2007年03月18日

St Patrick's Day

 きのうはSt Patrick's Day。きのうのうちに記事を書こうかと思っていたんですが、あいにく大家の調子が悪くて、とんと接続できません。しかたなく一日遅れの投稿です…orz。最近こういうことが多いなー。なんでだろ? 
 
 St Patrick's Day、ご当地アイルランドでは盛大にお祝いしたことでしょう。もっとも今日、東京でもパレードするみたいですね。いまさっき新着メールを確認していたら、難読地名の読み方についてときおりお世話になるÓ Cíobháin先生からも、さっそく――ほんとはこっちから先に出すつもりが――季節のご挨拶が届いておりました。もちろんすぐに返信。
 
 パトリック(パトリキウス)はアイルランドの守護聖人としてたいへん有名ですが、著作はといえば『書簡 Epistola』に『告白 Confessio』のみ、あとは7世紀後半、ゆかりの地アーマーの聖職者だったと思われるムルクーが書いた『聖パトリック伝』をはじめとする通称「三部作伝記」が残されているだけで、じっさいのところ、「史的に」パトリックという人が実在したかどうかについては昔から議論が絶えません…「パトリック=パラディウス」説、「ふたりのパトリック」説、などなど。そんなこと言ったらブレンダンもじっさいのところどうなのか、たしかなことはやはりわからないけれども…関連サイトの管理人としては、「そんな人はいませんでした」ではお話にならないのですが、幸い、ブレンダンについてはひじょうに多くの「間接証拠」があります…あきらかにブレンダンの名を冠したと思われる地名がアイルランドやグレートブリテン島、大陸ではブルターニュ半島にも残されていますし、ブレンダンにかんする伝承も多く残っている。じっさいに船旅をしたかどうかについては、アイルランドのケリーおよびディングル半島という、海が生活の舞台だった土地で育ったことからしても、彼自身が熟練の船乗りだったというのは自然なことですし(当時のアイルランド人修道士はみな船乗りだったと言ってもいい)、たとえ自分が出かけていなくても、自分の門下が革舟に乗ってあっちこっちに出かけたのはじゅうぶん考えられます。
 
 …前置きが長くなりました。春のJRのダイヤ改正で、長年親しまれた「東海」という在来線特急が廃止されることになり、きのう17日はラストランの日でした。自分はまだ急行だったころに何度か乗りまして、それなりに思い出があります。廃止されるのはしかたないこととはいえ、寂しいですね。在来線の急行・特急というのも新幹線とはまたちがった楽しみがあって、いいと思うんですが。
 
 古いものがどんどん姿を消してゆくなか、ひとつだけうれしいニュースが。下田市街地にある古い製氷所が国指定の有形文化財として登録されたことです。

 旧南豆製氷所の建物は1923年、関東震災の年に下田に建てられ、以後80年にわたって下田の漁業を支えてきましたが、2004年に閉鎖後、売却され、一時は取り壊しの危機にありました。松崎高校生など約6千人の署名が集まるも、寄付が集まらなかったり地元下田市の財政事情が逼迫している…ことから存続が危ぶまれていました。転機が訪れたのは昨年春、東京在住の会社役員の方が9千万円で買い取ったとき。この方は製氷所跡地の活用を地元市民に任せたため、製氷所の建物にとってはまさに「救世主」だったわけですが、このたびの決定でこの歴史的建造物は一命を取り留めたと言えるでしょう。古い建物を潰しては商業施設にする、ということばかりではやはりまずいと思う。残すべきものはきちん残して、後世に伝えることも大切です。

 …地元ついでにもうひとつ。先週、三島市のサイトがなんとサイバー攻撃にさらされてダウンしていたという一報も目にしました…トップページが何者かに書き換えられていたとのこと。市側は改竄発覚後、すぐサイトを閉鎖してサーバーを新しいものと交換してきのう復旧したそうなんですが…。昨年は地元新聞社が運営するサイトがやはりサイバー攻撃を喰らったりしていますし、Webサーバー管理者はつねに対策を怠らないことが肝要だということでしょうか。クラッカーは三島市のサーバーにどうやって侵入したんだろう…まさかadmin... みたいなパスワードを設定していたわけでもないでしょうし。あと、サーバーOSにはなにを使っていたんだろう…中に入っているOSごと変える、となると一大事なので、たぶんOSはそのまま、ハードウェアのみ切り換えて運用しているんだろうな。

2007年02月11日

沈黙の冬

 「…どこよりも当地はアエオルス神の送る風とどしゃぶりの雨に見舞われるからである。南部の西風と合わせ、ここでは北西風がどこよりもはげしく吹き、支配的である。この風は西部の高所にある木をほとんど反らせたりひっくりかえしたりしてしまう。確かにこの地はどの側も大きく海に面し風に強くさらされ、それをしのげる場所は島のどこにもない」とギラルドゥスは『地誌』(邦訳書 p.32)に書いていますが、こんな文章を目にしますと自分の頭の中では親の実家のある伊豆西海岸の海とついダブってしまいます…伊豆半島の海岸部では雪が降ることはほんとにめったにないくらい温暖で「南国」のイメージが強い…ようですが、冬の名物、西風が吹き荒れる日は冗談ぬきにこごえるほど寒く、体感温度もかなり下がります…昨年の今頃がそうでした。とくに2005年の暮れあたりは毎日、冷たい北西風が――それこそアイルランド西海岸、ゲールタハト(Gaeltacht)に負けないくらいこれでもか! というほど吹きまくっていた。クリスマスの日に黄金崎(こがねざき)で写真撮っていたときも吹き募る冷たい西風にあおられ、眼下の離れ岩に砕け散る波しぶきが断崖の上にまともに吹き上がって、すっかり潮まみれ…。日没後、帰るころには両手の感覚はほとんどありませんでした。それと下線部、西伊豆の岬や断崖絶壁にへばりつくように生えているクロマツは、どれもみんな西風でへし折れたほうきみたいに変形して、東側にたなびいています。

 …ところが今年はおかしい。いままで、ここまで「ぬくとい(西伊豆地方の方言で「暖かい」)」1月・2月は経験がありません…今冬の異常な暖かさと肩を並べるのは1990年のいまごろですが、急激に暖かくなったのは3月からで、2月は晴れの日がほとんどない雨つづきだったことを覚えています。そのときは、黄金崎公園のソメイヨシノ並木が春分の日にして五分-七分咲きにまで開花していた…ことも鮮明に覚えています。この分でいくと、今年のソメイヨシノもそのとき同様、3月中に満開になりそうな予感がする。昨年のいまごろはひさしぶりの「寒冬」でしたが、今年は冬名物の西風もたいして吹かず、吹いてもさほど寒くはない南西風で、おかげで西海岸特産の「岩のり」もさっぱりで、「のりかき」が解禁されてもかんじんののりがゴロタ石とかにくっついてないので取りようもないと地元の人は嘆いています。

 2005年暮れの「寒冬」のときは富士山にはほとんど積雪がなくて、12月になってもいまだ黒々していました…どっかの週刊誌がさも異変?! かのように記事を書いてましたが、山梨側での異変はいざ知らず、真冬でも地肌をさらすことじたいはたいして珍しい現象ではありません…むしろこれがふつうの冬。富士山に大量の雪が文字どおりドカドカ降るのはじつは春先、いまごろなのです(だから遭難する人も多い)。「西高東低」の冬型が崩れないと雪を降らせる低気圧は太平洋側を通らないから。で、12月はちょっと寒いときもあったけれど、今年は昨年ほどの厳冬にはなるまいと予想していました…西風も吹かないし、雨は多いし、富士山もすっかり雪化粧しているし。ところがここまで高温だとは正直、気持ち悪い。田子地区ではなんと「つくし」まで顔を出したとか。この異常な暖冬は北半球全体の現象のようで、欧州では季節外れの嵐、モスクワでも最高気温がプラスの8度とか、ニューヨークではなんと桜が開花したり…1月ですか、最高気温が観測史上はじめて20度を超えたとか…。

 …寒がりなので、暖かいのはありがたいけれども、このまま夏になったら…と思うとやはりこわい。ここ数年、気象現象も人間とおなじく「中庸」、ほどほどを知らないように思う。いったん晴れれば熱波、降れば土砂降り・豪雪、台風に竜巻…追い討ちをかけるように火山噴火に地震などの地殻変動も加わってしまうともうどうしようもない。…もしギラルドゥスがいまの世界にやってきたらいったいなんと書くのだろうか…たぶん聖職者だから、「終末は近い」とか書きそうですね。

 いま、ビル・マッキベンのかつての著作とか暇なときに読み返しているのですが、もっと真剣に考えなくてはいけないところまできているのしょう…まだまにあうかもしれませんが。例年にくらべてあんまり暖房を使わずにすんでいるのは皮肉なめぐりあわせでしょうか。

 「…山は非の打ちどころがなく、完璧だ。しかし、われわれはこのような無言の証人に注目してこなかった。だからこそいま自然界のほうがわれわれに警告を発しているのである。気温が上昇し、オゾン層が薄くなっている――これらは人間社会の適正規模に関するシグナルなのだ。しかし、われわれは輝かしい未来に心を奪われてばかりで、このシグナルにほとんど気づいていないのである」(ビル・マッキベン/高橋早苗訳『情報喪失の時代』p.127)

2007年01月07日

お田打ち祭

 西洋ではきのうがEpiphanyで、降誕節が終わって一区切り、40日のLent期間待ち…といったところですが、日本ではもちろん七草粥でひと区切りですね。今年も正月は買っておきながら「積んでおいた」本、年末本棚の中身をひっくり返したときに引っ張り出した本(記事ネタにできそうなものとか)などをまたまたコタツに積み上げてはミカンを食べたり、まだ残っているボジョレ・ヌーヴォーを飲みながら読んだりして、ひたすら引きこもっておりました…あいまに箱根駅伝を見たりウィーンフィル恒例ニューイヤーコンサートを見たり…そういえばNHK名古屋放送局恒例のニューイヤーコンサートも…今年もなんか若手男性オルガニストでしたね…演奏したのはフランスの盲目のオルガニスト、ルイ・ヴィエルヌの「ウェストミンスターの鐘 Carillon de Westminster」。学校のチャイムっていまはどうなのかは知りませんが、キンコーン、カンコーン…あれってじつは元祖はこの曲のモチーフに使われている、ウェストミンスター宮殿跡のビッグベンが奏でる一連のフレーズです。ここのホールの大オルガンはNHKホールの大オルガンとおんなじ旧東独のカール・シュッケ社製作の楽器。かなり昔にエアチェックした「朝の音楽散歩・オルガンのしらべ」をこれまたひさしぶりに聴いてみたら、たまたまおんなじ曲が入ってまして、オルガンの各ストップの音色というか個性というか、やはり製作者がおんなじだとひじょうによく似ているなぁ…と感じた。レジストレーションは楽譜に作曲者が指定してあるのかもしれないとはいえ、たいていはその場所の楽器によって演奏者の自由裁量によって決める余地はあるもの。たとえそうでも両者の響きはきわめてよく似ていると思いました。「利き酒」ならぬ「利きオルガン」をしたら、どっちもおんなじように聴こえてしまいます。この間読んでいた本はブレンダン関連本もありますが、数年前に古本屋で買った岩波文庫版『キリストにならいて』、大江健三郎氏のエッセイ集、「星の王子さまミュージアム」で買ったサン-テグジュペリの『人間の土地』、それと明日あたりに書こうと思っている、国会図書館で発見した洋書の一章分の複写など…まだぜんぶは読みきっていないorz。そして拙サイトの手直しとか、追記とか。VoAメンバーとのメールのやりとりとか。そんな感じでした。大江さんの本を読んでいるとき、障害を持つ息子さんのことを書かれたくだりで不意に――まったく不意に涙が溢れてきてどうすることもできなくて困った、ということもあったけれど…。

 さて今日は三嶋大社では正月恒例行事の「田祭」が、低気圧くずれのものすごい暴風が吹き荒れたなかでもおこなわれたはず…このお祭りは文字どおり五穀豊穣・天下泰平を祈る神事ですが、これの呼び物が、5,6歳の男の子扮する「牛」が「モォー!」とひと声あげる場面。三島の街道筋は交通規制までされるほどにぎわいます。昨年はたまたま田祭当日に三島にいましたが、さすがにこの強風では買い物に出かける気も起きず、ずっと読書してました。

 …初笑いの代わりになるかどうかわからないけれども、昨年暮れにちょこっと触れた「へんてこなオペラ」。YouTubeに行ってみたらなんとありました…copyright関係の問題大ではあるけれど、ひさしぶりに見てみたらやっぱり笑えます…。

2006年10月02日

ゆるキャラ「ちゃっぴー」

 今年もあっというまに「読書の秋」ですね…と言いつつも、いまだ読み終えていない本が何冊もあるのに、きのうは買ってきたばかりのオーストラリアのWolf Blassというワイナリーのシャルドネ種から醸された白がけっこういけまして、すこし飲みすぎ気味…orz。

 最近、どこの自治体もいわゆる「ゆるキャラ(なんというネーミング…)」というのが流行りでして、静岡でも3年前に開催された国体のキャラクターで「ふじっぴー」というのがいますし、2年前の「浜名湖花博」では「のたね(笑)」とか「キュウタン」というのがおりまして、愛嬌を振りまいてました(どっかの携帯電話会社とおなじく「のたねファミリー」まで形成!)。

 …さてそんな「ゆるキャラ」全盛の日本ですが、今月末に静岡県で開催される「全国健康福祉祭(ねんりんピック)」にももちろん公式キャラクター…がいます。名前は「ちゃっぴー」。デザインも名前も公募で決定したんだそうです…まるで知らなかった。でもこのかわいらしいキャラクターをデザインしたのがなんと高校3年の男の子(当時)だったというのも1日付け「県民だより」を見るまで知らなかった。個人的には「ふじっぴー」や「のたね」より好印象(笑)。

 で、数か月前からこの「ちゃっぴー」が静岡県下あちらこちらで出没して「ねんりんピックよろしくね!」みたいに広報活動、というか営業活動に励んでいます…自分の町にも来たらしいけれどあいにくお目にかかったことなし。ちなみに着ぐるみ姿はこちらに(記事中の「ちゃっぴーも地球の温暖化防止には賛成です。これ以上暑くなったらちゃっぴーは大変です。」というコメント、中に入っている方の嘘偽りのない感想ですね!)。…なんか頭でっかちで、コケたら大変そう…なんて要らぬ心配をしたり。当然のことながら、行く先々では幼児たちに大人気。ついでに「ちゃっぴー」を折り紙(!!)でこさえてしまった方まで出てきたり、学校給食では「ちゃっぴーゼリー」なんてものまで登場したり、「ちゃっぴー」効果は着実にある…みたいです。

 …これからますます「ちゃっぴー」の露出度が高くなりそうです。とくに用もないけれど、会場に行けば「ちゃっぴー」縫いぐるみでも買えるのかな?

 名前というと、音楽でもおもしろい名前の作曲家がいますね。古楽では、たとえばニコラ・ゴンベール Nicholas Gombert。なんか「名無しのゴンベ」みたいな感じ…けさの「バロックの森」で、このゴンベールのモテットをヒリヤード・アンサンブルの美しいア・カペラで聴きましたが、クラシック音楽のファンでもゴンベールなんてなかなか聴く機会はないのではないでしょうか。かくいう自分もこういう番組でもないとあまり聴くことはないけれど、複雑に絡み合うポリフォニーの天上的美しさには圧倒されます(ちなみにオンエアされた「偉大なるゼウスの娘、ムーサたちよ」はジョスカン追悼の音楽と伝えられています)。

 でも個人的にはやっぱりペロタン Pérotin かな(笑)。名前は愛嬌がありますが、ヨーロッパにおける多声音楽発展のうえでぜったいにはずせない重要な作曲家のひとりです。12世紀当時、教会音楽はグレゴリアンチャントに代表されるユニゾン歌唱法が主流でしたが、この流れを変えたのが、ペロタンやギヨーム・ド・マショーなど「ノートルダム楽派」の作曲家たちの残した最古のポリフォニー音楽作品である一連の「オルガヌム」。この「オルガヌム」成立の一要因となったのが、「いろんな旋律の掛け合い」を特徴とする「多声的な」俗謡を取り込むことを教会側が容認したからではないか…といったことを、先月亡くなられたドイツ中世史家の阿部謹也氏が書いています。ようするにローマカトリックお得意の「抱き込み」作戦。クリスマスも復活祭も、起源をたどればどれも「異教のお祭り」です(ついでに今月末のHalloweenは、言わずと知れたケルト起源の収穫感謝祭サウィンSamhain(Samhuinn)で、日本風に言えば「お盆」に近い性格のお祭りだったらしい)。相手を敵にまわすよりうまいこと取り込んだほうがお互いにとって得策というわけです。さらについでにノートルダム楽派のポリフォニー音楽「オルガヌム」成立時期とフランス各地でゴシック様式による大聖堂の建設ラッシュがはじまった時期とはほぼ一致するらしい…大バッハの「フーガの技法」も、もとをたどるとこのへんにルーツがありそうですね。

 …話をもとにもどすと…いまの「流行」というのは自分が子どもだったころとはすっかり様変わりしてまして、「だれそれのどこそこのブランド」をみんなこぞって身につける、ということはもはやすたれてきているように思います。いまや世界共通語(?)の感ありのotakuということばに代表されるように、きわめてnicheな「流行」がいくつも同時進行するのがふつうになってきた感じ…画一的な流行りものよりはましだと思いますが、これにはWebという新しい情報発信手段の発達がおおいに影響しているでしょうね。たとえば「やわらか戦車」みたいな…(え? 知らない?)。…ならば「ペロタン」グッズはどうかな? ひょっとしたら流行るかも(流行りません)。

「ノッポン」

2006年09月01日

Von Voyage!

 船舶好きな人あるいは西伊豆によく来る方には有名な船、「スカンジナビア(もともとの船名は「北極星」号 Stella Polaris、5,105総トン)」が、きのう8月31日の正午、36年間係留されていた沼津市・西浦木負(にしうらきしょう)から、建造された母国へとしずかに曳航されて姿を消してゆきました(この船が西浦海岸へやってくることになった経緯の詳細はこちらへ)。

 自分もいちおうここの住人なので、何度もこの船を間近で見てきたし、2,3度乗船したりと思い出もあります。でもなんといっても、海に浮かぶホテル「スカンジナビア」として営業をつづけてきた36年、この船を見守ってきた地元西浦の人たちにはことばにならないほどの寂しさでいっぱいであろうことは想像に難くなく、とくに「スカンジナビア」を見下ろす小高い丘の岬の上に建つ長井崎中学校の在校生・卒業生にとってはあまりに身近で「そこにあって当然」の存在だったこの船が自分たちの目の前から消え去って行くのはどんなだろうと察します。昨年3月の営業終了後、所有会社の伊豆箱根鉄道が船の売却先を探しましたが交渉は難航、その間船はなんと一年以上も「放置」。第一級の海事文化財でもあるこの船がスクラップにされてしまうのでは、と危惧した地元有志が保存運動を起こして署名活動も展開してきました。また風景写真屋から見ますと富士に淡島、うねうねとみかん畑のつづくリアス式海岸の入江にこの「白い貴婦人」が佇む、という風景はまさしく日本一の絶景で、西浦地区にとってこの船は文字通りランドマークでした。

 でもこの船で長年、文字通り必死の思いで働いてきた人たちが船の解体などとうてい許すはずもなく、莫大な維持費のかかる「お荷物」的存在だったとはいえ、船主の伊豆箱根鉄道も真摯に売却先を探していたことと思います。だからこそ母国スウェーデン企業への売却話がまとまり、この船にとってこれ以上ないくらい幸せな「第二の航海」へ船出することができたのだと信じています。

 その日の夕方、「スカンジナビア」が36年間係留されてきた西浦木負の入江からタグボートに曳かれて離岸するようすを地元TVニュースで見ていました。これから10日かけて中国・上海まで曳航後、修繕されたのち母国へと帰り、そこでまた海上レストランとして使われるみたいです。

 一部には、「建造後79年も経過して老朽化した船がはたして地球の裏側までの長い曳航を耐えられるのか」と今回の決定を疑問視する声も聞かれますが、わたしに言わせれば、いつ大地震がきてもおかしくない海岸にこのままつないでおくことのほうが「罪」だと思っていたので、老体には少々こたえるでしょうけれども、どうかがんばって乗り切って、ぶじに故国へ到着するよう願ってやみません。しょせんここにいたってロクなことはないでしょう(安政東海地震のとき、典型的リアス式海岸の西浦・内浦地区には10m以上の津波が押し寄せた)。タグポートに曳かれてしずかに岸を離れていく姿を見るとこみ上げてくるものはたしかにあるけれど、「スカンジナビア」にとっては地震が来る前にここを離れることができたわけで、よかったんだな(奇しくもおなじ日の夕方に東京湾北部でやや強い地震があったし)。曳航されてゆく「スカンジナビア」の姿はその後黄金崎(こがねざき)とかからも見えたんだろうか。

 船、とくに帆船好きとしては、↑で紹介したサイト管理人さんとまったく同意見。これでよかったんです。

 たくさんの思い出をありがとう、そしてよき「第三の人生」を

2006年08月17日

お盆――自然に癒される

 旧盆期間は親の実家のある西伊豆(安良里)へ行ってました。

 昨年、親戚の伯母さんが他界したので今年は新盆にあたり、その法事に参加するためでした。

 到着した日がたまたま安良里地区の花火大会・盆踊り当日。天気も快晴で、これは幸運でした…ここの花火は三方を小高い山々に囲まれているためか、対岸の砂嘴に建つ灯台付近から花火が打ちあげられるたびにものすごい轟音が轟きます…とにかく音響効果が抜群でして、平野部で上げる花火とは迫力が桁違いです。それに、典型的な「きんちゃく入江」越しに打ち上げられるので、夜空に大輪の花が咲くと、水面にも水中花よろしく鏡写しになって、花火のシンメトリー模様を形作ってほんとうに美しいのひと言…おまけに夜空には北斗七星までくっきり見える。満天の夏の星空、水面に反映する花火…こんな贅沢な光景、都会ではけっして見られるものじゃありません。ほんと、こんな美しい花火を堪能したのはひさしぶりです。

 ただ、予算の関係(?)か、せっかくの花火もわずか30分くらいでおしまい、里人はさっさと盆踊り会場へと移動してゆきました…。

 花火を楽しんだあと、いま一度親戚宅から外へ出ると、あいにく台風から飛んできたとおぼしき雲が全天にわかにかかりはじめましたが、それでもMilky Way、天の川を見ることができました…天の川を見るのもひさしぶり…しばし見とれていると、5分おきくらいの間隔で、オレンジ色に明滅する奇妙な飛行物体が、音もなく静かにほぼ真西から真東へすーっと飛んでいくのに気がつきました…しばらく見ていましたが、ジェット機にしては静かすぎるし、速度もやたらに速くて、いったいあれはなんだったんだろうか(いわゆるUFOのたぐいは信じてない人)??? …。

 翌朝早く行われた法事(「とぼしあげ」と言って、寺から供物をもって港の岸壁まで下り、送り火を燃やして亡くなった人を成仏させる)もぶじに終わって、軽く朝食をとったあと、帰るまで時間もまだあるしさてどうしようかと思っていたら、おなじく法事に参加するために横浜から来ていた、親戚の孫に当たる中1の男の子が捕虫網と虫かごを手に出かけようとしていたので、暇だし自分もいっしょに昆虫捕りにつきあうことにしました(この子の趣味は昆虫採集)。

 安良里の入江のもっとも奥にある造船所から対岸の通称「向山(むかいやま)」沿いに道路を歩いて行ったけれどもたいして虫もいなかったので、道路から「西伊豆歩道」ハイキングコースへ入ってみることに。セミの大合唱が林間のそこここから聞こえてはくるけれど、やっとつかまえたのはクマゼミ。ニイニイゼミとかも見かけたけれど、相棒いわく、「こんなのは都会にもいる」(夕方だったらヒグラシとかが捕れそうだけど)。自分もきちんと山登りの格好をしているわけではなくて、夏用スラックスに革靴(!)という、およそハイキング向きではない出で立ちだったので、「引き返す?」と水を向けてみたら、「めんどくさい。もっと先へ行こう」。というわけで、想定外の真夏のハイキングをさせられることになりました…。orz

 …かくいう相棒もビーチサンダル(!!)で山に入ってきたものだから、足は大丈夫かなと気にはなりました(くれぐれもこんなもの履いて山に入らないように)。

 …働き者(?)のクモのおかげで歩道にはやたらとクモの網が張り巡らされています。そのたびに彼から捕虫網を借りてはせっせと道を切り開く…途中、何箇所か倒木が道をふさいでいたりでもうさんざん。…ところが視界が開けて、黄金崎越しになんと富士(!!)が見えはじめるとがぜん元気が出てきて(自分でもイヤだな、この性格…)、このまま一気に対岸の砂嘴・網屋岬と田子方面への分岐点まで登りきってしまった。…このときにはもう汗だくで、ほうほうの体。分岐点から網屋岬方向にしばらく進むと丘のてっぺんにあずまやがあるので、そこでひと休み、というか、駿河湾越しに富士と黄金崎を写真に撮っていた(もちろん相棒も入れて)。ここまで道中、何度か昆虫を捕まえられそうなチャンスがあったけれども、けっきょく一匹も捕まえられず。それでもめったに見られない真夏の富士を目の当たりにして、相棒もすこしは満足げに見えました。この日は真夏としてはほんとうにめずらしく南アルプスや日本平、静岡方面もはっきり望めました(接近中の台風のせいで朝は雨、虫捕り後もスコールになったりと天候は目まぐるしく変わり、西伊豆というよりアイルランド西海岸みたいな天候でした。山を登っている最中にも一雨きましたが、すぐ雲は切れて晴れました)。

 帰り。行きは虫捕りにたいして乗り気でなかった自分も、ひらひらと舞うチョウだけは捕まえたいなー…と思うようになり、気がつくと相棒以上に虫捕りならぬチョウ捕りに夢中になってしまった。いいトシして捕虫網を振り回すことになるとはこれまた思ってもみない展開でしたが、これが意外とおもしろい! でもむずかしい。…チョウの種類についてはなんにもわからないのですが、黒っぽい大型のチョウで、ジャコウアゲハと思われるチョウが、目の前の茂みに静かに止まりました…息を殺してそっと近づき、捕虫網を構えました。

 「チャ〜ンス!!」うしろから甲高い声。うっ、緊張…とそのせつな、黒チョウはひらひらひら…時すでに遅し、でした。網を振りたくってももうだめ。

 「あ〜あ…」。でもこの子、ご両親譲りなのか、育て方がよいのか、いずれでもあると思いますが、けっして他人の失敗をなじったりしません…いまどきの子としては珍しくとてもおっとりしていて、とても横浜育ちの少年とは思えない。むしろ西伊豆の子以上に「すれていない」。体つきも13歳になったばかりとは思えないほど小柄なせいもあるかも知れないけれど、そこにいたのは純真無垢の塊みたいな少年でした。それにしても、チョウの採集家ってすごいと思います。チョウって捕まえるのはかんたんじゃないですよ、ほんとに。…ただたんに下手くそなだけでしょうけれども…。

 このかわいい道連れと虫捕りに興じているあいだ、疲労困憊しているにもかかわらず、身も心もウソみたいに軽くなるのを実感していました…。やっぱり自然の力はすごいですね。ちなみに伊豆半島の海岸部はエアコンがいらないくらい快適で(場所にもよるけど最高気温が30度以上になることはまずない)、山の中に入ると梢を吹き渡る風がほんとうに涼しくて、気持ちいい。樹々からはフィトンチッドか、なんともいえないいい香りが漂ってきて心底リフレッシュされます(けれどもこの時期はマムシがいるので、ほんとは山に入るのは避けたほうがいいかも…)。

 …けっきょく成果は帰りがけに相棒が運良く捕まえたバッタ2匹と名前のわからない小ぶりな白っぽいチョウ1羽。さすが手馴れている彼、ちゃんとエサの葉っぱも虫かごに詰めています(catch & release 派らしく、親戚の家に着くと虫たちを庭に放していました。それをデジカメで撮影するあたりはいまどきの子らしいところ)。

 帰りは土肥から船に乗ることにしていたので、横浜から来ていた一家より一足早くおいとましました。帰りしな、おそらくもう会うことなどそんなにないだろうと予感しながらも、虫捕りにつきあった中1の甥っ子に元気でね、と声をかけると、

 「うん。また遊ぼうね!」

 …そう、遊んでもらっていたのはじつはこっちのほうでした。orz

 …よけいなお節介だけれども、もっと食べないと大きくなりませんぞ > かわいい甥っ子どの。

 …できの悪い花火の写真を追加しました。三脚を持って行かなかったので岸壁に固定して撮ったのですが、さすがに30秒露光はブレますね…でもこのブレ加減がよかったりして(ウソです)。

fireworks2.jpg


清水港の謎の浮遊物について

2006年03月31日

桜は満開だけど…

 不覚にも風邪をひいてしまった…orz。

 窓越しに、桜がほぼ満開状態となった里山を眺めつつ、きのうからひたすら安静にしていました…ううっ、花見がしたい…のはやまやまながら、今年は遠出はできそうにないから、近所の桜を眺めて終わりそうだ…。

 しかたないからきのうはNHK-FMをかけっぱなしにして過ごしていました…。

 ↓は、地元紙の「桜開花だより」から。

下田・加増野(かぞうの)報本寺 満開
伊東・さくらの里 三分咲き
松崎・那賀川提 散りはじめ
西伊豆(旧賀茂村)・黄金崎公園 満開
伊豆市(旧土肥町)・最福寺 一分咲き
(旧修善寺町)虹の里と自然公園 満開
伊豆の国市(旧韮山町)・狩野川さくら公園 満開
三島市・三嶋大社 ソメイヨシノ・満開/シダレザクラ・散りはじめ
沼津市・香貫山公園 五分咲き


 ↑の山、ここ十年ほど登ってないけど、野良猫は増えるわ、猪の親子は居心地がよほどいいのか棲みついているわで…夜桜見物は控えたほうが賢明かも(猪狩りをするくらい増殖中。昔はこんなことなかったんだが)。

 週末、こちら方面に出かけられる方、ご参考にどうぞ。

 こんどはClassicFMでも聴きながらもうひと眠りするか(トラブル障害で先週末からアクセスできなかったが復旧したみたい)。

 ちなみにこちらのMIDIファイルもけっこうおもしろいです若干音をはずしたり、一部の音がトンでいるのは気のせい…??

2006年03月25日

催花雨

 伊豆半島では早咲きの河津桜につづいて、オオシマザクラがあちこちで満開を過ぎて、散りはじめています。ソメイヨシノの開花宣言も出てはいますが、こちらのほうは天候不順のせいか、まだそれほど開花は進んでいません。松崎の那賀川堤・のソメイヨシノ並木黄金崎公園のソメイヨシノもまだ3分〜5分咲きといったところ。見ごろは月末から来月にかけてかな。

 それでも桜にとってはこれが開花をうながす雨なのでしょう。このような雨のことを催花雨(さいかう)と言うのだと、つい最近知りました…それにしても日本語って自然事象ににたいする語彙がほんとうに豊かですね。それと色彩についても。鹿毛(かげ)、新橋色、利休鼠色、檜皮(ひわだ)色、代赭色(たいしゃいろ)…とじつにさまざま。

 西伊豆にかぎったことではないけれど、ソメイヨシノが満開になるころは里山の樹々もいっせいに若葉を出して、桜のピンクと萌黄色、樹によってはオレンジ色の新芽が芽吹いたりで、それまで枯れ色一色だった山肌が突如としてにぎやかになるさまにはいつものことながら感動をおぼえます。

 ブレンダン関連の調べ物ついでにアイルランド西海岸の画像なんかも検索したりすると、かの地の海岸線も、侵食された断崖絶壁やその上を走る幅員の狭い道路なんかは西伊豆の海岸線と、いまは廃道になっている旧国道に似ているなぁーと思ったり…かの地の場合は火山岩や熔岩が海蝕を受けて、というのではなくて氷河が後退するときに巨大な氷に削り取られて形成された地形のようです。モハーの断崖付近は石灰岩だけど、ディングル半島もそうなのかな? こちらの写真を見ると、火成岩? のようにも見えます(アドレスバーにコピペして見てください)。

 海蝕崖の見た目は似ているけれど、春、ヤマザクラやソメイヨシノにいっせいに芽吹く樹々の織り成す「色の競演」はやっぱり伊豆半島ならでは。そのかわり、かの地は一日の間ににわか雨が何度も降ったり、強烈な日差しが差して息を呑むような美しい虹がさっと出現したり…といった楽しみはあります。こちらでは、さすがにそんなことはめったに起こらない。それと、あの異空間に迷い出たかのような、ゆるやかに傾斜しつつえんえんとつづく、強風よけの石垣の網目模様なんかは…やっぱりアイルランド独特の風景ですね。

 一昨年の3月、河津桜と雛のつるし飾りを東伊豆町まで出かけて見に行きましたが、いちおう地元の人間ながら、伊豆って高いなー…と思いました。ただたんに相談に行った先の代理店が高いところしか紹介してくれなかっただけなのかもしれないが…一泊ひとり3,4万とは…けっきょく日帰りにしてしまいました。せめて一泊1万円台からにしてほしい。

 昨年から、伊豆でも格安を売りものにしたホテルが本格的に進出しはじめました。たとえば松崎のこちらのホテル3人以上宿泊だと一人当たり一泊6800円…以前、某鉄道会社の持ち物だったときには考えられない破格の安さ。

 もうすこし財布に余裕があって、もっとおもしろい、変り種の宿だったら個人的にはここなんか興味があります。

 なにがすごいのか、というと、特大の鉄道模型が大広間に鎮座していること(リンク先画像はNゲージのもの。ほかにもHOゲージがあります)。まるで鉄道模型の博物館。手持ちの模型列車の持ちこみOKなので、鉄道ファンの方にはたまらないでしょうね。眺めているだけでも飽きないかな。

 ここ十数年、伊豆半島の観光は停滞気味。でもなかにはこうして「差別化」をはかって成功しているところもあります。ようは、常識にあまりとらわれすぎないことかもしれない。四半世紀前、宿のご主人が宴会場だった広間をつぶして鉄道模型を組んだとき、家族から「宴会場をつぶしてどうする気?」と総スカンを食らったらしい…それがいまでは旅館の目玉。世の中なにがどう転ぶかわかりません。

 あと気になるのは南伊豆町・吉田地区にあるこちらの宿。これまで何度か、西海岸から奥石廊崎にかけて写真を撮りに出かけましたが、吉田地区は素通りしてました…ほとんど観光地化されてしまった伊豆半島に残された、最後の秘境みたいな場所です。あらためて写真を拝見しますと、山の形も異形で、太平洋の荒波がたたきつける海岸線は西伊豆以上に荒々しくて、伊豆半島というより伊豆諸島の離島のような趣すら感じます。

 探せば個性派の宿がまだまだ見つかりそうですが、音楽好きとして行ってみたい宿は→音響効果抜群のちんまりとしたホール、小型オルガンやチェンバロ、クラシックのCDコレクションがあって、再生機器も真空管アンプをそなえた本格仕様。そんな夢みたいなお宿は…伊豆半島にはまだ存在しません。

2006年03月12日

クリスマスの日の写真

 3月、伊豆半島では河津桜もそろそろ見納め、こんどはいよいよヤマザクラやソメイヨシノの開花待ちといったところなんですが、昨年のクリスマスの日曜に撮った写真を何点か自分のアルバムページに追加しようかと思っています。今日も、雨がちでおまけに西風まで飽きずによく吹いています…昨年暮れのときみたいに凍えるほど冷たい風でないからまだいいんですけれども。

 ↓、凍りつくほど冷たい西風が吹きすさぶなか、ひたすら形のいい砕け波を待ちつづけていたときの一枚。このちょっと前にすばらしい砕け波が来たんだけどなー…。

クリスマスの夕暮れ…荒れる海


2006年02月05日

下田で雪!

 立春だというのに、南国伊豆ではなんと雪が降りました…。正月早々まとまった積雪があったので、ふた月連続ということになります。→地元紙の動画配信サイト

 そして今日は南伊豆町下賀茂温泉の河津桜と菜の花祭りの開幕…とはいえTV中継を見るかぎりではさくらのつぼみはまだまだ固く、菜の花もちょびちょび。

 日本海側の豪雪地帯ではついに積雪が4mを越えた…とのことで、温暖な駿河湾沿いに住む者としてはまったく想像を絶することです…欧州でも記録的寒波だと聞きました。備忘録がわりのリンク集にもあるこちらのブログを見ますと英国ウェールズでもそうとう寒いようです

 個人的には、春は花ならぬ鼻からやってきます…重症のスギ花粉症(pollenosis)なのです…こちらはもうまもなくやってくる、というか、襲いかかってくる(超憂鬱…)。

posted by Curragh at 20:21| Comment(0) | ローカルな話題(西伊豆)

2005年12月26日

Noël

 今年の12月は何十年かぶりの寒い12月で、自分の住む伊豆半島の付け根もほとんど毎日といっていいほど肌刺す冷たい西風が吹き荒れています。

 今年のクリスマスはちょうど折りよく(?)日曜と重なったこともあって、かねてよりヤボ用で西伊豆へ行かなくてはならなかったので、出かけることにしました――旅のお供はもちろん携帯型MP3プレーヤ(春に買ったときはMuvoN200という名前だったのがZenシリーズに組みこまれたら急に安くなった…たらーっ(汗))。天気は快晴、西風もあまり吹いてなくて絶好の旅日和。

 …とはいえクリスマスの日に西伊豆とは、なんとも妙な取り合わせではある。

 電車とバスに揺られているあいだ、車窓から冬枯れの峠や対岸の日本平や南アルプス、富士山の雄大なパノラマを眺めつつ、お気に入りのCDから取りこんだ音楽を聴くのはなんとも楽しいもの。いま入っているのは時期的にクリスマスものが中心ですが、最近買ったばかりのThe Choirboysの歌うTears in heavenも車窓の風景と不思議にマッチして、涙腺がかなり緩みそうになってしまいました。この曲については、「息子を亡くした父親の歌をなんで子どもがカバーするんだ」と文句つける人が現地ではいるそうですが、これはこれでべつによいのでは…。選曲にあたってはあるていどレコード会社の戦略も見え隠れしているのだろうけれども、すばらしい作品はいろんなヴァージョンがあってしかるべきだし、出来がよければとくに目くじらたてることもなかろう、と思うのでした。

 ひととおり用事もすみ、腹ごしらえにこのお店でラーメンを。ところが店を出たら冷たい西風が吹きはじめ、バスを待っているあいだに熱々のラーメンでポカポカ温まっていた体が急激に冷えていきました…まだフィルムを使い切ってなかったために一眼レフも持参していたので――やめればいいのに――黄金崎へ。

 案の定、岬突端は西風が吹き荒れていました。離れ岩に砕けた波しぶきが巻き上げられて絶壁を這い上がってくるなか、砕け波と夕陽に映える黄金色の海蝕崖を撮りはじめたはいいが、なかなかこちらの狙いどおりの砕け波はやってこない。夕陽もだんだんと水平線に近づき、オレンジ色の光が強くなりはじめたころ、強風にあおられたカメラのストラップをいじっていたら目前でドーン!! とじつにみごとな、巨大な砕け波が発生。あわててカメラを構えなおすも強風でとっさには狙えず、待ちに待った撮影チャンスを逃してしまった…。

 何度も来ている場所で、このような砕け波はめったに撮れないことは承知していながら、やっぱり今回もダメ…。

 こういう場所は、ベタ凪のほうがかえって気楽で撮りやすいものです。へたに海が荒れるとどうしてもこだわりたくなる。

 ちなみに自分のほかにもうひとり、黄金崎で撮影にいそしむおじさんがいました…おじさんはしっかりストーンバッグまでついた三脚を立て、マミヤ(?)っぽいブローニー判のカメラで黙々と撮りつづけてました…でもいくらなんでも手すりの外、いつ崩れるかわからない心もとない断崖絶壁の崖っぷちで店開きするのはどうかと思いますが(ここは風化の激しいもろい火山岩層で、過去何回か大きな崩落を起こしています。ちなみにおじさんが店開きしていた展望台の崖の先端も2年ほど前にガサッと崩れてます)。

 日没時になるとさすがに三脚なしでは撮れないし、気力も体力も限界だったので、若いカップルらしいのが何組か、吹きすさぶ西風にもめげずに日没を眺めているのを尻目にさっさと店じまいして帰りました…バスに乗ったあともしばらくはかじかんで感覚のなくなった右手はもとにもどりませんでした。

 再挑戦、したいのはやまやまですが、年をとってくると寒さがこたえて外出したいとも思わなくなりますねー。

 ほうほうの体で帰宅したあとはボジョレ・ヴィラージュ・ヌーヴォーで冷え切った体を温めつつフライドチキンやピザをほおばって、今年一年のぶじを感謝したしだい。

すこしだけ追記