2016年07月24日

「ならぬことは … 」⇒ 「レリオ、または生への回帰」

1). 以前、ここでも取り上げたスペインの思想家オルテガの『大衆の反逆』。蒸し返しになるけどその本にこういう一節が出てきます。
「世襲貴族」はどういう生を生きることになるのか、彼自身の生か、それとも傑物であった初代の生を生きるのか? そのどちらでもないのだ。彼は他人の生を演ずるように、つまり、他人でも自分自身でもないように宣告されているのである。当然ながら、彼の生は真正さを失い、他人の生の単なる代理か見せかけに変質せざるをえない。… 生とはすべて、自己実現のための戦いであり、努力である。私が自分の生を実現させるに当たって直面する困難こそ、まさしく私の能力を目覚めさせ、行動をひき起こすものなのだ。( p. 146 )
 また、いま読んでる Kindle 本( ほんとは「紙の本」で読みたかったのだが、これしかフォーマットがないというのでしかたなく )に、「 … われわれの欲望はほとんどの場合、なにが欲しいかではなく、ご近所さんが持ってないものを手に入れたいという欲求から発している[ ゆえにけっして満たされることはなく、つねに「欠乏感」に苛まれる ]」という一文にもお目にかかったりした。*

 なにが言いたいのかというと、例のバカげた騒動でして … こういう言い方するとなに言ってんだと怒られそうだが、このさいハッキリ言わせていただくと、VR だか AR だかなんだか知りまへんが、しょせんはゲームの世界の住人( いや、文字どおり「怪物」か )をわざわざ「現実世界」にスーパーインポーズしてまでピコピコゲームさせることはないでしょう !!! … おかげでなにも知らないワタシは( 日本上陸は 20日、との某 IT 系 Web ニュース記事に引っかかっていた人 )その「当日」の金曜日、三島駅前の交差点で信号待ちをしていたら ――「オイディプスの最新の化身が、いまもつづく美女と野獣のロマンスが、今日の午後、42 丁目と 5 番街の交差点に立ち、信号待ちをしている( J. キャンベル『千の顔をもつ英雄』)」―― かわいらしいセーラー服姿の怪物の集団がわさわさやってきた。向こうはまるでワタシが見えてないらしく、こちとらは車道に押し出されかけて、危うくオイディプスならぬピカチュウに間接的に殺されそうになった( 瞬間湯沸し器状態 )。

 開発元は Niantic( 発音はナイアンティック、Νίκη をニケと呼ばずナイキと発音するのとおなじ流儀 )とかいう Google からスピンオフしたスタートアップで、つい先日、お台場に世界中からスマホ持った人が集まったとか言う Ingress というイベント( という言い方でいいのかどうか、当方は関知せず )とおなじ会社。もちろんポケモンなので本家本元も共同で開発しているわけなんですが … この手の携帯端末向けゲームというのは以前よりあったとは思う。ただし、本末転倒もここまでくるともう … と、深き淵よりの嘆息のみ。「無理が通れば道理が引っこむ」ってやつですかね。後先考えてないとはこのこと。これがどれだけ潜在的な危険性をはらんでいるのか、開発元は認識しているのだろうか? あるいは喜々として「ミジュマル、ゲットぉ!」とか興じている方々は? 英語で言えば、preposterous ってやつ( 原義は「おしりが前に」、ようするに後先逆ということ )。「危ない」ということは、たとえば配信開始しておきながら、あらためて周知徹底を図る、あるいは関係機関にも働きかけている、という動きから見ると、開発元も認識しているからで … 先行配信された米国やドイツなどの海外ではさっそくやらかしている御仁が出てくるしまつ( そのうち訴訟沙汰にまでなるんじゃないかと危惧している人 )。

 自家用車を運転している人、とくに「ゴールドな」人にとって、これはハタ迷惑きわまりないと思う。もっとも、車高の高いバスなんかに乗っていて信号待ちで停車している隣のレーンのクルマを見ると、あろうことか運転しながらスマホいじってる人もときおり見かけたりする。どっちにしても危険行為にはちがいなくて、その当人だけの問題ではすまされない。ワタシだってピカチュウに殺されたくない、冗談じゃないですよ( こんなことになろうとは … )。

 逆に、いまどきの若い世代ってある意味不幸だ、とも感じる。どういうことかって言うと、
 便利さという名のもとに科学によって人間はどんどん怠け者になってゆく。さらにエレクトロニクスによる映像文化の革命的な進歩は、人間の心を表面的な愉悦で虜にし、安易な受身人間に育てていく。しかも最悪なのは人間から肝腎要の想像力と思考力を奪い取ってしまうことだ。画像は決定的ともいえるもので、その先に想像力の広がる余地はまことに少ない。
 一方、読書による活字から広がる想像力にはリミットがなく、バラエティにとんだ発想が派生的に自然に生まれてくるのだ。
 映像過多の世界に育った子供たちの精神は枯渇し、誰もが画一化され、最新テクノロジーの機器のもたらす血の通わぬ非情さに人間味を失う。ピストルの引き金を絞れば弾が飛び出しどういう結末を招くのか、刃物を突き出せばどういうことになるのか、想像力の欠如した人間には考えも及ばない。ゲームと現実との境も消える。―― 児玉清『すべては今日から』pp. 267 −8
 引用したオルテガや、児玉さんのことばをしかと噛みしめていただきたい、と思う。ちなみに引用した児玉さんの文章(「認めてしまっていいのか」)は、2000 年に書かれたもの。世界各地の狂乱(?)ぶりを見ると、十年一日(「じゅうねんいちじつ」と読む )どころか、15 年一日ですな。なんていうか、Google にせよ Amazon にせよ Niantic にせよ、しょせんはこういうコンテンツプロバイダーという巨人の手の上で踊らされてるだけじゃないかって気がするんですね。

 VR / AR について言えば、もちろん技術なのでそれ自体に倫理もクソもなくて、とどのつまりエンドユーザー側にすべてはかかってくる、とは言える。利用方法しだいではたしかにこれすばらしいでしょう。たとえば黄金崎[ こがねざき ]なんか、1989 年 4 月の大崩落以来、幸田文さんの随筆じゃないがずっと「崩れ」つづけて、あれから 27 年が経過したいまじゃすっかり様変わりしてしまった。地質的に脆弱で( 変朽安山岩 )、しかも台風や冬の西風による暴浪をまともに喰らう岬という地形ゆえしかたないと言えばしかたないのだが、たとえばタブレット端末をかざして岬を見たら、在りし日の黄金崎の姿が出現する、あるいは山側を振り返ればかつての旧国道 136 号線が現れる、なんていうアプリはありかな、と思ったりする( 観光協会の方、ご一考を )。†

 以上、ゲームするのはかまわないが、とにかくいま自分がしていることに対する責任と、これをしたらそのあとどうなるか、という想像力まで捨てるな、と言いたい。
… わたしたちが生きていることは奇跡だ。いろいろな出会いがあり、チャンスがある。人間は自分の人生を方向づけることができる。…… スーパーでものを買うことはできるが、人生の何年間かをそこで買うことはできない。何かを買うときは、人生の一部の時間を使って得たお金で払っているのだ。人生の時間を尊重しなければならない。人生を享受するための自由な時間が必要だから。―― ウルグアイ元大統領ホセ・ムヒカ氏

2). 話変わっていまさっき見たこちらの番組。いやー、もうビックリ。知ってる人にとってはそんなことも知らんのか、という話ではあるが、しがないワタシはいまのいままで、ベルリオーズの代表作「幻想交響曲 Op. 14 」に、「続編」の Op. 14b なる作品があるとは知らなかった。

 この作品、「レリオ、または生への回帰」は、端的に感想を言えば、「意識の流れ」の音楽、それもヴァージニア・ウルフ、キャサリン・マンスフィールド、ジョイス、フォークナーといったいわば「本家」より先んじているという点でまず驚かされる( もっとも、『トリストラム・シャンディ』という先行例はあるが、心理学など、近現代的な手法として見た場合 )。そうか、ベルリオーズは「幻想交響曲」とセットで演奏するようにと言っていたのか。でもそうするとお客はえんえん2時間も座席に縛られることになる( 2時間と言ったって、映画とはちと話がちがいますし )。そのためかどうかは知らないが、この作品はめったに演奏されないらしい。なんてもったいない。ワタシなんか、「幻想 〜 」のほうはなかば食傷気味だったから、もう新鮮この上ない音楽体験だった。モノローグあり、テノールやバリトンの独唱あり、合唱あり、幻想曲ありで、ごっちゃごちゃのごった煮もいいところなんですが、そこがまたいい! 形式なんかクソくらえ、オレはこう書きたいんだ、こう響かせたいんだ、諸君、だまって聴きたまえ !! みたいな自意識過剰丸出しのロマンティシズムがすばらしい。このとりとめのなさはどこか『フィネガンズ・ウェイク』にも通じるような気も … しないわけでもない。ま、作曲コンクールに出したら「選外」にされちゃいそうな、文字どおり型破りな、とほうもない作品ではある。でも、たまにはこういうはっちゃけた作品というのもいいではないか。ワタシなんかは終楽章での「空気の精たちの合唱」を聴いているうち、どういうわけかブラッドベリの名作短編『みずうみ』を思い浮かべてしまった。というか、そういう感じのショートショート1篇が、自分でも書けそうな気がしてきた( なんの根拠もなく )。こういう「とりとめのない」音楽というのは、あらたな作品を生み出す力と勇気をも聴き手に与えてくれるものなのかもしれない。

* ... [ 原文 ]:Much of our desire finds its source not in what we want, but from our desire to keep up with the Jones's[ sic ].

† ... テクノロジーがいかに文明社会を形成したか、あるいは影響を与えたかについて考察した本として、こちらのサイトで紹介されている「紙の歴史」ものの新刊洋書は、ちょっと興味あります。ま、プラトンはツイートしたりなんかせんでしょうな( 苦笑 )。とはいえ、
' ... It’s not technology that’s to blame for this current state. As Kurlansky writes, it’s merely a response to our demands: faster, cheaper, and “an innate desire for connection.” These demands have delivered us to today, a rare place where the challenge now isn’t a lack of information, but perhaps too much of it. '
というのは、どうなんでしょ。情報過多に見えて、そのじつこれほど必要な情報を読み解く能力( リテラシー )のない時代って過去になかったと思いますよ。たとえば観天望気とか、「ブラタモリ」じゃないけど「ここは断層谷だ」とか、あるいは自然を読んで身を守るといったたぐいの能力ですね。「ポケモン探しで、みんなが外に出るようになって、いつもの風景が新鮮に見えた」からいいじゃないかっていう向きもいるが、そういう人ほど、ふだんからなにも観察していない。端末画面上の怪物探しに夢中になってるあいだに、ツマグロヒョウモンチョウが道端に咲くオオイヌノフグリに舞い降りても気づくわけがない。新しい発見は端末機械の表示する仮想現実という名の幻影にすぎず、「現実のいまここ」ではない。とにかくそういう生活の知恵ないし情報能力って、今の人より昔の人のほうがはるかにあったと思います( 身近な例で行くと、国指定天然記念物の「丹那断層」は箱根峠あたりから見るとはっきりとその爪痕が見え、これが芦ノ湖からはるか伊豆市までつづいていることがわかる )。景勝地に来て、ただきれいな景色、とだけ感じているうちは、そこから発せられる「情報」をなにひとつ受け取ってはいないんです[ 芦ノ湖ついでに、富士山頂から芦ノ湖と黄金崎が同時に見えた日の翌日は荒天になりやすい … という観天望気もあります ]。

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2016年02月14日

ジャヌカン、「重力波の音楽」、etc.

 この前「スター・ウォーズ」サーガ最新作を見に行ってきたばかりで ―― しかもラストがスケリグ・マイケルという ―― 興奮冷めやらぬなか、こんどはほんとの宇宙、それも遠い遠いはるか彼方の、なんと 13 億光年( !! )もの彼方からとんでもない「波」がこの地球までやってきて、それを国際科学者チームが捉えたというこれまた衝撃的なニュースが飛びこんできまして、この方面にまるで疎い人間も( これでも昔は天文少年みたいなところはあった )久しぶりにわくわく感を味わっているところであります。


 'We have detected gravitational waves. We did it!'

 米国レーザー干渉計重力波検出器[ LIGO ]研究所のデイヴィッド・ライツェ所長が「重力波観測一番乗り」を果たした歓喜からか、上気した面持ちで発表した会見の模様が何度も TV ニュースに登場しましたね。たしかにこれすごいことです … とほうもない質量を持つブラックホールが、しかも2個も !! まさに「合体」するそのときのこれまたとほうもない重力波、というか重力「嵐」みたいなものが 13 億年もの時空を文字どおり飛び越えて昨年9月ごろに、しかも 観測装置 LIGO の試験中に(!)たまたま捉えた、というのだから。まさにびっくりポンや。

 だいぶ前、故南部陽一郎博士ら日本人研究者3名がノーベル物理学賞を受賞したとき、「クォーク」とか「反粒子」とか、そんなことを古代のグノーシス神話とからめてここでもちょこっと触れたことがあったけれども、「フォースの覚醒」と「シネマの天使」を見に行ったついでに立ち寄った静岡駅前の本屋さんでたまたま「みすず書房フェア」というのをやってまして( もちろん例のピケティ本もデンと陳列されていたけど、そっちではなくて[ スミマセン … ] )こういうささやかな著作を買った。当方、キャンベル本にも言及の出てくるミルチャ・エリアーデとかの著作は図書館にて眺めたことはあったけれども、こちらの「構造主義」についてはまるでさっぱりではあるが、著者レヴィ−ストロースが英語で( !! )行ったという講演録であり、ぴろっと拾い読みするとたとえば「バッハの時代に形をととのえたフーガ形式は、ある種の神話、つまり … 」なーんてあるもんで、つい買ってしまった( 苦笑 )。帰宅してワイン呑み呑み読みはじめたらけっこうおもしろかったので、読了したらここでもなにか書くかもしれません、といつもこればっかでごめんなさい。ようするに、昔の人の思想ないし神話体系には、なにかしら現代の、しかも最先端科学と思われている分野と不思議なことにつながりがあったりする、ということが言いたいのでして( たとえば古代世界のヒエラルキーは宇宙秩序を模したものとしての神話体系と密接な関係があり、その最古の例がシュメールで発達した神聖都市国家文明 ) … そしてそうそう、今回はじめて「検知」されたという重力波を、なんとなんと「音楽」化してしまう試みまでされていたのでありました。こっちにもまたビックリ ↓

 

 音楽ついでにこの前の「古楽の楽しみ」では、クレマン・ジャヌカンの楽しい声楽作品もいくつかかかってました …「パリの物売りの声」、「女のおしゃべり」といった世俗歌曲作品を聴きますと、なんというか当時の市井の人々の活気と言いますか、息遣いみたいなものまで感じられてすごく生々しく、というかはっきり言って前衛的、ポップでさえある! 以前にもこの番組でジャヌカンのこういった世俗歌曲を耳にしたことがあったが、オノマトペや効果音を多用したりと、ダ・ヴィンチが生きていたころの音楽とはとても思えない。もっとももっと真面目な、厳格な模倣対位法によるラドフォードなどの宗教声楽作品もかかってましたけれども。この時代の音楽ってなんか温度差(?)がはっきりしていておもしろいですね。いずれにせよこういう壮大な「宇宙の調べ」に耳を傾けていると、日々報道されるたぐいのイヤなニュースだの醜聞だのからつかのま解放される気分になる。

付記:突然ですがこちらの最初の設問、どう思われますか? 

 見てのとおり今年度のセンター試験の「世界史B」の第1問です。で、これはワタシにかぎったことじゃないと思うんですけど、たとえば「下線部 (1) に関連して … 」なんて書かれると、いわゆるカロリング・ルネサンスに関することかなってまず思いますよね ところが選択肢を見てみると、ナポレオン3世は … とか、イヴァン3世は … とか、てんでカンケイない事項ばかり羅列してある。もっとも公正を期して断っておけば、ほかの設問でもこういうわけのわからん選択肢が並んでいるわけじゃないです。が、こういう意味のない選択肢から解答させるってのはもうやめるべきではないかと思うのです(「正解」以外の選択肢はみな誤ってるのは当然だろ、という突っこみはなしでお願いします。そういうこと言ってるんじゃないので )。「下線部に関連して … 」ったって、「カール大帝」とはなーんも関係ない人[ と時代 ]ばっかですし。なんというか、辞書に載ってる単語をなんの脈略もなく、ただ順番にやみくもに記憶しようとしているようなもので、そんなんじゃ「世界史」という科目に親しみを感じるわけがない。記憶というのは芋づる式につながってゆくのが理想で、こういう設問を繰り返されれば受験生でなくてもだれだって辟易するし、嫌気も差すってもんですよ。

 ついでに今年の英語の試験問題[ PDF の 27 ページ以降 ]を見て印象に残ったのは、やはり音楽がらみでオペラの窮状(!)を綴った読解問題。設問じたいは、高校時代にまじめに勉強していれば大丈夫でしょう(?)。「この一節に最適なタイトルは?」と問われてまさか 'How to Make Money in Opera' なんて回答する生徒さんはいまい … それはともかく、
... Society seems accept the large salaries paid to business managers and the multi-million-dollar contracts given to sports athletes.
というのは、なんだか『 21 世紀の資本』の一節かと思うような一文でした( athletes ついでにさらに脱線すれば、athlete's foot はいわゆる水虫のこと )。

 花粉症にはつらい季節到来 !! 巷はやれヴァレンタインだのなんだのとかまびすしいけど、2次試験の時期ですね … 受験するみなさんは体調を整えて、がんばっていただきたいと思います。

posted by Curragh at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2015年06月14日

あら、米国にあったのね! 

1). まずけさ、知ったばかりの ↓ 。知らなかったけれども、この超有名な肖像画、いままで米国に保管されていたんですね !! ビックリした。とにかくぶじ「里帰り」したわけなので、まずはめでたしめでたし、ということか。


2). けさ、再放送にて全編聴いた、こちら。なんでもリクエストのお題は「除湿クラシック」だそうでして … 番組後半、「宗教曲で除湿」、そして「オルガン曲で除湿」ってなんだかよくわからないコーナーになってしまいましたが … とプレゼンターのゲレンさんが言っていたけれども、そうですねぇ、気持ちだけでも、すこしは爽やかになりたいものです。ほんとこの季節は蒸してて個人的にかなりツラいし、まったく depressing ですわ。

 ところで思わぬ収穫もありました。シュヴァイツァーのオルガンの師匠、シャルル・マリ・ヴィドールの「バッハの思い出」という作品。これはおもしろいですね、知らなかった。そして、かつての OTTAVA Stella でときおりかかっていた、ブクステフーデのコラール幻想曲「暁の星のいと美しきかな BuxWV. 223 」 。これはたぶん、ジュリア・ブラウン盤だと思う( ちがっていたらごめんなさい )。ついでに深夜帯におなじくときおり流れる、バッハの「小フーガ BWV. 578 」は、これはまちがいなくヴォルフガング・リュプザム盤によるもの。この音源をはじめて聴いたのも OTTAVA Stella で、その解釈も演奏もとても気に入ったので、昨年アルバムを買いました。

 その前にかかっていた、エルガーの「永遠の光」、フランクの「天使の糧」も、音源は不明ながら、よかった。というか個人的には、そのまんまラテン語表記で言ってくれたほうがよかったけれども。エルガーのほうは、有名な「ニムロッド」の合唱ヴァージョンですね。

 オルガンついでに、こういうのもあります。「ベト6[「田園」ですね ] 」も大好きなので、こちらのオルガン独奏盤とかないかしら、と思って探してるんですけれども、あいにくこっちはないみたいです orz

追記:いま聴取している林田さんの Salone 。「ビバ! 合唱」でもおなじみだった花井哲郎先生と対談してます。花井先生主宰の合唱団によるギヨーム・ド・マショーの「ノートルダム・ミサ」とかかかってましたが、なによりおもしろいのは、西欧の修道院についてのお話。なんと !! 花井先生自身、修道士志望だったんだとか。どうりでお詳しいわけです( ヒマさえあれば修道院に「入り浸って」いたらしい。「客人を受け入れるのも、修道院の大事な仕事」)。聞き手の林田さんは、やはり、というか、ローマカトリックにおける修道院制度、「聖ベネディクトゥスの会則( 「戒律」というのはなんかこわいじゃないですか、ムチ打たれるようで、とかおっしゃっていましたが、たしかにアイルランド系、とくに聖コルンバヌスの修道院ではそんなおっかない「戒律」のもとで修道士が生活していた … というのはまぎれもない事実ではあるが、そういう「きょくたんさ」に走らないために普及したのが「ベネディクトゥスの会則」であり、やがてクリュニーとかシトーとかのベネディクト系修道会が幅を利かせ、アイルランドのケルト系修道院は廃れていった … という背景がある )」のこと、聖務日課のこと(「修道院ってけっこう忙しいんですよ」)、中世の「宮廷愛」と聖母信仰のこと、については不案内のようで、これらの花井先生のレクチャーを興味津々、といった感じで熱心に聞いているようすがビンビン伝わってきました。花井先生は、「聖母礼拝堂」とか「寄進礼拝堂」についてもその該博な知識を披露してました( これについてはこちらの拙記事参照、またこちらのサイトも役に立ちます )。

 「こんど修道院にいっしょに行ってみませんか?」と水を向けていた花田先生のお話は、この手の音楽を聴く人はぜひとも耳を傾けてほしい、と門外漢でも思うほど中身が濃くて、わかりやすいと感じたので、かく申し上げたしだい。再放送でも再々放送でもいいので、聴いてみてください。何事もそうだろうが、やはりこの手の宗教音楽作品の背景について、知ると知らないとでは、天と地ほどの差がある。

posted by Curragh at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2015年01月13日

'The pen is mightier than the sword' って言うけれど …

 まずはじめにお断り。「意見には個人差があります」。先日、フランスで起こった一連の悲しい事件について、すでにこちらの言いたいことを代弁している記事がいくつかございます。でも、「こういうふうに思うのは、西洋かぶれを自他ともに認めるワタシもしょせん、日本人、東洋の人間なんだなあ」と痛切に感じたしだいですので、手短に書き留めておきたい( → 関連参考記事1関連参考記事2 )。

 今回の痛ましい事件でまず違和感を持ったのは、「言論の自由への攻撃を断固許すな !! 」という轟々たる声、声でした( そしてちょうどいま、たまたま手にしているのがそんな「大衆」をテーマにした、スペインの思想家でジャーナリストだったホセ・オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』という本だったりする )。

 ワタシはテロリスト集団のくせして「国家」を気取ってるトンデモ連中を擁護するつもりはないですし、またこういう組織のトップがけっきょく、「宗教( もっと言えば、「砂漠の一神教」 )」をタテに若い人たちをそそのかして自爆テロなどに駆り立てている、というのはもちろん論外だと思ってますし、根絶すべきと考えてます。

 ただし、今回の一連の流れを見て思ったのは、やっぱり西洋の人も日本人同様、根っこはちっとも変わってない、ということでした。ジョルダーノ・ブルーノのころと変わってないじゃないか、と。

 自分たちと異なる思想信条の持ち主に対する想像力というのが、やはり決定的に足りないのではないかと思います。襲撃された新聞社も、当局からさんざん自粛するように言われていたようですし。「ペンは剣よりも強し」というのは、おなじコインの表と裏で、暴論だってありますし、剣以上に他者を傷つけたりもします( アイルランドと日本の神話にも、こういう人間のことばの二重性にはやくも気づいていたとおぼしき教訓とかが出てきます。「禁忌」を意味するゲッシュ geis とか、相手を倒す「ことばの矢」とか。このようなことばの持つ「力」については、以前ここでも書いた『西方風の語り』の主題にもなっている )。

 「諷刺」というのは、まるで異なる価値観、常識、通念、そして ―― これがもっともやっかいなのだが ―― 異なる宗教を奉じている者どうしでは、笑ってすまされる問題じゃないはずです。リンク先記事にもあるとおり、諷刺には「暗黙の了解事項」というものが厳然と存在する。ユダヤ人に対する差別的発言とか、黒人に対する侮蔑表現とかは当然、欧州でもだれに訊いたってタブーだって返事が返ってくるでしょう。イスラム教の創始者と言われている預言者を皮肉る、というそのだんびら、sword によって、あくせく働き、まっとうに暮らし、メッカへのお祈りやラマダーンを欠かさない市井の信徒たちをどれだけ深く傷つけているか … そういうふうに思わないのかな? ちょっとスジちがいかもしれないが、こういう西洋人の傲慢さは、たとえば太地町のクジラ漁を「告発した」と主張する手合いの行動( というより、妨害活動 )なんかと通底しているところがあるように思う。その昔、ちょうどメルヴィルが『白鯨』を書いていたころ、さんざクジラを獲って油をこさえていたのは、どこのだれなんだろうか( ここで言っているのは伝統漁法のことであり、商業捕鯨一般についてではない )。ここで言っている信徒というのは、もちろん過激派とか原理主義者ではない、ごくごくふつうの庶民のことです。

 でも、こういう問題の根っこはほんとうに深い。イスラエルとパレスティナの問題とかがそうですよね。自分たちの無知無理解をタナにあげて、「一方では正しい」言論の自由、あるいは「表現の自由」を声高に叫ぶだけじゃ、ことの解決にはなんら役に立たないと思う。もっと言えば、どっちの陣営にせよ、とどのつまりたんなる「原理主義者」じゃないかっていう気がしてならないのです。原理主義に凝り固まった者どうしが互いを認め、わかりあえる、なんてことはあろうはずがありません。昨年亡くなった吉本隆明さんだったら、なんて言うのかな ?? 埴谷雄高さんだったらどう思うのかな ??? 伺ってみたい気がする。

 それと、真の意味での「言論の自由」って、たとえばこの前、ノーベル平和賞授賞式のスピーチで、マララ・ユスフザイさんが語っていたことのほうが、よっぽど正鵠を射ている気がする。「ペンは … 」というのは、つまりはとくに若い人、子どもたちにペンと本を与え、しかるべき教育を施すことにこそあるのではないか。やたらと人さまの信仰を茶化すことじゃないと思いますよ。

 以前もおんなじことを書いたので蒸し返しになるけれど、仏人のメル友がイラク戦争のとき、「正義のための戦争なんてない !! 」っていみじくも書いてました。で、聞くところによると、そのときの戦争が、どうやらイスラム国をこの世に出現させてしまったようなのです。なんたる皮肉だろうか。大量破壊兵器なんてけっきょく出てこず、当時の最高司令官はいまだお元気のようで、バケツに入った氷水をアタマからかぶってましたかね( いまのフランスの「空気」が、なんだか「 9.11 」直後の米国とカブってしまうのは気のせいか? )。キャンベル本に繰り返し出てくる主要テーマのひとつが Authority とどういう関係をとるかでして、ようするに他者から一方的に押しつけられた権威のもと、みずからの心の声に従わない、心の意に沿わない生き方をせざるを得ない、そんな世の中を、たとえばエリオットは「荒地 Waste Land 」と呼んだ、と。で、そういう上からの圧力に屈したのはたとえばアベラールやダース・ヴェイダーであり、それとは対照的に、なんとかみずからの心の声に従って抗ったのが、たとえばエロイーズだったり、ルーク・スカイウォーカーだったり、トリスタンとイゾルデだったりする。「あなたの神を、わたしに押しつけないでください」。そして自分も他者も、それぞれの生命の犠牲を不当に要求する / されるようなことも断じてあってはならない、と思う。最後に与謝野晶子のこの有名な作品の一節を引いておきます。『フィネガンズ・ウェイク』でジョイスが絶叫しているように、とにかく「地には平和」を! 
あゝおとうとよ、君を泣く
君死にたまふことなかれ
末に生まれし君なれば
親のなさけはまさりしも
親は刃をにぎらせて
人を殺せとをしへしや
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや

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2014年12月30日

『ウィンチェスター・トロープス』より一世紀は古い、らしい

 だいぶ前、ここで『アイルランド地誌』を取り上げたとき、当時のアイルランドでは「複雑な」ポリフォニー音楽が奏されていたらしい … みたいなことを書き、そしてこちらの記事では『ウィンチェスター・トロープス集』のこととかもすこし言及したけれども、またしてもその英国で、しかも大英図書館で、さらに時代を遡る「譜例」が発見されるとは思いもよらないことでした( ちなみにこちらの記事では、「最古の合唱音楽か」という見出しになってます )。

 日本語ではこちらのサイトで、この新発見についての経緯がかいつまんで書いてありますが、この記事の出典つまりソースが The Guardian 紙なので、そうそういい加減な記事じゃないはず。もっとも、この「余白に書きこまれた曲譜」というのが、再現してもたったの数秒でおしまいみたいなほんとに断片そのもの。ただし、同記事中、「アメリカのセント・ジョンズ・カレッジの大学院生で大英図書館のインターン生として勤務している … 」というのは、形容詞のかかり方がまずい。もちろんこの博士課程のインターンの方は、聖歌隊で有名なケンブリッジ大学セントジョンズカレッジの学生さんなので。以下、発言部分を拙訳にて紹介してみます。↓

 「 … 興味深いのは、ここでわれわれが見ているのは多声音楽の誕生ではあるものの、こちらの予想とは異なる姿を見ている、ということです。一般的に、多声音楽は一連の決まり事と、ほとんど機械的な慣習から発展したみたいな捉え方をされています。この曲譜は、多声音楽の発展成立に対するわれわれのそのような認識を変えるものです。作曲者がだれであれ、彼はそんな決まり事を破壊しているのです。この曲譜を見ると、10 世紀当時の音楽が流動的な、発展途上の形式だったことがわかります。当時の音楽慣習は従うべき道というよりもあくまでひとつの出発点に過ぎず、あとは新しい作曲法を求めて、めいめいがそれぞれの道を歩んでいったのではないでしょうか」。
He said the unknown composer was already experimenting with the style, breaking the rules as they then stood. “What’s interesting here is that we are looking at the birth of polyphonic music and we are not seeing what we expected. Typically, polyphonic music is seen as having developed from a set of fixed rules and almost mechanical practice. This changes how we understand that development precisely because whoever wrote it was breaking those rules. It shows that music at this time was in a state of flux and development. The conventions were less rules to be followed than a starting point from which one might explore new compositional paths.”

発見者のヴァレッリ氏( 名前からしてイタリア系、ほんとに米国の人 ?? )によると、この曲譜の書きこまれた「ランス司教 Maternianus の肖像画」は、現在のデュッセルドルフ、もしくはパーダーボルンあたりの修道院が出処らしいです。ところでこの人って … 祝日は4月 30日らしいけれど、あいにく Catholic Online サイトにも載ってない。どんな司教なのかな? で、ヴァレッリさんが出処として目星をつけたきっかけになったのもこの聖人の祝日の日付でして、なんでも当該ページのてっぺんに、べつの写字生が「祝日 12月1日」って追記してあって、さらにはドイツ一部地域ではこの聖人を 12月1日にお祝いしていたらしいです。

 いまひとつわかんないのが、やはり Eastern Palaeofrankish という用語。シャルルマーニュの帝国( フランク王国 )の一部地域で使用されていた記譜法なのかな ?? とすると、当地の宮廷で使えていたアイルランド人学者に修道士連中なら、「ああ、これね」ってふうに読めた( 楽譜を解釈して、歌えた )のかもしれない。

 … ああ、そういえば今日の NHK-FM、「西村由紀江の古楽器さんぽ II」、再放送聴くの忘れた。orz 「エスタンピー トリスタンの哀歌」って、すごく興味あるんだが … 「悲しみの人」トリスタンは竪琴弾き、キャンベルふうに言うと、リラ( 竪琴 )弾きつながりではトリスタンはヘルメス → アポロン → オルフェウスの系譜に連なることになる。もっとも彼のほんとうの出自は、キャンベルの恩師ハインリッヒ・ツィマーの父上のケルト学先駆者ツィマー氏によると純粋にケルト系。8世紀後半というから、ラテン語版『聖ブレンダンの航海』の祖型が成立したのとちょうどおんなじ時代に、「タロルクの息子ドラスタン」なる人が実在していたそうで、その人にまつわる伝説が最古のウェールズ版「トリスタン伝説」ということになっているらしい。* でも、その最古級ヴァージョンであるウェールズ本は現存していないので、この人に関する詳細は不明。ゴットフリート・フォン・シュトラースブルクや「ブルターニュのトマ」など、こんにち伝わっているトリスタン物語は 11 世紀以降、ブルターニュ半島に伝わったのちのもので、ウェールズではトリスタン(=ドラスタン)の父親の名前が「タロルク Talorc 」なのに、ゴットフリート本では「リヴァリーン」になっています、って今年最後の脱線をしてしまった。ようするに、ハープつながりだったんで、西山まりえさんのゴシックハープ独奏による「トリスタンの哀歌」を聴きたかった、ただそれだけ( エスタンピーとは、ロンド形式に似た当時のダンス音楽を指す )。

* ... J. Campbell, The Masks of God, Vol. IV:Creative Mythology, pp. 204−5

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2014年07月21日

こんどは国際バッハコンクールで快挙 !! 

 ここ数年、国際的な音楽コンクールにおいて邦人、とくに若い演奏家の入賞が毎年のように報じられ、音楽好きとしてはまことにうれしいかぎり。

 そんな折も折、こんどはライプツィッヒから朗報が。なんと、国際バッハコンクールヴァイオリン部門で弱冠はたちの若き俊英が最高賞入賞の快挙を成し遂げたという !! BRAVO !!! *

 今回、みごと第1位を獲得された岡本誠司さんというヴァイオリニストは、まだ東京芸大の2年生 … なんですって。すごい新星が出現したものだ。梅雨は明けたみたいだけど個人的にはあんまり晴れ晴れしない毎日を送っていたので、なんだか元気をもらったような、ひさしぶりにいい知らせでありました。

 NHK 総合の夜のニュースでも報じられていたので見たんですが、聴衆のひとりがコメントしていたことばが印象的でした … 「一音一音が真珠のように粒がそろっていてすばらしかった」とか、そういう趣旨のことを言っていた。… バッハでヴァイオリン、とくると、やっぱあれかしら、「シャコンヌ」。岡本さんの独奏で聴いてみたいなあ。

 「子どもころからバッハが大好き」だそうで … 「基本はバッハ」、と思ってるワタシとしてはまたしてもうれしいかぎり。心強いかぎりです。

 とくにバッハ弾き、というわけじゃないけど、静岡県にもすばらしい若手演奏家は何人もいまして … 何年か前に国際コンクールで入賞した掛川市出身の長尾春花さんもいますし … そうだ、掛川と言えばピアノの佐藤元洋さんもいます! やはり東京芸大に在学中で、ベルリンに留学中とか。個人的にはおおいに期待しているピアニストなので、静岡市あたりでリサイタルとか開いてくれればいいなあと思う、今日このごろ。

 … そういえばもうすぐ土用の丑の日。肝心の「うなぎ」が心配ではあるけれど、たまには蒲焼きでもしっかり食って、スタミナつけないといかんな … 暑中お見舞い申し上げます。

*... ご本人の公式 Twitter アカウント投稿によると、第1位のほかに、聴衆賞もあわせて受賞したとのことで、ご同慶の至りです。

本題と関係ない追記:「鶴瓶の家族に乾杯」、次週はまさかの( てっ ?! )西伊豆町( しかも安良里漁港 )! 昨年のいまごろはとんでもない水害に見舞われていた。彼岸参りに行ったときに浜川をすこし遡ったら、やはりそのときの爪痕ははっきり残っていた。Time flies ... あともうすこしでお盆か … 。

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2014年06月23日

祝 富岡製糸場世界遺産登録決定&OTTAVA 存続決定 !!! 

1). 本日は休み。といっても朝からヤボ用でバタバタ。はあ、そーいやあもう今月いっぱいで OTTAVA が終わっちゃうなあ、はあ … とかなんとか、そんなふうに過ごしていたら … なんとなんと大逆転ゴール !!! ってワールドカップじゃないけど、この急転直下急展開にはふんとビックリした。でも、とりあえずよかったですね。ほんとはもう終わりだから、この前聴いていたく感激した 'amoroso' でかかった、塚谷水無子さんのオルガン独奏のこととか書こうかな、なんて思っていたのだけれども … このオルガンは山梨のフィリア美術館というところに3台あるうちのひとつ( もっともちいさい楽器はリードオルガン、ようするに足踏みオルガンと呼ばれるもの )。オンデマンドでもこぴっと聴かせていただきました。

 … というわけで興奮さめやらぬなか、「クラシックカフェ」のあとはずっと OTTAVA をかけっぱなしで聴いてます。ってワタシはそんなに熱心なリスナーでもなんでもなくて、ただ就寝時のお供がたいてい、'OTTAVA Stella' だったので … ときどきジュリア・ブラウンの弾く Naxos 音源のブクステフーデ( BuxWV.160 )とリュプザムのバッハ( BWV.578、「小フーガ」)が大のお気に入り( もち、BWV.1041 のアンダンテ[ 前にも書いたけど、映画「わが母の記」サントラでも使用された ]も )で、OTTAVA をこよなく愛するリスナーさん方の熱い熱いメッセージとか聞いていると、こっちまで涙腺が潤んできてしまふ。「OTTAVA はインフラです」というのは、けだし至言ですねぇ … 「ロバの音楽座」の上野先生の「動く年賀状」ふうに解釈すれば、「音楽は心の石焼き芋」。知らなかったが、あの大震災のとき、OTTAVA は通常どおりに放送していて、さるリスナーさんのことばを借りれば、「いままでただ漫然と聴いていたが … このときほど音楽の持つ力を痛感したことはなかった」。… ほんとうにそうだったろう、と思う。そして OTTAVA のすばらしいところは、震災被災地支援をずっとつづけていることです。

 最近、もっぱら「らじる☆らじる」で聴くことが多いけれども、これは国内専用。でも OTTAVA は BBC Radio 3 などとおんなじで、世界中どこだって聴ける。これは最大の武器ですね。日本国内のクラシック専門ネットラジオステーションでこういうサービスを提供しているのは、知るかぎり OTTAVA 以外にはないと思う。

 今後、どういうかたちになるかはまだわからないながら、Naxos 移行後本格稼働するのは 10月ごろになるらしいです。ついでに、'con brio' エンディングにかかるオルガン曲、R.シュトラウスの「あすの朝」ですよね。

2). めでたい、ということでは … やはりこれ、富岡製糸場ですよね !!! だいぶ前にもここでこんな記事書いたことがあったけれども、あの歴史的建造物が残ったのも、片倉工業という一企業がしっかり維持管理してきたからこそ。1987年の操業停止以後、片倉工業が富岡の維持管理にかけた費用は年間数億円にものぼったそうですよ。頭が下がる思いだ。でもこれからが本番ですよね、世界遺産というのは。自分もいつかここを見学したいと思う。

3). めでたい、と言えば … NHK-FM のほうでもありました! 「ご自愛してますかぁーッ !! 」、そう、「きらクラ!」も晴れて放送 100回目を迎えます。なんでもふかわさんお気に入り楽曲オンパレードとか。どんな放送になるのか、こっちも楽しみ。

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2014年05月10日

メンデルスゾーンの歌曲が 140年ぶりに発見 !! 

 そういえば先週は、音楽好きにとってはこんな大きなニュースもありました。

 リンク先記事だけでは心もとないので、BBC News の記事も見てみました。すると、今回発見された歌曲については、
1). 女声アルト独唱用、変イ長調 / 29小節の小品。
2). 友人のベルリン宮廷歌劇場( 現・ベルリン国立歌劇場 )支配人に個人的に委嘱されて書かれた歌曲らしい。
3). 依頼主が出版を望まなかった。
4). 歌詞は、リュッケルトの詩 Das Unveränderliche の第二節から採られた。末尾に本人の署名も入っている。
5). 書かれた年代はメンデルスゾーンの亡くなる5年前、1842年、作曲者 33歳だったとき。
6). ただし、メンデルスゾーン研究者のあいだではすでにこの作品の存在は認知されていた。1862年と 72年の二回、競売にかけられている。

… ということらしい。で、その後行方知れずとなり、このたび米国で「再発見」されたわけなんですが、ではなんで米国で見つかったのかは謎 … みたいです。この自筆譜は、現所有者のおじいさんが手に入れたもののようで、その人はメンデルスゾーン作品の信奉者だったようです。↓



 海外関連サイトとしては、こちらの記事とかもあります。

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2014年02月09日

偽作? 真作? 人殺し? 

 偽作と真作( 真筆 )。国内のクラシック音楽界を揺るがすほどの騒動になっている例の「偽作」問題について。一ディレッタントとして、また「芸術至上主義」を自認してもいるここにいる門外漢も、思うところがありまして、卑見を述べさせていただきたい( ほんらいは、さっさと片付けるべきことがあるんですが、この件に関してはつい口を挟みたくなってしまった )。

 当事者の片割れである作曲家先生の記者会見、いちおう某民放番組にて見たんですが … なんというか、スカっとしませんね。「わたしはかつて若く、愚かだった。いまは年老い、そしてもっと愚かになった」というマーク・トウェインのことばを地で行くような人間ではあるが、そんなワタシの目から見ても、この人、ちょっと常識に欠けてるんじゃないかと思わざるを得なかった。どう考えてもこのタイミングでことの真相はこうでした、謝罪します、というのは、いくらなんでもせっかく作品を選んでくれた橋選手に対して非礼なんじゃないでしょうか。

 もちろん、この「天才的大馬鹿コンビ」の道義的責任は免れず、このたびの「偽作」騒動で損害を被ったレコード会社や興行関係者、あるいは ―― 安くもないチケットを買ってコンサートを楽しみにしていた聴き手 ―― から、損害賠償請求訴訟を起こされるかもしれない。だが今回の会見でいちばん違和感を感じたのは、当初「現代典礼」という曲名の長大な作品が、いつのまにか「交響曲第1番 HIROSHIMA」にすげ替えられた時点で、この「真作者」先生はどうして事の真相を公にしてくれなかったのか、ということ。もしその段階でことの真相を明らかにしてくれたなら、ここまで酷い( そして醜い )騒動にはならなかったのではないか、といまさらこんなこと言っても遅いけれども( 例の「指示書き」も見たけど、グレゴリオ聖歌やバッハをはじめ、ウィリアム・バードやビクトリア、ペンデレツキだのが出てきて、音楽の知識はそうとうあるなという印象は持った )。

 しかしながら同時にまたこうも思う。しまった、騙された! こんなもん、捨ててしまえ! と、その当該作品のアルバムをお持ちの方でそう考える向きもいるかもしれない。でもちょっと待った。あなたが買ったその楽曲って、たとえ耳が普通に聞こえるアカの他人の作品だからといって、即、無価値、ということになるのだろうか? ワタシは否、と思う。

 「作曲家が単独で自作を発表する」のが作曲の定義になったのは、そんなに古いことではないはずだし、他人様の楽曲を勝手にアレンジして「ワタシの作品」として出版したり演奏したりするのは、バッハまでの時代はごくごくふつうに行われていたことでもある。たとえば、過去記事でこんなこと書いたけれども、モンドンヴィルという人は、自分の名前で出版してもたいして売れないとふんだらしく、今回とおんなじようなことをしてお茶を濁している。そして大バッハの長男、ヴィルヘルム・フリーデマンは、もっと確信犯で、なんと偉大なる父の作品を、こともあろうに「ワタシの作品」として出版した「前科」が明らかになっている( もっともいまは著作権云々 … とかあるので、直接の比較の対象にはならないとは思うが )。

 意図的ではないけれど、結果的に長いこと音楽愛好家を「欺きつづけた」作品というのもそれこそぞろぞろある。もっとも有名なところではたとえば「モーツァルトの子守歌」。これじつは医者でアマチュア音楽家でもあったベルンハルト・フリースという人の作品(ちなみにこちらの記事によれば、フリースの奥方がモーツァルトの弟子のひとりだったという。これは初耳!)。あたらしいところでは、「アルビノーニのアダージョ」なんかもそう。トンマーゾ・アルビノーニという人は、ヴィヴァルディとかガルッピとかが活躍した、ヴェネツィアの貴族の家に生まれた、ようするに金持ちのボンボン。この人のスゴイところは、いわゆる「職業音楽家」ではなく、一介のアマチュア音楽家、それも玄人はだしの才能と技量の持ち主だったこと。で、20世紀の音楽学者レモ・ジャゾットが「空襲直後のドレスデンの旧ザクセン国立図書館の残骸から」見つけたとかいうこの「アダージョ」、はっきり言って、―― かつてスラヴァというカウンターテノールが歌って国内でもヒットした、「カッチーニのアヴェ・マリア」同様に ―― これアルビノーニの「真作」をいくつか聴いたことある人だったらまず「これは偽作だろう」と首を傾げる作品にちがいありません。ようするに意図的であってもなくても、西洋音楽ではこんな話、けっこうあったりします。

 ではだからといって、「アダージョ」の音楽作品としての「価値」は、なーんもないのでしょうか? オーソン・ウェルズ監督の映画「審判」にも使われ、いままで無数のミュージシャンによってそれこそ無数に編曲されたり一部分を使用されたりしてきたこの作品、ジャゾットのでっちあげだからといってこんなまがいものいらない、騙された、金返せ、ということにはならないと思う。このへんが音楽というアートフォームの持つ特有の事情かもしれない。いつか書いたかもしれないことですが、音楽は、ほかの芸術分野より、「理解されるのに時間がかかる」。これは故別宮貞雄氏の実弟で多数の著訳書でも知られる別宮貞徳氏の音楽エッセイに出てくる一節なんですが、西洋音楽の歴史を見ると、絵画や建築といった分野である形式、たとえばルネサンスとかバロックとかが確立したのち、ほぼ数十年から百年くらいあとになって、音楽の歴史上でもそういう名前で呼び習わされる形式が確立した時代がやっとやってくる、そういう趣旨のことが書いてありまして、なるほどなあと思ったものです。音楽は「むずかしくて」、醸成するのに時間がかかるということです。

 今回の騒動の火付け役(?)なのかな、音楽評論家の先生が「新潮 45 」に寄稿した記事がそもそものきっかけみたいですが、その先生が、「ベートーヴェンになぞらえるなんてベートーヴェンに失礼だ!」みたいな発言をしていた。そりゃもちろん失礼だとは思うが、べつになぞらえる必要もないでしょう、と。ことはこれにかぎったことじゃないけど、やはり色めがねでモノを見たら / 聴いたらいけない、ということなんではないかな。悲しいけれど、けっきょくある楽曲の演奏を聴いて感動したとかなんじゃこれ駄作だとか、そういう判断はとどのつまり聴き手本人の感覚の問題。かくいうワタシはこの自称「全聾の作曲家」氏の作品をただのひとつもまともに聴いたことがなく、ただ記者会見のあいまに切れ切れに流れてきた「ソナチネ」の旋律を聴いた感想なんですが、こんなこと言うのは不遜だというのも承知のうえであえて言えば、作品じたいは思ったほど悪くない、というのが第一印象だった。

 バッハ時代の話にもどすと、当時は自分を「表現する」ために作曲する、なんてのはありえず、たとえば雇い主であるライプツィッヒ市当局とかトーマス教会、あるいは「不眠症を和らげてくれるような作品をひとつ書いてくれ」とか、これこれの作品を作るべしという制約ないし職務上の義務として「作曲」という行為があった。次週の「古楽の楽しみ」は関根敏子先生解説による「フランス古典もの」の週ですが、ためしに聴いてみるといいです。ダンドリュー、ドラランド、ラモー、フォルクレ、ルクレール、サント-コロンブ、フランソワ・クープラン、マラン・マレー … こういった人たちはみな所属していたフランス宮廷の求めに応じた作品を書いていった。思うに( やったことは道義的・倫理的に悪いことだが )、今回の「ゴーストライター」先生のやったことは、時代がちがえば、こういうフランス古典時代の雇われ作曲家とたいしてちがわないんじゃないか、という気がする。当人も「最初はアシスタントとして」手を染めた、みたいなこと言ってるから、感覚的には基本的にこういう「職人」作曲家とおんなじだったのかもしれない。つまり、「偽作」ではあったが、だからといって手は抜いていなかった、ということ。曲作りのあいだ、魂はこめていたと思う。ついでに脱線すれば、本家サイトに掲載したラテン語版『聖ブレンダンの航海』がらみの記事とか、訳文とか、当の本人は真剣に、大げさな言い方ではあるが骨身を削るような思いで作成している。こんなことしたって一円の得にもならないことはわかってるんですけど、ようするに芸術とか創作っていうのは損得の次元じゃないんです(損得がらみの芸術は、たとえばジョイスの言うところの「ポルノグラフィー」 )。年がら年中、おカネのことしか頭にない人には、わかってもらえないでしょうがね。

 ちなみに道義的責任を作品評価に直結させる人がいるけど、それもどうかと思う。このふたりのやったことは子どもに対して悪い見本だったとは思うが、西洋音楽史上ではそれ以上に悪い見本みたいな作曲家が、自分の知るかぎりふたりいる。ジョン・ブルカルロ・ジェズアルドだ。ブルは、「ブルのおやすみ」とか「ブルのトイ( 玩具 )」といった愛らしいヴァージナル小品を書いたことでも知られる、16−17世紀の英国人作曲家で教会オルガニスト。合唱大国の英国では現在もよくあることだが、この人もまた教会の少年聖歌隊員出身の音楽家で( 「マッパ・ムンディ」で有名なヘレフォード大聖堂聖歌隊出身 )、血気盛んな若かりしバッハじゃないけど、この人もまたトラブルメイカーだったようで、最後には adultery、姦通罪に問われてお尋ね者となり、逮捕されちゃかなわんとばかりにあわてて英国を脱出、ネーデルラント方面に渡ったらしい( いまふうに言えば「高飛び」 )。その後、アムステルダムの大家スヴェーリンクと会ったり、アントウェルペン大聖堂オルガニストに任命されたりと、なかなか好待遇だったようです。もういっぽうの 16世紀イタリアの作曲家ジェズアルドのほうは、逆に、奥さんの不倫の現場を手下とともに急襲して惨殺したという、トンでもない男だった。貴族の特権でとくに沙汰なしということだったらしいけれども、いずれにせよ彼が殺人犯だったことに変わりはない。

 だからといって、このふたりの作品までもが無価値だ、葬ってしまえ、ということにはならんでしょう。芸術作品というものは、「それじたいで」成立するもの。作品を書き上げた時点で、もう作者のものではなくなる。作品そのものがひとり歩きするものだとかたく信じている。

 余談ながら、ときおなじくして村上春樹氏の新作短編『ドライブ・マイ・カー』についての騒動も聞こえてきた。思うに、訴えた町議さんには申し訳ないけど、一種の原理主義者的臭いを感じた。こういうのがまかりとおるようになると、いずれはかつての「第三帝国」とか、もっと古いところではジョルダーノ・ブルーノみたいな憂き目にあわされかねない( 誇張ではなく、本気でそう考えている )。ことは「創作するとはどういうことか」という、その根本にかかわる重大事です。かつて三島由紀夫の『宴のあと』とか、伊藤整の『チャタレイ夫人の恋人』に関する一連の裁判沙汰とかも思い出されたけれども、いま一度、このことについて考えてみたい。ちなみにこの短編、全文読んだけれども、… ようするにここは主人公の「そういう思いこみのクセ」みたいなものではないだろうか。個人的には、こういうくだりが気に入ったりした。
 「命取りになるぞ」と家福は言った。
 「そんなことを言えば、生きていること自体が命取りです」とみさきは言った。
 家福は笑った。「ひとつの考え方ではある」。

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2013年12月02日

'Robohand' の衝撃

 今年になって、日本国内でも話題にのぼるようになってきた感ありの 3Dプリンター。超がつくほどのアナログ大好き人間のくせして、おなじくらい新しもの好きという名辞矛盾が服着て歩いているようなワタシですが、はじめて 3Dプリンターなるものにお目にかかったのが、Eテレでやってた「サイエンス ZERO 」という番組。そのときは、「ふうん、こんなのがあるのか」くらいしか感じていなかったのですが、朝の NHK 静岡のニュースでも岐阜県だったか、地元町工場の方が「将来のモノ作りを変える」可能性を秘めたこの 3Dプリンターを1台買って、子どもたちに開放しているという話も見て、だんだんにではあるが気になる存在になりはじめてました。

 と、そんな折も折、ふとしたはずみでとんでもなくすごい話を知ってしまった。なんと、義手をこれで自作してしまおうという !! 

 その名も Robohand というプロジェクト。そもそものきっかけは、南アフリカ・ヨハネスブルグ在住の大工リチャード・ファン・アスさんが2年前、丸のこで作業中に誤って右手の指4本を切断してしまうという悲劇に見舞われたこと。これだけでもとんでもない災難ですが、なんといっても大工さんですから職業生命にもかかわります。とにかく時間がない。かといって従来の高級な仕様の義手製作にはとんでもない大金が必要( 最低でも 1万ドル、つまり 100万円以上かかるらしい )。どうするか ? ―― そんなら自分でなんとかして作ろう ! というわけでいろいろ Web 上の情報を探しているうちに、YouTube に上がっていた一本の動画に目がとまる。舞台上演のために製作された機械じかけの手。これだ ! と思って、米国ワシントン州シアトルに住む手の製作者、アイヴァン・オーウェン氏にメール。ふたりは意気投合してそれ以来、時差もものともせず Skype などで連絡を取りあい、募金までつのってこの米国人デザイナーが南アフリカに来る旅費を捻出し、地元の大学の先生の協力も取りつけ、… そうこうしているうちにこの話を聞きつけた甥っ子の友だちの奥さんが、生まれつき右手指の欠損した幼い息子にも義手を作ってほしいと願い出る。本来は大工さん本人の指を再生するための事業だったけれども、将来ある子どものためにとまずはそちらを優先して開発が進められた。その最初の成果が Robohand だったという。大工さんの指はどうなったかというと、このすばらしい話を聞いたプレトリアの機械メーカーが、無償で生産ラインの一部を提供し、ぶじ完成させたとか。

 このときふたりがぶつかった問題が、試作品製作に時間がかかりすぎるということ。シアトルのオーウェン氏はこのときすでにニューヨークに本社のある 3Dプリンターメーカーの MakerBot ( いまはイスラエルの大手 Stratasys 傘下 )とコンタクトをとり、ふたりのこの大西洋を挟んだ壮大な共同作業を聞いてそれならばと家庭向け卓上機種 Replicator 2 をそれぞれ1台ずつ、贈呈した( 廉価機種とはいえ、日本円で 20数万円はする機械です。ちなみに業務用 3Dプリンターはけっこうでかいものも造形する必要があるのでひじょうに大型で、お値段もとんでもなく高い。最近ではなんと ! 「家」をまるごとプリントアウトして組み立ててしまう「クレーン型」3Dプリンターの試作機まであるらしい )。おかげで当初は試作に2週間かかっていたものが 20時間ですむようになった( 最初は 3Dプリンターではなく、ふつうのフライス盤を使って加工していたようです )。

 … それにしてもすごい話です。いわば義手の DIY、自作 PC 機よろしくホームセンターで売っているような材料から義手をこさえてしまおうというのですから。いまではこの Robohand プロジェクトによって「安価で、使い勝手がよく、かんたんに組み立てられる」まさにブレイクスルー、画期的な義手を手に入れて可能性の広がった人は延べ 170 人以上。いろんな年代の方がいるけれども、やはりもっとも恩恵をうけるのは子ども。いままでの高価な義手では、体が大きくなるたびにべらぼうな出費を覚悟しなければいけないところですが、これなら文字どおり日曜大工感覚で交換パーツをこさえることができてしまう。それに子どもですからすぐ壊したりしがちですが、そんなときでも3D CAD データさえあればすぐに自作可能だし、その場合も材料費だけだったらいくらもかからない。

 Robohand プロジェクトに一役買ったかっこうの MakerBot ですが、先日、米国内の直販店としては2店目としてボストンにお店をオープンさせた。そのとき来店した 12歳の少年レオン・マカーシーくんもまた、この Robohand の恩恵を受けた子どもでした。彼の場合も、父親が動画サイトで Robohand を見てこれだ !! とさっそく飛びつき、Google+ 上の公式コミュニティグループで材料や組み立て方などひととおり指南してもらって、息子のために第一号の義手を製作。「最初はクレイジーだと思った」とか TV 局のインタヴューなんかでこたえていたレオンくんではあるけれども、試行錯誤と改良を重ねて、MakerBot ボストン店でお披露目したのは「第三世代」の義手。関連動画も貼っておくので見てもらえければだいたいのところはわかっていただけるかと思いますが、なんかこう、日々、あくせく余裕のない門外漢がこういう心温まるマカーシー親子のやりとりとか見てますと、息子に対する父親のかぎりない愛情がびんびん伝わってきてまたしても涙腺が刺激されてしまってしかたない。パーツじたいはかんたんに 3Dプリンターでできたけれども( このときは友人宅のものを借りて使用、のちに助成金で MakerBot のデスクトップ型 3Dプリンターを買った科学の先生の好意で、学校の 3Dプリンター[ ! ] を使って改良版を自作 )。

 岐阜の町工場さんあたり、このすばらしい話を知ったらどう思うのかな ? 3Dプリンターとくるとすぐ「銃火器」の話題がらみで語られたりするけれども( この前、家電量販店で国産 3Dプリンターの SCOOVO をぼんやり眺めていたら、うしろから中学生らしき一団が「あ、これ拳銃が作れるやつだ ! 」とか言っていた。老婆心ながら SCOOVO は PLA樹脂フィラメントで造形するので、いくらなんでも銃はむりでしょう[ 苦笑 ] )、「日本版 Robohand 」はぜったい、立ちあげる必要があると思う。もっとも Robohand 公式で発言している作業療法士の方の言われるごとく、なんだかんだ言っても 3Dプリンターで素人が自作可能なレベルというのはおのずと限界がある。一番の問題は装着のがたつきらしいですが、たとえばかぶれや炎症を起こさないように指定された素材( Robohand ではOrthoplastic という医療用樹脂を使っている )をかならず使用するとか、いろいろ注意事項が書いてあります。いまプロモーションで来日中の「ガガさま」も、最新アルバムで着用していた衣装が 3Dプリンターで出力されたとかって聞いたり、また「マダム・タッソー」よろしく、3Dスキャンした自分自身のフィギュアが作れるショップができただの、なんかそういう方向の話題ばかりが先行しがちではありますが、いずれにせよ、日本でもこういう真の意味でのブレイクスルーは起こすべきだと考えます、いやほんとうに。

 MakerBot サイトによると、必要なものとして、自社製品( MakerBot Replicator 2 Desktop 3D Printer と PLA 樹脂のフィラメント )、ステンレススチールのハードウェア、熱可塑性樹脂( orthoplastic )、ゴムバンド、ナイロンケーブルを挙げています( レオンくんの父親ポールさんによると、手首の上下動で人工指を動かす連結コードとして、釣り糸を使ったと述べています[ 引用元記事後半部分 ] )。→ 3D CAD データダウンロードサイト上の Robohand ページ。↓ は、FOX News のインタヴュー動画。



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2013年06月30日

最古の「いろは歌」と「花子とアン」

1). まずはこれ。30 年前、平安京跡で出土した 12世紀末−13世紀はじめの土器の「小皿」。昨年暮れだったか、京都市埋蔵文化財研究所が発見した「最古級のひらがな」についてはここでもちょこっと書きましたが、そのおんなじ研究所で、「そんなら過去に掘り出した土器についても調べてみよう」というわけで再調査した結果、ひらがなで「いろは歌」のほぼ全文が、その 30年も前に出土した「小皿」に墨書きされていたことが判明したと言います。これまたすごい発見です。

 こちらの報道によると、どうもこれ「いろは歌」を習っていた貴族の子ども ―― おじゃる丸みたいな感じかしら ? ―― が練習として綴ったひらがならしい … 拙いながらも、こうして掲載画像そして地元紙夕刊にも載っている写真とかもじっくり拝見していると、いっきに時代を遡って、はるか昔、平安京に生きたやんごとなきお方の子息がまさしく目の前で、一心に筆を運んでこの皿に「いろは歌」を書きつけているさまがありありと浮かんでくるようで、軽い眩暈さえおぼえた。こういう仕事ってたしかに好きでなきゃできっこないですが、こんなことがあるから、やめられないんだろうなあ、うらやましい、などとしがない門外漢は思ったしだい。最近、『百年前の日本語』というすこぶる刺激的かつおもしろい新書本を読んだばかりなので、「昔のひらがな字体 ( たとえば、「し」の異字体で「志」によく似た「かな」とか )」にも興味が湧いてきたし、その本に取り上げられていた夏目漱石の『坊っちゃん』と『それから』の「直筆原稿」を通してはじめて知ることも多かった。影響を受けやすい単純 (「単細胞」ではない ! )な性格ゆえ、なんだか急に手書きで、満寿屋さんの原稿用紙とかになにか書きたくなったりしてしまった。

 昔の人の書いた日本語の文章、とくると、いまさっき聴取した「きらクラ ! 」で、またしてもびっくりしてしまった。なにがって、岡倉天心の『茶の本』からの一節。恥ずかしながらいまのいままで、こんなすごい本がほぼ百年前に書かれていたとは知らなかった ( 寡聞すぎ )。しかも ―― 知っている人にとってはなにをいまさら、なのだが ―― これ、もとは日本語で書かれたのではない。くわしくは知らないが、おそらく米国滞在中に書いたと思われるけれども、もとはこれすべて英文 ! ですぞ。以前ここでも新渡戸稲造の英文だったかな、とにかく明治の先達の書き著したすぐれた英文のことを書いたような気がするけれど、会話、発信、もちろん重要です、でもね、こういうすばらしい先達の英文をインプットすることも大事だと思うんですね。'Yes, let's.' なんてほとんどお目にかかったことのない言い回しとかを習わせるよりもね。もっとも、ワタシがおどろいたのは原文が英語だった、という点にあるのではなく、村岡博という翻訳者がこの原文を達意の、格調高い日本語にみごとに移し替えたその技にある ( もちろん、原作の内容だってすばらしいのですが。→ 青空文庫版による全文 )。ちなみに岡倉天心の実弟岡倉由三郎という人は、知る人ぞ知る研究社『新英和大辞典』初版の編集主幹だった英文学者で、この『大英和』は「岡倉英和」なんて呼ばれたりします。*

 それと、ふかわさんが言っていた、「ボンネット」というのは、蛇足ながらこちらのことで、けっして車のエンジンフードじゃありません !! とここでも念押ししておく。

2). と、そんな折も折、「じぇじぇ ! 」という一方言の「オノマトペ」がブレークし、巷ではけっこう評判の高いらしい、いまの NHK「朝の連続テレビ小説」なんですが、個人的には来年のいまごろに放映予定だという「花子とアン」のほうがはるかに興味あり。なんと、『赤毛のアン』や『秘密の花園』、『小公女』などあまたの児童文学ものの翻訳を手がけた偉大な先駆者、村岡花子さんの半生を描くという ! しかも、「翻訳家」が主役の「朝ドラ」というのは、今回がはじめてではないだろうか。この発表の報に接してから、文字どおり I can't wait, 放送が待ち遠しくてしようがない ( 苦笑 )。

*... 『茶の本』について。いま、比較神話学者キャンベルが 40 数年も前に書いた四部の大作『神の仮面』の最終巻、『創造的神話』を 3章の冒頭部 ( ダ・ヴィンチが描いた音楽家の肖像画のモデルとも推定されるイタリアの音楽理論家ガフリオによる「天球の音楽」図の手前まで ) 読んだところなんですが、ここでカンが働き、おかしいなあ、キャンベルほどの人が『茶の本』を読んでないはずがない ! と思って調べたら、なんと ! 『千の顔を持つ英雄』に出てくるらしい。あいにくそれは持ってなくて、手許にある Reflections on the Art of Living / A Joseph Campbell Companion というアンソロジーに引用箇所が転載されていることを確認。のちほど目を通してみることにします。

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2013年06月09日

バッハ直筆筆写譜発見 !! 

1). おどろきましたね … ふたたびバッハ直筆の筆写譜が発見されたとの報道には ! もっともこんなふうに埋もれているバッハ資料はまだたくさんあるだろうから、今後もこの手の「発見」がつづくものと期待してます。

 今回あらたに発見されたのは 1740年ごろ、イタリアの作曲家ガスパリーニの「ミサ・カノニカ」をバッハ本人が筆写した楽譜とのこと。… 1740年、というとバッハ 55歳のときに書き写したことになる。「フーガの技法」の作曲をはじめたのもこのあたりらしいから、なんらかの関連性があるのかもしれない。当時のバッハは古様式 ( stile antico )、とりわけ厳格対位法である「カノン」形式の音楽のもつ可能性をとことん究めよう、と本格的に取り組みはじめたころ。翌年には「クラヴィーア練習曲集第四部」として「ゴルトベルク BWV.988 」を出版しているし、1745 年には「14 のカノン BWV.1087 」を、翌 46年には「6声の謎カノン BWV.1076 」を作曲していると考えられているから、若いころからせっせと他人の作品の写経ならぬ筆写譜づくりにいそしんでいた勤勉そのもののバッハのこと、一連の「カノン」がらみの作品を作曲するさいに参考にしようと考えたとしても不思議ではないと思う ( 報道に出てくる「バッハ資料財団」って、バッハアルヒーフのことね )。

 ただ、この原曲について、いったいこれ声楽作品なのか器楽作品なのか、門外漢にはさっぱりわからず、また「古楽の楽しみ」でもこの 1668年生まれのガスパリーニという人の作品がどれほど取りあげられたかもすでに記憶になく、いましがたぐぐったら今年 3月ごろに一曲のカンタータがかかったくらいで、この人の作品についてはなにも知らないにひとしい。このページを見たら、どうも原曲は 1705年にヴェネツィアで作曲された4声合唱と通奏低音のために通作されたミサ曲で、各部分が技巧的なカノン書法で書かれている … らしい。ということは、バッハがこれを筆写したのは一連のカノンもの鍵盤楽曲のためではなく、むしろ最晩年の畢生の大作「ロ短調ミサ BWV.232 」に生かすためだったのだろうか。

 と、あれこれ妄想はふくらむいっぽうではありますが、地元紙に掲載された写真とか見ても、あきらかにバッハ特有の、丸っこい2分音符とか確認できたので、ああ、たしかにそう言われればこれバッハの直筆なんだろうな … という感じはした。とにかく一度、これ聴いてみたいな。あいにく NML には、なさそうですが。ちなみに手許の「バッハの所蔵楽譜文庫 (『バッハ事典』)」のコピーも見たけれど、あいにくガスパリーニの作品はリストにはなかった。でもなんらかのかたちでバッハはこのガスパリーニ作品の楽譜 ―― 出版譜か、それともだれかさんの筆写譜なのか ―― を手に入れて、あるいは借りていたはず。でなければ書き写せないし。

2). この前見た「クラシック音楽館」。ちょうど一昨年の今月に東フィルの実演でも接したリストの「レ・プレリュード」に、ルーマニア出身のピアニスト、ヘルベルト・シュフさん独奏によるリストの「ピアノ協奏曲 第1番」… もよかったんですが、なんといっても ―― これ生放送も「らじる」で聴いているから、おんなじことの焼き直しになるけれども ―― バッハのオルガンコラール「イエスよ、わたしは主の名を呼ぶ BWV.639 」は、やはりすばらしい ! と思う。TV でも視聴できて感激 ! で、締めのサン-サーンス「オルガンつき」。たしかこれ、レジストレーションが少々おとなしい … みたいな感想を書いた記憶があるけど、じつは指揮者メルクルさんが自身の本拠地リヨンにある、名匠カヴァイエ-コル建造の大オルガンの音色を「忠実に」再現しようとしたがため、ということが判明。なんでもリヨンのそのカヴァイエ-コル・オルガンは、サン-サーンスも弾いた楽器なんだという … むむむ奥が深いな ! でも以前「クラシックカフェ」かなんかで聴いた、小澤征爾指揮ボストン交響楽団による「オルガンつき」の、豊かな残響を持つ空間にひろがるオルガンの迫力ある音響、というものがある種理想のように思えていたため、ついそれと比較して「おとなしい」、迫力不足のように感じてしまった。そういう意図が働いていたのか。

 … ひきつづいて放映された「プラス」で登場したのは … なんとなんとあの ( ? ) キャメロン・カーペンターだったのにはおどろいた。… というかなにあの恰好 ?? ギャングみたいな出で立ち。しかもあの髪型 … 幼い子が見たら泣くよ ( 笑 )。

 肝心の演奏は、… 乱暴にひとことで要約すれば、「オルガン版ディズニーランド」。なんというか、「辻オルガン」ですな。あの両足の捌き … 目にも留まらぬあの妙技。たしかにかつてのヴァージル・フォックス以上の、ものすごい「才能」を感じる。ある種の天才です。でもですよ、たとえば出だしのバッハ「前奏曲 ( 「無伴奏チェロ組曲 BWV.1007」)」、あそこまで「足で」弾くことになにか意味でもあるのだろうか。よーく見ていると両手両足というより、左手で弾けるパートまでムリやり足鍵盤で弾いているから、左手がお休みしている場面とかけっこうあったし、またあの編曲 ! クライマックスに向かってバリバリとストップ増強、増強 !! サントリーホールのリーガーオルガンには「水平トランペット」があるから、ひょっとしたらそいつも鳴らしていたのかもしれない。とにかくあの品のない、やたらかまびすしい音色をこれでもか、というぐあいに繰り出しては鍵盤交替を頻繁にしてよりいっそうわけわからん混沌とした響きにしてお茶を濁すというのか、ケムに巻くとでもいうのか、そんな感じ。スエルシャッターの操作も尋常じゃないですよ、やたらスエルペダルをくねくね動かしているし。オルガンという楽器は発音機構上、ピアノみたいには俊敏には反応しませんしね。

 ショパンだってすごいですよ、あの調子で弾かれちゃ、当のショパン本人だってこう言うんじゃないかな。「え ? なにこの曲だれが作曲したの ? え、オレ ?! オレはこんな曲、書いた憶えはないけど !! 」。ようするに編曲というより翻案ですね、完全に「キャメロン・カーペンターのオリジナル」と化している。

 コラール前奏曲などで使われる、「下の鍵盤を弾きながら上のキーも同時に押さえて演奏する」という高度な技法も、ひょいひょい上行ったり下行ったりするような演奏を見ていると、「演奏技巧は達者だな」とは思うけれども、肝心かなめの音楽は心に響いてこない。深みがない。どう転んでも、ワタシの耳には「ディズニーランドかなんかにある、手回しオルガン」の音にしか聴こえなかった。

 この人の演奏家としての特徴は、最後の「星条旗よ永遠なれ」を見るだけでわかる。盛りあがった聴衆に向かって、手拍子を要求しながら弾くあの姿。おなじ「天才」でも、純粋に音楽に集中したいがために公開演奏会を捨てたグールドとはまるで対照的。もちろん、オルガン音楽をはじめて聴くような人にとっては、カーペンターさんのような弾き手も必要かと思う。これをきっかけとして、オルガン音楽の奥深い世界に足を踏み入れるならば、まことけっこうな話ではある。でもとどのつまり「一発芸」であることは否めない。カーペンターふうの演奏こそオルガン演奏のあるべき姿、みたいに思われてしまうと、こっちとしては挨拶に困ってしまう。オルガン演奏における可能性の追求ということだったら、もっとほかのアプローチを探るべきではないだろうか … と安いボルドーの赤を飲みながら思ってしまった。

関係のない追記:今日、たまたま「テストの花道」という番組の再放送見ていたら、出演者の高校生くらいの子たちが「鍵盤」をかぎばん ? なんて答えていたものだからビックリ。「沖天」とか「湖沼」も読めず … というのは、いくらなんでもそりゃないだろ、という感じ。「石灰」や「そば」を「なま」なんて読まないでね。イカや家具、船舶の数の数え方なども … 大丈夫ですか ?? うん、たしかに日本語はむずかしい。

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2013年04月06日

春なのに …

1). 先月はじめ、世界初の「海底下から」のメタンハイドレート産出実験が遠州灘沖の「南海トラフ」沿いにて実施されました。で、地元紙も当然のことながら報じていたわけですが、3月 25日付「社説」なんか見ても、なんかこうだれかに遠慮してんじゃないの ? 、という感じで歯がゆかった。↓
「ちきゅう」は清水港を寄港地とした。試験現場が遠州灘沖の南海トラフということもあって静岡県民にとっても関心がある。事業の意義や成果についての説明会を同港の地元で行なってほしい。

 東海地震説が発表されてはやウン十年 … の月日が流れ、2011 年の大震災以降はそれまでの地震学の常識がもはや通用しない、いつどこで大地震が起こるやもしれない、といっぽうではさかんに警告されている。なのにそのもっとも危険視されている「南海トラフ ( その延長線上に「駿河トラフ」と「富士川断層帯」がある ) 」沿いの深海底にドカンと穴掘ってガスを取り出す、とはこれいかに、と思ってしまう。すくなくとも自分の知るかぎりでは TV も新聞もあんまり海底からメタハイを掘り出すことに付随するかもしれない危険性についてはなんらの報道もしていないように見受けられます。というか、われわれ素人のほうがむしろそのへんに関しては敏感みたいで、遠州灘沖の産出実験の直後、地元紙の読者投書欄にて 70代の方がやはり当方とまったくおなじ懸念を書いておられたのがすこぶる印象的だった。

 おまけにこのメタハイって喧伝されているほどたいした量はなさそうで、日本近海ぜんぶ掘ったところでせいぜいが 100 年分とか。南海トラフ沿いにかぎれば 20年分もないらしい。さらに某週刊誌でもとメタハイの研究者という方が「告発記事」を書いていて、それを額面通りに受け取るならばこんなことに税金を注ぎこまれちゃとてもかなわないって思いますよ。けっきょく一部の業者だかが潤ってそれでおしまいじゃないですかね。海溝型地震との関連がいまだ不明ななか、まず「開発ありき」で本格的にボコボコ掘られてはたまらない。とにかく安全性が担保されないかぎり、たかが数十年くらいしかもたないガス資源とわれわれの生命財産をトレードオフされちゃかなわない。原発稼働をめぐっての一部のいわゆる「知識人」の発言にも見られるごとく、いまだ明日をも知れない生活を強いられている人びとがたくさんいるというのに、なんで発想じたいを刷新できないのだろうか。化石資源頼みのエネルギー施策は、いずれは行き詰ることがわかっているのに … これはべつにマッキベン本の受け売りなんかではない。化石資源はいずれ枯渇するもの。そしてそれを前提にしたわれわれの生活様式というのは、もう持続不可能のぎりぎりのところまで来てしまっていると認識すべきです。え、シェールガス ?? それだっておんなじでしょ。げんに向こうじゃ掘削に伴う地下水汚染とか問題になっているみたいだし。

 そんな折も折、心強い方というのはいるもので … 近畿大学生物理工学部の鈴木高広教授によるさつまいも燃料の研究や、マグネシウム電池、卑近な例では温泉熱を利用した「地産地消」型発電 … これらとたとえば静岡県は日照量が全国一 ( ! ) な土地柄で、それを最大限活用した太陽光発電とか、冬の西風で荒れる駿河湾の波から電力を取り出す実験にもっとお金をかけてくれたほうがよっぽどいい、と思う。そういえば先日も TV ニュース見ていたら、アベノなんたらで株価があがった、万々歳、みたいな人を見かけました … 国難はまだ終わってはいないのに、日本人の健忘症ってここまで酷いものなのか、という気がする。南海トラフの巨大地震もそうだし、富士山の噴火 … にも備える必要があるし、国難はこれからなのにね。「春の宴」ってやつかもしれない。

2). とはいえ、ワタシは新聞というメディアは絶対必要不可欠なもの、と信じている。ちょうどいま連載中の「新・日本の幸福 ―― あしたへ」は、すばらしい企画だ。岩手県陸前高田市の、独力で自宅を再建したという佐藤直志さんの話は「先祖になる」として映画化もされたので、ご存じの方も多いと思う。恥ずかしながら、そんな佐藤さんの許へ米国の「9.11 家族会」会長さんが訪問していたことを、この連載にてはじめて知った。そして家族会会長のリー・イエルピさんの、「遺族、被害者は決して忘れられてはいけない。立ち上がり、声を上げるべきだ」という心からの叫びのような訴えが、TV 画面に映る株価上昇で喜んでいる人の顔となぜか重なった。

 イエルピさんに言わせれば、自宅再建の意思を貫いた佐藤さんこそ「理想」だという … そして東北の人が声をあげず、静かすぎることも気になったという。「文化的な違いがあることは分かっている。でも、被災者は『声』を持つべきだ」。

 こういう彼我のモノの捉え方、考え方の相違は、イエルピさんが米国人だからよけいに歯がゆく感じた、というところもあるだろう。そうはいっても今回、直接に被災しなかった大多数の人の意識が、はやくも風化しはじめているように感じられてならない。

 話をもどして、自分にとって、このような「情報の一覧性」にすぐれる新聞というメディアは必要。それが iPad のような、紙媒体でなくなったとしても。たまーにヘンテコな誤植・字抜けも見受けられたりするけれども ( つい先日もあった )、とりわけいつも目にしている地元紙には地方紙にしかない強みがあるし、これからもがんばっていろいろな記事をわれわれ県民に提供してほしい、とせつに願っている。あ、そうそう、そういえば花粉症って、やっぱり、というべきか、日本だけではないんですな。向こうではブタクサとかオリーヴ、ヨモギ類の花粉らしいですが、欧米でも国民の二割ほどが花粉症患者だとか → AFPBB の関連記事。もうひとつだけ印象に残った記事として、「英国ではポーランド語が、英語についでよく使用されている言語」だという報道。そして「英語がまったく話せない」という人が 138,000 人いるという。2011 年度の英国国勢調査によると、ポーランド語のつぎに多く使用されている言語がパンジャブ語で、以下ウルドゥー語、ベンガル語、インド西部で話されているグジャラート語、アラビア語、フランス語 ( ! )、中国語、ポルトガル語だとか。

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2013年01月14日

ウィットビーの斜面崩壊 & 次回の「スーパープレゼンテーション」

1). 西暦 664 年の宗教会議 ( シノド ) が開かれた、英国北東部ノース・ヨークシャー州の歴史ある港町ウィットビー。以前ここでも「世界ふれあい街歩き」で放映されたこととか書いたことありますが、なんと ! つい最近、こんな記事見つけておどろいてます。昨年暮れにかけてこの季節としては異常な大雨が降り、文化財のウィットビー修道院跡に隣接するセントメアリー教会の敷地内にある急崖が地すべり ( ? ) を起こしたとのこと。掲載画像とか見るかぎりではその昔、伊豆西海岸の崖っぷちを走っていた旧国道でよく見かけた崖崩れないし「斜面崩壊」といった感じですが、関連記事によると今回の大雨で崖直下の急斜面沿いに建つ民家 5棟が土台ごとえぐられ、古くからここに住んでいたひとりのおばあさんが助け出されたとか書いてありました。残念ながら崩落した民家はそのままにしておくわけにはいかないから、取り壊されたらしい。自然災害にこんなこと言ったってしかたないのだけれども、よりによってクリスマス時期にこういう災難にあってしまうとは。

 で、当の教会は大丈夫なんかな ? と思っていたら、ここの主管牧師さんによると教会堂じたいは岩盤の上に建っているから心配なし、とのこと。とはいえ崖はずいぶん崩落しているし、西伊豆の黄金崎 ( こがねざき ) じゃないけど、崖そのものの風化がそうとう進んでいるようにも見受けられます … おまけに崩れた箇所がちょうど教会墓地の一角で、なんと埋葬されていた「ご遺骨」までが表土とともに流出するしまつ ( 牧師は発見しだい、崖から離れた場所に埋めもどすと言ってはいるが … ) 。斜面崩壊の原因として、崖の地下水を抜く排水管が破損したことも挙げられるらしい。

 風光明媚なウィットビー、そしてその筋の読者にとってはブラム・ストーカー作の怪奇小説『ドラキュラ』誕生の地としても有名なので、よりによって墓地まで斜面崩壊のとばっちりを食らわされていることもあり、それとからめて報じている大衆紙もあるみたい。ここのサイトとか見てみると、ここの地層はいわゆる「ジュラ紀」のもので、1 億8000 万年前ごろに「テチス海」に堆積した泥から生成された頁岩層 ( シェール ) などでできているようです。ここでお目にかかった 'jet rocks' ってなんだろ ? と思ってこちらを見たら、光沢ある黒くて硬い鉱物らしくて青銅器時代にはこれで首飾りとかこさえていたらしい。そういえば番組でもなんか見た憶えがある … とにかく混ざりもののない高級な 'jet' は、なんでもここウィットビー近辺に限られるとか書いてありますね ( いま辞書見たら「黒玉」って書いてあった。なんか飴玉みたい [ 笑 ] 。初出は 14 世紀ごろ、アングロフランス語から来ているらしい ) 。

 「ストリートビュー ( 個人的にはこれちょっとやりすぎなサービスのようには感じるが ) 」にて確認したところ、番組にも登場したあの「燻製屋さん」、たしかこの崖の真下、「ヘンリエッタ通り」沿いじゃなかったかな … と思っていたら、やっぱりそうだったようで、こちらの関連記事にて、140 年つづけてきた商売が存続の危機に立たされていることも知りました。

 ウィットビーにかぎったことではないが、一見、風光明媚で楽園みたいに思えるところって、風水害、あるいは日本ならば地震や火山噴火も加わるが、いざそれらが牙を剥くとほんとうにたいへんなことになります。一本しかない陸路が寸断されて「陸の孤島」になったり、とか。いずこでも自然とともに生きるというのは、生やさしくはないのだなあと、あらためて実感したしだい。地震に関して言えばここだってもう臨戦態勢で臨まないと … あんまり考えたくはないんですがね。いちおう打てるだけの手は打っておくしかない。とにかくこれ以上、崖崩れが進行しなければよいですね。

2). 話変わってこちらの番組。今夜放映されますが、興味を抱いたので先回りしてググってみた。AFPBB にも記事があったので、↓ に貼り付けておいたけれども、こんな快挙があったんですねぇ、ぜんぜん知らんかった。マルハナバチ ( bumblebee ) というのは、春になるとよく草花の周りをよたよた飛んでくるでぶっちょのあのハチのこと。「クマバチは飛ぶ」でおなじみのあのハチですな。で、マルハナバチたちがどうやって花の模様と色を認識しているか、ハチたちの「視覚」について、英国南西部デヴォン州ブラックオートンの 8−10 歳の小学生 25 名が観察調査したんだそうです。びっくりするのはその結果をまとめた「論文」が、なんと高名な学術誌に掲載されたこと。TED では当時小学生たちを指導した学者先生と、そのときのもと小学生が登場するそうなので、見るのが楽しみ。
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2012年12月01日

最古のひらがな発見と古アイルランドゲール語

 この前見たこの番組もたいへんおもしろく、ダ・ヴィンチ好きとしてはこちらをサカナにしたいくらいですが、本日はこちらの大発見のほうを。いままで「ひらがな」の成立は 10 世紀ごろ、とされてきたのが、すくなくとも半世紀は遡るらしい … こんな貴重な土器片がざっくざく出るとは、さすが古都・京都、とあらためて感じたしだいです。

 「をとこもすなる日記といふものを、をむなもしてみんとてするなり」というのは、有名な紀貫之の『土佐日記』出だしですが、平安貴族は日常的に「ひらがな」を使いこなしていたということかな、男も女も ?? 

 仮名は 9 世紀に一音に一字当てる「万葉仮名」からはじまり、「草仮名」を経てほぼ現在の「ひらがな」へと移行していったそうです。おんなじ「古文」でも、漢字だらけのいかにも公文書でございといった「お固い」古文書とはちがって、今回出土した 20 点あまりの土器片にくっきりと記された 150 ものかな文字の文を見ますと、なんだか親近感が湧いてくるから不思議だ。ちょうどそんな折も折、ついに ( ?? ) 「黒船本命」の Kindle 電子書籍リーダーが上陸、国産勢とあわせていよいよ電子書籍の本格的普及期に突入するのか、どうなのか、と発想はわりと古くさいくせして同時に新しいアイテムも好きといういかんともしがたい分裂型人間としては気になる存在ではある … でも奇しくも NEWS WEB24 でしたっけ、画面下に表示されていた視聴者のツイートをいま一度確認してみたら、「DVDより皿の方が長く記録として残るのですね」、「電子メールなら、残らないだろう」などが目についた。… たしかにそのとおりだ。いまこうやって撃ちこんだ、ではなくて打ちこんだテキストがそれこそあっという間に全世界に向けて公開されてしまうという、1100 年以上も前の人が見たらそれこそ腰抜かしてびっくりしてしまうような芸当を、たとえば電車で移動中でもいともあっさりできてしまうというのは、すごいこと ( 前にも書いたが、ワタシがネット接続をはじめたころはまだ「ISDN」とかが現役だった ) 。そこへもってきて電子ペーパーに電子書籍。やっぱり端末を落っことしたら、せっかく買った本のテキストデータはみんな「消消消消滅だー ! 」なんてことになってしまうのかしら ?? ついでながらこの前ここで触れた安い万年筆 … ですが、けっきょくこれを買ってみました ( 最下段の Plaisir シリーズ ) 。寒いせいか、角度によってはちょっとインクの出が … でもまあ、日常のメモ書きにはこれでじゅうぶん。くどいようですが、たしかに個人情報のたぐいがいったんインターネットという海に垂れ流されてしまうとほんととんでもないことになりうる。でも同時に、デジカメの撮影画像よろしく、デジタルデータというのはなんであれ、「一瞬のうちに永久に消し去ることができる」からおおいに長所でもあり、おおいに困った点でもあるのです。この駄文だって、書きこんでいる最中に突然ブラウザがクラッシュした、なんてことになったら書いてる当人は冷や汗が出る。もしこれがなんらかの「仕事」で作成中の文書なりスプレッドシートなりだったら、その損害は計り知れない … てなことにもなりかねない。いまやクラウドベースが当たり前の時代、なんでもかんでもそれこそ雲つかむような「クラウド」のかなたへ無造作に放りこんでこそクール ! みたいな風潮がもてはやされているようですが ( 一昔前のネットユーザーの意識としては、いまだにやや抵抗あり。でも Gmail や Google Drive は便利だ [苦笑] ) 、いざトラブったら、いつぞやの Amazon EC2 みたいに、そうとう大事になりそうな悪い予感がする。

 今回発見された「ひらがな」土器の話にもどると、年代は9 世紀後半らしい。9 世紀後半、西の果ての島国アイルランドではヴァイキングが来襲しては修道院を荒らしまわっていたころ、また「復活祭論争」の結果、アイオナも含めた全アイルランド教会がローマ方式を受け入れてしばらく経ったころで、度重なるヴァイキングの襲来によって「ケーリ・デ」の改革運動が下火になりはじめたころでもある。ここで注目したのが、中世アイルランド修道院文学と「書き文字」の変遷。最古の「書き文字」はいわゆるオガム文字で、道しるべとか石柱に刻みつけられた簡易的な「棒線文字」。オガム文字のモデルになったのが当時のヨーロッパの国際共通語ラテン語で、アイルランドに入って語法的に本来の古典ラテンから崩れたかたちで継承されたのが、島嶼ラテン語。これは後代の、アイルランド特有の言い回しを含んだ英語みたいなものと言ってもいいかもしれない ( 'aisling [ 発音はアッシュリング。「幻想」、「夢物語」の意 ]' とか )。とにかくブレンダンやコルンバが生きた時代から 7 世紀くらいまで、写字生たちはこの「外来語」のラテン語で欄外に「落書き」とかしつつも、せっせと写本を制作していった。

 これがもともとの言語であるゲール語に取って代わられるようになったのが 8 世紀以降だといわれ、このへんから土着言語のゲール語 ( 古アイルランドゲール語 ) で書かれた写本が数多く出現しはじめます。『聖ブレンダン伝』も現存する 7 つの写本のうちふたつがゲール語で書かれ、そのひとつが『リズモアの書』に入っているものです ( 現存する写本ははるかあと、16 世紀のもの ) 。ムルクーの『聖パトリック伝』、アダムナン ( アダウナーン ) の『聖コルンバ伝』もはじめはラテン語で書かれていたものをゲール語に書き換えたり、法律書や贖罪規定書といった日常用途の文書もつぎつぎと書きことばとしてのゲール語で記されるようになります。このへん日本語が中国から導入された漢字 → 仮名の発明という変遷をたどって独自言語化したのとまったくおんなじ流れがアイルランドでも起きていた、というふうに言ってもいいと思います。

 もっとも今回の大発見が示唆するように、ある日突然、「ひらがな」が出現したわけではむろんなくて、それ以前から万葉仮名や草仮名や漢文と共存していたわけで、同様のことが中世アイルランド修道院文学についても言えます。前にここで紹介した『カンブレの説教』はアイルランドゲール語で書かれた最古の現存文書とされ、7 世紀ごろのものだと言われています。本家サイトにも書き、「ケルト美術展」にて自分もこの目で見た『ストウのミサ典書』は出土した土器片とほぼおんなじ時代で、8 - 9世紀にかけてのもの。だいぶ前に書いた『聖パトリックの胸当て』は、7世紀後半のものだと言われています。

 いずれにせよ、文字あるいは書きことばってひじょうに重要で、万一これをゆるがせにしたら、一民族の存亡の危機にさえ発展しかねない。この拙い文章書くために手許の参考文献見たりしているんですが、あらためてアイルランドとその国の国民がたどった苛烈な歴史を思うと、中世の修道士たちの残した功績は測り知れない、とつよく感じる。大陸動乱期、統一国家さえなかったアイルランドはあまたの若い「学僧」を輩出し、彼らが大陸に渡って遍歴しつつ布教し、あるいはコルンバヌスのようにケルト系修道院を設立していったり … あるいはそれまで知識階級だった「フィリ filid ( pl. ) 」が口承で伝えてきたにすぎないアイルランドの神話や伝承が、つぎつぎと羊皮紙やヴェラム紙に「記録」されていったのだから。それもこれもみんな彼ら「船乗り修道士」たちが、修道院学校で若い人相手に徹底的にラテン語を仕込んだからにほかならないですよ。書きことばとしての日本語も大陸渡来の外国語を母語化した結果、産み出されたもの。アイルランドゲール語だっておんなじです。当時のアイルランドにはじめて「都市」というものを建設したのは皮肉なことに侵略者ヴァイキングだったけれども ( 現在の首都ダブリンとか ) 、すくなくとも当時のアイルランドにはもっとも高度で、先進的な言語教育は存在していた、ということはまちがいなく言える。それゆえ崇敬の念をもってこう賞賛されたのです ―― 「敬虔な気高き聖人のあふれ住む島、アイルランド」―― マリアヌス・スコトゥス( 1028 – 1082 / 1083 ) 著『年代記』から。

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2012年09月30日

祝 オルガンコンペ優勝 & 「アイルワースのモナ・リザ」

 … 台風最接近中のため、手短に書きます。

1). 以前ここにも書いた、静岡市出身の若手女流オルガニスト、大木麻里さん。この前地元紙を見てびっくり。第 3 回ブクステフーデ国際オルガンコンペにてなんと堂々の優勝 !! Congrats !!! 

 なんでもこれ 3 年に一回開催されるというコンペで、名前のごとくブクステフーデ作品を入れたプログラムを組んで臨むものらしい。報道によると大木さんは決勝で、「トッカータ ニ短調」などで構成した 45 分の演奏を披露し、日本人演奏家としてはじめてこの国際コンペの頂点に立った、という。「トッカータ ニ短調」って、バッハの有名なニ短調作品と出だしがよく似ているとかって以前書いた、あれなんだろうと思う。書類審査を通過した若手演奏家 29 名が腕を競った、とも書いてあった。なんでまたブクステフーデ ? と思ったら、大木さんの当初の留学先がリューベックだったかららしい ( 現在はデトモルト音大にて研鑽中 ) 。「今回をあらたなスタートだと思い、すこしでもブクステフーデに近づけるよう精進したい」とも。自分の持っているブクステフーデの CD には女流奏者のものが一枚あるけれど ( Naxos レーベルの一枚 ) 、ぜひ大木さんの凱旋リサイタルではその「トッカータ ニ短調」を聴いてみたいものです。

2). ところで … ↓ の一報にはほんとおどろいた。ぼんやり NHK のニュース見てて、? 、どんな「モナ・リザ」なんでしょう、と思いきや、あれま昨年暮れに静岡市美術館にて見たあの絵じゃないの ?! 

 「アイルワースのモナ・リザ」というこの作品、ワタシもこの目でしかと鑑賞してきました … あんまりうれしかったものだから、2 回も見に行った。3 回目も行こうかと考えたんだが … あのとき記事に書いた、例の報告書とやらはもう出ているみたいですが、あいにく日本 Amazon さんにはなし。入荷するまで気長に待つか。とはいえ明日はどうなるやもしれず、したがってなるべく早く見てみたいけれども。

 とにかく自分もこれ本物を見るまでは「模写 ?! 」と思っていたけれど、いざ実物を見てみたら「!!! 、これはまちがいなくレオナルドの筆が入っているッ ! 」と感じたほど、すばらしい肖像画でした。

 論争になってるみたいですが、それもまたおおいにけっこうじゃないですか。コプト語で書かれたパピルスの切れっ端のほうは、なんだか偽物っぽいですけれどもね ( はじめから本物じゃないと思ってた人 ) 。


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2012年07月01日

何回目の … Kindle 上陸話 ?? 

 いまさっき見た「ららら♪ クラシック」。スペイン出身のはたちの天才トランペット奏者、ルベン・シメオさん。なんでも巨匠モーリス・アンドレ最後の愛弟子だそうで、これはびっくり。しっかり後継者を残してくれていたんですね。シメオさん本人も、「目指すは師匠アンドレの音」みたいなことを言ってましたが、シュタットフェルトがグールドではないのと同様、とことんご自身の音作り、演奏解釈を追求すればいいんじゃないかと、しがない門外漢はそんなこと思っていたのでした。

 その前に聴いた「きらクラ ! 」で、ふかわりょうさんは、「イントロじゃなくて、終結当てクイズというのもあっていいんじゃない ? 」みたいなことを言っていた。コーダ当てか、なるほどおもしろそうだね ! バッハのオルガン作品だったら多少の自信あり。でも出だしで曲名を当てるよりも、はるかに難易度は高いでしょうな。バッハついでに、「クラシックカフェ」で聴いたハープ独奏版「ゴルトベルク」、おおいに興味を惹かれました。

 本題。これで何回目 ? みたいな感ありの Kindle 上陸話。でもこんどはほんと … らしい。なんだかんだ言いつつ、好奇心は人一倍旺盛なので、現物がどんなもんか見てみたい気はする。でもこの拙記事にも書いたように、なんでもかんでもデジタル化、つまり電子機器経由で読むこともないだろう、と思うのです。辞書事典とちがって、活字そのものを味わって読むたぐいの「じっくり読み」は、いまのところ紙の上に印刷された媒体、つまり「書籍」というかたちでしか実現され得ないのではないか、と思ってます。液晶画面ないし電子ペーパー画面を切り替え切り替えして読むのと、一枚一枚、ページを繰りながらの読書とでは、アタマへの入り方、つまり理解のしかたに決定的に差があると思います。これは自分の場合だけかもしれないが、スマホや電子書籍リーダー端末からアタマに入ってくるのと、印刷された活字を読んでアタマに入ってくるのとでは、理解の深さが異なるように思うのです。PC 画面上のフォントなんか、なんとなく「飛ばし読み」している気がする。理由は、目が疲れるから。もっともこんなふうにいやしくも文章を綴るときは、しっかり推敲してはいますけれども、ときおりトンでもない誤字脱字を、書いた本人が忘れかけたころに発見することもしばしば。とはいえ一昔前の「ワープロ専用機」のあの白黒画面にギザギザ文字を推敲していたころにくらべれば、いまのほうがだいぶ「紙に印刷された」感覚に近いことも事実ではあるが。

 … そういえばこの前の台風通過の折、静岡県内各所で塩害による停電被害が多発してたいへんでした。けさの地元紙に、さる大学付属の学校の先生がそのときのことを率直に書いておりました。そのなかで、親御さんへの「携帯メールによる連絡ができなくて困った」という箇所を見て、以前 TV で見たことを思い出していた。どこだかの学生さんたちが開発したという、「携帯電話を使っての出欠取り」システム。… 電子黒板くらいならまだいいけれど、学校に来て目の前に受け持ちの生徒さんたちがいるのになんでわざわざケータイで確認するわけ ??? と門外漢は疑問に感じたものだった。そのときはそれでおしまいだったが、あの大地震を経たいまとなってはなんでもかんでも機械頼み、インフラ頼み、ようするに電気頼みを前提としたシステムというのはいざというときに役に立たないばかりか、危険ですらある、ということははっきり言えると思う。

 けっきょくはバランスをどうとるか、ということに尽きるとは思うけれども、マッキベンが指摘するごとく,わたしたちは不要なモノを持ちすぎなのかもしれない。デジタルついでに、この前 NHK で放映していた「忘れられる権利」の話。たしかにいったん Web 上に漂流しはじめてしまうと、どこのだれがどんな用途で使うかもしれず、あるいは思いもよらぬところから「攻撃」をけしかけられてしまう恐れはたしかにある。でも同時に、デジタル化されたモノほど、いともあっさりこの世から消滅してしまうものもないと思っている。げんに映画の世界では、昔のコダクロームみたいな映写フィルム時代より、デジタル化されたいまのシステムの維持にかかるコストのほうがフィルム時代にくらべてべらぼうに高くつくらしいという調査結果が公表されていますし。電子書籍に話をもどせば、これが100 年、200 年後の人でも読めます、という保証なんてどこにもない。その点、「虫喰っちゃった」紙の本のほうがまだまし。この前 HDD のトラブルですったもんだしている最中、その Amazon から『くまのパディントン』シリーズの最新作が届いた。作業が一段落し、さっそく開封してちょこっと読んでみる。カリーさん、あいかわらずイジワルだなあ。買い物リストにすぎないのに April Fool's Day にかこつけて、パディントンに使い走りさせようとは。挿絵画家がオリジナルとはちがう人になって、なんだかパディントン、若返ったみたい (笑)。iPad 版とか Kindle 版パディントンってあるのかどうか知りませんけれども、「電子紙芝居」よりは昔ながらの紙の本のほうがよい場合だってある。ちなみに4月1日に人をかつぐのは、お昼前までということになっている ( 'You can play any tricks you like before midday.' p.29 ) 。

 … 今年は今日でちょうどきりのいい折り返し点。残り 183 日、うるう秒の調整あり。後半も、かの聖人のとりなしに寄り頼むのみ。

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2012年01月15日

写真の力 & 祝日本一周

1). 今月11日は、あの大災害から 10 か月 … そんな折、こんな記事を見かけました … 名優・高倉健さん。御年 80 歳 ( !! ) とは信じられないくらいの若々しさを保っているすばらしい方ですが、このほど 6 年ぶりに新作映画に出演されたそうで、記事もそのことにかんするインタヴュー。見出しを見て一瞬? だったんですが本文を読んで「あッ ! 」と思った。たしかあの大震災の直後にも書いたと思うけれども、瓦礫の中、唇をきっと噛みしめて水の汲み出しのために歩く少年の姿をみごとにとらえた一枚の写真。じつは自分もあの写真見た瞬間に釘付けになり、健さんとおなじくやはりスクラップしておいてあるんですが、よもやあの健さんもまったくおなじことをしていたとは想像もしていなかった ( その後、この少年の追跡記事が掲載され、それによると少年は気仙沼市内の仮設住宅で親族とともに暮らす、空手の得意な 11 歳の子だと判明 → 関連ブログ記事 ) 。

 ―― 新作映画の撮影中、いつも持ち歩いていた台本に、1 枚の写真を貼り付けている。震災の残骸の中、唇をかみしめて歩く少年。新聞から切り抜いた。「宝物です」。被災地を思う高倉は「人生は切ない。切ないからこそ、何かに『うわっ』と感じる瞬間がある」と語る。

 たしかに、突如襲った大地震と大津波で一瞬にして日常生活を奪われたうえに、だしぬけに報道写真家に撮影された当の少年にしてみれば、はなはだ心外 … だったかもしれない。そのへんの事情は推して知るほかないんですが、この写真には見る者の心を鷲掴みにする強烈なメッセージというか、訴求力があります。あの少年の写真を見てただちに感じたのは、児童労働で搾取される子どもたちを撮影したあのルイス・ハインの写真をはじめて見たときに感じたのとおなじ「写真の力」です。健さんも、一目見てあの写真の訴えかけるもの、見る者の心に深く突き刺さるたいへんな力を感じたはずです。

 写真には昔からいわゆる「やらせ」というか、事実ではないのにいかにも事実だと見せかける術というのがつねについてまわってきた歴史がある。古くは「心霊写真」とか、見栄えをよくするための写真画像の改変あるいは加工とか。デジタル写真全盛のいまはそれがずっとかんたんになって、子どもが撮ってもその場であっけなく画像加工ができちゃったりします。写真を撮るという行為はもはや「写真術」でもなんでもなく、その気になれば iPhone のカメラでさえかつての 35mm 判一眼レフで撮影したかのような写真だって、いともかんたんに撮れてしまう。でもこんな時代であっても、やはりプロ・アマ問わず、カルティエ-ブレッソンの言う「決定的瞬間」をとらえた映像というものには、やはり強烈な力があるように思ってます。銀塩全盛のころとくらべるといささか弱くなってきたかもしれないが、写真というメディアの持つパワーはいまだ顕在、という思いを強くした。それにひきかえ、わが国の首相ときたら … 地元紙によると、石巻市の仮設団地を訪問したはいいが、仮設住まいの老婦人から、ここよりもっとひどい場所があるからなんとかしてほしい … と懇願され、その返事が、「被災者が自分たちよりも困っている人を思っていることに感動した」というのはいったいなんなんだ … この方には生身の人の血が通っているんだろうかと疑いたくなりますね。話もとにもどって ――

 ―― 健さん:「被災地には行きにくい。行ってはいないけど、ずっと思っています」。

 と語ったそうで、門外漢の自分はご本人の気持ちを尊重したい。でも、「幸福の黄色いハンカチ」の健さんだもの、いつかきっと、心の整理がついたら気仙沼を訪問して、あの少年をはじめとする被災した子どもちたちを励ましに行ってくれると、勝手に信じています。

2). そしてこちらの話題も、遅まきながらつい最近、朝の NHK ニュースにてはじめて知りました。いやー、こっちも負けずにすばらしい話じゃないですか! そういえばまだ NYT は例の写真募集、やってるんだろうか … 英国のタブロイド紙とかは問題外としても、震災発生当初は原発事故もあったせいで、いいかげんな記事を載せないはずの新聞サイトまでもがデマまがいの虚報を流したりといったことがあったし … どこだったか通勤中の東京の人がみんなマスク姿だったことをさも放射線汚染が首都直撃 … みたいな「講釈師、見てきたようなウソをつき」的な記事を平然と垂れ流していた報道機関もあったし ( 今年の花粉症シーズンもそんなふうに書きたてるのだろうか ? ) 。

 でも、世の中捨てたもんじゃなくて、たとえばダニエル・カールさんなど、さかんに「それはちがう !! 」と正しい情報を発信しつづけてくれた人も少なからず存在する ( そもそも政府の情報開示のやり方がおおいにまずかったからこうなった、という要因がなによりも大きい ) 。そういえばそんなひとりとして、一躍時の人になった感ありの「テキサス親父」さんもいましたね ( はじめてあのキケロ [ ? ] ばりの雄弁な演説を耳にしたとき、イタリア系移民の人かしら、と思ったらどうもそうみたい ) 。そしてもちろん、この 'Travel Volunteer' 企画もすばらしい。以前読んだベリーの本にも「地方の発信力」について書かれたくだりがあったけれども、こういう試みが東京発ではなく、地方から全世界へ発信している点がなんといってもすばらしい。もっともっとこのような取り組みが波及して、相乗効果をあげるとよいのだけれど。

 最後に、100 日間 47 都道府県を廻りきったふたりの英国人の「旅日記」ブログから、下田のことを綴った記事を紹介しておきます。

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2011年10月23日

Kindle 日本上陸?! 

 深夜、「生さだ」放映のあいだに入った 5 分間ニュースにて、Amazon の電子書籍リーダー Kindle が年末商戦にも日本市場に参入するらしい、と聞きまして、ちょっとびっくり。Amazon 日本法人はだんまりを決めこんでいるみたいですが、いよいよ「黒船」上陸、という感じになるのかな。おどろいた、ということでは、先日見た某家電通販大手の TVCM 。Casio の電子辞書の新製品を例のごとくバナナのたたき売りよろしくかまびすしく紹介していたんですが、なんと、「世界の文学 300 作品」なんてのまで内蔵されていて、しかも英文学なんか原文のまま、収録されているというからたまげた。もちろん辞書なので気になった箇所とか調べられるし、発音も聞ける。さらにおどろくのはクラシックの名曲のイントロなんてのも再生してしまう機能まであるし ( 笑 ) 、「日本の文学 700 作品」も「電子書籍」として読めてしまうという! これで Kindle みたいにネット接続可能になったら、もう電子辞書という枠には収まりきれない製品になりますな。と、手許の特価セールにて買った Papyrus 電子辞書を眺めるワタシ … 。なんだかよくわからないうちにすごい時代になったもんだ。でもあの体裁で読むのは、はっきりいってしんどいと思う。でもこちらの「プロフェッショナル」向けと銘打った製品 … 眺めていたら思わず鼻水が出てしまった。 orz

 きのう 22 日はフランツ・リストが生まれてちょうど 200 年目の記念日でした。けさの「題名のない音楽会」もそんなリスト特集でしたが … そういえば「名曲リサイタル」だったかな、出演者の方によるとリストはほんらいは List で、ハンガリー風の発音では「リシト」となってこれではいささか受けが悪い、と思ったのか、z を入れて Liszt に「改名」したんだとか。それは知らなかった。はじめから Liszt さんだと思ってました。ということは天秤座か。カール・リヒターも15日生まれだし、グレン・グールドも9月25日生まれで天秤座。おなじ星座の人なので個人的にはとてもうれしい。

 最後にリビアのこと。ことの真意は定かではないけれど、もしあの若い民兵の言うとおりだとしたら、あの独裁者の最後のことばは奇しくも22年前に処刑された、ルーマニアのチャウセスク最後の言葉とまったくおんなじ、ということになる … 独裁者の末路って、少数の例外 ( スペインのフランコとか)もあるけれど、だいたいあんな感じの幕切れになりますね。


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2011年08月07日

66 年目の原爆忌に思うこと

 今日7 日は、ノルウェーの人類学者トール・ヘイエルダール乗船のバルサ材の筏「コン・ティキ号」がペルー出航後102 日目にしてポリネシアのラロイア環礁に乗り上げ、実験航海を終えた日 (→お孫さんによるおなじバルサ筏「タンガロア」号の航海については関連拙記事) 。

 若きヘイエルダールがコン・ティキ号による漂流実験をおこなったのは 1947 年。広島・長崎に人類初の原子爆弾が投下されてまだ 2 年しか経っていなかったころのこと。そしてほどなくして南太平洋一帯では数多くの「大気圏内核実験」が繰り返され、それにともなう大量の fallout が世界中に降り注ぐことになる(「部分的核実験禁止条約」が発効したのはケネディ大統領のとき、1963 年10 月)。

 きのう 6 日は 66 回目の広島原爆忌で、平和記念式典のもようを TV とラジオで視聴していたんですが、今年はあろうことか唯一の被爆国のわが国で深刻な原発事故まで発生してしまった。きっかけを作ったのは戦争ではなくて巨大地震と巨大津波という千年に一回の自然現象だったとはいえ、「地震の巣」、「活断層の巣」の直上で日々、稼働する原発がいったん暴走するといったいどういうことになるのか、ということを嫌というほど思い知らされた。加えて、いわゆる「原子力村」というものや、安全保安院や委員会の言っていることがいかにいいかげんなものかということもよくわかった。広島市長はけっきょく、「平和宣言」では原発問題についてあまり踏みこんだ発言は盛りこまなかったけれども、「核と人類は共存できない」という故森瀧市郎氏のことばの引用に、被爆地の思いをこめたのだと思う。

 いまだに収束の見えない福島の事故ですが、地元紙にはこれに関連した連載記事で、かつて浜岡原発で働いていたという元作業員の方の話が取り上げられていた。市長と市民の討論会で、この元作業員の方はこう発言したという。「原子炉建屋内部には毛細血管のように配管が複雑に張り巡らされていて、とても地震動に耐えられるとは思えない」。またべつのコラムでは、 40 年ほど前に浜岡原発設置の事前調査として周辺の砂丘を調べた方が、「昨年、久しぶりの現地を見て、当時を想像できない規模の砂丘侵食に驚かされた」と率直に書いている。2007 年の中越沖地震のときに柏崎刈羽原発で火災が発生したとき、チェルノブイリ事故以来 radiation というものに敏感になった欧米メディアがいっせいに報じたことはいまだ記憶に生々しいけれども、そのときも人為ミスがあったり手ちがいがあったりで混乱があった。けっきょく「本番」ではそのときの教訓は生かされなかった。聞き飽きた感のある「想定外」ということばだけがひとり歩きしていた。

 浜岡をはじめ、多くの原発が停止状態になっているとはいえ、54基もある原子炉によって電気が作られつづけ、いままでそれを利用していたのも事実。いますべてが停止したらそれこそ予想のつかない大停電を引き起こすかもしれない。とはいえやはりことここに至っては、やはり「核と人類は共存できない」と言わざるをえない。地元紙の「論壇」という識者論説委員によるコラムでは、たとえばいままで培ってきた高い原発開発技術をチャラにするというのは愚かだ、むしろこの事故をバネにさらに安全性を高めた原発技術を世界に売りこむ必要がある、みたいな主張をする人がいる。どんなに原発の安全性能を高めたところで、些細な「人為ミス」だけでもあらぬ方向へと暴走するおそれがあるかぎり、このような楽観論を容認するわけにはいかない。半減期が半永久的なプルトニウムによって広範囲が汚染されたらいったいどこのだれに責任が取れるのか。今回の事故だって、とてもじゃないけど当事者の東電だけで賠償ができるものじゃない。万が一、また大地震が(ついこの前も、波勝崎沖駿河湾を震源とするM 6.1 の突発地震が起きているし)国そのものが倒れかねない。

 社会学者の大澤真幸氏が地元紙に寄稿していたように、原発というのは自然環境の循環から突出した、持続不可能な「資本主義」そのもの、もっと言えば、効率原理主義を体現した存在だと思う。でも今回のような大事故を起こせばその経済的・人的・物質的損害は計り知れず、「効率のよい」発電システムだとはとうてい思えない。よく言われる発電コストの安さなんてのもまやかしだろう。原子力関係の専門家先生なんぞにお伺いたてなくても、市井の人のほうが事の本質をずばり突いていたりする。地元紙読者の声欄で先日も富士市の主婦の方が「原発は割安か 明快に説明を」と題する投稿でおなじ疑問を述べ、「原発立地自治体に対する補助金、もんじゅの研究開発費用、その他電気料金としてではなく、税金から支出している原発関係の費用は、今まで一体どれくらいになるのでしょうか。国民から見れば名目が異なるだけで、家計から原発に支払っていることには全く変わりがありません」と書いてますよ。

 またやはり地元紙に掲載されたレスター・ブラウン博士のコメントでもしごく当然なことが指摘されている。「原発事故はいつ起こるか予測できず、一度発生すると、大量の電力が一度に失われる。これが今回の教訓だ。だが、分散型の再生可能エネルギーにはその心配もない」。

 「日本政府は原子力の研究開発には年間 23 億ドルの投資をしているのに風力には同 1 千万ドル、地熱の研究開発ヘの投資はほとんどゼロだ。原子力のための資金を再生可能エネルギーに回せば、多くのことができる」ともブラウン博士はつづけている。でも残念ながらいまは過去に培ってきた原発技術はどうするのかという発想から逃れられない学者や技術者も少なくないし、マッキベンの本(Deep Economy)の読後感にも書いたように「分散型発電」のほうがじつは効率がよくてリスクも少ないとする発想もいまだに浸透していない。いっぽうで過剰なまでの放射能アレルギーが吹き荒れ、放射性物質不検出だというのに津波で流された「高田松原」の松から作った薪が急遽、京都の五山送り火で使用できない事態になっている。震災と津波被害だけだったら ―― これだけでもとんでもないことだが ―― 文字どおり「がんばろう!」と一致団結できたかもしれないが、たった一箇所の原発事故によって残念ながら国民の意識はバラバラに引き裂かれていると感じる。この期におよんでもなお、原発に依存しつづけるのがよいというのだろうか? ちなみに「脱原発依存」を最初に言い出したのは、わが静岡県の知事であります、念のため。

posted by Curragh at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから