2008年06月29日

イーリー大聖堂聖歌隊と懐かしの歌声

1). BBC Radio3のChoral Evensong。この前の中継は初代Choirboysくん二名が在籍していたイーリー大聖堂から。ここの大聖堂はNew Foundation、つまりもとは7世紀に聖女エゼルドリダがこの地に建てた修道院でした。で、今回の「夕べの祈り」はそのイーリー初代女子修道院長エゼルドリダの祝日を記念してのものだったらしい(祝日は翌日の23日。ついでに今月は聖ヨハネ誕生の祝日[24日]に、聖ペトロ・パウロの祝日もあります[今日、29日]ついでに「ユダ福音書」をはじめとするグノーシス文書を非難したリヨンの聖エイレナイオスもきのうが祝日でした)。プレイリストを見ますと、入祭唱が1995年に大聖堂から委嘱された聖エゼルドリダを讃える聖歌、カンティクルが19-20世紀にかけてイーリー大聖堂オルガニストだったノーブルという人の作品、アンセムは'Blessed be the God and Father'で有名なS.S.ウェズリーが1861年、ウィンチェスターの聖三位一体教会に新造されたオルガンこけら落としのために「詩編」第103番(ダビデ王作)に作曲したもの。印象的だったのは、コリスターのみで歌われた'Ely Sequence'という曲。つぎの朗読のあとで歌われたウェズリーのアンセムは以前聴いたことがあったかもしれないが…こちらも'Blessed be...'と同様、清らかで澄み切ったトレブルソロが聴けました。そういえば番組終了後、今年のYCOYの募集もかけてましたね。

2). オルガン好きにはある意味たまらない(?)ミネソタ公共ラジオ放送提供のPipedreamsという貴重な番組。先日の放送分は、なんと「ドイツ3B」をオルガンで聴くという企画。バッハの2曲(「クラヴィーア練習曲集第一巻」所収のBWV.825, 913)のうち後者はたまにオルガンでも弾かれるけれども、ベートーヴェンの「コリオラン」序曲や「交響曲第5番 第2楽章」とか、ブラームスの「ハンガリー舞曲 第5番」なんかはどれもオルガン版でははじめて聴くものばかりでとてもおもしろかったけれども、なんといっても印象的だったのは「ドイツ語によるレクイエム」。音源として使用していたのが、ジョン・スコット指揮によるセントポール大聖堂聖歌隊の演奏盤'Hear My Prayer'からで、自分ももってます。トレブルソロはジェレミー・バッド。ひさしぶりに彼のソロを聴いて懐かしいなーと思った。セントポール大聖堂聖歌隊は、たとえばいまKing's Singersの一員として活躍しているポール・フェニックスはじめ、バロウズ兄弟やアンソニー・ウェイなど名コリスターを輩出してきた名門聖歌隊。またあとでCD引っ張り出して聴きなおしてみようかな。ちなみにベートーヴェンもブラームスもオルガンを勉強したことがある。ブラームスは、クリスマス時期によく演奏される「一輪の薔薇が咲いて」というコラール編曲がわりと有名です。ブラームスのオルガン曲を集めたアルバムというのも一枚持っています(前にもこんなこと書いたかもしれないが…)。作風は、バッハを強く意識した擬古典的なものが多くて、「前奏曲とフーガ 第1番 イ短調」とか「前奏曲とフーガ 第2番 ト短調」、「11のコラール前奏曲 作品122」とかがあります。Pipedreamsついでに、以前こちらでもすこし紹介した、ロスアンジェルスのウォルト・ディズニー・コンサートホールのけったいな外観の大オルガンの演奏もこの番組で放送されています。ついでにいまさっきまで聴いていた「サンデークラシックワイド」。なんでも第5週の日曜にはリクエスト大会だそうで、今回は「結婚式のクラシック」。いろいろありますねぇ…「トランペット・ヴォランタリー(いつぞやのジェレマイヤ・クラーク作曲の)」「歌の翼に」、「亡き王女のためのパヴァーヌ」、「ラシーヌ賛歌」、「木星」…そして「パッヘルベルのカノン」。リクエストくれた方がうまいこと言ってました。「幸せがいつまでもつづくかのような曲」だと。そう言われてみればたしかに。カノンという形式のなせる妙ですね。そういえばバッハも、「音符の長さが増しゆくごとく、王の幸いもいや増さんことを(Notulis crescentibus crescat Fortuna Regis)」と、「音楽の捧げもの」に収めた「反行の拡大によるカノン」の献呈譜余白に書き添えてもいました(→参考ページ)。

3). そんな折、レイモン・ルフェーブル氏が27日に亡くなった。享年78。長らく闘病中だったらしい。先に召されたポール・モーリア氏とどんな仲だったかは知らないけれども、おふたりがあちらの世界でともに談笑する姿を勝手に想像しつつ、ルフェーブル氏のご冥福をお祈りします。

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2008年06月15日

New Dawn

 静岡音楽館AOIでのオルガンリサイタルを聴きに行ったとき、静岡パルコのタワレコにも立ち寄りました。そこで目にとまったのが独グラモフォンの輸入盤。おお、昨年のヴァルヒャ生誕百年記念盤! …入っているのは「フーガの技法」をふくむ、ステレオ録音による「バッハ・オルガン作品全集」の最初のリリースの復刻でした…が、こちらは買わなかった(おい!)。ここのお店はNaxosレーベルもわりと充実してまして、かわりに「ブクステフーデのオルガン作品全集その6」を買ってみました。演奏者は1965年ブラジル・リオ・デ・ジャネイロ生まれの女流ジュリア・ブラウン。思うのですが、Naxosのオルガンシリーズってやたら米国のなんとか大学礼拝堂のオルガン、というのが多いみたいですね(ヴォルフガング・リュプサム演奏の「フーガの技法」2枚組もそうでした)。このブクステフーデ、帯の惹句がちょっと笑えます。「バッハよりも自由だ(笑)! …ヘンデルやJ.S.バッハに多大なる影響を与えたブクステフーデの作品は即興性溢れる自由な作風で人気が急上昇しています(ほんと???)」… ブクステフーデの鍵盤楽曲、表面的には「自由奔放」に聴こえるかもしれませんが、じっさいにはバッハのほうがはるかに「自由」なのです。そして音楽の内面という点でも、バッハのほうがはるかに深い。

 …ブクステフーデを手にして、ぼけっと眺めていたら、'Libera in concert'の文字が。ああ、オランダのライヴDVDね、と思い、「そうだ、New Dawnはどこかな?」とあたりを見回すと、あらら、国内盤は6月発売ですと…とよくよく見たら、目の前にUK EMI原盤が。特価品(!)だったこともあって、こちらを買いました(値札は2405円ですが、じっさいは1900円)。

DSCN0972.JPG


 しばらくブクステフーデやエマールの「フーガの技法」を聴きこんでいたので、この前ようやくこのLiberaの新譜を聴いてみました。第一印象としては…全体的にアップテンポな曲は影を潜め、静謐さが強調されているように感じました。そしてこのアルバムは、たんなるhealing musicというより、soothing music、「安らぎの音楽」だとも思いました…とりわけ'Rest in peace'、'Never be alone'、また旧作のリメイクでもある'Tallis's canon'、'In Paradisum(='Lux Aeterna')'も――どっちもひさしぶりに聴いたけれど――個人的にはけっこう好きな曲。多少、エフェクト効果というか、ミキシングの妙もあるのかもしれないが、Libera最大の持ち味であるボーイソプラノによる一糸乱れぬハーモニーがじつに美しい。前作Visionsも好印象でしたが、今作もまたクラシックの転用あり(バッハ、サン-サーンス、C.H.H.パリー)、もとThe Beachboysのメンバーだったブライアン・ウィルソンやエンヤの有名な曲のカヴァーあり、おなじみのラテン語典礼聖歌('Gloria in excelsis Deo...')・セクエンツィア(=続唱、'Veni Sancte Spiritus...'はもともと聖霊降臨祭用のセクエンツィア。ついでに今年の聖霊降臨日[Whitsunday]は先月11日)、そして英国人宗教詩人作の英語聖歌('Glory to thee my God this night')あり。それと、ブレイクの詩が二編と、19世紀仏詩人の書いた詩をベースにした曲('Secret')もありますね(調べてみたら、フォーレにも同名詩をもとにした作品があるらしい)。

 冒頭のエンヤの歌、あれ聴きますと――ほとんどパブロフの犬状態ではあるけれど――なぜだか聖ブレンダン一行の舟が分厚い霧を抜けて「聖人たちの約束の地」の汀へと静かに到着する、そんな光景を思い浮かべてしまう。サン-サーンスの「オルガンつき」のLiberaヴァージョンはいったいどんなだろうと思ってましたが、オルガンの鳴り響く部分がすべて軽やかなコーラスで、どちらかいうとピアノ伴奏が目立つ編曲に仕上がってました。バッハの「アリア」も、聴いているうちにBACのアルバムも聴いてみたくなって、つい書棚から引っ張り出したり(笑)。Liberaのヴォカリーズも非の打ちどころのないハーモニーで、これだったらバッハも喜びそう。また'May the road rise up'はなんとこれ、ちょこっと調べてみたらもとはアイルランドゲール語による有名なお祈りらしい。手許の文献を急いで見てみたけれど、あいにくこの祈りの出所はわからず。昔、アンソニー・ウェイのアルバムにも8世紀ごろの作とされる古いアイルランド修道士の祈りに曲をつけたものがあったけれども、こっちもそんなお祈りなんだろうか…(AngelVoices時代にはたしか'Deep Peace'というやはりアイルランドの祈りをベースにした曲があった)。

 最後の'In Paradisum'の歌詞はフォーレの「レクイエム」でおなじみのものですが(じっさいに歌われている歌詞は入祭唱や'Agnus Dei'からのものも混じっている)、カヴァーのひとつ'Rest in peace'もそんな作品(曲名からしてそう)。2年前の暮れに放映されたとおぼしきビデオをいまさっき見つけましたが、作詞作曲した本人がピアノを弾きながら歌い、バックコーラスにLiberaが入ってました。ちょうどそのときに癌で亡くなったMariska Veresというオランダの女流歌手を追悼する内容でした。

 古いラテン語聖歌をボップな現代風音楽に乗せて歌うスタイルはたぶんLibera(と前身のAngelVoices)あたりが元祖だろうと思いますが、このNew Dawnでは音楽の内面を深く掘り下げた曲作りが前面に押し出されているように感じます。もとメンバーの作曲した'Never be alone'という曲も歌詞も感動的です。マーク・トウェインは「自分の本は水だ」と言っていた。水は子どもでも飲む。水は、生きるうえで欠かせない。Liberaの音楽は、端的に言えば「水の音楽」でしょうか。からからに干からびて、疲れ切った人の心に音楽というピュアな清水を、「安らぎ」をなみなみと注いでくれる、そんな音楽だと思う。そしてやはりこれはhealingではなくてsoothing。歌っている子どもたちの実力ももちろんですが、各楽曲も、ソロを歌う少年たちの声質と楽想とをぴたりあわせて選んでいるプライズマン氏もまた名伯楽と言うべきでしょう。

 …余談ながら、UK原盤はちょっと変わった仕様(?)になっています。気に入ったトラックをリッピングしようと思ってPCの光学ディスクドライブのトレイに入れたら、ややあって'Opendisc'なる窓が開き、なにが起きたのか理解するまでやや時間を要しました…なんだこれ、音楽CDじゃなくて新手のCCCDか??? といぶかりましたが、とりあえずその窓を閉じて、WMPを起動したらトレイのCDを認識してくれました。リッピングはどうかな…と思いましたが、難なく取りこみ終了。たしかにこのアルバム、どこにも'CompactDisc DigitalAudio'のロゴが見当たらない。…いまいちよくわからないけれど、とりあえずCCCDではないようだ(ついでに、NHK-FM「みんなのコーラス」でもときたまLiberaの曲がかかったりします)。

またバッハ
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2008年06月07日

エマールの「フーガの技法」

 何気なく新聞のTV欄で「芸術劇場」を見たら、「フーガの技法」の文字が。??? と思ってよく見たらなんと、ここでも書いたピエール・ロラン・エマールによる「フーガの技法」を放映するという!! というわけでさっそく見てみました。しかも解説者としてAOIの音楽監督でもある野平一郎氏が登場。「基本主題による4声単純フーガ(「初版」で言うところの'Contrapuctus 1')」の出だしの主題-応答部分について、用意されたピアノをじっさいに弾いて解説してました(「未完の四重フーガ」末尾の空白に記されたC.Ph.E.バッハの例の追記ですが、それを書き入れたのはバッハが世を去ってそうとう長い年月が経ってからのこと。つまりあんまり信憑性がない。バッハ「白鳥の歌」は声楽曲の大作「ロ短調ミサ BWV.232」のほう)。

 かんじんの演奏会ですが、この前、N響と「トゥランガリラ」で共演したから、まさか国内公演かと思いきや、やはりそんなことはなくて、今年2月、ロンドンのウィグモアホールでの収録でした。ずいぶんちんまりしたホールで残響も短めだったから、このような複雑な対位法作品の演奏にはうってつけだと感じました。

 まず驚いたのは曲の配列。以下、BWV/SWVの番号で書くと、1,2,3,4,6,13b,7,13a,5,9,10,4つのカノン(12度・8度・10度・「反行と拡大によるカノン」),19,12b,8,12a,11。なんとまた大胆な配列! エマール氏みずから曲の配列について語ってましたが、やや恣意的なきらいがどうしてもぬぐえません。たしかに*「ベルリン自筆譜 P200」と息子たちが出版した「初版」とは内容も配列もおおきく異なっています。演奏楽器についてはあきらかに鍵盤楽器用なのでこれはいいとしても、曲の配列についてはいまだ決着を見ていない。ちなみにヴァルヒャが使った楽譜はもともと管弦楽用に組まれたグレーザー版で、それをオルガンで弾いています。グールドが使ったのはペータース社が出していたチェルニー校訂ピアノ版。ほかにもディーナー版とかダーヴィット版とか、最近ではたとえばチェンバロのダヴィット・モロニーみたいにオリジナル校訂譜を使って録音している奏者もいます(こちらは出だしが1,3,2,..となっていて、おそらく「自筆譜」での配列を考慮したものと思う。ついでにピーター・ウィリアムズも独自の校訂版を出している)。エマール氏は、これはあくまでも演奏会用の配列だと断っていましたが…もし「聴衆が退屈しない」ことも考慮に入れるとしても、もっとすなおな配列のほうがよかったんじゃないかとも感じました。すくなくとも1-11まではバッハ本人の意図が反映されたものです。で、各フーガはまたグループべつに分けることもできるので、それも考慮に入れてプログラムを組むとしたらたとえば

1-2-3-4(「主要主題の基本形・転回形による単純フーガ」), 5(「変形主要主題による反行フーガ」), 6-7(「変形主要主題の縮小形・拡大形による反行フーガ」), 9-10(「[変形]主要主題と新主題による転回対位二重フーガ」), 8-11(「変形主要主題と新主題による三重フーガ」), 4つのカノン, 13a/b-12a/b(「変形主要主題の鏡像フーガ」), 19(未完の「3つの新主題と主要主題の四重フーガ」)

という感じになるのではないかな。

 野平氏も言われたとおりエマール氏は迫真の熱演で、これを生で聴けたロンドンの聴衆はうらやましい…と思う。思ったけれども、同時に背反する思いも。以前、バッハのクラヴィーア作品を網羅した本を図書館で読んだとき、「フーガの技法」の項目に、曲の配列には対位法技法をじっさいに演奏して学習してもらう配慮が働いている、と指摘した上で、こんなことが書いてありました。「…作品全体をひとつの連作として演奏することは、それがたとえよい結果をもたらそうとする試みであったとしても、誤った判断を導きかねない。全曲を通しての演奏は、演奏者にも聴き手にも忍耐を要求することだからである」。たしかにねぇ…いっぽうでは「全曲演奏を生で」聴きたい自分がいるけれど、いざ聴いてみるとこの作品ほど「一発勝負」のステージに不向きな作品もないのかもしれない。バッハはフックスの「パルナッソス山の階梯」をヒントに「フーガの技法」を着想した、とも言われていますが、理論よりまず実践ありき、じっさいに演奏してすぐれた作品でなければ意味がないと考えていた人なので、「フーガの技法」も無味乾燥な対位法の奥義解説書なんかではけっしてありません。野平氏も言われていたように、「もし音楽の世界遺産、というものがあったら、まず真っ先に登録されるべき作品」。「聴く音楽」としても傑出した作品なので、バッハとしては当然、全曲演奏もありだ考えていたかもしれない。でもどちらか言えば「演奏しながら対位法技法を体得させる」のが本来の目的だったと自分も思うので、やっぱり演奏会向きではないのかもしれないなぁ、と最近思ったりします(「クラヴィーア練習曲集第5巻」??)。いつだったかチェンバロで全曲演奏した邦人演奏家の方もいますし、かつてはレオンハルトも、ヴィーンでのデビューリサイタルのときに「フーガの技法」を全曲、披露したという話を読んだことがあります(もっともレオンハルトは最後の「未完の四重フーガ」は除外すべきとする自説にもとづいて、この作品は演奏していないし、録音もしていない)。バッハがなぜ'Contrapuctus 13a/b'だけ2台チェンバロ用にわざわざ編曲したのか、についても、この曲集がもともとじっさいの演奏会を前提としているわけではないことをあるていど裏書きしているようにも思えます。じっさいに聴いてみればわかりますが、はっきり言ってこっちの編曲のほうが音楽としては断然聴いていて楽しい。

 演奏者がいくら現代の名だたる名手とはいえ、定められた時間内でこれだけ複雑かつきわめて高度な演奏技術が要求される対位法作品を20近くもぐねぐね弾きつづければ、指だって疲れて(?)きますよね。最後の'Contrapunctus11'では髪振り乱して、かっと楽譜を睨みつつ演奏する姿はもうなんだか鬼の形相のようにも見えました。それともうひとつ、驚いたのはいわゆる「鏡像フーガ・グループ」の4声フーガ('Contrapunctus12a/b')。よくひとりで弾けるなーと唖然として見入ってました。ということはCD録音もひとりで弾いているのですね。恐れ入りました。ラフマニノフ並みに手の大きい方みたい。あとでポケットスコアに目を凝らしてみましたが、やっぱりあれ、ひとりじゃふつうはむり、もうひとりいないと。あ、でもたしかモロニー盤もひとりで弾いていたような…もっともチェンバロと現代ピアノでは、鍵の大きさからしてちがうから、鍵盤の狭い楽器だったらできないことはない。

 エマール氏の演奏はピアノという楽器のもつ特性を最大限発揮して、チェンバロ独奏では聴き取りにくい内声での主題の入りとかもくっきりと明確な輪郭をあたえて弾くなど、随所に考え抜かれていた好演だった、というのが全曲聴き終えた感想。そうは言っても、やはりこの難曲、演奏する側にも聴く側にも「忍耐」を強いるものであることも、あらためて認識したしだいでありました。

*...「ベルリン自筆譜 P200」の作品配列はつぎのとおり(番号はすべてBWV/SWVでの番号)。

Kunst der Fuga(sic, 表題ページ), 1,3,2,5,9,10a,6,7,15,8,11,(14[「反行と拡大によるカノン」初期稿]),12a/b,13a/b,(14[「反行と拡大によるカノン」改訂稿]), Beilage1-14(「反行と拡大によるカノン」浄書稿版下), Beilage2-18a/b(「2台クラヴィーアのためのフーガ」、13の編曲), Beilage3-19(「未完の四重フーガ」)

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2008年05月11日

AOIのオルガンリサイタル

 人一倍雨が大嫌いで、晴れ男(?)を自認していたけれども、きのうはあいにくの雨。とはいえこの日は楽しみにしていた静岡音楽館 AOIでのオルガンリサイタルがあったので、わりと厚着して出かけました( 季節が3月に逆戻りしたかのごとく肌寒い一日だった )。

 演奏者の方は、地元出身の若手演奏家を対象にここで毎年開催される「静岡の名手たち」というオーディションに合格された、まだ 22歳の新進気鋭のオルガニスト、大木麻里さん。プログラムは、バッハ( BWV.572 )もあるけれど、ここの楽器がフランス製、ということなのか、メインは楽器との相性もいいフランスのオルガン音楽。バッハと同時代に活躍したダカン(「ノエル第7番」)、前期古典時代のボエリー( 幻想曲とフーガ 変ロ長調 )、ロマン派のセザール・フランク(「英雄的小品 ロ短調」)に、今年生誕 100周年のメシアン(「オルガンの書より『鳥たちの歌』」)と、メシアンらに多大な影響を与えた即興演奏の巨匠トゥルヌミール(「5つの即興曲」)。チケットのお値段は破格の千円ながら、これはかなり突っこんだというか、通好みのプログラムでして、料理で言えば「フランスオルガン音楽ア・ラ・カルト」みたいな感じ。演奏には女性のアシスタントの方もいました( ストップ操作および譜めくり担当。ちなみにレオンハルトやコープマンといったオランダの鍵盤楽器奏者と、フランスのオルガニストには「ぜんぶ自分で」というスタイルの人が多いみたいです。ジャン・ギユーとか M.C.アラン、アンドレ・イゾワールもそうだった )。

 とはいえ、「オルガン神秘主義」派特有な、あのものすごい大音響とどろく響き … というものがどうにも苦手なもので、あまりの安さに飛びついたとはいえ、「ちんまりとオールバッハのほうがよかったかも」なんて思っていた。でもいざ実演を聴いてみたら、「おや ?! メシアンもトゥルヌミールも案外いけるじゃない」というふうに変わってきました。やっぱり実演に接するというのは大事ですね。作品にたいして抱いていた先入観がきれいに払拭されたような思いがしました。メシアンの「鳥たちの歌」は、20年以上も前に NHK-FM の「オルガンのしらべ」でエアチェックして以来とんと聴いてなくて、あんまりひさしぶりだったからじっさいに耳にしてああ、これかと思い出したくらい。フクロウにスズメ、ガチョウ(?)を思わせる「囀り」もしくは「おしゃべり」がいろんな鍵盤のパイプから聴こえてきて、子どもでも楽しめそうな作品だと思います(会場には子どもも多かった)。とはいえ真ん中の鍵盤( positif、フランスの楽器は最下段の鍵盤が「主オルガン」になる。ドイツでは2段目が「主オルガン[ Hauptwerk ]」)で弾いていた、あの「ガーガー」音、どんなストップで出したのかな? ストップリストを見た感じだと、Cromorne 8フィート管のような気がするけど。またこのトゥルヌミールの作品、じつは即興演奏を録音した音源から「レクイエム」で有名なオルガニスト / 作曲家のデュルフレが「採譜」したという!! よくこんな複雑怪奇な、疾風怒涛のごとき即興演奏を楽譜に起こせたもんだ! なんという恐るべき耳の持ち主だろうか(だれにでもできる仕事じゃないと思う)。「5つの即興曲」には 'Te Deum' とか 'Ave Maris Stella' とか有名な聖歌にもとづく即興曲もあり、とくに「'Te Deum' による即興曲」では「二重ペダル」技法によって、うねるような16分音符進行が奏されておお、これはすごい、さすがトゥルヌミールだと感嘆しました( ボエリーとメシアンの「鳥たちの歌」にもときおり「二重ペダル」技法が出てきた )。また「上の鍵盤を弾きつつ、親指で下の鍵盤を押して定旋律を弾く」という技法も見ました( たしか出だしの曲 )。最後の曲の終結部はトゥルヌミール特有のフルオルガン、なおかつペダルカプラーによる全鍵盤連結、ものすごい大音響。プログラム解説にもあるとおり、文字どおり「音の洪水」状態、一歩まちがえばたんなるクラスタになりかねない圧倒的迫力で作品は閉じられましたが、そうは言ってもただ「ワンワンやかましいだけじゃない」ということに気づきました … グレゴリアンチャントを思わせる旋律とか、有名な聖歌にもとづく定旋律が、一見自由奔放、多調というか無調というか、そんなとりとめのない旋律と絡みあっているのですが、じつに効果的に楽器を「歌わせている」ということに気づきました … 「歌わせている」即興曲を作ったトゥルヌミールという人もすごいが、いまここで弾いているうら若きオルガニストもすごいもんです。長尾春花さんのみならず、静岡出身の演奏家もやるなぁ、という感じ( いま「オーケストラの夕べ」でマーラーの「6番」を聴いてましたが、トゥルヌミールの先生ってマーラーだったんですね。知らなかった。たしかに「どこが山でどこが谷か、まるでわからないとりとめのなさ」という感じは似てるかも )。

 ダカンの「ノエル」は、わりとよく聴くほうではなく、はじめて聴く作品だった。印象的で装飾豊かな旋律が2段目の鍵盤で弾かれていましたが、音色はヴァルヒャの弾いた「人よ、汝のおおいなる罪を泣け BWV.622 」のコラール旋律みたいな響きでした( Nazard 2 2/3'+Tierce1 3/5'+Larigot 1 1/3' あたりのミューテーションストップの組み合わせ?)。バッハの「幻想曲 ト長調 BWV.572 」は、自筆譜では 'Pièce d'Orgue' とバッハのオルガン作品では唯一、フランス語表記をもつ作品。終結部の急速なパッセージの連続ではテンポがいきなり速くなって、このへんちょっとコープマンっぽい感じがしました。若さ溢れるバッハ、という印象。

 演奏を終えたあと、演奏者の大木さんは挨拶されましたが、アンコール … になるのかな、友人の若い作曲家先生がオルガン用にアレンジしたという「富士の山」が最後に演奏されました( いっきに身近な曲!)。わりと静かな、牧歌的なアレンジで、最後はなんかバッハの「オルガン小曲集」を思わせるような終わり方でした( 笑 )。そういえば「オルガンで綴る日本の童謡」なんて CD も見かけたことがないなー。あってもよさそうなもんだ( 意外としっくりくるものです。話は飛ぶが、下田にはなんとオルガンをもってる保育園があり、以前地元ニュースかなにかで、オルガンで奏でられる童謡にあわせて楽しそうに「お遊戯」する園児たちを見たことがある。オルガンのやわらかいフルーストップ系の音色は、童謡の演奏にはぴったりですね )。

→参考: AOIのオルガンのストップリスト。またオルガンについてひじょうにわかりやすく解説してあるページも見つけたのであわせて紹介しておきます( ストップを重ねるとどんな響きになるのかもじっさいに聴くことができます )。解説で使われているのは AOIの楽器です。

 …そしてこちらは本日のおまけ。先日、YouTube にて見つけたもの。はっきり言って人の投稿作品をつないだだけなんですが、けっこうおもしろかったので紹介しておきます( 著作権関係が気になるところではありますが。それと譜面台にさりげなくヘンテコな画像まで挿入されてますが、はっきり言ってこれは蛇足でしょう )。↓



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2008年04月06日

アニメにも進出?!

1). 2週前の日曜、つまり今年のイースターサンデーのBBC Radio3のChoral EvensongThe Choir。前者はウィンチェスター大聖堂から、後者は番組後半でチチェスター大聖堂の少年聖歌隊員監督兼オルガニストを28年ものあいだ務めてきたアラン・サーロウ氏の引退記念のインタヴューが組まれていました。サーロウ氏は今年の復活祭礼拝をもって引退したらしい。赴任した当時、大聖堂のオルガンは最期に受けた修理(?)で電気式アクションが取り付けられたものの不具合連発で使い物にならなくなっていて、チャーチオルガンで代用していたらしい。オルガンを使えるようにするための改修費用捻出のために募金を募ったりもしたらしい。そのかいあっていまでは17世紀建造のパイプ列も残る歴史的な楽器が息をもどし、いまではランチタイムコンサートなどを開いたりして一般の聴衆に教会音楽をひろめる活動も積極的に行ってきたようです。サーロウ氏指揮による録音もいくつかかかりましたが、ここの聖歌隊もいかにも英国らしい端正な響きで好感がもてました。こんどどっかでアルバムを見かけたらなにか買おうかな。Choral Evensongのほうは、ウィンチェスター大聖堂聖歌隊でした。いきなりカン、カン、カンとなにやらドアを甲高くノックする音が聴こえてきて少々びっくり。なんでも復活祭の「夕べの祈り」礼拝開始を告げる伝統なのだとか。カンティクルでは、ここの大聖堂ゆかりのジョージ・ダイソンの作品が演奏されてました。

2). 音楽に携わっている、つまりプロの方のblogもよく巡回しているのですが、オルガン好きとしてはオルガン建造に携わる方の生の声、というのもなかなか貴重な情報源です。たとえばこちらのすばらしいblog。みなとみらいホールの「ルーシー」設置にも携わった方で、カプラーでつながった状態の手鍵盤とか、ふつうは目にすることがまずないひじょうにおもしろいお写真もいろいろ掲載されていて、興味は尽きません。で、今日も今日で見に行ったら、なんとこの春公開の劇場版「名探偵コナン」のサイトにも顔出ししている??? どうもこれ、コンサートホールが「事件」の舞台らしく、たとえばこちらのページにはコンサートホールにつきもののオルガンだのホワイエ(foyer, フランス語がそのまま英語化したもの)だの、あるいはゲネプロだの絶対音感だの音楽関連用語の解説まで用意してあります。で、かんじんの「顔出し」は、「調律師」をクリックすると出てきました。なるほど、この方でしたか。

 ストーリーをちょこっと見たら…はっきり言って支離滅裂もいいところではあるが、こういうかたちでクラシック音楽やオルガンという楽器を知ってもらえるのはいいことかしら、とも思いました。ついでにカザルスホールのオルガンはホールができてしばらく経ったあとで設置された「後付け」型で、ドイツのアーレント社製オルガン。自分がここのホールでヴィントスバッヒャ(Windsbacher Knabenchor)を聴いたときにはまだなかったorz。手持ちのCDに、ミラノの教会に設置されているアーレントオルガンを弾いた録音盤があるけれど、おそらくカザルスホールの楽器も似たような響きかと思う。ちょっと乾いた感じの、いかにも17世紀シュニットガーの時代の楽器を模倣したような音響の楽器です。

 そういえば、こんどの金曜にはNHK-FMで「N響定演」があるけれど、今年生誕100年を迎えるメシアン・プロ。前にも書いた「トゥランガリラ」と、「フーガの技法」のアルバムが売れたという、あのピエール・ロラン-エマール氏も登場! とあっては、聴き逃すわけにいかない。合唱関係ではもうすぐはじまる新番組も気になるところではある。なんでまた「N響アワー」とカブってしまうんかなー…さすがにふたついっぺんに、というのはムリです。ラッターの'For the beauty of the Earth'ですか。昔のAngel Voicesのアルバムとか思い出してしまった。

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2008年03月22日

聖金曜日・バッハの誕生日に「ヨハネ」

 いまさっきNHK教育で大バッハの「ヨハネ受難曲 BWV.245」を聴きました。演奏者は初来日というオランダ・バッハ協会、指揮はヨス・ファン・フェルトホーフェン。いま調べてみたら招聘元は、レオンハルトでおなじみの(?)アレグロミュージックでした。しかも聖金曜日、バッハの323回目の誕生日、くわえて満月の夜(いまは明けて22日)。こういうめぐり合わせは、めったにないこと。

 「ヨハネ」は2週間くらい前にも「バロックの森」で聴いたのですが、TVで、しかも全曲放映という機会はほんとめったにないので、もちろん録画して見ました(NHKのBS放送は見てない人…orz)。解説には、あの樋口先生が登場してました。

 自分はバッハの鍵盤作品に偏った聴き方をしているので、200曲以上もある「教会・世俗カンタータ」などバッハの声楽曲にかんしてはまるで疎く、口幅ったいことは言えませんが、今回、はじめて知ったのは、「ヨハネ」のもともとのオリジナル自筆譜が失われていることでした。かろうじて現存しているのは通奏低音とか、ほんの一部にすぎないらしい。また「バロックの森」の案内役の先生によると、「マタイ」では台本作者が筆名ピカンダーなる詩人だったことがわかっているが、こちらはだれなのかいまだにわかっていないこと、バッハは1724年4月7日、ライプツィッヒ聖ニコライ教会での聖金曜日礼拝で初演したあとすくなくとも4回、改訂していること(最後の1749年版は、もともとのオリジナル自筆譜に近いかたちにもどされているらしい)とか話してました。あと拙いながらも予備知識として知っていることと言えば、「ペトロの否認」で、「外に出て激しく泣いた」という一節が「マタイ伝」から借用されて追加されていること、聖書の言葉とコラール以外の自由詩のうち少なくとも9曲は、3種類の既存の受難詩に変更を加えたものだということ(1. バルトルト・ハインリヒ・ブロッケスの受難詩『世の罪のために苦しみをうけ、死にゆくイエス』[通称「ブロッケス受難曲」]、2. クリスティアン・ハインリヒ・ポステルの《ヨハネ受難曲》のなかのアリア歌詞、3. クリスティアン・ヴァイゼ『若人のための思想』所収「泣くペテロ」)、ちょうど「ペトロの否認」のあたりで「マタイ」のときとは逆周りで5度圏を5つ、調を移動すること(ト短調で開始される冒頭合唱からしばらくはフラットの調で推移するが、「ペトロの否認」以降、急激にシャープ圏へと遠隔転調する。逆に「マタイ」ではシャープひとつのホ短調から「ペトロの否認」のあたりで急激にフラット圏へ傾き、やがてフラット4つの変イ長調へと転じる。ある指揮者の方のことばを借りれば、「ここで調性による十字架が描かれている」ような転調プランになっている)くらいですか。個人的には「マタイ」はすこぶる激情的で聴く者の胸ぐらをわしづかみにするかのような印象がありますが、「ヨハネ」はひじょうに内省的で、文字どおり「音楽による礼拝」という印象です。もっともこれは「ヨハネ伝」の書き方を反映させてのものだと思います。今回の演奏では合奏・合唱・ソリストも入れて総勢20名ほどというひじょうにちんまりとした編成(これがバッハ時代のスタイルにもっとも近いという)で、昨年聴いたドレスデン聖十字架合唱団みたいに大掛かりではなかったものの、むしろここまでちんまりした編成のほうが、「ヨハネ」の場合はぴったりだったかもしれません。それゆえ聴いた印象は、コラールもみんなで合唱、というより、ひとりひとりの歌声がはっきりと聴き取れるような、ヴォーカルアンサンブルといった感じでした。今回は現存しないオリジナルはこうだったのでは、という復元の試みでもあり、復元を担当したのが舞台中央のチェンバーオルガンで通奏低音を弾いていたピーター・デュルクセンという方。またリュートも加わってんのかな、と思ってよくよく見たら、もっとでかいテオルボでした。団員が使用している楽器も、もちろんバッハ時代の復元楽器です。通奏低音ではチェンバロも入ってました。

 「ヨハネ」と「マタイ」、この現存するバッハ最高の二大金字塔とも言うべき声楽作品を耳にするとき、聴き手は作品から一見、相反するふたつの感情を抱きます――いっぽうで近づきがたいほどの神々しさを、そしていっぽうではわれわれ弱い存在である人間にたいする、作曲者の溢れるほどの慈しみ、慈愛という名の共感です。バッハの視線は無限の高みに向けられていると同時に、こうして聴き入るわれわれ人間にもひとしく向けられている、ということを、このニ作品を聴くたびに強く感じます。バッハなくしては到達しえなかったような、まさしく奇蹟のような音楽だと思います。受難曲を英語でPassionと称しますが、バッハの場合、たんなるpassionではなく、compassion、「深い憐れみの情」だと思っています。compassionの本来の意味は、「ともに苦しむこと」。バッハの受難曲はまさにこれを追体験させられる音楽。なのでこの作品を聴くのに、なにがなんでもルター派信徒でなければならない、なんてことはないと思う。バッハの音楽は普遍的で、目に見えるもろもろの相違など軽く超越しています(この「自由」さはやはり従来のミサ曲の枠から大きくはみ出している最晩年の傑作、「ロ短調ミサ BWV.232」にも当てはまる)。

 終曲も、「マタイ」では墓の中のイエスに呼びかけるところで終わるのにたいし、「ヨハネ」では「最後の裁きの日まで、わが身を安らかに憩わせてください」とイエスへのとりなしの祈りのコラールで静かに全曲を閉じます。全体的に独唱アリアは少なく、みんなで歌うコラールと合唱のほうが多いといった特徴が、この受難曲をさらに内省的な音楽たらしめているような気がします。しっとりとした、いい演奏でした。

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2008年03月08日

野平監督の「平均律」

 静岡音楽館AOIの芸術監督、野平一郎氏の野心的なコンサートが今月20日に開かれる、との記事を地元紙で見ました(→AOIサイトの告知ページ)。

 どこが野心的か、というと、なんとバッハの有名な「平均律クラヴィーア曲集」全2巻のうち20曲を、作品の曲想に応じてチェンバロ・オルガン・ピアノで弾き分けるという! あー行きたいなぁ、と思ったがむり。しかたないから、昨年暮れに先行リリースしたというCDを買おうかな。こちらはもちろん全曲収録で、ピアノで弾いた曲が半分、残りはチェンバロ25%、オルガン20%、それとなんと「コンピュータによる変形」を試みた曲が5%あるという! ますます興味を惹かれます。

 録音は昨年夏、ホームグラウンドのAOIで10日間ほどかけておこなわれたとのこと。「はじめに全曲をピアノで弾き、つぎにチェンバロに向いた曲、オルガンに向いた曲と録音した」。コンピュータによるアレンジについては、「作曲家として遊びがないとつまらない。原曲を変えないでちがう世界を引き出したいと考え」てのことだったとか。また野平氏はバッハのこの24すべての調で作曲された「平均律」をこうも評しています。「24すべての調で作曲しようと考えた人はバッハがはじめて。しかも二度も。これは宇宙を探求し尽くすようなもの。いろいろな線が絡みあっていく一瞬一瞬に豊かさがある。これほど過去、現在、未来を感じさせる音楽はない」。

 リサイタルでも20曲をそれぞれAOI所蔵のチェンバロ(2段手鍵盤のフレンチタイプのレプリカ、約1全音低いバロックピッチで調律)、AOIご自慢の仏ケルン社製オルガン、そしてピアノと弾き分けるというから、なんともぜいたくな演奏会。席代もそんなにお高くないですし。

 …さてバッハとまるで関係のない話題ではありますが、マジシャンの山上兄弟が英国ブラックプールではじめて開催されたジュニアマジシャン世界大会で「イリュージョン」と「ステージマジック」部門でみごと世界グランプリチャンピオンに選ばれた、という記事も見かけました。これはブラックプールのマジシャンクラブが定例国際総会を開く前日の呼び物のひとつとして開催されたコンペらしい。とにかくcongratulations! 

 …そしてあのサッチャー元首相がロンドンのセントトーマス病院に先週末、体調不良のために検査入院したらしい(→英国YahooサイトAFPBBサイト)。様態は安定しているようではありますが、こちらもやや気になるところ。

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2008年02月29日

Leap dayにバッハ複顔

 今日は4年に一度の「調整日」である2月29日。この日生まれの音楽家は食通でも知られるロッシーニだそうです(1792年2月29日生まれ)。地球の自転はじつは一日と5時間ほどで、このズレを埋め合わせるために現行のグレゴリオ暦では4年に一度のうるう日(leap day)を作って調整しています。ともあれ、今日がお誕生日の方、おめでとうございます。

 2月最終週の「バロックの森」、月曜のテーマは「音楽と数学」でした。で、以前にもNHK-FMで聴いておおいに気に入ったヴィオール合奏団「フレットワーク」による「フーガの技法」抜粋がかかりました。その前に、オケヘムの「ミサ・プロラツィオヌム」という作品がかかりましたが、「さまざまな拍子によるミサ」というタイトルどおり、拍子の異なる各パートが重なり合うというひじょうに手のこんだ作品で、当時のポリフォニー作曲技法というのはすごいものだということをあらためて感じました。ルネッサンス音楽はこのような複雑に絡み合うポリフォニーが高度に発達した時代でしたが、残響の豊かな聖堂内でわんわん響くと「なに歌ってんのかわからない」ということで、トリエント公会議以降、もっと簡素で明瞭に歌詞が聞き取れる音楽が求められるようになった…というのは前にも書きましたね。なにごとも極端に走ると揺りもどしが来るものです。そうはいっても「フレットワーク」の演奏はフーガの4つの声部がくっきり明瞭に浮かび上がってほんとうに聴きやすい。ヴィオールという楽器との組み合わせの妙、というのもあるかもしれない。相性がいいというか。

 中世からバロックまで、音楽は一種の数学と考えられてきました。中世ヨーロッパの大学では、音楽も天文・幾何・算術とともに数学系の科目として教えられていました。哲学者のライプニッツも、「音楽とは魂が知らず知らずのうちに数を数えること」と言っているくらいです。たとえば協和音も、2:3というようなかんたんな数比例に置き換えることができます。オルガンパイプのフィート(フット)律のほうが視覚的にひじょうにわかりやすいかもしれません。2本のパイプを用意して、1オクターヴ高い音を出すパイプの長さはもとのパイプの長さの半分になる、ということを示せば一目瞭然です。長さ8フィートのパイプの出す音は記譜上のC2で、記譜上の音とじっさいの音高はおんなじです。これのオクターヴ上の音を出すパイプは半分の長さの4フィート管になり、さらに上の音は2フィート管になる、というぐあい。逆に8フィート管のオクターヴ下の音を出すのは倍の16フィート管になります(てっぺんが蓋で閉じられたパイプ、「閉管族」のパイプは4フィート管でオクターヴ下の音が出る)。またカノンやフーガの楽譜って、楽譜というよりなにか幾何学的にデザインされた庭園でも見ているような趣がありますね。たとえばパッヘルベルの「カノン」の楽譜。整然と並び、つぎつぎとおなじ旋律を模倣する四分音符、八分音符進行を見ると、数学的秩序の支配というのを強く感じます。バッハでは、たとえば「フーガの技法」の有名な「未完の三重フーガ」第二主題の音符数は41で、これはJohann Sebastian Bachを数で置き換えた41とおなじ。また「フーガ 変ホ長調 BWV.552」では「変ホ長調」の調号はフラット三つ、全体も三つの主題によるフーガで三つに分かれていて、これは「三位一体」を象徴している、とか。当時の音楽家にとって「数による象徴」というのはごく当たり前の発想でした。またケプラーは『宇宙の調和』という著作で、なんと惑星に音階を当てはめてもいる(→参考サイト)! 

 とそんな折りも折り、なんとバッハ生前の顔が復元された、という記事が地元紙に載ってました。どうもこれ、以前「復元して」製作したライプツィッヒ・聖トーマス教会脇に立つバッハ像建立が今年で100周年にあたるので、あらためて最新技術を駆使してバッハのほんとうの顔を復元しようという企画だったらしい。個人的な感想としては、むむむ、なんだか「おばさん」顔に見えてしまう(失礼)…例のかつらに正装、というよりは、頬かむりして割烹着着てハタキをもって、オルガンに積もったホコリをパタパタ払っている感じ…がしないでもない

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2008年02月17日

La musica è la mia vita

1). きのうの「バロックの森/リクエスト」。スヴェーリンクの名曲「わが青春はすでに過ぎ去り」がかかってました。それと、こちらもひさしぶりに聴く「『緑の菩提樹の下で』による変奏曲」。オルガンはジェームズ・デーヴィッド・クリスティという人。レーベルはNaxosらしいので、米国のどっかのオルガンかもしれない。「わが青春は〜」についてはだいぶ前に書いた拙記事に歌詞を紹介してありますので重複も顧みずもう一度。聴いた感じでは、やや速めのきびきびとしたテンポでやたら感傷的にならずに淡々と弾いているのがいい。この変奏曲は中間部で盛り上がったあと、ストップを引っこめてふたたび出だしのときのような弱音で終結、というパターンが多いけれども、クリスティの演奏はそのままプレーノを維持したまま、最後に足鍵盤つきで終わらせていて、これもけっこうよかったです。クリスティ盤、こんど見かけたら買おうかな。

2). 週末はいつもワインを飲みながら「N響アワー」を見るのですが、今夜のゲストは齢96にして現役医師、日野原重明先生。ご自身が結核闘病中の青年期に作曲されたというピアノ曲「ノクターン」も、ほんのさわりでしたがはじめて聴き、またいろいろ興味深い、というかいちいち頷かされるお話に聞き入りました。なかでも印象的だったのが、音楽というのは健康な演奏家が健康な聴衆に向かって演奏するだけのものではない。ほんとうに音楽を必要としている人は、末期患者など、演奏会場へ足を運べない人だ。そういう人にこそ、なによりも音楽を聴かせることが大切なのだ、といった趣旨のお話でした。先生は音楽療法士養成にもあたっておられますが、自分自身、昔ちょっと大きな病気をしたときに音楽に支えられた体験があるので、このことばにはほんとうにずしりと重みを感じます。「病人だけが健康を知っている」とはよく言われる格言なれど、音楽もまたしかり。五体満足なときには軽率にも聴き流していたりするものです。また気落ちしたときにはむりにマーチとか、元気のいい曲を聴かせることはむしろ逆効果だともおっしゃってました(自分もまったく同意見)。そして日野原先生がなにより好きだ、というのが――フォーレの「レクイエム」。なかでも'Pie Jesu'がお気に入りだとか。というわけで、2004年1月末のサントリーホール公演のときのもようが映し出されました。2004年暮れに聴いたBACの来日公演ではこの「レクイエム」を全曲が演奏されたのですが、なんと言ってもすばらしかったのは、指揮者コナーのバス以外、すべて数名のボーイソプラノ・ボーイアルトのみで歌いきったこと。こういう公演って、たぶん前例のないことだと思う。そのときソロを歌ったのがかのハリーくんだったわけですが、彼の実演に一度だけとはいえ接することが出来たのは、いまにして思えばたいへんな幸運でした(その直前に聴いたリガ大聖堂聖歌隊のソリストくんも負けず劣らずすばらしかった。なのでよけいに思い出深いものがある)。N響公演では成人女性歌手がオルガン前で歌っていたけれども、歌声を聴いているうちに、ああ、これはやっぱり少年の声のほうが曲想からしてもより相応しいのにとつい思ってしまう。ハリーくんのソロを思い出しながら、あのときなんでオペラシティの大オルガンを使わなかったんだろうとこんどはそっちのほうが惜しい気がしてきた。チェンバーオルガンだって悪くはないが、ホール全体を包みこむ響きに乗せてトレブルソロを聴かせるほうがさらによかったように思います。ホールの大オルガンでは少数精鋭のBACとバランスが悪いと思ったのかもしれないが、英国の聖歌隊の子は所属している学内チャペル・大聖堂のオルガンをバックに歌うことには慣れているので、音量面ではとくに問題はなかったように感じます。古今東西、いろんな作曲家がそれぞれに想いをこめて「死者のためのミサ曲」を書いているし、「モツレク」とかもいいなあと思うのだけれど、どれか一曲、ときたら、自分も迷わずフォーレの「レクイエム」中に歌われるこの'Pie Jesu'とこたえる。それも成人女性ではなく、少年の声で歌われるほうがいい。こうしてあらためて聴いてみると、日野原先生の言うごとく、心が洗われますね…。とにかく自分にとっては音楽は人生を支えてくれるよすがという一言に尽きます。中世・ルネッサンス・バロックなどクラシックにかぎらず、洋楽とかもいろいろ聴いてきたけれど、最近は――前にも書いたけれども――童謡のよさに目覚めつつある。歌詞の日本語はほんとうに美しい珠玉ぞろい。あらためて昔の詩人の「日本語」にたいするずば抜けたセンスに感服しているしだいです。

 そのあと、寝床でBBC Radio3のChoral Evensongを聴いてみると、アーカイヴ録音だそうで、1982年収録のケンブリッジ・セントジョンズカレッジ聖歌隊でした。手許のウィンチェスター大聖堂聖歌隊によるCDにも収録されているオーランド・ギボンズのアンセム'O Lord in thy wrath rebuke me not'やバードのカンティクルがかかってましたが、最後のオルガン・ヴォランタリーはバッハの「前奏曲 BWV.546」。当時オルガンを弾いていた学生がウィリアム・ラムズデンという人。やや? と思って目の前の小冊子を取り出して繰ったら、ウィンチェスター大聖堂音楽監督の先生でした(2004年現在)。今週は、ニューカレッジ聖歌隊ですね。

 ↓で歌っているのはオランダの名門ローデン少年合唱団員。昨年5月、フローニンゲンでの演奏会のものだそうです。



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2008年01月07日

音楽もまた人なり

1). 静岡県出身の若手音楽家はもちろんきのう書いたピアノの逸材・佐藤くんだけではありません。昨年は「日本音楽コンクール」でフルート・ヴァイオリン部門でふたりの方が1位入賞しています。こちらもすばらしい快挙です。

 先日、NHKのローカルニュースを見ていたら、ヴァイオリン部門優勝の長尾春花さんが生演奏を披露してくれました。インタヴューで今後の目標を訊かれた彼女は、国連平和大使としても活動する五嶋みどりさんらの名前を挙げて、自分も恵まれた環境で育った者として、音楽をつうじて戦争で傷ついた人たちを癒したい、と言ってました。これは小学生のころからの夢だったそうです。

 先日、「ローマ帝国」関連番組の裏番組として放映されていたクラシック音楽ものドラマではないけれど、コンクールで上位に食いこむ…というのもたしかに大切な目標だとは思うし、その気持ちはよくわかる。でも本来音楽というのはその先にこそほんとうの使命が待っているもの。これは音楽にかぎらず芸術全般について言えることでしょうけれども。長尾さんのすばらしいところは、音楽という芸術のもつ力、本質をしっかり見据えているところです。以前ここで米良さんのことにすこし触れたけれども、「音楽もまた人なり」、つまり演奏する側の「精神性」が演奏にもにじみ出るものだと思います。そこが、聴く者を感動させるもっとも重要な根本部分なのだと思う。これがなければ、たとえどんな超絶技巧の持ち主で才能に溢れていても、ただ表面的・皮相的解釈で終始してしまい、はなはだ印象の薄いrenditionになってしまうのではないかと思います。

2). とそんな折り、さる生涯学習機関の「ボールペン字講座」のTVCMが。BGMが流れたとき、思わず音量を上げてしまった。歌声を聴いた瞬間に懐かしい思い出が蘇りました…BACの来日公演で聴いたあの美しいボーイソプラノ。アンドリュー・ジョンソンの歌うバッハでした(マルコ受難曲 BWV.247中のアリア。ついでに黒板の字がいちばんきれいなのは小学校の先生。いちばん汚いのは大学の先生)。

 アンドリューの子ども離れした抜群の技術と音感、芯の強いと同時に暖かみのある歌声はいま思い返しても飛びぬけてすばらしかった。ボーイソプラノとしての絶頂期の歌声を2回も聴く機会に恵まれたことはほんとうにラッキーだったと思っています。2回目はなんと焼津に来てくれまして、彼のソロを堪能しました(「鳩のように飛べたなら」はじつに印象的な名演でした)。それがもう7年も前のこと。Ars longa, vita brevis、とついそんなことを思ってしまった。そういえばマタイ・ヨハネの二大受難曲はともかく、いまだにマルコのほうは全曲きちんと聴いていない。図書館からバッハ全集所収のディスクを借りてくるかな(作曲年代とされる1731年ごろのバッハはライプツィッヒ市当局との度重なる衝突に頭を抱えていたころ。バッハは打開策としてドレスデン選帝侯の「宮廷作曲家」の称号を獲得しようと考え、そのために作曲したのが大作「ロ短調ミサ BWV.232」。ミサ曲とはいえルター派の言い回しをふくむ24の合唱・アリア・二重唱からなるカンタータ・ミサと呼ぶべきもので、伝統的なローマカトリックのミサ曲の枠組みには収まらない異色の作品。全曲完成は1748年、バッハ最晩年のときだった)。

 …芸術ついでに先日見たローマ帝国もの。新約聖書巻末の「ヨハネの黙示録」では666の刻印の押された獣として記されてもいる暴君ネロ。ローマ大火のとき、燃えさかる光景を見ながら竪琴をつまびいて陶然としていた…というのはウソで、率先して陣頭指揮に当たっていたと紹介してました。またしても取れないところにあるため確認できないが、スエトニウスの『ローマ帝国皇帝伝』に書いてあることは事実ではないということらしい。ネロとくると、どうしても思い出すのが「芸は身を助く」というひじょうに有名なことば。それとアイルランド出身の小説家ロバート・グレイヴズの歴史小説I, Claudiusによれば、カエサルは暗殺されたとき、ブルートゥスに向かって「子よ、お前もか!(Thou too, child!)」と言ったとか。グレイヴズは史料に当たってそう書いたので、シェイクスピア以降人口に膾炙した名科白もじっさいのカエサルのことばではないようです。

3). そういえば土曜日に放映していたこちらの番組。WSKも出てましたね。公式サイト見たら、今年も来日するみたいです。今年来るのはシューベルト・コアで、昨年同様、日本人の子がひとり入ってました。

タグ:長尾春花
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2008年01月04日

クリスマスの12日

 以前、参照リンクとして紹介したこちらのコラムにも書いてあるけれども、もともとクリスマスは「神の子イエスが地上に出現した日」としてとらえられ、ギリシャ語でEpiphaniaとかTheophaniaとか呼ばれていた。それが現在、「主の公現(聖公会・福音ルーテル教会では顕現日と呼ぶ)」の祝日とされている1月6日だったようです(いまでも一部の東方教会ではこの日をクリスマスとして祝っている)。手許の本によると、ローマ帝国内の原始教会でははやくも336年以前からローマの太陽神ミトラの祭日である12月25日に祝っていたらしい。これは今風に言えば「冬至祭」、この日を境に春に向かって太陽が復活することを祝う日でした。353年ごろに教皇リベリウスがクリスマスを12月25日と正式に決めてから、東方教会側もローマ教会にならって1月6日から12月25日に変更したようです(じっさいのイエスの生誕日についてはむろんだれにもわからないけれども、コラム作者先生とおなじく、福音書の記述からするとやはり春先だと思う)。

 なので教会暦では12月25日から1月6日までの12日間が「クリスマス」期間(Yuletide, Christmastide)ということになり、欧米ではモミの木の飾りつけを片づけるのは1月6日が過ぎてから、という家庭が多い。ドイツだったか、大陸の一部地域では2月2日の「主の奉献日(以前は「聖母マリアお潔めの祝日」とか「聖燭祭 Candlemas」とか呼ばれていたもの)」までクリスマスの飾りつけを片づけない風習が残っているという。

 …この間、太平洋側のこちらでは午後から肌寒い西風がときおり吹きつけるものの、冬晴れの好天がつづいています。あいかわらず小規模な地震はそこここで起きてはいますが、個人的にはひじょうに平和な正月でした。晴れつづきなので、夜になると星空がきれいです。火星もまだくっきりとオレンジ色に輝いています(ずいぶん高度が高くなった)。そして未読本の山をコタツに積んでは、ひたすら引きこもって読んでおりました。

 BBC Radio3のChoral Evensong、昨年最後の放送はなんと! ジョン・スコット先生率いるNYCのセントトーマス教会聖歌隊でした。蛇足ながらここも聖公会系列の教会(米国聖公会 Episcopal Church in America)。なので「夕べの祈り」も英国アングリカン系の形式を踏襲しています。のっけからやや難解なジョン・タヴナーの作品。トーン・クラスターと言うか、オルガンの不協和音とフルコーラスに圧倒されます。最後のオルガンヴォランタリーははじめて耳にする曲でしたが、めくるめく急速な手鍵盤のパッセージに乗って、クリスマスのコラール「高き御空よりわれは来たれり」の定旋律が足鍵盤で重厚に鳴り響くいい作品でした。教会の残響も豊かですね。ここの主任司祭の説教で、「10月終わりのハロウィーン、11月終わりの感謝祭にかけてそれこそクレッシェンドで盛り上がってきたお祝い気分もつづくのはクリスマスの当日まで、その日にはもう歩道わきのゴミ集積場に用済みのモミの木が捨てられ、回収を待っているなんて光景をよく見かけます――でもクリスマスの12日はまだはじまったばかりなのです」という語り出しが皮肉めいておかしかった。これではなんだか日本とあんまり変わりないみたいですな。もっとも日本は26日以降は正月モードに突入。正月は当然、日本ならではの文化ですのでこれはこれでよろしいかと…そういえば近所の図書館に行ったら、晴れ着を着た初詣客にむかってなにやら拡声器でがなりたてている御仁が。正月早々やかましいなぁ、と思っていたら、どこの教派だか知りませんが自称「キリスト者」の街宣だった。こんなことするのはたぶんエ×バの証人だのも×みの塔だのといった手合いでしょうが、すくなくともこの方たちは正統教会とはなんら関係がないことだけは言っておきましょう(「末日聖徒イエス・キリスト教会」、俗に言うモルモン教会もそう)。ついでに大多数の日本人がキリスト教について無知なのをいいことに、突然、人様の家にやってきては聖書の押し売りをするような連中もこのへんの仲間。「反キリスト」は、あんがいそんなことを口走っている当人だったりする。振り込め詐欺同様、よくよくの注意が必要です。老婆心ながら、カトリック教会員などの正統な信徒の方とはくれぐれも混同なさらぬように。

 話をもどして…きのうは毎年恒例の「NHKナゴヤ・ニューイヤーコンサート」を見ました。愛知県立芸術劇場ご自慢のカール・シュッケ社製大オルガンを弾いたのは、今年も若手仏人オルガニストでした。弾いたのは同郷のジャン・アラン(M.C.アランの実兄)の「リタニ(連祷)」とシュヴァイツァー博士の師匠ヴィドールの「ゴシック風交響曲」でした(ヴィドール…とくると、結婚式でもよく演奏される「オルガン交響曲第5番 トッカータ」が有名)。そしてこれは司会の青島先生もおっしゃっていたことと重複しますが、プッチーニはもともと地方の教会オルガニストをしていました…とけっきょくオルガンつながりでまとめてみました(笑)。

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2007年12月24日

今年のBoni Pueri

1). 先日、チェコ共和国の少年合唱団Boni Pueriの来日公演に行ってきました。東京カテドラル公演と、日本の子どもたちの合唱団とのジョイントコンサートの2回。

 2005年暮れに横浜で彼らの歌声にはじめて接したのですが、「天使のパン」のソロを歌った子もすばらしく、またメリハリのある力強い歌い方と舞台を縦横無尽に使った底抜けに楽しいダンスなど、パフォーマーとしても図抜けていながら破綻のないところがおおいに気に入りまして、今回もまたそれを期待してチケットを取りました。

 カテドラル聖マリア大聖堂での公演は、まさか飛んだり跳ねたり…なんてことはできないので、前半がご当地のゼレンカ、ドヴォルジャーク、エベン、スメタナの曲とグレゴリアンチャントやバッハ、ヘンデル、フランクの宗教曲、後半が世界のクリスマスキャロル集といった構成。「信仰の十字架」を歌いながら列をなして入場。今回の大聖堂公演で期待していたのはもちろん大聖堂ご自慢のイタリア・マショーニ社製オルガンの伴奏で歌ってくれることでした(いつもはピアノ伴奏)。オルガンが鳴り響くと、昨年のいまごろはじめてこの楽器の響きを耳にしたときの感動が甦ってきた。ひじょうに柔らかい、暖かな音色の羽毛にほわっと包まれるあの感じ。

 ところが…楽器の響きはいいのですが、伴奏者がどうにも挨拶に困るなぁ、というのが率直な印象。それに子どもたちもなんと言うか、元気のない歌い方です。おや、これがあの…と思いました。もっとも自分の席位置のせいもあるかもしれない。でもあきらかに2005年の来日組とはちがいました。オルガンも、たしか足鍵盤なしで演奏していたし、どうもいまいち。スメタナの有名な「モルダウ」を日本語で歌ってくれたのはサービス精神旺盛でいいけれど、いちばん盛り上がるところでいきなり伴奏が聴こえなくなったり(?、なにかトラブルでもあったのか? ちなみにこのときはうしろのオルガンではなく、祭壇斜め前に用意された、スピーカーから音を出すチャーチオルガンを弾いていた)…この人はあくまでピアニストであって、オルガンは本職ではないらしい。リガ大聖堂とか英国のカレッジ礼拝堂聖歌隊だったらちゃんとしたオルガン弾きが来るんですけれども、今回はそうではなかったみたいです。合唱団との息がぴたりあっているとも言いがたい。本番前の「合わせ」が足りないようにも感じました。「天使のパン」のソリストくんはよかったけれども、後方のオルガン席のほうからこだまするように歌っていて、しかもバックコーラスともども終始弱音で歌っていたので、こちらもすこしがっかり。また「御空にこだます」では歌いながら空を見回す(?、天の御使いでも降ってきたか?)パフォーマンスを――指揮者先生まで――見せたり。一般のコンサートホールではそんな演出も効果的だとは思うが、聖堂内コンサートはもっと音楽に集中したほうがよかったと思う。へたな演出はしないほうがいい。ふつうに歌ってほしかったです。

 なので自分の耳には、ちょっと肩透かしを喰らったような印象しか残らなかった演奏会でした。その週末、こんどは相模原市橋本駅前に建つ複合施設の中にある「杜のホールはしもと」でふたたび聴いたのですが、こんどは席位置がよかったのか(1階前寄り中央)、東京カテドラルのときよりはいい演奏が聴けたのでよかった。例のコケてしまった伴奏の方も、ホールのスタインウェイピアノで水を得た魚のごとく、合唱団との息もぴったりあったノリのいい伴奏を聴かせてくれましたし(とくにゴスペル曲)。で、また「モルダウ」を演奏したのでじィーっと凝視していたら、例の箇所が「譜めくり」のところだったことが判明。さては譜面を落としたのか?? 

 「杜のホールはしもと」でのジョイントコンサート、もちろんチェコの子たちもよかったのですが、驚いたのが地元の子どもたちの合唱団。下は年長さんから上は大学生まで、総勢69名の大所帯なんですが、なんとこれ、このときのために9月に結成されたばかりだという! しかも合唱コンクール入賞の常連校の合唱団員をのぞけば、ほとんどが合唱の経験さえない子どもたちばかり、おまけにみんなで練習したのはわずか10回くらいというのだからさらに驚く。でも――園児はしかたないけれど――たいした破綻もなく、音程もひじょうに安定してメリハリがあり、その技量には驚きました。指導された先生が当日の進行役を務めていましたが、これもひとえにこの先生の指導がすばらしかったからではないかと感じ入りました。みんな気持ちよさそうに、のびのび歌っているのもよかったですね。

 ここのホールで聴くのは今回がはじめてなんですが、名前の通り木をふんだんに使っているためか、音響効果はけっこういいという印象を受けました(大きさは第一生命ホールくらいか)。開場前にホール入り口で待っていたとき、来年3月公演予定のこちらのチラシにも目がとまった。たしかこれNHKの「芸術劇場」で見て、大笑いしたことがあります。こっちのひとり芝居もすこぶるおもしろそうですな(でも横浜からだとけっこう時間がかかるなぁ)。

 終演後、CDお買い上げの方対象のサイン会をやってました。なるほど、横浜みなとみらいのときもこれをおこなう予定だったけれど、女子高生だかなんだか、騒ぎだしたので中止になったんだな(それを知ったのはかなりあとのこと)。Boni Pueriは終演後のサイン会をいつもやってくれるみたいです。なので団員のサインがほしい人はおとなしく待ちましょう(苦笑)。

 ↓は、当日のサイン会のようす。

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2). そんな折りも折り、22日付NYTimesに、ご当地のセントトーマス教会聖歌隊のクリスマスコンサート評が掲載されていました。指揮者はもちろん名伯楽ジョン・スコット先生。プログラム前半がブリテンの「キャロルの祭典」、後半がスコット先生のオルガン独奏によるメシアンの「主の降誕」。前任者の先生がどんな人で聖歌隊員にどんな指導をしていたのかは知りませんが、スコット先生の指揮のもと、聖歌隊員の子どもたちの歌いっぷりは――文面から察しますに――ひじょうに快活というか、元気いっぱいだったようです。「(以下試訳)…天上の王の降誕を祝う歌、『来たれ、クリスマスよ!』では、遊び場でたがいに押しあいへしあいする男の子の向こう見ずな性急さがある。『この幼きみどり児よ』では、生まれてまもないみどり児に、「サタンの群れを連れ去れ」と呼びかける少年聖歌隊員が、目の回るダンスのような熱気を帯びる音楽に乗って、裏庭のけんかに仲間のひとりでもせっついて送り出しそうなくらいだった」。

 個人的には、すこしくらい音をはずしてもかまわないから、これくらいの迫力というか、元気さが伝わる演奏のほうが好きですね! 

3). けさ、NHK-FMの「みんなのコーラス」を聴いていたら、あまった時間内でドイツの名門、ヴィントスバッヒャ(ウィンズバッハ)少年合唱団のCDから2曲かかってました。このアルバムは知らなかった。金管アンサンブルをバックに歌う、というのはちょっと趣向が変わっていておもしろい。また買いたいものが増えてしまった。orz

 深夜帯になると思いますが、生で聴きたい方はこちらも忘れずに。心安らかなクリスマスを。

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2007年12月22日

歴史的ピアノ散逸の危機

1). 倒産した浜松ピアノセンター(HPC)の創業者が蒐集したアンティークピアノ約20台が散逸する恐れがあるという(→関連記事)。

 HPCではただでさえ希少価値の高い歴史的銘器の散逸をふせぐためにも、できれば一括購入してほしいと呼びかけています。記事を見ると、ベーゼンドルファー草創期の1858年に製作された楽器とか、1900年製プレイエル社製のピアノ、1903年エラール社製作の「金箔張り」ピアノとこれだけでもすごいコレクションだと思う。しかもすべてが演奏可能な状態にあるというのは、世界的に見てもきわめてまれだと思います。なのですぐ近くの街の楽器博物館…が一括購入してくれれば理想的かとも思ったけれども、一台当たり数百万〜数千万円台なので、そうおいそれとは手が出せないかもしれない。いわばピアノの歴史をそのままなぞるようなコレクション。いずれにせよ来年1,2月にも売却先が決定するみたいです。良心的な個人ないし機関が売却先として決定するといいんですが。

2). BBC Radio3のクリスマス特番。なんと3時間(!)もの番組で、たまたまChoral Evensongを聴いたあとはじまったので、おや? と思ってしばらく聴いてました(いつもならDiscovering Musicという番組がはじまる)。ヨーロッパとカナダの放送局から提供されたクリスマス・ライヴコンサートを3つ流すというもので、出だしが――うれしいことに――バッハ、しかもオルガン演奏会! 演奏者はマティアス・ズースという人。現代の楽器を使用して、バッハ最後の自由オルガン曲、「前奏曲とフーガ 変ホ長調 BWV.552」と「18のコラール」から3曲、バルバートルのノエル「イエスさまがお生まれになったとき」、ブクステフーデのオルガンコラールを弾いています。バルバートルのノエルはこの時期けっこうよく聴く作品で、きのうの「バロックの森」でもこれがかかってました。日本にもよく来ているフィンランドの名手キヴィニエミの演奏盤でした。この曲とならんでダカンのノエルもわりとよく流れますね。17-8世紀フランス古典時代はこの手の民間に流布した旋律を利用してクリスマス音楽を作ることが盛んだったらしい。おなじく金曜の朝にかかったシャルパンティエの「真夜中のミサ曲」というのもそのたぐいで、当時の俗謡の旋律が多用されています。たしかほんの一部分だけ、パリ木の演奏会で聴いたおぼえがあります。

 アレッドが進行役を務めるThe Choir。先週はトリエント公会議以後、教会当局から音楽に「簡素さ」を要求されたパレストリーナなど、イタリア・ルネッサンス音楽作曲家がそれにたいしてどんなふうに対処したかについて、タリス・スコラーズの指揮者ピーター・フィリップス氏にいろいろインタヴューしています。とはいえ、年末はなにかと雑用が多くて、まだぜんぶきちんと聴取していないorz。プレイリストを見るとゴンベールやシャルパンティエもいますね。演奏者はメインのBBCシンガーズのほか、キングズカレッジ礼拝堂聖歌隊も登場。最後から二番目の曲で編曲者として名前の出ているサー・フィリップ・レッジャーは、クレオベリーの前にキングズカレッジ聖歌隊の指導者だった先生。ではこのあと寝ながら聴いてみますか。聴いているうちに眠ってしまうとは思うけれども(苦笑、とくにゴンベールあたりで寝てしまいそうだ)。

 余談ながら、先日、英国ロイヤルバレエ団で長年プリンシパルとして活躍されてきた吉田都さんが「大英帝国四等(オフィサー)勲爵士」(Officer of the Order of the British Empire, OBE)を受章したことが話題になりましたが、レッジャー先生のサイトを見たら、先生はその上の三等(コマンダー)勲爵士(Commander of the Order of the British Empire, CBE)の受章者みたいですね。大英帝国勲章の爵位は5つあって、たんに「大英帝国勲章受章」と書いたらやはりまずい。人間に1等、2等、3等…とランクわけすることに意味があるのかという疑問もないわけではないが、れっきとした爵位なので、等級種別をきちんと表記する必要があります。

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2007年12月08日

村松氏再登場

 先日、こちらのローカルニュースを見ていましたら、作曲家の村松崇継氏が昨年1月につづいてゲストとして再登場、またまたすばらしいピアノの生演奏を披露してくれました。

 浜松市出身の村松氏はこのほど、「浜松ゆかりの芸術家顕彰」に選ばれ、その授賞式に呼ばれたとのこと。番組では10年前、高校生だったころにやはりローカルニュースでピアノ独奏を披露したときの秘蔵(?)VTRなんかも流れてました(見ていた本人は汗をかいてましたが)。高校生にしてすでにCDデビューしていたんですね。また朝の連ドラ「天花」の音楽担当に史上最年少で抜擢されたりもしていたというのも知りませんでした。当時の音楽を聴いてみますと、たしかに「音楽もまた人なり」、作曲家の人柄がにじみ出ていると思いました。

 番組では「星」と「家族」という二作品を弾いてました。前者は文字どおり星がさやかにきらめくさまを想起させるような愛らしい小品、後者は快活でややポップ調のメロディーラインと低音のアルペッジョが印象的な作品でした。「彼方の光」はLiberaのヴァージョンによって旋律線から天上の高みに届かんばかりの神々しさがみごとに引き出されていたのがとても印象に残っていますが、この日聴いた「家族」は、もし旋律線に歌詞を乗せるとしたらTFM少年合唱団とか、日本の子どもたちの歌声によるカヴァーがふさわしく思えました。

 それにしても映画やドラマの音楽作りというのは門外漢が想像するよりはるかにたいへんな仕事のようです。「納期は3週間くらい、一日に2,3曲のペースで40曲ほど」は仕上げないといけないらしい。一度仕事を引き受けると終わるまで「缶詰め」になってひたすら集中して作曲に打ち込むらしい(ちっとも人間らしくない生活だとも自虐的におっしゃっていました)。企画書の段階でイメージを膨らませて曲作りしないといけない場合も多いみたいです。アイディアが降ってくるのはなんと風呂に入っているときとか。とにかく主人公になり切って、登場人物の心情にのめりこまないと音楽が出てこないとも。話を聞いているうち、仕事の進め方は役に扮する俳優さんとまったくおなじだと気づきました。「彼方の光」については、自身の曲がはじめて「歌」になり、それを英国のLiberaが歌ってくれたということで、やってよかったとも言ってました。

 来年2月にコンサートがあるそうですが…もちろん地元浜松開催。浜松は…ちょっと遠いなぁ(東京のほうが近かったりする)。いずれにしても今後の活躍が楽しみな音楽家のおひとりです。

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2007年12月02日

ベーゼンドルファーの身売りと242年前のクラヴサン

1). あのベーゼンドルファーが身売り! しかも買い手が日本のヤマハ(→関連記事)!! 地元紙報道によると、最初にこのニュースを報じたのはThe Times紙らしい。とはいえまだ正式に決まったわけではなく、ヤマハ側も交渉の詰めの段階に入ったことを明らかにしただけらしい。オーストリア国内の同業者と「一進一退の攻防戦」を繰り広げていたようですが、ただでさえ音楽にやかましいオーストリア国民としては今回の買収劇をどんなふうに思っているのかすこし気になるところではあります。Timesの記事を見て知ったのですが、ベーゼンドルファーって一度、米国鍵盤楽器メーカー最大手キンブルの傘下に入っていたのですね。2002年にふたたびオーストリアの銀行傘下に組み込まれたものの赤字つづきでふたたび身売りの憂き目にあったようです。ヤマハにしてみれば、フランツ・リストの「酷使」にも耐え、同郷のデームスはじめ世界一流の奏者たちからも愛されているその特有の響きをぜひ自社製品にも取り入れ、安価な中国製品に対抗しようという狙いもあるみたいです。と、ちょうどときおなじくして磐田市に本社のある日本ベーゼンドルファー(浜松ピアノセンター)が自己破産を申請した…という記事もつい最近見ました。本社の身売り劇とは関係ないでしょうが、なんとも残念な話ではある。

2). 昨夜NHKテレビのローカルニュースを見ていたら、浜松の楽器博物館所蔵の1765年製作のフランスのクラヴサンの名器ブランシェが10年にわたる修復を終えて、記念のリサイタルをおこなった、と伝えていました(→博物館サイト)。たまたまビデオテープがデッキに入っていたので、間髪いれずに録画。1765年に製作されたクラヴサン、ということはバッハが亡くなって15年後、いまから242年も前に作られた歴史的な楽器ということになります。たしかこれを使用した録音盤を山野楽器かどこかで見かけたことがある。きのうの講義つきリサイタルでこのすばらしい楽器を弾いたのは中野振一郎氏でした。なおきのうのリサイタルのもようは、BS2の「クラシック倶楽部」で放映されるそうです(具体的な放映日時は未定)。

 まったく身勝手な希望としては、この楽器で「フーガの技法」を聴きたいです。

3). …いまさっき、NHK-FM「海外コンサート」を「ながら」聴きしていたら、ベートーヴェンの「大フーガ 変ロ長調 作品133」をやってました。この作品、「弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調」の最終楽章として作曲されたものの、あまりの難解さで出版社からクレームがついて、しぶしぶベートーヴェン自身、この大フーガをはずしてまたべつの小フーガ楽章をくっつけて出版したというこぼれ話つき。一昨年だったか、米国のフィラデルフィア郊外の神学校の図書館から、この「大フーガ」のベートーヴェン直筆によるピアノ4手用編曲版がまったく偶然に発見されたりして、話題になりました。いまNYTimesのアーカイヴを探してみると…あった。じっさいに聴いてみるとたしかに前衛的な響きというか、二重フーガと斬新な書法が巧みに結合されて、なんとなく「バッハ晩年の対位法大作群ベートーヴェン版」のおもむき。ひさしぶりに記事を見ると、最後にこんなエピソードがくっついています。

 初演のとき、聴衆が大フーガの最終楽章ではなくて中間楽章のみアンコールを要求したことを聞いたベートーヴェンは、はき捨てるようにこう言ったんだそうです。

... 'And why didn't they encore the Fugue? That alone should have been repeated! Cattle! Asses!'

…いかにもありがちな科白ですな(笑)。

 それと、演奏者のスイス国際音楽アカデミー合奏団というのは、一昨年ロバート・マン氏と小澤征爾氏が立ち上げた音楽家養成学校。解説者の先生によると、「お金がなければ音楽家になれないなんておかしい。優秀な若い音楽家を育てる無償の学校を」という趣旨のもと開設された音楽アカデミー、とのこと。これはなんとすばらしい取り組みではありませんか! バッハでさえ、教会に納める「多額の謝礼」の持ち合わせがなかったばかりに、当時97歳だった巨匠ラインケンからその即興演奏を大絶賛され、ハンブルク聖ヤコビ教会オルガニストとして採用決定を受けながらもけっきょく断ったという話も思い出します(いわゆる官職売買に近い慣習だった)。そうですとも、才能ある若い人が経済的理由から前途を閉ざされるというのは、どう考えもおかしなことです。

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2007年11月06日

今年のYCOYは

1). 今年もこの時期が巡ってきました。BBC Radio2主催のYoung Choristers of the Year 2007(YCOY)。最近、このコンテストを取り巻く環境はかならずしも良好ではないようで、あくまでも小耳に挟んだていどの信憑性でしかないが、聖歌隊側がだんだん乗り気でなくなっているらしい。ただでさえ絶対数の足りないなかで優秀なコリスターをあっちこっちに引っぱりまわされるのは困る、ということらしい。とはいえどこの聖歌隊も台所事情は火の車なので、コンテストで獲得できる賞金は貴重な財源(?)のはず。もっともカネ目当てで候補者を送りこむわけではありません、念のため。

 サイトを見たら、審査委員長はかのジョン・ラッター先生ですか。しかもプレゼンターがアレッド・ジョーンズ(ひさしぶり?)。今年の会場はセントポール。ウェストミンスター以上に残響があると感じたのは気のせいだろうか、とにかくよく響く会場ですね。ちょっとおかしかったのは審査委員長とアレッドのやりとり。「自分が少年聖歌隊員だったころから議論されてきた問題、少女聖歌隊員と少年聖歌隊員、どちらがザ・ベストか? ここではっきりケリをつけてくれませんか?」とアレッドが詰め寄った(?)ら、「両方ともベストだ」とのおこたえ。アレッドはことボーイソプラノにかんしてはかなりの保守派のようで、少年の声にこだわりがあるみたいです。そんなこと言ってる自分もそうだけれど…。けっきょく好みの問題、というわけですが(Aled: '...When I was a young chorister there'd always been debated; who'd be the best singers in the churches, girls or boys? Can you settle this argument once and for all?'/J.Rutter: 'Both!' というふうに聞こえました。ついでにアレッドは女子聖歌隊員と少年聖歌隊員の歌声を区別できる、利き酒ならぬ利き声ができると豪語してもいますが…ほんとかな?)。

 自分の聴いた印象を手短かに書いておきます。トップバッターのオリヴァー少年は、最初女の子が歌ってるのかと聴きまちがえるような声質でした。もとアンドリューくんも在籍していたテュークスベリー・アビイ・スコラ・カントルムの子。赤ちゃんヘビ(!)をペットとして飼っているらしい。でかくなると5フィートになる、とこたえていたから、オリヴァーくんの背丈くらいにまでなるのかしら。歌ったのはBrightest and best of the sons of the morningという1月6日の「顕現日(Epiphany)」用聖歌と、有名なマックス・レーガーの「マリアの子守歌」。すなおな発声で好感はもてました。二番目のトムくんという子はバッハの教会カンタータBWV.68のアリアを歌ってましたが、ちょっと解釈が皮相的というか、さらさらと歌い流している感じ(聖歌隊のほかにピアノにヴァイオリン、クリケットにチェスと多才なトム少年ですが、聖歌隊活動については趣味の時間を取られるとこぼしてもいましたorz)。おんなじアリアを歌ったウィーン少の子(「カンタータ全集」所収のもの)のディスクをひさしぶりに引っ張り出して聴きくらべてみましたが、やっぱりウィーン少のほうがはるかにしっかりした歌い方。三番手が待ってましたウィンチェスターカレッジのクィリスター、ヒューゴくん。兄弟そろってコンテストに出場、というのはそれだけでもすごいことです。バッハを歌ったさっきの子より安定感があり、堂々と歌い上げていましたが、ところどころやや力みがあったように感じました。偉大な兄の面前で歌うのはやはり重圧だったかもしれませんね。発声は伸びやかで、すなおな歌い方という印象。フランクの「天使のパン」を歌ってました(ちなみに英国聖公会ではこの作品はめったに典礼では歌われないとのこと。なんの取材記事だったかは失念したが、BACのエドもこの曲を「歌ったことがない」とこたえていたのを読んだおぼえがあります)。最後がカンタベリー大聖堂聖歌隊のソリストというジョエルくん。昨年アンドリューくんが歌ったのとおんなじMy song is love unknownという聖歌、つづいてジョン・アイアランドIt is a thing most wonderful(Ex Ore Innocentium)でした。第一印象は、ハリーくん+アンドリューくんの声を足して2で割ったような感じ。歌い方もひじょうに安定していて好印象。なので、低音質なストリーミング放送で聴いたかぎりでも、今年の選考結果はこれで順当な線ではないかと思いました。昨年はちょっと意外な気もしたが…でもまぁいまでは仲良く二代目「もぎたて」くんどうしだし、この時期のボーイソプラノの声はどんどん成熟度を増していくので、きっといいアンサンブルを聴かせてくれるはずです(ビデオクリップがあることは知っているが、暇がなくていまだに見てもいないorz)。審査委員長のラッター先生は、わりとすんなり結論がでたとおっしゃっていました(Aled: 'Did you all agree?' /J. Rutter: 'We really did! Yes, there's a little bit of discussion but pretty much we found what we think we're looking for.'という感じになまくらな耳には聞こえました)。またラッター先生は、セントポールの壮麗な建物にも引けをとらない全員の健闘ぶりをたたえてもいました(ゲストのBlakeというヴォーカルユニットのめんめんも聖歌隊出身者らしい)。

2). きのうの朝、自室の掃除をしていて、たまたま茶の間に出入りしたときなにげなくTVを見たら、カウンターテノールの米良美一さんが写ってました。話には聞いていたけれども、米良さんがそんな先天性のご病気だったとは知らなかった。幼少時代は骨折を何度も繰り返したり、いわれなき偏見にいじめ。成長期には寝たきりの生活を余儀なくされ、親子心中…というのも考えたそうです。というわけでけっきょく最後まで見入ってしまったのですが、涙なくしてはとても見られなかった。米良さんというとすぐ例の映画の主題歌の歌い手として語られることが多いような気がするけれども、自分はそれ以前の国内デビューアルバムと、バッハのカンタータ録音で知っていたので、すばらしい正統派カウンターテノールの歌い手という印象を持ってました。TV番組でご自分の歩まれた険しい険しい道のりを語っているのを見たとき、ああ、だからこの人の歌は聴く者の心を動かすんだなあとあたらめて思いました。「文は人なり、歌もまた人なり」。そのような事情をなにも聞かされていなくても、歌声を聴けばその人の人生がおのずと滲み出てきて聴き手に伝わるものだと思う。その点アレッドは恵まれすぎるくらいの少年時代だったんじゃないかな。とはいえアレッドのあの歌声も、自分にとっては米良さんと同様、天からの賜りものにほかならないけれども。ともかく米良さんのお話を聞いて涙しつつ、同時にわが身が恥ずかしくもあり。米良さんにくらべればわりと平々凡々だと思うけれども、これでも高校生の時分にちょっと大きな病気をして、「昔だったらきみは死んでた」なんて医者に言われたりもしたから、いまこうして大好きな音楽が聴けるだけでも感謝しなくてはいけないのだろう。米良さんはいままでご自身の病気のことをひた隠しにして過ごしてきたという。どこかで見返してやるぞという、ひねくれた根性もあったという。でもかつてはそうだった米良さんも、いまはただただ感謝あるのみ、日々精進をつづけていると言います。

 アンソニーのアルバムのひとつに「感謝する心('A grateful heart')」というひじょうに感動的な小品が収録されていて、大のお気に入りの一曲でもあるのですが、米良さんのような心境に達しないかぎりほんとうに「感謝する心」というのはもてないのかなあ、とも感じた。口先だけの感謝じゃだめ。その「重み」を知ってはじめて心から感謝の気持ちがこんこんと湧き出してくるものなのでしょう。

 今日は休みを取ったので、一日じゅうNHK-FMをかけっぱなし(それとYCOYを聴いていた)。「ミュージックプラザ第1部/クラシック」ではのっけからバンゴア大聖堂聖歌隊員時代のアレッドの歌う「天使のパン」! 「大器晩成」型の作曲家としてフランクとブルックナーの作品がかかってました。ブルックナーの'Locus Iste'、いいなぁ。またしても泣けてきた。絶筆の「9番」第3楽章もすばらしかった。往年の名指揮者ギュンター・ヴァント! でもなぜか絶筆は――モーツァルト、バッハ、ベートーヴェンの「第9」も――ニ短調ですね…これってたんなる偶然なんだろうか(前にも書いたけれど)。

*Keikoさんへ: アレッドとラッター先生のやりとり、自分の書き方がかなり大雑把だったので、訂正しました。きちんと聞き取っておられたのはさすがですね(→寝転がって聴いていた人orz)。

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2007年09月15日

復活した巨人レオンハルト

 先月発売の雑誌『音楽の友(通称おんとも)』表紙にはなんとあのレオンハルト! 中身はバッハの特集!! 

 昨年、かなり深刻な病気で療養していたという巨匠グスタフ・レオンハルト。くわしいことはなにも知らなかったが、今年、奇跡的に快復、毎年恒例のライプツィッヒ・バッハ音楽祭のすぐあと、6月に来日してリサイタルを開いていたといいます…ちっとも知らなかった。orzorz …会場はまた例によって第一生命ホールだったのかな…??? 

 来年で80歳! 自分は1996年の東京芸術劇場でのオルガン公演と、2004年の静岡音楽館AOIでのチェンバロ公演で実演に接したことがあるけれども、ほんとうにこの人の音楽っていったいどこまで深みを極めるのか…とただただ圧倒されっぱなしでした。

 いまさっき聴いた「バロックの森/リクエスト・ア・ラ・カルト」ではスペインのアラウホのオルガン曲がかかってました…なんでも探したら廃盤だったので、かけてほしいとのリクエストにこたえてのもの。もちろんこっちもあわててカセットテープを用意してエア・チェック。全曲を通じて分厚い和音が大河の流れのごとくゆったりとたゆたう…そんな感じの作品でした。松田アナ曰く「オルガンの響きにぱぁーと心開かれるような作品」。レオンハルトもかつてなにかのインタヴューにこたえて、カベソンやアラウホといったスペイン・バロック期の作曲家の作品にたいへん興味があると言っていたのを読んだ記憶があります。

 2004年に来日したときの『レコード芸術』の取材記事を読んだこともありますが、その中で、ECMレーベルから出ているMorimurというディスクについてどう思うかと訊かれたときのこと。いままで終止穏やかな表情で質問に答えていたレオンハルト、ここで急に血相を変えて怒り出した。「いいか! あれ(「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ BWV.1004」の有名なシャコンヌのこと)は『ダンス音楽』なんだ! あの女流学者の仮説とやらにはなんの根拠もない! わたしは自分の妻の葬儀にダンス音楽を流そうなんて思わん!」とカンカンだったそうです(少々脚色つき。じっさいの発言を確認したい方は図書館で当該号を閲覧してください。問題のアルバムは、BWV.1004のシャコンヌ主題がコラール「キリストは死の縄目につながれし」から取られ、亡き先妻マリア・バルバラに捧げた鎮魂曲ではないかとする仮説にもとづき構成されたもの。それでレオンハルトは「自分の妻の葬儀に…」と言ったのでした)。

 ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンあたりで独立した音楽として確立された「シンフォニー(交響曲)」も、もとをたどればバッハ時代にパルティータや組曲の一部をなしていた合奏序曲「シンフォニア」で、バロックダンスのための音楽だった。ベートーヴェンの交響曲では「スケルツォ」楽章がたびたび出てくるけれど、ベートーヴェンはメヌエットの代わりとしてこのイタリア生まれの形式を使いはじめたらしい。メヌエット…は言わずと知れたフランス生まれのダンス音楽。宮廷で催される舞踏につける音楽として発達してきたわけで、「シャコンヌ」もそのひとつ。一説によるとなんとこれ、メキシコあたりが起源らしい…それがポルトガル-スペイン経由で欧州に入り、バロックダンス音楽として盛んに取り入れられたようです(ついでにバロックダンスはステップが複雑で踊るのがひじょうに難しいらしい)。レオンハルトが怒るのも無理ない話ではある…しかしいきなり怒り出したのを目の当たりにした音楽評論家のほうも、さぞかしビックリしたでしょうね…というかこの巨匠を立腹させた人として名を残すかも。

 レオンハルトと言うと、「カンタータ全集」が有名ですし、どうしてもバッハ演奏家のイメージが強い気がしますが、南ドイツのケルルやフローベルガー、北ドイツ・オルガン楽派のブルーンス(この人はペルゴレージ同様、結核のため30そこそこで夭折している)やシャイデマンといったバッハ以前のオルガン音楽も多く録音していますし、パーセルやロックといった英国の声楽曲も録音しています(いずれも国内盤はSony Recordsから出ていて、自分は来日公演会場で買いました。後者はテルツが参加しています)。

 来日公演を聴いて感心するのは、「譜めくり係」をおかないこと。右手でものすごく速いパッセージを弾きつつ左手ですばやく譜めくり! オルガンのときもおなじ。ストップ操作もすべて自分ひとりでやってのける(これってオランダの奏者の特徴なんだろうか。コープマンもそうだし)。またチェンバロ公演のとき、休憩時間中に自分で調律する――しかもお客はそのあいだホールから追い出される! なかには不敵にも(?)居残ってこの巨匠の調律までしっかり見届けるつわものもいたが…(出てくれ、と言ってるんだからすなおに出ましょうよ)。

 最後にYouTubeで見つけた巨匠の貴重な演奏を。弾いているのは今年没後300年記念のブクステフーデ、「前奏曲とフーガ ト短調 BuxWV.163」。

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2007年09月10日

覚え書き > ミサ曲

 きのうの「気まクラ/音楽辞典コーナー」。今回は「ミ」の項目でして、「ミサ曲」を取り上げてほしいとのリクエストにこたえて、大介さんがわかりやすく解説しながらいくつかミサ曲を取り上げていました。以下は備忘録代わりの覚え書き。

 ミサは福音書にもあるとおり、イエスと弟子たちの「あたらしい契約」としておこなった「最後の晩餐」が直接の起源と言えるが、ユダヤ教の「過ぎ越しの祭」の「感謝の祭儀」、つまり子羊を供物として捧げ、それを食べるという習慣がベースになっている。だからその歴史はひじょうに古いと言える。中世のローマカトリック教会では、ミサ以外の日々の典礼は聖務日課(Opus Dei)と呼ばれ、これは詩編119:164の「日に七たび、わたしはあなたを賛美します」にもとづき一日に7(朝課 Matinsとそれにつづく賛課 Laudsを区別すれば8)回、あげる詩編唱を中心としたお祈りのこと。「ベネディクトゥスの戒律」にも明確に規定されたこともあってこの習慣は西ヨーロッパの在俗教会/修道院共同体いずれにとっても標準の典礼方式となります(ミサと聖務日課には在俗教会式と修道院式とがあり、多少の異同がある)。中世では聖務日課のひとつとしてミサが組み込まれていたが、15世紀以後、ミサと「晩課」がとくに拡充されるようになる。

 ミサはふたつの異なる儀式が組み合わさったものと理解される。ひとつは「ことばの典礼」、いまひとつは「感謝の典礼」。つまり聖書朗読中心の祈りと、イエスの「ご聖体」であるパンとワインを祝福しこれらをいただく儀式。原始教会ではじまったこのふたつの儀式は7世紀後半のローマ教皇の式次第書『第一のローマ式次第書』に規定されている内容へとゆっくり変化していった。おおまかには430年ごろローマのバジリカに導入された「入堂の詩編」、495年ごろに連祷としての「キリエ」が追加、350年ごろ賛課に採用され、500年ごろミサに加わった「グロリア」、440年ごろ導入された「集祷文」、聖書朗読とその間の詩編唱、もとは復活祭用だったが6世紀ごろ拡張され導入された「アレルヤ唱」、それと平和の祈り、奉献、感謝の祈り(400年ごろには「サンクトゥス」がこれに追加)、4世紀ごろ主祷文が採用され、聖体拝領、拝領後の祈りが加わった。もっともアイルランドやガリアではもともと地域独自の典礼方式があったので、じっさいにはこのかぎりではなく、さらに複雑な経緯をたどる。その後たびたびミサの式次第は改定されつづけたが、1545-63年にわたって開催されたトリエント公会議、また20世紀の第二ヴァティカン公会議以降は中世に執行されていたミサ式次第とは別物といって言いくらい変化している。たとえばトリエント公会議では中世のミサでさかんにあげられていた「続唱 Sequentia」が4つを残してすべて廃止されたり、既存聖歌を独自にアレンジして追加した歌詞であるトロープスも廃止され、式次第も簡略化された。また第二ヴァティカン公会議以降、ミサはかならずしもラテン語でおこなわなくてもよくなったり、信徒もルター派のように「二重陪餐」、つまりパンとワインの両方をいただくことが可能になった(ふつう二重陪餐は司式者である司祭のみ)。

 ミサと音楽の関係も初代教会からつづく古いものではあるが、教皇大グレゴリウス1世による典礼整備以後、おおざっぱに「グレゴリオ聖歌」と呼ばれる「単旋律斉唱聖歌」が普及したらしいが、8世紀以前のことはほとんどなにもわかっていない。教会につきものの楽器オルガンは、英国の記録によるとすでに8世紀ごろから教会の典礼に加わっていたという(はじめ聖歌隊の伴奏楽器にすぎなかったオルガンにもしだいに合唱曲を模倣した独奏曲が作られるようになる。最古の作品としてアルノルト・シュリックの「マリア・ツァルト」が知られている)。楽譜資料としては11世紀以降、ネウマ譜つき「ウィンチェスター・トロープス集」や「シャルトル写本」などが現存最古のものとして知られ、前者の写本は2声の単純オルガヌム曲が160以上も収められている。一説にはこれらオルガヌムの起源は北フランスのクリュニー派修道院ではないかという。

 ミサには不変のテキストである「通常文」と、祝日や教会暦、地域によって変化する「固有文」とがあり、前者には本来連祷の一部をなしていた「キリエ」、「グロリア」、11世紀以後異端ではないという宣言として採用された「クレド(ニケア信経)」、「サンクトゥス」、「アニュス・デイ」。固有文としては「入祭唱(Introitus)」、「昇階唱(Graduale)」、「アレルヤ唱」、「続唱(Sequentia)」、「奉献唱(Offertorium)」、「聖体拝領唱(Communio)」などがある。ミサ通常文でもっとも古いと言われているのが「サンクトゥス」で、4世紀にはすでに斉唱聖歌として成立していたという(→Kenさんのblog記事にたいへんくわしく書いてあるので紹介しておきます)。

 また中世のミサでは司式者である司祭・助祭・待者のグループとほかの聖職者・共唱団(聖歌隊)とがべつべつの詩句を唱えたり歌ったり、アンティフォナやレスポンソリウムのような交唱型聖歌を歌ったことなどから、全員がいっせいにおなじ音程で歌う斉唱聖歌からしだいに多声音楽的なハーモニーの絡みあう形式に典礼音楽の重点が移っていたと思われる。これには民間に流布していた俗謡が侵入したためという説もある。12世紀、ヨーロッパ大陸の各都市に競い合うようにしてつぎつぎとゴシック様式の大聖堂が建てられていったのとちょうど同時期、「ノートルダム楽派」のペロタンや後継者ギヨーム・ド・マショーといった初期多声音楽の作曲家たちが活躍、聖堂の豊かな残響効果を生かしたオルガヌムを多数作曲。そのうちマショーははじめて個人でミサ通常文に曲をつけた…(マショーはランス大聖堂の参事会員でもあった)。

 このへんからミサ曲というジャンルが確立され、以降多くの作曲家が「ミサ通常文」に曲をつけて教会に献呈するようになったと言っていいと思います。とはいえミサの歴史、さらにはミサと音楽とのかかわり…というのは複雑きわまりない、ひじょうに込み入った歴史なので、きちんと学ぼうとしたらそれこそ何十冊も目を通す必要があります。ここに書いたのはあくまで「落穂ひろい」のたぐいです。

 この際なのでミサついでにいくつか。中世の個人の寄進による礼拝堂(chantry)や大聖堂内陣には複数の祭壇があったりする。当時ミサにあずかったのはほとんどが司祭など当事者で、みんな司祭だから、それぞれミサをあげては自分で聖体をいただいていたため、複数の祭壇が必要になった。そして当時の石造りの大聖堂はどこも、分厚い仕切り壁で内陣・共唱者席と身廊とを仕切っていたので、お祈りに来た一般信徒は仕切り壁(screen)のむこう側でなにをやっているのかさっぱりわからなかった(会衆も参加してともに賛美歌[コラール]を歌うようになったのはもちろんルターなどプロテスタント教会から。それ以前のローマカトリックでは一般信徒は壁の反対側にいる司式者の唱える意味不明なラテン語の退屈な祈りを聞き、聖歌隊の歌をじっと聴くだけだった。また当時は現在のように信徒席もなくて、立見)。なのでご聖体を拝みたくてしようがないうしろの一般信徒にもよく見えるようにと、祝福されたご聖体を「高く掲げる」という行為がパリのノートルダム大聖堂からはじまった。「聖体奉挙」で思い出すのがローマ教皇庁付きオルガニストだったフレスコバルディの「聖体奉挙のためのトッカータ」。本来のミサ曲では「ベネディクトゥス」が入るべきところを、自身のオルガンの妙技を披露するためにわざとオルガン独奏曲に差し替えたらしい。またミサ曲は一般信徒に、司式中もっとも重要な「聖体奉挙」と「聖体拝領」とに注目させるという重要な役割も担っていました。ついでに司式者の司祭の祭服は、信徒側の「背中」に派手な凝ったデザインが施されていた。これは司祭がつねに祭壇のほうを向いてミサをあげる、「背面式」だったため。いまはもちろんそんなことはない(内陣と身廊とを隔てる仕切り壁についてはヨークミンスターを撮影したこちらの動画を。ダイアナ妃の葬儀が行われたウェストミンスター・アビイにも仕切り壁がありますね。英国の大聖堂にはいくつか独特の種類、「大聖堂修道院」とか「司祭参事会聖堂」とかがありますが、こちらについてはまたの機会に書く…かも)。

 職業音楽家の雇用が盛んになったのはトリエント公会議以降から。中世末期には大聖堂を管理運営する参事会員たちも雑事に追われ忙しくなり、ミサやそのほかの典礼に必要な音楽を俗人音楽家や俗人聖歌隊員にもっぱら一任するようになった。つまり聖職者と音楽家との専門分化がはじまった(もっとも早くこの方式を採ったのが多忙なローマ教皇庁の聖職者たち)。このように見ていくと、西洋音楽の発展はつねに教会とともにあったわけです。

 …ミサ曲の解説のとき、大介さんが最後に紹介したのがかの有名なフランクの「天使のパン」。ということで、この覚え書きもその曲で締めたいと思います。歌っているのはセントポール大聖堂聖歌隊員時代のアンソニー・ウェイ。

 Panis Angelicus

 Panis Angelicus,  天使のパンは
 fit panis hominum  人のパンとなり、
 Dat panis coelicus  天からの糧は形あるものに変わらん。
 figuris terminum  おおなんとかたじけなきこと、
 O res mirabilis!  主の御身体を
 Manducat Dominum!  貧しき者 卑しき僕が
 pauper, pauper, servus et humilis!  食すとは!

(注:歌っているラテン語の発音は現代イタリア語に近い、いわゆる「教会ラテン語」式で、古典時代のラテン語の発音とはちがいます)



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2007年06月24日

アンドリューくんの近況

1). 名トレブル、アンドリュー・スウェイトくんの近況についてすこしだけ。

 きのう、テュークスベリー・アビイで開催された地元の音楽祭みたいなコンサートで、バーミンガム市民合唱団とともに出演、20世紀の作曲家ロジャー・クィルターのシェイクスピア戯曲にもとづく3つの歌曲を歌ったそうです(→詳細)。

 先月下旬から今月はじめにかけてはかつて古巣のアビイ・スクール聖歌隊とともにポーランドやウクライナへも遠征。なかなかの活躍ぶりはけっこうなことながら、いま現在の歌声が聴けないのが残念。おそらく声質は、昨年の'The Young Choristers of the Year' コンテストのときとさほど変わってはいないだろう…とは思いますが。

2). ひょんなことから、こんなLiberaファンサイトを知りました。サイト運営者は英国の大学生らしい。メンバー登録制、という点ではアンソニーの公式サイトとおんなじかな。

3). 先週末放映の「NHKアーカイヴス」。邦人オルガンビルダーの草分け的存在の辻宏氏の仕事のもようを記録した番組を再放送してまして、ひじょうに興味深く拝見しました(その直前に再放送していた「ドキュメントにっぽん『小さな詩人たち・北上山地 20人の教室』」もすばらしくて、つい涙腺が緩んでしまった)。

 それを見ているうちにああそうかといまさなながら気づいたのは、TBS系列「世界遺産」でこの前見たばかりのサラマンカ大聖堂の歴史的オルガン修復も、辻氏が手がけられていたのですね(それまで故障中で音さえ出なかった)。そういえばそんな話、以前TVでちょこっと見たかな…と思ったが、その後すっかり忘れてました。スペインのオルガン音楽とくると、アラウホにカベソン、カバニリェス…といった名前が浮かぶ。でもたまさか「バロックの森」で耳にするていどで、こちらのようなきちんとしたアルバムはまだもってないからこれも買おうかな…どこの楽器を使った録音かわからないけれど、できればサラマンカ大聖堂の楽器のような、作曲家たちが活躍した当時のオルガンで聴いてみたい。

 辻氏の工房は岐阜の山村の廃校になった校舎。なるほどオルガン作りにはまさにぴったりな建物ですね。在りし日の辻氏の作業風景をこうして見ることができたのはとても幸運でした。ドロドロに溶けた錫と鉛の合金に温度計を突っこんで厳密に温度を測ったのち、長年の経験と勘にもとづいた「最適な速度」で歩き、高温の溶液の入った容器を縦長の台にスーッと滑らせ、均一の厚みの板にする。滑らせた直後、合金表面の色が見る見るうちに変わっていくのもおもしろかった。

 番組は、みなとみらいホールのオルガン建造にも携わった経験のあるこちらの現役ビルダーのblog にもあるような、フルーパイプの歌口(ラングウィッド)を完成させる細かな手仕事もしっかり捉えていました。まさに熟練の技。2005年12月に原因不明の病気で他界されたのが、ほんとうに残念でなりません(ちょうどそのときはコープマン来静公演を聴きに行ってたな…)。

 →辻オルガン工房のサイト

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2007年06月17日

祝新バッハ全集完結

 金曜の夜、NHKのニュースを見ていたら、やおら「管弦楽組曲第3番/アリア」が流れてきました。56年もの歳月をかけて、三度(みたび)、新装成った『バッハ全集』103巻がついに完結! したというまことにめでたいニュースをやってました。もちろん録画。

 最近、「この国は他国から攻めこまれなくとも勝手に自然崩壊するのでは」といういかにもうんざりな、お先真っ暗な報道ばかりが洪水のごとくあいついでいたときだっただけに、音楽ファンとしてもこれはほんとに朗報。個人的にはやっぱりオルガン作品とか、「フーガの技法」関係がどう校訂されたかが気になる。それと、ここ20年あまりに再発見されたカンタータやバッハ少年期の習作とかにももちろん興味津々。それと、10数年くらい前になるか、英国のオルガニストで教会音楽演奏の権威としても知られるサイモン・プレストンが、超有名な「トッカータとフーガ BWV.565」がじつは後世の偽作、しかもヴァイオリン独奏用だったのではという仮説をもちだして騒然とさせたことがありましたが、けっきょくこれってバッハの真筆ではないのかしら? 日本語版Wikipedia にもそんなようなことが書いてあったけれど。

 話変わりまして今週のNHK-FM。「ミュージックプラザ」ではモーツァルトのこれまた超有名な「セレナード第13番 ト長調 k.525」、通称「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。なんとこれをオルガン4手による連弾というひじょうに珍しい演奏で聴きました。これ買おうかな…と思ってAmazon に行ったらNOT AVAILABLE! そう言えばこの前、ダ・ヴィンチの『受胎告知』をふたたび見に上京した折、ついでに銀座の山野楽器にも立ち寄ったとき(改装したらしく、クラシック売り場は2階になってます)、これまた珍しいトゥルーロ大聖堂聖歌隊によるギボンズの声楽作品集、レーベルもこれまためったにお目にかかれない英国のマイナーレーベルのひとつLammas なんてのがたった一枚、ありました。で、前々回これをはじめてみたとき、どうせだれも買いはしないだろう…とタカをくくっていたらみごとに消えうせてましたorz。

 水曜の「ベスト・オヴ・クラシック」。トリトン・トロンボーン四重奏団の来日公演からでして、しばらく聴いていたら「フーガの技法」から出だしの原型主題による4声フーガが。トロンボーンにも音域によっていろいろ種類はあるけれど、トロンボーンだけでよく演奏できるもんだなぁと感心しました。でもあの音色…のせいか、どうもコーダがブォブォブォ…となんか欲求不満状態で終わってしまうのはしかたないか。

 金曜朝の「バロックの森」。ほえー、スヴェーリンクってダウランドの有名な「涙のパヴァーヌ」をチェンバロ独奏用に編曲してたんですね! ちっとも知らななかった。原曲がリュート独奏作品だから、「鍵盤で弾くリュート」という発想から生まれたチェンバロでもじつにしっくりきますね。楽器の響き方も考慮して、オルガン弾きでもあるスヴェーリンクはこれを「鍵盤で音を鳴らす管楽器」であるオルガンではなくて、チェンバロ独奏用に仕立てたのも自然な流れかと思います。

 …昨晩の「音の風景」は奥入瀬渓谷の「阿修羅の流れ」。奥入瀬かぁ…いまごろブナとか新緑がまだ眩しいだろうなとか勝手に想像をめぐらせてました。

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2007年06月09日

Sumer is icumen in

 毎日蒸し蒸しして、どうもこの時期は苦手…でも欧州の人にとってはいまがベストシーズン。もっとも近年は高緯度地域での温暖化…が深刻になっているから、そうとばかりは言っていられないけれども…。

 ときどき読んでいるこちらのblog に、英単語の語源本について書評が書いてありまして、古英語による歌『夏は来たりぬ』まで引用してあって、自分もこの『夏は来たりぬ』についてほんのすこし追記してみたくなりました。

 この古英詩、音楽の視点から見ると、現存する世界最古のポリフォニーの例として有名です。手許の本にはレディングで作られた…とか書いてあるけれど、引用先の英語版Wikipedia には写本の出所地はここの大修道院だが、ここで書かれたわけではないかもしれない、とか書いてあってそのへんはよくわからないが、とにかく13世紀中葉(1300年ごろだとも言われる)、逸名作者の手になる6声カノン形式の歌で、下2声のオスティナート声部上で4声部が同度カノンをなし、厳格カノン、バッソ・オスティナート(執拗低音)の最古の例と言われています。Wikipedia の記事で目にとまったのが、ケルト人の年間4大祭のひとつビャオルタネは夏の訪れを告げる5月1日に祝われたと書いてあること…いままでそんなつながりは考えたことなかったが、歌のタイトルとなにがしか関係があるのだろうか。

 この歌のカノン形式を模倣してイタリアでカッチアという形式が生まれ、さらに後年、アルプス北方とくにフランドルから初期ポリフォニーの代表「オルガヌム」が発達、それまで単旋律聖歌中心だったローマカトリックの大聖堂でもしだいに「オルガヌム」を採用した音楽の演奏が盛んになり、ペロタンやゴンベール、デュファイなどを輩出した…と自分はいままでそんなふうに考えてました。

 阿部謹也氏によれば、教会音楽にポリフォニーが侵入した経路について、教会側が民衆のあいだで流行っていたポリフォニックな俗謡の旋律を禁止するよりはうまく組みこんだほうが都合がよかったため、という。これを額面どおりに受け取ると、ヨーロッパ北部では俗謡じたいがすでに原始的なポリフォニー形式だったらしい。また教会音楽のポリフォニー化は、ゴシック様式の大聖堂が各地で盛んに建てられはじめた時期とも一致しています。

 そして春先に読んだギラルドゥス・カンブレンシスの『アイルランド地誌』にははっきりとアイルランド人がポリフォニーの演奏に秀でていることに言及している! ことを知ってからは、ポリフォニーの起源っていったいどこだろ? と妄想するようになった。

 図書館でいくつか音楽関係の大型事典類にあたってみたけれど、「ヨーロッパにおけるポリフォニー音楽の起源は9世紀ごろ」とある。でもどこかについてはわかっていないらしい。ひとつ言えるのは、単旋律聖歌を発達させた地中海文化圏から、聖ボニファティウスなどの宣教者によってアルプス北方のゲルマン系「蛮族」にキリスト教を布教させていった過程で彼らのポリフォニックな様式と出会ったことによって発達したかもしれない、ということ。そうだとすれば、おなじ北方系民族ケルト人も、似たような音楽を奏でていたかもしれないし、大陸を追われて西の果てアイルランドに逃れてきたさい、当時の大陸で流布していたポリフォニックな音楽も携えていったこともなくはないのでは…その後、アイルランドからブリテン諸島や大陸へポリフォニックな音楽形式を「逆輸入」していったこともあるのではないか…とこれは完全な妄想ですが、ありえないことではないかも。

 『夏は…』が大陸の影響を受けているのか、それとももともとイングランドに伝わっていた様式なのかは寡聞にして知らないけれども、現存最古のポリフォニー音楽の曲譜が英国にあるというのは興味深い。そう言えばここでも取り上げたThe English Chorister にも、11世紀ごろ編纂されたと言われる『エクセター曲譜付き写本』の画像が掲載されていて、ほぼおなじ時代に編纂されたと言われる『ウィンチェスター・トロープス集』についてもちょこっと言及しています(写本余白に聖歌隊先唱者がネウマ譜を走り書きした最古の例として。当時のネウマ譜は先唱者の備忘録用で、聖歌隊員はみな暗譜で歌っていた。pp.18-9)。

 ケルトとポリフォニーの起源。いままでアイルランドと自分の好きなジャンルの音楽とのあいだに関係があったのかもしれない…とは思ってもみなかったこと。このへんの事情については、もうすこし突っこんで調べてみる必要がありそうです。

posted by Curragh at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽関連

2007年06月02日

Choral Evensong at Guildford Cathedral

 BBC Radio3のChoral Evensong。この前の日曜は前にもすこし触れたとおり「聖霊降臨祭」でして、ギルドフォード大聖堂からの中継でした。

 後日、聴いてみたらけっこうよかったので、もうすこし書いてみたくなりました。

 アンセムの「来たれ、聖霊」ははじめて耳にする作曲家ガウアーズの作品。ガウアーズが2000年7月、'The Federation of Old Choristers' Associations' という聖歌隊員OB組織から、カンタベリー大聖堂で開く年次総会用として委嘱されて書いた作品で、今回がラジオ初演。閉祭前の聖歌は、S.S. ウェズリー作曲の「おお汝、高き御空より来たりし者よ」。その前にもう一曲追加されているのが、1925年の「ウスター・グロスター・ヘレフォードの三聖歌隊フェスティヴァル」用に書かれたサムションの「ト調のテ・デウム」。こちらの作品は定旋律っぽく歌われるテノール声部の部分がおもしろく感じました。

 この'evensong' という英国国教会特有の礼拝は、1549年に刊行された「第一共通祈祷書」によって、それまでラテン語だった典礼を原則すべて自国語つまり英語でおこなうようことが定められ、またローマカトリックの修道院で一日に8回捧げられていた聖務日課を、朝と夕に集約・簡略化することによって生まれた典礼様式です。じっさいにストリーミング放送を聴いてみればその特徴が実感できると思いますが、たとえば日本のプロテスタント諸派の礼拝とはあきらかにちがう。最大のちがいは「聖歌(ルター派などでは賛美歌、呼び方は教派によって異なるのでややこしいけれどようするに礼拝で歌われる歌全般。日本の『賛美歌21』とか)を歌うのが専属の、訓練されたプロの聖歌隊」だという点にあります。ローマカトリックでも、会衆(一般信徒)がミサで歌うようになったのはじつは20世紀、第二ヴァティカン公会議以降のこと。それまでは聖歌隊の歌を「聴くもの」でした。

 英国国教会の音楽は独特ですが、その音楽はほかのプロテスタント諸派とくらべて、ローマカトリックの古いスタイルをとどめている点が大きな特徴です。入祭唱とか答唱聖歌とか。Anglican Chant という特有の形式ながら、詩編もしっかり毎日歌っていますし。そしてなによりもオルガン好きとしては、閉祭後のorgan voluntary と呼ばれるオルガン独奏があるから好き、というのもある。そうは言ってもこれだけ音楽を効果的に用いる礼拝、というのはバッハの所属していたルター派と英国国教会くらいのものではないかと思う。ローマカトリックのミサも音楽はつきものですが、歌われる作品の数、豊富なレパートリー、ヴァラエティさという点にかけては英国国教会のほうが上のような気がします。主任司祭によるお説教とお祈り、2回の聖書朗読(最初は旧約から、二回目は新約から)をのぞけばほとんど教会音楽の演奏会みたいな形式です。

 当日、説教をおこなったヴィクター・ストック師の話は時事問題ともからめた広い視点に立ったもので、このへんが教義説明に終始しがちな日本の教会とちがうところかなとも思った。そしてこの司祭先生、けっこう軽口もたたきます(「…以前ロンドンでおもにcabby、[運ちゃん]相手に月曜日にDrive Time というラジオ深夜番組をやっていて、おもしろおかしい話ばかりしていた…」)。英語の説教だから日本人には敷居が高いけれども、「聖霊降臨」のエピソードを伝える使途言行録の朗読箇所(2. vv.1-13)、とくに「どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷のことばを聞くのだろうか」という一節を引き合いに出して、「おなじ『声』を聞いても聞き手の環境がちがえば受け取り方もまるでちがう」と話し、おなじアングリカンでも米国では同性愛者の司教が誕生しているいっぽう、ナイジェリアではおなじ教派の司教が同性愛者はみな5年の懲役刑だと息巻いているとか、現在の状況を無視してやみくもに過去に範を求めることはむしろ危険だとか、大切なのは雑音の聞こえない「完全な静寂」のなかで語りかける神の声に耳を傾けること…とか、非信徒も思わず耳を傾けてしまう話し方というか、「教義のゴリ押し」にならないところがいい。どうもこのストック師、話し上手で有名らしい。BBCラジオにも番組をもっているようですし。

 それからBBCのサイトはSecond Lesson の朗読箇所をなぜか「コリントの信徒への手紙 2」にしてますね…?? 

 それと最後のウェズリーの聖歌。出だしを耳にしたとき、あれ、これアトウッドの「来たれ、聖霊」に似ているなぁ…と「気まクラの」の「どこ似てコーナー」よろしく思ってしまった。

 いまギルドフォード大聖堂公式サイトにて確認したら、ここの音楽監督ってずいぶん若い人みたいです(40歳!)。オルガニストも負けずに若い(33歳!!)。

 それとこちらのページには、2005年時点でコリスターだった母親の書いた記事が載ってます。

 …ちなみにこのギルドフォード大聖堂、聖歌隊学校もちゃんともっているのですが、問題は聖堂からなんと5.5km も離れていること。なので、学校→聖堂へ子どもたちを送る親御さんの車が走る距離は、一年で地球一周分(!!)にもなるそうです…。

posted by Curragh at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽関連