2016年05月23日

『聖杯の探索』 & others

1). 前記事で書いたお題の本、だいぶ前に読んだ『エネアス物語』同様、page-turner でして、遅読なワタシでも 2 日ほどで読みきれた。時間ができたので、せっかくだから読後感まじりにラテン語版『聖ブレンダンの航海』および『聖ブレンダン伝』と似ていると思った箇所なんかを備忘録ていどにメモっていきます。
第 1 章「ガラアド[ ガラハッド ]の到着と聖杯探索の出発」:聖霊降臨祭( ! )当日、年老いた賢者が手を引いてアルテュール王[ アーサー王 ]の宮廷に連れてきた「待望の騎士」と聖杯の出現と消滅、聖杯探索の冒険[ aventures, この語はキーワードをなす最重要語句なのだが、訳者先生の言われているように、邦訳文では文脈に応じて冒険 / 幸運 / 偶発事など適宜訳し分ける必要がある、ようするに翻訳不可能語 ]の挿話は、ラテン語版『航海』冒頭の「聖バーリンドの話」と構造的によく似ている。「弟子の選抜」は聖杯探索に出かける円卓の騎士に、というぐあいに。
第 2 章「さまざまの冒険」:「ガラアドがそこ[ 白衣の修道院、つまりシトー会修道院 ]に来て門を叩くと、修道僧たちが外へ出てきて、かれを遍歴の騎士とよくわかっているらしく、親切に馬から助けおろしてくれた( p. 49 )」。当時の修道院には日本風に言えば寺院の宿坊があって、坊さんたちは旅人や「遍歴の騎士」、病人や物乞いなどが訪ねてきた場合は断らずに丁重にもてなして宿を提供した、という当時の慣習をそのまま記述していると考えられる( これは「聖ベネディクトの修道戒律」にもとづいている )。同様に『航海』でも、たとえば第 12 章「聖エルベの修道院の島」で、ブレンダン一行もまた島の修道士たちに手厚くもてなされ、また当時のアイルランド教会で歌われていた独自の聖歌をそのまま引用したとおぼしき箇所がある。

また騎士ガラアドが受ける< 墓地の冒険 >に出てくる悪魔の描写は、『航海』第 7 章の「修道士の死」に出てくる悪魔と酷似している;

< 墓地の冒険 >「おい! ガラアド、イエス・キリストの従僕よ、それ以上おれに近づくな。おれはここでずっと安楽にくらしていたのに、おまえが来ると、ここから出て行かねばならなくなるではないか」( p. 64 )

『航海』第 7 章 < 修道士の死 > 「神の人[ ブレンダン修道院長のこと ]よ、なぜおれを 7 年のあいだ暮らしてきた住処から追放し、自分の相続財産から遠ざけるのか[ 'Cur me, uir Dei, iactas de mea habitacione, in qua iam per septem annos habitaui, et facis me abalienari ab hereditate mea ? ' ]」。
こうわめいて「黒い子ども」の姿をした悪魔が盗みを働いた修道士の胸から飛び出す。

< 隠修尼の庵でのペルスヴァル >「さて物語の語るところによれば、ペルスヴァルはランスロと別れた後、隠修尼の庵に戻ったが、これは彼女から、自分たちの手を逃れた例の騎士の噂を聞けると思ったからである」以降( pp. 116 −8 );ここで隠修尼がペルスヴァルに騎士との決闘を思いとどまるように忠告する場面は、たとえばリズモア書所収の古アイルランドゲール語版『聖ブレンダン伝』に出てくる聖女イタの挿話とよく似ている。聖イタはブレンダンの乳母で、動物の血で汚れた舟[ 革舟カラハを指す ]ではあなたの目指す「聖人たちの約束の地」へはたどり着けまいと忠告する。ついでにこの尼さんはペルスヴァルがそれと知らずに死なせてしまった「寡婦の母親」の最期についても彼に語る。

第 7 章「コルブニックからサラスへ」:
 「イエス・キリストの従僕よ、前へ出なさい。そして、そなたがあれほどまでに見たいと望んでいたものを、見るがよい」
 そこで、ガラアドは進み出て、聖なる< 器 >の中を見る。見るとすぐ、かれはじつにもう激しく震え出す ―― 現世の肉なる者が天界のものを目にするとすぐに。( pp. 414 ff. )

 目的を果たした主人公があっけなく身罷る、というのも『航海』最終章のブレンダン院長のあっけない昇天を記述した箇所が思い出される。
 キャンベル本でもたびたび引用されている、「森のもっとも深いところ、道も小径もないところへとめいめいは出発した」というくだりに代表されるように、この物語には「めいめい、おのれの道を進んだ」といった記述が頻出する。作者が「逸名のシトー会士」らしいということはキャンベル本でも、そして訳者の天沢退二郎先生による「解説」でも書いてあるとおりで、その流れでふつうに解釈すると、ひょっとしたら福音書の記述[ cf. Mk 16:15、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」とか ]あたりを意識しているかもしれないが、キャンベルはここを読んだとき、おそらく直観的に「個人のヨーロッパ」の誕生を見出したんだと思う。

 一読した印象としては『航海』同様、やはり中世修道院文学の典型と言っていい作品だと感じた。でもこれはなにも教条主義的であるとか、説教ばっかりとか( ランスロにしろペルスヴァルにしろ、この物語では世捨て人みたいな「隠者」や「賢者」が彼らに対してお説教を垂れる、もしくは「幻夢」の解明といった箇所がやたらと多いのもまた事実だが )、そういう読みはちょっと一面的にすぎるとも思います。なんたってここでは情けないほどコテンパンに書かれちゃっているガラアドの父ランスロ卿ですが、そんな[ シトー会的に ]ダメ人間丸出しなランスロについても、ちゃんと救われる記述が用意されていたりと( < 僧の死 >、p. 191 など )、弱い人間という点ではこの物語の影の主人公はやはりランスロかなあ、と。ランスロはだから、オジサン的にはなんか肩入れしたくなってしまう好人物( 苦笑 )。これに対して息子の「高潔な」騎士、騎士の鑑たるガラアドは、言ってみればシトー会的理想人であり、父親とちがって情欲さえもまるでなくて( 苦笑 2 )およそ人間くさくない男、というか、年齢的にどう考えてもまだはたちにもならない少年騎士です。だから、聖杯の中身 ―― 生身の人間の目が正視するにはとても耐えられないもの ―― を目の当たりにしたとたんにぐったりして、臨終の秘蹟にあずかってそのまま昇天、という結末はいささか気の毒でもある。もっと人生を楽しんでからでもいいのに、って思ってしまった。

 BBC ドキュメンタリー「幻の民 ケルト人」でのプロインシャス・マッカーナ先生の言い方を借りれば、『聖ブレンダンの航海』は「火が点いたみたいに」あっという間に大陸ヨーロッパに広まっていった、中世アイルランド教会の修道院文学の一典型だとすれば、シトー会の思想の色濃いこちらの『聖杯の探索』も、まちがいなく当時書かれた修道院文学の最高峰だったろう、と思います。でも物語としてのおもしろさまで骨抜きにしていないところがすばらしい。むしろこっちの点こそ称賛すべき。キャンベルも当時の一修道会の思想は認めつつ、物語としての完成度の高さはしっかり評価している。そうでなかったらのちのちまで残らなかったでしょう。

 この本、あいにく絶版らしくて、もうすこし早く知っていればよかったなあ、といささか悔やまれる。というわけで評価は るんるんるんるんるんるんるんるん

 … ところでその訳者先生による「訳注」に、すごいことが書いてあった。↓
343 頁 < 不思議な帯革の剣 >―― この剣はクレティアン・ド・トロワ『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』第 4712 行に出てくる( 白水社版『フランス中世文学集』第二巻所収拙訳 231 頁が初版でこれを<< 不思議の柄の剣 >> としているのは信じられない誤訳 )

こんなふうに正直に告白されている先生には、はじめてお目にかかった。翻訳という営為に対する真摯さが感じられて、なんかこう、胸が熱くなったのであった。

2). それでもってふたたび前記事のつづきです。新訳版『千の顔をもつ英雄』。断っておきますけどワタシは今回の新訳を評価してます。だからこそ苦言を呈したいと思ったしだい。ほんとは書かずにダンマリ決めてようかとも考えたが、やっぱやめた( 苦笑 )。タネ明かしの前に、僭越ながら拙試訳をまずは書き出しておきます。
 たとえばコンゴで、目を赤くした呪術医の前を通りがかり、その口から発せられる夢幻のような意味不明の呪文に興味をそそられ耳を傾ける。あるいは中国の神秘家、老子の短詩を抄訳で読み、目を開かれた思いがして歓喜に浸る。時にはトマス・アクィナスの深遠な議論の硬い殻をこじ開け、イヌイットの奇怪な妖精譚を読んで突然、光り輝く真の意味に気づく ―― そこに見出すのは、姿かたちがいかに変わろうとも、これらはみな驚くべき一貫性を持つひとつの物語にすぎない、という事実であり、単に見知ったり聞いたりする以上に、自分で経験すべき事柄のほうが多いのだ、ということを抗しがたいほど繰り返し示唆してもいる、ということである。
 いかなる時代、どのような環境においても、人間の生きる世界にはあまねく、人間が紡ぎ出すさまざまな神話が花開いてきた。神話は霊感の生ける泉であり、そこから人間の肉体と精神の活動が生み出す限りの事象が生み出されてきた。神話は、宇宙の尽きせぬエネルギーの秘められた入り口であり、この開口部を抜けて人間の内面へと流れこみ文化的発露を促してきた、と言っても言い過ぎではないだろう。さまざまな宗教、哲学、芸術も、先史時代や歴史時代の人間社会の諸形態も、そして科学技術の重要な発見や眠りを乱す夢でさえ、みな一様に神話という名の根源的な魔法の円環から湧き上がってくる。

[ 原文 ] Whether we listen with aloof amusement to the dreamlike mumbo jumbo of some red-eyed witch doctor of the Congo, or read with cultivated rapture thin translations from the sonnets of the mystic Lao-tse; now and again crack the hard nutshell of an argument of Aquinas, or catch suddenly the shining meaning of a bizarre Eskimo fairy tale: it will be always the one, shape-shifting yet marvelously constant story that we find, together with a challengingly persistent suggestion of more remaining to be experienced than will ever be known or told.
Throughout the inhabited world, in all times and under every circumstance, the myths of man have flourished; and they have been the living inspiration of whatever else may have appeared out of the activities of the human body and mind. It would not be too much to say that myth is the secret opening through which the inexhaustible energies of the cosmos pour into human cultural manifestation. Religions, philosophies, arts, the social forms of primitive and historic man, prime discoveries in science and technology, the very dreams that blister sleep, boil up from the basic, magic ring of myth. [ 下線は引用者 ]
 じつはここの箇所、名翻訳者だった飛田茂雄先生が自著『翻訳の技法』上で、初訳本( 1984 )の冒頭部を引いたあと、みずからみごとな訳例を掲載しているところでして、ワタシは拙い試訳文をこさえたあとで改めて飛田先生の訳例と突き合わせて、そりゃもう顔からグリフォンよろしく火が出るような思いがしたんですけど、飛田先生の訳文はとにかくすばらしい、というほかない( pp. 64 − 8、蛇足ながらワタシは最後の一文を、近所の柿田川湧水群の「湧き間」のイメージで訳した。ちなみに飛田先生は「噴火口」のイメージで訳出してます )。

 新訳本の冒頭部は、なんというか、初訳本よりはたしかにマトモでありましにはなってますが、それでも? をつけざるをえない箇所が散見される。もっとも人によってはこんなもんどうでもいい、言ってることがわかりゃいいんだ、という感想を持たれる向きもいるでしょう。でも以下に引用するように看過するには忍びない問題点がいくつかある。
 コンゴの呪術医が充血した目でわけのわからない呪文を唱えるのを醒めた目で面白がって聞いたり、神秘主義者老子の詩句の薄っぺらな訳を教養人の気分で喜んで読んだり、たまにトマス・アクィナス … の難解な説の固い殻を砕いたり、エスキモーの奇抜なおとぎ話の輝くような意味がふとわかったりするときも、私たちの前にあるのは常に、形は変わっても驚くほど中身は変わらない同一のストーリーであり、これから知ったり聞いたりすること以外にも経験するべきものがあることが執拗に暗示されている( pp. 17 − 8)。
 下線部の訳、はっきり言ってワタシの頭ではまるで理解不能[ だし、これではキャンベルの言わんとするところが的確に伝わらない ]。出だしの dreamlike もなんで落としたのかな? こういうところこそ、イマジネーションを働かせてほしいところだと思うのに。thin はただたんに「ページ数がなくて薄い」の意のはずで、初訳本のような「浅薄に翻訳したもの[!]」なんてのよりはましかもしれないが、ふつう日本語で「薄っぺらな訳」ときたら、読み手は「中身のない翻訳なのか」って取るんじゃないでしょうかね。あともうすこし先の「 … 神話の象徴とは … そのひとつひとつが、自らの根源となる胚芽のような力を、損なわれることなく内に抱えているのである」というのもよくわからない … 'They are spontaneous productions of the psyche, and each bears within it, undamaged, the germ power of its source.' の訳ですが、「神話は、精神[ プシケ ]が自ずと産み落としたものであり、そうして産まれたそれぞれの神話にも、あらたな神話を生み出すおおもとの根源の力が損なわれることなくそのまま内包されている」くらいだろうと思うのだけれども。ようするにここでキャンベルが言いたいのは、精神が自ずと産みだした神話というもののなかにもその神話を生み出したおおもとの力がそのまま備わっていて、そこからまた新たなる神話がこれまたぽこぽこ自然発生的に生まれるのだ、ということだろう[ ひょっとしたらそういう含意でこういうふうに書いたのかな … 謎 ]。

 個人的にはこの手の本は、『宇宙意識』の名訳がある鈴木晶先生の手で出してほしかったなあ、と思う。キャンベルの神話解釈って( わたしはユング派なんかじゃありませんよ、という本人の弁にもかかわらず )、ユング流の精神分析ないし深層心理学的アプローチが基本になってると思いますので、そっち方面に明るく、かつ達意の日本語が綴れる先生のほうがより適任かと老婆心ながら思われます。それとこれはこちらの語感とあちらのそれとのちがいだろうが、「出立」とか「処女出産」という訳語選定もなあ … 。ところでこの新訳本、ワタシとおなじく期待していた向きがひじょうに多かった(?)と見えて、手許の買った本の奥付見たら、今年 2月時点でなんと四刷 !!! だったら再々校、できますよね、『 21 世紀の資本』みたいに ??? 

 翻訳で思い出したが、いま図書館からこちらの本も借りてます … 『マルタの鷹』の翻訳者、でピンとこない人も、映画にもなった『探偵物語』の作者、とくればああ、あの人かと思われるはず。英米ハードボイルドものやミステリものの名翻訳家だった小鷹信光先生のご本です。小鷹先生は昨年暮れ、80 を前にして逝去されてしまったけれども、巻末のことばがすごくずっしりと重く響く[ 太字強調は引用者 ]。
[ 小鷹先生が俎上に載せたさる邦訳本の批評について、おなじく大先達の深町眞理子先生がやんわりと小鷹先生側のまちがいを指摘して ]これと同じような誤りを、この 30 年間、私は無数に繰り返してきたのだろう。そのすべてを拾いだせば、誤訳の山が築かれるに違いない。翻訳にあたっておそろしいのは、大多数の読者がそれに気づいていないことである。だが、おそらく当の翻訳家自身も気づいていないこの誤りに気づいている無言の評者がどこかにいる。そのことを肝に銘じて、新しい仕事にとり組まねばならない。自戒もふくめて、これをこの本の結びにしよう。
 あいにくこちらの本も版元品切れみたいです。復刊望む !! 

付記:こちらのサイト、すごすぎる! 小鷹先生が生前収集していたというヴィテージものペーパーバックの表紙コレクションなんかもう、往年の LP ジャケットコレクションみたいで熱燗、ではなくて圧巻のひとこと。さらについでにこの本もほしかったりする。

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2015年11月07日

『バッハの生涯と芸術』

 前の拙記事で書いたように、フォルケルの書いた『バッハ伝[ 過去に何点か邦訳が出ているようですが、ここでは岩波文庫版を取り上げます ]』をさっそく通読。以下、読後感などを備忘録ていどに。

 バッハ研究に携わる人にとってはおそらく次男坊たちの書いた『故人略伝』とならんでバッハ評伝に関する「最古の」一次資料であることはまちがいないこの『バッハ伝』ですが、「この芸術家のために不滅の記念碑を建て、… ドイツという名の名誉に少しでも値する者は … 」、「この際、私の目的とするのは、ただただドイツの芸術にそれ相応の記念碑を建て、… 」、そして結語の「そしてこの人間 ―― かつて存在し、そしておそらく今後も存在するであろう最大の音楽詩人であり最大の音楽朗唱者たる彼は、ドイツ人であった。祖国よ、彼を誇るがよい」などからも感じられるように、バッハという名が即ドイツ( 国家 )と結びつけられ、「神格化」されて語られている部分が多くて、言ってみれば「バッハ伝」というより、「リュリ讃」ならぬ「バッハ讃」といったおもむきです。

 ヨハン・ニコラウス・フォルケルの生きた時代は、ヴィーン会議後に成立した「ドイツ連邦」成立と重なるころで、そういう意味では「熱烈な愛国者精神」というものが全編にわたって溢れていてもちっとも不思議ではない。それゆえ「バッハの息子たちから直接聞いたバッハの逸話」に、多少の「お手盛り」があるのは否めず、この著作( 著者本人は「論文」と言っている )を読むときは、「どこからどこまでが事実にもとづき、どこからどこまでが著者のお手盛りか」を意識しながらとくに注意して読む必要があると思う。

 そうは言ってもこの著作に描かれたバッハのエピソードはおおいに興味惹かれるのも事実。だいぶ前に書いたことながら、たとえば作曲の際、鍵盤楽器で音出ししながら曲作りする人を「クラヴィーアの騎士」と呼んで揶揄したこととか[ p. 86 の記述では「指の作曲家( あるいはバッハが後年名づけたように、クラヴィーア軽騎兵 )でしかありえない」]、親戚のヨハン・ゴットフリート・ヴァルターによればなんでもヴァイマール時代の若き巨匠バッハは、「自分はどんな鍵盤作品でも初見でつかえることなく弾ける」とつぶやいたそうで、そこで一週間後、自宅にやってきたバッハに一泡吹かせてやろうと画策した話とかは、以前もほかの本や資料で読んだ憶えがあるのでなるほどこういうことだったかと改めて確認したり( こちらの話は、バッハがクラヴィーアの譜面台に載っかっている楽譜を片っ端から初見で弾くクセがあり、ヴァルターは決して初見では弾けない「難曲」も混ぜて置いてあったんだそうな。その結果、「彼がその楽譜をめくって、端から弾いている間に、彼を招いた友人[ ヴァルターのこと ]は、隣りの部屋に朝食の用意をしに行った。数分たつと、バッハは改悛を余儀なくされるように仕組まれている曲に来て、それを弾き通そうとした。しかし弾き始めてまもなく、一つの箇所で立ち往生をした。彼はその箇所をじっくり眺め、あらためて弾き始めたが、そこまで来ると、また閊えてしまった。『駄目だ』―― 彼は隣室でくすくす笑っている友人に向かって『なんでも弾いてのけられるなんてもんじゃない。とんでもないことだ!』と叫びながら、楽器を離れた[ pp. 67 − 8 ] 」)。大バッハでさえもつかえちゃう「難曲」って、いったいどんなのだったんだろ ?? 

 そしていまひとつは、フォルケル自身もまたすぐれた音楽家で、バッハと同様にオルガニストでもあったので、作品の様式や演奏、作曲といった事柄については「盛られ」ている点は注意が必要とはいえ、この点に関するフォルケルの記述はすなおに受け取っていいように思う。たとえばバッハは「自作の曲を弾く時は、大抵テンポを非常に速くとったが、その生気に加えて、演奏にこの上なく豊かな多様性を与えることを心得ていたので、一曲一曲が彼の手にかかると、まるで弁舌のように物を言った。彼は、強い激情を表そうとする時には、他の人たちがよく打鍵に過度の力を加えるのとは違って、和音と旋律の音型、すなわち内面的な芸術手段によって、それを行った[ p. 73 ]」とか、あるいは弟子に対して、「彼らにむずかしい箇所を緩和してやるために、彼は一つの見事な方法を用いた。すなわち、彼らがこれから練習することになっている曲を、まず全曲つづけて弾いて聴かせた上で、こんな風に響かなければならないのだ、と言った[ p. 121 ]」とか。

 そして、フォルケルの伝記にバッハ作品の特徴として何度か出てくるのが、「歌唱性」です。これは特筆に値する気がする。ヴァルヒャもまったくおんなじようなことを指摘して、弟子たちに「まずは歌うように」と教えていたこととも重なり合います[ そしてヴァルヒャ自身、そのようにして練習もしていた。いつだったかインターネットのどこかで BWV. 1018 のオブリガートチェンバロパートを、その上に乗っかるヴァイオリンパートを「歌いながら」練習していたヴァルヒャの録音ファイルを聴いたことがある]。
… 個々の声部に自由な、よどみない歌を持たせようとするため、… 当時の音楽教科書ではまだ教えられていない、彼の偉大な天分が彼に吹きこんだ方法を用いた。

… いくすじかの旋律、それはいずれも歌うことのできるもので、それぞれ時を得て上声に現れることができ、…

… バッハは … 自分の個々の声部に、まったく自由な、流麗な歌をうたわせようとした …

… 全曲をすべての声部において音符から音符へと転回させることができ、しかも澱みない調べや澄んだ楽節に少しの中断をも生じさせないくらいになった。それによって彼は、どんな音程の、どんな動き方の、どんなに技巧的なカノンをも、いかにも軽やかに、流れるように作って、それに用いた技法を少しも気づかせず、むしろそれをまったく自然な曲のように響かせることを学んだ[ このくだり、たとえば「ゴルトベルク BWV. 988 」の第9変奏「3度のカノン」を耳にすればたちどころに納得されると思う ]。

[ コラール歌詞に作曲する際のバッハの教授法について書かれているくだりで ] … 彼の内声部は、時には上声部として用いることができるほど、歌い易いのである。彼の弟子たちもそれらの練習において、そのような長所を目ざして努力しなければならなかった。
 そして「バッハの作品」と題された第9章では、取り上げた楽曲について、ご丁寧なことに「譜例」までついてます。寡聞にして知らないが、この手の音楽家の「評伝もの」で、このように「譜例」つきなのは、これ以前にもあったのだろうか … 故吉田秀和氏だったか、クラシック音楽評論に「譜例」を添付するやり方は自分あたりが元祖だ、みたいなことをおっしゃっていたけれど、その伝でいけばフォルケルの『バッハ伝』も、「譜例」を使用した嚆矢、ということになるのかな[ とはいえ、p. 175 の図 16 の BWV. 546 フーガ主題のプラルトリラーが、通例耳にする演奏よりふたつ前の4分音符にくっついてますが< → こちらの原文 PDF ファイルの p. 81 > … ]。ちなみに「教師としてのバッハ[ 第7章 ]」では、バッハがいかに教え上手だったかが具体的に語られていてとてもおもしろい。

評価:るんるんるんるんるんるん

関係ない追記:木曜夜の NHK-FM「ベスト・オヴ・クラシック」で流れた「ベルリン・コンツェルトハウス室内オーケストラ演奏会」。同楽団リーダーの日下紗矢子さんをゲストに呼んで、パッヘルベルの「カノン ニ長調」とかおなじみヴィヴァルディの「四季」全曲とかとにかく楽しい放送でしたが( 再放送希望!)、その日下さんの「ドイツと日本の楽団員のちがいについて」のコメントがすこぶる印象的だったのでこちらにもメモっておきます。

 日本の楽団員は、「全体練習前に完璧に予習をすませていて、いつでも準備万端、ほとんど手直しなし」。対するあちらの楽団員というのは、「全体練習前に予習するなんて団員は皆無で時間が来ればさっさと帰る、だがいざ練習にかかると短期間で仕上がる。その集中度は眼を見張るものがある」と、およそそんな趣旨のことを言ってました。列車はダイヤ通りにきっかり来る、荷物は期日通りに届かなければイライラする、何事もタイムテーブル通り杓子定規に事が進むのは当たり前、みたいに思っている国民性がこういう場面でも発揮される、と言えるかもしれないが、同時に根がひねくれているワタシみたいな天邪鬼は、おおやけの義務あるいは仕事と個人の生活との線引きが明確かつ真の意味で効率的な欧州人のやり方はすばらしい、と思ったりもする。30 数年も前に刊行された岩城宏之さんの『岩城音楽教室 / 美を味わえる子どもに育てる』というすばらしい本をこの前買ったんですが、ページを繰ってみて、それこそ目を見張る記述がそこここにある。日下さんのコメントとも重なる部分も多いので、また日を改めてなにか書く … かもしれないってこればっかでスミマセン。

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2015年04月11日

The Masks of God:Creative Mythology

1. ここでもヨタ話ついでに何度か突っついてはちょこちょこっと触れてきた感ありの、ジョーゼフ・キャンベルの『神の仮面』4部作の総まとめ的な最終巻、『創造的神話』。本文だけで数字がきれいに並んで 678 ページ( 偶然?)、ページを繰れば繰ったで、infra, pp. 〜、supra, pp. 〜 ってやたら出てくるし、当然のことながら前の巻の参照まであったり、本文注もわんさとあり、またエロイーズ、ゲーテ、カント、ショーペンハウアー、ニーチェ、ダンテ、アクィナス、スピノザ、オルテガ、ジョイス、マン、デューイ、エマソン、ヘンリー・アダムズなどなど世界文化史に登場する錚々たる面々の引用が、ときには数ページにもわたって転載されていたりと、いったいどこをどうやってまとめればよいのか、この本を半分ほど読み終えたときはほんとからっぽのアタマを抱えて右往左往していた( 苦笑 )。ちなみにプロフェッサー・キャンベル氏がこの壮大なシリーズを書き終えたのは、最初に出た『原始神話』からなんと 12 年後のことだった( 巻頭の「『神の仮面』完結に寄せて」より。ついでながらこの巻頭の辞は全巻の冒頭にあり。でも著者曰く、「喜びに満ち、豊かな実りをもたらしてくれた」12 年だったそうです )。初版刊行は 1968年、アポロ計画まっただ中のころです。

 巷で話題のトマ・ピケティ教授の、負けずに分厚く重たい労作に倣って(「 r > g 」)、あえてこの本のもっとも言いたいことを数式化すれば、
c≠=x
ということになる[ 以下、数式はいずれもこの本に出てくるものをそのまま引用 ]。っていったいなんのこと? でしょうけれども … 無理やりひとことで要約すれば、西欧諸国の正統的な( 組織宗教としての )キリスト教聖職者の教える「神」というのは、数式化すれば「cRx」、どこだかわかんないけど、ここではない「外」におわす神と地上の人間との「関係の神話( マッキベン本にあった、「社会性の神話」というのは、たぶんこれのこと )」だが、ほんらい人間と「神」という名前の「全存在の根底をなす究極の存在」との関係は、古代インドの『マーンドゥーキヤ・ウパニシャッド』に出てくるような「梵我一如[ 不二一元 ]」、つまり「汝はそれなり」、c=x なのだ、だが現実的にはこの世界というのはありとあらゆる二項対立からできており、そうとも言えないc≠x ではあるものの、あえてこの「不従順な」世界に「喜んで」留まり( ボーディサットヴァ )、c≠x だけれども、もともとはc=xなのだ、と自覚すること、いまひとつは、よそから伝播しただれかさんが肩入れしている「地域的な神」ではなく、古ノルド語の Norn、 古英語の Wyrd、自分自身の「運命」と向きあい、だれがなんと言おうがその道 ―― だれも通ったことのない道、「森のもっとも暗いところを通る道」―― を歩むこと、そしてその道しるべ、道案内になってくれるのが、かつて神話を語り聞かせていたシャーマンの代わりを果たす真の芸術家であり、それはジョイスの言う「精神はひきとどめられ、高められて、欲望や嫌悪を超越する」* 「静的な」芸術でなければならない … 。

 と、こんなふうに書くと、さも、「なんだ、よくあるたぐいの西洋人による東洋神秘思想礼賛か」と早合点しそうだが、じつはそうでもないのが、この本の著者のいちばんユニークなところ。そのために取るべきアプローチは、インドや中国といった伝統的な東洋思想にはなくて、じつは中世の西ヨーロッパにおいて開花した、「確固たる個人」という発想にあると説く。で、その最高の例としてなかば称賛して微に入り細を穿って取り上げているのが、12 世紀ドイツの騎士にしてミンネゼンガーのヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ作と言われる長大な叙事詩『パルツィヴァール』。ついで、ゴットフリート・フォン・シュトラースブルク作と言われる『トリスタン』も物語を再現するかたちで収録してあります。それに先立って「アベラールとエロイーズ」のやりとりなんかが引用されていて( たとえば「修道誓願したのは、[ 自分の意志ではなく ]あなたさまがそうなさいとお命じになったからです」 )、そのついでに(?)静岡県東部地方ゆかりの白隠禅師による「和讃」の一節なんかも引用されていたり( p. 64 )で、自由闊達にあっちへ飛びこっちへ飛びする特有の書き方についていけない向きには( 既訳書も含めて )なんだこれ、となるでしょう。はっきり好き嫌いが分かれる本ではある。それとラテン語版『聖ブレンダンの航海』つながりでは、以前書いたこちらの拙記事も。ちなみに老婆心ながら、キャンベルは「神」という名前[ 仮面 ]イコール「全存在の根底であり、かつ前存在を超越したなにものか」というふうには考えていない。このへんは、やはり恩師ハインリッヒ・ツィマーや、若いころ知り合ったインド哲学者の影響なんだろうと思うが、第3部に当たる『西洋神話』の巻に、「神は、存在するとも、存在しないとも言えない」というふうに書いている。ようするに、人間の不自由な「言語」の範疇を飛び越えちゃってるんですな。とりあえず「神」と言ったり、「トリックスター」と言ったりしているだけなんです。このシリーズのタイトル『神の仮面』というのは、そういう意味。人智を超えた「超越者」には、民族・地域・歴史といったフィルターのかかった「仮面」がかけられている、そういう表面上の「仮面」だけで判断するな、そういう警告でもある。

2. かいつまんで全体の構成( 手許のメモがこれまたけっこうな分量なので、以下はあらましのみの略記。そして本文を抜き出した箇所は、あくまで暫定的な拙試訳 ):

I.「古代の葡萄樹」
Ch. 1 経験と権威:
創造的神話は … 神学のように上から押しつけられたものではなくて、成熟した個人から発する洞察、思考、そこに映じた幻像から生じるものであり、それは個人の価値ある経験に則したものである。
ルーマニア・ピエトロアセレから出土した「オルフェウス教儀式用の碗( 器 )」について:
1). 3−4世紀の作、当時のローマ帝国辺境地帯だった中欧一帯に住むゲルマン民族にもオルフェウス教は知られており、グノーシス−マニ教の異教の強い影響が西進して現在の南仏あたりまでおよんでいた。「ちょうどこのおなじ時期、『愛の儀式』を奉じるトルバドゥールたちと、『聖杯』伝説群が発生した」。
2). オルフェウス=漁師というイメージは、古くは紀元前2千年ごろ、古代バビロニアの「魚守」の封印にも登場する。漁師 → イエス → 「[ 聖杯伝説の ]漁夫王」。
1−16の「道行き」場面はそれぞれ現世の生・死・天・黄泉の国を象徴し、陰と陽、太陽と月、昼と夜などの「対立物のペア」を表す。
3). pp. 24−6, 紀元後 300年ごろの円筒印章の封印「オルフェウス−バッコス」像について:すべての目に見える対立物のペアのそもそもの存在の源では、それらはみなひとつ → 「大地母神」のイメージ → 世界創造の原動力としての「女神」→ そこから派生する「イエス=オルフェウス−バッコス磔刑」の図像。
4). 前出の「ピエトロアセレの碗」中心円の図像群は、紀元前 3500年ごろの古代シュメール王国の封印に刻まれた「自らを食らう力」のイメージとおなじである。「生滅を延々と繰り返すこの神は、ありとあらゆる生き物の真理を表している ―― 食べ、そして食べられる」。オルフェウス教の入門者は、イニシエーション過程において、自然のヴェールを突き抜け、永遠の命( 存在 )がすべての生き物に宿ることを悟る。「ピエトロアセレの碗」中央に座す「世界創世の女神」の足許には、彼女のシンボルたる葡萄の蔓が巻きつく。イエスもまた、この葡萄のたとえを最後の晩餐のとき、 12弟子に語る。「これはこれからわたしが流す血だ …」。
「ひとことで言えば、おなじシンボル、おなじことば、おなじ秘儀が、古代異教の葡萄にも、そしてキリスト教の新しい福音の葡萄にも息づいている」…
1600 年2月に火刑に処せられたジョルダーノ・ブルーノ →『旧約』に語られているは科学、歴史、数学ではなくて、「一種の倫理のみ」。ブルーノ誕生の5年前、コペルニクスが「地動説」を発表する。…
10−12 世紀にかけて、教皇を頂点とする西方教会絶頂期、各都市が大聖堂建設を競い合っていたころ、すでにその体制の崩壊が始まっていた → 『トリスタン』、『パルツィヴァール』;これらの作品は、真に優れた肖像画同様、「押しつけられたもの」ではなくて、「個人の内面の発露」だった → 「ヴァーグナーはゴットフリートに従い、ヴォルフラムに従い、ショーペンハウアーに従い、そして最終的には自分自身にのみ付き従った」…
イメージ、シンボル、神話的動機、英雄の業績といった世界に無尽蔵にある精神的遺産という宝庫、または辞書を意識的に活用したのが[ たとえば ]ジョイスとマンで、同時に彼らはそこに地域的で、斬新な主題をも持ちこんでいる。
「生ける神話」とは、「予測のつかない、前例のない正覚から生まれるものだ」。
「過去において存在した文明はそれぞれに固有の神話を伝達する手段であり、その神話はおのおのの文明を代表する賢人たちによって解釈や分析がなされ、その意味が明かされるにつれて各文明の性格も形成されていった。それと同じことがこの現代世界においても進行している。自然科学の成果が人間生活に応用された結果、それまで存在していたあらゆる文化的境界線は消滅し、その影響をまったく受けない固有の文明というものはひとつたりとも発展しえないとさえ言えるだろう。この世界ではひとりびとりがそれぞれの神話の中心、そして各人の知覚可能な性格はいわば化体した神であり、そこで見出すべきものは、" 経験として" 探求される意識なのだ。そのためのモットーは、デルフォイのアポロン神殿入口に刻まれたあの格言、すなわち『汝自身を知れ』である。各人それぞれの『汝』こそがこの地上の中心であり、それはローマでもメッカでもエルサレムでも、シナイやベナレスでもない。その『汝』とは、先に引用した12世紀の『24 賢人の書』に書かれたあの常套句で言えば、「神は知覚可能な球体であり、その中心は至るところにある( 下線強調は引用者、p. 36 )」。

Ch. 2 転換した世界:
:「伝統的な神話とは、原始神話であれ高度な文化圏における神話であれ、個人の経験に先立って存在し、個人の経験を統制するものだ。これに対し、本書で言う『創造的神話』とは、個人の経験から生まれたものであり、その表出である」。以下、アベラールとエロイーズ、ブリターニュのトマ → ゴットフリート → ヴァーグナーの「楽劇」へと論が進み、セネカによるアリストテレスの引用(「偉大な精神にして狂気の混じっていなかった者はひとりもいない」)、ショーペンハウアーによるドライデンの引用、おなじくショーペンハウアーの主著『意志と表象としての世界』から、音楽について書かれたくだりの引用( 絵画はイデアの反映にすぎないが、音楽は、「[ 世界 ]意志」それじたいである )。「[ 世界 ]意志」は、古代インドの 'Tat tvam asi'、「梵我一如」とほぼおなじもの。

Ch. 3 ことばの背後に潜むことば:
「本書で扱っている神話は、個人の経験から生れたものであり、教義、学問、政治的利害、種々の社会改革プログラムから派生したものではない。エロイーズ、ダンテ、ラビア・アリ・バスリ、ゴットフリート、ヴァーグナー、そしてジョイスらのことばから読み取れる類の経験とは、愛の持つ純粋さ、荘厳さそのものである … 本書で扱う数々の神話は、自らの精神が欲していることと自らの実践、知識、発言とを一致させ、なんとか折り合いつけようと試みる勇気を持った男と女の創造物、あるいは啓示とも言える。言わば手紙を瓶に入れて大海原に漂わせるような試みであり、神やダンテ、地元の司祭かはたまた新聞が、天国行きであれ地獄堕ちであれ、だれからなんと宣告されようがいっこうにかまわない。それでも他者の天国より、自分自身の個性から発した地獄のほうがまだましというものだ。… ( p. 85 )」;
「科学者と歴史家は時間と空間とに区切られたこの歴史に仕える … これに対して創造的芸術家は人間に瞑想への覚醒を促す。外に向いた精神に、再びわれわれ自身の意識との接触を呼びかける ―― 歴史のあの断片、この断片への参加者ではなく、存在という意識そのものの一部として、その精神として。それゆえ、ひとりの人間の内面世界から、自らが経験した衝撃を表現することによって、直接に他者の内面世界へそれを伝えることが、彼ら芸術家の仕事になる。それは単に、ひとりの脳内から、情報や説得といった事柄を表明することではない。空間と時間という『無』を超えて、ひとつの意識の中心から、もうひとつの意識の中心へと効果的に伝達する手段なのだ。… かつてはそれが、神話の果たしていた役割だった … だが、こんにちの世界では、共有経験が一種の飛び領地として成立するような、閉じられた境界線などどこにも存在しない、という事実もある。神話を発生させるような共同体など、どこを探してももはやないのだ」;
ドイツの劇作家・詩人ゲアハルト・ハウプトマンの引用:「詩を書くことには、ことばの背後に潜むことばを響かせることが含まれている」。
以下、「A.D. 2−3世紀ごろのオフィス派[ 拝蛇教 ]の翼の生えた蛇の聖杯」とか、「ガッフーリオの『音楽実践法』に掲載された『天球の音楽』図( 1496, pp. 99−103)」とか、「ケルト神話における牡猪と[ 太陽を象徴する ]馬」と「トリスタン伝説」についての興味深い関連、「ベーオウルフ」の語源、そしてなんと(!)、日本の「スサノオ」伝説まで出てきて、とにかくてんこ盛りながら、悪しからず省略。最後がイスラム世界との関連といわゆる「グノーシス( 出た! )」との関連について、論を展開しています … とりあえずここでは以下のごとく要約:「当時、古代ギリシャの科学と哲学の唯一の宝庫はササン朝ペルシャ、グプタ朝インド、そして西方世界において唯一残った灯火であるアイルランドだった( p. 133 )」。ついでに「ヘビ」信仰は、世界各地で見られるもの、つまり神聖な自然のシンボルとしてごくありふれていたというわけなんですね。それを誘惑とサタンの象徴みたいに貶めたのは … 。

II. 「荒れ地」
Ch. 4 愛の死:
「アヴァロンは、古ウェールズ語の 'Afallen' [ アヴァレン ]、すなわち「リンゴの樹( afal=リンゴ )」と同語源である。かくしてこのケルト的な『波の下の島』と、ギリシャ・ローマ神話の『黄金のリンゴのなる幸福諸島( ヘスペリデス )』との類似性は明らかだ。さらには生と死の、ふたつの世界における偉大な女神の『常世の園』なる概念そのものとの類似性もまた浮かび上がる ―― そして、人類のさまざまな神話を検討してきた本シリーズがひじょうに数多くのページを割いて論じてきたのも、この偉大なる女神の『不死の園』についてなのだ。この『偉大な女神の支配する楽園』と同一の主題が、『永遠の生命の樹』とともに、先に挙げた、トルバドゥールの歌った『夜明けの歌( アルバ )』冒頭の詩節にさえ響く ―― その一節で、乙女はサンザシの樹の下、恋人をしっかと抱き寄せる。キリスト教の『ピエタ』は、死んだ救い主が聖母マリアの膝の上に抱かれ、後に蘇ることを表象する像だが、これもまたその意図された概念は同じである。アーサー王が 15 の深傷を負ったというのは、たんなる偶然と片づけてよいものだろうか。月もまた、15 日目に満月となり、再び欠けはじめ、死へと向かい、暗黒の3日間[ 新月 ]を経て復活する。さらには、瀕死の重傷を負ったトリスタンがオールもなく、虚しく漂流するにまかせた小舟で最初の航海を行ったとき、辿り着いた先はダブリン湾で、この舟は彼を確実にイゾルドのいる城へと送り届けたことになる。これもまた『波の下の国』の同一モティーフの紛れもなくひとつの変奏であり、イゾルド、湖の貴婦人、そして『ピエタ』における母なる女神が究極的に意味するところはみな同じ、つまり『光の息子』の支配する昼の世界とはあらゆる面でまるで異なる世界なのである( pp. 185−6 )」。以下、英チャーツィー修道院遺跡から出土したタイル画のイラストとともに、ゴットフリート・フォン・シュトラースブルク作『トリスタン』と、対応するヴァーグナーの楽劇との比較検討、そしてピカソの「ゲルニカ」と古代シュメールが発祥らしい、「太陽を象徴する[ 軍 ]馬」と作品に出てくるぺったんこな「張りぼて」の馬( と対峙する牡牛 )との関連について。オルテガの『ドン・キホーテをめぐる省察』の引用。p. 225 で、'... to place him in a coracle, equipped only with his harp, ... 'とあるのは、やっぱ革舟カラハでしょう( 辞書の挿絵なんかによくある、あの一寸法師の乗ったお椀みたいなやつじゃなくて )。

Ch. 5 フェニックスの炎:
トリスタン伝説を下敷きにした Finnegans Wake の対応箇所 → HCE と ALP、トリスタンとイゾルト etc., この世界におけるあらゆる対立物 → 「おお、幸いなる罪人!」と、Finnegans Wake の対応箇所 → 最初のアダムの堕落とそれにつづく第二のアダムの「覚醒」… は、ともにおなじアダム、われわれ人間ひとりびとりに他ならない → だが、キリスト教象徴に対するカトリックの聖職者たちの解釈と、ジョイスのそれとは天地ほども開いている。cf. Ulysses の対応箇所( 「フロリー・キリストよ、スティーブン・キリストよ、ゾーイー・キリストよ、ブルーム・キリストよ …」 ) → 異界の支配者マナナーン・マク・リルのくだり → HCE と ALP の「試練の床」、ユングの言う「夜の海の航海」、「左手の道」。
ユングの著書『転移の心理学』( 16 世紀の錬金術の書『哲学者の薔薇園』の挿し絵を材料にして転移現象を論じている )から、メルクリウスの泉などの一連の挿絵を引き、Finnegans Wake の「ジュート塚」=「肥え場」=「肥え山」と「ドーラン家のベリンダ」および作品の書き方との類似性の指摘( 当時の錬金術師もまた、自分たちの術を秘術として封印している ) → Finnegans Wake にさまざまに姿を変えて登場するジョルダーノ・ブルーノ → 「左手の道」は感覚、心といったものが直接、通う道で、理性や知性の通う「右手の道」と対置されている → エリオットの『バーント・ノートン』に出てくる「回転する世界の静止する一点」。
ユングによれば、これら一連の「レトルト容器内の化学的変容過程」は、じつは当事者の深層心理と深い関わりがある → 彼らは錬金術を通じて、彼らなりに、この世界を理解しようとした →「深層心理的であり、かつ表層心理的原初科学ないし疑似科学」。
8世紀にオマーン王子によってアラビア語で書かれ、12 世紀になってラテン語訳された錬金術本には 'Corascene Dog' という犬が出てくる → ゴットフリート本『トリスタン』に出てくる犬と、Ulysses で浜辺でスティーブンが見た飼い犬との相違点( イゾルトへの思慕と苦悶を癒やす犬、対して恐れを抱かせる浜辺の犬 ) → 『音楽の実践』挿画が暗示しているように、どちらもおなじ犬、かたやイゾルトを見て天上へと飛翔する精神状態、かたや奥底に沈潜する自身のエゴを見せられ恐れにかられる精神状態 → 作品のちょうど中心部分で「激しい雷鳴」が轟き、変化の始まりを告げる → エリオット『荒地』にも、雷鳴を表す擬音が出てくる → イエスの「ひと粒の麦」の譬え → ジョイスはこのがちがちに硬直化し、人間を互いに引き裂いている乾ききった不毛の「荒地」に轟く雷鳴 → cf. Ulysses 「第 15 挿話 キルケ」…
15 世紀の神秘家ニコラウス・クザーヌスの引用:「… 神にあっては、いかなる違いも存在しない」。

Ch. 6 バランス:
「トリスタン」伝説と、フィン・マク・クウィル( フィン・マクール )の若き妻グラーネとディアルミド・ウア・ドゥヴネの悲話とのつながり[ 太古欧州大陸の生贄として屠られる猪の神、猪がトリスタンの脛に負わせた深傷との類似性、「ドゥムジー−タンムーズ−オシリス」 ];ダブリンの丘に横たわる「巨人」としてのフィン・マクールの伝説 → 『フィネガンズ・ウェイク』;ディアルミドとグラーネの悲話と「トリスタン( イゾルト / マルク王 )」伝承が結びついたのは、ウェールズで、 11 世紀前にはそれがさらに拡張されたヴァージョンがブルターニュ半島へと伝わったらしい。
「トリスタン」つながりでは、日本のスサノオ伝説との偶然の一致についても言及( p. 303 脚注、トリスタンが恋人への目印として流した「小枝」と「箸」 )
「対立物の共存に至る扉」への道を知ること → 『フィネガン』全巻を通じてジョイスが「歌っている」こと(「歓喜と悲しみ、暴力と愛、男と女、剣とペン、損得、昼と夜[ ibid., p. 180 ]」) → トーマス・マン『魔の山』;個人を社会的束縛と奉仕、勲功によって評価するギリシャ神話とマルク王における昼の世界がもたらす悲劇、それに対するケルト神話や北方詩人たちの作品に見られる夜の世界やゴシックの森と海霧の世界では、ひとり、ないしはふたりの未踏の道をおそれず進む「気高い心」のみが静寂の中で聴くことができる歌が流れている。
『魔の山』→ ジョイス作品とは一見、正反対の主題を扱っているように見えるが … そのじつ技法的にはおなじだったりする( 示導動機[ ライトモティーフ ]、ニーチェとヴァーグナーの影響 )。
「神話の真の理解者は、学者ではなく、これら語り手の後継者とも言うべき詩人、芸術家たちだ( p. 309 )」;1902年、マンの短編『トリスタン』刊行、1903年、『トーニオ・クレーガー』刊行。1922年にジョイスの『ユリシーズ』が、ついで 1924年にマン『魔の山』が刊行;両者を比較すると、作品の「力点」は異なるが、ともにライトモティーフを効果的に使用していること、神話的主題が繰り返し現れること、ショーペンハウアーの言う「歪像鏡」に映じるようなバラバラになった像の手法を用いている。→ 霊的なものと地上的なもの、形而上的なものと倫理的なものとが交差する面とをすべて解消した者などいない →「イロニーは、異なる方向にとってともにイロニーであり、真ん中のものである。どちらにも属さず、どちらにも属するものである」→ ゴータマ・ブッダの言う「[ 苦楽 ]中道」… 。
カントの『学として現れるであろうあらゆる将来の形而上学のためのプロレゴメナ( 1783 )』;数式風に表せば、a:b=c:x → 「超越的存在に対する人間の位置づけ」を、西洋の正統的キリスト教世界の解釈に従って数式化すると、
                cRx
B.C. 6−8世紀、古代インドの哲人ウッダーラカ・アールニが息子に語ったことばされる「梵我一如[ 不二一元 ]」、つまり「汝はそれなり」で、数式化すれば、
                c=x
ただし、『マンドゥーキャ・ウパニシャッド』によれば、この状態に到達するには四つの段階があるという。→ なので現実的に見れば個々の人間と超越者との関係は、
                c≠=x
ショーペンハウアー式の解釈では、「c≠=x」は「意志としての世界」であるのに対し、「cRx」という「関係性の神話」は「イデアとしての世界」。ニーチェの語彙では、デュオニュソスとアポロンに対比され、古代インドにおいてはシヴァとヴィシュヌーの世界になる。
ゲーテ( ニーチェとともに、マンとシュペングラーに影響を及ぼした )による「4つの時代精神区分」→ 『魔の山』ではセテムブリーニがゲーテの言う第三の「哲学の時代」に、論敵レオ・ナフタが第四の「散文の時代」にそれぞれ対応 → デモクラシーとテロル → シュペングラーが指摘しているように、ある時代の頂点は、それを覆す動きが胎動を始めるときでもある → 啓蒙主義全盛時代のルソー(「自然に帰れ!」)、その中世( 13 世紀 )版のジャン・ド・マンの『薔薇物語続編』に出てくる「母なる自然」、および両者の主張の奇妙な一致とか → B.C. 4世紀の「犬儒派」ディオゲネス、古代インドのゴータマ・ブッダなども含めて、すべて時代の絶頂に出現している点が共通している。「外側から、そして歴史家の視点からは黄金時代に見える文明の一時代も、ひとたび内面からの視点に転じれば、それは荒れ地になりかねない( p. 389 )」。

III. 「道」と「生」
Ch. 7 磔刑:
アーサー王伝説の起源はケルト神話にあるが、ケルトの伝承の下層には、B.C. 7500−2500 ごろに欧州大陸各地に流布した新石器時代−青銅器時代の神話遺産群が横たわっている。cf. 「妖精の丘」、「波の下の国」、「常若の国」、「女人の島( アーサー王伝説の「アヴァロン島」)」に住む「偉大な女神」とその配偶神など。→ これらはみな、究極的には近東中核部における最古の農耕都市国家群から、著者言うところの「神話発生地域」から派生している。
鉄器時代の有名なケルト伝承、たとえばコンホヴァル王の二輪戦車を駆る戦士たち、フィン・マク・クウィル[ フィン・マクール ]率いる巨人なども、このもっとも流布した系統から派生したもの → 第二の「神話発生地域」は、現在の東欧から西南アジア地域にかけて → ベーダ( 吠陀 )、ホメロス、アイルランド神話に登場するこれら好戦的な神々、二輪戦車、戦いの賛歌も、もとをたどれば単一の、現在印欧語族と呼ばれる母体から生れたもの → ただし、インドとアイルランドでは青銅器時代初期の概念および神話体制が後年の戦いの神々にまつわる信仰を吸収していったのに対し、欧州大陸では逆に、好戦的な男性神と地域に根ざした豊穣を生む女神信仰との衝突・結合の結果、アーリア系の戦闘の神々によって代表される道徳および霊的体制が優勢となった( アルタミラ、ラスコーなど、狩猟中心の太古の時代の洞窟壁画 )。
「不具の漁夫王」について:聖杯伝説と漁夫王の背後にあるケルト神話群では、回転する車輪や城といった概念は必須の付き物である( p. 416 ) → 図版 48 の「ローマ属領ガリア時代の車輪を持つ神の像」の車輪の車軸数も6本 → これら車輪のイメージは、B.C. 700 年ころのインド『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』などに現れている → ギリシャ神話の「永久に回転する燃える車輪に縛りつけられたイクシオン」;ピュタゴラス( B.C. 582−500?)、ゴータマ・ブッダ( B.C. 563−483 )のころになって、それまでの「肯定的な」イメージが一変して、「妄想・欲望・暴力・死の燃えさかる車輪」という否定的イメージに取って代わられる → カミュの「シーシュポスの神話」に見る「不条理」→ 不具王の負った傷と回転する車輪のおよぼす苦痛は、存在それじたいの機能としての苦悩を認識する等しい象徴であり、たんにあれやこれやの条件下で偶発的に生じる類いのものではない( p. 424 ) → 十字架につけられたキリスト、苦しみ、かつそうではない「菩薩」と、炎の車輪に括りつけられ罪を償うイクシオンと「荒れ地」の不具の聖杯王 → 四者いずれも「その根源は関連性がある、いや、ある意味ではおなじとも言えるが、その意味するところはそれぞれに異なる。同一の実在に対する経験と判断の仕方、ないし表出の仕方が四者四様なのだ( p. 427 )」
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ作『パルツィヴァール』について;「聖杯」は「その石はラプジト・エクシルリースという」。つまり錬金術師たちの言う「哲学者[ 賢者 ]の石」とおなじもの。

Ch. 8 「聖霊」:
ヴァーグナーの舞台神聖祝典劇「パルジファル」は、エッシェンバッハの原典が大きなテーマとして掲げているもの / 重要な登場人物( コンドヴィラムルス )が出てこない。ヴァーグナーにとって「聖杯」とは、キリスト教会で伝統的な「十字架上のイエスの血を受けた杯」にすぎない( テニスンの『国王牧歌』も同様 ) → だが、これはエッシェンバッハの「原典」にはまったく存在しない。
「原典」中のパルツィヴァールは、「中世のスティーブン・ディーダラスと言ってもよいかもしれない」。対して、16 歳ほど年長のガウェインは、「ある意味、[ レオポルド・] ブルームになぞらえられるだろう」。以下、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ『パルツィヴァール』物語の要約と、合間に「間奏曲」として、「象徴の復権」、「神話の世俗化」、「神話発生地域」が挟みこまれた、ちょっと毛色の変わった書き方になってます。いずれも「アーサー王伝説」成立過程を中心に詳述。

IV. 「新しいワイン」
Ch. 9 「神」の死:
1630年;ガリレオへの異端審問、「ダンテとジョイスの時代のちょうど中間点」→ フローベニウス「記念碑の時代( 過去5千年 )」→ トリスタンと「聖杯」の詩人たち、クザーヌス、エックハルト、ダンテ、ヨハヒムらの「中世ゴシックの欧州」で花開いた新時代(「世界文化の時代」)。1339 年、「名前と形式という分野」に振り下ろされた「オッカムの剃刀」は、「形而上学を心理学へと変えた」。→ その反動としてたとえば『キリストに倣いて( c. 1400 )』など。神秘主義者クザーヌスの説教( 見方によってころころ変わる絵を引き合いに出しての神の認識に対する解釈 )
「新しい宇宙( 観 )」:「正統信仰」vs.「理性」、中世以来のキリスト教的世界観の崩壊;1115 年、アクィナスとほぼ同時代にすでにこの「崩壊」の兆候が始まっていた → 科学的手法による研究と、自然エネルギーを得て動く機械とが、さらに拍車をかける;ロジャー・ベーコン、ビュリダンの「インペトゥス論」、ニコル・オレーム … 対して、ルター、カルヴァンらの「宗教改革」者と、「対抗宗教改革」者は、立場はちがえど、ともに「迷信にまみれていた」点ではおんなじ。
1431 年 ジャンヌ・ダルクの魔女裁判と火刑 → その間、「大航海時代」;1492 年 コロンブス「新世界」発見、1519 年 マゼランの「世界周航」など;エラスムス『痴愚神礼讃』1511 年 初版刊行;
異端審問の嵐の時代、その時代の産物が、たとえば一連の「ファウスト」ものの「揺籃期本」群( 最初の本;1587 )、マーロウの戯曲『フォースタス博士』1604 年刊行
1600 年( ジョルダーノ・ブルーノ火刑 );ヘンリー・アダムズ、「人類史上における、宗教支配の時代から、機械支配の時代へ移行する分水嶺」
c. 1440 年、グーテンベルクの活版印刷術発明 …
「新しい神話へ向けて」;
1. 「生ける神話」の第一の機能は、「正しい宗教的機能」、ルドルフ・オットー「名前と形式を超越した、究極の神秘を認識したときに個人の内面に目覚める畏敬、謙遜、尊崇といった体験と、それを維持する」機能。
2. 科学的知見にもとづく宇宙観。
ジェイムズ・ハットン『地球の理論』→ 従来のキリスト教的な「若い」地球を化家具的に論駁;「現在露出している岩石層は、それよりも古い時代の岩石層の残骸の上に形成されているのがほとんどである」→ cf. ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』冒頭部、[ ヴィーコの ]「循環説」
3. かつての神話のような、「ある確定された秩序体系の正当化とその維持」なる機能はもうない → [ デューイのことばを引いて ]「個人は、それぞれ各々の存在である。」、「すべては移ろい変わる![ ニーチェ ]」、「汝 … すべし」という名のドラゴンはいない … が、そこにこそ危険が潜む。虚無主義、ニヒリズムのふたつの側面[ ニーチェ ];
積極的ニヒリズム:精神の高められた力が顕現したもの
受動的ニヒリズム:精神の力の凋落、ないし退歩

4. 以上のことから必然的に導かれるのは、「主体としての個人、そしてそれぞれの調和」を図る最適な神話像。ローレン・エイズリー:「集団倫理が個人倫理と異なるのは、名前も顔も持たないことだ … 時間世界では、みなただひとつの、かけがえのない生を営んでいる。それゆえ、『楽園』の神秘は自らの内面にこそ、求められるべきである( The firmament of Time, 1962 )」。

Ch. 10 地上の楽園:
B.C. 1500−1250、アーリア系諸部族がギリシャ、小アジア、ペルシャ、インドへと侵入したとき、彼らの原始的な「家父長神神話」が、もともとその土地に根付いていた「普遍的な女神」信仰と創造的に結びついた。インドにおけるプラーナ、ベーダーンタ哲学、タントリズム、後の仏教の教義などに影響を与える。ギリシャではホメロスやヘシオドス、悲劇、哲学、秘儀、科学として現れた。
おなじころ、中国大陸でも商( 殷 )が成立。近東では、フェニキア、カナン、アラビア人などセム系諸部族が大勢を占めていた → アスタルテ [ 古代セム族の豊饒と生殖の女神;フェニキア人、カナン人の神 ] について;ラングドン「西セム系部族では、母なる女神が、彼らにとってもっとも重要な地方神よりも、宗教上では高位の地位を与えられていた」→ が、祭司エズラの時代になると、こうした女神信仰は完全に廃され、「時代遅れな」古代シュメールの世界観とともに、「砂漠の一部族民のみに通用する神話」が書き記された( 他の女神信仰と混交した地域では、このようなことはなかった ) → 原始キリスト教団は、いわば「借り物の象徴と借り物の神を事実として提示していた … あらゆる地方神はみな悪魔であり、自然は罪だった」→ その後の「十字軍」などの反異端運動の失敗;聖アウグスティヌスの時代にも「ペラギウス派」が広まっていた。借り物の神は、過ち;『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』と『創世記』の「楽園追放」のくだりとの比較。
ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』は、「あるレベルで見れば、古代エジプトの『死者の書』のパロディでもある」。
→ 古代インド哲学における「人生の4つの段階」と、ダンテの『饗宴』 巻 IV に出てくる「人生の4段階」との比較。
トーマス・マン『魔の山』について;「マンは、ベルクホーフのサナトリウムを錬金術師の『ヘルメス容器』に明示的になぞらえている」→「ヴァルプルギスの夜」の描写とその後の雪山での遭難時に見たギリシャの風景と、ジョイス『ユリシーズ』15 挿話「キルケ」との比較。また、降霊会でハンス・カストルプが「明かりを点けた」のに対して、『ユリシーズ』のスティーブン・ディーダラスは逆にトネリコのステッキで「シャンデリアを壊した」。
ユングの言う「アーキタイプ[ 元型 ]」について;集団的深層心理の見る「夢」である → インドのシヴァ神には、陰と陽とが一体化した太古のイメージ。→ 図9の「イエス=オルフェウス−バッコス磔刑」は、そのヨーロッパ版で、十字架にかけられた贖い主に焦点が移っている → 関係性の神話、つまりcRx。これに対して菩薩、ボーディサットヴァは、「それぞれが、自身の知覚できる仏性という鏡写しとして認識する」、つまりc≠=x。
cf. 『ユリシーズ』の「フロリー・キリストよ、スティーブン・キリストよ、ゾーイー・キリストよ、ブルーム・キリストよ、キティ・キリストよ、リンチ・キリストよ…」

 … で、最後は以下のように結んでいます。
覚醒した意識の領域、つまり[ ゲーテの言うような ]固結した世界においてさえ、いまや永続するものなどなにひとつ存在しない。旧来の神話も持ちこたえられない。旧来の神もまた例外ではない。かつて人びとは何世代にも渡って基準となるひとつの固定的制度に過度に縛られた生を送り、神の寿命は何千年という単位で考えられてきた。だが現代はそうではない。基準という基準が押しなべて流動的になり、そのため個人もまた否応なしに自身の内へと突き返され、「成りて成る」みずからの内面へと、冒険の森へと入り道なき道を歩み、自身の誠実さをもって、知覚可能な自身の「聖杯城」へ至る体験に踏みこまざるをえない ―― そこでは自身の体験と愛、忠誠と行為における誠実さと勇気が試される。この内面の冒険の道案内を務めるのは、いかなる形態であれ、もはや[ バスティアンの言うような ]民族的基準にもとづく神話ではありえない。そうと悟ったとき、それらはたちまち過去の廃れた神話、場違いな神話と化し、洗い流されてしまう。現代にはいかなる境界線もなければ、いかなる神話発生地域もない。いや、神話発生地域は各人の心の中にこそ存在する。個人と、そこから自然に湧き起こる多元的共存の感情 ―― 神の衣をかぶらない理性的な世俗国家の庇護のもと、おなじ精神を有する男と女とが自由につながりあうといったこと ―― これこそ、現代世界においてもっともまっとうに開けた可能性なのである。めいめいがそれぞれに対する権威の創造的中心をなし、「周縁は存在せず、その中心はどこにでもある」クザーヌスの円の内にあり、各人が「神のまなざし」の焦点となる。
 だから、規範となるべき神話像は、[ バスティアンの言う ]「民族思念」( サンスクリットの deśi、「地域」 )ではなく「原質思念」( サンスクリットの marga、「道」 )を介して理解される。そのためには「聖ドミティラのカタコンベ天井画 ( 図1)」のように、ひとつの神話だけでなく、死んで固まった過去のシンボル体系を複数、「知的に使用する」ことである。そうすることで、はじめて個人は創造的イマジネーションの中心が自己の内面にやってくるのを予感し、それに息吹きを与えることができるようになる。そこからその人自身の神話が生まれ、「[ モリー・ブルームのように ]ええそうよ Yes 、だって … 」という人生の可能性が開けてくるかもしれない。しかしながらパルツィヴァールの場合と同様、最終的にはその内面の導き手となるのは自己の気高い心、ただこれのみであり、対して外界からやってくる導き手になるのは美のイメージ、神性の輝きであり、これがその人の心に「アモール」を呼び覚ます。これこそその人の本質のもっとも奥まったところにある種子、「かく成りて成った」道程を歩む「全存在」と同質の種子である。このような生を創造する冒険における成就の基準は、本書で取り上げ、検討してきたありとあらゆる物語に見い出される。それはかつての真理、かつての到達点、かつての教義が示した「意味」、そしてかつて約束された贈り物といった、過去のもろもろを捨てる勇気、つまり外なる世界に対しては死に、そして内面からの誕生へと向かうことである。( pp. 677−8)

 まあなんというか … やはり前にも書いたことながら、「あいつはユング派だ[ から、気をつけろ ]」みたいなことを言われる余地は、たしかにいっぱい(?)あるかもしれない。これも以前書いたことの蒸し返しになるけど、キャンベルは若いころ、シュペングラーの『西洋の没落』を読んで、「私は友人たちと座り込んでは、不気味な姿を現し始めたこの未来観について議論を交わし合い、どうしたらこれを論破できるのかを必死に考え、この危機に瀕した移行期にも『明るい』側面はないものだろうかと思いをめぐらせ」ていたそうです。** この点はワタシと正反対で、筋金入りの「ポジティヴな」人生観の持ち主だったんだろう、と思う。シュペングラーとともに首ったけになっていたのがレオ・フロベニウスで、この人はいまだに「正統な」学問分野からは事実上、無視されているような民俗学者さんだったみたい。キャンベル先生もまた、古プロヴァンス語の語形変化がどうのこうの … といった「たこ壺」的かつ指導教官にがんじがらめにされる、狭い意味でのアカデミズムがよほど性に合わなかったとみえて、「博士号を取るための研究」をあっさり放棄したそうな。

 キャンベルの「比較神話学」というのは … 昔見たビル・モイヤーズとの、あの歴史的対談番組「神話の力」以来、上述したようにとにかく博覧強記ぶりばかりが目についていたけれど、大震災以降、あらためて著作をつぶさに読んでいくと、いわゆる「頭でっかちな」学者先生、あるいは「専門バカ」とは、まるで対極にいた人だったことがわかってきた。つまり、すべてがご自身の人生体験から得られた教訓と分かちがたく結びついている、ということ。机上で、アタマだけで「思念をいじくりまわす」ことにはまるで関心がなかった人だった、ということです。げんにこの本にも、そういう「アカデミズム」の殻に閉じこもっている学者先生を批判する箇所が散見されますし。

 「おのれの至福についてゆけ」とか、ローマカトリックのような排他的かつ「外のどこかにおわす神」という発想ではなく、古代インドの奥義書などに見られるような、「汝がそれだ」、アートマンとブラフマンはもっとも深いところにおいておんなじだ、という神秘思想への傾斜も、自身の身体体験を通じて、自然とそうなっただけなんだろうな、という気がしてくる。人間、自然がいちばん、ついで物事の道理が通っていることがいちばん。キャンベルはただの根の明るい、いかにもアメリカ〜ンな性格の学者だったわけでなく、徹底的な合理精神と批判精神の持ち主でもあった、ようするに、人としての「バランス」が取れていたように思う( 反対に、徹底的にインバランスな人 )。「文は人なり」、書いたものを読めば ―― 外国語で、しかも内容が内容なので、誤読は避けられそうにないが ―― おおよそどんな考えの持ち主で、どんな性格の人なのかくらいは想像がつく。一見すると、「なんだ、ユング派か」だろうけれども、読んだあと、よくよく考えてみると、言っていることはやっぱりまちがってないよなあ … と。プロフェッサー・キャンベルが、生涯かけて読み解いてきた世界各地の「神話・伝承」、そして現代の担い手である芸術家( でも、なんでヴァーグナーだけなの? ベートーヴェンは? もっともシラーの「歓喜の歌」は引用されてはいたが[ 苦笑、正確にはニーチェ『悲劇の誕生』の孫引用 ])の手になる作品の「解読」にも、じつはひじょうに深い、深い「真理の一歩手前」の思想がある。キャンベルは太古のシャーマン、ケルトのバード( bard、バルド )、あるいはフィリ( fili )が現代に憑依したかのような、ストーリーテリングの名手として名高いけれども、すぐれた思想家としての業績もまた、もっと再評価されてしかるべきだと思います … ってあまりにも長くなってしまったので、本日はこのへんで( 書いてる途中、奇しくも「N響定演」ライヴにて、そのヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ」からいくつか曲が演奏されてましたね )。

* ... ジョイス『若い芸術家の肖像』、大澤正佳訳、p. 382.
** ... キャンベル『生きるよすがとしての神話』、飛田茂雄訳、p. 93.

評価:るんるんるんるんるんるんるんるんるんるん

付記:最近、またあらたにキャンベル本を買いました。これは、未発表の原稿および講演などから、世界各地の神話の「地下水脈」をなす、すべての母たる「女神」の神秘にまつわるお話を一冊にまとめたもの。そして、ふとした拍子に見つけたこちらの本も、気になっている … 立ち読みした感じでは、ユングとエリアーデも含めた「評伝」ものみたいですね。

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2015年01月24日

『大衆の反逆』

 つい先日もすこし触れたんですが、この本は半世紀以上も前に初の邦訳が刊行されて以来、異なる版元と訳者の手で邦訳本が刊行され、またかつて大学でもこの本( 原書? )をテキストに使用していたくらいだから、いまごろ読んでいるワタシなんかが読後感をちょろっと書いても、二番煎じどころの話じゃないことは承知してますし、検索すればわかるとおりすでに有名無名問わずじつに多くの書評がネットの海に浮かんでますので、とりあえず「あくまで」個人的に思ったこととかを少し書き足してみようかと思います。以下、こちらの訳書を取り上げてみます( 下線強調箇所は、邦訳文にある「傍点」強調箇所に対応 )。

 この本で言う「大衆」とは、一般的な意味の大衆 … ではなくて、「精神的に烏合の衆と化した」人間( の群れ )のこと。本文にもあるけれど、ようするに「スノッブ」な人のこと。と、こんなこと書くと、なんだポピュリズム批判本か、と思われるかもしれない。たしかにそういうたぐいの批判本の嚆矢( 「こうし」と読む )みたいな本ではあります。事実、当時の欧州でもっとも話題になり、かつ反論もたくさん書かれたのは、キャンベル本にも再三、引用されているシュペングラーの『西洋の没落』などを筆頭とする、「欧州が支配する時代はもう終わった」みたいな「欧州没落論」本でしたし、たとえばそこには若きシュヴァイツァーがたまたま耳にしたという「けっきょく、われらはみなエピゴーネンに過ぎないのではないのか?」という嘆きもまたその時代思潮と共鳴している。シュヴァイツァー博士がのちに現代文明批判と文明の再建を考察した著作(『文明の頽廃と再建』)を世に問うたのは 1923 年。奇しくもキャンベル本にこれまた引用がよく出てくるトーマス・マン『魔の山』とジョイス『ユリシーズ( 青本 )』刊行もちょうどこのころ( 1924 年と 22 年 )だし、エリオットの『荒地』もまたしかり( 1922 年 )。このホセ・オルテガ・イ・ガセットのベストセラーもまた、ふたつの世界大戦に挟まれた 1930 年に初版本( La rebelión de las masas )が出版されている( 以下、著者名はオルテガと表記 )。

 なので、この手の本を読むときはこういう時代背景抜きには考えられないし、当時のスペイン国内の事情というのもアタマに入れつつ注意深く読む必要があります。でもたとえば巻末近くで、「今や『ヨーロッパ人』にとって、ヨーロッパが国民国家的概念になりうる時期が到来している。しかも今日それを確信することは、11 世紀にスペインやフランスの統一を予言するよりもはるかに現実的なのである。西欧の国民国家は、自己の真の本質に忠実であればあるほど、ますますまっしぐらに巨大な大陸国家へと発展して行くだろう」という一節は、まるで現在の欧州連合( EU )を予感させるような書き方ではないですか。もっとも、前記事でも書いたように、いままたあらたな嵐というか、不穏な空気が日増しに強くなってきていることも事実ではあるけれど、全体としての流れというか、根本的な方針じたいはけっしてまちがった方向には進んでいないと思う。後ずさりしつつあるのは … いったいどこの国でしょうか? 

 オルテガによれば、「当時の」欧州大陸に最大の危機をもたらした「大衆の反逆」は、古代世界、たとえば帝政ローマにもあったのだという … しかもそれはローマ帝国の版図( 「はんと」と読む )最大、まさに怖いものなし向かうところ敵なしのはずだった絶頂期、紀元 150 年以降に顕著になったとし、ホラティウスが時世を嘆いた歌も引いている( p. 71 )。そして、それ以前の地中海文明が絶頂に達したときも、同様に「犬儒派」が出現したことを指摘し、「ヘレニズムのニヒリスト」と呼んでいる( pp. 154−5 )。オルテガの論によると、中世、ルネサンスと経て 17 世紀、18 世紀までは「いまだ達せず」の「準備時代」と信じられてきた。それが市民階級の台頭と権利の獲得、そして産業革命以後の技術的進歩とともに「生活水準の上昇」がかつてない規模で進行した結果、「ついに達せり」、19 世紀という頂点を迎えた。ところが … 頂点に達した、ということは、あとはひたすら下り坂なわけで、「あまりにも満足しきっている時代、あまりにも達成されている時代は、実は内面的に死んでいるのに気づく( p. 73 )」。というわけで、シュペングラーの登場、となるわけですが、オルテガはそういう「欧州優位の時代」が過ぎ去り、当時まだ若い国、たとえば米国とか共産主義革命直後のロシアとかが支配するというふうには考えなかった。「人間の生が潜在能力の次元においていかに増大したか」と指摘して、一面的かつ恣意的な当時の「没落論」を「[ 没落なる表現は ]不明確で粗雑( p. 67 )」と釘断じ、その代表格であるシュペングラーもまた、「彼の著作が公にされる以前から、多くの人は西欧の没落について論じていたのであり、彼の著作が成功を収めたのは、… 万人の頭になかにそうした危惧や心配が前もって存在していたからである」( p. 183 )とも書いている。

 オルテガの思想 … は、この本しか読んでないから口幅ったいことはうっかり書けないが、ひとつ言えるのは、いわゆる一般的な意味での保守の論客でもなければ貴族趣味な思想家でもない、ということ。「今日の保守派も急進派も、ともに大衆である点では変わりがない( p. 143 )」。では、オルテガの言う人としての理想像とはなにか? 「私にとって、貴族とは活力に満ちた生と同義語である( p. 110 )」。あら、なんかこれどっかで見たような … 「世界に生命をもたらすこと、そのためのただひとつの道は、自分自身にとっての生命のありかを見つけ、自分がいきいきと生きることです( キャンベル / モイヤーズ著『神話の力』p. 264 )」。オルテガはさらにつづけて、「つまり自分自身を越え、… 自らに対する義務や要求として課したもののほうへ進もうと、つねに身構えている生のことである」。で、このような生の態度と真反対なのが「無気力な生」であり、そうしいう生き方を送る人々を「大衆」と呼んでいる。労働者階級とか資本家階級とか、そういう括りじゃないです。その証拠に、「大衆という言葉を … 特に労働者を意味するものと解さないでいただきたい。私の言う大衆とは一つの社会階級をさすのではなく、今日あらゆる社会階級のなかにあらわれており、したがって、われわれの時代を代表していて、われわれの時代を支配しているような人間の種類もしくは人間のあり方をさしている」とはっきり断っている( p. 157 )。

 また「大衆」とともに当時、台頭してきたまったく新しいタイプの科学者、つまり「前代未聞の科学者のタイプ … ただ一つの特定科学を知っているだけで、しかもその科学についても、自分が実際に研究しているごく小さな部分にしか通じていない人間」、つまり「専門家」と呼ばれる人々も「いかにばかげた考え方や判断や行動をしているかは、その気さえあれば誰にでも観察できること」と書き、「彼らの野蛮性こそがヨーロッパの堕落の最も直接的な原因になっている」と手厳しく指弾している( pp. 161−2 )。

 でもそれは同時に「現在の人間は自分たちの生は過去のあらゆる生よりも豊か」になり、「過去のあらゆる生よりもスケールが大きいと感じ」させた原動力とも言える。ここで当時の欧州大陸でもてはやされた感のある「没落論」を一蹴してもいるのだけれども( キャンベルによれば、オルテガとは大西洋を挟んで向こう側、米国の小説家スタインベックもまたシュペングラーのこの本におおいに衝撃を受けていたという )。科学技術の進歩によって、「今日の生は、今までのあらゆる生に比べて信じがたいほど大きな可能性の領域」をもたらしたのはたしかにそのとおりとしても、それはたとえば欧州列強の苛烈な植民地支配の上に成立していた、という事実に関してはまったくと言っていいほど触れられていない。こういう姿勢は、たとえばシュヴァイツァー博士が黒人との関係について言ったとされる、「黒人は子どもである。子どもに対しては権威なしではなにもできない。… だから、黒人に対してはつぎのことばがふさわしい。『わたしはおまえの兄弟だ。だが、兄だ』」ともある意味通底する認識に立っているのは否めないと思うし、げんに欧州が世界の支配者であることをやめてしまったら、「幼い諸民族が見せているうわついた光景は嘆かわしい。ヨーロッパが没落し、したがって支配をやめたと聞くや、諸国民や、まだ国民になりきっていない民族は、とび跳ね身ぶりをしてみせ、逆立ちをしたり、胸を張って背伸びをしたり、自分自身の運命を支配している大人の風を装ったりしている。そのため、世界のいたるところで『民族主義』が松茸のように頭をもたげている」とも書いている( p. 185 )。なのでやはり批判的に読む必要はある。

 ただ、ここで言う「民族主義」が、宗教を笠に着た自称「国家」を名乗り、それこそ無法のかぎりを尽くす、どう考えても人道や倫理にもとる行為を平然と行っている連中が存在する、という昨今の現状を鑑みると、オルテガが 80 年以上も前に指摘したことはそんなに的外れではない気もする。むしろ、何十年も先を見抜いていたかのごときその炯眼ぶりにあらためて驚かされることのほうが多い。たとえばこういうのはどうですか。「われわれは現在、平均化の時代に生きている。財産は平均化され、異なった社会階級間の文化も均等化され、男女両性も平等になりつつある。それどころか、諸大陸も均等化されつつある( p. 67 )」、「われわれの時代になって、国家は驚異的な働きをする恐るべき機械となるに至り、多数の正確な手段を用いて驚くべき効果を発揮している。それは社会のまっただなかに据えつけられており、その巨大なレバーを作動させ、社会のいかなる部分にも電撃的な作用を及ぼすにはボタンを一つ押しさえすればよい( p. 169 )」。

 話をもどして、「19 世紀が産みだした人間は、社会生活の実効面では、他のすべての時代の人間とは別なのだ … 以前は金持や権力者にとっても、世界は貧困と困難と危険の領域だった( pp. 100−1 )」。こういう19世紀的なあらたな大衆の出現を世襲貴族( 相続人 )になぞらえ、文明の恩恵を被っておきながら、「それらが生まれながらの権利ででもあるかのように、自分たちの役割は、文明の恩恵だけを断固として要求」し、ひとたび飢饉に見舞われれば「こともあろうにパン屋を破壊する」。こういう「甘やかされた」大衆が台頭した結果、サンディカリスム、ファシズムという名の「相手に道理を説くことも自分が道理を持つことも望まず、ただ自分の意見を押しつけようと身構えている人間のタイプがあらわれた( p. 118 )」。ゆえに彼ら( と、ボルシェヴィズム )は「いずれも野蛮への後退なのである( p. 140 )」。皮肉なことに、祖国スペインはその後、オルテガが危惧していたことが現実になり、独裁体制が長きにわたってつづくことになるのだけれども … 。

 この本に出てくる「国民国家」というのはいわばキーワードで、ニーチェの言う「怪物」じみた、暴走する存在の「国家」とはまるで異なる、という点にも注意を払う必要があるように思う。オルテガの言わんとしている「国民国家」とは、「古代のポリス、あるいは血によって限定されているアラビア人の『部族』よりも、国家という純粋な観念により近いものを表していると言えよう。… 国民国家は、共通の過去を持つ前にその共通性を創造しなければならないのであり、しかもそれを創造する前に、共通性を夢み、欲し、計画しなければならない( p. 230−1 )」。どういうことかって、たとえばいまの EU みたいなもの、としかボンクラには言いようがない。もう少しあとに、こんなことも書いてあります。「今日もしわれわれが、われわれの精神内容 ―― 意見、規範、願望、想像 ―― の決算書を作ったとすれば、それらの大部分がフランス人の場合はフランスから、スペイン人の場合はスペインからもたらされたのではなく、ヨーロッパという共通の背景から来ていることに気づくだろう。… 仮に平均的フランス人から、彼が他のヨーロッパ諸国民から受けいれて使用しているものや考え方、感じ方を取り去ったとすれば、思わず恐怖をおぼえるだろう。そのとき彼は、そうした状態では生きることができないことを、そして彼の内的所有物の五分の四が、実はヨーロッパの共通財産であることに気づくだろう( p. 237 )」。これに反し、「ある人びとはすでに老衰した原理を極端に、しかも人為的に強化することで現状を救おうとしている( p. 241 )」。これがオルテガの見る「国家主義」の正体。「しかし、こうした国家主義はすべて袋小路である。国家主義を未来に向けて投影してみていただきたい。そうすればたちどころにその限界が感じられるだろう。そこからは、どこへも出られないのだ。国家主義は、つねに国民国家形成の原理と反対の方向を目ざす衝動である。… ただわずかに、ヨーロッパ大陸の諸民族集団によって一大国民国家を建設する決断のみが、ヨーロッパの脈動を再びうながすことになるだろう。そのとき、ヨーロッパは再び自信を取り戻し、必然的に、自分自身に多くの要求を課すにいたるだろう(ibid.)」。

 そう、これがまさにヨーロッパたらしめている点ではないか。こういう発想こそ、じつは欧州の優位というか、環境問題・南北問題・資本原理主義の弊害 … と、けっきょくなんだかんだ言っても 21 世紀のいまもなお、「自由民主主義」体制が世界の趨勢になっている最大の理由なんだろう、と思う。もっと言えば、確固たる個人というものの考え方。個人というものがはっきり確立している。日本も含めて東洋では、どっちかと言うといまだに世間の同調圧力のほうが個人に優っている傾向は強い。もっともこの本によると、スペインでも世間の風当たりというのは、そうとう強いものらしいが … 。で、この個人という点において、じつはオルテガもキャンベルも案外、共通しているんじゃないかって思うのです。たとえば「『世襲貴族』はどういう生を生きることになるのか、彼自身の生か、それとも傑物であった初代の生を生きるのか? そのどちらでもないのだ。彼は他人の生を演ずるように、つまり、他人でも自分自身でもないように宣告されているのである。当然ながら、彼の生は真正さを失い、他人の生の単なる代理か見せかけに変質せざるをえない。… 生とはすべて、自己実現のための戦いであり、努力である。私が自分の生を実現させるに当たって直面する困難こそ、まさしく私の能力を目覚めさせ、行動をひき起こすものなのだ( p. 146 )」という書き方なんか、字面がちがうだけでようはキャンベルもその優位性を認める、欧州人による「( 真の自我、という意味の )個人の発見」という点において、まったくおんなじことを主張しているとしか思えない( 否、勝手気ままなだけの「甘やかされた」個人主義は、オルテガの言う「大衆」にほかならない )。

 というわけで、あいかわらず悟りの遅い門外漢にとって、オルテガ本との出逢いはキャンベル本にも負けず劣らず強烈な印象を残したのでした … 。たしかに地球温暖化が深刻になりつつあるいまからすると、西欧近代の物質文明に対する批判とかももう少しほしいかなとか、近代西欧が生み出した資本主義と世界にはびこる拝金主義的傾向とその思いもよらぬ反動などを考えると、当時はまだまだ素朴だったのかな、とも感じたりはする。するけど、初版本刊行後これだけの歳月が経過しながら、なお色褪せない卓抜な警句と比喩の散りばめられたこの近代大衆論、もうすごい、としか言いようがない。凡百のポピュリズム批判本と一線を画しているのは、やはりオルテガという思想家の投げかける、鋭く、そしてひじょうに深い人間洞察にあるのではないかと思う。人間精神の内面に対するその洞察力の深さには、ただ目を見張るほかなし。とにかく深い。キャンベル本にもときおり出てくるオルテガの若いころの著作『ドン・キホーテをめぐる省察』は、あいにく絶版の全集本にしかないようなので、また日をあらためて大きな図書館とかに行って探してみたい、と思ったしだい。

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2013年11月11日

『海外ミステリ 誤訳の事情』

 本家サイトがいちおうの完成を見るまでは、ひたすら ―― でもないか、ヤナセ訳『フィネガン』のように脱線することもしばしば ―― 聖ブレンダンおよびラテン語版『航海』関連書を読み漁っていたものですが、そのあいまにときたまですが、どういう風の吹き回しか海外ミステリ小説なんかも読んだりすることもありました。だれだったか、某競馬ものシリーズの定番の訳者先生の訳文を評して、「新聞記事みたいな訳文が好き」とかおっしゃっていた方がいたことも思い出した。

 先日、地元図書館でたまたま海外文学ものの書棚前に来たとき、なんか妙にユルいダストカバーのこの本が目にとまり、バッハのカンタータ全集のついでにとこっちも借りて読んでみたら、これがけっこうおもしろい。10 年前にすでにこんな本が出ていたとは、遅かりし、由良之助 !! 

 たとえばオビに、「なぜ刑事はとつぜんデンマーク人を探しに行ったのか / 「なんで ? 」と思った人は 104 ページへ」とある。これなんかたまさか冷やかすていどのミステリ門外漢でも、なにをまちがえたのかはわかる。と言っても、いまどきの人だったらだれだってああ、あれか、とすぐ思い当たるエラーだとは思うが( ハラが減っては戦ができぬ、と思ったかどうかは知らないが、ようするに刑事はパン屋さんに行ったんですね )。

 またしても寡聞にして知らなかったが、著者の直井氏はもと商社マンで、米国ニューオーリンズとかヒューストンあたりにけっこう長く駐在していた人らしい。エド・マクベインと親友で、長いつきあいなんだとか。なんてスゴい人だろう。海外ミステリ好きが昂じて、作品の舞台になった土地をあっちこっちと訪ね歩いてきた人でもあるらしい。

 いわば海外ミステリものの目利きみたいな人なんですが、マルタの鷹協会の月報に、誤訳指摘のコラムを書いていたつながりでこの本を著したようです。日本語訳文の語感の問題から、ミステリにつきものの銃火器関連の知識を縦横に駆使して原作者の知識不足まで指摘したりと、内容的にはかなーり辛口。でも、世に言う「誤訳指摘本」と一線を画しているのが、全巻通して流れているユーモアと、やさしい視線です。それがもっともよく現れているのが、やはりこの本のユル〜い装幀。借りる気になったのも、はっきり言えばこの本のユルい装幀画に尽きる( 笑 )。ふかふかのあたたかいふとんのように見えて、カバーをめくったらなにやらキラリと光るものが出てきた、そんな印象。

 また、「書いている側が名前を出し、書かれている方々を匿名に」した点が人間的にも好感が持てます。例外的にお名前が出ている訳者先生もおられるが、たいていの場合はよい仕事をされた方。もっとも「映画字幕翻訳の大御所」だった某先生の場合は、「チャンドラーならこの翻訳家と思われていた人の省略ぶりには、いささか驚いた」。

 「重箱の隅を徹底的に」突いたとありますが、むしろ問題視しているのは訳者ならびに編集者の attitude のほうだと感じた。ミステリというジャンルはいわゆる通俗小説、消耗品と割り切っているのではないか、と「あとがき」で苦言を呈しています。たとえばある訳書で、はっきり言ってケアレスミスのたぐいのつまらない誤訳を担当編集者に伝えたら、「迷惑そうな顔をして ―― 確かに迷惑なのだろうが ―― 文脈の大きな流れとして間違ってなけゃいいじゃありませんかと」言われたんだそうな。やっぱ図書館で読むにかぎるな、そのていどの矜持で世に出された邦訳本じゃね。

 ちょっと脱線すると、たとえば大部のノンフィクションとかの場合、一部を端折った「抄訳」という場合も多かったりします。で、一字一句厳密に訳出した「完訳」との見分け方があるんです。「訳者あとがき」に、「本書は … XXX を訳出したものである」とかなんとか書いてあったら、十中八九、抄訳つまり部分訳と思ってまちがいない。きちんと全訳した場合はちゃんと、「 XXX を全訳したものである / 完訳したものである」と書いてあるはずです。そういえばかなり昔、さるジャーナリストの書いたカラヤンの評伝邦訳が出て、それが『レコ芸』の書評に取り上げられてたんですが、「調べてみたらかくかくの章が抜け落ちている。けしからん」みたいなことが書いてあった。この評者先生自身、ドイツ語圏の音楽関連本の邦訳を多数ものされていて、「オレはすべて全訳しているのに、なんなんだこのていたらくは ?! 」と思ったのかもしれない。でも、一般教養書とかノンフィクション本の場合ではこれはわりとよくあること。ものによっては必ずしも最初から最後まで日本語にしなくたってかまわない。げんに手許の『中世キリスト教の典礼と音楽』というすばらしい訳書だって、全訳ではないけれど、だから困った、不便だ、と感じる点はないですしね。むしろ問題なのは、全訳にしろ抄訳にしろ、中身の訳文でしょう。いくら全訳したからって、あまりに読むに堪えない訳だったら、だれも大枚はたいて買うことはないでしょう、たとえそれが Kindle 本で廉価で投げ売りされていたとしても ( そして残念ながら、キャンベル本にもそのたぐいの迷訳[ ? ] が紛れこんでいたりする。『千の顔をもつ英雄』とか、『神の仮面』上下巻とか )。

 話をもどして、上記とおなじようなケアレスミスのたぐい、たとえば sawhorse を「馬」、字幕の意味の subtitle を「副題」とやってしまったようなことは、だいたい見当がつくけれども、料理名、地名、略語、役職名の表記、作品に出てくる映画の邦題はどうするかなど、いつものように付箋ペタペタ貼りながら読み進めていったらたちまち付箋だらけになって、ぜんぶ紹介できないのが残念。ただ、ひとつだけつよく印象に残ったのは、ミステリ作家っていう人はどうも古典、とりわけシェイクスピア作品の引用が大好きな人が多い、ということ。たとえば『ハムレット』。有名な第三幕第一場の長い独白( 'To be, or not to be ... ' を含む独白 )箇所から引用したタイトルだけでも、著者調べによればもじりも含めてなんとその数 21 篇あったという。警部がさらりと『ハムレット』からの引用句を口にしたり … あ、そういえば、やはり図書館で、『流れよわが涙、と警官は言った 』なんていうタイトルの SF 小説があったことも思い出した。こういう音楽関係もぽんぽん出てくるから、やはり翻訳はむずかしい。音楽関連については、直井氏のこの本では南北戦争時代の軍歌と、On Top of Old Smoky が取り上げられてました( 俎上に上げられていたのは、これを「グレート・スモーキー山脈」ととらずに、「古びた煙突」としちゃった訳書。以前ここでも Museum と大文字で始まっているにもかかわらず「ミュージアム」と手抜き訳した本のことを書きましたね )。引用、というのではハクスリーの短編集 Mortal Coils ( 1922 ) も出てきて、じつはこれじたいがおなじ『ハムレット』の引用でもあるんですが、ワタシはキャンベル本の影響で、ハクスリーとくるとつい『知覚の扉』のほうを思い浮かべる( これももとはブレイクの詩『天国と地獄の結婚』からの引用、つまりキャンベルは孫引用している )。そんなこと言ったら、映画「スターウォーズ」のエピソード 6 で、今際の際にあるヨーダがルークに向かって、「おまえは、自分の父と対決して倒すことが使命となったのじゃ。果たしてその重荷に耐えられるか ? 」と問うけれども、これだって見方によっては、「おまえは自分の運命に耐える力があるのか」というハムレットの自問が響く、ということも言えないことはない。ついでに一箇所だけ、千慮の一失と言うべきか惜しいと言うべきか、「ハスクレー」という誤植があったのはご愛嬌。

 著者の該博な知識にまたしても脱帽、ではありますが、俎上に上げられている英語圏ミステリの訳書は、なんかこう刊行からウン十年経っているような、古本がちょっと多いような気がするのも事実。終章に「先人たちと現在」とあり、戦後まもないころの海外ミステリの「珍訳」、たとえば『くまのプーさん』を「漫画本」とした訳書とか、あとその当時のヘンテコ訳として「エリントン公爵のピアノ(!)」なんてのも引き合いに出していますが、こんどもし続編を書かれるようなら、ぜひここ 10 年以内に刊行された海外ミステリ訳書について書いてほしい、とも感じたしだい。
 
 こういう読んで楽しい、もちろんおおいに頭を掻かされ勉強になる「誤訳指摘本」は、希少だと思う。そしてなにより、それでも邦訳ミステリが大好きでたまらない、という姿勢がビンビン伝わってくる。だからこその「辛口批評」なんですね。とにかくもし、海外ミステリものの翻訳者を目指している若い人が、この拙いワタシの評を見たら、なにはともあれ一度はこの本を手に取ってしっかと読むべし。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるん

付記:先日、キャンベルの創作作法について書いたんですが、例の黄色いリーガルパッドと呼ばれる筆記用紙。じつはこの本にもその説明が出てきまして( p. 114 )、そうか、向こうでは法曹界の人間が使う場合が多いのか、ということに思い至った。そういえば「ソーシャル・ネットワーク」だったかな、なんかそんな筆記用紙が出てきたような気が … 世の中には万年筆や原稿用紙なんかにやたらとこだわりを持つ人が多いらしいけれども( 自分もそう )、ググってみたらリーガルパッドにもいろいろあって、そんなリーガルパッドを解説しているブログ記事とか眺めているうちになんか急に( ? )自分もほしくなってしまって、地元の文房具屋に行ったらたまたま Mead のパッドが置いてあったのでとりあえず買って、さっそく使ってみた( 影響されやすい人 )。名前くらいしか聞いたことのなかったこの米国生まれの黄色い剥ぎ取り式筆記用紙、いやービックリ、こんな使いやすいものがあったんかと目から鱗状態です。この点に関しても、間接的にはキャンベル先生のおかげかもしれない。満寿屋さんの原稿用紙もすばらしいが、ちょっとしたメモ書きなら断然、こっちのほうがいい。この前も、「英語で読む村上春樹」で英訳者のルービン先生のお話を聴きながらこのリーガルパッド上に要点を走り書きしていた。これからはこれでいこう。ただ買ったパッドは日本人の感覚からするとちょっとでかい気がするので、ジュニアサイズのものも買おうかなと、思案中。ついでにリーガルパッドで思い出したけれども、たしか iPhone / iPad 標準搭載のメモ帳って、デザインがまさしくこれですよね ? 黄色い帳面を再現したような感じで、罫線のかけ方までそっくりだ。もっともあちらはデジタル端末のメモ帳なので、それなりに便利な使い方とかあるのかもしれないが( iPhone / iPad で作成したメモは Mac でも即編集可能、もちろんその逆も可なところとか )、視認性という点ではどうなのかなあ、と。じっさいに紙のリーガルパッドを使ってみると、視認性という点では断然紙のほうがいいような気が … とこれは個人の感想です。

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2013年08月05日

『それでも、読書をやめない理由』

 前記事のつづき、というわけでもないんですが、あの中身のひじょうに濃いショーペンハウアーの小著にはしおりと地元紙書評欄の切り抜きがはさんであって ―― 切り抜きを挟んだ当人はそんなこととっくに忘れている ―― それがこの本を取り上げた書評記事だった。というわけで、おんなじ読書関連ですし、せっかくだからこちらも書いてみる気になりました( 笑 )。

 この本、「日本語版によせて」という巻末の著者のことばを引くと、本書は「思いもよらない状況から生まれた。本の虫以外のなにものでもなかったわたしが、突然本に集中することが難しくなったのだ。原因のひとつはテクノロジーにあった。より正確にいうなら、テクノロジーがもたらすノイズだ。… 現代的で、何重にもつながった過剰ネットワーク生活にひしめく、あらゆる注意散漫の元。… 本書を書いた目的は、この問題を特定し、言葉にすることによって、注意散漫の悪循環からなんとか抜け出す」ために書いた、という。著者デヴィッド・ユーリン氏は「ロスアンジェルス・タイムズ」の文芸担当記者で、現在はカリフォルニア大学大学院で創作を教えている人。

 「テクノロジーがもたらすノイズ」、とは言い得て妙。この手の「ノイズ」って、いまじゃ著者言うところの Twitter や FB に代表される SNS、ブログのたぐいなんでしょうが、昔はやっぱり TV ですかね。あまたの英米文学ものの翻訳を手がけてきた中田耕治氏だったかな、原稿書きの仕事はコタツの上で、しかも目の前の TV もつけっぱなしで、とか書いていたのは。でもひねくれた一読者から言わせれば、「それってけっきょく、当人の心の持ちようでどうにでもなるんじゃ … 」とつい、横槍を入れたくなるところではありますが、この著者の場合はそうはいかなかったようで … あるとき著者ユーリン氏は、『グレート・ギャツビー』を課題としてレポートを提出しなくてはならない中学生の愛息に、「文学は死んでるね。だれも本なんて読まないんだ」と出し抜けに言われたことにおおいに衝撃を受けた。反論しようにも、悲しいことに愛する息子から繰り出された強烈なパンチをお返しする反論さえ浮かばない。それもそのはず、「本の虫」であったはずのこの自分でも、「ひょっとしたらそうなのかも」と、本を読むことに集中できなくなっている自身を顧みて疑念に駆られているのだから … 。

 かくして、なぜ、こうなったのか ? ほんとうに「文学は死んだ」のか ? もうだれも本を、つまり「物語」を読まないのか ? ということを、いままで著者が読み親しんできた小説家やエッセイストの作品から引いた文章から、そして最新の脳科学研究の報告まで引いて、文字どおり徹底的に考察を進めた本です。考察、と言ってもそこはそれあくまで個人的体験にもとづくエッセイなので、文学・物語の本質について考察したかと思えば『グレート・ギャツビー』をめぐる息子との一件にもどったりと、ショーペンハウアーの本とは正反対のテイストで「ヒトが本を読むということ」について綴ってます。読みようによっては読書論というより、父と息子の物語、もっとはっきり言えば愛する息子ただひとりのために書いたような、そんな本です。これはこれでおもしろい書き方だと思う。著者も言っているように、いろいろな読み方ができるというのは、いわゆる文学 / 物語の本質だと思うから。

 ありがちな、「最新テクノロジーの媒体 vs. 旧来の媒体」という図式では語っていない。一個人の視点から綴られたこの本の語り口はときおり散漫になりがちではあるけれど、一貫しているのはメディアとかテクノロジーとかいうモノではなく、真に問題なのはそれをどう活かす / 使うか、その結果出てきたもの、いまふうに言えばコンテンツのあり方にある、という点。グーテンベルクが活版印刷を発明した当時は、「紙に印刷された本」こそ、時代の最先端をゆくテクノロジーであり、それゆえ旧来の情報媒体とその文化、たとえば写本文化を支持するような立場の人からは非難されたりした。あたらしい媒体が登場するたびにわれわれの脳内も「作り変え」られてきている、という研究結果なんかも紹介されてておもしろいけれども、「あたらしいテクノロジーの使い方」ということでは、「かぎりのない現在時制」という点が、こと本を読む行為にとってははなはだ邪魔になる、とも指摘している。
… ( テクノロジーは )存在することさえ知らなかったものに近づく機会を与えてくれる。… とはいえ、少なくともわたし個人は、… 特殊なケースだと考えている。過飽和状態のわたしたちの文化は、絶えず存在し続ける "今" の上に崩れてきつつあるからだ。より日常的にわたしが抱くのは、知的な意味でも感情的な意味でも表面だけをかすめているような感覚や、なんとなく漂っているような感覚のほうだ。そんな感覚の中で、時間と文脈は、錨を失い漂流している。これこそが、わたしの注意散漫の本質だ。

「どんなときも、世界があまりにも手近にある」。言われてみればたしかにそうで … ゆえに「思いついたその瞬間に Eメールをチェックできる」し、また、「リアルタイム至上主義」みたいな 21世紀のいまを考察した最近のエッセイからこうも引用する。「スピードが、それだけで価値を持つ時代になってきた」。

 対して、本を読むという行為で流れる時間というのはちがう。「真の読書」は、「余裕が必要」で、「瞬間を身上とする生き方からわたしたちを引きもどし、わたしたちに本来的な時間を返してくれる」。たとえて言えば、新幹線ではなく鈍行、クルマではなくテクシー( ちょっと言い方が古い ? )。ワタシは日ごろからよく歩いているのですが、おやこんなところに花が咲いてたとか、けっこういろんな発見があって飽きないですね。クルマは、もちろん悪いとは言わない。交通事故さえ起こさなければ。なんたって地方在住者にとっちゃ「足」ですし。荷物がかさばるときなんかも自家用車でもレンタカーでも、とにかくクルマはあったほうがいい。でも「ちょっとそこまで」行くのにもクルマを乗り回すような御仁がじつに多い。前にも書いたかしら、故阿久悠さんが何十年も昔、「日本人は自家用車を持つようになって傲慢になった」と書いていたと聞いてますし。ときには歩きもいいもんですよ。老化は足腰からくるって言いますし。

 話もどして、本を読むという行為のもたらす効用は、なにも本来的時間をとりもどすことにとどまらない。「読者は本と一体化する」、これこそがまさしく本を読む醍醐味、本を本たらしめるものだと著者は書く。
… ( 『ネット・バカ』の著者ニコラス・カーは ) 読書とは心の状態や体験を描き出す方法、あるいは刻みこむ方法であると述べている。読書とは、それによって人生の認識にいたる、人生のひな形である、と。… 読書とは、自己認識の一形態であり、それが達成されるのは、逆説的だが、自己を他者と重ね合わせたときである。それは、わたしたちをきわめて具体的に変化させる抽象的なプロセスだ。

 それじゃ、いま流行りの電子書籍( おどろくことに、米国人の著者でさえ、ふだんの生活では電子書籍リーダーが使用されている場面をあんまり見たことがないという ! )はどうか。画面上に表示されるテキストデータを読む行為は、紙の本と変わらぬ効用をもたらしてくれるのか ? 

 以前、iPad にプリインストールされているらしい『不思議の国のアリス』について、「電子紙芝居」だと書いたおぼえがあります。もはや電子書籍上で読むというのは、ただ白地の画面に並んだ活字の列を読むことだけにとどまらない。飛び出す絵本よろしくキノコが転がり出てきたり、派手なアニメーションや、音楽なんかも流れたりする。こういうご時世なので、米国の物書きのなかにはさっそく最新テクノロジーを駆使した作品( 紹介されているのはプレゼンソフトを使用した章のある小説 )をものする人も出てきている。こういう「作品」を読むことも、読み手の精神を豊かにし、想像力を深め、人格を形成するような読書になる、と言えるのか ?? 著者自身、すでに iPad も Kindle も持ち、『シェイクスピア全集』から『ザ・フェデラリスト』までさまざまな本を揃えている。そんな著者曰く、「どんな形であれ、すべてはテキストがあってこそ成り立っている … そして、読書の質が上がるかどうかは別として、本を読むという行為はさまざまな形態のもとに存在しうる」。… なんでもすぐにこたえを求め、即「白か黒か」と判断をくださずにはおれないいまの悪しき風潮、というのはわかっちゃいるんだが、やっぱりワタシとしては性格的に、「うまくボカしたな」と思ってしまった。

 でもこの本、読書論というのをはるかに超えて、米国人の精神的崩壊について、ある大学の卒業式におけるオバマ大統領の意味深な発言について( 「情報は気晴らしとなり、娯楽となり、… そうした情報のあり方はあなたたちを圧迫しているばかりか、わたしたちの国や民主主義さえ、これまでになく圧迫している」。とくに下線部に注目 ! )、米国の中学生が受ける文学の授業の内容について ( びっくりするくらいの本格的な作品解釈、そして詳細なレポート提出まで課される。ある意味、ひじょうに古典的な学習方法 )、そしてなんといってもこの本じたいが、古今のすぐれた英米文学読書案内としても読める( ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』について、「正直に認めよう。わたしも全部読んだわけではない。まだ読み終わりそうにもない」というのは、この人の人柄が出ていて好感が持てる )。個人的にはこっちのほうにおおいに惹かれた。知らない作家がぞろぞろ … とりわけ「最初から脱線して全編余談という傑作」だという、大バッハの息子たちと同時代人のロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』なんか、読んでみたいですねぇ。また、冒頭に出てくる、ジョーン・ディディオンが 40 数年も前に書いたというエッセイ集からの引用箇所なんか、なんとなく以前読んだウェンデル・ベリーの The Unsettling of America とも通底しているようにも感じた。

 他人の著作からの引用、ということでは、前出のディディオンのエッセイに、この本の内容を要約しているような箇所がありました ――「わたしは、もっぱらみつけるために書く。自分は何を考えているのか、何に直面しているのか、何がみえているのか、それは何を意味するのか、何が欲しいのか、何が恐ろしいのか」。「書く」を「読む」と言い換えれば、そのままわれわれ読み手の問題になりますね。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるん

余談:再三、この本で取りあげられていたスコット・フィッツジェラルド。『グレート・ギャツビー』以外はなにも知らなかったが、『崩壊』というエッセイ集、このたびこの本を読みまして、興味を惹かれました。フィッツジェラルド … がらみでは、手許の古い翻訳指南書の記述も思い出した。曰く、フィッツジェラルドの文体って「庄野潤三の文体によく似ており、言葉の選択が極度に慎重で、センテンスは透明で明晰さがあり、おだやかに押えて書いてありながら、文章に陰影と量感と静かな気品があって、詩心の豊かさを感じる」。なお個人的なこだわりとして、こうしてディスプレイ画面上にキーボード叩いて文章を綴るのと、原稿用紙に向かって手書きで綴るのとでは、書いた文章に対する心理的距離があきらかにちがう、と感じている。昔、まだまだ「ワープロ専用機」全盛時代だったころ、故飛田茂雄氏がワープロで作成した文章についてこんなこと書いていた。飛田氏は訂正だらけの手書き原稿を編集者に渡すのが心苦しかったらしく当時からワープロ肯定派で、整然と印字された原稿は「客観的に読み返すことができます」と評価していた。これは裏を返せばどんな駄文でもそれらしくかっこうのついた文章に「見えて」しまうということでもある。同様に、ディスプレイ上に表示された活字の列を目で追うのと、紙の上に印刷された活字の列を目で追うのとでは、やっぱり心理的に違和感がある。たとえば RSS リーダーとかに表示される新着記事の一覧を無造作に「飛ばし読み」、「ななめ読み」している自分に気づく。この「読んだ気になっている」という問題は、電子書籍も含めたハイパーテキスト世界全般に言えることなんじゃないかと思っている。みなさんはどうですか ? 

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2013年07月29日

『読書について / 他二篇』

 じつはこの岩波文庫版、かれこれ 16年くらい前に『知性について』とともに買っておいたくせに、いまごろになって読み終えたという … 忘れていたわけじゃないんですが。後者については、これから読むつもり。

 ひじょうに有名な、文字どおりの名著ですのでワタシみたいなのがあれやこれやと読後感を述べることないんですが、キャンベル本をいろいろ読んできた手前、なにかと引用されているショーペンハウアーですから、ちょうどいい機会だしこのさい二冊ともしっかり読んでおこう、と殊勝にも思いまして … 「箴言警句の大家」と言われるだけあって、さすがに言い得て妙、みたいな箇所がたくさんある。たくさんありすぎて、目移りするくらい。全体通しての印象としては、やはり正鵠を射たことばというのは、いつの時代でも通用するものなのだなあ、ということです。
読書は言ってみれば自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。 … かりにも読書のために、現実の世界に対する注視を避けるようなことがあってはならない。 … 心に思想をいだいていることと胸に恋人をいだいていることは同じようなものである。我々は感激興奮のあまり、この思想を忘れることは決してあるまい。―― 「思索」から

ドイツやその他の国でも、現在文学が悲惨をきわめているが、その禍根は著作による金銭獲得にある … このような現象に伴ってまた言語が堕落する。… 翻訳の途中で原著者の説に改訂、加工を企てる翻訳者についてもここで一言しておくべきである。彼らのこのふるまいをいつも私は無礼であると思っている。汝、非礼なる翻訳者よ、すべからく翻訳に価する書物を自らあらわし、他人の著作の原形をそこなうことなかれ。… 我々は他人の文章の中に、文体上の欠陥を発見すべきである。それは自分でものを書く際にそのような欠陥におちいらないためである。… 単純さは常に真理の特徴であるばかりか、天才の特徴でもあった。文体は美しさを思想から得る。似而非思想家の場合のように、思想を文体によって美しく飾ろうとしてはならない。文体とは所詮、思想の影絵にすぎないからである。ものの書き方が不明瞭、もしくは拙劣であるということは、考えが曖昧であるか、もしくは混乱しているかのいずれかであるということである。… ドイツ語の悪文は実に長い。互いにもつれ合った挿入文がいくつもその間に割りこんで、ちょうどりんごを詰めた鵞鳥のような文章である。… ドイツ人ほど自分で判断し、自分の判断で判決を下すことを好まない国民はいない( 下線は、邦訳文では傍点強調箇所 )。――「著作と文体」から

読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるにすぎない。習字の練習をする生徒が、先生の鉛筆書きの線をペンでたどるようなものである … 読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない。… 熟慮を重ねることによってのみ、読まれたものは、真に読者のものとなる。食物は食べることによってではなく、消化によって我々を養うのである。それとは逆に、絶えず読むだけで、読んだことを後でさらに考えてみなければ、精神の中に根をおろすこともなく、多くは失われてしまう。… 悪書を読まなすぎるということもなく、良書を読みすぎるということもない。悪書は精神の毒薬であり、精神に破滅をもたらす。良書を読むための条件は、悪書を読まぬことである。人生は短く、時間と力には限りがあるからである。―― 「読書について」

 この三篇は、『付録と補遺』という、ショーペンハウアー晩年に編まれた小論集から抜き出されたもので、ほんらいはこの大部の小論集に収められた全文を読まなくてはいけないとは思うけれども、この三篇だけでもショーペンハウアーという哲学者がどんな思想の持ち主だったかを知るにはじゅうぶん、という気がする。訳文はいささか古くて、いちいち「である」調がめにつく嫌いはあるけれど、それでも原著者の卓抜な警句、とりわけみごとな比喩表現には舌を巻いた。

 小論三篇中いちばん長い「著作と文体」では、たとえば「匿名批評家」の害について憤懣やるかたなしといったふぜいで一席ぶっているけれども、よくよく読んでみるとどうも当時、ドイツ語そのものの「改悪運動」が起きていたらしいことがわかる。このへんの事情についてはまるで知らず、ショーペンハウアーの檄文によって推測するのみなんですが、日本語でいえば一連の「当用漢字」策定までの騒動とかがこれにあたるのかもしれない。とにかくショーペンハウアーは当時のこうした悪しき風潮、とりわけ台頭しつつあった「ジャーナリズム」が先頭に立って国語としてのドイツ語を切り刻んでいると嘆き、「無頼漢的三文文筆家が国文法を乱し、国語の精神を台なしにしているのである … ドイツ語はまったく大騒動に陥った」。でもこれっていまの日本語の置かれた状況にも当てはまるような … わけのわからない国籍不明語が跳梁跋扈するいまの日本語。なんでもかんでも短く切り詰めてしまう世の風潮。その結果、もてはやされているのは一回耳にしただけではなんのことだか見当もつかない、なにかの符丁・隠語のような短縮語とカタカナ語の氾濫、いっぽうで「憮然とした」とか「気のおけない」とかの言い回しが本来の意味で理解されなくなりつつあり、あるいは「ら」抜き / 入れことばとか … 。そして、こうした問題というのはいつの時代にもあるもんだなあ、ということも感じたしだい。それと「ドイツ人ほど自分で判断し、自分の判断で判決を下すことを好まない国民はいない」という一文、「ドイツ」人を「日本」人に変えたってそのまんま通用しますな。

 翻訳関係でもっとも耳に痛い警句は、おなじく上で引いた「著作と文体」の一文ですね。たしかに辛辣だ。イタリアだったか、「翻訳者は裏切り者」という諺があるのは … ショーペンハウアーは当時のインテリ必須の古典語の素養が当然あるから、この本の中で名前を出しているアイルランド人神学者・哲学者のエリウゲナの『自然の区分』とかも原文ですらすら読めたのかもしれないが、われわれふつうの読者はやっぱりこのような「翻訳」がないと、とてもムリですよ。たしかにどんな翻訳だって叩けばホコリが出るものではあるけれど … でも「まともな翻訳」だったら、そっちで読んだほうが断然、理解ははやいし正確に読めますよ、確実に。この論文でショーペンハウアーは翻訳者を「無礼者」呼ばわりしているけれども、ひょっとしてショーペンハウアー自身は自分の書いた本が翻訳されるのがうれしいどころか、がまんならぬ卑劣な行為、と本気で思っていたのかな ? そりゃなんだって原文で読めれば、苦労はしないですよ。でもきょくたんな話、『聖ブレンダンの航海』みたいな中世初期アイルランド特有の「島嶼ラテン語」で書かれた作品とか、だれでも読めるわけもなく、またセルマーのような学者が写本を突きあわせて校訂した版もあるとはいえそれ自体が欠点を抱え、なおかつ不明な箇所、「スカルタ」のような特定不能な語だってたびたび出てくるわけで … というわけで、翻訳はやっぱり必要な言語行為だと思いますね。翻訳してくれる人がいるおかげで、ショーペンハウアーのこのすばらしい本だってわれわれみたいなごくふつうの日本人読者でも読めるわけですし ―― たとえそれが誤訳を含み、かつ原著者の意図した通りの修辞と表現をそっくりそのまま再現していなくても ( どんなすぐれた翻訳にも誤訳はあるものだし、間然するところのない完璧な翻訳、というのも存在しない )。

 … いま読みかけのキャンベルの『神話の力 IV 創造的神話』に、ショーペンハウアーの「天球の音楽」に関する引用があったりするんですが、「思索」にもそんな表現がひょっこり顔を出していたりします … 。↓
… 思索家自らの思索はパイプオルガンの基礎低音のように、すべての音の間をぬってたえず響きわたり、決して他の音によって打ち消されない。

これなんか好き者としましては、いかにもドイツ人らしい音楽のたとえだなあなんて感心してしまう。蛇足ながら「基礎低音」とあるのはオルゲルプンクト、「オルガン点」という長ーく引き伸ばされた低音のことで、バッハ作品にも頻繁に出てきます。言いたいことは、読書を通じて他人の思想を取りこむことに汲々とするあまり、「常識や正しい判断、事にあたっての分別などの点で学のない多くの人に劣る」学者とちがい、真の思想家は「すべてを消化し、同化して自分の思想体系に併合することができる」。そのちがいをオルゲルプンクトになぞらえたもの。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるん

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2013年04月29日

番外編・「JIJI い放談」

A:よオひさしぶり ! 待ったか ? 
B:かれこれ 2 年ぶり ? いやもっと長かったか。そんなには待たなかったけど。
A:で、本日のお題は … いま話題の本かね ? 
B:お題を決めたってどうせすぐ脱線するけど。
A:村上さんの例の最新作、スゴいねェ、たった一週間で初版 100 万部だってよ ! 
B:オレは流行りものは嫌いなんだが、村上さんについてはご自身すぐれた翻訳家でもあるし、前々から気になる存在ではあったんだね。で、前作 … はなんだかすごく長そうだったんで ( 苦笑 ) 遠慮したから、今回の作品は手ごろな長さだし、しばらくしたら地元の本屋をのぞいてみようかなって思ってたんだけど … なんかどこも品切れ入荷待ちみたいだね。流行にもいろいろあれど、とにかくこういう「純文学もの」が売れる、というのは、本屋さんにとっては手放しでうれしいことなんじゃないかな。
A:村上さん、とくると、あんた的にはやっぱり『翻訳夜話』かね ? 
B:うん … 最近、再読してみた … その本の中でご本人が「予告」していたとおり、その後サリンジャーやフィッツジェラルドの新訳を上梓されて、調べたら『夜話』の「続編」まで 10年前にすでに出ていたりして ( 笑 )。
A:あれはまるまる『キャッチャー・イン・ザ・ライ』翻訳の話だよ。
B:… チャンドラーの『長いお別れ』の新訳も手がけているんだね、すごいなあ … 。でも自他ともに認める「翻訳刊行点数の多さ」だけれども、これってぜんぶ、自身が気に入った小説だけを翻訳したものなんかなあ ? 
A:たしか『翻訳夜話』に、「机の左手に気に入った英語のテキストがあって、それを右手にある白紙に日本語の文章として立ちあげていくときに感じる喜びは、ほかの行為では得ることのできない特別な種類のもの」とか、書いてなかったっけ ? 
B:「翻訳の神様」というタイトルのまえがきの一節だよね、それ ? ということはいちおうご自身が気に入った本だけを訳しているというふうに考えていいのかな ? そういえばかなり古い翻訳指南書に、「自分の考えとまったく相容れない内容の原著を翻訳するぐらい心理的に苦痛」なことはないって書いてあったことも思い出した。
A:でも現実には … 。
B:翻訳専業でやっている人に言わせれば、そんな贅沢は許されない、自分の好きな原本だけを翻訳できるなんて、しょせん大作家先生にしかできない芸当だ、なんて嘆き節が聞こえてきそうだな。
A:村上さんていわゆる下訳者って使うのかな ? そういうケースって多いじゃない。
B:たしか『夜話』に、「下訳というようなものはまったくなしで、まず自分で翻訳します。それを何度も何度もチェックして、文章を揃えて、プリントアウトして編集者に渡して、その稿を柴田さんがチェックして、… そのコピーを僕がもらって、二人で持ち寄って、ああでもないこうでもないと討論して、そうやって最終稿を仕上げます」とかって書いてあるよ。
A:まるまる一冊、ぜんぶ翻訳するんだ、そりゃすげえ。よっぽど「ヨコのものをタテにする」のが好きなんだな。
B:いまじゃ PC の画面見ながらエディタかワープロソフトで打ちこみだろうから、その物言いはちと古い気がするが。
A:昔は縦書き原稿用紙に … 。
B:文字どおり「ヨコのものをタテに」していた。ペラ何枚、という言い方もとっくに死語かしら ? と吉田秀和氏ふうに言ってみる。とにかく『翻訳夜話』は、とくに英米文学ものをよく読む人とか、そっち系の翻訳者を志している人はまず読んだほうがいい、must な一冊だと思うね。
A:… その手許にあるのは … 。
B:最近、「新書」って売れ筋みたいで … 昔からそうかもしれないけれど、なんか本屋に行っても文芸ものの文庫本より、すこし判型の大きな新書もののほうがベストセラーリストによく入っていたりするよね ? 
A:刊行点数はやたら多いが … 。
B:玉石混交、いやもっと言えば「悪貨が良貨を … 」という印象。いわゆる「平積み」してあるコーナーで何冊か手に取ってパラパラ繰ったりするけど、「なんでこんなのがそんなに売れてんのかねェ ? 」と首を傾げるようなものも多くて ( 苦笑 )。
A:で、その新書本はアンタ的には正解だと ? 
B:そのギャク。オレは「これは買うべき本、これは図書館で借りて読むべき本」とはっきり分けている。蔵書 … ったってたいした量の本を持っているわけじゃないが、ほいほい買うわけにもいかないでしょ、いつリストラされるかわかんない一介の底辺労働者なんだから … それに物理的にもうムリ。コープマンみたいに庭に書庫を立てるわけにもいかんし ( 笑 )。だから、あえて名は伏すが、以前、庶民の味方の図書館を目の敵にするような内容を週刊誌に寄稿していた人とかいたけど、トンデモ発言だね、ありゃ。
A:… 図書館員は全員、書店で研修を受けよ、そうすれば一冊の書籍を売るのにどれだけ苦労するかが身をもってわかる、みたいな記事だったっけ ? 
B:それそれ ( 笑 )。バカじゃないのこの人ってそのときは思ったよ。そういうこと言う人に訊いてみたい。あなたは調べ物で図書館を利用したことが一度たりともないのかってね。
A:その人ってたしか、「売れ筋の本ばかり何部も所蔵する公立図書館の傾向」を問題視していたよね ? 
B:だからって図書館じたいをまるで商売敵のように扱うのは論外も論外。音楽 CD でもおんなじこと言ってるけど、ほんとに必要だと判断したら買いますよ、紙の本だろうといま流行り ( ? ) の電子書籍だろうと、その人にああだこうだと言われるまでもなくね。買うか買わないかを決めるのは読者であって、本を書いた人じゃない。その人の書いた本ってまるで興味のない分野ということもあってか読んだことないし、読んでない本についてあれやこれや言うのは「これはワタシの飲んでいないおいしい / まずいワインです」と言っているようなものなので本来は慎むべきなんだが、たいていそういうこと言う人の書いた本って書き散らし系が多くて、ツマラないときている。
A:じゃその本もそんな一冊 ? 
B:いや、けっしてそうじゃない … 最近よく TV とか出ている若い論客のひとりで、それまでちっとも知らなかったからちょっと興味を惹かれて、それじゃなんか読んでみるのが一番、と思って借りてきたんだけど … なんつーか、ひとことで評すれば、「なんとも挨拶に困る」って感じ。
A:… なんか先の大震災で飛び交った流言を検証した内容みたいだが ? 
B:「日本は『震災大国』であり、… 今回の大震災からも、私たちは多くのことを学び、その教訓を後世に残していく必要があります … 今回のような大震災の場合、流言やデマは、直接的な暴力を発生させるだけでなく、救命のための機会損失を生みます … 非常時においても、流言やデマが広がりにくい環境をいかにして作っていくのかという課題が重要」… というのはしごく当然で、正しい。でもたとえばそのすぐあとに「個人のリテラシーだけに頼らない」とあって、「しかし、災害が起きてから、短期間でこの社会にいる全員のリテラシーを上げるのは困難 … リテラシーの底上げに関しては、普段からの備えとして常にやり続ける必要がありますが、それだけでは議論としては不十分」とある。で、有効なのが「流言ワクチン」というものなんだが … 「歴史に学ぶということ … の重要さです … 過去の流言やデマの事例を知っておく。… 流言に対する抵抗力を持つ人が増えると、単にその個人が流言を鵜呑みにしにくくなるだけでなく、その流言の拡散する速度を抑え、範囲を小さくすることもできます。それはまるでワクチンを接種する人が増えることで、個人が病気にかかりにくくなるだけでなく、集団的にも病気が蔓延しにくくなるのと似ています」… 。
A:え ? けっきょく情報リテラシーの底上げにはなってるんじゃないの ? 
B:と、思うよね ? ずっとあとのほうに有名なオーソン・ウェルズの「『宇宙戦争』事件」を分析した本の引用が出てくる。その本には、当のラジオドラマの内容を信じてしまった人と、そうでない人とのあいだにどんなちがいがあったのかを吟味して、学歴や経済階層といった項目を比較検討している。
A:で、その結論というのは … 。
B:「彼は、個人の『批判能力』に注目し、『多方面にわたる教育の機会を提供する必要がある』」。
A:それって個人の情報リテラシーを上げることとおんなじだよね ? 
B:この本の言う「ワクチン」と、この米国人社会心理学者の言う「結論」との差が、よくわかんない。だから、挨拶に困るっていうこと。なんか全体的に書き散らしたというか、拙速な感じも否めないし。
A:「静岡ガンダムが倒壊した」なんて話、ホントに流れてたの ? 
B:オレもそれは初耳。この本ではじめて知った ( 苦笑 ) 。「集合痴」の一例ってやつかね。
A:だいいちあれおまえんとこで震度 4 だったろ ? はるかに離れた静岡でそんな被害が出るわけがない。よっぽど地盤のやわい場所でもないかぎり。
B:あのとき震源が富士山の南西麓直下だったから、真剣に噴火を恐れていたよ。でも知るかぎりではそんなことどこの機関も公には報じたり、発表したりというようなことはなかったから、杞憂だったんかなって思ってた。
A:でもついこの前、新聞に載ってたぞ、そのこと。
B:どうしても地下深くのことだから、解析結果が出てくるまで時間がかかる。でもまだまだ安心はできんがね。
A:流言といえば、富士山山梨県側の林道だったか、300m にわたって地割れがどうのって TV のワイドショーが騒いでいたな。
B:肝心なことについては黙し、どうでもいいことには飛びつくんだね。どう見たってあれ大量の雪解けのせいでしょ ? もし火山活動だったら全山、そうなってなきゃおかしい。
A:たまに積雪が少ない冬とかあると … 。
B:やっぱりニュースになったりする。富士山の年間積雪量が最大になるのは、じつはいまなんだけどね。それよりも旧春野町の茶畑で進行中の地すべり。テレビ朝日系列のワイドショーで、レギュラーの人が地質的なことを訊かれて、「富士山の火山灰とか影響があるんですかね ? 」と平然としゃべっていたのには、おどろくやら、あきれるやら。
A:知らないなら知らないって言えばいいのに。
B:常識を疑う。地図を見ろって感じ。静岡県の地質は西へ行くにしたがって時間を遡っているというおもしろい特徴がある。茶畑のあるあたりは中央構造線に近い四万十帯と呼ばれるひじょうに古い時代の堆積層で、断層活動による破砕が進んでいるところ。ちょうど富士川河口あたりから、駿河トラフの延長と考えられている富士川断層帯がほぼ南北方向に大地を切っていて、そこを境に東側が時代的にぐっとあたらしい堆積層、ようするに新富士火山や箱根火山、そして南から本州を押しつづけている伊豆半島がつづいている。だから、日本で一番高い火山と日本一深い湾と言われている駿河湾がそこにあるというのは、必然的にそうなる理由があるんだね。
A:この本にもどると … ちょっと見た印象として、いかにも「マニュアル世代の意見」だなあって感じがするんだが。
B:そこが最大の問題点じゃないかと思う。ワクチンだの、処方箋だの、そういう物言いも気になる。残念ながら、災害なんて流行語みたいになったけれども、それこそ想定外のことばっかだよ。これこれの本を読んで学習したから、もう大丈夫、なんてことはないのにね。
A:避難訓練は大事だが … 。
B:本番になったら、それも忘れろって「釜石の奇跡」と言われたあの防災学の先生が言ってたよ。
A:でも専門家の言だからといって … 。
B:鵜呑みにするな。専門家も人の子、それにそういうときにかぎって、わざとウソを垂れ流す輩が決まっているから始末におえない。最後は自分で判断するしかないんだよね。もっともいざ情報弱者になったら … 自信はないな。もともとダマされやすいほうだし ( 苦笑 ) 。
A:… それとこの本、大急ぎで出版したせいなのか、もっとも肝心な点についてはなんも書かれてないような気もするな。
B:ほのめかしていどならあるけどね。流言研究云々 … はけっこうなことながら、ほんとうに問題なのはリテラシー底上げのための教育と、あとあらゆる分野にわたって進行している「過度の専門分化による弊害」をどうするか、かな。その本にもそのへんのことが書いてあったよ。「科学分野については詳しい方も、経済分野についてはおかしな理屈を鵜呑みにしてしまうというようなことは往々にしてあります」って。
A:だから、それが問題なんだ。そのへんをなんとかしないと … なんか昨今、「ここのサイトで見たから、これは正しい情報だ」とか、そんなふうに自分ではなにも考えようとしない人が多すぎるんじゃないか。
B:「流言ワクチン」という言い方に違和感があるのは、けっきょく、自分が判断をくだすべきことさえ、他人任せにしちゃってるんじゃないかという気がしてならないから。何事もそうだけど、ふだんの、そして不断の積み重ねこそが大事だって言いたいよね。ちょっと話がトブけど、あるとき「ラスト・クリスマス」っていう古い映画が深夜放送で放映されてて、懐かしくて見ていたら、難病の子どもが病院を抜け出てどっかへ行っちゃう場面があるんだ。で、当然のことながら、両親は医者に詰め寄ってはげしく責めたてる。で、ずっと黙って聞いていた医者が、やおらこう訊き返すんだよね。「それじゃ、あなたがたはどこにいたのですか ? すこしでもあの子のそばにいてやれなかったのですか ? 」って。
A:いざことが起きると、他人「だけ」を責める人ってふつうに多いよね。どこの国も似たようなもんだとは思うが。
B:責任はひとりびとりにひとしくあるのにって、最近つよくかん感じるよ … 原発の問題とかそうだよね。むつかしいけれども。
A:で、ほかの著作とか読んだ ? 
B:うん、いちおう … 最新刊とかも目を通したけど、なんというか、やっぱり挨拶に困るというか … とくに「サクサクコツコツ」という言い回しがね。いったいどういうことって感じ。なにをそんなに結論を急いでんだろ ? そんなにかんたんに解決できる「処方箋」なんてありはしないのにね。以前読んだ、Happy for no reason の著者とおなじ落とし穴にはまっている気がする。ようするに、進むべき方向がちがうんじゃないですか、ということ。
A:若い論客に幻滅した ? 
B:そういうわけじゃないが … ジョイスを引き合いに出すまでもなく、いずれ世代は選手交代し、若い人が主役に立ち、そしてワシら「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」だ。… でも最近よく TV で見かける若い社会学者の言動を見てると、やはりこの本書いた人と物事の捉え方、考え方はある種通底したものがあるように感じるよ。

余談:こちらの訳者、じゃなくて役者さんも、ずいぶん年とったなあ … 。念のため記事タイトルは、かつて TBS 系列で放映されていた日曜朝の名物対談番組、「時事放談」のもじり。

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2012年12月03日

『フィネガンズ・ウェイク I, II, III / IV』

 20 世紀文学最大の問題作ともいわれる狂文、あるいはこれがはたして小説と言えるものなのかどうか、いまもって「ジョイス研究者」と名乗っている人びとのあいだでも意見の一致は見られない、何回読んでも難解なジョイス最後の大作『フィネガンズ・ウェイク』。ここでもすでに何度か書いてはきたけれども、ヤナセ語訳版のみ相手にして感想を書け、と言われてもただの本好きにはさすがにムリだし、そもそもどこまで読めたものやらそれさえ怪しいもの。そこで本家サイト「別館」のほうにも書いたとおり、宮田恭子先生の『抄訳』版および『筑摩世界文學体系 68 』や原文を全文掲載している海外の『フィネガン』関連サイトや英語版 Wikipedia なんかも参考にして、10 月末までにはとりあえず読了。そして原作者の意図のみならず、「単独訳」された柳瀬尚紀先生や宮田先生の「読み」にはとうてい遠く及ばないながら、アイルランドの地名とか音楽関係の「地口」、ようは駄洒落なんですが、そんなたぐいがそれとなく出てくるたびにひとりニヤニヤ、なんてことはけっこうあって、いままでひじょうに遠い存在に感じていたこの大作が、にわかにとても身近に感じられるようにはなった。これだけでもたいへんな収穫だ、と思う。なんせここにいる門外漢は、冒頭と結尾がつながってぐるりと円環を描く構造になっている、ということさえ知らずに読んでいた ( から、通読しはじめたときに書いた記事ではあんなことを書いてしまった ) 。

 とはいえこの作品、「ふつうの」小説みたいな読後感はとてもじゃないが書けない。そのような読後感を拒絶するような作品だから。いわば「座ることを拒否する椅子」の文学版 ( 苦笑 ) 。なのであくまで拙い読みながらも、とりあえず「これをいったいどう読めばいいのか ? 」については ↑ の「別館」にて記したので、「物語」の筋について興味ある方はそちらを見てください。ここではそれ以外のことを書きたいと思います。ちなみに『ユリシーズ』初版が刊行された当時、ちょうどパリにいた若き日のジョーゼフ・キャンベルは、本屋でそれを一冊買って 3 章まで読み進めたもののまるで要領を得ず、「気が狂いそうになって」、「憤慨した学者という面持ちで、『こんな代物をどうやって読めばいいのかね ? 』」と、版元シェイクスピア・アンド・カンパニーの店主シルヴィア・ビーチに詰め寄ったことがあったそうな ( マイケル・トムズ編『ジョーゼフ・キャンベルが言うには、愛ある結婚は冒険である』築地書館刊 p. 173 ) 。彼女が「このように」と水先案内になりそうな情報と数冊の参考文献を手渡した。その後、キャンベルはジョイスの革新性に開眼したんだという。

 ヤナセ語訳を通読された方はみな一様に、こう思うんじゃないでしょうか ―― なんだ、ただのダジャレの集合体じゃないのか、と。訳者先生本人も著書で、「ジェイムズ・ジョイスほどの天才がどうしてこんなつまらない洒落を書いたのかと思うようなたぐいも入り込む」なんて書いていたりする ( 『辞書はジョイスフル』TBSブリタニカ刊 p. 19 ) 。たしかにそうかもしれない。ヤナセ語訳は、そのへんのサジかげんも軽業師よろしく軽やかに、さらりと飛んでぴたり着地を決めている、そんな印象を受けます。ただしその代償 ( ? ) とでも言うのか、とにかくふだんまずお目にかかることのない、まるで見慣れない難読漢字にダジャレを最大限強調した「総ルビ」のあの訳文は、とてもすんなり読めるとは言いがたい。でも、もとのジョイス語だって似たかよったか。ジョイスは音声言語の特性を最大限生かした、いわゆる「音遊び」を徹底的にきわめることでユーモアというか、読み手の笑いを誘っている。とはいえ難解。それは病的と言えるほどおびただしい「多言語地口」と「かばん語」に、いろいろな言語からなる単語をつなぎあわせた完全なる「ジョイス語」とがごっちゃになって、読み手を混乱させるから。「 I 巻」巻頭に序文を寄せている大江健三郎氏によると、米国大学の文系学部の引退したさる老教授でさえ、「あれは理解不能のもので、議論のために共通の素材とはならない」と発言していたりする。「ジョイス読み」を自認する人たちでも『フィネガン』に対する評価はあまり芳しくないらしくて、一般的な読者でこの原本を「通読」したことのある人というのは、以前ここでも紹介した O.E.D. を「通読した人」のごとく、きわめて少数派なんだろう … と思う。

 そんなとてつもない、文字どおり怪物じみた作品がこうして日本語で、しかも「難解だがきっちり完訳した版」と「註釈だらけの抄訳だがとてもわかりやすい版」の両方がいつでも読める、というのはなんともぜいたくで、ありがたいかぎり。とはいえヤナセ語訳版に「日本の地名 ( 以前にも書いた「樹雨の木更津から色貝の石廊崎まで」とか ) 」があちこちに出てくることと、「果ら谷行人師 ( 訳文の難読漢字がどうしても表記不能 ) 」みたいなのはやりすぎ ( ? ) のような気もしないでもない。

 個人的に感じたことをいくつか。リチャード・エルマンの『ジェイムズ・ジョイス伝 1・2 』とか読むと、ジョイスという人は徹底した平和主義者だったようだ。そしてこれは「別館」でも触れ、また過去にここでも書いたように、一見すると世界大戦にはさまれた緊張した時代を背景とした、音楽で言えばストラヴィンスキーの「春の祭典」のような、センセーションを巻き起こした作品のようにも思えるが、そのじつそこここに中世以来のアイルランド文学の伝統みたいなものが顔を出しているとつよく感じます。作品中に何度か言及される有名な装飾写本『ケルズの書』は、伝記本とか読むとジョイス大のお気に入りだった写本らしくて、たとえばあの無限に増殖するかのごとき装飾文字の「残響」は、ヒックヒックとやりながらえんえんと管を巻きつづける ( ? ) ママルージョ四老人のだれたおしゃべりとか、「川辺の洗濯女」の会話とか、教授気取りに講釈する双子兄弟の片割れショーンの長ったらしいシェム批判とかに現れているようにも思う。とはいえ読まされるほうはかなりキツイ。いみじくもショーンが、「さあて、忍耐だ。忘れてはならん、忍耐こそは偉大なるもの ( I 巻, p.209 )」と諭しているように。ついでに p. 50 の、「一語一語が繋がり六十と十の酔狂な読みをもたらすこのダブリ結まくりの巨書全巻」というのは、ほかならぬ『フィネガン』そのもの。

 ジョイスは『ユリシーズ』を「昼の書」、この作品を「夜の書」と呼んでます。心を病んでいた娘ルチアをカール・ユングに診てもらったりしてもいますが、どうも「集合的無意識」という考え方にはなじめなかったようです。そんな新興科学で、複雑きわまりない人間の心の内なんかあっさり解明されてたまるか、と思ったかどうかは知らないが、文学表現の可能性をとことん追求していた求道者ジョイスは、ついに「人間が夜見る夢」を言語化しようと思い立ったらしい。以来、家族を連れて欧州大陸を転々としながら、職探しもしながら、ひたすら「夢言語」創造に没頭したという。ツタンカーメン王の名前がたびたび出てくることからしてもわかるように 1922 年から書きはじめ、脱稿したのがなんと 16 年後の 1938 年 11 月 13 日。初版が刊行されたのが翌年春なので、足掛け 17 年もかかっている。そしてこの大作と引き換えにというわけではないだろうけれども、長年の無理がたたって初版刊行の 2 年後に十二指腸潰瘍のために亡くなった。

 いまひとつは全編に流れる通奏低音のような音楽性。これは、原文のほうがよりいっそうはっきり響いている … らしい。げんに原作者ジョイス自身が「洗濯女」の章 ( I 巻 8 章 )を吹き込んだ音源が残っているらしいし、ほかにも全巻分録音した音源もあったりで、「いったいこれどうやって発音するのか ? 」なんて思った箇所は手っ取り早く朗読を聴いてみる、というのもひとつの手かも。それと前にも書いたが、ほんと音楽関連のダジャレの多いこと。いろいろケッサクなヤナセ語があるけれど、'harpsidiscord' を「破ープシコード ( I 巻、p. 37 )」とやったのには、まいった。原文の多義性ゆえなかなかこんな地口のおもしろさまで訳出するというのはただでさえ至難の業にちがいないのに、やりようによってはできないこともないんですね。なるほど、「日本語は天才」なんだな (伝記によるとこの作品がまだ『進行中の作品』という仮題で呼ばれていたころ、ジョイスは一節を人前で朗読したことがあって、そのときそれを耳にした英国人女性から、「文学じゃありませんわ」と非難された。それに対してジョイスはこう応じたという。「いいえ(あなたの耳には)文学でした」。娘ルチアへの手紙にも、「わたしの散文の意味はだれにもわかりゃしない。ようするに、耳に快いのだ。きみの絵は目に快い。それで十分だと思う」。またべつの客人が発した、この作品は文学と音楽の混合ですか ? という質問にはこうこたえた。「純粋な音楽です」) 。

 登場人物の名前もアイデンティティもころころ変わっているのもこの作品の特徴ですが、でもこれはたとえば昔、英国の圧政に苦しんでいたころのアイルランド人が強制された「英語化された名前」という歴史の、ひとつの反映ではなかろうか。本来はシェムなのにジェイムズに変えざるを得なかったり。ショーンがジョーンになったりというのは、ただたんにふざけているのではなくて、アイルランドという島国が歩んできた過酷な歴史をも暗示している。そういえばこの本、バッハの絶筆「フーガの技法」よろしく、ジョイスの「署名」みたいな箇所がある (「聖なるとはなん詛 ? 答 半身判字のシェムス・ショムス ! 」I 巻 6章末尾 、原文では ' Answer: Semus sumus! ' ) 。

 人物名がころころ変わる、という点では、主人公のパブの親父ハンフリー・チムデン・イアウィッカーとその奥さんアナ・リヴィア・プルーラベルもまた、ころころ変わる。数こそ少ないが、時たま忘れたころに ( ? ) HCE とか ALP とかこちらも署名よろしく出てきたりする。でもさらに輪をかけてしっくりしないのは、III 巻最終章になんの前触れもなく出てくる「ミスターポーター」一家。… そこで素人は考えました。これってじつはポーターさんちの見た一夜の夢 ―― というか、悪夢 ―― なんじゃないのか ? Here Comes Everybody というのは、たしかにパブの親父にはうってつけな名前だ ( ここのヤナセ語は、「万仁来太郎」! ) 。でもこれはむしろ「あなたもわたしも、だれかれも」当てはまる物語、ととったほうがしっくりくる。そしてこの作品では、冒頭の「イヴとアダム礼盃亭 ( 現在そこにあるのはフランシスコ会系教会。カトリックが弾圧されていたころ、「飲み屋」と称して地下教会があった )」や「サー・トリストラム ( 実在したホウス城主 ) 」からはじまって、ナポレオンだの教皇インノケンティウス何世だの、ダブリンの守護聖人ローレンス・オトゥールから作品の着想を得たきっかけとも言われるジャン・バッティスタ・ヴィーコや J.S. ミル ( 『フロス河畔の水車小屋』の mill と引っ掛けている ) などなど、古今東西の歴史上の人物のみならず、冒頭の「カミナリ」だけでなく、なんと「仙台 ( !! )」や「武士」、そして柳瀬先生によれば「鼈 ( スッポン ) 」まで出てくる。

 日曜の夜に、こちらの番組を見ました。オークニー諸島の一角にある「リング・オ・ブロガー」や「ステンネスの立石群」は、だいぶ前にも書いたけれども、個人的にかなりお気に入りの古代遺跡で、一時期デスクトップの壁紙として使っていたこともある。オークニー諸島が TV 放映されることじたいが珍しいから、食い入るように見つめていたんですが ( 笑 )、現在の風景とあらたに発掘された新石器時代の遺構の復元図とが CG によって、なんの違和感もなくシームレスに再現されていた場面を見ているうちに、なんかどっかでこれと似たような感覚を味わったな … と思い、よくよく考えてみたらこの「過去と現在とが重なりあった奇妙な感覚」は、『フィネガン』を読んでいたときにもまさに感じていたものだった。ジョイス語=ヤナセ語のもつ意味の重層・重奏性、あるいはいま見ているこの風景に、かつて生き、亡くなった人の姿をも同時に見る、過去そこにあったはずの建物や、いまは失われたかつての光景を目の当たりにする … そういう錯覚ないし錯誤の感覚。ひょっとしたらジョイスは「酔っぱらいの見た悪い夢の世界」に、こういった既視感、多重感を表現しようとしたのかもしれない。あまりにもきょくたんにその手法を推し進めたものだから、ついには親しい友人からも「理解不能」として拒絶されるのも厭わない、このような「化け物」をものしたのかもしれない。

 と同時に『フィネガン』はダブリンの街そのもの、そこに生きた人そのものの物語だ、とも言えるかもしれない。「自己追放」したかつてのアイルランド人修道士とおなじような、遠く離れた異郷の地にさすらう者のみが持ち得る冷徹さと郷愁の念とがジョイスにもあったんじゃないかって気がします。「グローカル」という造語があるけれど、『フィネガン』を到達点とする一連のジョイス作品には、まさにこの「グローバルでありながらローカルでもある」、「相克する二者の合一」という思想が貫かれているような気がします。バッハも当てはまると思うが、物事の「本質」ないし「真理」を見抜くような人って、存外大都市とか「世界のへそ」みたいな場所にはいなくて、へんぴな片田舎とかジョイスのように「周縁」もしくは「辺境」にいたりするもんです。そしてもちろん、中世アイルランド修道院から連綿と受け継がれていった語りの地下水脈もある。言い換えると『フィネガンズ・ウェイク』というとほうもない作品は、アイルランド人だったジョイスだからこそ書けた、と思います。また読みようによっては、かなりきわどい作品だとも言える。HCE がフェニックス公園で犯したらしい罪というのが、少女相手の性犯罪だったらしい … そういう悪い噂が巷に流れ、ろくに調べられもせずに逮捕され、監禁され、裁判にかけられ … でもこれはみんな HCE ひとりが妄想する世界、言ってみれば「悲劇の主人公的迫害妄想」。また「陽気もんのジョーンティ・ジョーン」となったショーンが 29 人の女学生相手に説教をぶつ章 ( III 巻 2 章 ) や最終巻の「聖ケヴィン ( A.D. 498 - 618, 祝日は 6月 3日 ) 」のくだりに頻出する教会用語なんかは、厳格なローマカトリックの家庭に育った作者自身の投影かもしれないし、あるいはがちがちに硬直した当時のカトリック教会に対する強烈な諷刺、ともとれる。

 ジョイス伝の著者エルマンは、こう書いています。「ジョイスは技術を捻り出そうとする気難しい職人ではなく、悪い環境の中でも気のきいた冗談を言い、倦怠と悲惨の上に彼の喜劇的光景を描き出した、人生の賛美者の一人であった」。たしかに。キャンベルは、「ジョイスは、すべての人に罪があり、同時に同情に値すると訴えているのです。この本の素晴らしいところは、誰も責めていないところです」とも言っている ( 下線強調は引用者 ) 。

 … まだ「昼の書」の『ユリシーズ』に手を出すゆとりはないけれども、こんどの年末年始はいま手許にある柳瀬訳『ダブリナーズ』を読むつもり。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるんるんるん

追記。柳瀬先生が『フィネガン』個人完訳を果たされたのが 1993 年 7月 14日。記事にも出てくる『辞書はジョイスフル』に詳しいが、このような困難な訳業を影で支えたのが、当時のテクノロジーの進化でもあった。当時はインターネットもまだまだなくて、「パソコン通信」の時代。そして「電子辞書」といえば CD-ROM が主流だったころで、たいていの物書きの人は PC より、「文豪」などのワープロ専用機を使っていた時代。Windows 3.1 の時代で、FD 全盛時代。そんなとき、CD-ROM 版 O.E.D. を「直径 12cm にのみこまれた全宇宙」と評して、これらの「最新鋭」機器を使いこなして仕事を進めていた。逆に言うと、これらがなかったらとても実現不可能な訳業だった。ちなみに先生によれば、校正の人がふたりだったかそれとも二度だったかは失念したが、とにかく過労で倒れたらしい。… そりゃ、倒れるよなあ、こんなの校正しろと言われたら ( 苦笑 ) 。ちなみにその当時の PC というのがどんなのか知らないぞという若い世代の人もいるだろうから、こちらのサイトも紹介しておきましょう。ついでにワタシが高校生だったのは、BASIC だのテープレコーダーだの、そんな時代でした。ファミコン初代機が発売されてからそんなには経ってないころでした。ついでに『ハリー・ポッター』シリーズにシェイマス・フィネガンなる魔法使いが出てくることもこのたびはじめて知った。一瞥してジョイスの『フィネガン』を下敷きにしていることは明白。

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2012年09月15日

「お月さま」と FW II と TED

 先週末の「きらクラ」。カール・オルフの童話オペラ ( メルヘンオペラ ) のひとつ、「お月さま ( あるいは「月」 ) 」のフィナーレがかかってました。オルフって、あの「カルミナ・ブラーナ」のオルフでしょ、こんな愛らしい劇音楽も書いていたとは、またしても寡聞にして知らんかったなぁ、とひとりごちつつ、涼しげな鈴の音のような子どもの台詞、 ( こちらの記事では少年の声らしいが ) 「あ ! あそこにお月さまが出ているよ ! 」がひじょうに耳に残る音楽でした。そういえばもうすぐ「中秋の名月 ( 今年は 30日)」。

 ところでこの「お月さま」の筋立ては一見、荒唐無稽な現実味のないお話のように見えて、じつは「グリム童話」から着想して、オルフみずから台本を書いて作曲したものらしい。つまりは「夜」の物語。ちょうどそのとき、悪戦苦闘、抱腹絶倒 ( ? ) のすえ、ようやくヤナセ訳『フィネガンズ・ウェイク』巻そのニ を読みきったところだった。で、こちらもまた「ある一夜の物語」ということになっている。

 こちらの英語版 Wikipedia 記事がとても詳しくて参考になるのですが、『ユリシーズ』は昼の物語で、いま執筆中の「進行中の作品」は、夜の物語なのだとジョイス自身が語っている。それゆえすべてが陽光に照らし出される世界で進行する『ユリシーズ』と、「進行中の作品」とを比較するのは意味がない、こっちはすべてが混沌とした夜の世界の話だから、というわけ。

 そうはいってもこの混沌ぶりはほんとすさまじい。正気の沙汰じゃありません ( 苦笑 ) 。どこまでがジョイス語なんやらヤナセ語なんやら、ほんとさっぱり、という感じ。たとえば「彼 ( 筆男シェムのことか ? ここは子どもたちが外で寸劇に興じている場面 ) 」が「頓馬ス、ア、悔イナス」を「己の裁判席の股見」にし、「聖語呂つきコロンバヌスを讃え」る。また、「ずいずいずっころ橋ロンドロ橋」に「忠犬ブランのごとく、ひた走り、風に乗って帆走 ( 古アイルランド語で書かれた『ブランの航海』のことか ? ) 」とかも出てくる。「グィード・ダレッツォの手 ( 「ドレ見、ファっ、ソラぞらシいド」の項の「グィード・ダレッツォ階門をくぐり」の箇所 ) 」やら、ジョージ・エリオットの『フロス河畔の水車小屋』なんかも茶化して出てくる ( この小説名は『フィネガン I 』にも出てくる ) 。「辜触 ( こそく ) な半端トリックの洒煉獄 ( しゃれんごく ) を己懊 ( いおう ) じているので … 」にいたっては口あんぐり。音楽関係では「戦意をそソル酩娯 ( ヴェイグ ) な歌の大砲のとどろき」としてグリーグの「ソルヴェイグの歌」まで溶かしこみ、「 … そして知らぬ半兵衛答弁 ( はんベエトーベン ) するなら、弊吟律な較美阿呆題に騒グナーんて間抜けぞろいだわ ! ( p.317 - 8 )」。ついでにそのすぐあとでグルックにモーツァルトも登場。ツタンカーメンからナポレオン、そして故国で起きたイースター蜂起事件のこととかもぐっちゃぐちゃに絡まってくんずほぐれつ、あいかわらずの酩酊した酔っぱらい言語で、おもに息子たちの目から見た HCE の「過去に犯した罪」について物語が進行してゆきます。最後の章の冒頭には有名な「クォーク三唱」が出てくる。↓
―― マーク大将のために三唱せよ、くっくっクォーク ! 
なるほど彼はたいしょうな唱声ではなく
持物ときたらどれも当てにならなく
だがおお、全能なるミソサザイ鷲よ、空には雲雀が浮かれ鳴く
あの醜面鳥がぎゃあぎゃあとシャツを探すあたりは暗く
染みまみれズボンを探しまわるあたりはパーマーズタウン・パーク? 

− Three quarks for Muster Mark!
Sure he hasn't got much of a bark
And sure any he has it's all beside the mark.
But O, Wreneagle Almighty, wouldn't un be a sky of a lark
To see that old buzzard whooping about for uns shirt in the dark
And he hunting round for uns speckled trousers around by Palmer-stown Park?

と、こんなぐあいに。でもこの quark、よく言われているように『フィネガン』が初出、というわけでもないらしい ( 自分も以前はそうカンちがいしてました。お詫びして訂正 ) 。訳者柳瀬先生自身、そう書いている ( 『辞書はジョイスフル』p.115 - 6 )。O.E.D. にはすでに 1860 年の使用例が引用されているけれども、これはカラスなんかが「カーカー鳴く」という動詞用法のみ。ジョイスは名詞として使った。ちなみにここの「マーク大将」は、アイルランド王にしてイゾルデの許婚である、マーク王のことが下敷きになっている。'Three quarks for Muster Mark! ' と頭韻を踏んでいるから、すなおに訳せば「マスター・マークのために三唱 ! くっくっクォーク ! 」というふうになるのかな。

 ヤナセ語のすごいところ … はそれこそ全ページに溢れかえっているわけだけれども、どういうわけか ( ? ) 、日本各地の地名もけっこう出てくる。訳者先生のご出身地のあたり ( 根室、稚内 ) とか、挙げ句の果ては「田子 ( !!! )」まで出てくる ( 何ページだったかはもう忘れた。この「田子」はたぶん「田子の浦」のほうでしょう )。でももっともぶっとんだのは、つぎの箇所。↓
樹雨 ( きさめ ) の木更津から色貝 ( いろがい ) の石廊崎まで、銭っこくすねる若衆いない …

???!!! 、と思ったので、さすがにこれは原文を見た ( 笑、FW 全文は Web 上にいくつか公開されてます。iPad とか持っている方だったらもっと閲覧に便利かも。ワタシは「簗瀬のキッシュは ( しゅ ) なるキリストに反するから、あたしの手の自由は彼のもの ! ( p.215 )」を、HTC Desire で開いた原文とならべて見てました ) 。
From Dancingtree till Suttonstone There's lads no lie would filch a crown To mull their sack and brew their tay With wather parted from the say.

ますます ??? … すなおに解釈すると「踊り樹からサットン石まで、クラウン硬貨くすねる若造いない … 」だろうけれども、これ実在の地名なんだろうか ? 「サットン石」というのはウェールズ南部の海岸あたりで採れる石灰岩らしいけれども。門外漢が思うに、この邦訳ってただたんに頭韻を踏ませているだけなんじゃないかと … ググったら、なんか「FW と黄道十二宮との関連性」を指摘する ML ページにて「踊り樹=筆男シェム、石=書簡運搬人ショーン」というのがあったけれども … ここは訳者先生にじかに訊いてみるほかなし。

 しかしそれにしても … '1 He, angel that I thought him, and he not aebel to speel eelyotripes., Mr Tellibly Divilcult ! ' が、「彼って、天使だと思ってたけど、縁音綱 ( へりおとロープ ) 綴りもできないんだから、ヤナセーカクの尚奇先生 ! 」になっちゃうんだから、ある意味なんて自在な翻訳なんだろう、と思う。こんなふうに遊べたらいいのに … 。

 ついでにこの前見たこの番組。TED って、そんなに流行ってるのか。でもこの「ヴァーチャル合唱団」の話はよかった。… で、これ思いついたウィテカー氏が 'OMG ! ' とつぶやいた科白、これを「キターッ ! 」と訳していた。みごとにツボにはまった訳だとヘンなところで感心した。感心、韓信、股くぐり。

* ... この前、ちょこっと言及したこちらの画像。この科白、ヤナセ先生だったらどう訳すのかな ?? 「ある日、教会に入ってきたヒッグス粒氏を見て司祭が言いました。『ここはあなたたちの立ち入る場ではありません』。それを聞いたヒッグス粒氏、こう言いました。『汝は身重 ( しんちょう ) なる身、それは我から発したこと。我なくして深長 ( しんちょう ) なるミサもなにもかも存在せず』」… うーん、どうもうまくいかない。質量とミサの mass の駄洒落がね ! ヒマをもてあましている方はアタマの体操として訳をひねってみるのも一興かと。

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2012年08月10日

Paddington Races Ahead

 日本でも松岡享子氏の名訳で知られている『くまのパディントン』シリーズ。個人的にはもうひとりの世界的に著名な子グマ氏よりこっちのほうが好きなんですが、まだ英語初学生だったころ、無謀にも原書で読もうと一冊買ったものの、意外と ( ? ) むつかしい言い回しが多用されているのを見て辞書片手にびっくりしゃっくりした覚えがある。たとえば 'He produced 〜 .' みたいな言い方が、子ども向けの本なのにふつうに出てくる ( 意味は、〜 を「取り出した」 ) 。フランス語表記の料理名も出てくれば、シェイクスピアなどの引用とか、あるいは ( 前にも書いたかな ? ) 'He kept something up his paw ( 本来は sleeve )' みたいな「変化球」もぽんぽん出てくる。でもなんだかおかしい。この「暗黒の地ペルー」からやってきた子グマの引き起こす大騒動の顛末は、いつもきまって愉快で楽しい。

 原作者のマイケル・ボンド氏は、ここにも書いたように今年 86歳になるそうですが、あの番組で見るかぎりたいへんお元気で、精力的に執筆活動をつづけているようです。で、おそらくそのとき執筆中だった作品が、このたびほんとにひさしぶりに読んだこちらのパディントン本。で、シリーズ最新刊の書名とカバーイラストを見ればだいたい察しがつくように、いま開催中の「ロンドン五輪」が隠れテーマになってます。

 それにしてもこのすっとぼけた英国流のユーモアはあいかわらず。パディントンが居候しているブラウンさんちの家政婦バードさんのキツイものの言い方といい、「ブラウンくん」とパディントンを呼ぶ大の親友、骨董品屋のグルーバー氏といい、意地悪な隣人カリー氏といい、個性派ぞろいのウィンザーガーデン 32 番地とポートベロ通りの商店街の人々。とくにロンドン下町ことばの「コックニー」まで出てくる。ちなみにコックニーとは、たとえば「スペイン」を「スパイン」みたいに発音したり、h を落としたり ( 'You 'eard.' とか )。きわめつけは以前ここでも書いたかもしれないが、「あなたのベースタイムはいつ ? 」。こたえ → your birthday.

 最新刊では、まず「エイプリルフール」でカリーさんに一杯食わされたパディントンが、倍にして返し ( Ch.1 )、はじめてロンドンバスに乗ったパディントンが「オイスター」というパスモ ( ? ) みたいな IC マネーの代わりに本物のオイスターを読み取り端末にべちゃりと押しつけ ( Ch.2 )、部屋を大掃除するはずが途中から生まれ故郷ペルーのお菓子をひとりで作ろうとして失敗し ( Ch.3 )、Evening Banner という日刊紙のスポーツ担当記者、食らいついたらテコでも離れない腕っこき ( ? ) 氏につかまってどういうわけか開催迫ったロンドン五輪大会のペルー代表選手とカンちがいされて記事まで書かれ ( Ch.4 )、たまたま玄関に落ちていたチラシを見てなにかのセールと思いこんだパディントンがきびしいトレーナー女史経営のヘルスクラブでトレーナー女史相手にトンチンカンな問答を繰り広げ ( Ch.5 ) … そうかと思えば、バードおばさんが、ブラウンさんちにいきなりやってきた不審な男たちめがけて傘突き出して「アンガルド ( en garde ) ! 」なんてフェンシング ( Congrats, 日本代表 ! ) よろしく大声を発したり、どことなくオリンピックな単語がさりげなくまぶしてある。かと思えば、グルーバーさん、ブラウンさんちのジョナサンとジュディの兄妹と一緒にピクニックに出かければ、そこの野外劇場ではなんと ! 『ハムレット』が上演中。もちろんパディントンはここでもとんでもないカンちがいをしていて、「ハムレット」=ハムサンドかなんかだと考えて舌なめずり。ちなみにパディントンは礼儀正しいクマくんですが、相手がなにかおかしなことを言ったりすると、hard stare する癖がある ( ↓ はパディントン、オイスターカード読み取り機に本物のオイスターを押しつけるの図 ) 。

パディントン、本物のオイスターを押しつけるの図


 英語で書かれた原作本ならではのおもしろさもいろいろあって、こういうのは翻訳者泣かせというか、腕の見せどころなんだろうなぁ、とひとりごちる。ついでに児童文学ものは、いざ翻訳しようとなるとある意味、これほどの難物はないのではないかとさえ思う。ジョー・キャンベルの比較神話ものとはまるでちがうむつかしさがある。これについては以前も似たようなこと書いたけれども … 。

 たとえばヘルスクラブの経営者兼トレーナー先生との、こんなやりとりなんかどうですか。思わずニヤリとくるでしょう。↓
'I think perhaps we had better check our weight first of all ...'
'After you, Miss Brimstone,' said Paddington politely.
'No,' said Miss Brimstone through slightly gritted teeth. 'After you. When I said our weight I meant yours, of course.'

 またこの場面のすぐあとで、「あなたはウェストをもっと細くしなくちゃね。フレンチフライの摂りすぎのせいかしらねぇ、とにかくこれ、燃やしましょ」。「『燃やす』ですって ?! 」みたいな掛け合い漫才みたいなやりとりがあったり。それにしても骨董屋のグルーバーさん、昔は障害物競走が得意だったとは知らなかった。シリーズ既刊本を見れば、そのへんのことも書いてあるのかな ?? 

 『ハムレット』もそうだけど、今回のお話にもいろいろと英語特有のイディオムが出てきまして、英語、とりわけ英国英語の学習にも最適かもしれない。たとえば 'Accidentally on purpose ... ', 'Good riddance to bad rubbish', 'I haven't got all day.', 'Unbeknown to her ... ', 'There are no flies on Paddington.', 'That bear's got his head screwed on the right way.' といった言い回しがたくさん出てきます。

 いずれにせよ著者のボンドさんには、これからも楽しい「パディントン」シリーズを書きつづけてほしいと思います。五輪ついでに、今大会は静岡県出身選手のめんめんもけっこう出場していて、おのずと熱が入ったりしますが、体操の内村選手の「ゆか」演技の銀メダルはスポーツ音痴のワタシもすなおに感動した。そう、「終わりよければすべてよし」ですよね ! もちろんパディントン最新作にもこの名言がさりげなく出てきます ( p.29 )。そういえば 'Tomorrow was another day, ...' なんて言い回しも出てくるけれど、これってやはり … を意識して書いたんかな ?? 関係ない話だが、大英図書館ってブラウンさん夫妻がパディントンを拾ったパディントン駅から、徒歩数分のところにあるのですねぇ、知らなかった。そしてこちらもどうでもいいことながら、あの競歩とマラソンのコースといったら !! とくにセントポール大聖堂のあたりから金融街シティに抜けるあたり、せまい路地ありアーケードあり石畳ありで … なんと競技のしにくそうなコース !!! セントポール界隈ってあんなに道がせまいのですねぇ、こちらもオリンピック中継ではじめて知った。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるん

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2012年07月15日

『音楽好きな脳』

 だいぶ前、地元紙朝刊の書評欄を見て気になっていたこの本。いまごろになってようやく読んでみました。著者はもとロッカー → レコードプロデューサー → 認知心理学者・神経学者としてモントリオールのマギル大学で心理学を教える教授先生という、一風変わった経歴の人です。

 「作曲などできない人もいれば、いとも簡単に曲を作れる人がいること」を不思議に感じ、「創造力というものは、いったいどこからやって来るのだろうか ? 心を動かされる歌があるのに、何も感じない歌もあるのはなぜ」かと疑問をいだいた著者は、レコードプロデューサーとして仕事をつづけながらスタンフォード大学の神経心理学の教室に通いはじめる。「ほとんどの科学者は三十歳ともなれば、自分の専門分野で身動きがとれなくなっている。ひとつの分野にあまりにも多くの労力を注いできたために、その年齢になるとたいてい、行き先を根本的に変えるのはきわめて難しい。それに比べて私は何も知らず、あるのは少し古びた物理と数学の基本教育を受けた経験と、新しいことに取りかかれる力だけだった」と「二重螺旋」のクリック博士のことばを引いているように、「少し年齢がいってから科学の道を歩み始めた」。

 いわゆる脳科学ものとか、認知科学ものという本にはたいして関心もなく、「ヒトの脳なんてそんなに単純には解明できっこない」とか、「音楽を聴く / 演奏する / 作る」行為すべてが脳内の働きによるもの、ということがいまいち感覚的にのみこめなかったりするわけですが、それはともかく、こういう寄り道の多い経歴の持ち主でなければけっして書けなかったであろう内容の本であることはまちがいなく言えます。

 みずからテナーサックスやベースを演奏し、音楽がいかに楽しいものかを肌で知っている人の書く読み物だから、少々やっかいな専門術語のたぐいはしかたないとしても、あらたに発見された事実なども織り交ぜられて、読む者を飽きさせない。たとえば小脳と音楽との密接な関係とか、ワタシもふくめて音楽好きならだれしも興味ある ( と思う ) 「絶対音感」をもつ人の脳とそうでない人の脳はどこがどうちがうのか、とか。著者によると「絶対音感」をもっている人の脳は、聴覚皮質の一部領域である「側頭平面」が大きく、これが絶対音感となんらかの関係があるらしい。またいまはやりの「クラウドコンピューティング」よろしく、音楽活動をおこなっているときのヒトの脳は、脳全域にわたって「分散処理」をしているようなものらしい。よく言われる「右脳・左脳」といった単純な線引きのできることではないということがいろいろな例を挙げて語られている ( 「言語処理は主に左半球に局在しているが、イントネーション、強調、ピッチパターンなど、話し言葉の全体的特徴の一部は右半球の損傷によって損なわれる場合が多い」 ) 。Groovy な音楽とは、「タイミングをわずかに外して」いることが心地よいと感じるからであって、そう感じさせるのは前頭葉ではなく、じつは耳 - 小脳 - 側坐核 - 辺縁系という回路を経由していることも教えてくれる。

 とはいえ認知科学はまだ歴史が浅く、ことに「脳と音楽の関係」についてはわからないことだらけで多くは仮説の域を出ないことも率直に認めている。そこここに、「人格と神経構造について言えることのほとんどは、まだ漠然として、ごく一般的なことばかりだ」とか、「なぜ、音楽の ( テクニツクではなく ) 感情という側面で、ある音楽家が他の音楽家を上回るのだろうか ? これは大きな謎であり、その理由をはっきり説明できる人はいない。心を読む脳スキャナーをつけて演奏をした音楽家は、まだ誰もいない。技術的に難しいからだ」みたいな記述も散見される。でもたとえば、「写真や歌をハードディスクにコピーしておき、見たり聴いたりしたいときにダブルクリックしさえすれば、そっくり元の通りの姿で現れる。これはいくつもの階層にわたる変換と融合によって生み出すことのできる錯覚で、私たちにはその過程がまったく見えない。神経コードもこれと同じだ」とか、「新しい曲を好きになるのが難しい理由には、構造的な処理もある。交響曲の形式やソナタ形式、あるいはジャズ・スタンダードの AABA の構造を知らずに音楽を聴くのは、道路標識のない高速道路を運転しているようなものだ。自分がどこにいるのかも、目的地にいつ着くのかもわからない」のように、あちこちに散りばめられている比喩はどれも卓抜で、イメージしやすい。

 もとロッカーで、スティーヴィー・ワンダーやサンタナ、クラプトンといった有名ミュージシャンと仕事もしてきた著者ならではと言おうか、ジョニ・ミッチェルだのレッド・ツェッペリンだの、あるいはパット・メセニーにコルトレーンにエヴァンス、マイルス・デイヴィスといったモダンジャズやフュージョン系までありとあらゆる古今東西の音楽家が引きも切らず出てきますが、聴いたことない曲も多いため、いまいちイメージがつかめず。バッハについては、「無伴奏フルートパルティータ BWV.1013 」での完全 5度以上の跳躍の効果について述べていたりするけれども、クラシックの作曲家についての言及はおしなべて古典期以降。また冒頭の「カトリック教会が多声音楽 … を禁じたのは、聴く者が神の一体性を疑うようになるのを恐れたからだ」というのは勇み足。* 著者の脳裏にあったのはトリエント ( トレント ) 公会議での決定のことだと思いますが、そのすぐあとで中世教会は「増 4度音程を禁じた」云々というのは、誤解を招く書き方だと思う。時代をさかのぼっているし。

 また最後のほうでヴァーグナーにたいする非難めいた記述 ( p. 307 ) があるが、これも恣意的な書き方だと感じます。たしかに性格的にいろいろと問題のあった人だったとは思うが。ついでにマーラーの「5番」のことがちらほら出てきますが、主調以外のキーで終わる交響曲は、たとえばフランクの「交響曲 ニ短調」なんかもある(pp. 296 - 7, 輝かしいニ長調で閉じている)。

 ここまで説得力あるおもしろい記述がてんこ盛りですが、最後の章はなんとなく … 尻すぼみという感じがするのはワタシだけか ? 著者はどうしてもダーウィンの進化論と音楽とを結び付けないではいられないらしい。ここで反論を展開しているのは認知心理学者スティーヴン・ピンカーの主張する、「音楽は進化の偶然、チーズケーキにすぎない」論。前半で、「 ( ピンカーらは ) 人間の音楽知覚システムは本質的には進化の偶然だとした。生き残りのための圧力と性淘汰の圧力によって、言語とコミュニケーションのシステムが作られ、私たちはそれを音楽の目的に利用することを学んだのだという。これは認知心理学者の間で意見の別れるところだ。考古学の記録がいくつかのヒントを残しているものの、そうした問題をきれいに解き明かせる『決定的な証拠』はほとんどない」とさらりと書いていたことですが、終章ではその大先輩の説にまっこうから反論。「進化の偶然」なんかじゃなく、「クジャクの美しい尾羽」とおなじだとし、性淘汰のうえで必要不可欠だったと解く。

 そのことじたいに異論はなし。たしかにティーンエイジャーのころに聴いた音楽というのが、その後の人生においてどんな音楽が好きになるかを決定づけるし、「男性が車や宝飾品に憧れて買おうとするピークが思春期で、性的能力が最も大きい時期であることが、理屈に合っている」。ちなみにアルツハイマー患者はほかの記憶を失っても、十代のときに聴いていた音楽だけははっきり思い出せるものだそうです。ついでに赤ん坊の聴覚システムは完成はされているものの、耳に入ってきた音楽を完全に知覚可能なシステムの完成がだいたい 10 歳くらいまでかかるんだそうで、それゆえ十代のころになにを聴いていたかが後年の音楽の嗜好を決める決定的要因となるみたいです。

 でも「ちょっと待ったー」と言いたい。ヒトが音楽を聴くことって、べつに性淘汰とかなんとか、あんまり関係ないんじゃなかろうか。快楽中枢を刺激するだけの手段、たとえば麻薬なんかがそうですが、門外漢の一読者としてはピンカーの言う「ただのチーズケーキ」のほうが経験的にも近い気がする。ただしここで言う「心地よさ」はその場しのぎの快楽なんかじゃなく、もっともっと深い「心の慰め」です。バッハだって「このような音楽の愛好家の慰めのために」とか、そんな文言を書いていたりする。これこそ、ヒトと動物とを区別する境界線のようにも思う ( 進化学者のグールドの著作は読んでないから、そのへんはよくわからないが ) 。水族館でオルガンを器用に演奏するオタリアだかアシカだかいますが、彼らはみずから進んでそんなことを覚えようとして覚えているわけじゃないでしょう。エサがもらえるからであって、けっして self-taught なわけがない。人間はどうか。はじめはたしかに性淘汰とセットになっていたかもしれず、5 万年ほど前のものとされる絶滅クマの骨を組み合わせた最古の楽器も発見されていることから、言語能力を獲得する以前にすでに「音楽 ( と切っても切れない関係にある「ダンス」 )」は人類とともに存在していたかもしれない。でもわれわれはなにもメスの気を惹きたいから音楽を演奏したり聴いたりするわけじゃないだろう。バッハの音楽なんか、その対極ですよ。自分の心が求めているから、にほかならない。それはほかの目的は伴わない。著者だって、モーツァルトを毎日聴くと頭がよくなる云々の研究にまつわる騒動に「イラつ」き、「たいていの人は音楽教育の存在意義を、音楽そのものにではなく、見返りとして役立つことに見出そうとしているらしい」とも書いているじゃないですか。「人はパンのみに生きるにあらず」ですよ。心のずっと深いところで、バッハのような真に精神的な支えとなる音楽を求めるという音楽好きだっているわけですよ。すくなくともワタシはそうだったな。え ? だれもあんたの意見は聞いてないって ? それは失礼。

 ともあれ、ルビンシュタインのミスタッチのある演奏のほうが、完璧に弾けてもその意味の伝わらない若い演奏家より上だとする批評家の話とか、「ラヴェルは < ボレロ > で音質を作曲の道具に用い、メインテーマを異なる音質で何度も繰り返している。これは脳に損傷を受け、ピッチを聞き分けられなくなってからの作曲だった」とか、「私たちの文化では、音楽のエキスパートとただの音楽好きの間にある溝が広がりすぎて、みんなが弱気になっているのだ。 … 認知神経科学者の研究によれば、そんなことはない。子ども時代にほんの少しでも音楽のレッスンを受けると、まったく訓練を受けなかった人より効率的で発達した音楽処理用の神経回路が作られる」といった書き方は、大好きですねぇ。また、楽器の発音する瞬間の「アタック」を取りのぞくと、いったいなんの楽器だかわからなくなるという実験の話もおもしろいです。アタック部分を取り去って、フルートとヴァイオリンの音をつなぎあわせた音源をこさえたら、なんと手回しのストリートオルガンそっくりの音色になったとか ( pp. 70 - 2 ) 。また、「1 万時間説」というのも登場する。こちらはわりと有名らしくて、なににせよ毎日 3時間の訓練を 10年間、つづけてはじめてものになるとか。その伝でいけばかのマルセル・デュプレは「毎日 10 時間」オルガンの勉強に励んだそうだから、10 年かからずにプロのオルガニスト・作曲家・即興演奏家の域に達したのかな ?? 

 この本はこの手の分野の好きな読み手にとっても、音楽好きにとってもたいへん読みごたえのある一冊と言えると思う。

評価:るんるんるんるんるんるん


* ... 手許のコピーには、以下のようにある。

「すべての事柄を勘案して、ミサは ―― 歌を伴って執り行われようがそうでなかろうが ―― すべてがはっきりと正しい速さで行なわれ、それを聞く人々の耳と心に静かに入いり込むことができるようにすべきである。… オルガン演奏であっても歌であっても、淫なものや不純なものが混入した音楽はすべて教会から取り除かれなければならない」―― 「トレントの公会議、ミサに用いられる音楽についての規定」より

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2012年04月22日

Eaarth

 今日は 1970 年に米国ではじまった「アース・デイ」ということで、いつも見る Google のロゴも緑の森みたいなデザインになってましたね。

 地球温暖化 … についてはここのところ批判する本とかも出てなにやらにぎにぎしい感じはしているけれども、自分がはじめてこの地球規模で進むとてつもない気候変動を最初に意識したのは、マッキベンの処女作『自然の終焉』( 1988, 邦訳は 1990 年刊 ) でした。当時は「温室効果」と呼ばれてました。

 この著作、「第二の『沈黙の春』」とも呼ばれ、著者マッキベンも一躍「才能ある若手の書き手」として注目を集めたものでした。そして、これ読んでた自分ももちろん当時は若かった( 笑 ) 。

 マッキベン本については、近いところでは『ディープ・エコノミー』の原本を読んだりしたけれども、この新作はタイトルからしてずばり『続・自然の終焉』みたいな本。『自然の終焉』を上梓した当時とくらべて「地球温暖化」がいかに進行、つまり悪化したかがいちだんと切迫感をもってたたみかけるような筆致で書かれています。この本で著者マッキベンが主張しているのは、地球の大気循環をもとの「安定状態」にもどすために大気中の二酸化炭素濃度を 350ppm にまで下げろ、そのためにいますぐ行動を、ということに尽きる。350ppm という数値は 1988 年に NASA の気候学者だったジェイムズ・ハンセンが「許容値」として提示した数字。2007 年にハンセン氏があらためて全米地球物理学連合の会議でこの数字がぎりぎりの許容値として提示した日は、すでに北極海の海氷が過去最大の減少を記録したのを知った著者にとって、「自分が知っていた地球はなくなった」ことを実感したときだったという。

 冒頭から、背筋の涼しくなるような現実の絨毯爆撃のような列挙がひたすらつづく。「この10 年で、全地球上の総降雨量は 1.5 % 増え」、「スーパーセルと呼ばれる猛烈に発達しかねない積乱雲の発生率が 45 % に達する」可能性があり、「2007 年夏、北極海の海氷面積は過去最低を更新」し ( アポロ 8 号があの「地球の出」を撮影した年より 40 % 以上も減少 ) 、オーストラリアでは海水温度の上昇により偏西風の流れが変わって雨雲がはるか南の洋上に押し流されるようになり、「翌年はじめにはオーストラリア大陸の半分が旱魃」に見舞われた。「2008 年、南極半島の気温が地球上もっとも急激な気温上昇を記録し、西南極では過去 10 年とくらべて 75 % も速く氷が消滅した」。海水は酸性化し、「日本海の急速に海水温が上昇している水域では二酸化炭素の吸収率が著しく低下」した ( エチゼンクラゲの大発生のことも書いてあった ) 。このままのペースで大気中の水蒸気が増えつづければ乾燥地帯はさらに乾燥が進み、雨がちの地域はさらに降水量が増え、「降れば土砂降り」になりやすく生存じたいを脅かされる。また北半球に多く存在する泥炭地に封じこめられている二酸化炭素がいっきに放出されるほど温暖化が進行すれば、いちだんと事態は深刻化しかねない。ツンドラ地帯の永久凍土層に閉じこめられているメタンもどうなるかわからない。自由の女神像とおなじくらいの高さのあるエヴェレスト山の氷河も、マロリー隊がはじめてこの山の写真を撮った 1921 年以来、溶けつづけている。ちなみに現在の大気中の二酸化炭素濃度は約 390ppm で、これほど高濃度だったのは 2000 万年前だったらしい。2000 万年前というと、ちょうど伊豆半島の土台をなす湯ヶ島層群が、はるか南の海で海底火山活動をはじめた時代 ( 新第三紀中新世 ) 。いまの日本列島のあるあたりは、小島の散らばる海だった。もちろん縄文海進とはくらべものにならないほど海水面は高かった。

 ハリケーンはますます大型化、その発生頻度も高くなり、旱魃や水害が多発する。加えていまは「ピークオイル」が同時に起きている。代替のエネルギー源はどうする ? 気がつけばそこにあるのはもはやかつての安定した、それゆえ人間の文明を築いてきた「地球」ではなく、まるで別物の惑星。とても住みにくく、とても暑く、とても不安定でわれわれの生存を脅かす存在となった「あたらしい地球」、著者言うところの 'Eaarth' になってしまった。

 この本のもうひとつの特徴は、ところどころマッキベンの地元ヴァーモント州の記述が挟まれていること ( 『自然の終焉』を書いたころはアディロンダック山地に住んでいたが、その後ヴァーモントに移った ) 。「はしがき」でも自分の住む山間の町リプトンが大規模な土石流被害に見舞われたことなどを書いているけれども、ほんとこれ人ごとじゃない。自分の住む地区でも 2008 年に出水したことがあったし、近年の雨の降り方はあきらかに昔とはちがう。なんというか、気候変動があまりに極端だ。そしてこの極端さはたとえばハリケーン・カトリーナについて書かれた箇所でも触れているが、こういった大きな気候の振幅をもろに受けるのは貧困に苦しんでいる地域の人々。いま全世界の人口はついに 70 億 ( ! ) を超えたけれども、この本によれば2009 年、英国の著名な学者が The Times 紙に「2030 年までに、食糧危機と水不足の同時発生する最悪の事態が起きる可能性がある」と語ったらしい。2008 年、「飢餓の危機に陥っている人々」の数は 4000 万人増えて 9 億 6300 万人に達し、2009 年には 10 億人を超えた ( レスター・ブラウンの報告による ) 。2000 年の「国連ミレニアム・サミット」では世界の飢餓人口を「2015 年までに」半減させるという宣言が出されたけれども、国連の専門機関の試算によれば、飢餓人口を半減させるには「 2150 年までかかる」。また「ピークオイル」については、たとえば 2008 年の原油価格高騰時、米国の 30 の都市の航空路線が廃止された。将来もこのまま原油価格が高騰しつづければ、「2025 年までに全米の航空路線は 40 % 減少し、主要空港の数も現在の 400 から 50 へと急減する」。では「安い油 ( cheap oil ) 」がなくなったら ?? いまのところバッテリ駆動による飛行機は「ふたり乗りのウルトラライトプレーンくらいが関の山」。

 … と、こんな感じでマッキベンはまず現実に進行中の事象を読者に示したうえで、ではどうすればよいかを後半の二章を費やして具体例を挙げつつ考察している。あまりに現象が大きすぎるこの気候変動について、マッキベンがもっとも恐れているのは、「あっさりあきらめてしまう口実にされる」こと。とにかく行動あるのみ、と読み手を奮起させる取り組みや具体例を挙げてます。たとえば再生可能エネルギーの「分散型」発電。でかい発電所を作るのではなくて、地域ごとに自前の小規模発電を行なって必要な電力を賄う「電力の地産地消」。キーワードは「一極集中型ではなくて分散型」、「身近にあるものを利用すること」、「大型志向は捨てよ、これからは小型志向で」。最後の大型志向はとくに米国人の大好きな発想だし、いままでの米国の歴史そのものみたいな感がある。そのためか、米国人読者向けにとりわけ噛み砕いて「なぜ『より大きく』が悪いのか」ということをくどいほど強調している。個人的には、その主張を裏付ける材料として著者の地元で開始された独立戦争にまでさかのぼって書いているくだりが印象的だった ( し、同時に勉強にもなった。はっきりいってこのへんのことに関しては疎いので ) 。食糧生産についても、たとえば英国サセックス大学の農業経済学者が世界 286 地域で実践してきた「( アグリビジネスに代表される「単式農法」ではない ) 代替農法」の成功例とか、西洋の知恵 ( 'double-dug beds', 訳語は不明だが調べたかぎりでは「二層掘り式苗床」といった感じか ? ) と伝統農法とを組み合わせて収量を上げたケニアの実践例とか。「自給自足の分散型発電」については、なんと中国の日照 ( 「リーチャオ」、名前からして日当たりよさそう … ) という新興都市の取り組みが紹介されている。なんでもここは 1990 年代から太陽光パネル設置が進んでいて、いまや 95 % 超の世帯が太陽光発電でお湯を沸かしているという。前の本では日本の太陽光発電の取り組みが書れていたが … 。

 もちろん著者の地元ヴァーモント州の取り組みも紹介されていて興味深いんですが、いちばん心に響いたのは、著者の行きつけらしい地元ダイナーのカウンター席に貼ってあるというバンパーステッカーの文句。「思考はグローバルに、行動は地元で ( "Think Globally ―― Act Neighborly." ) 」。ちなみにここのダイナーのメニューには、前作の献辞に名前を挙げていたウェンデル・ベリーその人の詩 ( Manifesto: The Mad Farmer Liberation Front ) の一節が引用されていたりする。

 とにかくマッキベンの主張は一貫している。「われわれが創造してしまったこのあたらしい Eaarth と折り合いつけて生きてゆくために、われわれ自身が変わらなければならない。とりわけ小さくなること、分散化すること、成長ではなく維持に集中すること、そして危険なほどの高みにまで登ってしまったいま、その高みからうまく加減しながら降りること」。マッキベンはこちらの記事で「後退すること」を書いているが、この本で言っていることも基本的にはおなじこと。もうこれ以上、成長を求めることはやめなくてはならない。「大きすぎて潰せない」のではなく、分散化して小さくなること。といってもたんに「狭い世間しか知らない」ような昔にもどるのではなくて、「思考はグローバルに」。

 というわけで、これから人間の生活に必須なものはまず食糧、水、エネルギー … そしてインターネットだという … たしかに自分もネットは印刷革命にも匹敵する技術革新だと思うし、メールや、最近では SNS かな、瞬時に地球の反対側の人とやりとりができちゃうというのはたしかにすごい発明だし、個人の考え方のみならず生き方まで変えたと言ってもいい。とはいえ、「安い油」の産出量が減ってきていると言いながら結論がこれか … という気もしないではない。これは実現可能な変革こそ重要という中道の発想と、マッキベンその人のやさしさがにじみ出ているのだと思う。マッキベンは米国最初の環境学部が設置されたミドルベリー大学の学生有志 6 人と結成した「 350.org 」という草の根組織から、このインターネットというあらたな利器を最大限に活用して、全世界にそのメッセージを伝えて行動を呼びかけている活動について触れ、あらためてその伝播効果の大きさとその効用についても書いている ( マッキベンはここの大学の招聘教員になっている ) 。そういえばネットじたいも従来のメディアとちがって「集中型」ではなく「分散型」なので、ここでもまた「分散型システム」の長所が挙げられている。

 とはいえ現在の大気中の二酸化炭素濃度は下がるどころか、過去最高の 390ppm なのでまだまだ「負け戦」。マッキベンと 350.org の闘いはまだまだつづくわけで、それが報われるかどうかは、ほかならぬわれわれがこれからどう行動するか、にすべてはかかってくる。すくなくともこの本はそのことを考えさせてくれると思う。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるん

付記。以前切り抜いた地元紙記事をいくつか見たら … 英国 Guardian の報道として「北極圏グリーンランドの氷床は 300 年で消え、北極海の海氷は気温が 0.5 - 2.0 度上昇すると回復不能になる」、「富士山頂にイネ科の種子植物がはじめて確認された (2010 年 1 月22 日付 )」、「約 6 億年前、CO2 激減により全地球が凍結した可能性がある」( 2008年 ) … 。また先月 12 日に仏マルセイユにて「第 6 回世界水フォーラム」が開催され、その関連記事によると世界人口は 2050 年には 91 億人に達し、食糧需要がいまより 70 % 増えるという。

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2012年02月26日

『時を超える神話』&『生きるよすがとしての神話』

 読みかけの本があるにもかかわらず、ついキャンベル本を読みたくなってしまった今日このごろ ( 笑 ) 。でも先日、マッキベンの本( Eaarth ) はめでたく読了したので、そちらはいずれまたのちほどということで ( いつになるかは未定 ) 。

 ジョーゼフ・キャンベル … については、この拙ブログ上でもそれこそ何度も取り上げてきた名前だから、あらためてどうこう言うつもりもないですが、昨年読んだ Myths to live by とあわせてすでに飛田茂雄先生の名訳による邦訳が出ているし、未読の『時を超える神話』とともに図書館から借りて読んでました。読んでいるうちに、以前原本を持っている人からコピーして放置状態だった The Masks of God の第三巻 'Occidental Mythology' のアイルランド関連のことが書かれたページとかも読みたくなり、今後も折をみて読み進めていこうかなと考えてます。

 『時を超える神話』は、死後公刊されたビル・モイヤーズとの対談『神話の力』と同様、キャンベル最晩年の講演から収録したもので、訳者の飛田先生によると、同名のビデオシリーズ ( シカゴにある Joseph Campbell Foundation から出ているらしい [ 訂正:カリフォルニア州ケントフィールドでした ] ) を見ながら翻訳を進めたようです。キャンベルという人は、いわゆる学究肌の学者然とした学者ではぜんぜんなくて、当代髄一のストーリーテラーといったほうがいい。NHK で放映されたモイヤーズとの対談でその飾らない、でもひじょうに説得力ある語り口にすっかり打ちのめされた二十代のころを思い出す。この本も『神話の力』とおなじく、冒頭からキャンベルの飾らないストーリーテリングにすっかり引きこまれてしまった。

 キャンベルの講演では、たとえば昨年読んだ『生きるよすがとしての神話 ( 原本 Myths to live by )』とカブる話、『パルツィヴァル』、「ニュージャージー行きの小舟のたとえ話 ( 大乗仏教と小乗仏教のちがい ) 」、「ゾウに道を譲らなかったインドの若い修行者の話 ( ラーマクリシュナお気に入りの寓話だったらしい ) 」、「クンダリーニ・ヨーガと経絡図 ( チャクラ3 とか 4 とか ) 」やチベット密教のオーム( 日本風に言えば「阿吽」 )の話、またはお気に入り ( ? ) らしい10 世紀のスーフィーの殉教者マンスル・アル-ハッラージュの「炎に飛びこむ蛾」の話や「トマスによる福音書」の引用などがけっこう出てくるけれども、聞き手を、というかここでは読者だけど、いっこうに飽きさせないのはさすがというべきか。いわばバッハの多用した、パロディの手法比較神話学版とでも言おうか。

 日本人のくせして仏教についてはとんと門外漢のワタシみたいな読者は、「ニュージャージー行きの小舟の話」なんか、ひじょうにわかりやすくておもしろいし、『生きるよすがとしての神話』に出てくる、奈良の大仏の右手が「汝恐れるなかれ」という印であること ( 「施無畏印」というらしい ) とかをキャンベルの講義から知るのはなんともありがたいことではある。もっともキャンベル先生も人の子、ときおり数字がちがったりするし、古代エジプトの話 ( 4章 ) の話では当時の知見でものを言っているので、これは致し方なし。もっともそれは枝葉末節のたぐいなので、物事の本質を突いた言い方はさすがとしか言いようがない。

 以下、この講演集を読んで印象に残ったキャンベルのことばをいくつか。

 ―― 私たちが持っている聖典は、私たちの生活経験を知らない別の民族が別のところで編纂したもの … そこには根本的な隔絶があります。… 自然に対する人間の支配を、人間に与えられた本性と見ている。それをシアトル酋長やブラック・エルクの言葉と比べてみてください。これこそ、すでにひからびて死に、本来の働きを失った神話と、いま機能している神話との相違です。神話が生きているとき、私たちはだれに対してもそれがなにを意味しているかを語る必要はありません。それは、ほんとうにあなたに語りかけてくる絵を見るようなものです。( p.56 )

 ―― 農業の確立と動物の飼育とに続く地域社会の拡大と共に、職業の差別が生まれました。ジェネラリストやアマチュアの文化とでも言えるようなものの代わりに、職業が生まれ、ある特定の人々とその一族が何代も続いて、官吏、祭司、交易、農業といった職に生涯を捧げることになりました。人々のあいだに差別が生じると、新しい問題も出てくる。つまり、生活様式の違う人々に単一組織のメンバーであるという自覚を持たせるにはどうしたらいいか、という問題です。われわれの世界がまとまりを欠いているのも、そこらに原因があるようです。労働者が経営者と対立する、あちらとこちらが敵対するという具合に、文化組織がボロボロと崩壊しますね。( pp.65-6 )

 ―― しかし、インド人は捕囚の状態にあったのではない。つまり、異郷で流刑になっていたわけではありません。神は彼らのまっただなかにいるのです。私たちが異民族文化の交流について語るとき、比較宗教学の立場から宗教について語るとき、そういう相違を認識しておく必要があります。比較 ? そうです、私は比較をします。それが私の商売ですからね。理念の相違が存在しているとの前提に立って、比較をするのです。 ( p.80, こちこちのユダヤ教徒だったマーティン・ブーバー博士の「私たちはみな捕囚の状態からそれぞれ独自の方法で脱け出さなければならない」との発言を受けて )

 ―― 大乗仏教はインドの北西部で発達しましたが、面白いことに、その時期は主としてキリスト紀元の最初の二世紀のあいだで、キリスト教が発達した時期と重なっています。ボーディサトヴァ ( 菩薩 ) というのは、超越性を自覚した人が現実世界に参入するという思想です。… キリストの呼びかけはなんでしょう。キリストは人々に、もし世界に悲苦が満ちていると思うならば、その世界に参入せよと呼びかけています。もしあなたがキリストをブッダと同じような存在だと考えるならば、キリスト教と仏教とのあいだにはすばらしい対話が生まれます。その両者は、同じひとつの基本的な理念の二つの民俗的な表れです。( p.127 )

 ―― あなたとあなたの神とは、あなたとあなたの夢がひとつであるのと全く同じく、ひとつです。とはいえ、あなたの神は私の神ではありません。だから私にそれを押しつけないでください。各人がそれぞれ独自の存在と意識とを持っているのですから。( p.169. これ、どっかの聖書の押し売り団体に聞かせてやりたい名言ですな )

 ―― … 興味深いことが起こります。近代語の進化です。ラテン語からフランス語が、古ドイツ語からドイツ語が生まれました。ラテン語では ―― amo は「私は愛する」、amas は「汝は愛する」などのように ―― 主語と動詞が一体ですが、いまや主語は動詞から離れる傾向が始まりました。ここでもまた個の強調が見られます。「私は愛する」は ich liebe です。( p.236, これはドイツ語ですね。ようするに西欧圏で顕著となる「個人」という意識の誕生と発達が、言語面でもはっきり現れていると述べている )

 ひとつ思ったんですが、グノーシス主義に近い文書とされる『ヘルメス文書』って、コジモ・ディ・メディチ支配下のフィレンツェにてラテン語に翻訳され、それがたいへんに受けたらしい。「ボッティチェリの作品はこの思想で満たされていますし、ルネッサンス芸術のすばらしい花盛りも、そこに盛られた思想を雄弁に語っています ( p.136 ) 」とあり、有名なドミニコ会士ジョルダーノ・ブルーノもこの翻訳に触発されて独自の神秘思想へと走り、「地動説」支持を撤回しなかったために火あぶりにされた … らしい。とにかく当時、この『ヘルメス文書』翻訳のあたえた影響というのはすごかったみたいです。

 翻訳 … ときて思い出したのが、その前に読んだこちらの本。現在の西洋文明を考えるとき、古代のアレクサンドリア大図書館およびアレクサンドリアという古代都市の果たした役割は測り知れないように思う ( たとえばクレメンスやオリゲネス、アタナシオスといった教父たち、グノーシス派のヴァレンティノスや水オルガン ( ヒュドラウリス ) の発明者クテシビオスやエウクレイデスなどなど … ) 。ネット全盛時代とはいえ、われわれはいまだにその影響を受けつづけているようにも思うのでした。

 キャンベルにもどって … 個人的には『生きるよすがとしての … 』よりは、最晩年の講演録であるこちらの本がいいような気がする。前者もすばらしい講演集ですが、いかんせん時代が古くて、アポロ計画たけなわのころの講演など、時代を考えてもちょっとハイなんじゃないかって気がしたものですが … でも冒頭の「科学は神話にどんな影響を及ぼしたか」は、合理主義者としてのキャンベル節全開、といった感じでけっして押しつけがましくはないものの、たいへん説得力に富んでいる。

 『時を超える … 』の 213 ページにガッフーリオなる人の著した『音楽実践法 ( Practica musice, 1493 ) 』に掲載されているという木版画にも、おおいに興味をおぼえた。キングギドラみたいな三つの頭を持つケルベロスの長ーい尻尾が天上におわすアポロン神まで、テトラコードのギリシャ音階とともに昇っているという図は、はじめて見た。各音階にはそれぞれ 9 人のムーサつまりミューズとプトレマイオスの惑星と太陽があてがわれているんですが、よくよく見るとドリアが「太陽」になっていて、最下段のヒポドリアが「月」というこの関係は … よくわからない。でもこれって、ケプラーが『宇宙の調和 ( 1619 ) 』で太陽系の各惑星に音階を当てはめたのとまったくおんなじ発想なのかもしれない ( 「天球の音楽」という思想は、古くプラトンにまでさかのぼる ) 。それと、p.64 の、クノッソスの有名な迷宮に描かれている二頭のグリフィンの壁画について。「ダンスの絵のなかで女性たちはグリフィンの頭を持っています。… なぜかグリフィンは女神信仰の儀式とかかわりを持っているのです」とあるのは、まったくの初耳でした。

 でもやはりなんといっても感動的なのは、 1855 年ごろに白人入植者にたいしておこなったとされる、シアトル酋長のスピーチのくだりです( pp.35 - 7 ) 。

 ―― ワシントンの大統領は「おまえたちの土地を買いたい」と言ってきた。しかし、空や土地をどうして売ったり買ったりできるのだろう。その考えはわれわれにとって奇妙なものだ。… もしわれわれが土地を売るとしても、空気はわれわれにとって貴重なものであることを忘れないでほしい。空気は、それが支えるあらゆる生命とその霊を共有していることも覚えていてほしい。… われわれはこの大地を愛する。生まれたばかりの赤ん坊が母親の胸の鼓動を愛するように。だから、われわれが土地を売ったなら、われわれがそれを愛してきたのと同じようにその土地を愛してほしい。われわれがそうしてきたのと同じように土地の面倒を見てほしい。心のなかに受け取った土地の思い出をそのまま保ってほしい。あらゆる子供たちのために、その土地を保護し、愛してほしい。神がわれわれみんなを愛するように。… われわれが土地の一部であるように、あなた方も土地の一部なのだ。大地はわれわれにとって貴重なものだ。それはあなた方にとっても貴重なものだ。われわれはひとつのことを知っている。神はひとりしかいない。どんな人間も、レッドマンであろうとホワイトマンであろうと、区別することはできない。なんと言っても、われわれはみな兄弟なのだ。

 『生きるよすがとしての … 』では飛田先生はじめ、三名の共訳というかたちをとっている。「訳者あとがき」もそれぞれが書かれてますが、とくに目を引いたのが、こちら。↓

 ―― … 原書を受け取り、数ページ読んでみると、これはたいへんな仕事だ、はたして私の手に負えるのだろうか、と不安になってきた。なにしろ、キャンベルの扱うトピックは、ギリシア神話という狭い範囲のものではない。神話・哲学・宗教のみならず、芸術、科学など広い分野の知識が網羅されている。… しかも、エッセーとはいえ文章はかなり難解で、調べものと翻訳作業とに四苦八苦するありさま。… 私の担当部分は原文の半分くらいでしかなかったにもかかわらず、半年以上ものあいだ、常に机の上に原書が広げられていた。ずいぶん長くかかってしまったものだが、このすばらしい本を訳すことのできた喜びは苦労よりも何倍も大きかった。… 章を追うごとに「知覚の扉が浄化され」、世界をこれまでより新鮮に見たり、感じたりできるようになっていく気がした。… 仕事を口実に手抜きばかりしているダメママに無邪気に甘えてくる二人の幼い娘たちの笑顔にささえられて、亀のようなペースではあったが、翻訳を続けることができた … 。

もしキャンベルがこの「あとがき」を読んだら指をパチンと鳴らして、満面の笑みを浮かべてこう言ったかもしれない。「彼女もまた、ささやかなヒロインです ! 」。

評価:『時を超える神話』るんるんるんるんるんるんるんるんるんるん

『生きるよすがとしての神話』るんるんるんるんるんるんるんるん

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2012年01月30日

『知はいかにして「再発明」されたか』

 お題の本は以前、地元紙書評欄を見て興味をそそられた旨、たしかここで書いたような気がしますが、いまごろになってようやく読んでみました ( マッキベンの本とショーペンハウアーの『読書について』と並行して ) 。

 この本、ひとことで言えば広い意味でのメディア論ともとれますし、もっと大げさに西洋文明を側面から支え、かつインターネットという名のグローバリズムに乗って全世界的に伝播した「西洋における知識の蓄積と保存」がいかにしてなされてきたか、を「知識を伝達する装置」としての制度の変遷ととらえて論じた本です。

 この本はオレゴン大学で歴史を教える夫婦 ( ? ) らしい教授先生二名による共著。古代ギリシャ文明の知的伝統の保存と学者獲得の手段として設置されたアレクサンドリア大図書館を「西欧最初の知の制度」として位置づけ、以降「修道院」、「大学」、「文字の共和国」、「専門分野」、そして「実験室」へと「西洋における知識の保存装置」は変遷していった、と論じています。

 個人的にはもちろん「アレクサンドリア大図書館」と「修道院」について、どんなことが書いてあるんだろとの興味があって読んだんですが、おおなるほど、と思ういっぽう、やや違和感も … 。民主主義とか言論の自由とかを引くまでもなく、西洋における知識の伝達という話は、なにも西洋のみで完結する話ではなくて、極東の島国に住むわれわれにもおおいに関わりのある話ですし、アレクサンドリア大図書館建設を思いついたデメトリウスから尊者ベーダ、アベラールにベルナール、イエズス会士キルヒャー ( 音楽好きにとっては『音楽汎論』[1650] の著者として ) にフンボルトにヴァネヴァー・ブッシュまで、「知の制度」に関わった人たちの物語という「読み物」としてはたしかにおもしろいし、「『情報時代』がこのまま進めば、知は光ファイバーを通して行き交う電子パルスのようにはかないものになりかねない、という危惧 ( p.8 ) 」が現実のものとなっている現在、先人たちから受け継いだ知的遺産をこれからどう保全し、伝えていけばよいのか、その有益なヒントを得るためにはやはりこれまでの歴史を顧みるにかぎる、そういう視点からものされた本だと言っていいと思う。

 とはいえ個人的にはどうもしっくりこない点のほうが多くて、後半に行けば行くほどその感が強くなってしまった。ひとつには三流ジャーナリストみたいな妙に軽い語り口にもあるかもしれない ( 訳し方にもあるとは思うが)。この手の「一般教養」ものでは、よくあることだがジョークのひとつも挟んで、みたいなはっきりいってどうでもいい雑学やネタを適宜混ぜて読み手を退屈させないサービスをする場合が多い。でもそれも質と量の問題でして、この本の場合はややフェミニズム的要素も混ざっているためなのか、ちょっと下ねた系がくどい感じ ( 苦笑 ) がする。また「いまの制度がけっして最良のものではなく、たまたま歴史の偶然でこうなってしまっただけのこと」というのはたしかにそのとおりですね、と言うほかないが、比較として引き合いに出される中国とかイスラム文化圏での例とか、いつも章末に申し訳ていどにしかでてこない。たとえば西ローマ滅亡の混乱期、「知識の保存装置」として活躍したのがちょうどおなじころ西ヨーロッパ各地に設立されていった「修道院」だったが、インドのナーランダ僧院では「その文化はひじょうに口承的で、文字に頼ることはなかった ( p.90 ) 」ため、最盛期には 1 万人の修道僧で賑わった僧院もムスリム襲撃後の 12 世紀に幕を閉じ、ナーランダ僧院に留学していた玄奘三蔵によって後世に伝えられた以外は朽ち果てるのみだった、みたいにありますが、このへんもうすこし突っこんで比較検証したほうがよかったように感じる。記述があっちこっちに飛んで、そのたびにどうも「消化不良」になるという、そんな感じ。そういえばかつて、ハロルド・イニスだったかが書いたメディア論について、「引用が奇怪なモザイクといった感じ」と酷評していた人がいた。たしか『印刷革命』という本の著者先生だったと思うが … 。

 というわけでこの本の場合、ボンクラなワタシの頭では本文 292 ページをすべて読み通すよりも、きょくたんな話、「はじめに」と「結論」だけでよかったかも、というのが偽らざる読後感でした。とはいえ中世の「大学」と、ルネサンス期の「文字の共和国」あたりは知らないことが多かったので、ひじょうに興味を惹かれた、とだけは言っておきましょう。でもいまひとつつよく感じたのは、たとえば書き言葉のない、口承のみを頼みにしてきたような文明文化の遺産はナーランダ僧院のごとく失われる場合がふつうだったので、われわれに残された「知識」よりも失われてしまった知識、いや「叡智」のほうがはるかに多いということ。この本は西洋の知の伝達ということに焦点をあてて書かれているからしかたないとはいえ、それよりはるか以前、古代ギリシャ・ローマ以前の「知識」はどうなんだというとなにも書かれていない。おなじく口承文化だったケルト人やゲルマン系諸部族など、ヨーロッパにはラテン系以外の「知の歴史」があったはずなのに、現存しているのはほんのすこし、それもキリスト教修道士が当時の書きことば、おもに当時の共通語だったラテン語で残しているのみ。けっきょく、こういう歴史ものを書くときは著者自身「専門分野」や「実験室」の章で書いているとおり、論じるものを選択してから書くということになり、選択の過程でどうしても恣意的にならざるを得ない。「無色中立、客観的な歴史」というふうに論じることは不可能。あと読んでいて気づいたことは、山岡先生の著作とも重なるけれども、やはり「知識の保存と伝達」の主要な原動力のひとつがやはり「翻訳」という営為だったこと。アレクサンドリア大図書館では有名な「セプトゥアギンタ」の話とか、あらたなアレクサンドリアとなったバグダッドでは、ムスリムの学者たちがさまざまな出自の文書をつぎつぎとアラビア語に翻訳して後世に伝えたとかって話を読みますと、なんかこみ上げるものがありますね。こういう無名の翻訳者たちだって、「知の制度」を維持した重要な立役者ですよ。

 というわけで、突っこみ不足・書き散らした感はあるものの、「西洋における知の変遷」という捉え方をした本というのはありそうであんまりないと思うので、この手の著作 ( いや労作 ? ) は邦訳されてしかるべきだし、われわれ読者はありがたく読ませていただきたい、と思う。思うけれども、読んでいてどうにもひっかかる箇所が … ひとつには「シャルマーニュ」、「陰謀術」といった誤字だか誤植だかが多いこと、「フレデリック大王」と表記したかと思えば「フリードリッヒ大王」に、アベラールの仇敵「クレルヴォーのベルナルドゥス」がいつの間にか「ベルナール」になったり、アレクサンドリアの悪名高い司教キュリロスが「キュウリロス」になったり、「プロシア」が「プロイセン」になったりとまるで落ち着かず ( 苦笑 ) 、アレクサンドリア大図書館と併設されていたと伝えれるムーサを祀った「ムーセイオン」をなんだかよくわからんが英語読み「ミュージアム」としたり ( こういうのは原則現地語読みにすべきだし、原文だってしっかり famous Museum と大文字で書いている ) … また「なんとまあ」だの、「パックリ」だの「せっせと」だの、軽い調子 ( ? ) の原文がさらにノリの軽い日本語になっている点も気になるといえば気になる。とくに「図書館命 ( p.20 ) 」って、なんなのこれ ? と思って手っ取り早く原文を「なか見検索」してみたら …

― Organizing and managing a library is, after all, a monumentally tedious task, in need of a deep-seated prior commitment to justify its utility. ( p.5 )

どうも下線部を強調したかったみたいです。そこまでしなくてもよかったような … 気もしますがね。それと、「文字の共和国」で出くわした、「譜面のあるダンス ( p.167 ) 」っていったいなんだろ ??? まるでイメージできず orz それと「図書館」の章、「 … すべての巻物を差し出せと命じた。没収して写本を行い、その本は手元に返すから、と ( p.32 ) 」。常識的には、これ「原本」じゃないですかね ? 残念ながらここは「立ち読み」できなかったから、わからないですけれど ( 持ち主にはなかば強引に取り上げた原典ではなく、写本を突っ返す場合も多々あったらしい ) 。

 もうひとつ目についたのがこちら。↓

― 原爆の父 J. ロバート・オッペンハイマーは、皮肉にもトリニティー [ 三位一体の神 ] と呼ばれている場所の上で史上初のキノコ雲が広がるのを目にすると、バガヴァッド・ギーター … を引いて、「わたしは死、すなわちこの世界の破壊者となった」と述べたという。 ( p.268 )

― "I am become death, the destroyer of worlds" : thus spoke J. Robert Oppenheimer, father of the bomb, quoting from the Bhagavad Gita ... after witnessing the first mushroom cloud explode over a site named, aptly enough, Trinity.

ええっと、トリニティというのはもともとの地名ではなく、オッペンハイマー自身がこの核実験をそう名づけたものと了解しています。下線部はどう転んでも「皮肉にも」にはならないですよね ?? 「いみじくも」くらいか。

 … 固有名詞表記の不統一とか、あるいは上記のこととかは気にしない気にしない … でもつぎのくだりは、つい目クジラが立ってしまった ( 苦笑 ) 。

― オクスフォード ( ママ ) 大学キングズ・カレッジ ( p.306 )

評価:るんるんるんるん

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2011年11月20日

The Unsettling of America

 自分がはじめてウェンデル・ベリー( Wendell Berry )という名の書き手を知ったのは、もうかれこれ 20 年くらい前だったか … 当時、ある語学雑誌に翻訳課題が掲載されていて、それがこの The Unsettling of America の一節だった ( 手許にあるのは 1996 年刊行の第 3 版 ) 。その後ほどなくしてまだ若い書き手だったビル・マッキベンの処女作『自然の終焉』邦訳本を読み、そこで何度かベリーのことばが引用されていたのを見て、この人はたとえば昔のソローやエマソンのようなかなり有名な書き手なんだろうなと思っていた。それ以来、漠然とではあるけれど、この本を読んでみたいと思っていた。

 で、長らく Amazon のカートに放りこんでおいたこの本をようやく ( ? ) 発注する気になり、夏の終わりに届きました。さっそく目を通してみたら、これがもう ―― いろんな意味で ―― おどろきの連続。

 くだんの課題箇所は典型的な「環境問題」を扱っているような印象を受けていたので、てっきりそういう本だと思ってました。でも中身はそういうせまい範疇をはるかに飛び越え、この有限の地球という惑星にすむわれわれ人間の存在そのものをこれでもかと問う、ある意味たいへん過激にして、ひじょうに深い深い洞察と思索に満ち満ちたものすごいエッセイでした。すくなくとも自分の理解し得たかぎりでは。

 著者はケンタッキー州の農家の生まれで、いっとき大学で英文学を教えていたそうなんですが、現在は先祖代々受け継いできた自営農場で農業を営みつつ、地方の農業者の見地に立って環境問題関連の講演などの活動もこなしている方。この本はいくつかのエッセイをつなぎあわせたような構造で、表題作 'The Unsettling of America' 以下、1970 年代の米国における食と農の問題、地域社会の問題 ( 農村地帯の過疎化および都市の過密化にともなう社会秩序の崩壊 ) 、露天掘りなど乱開発による環境破壊、米国の農政問題などを「一農場主」として見つめ、考察し、また怒りをもって告発・非難するという、裏カバーの新聞書評にもあったようにじつに「雄弁な」本なのです。

 個人経営農場主としてのベリーの考え方は、とにかくすべてはみなつながりあっている、ということ。日本語で言うところの「共生」ですね。当たり前といえば当たり前なんですが、われわれも含めて欧米の影響を受けた国およびその社会では、その当たり前のことさえないがしろにされ、とても持続可能ではない社会・経済構造をあいも変わらずつづけていると警告する。そしていま ( この本の初版は 1977 年刊行 ) 米国で主流の食糧生産方式は、自然も土地もそこに生きる人も共同体をもすべてを破壊し、社会の撹乱 ( unsettling ) がいっそう深刻化しかねない、ということ。原本 200 ページ以上にもわたってベリーが繰り返し主張するのは、どんな理由であれすべての生き物が共生する大地とそこに生きる人、とくに「強欲に満ちたアグリビジネス」の前に絶滅寸前まで追いつめられた「先祖代々、自然と折り合いつけて耕しつづけてきた家族経営農家」を守れ、ということに集約される。

 「すべてはみなつながりあっている」という発想、ここでもすこしそんなこと書いたかもしれないけれど、自分も昔からそういうふうに物事を捉えてきたほうなので、これにはたいへん共感をおぼえる。でもたとえば「炯眼な農民 ( マッキベン ) 」ベリーの考察が共同体のなかにおける「結婚」とはいかにあるべきか、というややきわどいトピックや、アグリビジネスに代表される「大地と個人農場主を搾取・簒奪する」手合いを一様に ―― 医者やアグリビジネスに加担する大学農学部の先生もみんなひっくるめて ―― 「専門家 ( いわゆる「専門バカ」のたぐい ) 」として排除するようにも受け取れる書き方には、やや抵抗もありました。数篇のすぐれたエッセイをつなぎあわせた体裁ながら、米国の歴史は外からやってきた、土地とはまるでつながりのない部外者である人間が、土地に根ざして生きてきた人びとと彼らの属する共同体を潰して追い立て、ということの繰り返しで、いまや自営農家が搾取側である強欲むき出しのアグリビジネスによって社会的・経済的に追い立てられ、ひいてはこのゆがんだ経済構造が消費者も含めた国民を、社会そのものを「撹乱している」という主張で貫かれています。

 ちなみにここで言う米国の大規模アグリビジネスというのは、以前ここでマッキベンの前作『ディープ・エコノミー ( 邦訳本ではなくて、原本のほう)』を紹介したおりにも書いたように、現代版農奴制度みたいな悲惨なもの … らしい ( ベリーは彼らの農法を土地の特性も考えずに収益優先の完全なコントロールを目指す点が「全体主義者」だとして何度も批判している ) 。この方面の背景知識がはなはだ薄いためにあまり口幅ったいことはいえないが、われわれ日本人がイメージするような「機械化の進んだ、画一的な大規模経営農場」というのは、どうも 40 年ほど前に農務省長官だったアール・ラウアー・バッツの提唱した「食糧は武器」という方針にもとづく農政の大々的転換に端を発しているらしい。なにしろこの本ではことあるごとにこのバッツ長官が攻撃されている … たしかに著者のような立場の自営農家にとっては百害あって一利なしの政策の言いだしっぺなので、槍玉にあげられるのはいたしかたないところではある。

 でもこの本のすばらしい点は、そういう表層的な政治もので終わっていない点にある。とくにふるさとのケンタッキーの丘陵を開墾した田園地帯を描写したくだりとか、著者とおなじく生涯現役、社会保障とも無縁でただひたすら大地を耕し最期をまっとうした一老農場主の記述などは、さながら一篇の散文詩のような印象を受けた。「農はすべての基本、人間の労働の基本、すべてはたがいに結びついている」という視点から縦横無尽に語られる内容は示唆に富み、まったくもって蒙を啓かれる思いがする。以下、印象に残った箇所を拙試訳で列挙してみると … 。

自然のみ、もしくは人間だけでは人間の糧を生産できない。自然と人間とが文化的に結婚して、はじめてそれが可能となる。
( p.9 )

土地は、いかなる理由、それも一見よさそうな理由であっても、けっして破壊してはならない。 ( p.10 )

アイオワ州では土壌流出によって、1 ブッシェル分のトウモロコシを育てるのにいまや 2 倍の費用がかかると推定されている。
( p.11 )

われわれはエネルギーの使い方を知らない。また、『なんのために』使うのかも知らない。そしてわれわれは自分を抑えることもできない。われわれの時代を特徴づけるのは、人間と同様、化石燃料エネルギーの悪用と使い捨てだ。( p.13 )

( さまざまな「専門家」任せの ) いまの米国民ほど、おそらく世界の歴史上、もっとも不幸な一般市民はいないだろう。金を払う以外、自力ではなにひとつ調達できない。その持ち金も、その時々の歴史上または他人の力しだいで、風船のように膨らんだり、消えたりする。( p.20 )

( バラバラになった共同体は ) いまや無秩序に拡大する都市の郊外地区や舗装道路が圃場を破壊するがごとく、見境なく水平方向へ広がっている。( p.21 )

責任ある消費者になれば、すなわち批判的な消費者となり、あまり品質の良くないものは買わなくなるだろう。そして控えめな消費者ともなる。そういう消費者は、自分に必要なものは何かがわかっており、不要なものは買わなくなる。( p.24 )

こんにちの典型的な自然保護派というのは、自分が楽しむ風景だけを保護すべく闘う。自身の健康を直接、脅かす存在に対しても闘う。また大規模かつ劇的な環境破壊が自分の注意を惹きつけるようになると、やおら反対を唱える。だが、自分自身の暮らし、習慣、娯楽、欲求が自然界にもたらす影響については、いまだたいして気にも留めない。ようするに、利用の問題に対処してこなかったのだ。そんな環境保護派には、複雑にして精妙なるこの世界との関係はどうあるべきかという定義など持っていないのだ。( p.28 )

いかなる畑に対しても、畑のいかなる部分に対しても同一の配慮でしか耕さないというのは、もはや農業ではない。それは工業だ。( p.31, これはたとえば、この時期恒例の新酒のおいしいボジョレ地区でも似たような問題がある。当地では起伏に富んだ丘陵が破壊され、大型機械が導入されたりしている。仏語でテロワールと呼ばれるその土地ならではの性格を破壊するこういうやり方も、ベリーに言わせればもはや農業ではなく暴力的な工業だ、ということになる )

( アグリビジネスの喧伝を鵜呑みにしている一般市民は )「全米の総労働力の 96% が食糧生産から解放されている」――なんのためにその労働力は「解放」されたのだろうか、その結果、他のいかなる職種からも「解放」されてしまったのか、については問うこともしない。( p.32 )

われわれは、かつてどんな社会も成し得なかったほど、よく考えもせずに食べている。食べること、すなわち大地から生きる糧を得るということを、よく考えもせずに繰り返しているのだ。( p.38 )

( 「大規模農場主になれ、さもなくば去れ」という農業政策の ) 唯一のちがいはそのやり口だ。共産主義国では軍隊を使った。この国では、「自由市場」という名の経済原理を使った。そこではもっとも自由な者のみがもっとも豊かになれる。( p.41 )

わたしが言いたいのは、食べ物は文化の産物だ、ということだ。テクノロジーのみで産み出せるはずはないのである。(p.43)

かなり以前から、エコロジストたちが記述してきたのは、『ひとつのことではすまない』という原理だ。つまり自然界では、なんであれひとつのことに影響を与えるということは、最終的にはすべてに影響をおよぼす、ということだ。もろもろの森羅万象は他のすべてと関係があり、他のすべてと依存しあっている。( p.46 )

人びとは、企業がこれを食べるようにと決めたものを食べる。自分たちの生命源を産む土地から遠く切り離された彼らは、企業側の容認する範囲内でのみその土地とのつながりを持つ。彼らはいわば純粋に消費するだけの機械になりさがってしまっている。言い換えれば、食品生産業者の奴隷である。( p.74 )

( 農業者とはまるで異質のアグリビジネス権益者にとって ) 食糧はエネルギーや原材料と同様のただの「資源」でしかなく、彼らの言う農業テクノロジーは他のテクノロジーと変わりがない。穀類、燃料、鉱石について、彼らの発する問いはみなおなじだ ―― コストは ? どれくらい効率的か ?  ( p.76 )

( アグリビジネスの描く「未来の農場」は、すべてが機械に支配され、機械に依存する、いわばキリストが荒野で受けたという悪魔の誘惑に近い構造 ) 目新しい点は、悪の外見だ。際限のない道徳規範へ依存する、際限のないテクノロジー。際限のない道徳規範というのは、規範がなにもないにひとしい。( p.79 )

問題は資源の供給にあるのではなく、利用のしかたにある。エネルギー危機はテクノロジーの危機ではない。道徳規範の危機である。いまやわれわれは使い切れないほどのエネルギーを持てあましている。… 問題は、いかにエネルギー消費に歯止めをかけるか、ということなのだ。( p.94 )

都市の有機廃棄物、つまり生ごみも、もとをたどれば農場から収穫したものなので、これをもとの農地へと返す仕組みがもし可能になれば、それによって大地の健康と、個々の農場とまでは言わなくても、農業の自立性がともにおおいに高められることになるだろう。( p.183 )

農場にとって究極の健康とは、ダウ・ジョーンズ工業株平均の変動や政治の気まぐれの影響を受けずに、食糧を生産する力にある。( p.184 )

こうした急峻な丘陵地帯の農場では、そこに住まいを構えず、ひたすら生産性、収益性を最優先にした大規模農場ほど、健康的な農業と乖離したものはない。… たとえば家族経営農場主は、関心があるから圃場を歩いて回る。対して工業的農場主もしくは経営者は、必要に迫られて歩くにすぎない。(p.187 - 188)

農業における真の物差しとは、農業機械の洗練度や収益の大きさ、生産能力を示す統計数字にあるのではない。その耕作地がいかに良好な健康状態にあるかという一点にある。( p.188 )

農耕馬に穀物飼料を投入すれば、倫理的に問題視される。ところが内燃機関でおなじ穀物が燃焼され、電力、機械、自動車業界の利益になる場合は、その飢餓問題はどこかへと消え去る。また農場で馬を使用することに抗議するような手合いも、競馬や見世物のレース、その他くだらない目的で馬を使うことに対しては文句をつけない。( p.203 )

たとえば都市生活者の場合、徒歩で、または自転車を利用して職場に向かえば、当人にとっての交通問題のもっともかんたんな解決法を見つけたことになる。この選択によって、大気汚染や天然資源の浪費、渋滞整理に費やされる公金支出も同時に減らすことができるし、当人にとっては節約にもなり、そして健康にもよい。( p.219 )

現行の危険なほどに画一的農法ではない、技術面、品種面で提供しうる最大限の多様性を、その土地の要請に適合するかたちで推進すべきである。( p.221 )

本書は、明らかに憂慮の念から書いたものだ。われわれの土地を、共同体を、そして文化をも破壊するイデオロギーに支配されているとの思いから書いた ―― その状況は、いまも変わりがない。 … 土地と共同体の健康状態こそが、経済活動上の欠くべからざる基準たりえるかもしれない。だとすれば、いわば夕方には刈り取られる草のような限りある期間しか与えられていないわれわれ人間が、ただ自己の利益のために、破壊行為を果てしなくつづけることをどうして正当化できようか ? ( p.229, 234. 「第 3 版 あとがき」より )

 この本には 'The Use of Energy' と題された章があり、時節柄なにかと意識せざるをえないエネルギーにまつわる考察まで書いていたことにもおどろきを感じた。もっともあの当時は当時で石油危機の真っ只中だったから、それがひとつの執筆動機になったかもしれないが … でもあの当時、企業活動にともなういわゆる公害問題について論じた本はごまんとあるけれど、ベリーのように、環境問題もつまるところはひとりひとりの「使い方」にかかっているという根源的なところまで掘り下げて追求した書き手って、そうはいなかったはず。いまは当たり前の感のある資源リサイクルについても大量消費大国の米国において、30 年以上も前にその有用性を指摘している点、また「食品トレーサビリティ」についてもすでに問題点を指摘した点なども、やはり大地に根ざした農民ならではの視点かと思う。まちがいなく炯眼の持ち主、真の意味での visionary だと思う。ちなみにこの本の裏カバーには、『亀の島』の詩人ゲイリー・スナイダーも賛辞の言葉を寄せています ( ついこの前、スナイダー氏ご本人が静岡市に来ていたらしい! ) 。

 … とにかくこの本、1970年代に書かれたとはいえ、著者も言うごとく、その内容は古くなるどころか、ますます切実さを増しているというのは、なんとも悲しいことではある ( ただしこのような内容ゆえ、その道の「専門家」やアグリビジネスおよび推進側の政治家たちは、事実上ベリーの「正しい」主張を黙殺してきた ) 。食糧危機にしても、ここ十数年の温暖化にともなう気候変動によって、なんと 2030 年ごろには世界的に危機的状況を呈する … というなんとも恐ろしい予測まであります ( マッキベンの新著 Eaarth より)。

 今回、この感想を書くにあたって、『ウェンデル・ベリーの環境思想 ―― 農的生活のすすめ』というすばらしい邦訳本も参照しました。収録されているエッセイのうち、「身体と大地」はじつはこの本の第 7 章の抄訳。このほか、原文で読んでいていまいち不明な箇所について、この邦訳から得られたものが大きかったことも付記しておきます。ベリーの著作はほかにも邦訳されているものがあるようですが、個人的にはこちらの選集が、ウェンデル・ベリーの深い思想を理解するには最適な一冊かと思うので、ここでも推薦しておきます。

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2011年05月07日

Peter : The Adventures of a Chorister

 以前少年合唱関係のML にて当時読んだばかりのThe English Chorister - A History という労作について拙い読後感なんかを投稿したら、こっちの本もおもしろいよ、と勧められたのがこのPeter : The Adventures of a Chorister 1137 - 1937 という本。… それからはや数年が経過し、入手したくてしかたなかったがなかなかかなわなかった(はじめは版元に直接問い合わせようとしたもののメールがもどってきたり[???])。それがどういう風の吹きまわしか(?)、Amazon 日本サイトでも買えるようになり、昨年6月ごろめでたく手許にやってきた。とっくに読み終わっていたけれど、つい先日が「こどもの日」でもあったので、あらためてざっと読み返してここでも拙い感想などをすこしばかり書き記しておこうと思ったしだい(これ書くために読んでいたMyths to live by を中断して3日ほどかけてこちらを読み返していたワタシ … )。

 この本を書いたシドニー・ニコルソン(Sir Sidney Hugo Nicholson) はさきごろロイヤル・ウェディングが挙行されましたウェストミンスター・アビイのオルガニスト(1919 -28)だった人で、その後オルガニストの職を辞して教会音楽家の育成・教育機関としてthe School of English Church Music(現在のThe Royal School of Church Music, RSCM ) を創設、初代校長を務めたという人です(1947年没)。本が書かれたのはヘルマン・ケラーの『バッハのオルガン作品』とほぼおなじ第二次大戦の真っ只中で、初版刊行は1944年。書名からしてわかるように、これはピーターというひとりの少年聖歌隊員を主人公にした物語で、いわば児童向け読み物。「聖歌隊員として日々、研鑽を重ね歌っている子どもたち(いまは女子隊員もふつうに見られるが、出版当時ではもっぱら少年隊員を念頭においていた)に、伝統ある教会聖歌隊の歴史をわかりやすく知ってもらう」ことを目的として書かれたものなので、純粋に「児童文学」として見ると、たとえばピーター少年の預けられていた修道院付属学校の出てくる最初の章みたいにやや説明臭かったりする箇所が散見されるのはあるていどしかたないところではある。けれどもプロの児童文学の書き手ではないとはいえ、聖歌隊員の子どもたちに同年代の聖歌隊員である少年の目から見た壮大な絵巻物のごときイングランド教会聖歌隊の歴史を伝える、という作者の試みはほぼ成功しているように感じた。

 12世紀の修道院付属学校(「施し物分配所」の監督が仕切っていたことからAlmonry School という)の居室で朝まだ暗いうちに行なう聖務日課のためにたたき起こされる場面からはじまり、1937年5月12日にウェストミンスター・アビイにて挙行されたジョージ6世の戴冠式に招待聖歌隊員のひとりとして参加するまで、じつに800年にわたって途切れることなくえんえんと受け継がれてきた「歌の伝統」が実在の人物とからめていきいきと活写されています ―― 王政復古期のジョン・ブロウ、トム・エドワーズ(のちに『日記』で有名な海軍大臣[厳密にはこの肩書きは不正確らしいが]サミュエル・ピープスの秘書になった人)、ペラム・ハンフリーウィリアム・ターナー、そしてパーセル(5章)、オラトリオ「メサイア」のヘンデルももちろん出てきます(この中の有名なアリアのひとつ、「わたしは知る、わたしをあがなう者は生きておられる」のスコアにヘンデルみずから'The Boy' と赤鉛筆で記しているとかって話ははじめて知った[p. 127]。その自筆譜はいまオックスフォードのボドリーアン図書館にある)。ちなみに参照先記事によると『日記』にもハンフリーのことを否定的に書いている、とありますが、ピーターもこれ見よがしで横柄なハンフリーのことがきらいだったようで、このへんは史実に忠実に書いていると思われます。

 主人公のピーターは … おそらく「ピーター・パン」の連想なのかもしれない。800年の時空を越えて、歌うことが大好きな少年たちの身体につぎつぎと乗り移ってゆくのだから。いわば「永遠の少年聖歌隊員(笑)」。あるいは800年間、活躍してきた ―― ほとんどの場合無名のまま歴史に埋没した ―― 彼ら聖堂で歌い継いできた少年たちの権化みたいな存在として描かれている。でもこれがけっこうやんちゃでいたずら小僧でもある(あのアレッドもそうだった、ご本人の『自伝』によると)。修道院時代では神聖なる典礼に振りたくられる香炉に靴屋から失敬した革のかけらを混ぜてとんでもない悪臭を撒き散らしたかどでしたたか鞭打たれたり、ちょうどバッハやヘンデルの活躍していたころのロンドンに慈善家トマス・コーラムが開設した孤児院で、実習授業をすっぽかして礼拝堂から聴こえてくる音楽に心を奪われていてあえなく教区民生委員に見つかって大目玉を喰らったり、イングランド中部地方のとある教会聖歌隊員だったときも典礼中にふざけていて新任の若い石頭(失礼) の牧師に「もう来るな!」と放逐されたり … 。また、王室礼拝堂(Chapel Royal) にブロウたちと所属していたときに発生した恐ろしいペスト禍のときには文字どおり王宮内に閉じこめられ、ピープス氏の秘書となってほうぼうを見聞きしているトムからいろんな情報を聞いて退屈をしのいだり、その後ロンドンを焼き尽くした1666年の大火では旧セントポール大聖堂が焼け落ちるさまも描写されてます。

 2章(「少年司教」の話)で、12世紀の修道院時代から200年後に出現したピーター少年はミンスターベリー(Minsterbury) という大聖堂聖歌隊員のひとりとして大好きな音楽にふたたび囲まれるけれども、これはひょっとしたら最初に出てくる修道院と関係のある聖堂かもしれない(はっきりそうとは書いてない)。いずれにせよこのミンスターベリー大聖堂はこの物語ではほぼ一貫して登場します。エリザベス朝時代と王政復古期は「王室礼拝堂」の少年隊員として登場しますが、たとえば清教徒革命(内乱時代)の章では、暴徒化した清教徒の襲撃を受けたミンスターベリー大聖堂の聖歌隊員として登場し、兵士がうろつく聖堂にもぐりこんで、自分たちの大切なパート譜(当時の出版譜か ?) 10冊分を「救出」。ふたたび歌えるときが来るまで隠すことに決めた。で、その息子というのが、王室礼拝堂入りしたこれまたピーター少年で、彼はかつての「自分」が救出した貴重なパート譜を当時の音楽監督だった「キャプテン」ヘンリー・クック氏に手渡す、という展開になってます。

 ヘンデルに個人レッスンを受けるという信じられない幸運に恵まれたピーター少年(ダストカバーの絵はこれです)、つぎの時代(文学で言えばジェイン・オースティンとかブロンテ姉妹のころ)ではウィカムステッドという村の教会の聖歌隊員となり、ここでは当時世論が対立したという「オックスフォード運動」のこととかもピーター少年の視点からわかりやすく書かれている。またエリザベス朝時代に地方の農家の息子にすぎなかったピーター少年が、馬に乗ってたまたま通りがかった当時の王室礼拝堂音楽監督リチャード・ファーラントに「徴用」され、当時流行っていた「少年一座」の一員として『ロミオとジュリエット(シェイクスピア作ではないほう)』のジュリエット役(!) をやらされたり、といった筋立てもなかなか楽しい(とはいえはじめは指導者ファーラント氏に自分にはムリだと言って楯突いて殴られたりしていますが。また当時は少年のみのヴァイオル[ヴィオール] 合奏団というのも組織されていた)。

 終章で出てくる国王の戴冠式というのが、自分も観に行った「英国王のスピーチ」のあのジョージ6世のときのもの。もといた中部地方の教会を新任牧師とのいさかいがもとで去ったあと、ふたたびミンスターベリー大聖堂の聖歌隊員として「復活」。で、ここの記述を額面どおりに受け取ると、このとき各地の大聖堂から各二名くらいずつ優秀なコリスター(choristers) が招待されていて、ウェストミンスター・アビイおよびセント・ポール、王室礼拝堂の子どもたちとあわせて総勢400 名(男声・少年あわせて200名ずつ) の大編成の聖歌隊を構成したという。リハーサルは数週間前からアビイ近くのセントマーガレット教会にてつづけ、本番当日、戴冠式開始は午前11時からだったけれども大混成聖歌隊は8時半にはすでにアビイにて待機していたらしい ―― 腹ごしらえ用の軽食持参で。お決まりの「わたしはうれしかった」のほかに、ヘンデルの「祭司ザドク」も演奏されたという(こちらもわりと人気の高い楽曲ですね)。↓



 本文およびカバー裏に描かれたオリジナルの挿絵(1910年ミュンヘン生まれのハンス・ティスダルという画家の作品、1997年没) も味わいがあっていいし、あらためて読み返してみて、これって映画化したらもっとおもしろさが伝わるかもというふうにも感じます。実写でもいいし、アニメーションでもいい(実写版の場合、主人公ピーターはだれがいいかな … )。映画化すれば、「英国王のスピーチ」で流れたベートーヴェンの「皇帝」や「7番」のように、この物語に登場する音楽の数々(「メサイア」、「主よわが祈りを聞きたまえ」、「わたしはうれしかった」、そのほかハンフリーとブロウが協同で作曲したとされる 'I will always give thanks' とか、一般にはほとんど知られていない王室礼拝堂出身作曲家の作品など)をサントラとして流したら、一石二鳥、という気もするんですがね。

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2011年02月20日

『トン・コープマンのバロック音楽講義』

 独自の視点から鋭く切りこむすてきな音楽ブログを綴られている畏友Ken さんから教えていただいたこのご本(原題 Barok Muziek Theorie en Praktijk)。とっくに読み終えてはいたけれど、なかなか書けずにいた。つまり「個人で収集したバロック音楽関連資料(楽譜も含む)としては欧州最大規模」という図書館(!!) を自宅の庭に建ててしまうほどのコープマン氏の博覧強記ぶりにたいし、当方があまりにディレッタントにして門外漢なため、この本についてはさすがに専門家に任せたほうがよいとしばらく放置していた、というきわめて個人的な(?) 理由もあったりする。しかし音楽家たるもの、これくらいでないとバロックあるいはそれ以前の「古楽」はうかつに演奏なんかしてはいけないのかもしれませんね。

 小学館から出ている『バッハ全集』の巻頭インタヴューで、コープマンさんは師匠のグスタフ・レオンハルト氏について、こんなふうに言ってました。当時の音楽をなるべく正しく解釈するには、まず当時の原典資料に当たりなさい、と。コープマンさんはこの師匠のことばを真摯に実行して、欧州中からコツコツと当時の原典資料を収集していった。当然、ご自身の弟子たちにもおなじアプローチを取るように要求する。いみじくもコープマンの弟子だった訳者先生の「はしがき」にもあるとおり ――「弟子に対する要求は厳しかった。『もし独自の意見を持ちたいのならば、私をうならせるような演奏をしたまえ』」。…終演後、あの気さくでいつもニコニコしてサインに応じていた人とはまったく異なる、演奏家としての厳格な生真面目さというものが伝わってきますね。それはそうと、この本は1985年に上梓されたもので、永らく絶版だった。翻訳版じたいも今回の邦訳がはじめてという、いわば幻の本だったという。そしてコープマンさんはこの本の対象読者として、自分の弟子をはじめとする音楽院の学生、もしくは「若いバロック音楽の演奏家」を想定している。なのでどうしても内容は高度かつ専門的になりますが、弟子だった人が「です・ます」で訳しているためか、書かれている内容のわりには一般読者もさほど抵抗なくすんなり読める(と思う)。

 出だしの「1600年から1750年までの音楽 ごく簡潔に要約して」と題された章は、いわば音楽史の復習みたいな印象です。1600年前後に「通奏低音」が登場したこと、「第一技法(ルネサンス音楽の作曲流儀のこと) 」から「第二技法(Seconda Pratica)」が生まれたこと、同時期の英国ではヴァージナリストと称される一連の作曲家の作品が最盛期を迎えたこと、などなど。このへんは音楽史の講義を受けている感じ。この手の本の醍醐味は、無知蒙昧な読み手につぎつぎと知らなかった事実を開陳させてくれるところにある。オランダにおける通奏低音パートをはじめて導入したのはあのスヴェーリンクで、1619年のことだったとか。クープラン最初の「トリオソナタ」はなんとイタリア人風の偽名(!)で発表していたとか(なんかヴィヴァルディの名前を騙ったモンドンヴィルみたいだな)。また装飾音の問題をはじめ、古い時代の記譜上の注意点とかもかなり細かく書いてあり、近現代作品のスコアしか眺めたことのない人にはこのへんの助言もおおいに参考になると思う。たとえば# ♭ などの臨時記号は、その小節のあいだ有効というわけではなくて、文字どおり「ひとつひとつの音につけられていた(p.35)」。フランス古典ものにつきものの「イネガル奏法」についても、根拠とする史料を示して説明してくれる。また一般的にはほとんど知られていない当時の自動演奏楽器についても言及してある点はたいへん貴重だと思う。あのモーツァルトだって「自動オルガンのための幻想曲 K.608」という作品を残しているくらいで、当時はこの手の自動演奏楽器が流行っていたことがわかる。で、これがどうして貴重かというと、現存する自動演奏楽器にはなんといまでも動くものがあるんだそうで、たとえばヘンデルの「オルガン協奏曲」を記録しているバレルオルガンを聴くと、曲中のトリルがじつにさまざまな長さで演奏されていたことがわかるという! バロックの装飾音の問題ついてはそれこそ参考文献が何冊あっても足りないくらいで、諸説紛々といった感じですが、そうか、当時の自動演奏楽器を当たるという手があったか(ヘルマン・ケラーのバッハ作品における装飾音の記述はもう古い)。

 この本最大の特徴として、説明の根拠となる原文献の当該箇所を可能なかぎり収録していること。ほとんどは巻末の引用原文ノートに一覧となって転載されていますが、当時の出版楽譜などはそのつど転載してあり、これもおおいに参考になるし、勉強になります(ってべつに演奏家じゃないけれど。それに英語以外の文献はさすがにむり)。引用文献もため息が出るくらい、幅広いです。ドン・ベド師の『オルガン製作技法(1766)』もあれば、『ディヴィジョン・ヴァイオル』も出てくるし、『天球の音楽』も出てくる(この前実演に接した、プレトリウスの「テルプシコーレ」序文からの引用まであるし、『音楽大全』からの引用もやはり(?)出てくる)。そして「むすんでひらいて」の原曲作者J.J. ルソーまで出てくる。いままでこういう楽しいバロック音楽講義の本って、ありそうでなかったような気がする。ちらほら見かける誤植のたぐいなんか、吹き飛んでしまうくらいすばらしい音楽講義本だ! またコープマン自身が使用している独自の調律法にかんする記述も、たいへん興味を惹かれる。ピッチの問題もちゃんと書いてある。もっとはやく教えてもらえばよかった(苦笑)。いわゆる「バロックピッチ(A=415Hz)」は、20世紀に「考え出された」ものだということをはっきりと指摘している(当時はいまよりも半音高い「コーアトーン」やひじょうに低い「礼拝堂のピッチ」にコルネット・ピッチというものもあったという)。バロック音楽の強弱法については「テラス式強弱法」ということが一時期さかんに言われていたけれども、コープマンはカッチーニやモンテヴェルディ、ロックなどの原典史料を引き合いに出して反駁している。もっともロックがThe English Opera or the vocal music in Psyche to which is adjoined the instrumental music in the Tempest という声楽曲について、「『だんだんと小さく lowder by degrees』と記し、9小節にわたるクレッシェンドを記入しています(p.126)」というくだりは、訳者先生のケアレスミスだとは思いますが(lowder = louder)。またバッハ晩年の高度な対位法作品に見られるような、「複合リズム」についても鋭く考察している(p.174)。

 個人的になにより嬉しいのは、訳者先生の粋な計らいにより、なんとなんと日本語版限定! 著者による補講として「オルガン」の章があらたに追加されている!! 感謝感激雨あられ!!! 「2003年4月記」とあるから、バロック時代のオルガンについて書かれた記述としては最新といってもいい。ここでもあらたな発見がいろいろあっておもしろいことこの上なし。たとえばJ.S. ペトリという人が新しい演奏法を提唱するまで、足で弾く鍵盤は「つま先」だけで演奏されていたこと。たしかにコープマンさんの弾くバッハでは、たとえば快速「小フーガ」でさえも、足で弾く16分音符進行はせかせかとつま先だけで弾いています。奏者によっては「つま先・かかと」の交互奏法をとる人もいますが、「バッハ当時の奏法ではない」から、コープマンはこの奏法は却下する。「バロックの作曲家(J.S. バッハや D. ブクステフーデ)の作品で、つま先・かかとを用いなければ演奏できないようなパッセージに、私はお目にかかったことがありません(p.180)」。また、助手をつけずに演奏することがバロック時代の作品演奏では理にかなっているとも。たしかにレオンハルトやコープマンのオルガンリサイタルでは、例外はあるかもしれないが、かならずひとりだけだ。譜めくりもストップの出し入れもぜんぶ自分でおこなう。ひとりでこなせないのであれば、それは音色変化が多すぎるからだ。「私たちは、自分の指だけで、つまりストップの組み合わせを変えることなく、美しい音色にタッチの変化を与えることだけによって、魅惑的な演奏をより長く続けられるところまで到達しなければなりません(ibid.)」。残響の長い教会堂において、テンポをきょくたんに遅くせずとも「明瞭に」聴き取れるアーティキュレイションを心がけること、「あなたがオルガンを操作するのであって、その逆であってはなりません(下線強調は引用者)」。またバッハのオルガン作品の「原典」楽譜について、「多くは筆写譜だけが残されています。つまり、バッハ以外のだれかが書き写した楽譜しか残っていないのです」。写し損じもままあることだし、ゆえに著者は『新バッハ全集』など信頼のおける校訂報告を参照するようにと奨めている。ちなみに手許に転がっている(本棚に入れるスペースさえなくて、著者にはまことに申し訳ないがそのへんに転がしてある)ウィリアムズの『J.S. バッハのオルガン音楽(1984)』については「研究のすばらしい成果であり、推薦に値します」と絶賛している。またブクステフーデ作品と彼が使用した調律法については、「ミーントーンで演奏可能なものと、ヴェルクマイスターで演奏可能なものの2つです(p.187)」。コープマンによると、ブクステフーデは聖マリア教会の楽器を1683年に調律したさい、ヴェルクマイスターと連絡をとりあっていたという。たしかにブクステフーデのオルガン作品にはミーントーンのあの澄んだ響きがぴったりなものもあれば、「嬰ヘ短調の前奏曲 BuxWV. 146」のようにミーントーンでは演奏不可能な作品だってある(ただし、作品の年代特定には慎重を要するとしたうえで、「ニ長調のプレリュード」についてはどちらを採用すべきか、決定しかねるという)。

 コープマンはオリジナル版の序文で、こう記しています。「他人が作曲した音楽を、演奏し解釈することは許されていますが、そのためには、作曲家たちの音楽世界と理念のなかに身を置かなければならないのです。したがって過去の演奏習慣に携わることは、好みの問題ではありません。私たちは絶対にそうしなければならないのです」。この「音楽講義」の真の目的はそこにある。バッハ作品については、「18世紀の資料を調べつくし、その知識と戯れながら、バッハのオルガン作品を優秀な同時代人か愛弟子のように演奏できるように」なることが理想だという(…と、電子ピアノの譜面台にのっかっているいくつかのコピー譜を横目で見ながら)。英国の音楽家についてはたとえば「王室礼拝堂('Chapel Royal' は王室御用達の音楽家一団の名称であって、特定の建造物を指す用語ではない)」の音楽家やオーランド・ギボンズのオルガン作品とかが出てくるていどですが、4ページに出てくるCaptain Cooke という人は、老婆心ながら有名な探検家のほうではなくて、「清教徒革命」の内乱の時代、王政側について戦ったことからCaptain と称されるようになった「王室礼拝堂」の少年聖歌隊長だった人のほう。王政復古後は礼拝堂聖歌隊の再建に尽力し、少年期のブロウもパーセルも、あとを継いで聖歌隊長となったペラム・ハンフリーもこの人のもとで聖歌隊員として活躍していた。

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2011年01月10日

『そして、僕はOEDを読んだ』

 以前にも紹介したこの本、やっぱり買って正解! でした。

 きのう、地元紙日曜版に目を通したとき、「ひょっとしたらこのおもしろい本の書評とか載っていたりして」なんて妄想しながら読書欄をめくったら、なんとなんとほんとに掲載されているじゃないですか! こんなこともあるもんだ。書評を寄稿したのは翻訳家の三辺律子という方でした。

 というわけで、プロの書評に先を越されたみたいな感じでいまいち気乗りが(笑)…しないんですが、いつものように門外漢が感じたことをメモしておきます。

 著者のアモン・シェイさん。NYC 在住。趣味はご本人曰く、「単語収集」… というより、ここまで徹底してしまうともう「単語蒐集家」という肩書きでもりっぱに通用しちゃうんじゃないかと思います。そして辞書を集めることが目的ではないと断っておきながら、自室には一千冊にものぼる辞書の蔵書があり、O.E.D. だって二巻本・一巻本の「縮刷版」に、「読むものとしていちばん好きなのは、1933年版だ」なんて書いている(ちなみに「縮刷版」はO.E.D. 20巻をむりやり二巻本[一巻ものは知らなかった]として「圧縮」印刷したもので、付属の「拡大鏡」で覗きながら引く)。つまりO.E.D. だけで複数の版を揃えちゃっていることになるから、これはもう筋金入りの「辞書おたく」ですね。そしてこの方、これまでもWebster's Third New International Dictionary of English Language Unabridged (いわゆる『ウェブスター 第三版』)をはじめ、古語辞典・俗語辞典・口語辞典・医学用語辞典に精神医学用語辞典などなど、聞いたただけで卒倒しそうな分量の「辞書」を読破してきた強者。満を持して(?)、英語辞書(英英辞書)の金字塔、The Oxford English Dictionary(O.E.D.)全20巻21,730ページをすべて「読んで」しまおうと決意した。総重量60kg以上(!)もあるO.E.D. 全20巻が届けられたその日から、笑いあり涙あり(??)の孤軍奮闘、七転八倒がはじまるとあいなる。

 本の構成も辞書みたいにA - Z の章分けがしてあり、各章では著者の気に留まったとっておきのO.E.D. 単語が列記され、それぞれに著者一流のユーモアと洞察に満ちたコメントが付されています。

 本書に収録された単語はどれもO.E.D. ならではというものばかり。ようするに、ほかの字引ではお目にかかれない単語ばっかということです(一部の単語についてはたとえば『リーダーズ・プラス』にもエントリがあったりしますが)。収録された単語それぞれのもつ奥深さにも目を見張りましたが、なんといっても各章の出だしのエッセイふうの文章がまたすばらしい。自身の半生を振り返ったり、辞書業界の話や「ジョンソン博士の英語辞典」をはじめとする英語辞書の歴史についても盛りこんでいたり、O.E.D. じたいにまつわるおもしろエピソードなんかもちょうどいいサジ加減で書き、とにかくページを繰るのがもどかしかったほど。O.E.D. にまつわる話では、たとえば各見出し語にたいする記述が、ウェブスターの「8倍」を超えないようにとか版元が編纂者に注文をつけていたとか、興味を掻き立てられる裏話(?)がてんこ盛り。こんな楽しい読書はひさしぶり! なんといっても昨年のいまごろは、この本とはまるで対照的なよくわからんもの(?)を二冊も読んでいたし。orz 正月はこの本読みながら、箱根駅伝見てましたよ。脇には例のごとくブレンダン関連本なんかも置きましてね。「生さだ」も見てたし、まったく寝不足もいいところ(笑)。

 以下、本書を読んで気に入った箇所をすこしばかり引用 … 。

ベートーベンは、バッハや自分が尊敬する作曲家の譜面を書き写すことに膨大な時間を費やし、先人たちの偉大な音楽を学ぶ手段としていた。今、懸命に単語やその定義を書き写すという行為は、同じように、僕を辞書の世界における巨匠へと誘ってくれる … 。いや、全くそんな兆候はないし、そんなことを期待してもいない。でも、頭に単語をしっかりと刻み込む方法として、手で書き写し、手をインクまみれにする以外の方法は、今のところ思い浮かばないのである。(p.34)

大半の人にとって、どちらでもいいような単語をOEDが大切にしている。このことこそが、OEDの洗練された素晴らしさの一つなのである。(p.36)

コンピュータは、本の情報を再生しているにすぎない。本を読むという喜びに満ちた経験を味わわせてくれるものではないのだ(p.85)

英語という言語の莫大な語彙について読み進めてきて、悲しいかな、僕はこの言語についてほとんど何もわかっていないことを思い知った。数ページもの間、読んでも読んでも全く意味がわからないことはざらにあるし、また、絶対知っていると思っていた単語を、実際は、数年間も間違えて覚えていたということもある。さらに、理解していた意味よりもっと興味深い意味が隠れていたりすることもよくある。… 辞書を読んでいて、次から次へと矢継ぎ早に知らない単語に出くわすと、そもそも、自分の言語感覚なんてずたずたにされてしまう。英語の語彙の大半も知らないのに英語がわかっているなんて、いったいどうして言えようか。確かに、英語は語彙数が世界一と言えるかもしれない。それでも、やはり半分くらいは知っておきたいと思えるのに、それすら不可能なのである。(p.167-8)


… まあたしかにそうだわな。misogyny は知っていても、その反対語のmisandry なんてことば、よほどのインテリでもないかぎり、ネイティヴスピーカーだって知らないでしょうよ。そしておなじことは日本語についても言える。「新橋色」と聞いて、そのことばの指す色のイメージを正確に思い浮かべられる人がはたしてどれだけいるだろうか。ついでに京ことばには、これからの季節にもっとも相応しいことば、「はんなりとした」があります。

 訳者の先生は、イヌイットの現地語を学ぶ目的でアラスカに滞在中、ふとした偶然からこのすこぶるおもしろい原本を入手して、いっきに読了してしまったのだそうです。この手の本ってときおり版権が押さえられていたりするものですが、幸運なことに版権は空いていたらしくて、「訳者あとがき」の書き方からして、おそらく版元に「持ちこんだ」のではないかと察します。ここでもまた幸運なことに版元も乗り気になり、日本語版訳者として正式に起用され、めでたくこのバカバカしくもすばらしい本の邦訳版を上梓することができたらしい。訳者先生はなんて幸せなんだろう。ほんとうに翻訳したい原本を翻訳できた無上の喜び(bliss)というものが、一読者にもビンビン伝わってきます。訳者冥利に尽きるとはまさにこのこと。原著者のシェイさんだって小躍りして喜んでいますよ、きっと。なんせ「趣味と呼ばれるものは概してその大半は役に立たないものだ(p.5)」なんて言い切っている人ですし。それがこういうかたちで日本の英語学習者にとっても役に立つ本として刊行されたんだから。おおいに誇っていいと思う。そして、こういう一見バカげたことに真剣に取り組む人を心から尊敬する。O.E.D. からもそんなうってつけな単語が取りあげられていましたっけね。jocoserious だったっけ(昔、某民放のキャッチコピーとして使われた「おもしろまじめ」に当たる言い方だと思う。ついでにploiter なる単語[p.190]、定義からして訳語としてはずばり「鈍くさい」でしょうな)。でもこの本のほんとうにすばらしい点は、そこここに散りばめられた、著者の人間洞察の深さ・鋭さにある。無味乾燥のきわみと思われがちな辞書、それも英語辞書の最高峰に収録された語彙から、かくも人間くさいエピソードを感じとることができるその感受性の豊かさ、人間性の深さには完全に脱帽です。「ヒトのことば」にたいするなみなみならぬ愛というものをつよく感じるのです。

 そういえば辞書好きによる辞書好きのために書かれた本、というのは日本でもありますねぇ。たとえば『フィネガンズ・ウェイク』の個人全訳という偉業を成し遂げたあの柳瀬尚紀先生の『辞書はジョイスフル』という本が目の前にあるのだけれども、両者に共通するのは、とことん「辞書が好きだ」ということ。シェイさんは、全20巻のO.E.D. をなんと一年で(!!!)読破したという。毎日数時間から10時間、コーヒー飲み飲みひたすら読んでいたという。…まるで中世アイルランドの修道士の苦行みたい。

 最後に、収録された「難解単語」でちょっと駄文をこさえてみました(笑)。

Brrrr!! What I really need now is apricity, or 'delicious warmth of the sun'! And I love Bach's music very much, but it can be boiled down to engouement after all : love for Bach's music and that's all! I exauspicated due to reading boring books at the beginning of last year ; in this new year, I came across such an amazing book, thanks! This can be called a happy, repertitious encounter! As a result of reading this book(?), now my head is filled with 'twi-thought', just as the author mentioned!

… というわけで新年最初の一冊目は満点評価! です。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるんるんるん

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2010年12月20日

『危機に立つ日本の英語教育』

 最近読んだなかで、ある意味読みごたえがあるというか、あまりすっきりしない(?)読後感の残ったのがお題の本。この本はもともと2008年9月に開催された公開シンポジウムおよび講演会を下敷きにしていて、寄稿者の先生方も当日の講演者がほとんど。講演と論文の寄せ集め的印象が強くて、おんなじシンポジウム参加者ながら各論においては一部でまっこうから対立したりとやや不統一な印象も免れないのですが、ようするに言いたいことは、2002年に策定された「『英語が使える日本人』育成のための戦略構想」と翌年策定の「同 育成のための行動計画」をゴリ押ししてくる文科省行政および某財界団体による公立学校における英語教育現場への介入にたいする反論ないし批判です(げんに寄稿者のひとりが、「…教育政策を『主権財界』から『主権在民』へと転換させることはできないでしょう。2008年9月に慶応義塾大学で開催された私たちのシンポジウムとこの本の出版は、そのための一歩です(p.147)」と書いている)。寄稿しているのは英語教員養成の大学教授先生方と、現場の公立学校教員の先生方。

 まず、いま話題の「小学校における外国語活動」について。「お上――こういう言い方は好かんが――」のあまりに場当たり的で現場と乖離した、矛盾だらけのデタラメな無理難題を押しつけられ、過度な期待を寄せる(?)保護者からも突き上げを喰らっている現場の先生方はもう過労死寸前だ、なんとかせねば、という部分はしごくまっとうでよくわかります。人も予算もつけず、すべての責任を現場の教員になすりつけようとしている。げんに最初の章で報告されているように、「小学校高学年からの外国語活動(じっさいには「英語」中心)」事実上の前倒しがはじまっているいま、現場の先生方の混乱はこちらの想像以上に酷いと思いました(ついでに国内でしか通用しない「英検」とTOEICやTOEFLとを同列に扱っているという点では、俎上に載せられている某科研の報告もおかしいといえばおかしい。英語力の国際基準となる試験は、やはり「ケンブリッジ英検」とかIELTSのほうではないかな。→TOEICの問題点についてはこちらを参照)。以下、個人的に共感できる点と? な点を列挙しておきます。

もっともだと思う箇所:

まずは、しっかりとした言語学・英語教育学教育を実践しなくてはなりません。…並行して、これまで学生が身につけた英語の知識を意識化し、再整理を行います。必要に応じて、英語史(これは英語史のための英語史というよりも、現代英語理解のための英語史)にも触れる。(p.30)

いまこそ、英語教育に携わる人々が声を上げ、原理ある英語教育への転換を図らなくてはなりません。そして、大学英語教育関係者がそのリーダーシップを果たすべきときが来ていると言えます。(編者のO先生、p.33)

「英語ができるというだけで英語が教えられるということではありませんから、…(O先生へ相談を寄せた関東在住の方、p.60。これはもっともで、外国の人に日本語を教えるという場面を考えてみればいい。日本語がただできるだけではとうていむりな話。教授法を身につけなくてはならないし、才覚だって要求される)」

外国語教育とは、母国語以外の手段を使っても、何とかコミュニケーションができる市民を育てることを重要な任務とします。そのコミュニケーションとは、言語や文化の共有の度合いが低いものですから、うまくゆかなかったりすることも多いでしょう。それでも粘り強く、言語を通じてコミュニケーションを維持し、言語以外の力――特に暴力や軍事力――でむやみに物事を解決しようとしない市民を育てることは、戦争の世紀であった20世紀を越えた私たちが十二分に理解しておくべきことでしょう。(Y先生、p.112-3)

英語教育と二者択一的にあれかこれかで議論するのはお門違いというものです。いま政策立案者にとって必要とされるのは、学校教育において日本語も英語も、そして他の言語も視野に入れつつ考える、より広い言語教育政策的視野ではないでしょうか。(F先生、p.165)

我々は、自分たち自身が極めてモノリンガルな体質をもった国に生まれ生活しているため、言語をめぐっての思考も自然と単一的になってしまいがちです。(同、p.188)

「英語で何ができればいいのか」を考えず、単なる英語力だけを志向してきたところに、日本の英語教育の行き詰まりがあります。(M先生、p.161。これはp.240以降のS先生の言う「内容のない英語授業」と通底する。ここ30数年、なんだかんだいわれつつも、公立学校における「教室英語」ほど現実世界の英語とかけ離れ、中身がないのは異常といえば異常)

「外国にも方言はあるし、『英語』を一つ取り上げてもアメリカ英語やイギリス英語、オーストラリア英語があるので、それらを理解する上で、日本の方言の存在を知っておくのは便利だと思います」

「ふだん何気なく使っている日本語を学ぶことにより、ことばのしくみや本質のようなものが少し分かってくると、外国語にも少し興味を抱くようになります。そして、外国語のしくみや本質に気づくと日本語との違いに気づき、そしてそれが他国との文化の違いの発見にもつながると思います」

「外国のことばの場合、日本語とは違ったきまりがあったり、ふだん使い慣れていない分理解するのも難しくなると思うけれど、日本語の文と外国語の文を比較しながらなど工夫すれば分かりやすくなると思います(いずれもS先生の公開授業に参加した高校生のすばらしい意見、p.230-1>。これは英国発の「ことばへの気づき」にもとづいた実践報告なんですが、小学校の外国語活動は、このような異なる言語との衝突によって母国語への理解を深めたほうが、回り道に見えてけっきょくのところ多国語の習得もしやすくなるのではないか思う。いまはケータイとかで文章入力するのが当たり前だから、たとえば「誤変換」例を児童生徒たちにどんどん出してもらう、というのも日本語のもつ奥深さへの「気づき」になるのではないか)」

知らない言語でも言語知識や経験を駆使して推測できること、他の言語や文化に対して寛容になることなとが求められているといえよう。(CEFRについて。F先生、p.292)

? な箇所:

…いままでの「外発的開化」による近代化をやめにして、江戸時代のようなマイペースの「内発的開化」に切り替えることが必要です。江戸時代にはすでに日本は日本独特の近代文明を築いております。そこからまず学び直すことが再出発の第一歩ではないかと思います。(T先生、p.132。「マジっすか?!」と思わず突っこみたくなるのをグッと押さえて…。ええっと、江戸時代のころがよかったとは、たわけた主張だ。首都の江戸はともかく、重税を課されていた地方の疲弊といったらいまの比じゃないような気がするが…坂本龍馬がいま引っ張りだこですが、あの当時の日本は、「変わるべくして変わった」、つまり徳川幕府体制内部から崩れていった側面だっておおいにあると思うぞ。このほか、この先生の論考の「方向性」そのものが理解に苦しむ。F先生の書いた、「『英語よりもまず日本語』というメッセージは、小学校英語反対論のなかにも時折見かける論調です。これは時にナショナリスティックな色彩を帯び、思わぬ方向へ議論を引っ張っていくのですが、そのことによって問題のありかを見誤らせる危険がある(p.165)」という主張とみごとに衝突する)

言語教育の重要性を唱える人がたくさんいて、さまざまな議論が巻き起こる。ところが、それぞれの人が考えている言語教育の内容が異なっているかもしれない。これでは議論になりません。いや、議論にならなくても言語教育が向上すればいいのかもしれません。(S先生、p.193) いったいなにを言いたいのかがまるでつかめず、それこそ雲つかむみたいに。意見が異なっているから議論するんじゃないの、と門外漢は思うが。おんなじ意見の人どうしだったら、たんなる「なかよし会」だ。ちなみにこの先生、論考の最後に、「この図式に関しては、当然反論もあるでしょうが、反論は大歓迎です。その反論によって言語教育に関する考察がより深められていくことになるからです」と書いていたりするから読者のこっちが椅子から落ちそうになる(苦笑)。

 またE先生は小学校での外国語活動必修化のきっかけともなった文科省の「戦略構想」について、「『戦略構想』は経団連の提言そのまま」と言っているのにたいし、上述のS先生とはべつのS先生による「言語リテラシー教育の政策とイデオロギー」では、「導入の決め手となったのは、全国PTA連合会のアンケート調査です。8割の親が小学校の英語教育導入に賛成しており、これで決定的になったという経緯があります(p.243)」と書いている。

 そして巻末に収録された、「仮想『小学校英語覆面座談会』」なるものも、なんでこの論考集に収録しなくてはならなかったのかがまるでわからない。はっきり言って、文科省官僚だった人の手遊びにすぎない。そもそも現場で苦労している先生にとっても、こんなの読んだところであまり参考にはならないと思うし。

 ついでにS先生の書かれた、「リテラシーは『読み書き能力(識字能力)』なのか?」という項目について。先生によると、literateから派生したliteracyという名詞はもとは教育用語で、1850年代に出版されたマサチューセッツ州の教育ジャーナルではじめて使用され、それをハーバード大学のライブラリーで見つけたと報告しています。へぇ、そうなの、と思っていつも行ってる図書館のO.E.D. でliteracyの見出しを見たら、'1883 New Eng. Jrnl. Educ. XVII. 54 Massachusetts is the first state in the Union in literacy in its native population.' という引用文が載ってました。すくなくとも19世紀末にはliteracyという語が一般に使用されはじめていたということになるみたいです。

 じつはこの本の寄稿者には「3か月トピック英会話」の斉藤兆史先生もおられるのですが、たまたま「10-12月期」のテキストをそれとは知らずに買っていた。で、今月はジョイスのDubliners も取り上げられていて、なにげなく先生の書かれた章末のコラムを見たら、日本で英語を教えているというあるアイルランド人教師による新聞投稿記事を紹介してました。そのアイルランド人は、日本語が「第2のアイルランド語」になりはしないかと主張していたんだそうです。先生は手放しの英語推進論にたいして異議を唱え、またイヴリン・ウォーのBrideshead Revisited のコラムで、「宣命(せんみょうと読む)」を研究しているオックスフォードの学生を引きあいに出して、「イギリスの大学の日本語学科で『宣命』を研究するとは、日本に置き換えれば、さしずめ英語・英文学科で『ベオウルフ』など古英語で書かれた文献を研究することになりますが、そんなものを研究しているから日本人の英語は駄目なのだとの批判の声が聞こえてきそうです」と書いている。この本での論考にも通じるものを感じます。でも大学ってそもそもそういうものを研究する場であるはずなんですがね…そんなことを言う人たちには先生の言うように「学理」をもって理論武装して対抗すればいいわけで…英国でもいま、教育予算関連はたいへんですよね。この前、学生デモが暴徒化したとか報じられてましたし。いきなり大学授業料が3倍(!!)に跳ね上がったらたまったもんじゃない。そりゃ抗議もしますよね(この国のいまの若い人は、いい意味でも悪い意味でもしごくおとなしいですね…)。でも「そんなことをしているから…」というのは、いささか自虐的な響きがあるような気が…する。だれもそんなこと言ってないと思う(自分の感覚では)。ついでに欧州におけるロマンス語の大家という大先生が学生だったとき、担当教官からなんの前触れもなく、ブノワ編のアングロ-ノルマン語版『聖ブレンダンの航海』の一節を口頭試問でその場で訳すようにと言われたことがあるとか、そんな文章も思い出した。

 ここで本の感想から脱線して拙論を言いますと、公立小学校における「外国語活動」はF先生の紹介していたような「ことばの気づき」でよいと思う。他言語とのソフトな「衝突」で、母国語との構造のちがいを意識させる。それからでも本格的な英語教授は遅くはない。アタマから'Would you like 〜?' なんてやるから、かえって「英語嫌い」を量産してしまうと感じます。具体的な英語の決まりごと(文法事項)および語彙については、基本的にはこちらの先生の意見に賛成ですが、ただやたらに関連性もなく丸暗記、棒読みしていては宝の持ち腐れ。「真っ赤な夕陽が海原を焦がしながら沈む」と言ったとき、日本語では豊かなイメージが湧きますよね? ところがこと英語となると、じつに学習態度がそっけない。教えるほうも字面の約束事ばかりで、これでは生徒だってつまらないし、結果的に英語という科目がただ苦痛なだけの暗記詰めこみ教科と堕してしまう。そしてこの本を読んで不思議だなあと思うのは、だれひとりとして「大学受験の英語」をどうするかという議論をしていない。国内でしか通用しない「英検」もどうかといつも思う。極論すると、旧態依然とした受験英語をなんとかしないかぎり、日本の英語教育はいつまでたっても昔のままだ。いくら学校英語だけでは話せるようにはならないといっても、そもそも基礎力さえ怪しい生徒がつぎつぎと大学に入学してくる時代(前にも触れたことですが、「筆記体」が読めない学生がいるとか…)。英語教育の土台からひっくり返すくらいの気概があってもいいようなものですが、現場の先生方にはとうていそんな余裕はなし。けっきょくあれですね、文科省官僚とか受験産業とか、利害の絡んでくる人たちにとっては英語教育行政はこのまんまでいいんでしょうな。そういえば某月刊誌に「英語より論語を!」なんてとんでもない暴論が掲載されていたけれども、こういう発想は「江戸時代信仰」にも通じるところがある。だれだってその気になればWikileaks の極秘文書をダウンロードできる時代です。事実上の世界共通語である(音楽で言えば楽譜と似た役目をしている)英語を避けて通ることなんてできっこない、ということぐらいは自分のような門外漢にも自明なこと。なんだか問題をすり替えているんじゃないですかね。

 以前、韓国における英語熱についてNHKのTVで見たということを書いたことがありますが、英語で言いたいことを言えるようにするというのはやっぱり重要だと思う。もっとも高校英語はすべて英語で教えろ、というのはどう転んでも乱暴かつナンセンスな発想ですが、「英語らしい発想」を身につけさせる端緒をひらく必要はあると思う。もちろんそのためには大量のインプット、受信が必要なんですが、いままでの教室英語ではこの「英語らしい発想」というものが残念ながらあんまり身につかない。これを身につけるためには、「ことばへの気づき」みたいなメソッドも必要になるかと思う。英語の発想は日本語とはまるでちがう。これを意識しないから、「顔が立たない」と言うつもりで'My face doesn't stand.'なんてまるでわけのわからない「英語もどき」をでっちあげたりする人が出てきたりする(ほんとに昔、そういうふうに発言した政治家がいたんです。この場合は'lose face'という言い方を使えば通じる)。べつに完璧な英語の使い手を目指せなんて言ってない。お手本にすべきはなんとかピジンとかクレオールみたいな「非標準英語」ではなくて、英米人も基準とするような英語を手本にして教えるべき、と言いたいのです(ダイナミックに躍動する生きた言語としての英語を知りたい向きには、『英語系諸言語』が参考になる)。

 というわけでけっきょく最大の元凶は、大学受験用の英語というものが存在しているからだと思います。…ってこんなことはもうだいぶ前から言われつづけていることなんですけれどもね。

 いまひとつは、TOEICがらみでリンクしたおなじブログに、当の斎藤先生が、「明治以来の訳読方式は悪くない」旨の発言をされていたとかという記事がありました。朝日新聞のその記事は見てないからなんとも言えないが、すくなくとも「会話」か「読解」かという二項対立の図式がおかしい。ことばの習得って耳で聞いて覚えて、覚えた言い回しをしゃべって、それから「書きことば」を学習して読めるようになり、自分でも文章を綴れるようになるという過程を踏んでいるはず。たがいに不可分に結びついているおのおのの言語能力をなんでこう、「アジのたたき」よろしくブツ切りにして考えるのか。手許に約30年前に書かれた翻訳学習者向けの本があるんですが、「英会話の重要性」と題して、こんなふうに書かれています。


日本人で日本語の読み書きはできるが、日本語を話したり聞いたりするのは難しいという人はいない。読み書きが本当にできるというのは、必ず話したり聞いたりという会話ができることを基盤にしている。したがって英語の読解力が本物であるためには、どうしても英語の音、つまり英会話の能力があることが大前提であり、音声を無視して、英語の文章の真の理解や鑑賞はあり得ない。英文を読んでいて、音やリズムのうねりや、原著者の息遣いまでが耳に響いてくるようでないとその文章が本当に分かったとは言えない。微妙なニュアンス、原著者の力点の起伏まで正しく読み取れて初めて読めたと言える。

 …とにかく小中高校における英語は、「揺るぎない土台を造ってやること」でいいと思う。これは買い物ごっこのような皮相な会話力でもないし、「これは仮主語のitで、ここは強意構文で…」みたいな字面だけをなぞった英文解釈でもない。大学の先生や現場の先生方に丸投げするのではない、もっと建設的な議論を幅広い層に訴えるときが来ていると思います。自分は中学に入って、例の'This is a pen.'からはじめて学習した口ですが、会話偏重と言われるいまの教科書ってどうなってんのかな?? だいいち「これはペンです」なんて会話、しますかいったい??? 'She is a teacher.'とかもおなじ。これは人間のしゃべることばにさえなってない。こんな例文ばかりに付き合わされていれば、いきおい生徒の英語にたいするattitudeだって血の通わない、「冷たい」ものになってしまうのは必然です。保護者も生徒も、現場の先生ばかりを責めるのはおかしい。その気になればNHKの語学教材はじめ、これだけ豊富にテキストやらリーダーやら音声教材がそろっている国なんてないでしょ? それにいまはWeb だってあるんだし。え? パソコンもってないって?? ケータイくらいもってるんでしょ? ゲームサイトで遊んでばかりいないで、それを有効に使うという手もあると思うぞ(そういえばワタシはスマートフォンしか持ってないから、きのうの「ケータイで挑戦! ニュースで英会話年末スペシャル」には参戦できんかった…。orz orz ちなみにクイズは2問、まちがえた)。「内向き」と評されるいまの学生気質だっておおいに問題ありです。辞書を引くのがめんどう?? 電子辞書は速いよ! ハングリー精神というものは、やっぱりあるていどはあったほうがいい。あれもこれもと身のまわりに溢れかえっているから、かえって無気力に陥るのだと思う。

評価:るんるんるんるん

↓は、おまけです。息抜きにでもどうぞ(今日20日は、英国の小説家ジェイムズ・ヒルトンの亡くなった日(1954年)で、スペインの作曲家ソレールの亡くなった日(1783年)でもありました。チェンバロ作品の「ファンダンゴ」って、偽作の疑いがあるらしい)。



posted by Curragh at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本