに戦場に行くようなもんだ!」と頑強に反対された。けれどもヴィドールは愛弟子の意思が揺らがないことを知ると、こんどは逆に資金集めのオルガンリサイタルを開いたりと奔走してくれたという。ある意味このふたりは、理想的な師弟関係だったのかもしれない。けれどもシュヴァイツァー博士も人の子、やはり音楽との「今生の別れ」はさぞつらかったろうと思う。かつて「古オルガンを守れ!」と欧州中を駆け回っては歴史的オルガン保護のカンパのための演奏会を開いたり、また名著『ヨハン・ゼバスティアン・バッハ』を世に問うなど、まさに音楽家として脂の乗り切っていたそのときに医者になることを決意し、大学に入りなおして医学の勉強をし、医師となってひとり密林のただなかへ飛びこんでいったのだから(「オルガン小曲集」の本質を見抜いた『バッハ』の記述は有名 )。現地の黒人社会特有の慣習に戸惑いつつも懸命に診療に当たっていたある日、フランスの友人たちから思いがけずすばらしいプレゼントを贈られた ―― 足鍵盤つきのアップライトピアノ! 高温多湿の熱帯での使用に耐えられるように特注で製作された楽器でした。しかし当初、博士はあまり喜んでいなかったらしい。「もう音楽家としての生命は終わったのだ。はやく手と足を鈍らせたほうがあきらめもつくだろう」、そんなふうに考えていたそうです。ところが仕事上でどうしても苛立ちが押さえきれずに悶々としていたある日のこと、ふと思い立った。「そうだ、こういうときこそ偉大なバッハの音楽を研究すべきではないか」。考え直して贈られたピアノに向かうと、不思議と気持ちもやわらいでいった。以後、博士はすこしでも時間ができると、この熱帯仕様足鍵盤つき特製ピアノでバッハの鍵盤作品の研究に没頭したと言います( →そのピアノを弾くシュヴァイツァー博士 )。
シュヴァイツァーの演奏は、こんにちの聴き手の耳からすると、たとえばヴァルヒャやリヒターの比ではなく、ましてや超絶技巧でその名を知られるヴァージル・フォックスとは比べものにならない。スタイルも古くて、ロマン派的な発想を随所に引き摺ってもいる( 有名な「ニ短調のトッカータ BWV.565 」も収録されているけれども、テンポが異様に遅く感じられる )。シュヴァイツァーは医師として活動しはじめたあとは一介のアマチュア演奏家として、帰国した折にランバレネ病院の運営資金集めの手段としてオルガン演奏会を開くていどでした。そんなシュヴァイツァーの演奏に感銘を受けていた若き音楽家がいました ―― それが 20世紀を代表する「バッハ弾き」と言ってもよい、ヘルムート・ヴァルヒャその人でした。ギュンター・ラミンのもとで必死にバッハのポリフォニーの糸を手繰り寄せて吸収していったヴァルヒャ青年にとっては、まさにこのシュヴァイツァーの演奏こそお手本だったという。それはサイモン・プレストンのことばを借りれば、「気取らない演奏」*。厚ぼったいごてごてしたライプツィッヒオルガン楽派の演奏スタイルに疑問を感じていたヴァルヒャは、やがてフランクフルトでシュヴァイツァーを道しるべとして、独自の道を歩むようになる。このとき師匠のラミンは弟子の離反を決して許そうとはしなかったと言われています( 日本語版Wikipedia記事を見たら、最初の音楽の師オイゲン・ミュンヒが名指揮者シャルル・ミュンシュの叔父だったとは知らなかった )。
たしかにこうしてシュヴァイツァーの弾くバッハに耳を傾けていると、人間的な温かみ、精神性というものを強く感じます。これで録音がもっと響きのいいステレオだったらさぞや…と思う。前にも書いたけれども演奏もまた人なり、ですね。とにかくこの3枚組のアルバムはすばらしい。買って正解でした。
*…『バッハ全集』小学館刊から。
博士はアフリカ大陸の仏領赤道アフリカ(いまのガボン共和国)で黒人たちの医療奉仕の道に進むと決めたとき、オルガンの師匠ヴィドールから、「音楽家のおまえになにができるんだ、銃も持たずに戦場に行くようなもんだ!」と頑強に反対された。けれどもヴィドールは愛弟子の意思が揺らがないことを知ると、こんどは逆に資金集めのオルガンリサイタルを開いたりと奔走してくれたという。ある意味このふたりは、理想的な師弟関係だったのかもしれない。けれどもシュヴァイツァー博士も人の子、やはり音楽との「今生の別れ」はさぞつらかったろうと思う。かつて「古オルガンを守れ!」と欧州中を駆け回っては歴史的オルガン保護のカンパのための演奏会を開いたり、また名著『ヨハン・ゼバスティアン・バッハ』を世に問うなど、まさに音楽家として脂の乗り切っていたそのときに医者になることを決意し、大学に入りなおして医学の勉強をし、医師となってひとり密林のただなかへ飛びこんでいったのだから(「オルガン小曲集」の本質を見抜いた『バッハ』の記述は有名 )。現地の黒人社会特有の慣習に戸惑いつつも懸命に診療に当たっていたある日、フランスの友人たちから思いがけずすばらしいプレゼントを贈られた ―― 足鍵盤つきのアップライトピアノ! 高温多湿の熱帯での使用に耐えられるように特注で製作された楽器でした。しかし当初、博士はあまり喜んでいなかったらしい。「もう音楽家としての生命は終わったのだ。はやく手と足を鈍らせたほうがあきらめもつくだろう」、そんなふうに考えていたそうです。ところが仕事上でどうしても苛立ちが押さえきれずに悶々としていたある日のこと、ふと思い立った。「そうだ、こういうときこそ偉大なバッハの音楽を研究すべきではないか」。考え直して贈られたピアノに向かうと、不思議と気持ちもやわらいでいった。以後、博士はすこしでも時間ができると、この熱帯仕様足鍵盤つき特製ピアノでバッハの鍵盤作品の研究に没頭したと言います( →そのピアノを弾くシュヴァイツァー博士 )。
シュヴァイツァーの演奏は、こんにちの聴き手の耳からすると、たとえばヴァルヒャやリヒターの比ではなく、ましてや超絶技巧でその名を知られるヴァージル・フォックスとは比べものにならない。スタイルも古くて、ロマン派的な発想を随所に引き摺ってもいる( 有名な「ニ短調のトッカータ BWV.565 」も収録されているけれども、テンポが異様に遅く感じられる )。シュヴァイツァーは医師として活動しはじめたあとは一介のアマチュア演奏家として、帰国した折にランバレネ病院の運営資金集めの手段としてオルガン演奏会を開くていどでした。そんなシュヴァイツァーの演奏に感銘を受けていた若き音楽家がいました ―― それが 20世紀を代表する「バッハ弾き」と言ってもよい、ヘルムート・ヴァルヒャその人でした。ギュンター・ラミンのもとで必死にバッハのポリフォニーの糸を手繰り寄せて吸収していったヴァルヒャ青年にとっては、まさにこのシュヴァイツァーの演奏こそお手本だったという。それはサイモン・プレストンのことばを借りれば、「気取らない演奏」*。厚ぼったいごてごてしたライプツィッヒオルガン楽派の演奏スタイルに疑問を感じていたヴァルヒャは、やがてフランクフルトでシュヴァイツァーを道しるべとして、独自の道を歩むようになる。このとき師匠のラミンは弟子の離反を決して許そうとはしなかったと言われています( 日本語版Wikipedia記事を見たら、最初の音楽の師オイゲン・ミュンヒが名指揮者シャルル・ミュンシュの叔父だったとは知らなかった )。
たしかにこうしてシュヴァイツァーの弾くバッハに耳を傾けていると、人間的な温かみ、精神性というものを強く感じます。これで録音がもっと響きのいいステレオだったらさぞや…と思う。前にも書いたけれども演奏もまた人なり、ですね。とにかくこの3枚組のアルバムはすばらしい。買って正解でした。
*…『バッハ全集』小学館刊から。
2009年07月26日
また新発見 > モーツァルト
N響の正指揮者で新国立劇場オペラ芸術監督としても活躍されていた若杉弘氏が急逝された。行年74歳。先月のマイケルといい、その前の作曲家の三木たかし氏も逝去されて、なんだか音楽関係者が物故することが多いような…気がします。若杉氏の場合はオペラに力を入れていたから、どちらかいうと自分はそっち系は苦手(?)でもっぱら器楽と声楽専門みたいな人なので、あまりよくは知らないのですが、ちょっとびっくりしました。日本人歌手の活躍の場をもっと広げようとがんばりすぎていたのかもしれない。ご冥福をお祈りします。
…西洋の有名音楽家でも、「早世の天才」はけっこういますが、今年記念イヤーの人ではメンデルスゾーンとかパーセルとかがそうですね。2006年が生誕250年だったモーツァルトはここのところ新発見という話題がつづいていましたが、今年もまた見つかったとの報道が。
この前の発見はたしか声楽曲で、ニ長調の「グロリア」(とそのとなりに「キリエ」)となんだかわからない曲の断片…だったと思う。で、今回見つかったのは、初期のピアノ曲なんだそうです。当時の楽器だから、フォルテピアノか。モーツァルト自身が使っていた(!!)楽器で「再演」するというから、これはおもしろそうです。
古楽器ついでに先日、地元で活躍されているチェンバロ奏者の杉山佳代先生門下生によるコンサート(発表会)を聴きに富士市まで行ってきたのですが、まだ高校生(?)くらいの、ハイヒールにタンクトップ(?、すいません、アパレル関係の用語はさっぱりでちがっていたらごめんなさい、と先に謝っておきます)みたいな、自分よりはるかに薄着な「いまどきの」女の子が華麗な指捌きでフローベルガーの「組曲 第10番」とか弾いているのを見ると、なんだかうれしくなってしまう。師匠の杉山先生(コープマンに師事していた)も弾いてまして、のっけから大好きなスヴェーリンクの「わが青春はすでに過ぎ去り」をチェンバロで演奏してくれたし、クラヴィコードの生の音もはじめて聴けたし、満足でした。…とはいえクラヴィコードってほんと「消え入りそうな」くらい、音が小さい楽器だったんですね(汗)。しかも低音部はショートオクターヴだし。よくあんな変則的な鍵盤で「半音階的フーガ BWV.903」が弾けるもんだ、とヘンなところで感銘を受けたり…。
今週の「バロックの森」は「低音の魅力」。とくに木曜放送分の、「バス・リコーダーとビオラという珍しい組み合わせを用いたトリオ・ソナタ」というのはいったいどんな曲なんだろう…たしかにこれは珍しい組み合わせですね。
…西洋の有名音楽家でも、「早世の天才」はけっこういますが、今年記念イヤーの人ではメンデルスゾーンとかパーセルとかがそうですね。2006年が生誕250年だったモーツァルトはここのところ新発見という話題がつづいていましたが、今年もまた見つかったとの報道が。
この前の発見はたしか声楽曲で、ニ長調の「グロリア」(とそのとなりに「キリエ」)となんだかわからない曲の断片…だったと思う。で、今回見つかったのは、初期のピアノ曲なんだそうです。当時の楽器だから、フォルテピアノか。モーツァルト自身が使っていた(!!)楽器で「再演」するというから、これはおもしろそうです。
古楽器ついでに先日、地元で活躍されているチェンバロ奏者の杉山佳代先生門下生によるコンサート(発表会)を聴きに富士市まで行ってきたのですが、まだ高校生(?)くらいの、ハイヒールにタンクトップ(?、すいません、アパレル関係の用語はさっぱりでちがっていたらごめんなさい、と先に謝っておきます)みたいな、自分よりはるかに薄着な「いまどきの」女の子が華麗な指捌きでフローベルガーの「組曲 第10番」とか弾いているのを見ると、なんだかうれしくなってしまう。師匠の杉山先生(コープマンに師事していた)も弾いてまして、のっけから大好きなスヴェーリンクの「わが青春はすでに過ぎ去り」をチェンバロで演奏してくれたし、クラヴィコードの生の音もはじめて聴けたし、満足でした。…とはいえクラヴィコードってほんと「消え入りそうな」くらい、音が小さい楽器だったんですね(汗)。しかも低音部はショートオクターヴだし。よくあんな変則的な鍵盤で「半音階的フーガ BWV.903」が弾けるもんだ、とヘンなところで感銘を受けたり…。
今週の「バロックの森」は「低音の魅力」。とくに木曜放送分の、「バス・リコーダーとビオラという珍しい組み合わせを用いたトリオ・ソナタ」というのはいったいどんな曲なんだろう…たしかにこれは珍しい組み合わせですね。
2009年07月03日
盲いて音楽の泉を汲む人
まずは「バロックの森」からまとめて。先週分の「中世・ルネサンスのミサ曲」。最初に「ミサ通常文」に通作したランス大聖堂聖職者にして作曲家だったマショーの「ノートルダム・ミサ」、前にも聴いたけれどもオケヘムの超絶対位法による「ミサ・プロラツィオヌム(拍子の異なる四つのパートが同時に歌われる)」、ルネサンス時代に流行った対位技法のひとつ、模倣様式の頂点をなすと言われるジョスカン・デ・プレのミサ曲「舌よ、歌え」、対抗宗教改革時代の「トリエント公会議」の決定を受けて、「歌詞が聞き取れるようにした」パレストリーナのミサ曲、「教皇マルチェルスのミサ」とか、まさに大作ぞろい(バッハ最晩年の一連の「古様式」ものは、パレストリーナやフレスコバルディふうの対位法書法が使われています)。また今回、放送を聴取しておもしろかったのは、ギヨーム・デュファイはワインにもうるさかったらしい、ということ。シャンソン「さらば、ランのよきワインよ」なんて作品まで残しているんですね。よっぽどそこのワインがうまかったんだな(笑、ちなみにバッハもワイン好きで、晩年のライプツィッヒ時代では当地で流行ったコーヒーも好きだったらしい)。デュファイときて、fauxbourdon という用語も思い出した。自分もこれよくわかんないんですが( 笑、意味は「見かけの低音部」くらいでしょうか。bourdon ということばはもとは擬音語で、ハナバチみたいな太っちょのハチがブンブンいう羽音からきている )、デュファイの場合は、上声パートにたいして即興的に完全 4度下もしくは 6度下で歌われた内声パートのことを指すようです( 英国ではこのような和声進行をディスカントと呼ばれたようで、「イングリッシュ・ディスカント」なる呼称もあります )。
今週は、テレマンが富裕市民階級の奏楽向けに書いたというその名もずばり「音楽の練習」なる曲集の特集でした。この 1740年に出版されたという室内楽曲集は初耳でしたが、ふつう通奏低音担当楽器、チェンバロやヴィオールといった脇役を主役に据えたトリオ・ソナタとかがちょっとバッハを思わせておもしろかった。けさの「リクエスト」では、北ドイツオルガン楽派の祖、オランダのスヴェーリンクの傑作のひとつ、「エコー・ファンタジア」もかかりましたね。明日の朝はこれまた楽しみなのが、オルランド・ディ・ラッソの「楽しいこだま( O lá! O Che Bon Eccho )」。合唱は、言わずと知れたドイツの名門、レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊。使用盤は日本クラウンらしいけれども、廃盤になった古い音源らしい。この曲、東京カテドラルにてBoni Pueriで聴いたけれども、文字どおり数人の団員が背後から「こだま」を返す、とても楽しい歌です。作曲者ラッソ自身も少年時代は美しいソプラノヴォイスの持ち主ゆえに、その美声をめぐって何度か「誘拐」されたこともある、ある意味すごい経歴の持ち主でもあります( 英国でもたとえば「王室礼拝堂 Chapel Royal 」は田舎の大聖堂や修道院を回っては優秀な少年聖歌隊員を公然とさらっていた )。
昨夜、NHK総合にていまやときの人、辻井伸行さんが生出演してピアノを弾いていたので番組を見てみた。ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール審査員のひとりが、こんなこと言ってました。「彼の演奏は飾り気がなくて、素直だ」と。コンクールの審査員って、だいたいメモ書きしていますね。でも辻井さんの演奏が始まったとたん、この審査員の先生はノートを閉じ、演奏に聴き入っていたという。
かつてサイモン・プレストンがヘルムート・ヴァルヒャの演奏を、「素朴で、飾ったところがないからよかったんです」と評しているのを読んだことがあります。辻井さんの場合も、まったくおんなじでした。梯剛之さんもそうだけど、盲目というハンデイを背負った演奏家はそれゆえに「音」にたいする反応が異常なほど発達しています。バッハがヴァイマール宮廷で宮仕えしていたころ、公子エルンストが留学していたオランダではヤン・ヤコプ・デ-グラーフという盲目のオルガニストが、当時最先端だったイタリア様式の協奏曲形式をひとりでオルガンで弾くという妙技を披露して人々を驚かせていたという。音楽理論家のマッテゾンをして、「三声や四声からなるあらゆる最新のイタリアの協奏曲やソナタを暗譜しており、わたしの眼前で、氏のすばらしいオルガンをもちいて驚くべき正確さでこれらを演奏した」(1717年)。16世紀スペインにもアントニオ・デ・カベソンというやはり盲目のオルガンの名手がいて、「スペインのバッハ」なる異名をとるほどの大作曲家でもありました。
辻井さんの演奏を聴いた審査員先生の話にもどると、つまるところ辻井さんの奏でる音楽は、演奏行為という介在をもはや感じさせない域にまで到達していたということではないかと思うのです。だれだって心から音楽に聴き入るときは、目を閉じて耳だけで聴こうとすると思います。目の見えない人は、もともと音にたいする感覚が研ぎ澄まされているから、それゆえ音楽の本質に迫れるのだと思います。審査員先生が指摘するごとく、最近は技巧に走る奏者が多いとは感じる。もっとも最低限必須の演奏技術は必要です。どんなに複雑な楽曲でも、作曲者が訴えたいことを汲み取って、音楽として再現しなくてはならない。これはたいへんなことです。そしてピアノという楽器は、チェンバロやオルガンにはない難しさがある。たとえば音色・鍵盤の形状などは、チェンバロほどには楽器製作者のクセとか、お国柄によるバラつきは少ない。でも左手と右手の微妙なタッチの差がすぐ音に反映される。これを完璧にコントロールしたうえで、なるべく作曲者の意図に迫り、解釈したものを音として出さなくてはならない。辻井さんの指の動きを見ているととてもしなやかで美しく、神業にも思える。
ヴァルヒャも辻井さんも、「盲目だから、ではなくて、ひとりの演奏家として見てほしい」というまったくおんなじことを言っているから、「盲目の演奏家は…」という言い方はたしかによくない。辻井さんに言わせれば、「心の目は見えているから、大丈夫」! だからあのようにピアノと一心同体になれるんですね。それが聴く人の心に、音楽のもつ力をストレートに、深く伝えているのだと思う(余談ながら、「杜のホールはしもと」でBoni Pueri公演を聴きに行ったとき、年明け3月に辻井さんのリサイタルを予告するチラシを見かけました…そのとき聴いておけばよかったかな?)。
…そういえば今年は6点点字の発明者、ルイ・ブライユも今年が生誕200年。パリ盲学校出身の彼もまた、すぐれた教会オルガニストとして活躍していました。やはり即興演奏が得意だったようです(点字楽譜について、このようなページを見つけましたが、点字楽譜の普及についてはどうなんだろう…。点訳本でさえ需要に追いついていないので、点字楽譜の場合はさらに輪をかけて追いついていないのではないかと思ったしだいです)。
…と、話はまったく関係ない方向へいきなり飛んでしまって申し訳ないのですが、静岡県民のひとりとしてどうしても一言だけ言いたい。明日は県知事選挙の投票日。ここ二週間ばかし、静岡県知事選挙戦のことがかまびすしくメディアでも取り上げられたりしましたが、「衆院選の前哨戦」だなんて冗談じゃないですよ。「政争の具」にしないでいただきたい。今回の選挙は、県民のために真摯に仕事をしてくれる、しかるべき人を選ぶための選挙です! 個人的には、前知事在任四期16年はひどかったと思う。なんで県民の税金で「搭乗率保証」なんかしないといけないの? 飲酒運転した県職員については免職さえしなかったし、教育委員会や財務事務所の「プール金」問題が立てつづけににバレたときもけっきょくなんだかよくわからないかたちで収拾してしまったし…こんどはもうすこしまともな感覚をもった人に就いてもらいたい。
今週は、テレマンが富裕市民階級の奏楽向けに書いたというその名もずばり「音楽の練習」なる曲集の特集でした。この 1740年に出版されたという室内楽曲集は初耳でしたが、ふつう通奏低音担当楽器、チェンバロやヴィオールといった脇役を主役に据えたトリオ・ソナタとかがちょっとバッハを思わせておもしろかった。けさの「リクエスト」では、北ドイツオルガン楽派の祖、オランダのスヴェーリンクの傑作のひとつ、「エコー・ファンタジア」もかかりましたね。明日の朝はこれまた楽しみなのが、オルランド・ディ・ラッソの「楽しいこだま( O lá! O Che Bon Eccho )」。合唱は、言わずと知れたドイツの名門、レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊。使用盤は日本クラウンらしいけれども、廃盤になった古い音源らしい。この曲、東京カテドラルにてBoni Pueriで聴いたけれども、文字どおり数人の団員が背後から「こだま」を返す、とても楽しい歌です。作曲者ラッソ自身も少年時代は美しいソプラノヴォイスの持ち主ゆえに、その美声をめぐって何度か「誘拐」されたこともある、ある意味すごい経歴の持ち主でもあります( 英国でもたとえば「王室礼拝堂 Chapel Royal 」は田舎の大聖堂や修道院を回っては優秀な少年聖歌隊員を公然とさらっていた )。
昨夜、NHK総合にていまやときの人、辻井伸行さんが生出演してピアノを弾いていたので番組を見てみた。ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール審査員のひとりが、こんなこと言ってました。「彼の演奏は飾り気がなくて、素直だ」と。コンクールの審査員って、だいたいメモ書きしていますね。でも辻井さんの演奏が始まったとたん、この審査員の先生はノートを閉じ、演奏に聴き入っていたという。
かつてサイモン・プレストンがヘルムート・ヴァルヒャの演奏を、「素朴で、飾ったところがないからよかったんです」と評しているのを読んだことがあります。辻井さんの場合も、まったくおんなじでした。梯剛之さんもそうだけど、盲目というハンデイを背負った演奏家はそれゆえに「音」にたいする反応が異常なほど発達しています。バッハがヴァイマール宮廷で宮仕えしていたころ、公子エルンストが留学していたオランダではヤン・ヤコプ・デ-グラーフという盲目のオルガニストが、当時最先端だったイタリア様式の協奏曲形式をひとりでオルガンで弾くという妙技を披露して人々を驚かせていたという。音楽理論家のマッテゾンをして、「三声や四声からなるあらゆる最新のイタリアの協奏曲やソナタを暗譜しており、わたしの眼前で、氏のすばらしいオルガンをもちいて驚くべき正確さでこれらを演奏した」(1717年)。16世紀スペインにもアントニオ・デ・カベソンというやはり盲目のオルガンの名手がいて、「スペインのバッハ」なる異名をとるほどの大作曲家でもありました。
辻井さんの演奏を聴いた審査員先生の話にもどると、つまるところ辻井さんの奏でる音楽は、演奏行為という介在をもはや感じさせない域にまで到達していたということではないかと思うのです。だれだって心から音楽に聴き入るときは、目を閉じて耳だけで聴こうとすると思います。目の見えない人は、もともと音にたいする感覚が研ぎ澄まされているから、それゆえ音楽の本質に迫れるのだと思います。審査員先生が指摘するごとく、最近は技巧に走る奏者が多いとは感じる。もっとも最低限必須の演奏技術は必要です。どんなに複雑な楽曲でも、作曲者が訴えたいことを汲み取って、音楽として再現しなくてはならない。これはたいへんなことです。そしてピアノという楽器は、チェンバロやオルガンにはない難しさがある。たとえば音色・鍵盤の形状などは、チェンバロほどには楽器製作者のクセとか、お国柄によるバラつきは少ない。でも左手と右手の微妙なタッチの差がすぐ音に反映される。これを完璧にコントロールしたうえで、なるべく作曲者の意図に迫り、解釈したものを音として出さなくてはならない。辻井さんの指の動きを見ているととてもしなやかで美しく、神業にも思える。
ヴァルヒャも辻井さんも、「盲目だから、ではなくて、ひとりの演奏家として見てほしい」というまったくおんなじことを言っているから、「盲目の演奏家は…」という言い方はたしかによくない。辻井さんに言わせれば、「心の目は見えているから、大丈夫」! だからあのようにピアノと一心同体になれるんですね。それが聴く人の心に、音楽のもつ力をストレートに、深く伝えているのだと思う(余談ながら、「杜のホールはしもと」でBoni Pueri公演を聴きに行ったとき、年明け3月に辻井さんのリサイタルを予告するチラシを見かけました…そのとき聴いておけばよかったかな?)。
…そういえば今年は6点点字の発明者、ルイ・ブライユも今年が生誕200年。パリ盲学校出身の彼もまた、すぐれた教会オルガニストとして活躍していました。やはり即興演奏が得意だったようです(点字楽譜について、このようなページを見つけましたが、点字楽譜の普及についてはどうなんだろう…。点訳本でさえ需要に追いついていないので、点字楽譜の場合はさらに輪をかけて追いついていないのではないかと思ったしだいです)。
…と、話はまったく関係ない方向へいきなり飛んでしまって申し訳ないのですが、静岡県民のひとりとしてどうしても一言だけ言いたい。明日は県知事選挙の投票日。ここ二週間ばかし、静岡県知事選挙戦のことがかまびすしくメディアでも取り上げられたりしましたが、「衆院選の前哨戦」だなんて冗談じゃないですよ。「政争の具」にしないでいただきたい。今回の選挙は、県民のために真摯に仕事をしてくれる、しかるべき人を選ぶための選挙です! 個人的には、前知事在任四期16年はひどかったと思う。なんで県民の税金で「搭乗率保証」なんかしないといけないの? 飲酒運転した県職員については免職さえしなかったし、教育委員会や財務事務所の「プール金」問題が立てつづけににバレたときもけっきょくなんだかよくわからないかたちで収拾してしまったし…こんどはもうすこしまともな感覚をもった人に就いてもらいたい。
2009年05月17日
「鳩のように飛べたなら」
いま、BBC Radio3 では今年が記念イヤーの作曲家、パーセル、ヘンデル、ハイドン、メンデルスゾーンの4人をひとりずつ取り上げては特集番組を組んだり、関連演奏会を開いたりしているそうです ( →公式サイト)。で、先週放送分の The Choir では、英国の合唱団の大好きなメンデルスゾーン特集。とくにおもしろいと思ったのは、全国から100以上もの聖歌隊/合唱団が参加してみんなでアンセム「わが祈りを聞きたまえ(同名の op.39-1 とはべつの曲)」を歌うという、The Wings' Project。プレゼンターのアレッド・ジョーンズにとっても思い入れ深い声楽作品だけに、'Ah, yes, I remember it well.' なんて言ってましたね。参加合唱団からのメールも読み上げてましたが、ある村の教会聖歌隊の指導者からのメールでは、「 8歳から83歳まで」のメンバー24名がこの作品を歌ったんだとか。微笑ましいかぎりですね。メンデルスゾーンと英国とのつきあいは深くて、はたちのときの1829年に、上流階級の子弟がおこなう教養旅行でロンドンをはじめて訪れて以来、英国王室に気に入られたりしてたびたび再訪しています。有名な「スコットランド交響曲」とか「序曲 フィンガルの洞窟」もこの時代の産物(オラトリオ「エリヤ」初演の地も英国)。メンデルスゾーンが「ヴァイオリン協奏曲」を書いていたころ、ロンドンのウィリアム・バーソロミューから、「手勢の合唱団公演のためにひとつふたつ、オルガン伴奏と独唱つきの宗教声楽曲を書いてほしい」と依頼を受けて書いたのが、この作品番号なしのアンセム(英語で歌われるモテット)「わが祈りを聞きたまえ」だったんだそうです。初演は 1844年1月25 日。SATB の4声部合唱、女声ソプラノの独唱つきのオルガン伴奏による編成。のちにこれを17世紀の宗教詩 人パウル・フレミングによるドイツ語歌詞版に書き直しているとかどこかで読んだことがある。だからこの作品は英語歌詞で歌われたり、独語歌詞で歌われたりするらしい。ドイツの合唱団は、やはり独語版の録音を多く残していますね(当たり前か)。で、英国の合唱団と聖歌隊もすぐこの作品を「十八番」にして、こんにちでも「夕べの祈り」とかでさかんに歌われています。あの切々とした、ひじょうに印象的な独唱パート後半部(「鳩のように飛べたなら」)はもとは少年の声ではなくて、成人女性歌手によって歌われることを作曲者は想定していたのですね。で、今回のプロジェクト一の呼び物として、昨年度の 'Choir of the Year' を受賞した Scunthorpe Co-operative Junior Choir という混声合唱団の少女歌手をメインに大編成の合唱混成チームがこの名曲「わが祈りを ―― 」を披露してました。
… 後半部の「鳩のように飛べたなら」。原題 ( 'O For the Wings of a Dove' ) を直訳すれば「鳩の翼さえあれば」になりますが、かつて売られていたアレッドの名唱盤の名訳にちなんであえてこちらを採りたい。もともとの歌詞は「詩編 55 番」からで、バーソロミューがアレンジしたもの。
O for the wings of a dove,
Far away would I rove!
In the wilderness build me a nest,
And remain there for ever at rest.
「鳩のように飛べたなら
はるかかなたへ飛んでゆけるのに !
荒れ野に巣を作り、
とこしえに休らうだろうに ! 」
かつてのアレッドももちろんすばらしかったけれども、BAC 来日公演で聴いたアンドリュー・ジョンソンのソロも感動もので、聴いているうちにいろいろと思い出してしまいました。とにかくこのソロパートだけでも絶品で、メンデルスゾーンは歌曲でも天才的な作曲家だったと思います。また英国人にとって、「わが祈りを ―― 」とくれば、伝説的なボーイソプラノのアーネスト・ラフ氏。ラフ氏のご子息ロビンさんが録音メッセージを寄せていました…なんでも父がこの録音をしたのが15歳のときで、ボーイソプラノとしては遅いくらいだったけれどもおかげで大人の歌手顔負けの表現力と成熟した歌唱技術で歌うことができたとか、この録音のあとでソロを歌った少年聖歌隊員が亡くなったというおかしな噂が流れ、墓に花を手向けに来たというご婦人の前で当の本人がこんなにピンピンしていますよ(alive and kicking)と元気なところを見せて驚かせたとか、当時の録音技術は原始的で、グラモフォン社が開発したばかりの移動式録音機をテンプルチャーチへ持ちこみ、たった一本のマイクで一発勝負で録ったとか、ソリストとバックコーラスの聖歌隊と音が混濁しないように、信徒が膝にあてがうクッションの上に乗って(!)マイクに顔を近づけて歌ったとか、いろいろ興味深い話を披露してもいました ( 当時のテンプルチャーチのオルガニスト兼聖歌隊長はサー・ジョージ・ソールベン-ボール。ただしこちらの Wikipedia 英語版記事では「二冊の大判本の上」に立って録音にのぞんだとある)。アーネスト・ラフ氏は 2000年2月22日、88 歳で天に召されています。( → NYT の死亡記事 )。ついでに英国ではじめて「亜鉛円盤レコード」に録音されたボーイソプラノ、というのは 1898年8月にのちのHMVの前身会社が録ったというジョン・バッフリーなる方のようです。その HMV が 1927年3月にグラモフォンの録音機材を使って録音したのが、かのアーネスト・ラフ氏の歌うメンデルスゾーンの「わが祈りを ―― 」で、これが英国初の「ミリオンセラー」ディスクだったという(リリース後、わずか半年で65万枚が売れたらしい * )。
メンデルスゾーンの世俗作品ではハイネの詩に曲をつけた「歌の翼に」なんかもひじょうに有名で親しまれていますが、ヴィントスバッハ少年合唱団の歌う「森との別れ」と「霜が降りた」もけっこう好き。このあとで幕間として歌われたのが、以前ここでも紹介した現存最古の二重カノンによる伝承歌「夏は来たりぬ」でした。
追記。来年の春、たぶんまたイースター休暇あたりだろうと思いますが、アジアツアーの一環としてイートンカレッジ聖歌隊が再来日するそうです。
* ... Alan Mould, The English Chorister, pp.265-7. またこの本によると、一躍大ブレイクしたラフ少年は、父親の勧めにしたがって山のように届くファンレター一通一通にお礼を書いていたらしいが、けっきょく書ききれなくなってあきらめたという。
… 後半部の「鳩のように飛べたなら」。原題 ( 'O For the Wings of a Dove' ) を直訳すれば「鳩の翼さえあれば」になりますが、かつて売られていたアレッドの名唱盤の名訳にちなんであえてこちらを採りたい。もともとの歌詞は「詩編 55 番」からで、バーソロミューがアレンジしたもの。
O for the wings of a dove,
Far away would I rove!
In the wilderness build me a nest,
And remain there for ever at rest.
「鳩のように飛べたなら
はるかかなたへ飛んでゆけるのに !
荒れ野に巣を作り、
とこしえに休らうだろうに ! 」
かつてのアレッドももちろんすばらしかったけれども、BAC 来日公演で聴いたアンドリュー・ジョンソンのソロも感動もので、聴いているうちにいろいろと思い出してしまいました。とにかくこのソロパートだけでも絶品で、メンデルスゾーンは歌曲でも天才的な作曲家だったと思います。また英国人にとって、「わが祈りを ―― 」とくれば、伝説的なボーイソプラノのアーネスト・ラフ氏。ラフ氏のご子息ロビンさんが録音メッセージを寄せていました…なんでも父がこの録音をしたのが15歳のときで、ボーイソプラノとしては遅いくらいだったけれどもおかげで大人の歌手顔負けの表現力と成熟した歌唱技術で歌うことができたとか、この録音のあとでソロを歌った少年聖歌隊員が亡くなったというおかしな噂が流れ、墓に花を手向けに来たというご婦人の前で当の本人がこんなにピンピンしていますよ(alive and kicking)と元気なところを見せて驚かせたとか、当時の録音技術は原始的で、グラモフォン社が開発したばかりの移動式録音機をテンプルチャーチへ持ちこみ、たった一本のマイクで一発勝負で録ったとか、ソリストとバックコーラスの聖歌隊と音が混濁しないように、信徒が膝にあてがうクッションの上に乗って(!)マイクに顔を近づけて歌ったとか、いろいろ興味深い話を披露してもいました ( 当時のテンプルチャーチのオルガニスト兼聖歌隊長はサー・ジョージ・ソールベン-ボール。ただしこちらの Wikipedia 英語版記事では「二冊の大判本の上」に立って録音にのぞんだとある)。アーネスト・ラフ氏は 2000年2月22日、88 歳で天に召されています。( → NYT の死亡記事 )。ついでに英国ではじめて「亜鉛円盤レコード」に録音されたボーイソプラノ、というのは 1898年8月にのちのHMVの前身会社が録ったというジョン・バッフリーなる方のようです。その HMV が 1927年3月にグラモフォンの録音機材を使って録音したのが、かのアーネスト・ラフ氏の歌うメンデルスゾーンの「わが祈りを ―― 」で、これが英国初の「ミリオンセラー」ディスクだったという(リリース後、わずか半年で65万枚が売れたらしい * )。
メンデルスゾーンの世俗作品ではハイネの詩に曲をつけた「歌の翼に」なんかもひじょうに有名で親しまれていますが、ヴィントスバッハ少年合唱団の歌う「森との別れ」と「霜が降りた」もけっこう好き。このあとで幕間として歌われたのが、以前ここでも紹介した現存最古の二重カノンによる伝承歌「夏は来たりぬ」でした。
追記。来年の春、たぶんまたイースター休暇あたりだろうと思いますが、アジアツアーの一環としてイートンカレッジ聖歌隊が再来日するそうです。
* ... Alan Mould, The English Chorister, pp.265-7. またこの本によると、一躍大ブレイクしたラフ少年は、父親の勧めにしたがって山のように届くファンレター一通一通にお礼を書いていたらしいが、けっきょく書ききれなくなってあきらめたという。
2009年05月10日
聴きくらべてみました
…本題に入る前に、いまさっきNHK-FMで聴いていた「N響定演」のライヴ。ムストネンの「三つの神秘」とベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61」のピアノ編曲版に、シベリウスの「交響曲 第6番 ニ短調」と「フィンランディア」。指揮はシベリウスとおんなじフィンランド出身のオッリ・ムストネンという方。この人はピアニスト出身の指揮者で、いまベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を「弾き振り」で録音している最中だという。でもなんといっても驚いたのは、番組最後にかかったムストネンさんのCD。なんとベートーヴェンに、「アイルランド民謡『聖パトリックの日』による変奏曲 作品107第4」なる小品があった! まるでベートーヴェンらしからぬ、ほんとうにチャーミングでウィンクでもしているかのような愛らしいピアノ曲でした。ベートーヴェンってたしか以前、「ベスト・オヴ・クラシック」でやはりアイルランド民謡に取材した弦楽合奏作品を聴いたことがあり、ベートーヴェンのアイルランド音楽好き(?)にも興味津々です。
本日はLFJ疲れ(?)なのか、なにもやる気が起きなかったので、Naxosの音楽ライブラリーで取り急ぎ「フーガの技法」聴きくらべをして過ごしてました。といってもさすがに全曲再生、というわけにもいかず、カノンなどは除外して気に入ったフーガのみ適当に選択して聴きました。検索結果リストにあれかこれかと食指がそそられましたが、まずは旧東独の重鎮、ヨハネス-エルンスト・ケーラーの弾くオルガンによる「フーガの技法」から。さすがに端正で真摯な演奏、レジストレーションも奇をてらったところがなくて個人的にはひじょうに好印象(いま独語版Wikipediaを見たらヴァルヒャの亡くなった前の年に亡くなっていた)。とくに'Contrapunctus 9'が好演。ヴァルヒャのような、ちょっと重苦しいところは微塵もなくて、まるでグールドのような丁々発止といった演奏でその若々しさに驚いた。長ーく引き伸ばされて定旋律のように聴こえる基本主題を足鍵盤で弾いて際立たせている処理もよかった。また、カナダのオルガニストでチェンバリストのベルナール・ラガセという人の演奏盤ページを見てみると、なんとこの方、「平均律 第一巻」と「ゴルトベルク」までオルガンで弾いているじゃないですか! 「フーガの技法」も悪くはなかったけれども、こっちのほうが印象が強かった。「フーガの技法」では、Contrapunctus 7が、やはり定旋律よろしく長ーく引き伸ばされた変形主要主題を足鍵盤の軽いリード管で弾いていてよかった。ちなみに「未完フーガ」は239小節目冒頭の三和音をコーダとして弾いてそこで終わらせていました。使用楽器はどこのなんというものかわからないけれども、音高はほぼ現代ピッチでした(オルガン演奏盤はどれもほぼ現代ピッチでした)。「音楽の捧げもの BWV.1179」の「3声のリチェルカーレ」も聴いてみましたが、チェンバロで弾くのが一般的なこの曲もたまには気分を変えてオルガンで聴くのもいいですね。「音楽の捧げもの」では、イタリア・ミラノ生まれのアレッシオ・コルティという奏者がやはりおなじくリチェルカーレ(3声と6声)をオルガンで弾いていました。こちらも負けてませんでしたね。オルガンではいまひとりハンス・ファーイウスという人の盤も聴いてみました。出だしの「四声単純フーガ」では柔らかい音色のストップを使用して、ときたまさりげなく装飾音を入れたりしてました。「未完の四重フーガ」第二主題部のときにもちょこっと装飾音を追加していました。また'Contrapunctus 7'では拡大された変形主要主題を足鍵盤の軽いリードストップで弾いて、聴き取りにくくなりがちなこの「拡大主題」をくっきり際立たせていましたね(おんなじような弾き方をしている奏者としてはほかにタヘツィとかもいます)。この中から自分の趣味趣向にぴたり合う盤をどれか選ぶとしたら、ケーラー盤とラガセ盤でしょうか。コルティとファーイウス盤は残念ながら次点、とはいえこれは個人の趣味の問題なので、こっちもすばらしい録音であることには変わりありません。次点にした理由は、たんにテンポと音色・音量の選択がやや気に入らなかった、ただそれだけ。とくに9番目の「二重フーガ」は、弱々しい音色より力強いプレーノ構成のほうが好き(ただしあんまり重々しくてわんわんやかましいのはよくないけれども。テンポについて言えば、Naxosから出ているリュプサム盤2枚組は楽器選択に難あり、そして全体的にテンポが遅すぎ)。
チェンバロ演奏盤ではLFJ会場でも試聴したロバート・ヒルとセバスティアン・ギヨーを聴いてみました。ヒルのほうは全体的にきびきびと快速テンポ、きわめて歯切れのいい演奏(12番目の「鏡像フーガ」は聴いたなかではたぶん最速。後述のクラヴィコード盤も速かった)。'Contrapunctus 7'ではずいぶんと装飾音を入れて弾いてます。ただでさえかったるい(?)複雑なフーガなのに、余裕綽々ですね。使用楽器は鍵盤の幅の詰まった楽器なのかしら? 最後の和音をアルペッジョ風に処理したのもいいですね。ギヨー盤はさらに快速、曲の配列もちょっと変わっていて、4つの二声カノンがフーガのあいだにはさまれてます。これはこの演奏盤が「初版」ではなくて、「ベルリン自筆譜 P200」版にもとづいているからこのようなちょっと異質な曲順になっています。自筆譜版なので、たとえば'Contrapunctus 1'とか'10'なんかはかなり曲の印象がちがいます('1'では最後のテノールの主題の入りがなくて、'10'では12小節目から、ソプラノに現れる転回された変形主要主題から唐突にはじまる)。このCDは銀座の楽器屋にもあったので、「自筆譜」にもとづく「フーガの技法」を聴いてみたい! という方にはおすすめ。
またクラヴィコードでこの大作を弾きこなしている人もいてこちらもちょっと驚き。たしか銀座の楽器屋にもそんなCDがあったけれども、そちらは邦人演奏家による盤。ここで聴いたのは1953年生まれの米国人奏者、リチャード・トレーガーによる演奏盤。出だしではクラヴィコード特有のこもった音色とあのビョ〜ンという残響に少々戸惑ったものの、何曲か聴いているうちに耳が慣れてきた(笑)。この人の演奏も好感がもてました('7'がずいぶんせっかちでしたが)。使用楽器はレプリカなのか本物の時代楽器なのかわかりませんが、音高は現代ピッチでした(チェンバロ盤はどれもほぼ半音低かった)。そしてこのクラヴィコード盤、「未完フーガ」を独自の補筆完成版として録音しているのもおもしろい特徴です。いままでヴァルヒャ、モロニー、ロッグと補筆完成版を聴いてきましたが、こちらもいいですね、気に入りました。それにしても、バッハはどんなふうに曲を終えるつもりでいたのだろうか…ある人が書いていたみたいに、終結直前で一、二度「基本主題」と結合してさらりと終わらせるつもりだったのか、それとも一度四つぜんぶ組み合わさったあと、しばらく進んで偽終止して、そして最後に結合されてこの壮大なフーガを閉じるのであろうか…。そしてクラヴィコードの中声域って、ときおりなんだかギターのようにも聴こえます。ああそういえばだれだったかギター一本でこの大作を録音した人がいましたね。そっちはあいにく聴いたことがないけれど…と、ポケットスコア片手にメモりながらえんえん「フーガの技法」ばっかり聴くのもだんだんくたびれてきたのでそろそろ寝ます(笑)。
…そういえば日曜夜の「ビバ! 合唱」。たいていハンガリーとか東欧の合唱団ものがかかったりしていますが、ようやく(?)英国の少年聖歌隊が登場ですね。キングズカレッジにオックスフォードのニューカレッジ、ウィンチェスター大聖堂聖歌隊も出てくるので、こっちも楽しみ。
本日はLFJ疲れ(?)なのか、なにもやる気が起きなかったので、Naxosの音楽ライブラリーで取り急ぎ「フーガの技法」聴きくらべをして過ごしてました。といってもさすがに全曲再生、というわけにもいかず、カノンなどは除外して気に入ったフーガのみ適当に選択して聴きました。検索結果リストにあれかこれかと食指がそそられましたが、まずは旧東独の重鎮、ヨハネス-エルンスト・ケーラーの弾くオルガンによる「フーガの技法」から。さすがに端正で真摯な演奏、レジストレーションも奇をてらったところがなくて個人的にはひじょうに好印象(いま独語版Wikipediaを見たらヴァルヒャの亡くなった前の年に亡くなっていた)。とくに'Contrapunctus 9'が好演。ヴァルヒャのような、ちょっと重苦しいところは微塵もなくて、まるでグールドのような丁々発止といった演奏でその若々しさに驚いた。長ーく引き伸ばされて定旋律のように聴こえる基本主題を足鍵盤で弾いて際立たせている処理もよかった。また、カナダのオルガニストでチェンバリストのベルナール・ラガセという人の演奏盤ページを見てみると、なんとこの方、「平均律 第一巻」と「ゴルトベルク」までオルガンで弾いているじゃないですか! 「フーガの技法」も悪くはなかったけれども、こっちのほうが印象が強かった。「フーガの技法」では、Contrapunctus 7が、やはり定旋律よろしく長ーく引き伸ばされた変形主要主題を足鍵盤の軽いリード管で弾いていてよかった。ちなみに「未完フーガ」は239小節目冒頭の三和音をコーダとして弾いてそこで終わらせていました。使用楽器はどこのなんというものかわからないけれども、音高はほぼ現代ピッチでした(オルガン演奏盤はどれもほぼ現代ピッチでした)。「音楽の捧げもの BWV.1179」の「3声のリチェルカーレ」も聴いてみましたが、チェンバロで弾くのが一般的なこの曲もたまには気分を変えてオルガンで聴くのもいいですね。「音楽の捧げもの」では、イタリア・ミラノ生まれのアレッシオ・コルティという奏者がやはりおなじくリチェルカーレ(3声と6声)をオルガンで弾いていました。こちらも負けてませんでしたね。オルガンではいまひとりハンス・ファーイウスという人の盤も聴いてみました。出だしの「四声単純フーガ」では柔らかい音色のストップを使用して、ときたまさりげなく装飾音を入れたりしてました。「未完の四重フーガ」第二主題部のときにもちょこっと装飾音を追加していました。また'Contrapunctus 7'では拡大された変形主要主題を足鍵盤の軽いリードストップで弾いて、聴き取りにくくなりがちなこの「拡大主題」をくっきり際立たせていましたね(おんなじような弾き方をしている奏者としてはほかにタヘツィとかもいます)。この中から自分の趣味趣向にぴたり合う盤をどれか選ぶとしたら、ケーラー盤とラガセ盤でしょうか。コルティとファーイウス盤は残念ながら次点、とはいえこれは個人の趣味の問題なので、こっちもすばらしい録音であることには変わりありません。次点にした理由は、たんにテンポと音色・音量の選択がやや気に入らなかった、ただそれだけ。とくに9番目の「二重フーガ」は、弱々しい音色より力強いプレーノ構成のほうが好き(ただしあんまり重々しくてわんわんやかましいのはよくないけれども。テンポについて言えば、Naxosから出ているリュプサム盤2枚組は楽器選択に難あり、そして全体的にテンポが遅すぎ)。
チェンバロ演奏盤ではLFJ会場でも試聴したロバート・ヒルとセバスティアン・ギヨーを聴いてみました。ヒルのほうは全体的にきびきびと快速テンポ、きわめて歯切れのいい演奏(12番目の「鏡像フーガ」は聴いたなかではたぶん最速。後述のクラヴィコード盤も速かった)。'Contrapunctus 7'ではずいぶんと装飾音を入れて弾いてます。ただでさえかったるい(?)複雑なフーガなのに、余裕綽々ですね。使用楽器は鍵盤の幅の詰まった楽器なのかしら? 最後の和音をアルペッジョ風に処理したのもいいですね。ギヨー盤はさらに快速、曲の配列もちょっと変わっていて、4つの二声カノンがフーガのあいだにはさまれてます。これはこの演奏盤が「初版」ではなくて、「ベルリン自筆譜 P200」版にもとづいているからこのようなちょっと異質な曲順になっています。自筆譜版なので、たとえば'Contrapunctus 1'とか'10'なんかはかなり曲の印象がちがいます('1'では最後のテノールの主題の入りがなくて、'10'では12小節目から、ソプラノに現れる転回された変形主要主題から唐突にはじまる)。このCDは銀座の楽器屋にもあったので、「自筆譜」にもとづく「フーガの技法」を聴いてみたい! という方にはおすすめ。
またクラヴィコードでこの大作を弾きこなしている人もいてこちらもちょっと驚き。たしか銀座の楽器屋にもそんなCDがあったけれども、そちらは邦人演奏家による盤。ここで聴いたのは1953年生まれの米国人奏者、リチャード・トレーガーによる演奏盤。出だしではクラヴィコード特有のこもった音色とあのビョ〜ンという残響に少々戸惑ったものの、何曲か聴いているうちに耳が慣れてきた(笑)。この人の演奏も好感がもてました('7'がずいぶんせっかちでしたが)。使用楽器はレプリカなのか本物の時代楽器なのかわかりませんが、音高は現代ピッチでした(チェンバロ盤はどれもほぼ半音低かった)。そしてこのクラヴィコード盤、「未完フーガ」を独自の補筆完成版として録音しているのもおもしろい特徴です。いままでヴァルヒャ、モロニー、ロッグと補筆完成版を聴いてきましたが、こちらもいいですね、気に入りました。それにしても、バッハはどんなふうに曲を終えるつもりでいたのだろうか…ある人が書いていたみたいに、終結直前で一、二度「基本主題」と結合してさらりと終わらせるつもりだったのか、それとも一度四つぜんぶ組み合わさったあと、しばらく進んで偽終止して、そして最後に結合されてこの壮大なフーガを閉じるのであろうか…。そしてクラヴィコードの中声域って、ときおりなんだかギターのようにも聴こえます。ああそういえばだれだったかギター一本でこの大作を録音した人がいましたね。そっちはあいにく聴いたことがないけれど…と、ポケットスコア片手にメモりながらえんえん「フーガの技法」ばっかり聴くのもだんだんくたびれてきたのでそろそろ寝ます(笑)。
…そういえば日曜夜の「ビバ! 合唱」。たいていハンガリーとか東欧の合唱団ものがかかったりしていますが、ようやく(?)英国の少年聖歌隊が登場ですね。キングズカレッジにオックスフォードのニューカレッジ、ウィンチェスター大聖堂聖歌隊も出てくるので、こっちも楽しみ。
2009年05月04日
今日は一日…
NHK-FM恒例の「今日は一日…」シリーズ。土曜日は「みんなのうた三昧」第三弾(!)でしたが、本日は「ラ・フォル・ジュルネ三昧」。とはいえ放送はすべては聴けません。なぜならまさに放送当日の今日、自分がLFJ会場にいたから(苦笑)。国際フォーラムじたいがはじめて行ったところなので、会場に着いたばかりのときは、トイレの場所の確認に忙しかった(笑、ここのトイレの位置はちょっとわかりにくかった)。NHK-FMのサテライトブースは、ちょうどホールCの出口あたりにありましたね。「N響アワー」でおなじみの岩槻里子アナがしゃべってました。どなたか知り合いの方がいたらしく、ストコフスキー編曲版「トッカータとフーガ」がかかっている間の一服(?)中、窓ごしに手を振ってたりしてました。ふだんは顔の見えないラジオで聴取しているから、なんだかNHK-FMというものがとても身近に感じた。ちょうどガラス棟とホール棟とにはさまれたかっこうの地上広場には新緑眩しいケヤキが何本も植えられていて、気持ちいい風が吹きぬけていました…でもここの屋台村(移動販売車)には驚愕した(笑)。ケバブ屋にチヂミ屋、パエリャにインドカリー、新潟から来たというおむすび屋に、沖縄のラフテー屋にロコモコ屋、ハイネケンのビール屋にグラスワインを出す屋台もある! …でもなんといっても行列がすごかったのが、ローストチキン屋! 目の前で鳥をまるごとローストしてそれを小分けにしてライスとかに盛り付けて売っていたのですが、「おのぼりさん」はただagapeするばかりでした。そういえば地下の「リューベック広場」にもバッハ時代のコーヒーが飲めるとかいう「バッハ・コーヒーハウス」なる店も出てましたね(飲まなかったけれども)。



自分が聴いた公演は三つ。朝9時半(!)からの公演番号241、お昼からの212、最後が午後3時の244。朝早くから生で聴くバッハは、また格別! ギタリストの村治佳織さんが奏でる「チェンバロ協奏曲」2&5番、とくに有名な5番の「アリオーソ」はすばらしかった。チェンバロ独奏部をギターで、という試みじたいはじめて聴くものだったから、ひじょうに新鮮でしたね。そのつぎの公演は、村治さんと組んで出演していたおなじポーランドの団体、シンフォニア・ヴァルソヴィアと指揮者ジャン-ジャック・カントロフによる、「ブランデンブルク」1、2、3番(じっさいの公演では2と3が入れ替わっていた)。技巧的で華やかなトランペットソロがすばらしくて、こちらも大満足。団員の使用楽器は、どうも現代もののようですが、3番ではちんまりした11人編成にするなど、当時に近い形で演奏していたのもよかった。最後に聴いたのは「教会カンタータ」二曲(BWV.93,33)でして、生で教会カンタータを聴いたことがなかったから、最後は声楽で締めよう、と思ってこの公演を選びました(お足さえ許せばほかにももっと聴きたい公演があったけれども、一度に三つくらいが体力的に限界だったかも)。こちらもまた出演者がよかったのですよ。クラヴサン奏者としても有名なピエール・アンタイ指揮、ル・コンセール・フランセ。ソリストには、この前ここでもちょこっと名前を出した、カウンターテノールのダミアン・ギヨン氏にハンス-イェルク・マンメル氏が出演ということで、期待していました(予定ではBWV.178、つまり昨年新発見されたコラールファンタジーBWV.1128とおなじ歌詞のカンタータを演奏するはずだったのが、当日行ってみたらBWV.33に変更されていたorz)。アンタイ氏の指揮は、オケの指揮者というより合唱の指揮者みたいな印象を受けました。その前に見たカントロフ氏の指揮ぶりとはぜんぜんちがう。楽団にたいしては必要最低限の指示のみといった感じですが、歌わせるところとか、アーティキュレイションとフレージングの指示は細かく出していたように見えました。楽団員への指揮とは対照的に、独唱者4人にたいしては全身を使ってかなり大振りな感じで指示を出していたように見えた(バッハのカンタータのことはてんで素人なので、なんとも言えないけれども、この二曲はライプツィッヒに赴任してまもなくのころに上演されたもののようですが、当初からSATB合唱によるコラールを4人だけで歌わせていたのだろうか…ここの使用楽器はいわゆるピリオド楽器でした)。「教会カンタータ BWV.33」では、通奏低音担当の鍵盤奏者がチェンバーオルガンとチェンバロを弾き分けていました。オルガン好きとしては、BWV.93の4曲目の二重唱が親しみがあったので、よかったです(「6つのシュープラー・コラール」の「われいずこへ逃れ行くべきか BWV.646」)。
最後の公演を堪能してホールから出ると、NHKのブースに人だかりが。バロックヴァイオリン弾きとして世界的にも有名な、あの寺神戸亮氏がいました! 手にもっていたのは、ヴァイオリンにしてはでかいから、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラという古楽器だったのかもしれない。またブース近くの「ミュージックキオスク」という野外演奏会場では、なにやらギターの調べが。「気まクラ」でもおなじみだった、あの鈴木大介さんが弾いているではないですか! なんの作品だかちょっと判然としないが、弾いていたのはリュート組曲だったのだろうか。
地下の広大な「リューベック広場」にも中央に特設ステージがあって、自分がここの「バッハ市場(笑)」をうろちょろしていたとき、国立音楽大学金管バンドによるヘンデルの「水上の音楽」がかかっていた。テーマが「バッハとヨーロッパ」だから、ヘンデルもありか(地上広場とここのコンサートは無料、ただし地下広場へはチケットが必要)。ほんとは地下広場すぐ脇にあるセミナー室で開催されていたマスタークラスものぞいてみたかったけれども、場所がわからなくて(苦笑)、見つけたときにはすでに定員締め切りになっていて、マスタークラスのほうは見られなかった。orz
「リューベック広場」にはいろんな出展ブースも並んでいて、ドイツ観光局とか(行く予定はないのにライプツィッヒやヴァイマールの観光地図をもらった)、Naxosとか島村楽器とかもありました…で、島村楽器ブースにはなんと、ローランド社の「電子チェンバロ」までありまして、とりあえずカタログだけもらっておきました(笑)。LFJのあとでついでに立ち寄った銀座の某楽器屋にもおんなじものがクラシックフロアにでんと置いてあって、こっちにも少々驚いた。店内に流れていたBGMも、LFJがらみですべてバッハでした(ローランドの電子チェンバロは、ちょこっと触れた印象では、鍵盤がやや小さすぎるような気がした。たしかにチェンバロって「寸詰まり」の鍵盤ですけれども…もっともこれはきちんと試奏してみないとなんとも言えませんが。でもチャーチオルガンのほうも興味津々)。ついでに、島村楽器ブースにはヘンテコな人形までありました――名づけて「Bachッハ人形」。ヘソのあたりを押すと、バハハハと笑い出だすバッハ。小さい子が喜びそう(?、泣いたりして)。
でもなんといっても驚いたのが、Naxosの音楽ライブラリーのこと。なにげなく会場の一角にあった「試聴コーナー」にて「フーガの技法」とか、適当に聴いていたときに、「LFJ来場者限定! 5月15日までNaxos Music Libraryが全曲無料で試聴できる!」というチラシに目がとまった。一部もらって、帰りの新幹線の中でよくよく読んでみたら、「LFJ会場にて入会申し込みされた方には月額1890円のところを大幅値引きの特典つき!」とある…そういえば「リューベック広場」のNaxosブースをぼんやり通りがかったとき、そこの人から声をかけられたけれども、無視して通過してしまった。Naxosレーベルはけっこう掘り出し物が多いから、その場で入会してもよかったかもね(笑)。というわけで、いまからさっそくライブラリーにアクセスして、「フーガの技法」全曲を聴いてみようかな…それとリュプサムによる「バッハ・オルガン曲集」とかもぜんぶ聴きたい(←がめつい人)。帰宅してすぐラジカセの電源入れたら、ブクステフーデの「われらがイエスの四肢」の生中継でした。音あわせのときにいっしょにキーボードで音出ししたら、ピッチはやはり半音低いカンマートーンでした。
会場で買ったものは、1000円の「LFJ公式CD」と、10個しか入ってないのに500円もする「バッハサブレ(笑)」、それとG clefの描かれたクリップ(安くて実用的な製品が大好きな人。いまこれでコピー譜を束ねています)。でもこのサブレ、けっこうおいしいのです。もっと買えばよかったかも。ともあれ10時間、岩槻アナはじめ、NHK-FMの関係者の方、ご苦労さまでした。番組の終わりのほうになると、もう岩槻アナも疲れてきて、ちょっとろれつが回らなくなってしまいましたと認めていましたね。たしかに10時間もぶっとおしで生放送というのは超人技。でも音楽祭なるものにはじめて行ってみて、ほんとうに大満足でした。随所に配慮が行き届いて、子どもから大人まで「まるごとバッハを楽しめる」企画になっていたと思う。楽器を背負った人が三々五々、目の前を通過して行くというのも、音楽祭ならではの光景でしたね(↓は、会場で買った公式CDと銀座で買った輸入盤CD)。

自分が聴いた公演は三つ。朝9時半(!)からの公演番号241、お昼からの212、最後が午後3時の244。朝早くから生で聴くバッハは、また格別! ギタリストの村治佳織さんが奏でる「チェンバロ協奏曲」2&5番、とくに有名な5番の「アリオーソ」はすばらしかった。チェンバロ独奏部をギターで、という試みじたいはじめて聴くものだったから、ひじょうに新鮮でしたね。そのつぎの公演は、村治さんと組んで出演していたおなじポーランドの団体、シンフォニア・ヴァルソヴィアと指揮者ジャン-ジャック・カントロフによる、「ブランデンブルク」1、2、3番(じっさいの公演では2と3が入れ替わっていた)。技巧的で華やかなトランペットソロがすばらしくて、こちらも大満足。団員の使用楽器は、どうも現代もののようですが、3番ではちんまりした11人編成にするなど、当時に近い形で演奏していたのもよかった。最後に聴いたのは「教会カンタータ」二曲(BWV.93,33)でして、生で教会カンタータを聴いたことがなかったから、最後は声楽で締めよう、と思ってこの公演を選びました(お足さえ許せばほかにももっと聴きたい公演があったけれども、一度に三つくらいが体力的に限界だったかも)。こちらもまた出演者がよかったのですよ。クラヴサン奏者としても有名なピエール・アンタイ指揮、ル・コンセール・フランセ。ソリストには、この前ここでもちょこっと名前を出した、カウンターテノールのダミアン・ギヨン氏にハンス-イェルク・マンメル氏が出演ということで、期待していました(予定ではBWV.178、つまり昨年新発見されたコラールファンタジーBWV.1128とおなじ歌詞のカンタータを演奏するはずだったのが、当日行ってみたらBWV.33に変更されていたorz)。アンタイ氏の指揮は、オケの指揮者というより合唱の指揮者みたいな印象を受けました。その前に見たカントロフ氏の指揮ぶりとはぜんぜんちがう。楽団にたいしては必要最低限の指示のみといった感じですが、歌わせるところとか、アーティキュレイションとフレージングの指示は細かく出していたように見えました。楽団員への指揮とは対照的に、独唱者4人にたいしては全身を使ってかなり大振りな感じで指示を出していたように見えた(バッハのカンタータのことはてんで素人なので、なんとも言えないけれども、この二曲はライプツィッヒに赴任してまもなくのころに上演されたもののようですが、当初からSATB合唱によるコラールを4人だけで歌わせていたのだろうか…ここの使用楽器はいわゆるピリオド楽器でした)。「教会カンタータ BWV.33」では、通奏低音担当の鍵盤奏者がチェンバーオルガンとチェンバロを弾き分けていました。オルガン好きとしては、BWV.93の4曲目の二重唱が親しみがあったので、よかったです(「6つのシュープラー・コラール」の「われいずこへ逃れ行くべきか BWV.646」)。
最後の公演を堪能してホールから出ると、NHKのブースに人だかりが。バロックヴァイオリン弾きとして世界的にも有名な、あの寺神戸亮氏がいました! 手にもっていたのは、ヴァイオリンにしてはでかいから、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラという古楽器だったのかもしれない。またブース近くの「ミュージックキオスク」という野外演奏会場では、なにやらギターの調べが。「気まクラ」でもおなじみだった、あの鈴木大介さんが弾いているではないですか! なんの作品だかちょっと判然としないが、弾いていたのはリュート組曲だったのだろうか。
地下の広大な「リューベック広場」にも中央に特設ステージがあって、自分がここの「バッハ市場(笑)」をうろちょろしていたとき、国立音楽大学金管バンドによるヘンデルの「水上の音楽」がかかっていた。テーマが「バッハとヨーロッパ」だから、ヘンデルもありか(地上広場とここのコンサートは無料、ただし地下広場へはチケットが必要)。ほんとは地下広場すぐ脇にあるセミナー室で開催されていたマスタークラスものぞいてみたかったけれども、場所がわからなくて(苦笑)、見つけたときにはすでに定員締め切りになっていて、マスタークラスのほうは見られなかった。orz
「リューベック広場」にはいろんな出展ブースも並んでいて、ドイツ観光局とか(行く予定はないのにライプツィッヒやヴァイマールの観光地図をもらった)、Naxosとか島村楽器とかもありました…で、島村楽器ブースにはなんと、ローランド社の「電子チェンバロ」までありまして、とりあえずカタログだけもらっておきました(笑)。LFJのあとでついでに立ち寄った銀座の某楽器屋にもおんなじものがクラシックフロアにでんと置いてあって、こっちにも少々驚いた。店内に流れていたBGMも、LFJがらみですべてバッハでした(ローランドの電子チェンバロは、ちょこっと触れた印象では、鍵盤がやや小さすぎるような気がした。たしかにチェンバロって「寸詰まり」の鍵盤ですけれども…もっともこれはきちんと試奏してみないとなんとも言えませんが。でもチャーチオルガンのほうも興味津々)。ついでに、島村楽器ブースにはヘンテコな人形までありました――名づけて「Bachッハ人形」。ヘソのあたりを押すと、バハハハと笑い出だすバッハ。小さい子が喜びそう(?、泣いたりして)。
でもなんといっても驚いたのが、Naxosの音楽ライブラリーのこと。なにげなく会場の一角にあった「試聴コーナー」にて「フーガの技法」とか、適当に聴いていたときに、「LFJ来場者限定! 5月15日までNaxos Music Libraryが全曲無料で試聴できる!」というチラシに目がとまった。一部もらって、帰りの新幹線の中でよくよく読んでみたら、「LFJ会場にて入会申し込みされた方には月額1890円のところを大幅値引きの特典つき!」とある…そういえば「リューベック広場」のNaxosブースをぼんやり通りがかったとき、そこの人から声をかけられたけれども、無視して通過してしまった。Naxosレーベルはけっこう掘り出し物が多いから、その場で入会してもよかったかもね(笑)。というわけで、いまからさっそくライブラリーにアクセスして、「フーガの技法」全曲を聴いてみようかな…それとリュプサムによる「バッハ・オルガン曲集」とかもぜんぶ聴きたい(←がめつい人)。帰宅してすぐラジカセの電源入れたら、ブクステフーデの「われらがイエスの四肢」の生中継でした。音あわせのときにいっしょにキーボードで音出ししたら、ピッチはやはり半音低いカンマートーンでした。
会場で買ったものは、1000円の「LFJ公式CD」と、10個しか入ってないのに500円もする「バッハサブレ(笑)」、それとG clefの描かれたクリップ(安くて実用的な製品が大好きな人。いまこれでコピー譜を束ねています)。でもこのサブレ、けっこうおいしいのです。もっと買えばよかったかも。ともあれ10時間、岩槻アナはじめ、NHK-FMの関係者の方、ご苦労さまでした。番組の終わりのほうになると、もう岩槻アナも疲れてきて、ちょっとろれつが回らなくなってしまいましたと認めていましたね。たしかに10時間もぶっとおしで生放送というのは超人技。でも音楽祭なるものにはじめて行ってみて、ほんとうに大満足でした。随所に配慮が行き届いて、子どもから大人まで「まるごとバッハを楽しめる」企画になっていたと思う。楽器を背負った人が三々五々、目の前を通過して行くというのも、音楽祭ならではの光景でしたね(↓は、会場で買った公式CDと銀座で買った輸入盤CD)。
2009年05月02日
BWV.565は真作か偽作か
べつにLFJにあわせたわけではないんですが、以前より気になっていた「トッカータとフーガ BWV.565」についてすこし。手許のウィリアムズ本(The Organ Music of J.S.Bach, Second Edition, pp.155-9)によると、冒頭部に三回現れる「単純な」減7度の和音はそれまでのオルガン音楽の書法にはなかった(「前奏曲 ト短調 BWV.535」にもおなじ音程の和音が現れるが、これほど単純化されてはいない)、またこのようなオクターヴの音型群はバッハのほかのトッカータでは見られないこと、フーガにいたっては手のこんだ模倣部もなくひじょうに単純な構造、終結部カデンツァやフーガ主題はオルガン曲というよりむしろヴァイオリン独奏曲を思わせるとして、「無伴奏ヴァイオリン、あるいはオクターヴ下のヴィオロン・チェロ・ピッコロ」のために書かれた「原曲」をバッハ自身か、あるいはこの作品を「ほんとうのオリジナル」から書き写したと思われるヨハン・ペーター・ケルナー(1705-72)か、それを筆写したと考えられる門下のヨハネス・リンク(1717-78)らの「創作」の可能性も否定できない、と考察しています(ヴィオロン・チェロ・ピッコロは以前「バロックの森」でも聴いた、肩にかけて弾く楽器。またヴァイオリン曲をオルガン用に編曲、もしくはヴァイオリンの語法をオルガン独奏用に「転用」する試みは、すでにブクステフーデやケルルがバッハに先んじて行っている)。
それにたいして小学館から出ている『バッハ全集』で小林義武氏は、「ケルナー伝承資料の大部分が真作であり、フラットひとつ欠けた書き方のドリア記譜法が用いられていること、孤立した16分音符の符鉤の書き方が『算用数字の3のような形をしている』ことは、18世紀後半にはすでにすたれた古めかしい書き方を暗示し、ケルナーが原本を忠実に書き写したということが推察される」とし、BWV.565はバッハの真作ではないかという見方を示しています(↓画像参照。上声部、ト音記号のかわりにハ音記号が使われているあたりも古い書法を暗示しているようにも感じる)。
前にも小林先生の本を取り上げたときにもおんなじようなことを書いたような気がするけれど、ある作品の真意を判定するときには、「資料批判か様式批判か」という態度ではなくて、それぞれの分野の専門家がたがいに足りない部分を補い合うような研究態度が望ましいと思う。とはいえ、現実にはこれがなかなかむつかしい。同一作品の判定で、資料批判と様式批判とが鋭く対立したりする場合がけっこうある――バッハの場合はとくに多い。たとえば「オブリガートチェンバロとフルートのためのソナタ BWV.1033」。資料伝承的にはバッハ作とみなせるのに、様式的にはあまりに貧弱にして単調な上声の旋律など、バッハ作とはとても思えない。BWV.565にもどると、英国を代表するオルガニストのサイモン・プレストンはウィリアムズやディートリヒ・クラウスらの「偽作説」を支持しているけれども、この作品にかんしては真贋論争の決着を見るのはまだまだ先になりそう。なにか新しい「物的証拠」がどこかから出てくるといいですね。
…決着がついていない、という点では「フーガの技法」はどんな順番で演奏すべきなのか? という問題も諸説紛々でこれといったものがない。エマールの「フーガの技法」リサイタルのことを書いたとき、僭越ながら自分の配列例を記したけれども、「単純なフーガから複雑で高度な技法が要求されるフーガとカノン」への遷移を聴き手にわかりやすく聴かせることができ、かつバッハの意図の反映された曲順配列(「初版」譜のContrapunctus 1-11まで)ということも考えて組み立てると、けっきょくあんな感じになるのではないかと思います。参考までに、小林先生の著書『バッハ――伝承の謎を追う』で紹介されているヴォルフガング・ディーマーの提唱する配列をここでも引用して紹介しておきます(もっとも、これが正しい配列とか、配列問題を解決した、とは言えない。あくまでもひとつの可能性にすぎない。曲順はすべてBWV/SWVのもの)。
1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12ab, 13ab, 15,17,16,14,19(未完の四重フーガ).
それにたいして小学館から出ている『バッハ全集』で小林義武氏は、「ケルナー伝承資料の大部分が真作であり、フラットひとつ欠けた書き方のドリア記譜法が用いられていること、孤立した16分音符の符鉤の書き方が『算用数字の3のような形をしている』ことは、18世紀後半にはすでにすたれた古めかしい書き方を暗示し、ケルナーが原本を忠実に書き写したということが推察される」とし、BWV.565はバッハの真作ではないかという見方を示しています(↓画像参照。上声部、ト音記号のかわりにハ音記号が使われているあたりも古い書法を暗示しているようにも感じる)。
前にも小林先生の本を取り上げたときにもおんなじようなことを書いたような気がするけれど、ある作品の真意を判定するときには、「資料批判か様式批判か」という態度ではなくて、それぞれの分野の専門家がたがいに足りない部分を補い合うような研究態度が望ましいと思う。とはいえ、現実にはこれがなかなかむつかしい。同一作品の判定で、資料批判と様式批判とが鋭く対立したりする場合がけっこうある――バッハの場合はとくに多い。たとえば「オブリガートチェンバロとフルートのためのソナタ BWV.1033」。資料伝承的にはバッハ作とみなせるのに、様式的にはあまりに貧弱にして単調な上声の旋律など、バッハ作とはとても思えない。BWV.565にもどると、英国を代表するオルガニストのサイモン・プレストンはウィリアムズやディートリヒ・クラウスらの「偽作説」を支持しているけれども、この作品にかんしては真贋論争の決着を見るのはまだまだ先になりそう。なにか新しい「物的証拠」がどこかから出てくるといいですね。
…決着がついていない、という点では「フーガの技法」はどんな順番で演奏すべきなのか? という問題も諸説紛々でこれといったものがない。エマールの「フーガの技法」リサイタルのことを書いたとき、僭越ながら自分の配列例を記したけれども、「単純なフーガから複雑で高度な技法が要求されるフーガとカノン」への遷移を聴き手にわかりやすく聴かせることができ、かつバッハの意図の反映された曲順配列(「初版」譜のContrapunctus 1-11まで)ということも考えて組み立てると、けっきょくあんな感じになるのではないかと思います。参考までに、小林先生の著書『バッハ――伝承の謎を追う』で紹介されているヴォルフガング・ディーマーの提唱する配列をここでも引用して紹介しておきます(もっとも、これが正しい配列とか、配列問題を解決した、とは言えない。あくまでもひとつの可能性にすぎない。曲順はすべてBWV/SWVのもの)。
1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12ab, 13ab, 15,17,16,14,19(未完の四重フーガ).
2009年04月30日
ピアノもチェンジ!
先日、地元紙に掲載された記事を見て、これはアイディアの勝利だと思ったのが、静岡県西部の新居町にあるピアノ工房のサービス。年季の入ったお宅のピアノを「変身」させます、というもの。結婚式場とかにおいてあるピアノみたいに「真っ白な」楽器、というのはじつはあんまりお目にかけませんね――ことに家庭用では。また色を塗り替えるだけでなくて、消音機能を取り付けたり、好きな音色にも調律してくれるとは、かゆいところに手が届くとはまさにこのこと。記事によると、ここの工房の「ピアノリフォーム(くどいけれども、「リフォーム」は和製英語。この場合はremodelあたりかな)サービス」はWebを通じてたいへん評判とのこと。けっこうなことじゃないですか。新居町商工会の人が言っていたけれども、この手のサービスって「これまでなかったのが不思議なくらい」。コロンブスの卵ってやつですね。思いもよらなかったところに商機が転がっていたりする。ともあれ、古くなったピアノをこういうかたちで「再生」させれば環境に負荷をかけないし、ピアノ需要の頭打ちに呻吟しているこのような工房の職人さんにとっても腕の見せどころ、やりがいがあるというものでしょう。それに芸が細かい。譜面台にバラなどの花を絵を描いたり、前板に透かし彫りを施したり。お古のピアノが、「世界に一台だけのオリジナルピアノ」へと変わるなんて、想像しただけでも楽しい。劇的に変身した中古ピアノも、きっと喜んでいるはず。
…いま図書館から借りている、ハンブルク・聖ヤコビ教会のアルプ・シュニットガー製作の名オルガンでバッハを弾いたCDを聴いているんですが、出だしの「トッカータとフーガ BWV.565」でためしに自分の「電子ピアノもどき」キーボードで旋律をなぞって音を出してみたら、あらら、現代ピッチよりきっちり半音高かった(レオンハルトがここの楽器を使って録音したCDのライナーを見たら、a'=494Hzと記載されていた)。室内楽ピッチはカンマートーンと呼ばれたり、また広い意味での「バロックピッチ」と呼ばれたりするけれども、オルガンと教会での声楽に使われたバロック時代のピッチは「コーアトーン」と言う、ということもつい最近知った(orz)。たしかに北ドイツのオルガンは半音高かった。ほかのはどうなのか、ひまなときに試してみようとは思うけれども、「歴史的な楽器」というのは調律法もピッチも変更されている場合が多いから、あんまり検証にはならないかもしれないな…(↓は、聖ヤコビ教会のアルプ・シュニットガー製作のオルガン)。
…いま図書館から借りている、ハンブルク・聖ヤコビ教会のアルプ・シュニットガー製作の名オルガンでバッハを弾いたCDを聴いているんですが、出だしの「トッカータとフーガ BWV.565」でためしに自分の「電子ピアノもどき」キーボードで旋律をなぞって音を出してみたら、あらら、現代ピッチよりきっちり半音高かった(レオンハルトがここの楽器を使って録音したCDのライナーを見たら、a'=494Hzと記載されていた)。室内楽ピッチはカンマートーンと呼ばれたり、また広い意味での「バロックピッチ」と呼ばれたりするけれども、オルガンと教会での声楽に使われたバロック時代のピッチは「コーアトーン」と言う、ということもつい最近知った(orz)。たしかに北ドイツのオルガンは半音高かった。ほかのはどうなのか、ひまなときに試してみようとは思うけれども、「歴史的な楽器」というのは調律法もピッチも変更されている場合が多いから、あんまり検証にはならないかもしれないな…(↓は、聖ヤコビ教会のアルプ・シュニットガー製作のオルガン)。
2009年04月29日
今夜は生で
NHKラジオ第一で聴いていた「歌の散歩道」。Green2(グリーン・グリーンと読むらしい)というヴォーカルユニットが出演して歌を披露していたのですが、曲の途中からチャイコフスキーの「弦楽のためのセレナーデ」第一楽章冒頭の旋律がさりげなく出てきたり、またオカリナ(?)とハープ(アルパかも)が奏でるアンデスのフォルクローレ風の伴奏にのって歌ったりと、ちょっと個性的なユニットだなあという印象を受けました。シングル新譜に収録されている「雨ニモマケズ」は言わずと知れた宮沢賢治の詩に曲をつけたものなんですが、これがまたすばらしくて、お昼ごはん食べながら聴いていて泪目になってしまった。いわゆる歌謡曲のたぐいはあんまり聴かないほうだけど、きのうこの番組で歌っていた因幡晃さんなんかはけっこう好きだったりする。新曲「別涙(わかれ)」もよかったのですが、この人はやっぱり「わかって下さい」だな!
さて、祝日の今宵は水曜日。ということはBBC Radio3のChoral Evensongが生で聴ける。この前の再放送分では、バッハのモテット「主に向かって新しき歌を歌え BWV.225」も歌われましたね。1726年ごろに作曲されたといわれるこの8声モテット、どういう機会のために書かれたのかが判然としていないものの、「詩編」149にもとづく輝かしい二重合唱が美しい作品です。現存するバッハのモテットはシュミーダー編『バッハ作品目録』では7曲とし、そのうちBWV.230が偽作の疑いありとされています(またBWV.231もテレマンの作品ではないかとする説がある)。今宵の中継は、聖カスバートの聖遺物と尊者ベーダの墓があることでも有名なダラム大聖堂ですか。
…そういえば先週末の「バロックの森/リクエスト」で、パーセルの「主よ、わが祈りを聞きたまえ」とフランソワ・クープランの「新しいコンセール」から 「コンセール 第9番 ホ長調 “愛人の肖像”」が最初にかかりましたが、これをリクエストしたのがなんと和歌山の9歳の小学生! 前回の記事で、いかにわれわれが皮相的偏見の眼鏡ごしに他人を見ているかについてちょこっと書いておきながらこんなこと書くとなんだか矛盾しているようではありますが、この少年、年齢のわりにはかなり「耳の肥えた」聴き手に思えます。すくなくとも自分が9歳だったころは、聴いていたものといえば当時の映画音楽とかピンクレディーあたりじゃなかったかしら(笑)。もっとも絵画にせよ音楽にせよ、どんなものが好きなのかについては性別とか背格好とか年齢とかはたしかに関係ないことではある。理屈じゃなくて、好きなものは好きなんだから。ことに音楽は感性に直接、働きかける力が強いから、つまるところ好きな音楽というのは理屈ぬきに好きなんですね。
…いまNHKの番組表見たら、Choral Evensongライヴ放送がはじまる一時間前の23時台の「ラジオ深夜便」で、最近なにかとよくお見かけする脳科学者先生が登場しますね。で、お題は「バッハは脳に効く!」(笑)。視覚も聴覚もたしかに大脳皮質で認識されるものとはいえ、なんでもかんでも「脳」にくっつけるのはどうかと思いますが…そういえばこの先生が訳されたご本。けっこう売れているそうですが、原著者は自己啓発セミナーを主催している米国人女性の売れっ子コーチらしくて、脳科学の専門家でもなんでもない。原題もHappy for No Reason: 7 Steps to Being Happy from the Inside Outでして、どこを突ついても「脳」ということばは出てこない。脳科学はたしかに注目される分野だし、おもしろいとは思うけれども、なんでもかんでも結びつけて売りつけるやり方はどうなんでしょ? と思う今日このごろ。それはともかく、先生がバッハについてどんなことを話すのかは楽しみではある。「脳に効く!」というからには、いくつかの「謎カノン」とか、「フーガの技法」とかも出てくるのかな? ひとつ思うことは、バッハの音楽の土台をなしているのはやはりオルガンだということ。鍵盤楽曲の音楽語法が管弦楽曲や声楽曲にもぽんぽん出てくる。たとえば昨年10月に実演を聴いた「マニフィカト」。あのめちゃくちゃ難度の高いメリスマティックな旋律は、やはり鍵盤作品によく出てくる急速なパッセージを思い起こさせる。教会カンタータのような人の声で歌われる作品には器楽的語法を、いっぽうで器楽作品には声楽的語法が侵入している――ことにバッハ作品の場合、高度な対位法を駆使して作曲されているので、歌わせることじたいがこれまたひと苦労。歌い手には器楽的要素を、器楽奏者には歌うことを要求するバッハ音楽には、声楽・器楽の境界線はきわめてあいまいだといつも感じています。
さて、祝日の今宵は水曜日。ということはBBC Radio3のChoral Evensongが生で聴ける。この前の再放送分では、バッハのモテット「主に向かって新しき歌を歌え BWV.225」も歌われましたね。1726年ごろに作曲されたといわれるこの8声モテット、どういう機会のために書かれたのかが判然としていないものの、「詩編」149にもとづく輝かしい二重合唱が美しい作品です。現存するバッハのモテットはシュミーダー編『バッハ作品目録』では7曲とし、そのうちBWV.230が偽作の疑いありとされています(またBWV.231もテレマンの作品ではないかとする説がある)。今宵の中継は、聖カスバートの聖遺物と尊者ベーダの墓があることでも有名なダラム大聖堂ですか。
…そういえば先週末の「バロックの森/リクエスト」で、パーセルの「主よ、わが祈りを聞きたまえ」とフランソワ・クープランの「新しいコンセール」から 「コンセール 第9番 ホ長調 “愛人の肖像”」が最初にかかりましたが、これをリクエストしたのがなんと和歌山の9歳の小学生! 前回の記事で、いかにわれわれが皮相的偏見の眼鏡ごしに他人を見ているかについてちょこっと書いておきながらこんなこと書くとなんだか矛盾しているようではありますが、この少年、年齢のわりにはかなり「耳の肥えた」聴き手に思えます。すくなくとも自分が9歳だったころは、聴いていたものといえば当時の映画音楽とかピンクレディーあたりじゃなかったかしら(笑)。もっとも絵画にせよ音楽にせよ、どんなものが好きなのかについては性別とか背格好とか年齢とかはたしかに関係ないことではある。理屈じゃなくて、好きなものは好きなんだから。ことに音楽は感性に直接、働きかける力が強いから、つまるところ好きな音楽というのは理屈ぬきに好きなんですね。
…いまNHKの番組表見たら、Choral Evensongライヴ放送がはじまる一時間前の23時台の「ラジオ深夜便」で、最近なにかとよくお見かけする脳科学者先生が登場しますね。で、お題は「バッハは脳に効く!」(笑)。視覚も聴覚もたしかに大脳皮質で認識されるものとはいえ、なんでもかんでも「脳」にくっつけるのはどうかと思いますが…そういえばこの先生が訳されたご本。けっこう売れているそうですが、原著者は自己啓発セミナーを主催している米国人女性の売れっ子コーチらしくて、脳科学の専門家でもなんでもない。原題もHappy for No Reason: 7 Steps to Being Happy from the Inside Outでして、どこを突ついても「脳」ということばは出てこない。脳科学はたしかに注目される分野だし、おもしろいとは思うけれども、なんでもかんでも結びつけて売りつけるやり方はどうなんでしょ? と思う今日このごろ。それはともかく、先生がバッハについてどんなことを話すのかは楽しみではある。「脳に効く!」というからには、いくつかの「謎カノン」とか、「フーガの技法」とかも出てくるのかな? ひとつ思うことは、バッハの音楽の土台をなしているのはやはりオルガンだということ。鍵盤楽曲の音楽語法が管弦楽曲や声楽曲にもぽんぽん出てくる。たとえば昨年10月に実演を聴いた「マニフィカト」。あのめちゃくちゃ難度の高いメリスマティックな旋律は、やはり鍵盤作品によく出てくる急速なパッセージを思い起こさせる。教会カンタータのような人の声で歌われる作品には器楽的語法を、いっぽうで器楽作品には声楽的語法が侵入している――ことにバッハ作品の場合、高度な対位法を駆使して作曲されているので、歌わせることじたいがこれまたひと苦労。歌い手には器楽的要素を、器楽奏者には歌うことを要求するバッハ音楽には、声楽・器楽の境界線はきわめてあいまいだといつも感じています。
2009年01月05日
いきなり津波
インドネシア東部の西パプア州沖合いで発生したM7.6の大地震。べつにむりしたつもりではなかったけれども、年末すこしバタバタしたせいか、大晦日前から風邪気味。正月休みにすこしは進めようと思っていたこともはかどらず、気分もなんとなく乗らないのでしばらく寝ていたら、かけっぱなしにしていたラジカセから「津波注意報」が。正月いきなりの地震を思うと、やはり気分も滅入る。
「ロバの音楽座」の上野先生から季節のご挨拶メールをいただきました。毎年恒例の「動く年賀状」、凝ったアニメーションの最後に、今年は例年以上に強いメッセージが添えられていました。
都会に出ていった若者は働き口がない
若者が出ていった田舎では働き手がない
もう一度家族が一つになれるなら
隣同士で挨拶できる社会を作れるなら
宇宙的視点で常識を覆せる勇気があるなら
経済活性、雇用問題、食料自給と安全問題、振込詐欺、通魔事件…
これら社会問題がみーんな解決するような気がするのですが
日本には諸葛孔明クラスの頭脳や文化や独創力が沢山ありながら、
なぜか、その力が国を導いて行くようなことはありません。
しかも、多くの人がその内容や価値を知らずに生きていきます。
多くは個人主義、みんな勝手気ままに夢を持ち、
生活に役に立たない学力を放棄する傾向にあります。
今、この世の中を変えるにしても、一人の力じゃあどうにもなりません。
我々にとってはすでに面倒くさい事かも知れないけれど、
家族や友人、もう一歩勇気を持って知らない人とも語り合って、
そして何か形にして行かないと、日本は何も変わっていかないでしょう。
これは心からの叫びだと、噛みしめながら――そして頭を掻きながら――拝読しました。折りしもオバマさんの演説集を読んでいたところだったので、よりいっそう心に深く刻まれる思いでした。
またアイルランド・ディングル半島付け根の町トラリー在住の――勝手に本家サイトの顧問的存在にしていますが――Dr Breandán Ó Cíobháin教授からも新年の便りが届きました。なんでもヴァイキング由来の地名にかんする記事を発表したとか(congratulations!)。残念ながら英語版ではなくて、現地語のアイルランド・ゲール語で書いたらしい。これとはべつに、ディングル半島の南に突き出すイヴェラ半島の地名にかんするアンソロジーにも寄稿して、こっちのほうはテキストを拝見させていただけるそうで、いまから楽しみ。
3日夜の「NHKナゴヤ・ニューイヤーコンサート」。司会進行は昨年にひきつづき青島広志先生。あいかわらず軽妙な解説でしたが、クラシックないしは西洋音楽とくると、いまだに「カタいもの」という偏見が根強くlingerしている。青島先生みたいな語り口のよきガイド役がもっとたくさん出てきてほしいところではあります。お楽しみのオルガン独奏ですが、今年は珍しく(?)、コンサートオルガニストではなくて、米国の教会オルガニストの方でした。で、栄えある2009年の「弾き初め」に選ばれたのが――なぜだかわからんけれど、「トッカータとフーガ BWV.565」(苦笑)。正月にいきなり轟く雷鳴、減7度の強烈な下降音型ですか(前にも書いたがフーガ主題も冒頭句から導き出されている)。語法的にはむしろ弦楽器を思わせるとして、原曲はヴァイオリン独奏曲ではないかとする説もあり、以前、ヴァイオリン一丁で演奏した盤をNHK-FMで聴いたことがあります。演奏は暗譜で、やたらせかせかしてなくて、それはそれでよかったのですが、後半のフーガ部分の、スコアで言えば86-90小節あたりで足鍵盤に主題がもどってくる部分でかんじんのフーガ主題がかなり飛んでました。演奏者も生身の人間、たまにはこういうこともある。以前「名曲リサイタル」で、女流チェリストの方がバッハの「無伴奏」から一曲、やはり暗譜で弾いていたら、頭が真っ白になってしまって、本来コーダに入るべきところをもう一度繰り返して、その間なんとか思い出した、なんて内輪話(いやこぼれ話?)を披露してました。そして今年は、ピアノを弾いてくれた若きホープ、地元名古屋出身の北村朋幹くんの演奏をひさしぶりに聴けてよかった。浜松のコンクールで3位入賞したときとおんなじラベルの「ピアノ協奏曲 ト長調」の最初の楽章でした。ジャズっぽい感じのノリのいい――groovy?――曲です。
バッハつながりでは、いまさっき聞いた「ラジオ英会話」。リスニング問題ではセオドアなんとかいう人にたいする「弔辞(eulogy)」が読み上げられていましたが、BGMがバッハのオルガン曲(「トリオ・ソナタ BWV.528」の第2楽章アンダンテ)だったので、こっちのほうが気になった(笑)。また先週放送のBBC Radio3のChoral Evensong。レディング郊外、ロンドンから車で1時間ほどの場所に建つドゥエー修道院教会からの中継でしたが、名前が気になって公式サイト見たら、やはり『ドゥエー・ランス英訳聖書』ゆかりの地にして、この前TVで見たカリヨン弾きの天才少年のいる古都ドゥエーと深いつながりがあった(キャスターは「ダウエ」のように発音してました)。最後のオルガン・ヴォランタリーはバッハがミツラーの音楽学協会入会のとき提出した、「『高き天よりわれは来たりぬ』によるカノン風変奏曲 BWV.769」で、まさにこの時期にぴったりの選曲と演奏でとてもよかった。
「ロバの音楽座」の上野先生から季節のご挨拶メールをいただきました。毎年恒例の「動く年賀状」、凝ったアニメーションの最後に、今年は例年以上に強いメッセージが添えられていました。
都会に出ていった若者は働き口がない
若者が出ていった田舎では働き手がない
もう一度家族が一つになれるなら
隣同士で挨拶できる社会を作れるなら
宇宙的視点で常識を覆せる勇気があるなら
経済活性、雇用問題、食料自給と安全問題、振込詐欺、通魔事件…
これら社会問題がみーんな解決するような気がするのですが
日本には諸葛孔明クラスの頭脳や文化や独創力が沢山ありながら、
なぜか、その力が国を導いて行くようなことはありません。
しかも、多くの人がその内容や価値を知らずに生きていきます。
多くは個人主義、みんな勝手気ままに夢を持ち、
生活に役に立たない学力を放棄する傾向にあります。
今、この世の中を変えるにしても、一人の力じゃあどうにもなりません。
我々にとってはすでに面倒くさい事かも知れないけれど、
家族や友人、もう一歩勇気を持って知らない人とも語り合って、
そして何か形にして行かないと、日本は何も変わっていかないでしょう。
これは心からの叫びだと、噛みしめながら――そして頭を掻きながら――拝読しました。折りしもオバマさんの演説集を読んでいたところだったので、よりいっそう心に深く刻まれる思いでした。
またアイルランド・ディングル半島付け根の町トラリー在住の――勝手に本家サイトの顧問的存在にしていますが――Dr Breandán Ó Cíobháin教授からも新年の便りが届きました。なんでもヴァイキング由来の地名にかんする記事を発表したとか(congratulations!)。残念ながら英語版ではなくて、現地語のアイルランド・ゲール語で書いたらしい。これとはべつに、ディングル半島の南に突き出すイヴェラ半島の地名にかんするアンソロジーにも寄稿して、こっちのほうはテキストを拝見させていただけるそうで、いまから楽しみ。
3日夜の「NHKナゴヤ・ニューイヤーコンサート」。司会進行は昨年にひきつづき青島広志先生。あいかわらず軽妙な解説でしたが、クラシックないしは西洋音楽とくると、いまだに「カタいもの」という偏見が根強くlingerしている。青島先生みたいな語り口のよきガイド役がもっとたくさん出てきてほしいところではあります。お楽しみのオルガン独奏ですが、今年は珍しく(?)、コンサートオルガニストではなくて、米国の教会オルガニストの方でした。で、栄えある2009年の「弾き初め」に選ばれたのが――なぜだかわからんけれど、「トッカータとフーガ BWV.565」(苦笑)。正月にいきなり轟く雷鳴、減7度の強烈な下降音型ですか(前にも書いたがフーガ主題も冒頭句から導き出されている)。語法的にはむしろ弦楽器を思わせるとして、原曲はヴァイオリン独奏曲ではないかとする説もあり、以前、ヴァイオリン一丁で演奏した盤をNHK-FMで聴いたことがあります。演奏は暗譜で、やたらせかせかしてなくて、それはそれでよかったのですが、後半のフーガ部分の、スコアで言えば86-90小節あたりで足鍵盤に主題がもどってくる部分でかんじんのフーガ主題がかなり飛んでました。演奏者も生身の人間、たまにはこういうこともある。以前「名曲リサイタル」で、女流チェリストの方がバッハの「無伴奏」から一曲、やはり暗譜で弾いていたら、頭が真っ白になってしまって、本来コーダに入るべきところをもう一度繰り返して、その間なんとか思い出した、なんて内輪話(いやこぼれ話?)を披露してました。そして今年は、ピアノを弾いてくれた若きホープ、地元名古屋出身の北村朋幹くんの演奏をひさしぶりに聴けてよかった。浜松のコンクールで3位入賞したときとおんなじラベルの「ピアノ協奏曲 ト長調」の最初の楽章でした。ジャズっぽい感じのノリのいい――groovy?――曲です。
バッハつながりでは、いまさっき聞いた「ラジオ英会話」。リスニング問題ではセオドアなんとかいう人にたいする「弔辞(eulogy)」が読み上げられていましたが、BGMがバッハのオルガン曲(「トリオ・ソナタ BWV.528」の第2楽章アンダンテ)だったので、こっちのほうが気になった(笑)。また先週放送のBBC Radio3のChoral Evensong。レディング郊外、ロンドンから車で1時間ほどの場所に建つドゥエー修道院教会からの中継でしたが、名前が気になって公式サイト見たら、やはり『ドゥエー・ランス英訳聖書』ゆかりの地にして、この前TVで見たカリヨン弾きの天才少年のいる古都ドゥエーと深いつながりがあった(キャスターは「ダウエ」のように発音してました)。最後のオルガン・ヴォランタリーはバッハがミツラーの音楽学協会入会のとき提出した、「『高き天よりわれは来たりぬ』によるカノン風変奏曲 BWV.769」で、まさにこの時期にぴったりの選曲と演奏でとてもよかった。
2008年12月22日
天才少年carillonneur
先日のTBS「世界遺産」。あーカリヨンだー、珍しい! と思って見てみました。いろんなものが世界遺産として登録されているけれども、ベルギーやフランス北部にまたがるフランドル地方とワロン地方――ネロとパトラッシュのいたあたりもふくめて――のカリヨン群も登録されているのですね、知らなかった。オルガン以上にめったにTVではお目にかからない楽器ですので、興味津々。カリヨンのことは以前、拙記事でほんのすこし触れたことがあるけれども、語源はナレーターの言うとおり、「4つひと組み」になった鐘(quaternion)」)が訛ったもの。もとは4つしかなかったんですね。いまではWikipedia記事にもあるとおり、オルガンとおんなじような手で弾く鍵盤と足で弾く鍵盤のある、文字どおり世界最大級の屋外演奏楽器です(でもこちらのページを見ますとカリヨン最古の記録はまたしてもイングランドみたいですね…)。
ただし鍵盤といっても、写真を見ればわかるとおり、バトンと呼ばれる鍵盤をこぶしや掌でひっぱたいて演奏する。くわえて、巨大な鐘につながっているわけだから腕力もそうとう必要。オルガニストも両手両脚をフルに使って演奏するため、「楽器に見合う体力が不可欠」とよく言われますが、オルガンはどちらか言うと管楽器でこっちは打楽器なので、カリヨンのほうがもっとハードのような気がします。映像を見て思うに、たぶん暖房なんてないんじゃないでしょうか。文字どおり鐘楼てっぺんの、吹っきさらしのなかで演奏しているのではないかな(鐘楼によってはひょっとしたらなにかしら暖房設備とかあるかも。でも昇り降りだけで素人はしんどい)。それと、どの奏者も素手で弾いていますね。だいぶ昔見たなにかの映像では、指先のない手袋とかはめて演奏していた人を見たことがあります。楽譜もほぼ垂直の譜面台にマグネットで固定してありますね。ちなみに現代につながる「オルガン」の原型が出現しはじめたのは12世紀以降、ゴシック時代よりもあと。ちょうど「ノートルダム楽派」とか、音楽のポリフォニー化が急速に進んでいた時代と一致しています。当時教会・修道院礼拝堂で流行った「トロープス」とか「セクエンツィア」のたぐいも、このオルガンという楽器の発達と密接にかかわっています。声楽を和音面から支える楽器にすぎなかったオルガンも、やがて演奏者が即興の妙技を披露するような独立した楽曲を奏でるようになります。
番組に登場するブルッヘ(ブルージュ)とかトゥールネ、ヘント、コルトレイク、王立カリヨン学校(!)のあるメッヘレンなどの鐘楼群のほとんどが12-6世紀にかけて競い合うようにして建造されたものらしい。教会とは独立して聳えているのが独特ですね。それにしてもブルッヘの鐘楼守ド・ヴォスさんはたいへんだ。家族で鐘楼の2階に住み、火災など万一の事態に備えるためにほとんどどこへも出かけられないという。またカリヨンの若い奏者を育成するためのメッヘレン王立カリヨン学校のレッスンなんかもひじょうにおもしろかったが(カリヨン二重奏がよかった)、なんといっても驚いたのは仏北部の、「ドゥエ・ランス英訳聖書」で有名なドゥエの鐘楼でのエピソード。なんと13歳の天才カリヨン奏者(carillonneur)がいるという! カンタン・ルリッシュという名のその子は、カリヨンに魅せられて練習をはじめたのが2年半前というから、さらに驚き。眼鏡をかけた小柄なカンタン少年ですが、その演奏は堂に入ったもの。体力を使う楽器ではあるけれど、毎朝、登校前の練習は欠かしたことがないと言います。ゴルフの遼くんとかもそうだけど、やっぱりみんな目に見えないところで日々黙々と努力しているんですよね(頭を掻きながら)。ドゥエの鐘楼のカリヨン演奏を許可されているのはこのカンタン少年をふくめて3人だけ。カリヨンで「ジングルベル」! 一度生で聴いてみたいものだ(番組前半で演奏されたバッハの「アリオーソ」もすばらしい!)。
…そういえば「手回しオルガン」のCDはもってるけれど、カリヨン音楽のCDっていまだ見かけたことさえなし。カンタン少年の部屋には所狭しとカリヨンの鐘やら、各地のカリヨン演奏を収めたCDがいっぱいという、文字どおりカリヨン漬けの生活。ということは、欧州大陸ではカリヨン音楽のCDがけっこう出回っているということなのかな。カリヨン音楽のCDもせめて一枚くらいは手に入れたい、と思います。↓はブルッヘのカリヨン演奏の動画。
ただし鍵盤といっても、写真を見ればわかるとおり、バトンと呼ばれる鍵盤をこぶしや掌でひっぱたいて演奏する。くわえて、巨大な鐘につながっているわけだから腕力もそうとう必要。オルガニストも両手両脚をフルに使って演奏するため、「楽器に見合う体力が不可欠」とよく言われますが、オルガンはどちらか言うと管楽器でこっちは打楽器なので、カリヨンのほうがもっとハードのような気がします。映像を見て思うに、たぶん暖房なんてないんじゃないでしょうか。文字どおり鐘楼てっぺんの、吹っきさらしのなかで演奏しているのではないかな(鐘楼によってはひょっとしたらなにかしら暖房設備とかあるかも。でも昇り降りだけで素人はしんどい)。それと、どの奏者も素手で弾いていますね。だいぶ昔見たなにかの映像では、指先のない手袋とかはめて演奏していた人を見たことがあります。楽譜もほぼ垂直の譜面台にマグネットで固定してありますね。ちなみに現代につながる「オルガン」の原型が出現しはじめたのは12世紀以降、ゴシック時代よりもあと。ちょうど「ノートルダム楽派」とか、音楽のポリフォニー化が急速に進んでいた時代と一致しています。当時教会・修道院礼拝堂で流行った「トロープス」とか「セクエンツィア」のたぐいも、このオルガンという楽器の発達と密接にかかわっています。声楽を和音面から支える楽器にすぎなかったオルガンも、やがて演奏者が即興の妙技を披露するような独立した楽曲を奏でるようになります。
番組に登場するブルッヘ(ブルージュ)とかトゥールネ、ヘント、コルトレイク、王立カリヨン学校(!)のあるメッヘレンなどの鐘楼群のほとんどが12-6世紀にかけて競い合うようにして建造されたものらしい。教会とは独立して聳えているのが独特ですね。それにしてもブルッヘの鐘楼守ド・ヴォスさんはたいへんだ。家族で鐘楼の2階に住み、火災など万一の事態に備えるためにほとんどどこへも出かけられないという。またカリヨンの若い奏者を育成するためのメッヘレン王立カリヨン学校のレッスンなんかもひじょうにおもしろかったが(カリヨン二重奏がよかった)、なんといっても驚いたのは仏北部の、「ドゥエ・ランス英訳聖書」で有名なドゥエの鐘楼でのエピソード。なんと13歳の天才カリヨン奏者(carillonneur)がいるという! カンタン・ルリッシュという名のその子は、カリヨンに魅せられて練習をはじめたのが2年半前というから、さらに驚き。眼鏡をかけた小柄なカンタン少年ですが、その演奏は堂に入ったもの。体力を使う楽器ではあるけれど、毎朝、登校前の練習は欠かしたことがないと言います。ゴルフの遼くんとかもそうだけど、やっぱりみんな目に見えないところで日々黙々と努力しているんですよね(頭を掻きながら)。ドゥエの鐘楼のカリヨン演奏を許可されているのはこのカンタン少年をふくめて3人だけ。カリヨンで「ジングルベル」! 一度生で聴いてみたいものだ(番組前半で演奏されたバッハの「アリオーソ」もすばらしい!)。
…そういえば「手回しオルガン」のCDはもってるけれど、カリヨン音楽のCDっていまだ見かけたことさえなし。カンタン少年の部屋には所狭しとカリヨンの鐘やら、各地のカリヨン演奏を収めたCDがいっぱいという、文字どおりカリヨン漬けの生活。ということは、欧州大陸ではカリヨン音楽のCDがけっこう出回っているということなのかな。カリヨン音楽のCDもせめて一枚くらいは手に入れたい、と思います。↓はブルッヘのカリヨン演奏の動画。
2008年12月05日
9年ぶりの歌声
今年も Advent、待降節 ( 降誕節前の4 週間。蒸し返しになりますが降誕節は正月をはさんで来月6日までの12 日間 ) がめぐってきました。ここ数年、この季節は BBC Radio3 の Choral Evensong でセントジョンズカレッジ聖歌隊による待降節礼拝に耳を傾けてからはじまります。今年は Radio3 サイトにアクセスしたらたまたま生放送中でした。あいかわらず心洗われる清冽なソロと合唱。最後のオルガンヴォランタリーは、バッハの名曲「目覚めよと呼ぶ声あり BWV.645 ( 6つのシュープラー編纂コラール集 第1 曲 ) 」でした。
毎年、この時期は名だたる少年合唱団や聖歌隊来日シーズンでもあるのでいつも聴きに行ってますが、そのきっかけを作ってくれたのが「パリ木」、フランスの「木の十字架少年合唱団」公演でした。かれこれ 15 年ほど前のことになります。たまたま近所に来てくれたので聴きに行ったのですが、じっさいに彼らの歌声を耳にしてたいへんな衝撃を受けた。見かけのかわいらしさとは裏腹の、成人歌手顔負けの歌いっぷりに度肝を抜かれたのです。それ以来、憑かれたように ( ? ) 泥沼がはじまる ( 苦笑 ) 。年に一、二回くらいとはいえ、この手の合唱団公演には10年以上も聴きに行っているので、それなりに耳は肥えてきた、と思う。その間CDもずいぶん増えましたし。もっともこれにはやはりインターネットの力が大きい。手に入れにくい文献のみならず、欧州でしか手に入らないようなマイナーな録音盤でもわりと手軽に入手できるようになったのはたいへんありがたいことです。
思い出深いパリ木ですが、前回彼らの実演に接したのが 1999 年。なので彼らの歌声を聴くのはじつに 9 年ぶりのこと。パリ木を熟知している仏人メル友によると、数年前からヴェロニク・トマサンという女性の指導者に代わり、本拠地もいままでのグレーニュの森にあった城館からパリ市街地に近い場所に移転したらしい。以前にくらべて規律がゆるんでいるというようなことも聞きました。また近年は、入団するのは裕福な家庭の子弟が多いようです。
かんじんの歌声はどうなんだろ…と思いつつ東京カテドラル聖マリア大聖堂へ ( 意図したわけではないのに、3 年連続ここの会場に通うことに。自分の場合はしばらく連続であるホール、たとえば芸劇、オペラシティ、トリフォニーホール、みなとみらいホールとつづくケースが多いです ) 。晴れてはいたんですが、クリスマス寒波を思わせるような寒い一日でして、聖堂の中に入ってみたら期待していた使いきりカイロはなし ( 苦笑 ) 。かわりにBS朝日だかのTVカメラは入ってました ( 99 年公演時もNHK-BS2のカメラが入ってました ) 。
総勢24名のうち、まず登場したのは 20 名。これは、オルランド・ディ・ラッソの「ほら ! 楽しいこだまが聞こえてくるよ」という曲を歌うために残り4名は後方、たぶんオルガンロフトのあたりに待機していたのでしょう ( ちなみにこのおなじ曲、去年もここで、Boni Pueri 公演にて聴きました ) 。ここの特徴はなんといっても絶品のア・カペラによる音楽のフルコース。でもたまさかに彼らのCDにはオルガン伴奏版とか入っているから、どうせならうしろの大オルガンも活用してほしいところでした。
プログラム第一部は「フランス大衆音楽および世界の有名歌曲」となんかやたらと長いタイトルがついてます。服装は紺色の上着と半ズボンで、これも以前とおんなじです。低音パートのソロで歌われるチェコ民謡 'Tecce voda Tecce' とかグリーグの「ソルヴェイグの歌」、フリースの「モーツァルトの子守り歌」とかは定番ですが、'It's all right' はアンティル諸島の歌ということになっているがノリのよすぎるゴスペルみたいで、パリ木というよりまるでドラケンスバーグみたいでした。みんなで体を揺らして手拍子しながら歌う、というスタイルはたしかに近年のものかもしれない。ピアフの「バラ色の人生」や「パリ・パナム」も歌ってくれましたね。このへんのレパートリーは、たぶんトマサン先生になってからなのでしょう。歌声は、以前ほど個性が強くないというか、似たような声質で統一されている印象でした。それでもときおり昔聴いた、懐かしい声を彷彿とさせるソリストがいたりしたので、そんなときは頭の中で昔聴いたソリストくんの声も重なって聴こえたりした。
第二部になってから、彼らの正装とも言える木の十字架つき純白のアルバ姿で登場。こちらも300円で買ったプログラムに記載されているタイトルが長くて、「クリスマスキャロルおよび聖歌で構成」。というかこのプログラム、巻末にただ曲目を羅列してあるだけでなんの解説もなし。しかもラッソの名前がオ・ディ・ラッソとはいくらなんでも省略しすぎ(苦笑)。「ジングルベル」、「荒野の果てに」、「シューベルトのアヴェ・マリア」と定番ぞろいでしたが、ムーアという人の「カルヴァリ山の十字架」というのははじめて聴きました。こちらもひじょうにノリのいい曲でした。シューベルトのソロもよかったけれども、ラモーの「夜」と 'Carol of the bells' がいかにもパリ木らしい美しいハーモニーを聴かせてくれてよかった。フランス生まれで英国に伝わったキャロル「御空にこだます」はアングリカン系聖歌隊の十八番であるけれども、パリ木でははじめて聴きました。英語歌詞ではあるけれど、どことなくフレンチな歌い方。最後の「ホワイトクリスマス」も、以前とおなじような、パリ木スタイルを踏襲したイントロつきで歌われました。グルーバーの「きよしこの夜」は、独語・英語・日本語で歌ってくれました。
アンコールは ―― 古いファンの方にはおなじみかな ―― 山下達郎さんの「クリスマス・イヴ」、'Walking in the air' の日本語版「空を歩いて」。最後にもう一曲歌われましたが、記憶があいまいでたしかなことはわからないですが、映画「コーラス」のサントラの一曲だったかもしれない ( 確認しようと思って本棚あさっても出てこないから、くだんのメル友に贈呈したかもしれない…ということに思い当たりました orz ) 。アレッドでおなじみの曲も、日本語で歌われるとなんだか別物みたいでこれはこれでおもしろい。思うに、パリ木の歌うこの日本語ヴァージョンはだれが作ったのだろうか … 10 年前にリリースされた仏国内盤にも「空を歩いて」が収録されていますし。
全体的な印象として、いまのパリ木はいい意味でくだけた雰囲気があるように思います。以前はそれこそピンと張りつめた空気みたいなものが感じられたので。97 年に来日したとき、一度だけ在京オーケストラと共演したことがありました。もちろん生のオケも抜群によかったし、彼らの「先輩」たちも声量面でなんらオケと引けをとらなかった。でもたとえばソリストの子は歌い終わるとさっさとみんなのほうに引っこんで、オケの指揮者先生が鳴り止まない拍手にこたえるように手招きしても首を横に振ってけっして前に出ようとはしなかった。つまりソリストだけが目立つようなことはしなかった。いまはそんなことはなくて、トマサン女史もソリストたちを前に出させてめいめいお辞儀させているし、演奏中にソリストが三々五々ぞろぞろと出てくるというのは以前だったらちょっと考えられなかったと思う ( 最前列に並べてから歌いだした ) 。そしてソロを歌える子もずいぶんいました。曲によってはふたつ三つの大きなアンサンブルを作って歌うというようなこともありました。歌声は、以前ほど強烈な個性はさほど感じられなかったけれども、ソリストはいずれも安定しているし、あの特有な色彩感豊かなハーモニーがひじょうに美しく、世代交代による出来不出来のないところはすばらしいと思いました。だてに 100 年以上も歌っていませんね ( ↓は、メル友から贈られたパリ木創立 100 周年記念 DVD と CD セット ) 。

今回は、パリ木公式サイトによると中国・韓国と回ってから来日したらしい。日仏交流150周年記念、と謳うわりにはたったの3 公演で、以前のような30公演以上という強行スケジュールを知っている者としてはせめて10公演くらいはやってほしかったかも ( あんまりむりしなくてもいいですが。空気が乾燥しているせいか、エヘン虫の団員くんがちらほらいた ) 。とにかくひさしぶりに実演を聴けて、個人的には大満足です。
毎年、この時期は名だたる少年合唱団や聖歌隊来日シーズンでもあるのでいつも聴きに行ってますが、そのきっかけを作ってくれたのが「パリ木」、フランスの「木の十字架少年合唱団」公演でした。かれこれ 15 年ほど前のことになります。たまたま近所に来てくれたので聴きに行ったのですが、じっさいに彼らの歌声を耳にしてたいへんな衝撃を受けた。見かけのかわいらしさとは裏腹の、成人歌手顔負けの歌いっぷりに度肝を抜かれたのです。それ以来、憑かれたように ( ? ) 泥沼がはじまる ( 苦笑 ) 。年に一、二回くらいとはいえ、この手の合唱団公演には10年以上も聴きに行っているので、それなりに耳は肥えてきた、と思う。その間CDもずいぶん増えましたし。もっともこれにはやはりインターネットの力が大きい。手に入れにくい文献のみならず、欧州でしか手に入らないようなマイナーな録音盤でもわりと手軽に入手できるようになったのはたいへんありがたいことです。
思い出深いパリ木ですが、前回彼らの実演に接したのが 1999 年。なので彼らの歌声を聴くのはじつに 9 年ぶりのこと。パリ木を熟知している仏人メル友によると、数年前からヴェロニク・トマサンという女性の指導者に代わり、本拠地もいままでのグレーニュの森にあった城館からパリ市街地に近い場所に移転したらしい。以前にくらべて規律がゆるんでいるというようなことも聞きました。また近年は、入団するのは裕福な家庭の子弟が多いようです。
かんじんの歌声はどうなんだろ…と思いつつ東京カテドラル聖マリア大聖堂へ ( 意図したわけではないのに、3 年連続ここの会場に通うことに。自分の場合はしばらく連続であるホール、たとえば芸劇、オペラシティ、トリフォニーホール、みなとみらいホールとつづくケースが多いです ) 。晴れてはいたんですが、クリスマス寒波を思わせるような寒い一日でして、聖堂の中に入ってみたら期待していた使いきりカイロはなし ( 苦笑 ) 。かわりにBS朝日だかのTVカメラは入ってました ( 99 年公演時もNHK-BS2のカメラが入ってました ) 。
総勢24名のうち、まず登場したのは 20 名。これは、オルランド・ディ・ラッソの「ほら ! 楽しいこだまが聞こえてくるよ」という曲を歌うために残り4名は後方、たぶんオルガンロフトのあたりに待機していたのでしょう ( ちなみにこのおなじ曲、去年もここで、Boni Pueri 公演にて聴きました ) 。ここの特徴はなんといっても絶品のア・カペラによる音楽のフルコース。でもたまさかに彼らのCDにはオルガン伴奏版とか入っているから、どうせならうしろの大オルガンも活用してほしいところでした。
プログラム第一部は「フランス大衆音楽および世界の有名歌曲」となんかやたらと長いタイトルがついてます。服装は紺色の上着と半ズボンで、これも以前とおんなじです。低音パートのソロで歌われるチェコ民謡 'Tecce voda Tecce' とかグリーグの「ソルヴェイグの歌」、フリースの「モーツァルトの子守り歌」とかは定番ですが、'It's all right' はアンティル諸島の歌ということになっているがノリのよすぎるゴスペルみたいで、パリ木というよりまるでドラケンスバーグみたいでした。みんなで体を揺らして手拍子しながら歌う、というスタイルはたしかに近年のものかもしれない。ピアフの「バラ色の人生」や「パリ・パナム」も歌ってくれましたね。このへんのレパートリーは、たぶんトマサン先生になってからなのでしょう。歌声は、以前ほど個性が強くないというか、似たような声質で統一されている印象でした。それでもときおり昔聴いた、懐かしい声を彷彿とさせるソリストがいたりしたので、そんなときは頭の中で昔聴いたソリストくんの声も重なって聴こえたりした。
第二部になってから、彼らの正装とも言える木の十字架つき純白のアルバ姿で登場。こちらも300円で買ったプログラムに記載されているタイトルが長くて、「クリスマスキャロルおよび聖歌で構成」。というかこのプログラム、巻末にただ曲目を羅列してあるだけでなんの解説もなし。しかもラッソの名前がオ・ディ・ラッソとはいくらなんでも省略しすぎ(苦笑)。「ジングルベル」、「荒野の果てに」、「シューベルトのアヴェ・マリア」と定番ぞろいでしたが、ムーアという人の「カルヴァリ山の十字架」というのははじめて聴きました。こちらもひじょうにノリのいい曲でした。シューベルトのソロもよかったけれども、ラモーの「夜」と 'Carol of the bells' がいかにもパリ木らしい美しいハーモニーを聴かせてくれてよかった。フランス生まれで英国に伝わったキャロル「御空にこだます」はアングリカン系聖歌隊の十八番であるけれども、パリ木でははじめて聴きました。英語歌詞ではあるけれど、どことなくフレンチな歌い方。最後の「ホワイトクリスマス」も、以前とおなじような、パリ木スタイルを踏襲したイントロつきで歌われました。グルーバーの「きよしこの夜」は、独語・英語・日本語で歌ってくれました。
アンコールは ―― 古いファンの方にはおなじみかな ―― 山下達郎さんの「クリスマス・イヴ」、'Walking in the air' の日本語版「空を歩いて」。最後にもう一曲歌われましたが、記憶があいまいでたしかなことはわからないですが、映画「コーラス」のサントラの一曲だったかもしれない ( 確認しようと思って本棚あさっても出てこないから、くだんのメル友に贈呈したかもしれない…ということに思い当たりました orz ) 。アレッドでおなじみの曲も、日本語で歌われるとなんだか別物みたいでこれはこれでおもしろい。思うに、パリ木の歌うこの日本語ヴァージョンはだれが作ったのだろうか … 10 年前にリリースされた仏国内盤にも「空を歩いて」が収録されていますし。
全体的な印象として、いまのパリ木はいい意味でくだけた雰囲気があるように思います。以前はそれこそピンと張りつめた空気みたいなものが感じられたので。97 年に来日したとき、一度だけ在京オーケストラと共演したことがありました。もちろん生のオケも抜群によかったし、彼らの「先輩」たちも声量面でなんらオケと引けをとらなかった。でもたとえばソリストの子は歌い終わるとさっさとみんなのほうに引っこんで、オケの指揮者先生が鳴り止まない拍手にこたえるように手招きしても首を横に振ってけっして前に出ようとはしなかった。つまりソリストだけが目立つようなことはしなかった。いまはそんなことはなくて、トマサン女史もソリストたちを前に出させてめいめいお辞儀させているし、演奏中にソリストが三々五々ぞろぞろと出てくるというのは以前だったらちょっと考えられなかったと思う ( 最前列に並べてから歌いだした ) 。そしてソロを歌える子もずいぶんいました。曲によってはふたつ三つの大きなアンサンブルを作って歌うというようなこともありました。歌声は、以前ほど強烈な個性はさほど感じられなかったけれども、ソリストはいずれも安定しているし、あの特有な色彩感豊かなハーモニーがひじょうに美しく、世代交代による出来不出来のないところはすばらしいと思いました。だてに 100 年以上も歌っていませんね ( ↓は、メル友から贈られたパリ木創立 100 周年記念 DVD と CD セット ) 。
今回は、パリ木公式サイトによると中国・韓国と回ってから来日したらしい。日仏交流150周年記念、と謳うわりにはたったの3 公演で、以前のような30公演以上という強行スケジュールを知っている者としてはせめて10公演くらいはやってほしかったかも ( あんまりむりしなくてもいいですが。空気が乾燥しているせいか、エヘン虫の団員くんがちらほらいた ) 。とにかくひさしぶりに実演を聴けて、個人的には大満足です。
2008年11月17日
ここの聖歌隊のCDもほしいな
最近のBBC Radio3 Choral Evensongは再放送もしてくれるみたいで聴取できる期間も一週間長くなって、正直とてもありがたい。で、今週はMappa Mundiで有名なヘレフォード大聖堂から。最後のオルガン・ヴォランタリーこそバッハですが、あとはぜんぶ近現代英国の作曲家の作品ぞろいで、これはこれでたいへん聴きごたえがありました。出だしの入堂聖歌は、今年で75歳になるもとヘレフォード大聖堂オルガニストだった人の作品。カンティクルは、ハーバード・ハウエルズが1969年、この大聖堂の委嘱を受けて作曲した「ヘレフォード・サーヴィス」(スタンフォードやグッドールなど、アングリカン系作曲家はたいていこの手の作品を書いています)。アンセムはエドワード・ベアストウが1914年に作曲した「祝福されし街、聖なるセイラムよ」。最初の朗読はイザヤ書から、二番目はマタイ福音書の有名な「山上の説教」の「腹を立ててはならない」というひじょーにむつかしい教えの箇所(主任司祭も'some of Jesus's most challenging words'なんて言っていた)。いちおう新共同訳はもっているので、なるほど英訳ではこうなってんのかーとか思いつつ朗読を聞いていた(くわしくは知らないけれど、使用聖書はNew Revised Standard Versionだろうか? 'You fool'って言ってるし)。いつも聴いている人には無用の説明ですが、朗読が終わるとここからカンティクルの後半部分、つまり「ルカ福音書」の有名な「ザカリアの賛歌」がはじまる(Nunc Dimittis)。アンセムで歌われたベアストウの曲も美しかった。終止直前にボーイソプラノのソロも短いながらありまして、澄み切った声が印象的でした。
最後のバッハですが、BWV.537の「ファンタジーとフーガ ハ短調」。これ構造的にけっこう興味深いのですが、残念ながらあまり頻繁(「はんざつ」じゃないですよ)に演奏されないみたいです。ファンタジーはいわゆる南ドイツのパッヘルベルといった作曲家によく見られるタイプの、息の長いオルゲルプンクト上でゆったりと展開される曲想のもの(いわゆる「歌唱ポリフォニー」書法)で、最初の終止でhemiolaと呼ばれる技法が使われている。じつはこの作品を伝えているのはライプツィッヒでバッハの弟子だったクレープス親子の筆写した楽譜たった一点のみで、ある意味ひじょうに貴重ではあります(筆写譜末尾には'Soli Deo Gloria'につづいて「1751年1月10日」の日付けも記入されている)。1712-17年、ヴァイマール時代の作とされるこの作品は、ファンタジーとフーガの両者の内的結びつきが強くて、ほかのハ短調作品(「パッサカリア BWV.582」とか「前奏曲とフーガ BWV.547」)の先駆けを思わせるような重厚で、渋くて、「ため息」の半音下降音型進行や半終止が妙に感傷的で、なんだかいまの季節にぴったりな感じの作品です。フーガ(2/2)のほうはちょっと変わってまして、中間部に最初の主題とは関連性のないふたつの新主題が顔を出して、第一主題と結合することなく三つ巴で突き進んで終わります。不完全ながらも、その後書かれる雄大な「ホ短調の前奏曲とフーガ BWV.548」の原型みたいな、ダ・カーポ・フーガです(ケラーはソナタ形式の影響が強いと言っている)。ウィリアムズ本によれば、後半40小節のやや稚拙な書法を問題視する研究者もいるようですが、ウィリアムズも書いているように、これはBWV.548の「完成形」の途上にある作品として位置づけていいような気がします。多主題フーガ…ということでは、晩年の「フーガの技法」にもつながってゆきます。
ついでに前回放送されたカンタベリー大聖堂聖歌隊の回では、エルガーの有名な「エニグマ交響曲」から採られたLux aeternaがアンセムとして歌われてました。
それと、毎年恒例のこんな大会も。こっちのほうもあとで聴いてみますか(残念ながら、今年のYCOYは聴き逃した orz)。
最後のバッハですが、BWV.537の「ファンタジーとフーガ ハ短調」。これ構造的にけっこう興味深いのですが、残念ながらあまり頻繁(「はんざつ」じゃないですよ)に演奏されないみたいです。ファンタジーはいわゆる南ドイツのパッヘルベルといった作曲家によく見られるタイプの、息の長いオルゲルプンクト上でゆったりと展開される曲想のもの(いわゆる「歌唱ポリフォニー」書法)で、最初の終止でhemiolaと呼ばれる技法が使われている。じつはこの作品を伝えているのはライプツィッヒでバッハの弟子だったクレープス親子の筆写した楽譜たった一点のみで、ある意味ひじょうに貴重ではあります(筆写譜末尾には'Soli Deo Gloria'につづいて「1751年1月10日」の日付けも記入されている)。1712-17年、ヴァイマール時代の作とされるこの作品は、ファンタジーとフーガの両者の内的結びつきが強くて、ほかのハ短調作品(「パッサカリア BWV.582」とか「前奏曲とフーガ BWV.547」)の先駆けを思わせるような重厚で、渋くて、「ため息」の半音下降音型進行や半終止が妙に感傷的で、なんだかいまの季節にぴったりな感じの作品です。フーガ(2/2)のほうはちょっと変わってまして、中間部に最初の主題とは関連性のないふたつの新主題が顔を出して、第一主題と結合することなく三つ巴で突き進んで終わります。不完全ながらも、その後書かれる雄大な「ホ短調の前奏曲とフーガ BWV.548」の原型みたいな、ダ・カーポ・フーガです(ケラーはソナタ形式の影響が強いと言っている)。ウィリアムズ本によれば、後半40小節のやや稚拙な書法を問題視する研究者もいるようですが、ウィリアムズも書いているように、これはBWV.548の「完成形」の途上にある作品として位置づけていいような気がします。多主題フーガ…ということでは、晩年の「フーガの技法」にもつながってゆきます。
ついでに前回放送されたカンタベリー大聖堂聖歌隊の回では、エルガーの有名な「エニグマ交響曲」から採られたLux aeternaがアンセムとして歌われてました。
それと、毎年恒例のこんな大会も。こっちのほうもあとで聴いてみますか(残念ながら、今年のYCOYは聴き逃した orz)。
2008年11月08日
ギロックのオルガン演奏会とジルバーマンオルガンのピッチ
1). 「芸術劇場」でオルガンリサイタルを放映するのはいったい何年ぶりだろう…と思いましたが、地上波で見られるのはやはりうれしいのでしっかり見ておきました(笑)。オルガンは、サン-サーンスの「オルガンつき」とかならたびたびTVでも拝見しますし、正月恒例の「NHKナゴヤ・ニューイヤー・コンサート」でも短いながらオルガン独奏曲が披露されたりするけれど、こういう単独の演奏会を地上波で流すのはおそらく「サイモン・プレストン & ハーデンベルガー デュオリサイタル」以来ではないかな(何年前??)。
今宵の「芸術劇場」は、今年が生誕100年目のオリヴィエ・メシアン作品の特集でした(今年は指揮者の朝比奈隆氏も生誕100年)。最初が「世の終わりのための四重奏曲」、後半がギロックによるメシアンのオルガン作品演奏でした。「世の終わりの…」のほうは生前のメシアンも好きだったという軽井沢にあるカトリック教会から。メシアンの愛弟子のひとり、ピアニストの藤井一興氏が、「メシアンの音楽にはステンドグラスの色彩というのがつねにあったと思う」というようなことをおっしゃっていて、なるほどなーと感じました。たしかにメシアン作品には――といっても代表的なオルガン曲しか聴いてないけど――陽光差し込むステンドグラスのあの幻想的な光、というものを感じます。でもこれはせまい意味でのカトリシズムではない。おなじくメシアンに師事したギロック氏がインタヴューで師匠の思い出話を語っていましたが、メシアンの音楽はけっして「神」にのみ向けられていたわけではなく、ローマカトリックの信徒のみに向けられていたわけでもない。'My music is for all people.'というメシアンのことばを引用していたのが印象的でした。そのいっぽう、「メシアンは難解な部分を作品冒頭部に据える傾向がある。これは聴き手を自分の作品世界へといざなう手段としてあえてそうしていた」といったような、たいへん興味深いお話もされていた。また自分が演奏でしくじったとき、抱擁して慰めてくれたとも。ギロック氏はそんな師匠の懐かしい思いがこみ上げてきたのでしょう、不意に涙ぐまれてもいた。メシアンの人柄がにじみ出ている、いいお話です。
「世の終わりのための…」ももちろんよかったですが、ギロック氏のオルガンもすばらしかった。使用楽器はミューザ川崎シンフォニーホールのスイス・クーン社建造の楽器(大阪のザ・シンフォニーホールにもここの会社の楽器が入っている)。近くの横浜みなとみらいのオルガンは何度か聴いたけれども、残念ながらここのはまだ聴いたことなし。クーン社の楽器はじっさいに聴いたことがないから、機会があればぜひ。TVで聴いたかぎりでは、コンサートホールとしてはわりと残響時間が長いのではないか、という気がしました。オルガン演奏にとっては最適なホールのような気がします。ギロック氏は、移動式コンソール(演奏台)を使ってステージ上で演奏してました。移動式コンソール…というのは、NHKホールやサントリーホールにもあるけれど、オルガニスト側からするとあれはかなりやっかいな代物らしい。楽器本体とは電気信号を送るケーブルでつながっているのですが、楽器に作りつけになっているコンソールとちがって、微妙に――ときにそれとはっきりわかるほど――音がズレる。中央ラの音健を押すと一拍ややおいてからラー…と出るみたいです。しかたないといえばしかたないですが、聴いているほうはぜんぜん気にならないので、演奏者はきっとうまいぐあいに調節しながら弾いているんだと思う。オルガン弾きってたいへんだ。なにしろ楽器じたいが場所によってぜんぜんちがうし、残響時間もちがう。足鍵盤の形状ひとつとってもかなりちがうし、ストップの組み合わせを決めるのも一苦労。ヴァイオリン一丁担いで世界をひとっ飛び…というわけにはぜったいにいかない。自分が楽器にあわせるしかない(バロック時代のチェンバロも似たようなもので、現代ピアノとちがって制作された地域や製作者の「個性」がまともに出ているので、やはり演奏者自身が一台一台、楽器に慣れる必要がある)。
メシアンのオルガン曲とくると、反射的に「キリストの昇天」かしら、と思うけれど、いますこし調べたらこれってもとは管弦楽作品だったみたい。それをオルガン用に編曲したということらしい。自分は、3楽章の「キリストの栄光をみずからのものとした魂の高まり(長い…)」のあの分厚い和音の出だしと強烈な足鍵盤のリードストップの響きをすぐ思い浮かべるけれど、こうして全曲とおして聴いてみると、なるほどたしかにギロック氏がインタヴューで言っていたとおりのことを感じますね。以前AOIで実演を聴いた「鳥たちの歌」もそうだけど、メシアン作品とくるとすぐ「難解だ」という思いこみがあったので、これを機会にもうすこしいろいろ聴いてみようかな。メシアンは師匠のトゥルヌミールとならんで、オルガン即興演奏のものすごい大家でもあった。もっともオルガン単独よりは、たとえば「トゥランガリラ交響曲」のほうがオンド・マルトノというヘンテコな電子楽器なんかも大活躍するので、聴いて楽しい、という点ではこっちのほうが勝っているとは思うけれども。
2). 話変わって、せんだって検索でたどり着いたこちらのオルガニストの方が綴っているブログ記事を見てひじょうに驚いた。フライベルク大聖堂のゴットフリート・ジルバーマン製作のオルガン…はひじょうに有名で、たとえば旧東独時代に故ハンス・オットーがこの歴史的名器でバッハ作品を弾いた録音とかがあります。で、この楽器の特徴はなんといってもプリンシパル系のあの特有の輝かしい響き。じつはこれたんに音色の問題ではなくて、音高、ピッチじたいが高かったという!! そうか、だからあんなにキンキンに聴こえたのか…と思ったしだい。もっともこれは絶対音感のある人だったら一発でそのことに気づいていたところでもある。でもバロック時代ってたしかA4がいまより半音、フランスになると一全音低かったんじゃなかったっけ…と思っていたら、ことはそんなに単純ではなかったみたいです。勉強不足を反省…orz。でもジルバーマンオルガンのピッチがなんで高かったのか、その理由ははっきり言ってあんまり音楽には関係なかったのもちょっとびっくり。材料費の節約のため…というのは、いまも昔も楽器制作者を悩ませる問題ですよね。ちなみにヴァルヒャが弾いた、ストラスブールにある兄アンドレアス製作の楽器のピッチは現代のもので、調律も平均律です。
今宵の「芸術劇場」は、今年が生誕100年目のオリヴィエ・メシアン作品の特集でした(今年は指揮者の朝比奈隆氏も生誕100年)。最初が「世の終わりのための四重奏曲」、後半がギロックによるメシアンのオルガン作品演奏でした。「世の終わりの…」のほうは生前のメシアンも好きだったという軽井沢にあるカトリック教会から。メシアンの愛弟子のひとり、ピアニストの藤井一興氏が、「メシアンの音楽にはステンドグラスの色彩というのがつねにあったと思う」というようなことをおっしゃっていて、なるほどなーと感じました。たしかにメシアン作品には――といっても代表的なオルガン曲しか聴いてないけど――陽光差し込むステンドグラスのあの幻想的な光、というものを感じます。でもこれはせまい意味でのカトリシズムではない。おなじくメシアンに師事したギロック氏がインタヴューで師匠の思い出話を語っていましたが、メシアンの音楽はけっして「神」にのみ向けられていたわけではなく、ローマカトリックの信徒のみに向けられていたわけでもない。'My music is for all people.'というメシアンのことばを引用していたのが印象的でした。そのいっぽう、「メシアンは難解な部分を作品冒頭部に据える傾向がある。これは聴き手を自分の作品世界へといざなう手段としてあえてそうしていた」といったような、たいへん興味深いお話もされていた。また自分が演奏でしくじったとき、抱擁して慰めてくれたとも。ギロック氏はそんな師匠の懐かしい思いがこみ上げてきたのでしょう、不意に涙ぐまれてもいた。メシアンの人柄がにじみ出ている、いいお話です。
「世の終わりのための…」ももちろんよかったですが、ギロック氏のオルガンもすばらしかった。使用楽器はミューザ川崎シンフォニーホールのスイス・クーン社建造の楽器(大阪のザ・シンフォニーホールにもここの会社の楽器が入っている)。近くの横浜みなとみらいのオルガンは何度か聴いたけれども、残念ながらここのはまだ聴いたことなし。クーン社の楽器はじっさいに聴いたことがないから、機会があればぜひ。TVで聴いたかぎりでは、コンサートホールとしてはわりと残響時間が長いのではないか、という気がしました。オルガン演奏にとっては最適なホールのような気がします。ギロック氏は、移動式コンソール(演奏台)を使ってステージ上で演奏してました。移動式コンソール…というのは、NHKホールやサントリーホールにもあるけれど、オルガニスト側からするとあれはかなりやっかいな代物らしい。楽器本体とは電気信号を送るケーブルでつながっているのですが、楽器に作りつけになっているコンソールとちがって、微妙に――ときにそれとはっきりわかるほど――音がズレる。中央ラの音健を押すと一拍ややおいてからラー…と出るみたいです。しかたないといえばしかたないですが、聴いているほうはぜんぜん気にならないので、演奏者はきっとうまいぐあいに調節しながら弾いているんだと思う。オルガン弾きってたいへんだ。なにしろ楽器じたいが場所によってぜんぜんちがうし、残響時間もちがう。足鍵盤の形状ひとつとってもかなりちがうし、ストップの組み合わせを決めるのも一苦労。ヴァイオリン一丁担いで世界をひとっ飛び…というわけにはぜったいにいかない。自分が楽器にあわせるしかない(バロック時代のチェンバロも似たようなもので、現代ピアノとちがって制作された地域や製作者の「個性」がまともに出ているので、やはり演奏者自身が一台一台、楽器に慣れる必要がある)。
メシアンのオルガン曲とくると、反射的に「キリストの昇天」かしら、と思うけれど、いますこし調べたらこれってもとは管弦楽作品だったみたい。それをオルガン用に編曲したということらしい。自分は、3楽章の「キリストの栄光をみずからのものとした魂の高まり(長い…)」のあの分厚い和音の出だしと強烈な足鍵盤のリードストップの響きをすぐ思い浮かべるけれど、こうして全曲とおして聴いてみると、なるほどたしかにギロック氏がインタヴューで言っていたとおりのことを感じますね。以前AOIで実演を聴いた「鳥たちの歌」もそうだけど、メシアン作品とくるとすぐ「難解だ」という思いこみがあったので、これを機会にもうすこしいろいろ聴いてみようかな。メシアンは師匠のトゥルヌミールとならんで、オルガン即興演奏のものすごい大家でもあった。もっともオルガン単独よりは、たとえば「トゥランガリラ交響曲」のほうがオンド・マルトノというヘンテコな電子楽器なんかも大活躍するので、聴いて楽しい、という点ではこっちのほうが勝っているとは思うけれども。
2). 話変わって、せんだって検索でたどり着いたこちらのオルガニストの方が綴っているブログ記事を見てひじょうに驚いた。フライベルク大聖堂のゴットフリート・ジルバーマン製作のオルガン…はひじょうに有名で、たとえば旧東独時代に故ハンス・オットーがこの歴史的名器でバッハ作品を弾いた録音とかがあります。で、この楽器の特徴はなんといってもプリンシパル系のあの特有の輝かしい響き。じつはこれたんに音色の問題ではなくて、音高、ピッチじたいが高かったという!! そうか、だからあんなにキンキンに聴こえたのか…と思ったしだい。もっともこれは絶対音感のある人だったら一発でそのことに気づいていたところでもある。でもバロック時代ってたしかA4がいまより半音、フランスになると一全音低かったんじゃなかったっけ…と思っていたら、ことはそんなに単純ではなかったみたいです。勉強不足を反省…orz。でもジルバーマンオルガンのピッチがなんで高かったのか、その理由ははっきり言ってあんまり音楽には関係なかったのもちょっとびっくり。材料費の節約のため…というのは、いまも昔も楽器制作者を悩ませる問題ですよね。ちなみにヴァルヒャが弾いた、ストラスブールにある兄アンドレアス製作の楽器のピッチは現代のもので、調律も平均律です。
2008年11月03日
「クワイア・ボーイズ」
先月はじめに「地球ドラマチック」で放映された「クワイア・ボーイズ」(The Choir: Boys Don't Sing, Twenty Twenty Television 制作)、いまごろになってようやく見ました(激遅)。だいぶ前に見たメリル・ストリープ主演の映画「ミュージック・オヴ・ハート」の英国版みたいな話だなあ、と思いました。かつて「パリ木」が出演した映画「ナイチンゲールのかご」のリメイク、「コーラス(Les Choristes)」も彷彿とさせます。
いまランカスター校のサイトを見てみたらcomprehensive schoolと書いてあるけれど、私立校なんだろうか。生徒数1200人のマンモス校。スポーツの盛んな男子校で、11-16歳の、ある意味ひじょうにむずかしい時期の子どもたちが通っています。
いったいどういう経緯で、若き合唱指導者ギャレス・マローン氏がここの男子校にやってきたのかと思い、音楽科主任の先生の記事を見たら、'The Choir'というBBCの企画ものだったようで、その第二弾に選ばれたのがレスター州ランカスター校ということだったらしい。番組にも出てきたこの音楽科の先生が2005年、30年以上も歌声の途絶えていたこの学校に赴任してきたときにジュニアクラスの生徒を集めて――といってもせいぜい十数人――合唱団を作ったのがそもそものはじまり。でも団員の数をそれ以上にはどうしても増やせず、手詰まり状態だったときにBBCから声がかかり、めでたく参加できたということのようです。
マローン氏はまだ30そこそこの先生で、なんでもロンドン交響楽団の合唱指導もしていたのだとか…こちらのWikipedia記事によると、こっちの企画もののほうがすっかりtypecastになってしまったみたいですね(ご本人のMy Spaceページまでありました)。記事を見ますと、おお、なんと「ヨハネ受難曲」の福音史家も務めている!! というから、たしかに先生自身がすごい逸材なのですね。見た目はなんか20代のころのアレッドみたいな感じ…もしないでもない。
BBCの企画ものと言ってしまえばそれまでですが、見ていてじつにおもしろい。じつはこれ「簡略版」で、「完全版」がBS2でこれから放映されるみたい。ドキュメンタリーとしてもすぐれていて、げんにそういう番組に贈られる賞も取っています。そういえばたしかほかにも似たような試みが英国の学校であったというのを「芸術劇場」のコーナーで見たような気が…とにかくこの年代の、聖歌隊に入っていないごくごくふつうの男子学生にとって、人前で歌を歌うことはgirlishでsissyだという認識は、英国のような合唱大国と言えどもしかたないことではあります(番組でもある生徒が、'Singing is girlish!'と吐き捨てるように言っていたし)。この生徒たちの、「合唱なんてカッコ悪い!」という意識をひっくり返すのは、もちろん並大抵のことではありません。とにかくこの「難題」に挑む若きマローン先生の奮闘ぶりは、ラテン語は役に立たないと言って授業に集中しない生徒たちを叱咤激励したチップス先生みたいな、ある意味ひじょうに涙ぐましいものです。でもやっぱり教え方――乗せ方? ――がうまいのでしょう、学年末のサマーショウの舞台に立って歌声を披露するという具体的な目標を立てて指導をはじめたら、はじめは閑古鳥が鳴いていたようなありさまだった合唱団もどんどん参加したいという生徒がやってきて、見る見るうちに上達してゆきます。この舞台を踏んで自信をつけた合唱団員たち、こんどはあのロイヤル・アルバート・ホールのとてつもない大舞台で歌う、ということを目標にしたというから驚きます。マローン先生がやってきたのは4月だから、夏休みをはずせば指導は半年くらいのもの(任期は12月までの9か月)。週3、4日の指導でよくあそこまで生徒たちを引っぱっていったと思います。
この番組については、おなじ声楽の専門家の立場からSatomiさんがすでにすばらしい記事を書いていますので、ここで書いたことはほんの付け足にしてお茶濁していどにすぎないけれど、やっぱり音楽のもつ力はすごい、と思う(→前編の記事、後編の記事)。マローン先生も言っているとおり、音楽には子どもたちを変える力がある。もっともこれは、スポーツでもほかの習い事でもいいとは思う。自分が音楽好きだから、つい音楽というものを贔屓目で見てしまうことは承知している。でも感受性豊かな成長期の人間には、スポーツもいいけれどやはり音楽のような情操に働きかける教育はぜったい必要だと思う。前にもここに書いたことですが、幼児には早期教育なんていらないです。その時期の子どもたちに必要なのは、知識の詰めこみではなくて感性あるいは想像力、とくに他者への想像力。これが欠けているから、最近おかしな事件が頻発するようにも感じます。目先の結果ばかり求めすぎていませんか? すぐ結果が出ないものはすべて切り捨てる傾向もひじょうに目につきますね。とくに芸術教育なんかがそうですね。そんなもん習わせてなんの役に立つとか。芸術関係はなににせよ金がかかることも事実ですが、それはまた別問題。人はパンだけ食べて生きているわけではありません。音楽は、言ってみれば心の糧みたいなものです。人間の幸福を計る物差しはhappinessではなくて、音楽もふくめてartだと思う。
音楽教育は、ともすれば「音が苦」になりがちではありますが、本来子どもというのは歌ったり踊ったりが大好きなもの。ロイヤル・アルバート・ホールでの晴れ舞台を終えた生徒たちの顔つきは、「歌なんかイヤだ」とゴネていた数か月前とはまるで別人です。音楽という芸術には人を内面から変える力があると思います。
なお音楽関係では、以前ここでも書いた「ロバの音楽座」がNHK教育の「ヒミツのちからんど」に「ちからマスター」として出演、子どもたちに音楽の楽しさを教えるみたいなので、こちらも楽しみ。たしか前にはリコーダーのもつ豊かな音楽性を教えたりと、個人的にはひじょうにいい番組だと思いますね。
いまランカスター校のサイトを見てみたらcomprehensive schoolと書いてあるけれど、私立校なんだろうか。生徒数1200人のマンモス校。スポーツの盛んな男子校で、11-16歳の、ある意味ひじょうにむずかしい時期の子どもたちが通っています。
いったいどういう経緯で、若き合唱指導者ギャレス・マローン氏がここの男子校にやってきたのかと思い、音楽科主任の先生の記事を見たら、'The Choir'というBBCの企画ものだったようで、その第二弾に選ばれたのがレスター州ランカスター校ということだったらしい。番組にも出てきたこの音楽科の先生が2005年、30年以上も歌声の途絶えていたこの学校に赴任してきたときにジュニアクラスの生徒を集めて――といってもせいぜい十数人――合唱団を作ったのがそもそものはじまり。でも団員の数をそれ以上にはどうしても増やせず、手詰まり状態だったときにBBCから声がかかり、めでたく参加できたということのようです。
マローン氏はまだ30そこそこの先生で、なんでもロンドン交響楽団の合唱指導もしていたのだとか…こちらのWikipedia記事によると、こっちの企画もののほうがすっかりtypecastになってしまったみたいですね(ご本人のMy Spaceページまでありました)。記事を見ますと、おお、なんと「ヨハネ受難曲」の福音史家も務めている!! というから、たしかに先生自身がすごい逸材なのですね。見た目はなんか20代のころのアレッドみたいな感じ…もしないでもない。
BBCの企画ものと言ってしまえばそれまでですが、見ていてじつにおもしろい。じつはこれ「簡略版」で、「完全版」がBS2でこれから放映されるみたい。ドキュメンタリーとしてもすぐれていて、げんにそういう番組に贈られる賞も取っています。そういえばたしかほかにも似たような試みが英国の学校であったというのを「芸術劇場」のコーナーで見たような気が…とにかくこの年代の、聖歌隊に入っていないごくごくふつうの男子学生にとって、人前で歌を歌うことはgirlishでsissyだという認識は、英国のような合唱大国と言えどもしかたないことではあります(番組でもある生徒が、'Singing is girlish!'と吐き捨てるように言っていたし)。この生徒たちの、「合唱なんてカッコ悪い!」という意識をひっくり返すのは、もちろん並大抵のことではありません。とにかくこの「難題」に挑む若きマローン先生の奮闘ぶりは、ラテン語は役に立たないと言って授業に集中しない生徒たちを叱咤激励したチップス先生みたいな、ある意味ひじょうに涙ぐましいものです。でもやっぱり教え方――乗せ方? ――がうまいのでしょう、学年末のサマーショウの舞台に立って歌声を披露するという具体的な目標を立てて指導をはじめたら、はじめは閑古鳥が鳴いていたようなありさまだった合唱団もどんどん参加したいという生徒がやってきて、見る見るうちに上達してゆきます。この舞台を踏んで自信をつけた合唱団員たち、こんどはあのロイヤル・アルバート・ホールのとてつもない大舞台で歌う、ということを目標にしたというから驚きます。マローン先生がやってきたのは4月だから、夏休みをはずせば指導は半年くらいのもの(任期は12月までの9か月)。週3、4日の指導でよくあそこまで生徒たちを引っぱっていったと思います。
この番組については、おなじ声楽の専門家の立場からSatomiさんがすでにすばらしい記事を書いていますので、ここで書いたことはほんの付け足にしてお茶濁していどにすぎないけれど、やっぱり音楽のもつ力はすごい、と思う(→前編の記事、後編の記事)。マローン先生も言っているとおり、音楽には子どもたちを変える力がある。もっともこれは、スポーツでもほかの習い事でもいいとは思う。自分が音楽好きだから、つい音楽というものを贔屓目で見てしまうことは承知している。でも感受性豊かな成長期の人間には、スポーツもいいけれどやはり音楽のような情操に働きかける教育はぜったい必要だと思う。前にもここに書いたことですが、幼児には早期教育なんていらないです。その時期の子どもたちに必要なのは、知識の詰めこみではなくて感性あるいは想像力、とくに他者への想像力。これが欠けているから、最近おかしな事件が頻発するようにも感じます。目先の結果ばかり求めすぎていませんか? すぐ結果が出ないものはすべて切り捨てる傾向もひじょうに目につきますね。とくに芸術教育なんかがそうですね。そんなもん習わせてなんの役に立つとか。芸術関係はなににせよ金がかかることも事実ですが、それはまた別問題。人はパンだけ食べて生きているわけではありません。音楽は、言ってみれば心の糧みたいなものです。人間の幸福を計る物差しはhappinessではなくて、音楽もふくめてartだと思う。
音楽教育は、ともすれば「音が苦」になりがちではありますが、本来子どもというのは歌ったり踊ったりが大好きなもの。ロイヤル・アルバート・ホールでの晴れ舞台を終えた生徒たちの顔つきは、「歌なんかイヤだ」とゴネていた数か月前とはまるで別人です。音楽という芸術には人を内面から変える力があると思います。
なお音楽関係では、以前ここでも書いた「ロバの音楽座」がNHK教育の「ヒミツのちからんど」に「ちからマスター」として出演、子どもたちに音楽の楽しさを教えるみたいなので、こちらも楽しみ。たしか前にはリコーダーのもつ豊かな音楽性を教えたりと、個人的にはひじょうにいい番組だと思いますね。
2008年10月19日
Gloria Boys Choirのバッハ
ここでもときおり触れてきた鎌倉の雪ノ下カトリック教会を本拠地として活動しているグロリア少年合唱団。ここの特徴はたんなる少年合唱団ではなくて、れっきとした教会付属の聖歌隊である点。これは日本ではひじょうに珍しいと思う。この手の聖歌隊は知っているかぎりでは暁星小学校の聖歌隊くらいでしょうか、とにかくようやく彼らの実演を聴く機会に恵まれました(→GBC関連別サイト)。会場は大船駅から歩いて10分くらいのところにある鎌倉芸術館…おとなりは三越とヨーカ堂、その手前には大船郵便局と、ある意味すこぶる便利な一角に建っています(笑、関係ないけれど、三越の2階には百均ショップがあり、だいぶ早く着いたのでそのへんで時間をつぶしておきながらハイポジテープを買うのをすっかり忘れていた。orz 月曜の朝の「バロックの森」、バッハのBWV.1128のコラールファンタジーとかかかるんだけどな…orz)。鎌倉芸術館でなにか聴くのははじめてなんですが、中庭に竹林(!)まであり、このへんは古都鎌倉を意識した造りかと思いました(なんとなく国会図書館新館の中庭にも似ている)。だいぶ実を散らしたムラサキシキブとかも植えてありましたね。
今回の公演、行く気になった決め手はバッハの「マニフィカト BWV.243」がプログラムに入っていたこと。じつはこのことを知ったのはさるblog様の記事で、書いていたのはグロリア少年合唱団員の息子さんを持つ主婦の方。残念ながらいまはこのblogは閉鎖されてしまいましたが、関東圏ではすべて少年の声による合唱団というのはこことちょくちょく触れているTFMくらいのものでしょうから、こちらも一度くらいは聴いておきたいと思ってました。ちなみにチケット代は2500円。はじめて裾野市で聴いた「パリ木」とおんなじ値段でした…もっとも当時といまとでは単純に比較はできませんが、基本的に都心に近い公演会場ほどお高くなります…ま、これはいたしかたないことではある。
バッハのほかはペルゴレージの有名な「悲しみの聖母」。こちらはセバスティアン・ヘニッヒとカウンターテノールのルネ・ヤーコプスによる録音や仏ヌイイの教会少年聖歌隊による録音盤をもってはいるけれど、少年の声で歌われることはあんまりないように思う。もっとも今回は独唱パートの歌い手は成人の女声・男声歌手なので、純粋に少年の声で歌われるわけではありませんでしたが。
演奏会は「悲しみの聖母」ではじまりました。舞台に登場した団員はみな、純白のアルバに身を包んでいました*。冒頭部は少年合唱による高音パートが二手に分かれてそれぞれ重なりあう構成。年少団員さんたちの声は、ちょっと地声の響きが強いかな…という印象を受けました。最初はやや不安定な箇所もありましたが、曲が進むにつれ美しいハーモニーを聴かせてくれました。独唱部も二回ほど、団員の子がソリストとして登場して、それぞれに個性的な声の持ち主だったのでけっこうよかったです。とくに中学生くらいかな、シニア隊員の子が前に出てきて、変声しかかっているような声ではあったものの、4番目の詩行部分(Quae moerebat et dolebat...)のソロを披露してくれました。変声しかかっていたとはいえ、つややかでノビのある声質は、個人的にはとても好感がもてました(ひょっとしたらファルセットで歌っていたのかもしれない)。またここの専属オケ(グロリア室内オーケストラ)も一糸乱れぬすばらしい演奏を聴かせてくれました。やっぱり生のオケっていいなあ!! ホールの響きもすばらしくて、ひじょうに温かい、やわらかな残響に心地よく包みこまれる感じ。少年合唱には最適なコンサートホールだと思いました(残念ながらオルガンはないけど)。またソプラノパートの団員はほとんどが暗譜で歌ってました。
休憩後、こんどはここのOBもふくめた変声後の団員たちのコーラスによる19世紀後半に活躍した作曲家ラインベルガーの「ミサ曲 ヘ長調」から「キリエ」、「グロリア」、「神の子羊」。はじめて耳にする作品でしたが、ときおりグレゴリオ聖歌調の旋律が混じる、全体的におだやかで瞑想に耽るような作風の曲でした。伴奏はチェンバーオルガンのみの簡素なもの(レジストレーションにもよるかもしれないが、こちらの音もけっこうよかった)。さすがはお兄さんたちによるコーラス、ハーモニーの重なりとかはじつに美しく、これを石造りの大聖堂で聴いたらさぞや美しかろう…と思ったしだい。
最後がお待ちかねの「マニフィカト BWV.243」。曲についてはこちらのサイトで。言うまでもなくこれはルカ福音書1:46-55の「マリア賛歌」に曲をつけたもの。当時のライプツィッヒでは本来ローマカトリックの専売特許みたいなこの「マニフィカト」を大祝日の晩課に奉じる習慣があったらしい。バッハはこのときはじめて本格的にローマカトリックの音楽の伝統に接したようです。それが最晩年の傑作「ロ短調ミサ BWV.232」として結実することにもなる。BWV.243はもともとのBWV.243aを半音低く移調した作品で、これはD管トランペットの輝かしい響きを追加するためだったとも言われています。
冒頭部、そのトランペット3本とティンパニで輝かしくはじまり、長いメリスマティックな'Magnificat anima mea Dominum'という歌詞が少年合唱で入ってきました。やはりここでもやや年少団員の地声が気にはなったけれども、ペルゴレージのときより安定していて安心して聴けました。こんどはさきほどの成人団員も加わっての大編成で、途中の'omnes generationes'のメリスマのきいた合唱や、最後の'Gloria!'という叫びにつづくカノンでの盛り上がりはまるで教会の中で聴いているかのように感動的で、すばらしかった。高音から低音まで、団員の声がつぎつぎと重なってゆく箇所とオケのバランスがひじょうによいと思いました。指揮者の松村先生という方は見た目まだ若そう…ですが、オケも合唱も、独唱者とも息がぴったりあっているし、「悲しみの聖母」ではやたらせかせか走らず、イエスがついに十字架上で息を引き取る場面ではひとつひとつの歌詞を噛みしめるようにテンポをやや落とすなど、随所に配慮が見られてこちらも好感が持てました。最近の演奏傾向はいささか速すぎるきらいがあるので、かえって新鮮。もっとも「マニフィカト」については独唱部、たとえばソプラノとアルトの二重唱、'Suscepit Israel puerum suum...'は、ボーイソプラノとボーイアルトの二重唱として団員の子たちに歌ってほしかったところではあります(BACの'Boys on Bach'アルバムをもっている方はトラック11を聴いてみてね)。
終演後、ロビーではグロリアのOBとおぼしき方や、たぶんシニア団員を待っているらしい中高校生とかもおおぜいいまして、この合唱団が鎌倉という街にしっかりと根付いているのだなあということも強く感じた。なにしろここの合唱団は来年で創立50周年。このような地道な音楽活動を半世紀にもわたってつづけるのは並大抵のことではなかったろうと察します。とくに日本では「少年合唱」というものについてはなはだ馴染みの薄いお国柄でもあるし、一般の音楽ファンの関心もけっして高いとはいえない(これは究極的にはキリスト教会の伝統から発しているからだと思う)。しかしながら、今回実演に接したグロリアと、TFMの子どもたちの実力は、本場欧州の少年聖歌隊/合唱団と遜色ないと思う。来年、国文祭の一環として静岡県内で「少年少女合唱の祭典」が開かれるので、少年のみで構成されるグロリアとかTFM、広島少年合唱団とかが参加して歌声を披露してくれることを心から願っています。
会場では運よくグロリアのCDも売ってました…一昨年、ポルトガルに演奏旅行に行ったときのライヴ録音。収録されているのはヴィヴァルディの「グロリア・ミサ」とモーツァルトの絶筆「レクイエム」、アンコールとして歌われた「ファティマのアヴェ・マリア」で、帰宅後、さっそく聴いてみました。「グロリア・ミサ」、かなり秀逸です。アンコール曲が歌い終わらないうちに会場の聖堂内ではやんやの拍手喝采が聞こえます。耳の肥えた本場欧州の聴衆から賞賛される。日本の少年たちの実力をなによりも雄弁に物語っていると思いましたね。
* …アルバ(英語表記alb、ラテン語のalbusから)は本来は修道士の服装(habitという)で、「貞潔」をしめす長い腰紐を巻き、頭巾がついています。現在のローマカトリック教会ではたとえば待者(ミサ答え、acolyte)が着る式服。グロリアの子どもたちがまとっていたアルバは、基本的に「パリ木」の子どもたちがまとうアルバとおんなじものでした。
今回の公演、行く気になった決め手はバッハの「マニフィカト BWV.243」がプログラムに入っていたこと。じつはこのことを知ったのはさるblog様の記事で、書いていたのはグロリア少年合唱団員の息子さんを持つ主婦の方。残念ながらいまはこのblogは閉鎖されてしまいましたが、関東圏ではすべて少年の声による合唱団というのはこことちょくちょく触れているTFMくらいのものでしょうから、こちらも一度くらいは聴いておきたいと思ってました。ちなみにチケット代は2500円。はじめて裾野市で聴いた「パリ木」とおんなじ値段でした…もっとも当時といまとでは単純に比較はできませんが、基本的に都心に近い公演会場ほどお高くなります…ま、これはいたしかたないことではある。
バッハのほかはペルゴレージの有名な「悲しみの聖母」。こちらはセバスティアン・ヘニッヒとカウンターテノールのルネ・ヤーコプスによる録音や仏ヌイイの教会少年聖歌隊による録音盤をもってはいるけれど、少年の声で歌われることはあんまりないように思う。もっとも今回は独唱パートの歌い手は成人の女声・男声歌手なので、純粋に少年の声で歌われるわけではありませんでしたが。
演奏会は「悲しみの聖母」ではじまりました。舞台に登場した団員はみな、純白のアルバに身を包んでいました*。冒頭部は少年合唱による高音パートが二手に分かれてそれぞれ重なりあう構成。年少団員さんたちの声は、ちょっと地声の響きが強いかな…という印象を受けました。最初はやや不安定な箇所もありましたが、曲が進むにつれ美しいハーモニーを聴かせてくれました。独唱部も二回ほど、団員の子がソリストとして登場して、それぞれに個性的な声の持ち主だったのでけっこうよかったです。とくに中学生くらいかな、シニア隊員の子が前に出てきて、変声しかかっているような声ではあったものの、4番目の詩行部分(Quae moerebat et dolebat...)のソロを披露してくれました。変声しかかっていたとはいえ、つややかでノビのある声質は、個人的にはとても好感がもてました(ひょっとしたらファルセットで歌っていたのかもしれない)。またここの専属オケ(グロリア室内オーケストラ)も一糸乱れぬすばらしい演奏を聴かせてくれました。やっぱり生のオケっていいなあ!! ホールの響きもすばらしくて、ひじょうに温かい、やわらかな残響に心地よく包みこまれる感じ。少年合唱には最適なコンサートホールだと思いました(残念ながらオルガンはないけど)。またソプラノパートの団員はほとんどが暗譜で歌ってました。
休憩後、こんどはここのOBもふくめた変声後の団員たちのコーラスによる19世紀後半に活躍した作曲家ラインベルガーの「ミサ曲 ヘ長調」から「キリエ」、「グロリア」、「神の子羊」。はじめて耳にする作品でしたが、ときおりグレゴリオ聖歌調の旋律が混じる、全体的におだやかで瞑想に耽るような作風の曲でした。伴奏はチェンバーオルガンのみの簡素なもの(レジストレーションにもよるかもしれないが、こちらの音もけっこうよかった)。さすがはお兄さんたちによるコーラス、ハーモニーの重なりとかはじつに美しく、これを石造りの大聖堂で聴いたらさぞや美しかろう…と思ったしだい。
最後がお待ちかねの「マニフィカト BWV.243」。曲についてはこちらのサイトで。言うまでもなくこれはルカ福音書1:46-55の「マリア賛歌」に曲をつけたもの。当時のライプツィッヒでは本来ローマカトリックの専売特許みたいなこの「マニフィカト」を大祝日の晩課に奉じる習慣があったらしい。バッハはこのときはじめて本格的にローマカトリックの音楽の伝統に接したようです。それが最晩年の傑作「ロ短調ミサ BWV.232」として結実することにもなる。BWV.243はもともとのBWV.243aを半音低く移調した作品で、これはD管トランペットの輝かしい響きを追加するためだったとも言われています。
冒頭部、そのトランペット3本とティンパニで輝かしくはじまり、長いメリスマティックな'Magnificat anima mea Dominum'という歌詞が少年合唱で入ってきました。やはりここでもやや年少団員の地声が気にはなったけれども、ペルゴレージのときより安定していて安心して聴けました。こんどはさきほどの成人団員も加わっての大編成で、途中の'omnes generationes'のメリスマのきいた合唱や、最後の'Gloria!'という叫びにつづくカノンでの盛り上がりはまるで教会の中で聴いているかのように感動的で、すばらしかった。高音から低音まで、団員の声がつぎつぎと重なってゆく箇所とオケのバランスがひじょうによいと思いました。指揮者の松村先生という方は見た目まだ若そう…ですが、オケも合唱も、独唱者とも息がぴったりあっているし、「悲しみの聖母」ではやたらせかせか走らず、イエスがついに十字架上で息を引き取る場面ではひとつひとつの歌詞を噛みしめるようにテンポをやや落とすなど、随所に配慮が見られてこちらも好感が持てました。最近の演奏傾向はいささか速すぎるきらいがあるので、かえって新鮮。もっとも「マニフィカト」については独唱部、たとえばソプラノとアルトの二重唱、'Suscepit Israel puerum suum...'は、ボーイソプラノとボーイアルトの二重唱として団員の子たちに歌ってほしかったところではあります(BACの'Boys on Bach'アルバムをもっている方はトラック11を聴いてみてね)。
終演後、ロビーではグロリアのOBとおぼしき方や、たぶんシニア団員を待っているらしい中高校生とかもおおぜいいまして、この合唱団が鎌倉という街にしっかりと根付いているのだなあということも強く感じた。なにしろここの合唱団は来年で創立50周年。このような地道な音楽活動を半世紀にもわたってつづけるのは並大抵のことではなかったろうと察します。とくに日本では「少年合唱」というものについてはなはだ馴染みの薄いお国柄でもあるし、一般の音楽ファンの関心もけっして高いとはいえない(これは究極的にはキリスト教会の伝統から発しているからだと思う)。しかしながら、今回実演に接したグロリアと、TFMの子どもたちの実力は、本場欧州の少年聖歌隊/合唱団と遜色ないと思う。来年、国文祭の一環として静岡県内で「少年少女合唱の祭典」が開かれるので、少年のみで構成されるグロリアとかTFM、広島少年合唱団とかが参加して歌声を披露してくれることを心から願っています。
会場では運よくグロリアのCDも売ってました…一昨年、ポルトガルに演奏旅行に行ったときのライヴ録音。収録されているのはヴィヴァルディの「グロリア・ミサ」とモーツァルトの絶筆「レクイエム」、アンコールとして歌われた「ファティマのアヴェ・マリア」で、帰宅後、さっそく聴いてみました。「グロリア・ミサ」、かなり秀逸です。アンコール曲が歌い終わらないうちに会場の聖堂内ではやんやの拍手喝采が聞こえます。耳の肥えた本場欧州の聴衆から賞賛される。日本の少年たちの実力をなによりも雄弁に物語っていると思いましたね。
* …アルバ(英語表記alb、ラテン語のalbusから)は本来は修道士の服装(habitという)で、「貞潔」をしめす長い腰紐を巻き、頭巾がついています。現在のローマカトリック教会ではたとえば待者(ミサ答え、acolyte)が着る式服。グロリアの子どもたちがまとっていたアルバは、基本的に「パリ木」の子どもたちがまとうアルバとおんなじものでした。
2008年10月06日
懐かしソングに空耳(?)アワー
…最近、70年代に流行ったという歌が NHKラジオ第一放送でたまたまかかっていて、「あいつ、…あいつ、…」と連呼するやたらカン高い歌声が聞こえてきた。曲の紹介で、歌っているのはジミー・オズモンドという名前の少年だということがわかった。ちなみに BCSD にも…しっかり掲載されていて、しかもいまだ現役!! そういえば以前、VoA で知り合ったドイツの方よりどっさり音楽CDが送られてきたことがあり、そのなかにルネ・シマールというカナダの少年歌手の歌も入っていました。BCSD で調べてみたら、なんとジミー少年とほぼおなじ時期に日本国内で活躍していたときがあり、日本語で歌った代表作が「ミドリ色の屋根」だという。どんな歌なのかはちょっと記憶にない ―― 幼稚園にも入園してないときなので ―― そのうちまたこっちもリクエストでかかるかな。そして何か月か前にも、ニール・リードというスコットランド出身の少年歌手の歌った「ママに捧げる詩」という曲もかかりまして、へぇ、あの当時ってこういう外国人少年歌手ものが流行っていたんかと思いました。あ、そうそうこの時代はまだカーペンターズも現役でしたね。つい先日も「ラジオ深夜便」の 2時台でかかってましたが。でもこの歌、けっこうよかったですね。70年代はいい歌が多かったような気がする。
… とここでいきなり話が横道にそれますが、この前、「気まクラ」にて「モツレク」の「サンクトゥス」後半でたたみかけるようにはじまるフーガ歌唱部分が「大阪いいでっせ…」に聞こえる…とかなんとか、そんなお便りが紹介されていて、ソプラノ歌手の幸田浩子さんがけらけら笑っていた。'Hosanna in excelsis Deo ...' がそう聞こえる…らしい。まるでいつぞやの深夜番組の「空耳アワー」みたいな話です。で、個人的に「空耳」なのが、これ。以前ここにもちょこっと紹介したことのあるオランダの少年歌手デーミスの歌う'Ga Dan(=Go then)'。これ歌詞のある部分が「エヌエチケイ」に聞こえてしかたがない(笑)。運良くこちらのページにオランダ語原歌詞も載っているから確認してみると、どうも 'En het kan je niet schelen hoeveel ik je mis' のところがそう聞こえてしまうらしい。… 以前このインタヴュー動画を紹介していたサイトによると、インタヴューではたとえば「おい、デーミス ! 」と頭をたたかれるのがイヤとかなんとか、そんなこと言っているみたいですが…なんだかこの司会者、尋問でもしているみたいだ( 苦笑、ちなみにデーミスくんはいまはテクノ系DJで、その手の音楽を売りこむ会社も持ってるらしい )。
…空耳ついでじゃないけれど、いまさっきそのNHK-FMで聴いていた「オーケストラの夕べ」。バーバーの「弦楽のためのアダージョ」が演奏されてましたが、案内役の作曲家吉松隆氏が、作曲者が本来考えていた作品像というのをはるかに逸脱してひとり歩きしている作品のひとつだというようなことをおっしゃっていました。ベトナム戦争映画に使われたり、9.11追悼式のときにも使われたり。もともとこれは弦楽四重奏曲の緩徐楽章にすぎなかったのですが、作曲者バーバー自身、のちにある方向性を向いてしまった使われ方にたいしていささか困惑していたらしい。そうは言っても作曲者みずから'Agnus Dei'というタイトルまでつけて8声の声楽曲に仕立て直してもいるけれど…。そのあとで見た「N響アワー」でも、マーラーの「5番」がかかって有名な4楽章「アダージェット」も流れた。この楽章も「ベニスに死す」のようなイメージがあまりにも強いけれども、もともとは妻アルマに捧げられた「愛の歌」だったようです(ドレヴァンツの指揮は、最近の傾向としては珍しく呼吸をたっぷりふくらませている部分が目立っていて、最後もぎりぎりまで引っ張ってました)。というわけで、最後にバーバーの「アダージョ」をオルガン独奏版で、どうぞ。
… とここでいきなり話が横道にそれますが、この前、「気まクラ」にて「モツレク」の「サンクトゥス」後半でたたみかけるようにはじまるフーガ歌唱部分が「大阪いいでっせ…」に聞こえる…とかなんとか、そんなお便りが紹介されていて、ソプラノ歌手の幸田浩子さんがけらけら笑っていた。'Hosanna in excelsis Deo ...' がそう聞こえる…らしい。まるでいつぞやの深夜番組の「空耳アワー」みたいな話です。で、個人的に「空耳」なのが、これ。以前ここにもちょこっと紹介したことのあるオランダの少年歌手デーミスの歌う'Ga Dan(=Go then)'。これ歌詞のある部分が「エヌエチケイ」に聞こえてしかたがない(笑)。運良くこちらのページにオランダ語原歌詞も載っているから確認してみると、どうも 'En het kan je niet schelen hoeveel ik je mis' のところがそう聞こえてしまうらしい。… 以前このインタヴュー動画を紹介していたサイトによると、インタヴューではたとえば「おい、デーミス ! 」と頭をたたかれるのがイヤとかなんとか、そんなこと言っているみたいですが…なんだかこの司会者、尋問でもしているみたいだ( 苦笑、ちなみにデーミスくんはいまはテクノ系DJで、その手の音楽を売りこむ会社も持ってるらしい )。
…空耳ついでじゃないけれど、いまさっきそのNHK-FMで聴いていた「オーケストラの夕べ」。バーバーの「弦楽のためのアダージョ」が演奏されてましたが、案内役の作曲家吉松隆氏が、作曲者が本来考えていた作品像というのをはるかに逸脱してひとり歩きしている作品のひとつだというようなことをおっしゃっていました。ベトナム戦争映画に使われたり、9.11追悼式のときにも使われたり。もともとこれは弦楽四重奏曲の緩徐楽章にすぎなかったのですが、作曲者バーバー自身、のちにある方向性を向いてしまった使われ方にたいしていささか困惑していたらしい。そうは言っても作曲者みずから'Agnus Dei'というタイトルまでつけて8声の声楽曲に仕立て直してもいるけれど…。そのあとで見た「N響アワー」でも、マーラーの「5番」がかかって有名な4楽章「アダージェット」も流れた。この楽章も「ベニスに死す」のようなイメージがあまりにも強いけれども、もともとは妻アルマに捧げられた「愛の歌」だったようです(ドレヴァンツの指揮は、最近の傾向としては珍しく呼吸をたっぷりふくらませている部分が目立っていて、最後もぎりぎりまで引っ張ってました)。というわけで、最後にバーバーの「アダージョ」をオルガン独奏版で、どうぞ。
2014 年 1月13日追記:'Ga Dan' 原歌詞について。たまたま確認したらリンク切れだったので、あらためて掲載ページを見つけて貼り直しておきました。ちなみに内容ですが、オランダ語はさっぱり … だけれどもおそらく「ぼくとママのことより大事なものがあるんなら出て行けば」くらいのことかしら、と思い、念のため「Google 翻訳」で確認したらどうもそんなとこらしい。
2008年10月04日
ブラジルの巨匠ジスモンチ
いまさっき見た「芸術劇場」。今月最初の放送は、この夏、ブラジルからやってきた作曲家エグベルト・ジスモンチという人の作品特集でした。みずからギターとピアノも弾いて、東フィルをしたがえての来日公演の模様を見ていたのですが、いままで聴いたことのない独特な響きというか、とにかく新鮮な音楽でした。基本的にはブラジルの伝統的なダンス音楽の旋律と西洋音楽のいいとこどりみたいな印象を受けましたが、あの複雑なリズム、波打つように揺れる特有のビート感をもった作品は、演奏するほうはいささか勝手がちがって大変だったろうと思いますが、聴いているほうはなんだかハッピーな気分になれる、そんなコンサートだったように思いました。10弦ギター…の演奏もひじょうに変わっていて、ネックの部分で爪弾いたり楽器を叩いたり…作風もギター曲のほうがやや難解な感じはしたけれど、ピアノ作品はときおり強烈なビートの効いたパッセージもあるかと思えば物思うような流麗な旋律ありと、こちらは理屈ぬきで楽しめた。ゲストの鈴木大介さん(今年3月まで「気まクラ」のMCをつとめていたギタリストの方)が、「洗練された野性」という形容矛盾をあえて使っていたけれど、聴いてみてほんとそのとおりだと思った。とにかくユニーク、「創造的」な音楽とはまさにこのことという感じ。指揮者は沼尻竜典氏でしたが、ピアノ弾きながらしっかり合図送ってるし、ほんとの指揮者はやっぱり作曲者ご本人かなと(笑)。でも真っ赤なバンダナ姿に長髪、飾らない気さくな人柄、ギターソロのときには合い間にベビーパウダー(! 手の汗を取るためのものらしい)をタオルでポンポンつけたり、「このベビーパウダーがいちばん!」と聴衆に語りかけたり…といった光景を見ているうちに、フリードリヒ・グルダの来日公演を収録した番組を見たときのことをふと思い出した。グルダもまた音楽の垣根を楽々と飛び越えていた演奏家で、来日公演のときにはバッハやベートーヴェンも弾いたけれど、同時に「パラダイス・バンド」という自前のジャズバンドを率いて自作を中心にセッションも披露したり。お二方とも音楽の伝道師という名がふさわしい。前回来日時に大介さんがジスモンチにインタヴューしたようですが、取材しているというより、自分が「伝道されている」という印象を受けたそうです。
グルダは来日公演が終わったとき、「今日、わたしはとてもハッピーだった。聴衆もみんながハッピーな気分で帰ってくれた」とか言っていたけれども、それはこのジスモンチ公演にも当てはまる気がする。聴いているみんながハッピーになれる。そんな豊かな音楽体験をさせてくれたブラジルの巨匠(と東フィルのみなさん)に、感謝。
…ブラジルで思い出したけれども今週の「バロックの森」は中南米の植民地時代のバロック音楽という毛色の変わった特集もやってました。水曜の「オランダの音楽」ではレオンハルトの弾くスヴェーリンクのオルガン曲もかかってましたが、ワッセナエルという人の「ソナタ第3番 ト短調」が印象的。リコーダーにテオルボ、オルガンという組み合わせが自分の好みとぴったりあってます。木曜の「スコットランドとアイルランドの音楽」もまた興味深かった。スコットランドのほうはたとえば「バルカーレスのリュート曲集」はフランスから入ってきた組曲形式と古謡の旋律とが組み合わさったもの。アイルランドのほうは、なんだか酔っ払いの歌みたいなのが流れた(笑)。ただしただの酔いどれ歌ではなくて、作曲者カロランはアイリッシュハープの名手だったとか。なので伴奏もザ・ハープ・コンソートでした。月曜朝はチェコの音楽特集でした。バッハの6つ年下のゼレンカの作品に、はじめて聞くザハという人のレクイエムから主題をとったというフーガと前奏曲は、どちらもゆるやかな半音階的進行が耳に残る作品でした。…と、こんどの日曜朝のリクエストには英国の名手プレストンによるバッハの「パッサカリア BWV.582」がかかりますね。
グルダは来日公演が終わったとき、「今日、わたしはとてもハッピーだった。聴衆もみんながハッピーな気分で帰ってくれた」とか言っていたけれども、それはこのジスモンチ公演にも当てはまる気がする。聴いているみんながハッピーになれる。そんな豊かな音楽体験をさせてくれたブラジルの巨匠(と東フィルのみなさん)に、感謝。
…ブラジルで思い出したけれども今週の「バロックの森」は中南米の植民地時代のバロック音楽という毛色の変わった特集もやってました。水曜の「オランダの音楽」ではレオンハルトの弾くスヴェーリンクのオルガン曲もかかってましたが、ワッセナエルという人の「ソナタ第3番 ト短調」が印象的。リコーダーにテオルボ、オルガンという組み合わせが自分の好みとぴったりあってます。木曜の「スコットランドとアイルランドの音楽」もまた興味深かった。スコットランドのほうはたとえば「バルカーレスのリュート曲集」はフランスから入ってきた組曲形式と古謡の旋律とが組み合わさったもの。アイルランドのほうは、なんだか酔っ払いの歌みたいなのが流れた(笑)。ただしただの酔いどれ歌ではなくて、作曲者カロランはアイリッシュハープの名手だったとか。なので伴奏もザ・ハープ・コンソートでした。月曜朝はチェコの音楽特集でした。バッハの6つ年下のゼレンカの作品に、はじめて聞くザハという人のレクイエムから主題をとったというフーガと前奏曲は、どちらもゆるやかな半音階的進行が耳に残る作品でした。…と、こんどの日曜朝のリクエストには英国の名手プレストンによるバッハの「パッサカリア BWV.582」がかかりますね。
2008年09月20日
モーツァルトの未発表曲…らしい
1). まずはこちらのニュースから。なんでも仏ナントのジャック・ドゥミ資料館に長らく保管されていた楽譜が、このたびモーツァルトテウムの専門家が鑑定した結果、モーツァルト本人の直筆だと判明した、というもの。いままで他人の筆写譜だと思われていたらしい。とはいえ…「ニ長調のミサ曲」といっても、見たかぎりでは単声の旋律線のみが書かれているだけのような気がするが…とりあえずC、4分の4拍子で「クレド(ニケア信経)」の部分らしい(出だしにCredoと書いてある)。紙の上のほうに文字どおり「書きなぐって」あるのがなんだかわからないがなにかの草稿譜らしい。調性は――たまたまサブドミナントの――ト長調かな、こっちも4分の4拍子で、G音で終わっているみたい。「クレド」にしても15小節では、「再現演奏」したとしてもあっという間に終わりそうですね(→47Newsサイトの記事)。
2). 木曜朝の「バロックの森」では名前も知らない作曲家がぽんぽん出てきておもしろかった。スウェーデンのヨハン・へルミッヒ・ローマン Johann Helmich Roman(1694-1758)という人のチェンバロ作品とか、オランダ生まれで英国に渡って活躍したというヘレンダール Pieter Hellendaal(1721-1799) というヴァイオリニストの合奏協奏曲、そしてまるで経歴のわかっていないオランダの音楽家ヘンドリク・フォッキングの「ソナタ ニ長調」とかがかかりました(ローマンについてはこちらのblogに言及がありますが…演奏者ペインについてはさんざんですね orz)。また月曜朝は「ドイツ3S」と呼ばれたりするシャイン、シャイト、シュッツのうちシャインとシャイトの作品がかかりました。シャイトのオルガンコラールはヴァルヒャ引退記念盤のもので、これはもってるからいいとしても、シャインの声楽曲「イスラエルの泉」から2曲はお初なので、録音しておきました。ちなみにシャインは、バッハのほぼ100年前にトーマス・カントルだった人。なのでバッハの先輩にあたります。演奏は名門ドレスデン聖十字架合唱団。ちなみに昨年横浜で聴いたここの「マタイ」はとてもよかったです。来週の予告も見ましたが、月曜はバッハ、水曜には北ドイツオルガン楽派のリューベックですか! 金曜のヘンデル特集では名曲「祭司ザドク」がかかりますね。自分はキングズカレッジ聖歌隊の録音盤をよく聴いています。また月曜にかかるバッハのライプツィッヒ時代の作品「ミサ曲 ヘ長調 BWV.233」は、「キリエ」と「グロリア」のみの構成による「小ミサ Missa Brevis」、大半がカンタータからの転用からなり、たとえば「降誕節(クリスマス)」礼拝用に書かれたBWV.91のカンタータ冒頭合唱フーガも「再利用」されています。バッハは「いいアイディアは何度でも」という人だったので、それが人様の作品だろうと自作だろうとかまわずあっちこっちで再利用する天才でもありました(註:「再利用」イコール「手間隙を省く」ことではない)。
3). まだリンク切れしていないようなので、こちらの記事も紹介しておきます。むむむ、「クラシック・ファン 自尊心が高くクリエイティヴで、鷹揚。しかし、社交的ではない」ですと!!! 当たらずとも遠からず、かな。もっとも人間というのはかんたんには類型化できないところがおもしろいのでして、「自尊心が高くクリエイティヴで、鷹揚。しかし、社交的ではない」というジャズ好きだっているでしょう。ああ、そういえば以前、地元紙夕刊に連載もってた小説家の方が、バッハとヘビメタは似ているとかなんとか、ほとんど妄想ではないかともとれることを書いていましたが、後日この方は麻薬不法所持の現行犯で逮捕されたりしているので、こういう人は、はっきり言って困る、というかほかのバッハ好きの方にとって迷惑この上ない。ついでにスコットランドのHariot Watt大学によるオンライン調査は継続中…このさいだからのちほど参加してみますか(追記。いまさっきやってみたけれど…はっきり言ってこれ「恋愛診断」みたいな内容。なかには「あなたはバイですか、ヘテロですか、ホモですか?」なんてかなりきわどい、というか失礼な項目もあるし…。おまけに失恋ものやら恋愛ものやら、AかBの歌詞のどっちがいい、とかさんざん訊いてくるし…だんだん苦痛になってきた(笑)。で、終わったら、
Final Page
The questionnaire is finished.
Thank you VERY MUCH for participating in this survey. We remind you that your answers will remain completely confidential.
The aim of this survey is to investigate the importance of musical preference in different aspects of everyday life. We also would like to see if it can have an influence on one's significant relationships.
だってさ。もー失礼しちゃうな! こんなんでほんとうに個人の音楽の嗜好なんてわかるんだろうか??? 人柱になってみて感じたのは、音楽とはあんまり関係ないアンケートだった、ということでした。orz orz とんだくたびれ儲けだったわい)。
2). 木曜朝の「バロックの森」では名前も知らない作曲家がぽんぽん出てきておもしろかった。スウェーデンのヨハン・へルミッヒ・ローマン Johann Helmich Roman(1694-1758)という人のチェンバロ作品とか、オランダ生まれで英国に渡って活躍したというヘレンダール Pieter Hellendaal(1721-1799) というヴァイオリニストの合奏協奏曲、そしてまるで経歴のわかっていないオランダの音楽家ヘンドリク・フォッキングの「ソナタ ニ長調」とかがかかりました(ローマンについてはこちらのblogに言及がありますが…演奏者ペインについてはさんざんですね orz)。また月曜朝は「ドイツ3S」と呼ばれたりするシャイン、シャイト、シュッツのうちシャインとシャイトの作品がかかりました。シャイトのオルガンコラールはヴァルヒャ引退記念盤のもので、これはもってるからいいとしても、シャインの声楽曲「イスラエルの泉」から2曲はお初なので、録音しておきました。ちなみにシャインは、バッハのほぼ100年前にトーマス・カントルだった人。なのでバッハの先輩にあたります。演奏は名門ドレスデン聖十字架合唱団。ちなみに昨年横浜で聴いたここの「マタイ」はとてもよかったです。来週の予告も見ましたが、月曜はバッハ、水曜には北ドイツオルガン楽派のリューベックですか! 金曜のヘンデル特集では名曲「祭司ザドク」がかかりますね。自分はキングズカレッジ聖歌隊の録音盤をよく聴いています。また月曜にかかるバッハのライプツィッヒ時代の作品「ミサ曲 ヘ長調 BWV.233」は、「キリエ」と「グロリア」のみの構成による「小ミサ Missa Brevis」、大半がカンタータからの転用からなり、たとえば「降誕節(クリスマス)」礼拝用に書かれたBWV.91のカンタータ冒頭合唱フーガも「再利用」されています。バッハは「いいアイディアは何度でも」という人だったので、それが人様の作品だろうと自作だろうとかまわずあっちこっちで再利用する天才でもありました(註:「再利用」イコール「手間隙を省く」ことではない)。
3). まだリンク切れしていないようなので、こちらの記事も紹介しておきます。むむむ、「クラシック・ファン 自尊心が高くクリエイティヴで、鷹揚。しかし、社交的ではない」ですと!!! 当たらずとも遠からず、かな。もっとも人間というのはかんたんには類型化できないところがおもしろいのでして、「自尊心が高くクリエイティヴで、鷹揚。しかし、社交的ではない」というジャズ好きだっているでしょう。ああ、そういえば以前、地元紙夕刊に連載もってた小説家の方が、バッハとヘビメタは似ているとかなんとか、ほとんど妄想ではないかともとれることを書いていましたが、後日この方は麻薬不法所持の現行犯で逮捕されたりしているので、こういう人は、はっきり言って困る、というかほかのバッハ好きの方にとって迷惑この上ない。ついでにスコットランドのHariot Watt大学によるオンライン調査は継続中…このさいだからのちほど参加してみますか(追記。いまさっきやってみたけれど…はっきり言ってこれ「恋愛診断」みたいな内容。なかには「あなたはバイですか、ヘテロですか、ホモですか?」なんてかなりきわどい、というか失礼な項目もあるし…。おまけに失恋ものやら恋愛ものやら、AかBの歌詞のどっちがいい、とかさんざん訊いてくるし…だんだん苦痛になってきた(笑)。で、終わったら、
Final Page
The questionnaire is finished.
Thank you VERY MUCH for participating in this survey. We remind you that your answers will remain completely confidential.
The aim of this survey is to investigate the importance of musical preference in different aspects of everyday life. We also would like to see if it can have an influence on one's significant relationships.
だってさ。もー失礼しちゃうな! こんなんでほんとうに個人の音楽の嗜好なんてわかるんだろうか??? 人柱になってみて感じたのは、音楽とはあんまり関係ないアンケートだった、ということでした。orz orz とんだくたびれ儲けだったわい)。
2008年09月08日
シャルトル国際オルガンコンクールで日本人優勝!!
…先日NYTimes電子版に、Google Chromeなるブラウザのニューカマーが紹介されていて、それをサカナにしてちょこっと書こうかと思いましたが、いろいろ調べてみると――なにか目新しいものが出てもすぐには飛びつかない性分なので――導入にはまだ時期尚早と判断。いちおうサイトをもっているので、自分のこさえたサイトがきちんと表示されるかどうかは気になるものの、もし表示確認で導入するのならばそろそろバグとか落ち着いてきた(?)IE7あたりかな。
ところが地元紙夕刊を見たら、もっとすごいニュースを発見してしまいました。隔年開催のシャルトル国際オルガンコンクールで、日本人出場者青木早希さんがみごと! 優勝されたとのこと。Congratulations!!
自分はここのオルガンコンクールについてはほとんどなにも知らないが、オルガン音楽の本場欧州ではあっちこっちでこの手の国際コンクールが開かれている。日本人優勝者でまず思い浮かぶのは、2002年、NDR(北ドイツ放送局)音楽賞国際オルガンコンクールで優勝した椎名雄一郎氏。たしか椎名氏だったと思うけれど、そのときの審査員のひとりがかのレオンハルトで、名前もわからないような辺鄙な田舎の教会のオルガンを使ったとか、審査後、レオンハルトに挨拶に行ったら、「一生かけて楽譜の勉強をすること」と言われたとか、読んだことがあります。また審査員は深夜2時ごろまで歓談しながらビールとかぐいぐいあおっていて(午前様だ)、それでいて翌朝はケロっとしてまた審査会場に現れたというから驚き。「この人たちはいったいどういう体をしているのか?」とかなんとか書いてあったような気がする。
で、今回の会場になったシャルトルのノートルダム大聖堂は世界遺産にも指定され、じっさいに立ち寄った方も多いかと思う。その昔神話学者のジョーゼフ・キャンベルが学生だった時分に足繁く通って聖堂を覆いつくす無数の彫刻を熱心に観察していたら、堂守に声をかけられていっしょに高い高い鐘楼へと登って、ふたりして鐘をついた、と出演したPBSの対談番組でホスト役のビル・モイヤーズに嬉々として話していたのも思い出す(10年以上前にNHKで放映された)。また現在大聖堂の建つ場所は古代よりケルト系の聖地で、たしか聖なる井戸の真上に建立されたとか読んだことがある。花の都Parisはじめ、あのへんの地名の多くはケルト語起源だし、聖母信仰が厚いのもケルトの地母神ダナ(またはアナ)信仰がかたちを変えたものでもあるらしい(ダナ→アンナ→マリア。でも西欧における聖母崇拝は、究極的には古代エジプトのイシスに行きつくだろうとは思いますが)。
シャルトル大聖堂のオルガンは1971年にゴンザレ社によってあらたに建造されたもの。見かけはけっこう古そう…ながら、じつはけっこう新しかったりする。フランス・ドイツ・オランダの教会オルガンは西側の入り口上のバルコニー(organ loft)に設置されていることが多いけれども、なかにはシャルトルの楽器のように「鳥の巣」よろしく身廊や内陣の壁面にへばりついていたりする。そしてこちらのページによると、シャルトル大聖堂にはじめてオルガンが設置されたのが1349年のことらしい。その後聖堂が火災で焼失したりしたために何度か作り直されていますが、1551年に製作されたオルガンケースはなんといまでも歴史遺産として現存しているという。17-8世紀には不完全ながら4段手鍵盤と足鍵盤をそなえた大オルガンになったらしい。先代の楽器は125年間使用されていたという。さすがにくたびれてきたので、現在の楽器に取り替えられたということです。で、ゴンザレオルガンも1995-6年に修復が施されて、そのおりに電気式コンビネーションボタン機能(電子オルガンの鍵盤下についている丸ポタンとやっていることはほぼおなじ)が追加されたみたいです。
…こういうニュースを聞くと、やはりうれしくなりますね。と、レオンハルト演奏によるブクステフーデを聴きながら…。
…関係ないことながら、いまさっきNYTimesの音楽関連記事を開いたら、Liberaのバナー広告が表示されてこっちにもややびっくりした。↓
ところが地元紙夕刊を見たら、もっとすごいニュースを発見してしまいました。隔年開催のシャルトル国際オルガンコンクールで、日本人出場者青木早希さんがみごと! 優勝されたとのこと。Congratulations!!
自分はここのオルガンコンクールについてはほとんどなにも知らないが、オルガン音楽の本場欧州ではあっちこっちでこの手の国際コンクールが開かれている。日本人優勝者でまず思い浮かぶのは、2002年、NDR(北ドイツ放送局)音楽賞国際オルガンコンクールで優勝した椎名雄一郎氏。たしか椎名氏だったと思うけれど、そのときの審査員のひとりがかのレオンハルトで、名前もわからないような辺鄙な田舎の教会のオルガンを使ったとか、審査後、レオンハルトに挨拶に行ったら、「一生かけて楽譜の勉強をすること」と言われたとか、読んだことがあります。また審査員は深夜2時ごろまで歓談しながらビールとかぐいぐいあおっていて(午前様だ)、それでいて翌朝はケロっとしてまた審査会場に現れたというから驚き。「この人たちはいったいどういう体をしているのか?」とかなんとか書いてあったような気がする。
で、今回の会場になったシャルトルのノートルダム大聖堂は世界遺産にも指定され、じっさいに立ち寄った方も多いかと思う。その昔神話学者のジョーゼフ・キャンベルが学生だった時分に足繁く通って聖堂を覆いつくす無数の彫刻を熱心に観察していたら、堂守に声をかけられていっしょに高い高い鐘楼へと登って、ふたりして鐘をついた、と出演したPBSの対談番組でホスト役のビル・モイヤーズに嬉々として話していたのも思い出す(10年以上前にNHKで放映された)。また現在大聖堂の建つ場所は古代よりケルト系の聖地で、たしか聖なる井戸の真上に建立されたとか読んだことがある。花の都Parisはじめ、あのへんの地名の多くはケルト語起源だし、聖母信仰が厚いのもケルトの地母神ダナ(またはアナ)信仰がかたちを変えたものでもあるらしい(ダナ→アンナ→マリア。でも西欧における聖母崇拝は、究極的には古代エジプトのイシスに行きつくだろうとは思いますが)。
シャルトル大聖堂のオルガンは1971年にゴンザレ社によってあらたに建造されたもの。見かけはけっこう古そう…ながら、じつはけっこう新しかったりする。フランス・ドイツ・オランダの教会オルガンは西側の入り口上のバルコニー(organ loft)に設置されていることが多いけれども、なかにはシャルトルの楽器のように「鳥の巣」よろしく身廊や内陣の壁面にへばりついていたりする。そしてこちらのページによると、シャルトル大聖堂にはじめてオルガンが設置されたのが1349年のことらしい。その後聖堂が火災で焼失したりしたために何度か作り直されていますが、1551年に製作されたオルガンケースはなんといまでも歴史遺産として現存しているという。17-8世紀には不完全ながら4段手鍵盤と足鍵盤をそなえた大オルガンになったらしい。先代の楽器は125年間使用されていたという。さすがにくたびれてきたので、現在の楽器に取り替えられたということです。で、ゴンザレオルガンも1995-6年に修復が施されて、そのおりに電気式コンビネーションボタン機能(電子オルガンの鍵盤下についている丸ポタンとやっていることはほぼおなじ)が追加されたみたいです。
…こういうニュースを聞くと、やはりうれしくなりますね。と、レオンハルト演奏によるブクステフーデを聴きながら…。
…関係ないことながら、いまさっきNYTimesの音楽関連記事を開いたら、Liberaのバナー広告が表示されてこっちにもややびっくりした。↓
2008年09月07日
「7番」はディスコ音楽?!
いまさっき見た「題名のない音楽会」。けさはベートーヴェンの「交響曲 第7番」特集。ベートーヴェンのシンフォニーはNHK-FMのおかげで一枚もCDもってないくせに全曲聴いたけれども、自分もこの「7番」がいちばん好き。つぎに好きなのは、やっぱり力強い合唱つきの「9番」ですか。
解説役は青島センセイ。で、一介の素人の耳にはこの曲、この時代の作品としてはきわめて「異常な」ものだという感覚がある。青島先生も言ってたけれど、とにかくたたきつけるような強烈なビートが前面に押し出されている(とくに終楽章)。なので自分は「ダンスシンフォニー」だという感覚で聴いてきた。バッハの場合はあるていど資料を持っているから多少突っこんだことが言えるけれども、いま言ったことは100%自分の個人的印象。で、興味津々で番組を視聴したら、なんと! あのグールドまで「ディスコ音楽だ」なんて呼んでいるじゃあないですか!! おお、同志よ! フロイデ、MAN ALIVE(とくに意味はありません)!
青島先生によると、1楽章は「シチリアーノ」、2楽章はおそらく北欧起源と思われる「コントルダンス(田舎の踊り)」、3楽章のスケルツォは南ドイツあたりで流行った酒場のダンス「レントラー」、で、小朝さんの大好きな4楽章は「20世紀のダンス音楽」、とくにアフリカ起源のストンプを思わせるとかなんとか言ってましたね。この時代にストンプ!! カツラも吹っ飛ぶこの熱狂的なビート、うねうねうねりながらクライマックスに達する低音部に乗ってぐるぐるぐるぐる、まるでアイリッシュダンス――そう、Riverdanceのような――のごとく目まぐるしく回転しつづける旋律線…以前ワインがかなり入った状態でこれ聴いていたら、ちょっとトランスに近い状態になったことがある(一説によると、終楽章の第一主題はアイルランド民謡からとられたとか。そういえば以前、「ベスト・オヴ・クラシック」でベートーヴェンの室内楽作品ばかり集めた演奏会を聴いたとき、アイルランド民謡から採譜したという連作を聴いたことがある)。
ベートーヴェンとくると、一般の、あまりこの手の音楽を聴かない人はすぐ「おかたい」だの、むずかしいだのという固定観念で見がちです。でもそれはちがう。なににせよ「食わず嫌い」はよろしくない。ベートーヴェンの魅力は、やはりその破壊力というか、既成観念をぶっ壊してまったく新しいものを創造する革新性にあると思う。「6番(田園交響曲)」だってそう。あんな弱音で終わるシンフォニーなんておそらく当時の聴衆には衝撃的だったろうし、「5番」にしたって1楽章なんかほとんど全曲、あの単純な動機のみで構成されているし、最後の傑作「9番」は、たぶん声楽と交響曲を結合させた最初の作品なのではないかと思う。とにかく斬新。パーセルの音楽も当時としてはかなり斬新だと思うし、バッハだって「ブランデンブルク協奏曲(この地名はじつはブレンダンと関係がある) 第5番」に登場するチェンバロの派手なソロではじめて「ピアノ協奏曲」の原型を作ったし、どんな作曲家にもそれぞれ創意工夫を凝らしているけれども、ベートーヴェンほど革新的な人もいないのではないかな。モーツァルトのいかにもおつにすました「古典的」なシンフォニーも好きだけれども、情熱的でめくらめっぽう突き進む推進力をもったベートーヴェンの激しいシンフォニーのほうが、おなじく短気でしかも飽きっぽい性格の聴き手としては相性がいいのかもしれない(交響曲はもともとダンス音楽の寄せ集めである「組曲」冒頭に置かれた序曲「シンフォニア」などから発展したので、モーツァルトの交響曲にはたとえばメヌエット楽章がよく聴かれる。ついでにシンフォニア symphoniaはギリシア語συμφωνίαを起源とし、これを最初にラテン語化したのが大著『語源論』で知られるセビリャ大司教聖イシドール[イシドルス、c.560-636]だったらしい)。
「7番」の終楽章はとにかく理屈ぬきにノリノリなので、意外と乳幼児にはぴったりかも。飽きる? そんなことはないでしょう、たぶん。ためしに聴かせてみては? 調子のいいヴィヴァルディなんかでも「歩行器」につかまった赤ん坊がキャッキャッ言いながら体をひょこひょこ動かして楽しんでいた、という話を読んだことがある。ちなみに子どもたちにアンケートをとったら、一番人気のクラシック作品はラベルの「ボレロ」だったとか。これだって「踊りの音楽」ですよね。「ダンス交響曲」の「7番」だって、おそらくおんなじ効果があるんじゃないでしょうか。
…激しい性格だったらしいベートーヴェン、青島先生の話によると、40近くなってなんと10代の小娘にぞっこんだった時期があったらしくて(ほとんど犯罪)、「7番」はちょうどそんなときに作曲されたんだとか。そういえば4人の子持ち男やもめだった36歳のバッハも、当時20歳だった歌手アンナ・マグダレーナ・ヴィルケにプロポーズしたっけな…とどうでもいい話ですね、これは。
…ちなみに今夜9時の「ビバ! 合唱」。今夜はそのバッハのモテット(とはいえたったの2曲…orz)!! バッハのモテットはぜんぶで10曲もなくて、うちBWV.230, 231は偽作の疑いあり。そのなかにはあのペルゴレージ作曲「スターバト・マーテル」の独語台本版による編曲まであります(BWV.1083、1968年にベルリンで発見されたもの。もともとの歌詞はもちろん聖母マリアを歌ったセクエンツィア[続唱]ですが、バッハはこれを『詩編 51番』の独語訳に置き換えている)。
本日のおまけ:「アルゴリズムこうしん」、第2ヴァージョンもあるみたいですな。
解説役は青島センセイ。で、一介の素人の耳にはこの曲、この時代の作品としてはきわめて「異常な」ものだという感覚がある。青島先生も言ってたけれど、とにかくたたきつけるような強烈なビートが前面に押し出されている(とくに終楽章)。なので自分は「ダンスシンフォニー」だという感覚で聴いてきた。バッハの場合はあるていど資料を持っているから多少突っこんだことが言えるけれども、いま言ったことは100%自分の個人的印象。で、興味津々で番組を視聴したら、なんと! あのグールドまで「ディスコ音楽だ」なんて呼んでいるじゃあないですか!! おお、同志よ! フロイデ、MAN ALIVE(とくに意味はありません)!
青島先生によると、1楽章は「シチリアーノ」、2楽章はおそらく北欧起源と思われる「コントルダンス(田舎の踊り)」、3楽章のスケルツォは南ドイツあたりで流行った酒場のダンス「レントラー」、で、小朝さんの大好きな4楽章は「20世紀のダンス音楽」、とくにアフリカ起源のストンプを思わせるとかなんとか言ってましたね。この時代にストンプ!! カツラも吹っ飛ぶこの熱狂的なビート、うねうねうねりながらクライマックスに達する低音部に乗ってぐるぐるぐるぐる、まるでアイリッシュダンス――そう、Riverdanceのような――のごとく目まぐるしく回転しつづける旋律線…以前ワインがかなり入った状態でこれ聴いていたら、ちょっとトランスに近い状態になったことがある(一説によると、終楽章の第一主題はアイルランド民謡からとられたとか。そういえば以前、「ベスト・オヴ・クラシック」でベートーヴェンの室内楽作品ばかり集めた演奏会を聴いたとき、アイルランド民謡から採譜したという連作を聴いたことがある)。
ベートーヴェンとくると、一般の、あまりこの手の音楽を聴かない人はすぐ「おかたい」だの、むずかしいだのという固定観念で見がちです。でもそれはちがう。なににせよ「食わず嫌い」はよろしくない。ベートーヴェンの魅力は、やはりその破壊力というか、既成観念をぶっ壊してまったく新しいものを創造する革新性にあると思う。「6番(田園交響曲)」だってそう。あんな弱音で終わるシンフォニーなんておそらく当時の聴衆には衝撃的だったろうし、「5番」にしたって1楽章なんかほとんど全曲、あの単純な動機のみで構成されているし、最後の傑作「9番」は、たぶん声楽と交響曲を結合させた最初の作品なのではないかと思う。とにかく斬新。パーセルの音楽も当時としてはかなり斬新だと思うし、バッハだって「ブランデンブルク協奏曲(この地名はじつはブレンダンと関係がある) 第5番」に登場するチェンバロの派手なソロではじめて「ピアノ協奏曲」の原型を作ったし、どんな作曲家にもそれぞれ創意工夫を凝らしているけれども、ベートーヴェンほど革新的な人もいないのではないかな。モーツァルトのいかにもおつにすました「古典的」なシンフォニーも好きだけれども、情熱的でめくらめっぽう突き進む推進力をもったベートーヴェンの激しいシンフォニーのほうが、おなじく短気でしかも飽きっぽい性格の聴き手としては相性がいいのかもしれない(交響曲はもともとダンス音楽の寄せ集めである「組曲」冒頭に置かれた序曲「シンフォニア」などから発展したので、モーツァルトの交響曲にはたとえばメヌエット楽章がよく聴かれる。ついでにシンフォニア symphoniaはギリシア語συμφωνίαを起源とし、これを最初にラテン語化したのが大著『語源論』で知られるセビリャ大司教聖イシドール[イシドルス、c.560-636]だったらしい)。
「7番」の終楽章はとにかく理屈ぬきにノリノリなので、意外と乳幼児にはぴったりかも。飽きる? そんなことはないでしょう、たぶん。ためしに聴かせてみては? 調子のいいヴィヴァルディなんかでも「歩行器」につかまった赤ん坊がキャッキャッ言いながら体をひょこひょこ動かして楽しんでいた、という話を読んだことがある。ちなみに子どもたちにアンケートをとったら、一番人気のクラシック作品はラベルの「ボレロ」だったとか。これだって「踊りの音楽」ですよね。「ダンス交響曲」の「7番」だって、おそらくおんなじ効果があるんじゃないでしょうか。
…激しい性格だったらしいベートーヴェン、青島先生の話によると、40近くなってなんと10代の小娘にぞっこんだった時期があったらしくて(
…ちなみに今夜9時の「ビバ! 合唱」。今夜はそのバッハのモテット(とはいえたったの2曲…orz)!! バッハのモテットはぜんぶで10曲もなくて、うちBWV.230, 231は偽作の疑いあり。そのなかにはあのペルゴレージ作曲「スターバト・マーテル」の独語台本版による編曲まであります(BWV.1083、1968年にベルリンで発見されたもの。もともとの歌詞はもちろん聖母マリアを歌ったセクエンツィア[続唱]ですが、バッハはこれを『詩編 51番』の独語訳に置き換えている)。
本日のおまけ:「アルゴリズムこうしん」、第2ヴァージョンもあるみたいですな。
