いま、COVID-19 パンデミック以降、ひさびさに定演を再開したこれを聴取してます。
コダーイの『ミゼレーレ』とかもあるけど、ほぼシューマン・プロ。でももっとも驚いたのは、サントリーホールからの生中継後にかかった過去の録音で、エルガー編曲によるバッハの『幻想曲とフーガ ハ短調 BWV 537』が紹介されたことだった。
以前も何度かここで言及したかもしれないが、バッハのオルガン曲の編曲はヴェーベルン、シェーンベルク、リスト、カバレフスキー、レーガー、ケンプといった錚々たる作曲家 / 演奏家が手を染めているけれども、エルガーまで編曲を手掛けていたとは、まったく遅かりし由良之助、な気分(手垢にまみれた喩えで申し訳なし)。
なんでまたエルガーが、しかもこの重厚かつ「バッハ版悲愴」とでも言うべき渋さ全開の「幻想曲とフーガ」をオーケストレーションする気になったのか。本日のゲスト解説者の広瀬大介先生によりますと、ちょうどそのころのエルガーは最愛の妻キャロライン・アリスを亡くしたばかりで意気消沈していた、とのこと。それでこの曲だったのか、とひとり納得したしだい。最愛の身内の者との死別、という当人にしかわからない喪失感を抱え込んでしまったとき、やはり人はバッハへとしぜんと気持ちが向かうのかもしれない。バッハのこの作品は、きっとエルガーにとって文字どおり生きるよすがとなったんじゃないかって思う。
原曲はバッハがヴァイマールの宮廷に宮仕えしていた、1712〜17年に作曲されたと考えられてます。バッハのオルガン作品にはよくあることながら、この曲もまた直筆譜は残ってなくて、バッハお気に入りの弟子だったクレープス父子による筆者譜でのみ伝わってます。幻想曲の出だしはとくに印象的ですが、じつはパッヘルベルにもこれとよく似た感じのオルガン曲があって、いわゆる「ため息音型」と呼ばれる下がっていく音型を伴って進行していきます(下行音型、とくると、青島広志氏が「ららら ♪ クラシック」でベートーヴェンの『第5交響曲』出だしのあの8分音符動機タ・タ・タ・ターを「下・が・る・ゾー!」と言っていたのはじつに的確なるご指摘)。
今週はもうひとつ、NHK-FM の「古楽の楽しみ」でも、個人的に大好きなバッハの教会カンタータ『神の時はいとよき時 BWV 106』がかかってまして、出だしの天国的美しさの「ソナティーナ」で朝っぱらからすでに昇天状態恍惚状態だったわけなんですが、このカンタータについてはぜひ『「音楽の捧げもの」が生まれた晩』という本を読まれたし。この本、タイトルどおりバッハ最晩年の傑作『音楽の捧げもの BWV 1079』が成立するまでを描いたある意味迫真のノンフィクション読み物なんですが、個人的にはこっちの教会カンタータを説明したくだりが最高に筆の冴えたくだりだと勝手に思ってます。楽曲分析の精密さもさることながら、本質をズバリ突いていて、時間のない人は本文 327 ページのこの本のここだけ拾い読みしてもいいくらい。
こういうときだからこそ、じっくりバッハ作品を聴き直すのはまさに至福のひととき、「神の時」だと思うしだい。そういえば何年か前、べつに砂川しげひさ氏のモノマネじゃないけれども、バッハの教会カンタータ全曲制覇(苦笑)をここでも書きました。まだ作品番号 900 番台のリュート組曲とかいくつか聴いてない楽曲がちらほらあるにはあるが、そろそろ作品番号 198 以降の世俗カンタータと呼ばれている一連の声楽作品をすべて聴こうかと思案中。これらの作品を聴き終えたときには、バッハ作品はほぼぜんぶ聴いたことになります──いったい何年かかってんだよ、と思わないこともないけれども。
2020年09月23日
2016年01月03日
カノン風変奏曲「天よりくだって BWV. 769 」
元日恒例のウィーンフィル( くどいけど、「ヴィーン」のほうが現地語発音により近い )による「ニューイヤーコンサート Das Neujahrskonzert 」。いつものようにコタツで「積んどいた」本を、あるいはブレンダン本をあっちに広げこっちに広げして BGM みたいにして視聴していたら、プログラム後半に入ってほどなくして ウィーン少年合唱団[ WSK ]のめんめんが登場したのであわてて DVD レコーダーをセット( 笑 )。WSK は過去も何度かこの新春を祝ぐコンサートに出演していますが、今回は指揮者マリス・ヤンソンスたっての希望によるものとか。これは心憎い演出でした。華やかさに加え、子どもたちの澄み切った歌声がホールいっぱいに響いて、なんだか得した気分( また後日、「ビバ! 合唱」でも今年最初の放送回で WSK が取り上げられてましたね )。
ところで … ローマカトリック / プロテスタント問わずに( と思うが )クリスマスタイド[ 古い英語の言い方では yuletide というのもある ]というのはほんらいは今月6日のエピファニー前までの 12 日間(「クリスマスの 12 日」という歌もある )でして、ようするに西洋版「お正月」ととらえちゃってかまわないんですけれども、東方教会系ではそのつぎの7日がクリスマス、という地域もあったりします。ようは使っている暦が「ユリウス暦」か「グレゴリオ暦」か、ということなんですが、ことはそう単純ではなかったりする。移動祝日の「復活祭」、イースターだって、関連拙記事にもあるように古代から論争があった。
邦訳では「顕現日」とか「主の公現」とか言われている6日なんですが、このクリスマスタイド期間中、Organlive.com なんかはそれこそ 24 時間ずっとクリスマス関連のオルガン音楽がかかりっぱなしでして、当然、セントポールとかイーリーとかダラムとかアングリカン系大聖堂聖歌隊ものもよくかかったりします。テュークスベリーの子どもたちのクリスマスアルバムなんかもかかったんで、これにはちょっとびっくりした。で、手許のクリスマス音楽関連 CD 、それこそビリー・ギルマンからニューカレッジ、レオンハルトにテルツとごたまぜ状態でこっちもヒマなときにせっせと聴いてたんですが、ある曲も Organlive のストリーミングでときおりかかっていたのを耳にして、ああそうか、こういうのもあったな … とにわかに思い出したので本日はそれをサカナに書いてみます( 長過ぎる前口上失礼 )。
その楽曲とは、バッハ作曲「クリスマスコラール『天よりくだって[ 高き御空よりわれは来たりぬ ]』にもとづくカノン風変奏曲 BWV. 769 」。いまさっき Naxos のライブラリーで適当にひろって聴いていたんですが、マリー−クレール・アランなど一部の演奏者による音源ではバッハが 1747 年、かつての教え子ミツラーが設立した「音楽学術協会」に 14 番目の会員[ 明らかに意図的な数字 ]として入会する際、入会資格審査のために用意したとされるこの作品のオリジナルにその後みずから手を加えて各変奏の配置を並べ替えた版( BWV. 769a)にもとづいて演奏してます[ 初版印刷に関しては 1746 年説もあり ]。細かく見ていくと、
I. 対位カノン
1. 3声部曲:
第1変奏 ソプラノとバスのオクターヴカノン、定旋律はテノール
第2変奏 ソプラノとアルトの5度のカノン、 定旋律はテノールまたはバス
2. 4声部曲:
第3変奏 バスとテノールの7度のカノン、定旋律はソプラノ、「カンタービレ」と書かれたアルトの自由声部つき
第4変奏 ソプラノと拡大形バスのオクターヴカノン[ 拡大カノン ]、定旋律はテノールで足鍵盤上に現れ、アルトの自由声部つき
II . 定旋律カノン
第5変奏 6、3、2、9度の4つのカノン[ 最初のふたつは3声、残りふたつは4声で定旋律は上下逆さまの転回形で模倣される ]
… と、はっきりいって音楽というよりもはや幾何学、数学の世界のようなとんでもない「変奏曲」なんであります。バッハの青年時代に作曲された一連の「コラールパルティータ」もすばらしいけど、もう最晩年のバッハが到達したこの作品にいたっては、いくら「音楽学術協会」提出用と言ったってもはや人間の演奏能力、もそうだけど、聴き手の耳の能力を凌駕している。そしてこの「カノン風変奏曲」は最晩年の「特殊作品」、つまり「音楽の捧げもの BWV. 1079 」と「フーガの技法 BWV. 1080 」、および「ゴルトベルク BWV. 977 」とおなじ範疇の作品だと言える。その証拠に、バッハが銅版印刷させたという「初版譜」では、最初の3つの変奏ではひとつの声部のみ完全記譜されているだけで、模倣声部ははじめの数音しか印刷されていない( ちなみに自筆譜はいわゆる「17 のコラール」と「6つのトリオソナタ」が記譜されたのとおんなじ楽譜帳[ BB Mus. ms Bach P 271 ]に書かれている)。ヘルマン・ケラーは『バッハのオルガン作品( 原書は 1948 年刊行、日本語版は 1986 年 )』で、「6声部書法によってコラール4行全部が同時に提示される称賛すべき独創的ストレット」と書いてます[ 下線強調は引用者。当時、音楽学者フリードリヒ・スメントがバッハの「再配列した版 BWV. 769a」の順番[ 第1−2−5−3−4変奏の順 ]で校訂譜を出版したことにからめて、もともとの配列つまり「第5変奏」を最後に演奏することの意義を強調してもいる。ついでに終結部ソプラノ声部には B-A-C-H 音型も顔を出している ]。
でも! まずは騙されたと思ってリンク先を聴いてみてください。まるで「天使の大群」が上へ下へと乱舞している光景が、くっきりと見えてくるかのような生き生きとした音楽ではありませんか。『故人略伝』に、「わが故バッハ氏は、なるほど音楽の理論的な深い考察をおこなう人ではなかったが、実践の面ではひじょうに長けていた。彼はこの協会に、コラール『天よりくだって』を完全に仕上げて提出した。この作品は、のちに銅版に彫られた … 」とあるのは、バッハという人は実践の人であり、いかに音楽理論的にすぐれた「作品」でも、実際に美しく奏でられるもの、響くものでなければ意味がない、ということを信条にしていたような作曲家だった点を強調してのことだろうと思う。最終変奏で定旋律までカノンに加わってしまうのも、ひょっとしたら「天からくだって」やってきた救世主の「受肉」を象徴している … のかもしれない。いずれにせよ一連のオルガンコラールもの作品としても最高傑作に入ると思われるこの変奏曲、「音楽の捧げもの」や「ゴルトベルク」と同様、リクツなんかわかんなくてもすんなり楽しめますし。もちろんこの「カノン風変奏曲」だってクリスマスメドレーの一部として聴いてもなんら違和感がないところがすごいけれども、個人的には「フーガの技法」同様、「対位法技法の奥義書( ようするに「お勉強」)」みたいな性格がより強いかな、という気がするので、リンク先もあえて「楽譜つき」にしておきます。
ところで … ローマカトリック / プロテスタント問わずに( と思うが )クリスマスタイド[ 古い英語の言い方では yuletide というのもある ]というのはほんらいは今月6日のエピファニー前までの 12 日間(「クリスマスの 12 日」という歌もある )でして、ようするに西洋版「お正月」ととらえちゃってかまわないんですけれども、東方教会系ではそのつぎの7日がクリスマス、という地域もあったりします。ようは使っている暦が「ユリウス暦」か「グレゴリオ暦」か、ということなんですが、ことはそう単純ではなかったりする。移動祝日の「復活祭」、イースターだって、関連拙記事にもあるように古代から論争があった。
邦訳では「顕現日」とか「主の公現」とか言われている6日なんですが、このクリスマスタイド期間中、Organlive.com なんかはそれこそ 24 時間ずっとクリスマス関連のオルガン音楽がかかりっぱなしでして、当然、セントポールとかイーリーとかダラムとかアングリカン系大聖堂聖歌隊ものもよくかかったりします。テュークスベリーの子どもたちのクリスマスアルバムなんかもかかったんで、これにはちょっとびっくりした。で、手許のクリスマス音楽関連 CD 、それこそビリー・ギルマンからニューカレッジ、レオンハルトにテルツとごたまぜ状態でこっちもヒマなときにせっせと聴いてたんですが、ある曲も Organlive のストリーミングでときおりかかっていたのを耳にして、ああそうか、こういうのもあったな … とにわかに思い出したので本日はそれをサカナに書いてみます( 長過ぎる前口上失礼 )。
その楽曲とは、バッハ作曲「クリスマスコラール『天よりくだって[ 高き御空よりわれは来たりぬ ]』にもとづくカノン風変奏曲 BWV. 769 」。いまさっき Naxos のライブラリーで適当にひろって聴いていたんですが、マリー−クレール・アランなど一部の演奏者による音源ではバッハが 1747 年、かつての教え子ミツラーが設立した「音楽学術協会」に 14 番目の会員[ 明らかに意図的な数字 ]として入会する際、入会資格審査のために用意したとされるこの作品のオリジナルにその後みずから手を加えて各変奏の配置を並べ替えた版( BWV. 769a)にもとづいて演奏してます[ 初版印刷に関しては 1746 年説もあり ]。細かく見ていくと、
I. 対位カノン
1. 3声部曲:
第1変奏 ソプラノとバスのオクターヴカノン、定旋律はテノール
第2変奏 ソプラノとアルトの5度のカノン、 定旋律はテノールまたはバス
2. 4声部曲:
第3変奏 バスとテノールの7度のカノン、定旋律はソプラノ、「カンタービレ」と書かれたアルトの自由声部つき
第4変奏 ソプラノと拡大形バスのオクターヴカノン[ 拡大カノン ]、定旋律はテノールで足鍵盤上に現れ、アルトの自由声部つき
II . 定旋律カノン
第5変奏 6、3、2、9度の4つのカノン[ 最初のふたつは3声、残りふたつは4声で定旋律は上下逆さまの転回形で模倣される ]
… と、はっきりいって音楽というよりもはや幾何学、数学の世界のようなとんでもない「変奏曲」なんであります。バッハの青年時代に作曲された一連の「コラールパルティータ」もすばらしいけど、もう最晩年のバッハが到達したこの作品にいたっては、いくら「音楽学術協会」提出用と言ったってもはや人間の演奏能力、もそうだけど、聴き手の耳の能力を凌駕している。そしてこの「カノン風変奏曲」は最晩年の「特殊作品」、つまり「音楽の捧げもの BWV. 1079 」と「フーガの技法 BWV. 1080 」、および「ゴルトベルク BWV. 977 」とおなじ範疇の作品だと言える。その証拠に、バッハが銅版印刷させたという「初版譜」では、最初の3つの変奏ではひとつの声部のみ完全記譜されているだけで、模倣声部ははじめの数音しか印刷されていない( ちなみに自筆譜はいわゆる「17 のコラール」と「6つのトリオソナタ」が記譜されたのとおんなじ楽譜帳[ BB Mus. ms Bach P 271 ]に書かれている)。ヘルマン・ケラーは『バッハのオルガン作品( 原書は 1948 年刊行、日本語版は 1986 年 )』で、「6声部書法によってコラール4行全部が同時に提示される称賛すべき独創的ストレット」と書いてます[ 下線強調は引用者。当時、音楽学者フリードリヒ・スメントがバッハの「再配列した版 BWV. 769a」の順番[ 第1−2−5−3−4変奏の順 ]で校訂譜を出版したことにからめて、もともとの配列つまり「第5変奏」を最後に演奏することの意義を強調してもいる。ついでに終結部ソプラノ声部には B-A-C-H 音型も顔を出している ]。
でも! まずは騙されたと思ってリンク先を聴いてみてください。まるで「天使の大群」が上へ下へと乱舞している光景が、くっきりと見えてくるかのような生き生きとした音楽ではありませんか。『故人略伝』に、「わが故バッハ氏は、なるほど音楽の理論的な深い考察をおこなう人ではなかったが、実践の面ではひじょうに長けていた。彼はこの協会に、コラール『天よりくだって』を完全に仕上げて提出した。この作品は、のちに銅版に彫られた … 」とあるのは、バッハという人は実践の人であり、いかに音楽理論的にすぐれた「作品」でも、実際に美しく奏でられるもの、響くものでなければ意味がない、ということを信条にしていたような作曲家だった点を強調してのことだろうと思う。最終変奏で定旋律までカノンに加わってしまうのも、ひょっとしたら「天からくだって」やってきた救世主の「受肉」を象徴している … のかもしれない。いずれにせよ一連のオルガンコラールもの作品としても最高傑作に入ると思われるこの変奏曲、「音楽の捧げもの」や「ゴルトベルク」と同様、リクツなんかわかんなくてもすんなり楽しめますし。もちろんこの「カノン風変奏曲」だってクリスマスメドレーの一部として聴いてもなんら違和感がないところがすごいけれども、個人的には「フーガの技法」同様、「対位法技法の奥義書( ようするに「お勉強」)」みたいな性格がより強いかな、という気がするので、リンク先もあえて「楽譜つき」にしておきます。
2015年12月13日
「ららら ♪ クラシック」⇒ BWV. 566
1). そういえば、この前見た「ららら ♪ クラシック」、なんとなんとうれしいことに、わが愛する楽器、「楽器の女王」、オルガン[ パイプオルガン ]特集ではないですか !!! これは見るしかない。
で、その感想なんですが … のっけから登場した、かつて全国津々浦々の小学校にあったであろう、懐かしのリードオルガン( 足踏みオルガン )がひじょーに気になった … あれどこから調達してきたのかな? しかも「ドアノブ」型のストップまで 10 個もついているし … 「演奏台の両脇に並ぶドアノブみたいのは、いったいなに?」みたいなお題で紹介していたけれども、すでにその「ドアノブ」を備えたリードオルガンまで登場しているという … 。
で、これまた久しぶりにお元気な姿を見られてやはりうれしかった、藝大オルガン科の廣野嗣雄名誉教授 ―― しかも「自作」したオルガン原理模型までひっさげて ―― も出演されていた。というか、廣野先生ってこんなにお茶目な人だったのか ?! 廣野先生といえば、だいぶ昔、NHK-FM にて「小フーガ BWV. 578 」の楽曲分析をある番組でされていたことなんかも思い出す[ もちろんご本人の実演つき、しかも使用楽器はいまや「使ってんの?」状態の NHKホールのカール・シュッケ社建造の大オルガンという、いまから考えるとかなり贅沢な企画だったなあ ]。
本題にもどって … 今回、番組で紹介していたのは NHKホール … ではなくて、東京カテドラル聖マリア大聖堂関口教会のイタリア・マショーニ社建造のすばらしいオルガン。オルガン建造の監修者はロレンツォ・ギエルミ。番組の折々に挿入されていたクリップはたぶん以前、NHK-BS で放映されていた「パイプオルガン誕生」のものだろうと思う( 見たことある場面が出てきたから )。オルガンの起源はアレクサンドリアの「床屋」、クテシビオスの考案した「ヒュドラウリス[ 水力オルガン ]」だとか、足鍵盤がとくに北ドイツにおいて発展して大型化したとか、そのへんの説明はわりと正確( 当たり前 )。クリップに出てきた 16 世紀イタリア・ミラノの聖マウリツィオ教会の歴史的名器は、1段手鍵盤とおまけみたいな足鍵盤つきの楽器だったと思う。各時代、各地域におけるオルガン建造の歴史とか音楽様式によるストップ[ レジスター ]の変遷とか、あるいは「コーアトーン」と呼ばれる「教会ピッチ[ 現代ピッチより約半音高かった ]」なんかも興味深いのではありますが、これを書き出すととてもじゃないが記事を何本も、しかもただのディレッタントにすぎない輩が書くはめになりかねないので、省略( 笑 )。あと少し気になったのは、「8世紀、東ローマ[ ビザンツ帝国 ]皇帝がフランク王国のピピン王にオルガンを献上した」という有名な話、たしかにそうなんですけどそれを紹介するイラストがなぜか「水力オルガン」になっていた。このころにはすでに「ニューマチック」、つまりふいごで送風する現代とほぼおなじ機構の楽器になっていたはずなので( ただしストップ装置やスライダーチェストなどはまだない )、ここはちょっといただけない。当時のオルガンについては拙過去記事と、そこからリンクしているすばらしい解説ページをご参照ください。19 世紀の、とくにカヴァイエ−コル製作の一連の巨大楽器は、ひとことで言えば「ひとりオーケストラ」を実現するためのもの、と言ってよいと思う。当時は交響曲全盛時代、こういう時代背景があったからこそ存在しえたようなオルガンなんですな。ヴィドール、ヴィエルヌ、そしてサン−サーンスやセザール・フランクなんかは、みんなこの時代に活躍したオルガニストにして高名な作曲家ですね[ 追記:番組中でかかった3曲のほかに、BGM みたいにかかっていた楽曲、やっと思い出した。英国のアングリカン合唱ものが好きな人にとってはわりとおなじみの聖歌ですね ]。
2). 番組ではバッハ時代を代表する楽器としてハンブルクの有名なアルプ・シュニットガー建造の歴史的楽器も紹介されてましたが、↓ はそのシュニットガーオルガンによるバッハ「トッカータ ホ長調 BWV. 566 」を演奏した動画。「きらクラ!」の「メンバー紹介」の「番外編」をここでも書いたばかりですけど、さらについでに「メンバー紹介」をしたくなったしだい。
BWV. 566 は、いまでは「前奏曲とフーガ ホ長調」と表記されるのがふつうで、「旧バッハ全集の取っている『トッカータ』という名称には資料的根拠はない[『バッハ事典』p. 307 ]」… とのことですが、ワタシの手許の音友社発行のポケットスコアにはその「資料的根拠」のない「トッカータ」と表記されているものだから、ここでも強引に通そうかと思います( 苦笑 )。もっとも聴いてみればすぐピンとくると思いますけど、まるでブルーンスかブクステフーデを彷彿とさせるような典型的な北ドイツオルガン楽派の幻想様式で書かれていて、トッカータ[ 前奏曲 ]−フーガ−トッカータ−フーガという並列構成をとってます。作曲年代はバッハの「ブクステフーデ詣で」のあったアルンシュタット時代の 1706 年ころで、原曲はおそらく「ホ長調」で書かれていたらしいけれども、のちのヴァイマール時代に「ハ長調」に移調した別稿 BWV. 566a を作成したようです( 原曲の調性では演奏がひじょうにむずかしい、というのもある )。動画の演奏者はこの「ハ長調稿」にもとづいて演奏してます。超有名な「ニ短調トッカータ」のつぎのバッハ作品目録番号を与えられていながら、おそらくオルガン好きを自認する人もまるまる聴き通したことのある人はあんまりいないんじゃないかと思って、ついでに書き足しておきました。さらについでにこの作品、ヴァルヒャの「バッハ・オルガン全集」にはなぜか(?)入っていなかったりします( アラン版「全集」のほうはもちろん収録されてます )。すぐ前にも書いたヴィドールはこの作品の最後のフーガについて、「フーガで始まり、コラールとなり、協奏曲として終わる」と評しています。
で、その感想なんですが … のっけから登場した、かつて全国津々浦々の小学校にあったであろう、懐かしのリードオルガン( 足踏みオルガン )がひじょーに気になった … あれどこから調達してきたのかな? しかも「ドアノブ」型のストップまで 10 個もついているし … 「演奏台の両脇に並ぶドアノブみたいのは、いったいなに?」みたいなお題で紹介していたけれども、すでにその「ドアノブ」を備えたリードオルガンまで登場しているという … 。
で、これまた久しぶりにお元気な姿を見られてやはりうれしかった、藝大オルガン科の廣野嗣雄名誉教授 ―― しかも「自作」したオルガン原理模型までひっさげて ―― も出演されていた。というか、廣野先生ってこんなにお茶目な人だったのか ?! 廣野先生といえば、だいぶ昔、NHK-FM にて「小フーガ BWV. 578 」の楽曲分析をある番組でされていたことなんかも思い出す[ もちろんご本人の実演つき、しかも使用楽器はいまや「使ってんの?」状態の NHKホールのカール・シュッケ社建造の大オルガンという、いまから考えるとかなり贅沢な企画だったなあ ]。
本題にもどって … 今回、番組で紹介していたのは NHKホール … ではなくて、東京カテドラル聖マリア大聖堂関口教会のイタリア・マショーニ社建造のすばらしいオルガン。オルガン建造の監修者はロレンツォ・ギエルミ。番組の折々に挿入されていたクリップはたぶん以前、NHK-BS で放映されていた「パイプオルガン誕生」のものだろうと思う( 見たことある場面が出てきたから )。オルガンの起源はアレクサンドリアの「床屋」、クテシビオスの考案した「ヒュドラウリス[ 水力オルガン ]」だとか、足鍵盤がとくに北ドイツにおいて発展して大型化したとか、そのへんの説明はわりと正確( 当たり前 )。クリップに出てきた 16 世紀イタリア・ミラノの聖マウリツィオ教会の歴史的名器は、1段手鍵盤とおまけみたいな足鍵盤つきの楽器だったと思う。各時代、各地域におけるオルガン建造の歴史とか音楽様式によるストップ[ レジスター ]の変遷とか、あるいは「コーアトーン」と呼ばれる「教会ピッチ[ 現代ピッチより約半音高かった ]」なんかも興味深いのではありますが、これを書き出すととてもじゃないが記事を何本も、しかもただのディレッタントにすぎない輩が書くはめになりかねないので、省略( 笑 )。あと少し気になったのは、「8世紀、東ローマ[ ビザンツ帝国 ]皇帝がフランク王国のピピン王にオルガンを献上した」という有名な話、たしかにそうなんですけどそれを紹介するイラストがなぜか「水力オルガン」になっていた。このころにはすでに「ニューマチック」、つまりふいごで送風する現代とほぼおなじ機構の楽器になっていたはずなので( ただしストップ装置やスライダーチェストなどはまだない )、ここはちょっといただけない。当時のオルガンについては拙過去記事と、そこからリンクしているすばらしい解説ページをご参照ください。19 世紀の、とくにカヴァイエ−コル製作の一連の巨大楽器は、ひとことで言えば「ひとりオーケストラ」を実現するためのもの、と言ってよいと思う。当時は交響曲全盛時代、こういう時代背景があったからこそ存在しえたようなオルガンなんですな。ヴィドール、ヴィエルヌ、そしてサン−サーンスやセザール・フランクなんかは、みんなこの時代に活躍したオルガニストにして高名な作曲家ですね[ 追記:番組中でかかった3曲のほかに、BGM みたいにかかっていた楽曲、やっと思い出した。英国のアングリカン合唱ものが好きな人にとってはわりとおなじみの聖歌ですね ]。
2). 番組ではバッハ時代を代表する楽器としてハンブルクの有名なアルプ・シュニットガー建造の歴史的楽器も紹介されてましたが、↓ はそのシュニットガーオルガンによるバッハ「トッカータ ホ長調 BWV. 566 」を演奏した動画。「きらクラ!」の「メンバー紹介」の「番外編」をここでも書いたばかりですけど、さらについでに「メンバー紹介」をしたくなったしだい。
BWV. 566 は、いまでは「前奏曲とフーガ ホ長調」と表記されるのがふつうで、「旧バッハ全集の取っている『トッカータ』という名称には資料的根拠はない[『バッハ事典』p. 307 ]」… とのことですが、ワタシの手許の音友社発行のポケットスコアにはその「資料的根拠」のない「トッカータ」と表記されているものだから、ここでも強引に通そうかと思います( 苦笑 )。もっとも聴いてみればすぐピンとくると思いますけど、まるでブルーンスかブクステフーデを彷彿とさせるような典型的な北ドイツオルガン楽派の幻想様式で書かれていて、トッカータ[ 前奏曲 ]−フーガ−トッカータ−フーガという並列構成をとってます。作曲年代はバッハの「ブクステフーデ詣で」のあったアルンシュタット時代の 1706 年ころで、原曲はおそらく「ホ長調」で書かれていたらしいけれども、のちのヴァイマール時代に「ハ長調」に移調した別稿 BWV. 566a を作成したようです( 原曲の調性では演奏がひじょうにむずかしい、というのもある )。動画の演奏者はこの「ハ長調稿」にもとづいて演奏してます。超有名な「ニ短調トッカータ」のつぎのバッハ作品目録番号を与えられていながら、おそらくオルガン好きを自認する人もまるまる聴き通したことのある人はあんまりいないんじゃないかと思って、ついでに書き足しておきました。さらについでにこの作品、ヴァルヒャの「バッハ・オルガン全集」にはなぜか(?)入っていなかったりします( アラン版「全集」のほうはもちろん収録されてます )。すぐ前にも書いたヴィドールはこの作品の最後のフーガについて、「フーガで始まり、コラールとなり、協奏曲として終わる」と評しています。
2015年10月11日
「メンバー紹介」番外編
1). 本日の「きらクラ!」の「メンバー紹介」に、バッハの超有名な「ニ短調のトッカータとフーガ BWV. 565 」が登場してまして、なんでも冒頭の嵐のごとく降下するあの音型と、それにつづく減七のアルペッジョばかりに気を取られ、気づかないうちに次のトラックに突入、ということが多いので、これを機会にじっくりフーガを聴いてみたい、ぜひとも「メンバー紹介」してほしい、という趣旨のリクエスト[ 京都市の「消しゴムの角を使って叱られました」さんから ]。番組ではこのフーガ部分がたしか「6分」ほどつづく、とかふかわさんがおっしゃっていたので、ためしにこちらの演奏版で確認してみたところ、もう少し短めの5分でした( ふかわさん曰く、「冒頭の一発芸に気を取られて … 」には、笑った。ちなみにいま、再放送にて確認したら、サットマリー盤でもやはり5分で終わっていた。テンポもけっこう「快速」でしたし … )。
手許のポケットスコアで確認すると、フーガ主題の入りはちょうど切れよく 30 小節目から始まり、再びトッカータが嵐のごとく舞いもどってくるのが 127 小節目以降( 区切りを示すフェルマータが記されている )。番組でかかっていた音源はサットマリーの新録音のようで、使用楽器は塚谷水無子さんも使用した、オランダのバーヴォ教会のミュラー製作の歴史的オルガン。ちなみに番組ではこの音源でコーダまでかかっていたけれども、BWV. 565 はトッカータが額縁のように真ん中のフーガを取り囲む、ブクステフーデやブルーンスによくある「北ドイツ オルガン楽派」流儀の即興的要素のきわめて濃い作品。たしかサイモン・プレストンだったか、「これはバッハの真作ではない」とか言われたり、また「原曲はヴァイオリン独奏曲」説もあるという、いわくつきの作品。前にも書いたけれども、こういう構造を持ったバッハの他のオルガン用作品って、見当たらないのも事実。技巧的にも鍵盤のために書かれた書法、というより、ヴァイオリンなど弦楽器系だと思う。ところでゲストの三浦友理枝さんが、「このフーガってトッカータの延長線上にあるような書き方ですね、わりとギザギザしていて … 」みたいな発言をされていて、さすが、と思いました。トッカータ冒頭部の音型からフーガ主題が導き出されていることを演奏家の直感でみごと言い当てておりました。
それで、念のため過去記事探してみたらそれらしい記事がないみたいなので、ここで手短に「メンバー紹介」のそのまたメンバー紹介をしておきたいと思います ―― それは「ドリア調」と呼ばれる、もうひとつの「ニ短調トッカータとフーガ BWV. 538 」のことです。
こちらのほうはオルガン作品が量産されたヴァイマール時代、1708 − 17年にかけて作曲されたと考えられているもの。あいにく自筆譜は現存せず、親戚のヴァルターによる筆写譜で伝えられています。
こっちの「ニ短調トッカータとフーガ」は、「ドリア調」の添え名が暗示するように、 BWV. 565 とおんなじニ短調作品ながらフラットなしの記譜法をとっているため、便宜上中世の教会旋法の呼び名がつけられてます[ よって、厳密な意味での「ドリア旋法」というわけではない ]。かつてカルロ・カーリーが NHK ホールでの来日公演の際、この「トッカータ」のゼクエンツ音型を評して「蒸気機関車」と言ったのをいまだに憶えています … で、ご本人はいかにもオルガンのエンターティナーよろしく、わざとらしいほどの推進力をもって(?)、このトッカータを弾きまくっておりました。
BWV. 565 のほうが即興演奏の記録、みたいな作品であるのに対し、BWV. 538 のほうは主鍵盤 / ポジティフ鍵盤との音色の対比( いまふうに言えば、forte と piano の対比 )をはっきりと念頭に置いたイタリアの協奏曲風書法で全編書かれてます。そして BWV. 565 とのもっとも大きなちがいは、北ドイツ楽派のようなトッカータ−フーガ−トッカータみたいな書き方ではなく、堂々たるトッカータ[ 前奏曲と言ってもいい ]と、これまたどっしりとした厳格かつ古風な対位法書法による巨大なフーガが互いに向き合い、対峙するような書き方になっていることです。フーガ終結部あたりは、複雑に込み入ったストレッタになっていて、足鍵盤のトリルまで出てきて、技術的にも演奏がひじょうに難しいフーガです。
バッハは生涯にわたって、「オルガン鑑定家」としての仕事もつづけていて、その名声も全ドイツで轟いていたそうですが、この作品、1732 年9月 28 日、カッセルの聖マルティン教会での新オルガン落成式で演奏したという記録が残ってます。ちなみに愛妻家バッハだからかどうかは知りませんが、このカッセル旅行には奥さんのアンナ・マグダレーナも同伴していたとのこと。
2). 先週の「古楽の楽しみ」は、「コンソートの魅力」と題して、プレトリウスの「テルプシコーレ」とかかかってましたが、個人的に聞き耳立てたのが、 16 − 17 世紀スペインオルガン音楽の大家、コレア・デ・アラウホの「無原罪の御宿りの祝日の聖歌」についての大塚先生のこんなコメントでした。
むむむそうなのか … ワタシはてっきり、このような書法、つまり鍵盤譜ではなく、S−A−T−B の各声部に分かれて記譜する習慣は、たとえばイタリアの同時代の大家、フレスコバルディあたりかと思ってました。ひょっとしたらスペインのほうが先んじていたのかな? だとしたら、バッハの「フーガの技法 BWV. 1080 」の総譜書法も、辿っていけばアラウホにまで行き着く、ということになる。で、先週の放送ではその「フーガの技法」も、アムステルダム・ルッキ・スターダスト・カルテット( ALSQ )によるリコーダー四重奏版でかかってましたね[ コントラプンクトゥス1と3]。
「コンソート」ついでに、フレットワークによるヴィオール合奏版によるパーセルとかもかかってました。ヴィオールコンソートは当時の英国で流行っていて、最高音部を「トレブル」って言うらしいけれども、それ聞いた瞬間、ボーイソプラノを想起してしまう条件反射にひとり苦笑するワタシであった。さらにはその「トレブル」な子どもたちによるヴィオールコンソートというのも活躍していたという記録まで残っている。ややこしや。
手許のポケットスコアで確認すると、フーガ主題の入りはちょうど切れよく 30 小節目から始まり、再びトッカータが嵐のごとく舞いもどってくるのが 127 小節目以降( 区切りを示すフェルマータが記されている )。番組でかかっていた音源はサットマリーの新録音のようで、使用楽器は塚谷水無子さんも使用した、オランダのバーヴォ教会のミュラー製作の歴史的オルガン。ちなみに番組ではこの音源でコーダまでかかっていたけれども、BWV. 565 はトッカータが額縁のように真ん中のフーガを取り囲む、ブクステフーデやブルーンスによくある「北ドイツ オルガン楽派」流儀の即興的要素のきわめて濃い作品。たしかサイモン・プレストンだったか、「これはバッハの真作ではない」とか言われたり、また「原曲はヴァイオリン独奏曲」説もあるという、いわくつきの作品。前にも書いたけれども、こういう構造を持ったバッハの他のオルガン用作品って、見当たらないのも事実。技巧的にも鍵盤のために書かれた書法、というより、ヴァイオリンなど弦楽器系だと思う。ところでゲストの三浦友理枝さんが、「このフーガってトッカータの延長線上にあるような書き方ですね、わりとギザギザしていて … 」みたいな発言をされていて、さすが、と思いました。トッカータ冒頭部の音型からフーガ主題が導き出されていることを演奏家の直感でみごと言い当てておりました。
それで、念のため過去記事探してみたらそれらしい記事がないみたいなので、ここで手短に「メンバー紹介」のそのまたメンバー紹介をしておきたいと思います ―― それは「ドリア調」と呼ばれる、もうひとつの「ニ短調トッカータとフーガ BWV. 538 」のことです。
こちらのほうはオルガン作品が量産されたヴァイマール時代、1708 − 17年にかけて作曲されたと考えられているもの。あいにく自筆譜は現存せず、親戚のヴァルターによる筆写譜で伝えられています。
こっちの「ニ短調トッカータとフーガ」は、「ドリア調」の添え名が暗示するように、 BWV. 565 とおんなじニ短調作品ながらフラットなしの記譜法をとっているため、便宜上中世の教会旋法の呼び名がつけられてます[ よって、厳密な意味での「ドリア旋法」というわけではない ]。かつてカルロ・カーリーが NHK ホールでの来日公演の際、この「トッカータ」のゼクエンツ音型を評して「蒸気機関車」と言ったのをいまだに憶えています … で、ご本人はいかにもオルガンのエンターティナーよろしく、わざとらしいほどの推進力をもって(?)、このトッカータを弾きまくっておりました。
BWV. 565 のほうが即興演奏の記録、みたいな作品であるのに対し、BWV. 538 のほうは主鍵盤 / ポジティフ鍵盤との音色の対比( いまふうに言えば、forte と piano の対比 )をはっきりと念頭に置いたイタリアの協奏曲風書法で全編書かれてます。そして BWV. 565 とのもっとも大きなちがいは、北ドイツ楽派のようなトッカータ−フーガ−トッカータみたいな書き方ではなく、堂々たるトッカータ[ 前奏曲と言ってもいい ]と、これまたどっしりとした厳格かつ古風な対位法書法による巨大なフーガが互いに向き合い、対峙するような書き方になっていることです。フーガ終結部あたりは、複雑に込み入ったストレッタになっていて、足鍵盤のトリルまで出てきて、技術的にも演奏がひじょうに難しいフーガです。
バッハは生涯にわたって、「オルガン鑑定家」としての仕事もつづけていて、その名声も全ドイツで轟いていたそうですが、この作品、1732 年9月 28 日、カッセルの聖マルティン教会での新オルガン落成式で演奏したという記録が残ってます。ちなみに愛妻家バッハだからかどうかは知りませんが、このカッセル旅行には奥さんのアンナ・マグダレーナも同伴していたとのこと。
2). 先週の「古楽の楽しみ」は、「コンソートの魅力」と題して、プレトリウスの「テルプシコーレ」とかかかってましたが、個人的に聞き耳立てたのが、 16 − 17 世紀スペインオルガン音楽の大家、コレア・デ・アラウホの「無原罪の御宿りの祝日の聖歌」についての大塚先生のこんなコメントでした。
アラウホは四つの声部を独立して記譜しています。これはオルガン / 合奏、どちらでも演奏可能で、当時すでにこのような演奏習慣があったことは確実です。
むむむそうなのか … ワタシはてっきり、このような書法、つまり鍵盤譜ではなく、S−A−T−B の各声部に分かれて記譜する習慣は、たとえばイタリアの同時代の大家、フレスコバルディあたりかと思ってました。ひょっとしたらスペインのほうが先んじていたのかな? だとしたら、バッハの「フーガの技法 BWV. 1080 」の総譜書法も、辿っていけばアラウホにまで行き着く、ということになる。で、先週の放送ではその「フーガの技法」も、アムステルダム・ルッキ・スターダスト・カルテット( ALSQ )によるリコーダー四重奏版でかかってましたね[ コントラプンクトゥス1と3]。
「コンソート」ついでに、フレットワークによるヴィオール合奏版によるパーセルとかもかかってました。ヴィオールコンソートは当時の英国で流行っていて、最高音部を「トレブル」って言うらしいけれども、それ聞いた瞬間、ボーイソプラノを想起してしまう条件反射にひとり苦笑するワタシであった。さらにはその「トレブル」な子どもたちによるヴィオールコンソートというのも活躍していたという記録まで残っている。ややこしや。
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2014年10月12日
「偉大なロ短調( BWV. 544 )」
BBC Radio3 の Choral Evensong、今週はローマカトリックの通称「ウ大( ウェストミンスター大聖堂 )」から。で、本放送を聴いていたら、締めくくりのオルガン ヴォランタリーとして、大バッハの「前奏曲とフーガ ロ短調 BWV. 544 」が流れてきました( リンク先は、IMSLP 上のスコア。なおこの曲はバッハのオルガン作品としてはたいへん珍しく、自筆譜が現存している希少な例 )。
ほぼ同時期に作曲された「ホ短調 BWV. 548 」については以前ここでも書いたけれども、ワタシが中学生のころ毎週日曜朝に NHK-FM で放送されていたのは「朝のハーモニー」という、オルガン音楽のみで構成された、いまにして思えばなんてぜいたくな番組! でした。で、そのとき NHKホールのカール・シュッケ社建造の大オルガンではじめて聴いたのが、この BWV. 544 なのでした。
バッハのオルガン作品では「小フーガ」くらいしか知らなかった中学生ながら、この BWV. 544 の前奏曲とフーガをはじめて聴いたときの印象はなかなか強烈で、とりわけ単純な音階で上がって、また下がるフーガ主題がけっこう気に入っていた。その後たとえば「フーガの技法」とかにも触手を伸ばすようになって、晩年のバッハ作品の主題の多くがなぜ一見すると素っ気ない、単純な音型なのかが理解できるようになった。その後の巨大な展開、あるいは音楽としての可能性をとことん突き詰められるからだったんですね。
だいぶ前に邦訳が出たドイツの音楽学者マルティン・ゲック氏の4巻本『ヨハン・ゼバスティアン・バッハ』にも、この「偉大なロ短調」が出てきてすこぶるおもしろくて(3巻の「古典的なるものの完成」、pp. 53−60)、ひさしぶりに当該箇所を見てみると、『ダ・ヴィンチ・コード』で見かけたような「黄金分割」の話(「第一部分は第二部分に対して、また第五部分は第三部分と第四部分の合計に対して、それぞれ黄金分割の小部分が大部分に対するのと同じ比率になっていることがわかる」etc. )とかあって興味は尽きないのですが、個人的には引き合いに出されているヘルマン・ケラーの引用に着目したい。
バロック音楽では「調性による象徴」という考え方が生きていて、たとえば「神の栄光を讃える」にはニ長調( 輝かしい感じを抱かせる )を用いるといった使い方がされる場合が多かったようですが、ではロ短調はどうだったかというと、ずばり「受難」。ケラーの文章(『バッハのオルガン作品』音楽之友社刊、p. 209 )では、指摘された「マタイ受難曲 BWV. 244」中のロ短調で歌われるアルト独唱アリアの譜例を引いて、「… あるいは、その終結部が、オルガン・プレリュードの中にふくまれていたとしても、けっして不思議ではない」とし、「形式上はホ短調プレリュード[ BWV. 548 のこと ]に近いにもかかわらず、まったくべつの基本的性格、すなわち、受難曲のアリアの叙情性と苦悩の性格をもっている」と書いてます( いまさっき見た「クラシック音楽館」の「第 1788回N響定演」で、マエストロ・ブロムシュテット氏[ 87歳 !! ]が、モーツァルトの「40番」について「ト短調は悲劇的」と評していた、ということもいちおう付記 )。
フーガについては、ケラーが指摘していることは正鵠を射ている、と自分も感じます。つまり、手鍵盤のみで奏される中間パッセージのあとで、「雲間からの一条の光のように、… 一つの新しい主題が … 上方から天の力のようにやってくる。そして、主題を大きな高まりの中で集結に運んでいく」。
ウェストミンスター大聖堂副音楽監督による演奏は、とくにこのフーガ部分において、ほぼケラーの解釈どおりの「テラス式増強法」でクライマックスへと突き進んでいってます。つまり 16分休符をはさんだ特徴的な新主題が上から降ってくると同時にプレーノへと移行し、さらにストップを追加、あるいはカプラーで鍵盤どうしを連結して増強していく、という演奏です。オルガニストによっては、もう達観(?)の境地なのか、そんなせせこましい小細工なんぞ必要ない、と言わんばかりに前奏曲からフーガまで一貫してオルガノプレーノで統一、なんて猛者もいます。トン・コープマンあたりの演奏も、そんな感じだったような … 。
BWV. 544 は 1731年には完成されていたらしい。『バッハ事典』によると、ヴァイマール時代の若いころの「原形」に手を加えた作品、という見方もあり、またドレスデンあたりのオルガン演奏会で披露された可能性についても言及している。ちょうどその年、46歳のトーマスカントル、バッハはドレスデンの聖ゾフィア教会のジルバーマンオルガン( のちに長男ヴィルヘルム・フリーデマンがオルガニストに就任、リンク先記事にもあるように、第2次大戦末期の連合軍爆撃により、この歴史的楽器は教会もろとも焼失 )でリサイタルを開いているから、ひょっとしたらそのとき初演されたのかもしれない。↓ は、2010年 10月16日、オランダのデン・ハーグ( デン・ハーハ )での演奏会のもよう。
ほぼ同時期に作曲された「ホ短調 BWV. 548 」については以前ここでも書いたけれども、ワタシが中学生のころ毎週日曜朝に NHK-FM で放送されていたのは「朝のハーモニー」という、オルガン音楽のみで構成された、いまにして思えばなんてぜいたくな番組! でした。で、そのとき NHKホールのカール・シュッケ社建造の大オルガンではじめて聴いたのが、この BWV. 544 なのでした。
バッハのオルガン作品では「小フーガ」くらいしか知らなかった中学生ながら、この BWV. 544 の前奏曲とフーガをはじめて聴いたときの印象はなかなか強烈で、とりわけ単純な音階で上がって、また下がるフーガ主題がけっこう気に入っていた。その後たとえば「フーガの技法」とかにも触手を伸ばすようになって、晩年のバッハ作品の主題の多くがなぜ一見すると素っ気ない、単純な音型なのかが理解できるようになった。その後の巨大な展開、あるいは音楽としての可能性をとことん突き詰められるからだったんですね。
だいぶ前に邦訳が出たドイツの音楽学者マルティン・ゲック氏の4巻本『ヨハン・ゼバスティアン・バッハ』にも、この「偉大なロ短調」が出てきてすこぶるおもしろくて(3巻の「古典的なるものの完成」、pp. 53−60)、ひさしぶりに当該箇所を見てみると、『ダ・ヴィンチ・コード』で見かけたような「黄金分割」の話(「第一部分は第二部分に対して、また第五部分は第三部分と第四部分の合計に対して、それぞれ黄金分割の小部分が大部分に対するのと同じ比率になっていることがわかる」etc. )とかあって興味は尽きないのですが、個人的には引き合いに出されているヘルマン・ケラーの引用に着目したい。
彼( ヘルマン・ケラー )はこの ≪ プレリュード ロ短調 ≫ が ≪ ミサ曲 ロ短調 ≫ の < キリエ > と、アリア < 哀れみたまえ > を思い起こさせるような気がするというのだ。
バロック音楽では「調性による象徴」という考え方が生きていて、たとえば「神の栄光を讃える」にはニ長調( 輝かしい感じを抱かせる )を用いるといった使い方がされる場合が多かったようですが、ではロ短調はどうだったかというと、ずばり「受難」。ケラーの文章(『バッハのオルガン作品』音楽之友社刊、p. 209 )では、指摘された「マタイ受難曲 BWV. 244」中のロ短調で歌われるアルト独唱アリアの譜例を引いて、「… あるいは、その終結部が、オルガン・プレリュードの中にふくまれていたとしても、けっして不思議ではない」とし、「形式上はホ短調プレリュード[ BWV. 548 のこと ]に近いにもかかわらず、まったくべつの基本的性格、すなわち、受難曲のアリアの叙情性と苦悩の性格をもっている」と書いてます( いまさっき見た「クラシック音楽館」の「第 1788回N響定演」で、マエストロ・ブロムシュテット氏[ 87歳 !! ]が、モーツァルトの「40番」について「ト短調は悲劇的」と評していた、ということもいちおう付記 )。
フーガについては、ケラーが指摘していることは正鵠を射ている、と自分も感じます。つまり、手鍵盤のみで奏される中間パッセージのあとで、「雲間からの一条の光のように、… 一つの新しい主題が … 上方から天の力のようにやってくる。そして、主題を大きな高まりの中で集結に運んでいく」。
ウェストミンスター大聖堂副音楽監督による演奏は、とくにこのフーガ部分において、ほぼケラーの解釈どおりの「テラス式増強法」でクライマックスへと突き進んでいってます。つまり 16分休符をはさんだ特徴的な新主題が上から降ってくると同時にプレーノへと移行し、さらにストップを追加、あるいはカプラーで鍵盤どうしを連結して増強していく、という演奏です。オルガニストによっては、もう達観(?)の境地なのか、そんなせせこましい小細工なんぞ必要ない、と言わんばかりに前奏曲からフーガまで一貫してオルガノプレーノで統一、なんて猛者もいます。トン・コープマンあたりの演奏も、そんな感じだったような … 。
BWV. 544 は 1731年には完成されていたらしい。『バッハ事典』によると、ヴァイマール時代の若いころの「原形」に手を加えた作品、という見方もあり、またドレスデンあたりのオルガン演奏会で披露された可能性についても言及している。ちょうどその年、46歳のトーマスカントル、バッハはドレスデンの聖ゾフィア教会のジルバーマンオルガン( のちに長男ヴィルヘルム・フリーデマンがオルガニストに就任、リンク先記事にもあるように、第2次大戦末期の連合軍爆撃により、この歴史的楽器は教会もろとも焼失 )でリサイタルを開いているから、ひょっとしたらそのとき初演されたのかもしれない。↓ は、2010年 10月16日、オランダのデン・ハーグ( デン・ハーハ )での演奏会のもよう。
2014年04月18日
「パッサカリア( とフーガ ) BWV.582」
今週の BBC Radio3 最古参番組、Choral Evensong は、「チチェスター詩編」というバーンスタインの作品でも知られるチチェスター大聖堂からのライヴ。アングリカン系大聖堂の「夕べの祈り[ 公式な邦訳語では、唱詠晩禱と呼ばれるけど、ワタシはくだいていつも「夕べの祈り」と表記してます ]」の締めくくりとして演奏されるのが、ヴォランタリーと呼ばれるオルガン独奏曲。オルガン大好き人間としては、毎回、聴き耳を立てている( ほかは寝ている、というわけではない )。で、今回は ―― われらが大バッハ、それもあの詩人の中原中也も大好きだったという、「ハ短調のパッサカリア」!!
というわけで、この前の水曜深夜、しっかり聴いてみました … いつもだったらこんどの日曜にも再放送でかかる … んですが、折よく(?)「イースターおめでとう」。なのでのちほどオンデマンドで再聴しようと思います( つまり今週は「聖週間」。「洗足木曜日」、「聖金曜日」、「聖土曜日」とつづく。春分の日以降最初の満月だった火曜日は、米国だったかな、なんと皆既月食だったとか )。
この作品、手許のケラー著『バッハのオルガン作品』によると、いわゆるケーテン時代の作、というふうに書いてあるが、日本語版オリジナルの巻末付録「バッハ・オルガン作品表」では『ニューグローヴ』の記述として、「ヴァイマル以前?」とある。ついでに『バッハ事典』の記事によれば、「1710年頃、ヴァイマル」とある。
… ひさしぶりにケラー本開いたら、こんなことも書いてありました。「バッハの用語としての<シャコンヌ>の場合、バスは旋律としてはっきり示されるのではなく、感じられる程度にしてある( p.166 )」。そうなんだ。たしか以前、『音楽中辞典』で調べたときは、「どっちもおんなじ」みたいな書き方だったと思ったが。すくなくともケラーは、バッハにおけるシャコンヌとパッサカリアは区別すべき、と考えている。
だいぶ前に書いたことともカブるが、このバッハの「オルガンのためのパッサカリア」、ブクステフーデの「パッサカリア ニ短調 BuxWV.161 」がベースになっているのでは … という説が有力になっているらしい。半世紀以上も前のケラー本では、フランス古典期の作曲家アンドレ・レゾンの五つの変奏からなる「小パッサカリア」にもとづくと書いている( 出所は音楽学者アンドレ・ピロの説、レゾン作品は 1687年出版のもので、バッハはフレスコバルディの曲集とともに入手していた )。
と、このように成立年代もわからず、成立経過についても諸説あるというこの変奏曲ではあるけれど、バッハがオルガンのために書いた全作品中、まちがいなく傑作として挙げられると思う。たとえば低音固執主題。ブクステフーデもパッヘルベルもオルガン独奏用「パッサカリア / シャコンヌ」は残しているけれども、たいてい4小節くらいのごく短く、素朴な主題です。ところがバッハのこの作品では低音主題が倍の8小節にまで拡張されて、この低音主題の入りだけ聴いてもじつに堂々たる、雄大な音楽です( しかも主題提示は単独で奏される。ブクステフーデではそうではない。それだけ完成度が高いということ )。これが当時の変奏技巧のかぎりを尽くし、足鍵盤で奏されていた主題が最上声部へと移ったり、分散和音化して隠れていったん止まった、と思いきやふたたび力強い低音リード管で鳴り響き、あとはいっきにフィナーレへ向かって突き進む … そしてここまで 20 の変奏を繰り返してきたバッハは、なんとここでフーガに変えてしまう。低音主題は変形され、ふたつの対位主題とともにソプラノに現れ、上声部にふたつのトリルが奏されたあとほとんどの声部がまるで天を目指すかのごとく上行し、クライマックスには「ナポリの六[ ナポリの窯、ではない ]」の和音で突然止まる。そこからハ長調に転じて、この壮大な、宇宙的とも言えるパッサカリア全曲を閉じる、という構成になってます。
中学生のころに親に買ってもらった、故マリー−クレール・アラン女史の弾く LP(!)盤にもこの「パッサカリア」は入っていて、もううろ覚えになってしまったけれどもたしかアラン女史はライナーで、この作品と「オルガン小曲集」との類似性を指摘していた。ケラーも著書で、この作品は「純粋に合理的な方法では、その秘められた法則性が解明されるものではない」と指摘している。「フーガの技法」と「詩編」との関連性を指摘したいつぞやの「深読みすぎる」論考じゃないけれども、「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ BWV.1004 」の「シャコンヌ」にしても、こういう作品におけるバッハの作曲法には、作曲技巧を超越したなんらかの企てないし意図が働いていることはまちがいないと思う。それがなんであるのかは … 本人に訊くほかないでしょうけれども。
ちなみにバッハが 15歳、リューネブルクの聖ミカエル教会付属学校の給費生としてボーイソプラノ歌手だった 1700年ころ、すでにこの「パッサカリア / シャコンヌ」という形式は過去の遺物、ケラー本によれば「消滅した形式」だったようです。のちにブラームスが最後の交響曲でこの形式を採用し、ヴェーベルンも管弦楽のためにこの形式で書き … ということを当のバッハが知ったら、きっと喜ぶだろうな。
ついでながら、チチェスター大聖堂ゆかりの音楽家、とくると、トマス・ウィールクス。リンク先記事をそのまま受け取れば、この人、ワインかビールかはいざ知らず、そうとうな「呑兵衛」だったようで … 手許の The English Chorister : A History にもこの「アクタイをつく癖、深酒」のかどでクビになったことが書いてあるけれども、あれま復職してたんだわ( 苦笑 )。しかも! そのページ( p. 99 )をひさしぶりに開いたら、なにもこの話、聖歌隊長ウィールクスにかぎったことじゃなくて、チチェスター所属の成人隊員( lay clerks )の「ほとんど全員が『夕べの祈り』の欠席、怠惰な態度、飼い犬の同伴、そして千鳥足で」やってきたことで、毎度のようにお叱りを受けていたなんて書いてあるからビックリ( 笑 )。おまけにこれチチェスターにかぎった話じゃなくて、ウェルズやソールズベリでも同様の「問題」の報告が記録として残っているんだそうで、国教会成立後のテューダー朝に活躍したイングランドの音楽家には、問題児がかなり多かった、ということになりますな。
追記:先日、本文中でも触れたマリー−クレール・アラン女史の仏エラートレーベルの録音盤が出てきたので、ついでにご紹介しておきます。以下、アラン女史みずから書いたライナーの解説より抜粋( 訳はオルガニストの植田義子氏 )。この時期( 1982年 )、この傑作についてアラン女史が以下のごとく「解釈」して表現していたことを示す貴重な証言と言えます( なお、アラン女史はここで前半のパッサカリア部分の変奏数を 21、後半のフーガでの主題の入りを 12 と解釈している。使用楽器はアルザス地方サン−ドナ教会の 1971年建造のシュヴェンケーデルオルガン、三段手鍵盤とペダル、36ストップ )。↓
というわけで、この前の水曜深夜、しっかり聴いてみました … いつもだったらこんどの日曜にも再放送でかかる … んですが、折よく(?)「イースターおめでとう」。なのでのちほどオンデマンドで再聴しようと思います( つまり今週は「聖週間」。「洗足木曜日」、「聖金曜日」、「聖土曜日」とつづく。春分の日以降最初の満月だった火曜日は、米国だったかな、なんと皆既月食だったとか )。
この作品、手許のケラー著『バッハのオルガン作品』によると、いわゆるケーテン時代の作、というふうに書いてあるが、日本語版オリジナルの巻末付録「バッハ・オルガン作品表」では『ニューグローヴ』の記述として、「ヴァイマル以前?」とある。ついでに『バッハ事典』の記事によれば、「1710年頃、ヴァイマル」とある。
… ひさしぶりにケラー本開いたら、こんなことも書いてありました。「バッハの用語としての<シャコンヌ>の場合、バスは旋律としてはっきり示されるのではなく、感じられる程度にしてある( p.166 )」。そうなんだ。たしか以前、『音楽中辞典』で調べたときは、「どっちもおんなじ」みたいな書き方だったと思ったが。すくなくともケラーは、バッハにおけるシャコンヌとパッサカリアは区別すべき、と考えている。
だいぶ前に書いたことともカブるが、このバッハの「オルガンのためのパッサカリア」、ブクステフーデの「パッサカリア ニ短調 BuxWV.161 」がベースになっているのでは … という説が有力になっているらしい。半世紀以上も前のケラー本では、フランス古典期の作曲家アンドレ・レゾンの五つの変奏からなる「小パッサカリア」にもとづくと書いている( 出所は音楽学者アンドレ・ピロの説、レゾン作品は 1687年出版のもので、バッハはフレスコバルディの曲集とともに入手していた )。
と、このように成立年代もわからず、成立経過についても諸説あるというこの変奏曲ではあるけれど、バッハがオルガンのために書いた全作品中、まちがいなく傑作として挙げられると思う。たとえば低音固執主題。ブクステフーデもパッヘルベルもオルガン独奏用「パッサカリア / シャコンヌ」は残しているけれども、たいてい4小節くらいのごく短く、素朴な主題です。ところがバッハのこの作品では低音主題が倍の8小節にまで拡張されて、この低音主題の入りだけ聴いてもじつに堂々たる、雄大な音楽です( しかも主題提示は単独で奏される。ブクステフーデではそうではない。それだけ完成度が高いということ )。これが当時の変奏技巧のかぎりを尽くし、足鍵盤で奏されていた主題が最上声部へと移ったり、分散和音化して隠れていったん止まった、と思いきやふたたび力強い低音リード管で鳴り響き、あとはいっきにフィナーレへ向かって突き進む … そしてここまで 20 の変奏を繰り返してきたバッハは、なんとここでフーガに変えてしまう。低音主題は変形され、ふたつの対位主題とともにソプラノに現れ、上声部にふたつのトリルが奏されたあとほとんどの声部がまるで天を目指すかのごとく上行し、クライマックスには「ナポリの六[ ナポリの窯、ではない ]」の和音で突然止まる。そこからハ長調に転じて、この壮大な、宇宙的とも言えるパッサカリア全曲を閉じる、という構成になってます。
中学生のころに親に買ってもらった、故マリー−クレール・アラン女史の弾く LP(!)盤にもこの「パッサカリア」は入っていて、もううろ覚えになってしまったけれどもたしかアラン女史はライナーで、この作品と「オルガン小曲集」との類似性を指摘していた。ケラーも著書で、この作品は「純粋に合理的な方法では、その秘められた法則性が解明されるものではない」と指摘している。「フーガの技法」と「詩編」との関連性を指摘したいつぞやの「深読みすぎる」論考じゃないけれども、「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ BWV.1004 」の「シャコンヌ」にしても、こういう作品におけるバッハの作曲法には、作曲技巧を超越したなんらかの企てないし意図が働いていることはまちがいないと思う。それがなんであるのかは … 本人に訊くほかないでしょうけれども。
ちなみにバッハが 15歳、リューネブルクの聖ミカエル教会付属学校の給費生としてボーイソプラノ歌手だった 1700年ころ、すでにこの「パッサカリア / シャコンヌ」という形式は過去の遺物、ケラー本によれば「消滅した形式」だったようです。のちにブラームスが最後の交響曲でこの形式を採用し、ヴェーベルンも管弦楽のためにこの形式で書き … ということを当のバッハが知ったら、きっと喜ぶだろうな。
ついでながら、チチェスター大聖堂ゆかりの音楽家、とくると、トマス・ウィールクス。リンク先記事をそのまま受け取れば、この人、ワインかビールかはいざ知らず、そうとうな「呑兵衛」だったようで … 手許の The English Chorister : A History にもこの「アクタイをつく癖、深酒」のかどでクビになったことが書いてあるけれども、あれま復職してたんだわ( 苦笑 )。しかも! そのページ( p. 99 )をひさしぶりに開いたら、なにもこの話、聖歌隊長ウィールクスにかぎったことじゃなくて、チチェスター所属の成人隊員( lay clerks )の「ほとんど全員が『夕べの祈り』の欠席、怠惰な態度、飼い犬の同伴、そして千鳥足で」やってきたことで、毎度のようにお叱りを受けていたなんて書いてあるからビックリ( 笑 )。おまけにこれチチェスターにかぎった話じゃなくて、ウェルズやソールズベリでも同様の「問題」の報告が記録として残っているんだそうで、国教会成立後のテューダー朝に活躍したイングランドの音楽家には、問題児がかなり多かった、ということになりますな。
追記:先日、本文中でも触れたマリー−クレール・アラン女史の仏エラートレーベルの録音盤が出てきたので、ついでにご紹介しておきます。以下、アラン女史みずから書いたライナーの解説より抜粋( 訳はオルガニストの植田義子氏 )。この時期( 1982年 )、この傑作についてアラン女史が以下のごとく「解釈」して表現していたことを示す貴重な証言と言えます( なお、アラン女史はここで前半のパッサカリア部分の変奏数を 21、後半のフーガでの主題の入りを 12 と解釈している。使用楽器はアルザス地方サン−ドナ教会の 1971年建造のシュヴェンケーデルオルガン、三段手鍵盤とペダル、36ストップ )。↓
この曲は、『オルガン小曲集』と同じ頃( 1716 〜 17年 )に作曲され、形式の驚くべき完璧さと内容のきわめて神秘的である事が認められる最初の大曲である。最高度の表現力を持つ音楽上の語法と、作曲手法上の表出力と完全性の秘密がどこにあるのかを見出すために、パッサカリアの変奏の各グループと『オルガン小曲集』のコラールを対比して考えてみる必要がある。
私は、数の象徴によってこの曲をとらえた。即ち、3はキリスト教の三位一体の概念( 父と子と聖霊 )を表し、7は完全と創造を表す。このパッサカリアは、3つの変奏が1グループを成し、大きく7グループに分けられる。更に、拍子は3拍子で、調子記号はフラット3つである。パッサカリアではテーマの呈示は 21回、フーガでは 12回である。21は 12の裏返しで、2+1、1+2はどちらも3になる。それ故私は、パッサカリアでは3つの鍵盤上で3種類のレジストレーションを用いた。以下は、パッサカリアの各グループと、それに対応する『オルガン小曲集』の中のコラールである。
第1グループ テーマと第1、第2変奏[ 人間の堕落 ]:「アダムの堕落によりて」BWV 637
…
( 中略、以下「小曲集」各コラールとの対応関係がつづく )
…
第7グループ 第 19〜21変奏 上行する楽句[ 復活 ]:「聖なるキリストはよみがえり給えり」BWV 628
以上のように、パッサカリアは人間の運命、罪による堕落、そして救済を描いており、宗教的な「全」を表している。フーガのテーマは三位一体の理念の勝利であり、パッサカリアのテーマがフーガのテーマとなった事は、父なる神を表す。第1の対旋律は細分化された音程と表情豊かなリズム型を持ち、受難[ 犠牲となったキリスト ]を象徴する。たえまなく動く第2の対旋律は、"生命をもたらす" 聖霊を表す。この対旋律の呈示のもとで、対位法的音型はほとんど上行する。バッハはここで、天国への巨大な昇天へと我々を導く。バッハは、弱き存在である我々人間に欠けているもの、天国にある魂を我々に分け与えようとしているようである。バッハは我々にとって、大きな慰めである。バッハの音楽は、絶体なるものへの我々の願望をみたし、希望への渇きを充たしてくれる。
2012年05月13日
「トッカータ BWV.540」とミュラーオルガン
つい先日、↓に貼りつけた動画を見まして、今宵はこれをサカナに書こう、と決めました ( 笑 ) 。
バッハの「トッカータ」とくると、つい超有名な「 BWV.565 」のトッカータ ( と中間に挟まれたフーガ ) のことを思い浮かべる人がほとんどなんじゃないかって気がしますが、往年の名手、マリー-クレール・アランがオランダ・ハーレムの聖バーヴォ教会クリスティアン・ミュラー製作の歴史的オルガンを弾いたこの動画を見て、ひさしぶりにこの大作を聴いてみたいと思ったしだい。
「トッカータ ヘ長調 BWV.540 」は、バッハがヴァイマールの宮廷楽師長だったころ、1712 - 17 年ごろに作曲されたオルガン自由作品ですが、トッカータとフーガはべつべつに作曲されたようで、そのためか全曲の統一性、ということにかんしてはたとえば「ドリア調のトッカータとフーガ BWV.538 」のほうが長けている ( と思う ) 。でも出だしの印象は強烈です ―― 長いオルゲルプンクト上で絡みあう両手鍵盤の旋律線 ( カノンになっている ) 、それにつづく華やかで技巧的なペダルソロ、和音連打、大胆な転調 … と、じつに堂々たる風格を持った作品です ( 3/8 拍子というのも珍しいかも ) 。ヘルマン・ケラーもこの曲を評して、「音楽史上ここではじめて、音階の 2, 3, 4 度の借用和音 ( 長調のナポリ 6 の和音でさえ ) が、なんと天才的に使用されていることか (『バッハのオルガン作品』) 」とべた褒めしているくらい。トッカータ、というより、これはっきり言ってイタリアの合奏協奏曲みたいなふぜいです。ブクステフーデばりの自由奔放な即興、というのではなくて、大聖堂の大伽藍のような規則的な構築性が全面に押し出されたような構造になってます。オルガン用トッカータでは、「ドリア調」についでこの「ヘ長調」が好きかも。この「構築性」が、やがてライプツィッヒ時代の傑作「前奏曲とフーガ BWV.548 」への布石になったようにも思う。
… どうでもいいけれど、聖バーヴォ教会の会堂っていわゆる「典型的な」ゴシックではないですよね。それでよくあんなに高い天井を支えていられるもんだ。天井は木造だから、石造りよりは軽いんでしょうけれども。
ところで … アランの演奏もさすが、という貫禄じゅうぶんといった感じです。ついこの前もここの大オルガンについてすこし書いたばかりではありますが、動画を見て、あらためてオランダの古オルガンはすばらしい、と思いました。歌口部分の金色の装飾とか、ケースの彩色、てっぺんで睨みを効かせる獅子像とか、ほんと芸が細かい。
… オルガンついでに、こちらの南仏サン-マクシマン・ラ・サント-ボームにある旧女子修道院付属バジリカ聖堂のこの楽器。オルガニストが嬉々として説明しながら演奏してますが、昔の楽器は手鍵盤をカプラーで連結するとき、チェンバロとおなじように鍵盤じたいをスライドさせてました。楽器によっては上段鍵盤を動かすための「握り手」が下段鍵盤の両端についていたりします。↓
話は前後しますが、いまさっき見た「ららら♪ クラシック」。「母の日」特集だそうで、「母の教え給いし歌」とか、ブラームスの「ドイツ・レクイエム」なんかがかかりました。ブラームスがこの「レクイエム」に寄せた並々ならぬ思いはもちろん、痛いほどわかりますが、それだったらわれらがヨハン・ゼバスティアンのほうは、もっと不幸だった。9 歳にして最愛の母エリーザベトが、翌年にはなんと父ヨハン・アンブロジウスまでもがあいついで他界してしまったのだから。年端もいかぬゼバスティアン少年の受けた衝撃はいかばかりだったか、ということを考えると、察するにあまりある。最初の奥さんを亡くしているとはいえ、後年のバッハが子だくさんだったのも、このへんに遠因があるように思う。つまり、家庭は「サザエさん」よろしく、にぎにぎしいくらいがちょうどいいみたいに思っていたんじゃないか、と。これはあくまでも一個人の妄想に過ぎないけれども。
バッハの「トッカータ」とくると、つい超有名な「 BWV.565 」のトッカータ ( と中間に挟まれたフーガ ) のことを思い浮かべる人がほとんどなんじゃないかって気がしますが、往年の名手、マリー-クレール・アランがオランダ・ハーレムの聖バーヴォ教会クリスティアン・ミュラー製作の歴史的オルガンを弾いたこの動画を見て、ひさしぶりにこの大作を聴いてみたいと思ったしだい。
「トッカータ ヘ長調 BWV.540 」は、バッハがヴァイマールの宮廷楽師長だったころ、1712 - 17 年ごろに作曲されたオルガン自由作品ですが、トッカータとフーガはべつべつに作曲されたようで、そのためか全曲の統一性、ということにかんしてはたとえば「ドリア調のトッカータとフーガ BWV.538 」のほうが長けている ( と思う ) 。でも出だしの印象は強烈です ―― 長いオルゲルプンクト上で絡みあう両手鍵盤の旋律線 ( カノンになっている ) 、それにつづく華やかで技巧的なペダルソロ、和音連打、大胆な転調 … と、じつに堂々たる風格を持った作品です ( 3/8 拍子というのも珍しいかも ) 。ヘルマン・ケラーもこの曲を評して、「音楽史上ここではじめて、音階の 2, 3, 4 度の借用和音 ( 長調のナポリ 6 の和音でさえ ) が、なんと天才的に使用されていることか (『バッハのオルガン作品』) 」とべた褒めしているくらい。トッカータ、というより、これはっきり言ってイタリアの合奏協奏曲みたいなふぜいです。ブクステフーデばりの自由奔放な即興、というのではなくて、大聖堂の大伽藍のような規則的な構築性が全面に押し出されたような構造になってます。オルガン用トッカータでは、「ドリア調」についでこの「ヘ長調」が好きかも。この「構築性」が、やがてライプツィッヒ時代の傑作「前奏曲とフーガ BWV.548 」への布石になったようにも思う。
… どうでもいいけれど、聖バーヴォ教会の会堂っていわゆる「典型的な」ゴシックではないですよね。それでよくあんなに高い天井を支えていられるもんだ。天井は木造だから、石造りよりは軽いんでしょうけれども。
ところで … アランの演奏もさすが、という貫禄じゅうぶんといった感じです。ついこの前もここの大オルガンについてすこし書いたばかりではありますが、動画を見て、あらためてオランダの古オルガンはすばらしい、と思いました。歌口部分の金色の装飾とか、ケースの彩色、てっぺんで睨みを効かせる獅子像とか、ほんと芸が細かい。
… オルガンついでに、こちらの南仏サン-マクシマン・ラ・サント-ボームにある旧女子修道院付属バジリカ聖堂のこの楽器。オルガニストが嬉々として説明しながら演奏してますが、昔の楽器は手鍵盤をカプラーで連結するとき、チェンバロとおなじように鍵盤じたいをスライドさせてました。楽器によっては上段鍵盤を動かすための「握り手」が下段鍵盤の両端についていたりします。↓
話は前後しますが、いまさっき見た「ららら♪ クラシック」。「母の日」特集だそうで、「母の教え給いし歌」とか、ブラームスの「ドイツ・レクイエム」なんかがかかりました。ブラームスがこの「レクイエム」に寄せた並々ならぬ思いはもちろん、痛いほどわかりますが、それだったらわれらがヨハン・ゼバスティアンのほうは、もっと不幸だった。9 歳にして最愛の母エリーザベトが、翌年にはなんと父ヨハン・アンブロジウスまでもがあいついで他界してしまったのだから。年端もいかぬゼバスティアン少年の受けた衝撃はいかばかりだったか、ということを考えると、察するにあまりある。最初の奥さんを亡くしているとはいえ、後年のバッハが子だくさんだったのも、このへんに遠因があるように思う。つまり、家庭は「サザエさん」よろしく、にぎにぎしいくらいがちょうどいいみたいに思っていたんじゃないか、と。これはあくまでも一個人の妄想に過ぎないけれども。
2011年04月09日
「前奏曲とフーガ BWV.546 」
BBC Radio3 のChoral Evensong 、前回は Mersey beat (=Liverpool sound ) で有名なリヴァプールの大聖堂 ( こちらはアングリカン。同市内のメトロポリタン大聖堂はローマカトリック ) からで、ここんところ最後のオルガン ヴォランタリーでバッハの作品がたてつづけに演奏されてます( イートンの回もそうだった )。演奏されているのは「前奏曲とフーガ ハ短調 BWV.546 」。分厚い合唱を思わせる悲壮感漂う前奏曲、それにつづく堂々たるフーガ。ライプツィッヒ時代の 1730年ごろの作品ですが、フーガはもっとはやくて 1715 年ごろ、ヴァイマール時代の作らしい。自筆譜は消失して、ケルナーによる筆写譜しか残っていない。足鍵盤で重厚に奏でられる和音で開始される前奏曲はコンチェルト風で、三つの大きな部分からなる。フーガは5声の厳格な対位法書法で書かれ、いずれも受難曲のような印象を聴く者に与えます ( → リヴァプール大聖堂の大オルガンについては公式ページへ )。今週末再放送でかかるのはセントオールバン・アビイ大聖堂からの中継で、ヴォランタリーでかかるのはバッハの「前奏曲とフーガ ヘ短調 BWV. 534 」。こっちはヴァイマール時代の 1712−17 年ごろの作と考えられていて、やはり19世紀前半の筆写譜しか残っていない。前奏曲は終結近くになって、ブクステフーデばりのはやいパッセージが出てくるけれども、全体的にはいわゆる「イタリア体験」の色濃い作品で、やはり 5声からなるフーガも音楽学者ハインリッヒ・ベッセラーの言う「歌唱的ポリフォニー」によって朗々と歌う。BWV. 546 のあの悲壮感[ 個人的には、チャイコフスキーの「6番」最終楽章をも想起させる ]も好きなんですが、前奏曲とフーガが情感豊かに流れるように歌うこっちもけっこう好きですね。
…Keiko さんのブログから教えてもらったんですが、たとえばここのサイトを見ると、じつに多くの、錚々たるアーティストのめんめんが今回の大震災に心を痛め、あらたに楽曲を書きおろしたり、また国際赤十字をつうじた津波救援金への協力呼びかけを積極的に呼びかけ、またみずからポケットマネーをはたいて寄付するなど、無力な一市民から見ればほんとうに頭の下がる思いがする。いまだ戦闘のつづくアフガニスタンまでもが支援に名乗りを上げたりしているし、古くからの親日国としても知られるトルコなどは一番乗りでやってきてくれたり、またほとんどの電力を原発で賄うフランスからは、核物質処理の専門会社のみならず、なんと大統領みずから緊急来日して支援の手を差し出してくれた。'All for one ; one for all.' というスローガンを地で行くこれらのあたたかい申し出や支援が、ほんとうに困窮している方々へはやく届くようにと願っています(きのうの「ベスト・オヴ・クラシック」ではベルリンフィルによるチャリティコンサートのもようがオンエアされてまして、こちらにも感動した)。また個人的に思い入れのあるアイルランドからも、たとえばこのような支援の輪が広がっていて、あちらはあちらで財政危機でたいへんだろうに、とてもかたじけなく思います ( ケリー在住の Breandán Ó Cíobháin 先生からも日本を気遣うメールと、初期キリスト教時代のコルカ・グィーネ [ Corca Dhuibhne ] 支配地域に残された固有名詞についてのあらたな論文の抜粋もいただきました。聖ブレンダンがらみでたいへん興味深い知見もありましたので、後日ここでも取りあげたいと思います )。
…Keiko さんのブログから教えてもらったんですが、たとえばここのサイトを見ると、じつに多くの、錚々たるアーティストのめんめんが今回の大震災に心を痛め、あらたに楽曲を書きおろしたり、また国際赤十字をつうじた津波救援金への協力呼びかけを積極的に呼びかけ、またみずからポケットマネーをはたいて寄付するなど、無力な一市民から見ればほんとうに頭の下がる思いがする。いまだ戦闘のつづくアフガニスタンまでもが支援に名乗りを上げたりしているし、古くからの親日国としても知られるトルコなどは一番乗りでやってきてくれたり、またほとんどの電力を原発で賄うフランスからは、核物質処理の専門会社のみならず、なんと大統領みずから緊急来日して支援の手を差し出してくれた。'All for one ; one for all.' というスローガンを地で行くこれらのあたたかい申し出や支援が、ほんとうに困窮している方々へはやく届くようにと願っています(きのうの「ベスト・オヴ・クラシック」ではベルリンフィルによるチャリティコンサートのもようがオンエアされてまして、こちらにも感動した)。また個人的に思い入れのあるアイルランドからも、たとえばこのような支援の輪が広がっていて、あちらはあちらで財政危機でたいへんだろうに、とてもかたじけなく思います ( ケリー在住の Breandán Ó Cíobháin 先生からも日本を気遣うメールと、初期キリスト教時代のコルカ・グィーネ [ Corca Dhuibhne ] 支配地域に残された固有名詞についてのあらたな論文の抜粋もいただきました。聖ブレンダンがらみでたいへん興味深い知見もありましたので、後日ここでも取りあげたいと思います )。
2011年01月28日
「キルンベルガー・コラール」とか
いま、図書館から借りている小学館の『バッハ全集』第10巻を聴いています…以前、ここで「バッハ・オルガン作品偽作一覧」を書いたときにも触れたんですが、あらためてBWV.690 から765までの一般的にはほとんど知られていないようなオルガンコラール編曲の数々をじっくりと聴いてみますと、「オルガン小曲集」もいいけど、こっちもなかなかだなあ、という印象です。後半にいくほど「偽作」もしくは「偽作」の疑いのある編曲が頻出するんですが、それでもいいものはいい、という感じ。
晩年のバッハの弟子だったヨハン・フィリップ・キルンベルガー(1721 - 83)は、1754年というから師匠バッハの死から4年後に、ときのフリードリヒ大王の妹のアンナ・アマリア王妃の音楽教師になった人で、著名な作曲家の作品を収集していたことでも知られる。キルンベルガーの集めたコレクションはのちにアンナ・アマリアの所有する「音楽文庫」の一部となり、いまはベルリン国立図書館にある。その一部が、こんにち「キルンベルガー・コラール」と呼ばれている一連のオルガンコラール編曲…なんですが、作曲者自身はいっさい、これらの「編集」には関わってはいない。すべてはアンナ・アマリアに仕えていた筆写生が書き写したものなので、あきらかな「偽作」もふくまれている(BWV.692, 3はヴァルターの作品であることが判明している。ほかにも疑わしい作品あり)。このなかで個人的に気に入っているのがBWV.706 の「最愛なるイエスよ、われらここにありて」かな。またBWV.711 なんかはひじょうに珍しく「ニ声部」のみの書法で作曲されていますが、一説によればバッハの遠縁の人ヨハン・ベルンハルト・バッハ作だとされている。また逆に、「ノイマイスター・コラール集」の発見により、かつてはヨハン・クリストフ・バッハ作と言われていたBWV.719 がじつはバッハの「真作」だった、なんていう場合もあったりします。
「キルンベルガー・コラール」につづくBWV.714 - 740 まではかつては「27のオルガンコラール」とか呼ばれていたもの。こちらも偽作もしくはその疑いのある編曲が紛れこんでいるし、バッハの自筆譜で伝えられている編曲はほんのわずか(4曲ほど)しかない。そのうちBWV.739 の「暁の星はいと麗しきかな」による大規模な「コラール・ファンタジー」は、現存するバッハ最古の自筆譜(1705年)によって伝えられているもの。「マニフィカトによるフーガ BWV.733」とか、大好きな「わが心の切なる願い BWV.727」もこの「27のコラール」に含まれています。でもこのコラール集でもっとも顕著な特徴は、いわゆる「アルンシュタット会衆コラール」という一連の編曲が多く含まれていることでしょう。たとえばBWV.732 とBWV.736 。両者はよく似ています。また「甘き喜びのうちに BWV.729」なんかはクリスマス音楽を集めたアルバムにときおり収録されたり、またクリスマス時期に演奏されたりするから、聴いたことのある向きもいると思う。1706年2月、「リューベック詣で」から帰ってきた若き教会オルガニストのバッハを待っていたのは聖職会議でのきびしい叱責。勝手に休暇を延長したあげく、いざ信徒みんなで歌うコラールの伴奏をさせれば「奇妙な変奏をおこない、多くの耳慣れぬ音を混入」したわけのわからない演奏をするものだから当局者はじめ、一地方都市の一般信徒もたまったもんじゃない。こんなんで歌えるか(怒)!! というわけで、大目玉を喰らったバッハ。またあまりにも長々と演奏したことについても非難されると、こんどはあっという間に演奏を終えたりと、雇い主側からするとはっきりいってかなり使いにくい人であったことだけはまちがいない(苦笑)。ほかにもこの北ドイツオルガン楽派流儀で編曲されたコラールとしてはBWV.715, 722, 738とか。コラール各行提示のあいまに、自由奔放なパッセージが挿入されているのが典型的なパターンです。「コラール幻想曲」という作風の編曲もあります。いずれにせよこのアルンシュタット時代のバッハにとってコラールの編曲というのは、たんなる伴奏作品ではなく、独創的な音楽作品として聴かせようとする野心みたいなものがつよく感じられます(ヘルマン・ケラーも似たようなことを指摘している。『バッハのオルガン作品』、p.253)。
つづくBWV.741から765までは、自分もそうだがよっぽど聴きこんでいる人でも実演はおろか、録音でもおそらくめったにお耳にはかかれない作品ばかり。大半は偽作もしくはその疑いありですが、そうはいっても「最愛なるイエスよ、われらここにありて BWV.754」とかはけっこう好き。これもじつはヴァルター作だということがわかっています。そしてBWV.753と764 は、ともに途中で中断されている「断片」。演奏者プレストンは欠落部分を補って演奏しています。またBWV.760 と761 は、北ドイツの巨匠ゲオルク・ベームの作品。
ほとんどの作品がデンマークのソーレ大修道院教会の歴史的オルガンで収録されています。以前DENON レーベルでここの楽器をもちいた音源をもってますが、ほんとここのオルガンの響きはいいです! 演奏者プレストンをして、「7時間も演奏していましたよ!」と言わしめるくらい。ヴァルヒャの弾いたストラスブールのジルバーマンオルガンみたいに、わりと暖かみのある柔らかい音色とコラールの定旋律(cantus firmus)がぴたりマッチしていて、寒い真冬に聴くにはまさにうってつけ。返却期限まで、これ聴きながら寝るのがもっかの楽しみ。
おまけ:つい最近見つけた天才(?)指揮者。この子、ただ者ではない! と思っていたら、ドヴォルジャークの「ユモレスク」までヴァイオリンで弾きこなしてしまう幼児でした。↓
追記:↑の「神童」ジョナサンくん。このたびめでたく(?)、こちらの番組でも取り上げられまして、ご同慶の至りです。そうそう、本物のオケを指揮したんですよね!! やっぱり将来は指揮者かな? 歌うために生まれてきた…ような子がいるのだから、この子も生まれながらの指揮者、なのかもしれない。
晩年のバッハの弟子だったヨハン・フィリップ・キルンベルガー(1721 - 83)は、1754年というから師匠バッハの死から4年後に、ときのフリードリヒ大王の妹のアンナ・アマリア王妃の音楽教師になった人で、著名な作曲家の作品を収集していたことでも知られる。キルンベルガーの集めたコレクションはのちにアンナ・アマリアの所有する「音楽文庫」の一部となり、いまはベルリン国立図書館にある。その一部が、こんにち「キルンベルガー・コラール」と呼ばれている一連のオルガンコラール編曲…なんですが、作曲者自身はいっさい、これらの「編集」には関わってはいない。すべてはアンナ・アマリアに仕えていた筆写生が書き写したものなので、あきらかな「偽作」もふくまれている(BWV.692, 3はヴァルターの作品であることが判明している。ほかにも疑わしい作品あり)。このなかで個人的に気に入っているのがBWV.706 の「最愛なるイエスよ、われらここにありて」かな。またBWV.711 なんかはひじょうに珍しく「ニ声部」のみの書法で作曲されていますが、一説によればバッハの遠縁の人ヨハン・ベルンハルト・バッハ作だとされている。また逆に、「ノイマイスター・コラール集」の発見により、かつてはヨハン・クリストフ・バッハ作と言われていたBWV.719 がじつはバッハの「真作」だった、なんていう場合もあったりします。
「キルンベルガー・コラール」につづくBWV.714 - 740 まではかつては「27のオルガンコラール」とか呼ばれていたもの。こちらも偽作もしくはその疑いのある編曲が紛れこんでいるし、バッハの自筆譜で伝えられている編曲はほんのわずか(4曲ほど)しかない。そのうちBWV.739 の「暁の星はいと麗しきかな」による大規模な「コラール・ファンタジー」は、現存するバッハ最古の自筆譜(1705年)によって伝えられているもの。「マニフィカトによるフーガ BWV.733」とか、大好きな「わが心の切なる願い BWV.727」もこの「27のコラール」に含まれています。でもこのコラール集でもっとも顕著な特徴は、いわゆる「アルンシュタット会衆コラール」という一連の編曲が多く含まれていることでしょう。たとえばBWV.732 とBWV.736 。両者はよく似ています。また「甘き喜びのうちに BWV.729」なんかはクリスマス音楽を集めたアルバムにときおり収録されたり、またクリスマス時期に演奏されたりするから、聴いたことのある向きもいると思う。1706年2月、「リューベック詣で」から帰ってきた若き教会オルガニストのバッハを待っていたのは聖職会議でのきびしい叱責。勝手に休暇を延長したあげく、いざ信徒みんなで歌うコラールの伴奏をさせれば「奇妙な変奏をおこない、多くの耳慣れぬ音を混入」したわけのわからない演奏をするものだから当局者はじめ、一地方都市の一般信徒もたまったもんじゃない。こんなんで歌えるか(怒)!! というわけで、大目玉を喰らったバッハ。またあまりにも長々と演奏したことについても非難されると、こんどはあっという間に演奏を終えたりと、雇い主側からするとはっきりいってかなり使いにくい人であったことだけはまちがいない(苦笑)。ほかにもこの北ドイツオルガン楽派流儀で編曲されたコラールとしてはBWV.715, 722, 738とか。コラール各行提示のあいまに、自由奔放なパッセージが挿入されているのが典型的なパターンです。「コラール幻想曲」という作風の編曲もあります。いずれにせよこのアルンシュタット時代のバッハにとってコラールの編曲というのは、たんなる伴奏作品ではなく、独創的な音楽作品として聴かせようとする野心みたいなものがつよく感じられます(ヘルマン・ケラーも似たようなことを指摘している。『バッハのオルガン作品』、p.253)。
つづくBWV.741から765までは、自分もそうだがよっぽど聴きこんでいる人でも実演はおろか、録音でもおそらくめったにお耳にはかかれない作品ばかり。大半は偽作もしくはその疑いありですが、そうはいっても「最愛なるイエスよ、われらここにありて BWV.754」とかはけっこう好き。これもじつはヴァルター作だということがわかっています。そしてBWV.753と764 は、ともに途中で中断されている「断片」。演奏者プレストンは欠落部分を補って演奏しています。またBWV.760 と761 は、北ドイツの巨匠ゲオルク・ベームの作品。
ほとんどの作品がデンマークのソーレ大修道院教会の歴史的オルガンで収録されています。以前DENON レーベルでここの楽器をもちいた音源をもってますが、ほんとここのオルガンの響きはいいです! 演奏者プレストンをして、「7時間も演奏していましたよ!」と言わしめるくらい。ヴァルヒャの弾いたストラスブールのジルバーマンオルガンみたいに、わりと暖かみのある柔らかい音色とコラールの定旋律(cantus firmus)がぴたりマッチしていて、寒い真冬に聴くにはまさにうってつけ。返却期限まで、これ聴きながら寝るのがもっかの楽しみ。
おまけ:つい最近見つけた天才(?)指揮者。この子、ただ者ではない! と思っていたら、ドヴォルジャークの「ユモレスク」までヴァイオリンで弾きこなしてしまう幼児でした。↓
追記:↑の「神童」ジョナサンくん。このたびめでたく(?)、こちらの番組でも取り上げられまして、ご同慶の至りです。そうそう、本物のオケを指揮したんですよね!! やっぱり将来は指揮者かな? 歌うために生まれてきた…ような子がいるのだから、この子も生まれながらの指揮者、なのかもしれない。
posted by Curragh at 23:56
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| バッハのオルガン作品
2010年12月12日
「この日こそ喜びあふれ BWV. 605 」
1). 待降節第三日曜日のお題は、NHK-FM の「 N響定演ライヴ」で時たまかかる、バッハのオルガン曲について[ 注:ネタがないわけではありません。考えがまとまってないだけです ]。その前に先週の「バロックの森」は、バッハの「クリスマス・オラトリオ BWV. 248 」を中心に、プレトリウスとかリューベック、ベームらのあまり聴くことはない声楽作品やコラール パルティータがかかりましてよかったです! バッハの「天から下って( 高き天よりわれは来たりぬ ) BWV. 769 」のカノン風変奏曲もレオンハルトのオルガンでかかってましたね。
先日紹介したスロヴェニアの少年オルガンビルダーの美しい物語でかかっていたオルガン曲についてはいまだ思い出せず … ではありますが、N響定演の公演終了後、過去の録音とかがかかるほんの数十秒間にバッハのオルガン曲がかかったりします。あれはバッハがヴァイマール宮廷に勤めていた 1713 年ごろに作曲がはじまったとされている有名な「オルガン小曲集」からの一曲で、「この日こそ喜びあふれ BWV. 605 」。この曲集、かつてシュヴァイツァー博士をして「音楽史上、最大の出来事のひとつ」とまで言わしめたことでも知られていますが、作曲者自身による「序文」のとおり、「オルガンコラールの作曲および演奏技法の要諦を、初歩のオルガニストに伝授する」みたいな方針で編まれた一連のオルガンコラール前奏曲集です。聴いてみればわかるように収録されたオルガンコラールはいずれも小粒で、せいぜい「おお人よ、汝の大いなる罪を嘆け BWV. 622 」の 4分弱が最長の作品。でも山椒は小粒でも…じゃないけれど、これがまたすごいんですね。コラールの原歌詞をどう音楽化すべきか、というさまざまなお手本集みたいなおもむきがある。とくにベースライン。これはもちろん「初歩のオルガン弾き」にたいして足鍵盤技巧を収得させるという考慮も働いてはいるものの、原歌詞という丸太からバッハが音楽をどう彫琢したかがはっきりと示されたりしています(とくに「アダムの堕落によりすべては朽ち果てぬ BWV. 637 」における下降減7度の跳躍音程とか)。内声の動きも、コラールの内容から直接、紡がれたりする。ようするにすべての音型は簡素なコラールの定旋律もしくは原歌詞由来のものがほとんどといっていい。一曲一曲はささやかながら、コラール歌詞をとことん掘り下げ、原歌詞のもつ深い精神性がそのまま音楽化されたような曲集です。おんなじことの繰り返しになるけれど、ヴァルヒャの LPレコード (!) で「おお人よ、汝の…」をはじめて聴いたときの、ことばでは言い表せないほどの深い感動はいまも忘れられない。当初バッハは教会暦で歌われるすべてのコラールに曲をつけるつもりだったようですが、どういうわけか 45 曲まで書いたところで放棄してしまった ( 92葉の楽譜帳に書きつけられている )。
話もどりまして、おあつらえ向きに (?)、「この日こそ喜びあふれ」はちょうどいま時期、クリスマス用のコラール編曲です。「この日こそ喜びあふれ / すべての被造物に / 神の御子は天より / 超自然の法によりて / 乙女より生まれ給う。/ マリア、汝は選ばれし給う / 母となるべく。/ いかなる不思議が起こりしか ? / 神の御子は天より/人として生まれ給う」( 原歌詞は 1529年のラテン語賛歌の独語訳から )。ソプラノに提示されるコラール定旋律のすぐ下で小気味よくスイングしている内声部の音型は、「揺りかご」の動きを描写している … らしい。幼子イエスは、ここではあやされているですな。この曲を耳にするたびに、伝統的な créche を思い出します。
2). 先日7日はジョン・レノンの命日…でしたが、いまさっきオノ・ヨーコさんが NYT に寄稿したこんな回想を見て、おどろきました … 。それは夫妻にとって最後の年になってしまったある夜、ティーバッグの紅茶を注いだときの思い出を綴った文章。当時、夫妻は 3匹の猫を飼っていたんだそうですが、そのうちの雑種の一匹の名前にほんとうにびっくりした。↓
Sasha is all white, Micha is all black. They are both gorgeous, classy Persian cats. Charo, on the other hand, is a mutt. John used to have a special love for Charo. “You’ve got a funny face, Charo!” he would say, and pat her.
えッなんですと、Charoだって ?! 作者のわかぎゑふさんは、まさかチャロの名前をここから採ったのか … ???
先日紹介したスロヴェニアの少年オルガンビルダーの美しい物語でかかっていたオルガン曲についてはいまだ思い出せず … ではありますが、N響定演の公演終了後、過去の録音とかがかかるほんの数十秒間にバッハのオルガン曲がかかったりします。あれはバッハがヴァイマール宮廷に勤めていた 1713 年ごろに作曲がはじまったとされている有名な「オルガン小曲集」からの一曲で、「この日こそ喜びあふれ BWV. 605 」。この曲集、かつてシュヴァイツァー博士をして「音楽史上、最大の出来事のひとつ」とまで言わしめたことでも知られていますが、作曲者自身による「序文」のとおり、「オルガンコラールの作曲および演奏技法の要諦を、初歩のオルガニストに伝授する」みたいな方針で編まれた一連のオルガンコラール前奏曲集です。聴いてみればわかるように収録されたオルガンコラールはいずれも小粒で、せいぜい「おお人よ、汝の大いなる罪を嘆け BWV. 622 」の 4分弱が最長の作品。でも山椒は小粒でも…じゃないけれど、これがまたすごいんですね。コラールの原歌詞をどう音楽化すべきか、というさまざまなお手本集みたいなおもむきがある。とくにベースライン。これはもちろん「初歩のオルガン弾き」にたいして足鍵盤技巧を収得させるという考慮も働いてはいるものの、原歌詞という丸太からバッハが音楽をどう彫琢したかがはっきりと示されたりしています(とくに「アダムの堕落によりすべては朽ち果てぬ BWV. 637 」における下降減7度の跳躍音程とか)。内声の動きも、コラールの内容から直接、紡がれたりする。ようするにすべての音型は簡素なコラールの定旋律もしくは原歌詞由来のものがほとんどといっていい。一曲一曲はささやかながら、コラール歌詞をとことん掘り下げ、原歌詞のもつ深い精神性がそのまま音楽化されたような曲集です。おんなじことの繰り返しになるけれど、ヴァルヒャの LPレコード (!) で「おお人よ、汝の…」をはじめて聴いたときの、ことばでは言い表せないほどの深い感動はいまも忘れられない。当初バッハは教会暦で歌われるすべてのコラールに曲をつけるつもりだったようですが、どういうわけか 45 曲まで書いたところで放棄してしまった ( 92葉の楽譜帳に書きつけられている )。
話もどりまして、おあつらえ向きに (?)、「この日こそ喜びあふれ」はちょうどいま時期、クリスマス用のコラール編曲です。「この日こそ喜びあふれ / すべての被造物に / 神の御子は天より / 超自然の法によりて / 乙女より生まれ給う。/ マリア、汝は選ばれし給う / 母となるべく。/ いかなる不思議が起こりしか ? / 神の御子は天より/人として生まれ給う」( 原歌詞は 1529年のラテン語賛歌の独語訳から )。ソプラノに提示されるコラール定旋律のすぐ下で小気味よくスイングしている内声部の音型は、「揺りかご」の動きを描写している … らしい。幼子イエスは、ここではあやされているですな。この曲を耳にするたびに、伝統的な créche を思い出します。
2). 先日7日はジョン・レノンの命日…でしたが、いまさっきオノ・ヨーコさんが NYT に寄稿したこんな回想を見て、おどろきました … 。それは夫妻にとって最後の年になってしまったある夜、ティーバッグの紅茶を注いだときの思い出を綴った文章。当時、夫妻は 3匹の猫を飼っていたんだそうですが、そのうちの雑種の一匹の名前にほんとうにびっくりした。↓
Sasha is all white, Micha is all black. They are both gorgeous, classy Persian cats. Charo, on the other hand, is a mutt. John used to have a special love for Charo. “You’ve got a funny face, Charo!” he would say, and pat her.
えッなんですと、Charoだって ?! 作者のわかぎゑふさんは、まさかチャロの名前をここから採ったのか … ???
タグ:ジョン・レノン
2009年12月21日
バッハの「パストラーレ」
きのうの「バロックの森/リクエスト」では、栃木市在住の15歳のリスナーの方がバッハの「パストラーレ ヘ長調 BWV.590」をリクエストしてました。なんでも兄といっしょに毎朝、聴いているんだとか。「この番組を聴くと一日の元気が湧いてきます」と松田アナも心なしかうれしそうにお便りを読み上げてまして、クリスマス寒波に震え上がっていたこちらもなんだかほっこり、ぬくとく(=あたたかくなる)なりました…中学生にしてすでにバロック好きとは、おお同志よ! 、Man alive! とまたしても叫びたくなりました(←また意味もなくこわれた)。
で、いまさっき見た「N響アワー」でも、西村朗先生がやはりこの「パストラーレ」についてしゃべってました(「今宵はカプリッチョ」コーナー)。「パストラーレ」は、ある意味この時期の音楽の定番でもある。バッハだけじゃなくて、コレッリの有名な「クリスマス協奏曲(先々週、かかってた)」とか、フレスコバルディやパスクィーニとかがオルガン独奏用として作曲していたりしますし、ヘンデルの「メサイア」にも出てきたりします。パストラーレは6/8、もしくは12/8拍子のゆったりとしたリズムが特徴の舞曲で書かれることが多くて、Pastoraleの名前どおり、「牧人」をイメージした作品。バッハのこのオルガン曲もおそらくヴァイマール時代のいわゆる「イタリア体験」の成果だと思われます(1710年ごろ)。構成は、名人バッハにしてはきわめて簡素な(?)足鍵盤つきの第一楽章以外はすべて手鍵盤のみなので、これならワタシにも弾けそう(?)な気がします…ただ、各楽章はレジストレーションで味付けしたいところなので、できれば本物のオルガンでと言いたいところですが…第二楽章なんか、ストップの組み合わせによっては完全に「口笛」になりますね。バッハにしてはこれまたたいへん調子のいい、親しみやすいメロディーラインです。
…つぎにかかった「協奏曲 ニ短調 BWV.1052」は、「一台チェンバロのための協奏曲 BWV.1052」を現代ピアノに置き換えたもので、演奏はなんと! カツァリスでした。…この名手、いまだに1993年だったか、NHK教育にて放映された「ピアノレッスン」のイメージが鮮烈に残っているのですが、リストかショパンが専門のように思いこんでいた一聴き手としては、バッハもすごい! とベッドのなかでうなってしまった。とくに第三楽章でグリッサンド(?)みたいな箇所が何度も出てくるところ。グールドもこの協奏曲の録音を残しているのかどうか、寡聞にして知らないけれども、カツァリスのこの盤も快演だと思いますよ。お見事、という感じです。
またけさの「リクエスト」では、バッハの「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 第5番 ヘ短調 BWV.1018」がかかってましたが、ラインハルト・ゲーベルとロバート・ヒルという組み合わせ、よく見かけますね(手許の「フーガの技法」とか)。これは手勢のMusica Antiqua Kölnつながりなんだろうか。シェリング&ヴァルヒャ盤しかもってないから、こちらの演奏にも清新な印象を受けました。
最後にかかった次男C.P.E.バッハの「ソナチネ ニ長調 Wq.109」という作品は、すごく斬新な、ギャラントな作風でした。二台チェンバロと管弦楽という、協奏曲ふうの作品でしたが、これはやはり二台のフォルテピアノで弾くべき作品かもしれない。
…そういえば先日、ここに疑問を呈した'O Little One Sweet'というのがほんとうにバッハの作品? なのかどうかについて。昨年買った、『CD付き クリスマス音楽ガイド』を繰りながら、著者川端先生のオルガン独奏のCDに耳を傾けていたら、あら、やっぱり出てきました! 本文(p.106)によると、なんとこれ、「作曲者は不明です」ですと! なんでもローマカトリックの聖体祝日用の歌だったらしい。1650年、シャイトがこれを四声のオルガン曲としてアレンジして、「ゲルリッツ・タブラチュア集(Das Görlitzer Tabulaturbuch)」に収録したのがプロテスタント側の最初の記録だという。
…でもよくよく調べてみるとこの作品、ドイツ語タイトルの'O Jesulein süß, Jesulein mild'ではたしかにBWV.493として引っかかる。番号的に「シェメッリ歌曲集」のひとつだと思う。通奏低音だけとか、ほんのちょっとだけバッハが手を加えた、という可能性はあるけれども、おそらくは「だれかさんの作品」なんだろう。当時の流行り歌みたいなものですかね。前掲書には「シェメッリ歌曲集」のこともきちんと書かれていて、数曲はバッハの真作がふくまれ、「まぶねのかたえに」もバッハの数少ないドイツ語コラールの作例のひとつだとして挙げています(p.74-5)。ついでに脱線すると「クリスマスツリー」を飾る習慣はけっこう新しくて17世紀以降。ドイツなどプロテスタント諸国を中心に広まった。それまでのカトリック教会では、この時期の定番といえば断然「まぶね(仏語でcrècheと呼ばれるもの)」でした。「まぶね」とくると、'Away in a manger'も感動的な佳作ですね。個人的に大好きな曲です。前掲書にももちろん紹介されてまして、ひとつは『こどもさんびか』にも掲載されたわりと有名なヴァージョンと、いまひとつはジェイムズ・マレイという人の作曲によるヴァージョン。ビリー・ギルマンがかつて驚くほどの美声とテクニックで歌い上げていたアルバムClassic Christmasで歌っていたのは後者のほうで、米国ではこっちのほうが一般的らしい。
…どうでもいいけどいま聴いているBBC Radio3のChoral Evensong…なんと、「リパブリック賛歌」ですね!! これが日本にくると教会で歌われるのではなくて、「権兵衛さんの赤ちゃんが風邪ひいた」になるところが、音楽のもつ力のすごいところというか、日本人の感性のすごいところと言ふべきか(似たような例ではたとえば「むすんでひらいて」)。
で、いまさっき見た「N響アワー」でも、西村朗先生がやはりこの「パストラーレ」についてしゃべってました(「今宵はカプリッチョ」コーナー)。「パストラーレ」は、ある意味この時期の音楽の定番でもある。バッハだけじゃなくて、コレッリの有名な「クリスマス協奏曲(先々週、かかってた)」とか、フレスコバルディやパスクィーニとかがオルガン独奏用として作曲していたりしますし、ヘンデルの「メサイア」にも出てきたりします。パストラーレは6/8、もしくは12/8拍子のゆったりとしたリズムが特徴の舞曲で書かれることが多くて、Pastoraleの名前どおり、「牧人」をイメージした作品。バッハのこのオルガン曲もおそらくヴァイマール時代のいわゆる「イタリア体験」の成果だと思われます(1710年ごろ)。構成は、名人バッハにしてはきわめて簡素な(?)足鍵盤つきの第一楽章以外はすべて手鍵盤のみなので、これならワタシにも弾けそう(?)な気がします…ただ、各楽章はレジストレーションで味付けしたいところなので、できれば本物のオルガンでと言いたいところですが…第二楽章なんか、ストップの組み合わせによっては完全に「口笛」になりますね。バッハにしてはこれまたたいへん調子のいい、親しみやすいメロディーラインです。
…つぎにかかった「協奏曲 ニ短調 BWV.1052」は、「一台チェンバロのための協奏曲 BWV.1052」を現代ピアノに置き換えたもので、演奏はなんと! カツァリスでした。…この名手、いまだに1993年だったか、NHK教育にて放映された「ピアノレッスン」のイメージが鮮烈に残っているのですが、リストかショパンが専門のように思いこんでいた一聴き手としては、バッハもすごい! とベッドのなかでうなってしまった。とくに第三楽章でグリッサンド(?)みたいな箇所が何度も出てくるところ。グールドもこの協奏曲の録音を残しているのかどうか、寡聞にして知らないけれども、カツァリスのこの盤も快演だと思いますよ。お見事、という感じです。
またけさの「リクエスト」では、バッハの「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 第5番 ヘ短調 BWV.1018」がかかってましたが、ラインハルト・ゲーベルとロバート・ヒルという組み合わせ、よく見かけますね(手許の「フーガの技法」とか)。これは手勢のMusica Antiqua Kölnつながりなんだろうか。シェリング&ヴァルヒャ盤しかもってないから、こちらの演奏にも清新な印象を受けました。
最後にかかった次男C.P.E.バッハの「ソナチネ ニ長調 Wq.109」という作品は、すごく斬新な、ギャラントな作風でした。二台チェンバロと管弦楽という、協奏曲ふうの作品でしたが、これはやはり二台のフォルテピアノで弾くべき作品かもしれない。
…そういえば先日、ここに疑問を呈した'O Little One Sweet'というのがほんとうにバッハの作品? なのかどうかについて。昨年買った、『CD付き クリスマス音楽ガイド』を繰りながら、著者川端先生のオルガン独奏のCDに耳を傾けていたら、あら、やっぱり出てきました! 本文(p.106)によると、なんとこれ、「作曲者は不明です」ですと! なんでもローマカトリックの聖体祝日用の歌だったらしい。1650年、シャイトがこれを四声のオルガン曲としてアレンジして、「ゲルリッツ・タブラチュア集(Das Görlitzer Tabulaturbuch)」に収録したのがプロテスタント側の最初の記録だという。
…でもよくよく調べてみるとこの作品、ドイツ語タイトルの'O Jesulein süß, Jesulein mild'ではたしかにBWV.493として引っかかる。番号的に「シェメッリ歌曲集」のひとつだと思う。通奏低音だけとか、ほんのちょっとだけバッハが手を加えた、という可能性はあるけれども、おそらくは「だれかさんの作品」なんだろう。当時の流行り歌みたいなものですかね。前掲書には「シェメッリ歌曲集」のこともきちんと書かれていて、数曲はバッハの真作がふくまれ、「まぶねのかたえに」もバッハの数少ないドイツ語コラールの作例のひとつだとして挙げています(p.74-5)。ついでに脱線すると「クリスマスツリー」を飾る習慣はけっこう新しくて17世紀以降。ドイツなどプロテスタント諸国を中心に広まった。それまでのカトリック教会では、この時期の定番といえば断然「まぶね(仏語でcrècheと呼ばれるもの)」でした。「まぶね」とくると、'Away in a manger'も感動的な佳作ですね。個人的に大好きな曲です。前掲書にももちろん紹介されてまして、ひとつは『こどもさんびか』にも掲載されたわりと有名なヴァージョンと、いまひとつはジェイムズ・マレイという人の作曲によるヴァージョン。ビリー・ギルマンがかつて驚くほどの美声とテクニックで歌い上げていたアルバムClassic Christmasで歌っていたのは後者のほうで、米国ではこっちのほうが一般的らしい。
…どうでもいいけどいま聴いているBBC Radio3のChoral Evensong…なんと、「リパブリック賛歌」ですね!! これが日本にくると教会で歌われるのではなくて、「権兵衛さんの赤ちゃんが風邪ひいた」になるところが、音楽のもつ力のすごいところというか、日本人の感性のすごいところと言ふべきか(似たような例ではたとえば「むすんでひらいて」)。
2008年06月21日
「偉大なホ短調」
けさの「バロックの森」はいつものようにリクエスト。息子エマヌエル・バッハの「フルート協奏曲 ト長調」につづき最後にかかったのが、大バッハの傑作、「前奏曲とフーガ ホ短調 BWV.548」。北九州にお住まいの方からのリクスエトにこたえてのものでしたが、この方は以前、松居直美さんの演奏によるこのオルガン曲をNHK-FMで聴かれて惚れこんでしまったんだとか。そのお気持ち、よくわかります。シュピッタをして「2楽章のオルガン交響曲と呼ぶべきだ」と言わしめたバッハ晩年のとてつもなくすごい楽曲なのですから。
北ドイツオルガン楽派、ブルーンス、ベーム、ブクステフーデあたりで聴かれる「前奏曲とフーガ」あるいは「トッカータとフーガ」というジャンルは自由奔放な即興性が特徴。作曲者が指ならしのために弾いたままを楽譜に書き写したのではないかと思えるものがほとんどです。これはこれでいいのですが、どうにもまとまりに欠ける。楽曲としての統一性に乏しい嫌いがあります。構成もやや緩慢で、前奏曲−小フーガ−前奏曲−小フーガ−コーダみたいな感じに。バッハも最初は彼らの豪壮華麗に楽器を鳴らす曲作りに圧倒され、模倣していましたが、ひとたび自家薬籠中のものにしてしまうと、まるでちがった姿に「変身」させる名人です。バッハは晩年、ギャラント様式に夢中になる息子たちを尻目にひとりパレストリーナら先人の古様式を研究したけれども、同時にまたびっくりするほど最先端を突っ走っていたりもする。このBWV.548もそう。すでに「ドリア調 トッカータとフーガ BWV.538」でしめした「内的統一」重視、即興性よりむしろ大きな「前奏曲」と大きな「フーガ」とが対等に向き合うという形式を発展させる方向へと進んだ。それらは最晩年のライプツィッヒ時代に作曲されたBWV.544、546、547、552の各「前奏曲とフーガ」に共通して見られる特徴で、フーガ主題も即興的なパッセージではなく「歌唱型」に変化し、でんと構えた堂々たる風格を備えたものへと変化してゆきます。このへんは若いころの「イタリア協奏曲形式の研究」成果ともとれますが、BWV.548はそれにも増してきわめて独創的、大胆な構成です。前奏曲は主要主題が4回も繰り返し提示されるリトルネッロ形式ですが、副次楽節の動機はすべてこの主要楽節から導き出されています(2度目の副楽節が51小節目からはじまるが、一見あたらしい動機の開始かと思いきや、あとのほうになって最初の楽節とおんなじ旋律型が付点音符動機に変形させられて出てくる)。またケラーによれば、バッハはシンメトリックな構成にもこだわったようで、ちょうど真ん中あたりで楽節どうしが対称を成すような構造になっています。
主要楽節−副次楽節1−主要楽節−副次楽節2−副次楽節1−主要楽節−副次楽節2−副次楽節1−副次楽節2−副次楽節1−主要楽節
この極度に集中を高めた前奏曲が終わるや、すぐに「楔」とニックネームのついたひじょうに大胆でユニークなフーガ主題が入ってきます。全体は三部構成のダ・カーポ・フーガなのですが、その中間部がすごい。おそらくそれまでどの国の作曲家も思いつかなかったであろう構造なのです。59小節目から、フーガのはずなのにフーガであることをやめて(?)、突如としてブクステフーデばりのトッカータ風分散和音が上へ下へと暴れだします。ややあって「楔」主題が現れますが、提示は思い出したようにほんの数回のみ。そのうち分散和音型が音階上昇下降型になり、協奏曲かバロックソナタを思わせる曲想になります。つまりフーガの中に、協奏曲とトッカータ、南と北の様式がみごとに一体化している。フーガなのにトッカータになったり、協奏曲になったりしている。ケラーに言わせると、この多種多様な形式の統合と比べうるものは、100年後のベートーヴェンの「第九」終楽章しか思いつかない、と。なんだかべた褒めのような気もしないではないけれど、たしかに全231小節からなるこのフーガほど特異な構造をもった楽曲というのもそうないのではないかな。もっともベートーヴェンだって、あの超難解な弦楽四重奏用の「大フーガ」や長大な「ハンマークラヴィーア(ピアノ・ソナタ 第29番)」を残しているから、それら大作とも肩をならべる作品と言えるかもしれない。
松居さんの演奏もすばらしかった。たぶん音源はこれだろうと思うけれど、このディスクはまだ聴いていない。これも買っていいかも。
…そのあとのWeekend Sunshine、まずバラカンさんが話したことは、先週のちょうどオンエアされていたまさにそのとき、「緊急地震速報」が割って入り、大地震発生を知らせたときのことでした。…たまたま放送を聴取していたので、「緊急速報」を知った。その数秒後に大きな地震動に襲われ、必死にCDを収めたラックや本棚を押さえていた、という仙台のリスナーの方のメールを紹介していました。それには、「緊急地震速報」はまだはじまったばかりだし、ほんの数秒しか猶予が残されていなかったとはいえ、なにも知らずにいるよりははるかにましだとも。数秒しか時間の猶予がない、という問題は、訓練しだいでなんとかなるのではと思う。もっとも震源直上では、役には立たないが…それよりもなによりも、前にもここで書いたことの蒸し返しになるが、2011年から開始するという地上デジタル放送最大の弱点、いや欠陥は、最大3−4秒ものタイムラグが生じてしまうということだ。これ冗談抜きで、生き死ににかかわる大問題ですよ。早急になんとかしてくれませんかね。またいまの「速報」は、NHKの開発した「ラジオ・TVの電源を自動で入れて」地震を知らせるシステムには対応していないみたいで、受信するには発震時に放送を聴取している/見ている必要があるみたい。このへんも改善されたらもっといい。
北ドイツオルガン楽派、ブルーンス、ベーム、ブクステフーデあたりで聴かれる「前奏曲とフーガ」あるいは「トッカータとフーガ」というジャンルは自由奔放な即興性が特徴。作曲者が指ならしのために弾いたままを楽譜に書き写したのではないかと思えるものがほとんどです。これはこれでいいのですが、どうにもまとまりに欠ける。楽曲としての統一性に乏しい嫌いがあります。構成もやや緩慢で、前奏曲−小フーガ−前奏曲−小フーガ−コーダみたいな感じに。バッハも最初は彼らの豪壮華麗に楽器を鳴らす曲作りに圧倒され、模倣していましたが、ひとたび自家薬籠中のものにしてしまうと、まるでちがった姿に「変身」させる名人です。バッハは晩年、ギャラント様式に夢中になる息子たちを尻目にひとりパレストリーナら先人の古様式を研究したけれども、同時にまたびっくりするほど最先端を突っ走っていたりもする。このBWV.548もそう。すでに「ドリア調 トッカータとフーガ BWV.538」でしめした「内的統一」重視、即興性よりむしろ大きな「前奏曲」と大きな「フーガ」とが対等に向き合うという形式を発展させる方向へと進んだ。それらは最晩年のライプツィッヒ時代に作曲されたBWV.544、546、547、552の各「前奏曲とフーガ」に共通して見られる特徴で、フーガ主題も即興的なパッセージではなく「歌唱型」に変化し、でんと構えた堂々たる風格を備えたものへと変化してゆきます。このへんは若いころの「イタリア協奏曲形式の研究」成果ともとれますが、BWV.548はそれにも増してきわめて独創的、大胆な構成です。前奏曲は主要主題が4回も繰り返し提示されるリトルネッロ形式ですが、副次楽節の動機はすべてこの主要楽節から導き出されています(2度目の副楽節が51小節目からはじまるが、一見あたらしい動機の開始かと思いきや、あとのほうになって最初の楽節とおんなじ旋律型が付点音符動機に変形させられて出てくる)。またケラーによれば、バッハはシンメトリックな構成にもこだわったようで、ちょうど真ん中あたりで楽節どうしが対称を成すような構造になっています。
主要楽節−副次楽節1−主要楽節−副次楽節2−副次楽節1−主要楽節−副次楽節2−副次楽節1−副次楽節2−副次楽節1−主要楽節
この極度に集中を高めた前奏曲が終わるや、すぐに「楔」とニックネームのついたひじょうに大胆でユニークなフーガ主題が入ってきます。全体は三部構成のダ・カーポ・フーガなのですが、その中間部がすごい。おそらくそれまでどの国の作曲家も思いつかなかったであろう構造なのです。59小節目から、フーガのはずなのにフーガであることをやめて(?)、突如としてブクステフーデばりのトッカータ風分散和音が上へ下へと暴れだします。ややあって「楔」主題が現れますが、提示は思い出したようにほんの数回のみ。そのうち分散和音型が音階上昇下降型になり、協奏曲かバロックソナタを思わせる曲想になります。つまりフーガの中に、協奏曲とトッカータ、南と北の様式がみごとに一体化している。フーガなのにトッカータになったり、協奏曲になったりしている。ケラーに言わせると、この多種多様な形式の統合と比べうるものは、100年後のベートーヴェンの「第九」終楽章しか思いつかない、と。なんだかべた褒めのような気もしないではないけれど、たしかに全231小節からなるこのフーガほど特異な構造をもった楽曲というのもそうないのではないかな。もっともベートーヴェンだって、あの超難解な弦楽四重奏用の「大フーガ」や長大な「ハンマークラヴィーア(ピアノ・ソナタ 第29番)」を残しているから、それら大作とも肩をならべる作品と言えるかもしれない。
松居さんの演奏もすばらしかった。たぶん音源はこれだろうと思うけれど、このディスクはまだ聴いていない。これも買っていいかも。
…そのあとのWeekend Sunshine、まずバラカンさんが話したことは、先週のちょうどオンエアされていたまさにそのとき、「緊急地震速報」が割って入り、大地震発生を知らせたときのことでした。…たまたま放送を聴取していたので、「緊急速報」を知った。その数秒後に大きな地震動に襲われ、必死にCDを収めたラックや本棚を押さえていた、という仙台のリスナーの方のメールを紹介していました。それには、「緊急地震速報」はまだはじまったばかりだし、ほんの数秒しか猶予が残されていなかったとはいえ、なにも知らずにいるよりははるかにましだとも。数秒しか時間の猶予がない、という問題は、訓練しだいでなんとかなるのではと思う。もっとも震源直上では、役には立たないが…それよりもなによりも、前にもここで書いたことの蒸し返しになるが、2011年から開始するという地上デジタル放送最大の弱点、いや欠陥は、最大3−4秒ものタイムラグが生じてしまうということだ。これ冗談抜きで、生き死ににかかわる大問題ですよ。早急になんとかしてくれませんかね。またいまの「速報」は、NHKの開発した「ラジオ・TVの電源を自動で入れて」地震を知らせるシステムには対応していないみたいで、受信するには発震時に放送を聴取している/見ている必要があるみたい。このへんも改善されたらもっといい。
2008年06月02日
バッハ・オルガン作品偽作一覧
…を、備忘録代わりに書いておきますが、その前に前置き。
いま、小学館から出ている『バッハ全集』に収録されたいわゆる「キルンベルガー収集のオルガンコラール編曲集 BWV.690-713」、「27のオルガンコラール編曲集 BWV.714-740」、「25のオルガンコラール編曲集 BWV.741-765」および解説本を図書館から借りまして、ヘルマン・ケラーの『バッハのオルガン作品』、ときおりウィリアムズのぶ厚い本も見ながら聴いてみました(ついでにつづきの「ノイマイスター・コラール集」もあわせて)。ヴァルヒャの全集盤にはなぜかほんの一部(BWV.700, 709, 727, 733, 734, 736)しか入ってないので、全曲通して聴くのははじめて。とはいえ、BWV.729, 732の降誕節(クリスマス)用コラールはレオンハルトの盤で、BWV.690, 691, 709, 721, 728, 734はレーゲンスブルク大聖堂聖歌隊来日公演で買ったCDで、BWV.754はデンマークのソーレ修道院教会オルガンをもちいたDENONのアルバムですでに聴いていたけれど、そのことを忘れていた(笑)。聴きながら、ああ、なんだこれか…という体たらく(「なんだこれか、とはなんだ」←作曲者の声)。それと、「最愛なるイエスよ、われらここにあり」にもとづくふたつの編曲(BWV.730, 731)も、「わが心の切なる願い BWV.727」とならんで大好きな曲で愛聴しています。それ以外のコラール編曲は、どれもはじめて聴くものばかりでとても新鮮でした。演奏者は英国の名手サイモン・プレストン。使用楽器はDENON盤とおなじく、デンマーク・ソーレ修道院教会の歴史的銘器(1942年にマルキュッセン社が修復したもの)。プレストンはここの楽器がひじょうに気に入っているらしい。たしかに低音のリードストップは独特の響きがして自分も好きです。
で、あらためて聴いてみますと、「キルンベルガー…」以下のオルガンコラール編曲は、青年時代のバッハ初期の作あり、「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帖」収録の作あり、晩年のライプツィッヒ時代に手を加えた作あり、ヴァイマール時代の作あり、また作風も「わが心の切なる願い BWV.727」に代表される「オルガン小曲集」タイプの編曲あり、北ドイツオルガン楽派ふうのトッカータ・幻想曲ふうの編曲あり、フーガやフゲッタ、トリオありと、はっきり言ってごっちゃごちゃ。聴いているこっちの頭もごっちゃごちゃ(笑)。それでも大好きなBWV.727に負けず劣らずはっとさせられるような、コラール旋律のひじょうに美しい編曲もいくつかあります。
最近発見されたばかりのBWV.1128を念頭において聴いていたのですが、すでにKenさんが指摘されているとおりであのようなトッカータふうの終結部をもつ編曲は見当たりませんでした(BWV.743のみ、終結部に似たような後奏はついてましたが)。ただ、部分的に似ている編曲はありまして、ブクステフーデの編曲でも有名な「暁の星はいと麗しきかな BWV.739」とかは――前にも書いたけれどやはり――似通っています。北ドイツオルガン楽派ふうの「コラール・ファンタジー」として唯一、分類されている編曲「キリストは死の縄目につきたまえり BWV.718」もようやく聴くことができました(比較のためにレオンハルトがハンブルク・聖ヤコビ教会のシュニットガーオルガンで演奏している盤も借りた)。出だしは似ているけれど、BWV.1128もコラール各行で拍子が変わったり、多種多様な一種の「変奏曲」の組み合わせみたいな構造になって、最後に上声3連符に彩られた終結部で曲を閉じるのだろうか。
『バッハ全集』の解説本を繰ってひとつ気になった記述がありました。BWV.771のコラール変奏曲の項目で、「この作品は、『旧バッハ全集』の中心的人物のひとり、ヴィルヘルム・ルスト(1822-92)の遺産として伝えられるが、実際にはパッヘルベルの高弟アンドレアス・ニコラウス・フェッター(1666-1710)の手によるものである(p.219)」ですと。BWV.1128は…どうなんでしょう??? ついでに先月、AOIのオルガン演奏会を聴きに行ったときに買ったNaxosレーベルの「ブクステフーデ・オルガン作品全集 6」には、BWV.1128とおんなじコラール旋律にもとづく編曲(BuxWV.222)まで入ってましたが、こちらのスタイルはまるで別物、ブクステフーデにしてはわりとシンプルな編曲でした。
1). 偽作とされる作品・自由オルガン作品:
「フーガ ト短調 BWV.131a」、「前奏曲とフーガ イ長調 BWV.536/a」、「前奏曲、トリオとフーガ 変ロ長調 BWV.545b」、「フーガ ニ長調 BWV.580」、「フーガ ト長調 BWV.581」、「トリオ ト短調 BWV.584」、「協奏曲 変ホ長調 BWV.597」、「ペダル練習曲 ト短調 BWV.598」、「トリオ ト長調 BWV.1027a」。
コラール編曲:
「尊き神の統べしらすままにまつろい BWV.691a」、「ああ主なる神よ BWV.692/692a/3」(J.G.ヴァルター作)、「キリストは蘇りたまえり BWV.746」(J.C.F.フィッシャー作)、「父なる神よ、われらの内に住みたまえ BWV.748/748a」(J.G.ヴァルター作)、「甘き喜びのうちに BWV.751」(J.ミヒャエル・バッハ作。ヨハン・ミヒャエルはバッハの最初の奥さんであるマリア・バルバラの父親)、「装いせよ、おおわが魂よ BWV.759」(G.A.ホミリウス作)、「天にましますわれらの父よ BWV.760/761」(G.ベーム作)、「光にして日なるキリスト BWV.1096」(J.パッヘルベル作)。
2). 偽作の疑いがある作品・自由オルガン作品:
「8つの小前奏曲とフーガ BWV.553-560」、「幻想曲とフーガ イ短調 BWV.561」、「幻想曲 ト長調 BWV.571」、「フーガ ト長調 BWV.576」、「フーガ ト長調 BWV.577」、「トリオ ト長調 BWV.586」、「アリア ヘ長調 BWV.587」、「小さな和声の迷路 BWV.591」(J.D.ハイニヘン作?)、「ペダル練習曲 ト短調 BWV.598」。
コラール編曲:
「キリストは死の縄目につながれたり BWV.695a」、「フゲッタ・幼児イエスはわが慰め BWV.702」、「アダムの堕落によりてすべて朽ち果てぬ BWV.705」、「わが身を神に委ねたり BWV.707」、「わが身を神に委ねたり BWV.708/708a」、「いと高きところにいます神にのみ栄光あれ BWV.711」(J.ベルンハルト・バッハ作?)、「イエスよ、わが喜び BWV.713a」、「いと高きところにいます神にのみ栄光あれ BWV.716」、「主なる神よ、われを憐れみたまえ BWV.721」(ブスベツキー作?)、「讃美を受けたまえ、汝イエス・キリストよ BWV.723」、「われらみな一なる神を信ず BWV.740」(J.L.クレープス作?)、「ああ、そもそもわれらの命は BWV.743」、「わがいとしの神に BWV.744」(J.L.クレープス作?)、「深き淵より、主よ、われ汝に呼ばわる BWV.745」(J.C.バッハ作?)、「キリストはわれらに至福を与え BWV.747」、「主イエス・キリストよ、われらを顧みたまえ BWV.749」(G.P.テレマン作?)、「イエスよ、汝わが魂よ BWV.752」、「最愛なるイエスよ、われらここにあり BWV.754」(J.G.ヴァルター作?)、「いざ喜べ、愛するキリストの徒よ BWV.755」、「いまやみな森は眠る BWV.756」、「おお主なる神、汝の神なる御言葉 BWV.757」、「おお父よ、全能なる神よ BWV.758」、「天にましますわれらの父よ BWV.762」(J.T.クレープス作?)、「暁の星の美しさよ BWV.763」、「われら一なる神を信ず BWV.765」、「パルティータ・いと高きところにいます神にのみ栄光あれ BWV.771」。
…「キルンベルガー・コラール」まではともかく、後半の「25のコラール」にいたっては偽作もしくは偽作の疑いのある作品がそれこそぞろぞろ(苦笑)。でもバッハの作ではなくても、ベームとかヴァルターとか名手の作品もあるし、弟子の作でも美しい作品はけっこうあります。ヴァルヒャがどういう基準でこれらのコラール編曲のほとんどを全集盤から除外したのかわかりませんが、確実にバッハの真作のみ取り入れようとしたのでしょう。とはいえBWV.730/1のコラール編曲はせめて弾いてほしかったな。
…余談。今週のBBC Radio3 Choral Evensongはテュークスベリー・アビイから。昨年の水害のことがどうしても思い出されますが…。曲目を見ますとまず導入は、ラフマニノフの有名な「晩祷」から「めでたし、マリア(ローマカトリックで言うところのAve Maria)」。それと、おお、バッハのモテットもある(BWV.230)。カンティクルはギボンズのショート・サーヴィス、最後のヴォランタリーは…バッハの「前奏曲とフーガ ハ長調 BWV.547」! こっちも聴かなくては。
いま、小学館から出ている『バッハ全集』に収録されたいわゆる「キルンベルガー収集のオルガンコラール編曲集 BWV.690-713」、「27のオルガンコラール編曲集 BWV.714-740」、「25のオルガンコラール編曲集 BWV.741-765」および解説本を図書館から借りまして、ヘルマン・ケラーの『バッハのオルガン作品』、ときおりウィリアムズのぶ厚い本も見ながら聴いてみました(ついでにつづきの「ノイマイスター・コラール集」もあわせて)。ヴァルヒャの全集盤にはなぜかほんの一部(BWV.700, 709, 727, 733, 734, 736)しか入ってないので、全曲通して聴くのははじめて。とはいえ、BWV.729, 732の降誕節(クリスマス)用コラールはレオンハルトの盤で、BWV.690, 691, 709, 721, 728, 734はレーゲンスブルク大聖堂聖歌隊来日公演で買ったCDで、BWV.754はデンマークのソーレ修道院教会オルガンをもちいたDENONのアルバムですでに聴いていたけれど、そのことを忘れていた(笑)。聴きながら、ああ、なんだこれか…という体たらく(「なんだこれか、とはなんだ」←作曲者の声)。それと、「最愛なるイエスよ、われらここにあり」にもとづくふたつの編曲(BWV.730, 731)も、「わが心の切なる願い BWV.727」とならんで大好きな曲で愛聴しています。それ以外のコラール編曲は、どれもはじめて聴くものばかりでとても新鮮でした。演奏者は英国の名手サイモン・プレストン。使用楽器はDENON盤とおなじく、デンマーク・ソーレ修道院教会の歴史的銘器(1942年にマルキュッセン社が修復したもの)。プレストンはここの楽器がひじょうに気に入っているらしい。たしかに低音のリードストップは独特の響きがして自分も好きです。
で、あらためて聴いてみますと、「キルンベルガー…」以下のオルガンコラール編曲は、青年時代のバッハ初期の作あり、「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帖」収録の作あり、晩年のライプツィッヒ時代に手を加えた作あり、ヴァイマール時代の作あり、また作風も「わが心の切なる願い BWV.727」に代表される「オルガン小曲集」タイプの編曲あり、北ドイツオルガン楽派ふうのトッカータ・幻想曲ふうの編曲あり、フーガやフゲッタ、トリオありと、はっきり言ってごっちゃごちゃ。聴いているこっちの頭もごっちゃごちゃ(笑)。それでも大好きなBWV.727に負けず劣らずはっとさせられるような、コラール旋律のひじょうに美しい編曲もいくつかあります。
最近発見されたばかりのBWV.1128を念頭において聴いていたのですが、すでにKenさんが指摘されているとおりであのようなトッカータふうの終結部をもつ編曲は見当たりませんでした(BWV.743のみ、終結部に似たような後奏はついてましたが)。ただ、部分的に似ている編曲はありまして、ブクステフーデの編曲でも有名な「暁の星はいと麗しきかな BWV.739」とかは――前にも書いたけれどやはり――似通っています。北ドイツオルガン楽派ふうの「コラール・ファンタジー」として唯一、分類されている編曲「キリストは死の縄目につきたまえり BWV.718」もようやく聴くことができました(比較のためにレオンハルトがハンブルク・聖ヤコビ教会のシュニットガーオルガンで演奏している盤も借りた)。出だしは似ているけれど、BWV.1128もコラール各行で拍子が変わったり、多種多様な一種の「変奏曲」の組み合わせみたいな構造になって、最後に上声3連符に彩られた終結部で曲を閉じるのだろうか。
『バッハ全集』の解説本を繰ってひとつ気になった記述がありました。BWV.771のコラール変奏曲の項目で、「この作品は、『旧バッハ全集』の中心的人物のひとり、ヴィルヘルム・ルスト(1822-92)の遺産として伝えられるが、実際にはパッヘルベルの高弟アンドレアス・ニコラウス・フェッター(1666-1710)の手によるものである(p.219)」ですと。BWV.1128は…どうなんでしょう??? ついでに先月、AOIのオルガン演奏会を聴きに行ったときに買ったNaxosレーベルの「ブクステフーデ・オルガン作品全集 6」には、BWV.1128とおんなじコラール旋律にもとづく編曲(BuxWV.222)まで入ってましたが、こちらのスタイルはまるで別物、ブクステフーデにしてはわりとシンプルな編曲でした。
1). 偽作とされる作品・自由オルガン作品:
「フーガ ト短調 BWV.131a」、「前奏曲とフーガ イ長調 BWV.536/a」、「前奏曲、トリオとフーガ 変ロ長調 BWV.545b」、「フーガ ニ長調 BWV.580」、「フーガ ト長調 BWV.581」、「トリオ ト短調 BWV.584」、「協奏曲 変ホ長調 BWV.597」、「ペダル練習曲 ト短調 BWV.598」、「トリオ ト長調 BWV.1027a」。
コラール編曲:
「尊き神の統べしらすままにまつろい BWV.691a」、「ああ主なる神よ BWV.692/692a/3」(J.G.ヴァルター作)、「キリストは蘇りたまえり BWV.746」(J.C.F.フィッシャー作)、「父なる神よ、われらの内に住みたまえ BWV.748/748a」(J.G.ヴァルター作)、「甘き喜びのうちに BWV.751」(J.ミヒャエル・バッハ作。ヨハン・ミヒャエルはバッハの最初の奥さんであるマリア・バルバラの父親)、「装いせよ、おおわが魂よ BWV.759」(G.A.ホミリウス作)、「天にましますわれらの父よ BWV.760/761」(G.ベーム作)、「光にして日なるキリスト BWV.1096」(J.パッヘルベル作)。
2). 偽作の疑いがある作品・自由オルガン作品:
「8つの小前奏曲とフーガ BWV.553-560」、「幻想曲とフーガ イ短調 BWV.561」、「幻想曲 ト長調 BWV.571」、「フーガ ト長調 BWV.576」、「フーガ ト長調 BWV.577」、「トリオ ト長調 BWV.586」、「アリア ヘ長調 BWV.587」、「小さな和声の迷路 BWV.591」(J.D.ハイニヘン作?)、「ペダル練習曲 ト短調 BWV.598」。
コラール編曲:
「キリストは死の縄目につながれたり BWV.695a」、「フゲッタ・幼児イエスはわが慰め BWV.702」、「アダムの堕落によりてすべて朽ち果てぬ BWV.705」、「わが身を神に委ねたり BWV.707」、「わが身を神に委ねたり BWV.708/708a」、「いと高きところにいます神にのみ栄光あれ BWV.711」(J.ベルンハルト・バッハ作?)、「イエスよ、わが喜び BWV.713a」、「いと高きところにいます神にのみ栄光あれ BWV.716」、「主なる神よ、われを憐れみたまえ BWV.721」(ブスベツキー作?)、「讃美を受けたまえ、汝イエス・キリストよ BWV.723」、「われらみな一なる神を信ず BWV.740」(J.L.クレープス作?)、「ああ、そもそもわれらの命は BWV.743」、「わがいとしの神に BWV.744」(J.L.クレープス作?)、「深き淵より、主よ、われ汝に呼ばわる BWV.745」(J.C.バッハ作?)、「キリストはわれらに至福を与え BWV.747」、「主イエス・キリストよ、われらを顧みたまえ BWV.749」(G.P.テレマン作?)、「イエスよ、汝わが魂よ BWV.752」、「最愛なるイエスよ、われらここにあり BWV.754」(J.G.ヴァルター作?)、「いざ喜べ、愛するキリストの徒よ BWV.755」、「いまやみな森は眠る BWV.756」、「おお主なる神、汝の神なる御言葉 BWV.757」、「おお父よ、全能なる神よ BWV.758」、「天にましますわれらの父よ BWV.762」(J.T.クレープス作?)、「暁の星の美しさよ BWV.763」、「われら一なる神を信ず BWV.765」、「パルティータ・いと高きところにいます神にのみ栄光あれ BWV.771」。
…「キルンベルガー・コラール」まではともかく、後半の「25のコラール」にいたっては偽作もしくは偽作の疑いのある作品がそれこそぞろぞろ(苦笑)。でもバッハの作ではなくても、ベームとかヴァルターとか名手の作品もあるし、弟子の作でも美しい作品はけっこうあります。ヴァルヒャがどういう基準でこれらのコラール編曲のほとんどを全集盤から除外したのかわかりませんが、確実にバッハの真作のみ取り入れようとしたのでしょう。とはいえBWV.730/1のコラール編曲はせめて弾いてほしかったな。
…余談。今週のBBC Radio3 Choral Evensongはテュークスベリー・アビイから。昨年の水害のことがどうしても思い出されますが…。曲目を見ますとまず導入は、ラフマニノフの有名な「晩祷」から「めでたし、マリア(ローマカトリックで言うところのAve Maria)」。それと、おお、バッハのモテットもある(BWV.230)。カンティクルはギボンズのショート・サーヴィス、最後のヴォランタリーは…バッハの「前奏曲とフーガ ハ長調 BWV.547」! こっちも聴かなくては。
2008年04月19日
こんどはオルガンコラール!
今週、なんといってもこのニュースにはびっくりした。またもやバッハの真作発見! こんどはオルガンコラール! しかもバッハがオルガン作品をさかんに作曲していたアルンシュタット-ヴァイマール時代の1705-10年ごろの作品だという!
報道によると、競売に付されたヴィルヘルム・ルストの遺品コレクションからバッハの失われたオルガンコラールが見つかったという。ルスト自身バッハ同様音楽一家の出身で、19世紀末、バッハの後継者たるライプツィッヒ市トーマス・カントルをつとめた人。バッハ・アルヒーフによる鑑定では、いままで出だしの数小節しか伝えられていなかった幻の作品だったことが判明したとか。今回見つかった「主なる神、われらの側にいまさずして」というコラール編曲はルスト自身の筆写譜らしく、形式的には「コラール・ファンタジー」に分類されるという。演奏時間は7分ほど。あらたにBWV.1128という作品番号が与えられたんだそうです。手許のケラー著『バッハのオルガン作品』には残念ながらこの作品については記述が見当たらなかったが…いま、Amazon経由でピーター・ウィリアムズという人の書いた最新版『バッハのオルガン音楽』を取り寄せてもらっているから、そっちの本にはなにか書いてあるかも(円高のおかげでわりと安かった)。
AFPBBサイトの画像を拡大してみたら、向かって左側は足鍵盤つきの三段譜表で、出だしに'Piano'と書いてある。しかしながら右側は…よくわかんないけれども、どうも二段のふつうの鍵盤譜のように見える(?)。どうつながってんのかいまいちはっきりしないけれども、大好きなオルガンの作品でもあるし、根がせっかちなので、とにかく早く聴いてみたい!!
…昨晩の「芸術劇場」、9年ぶりに来日したアンドラーシュ・シフの名演を堪能しました。アンコールの「フランス組曲 BWV.816」がまたすばらしかった! もちろん本プログラムのベートーヴェンの「ヴァルトシュタイン」とか、ピアノソナタも絶品でしたが。きちんと確認はしていないけれども、引用記事にもあるとおり、「フランス組曲」ではいっさいペダルを使っていなかったように思う。すべて指先のみ、ピアノというよりチェンバロ志向の強い演奏に聴こえました。以前NHK-FMで聴いたシフによる「インヴェンション 第1番」。バッハ自身の最終稿にもとづいて、出だしの上行音階が3連符で演奏されていたのを思い出しました(いまはこちらのヴァージョンがふつうなのかな?)。
BWV.739とも似ているような
報道によると、競売に付されたヴィルヘルム・ルストの遺品コレクションからバッハの失われたオルガンコラールが見つかったという。ルスト自身バッハ同様音楽一家の出身で、19世紀末、バッハの後継者たるライプツィッヒ市トーマス・カントルをつとめた人。バッハ・アルヒーフによる鑑定では、いままで出だしの数小節しか伝えられていなかった幻の作品だったことが判明したとか。今回見つかった「主なる神、われらの側にいまさずして」というコラール編曲はルスト自身の筆写譜らしく、形式的には「コラール・ファンタジー」に分類されるという。演奏時間は7分ほど。あらたにBWV.1128という作品番号が与えられたんだそうです。手許のケラー著『バッハのオルガン作品』には残念ながらこの作品については記述が見当たらなかったが…いま、Amazon経由でピーター・ウィリアムズという人の書いた最新版『バッハのオルガン音楽』を取り寄せてもらっているから、そっちの本にはなにか書いてあるかも(円高のおかげでわりと安かった)。
AFPBBサイトの画像を拡大してみたら、向かって左側は足鍵盤つきの三段譜表で、出だしに'Piano'と書いてある。しかしながら右側は…よくわかんないけれども、どうも二段のふつうの鍵盤譜のように見える(?)。どうつながってんのかいまいちはっきりしないけれども、大好きなオルガンの作品でもあるし、根がせっかちなので、とにかく早く聴いてみたい!!
…昨晩の「芸術劇場」、9年ぶりに来日したアンドラーシュ・シフの名演を堪能しました。アンコールの「フランス組曲 BWV.816」がまたすばらしかった! もちろん本プログラムのベートーヴェンの「ヴァルトシュタイン」とか、ピアノソナタも絶品でしたが。きちんと確認はしていないけれども、引用記事にもあるとおり、「フランス組曲」ではいっさいペダルを使っていなかったように思う。すべて指先のみ、ピアノというよりチェンバロ志向の強い演奏に聴こえました。以前NHK-FMで聴いたシフによる「インヴェンション 第1番」。バッハ自身の最終稿にもとづいて、出だしの上行音階が3連符で演奏されていたのを思い出しました(いまはこちらのヴァージョンがふつうなのかな?)。
BWV.739とも似ているような