2012年09月30日

祝 オルガンコンペ優勝 & 「アイルワースのモナ・リザ」

 … 台風最接近中のため、手短に書きます。

1). 以前ここにも書いた、静岡市出身の若手女流オルガニスト、大木麻里さん。この前地元紙を見てびっくり。第 3 回ブクステフーデ国際オルガンコンペにてなんと堂々の優勝 !! Congrats !!! 

 なんでもこれ 3 年に一回開催されるというコンペで、名前のごとくブクステフーデ作品を入れたプログラムを組んで臨むものらしい。報道によると大木さんは決勝で、「トッカータ ニ短調」などで構成した 45 分の演奏を披露し、日本人演奏家としてはじめてこの国際コンペの頂点に立った、という。「トッカータ ニ短調」って、バッハの有名なニ短調作品と出だしがよく似ているとかって以前書いた、あれなんだろうと思う。書類審査を通過した若手演奏家 29 名が腕を競った、とも書いてあった。なんでまたブクステフーデ ? と思ったら、大木さんの当初の留学先がリューベックだったかららしい ( 現在はデトモルト音大にて研鑽中 ) 。「今回をあらたなスタートだと思い、すこしでもブクステフーデに近づけるよう精進したい」とも。自分の持っているブクステフーデの CD には女流奏者のものが一枚あるけれど ( Naxos レーベルの一枚 ) 、ぜひ大木さんの凱旋リサイタルではその「トッカータ ニ短調」を聴いてみたいものです。

2). ところで … ↓ の一報にはほんとおどろいた。ぼんやり NHK のニュース見てて、? 、どんな「モナ・リザ」なんでしょう、と思いきや、あれま昨年暮れに静岡市美術館にて見たあの絵じゃないの ?! 

 「アイルワースのモナ・リザ」というこの作品、ワタシもこの目でしかと鑑賞してきました … あんまりうれしかったものだから、2 回も見に行った。3 回目も行こうかと考えたんだが … あのとき記事に書いた、例の報告書とやらはもう出ているみたいですが、あいにく日本 Amazon さんにはなし。入荷するまで気長に待つか。とはいえ明日はどうなるやもしれず、したがってなるべく早く見てみたいけれども。

 とにかく自分もこれ本物を見るまでは「模写 ?! 」と思っていたけれど、いざ実物を見てみたら「!!! 、これはまちがいなくレオナルドの筆が入っているッ ! 」と感じたほど、すばらしい肖像画でした。

 論争になってるみたいですが、それもまたおおいにけっこうじゃないですか。コプト語で書かれたパピルスの切れっ端のほうは、なんだか偽物っぽいですけれどもね ( はじめから本物じゃないと思ってた人 ) 。


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2012年07月01日

何回目の … Kindle 上陸話 ?? 

 いまさっき見た「ららら♪ クラシック」。スペイン出身のはたちの天才トランペット奏者、ルベン・シメオさん。なんでも巨匠モーリス・アンドレ最後の愛弟子だそうで、これはびっくり。しっかり後継者を残してくれていたんですね。シメオさん本人も、「目指すは師匠アンドレの音」みたいなことを言ってましたが、シュタットフェルトがグールドではないのと同様、とことんご自身の音作り、演奏解釈を追求すればいいんじゃないかと、しがない門外漢はそんなこと思っていたのでした。

 その前に聴いた「きらクラ ! 」で、ふかわりょうさんは、「イントロじゃなくて、終結当てクイズというのもあっていいんじゃない ? 」みたいなことを言っていた。コーダ当てか、なるほどおもしろそうだね ! バッハのオルガン作品だったら多少の自信あり。でも出だしで曲名を当てるよりも、はるかに難易度は高いでしょうな。バッハついでに、「クラシックカフェ」で聴いたハープ独奏版「ゴルトベルク」、おおいに興味を惹かれました。

 本題。これで何回目 ? みたいな感ありの Kindle 上陸話。でもこんどはほんと … らしい。なんだかんだ言いつつ、好奇心は人一倍旺盛なので、現物がどんなもんか見てみたい気はする。でもこの拙記事にも書いたように、なんでもかんでもデジタル化、つまり電子機器経由で読むこともないだろう、と思うのです。辞書事典とちがって、活字そのものを味わって読むたぐいの「じっくり読み」は、いまのところ紙の上に印刷された媒体、つまり「書籍」というかたちでしか実現され得ないのではないか、と思ってます。液晶画面ないし電子ペーパー画面を切り替え切り替えして読むのと、一枚一枚、ページを繰りながらの読書とでは、アタマへの入り方、つまり理解のしかたに決定的に差があると思います。これは自分の場合だけかもしれないが、スマホや電子書籍リーダー端末からアタマに入ってくるのと、印刷された活字を読んでアタマに入ってくるのとでは、理解の深さが異なるように思うのです。PC 画面上のフォントなんか、なんとなく「飛ばし読み」している気がする。理由は、目が疲れるから。もっともこんなふうにいやしくも文章を綴るときは、しっかり推敲してはいますけれども、ときおりトンでもない誤字脱字を、書いた本人が忘れかけたころに発見することもしばしば。とはいえ一昔前の「ワープロ専用機」のあの白黒画面にギザギザ文字を推敲していたころにくらべれば、いまのほうがだいぶ「紙に印刷された」感覚に近いことも事実ではあるが。

 … そういえばこの前の台風通過の折、静岡県内各所で塩害による停電被害が多発してたいへんでした。けさの地元紙に、さる大学付属の学校の先生がそのときのことを率直に書いておりました。そのなかで、親御さんへの「携帯メールによる連絡ができなくて困った」という箇所を見て、以前 TV で見たことを思い出していた。どこだかの学生さんたちが開発したという、「携帯電話を使っての出欠取り」システム。… 電子黒板くらいならまだいいけれど、学校に来て目の前に受け持ちの生徒さんたちがいるのになんでわざわざケータイで確認するわけ ??? と門外漢は疑問に感じたものだった。そのときはそれでおしまいだったが、あの大地震を経たいまとなってはなんでもかんでも機械頼み、インフラ頼み、ようするに電気頼みを前提としたシステムというのはいざというときに役に立たないばかりか、危険ですらある、ということははっきり言えると思う。

 けっきょくはバランスをどうとるか、ということに尽きるとは思うけれども、マッキベンが指摘するごとく,わたしたちは不要なモノを持ちすぎなのかもしれない。デジタルついでに、この前 NHK で放映していた「忘れられる権利」の話。たしかにいったん Web 上に漂流しはじめてしまうと、どこのだれがどんな用途で使うかもしれず、あるいは思いもよらぬところから「攻撃」をけしかけられてしまう恐れはたしかにある。でも同時に、デジタル化されたモノほど、いともあっさりこの世から消滅してしまうものもないと思っている。げんに映画の世界では、昔のコダクロームみたいな映写フィルム時代より、デジタル化されたいまのシステムの維持にかかるコストのほうがフィルム時代にくらべてべらぼうに高くつくらしいという調査結果が公表されていますし。電子書籍に話をもどせば、これが100 年、200 年後の人でも読めます、という保証なんてどこにもない。その点、「虫喰っちゃった」紙の本のほうがまだまし。この前 HDD のトラブルですったもんだしている最中、その Amazon から『くまのパディントン』シリーズの最新作が届いた。作業が一段落し、さっそく開封してちょこっと読んでみる。カリーさん、あいかわらずイジワルだなあ。買い物リストにすぎないのに April Fool's Day にかこつけて、パディントンに使い走りさせようとは。挿絵画家がオリジナルとはちがう人になって、なんだかパディントン、若返ったみたい (笑)。iPad 版とか Kindle 版パディントンってあるのかどうか知りませんけれども、「電子紙芝居」よりは昔ながらの紙の本のほうがよい場合だってある。ちなみに4月1日に人をかつぐのは、お昼前までということになっている ( 'You can play any tricks you like before midday.' p.29 ) 。

 … 今年は今日でちょうどきりのいい折り返し点。残り 183 日、うるう秒の調整あり。後半も、かの聖人のとりなしに寄り頼むのみ。

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2012年01月15日

写真の力 & 祝日本一周

1). 今月11日は、あの大災害から 10 か月 … そんな折、こんな記事を見かけました … 名優・高倉健さん。御年 80 歳 ( !! ) とは信じられないくらいの若々しさを保っているすばらしい方ですが、このほど 6 年ぶりに新作映画に出演されたそうで、記事もそのことにかんするインタヴュー。見出しを見て一瞬? だったんですが本文を読んで「あッ ! 」と思った。たしかあの大震災の直後にも書いたと思うけれども、瓦礫の中、唇をきっと噛みしめて水の汲み出しのために歩く少年の姿をみごとにとらえた一枚の写真。じつは自分もあの写真見た瞬間に釘付けになり、健さんとおなじくやはりスクラップしておいてあるんですが、よもやあの健さんもまったくおなじことをしていたとは想像もしていなかった ( その後、この少年の追跡記事が掲載され、それによると少年は気仙沼市内の仮設住宅で親族とともに暮らす、空手の得意な 11 歳の子だと判明 → 関連ブログ記事 ) 。

 ―― 新作映画の撮影中、いつも持ち歩いていた台本に、1 枚の写真を貼り付けている。震災の残骸の中、唇をかみしめて歩く少年。新聞から切り抜いた。「宝物です」。被災地を思う高倉は「人生は切ない。切ないからこそ、何かに『うわっ』と感じる瞬間がある」と語る。

 たしかに、突如襲った大地震と大津波で一瞬にして日常生活を奪われたうえに、だしぬけに報道写真家に撮影された当の少年にしてみれば、はなはだ心外 … だったかもしれない。そのへんの事情は推して知るほかないんですが、この写真には見る者の心を鷲掴みにする強烈なメッセージというか、訴求力があります。あの少年の写真を見てただちに感じたのは、児童労働で搾取される子どもたちを撮影したあのルイス・ハインの写真をはじめて見たときに感じたのとおなじ「写真の力」です。健さんも、一目見てあの写真の訴えかけるもの、見る者の心に深く突き刺さるたいへんな力を感じたはずです。

 写真には昔からいわゆる「やらせ」というか、事実ではないのにいかにも事実だと見せかける術というのがつねについてまわってきた歴史がある。古くは「心霊写真」とか、見栄えをよくするための写真画像の改変あるいは加工とか。デジタル写真全盛のいまはそれがずっとかんたんになって、子どもが撮ってもその場であっけなく画像加工ができちゃったりします。写真を撮るという行為はもはや「写真術」でもなんでもなく、その気になれば iPhone のカメラでさえかつての 35mm 判一眼レフで撮影したかのような写真だって、いともかんたんに撮れてしまう。でもこんな時代であっても、やはりプロ・アマ問わず、カルティエ-ブレッソンの言う「決定的瞬間」をとらえた映像というものには、やはり強烈な力があるように思ってます。銀塩全盛のころとくらべるといささか弱くなってきたかもしれないが、写真というメディアの持つパワーはいまだ顕在、という思いを強くした。それにひきかえ、わが国の首相ときたら … 地元紙によると、石巻市の仮設団地を訪問したはいいが、仮設住まいの老婦人から、ここよりもっとひどい場所があるからなんとかしてほしい … と懇願され、その返事が、「被災者が自分たちよりも困っている人を思っていることに感動した」というのはいったいなんなんだ … この方には生身の人の血が通っているんだろうかと疑いたくなりますね。話もとにもどって ――

 ―― 健さん:「被災地には行きにくい。行ってはいないけど、ずっと思っています」。

 と語ったそうで、門外漢の自分はご本人の気持ちを尊重したい。でも、「幸福の黄色いハンカチ」の健さんだもの、いつかきっと、心の整理がついたら気仙沼を訪問して、あの少年をはじめとする被災した子どもちたちを励ましに行ってくれると、勝手に信じています。

2). そしてこちらの話題も、遅まきながらつい最近、朝の NHK ニュースにてはじめて知りました。いやー、こっちも負けずにすばらしい話じゃないですか! そういえばまだ NYT は例の写真募集、やってるんだろうか … 英国のタブロイド紙とかは問題外としても、震災発生当初は原発事故もあったせいで、いいかげんな記事を載せないはずの新聞サイトまでもがデマまがいの虚報を流したりといったことがあったし … どこだったか通勤中の東京の人がみんなマスク姿だったことをさも放射線汚染が首都直撃 … みたいな「講釈師、見てきたようなウソをつき」的な記事を平然と垂れ流していた報道機関もあったし ( 今年の花粉症シーズンもそんなふうに書きたてるのだろうか ? ) 。

 でも、世の中捨てたもんじゃなくて、たとえばダニエル・カールさんなど、さかんに「それはちがう !! 」と正しい情報を発信しつづけてくれた人も少なからず存在する ( そもそも政府の情報開示のやり方がおおいにまずかったからこうなった、という要因がなによりも大きい ) 。そういえばそんなひとりとして、一躍時の人になった感ありの「テキサス親父」さんもいましたね ( はじめてあのキケロ [ ? ] ばりの雄弁な演説を耳にしたとき、イタリア系移民の人かしら、と思ったらどうもそうみたい ) 。そしてもちろん、この 'Travel Volunteer' 企画もすばらしい。以前読んだベリーの本にも「地方の発信力」について書かれたくだりがあったけれども、こういう試みが東京発ではなく、地方から全世界へ発信している点がなんといってもすばらしい。もっともっとこのような取り組みが波及して、相乗効果をあげるとよいのだけれど。

 最後に、100 日間 47 都道府県を廻りきったふたりの英国人の「旅日記」ブログから、下田のことを綴った記事を紹介しておきます。

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2011年10月23日

Kindle 日本上陸?! 

 深夜、「生さだ」放映のあいだに入った 5 分間ニュースにて、Amazon の電子書籍リーダー Kindle が年末商戦にも日本市場に参入するらしい、と聞きまして、ちょっとびっくり。Amazon 日本法人はだんまりを決めこんでいるみたいですが、いよいよ「黒船」上陸、という感じになるのかな。おどろいた、ということでは、先日見た某家電通販大手の TVCM 。Casio の電子辞書の新製品を例のごとくバナナのたたき売りよろしくかまびすしく紹介していたんですが、なんと、「世界の文学 300 作品」なんてのまで内蔵されていて、しかも英文学なんか原文のまま、収録されているというからたまげた。もちろん辞書なので気になった箇所とか調べられるし、発音も聞ける。さらにおどろくのはクラシックの名曲のイントロなんてのも再生してしまう機能まであるし ( 笑 ) 、「日本の文学 700 作品」も「電子書籍」として読めてしまうという! これで Kindle みたいにネット接続可能になったら、もう電子辞書という枠には収まりきれない製品になりますな。と、手許の特価セールにて買った Papyrus 電子辞書を眺めるワタシ … 。なんだかよくわからないうちにすごい時代になったもんだ。でもあの体裁で読むのは、はっきりいってしんどいと思う。でもこちらの「プロフェッショナル」向けと銘打った製品 … 眺めていたら思わず鼻水が出てしまった。 orz

 きのう 22 日はフランツ・リストが生まれてちょうど 200 年目の記念日でした。けさの「題名のない音楽会」もそんなリスト特集でしたが … そういえば「名曲リサイタル」だったかな、出演者の方によるとリストはほんらいは List で、ハンガリー風の発音では「リシト」となってこれではいささか受けが悪い、と思ったのか、z を入れて Liszt に「改名」したんだとか。それは知らなかった。はじめから Liszt さんだと思ってました。ということは天秤座か。カール・リヒターも15日生まれだし、グレン・グールドも9月25日生まれで天秤座。おなじ星座の人なので個人的にはとてもうれしい。

 最後にリビアのこと。ことの真意は定かではないけれど、もしあの若い民兵の言うとおりだとしたら、あの独裁者の最後のことばは奇しくも22年前に処刑された、ルーマニアのチャウセスク最後の言葉とまったくおんなじ、ということになる … 独裁者の末路って、少数の例外 ( スペインのフランコとか)もあるけれど、だいたいあんな感じの幕切れになりますね。


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2011年08月07日

66 年目の原爆忌に思うこと

 今日7 日は、ノルウェーの人類学者トール・ヘイエルダール乗船のバルサ材の筏「コン・ティキ号」がペルー出航後102 日目にしてポリネシアのラロイア環礁に乗り上げ、実験航海を終えた日 (→お孫さんによるおなじバルサ筏「タンガロア」号の航海については関連拙記事) 。

 若きヘイエルダールがコン・ティキ号による漂流実験をおこなったのは 1947 年。広島・長崎に人類初の原子爆弾が投下されてまだ 2 年しか経っていなかったころのこと。そしてほどなくして南太平洋一帯では数多くの「大気圏内核実験」が繰り返され、それにともなう大量の fallout が世界中に降り注ぐことになる(「部分的核実験禁止条約」が発効したのはケネディ大統領のとき、1963 年10 月)。

 きのう 6 日は 66 回目の広島原爆忌で、平和記念式典のもようを TV とラジオで視聴していたんですが、今年はあろうことか唯一の被爆国のわが国で深刻な原発事故まで発生してしまった。きっかけを作ったのは戦争ではなくて巨大地震と巨大津波という千年に一回の自然現象だったとはいえ、「地震の巣」、「活断層の巣」の直上で日々、稼働する原発がいったん暴走するといったいどういうことになるのか、ということを嫌というほど思い知らされた。加えて、いわゆる「原子力村」というものや、安全保安院や委員会の言っていることがいかにいいかげんなものかということもよくわかった。広島市長はけっきょく、「平和宣言」では原発問題についてあまり踏みこんだ発言は盛りこまなかったけれども、「核と人類は共存できない」という故森瀧市郎氏のことばの引用に、被爆地の思いをこめたのだと思う。

 いまだに収束の見えない福島の事故ですが、地元紙にはこれに関連した連載記事で、かつて浜岡原発で働いていたという元作業員の方の話が取り上げられていた。市長と市民の討論会で、この元作業員の方はこう発言したという。「原子炉建屋内部には毛細血管のように配管が複雑に張り巡らされていて、とても地震動に耐えられるとは思えない」。またべつのコラムでは、 40 年ほど前に浜岡原発設置の事前調査として周辺の砂丘を調べた方が、「昨年、久しぶりの現地を見て、当時を想像できない規模の砂丘侵食に驚かされた」と率直に書いている。2007 年の中越沖地震のときに柏崎刈羽原発で火災が発生したとき、チェルノブイリ事故以来 radiation というものに敏感になった欧米メディアがいっせいに報じたことはいまだ記憶に生々しいけれども、そのときも人為ミスがあったり手ちがいがあったりで混乱があった。けっきょく「本番」ではそのときの教訓は生かされなかった。聞き飽きた感のある「想定外」ということばだけがひとり歩きしていた。

 浜岡をはじめ、多くの原発が停止状態になっているとはいえ、54基もある原子炉によって電気が作られつづけ、いままでそれを利用していたのも事実。いますべてが停止したらそれこそ予想のつかない大停電を引き起こすかもしれない。とはいえやはりことここに至っては、やはり「核と人類は共存できない」と言わざるをえない。地元紙の「論壇」という識者論説委員によるコラムでは、たとえばいままで培ってきた高い原発開発技術をチャラにするというのは愚かだ、むしろこの事故をバネにさらに安全性を高めた原発技術を世界に売りこむ必要がある、みたいな主張をする人がいる。どんなに原発の安全性能を高めたところで、些細な「人為ミス」だけでもあらぬ方向へと暴走するおそれがあるかぎり、このような楽観論を容認するわけにはいかない。半減期が半永久的なプルトニウムによって広範囲が汚染されたらいったいどこのだれに責任が取れるのか。今回の事故だって、とてもじゃないけど当事者の東電だけで賠償ができるものじゃない。万が一、また大地震が(ついこの前も、波勝崎沖駿河湾を震源とするM 6.1 の突発地震が起きているし)国そのものが倒れかねない。

 社会学者の大澤真幸氏が地元紙に寄稿していたように、原発というのは自然環境の循環から突出した、持続不可能な「資本主義」そのもの、もっと言えば、効率原理主義を体現した存在だと思う。でも今回のような大事故を起こせばその経済的・人的・物質的損害は計り知れず、「効率のよい」発電システムだとはとうてい思えない。よく言われる発電コストの安さなんてのもまやかしだろう。原子力関係の専門家先生なんぞにお伺いたてなくても、市井の人のほうが事の本質をずばり突いていたりする。地元紙読者の声欄で先日も富士市の主婦の方が「原発は割安か 明快に説明を」と題する投稿でおなじ疑問を述べ、「原発立地自治体に対する補助金、もんじゅの研究開発費用、その他電気料金としてではなく、税金から支出している原発関係の費用は、今まで一体どれくらいになるのでしょうか。国民から見れば名目が異なるだけで、家計から原発に支払っていることには全く変わりがありません」と書いてますよ。

 またやはり地元紙に掲載されたレスター・ブラウン博士のコメントでもしごく当然なことが指摘されている。「原発事故はいつ起こるか予測できず、一度発生すると、大量の電力が一度に失われる。これが今回の教訓だ。だが、分散型の再生可能エネルギーにはその心配もない」。

 「日本政府は原子力の研究開発には年間 23 億ドルの投資をしているのに風力には同 1 千万ドル、地熱の研究開発ヘの投資はほとんどゼロだ。原子力のための資金を再生可能エネルギーに回せば、多くのことができる」ともブラウン博士はつづけている。でも残念ながらいまは過去に培ってきた原発技術はどうするのかという発想から逃れられない学者や技術者も少なくないし、マッキベンの本(Deep Economy)の読後感にも書いたように「分散型発電」のほうがじつは効率がよくてリスクも少ないとする発想もいまだに浸透していない。いっぽうで過剰なまでの放射能アレルギーが吹き荒れ、放射性物質不検出だというのに津波で流された「高田松原」の松から作った薪が急遽、京都の五山送り火で使用できない事態になっている。震災と津波被害だけだったら ―― これだけでもとんでもないことだが ―― 文字どおり「がんばろう!」と一致団結できたかもしれないが、たった一箇所の原発事故によって残念ながら国民の意識はバラバラに引き裂かれていると感じる。この期におよんでもなお、原発に依存しつづけるのがよいというのだろうか? ちなみに「脱原発依存」を最初に言い出したのは、わが静岡県の知事であります、念のため。

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2011年07月24日

やっぱりわれら Epigonen ? 

 けさ、NHK-FM の「古楽の楽しみ」をいつものように寝ながら聴いて (けさはオケヘムの「レクイエム」だった) 、そのあとラジオ第1 の「音楽の泉」を聴きまして、またFM にもどって「名演奏ライブラリー」でシュヴァルツコプフのソプラノを聴いて、… そのあと何気なくTV をつけたら「地上アナログ波放送停止まだあと◯分」とかいう表示が。ああそうか、今日のお昼に地上波アナログ放送は停止するんだったと思い出した。

 NHK だけでなく、民放各局も「アナログ放送停止・デジタル放送完全移行」ということでなにやらお祭りめいた番組を組んで放映してましたが … またしてもマイルス・デイヴィスじゃないけど、So What? っていうのが正直なところ。

 以前、地元紙の読者投稿欄にて、某通信事業者社長の唱える「光の道」について、たいへん鋭い指摘が載ってました。光の道そのものに中身はない、問題なのは光の道というインフラにどんな中身、いま流行りのことばで書けばどんなコンテンツを流すかなんじゃないのか、という趣旨のものでした。今回の「地上波放送完全デジタル化」もそう。だって中身はアナログ放送のときとまったくおんなじでしょ? たしかに「電子番組表」とか「データ放送」は便利だ。でもアナログのときと変わらない放送内容を補完しているにすぎない。もっともGoogle TV とか、Apple TV みたいなことにでもなれば、それはそれでおもしろい流れになってくるとは思うが … うちのTV 受像機にも「アクトビラ」という機能はついているけれども、どうせネット回線につなぐんなら YouTube のほうがまだましかと … 家電量販店にてじっさいにアクトビラというものを見たことがありますが、… なんか使い勝手が悪そう。

 地上波アナログ放送が終わる、というのはたんに一つの電波帯に空きができるだけの話で、なにも目新しいことがはじまるわけでもなんでもない。そのじつ「アナログ」から「デジタル」へと一本化することで、われわれ視聴者から情報獲得手段をひとつ減らしたにすぎない。個人的にはNHK-FM はとりあえず残ったから、それだけはよかったけれども。

 … で、そういった茶番じみた「特番」では「近未来のTV」みたいなものも紹介されてましたが、え? メガネなしでも楽しめる3D 画面? 登場人物の背格好を自由にいじれる?? それのどこが革新的なの??? そんなことよりアナログ波より依然として「遅い」デジタル放送の問題はなにも解決されてないじゃないですか。

 いままで生きてきたなかでまさしく革新的だとはじめて思えたのは、やはり World Wide Web 、インターネットの登場だった。たしかに日本のハイテク技術はすぐれている。モノづくりの水準はいまだに世界一だと思う。でも自由で豊かな発想力という点にかけては残念ながら欧米にはおよばないと思っている。いつのまにか、欧米発の「発明」が事実上の世界標準になっている ―― PC だってそうだし、iPhone 以後のスマートフォンだってそう。「アシモ」とか、日本のロボット技術も目を見張るものがある。でも原発事故が発生したとき、まっさきに現場へ投入されたのは米国の産業ロボットだった。そのときはほんとうに意外で、まさかそういう用途のロボットの用意がないとは思ってもみなかった。NEC 製のロボットだったか、丸っこくてかわいい子守り用みたいなロボットも必要だとは思うが、いくら原発を持っている電力会社側がそんなもん必要ないとつっぱねても、万が一の時のためのロボットの用意がなかったことはこの国のモノづくりにおける発想の限界が露呈しているようにも思える。ようするに平和ボケなんじゃないかということです。最悪の事態の想定さえしていない。よく「安全神話の崩壊」みたいな言い方を聞きますが、なんのことはない、考えてこなかっただけのこと。発想力ないしは独創性については、この前この番組に出ていた MIT の先生が指摘していたようなことが当てはまると思う。土台となるハードウェア技術はピカ一だけれども、その上に乗る応用、アプリケーションの段階でつまづいていると思うし、さらにその上にくる「ヴィジョン」とくると、それすらもあるのかと疑問に感じてしまう。自分もいまや人並みに (?) スマートフォン(初代 HTC Desire) をもってるけれども、そもそも「ガラケー (英語で言えば、feature phones) 」さえもってなかった。「おサイフ」、「ワンセグ」、「赤外線通信」 … あれば便利な機能かもしれないけれど、PC みたいに好みのアプリを入れて自由にカスタマイズできるスマートフォンのほうが断然好き。語学関係を強化した仕様にしているので、電話と Web 閲覧機能つきの電子辞書みたいなおもむきになりつつある。

 平和ボケだといっても、なにも戦争を正当化するわけではない (「正義のための戦争」なんてない) 。ふたつの世界大戦にはさまれたひじょうに暗い時期にシュヴァイツァーが書いた『文化の頽廃と再建』という著作を図書館から借りてきていま読んでるんですが、批判的に読まなければいけない点はべつにしても、90 年近く前に書かれた警告が、いまだに有効だということを再確認しています。「文化は没落しかけている」ではじまるこの論考は、1899 年というからいまから112年前、ベルリンのとある会合の席でだれかが発した、「なんたることだ! われらはみな Epigonen にすぎんじゃないか!」という叫びにおおいに衝撃を受けた若きシュヴァイツァーが、1923 年にようやくひとつの結論として発表したもの。この論考につづく第二部が、有名な「生命への畏敬」を主張した『文化と倫理』(同年出版) 。

「物質的な自由と精神的な自由とは、きんみつに結びついている。文化は自由な人びとを前提としているのであって、自由な人びとだけが文化を考え実現することができる。近代人にあっては、自由も思考能力も低下してしまっている」

「 … 不自由の次に過労がある。三、四世代以来、非常に多くの人びとがもはや働く人としてだけ生きていて、人間としては生きていない。 … 近代人は、どんな社会圏にあっても、通例多忙すぎる結果、その精神面が萎縮してきている。間接的には、すでに子供のときに、その被害をうける。両親がはげしい勤労生活にかまけて、ちゃんと子供の面倒をみてやれないために、子供の精神的発達にとってかけがえのないものが欠けてしまうのである。あとになると、自分自身が多忙の身になるので、だんだん外面的ななぐさみを要求してくる。自分自身に思いをひそめたり、真剣になって人間や書物ととりくんだりして余暇を過ごすためには、精神の集中が必要であって、これが近代人には容易でないのである。全然なにもしないでいること、自分自身から目をそらすこと、忘れること、これが近代人にとっては生理的な欲求である。近代人は考えない人としてふるまおうとする。教養をもとめず、娯楽をもとめる。しかも、あまり頭をつかわずにすむような娯楽をもとめる」

「精神の集中していない、または集中する能力のない、こうした多くの人びとの心理状態は、逆に、教養のためをはかり、それとともに文化のためをはかるべき機関に影響をおよぼす。劇場は娯楽場や見世物小屋のために押しのけられ、まともな書物は雑本のために駆逐される。雑誌や新聞は、だんだん事態に順応して、すべての記事をごくわかりやすい形でしか読者に提供しなくなってくる。 … 」

 シュヴァイツァー博士が90 年の生涯を閉じたのは1965 年のこと。あの当時はいまよりはるかに核戦争の危機が叫ばれていた時代だった。当時の英米文学作品なんかを読めば、そういう時代背景をつよく感じさせるものが多い。博士がいまの世界、または日本を見たら、どう思うのだろうかとつい考えてしまう、今日このごろ。あ、それともうひとつだけ。某家電量販店の折込チラシにてガイガーカウンター (GM計数管) が5万円くらいで売っているのを知ったけれども、あれは基本的に「空間線量」を計測する機器ではないし、素人にはたぶんむり。放射線関係の機器は、身近な「X 線」もふくめて、取り扱いは意外とむつかしいのです。空間線量を計測したければ、ウン十万円もする「シンチレーションカウンター」を使わなければ、正確な数字は出ません。いずれにせよはやく原発事故が収束することを願う (Amazon でもロシア製だの、多数の「線量計」が売られているのを知って、唖然とした。「正しい測定法」については、こちらの漫画が参考になる) 。第五福竜丸事件のときもマイクみたいなGM 計数管をビニールで覆って被爆したマグロとか測っていた写真を見たことがありますが、いまもやり方じたいは当時とあまり変わりないんですね。

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2011年07月18日

暑中お見舞い申し上げます

A : 「なでしこジャパン」、ついに優勝したね! 最高にうれしい気分だよ。

B : Congratulations! … と言いたいところだが、もっか台風が気になる … 。

A : あいかわらず発想が「うしろ向き」だな。もっとも気になるといえば気にはなるけれども…。

B : どうでもいいけど、みんなタコに占いさせるのが好きだね。ちなみにこのNYT 記事、'And here came the Japanese, resourceful, skilled, with their coach smiling peacefully − like a wise, reflective mask in a Japanese Noh theater drama − as they broke the huddle to take penalty kicks.' とあるけれど、能面とはちょっと喩えがどうかねぇ。優勝候補筆頭だった国の新聞だから、あるていどひいき目はしかたないけれども。

A : タコ占いだけど、「パウル2世」だの「パウル3世」だのって … ローマ教皇じゃないんだから(苦笑)。

B : いまNHK-FM では恒例の「今日は一日 … 」をやってるよ。「AOR 三昧」だって。AOR って、いったいなんの略語かと思ったよ。とはいえさっきまで大相撲を見てたんだが(笑)。

A : 「なでしこジャパン」も快挙だけれど、魁皇関だってスゴイよね。庶民に勇気を与えてくれるよ。

B : ところで昨夜のこの番組は見た? 

A : いいや。 … 電子書籍かぁ。

B : 見てて思ったんだが、なんか「本を読む」ことまで「みんなと共有」する必要はないんじゃないかと … 読書ってある意味ひとりになれるときじゃない。なんでいちいちネットにつないでせっかくの内的対話を中断してしまうんだろうか。よけいなお世話だよ。

A : 紙の本だと、版元は本屋で売ったら商売としてはいちおうそれでおしまい。あとは読み手の好きなようにどうぞ。もっとも「読者カード」という「交流手段」はあるが。

B : … どうもアタマが古いせいか、最近喧伝されるような「デジタル読書ライフ」というのがよくわかんない。以前読んだ本に、Google のサービスは「半強制的なアーキテクチャ」だと書いているのがあって、なるほどそうかもと思ったけれども、ようするに個人空間であるはずの「本を読む」という行為にまで、ドカドカと商売が割りこんできたって感じ。そうやってFacebook のソーシャル・フィルタリング機能(Like! ボタン)みたいに、裏でせっせと個人情報なり金になりそうな情報を収集してるんだと思うよ。読書までそんな商売ベースに乗せられてしまって、ほんとにいいのかねぇ、と。

A : なるほど。でもちょっと心配しすぎなような気もするけど。

B : それとは関係ないけど、番組冒頭、Kindle 画面にはなんと『ケルズの書』っぽいのが大写しになってたよ。あんなのもダウンロードして読めるんだね! 

A : お? なんか電子書籍にも興味が出てきた? 

B : 前にも言ったが、アナログなものをすべて排除しようとする発想はぜったい、まちがっていると思う。たとえば自分も毎日のように使っている辞書。たしかに電子辞書はすこぶる便利だ。でもうろ覚えの英単語なんか、だいたいこのへんとアタリをつけて探し出せる紙の辞書のほうが手っ取り早かったりする。紙の辞書のほうが、「情報の一覧性」という点でやはりすぐれている。なーんて言いつつ、ついいまさっきもAndroid マーケットからこんな英英辞書アプリまで落としてしまったんだが(笑)。有料版もあるけれど、とりあえずはこれでじゅうぶんかと。

A : ほえっ、Android マーケットにはそんなのも転がってるんだ。

B : ところで昨夜の教育TV 、いまは「Eテレ」って言うのかね、あの呼び名は正直好かんのだけれども、「N響アワー」のあとでこういう番組もやってまして、個人的には桜美林大学の講堂かな、上手側になぜか小型のオルガンがあって、そっちのほうが気になった(笑)。

A : みんなすごいよね。「いいえ、まだまだです」から日本人の謙虚さに思いを寄せるなんて。こういう視点はやっぱり外から来た人の視点ならでは。いつも感じるんだが、みなさん、ほんとにわかりやすい、心に伝わる日本語の使い手だよね。

B : それにひきかえ政府および現首相の発言はなんたる … そういえば、この前買ったこの週刊誌には関川夏央さんの新連載コラムがあるんだけど、いちいち言っていることが正論で、失笑しつつ読んでたよ。

A : 「火星の人生」っていうタイトルもまた振るってるね。

B : ところで … こっちのニュースにもビックリした。

A : ああ、ダ・ヴィンチの幻の絵ね。この前の夕刊にも載ってたけど。

B : いちおう、キリストを描いたものらしいが … こんな描かれ方をされたキリスト像って、はじめてだ。ほかにもこんな肖像、あるんかな? なんでも処刑されたチャールズ1世が持ってたんだって。一時期は英国にあったんだな。

A : 夕刊といえば、この前あんたの好きそうな記事もあったぞ。

B : 最近の室内楽人気と、「新潟りゅーとぴあ」のオルガンの記事だろ。しっかりクリッピングしてある(笑)。室内楽の記事は渡辺和彦さんが寄稿したものだけど、室内楽って一部の玄人向けみたいなお固いイメージがあるから、これはいい傾向だよ。「クラシックファンの好みが、最近少し変化しているのかもしれない」って書いているけど、どうなんだろうね。オルガンのほうは、昨年の「シャルトル国際オルガンコンクール」で優勝した石丸由佳さんのことが書いてあったけれど、中学生のときに新潟市内の中学合同発表会でここのオルガンを弾く機会を得たあと、2003年にホールがはじめたオルガン研修講座の一期生に選ばれた。芸大オルガン科に進学後、いまはドイツで研鑽を積んでいるらしいよ。すばらしいじゃないか。地元出身の若いオルガニストが凱旋公演を開いたって話さ。

A : 「日本では一般に、パイプオルガンといえばお金を払って聴きに行くものだが、欧州では生活に密着した教会で接する存在だ。教会に鍵を借りて、練習させてもらうこともできるという」だって。そうなの? 

B : 鍵を借りてちょっと使わせてもらう、というのはよくあるみたい。日本じゃなかなかおいそれとは触らせてくれないよね。チェンバーオルガンでもいいから、オレにも弾かせてほしい(笑)。

A : 遊びじゃないんだから(笑)。

B : 水戸芸術館の楽器もはやく修復されるといいね。そういえばいつものようにBBC Radio3 の「夕べの祈り」を聴こうとしたら、 'BBC Proms' がオンエアされてて、なんとロイヤル・アルバートホールの大オルガンが鳴り響いてた。バッハのコラール前奏曲 (BWV.721) も演奏されてたけど、あの一歩一歩、踏みしめてゆくような素朴な内声の和音進行は、バッハの真筆じゃないらしい。おかげで「夕べの祈り」はけさの早朝にズレこみ、こっちはほとんど寝ていてあんまり聴取できてないんだが。

A : またあとで聴けば。

B : そういえばTV のアナログ放送停波はこんどの日曜日だね … 数年前のいまごろは、NHK-FM が停波されるんじゃないかってネット上の「NHK-FM」ファンのみなさんは怒り心頭だったよ。自分も心底、ハラが立ったが。

A : そういやそんなことがあったな。

B : 「デジタルコンテンツ」がどうのこうのという有識者会議の思惑はみごとにはずれ、NHK-FM はからくも停波を免れ、3月11日の大地震のときはラジオ第1 とともにその威力を存分に発揮してくれたわけだけど … なんか因縁を感じるな。とにかくNHK-FM がこうして放送をつづけてくれて、なによりだ。

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2011年03月06日

Something is wrong.

 自分がインターネット(World Wide Web)という「革命的な道具」にはじめて触れたのは1997年ごろ。用途はもちろん調べ物で、知人の下訳の手伝いでスポーツ関係について調べたのが最初。場所はいまや懐かしい響きすら漂うインターネットカフェ。自宅にはまだPCもなくて、かぎられた時間で調べたかぎりのことをメモして帰宅してからそれを見ながら「文豪mini 5」というワープロ専用機(!)で拙訳を仕上げていた。技術の進歩というのは恐ろしいもので、あれから10年ちょっとでいまやケータイもしくはiPhone に代表されるスマートフォンがあればほぼいつでも、どこでもふつうにインターネットに接続可能な時代となった(動画も見られるしね)。電磁波の悪影響など解決すべき問題は多々あるけれど、以前では想像もできないようなこともネット上で実現可能になってきた。ネットの発展は基本的には「性善説」にもとづいていると個人的に考えているけれど、残念ながらいまや「ゴミ・がらくた・芥」のたぐいがひじょうに多くなっているのもまた事実。ボットなどに代表されるインターネットワームなどのマルウェアはじめ、ネットそのものを犯罪行為に援用したり、テロリストどうしが連絡を取り合ったりする場として使っていたりする。ネットストーカーなることばまであるし、Facebook などを見てもわかるように、いわゆる国境というものさえない世界なので、ことばを変えれば全地球的規模の無政府地帯でもある。

 ことほどさようにWeb の世界ほど利用する側によっていかようにもなる道具というのもそうないんじゃないかと感じているこのごろなんですが、ついに(?)新手の不正行為まで出現した。これについてはすでにいろんな人が思い思いに所見を述べているのでくどくならないていどに書きたいと思いますが、例の「カンペ事件」について。対策を怠った大学側が悪いとか、たかがカンニングごときで警察沙汰にするとはこれいかに、という論調がにわかに(?)目立ってきた。こういう意見を耳にするたびに、健全な批判精神から遠くかけはなれたいっときの感情論にすぎないのではないかという思いをつよくする。

 まず大学側について。ようはケータイを試験場に持ちこませなければよかったわけで、たしかに責任は問われると思う。でも取材に応じていた受験生の口から、「もっと検査を徹底すべきだった」というのはどうなのか。はじめから泥棒でも見るような態度をとられたら、だれだっていい気分はしないのではないか。大学側からすれば、「性悪説」ではなくて、「性善説」を取りたいだろうし、だいいち成人一歩手前の若者にたいしていちいち手荷物検査をすべきなのか。受験生は皆ただでさえピリピリと緊張しているだろうし、これ以上よけいな負担はかけたくない…大学側としてはそんな「思い」だったのではないだろうか。他人の気持ちを汲み取ろうとさえしない傲慢さこそ、問題なのではないかと思うぞ(注:国公立大学の試験監督官は私立大学とくらべて「ゆるい」という意見もある)。

 たかがカンニング…という論調もたいへん多く見受けられて正直びっくりした。カンニングということばを手許の『大辞林』で引くと、「[名]試験のとき、他人の答案や隠し持った本・メモを見るなどの不正行為をすること」とある。今回の件では京大入試の場合、とくに数学が全問、「答えを教えてくれ」と ―― よりによって ―― 某ポータルサイトの「質問箱」に投稿されていたという。はたしてこれが昔ながらの「カンペ」を使ったカンニング(cheating)に当たるのか??? そういう次元をはるかにトビこえちゃっていてあきらかに確信犯的かつ悪質な手口だと思うし、大学側も自分たちだけで不正行為をした受験生の特定をしようにももうお手上げだったので、警察に被害届けというかたちで捜査を願い出たのではないかと推察する。

 受験生本人にとって、今回の件はひじょうに苦い薬になったと思いますが、アタマの古い門外漢があえて言わせてもらえば、やはり必死さが足りない。ほんとうに必死だったらそんなことにかまけてないで、自分で一所懸命考えて考えて問題を解くはず。ハナから考えることを放棄してのぞむ試験なんか、はじめから受けなければいい。ほかのまじめな受験生が迷惑する。いかに多くの人を悲しませることになるか、想像もつかなかったにちがいない。試験中に堂々とあんな公衆面前の前で「質問」することじたい、まず信じがたい。以前ここでWikipedia などの記事を引用というよりそのまんまコピペして涼しい顔でレポート提出する学生が増えている、という風潮を嘆いたことがありますが、まさかこういう目的でネットを悪用する事例が出現しようとは思いもよらなかった。

 また、日本の試験は暗記重視の設問ばかりで時代遅れだ、という指摘がある。それならいっそのこと英国のパブリックスクール並みに「自分で考えなければならない」設問に切り替えたらどうか。先日地元紙に「欧州学び舎物語」という連載がありまして、初回が英国のセントエドワーズ・オックスフォードというパブリックスクールに留学している17歳の日本人男子学生に取材した記事でした。盛岡出身だという彼が言うには、教科書なんか「重くて持ち運ぶのも大変」。生物の教科書など、電話帳みたいに分厚くて、細かい活字と図説がびっしりなんだそうだ。記事によると、英国のこの手の学校の試験では二者択一式の設問というのはあんまりなくて、たとえば第二次大戦にかんする問題ならば「なぜ始まったのか」、「この決定を下したのはなぜか」を論述させる問題が中心だという。17歳の彼いわく、「勉強の姿勢がガラリと変わった」。現状の大学入試の出題形式が時代遅れかつ旧態依然としている点は自分も感じているから、暗記中心から自分で考えないと回答できない問題へと切り替える必要はあるように思う。そうすれば安直に人さまの答案を見ようなどという不正行為も減るんじゃないでしょうか。あるいは入学はやさしいが、卒業が容易ではなくなる制度へと改めるか? いい機会だから、もっと幅広く議論されればなおよいとは思うのだけれども、熱しやすく冷めやすい国民性なので、はたしてこちらもどうかという気もしないではない。

 19世紀から20世紀前半にかけて活躍した英国の小説家アーノルド・ベネット(『自分の時間』の著者といったほうがわかりやすいかも)の奥さんだった人が書いた評伝で、主人は毎朝、新聞を読んでからでないと自分の意見が言えないたぐいの人をひどく軽蔑していたみたいな記述を読んだことがある。その伝でいけば自分もその仲間になるけれども、今回の件でいろいろとブログを読んだりしたなかで、もっとも共感できたのはこちらの方の書いた記事でしたのでここでも紹介しておきます。

 …それにしてもおなじネットの世界で、かたやSNS を使いこなして結束し、独裁者の圧政に立ち向かう若者がいるかと思えば、こういうせこいことに使って世間を騒がせる若者もいる。ふと、1989年11月の、あの「ベルリンの壁崩壊」の映像を思い出したりしていた。前にもこんなこと書いたような気がするけれど、あの当時といまの日本とを較べてみると、世界情勢は激変しているのにこの国ときたらいっこうに十年一日というか、なにも変わっちゃいないという気がしてならない。もっと言えば惰眠をむさぼっている、悪い意味での「マイホーム主義」、いや平和ボケというやつかもしれない。いちばん感じるのは1989年当時より、ものを考えなくなった人が多くなったということ。以前、ATM コーナーに設置してあったシュレッダーに幼児が手を挟まれるという事例が多発したためにすべて撤去されるということがあった。こちとら見てますと、ようは親の注意不足。わきで子どもがガサゴソやっていても気にもとめない。へたに「ぼく、あぶねーよ」なんて注意しようものならこっちが睨まれたりする(苦笑)。ようするに「危ないからシュレッダーは撤去」という発想のおかしさに気づかない。おかしいことをおかしいと気づかないことがそもそもおかしい。これこそときおりここでさりげなく書いている、「健全な批判精神」というものだ。いまの日本に横行しているたぐいの批判の大半は人さまの揚げ足取りのcriticism のたぐいであって、critique ではない。そして街を歩けば、なにかの飾りみたいにそこここに空き缶が置かれている光景が日常風景みたいになっている(とくに電線地中化工事後の変圧器のてっぺんとか)。昔はどこにでもいた「うるさい近所のおじさん(波平さんですな)」は姿を消し、みな自分のこと以外は無関係、無関心。よいことはよい、悪いことは悪いとはっきり口に出して言いづらくなった。いいトシした大人でさえこういう手合いが多いので、ますます若い人は以前ほど物事の善い悪いを気にとめなくなった…すべてはつながっている、とふだんより考えているので、今回の件もある意味起こるべくして起こったと言えるかもしれない。先ごろのクライストチャーチの震災では、残念ながら略奪が発生していたという。1995年1月の阪神淡路震災のときはそのようなことがなく、この点がとくに海外メディアに注目され、「規範意識のつよい日本人」というふうに報道されたりもした。でもいまではどうか。もしいま大地震が来たら、この国でもよその国同様、略奪行為が横行するんじゃないかと危惧してしまう。もちろん聖人君子たれとは言わない。自分も欠点だらけの人間だし、悟ることもないままに終焉を迎える公算大だと思うが、とにかくいまのこの国はなにかが決定的におかしいです。

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2011年02月26日

NZ の震災

 NZ 南島でもっとも美しい街と言われているクライストチャーチを襲ったM 6.3 の直下型地震。現時点で犠牲者が145人に達したという。犠牲になられた方のなかには語学留学に来ていた方も多かったと聞きます。連日地元紙面でも留学に来ていた方の安否情報などが掲載されていますが、みなさん、ほんとうに真剣に英語を身につけようと懸命にがんばっていた方ばかりで、胸が痛むと同時にわが身がやや恥ずかしくもなったりする。なにか心に期するものがあったのだろう、新聞記者を辞めて単身語学留学されていた石川出身の方のお話とかはとくに…ほぼ同世代の方で、なんということだろうかと思わずにはいられない。

 昨年1月のハイチ地震のときもおんなじことを思っていたんですが、やはり建物の耐震補強はなによりもまして最重要課題だ、と。個人の住宅もそうで、以前は「TOUKAI-0」という静岡県の運動を冷ややかな目で見ていた。でもいまは、「地震が来る前に打てる手は打ったほうが結果的に減災につながる」とつよく感じるようになり、できれば耐震補強したいな…と考えているんですが、たとえば今回、国が補正予算で急に(?)組んだという補助金制度。これあわせると自分の住んでいる地区の場合は合計70万円が補助金として出るらしい。ところがいかんせん3月いっぱいの特例措置なので、耐震診断→補強計画策定→補助金申請…なんてとても間に合わない。来年度予算でも組んでもらえればありがたいと思うのだけど、いまの政権与党じゃねぇ…「国民の生活」なんてそっちのけでリビアさながらの内輪もめ状態ですから(たとえがちょっと不適切かと思うがあえて使う)。

 耐震補強、も肝心ですが、いますぐできることはいつまでもputting off してないですぐ調達に走ることも大切ですよね。いちおう拙宅も何年かかけてそれなりにかっこうついてきたような感じではありますが、まだ守りの薄い部分があるはず。みなさん ―― とくに静岡県民の方 ―― は地震にたいする備えは万全ですか? 飲料水とか常備薬、スリッパにヘルメット、そして必需品! の簡易トイレとテントくらいは用意しないとね。と、こんなこと書くとかならず聞こえてくるこんな捨て台詞 ―― いつどこで震災にあうかなんてわからんし、そのときはそのときだ、と。なるほど。でも、NHK静岡で放映している東海地震啓蒙スポットで、専門家先生が言ってますよ。「自然現象の地震と震災とを混同してはいけない」って。大地震は天災で、防ぎようがない。だが減災の努力をすれば、それだけ助かる命も増えるはずです。すくなくとも2009年8月11日未明にM 6.4 の駿河湾地震を経験したんですから、万札が2枚も飛ぶ新型携帯ゲーム機を買う余裕があるなら地震にたいする備えのほうが先だと思うぞ。あのとき、こちらでは震度5弱だった(意見には個人差があります。そういえばまっさんは大丈夫だったかな…「生さだ」が終わって40分くらい経ってから地震があったので)。

 …それにしてもあのCTV ビルの惨状はことばを絶する。エレベーターシャフトの一画のみを残してすべてが原形をとどめないほど崩壊している…耐震基準は日本同様、厳しいらしいけれども、あいにく古い建物についてはそのかぎりではないし、この点、わが国も他人事ではない。だいぶ前にも書いたが、いまだに静岡県の公立学校の耐震化率は100% ではない。いまならまだ間に合う…かもしれない。ちなみにこの前、地元紙朝刊にて県東部地区の小学生に地震と活火山の富士山(休火山なんて思っている人は要注意。活火山というのは過去1万年に活動した火山を指す)について出前授業をおこなったとかいう記事を見たんですが、県東部で発生する無感・有感地震の総数はなんと約2万回(!!)だそうでして、これは日本全体で発生する全地震の約5分の1にあたるんだそうです(↓は、タスマン氷河の一部の氷塊が地震で崩れた? という報道記事)。

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2011年01月17日

13万年以上前から航海していた?! 

1). まずは↓の引用記事。先日、地元紙にも掲載されていたものでして、ギリシャのクレタ島で、正月3日に70 - 13万年前に制作されたとみられる石器が発見されたという! つまり、陸伝いに移動してきたのではなくて、あきらかに「舟」という海上交通手段をもちいて「移動」してきたことを示唆する発見ということ。ギリシャと米国の共同チームによると、さらに追加調査をおこなう意向だという。

 …これがもし立証されれば、人類の航海の歴史は大幅に書き換えられることになります。古代の航海、とくると、フェニキア人とかマッシリア(マルセイユ)のピュテアスとかが思い浮かぶけれども…一説によると、フェニキア人の船団はなんと「魔の海」として有名なサルガッソー海あたりまで航海していたとか、またギリシャ人航海者ピュテアスの場合は、紀元前320年ごろにアイスランドにまで到達していたらしいとか。アイルランド人「船乗り修道士(seafaring monks)」の場合、フェロー諸島あたりまでは確実に到達していたようで、『植民の書』にも、ヴァイキングのアイスランド到達前にすでにアイルランド人聖職者がいたことを示唆する記述があります。また本家サイトにも書いたけれども、9世紀にカール大帝の宮廷に仕えていたアイルランド人学者で修道士のディクイルの『地球の計測』にも、795年ごろまでにはアイルランド人修道士がアイスランド(「テューレ」と呼ばれていた島はどうもここらしい)に到達していたと記録しています。グリーンランドから先は…なんとも言えませんが。

2). 話変わってこちらの記事。おお、2008年のブレスト帆船祭につづいてこんどは豪州ホバート市で開催される「世界木造船大会」にも参加決定! しかも今回は祭典の目玉として紹介されるという!! Congratulations! 大会は来月11日から4日間開催され、世界中からなんと600隻もの「木造伝統船」が参加するというからすごいですね! さすがにオーストラリアまで航海…はできないので、海運業者の協力で当地まで運搬するみたいです。こっちのほうも楽しみですね。

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2010年10月10日

ヴィヴァルディのフルート協奏曲発見! 

 まずはこれ! この前英国のメル友経由で知った文字どおりのbreaking news。18世紀オランダの本屋の販売目録で言及されていただけというヴィヴァルディ作曲の「4つ組の協奏曲」のひとつがスコットランド公文書館所蔵の古い文書の束からこのほど発見されたという(→AFPBBの関連記事)!! 今回見つかったのはフルート協奏曲ですって(→BBC関連記事)。

 ただしこれ作曲者本人の自筆譜ではなくて、同時代人による筆写譜とのこと。スコットランドに渡った理由ははっきりしないけれども、第3代ロージアン侯爵の子息ロバート・カー卿の所有品だったものらしい。カー卿自身、すぐれた音楽家でフルート吹きでもあった。で、この人が1730年代、というから作曲者ヴィヴァルディもまだ生きていてバッハも大オルガニストとしての令名を馳せていたころ、大陸に教養旅行(Grand Tour、いまふうに言えば留学)に出向いたさいに手に入れた楽譜みたいです。本国に持ち帰ったあとは、何度か演奏していたんでしょうね。発見したのはサウサンプトン大学研究員のアンドリュー・ウーリー氏。発見者曰く、「現存しないと思われていたこの作品の存在を目のあたりにするとはまったく思いもよらなかったし、とにかく大興奮ですよ」。考古学者も似たようなこと言ったりしますが、今回のような楽しい発見もたまにはあるから、こういう仕事ってやめられませんよね。画像に写っているのは、フルートパートの冒頭部だろうか。ニ短調の楽曲みたいだ。「大ムガール」という曲名みたいだから、曲想はインド風?? いまだ見つかっていない残り3つについてもフランス・スペイン・イングランドを連想させる曲名がついているので、ひょっとしてこれヴィヴァルディ版「諸国の人々 協奏曲」だったんかな??? そのへんのことはよくわからないけれども(「諸国の人々 Les Nations」というのは、F. クープラン作曲の組曲名)…。

 筆写譜は第二ヴァイオリンのパートが欠けているので、この作品をもとに改訂したと言われているべつのフルート協奏曲のパート譜をもとに発見者ウーリー氏が演奏可能な状態に復元したという。じっさいに聴いてみた人の感想では、

'Listening to a recording of it, I would say it is certainly an important addition to the Baroque flute repertoire.'

ますます全曲とおして聴いてみたくなりますね! もっともわりとちんまりした作品みたいですが…バッハもこんな発見、またないかな? ちなみにflautist というのは英国綴り。ついでにharbour, marvellous, manoeuvre, centre というのも英国綴り。「抱き字(æ, œ)」もけっこう好きだったりする。

 …ヴィヴァルディついでに先週の「ベスト・オヴ・クラシック」は恒例の「欧州古楽週間」。バッハの「オルガン協奏曲(BWV.595)」とかもかかったけれども、月曜の放送ではヴィヴァルディの声楽・器楽もかかりましたね。また水曜日にかかったパーセルの「グラウンド上の3つのパート」って、まるでパッヘルベルの有名な「カノン」にバス旋律がそっくり(知っていたのかな…)! マウリツィオ・カッツァーティとかジョヴァンニ・フェリーチェ・サンチェスとか、まるで聞いたことすらない作曲家の作品も盛りだくさん! 木曜と金曜にはテレマン・大バッハの作品もかかりました。「ふたつのバイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV.1043」の緩徐楽章、あれ好きなんだよねー。

 …っていまは帰ってきた「浜松アーカイヴス三昧!」、聴いてます(笑)。いまさっきかかってたウィーン少のシュトラウス「ウィーンの森の物語」って、いったいいつの時代の音源だろうか…そうとうな年代物みたいですね。そうそう、リスナーの方がいいことおっしゃってます! いまのデジタルオーディオプレイヤーって、数十時間分の楽曲がすっぽり収まってしまうから「ながら聴き」になり、真剣に聴くことがなくなってしまった、と。まったく同感! この前ここに書いた、NYTのコラムと基本的にはおんなじことを指摘していますね。不便だった時代のほうが音楽を真剣に聴いていたのかもしれない。

(内容とは関係のないおまけ):いましがたアクセス解析見たら、カウンターがぞろ目でした。今日も2010年10月10日で10が三つ並ぶ日ですね。

ぞろ目カウンター


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2010年08月08日

プラスティキにモーツァルトにタメ口をきくチャロ(笑)

1). 12,500本もの空きペットボトルを船体に利用した双胴船・プラスティキ号。先月26日、8,300海里(15,371km)の長い長い浪路を越えて、ぶじオーストラリアのシドニー港に到着したというニュース。NHKでも報道したらしいけれども、あいにく映像は見ていない。国内メディアはなぜかこの手の実験航海ものにはあんまり関心がないようで、たいして取り上げていなかったのではないかと思う。今回の航海、「プラスチックごみ」問題に世間の耳目をひこうという目的もあったわけですが、NG協会のニュースページに書いてあるとおり、とにかく前例のない斬新な設計の艇だっただけに、こんなんでほんとうに太平洋を横断できるのかといぶかる声がけっこうあがっていたという。たしかに。帆走性能はまったくの未知数。ある意味、「プラスティキ号」の帆走能力は復元カラフの「ブレンダン号」と似ているかもしれない。でもまあ結果オーライというか、太平洋のごみ問題調査という大役を果たして目的地に着いたわけだから、まずはcongratulations! と言ってあげたいですね。航海すること128日。これは文字どおり命がけの大航海です。

 リーダーのロスチャイルド氏ってやっぱりあの大富豪の一族のひとりらしいけれども、自身はプロの冒険家で、いっさいの営利活動には関わっていないらしい。ちなみにNYTimesによると、スキッパーは女性で、あとはヘイエルダールの孫をはじめ、クルーは男性のみの構成らしい(→AFPBBの記事)。航海中もっとも危険だったのは目的地に着く直前に突然の嵐に遭ったときで、風速20m、10m近い大波にもまれて、マストが折れるのではとクルーは気が気でなかったそうです。このプラスティキ号の航海記録とか出版されたら、買ってみようかな。森林資源保護のためKindle版やiBooks版のみです、なんてのは少々困るが…。



2). …そういえばこんなニュースもありました。モーツァルトが弾いたかもしれないというフォルテピアノ!! …記事に書いてあるとおりならば、1775年にモーツァルトがストラスブール滞在時に作曲したピアノ作品は、このバーデンバーデンのピアノ製作家の手になる楽器の音色と響きが念頭にあったことになる。今後の動きが気になるところ。

3). いま、「プログレ三昧」を聴きながら書いてます…King Crimsonの'Islands'ってなんかいい感じ。プログレとくるとYesとかPink FloydとかELPならすこしくらいは…というていどでけっこう新鮮。でもなぜか懐かしい。70年代はけっこうこの手の音楽がまだ聴かれていたような気がする。今年はクソ暑いし、たまにはこういう音楽を聴くと気分が発散できていい! なんかスカっとする(とくに根拠なし)。ちなみに'21st Century Schizoid Man'というのは、phrenia(精神) + schizo(分裂した)で、schizophreniaのこと。いまは「統合失調症」と言うらしい。いまどき「スキゾ人間」なんて書いたらダメかな(なぜかヤナーチェクの「シンフォニエッタ」なんてかかっているけど。『1Q84』つながりらしい)。もっともプログレってけっこうクラシックの要素がさりげなく挿入されていたりする。で、今回、ぜんぶ聴いていたわけではないけれども、聴くたびになんかオルガン系サウンドが多いような気が…。ゴシック的おどろおどろしさを出そうという感じなのか、それとも教会音楽的な荘厳さを出そうとしているのか(? 、いま'I heard the voice of Jesus say'のメロディーが流れてきた)。

 …で、先週のチャロ。個人的にお気に入りなJohnny the Info Guyの登場(→8月6日分のストリーミング)! 一見、かるーいノリの人に見えるけれども、ちゃんと大人の配慮をしているところがまたいい。'Call me anything you want.'なんか決まってるね。こういうのを見ると、つい'... And words don't hurt me!'とかってやりたくなる…(これは子どもの口ゲンカの決まり文句、'Sticks and stones can break my bones but words[names] can never hurt me.'の変形。「棒っ切れや石じゃあるまいし、なんと言われようがへっちゃらさ」)。

 アタマにきたチャロの返事がまたふるってます。'Fine! I'll go find him myself. Thanks for nothing!' 「もういい! 自分で探すから。この役立たず!」。かなーりキツい言い方。言われたほうだってカチンとくる(はず)。冒頭の'Fine!' というのは日本語の「けっこう」と似ている。「もうけっこうだ!」が英語では'Fine!'になるというわけです。同時に「けっこう」もfineも、ほんらいのというか、いい意味の「けっこう」でも使われる。自分はこの怒り表現のfine用法については、I am Samという泣ける映画ではじめて覚えた。正確には思い出せないが、たしか主人公サムが仲間に向かってチェスだかなにかの会にどうしても出られないと言ったら、仲間は怒って席を立ち、'Fine!'と捨て台詞を残して立ち去った、という場面でした。まさにこのチャロの吐いた'Fine!' そのもの。というか最近のチャロって、なんだかタメ口をきくことが多いような気が…するのは気のせい? 

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2010年06月15日

All's well that ends well!

 すでに感動の声が多く上がっているのでかんたんにしておきますが、とにかく「はやぶさ」、よく帰ってきてくれました! これはまぎれもなく世界に誇れる快挙です。しかもカプセルがぶじに豪州のウーメラ砂漠(本来は立ち入り禁止区域らしい)の「予定していた」落下地点にほぼ狙いどおりに帰ってきた、というのもすごい話。産業の空洞化が進んでこのままでは先進国一の「格差大国」・米国のようになってしまうんじゃないかとなかば暗澹とした気持ちにもなっていたんですが、技術立国の面目躍如というか、とにかくJAXAの関係者の方、いままでお疲れさまでした。7年間もの「航海」、というのはなんだかなにかと似ていなくもないけれども、本来は4年で帰還するはずが燃料洩れやらイオンエンジン故障やらとトラブルつづきで、結果的に帰還まで7年もかかってしまったらしい。またいっとき通信が途絶して行方不明状態だったらしいから、今回の帰還――いや生還? ――はまさに奇跡的としか言いようがない。

 それにしてもあのカプセルって小さいですね…直径30cmくらいらしい(→JAXAの公式ページ)。パラシュートが開いたときにふたつに分かれて落下した、金色の耐熱カバーのほうもぶじ回収されたのかな? 2万度の超高温にも耐えられるというこの外殻。燃え尽きた本体に搭載されたイオンエンジン。自律型ロボット機能。「はやぶさ」はありとあらゆるところに日本古来の技術と最新テクノロジーが融合した、文字どおりの持てる技術の粋を集めた傑作ですね。顧みてワタシはこの7年、なにをやっていたのだろうかと思わなくもない(反省)。カプセルの落下地点の画像とか見ますと、下生えが生えてなければまるで火星の地表面を思わせるようなきれいな赤土の砂漠だったのも印象的でした。「イトカワ」の岩片がほんのちょっとでも入っていればいいですね。なんといっても、今回のミッションは米国の後追いではなく、まったくゼロからの独創的な発想から生まれ、実現されたもの。これから重要になってくるのは、優秀な若い技術者のためにもこのミッションから得られたさまざまなフィードバックをつぎのミッションにいかに生かすか、ではないかと思う(→関連記事)。

 今回のミッションは月以外の天体に行って帰還したこと、小惑星にはじめて降り立ったこと、岩石試料採取を試みたことなどなど、いろいろな点で世界の宇宙開発史上に残した貢献は計り知れないものがある。「はやぶさ」のカプセルがぶじ発見・回収されたという報に接したとき、ふと「終わりよきもの、すべてよし」というシェイクスピアの有名なことばが頭に浮かびました。

 ところで…ちょうどときをおなじくして南アで開催中のFIFAワールドカップで日本勢が初陣を飾りましたが、当日の地元紙朝刊を見てびっくり。全面ブルーでなにやら「寄せ書き」がいっぱい。??? と思ったら、ラッピング紙面らしくてそれをめくったらいつもの一面が出てきた。なるほど、これってけっこうユニークでおもしろいアイディアですな。しかも子どもからお年寄りまで、ふつうの人がそれぞれ思いを書いているところがいい。昔だったらたいていこういうのって、どこかの会社の社長さんとか大学の学長さんとか政治家とか、そんな肩書きの人による堅苦しい形式張った挨拶しか掲載されなかったんじゃないかな。見方を変えれば今回の試み、個人が気軽に発信できるWebというソーシャルメディアにたいする新聞制作側の危機感の表れともとれるかもしれないが…。そのなかにこんなのがありました。'I support Japan! Japan vs. Spain would be a nice final, wouldn't it?'。これ書いたのは静岡県在住のスペインの人らしいけれども、wouldはもちろん仮定法過去のwould。で、今週の「チャロ」はいろんな仮定法の言い方が出てきますね。'It would be better to search together, I think(ひとりで探すよりふたりのほうがいいわよ、きっと).'、'I could never love that Shiney(そんなシャイニーなんてとても愛せない).'、'I wish I had something to believe in(わたしも強い信念をもっていたいと思うわ).'とか。英語ついでに「ラジオ英会話」のリスニング問題、開店したばかりのレストランの名前がふるっていて、'Eat, Drink & Be Merry!'なんていう名前。でもこれって遠山先生がおっしゃっていたように、旧約外典の「伝道の書」からの一節、'Eat, drink, and be merry, for tomorrow we die'だったんですね、知らんかった。そういえばいま読んでいる小説には古めかしい言い方がやたらと出てきまして、たとえばdoth, methinks, canst, afoot, morrow, aught, god-speedとか。いずれもほとんど死語に近いんじゃないかしら。

 さらに話が脱線して申し訳ありませんが、渋谷のHMVって8月で店じまいするらしい…そういえば近所からはとっくにCD屋さんが姿を消し、自分はといえばもっぱらAmazonで国内盤・輸入盤問わずにせっせと買っていたりする。音楽ファンのCDの買い方がここ10年くらいですっかり変わってしまったのがおもな原因かとは思うけれども、やっぱり寂しいな。あそこはBAC初来日のときだったかな、会場に行く前に立ち寄ったことがありまして、そこでエドのサインと寄せ書き('Many many thanks to HMV Shibuya!!' とか書いてあった)みたいなものを見たことがあります。BACはその後も来日するたびにあそこでインストアライヴを開いていたらしいけれども、自分が立ち寄ったのはけっきょくそのときかぎり。イートンカレッジ公演のときに池袋西口のメトロポリタンプラザのHMVに立ち寄ったけど、いささか心配ではある(ヴァルヒャのモノラル全集盤もここで買ったし、アンソニー・ウェイのアルバムなんかもぜんぶここで買ったような気がする)。銀座の山野楽器のほうは大丈夫かと思いますが。

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2010年04月05日

ソメイヨシノの話はほんとだったらしい

 今年の春は近年まれに見るほどの荒天つづき。雨が降ればたいていスコールみたいにはげしく降り、風まで吹きまくったりするからしまつが悪い。「聖金曜日」の天気はまさしくその典型で、昼ごろまで台風並みのものすごい強風が吹きすさび、大雨が雨戸をたたきつけていた。

 先月の降雨量が観測史上最高、というのもうなづける。菜種梅雨というか、とにかく天気が悪い。せっかくヤマザクラやソメイヨシノが満開になっても、どんよりとした空模様がつづいているせいか、気持ちもやや沈みがち。杉の花粉はあんまり飛んでないからいつもの年にくらべればその点は楽なんですがね。

 と、そんなときに見たNHKの夜のニュース。なんでも遺伝子調査の結果、ソメイヨシノのルーツがほぼ特定されたという。いったいどこなんだろ、と思っていたら、なんのことはない、言い伝えどおりで江戸の染井村だという。やはり染井村の植木屋さんがルーツってわけか。でも自然交配したという説もいくつかあり、そのうちのひとつがここ伊豆半島、それも陸路で西伊豆に向かうときはいつも越えてゆく船原(ふなばら)峠付近だと言われています。ニュースではその「伊豆半島説」もすこしだけ紹介されていたけれども、サクラという樹は自然交配しやすいらしい。すくなくとも伊豆半島に自生しているソメイヨシノにかぎって言えば、やっぱり自然交配種なんじゃないのかしら。

 …いまさっき聴取した「ラジオ英会話」。リスニングではBe gone! という名の風邪薬(?)のCMが流れてましたが、遠山先生はこれをすこし古めかしい言い方とし、「去れ!」という名前なんですね、と言ってました。これを聞いた自分は即、「痛いの痛いの、飛んでゆけーッ!」という、懐かしいかけ声(?)を思い出してしまった。

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2009年10月30日

奇跡的生還! 

1). 八丈島沖で起きたキンメダイ延縄漁船「第一幸福丸」の遭難事故。発生から4日目にして3名の乗組員の方が救出された、との一報を聞いたときはほんとうに驚きました。奇跡としか言いようがありません。事故当時の海域は5mの高波が押し寄せる大時化、残念ながら亡くなられた船長ひとりがブリッジの操舵室にて漁船の舵を取っていたところを一瞬のうちに横波を食らってひっくり返ってしまったらしい。でもまだ4名の方が行方不明なので、手放しでは喜べないけれども、とにかくいろいろ偶然が重なっての奇跡的生還だったことはまちがいなさそうです。

 まず一瞬のうちに転覆してしまったこと。これで最小限の海水しか船内に流入しなかったものと思われます。そして行方不明になっている4名につづいて居住区から脱出しようとしたものの、ドア近くにあった冷蔵庫が倒れてドアが開かなくなったらしい。どうしても開かないから、船外脱出をあきらめた3名の方はせまく、真っ暗な船室内にて助けが来るのをひたすら、待ちつづけていたと言います。結果的に、冷蔵庫が入り口をふさいだおかげで台風に直撃されてもあまり海水が船内に入ってこなかったようです。またいくら船室内に空気が閉じこめられていたとはいえ、大の大人三人が4日も生きながらえるには不足したかもしれない。これも、台風によって大時化になったことが幸いしたようです――つまり荒れて泡立った波から酸素が供給されたのではないか、ということです。時化がすぐに収まったらもっと早く発見されたかもしれないけれども、逆に酸欠になっていたかもしれない(二酸化炭素ガスはたしかに海水に吸収されるけれども、限界があるように思う)。また転覆現場海域がたまたま今年の黒潮の通り道になっていて、比較的海水温が高かかったために船内に閉じ込められた方の体力の消耗も少なかったのではないかという。また――ほかの漁船はどうかはわからないけれども――この船を建造した造船所によると、キールなどの主要部材には気室に富むFRPが使われているから、「破壊されないかぎり浮く」とのこと。とにかくいろいろな偶然が重なっての奇跡だったと思います(→船室の画像)。ちなみに一般にヨットと呼ばれるセイリングボートのたぐいは、荒天時にひっくり返っても「起き上がり小法師」のようにふたたび起き上がるように設計されています。

2). …それにしても海難事故があいついでいますね…海上自衛隊の護衛艦が巨大なコンテナ船と衝突したりといったこともありました。いまさっきTVニュースを見ていたらなんとエチゼンクラゲの重さのせいで転覆した…という小型漁船の事故の報も目にしました。今年はこのクラゲが津軽海峡を越えて太平洋側にも「進出」、とうとう駿河湾にも入ってしまったらしい。いま「あわしまマリンパーク」のブログを見たら、駿河湾のもっとも奥にまで到達してしまったとは…ということは西伊豆の海はこいつらがうようよ(4年前にも来ていたとはさらに驚き)??? …こういう来客は困ります。はやく消えてくれないかな(エチゼンクラゲは冬を越せない)。

3). そんな折、落語家の三遊亭円楽師匠が29日に逝去されていたことが報じられていましたね…享年76。またその前の25日には、『大国の興亡』、「文明の衝突」といった海外ベストセラーの翻訳で知られる鈴木主税氏も74歳で亡くなられていたことを地元紙訃報欄にて知りました…鈴木先生は文字どおり分野を問わずさまざまなノンフィクション/一般教養書と呼ばれる書籍の翻訳を手がけてきた大ヴェテランなのですが、個人的には19年前に邦訳版が緊急出版された『自然の終焉』を思い出します。著者はあのビル・マッキベン。当時、マッキベンはまだ20代だったし、自分はさらに若かった(苦笑)。両氏のご冥福をお祈りします。

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2009年09月13日

阿修羅さんのCTスキャン画像

 先日、地元紙夕刊を見たら、いま九州へ「出張中の」国宝阿修羅立像(りゅうぞう)がCTスキャン検査を受けていたことをはじめて知った。残念ながらWebサイトでは掲載画像とおんなじものは見つけられなかったけれども、あの大きく盛り上がった髪の毛のてっぺん部分、その内部には太い心棒が写ってまして、三つのお顔をしっかりと支えていました。全身画像のほうはAFPBBサイトにありました。

 また今回のCTスキャンで、阿修羅像の「原型」となったもともとの「顔」についても撮影画像をもとに復元されて、そちらのほうも興味深いものがありました。今回のCTスキャン調査の結果、1400歳という高齢の割には心棒の木材には「虫食い」もなく、健康状態はきわめて良好とのことで、まずはひと安心、といったところですか。でも間近で見た者の感想としては、阿修羅さんのお顔には「モナ・リザ」よろしく、細かなひび割れないし亀裂があちこち走っていて、そっちのほうは大丈夫なんだろうかとも思うのだけれども、なにも言及していないところを見ると、そのまま放っておいてもかまわない、ということなんだろう(たぶん)。しかしそれにしても昔の仏師の技には驚かされる。脱活乾漆造りと呼ばれるひじょうに繊細かつ高度な技法を駆使して心をこめて制作したことが素人目でもよくわかります。ほんとうにすごいとしか言いようがない。まさに日本の宝です。

 古いもの、とくるとこちらのニュースも目を惹きました…『伊勢物語』の「定家本」とは別系統(ステマ)らしい古写本が発見された、という! 『源氏物語』のときもそうだったけれども、探せばまだまだ出てくるかも。「探す」ついでに、音楽用語のricercar(ricercare)ももとは正しい音を「探し当てる」ことから転じて、謎かけ要素の濃い多声器楽曲、とくにフーガを指すことばになった。だからバッハは「音楽の捧げもの」の3声と6声のフーガにあえてリチェルカーレなる古風な言い方を採用している、とまたしても脱線失礼しました。『聖ブレンダンの航海』もなんかあたらしい写本とか出てこないかしら? 『伊勢物語』については、この前連載の終わった司修氏の『蕪村へのタイムトンネル』でも最初の十段がひじょうに効果的に引用されていました。連載開始時からずっと読み進めていた者の感想としてはすこぶる簡単ながら、こちらの作品もまたすばらしく、深い感銘を受けた。とくに終戦直後の混乱期の描写には、戦争を知らない世代には突き刺すほどの衝撃力があったし、若き蕪村とほとんど生き写しと言える自身の「人には言えなかった過去」を告白する展開と完結部にも感動をおぼえました。バッハの「バビロン川のほとりにて(オルガンコラール前奏曲)」と「マタイ受難曲」も出てきましたね。

 音楽ついでにまた脱線すると、先週の「N響定演」のベートーヴェンはよかったなあ。大好きな「7番」だったし。ゲストに呼ばれていた音楽評論家の諸石幸生さんが、「ダンス音楽のように指揮している」とかなんとか言っていたけれども、まさにそのとおりで、この作品はまさに小躍りしたくなるようなリズム感、ビート感が最大の特徴と言ってもいいんじゃないかって思ってます。グールドだって「ディスコ音楽だ」とか言っていたし、また19世紀ドイツにおいては「呑んだくれの歌」なるあだ名までちょうだいしていたという。ベートーヴェンはこの「7番」を1813年12月8日、「ハーナウの戦い」で負傷した兵士たちを慰めるための慈善演奏会で「ウェリントンの勝利」とともに初演したから、聴く者の心を鼓舞し、勇気づけてくれる音楽に仕上がっているのもうなづけるお話ではある(場所はヴィーン大学講堂だった)。最近、「のだめ」の影響か、若い人の間でこの7番が人気があるとか。いいことですよ。もっと肩肘張らず、どんどん聴いてほしいですね、とかなり本題からそれたところで、阿修羅はじめ八部衆の皆さん方がお務めを果たされて、ぶじ興福寺に帰還されるように(けさの「バロックの森」でかかった「オルガン協奏曲」。てっきりヘンデルの作品かと思いきや、「四季」の声楽ヴァージョンをこさえたコレットの作品でしたorz)。

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2009年08月15日

焼津が西へ1cm動いた

 11日朝の地震について、国土地理院から発表がありました。それによると今回、動いた断層はいちばん浅いところ(上端)が深さ約17.5km、最深部が約20km、断層の長さが約16.7km、幅が約5.6km、北東側の地塊が南西側にたいしてやや乗り上げるような横ずれをふくむ断層運動(逆断層)型だったとのこと。そしてこの地震のあと、焼津市周辺が西へ1cm、動いたという。添付資料 1の図を見ると、西伊豆町あたりで東へ最大1cm弱、動いたようだ。そして今回の震源断層は、溝上先生が言ったように、石廊崎断層の延長線上にあるように見える(2004年のいまごろも東南海地震の想定震源域で同程度の地震が起きたから、太平洋岸の地殻にはプレート運動による歪みがそうとう蓄積されているのだと思う)。

 また前回書いたとおり、最大震度6弱を記録したわりに軽微な被害ですんだのは、やはり「ガタガタガタ」と短い周期の地震動で、ゆれている時間も短かったかららしい(自分のところは震度5弱)。けさの地元紙朝刊を見たら、今回の揺れは0.3〜0.5秒周期の地震動だったらしい。家屋に甚大な被害を与える震動周期、「キラーパルス」ということばもはじめて聞いた。…ということは、9日夜に発生した太平洋はるか沖のM.6クラスの地震のほうがはるかにこわい、ということなのか。あれだってたまたま320kmだったか、そうとう深い海底で発生したからまだいいようなもの、もしこれが直近の海底で発生していたら…と思うとやはりぞっとする。「キラーパルス」というのはM.7クラス以上の地震で出やすい波形なんだとか。もしあのときそんな「キラーパルス」が発生して、しかももっと長いあいだ揺れていたらただでさえ古い木造家屋のわが家は確実にひびが入ったり、破損していたかもしれない(→NYTにも一連のM.6クラスの地震について記事があった)。

 …あのあと西伊豆町にいる親戚に連絡をとったら、とりあえず被害はないし、大丈夫とのことですこしは安心したけれど、近いうちにようすを見てこようかと思う。ちなみに旧土肥町の景勝地・恋人岬の「鐘」は、17日に復旧するそうです。今年は長梅雨に地震と、観光地の方はほんと踏んだり蹴ったりだ。昨年のいまごろは、原油高騰のとばっちりを喰らっていたし…。

 …とそんな折りも折り、けさの朝刊では記者の書くひとことコラム「清流」に書かれてあったことが気になったといえば気になった。「…地震の怖さを知った一方、周りで被害が少なく(想定)東海地震との関連が低いとの見解に、安心してしまったのも事実。経験を無駄にせず、揺れが体に染み付いている間に万全の備えをしておきたい(下線強調は引用者)」。…ある意味、これ書いた記者は典型的な「静岡県人」だなあと、思わざるをえない。自分なんか、余震がくるたびに過敏になってしまって、「安心」なんてそんな心の余裕なんてないですよ。ようやく余震活動も収まってきたかなとは思うが、自然のこと、いつなにが起きるかはanybody's guess。そういえばきのうの夕刊では、県地震防災センターの「なまず博士」がこんなこと言ってました。地震対策はなにも特別なことをするのではない、としたうえで「日ごろから整理整頓すること」。しかり。ワタシなんか、もう返すことばもない。たしかに自室は、あまりに物が――いやほかの人から見ればたんなるガラクタ? ――多すぎるし、本棚なんて上から下までぎっちりだし…なんとかするしかないか(家具については、ほとんどすべてに転倒防止対策はしてある)。

 …本日は終戦の日。きのうの地元紙には「核なき平和 世界に訴え」という特集記事が載ってました。広島平和文化センター理事長の米国人(!)、スティーヴン・リーパー氏がこんなこと言ってました。「…原爆について日本の若い人たちは自分と関係ない話だと思っていますが、それは違います。解決していない問題なのです。過去の惨劇を知り、世界の核兵器の情勢、将来の解決策を考えてほしい」。また最近の「核の傘」容認論については、「人間は記録的な速さで世界の肺である熱帯雨林を伐採しています。このままでは地球は死んでしまいます。…戦争をやめて軍に掛けているお金を地球環境の問題に使うべきです。みんなは宇宙船地球号に住んでいます。地球号の危機は一つの国が解決できることではありません。戦争文化はもう古い」。

 爆心地から2.7km離れた場所で被爆した広島市の男性も、被爆体験講話会でこう訴えたといいます。「平和ほど大切なものはない。当たり前だと思ったときに平和が崩れる」。このことば、しっかと胸に刻みつけたいものです。

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2009年08月10日

帆船「海星」が「太平洋のごみだまり」調査へ

 以前ここでもすこし取り上げた、ハワイ諸島北東沖にある「太平洋のごみだまり(ごみの墓場、またはごみの渦巻きとも)」水域(Great Pacific Garbage Patch)。1993年8月5日、ティム・セヴェリンほか4人が乗り組む古代の竹筏のレプリカ「徐福」号が米国西海岸めざして伊豆半島・下田港から出航して約2か月が経過した10月はじめごろ、一行はこのごみため海域のへりにさしかかった。海洋学者から航路上のごみ調査も依頼されていたから、セヴェリンたちは漂流ごみのことも記録しています(The China Voyage, pp. 242-44)。で、このたび日本の帆船「海星」が参加しての国際的な「太平洋ごみだまり海域」の本格的調査が行われる運びとなったと、先日の地元紙朝刊にて知りました(→CNN関連記事)。

 帆船の名前にちなんで'Project Kaisei'と名づけられた今回の調査では、この海域に流れ着くごみの種類と量、動きなどを調べて「ごみマップ」を作成、海洋生物におよぼす影響を調べ、また海中を漂うあいだにぼろぼろになったプラスチックごみの破片をいかに効率的に回収するかも調査するという。

 あらためてその箇所のセヴェリンの記述を読んでみると、意外なことに(?)このごみため水域では浮遊する大きめのごみ、たとえば魚網の浮きの周囲には小魚やその他海生生物が群がっているらしくて、「皮肉なことに、汚い浮遊ごみと海洋生物の増加には関係がある」。これら海生生物を狙ってか、ウミツバメ4種類とアジサシ、アホウドリを2種目撃したそうです。また自分たちも20kgはあろうかという、まるまる太ったビンナガマグロ(!)を釣り上げてもいます。この航海で釣り上げた魚では一番の大物だったそうです(でも漂流ごみから染み出す汚染物質は魚の体内で蓄積されているだろうから、たとえ釣りたてのビンナガは美味だったとしても、体にはあんまりよくないのかも)。そんなセヴェリンたちの竹筏も、「ごみため海域」にさしかかったころから籐紐の腐食によりつぎつぎと船体の竹が流出、セヴェリン船長はこれ以上の航海続行は無理と判断。11月16日の夕刻、要請を受けて駆けつけた日本の大型コンテナ船にクルー5人は救助された。そのときセヴェリン船長は、竹筏の三枚のセイルを揚げ、左舷開きで舵を中央に固定した状態で、「徐福」号に米国西海岸への航海をつづけさせて別れを告げた。「五人全員ぶじて、怪我ひとつなかった。竹筏を棄てたことは正しい判断だったことはわかっているが、あまりにも悲しい瞬間だった。なにしろ竹筏はわれわれをここまで、5500マイルの浪路を乗り切って運んでくれたのだから。これから竹筏は単独で帆走をつづけることになる。…どのくらい航海をつづけられるのか? 古代中国人が信じていた、東の大洋にあるという大渦巻きに巻きこまれて永遠にぐるぐると回りつづけるのだろうか? 『太平洋のごみため』水域でほかのごみの仲間入りをするのだろうか? フナムシに食い荒らされてバラバラに分解されてしまうのだろうか? それとも海流に乗って、いつの日かアメリカの海岸に打ち上げられるのだろうか?」(ibid., p.308)。

 …ひょっとしたら今回の調査で、セヴェリンたちの放棄した「徐福」号の竹の破片とかも見つかるのかもしれないなぁ、と思いつつ。→Project Kaisei公式サイト。→BBCの関連記事

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2009年08月01日

帆船焼失に英仏海峡横断再現飛行

 最近、地元紙を見て気になったニュースなどをメモていどに。

1). 「長崎オランダ村」のシンボル的存在だった復元帆船・プリンス・ウィレム号がなんと故国オランダにて焼失! してしまった。このニュースを聞いたとき、即座にカティサーク号のことが頭をよぎったけれども、今回は放火ではなくて、どうも漏電らしい。いずれにせよ、木造帆船は燃えやすい。現地の人もさぞがっかりしただろうと思う。英国もそうだけど、欧州の人って日本人以上に帆船とか海事関係の保存は熱心で、思い入れも強い。『ホーンブロワー』ものなど、海洋文学も人気が高かったりします(「スタートレック」と『ホーンブロワー』が関係あったとは、初耳)。

2). 復元帆船とかもそうですが、古代の帆船、昔の飛行機(『星の王子さま』のサン-テックスが搭乗していたようなタイプとか)とか、昔の「電気自動車(意外かもしれないが、電気で走る車はすでに100年前に実用化されていた。けれども電池がもたないとか速度が出ないとかで、けっきょく馬力のある内燃機関の車に取って代わられた)」とか、無類の(?)古い乗り物好き。なので、先日、英仏海峡をはじめて横断飛行したという「ブレリオ11」の再現飛行の記事にも心惹かれるものがあります。こんなんで行けるんだ! というのが大好きなのです(それゆえ「ブレンダン号」にはまり、『航海』を生み出した中世アイルランド修道院文学に惹かれるようになった)。100年前の初飛行のときは38分で英仏海峡を渡りきり、今回の「再現飛行(re-enactment)」では40分で着いたというから、ほぼおんなじタイムで横断したことになりますね。それにしてもあんな華奢な機体の飛行機で海峡横断だなんて、すごいとしか言いようがない。

3). こちらはがらりと変わってとても心温まるお話。9年前に飼い主とはぐれ、行方知れずになっていたワンちゃんが、なんと2000km(!!)も離れたメルボルンで動物保護団体により発見されたという。体にICチップが埋めこんであって、それで9年間も行方不明だった犬だと判明したそうです。昨今、あんまりいい話は聞かないから、たまにはこういう話もあっていい。ひょっとしたら、映画化とかされるかもしれないですね。でもこのワンちゃん、子どものころ見た「ベンジー」にどことなく似ているような…気がする。

 …ところで若田さん、ぶじに帰還できてなによりでした。4か月も宇宙で文字どおり「地に足着かない」生活をしながらロボットアームの操作をしたり、さまざまな実験をしたりと、大活躍でしたね。TVで見たんですけれど、仲間の飛行士たちの日本語もずいぶん達者なものですね…「若田サン、ミソカツ、オネガイシマース!」には、笑っちゃいました。いつぞや駅の立ち食いそば屋で聞いた、ふたりの若い米国人の会話を思い出したりした。> 「ソレ、ザル?」、「ウン、ザル」。なんと日本語らしい省略用法! 

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2009年04月19日

丸木舟に波力発電に…

1). せんだってこんな記事が地元紙に掲載されていました。関野氏の「グレートジャーニー」シリーズなんですが、こんどはインドネシア・スラウェシ島から島伝いに(stepping stone)黒潮とともに北上、沖縄をめざす2000海里の航海に船出したそうです。最近この手のニュースを聞かないものですから、なんかちょっとわくわくしています。かんじんの丸木舟って、具体的にはどんなものなんだろうか。見たかぎりなにかのレプリカ船というわけではないみたいですが、関本氏によると「縄文時代のモノ作りのコンセプトで、自然から素材を採って舟を造った」という。スラウェシ島と聞いて、すぐ思い出すのが1996年夏、ティム・セヴェリンによる植物学者アルフレッド・ウォレスの足跡をたどる航海(The Spice Islands Voyage)。奇しくも今年はライヴァル(?)のダーウィンが『種の起源』を発表して150年、発表した本人の生誕200年(ということは50のときに書いたのね)という記念イヤーにあたっています。でもセヴェリンの本読んだから言うわけじゃないけど、やっぱり最初にそれを言い出したのはウォレスでしょう。1857年のリンネ学会で最初の論文発表があったとき、ダーウィンだけでなくウォレスの論文も補強材料として共同発表されたし、いっときダーウィンとは「自然選択」について、やりとりを交わしていたという。でもけっきょくウォレスという人は一介の在野の植物学者にすぎず、世俗的な成功というものにはまるで頓着しない人だったらしい。なのでダーウィン説の熱心な「支持者」にまわったために、「自然選択説」=ダーウィンひとりの業績みたいに思われているふしがある。セヴェリンの本をひさしぶりにパラパラ繰ってみたので、またいつかウォレスについて、備忘録ていどに書くかもしれない(書かないかも、笑)。

2). そして海、ということではいまさっき見た「NHK海外ネットワーク」。欧米における「波力・潮力発電」の開発競争の話には正直、驚きました。昨年の原油高騰がきっかけで、波力発電に注目が集まったんだそうです。マッキベンの本にも書いてあったとおり、この先の原油産出量は減少に転じることが確実視されてもいるし、たしかにいまがチャンスかも。とくに米国の熱心さにはびっくりした。政権が変わっただけでこうも豹変するもんかねぇ…とはいえもともと潮力・波力発電というものの実用化研究にかけては、ほかならぬ日本がもっとも古くて、30年くらい前にはすでに潮力発電というものに取り組んでいる。でも台風とか自然災害の懸念もあってか、その後この分野での発電研究は足踏み状態。でもたとえば番組で紹介された、英国エディンバラの会社が開発したような巨大なヘビのごとく波間をくねくね漂うタイプの発電装置だったら、台風が来てもそんなに被害は深刻にはならないんじゃないかしら。とにかくあれはひじょうにユニークで、きわめて実用的な発電方式で目を見張った。この英国製ウミヘビ型(?)波力発電装置、ポルトガルの海上にてせっせと発電中。ポルトガルの全電力のなんと40%をこれでまかなっているというからさらに驚き!! 近い将来はこれを60%にまで引き上げる計画なんだとか。この発電装置は巨大なゴムチューブみたいのがただ浮かんでいるだけだから、海底を掘り返してサンゴ礁とかを破壊することもなくて、環境にもやさしい。日本はこの分野ではパイオニアなんだし、こういうときこそ政府が先頭に立って新規開発を促進したほうがいいと思うんですがね。このままだと太陽光発電のみならず、波力発電まで外国産を買わされることにもなりかねないと思う。なんといっても日本はぐるりを海に囲まれている島国、海を活かさない手はない。そして開発者のひとりが言うには、発電コストも太陽光よりはるかに安上がりらしい。初期投資でせいぜい10%増しだそうだから、じゅうぶんもとは取れるというわけ。「再生可能エネルギー発電」ということでは、地熱発電にももっと本腰をいれる必要があるようにも感じます。

 …ここでいつものごとく余談。毎日配信されるTimes紙のニューズレターに掲載されている'On this day'なんか見ますと、4月って、けっこういろいろな事件・事故が起きています。1968年4月4日はキング牧師が暗殺された日。1973年4月8日には、パブロ・ピカソが91歳で大往生を遂げています。1970年4月13日には、アポロ13号機械船の酸素タンクが爆発する大事故が発生。1912年4月15日にはあのタイタニック号がニューファウンドランド沖で氷山と衝突・沈没していますし、1906年4月18日には、サンフランシスコ大地震が発生。つづいて発生した大火で3000人以上が亡くなり、またこのとき写真による被害記録もたくさん残されたりした。

 脱線ついでに、数年前にメモした事項でも再利用してみますか。

 4/4 ピアノ調律の日、オカマの日
 4/5 清明、ヘアカットの日
 4/6 白の日、北極の日
 4/7 鉄腕アトム誕生日
 4/8 花祭り、参考書の日
 4/9 大仏の日
 4/10 建具の日
 4/11 ガッツポーズの日
 4/12 世界宇宙飛行の日


…むむむなんですか、4日の「オカマの日」というのは…?? 
11日の「ガッツポーズの日」というのもなんだかよくわからん(笑)。

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2009年02月24日

ふたつのエルサレム賞講演原稿

 国内では、例の「ごっくんしていない」とのたもうた某へべれけ大臣辞任劇のせいで、まことに残念ながらすこし扱いが小さすぎるような気がする、小説家・村上春樹氏のエルサレム賞授賞のニュース。とはいえ自分は、レイモンド・カーヴァーの短編集の邦訳本をすこしかじったくらいで村上氏の作品をまともに読んでさえいない門外漢なので、村上氏の授賞記念講演について云々…なんてほんとうは書いちゃいけない(シュヴァイツァー博士の著作も読まずに、博士の「ノーベル平和賞受賞記念講演」のことを書くのとおんなじ)。地元紙連載中の「風の歌・村上春樹の物語世界」はけっこう熱心に読んではいますが…なので作品世界に親しんでいる読者の方の綴った感想を読まれることをまずはお奨めします。自分もこの話題を取り上げているブログとかいろいろ見たのですが、高名な大学教授先生がしたり顔で彼は日本の誇りだとか「上から目線で」綴っている記事よりも、たとえば「アンモナイト」のみらさんの書かれたような、読む者の心に響く記事がやはりすばらしい。講演の核心部分の邦訳文もさすがです。地元紙にも当然、村上氏が当日話した内容を全文掲載してあるわけでもなく、しかたなくWeb上を探してみたら、「47NEWS」サイトに当日の講演内容全文が掲載されてました。でもよくよく見てみると、たとえば当地の新聞サイト上に掲載された内容と異なっている箇所が散見されます。これはあくまで推測ですが、ご本人みずからが講演直前になって若干手直しされたのだろうと思われます。以下、主催者側提供の「原文」とじっさいの講演内容とを比較しつつ全文を引いておきます(全文引用はほんとうは問題があるとは思うが…内容のすばらしさに免じて許してもらいたいところ。赤文字は追加部分、()は削除部分、[]は手直し前の原文)。

Good evening. I have come to Jerusalem today as a novelist, which is to say as a professional spinner of lies.
Of course, novelists are not the only ones who tell lies. Politicians do it, too, as we all know. Diplomats and generals[military men] tell their own kinds of lies on occasion, as do used car salesmen, butchers and builders. The lies of novelists differ from others, however, in that no one criticizes the novelist as immoral for telling lies. Indeed, the bigger and better his lies and the more ingeniously he creates them, the more he is likely to be praised by the public and the critics. Why should that be?

My answer would be this: namely, that by telling skilful lies--which is to say, by making up fictions that appear to be true--the novelist can bring a truth out to a new place[location] and shine a new light on it. In most cases, it is virtually impossible to grasp a truth in its original form and depict it accurately. This is why we try to grab its tail by luring the truth from its hiding place, transferring it to a fictional location, and replacing it with a fictional form. In order to accomplish this, however, we first have to clarify where the truth-lies within us, within ourselves. This is an important qualification for making up good lies.

Today, however, I have no intention of lying. I will try to be as honest as I can. There are only a few days in the year when I do not engage in telling lies, and today happens to be one of them.
So let me tell you the truth.
In Japan a fair number of people advised me not to come here to accept the Jerusalem Prize. Some even warned me they would instigate a boycott of my books if I came. The reason for this, of course, was the fierce fighting[battle] that was raging in Gaza (City). The U.N. reported that more than a thousand people had lost their lives in the blockaded city of Gaza, many of them unarmed citizens--children and old people.

Any number of times after receiving notice of the award, I asked myself whether traveling to Israel at a time like this and accepting a literary prize was the proper thing to do, whether this would create the impression that I supported one side in the conflict, that I endorsed the policies of a nation that chose to unleash its overwhelming military power. (This is an impression, of course, that I would not wish to give. I do not approve of any war, and I do not support any nation.) Neither, of course, do I wish to see my books subjected to a boycott.
Finally, however, after careful consideration, I made up my mind to come here. One reason for my decision was that all too many people advised me not to do it. Perhaps, like many other novelists, I tend to do the exact opposite of what I am told. If people are telling me-- and especially if they are warning me-- “Don’t go there,” “Don’t do that,” I tend to want to “go there” and “do that”. It’s in my nature, you might say, as a novelist. Novelists are a special breed. They cannot genuinely trust anything they have not seen with their own eyes or touched with their own hands.
And that is why I am here. I chose to come here rather than stay away. I chose to see for myself rather than not to see. I chose to speak to you rather than to say nothing.

(This is not to say that I am here to deliver a political message. To make judgments about right and wrong is one of the novelist's most important duties, of course.

It is left to each writer, however, to decide upon the form in which he or she will convey those judgments to others. I myself prefer to transform them into stories - stories that tend toward the surreal. Which is why I do not intend to stand before you today delivering a direct political message.)

Please do allow me to deliver a message, one very personal message[Please do, however, allow me to deliver one very personal message]. It is something that I always keep in mind while I am writing fiction. I have never gone so far as to write it on a piece of paper and paste it to the wall: rather, it is carved into the wall of my mind, and it goes something like this:

“Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg.”

Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg, I will stand with the egg. Someone else will have to decide what is right and what is wrong; perhaps time or history will do it[decide]. But if there were a novelist who, for whatever reason, wrote works standing with the wall, of what value would such works be?
What is the meaning of this metaphor? In some cases, it is all too simple and clear. Bombers and tanks and rockets and white phosphorus shells are that high[, solid] wall. The eggs are the unarmed civilians who are crushed and burned and shot by them. This is one meaning of the metaphor.


But this is not all[, though]. It carries a deeper meaning. Think of it this way. Each of us is, more or less, an egg. Each of us is a unique, irreplaceable soul enclosed in a fragile shell. This is true of me, and it is true of each of you. And each of us, to a greater or lesser degree, is confronting a high, solid wall. The wall has a name: it is “The System.” The System is supposed to protect us, but sometimes it takes on a life of its own, and then it begins to kill us and cause us to kill others--coldly, efficiently, systematically.

I have only one reason to write novels, and that is to bring the dignity of the individual soul to the surface and shine a light upon it. The purpose of a story is to sound an alarm, to keep a light trained on the System in order to prevent it from tangling our souls in its web and demeaning them. I truly believe it is the novelist’s job to keep trying to clarify the uniqueness of each individual soul by writing stories--stories of life and death, stories of love, stories that make people cry and quake with fear and shake with laughter. This is why we go on, day after day, concocting fictions with utter seriousness.

My father passed away[died] last year at the age of ninety. He was a retired teacher and a part-time Buddhist priest. When he was in graduate school
in Kyoto, he was drafted into the army and sent to fight in China. As a child born after the war, I used to see him every morning before breakfast offering up long, deeply-felt prayers at the small Buddhist altar in our house. One time I asked him why he did this, and he told me he was praying for the people who had died in the battlefield[war]. He was praying for all the people who died, he said, both ally and enemy alike. Staring at his back as he knelt at the altar, I seemed to feel the shadow of death hovering around him.
My father died, and with him he took his memories, memories that I can never know. But the presence of death that lurked about him remains in my own memory. It is one of the few things I carry on from him, and one of the most important.

I have only one thing I hope to convey to you today. We are all human beings, individuals transcending nationality and race and religion,
and we are all fragile eggs faced with a solid wall called The System. To all appearances, we have no hope of winning. The wall is too high, too strong--and too cold. If we have any hope of victory at all, it will have to come from our believing in the utter uniqueness and irreplaceability of our own and others’ souls and from our believing in the warmth we gain by joining souls together.
Take a moment to think about this. Each of us possesses a tangible, living soul. The System has no such thing. We must not allow the System to exploit us. We must not allow the System to take on a life of its own. The System did not make us: we made the System. That is all I have to say to you.

I am grateful to have been awarded the Jerusalem Prize. I am grateful that my books are being read by people in many parts of the world.
And I would like to express my gratitude to the readers in Israel. You are the biggest reason why I am here. And I hope we are sharing something, something very meaningful. And I am glad to have had the opportunity to speak to you here today. Thank you very much.

 いかがでしょうか。locationをplaceと言い換えたあたりは近くにおなじ単語があって、繰り返しを避けるためだったのだろうと思われる技術的な箇所もありますが、「政治的発言をしに来たわけではない」あたりを一気に削ったところとか、最後の追加部分とかを見ますと、訂正前の講演原稿とちょっと印象がちがってくるのではないでしょうか。もっとも言いたいことそのものが変わっているわけではなくて、いわばかぎられた時間内でどれだけ「自分の心の深いところの思い」をエルサレム賞の主催者および当地の読者に伝えることができるか、その一点にこだわって最後まで推敲を繰り返していたのではないか、そんなふうにも思えてきます。とにかくこの講演、大江健三郎氏のノーベル文学賞受賞記念講演にも勝るとも劣らない、とても感動的なスピーチだったと思います。英語を勉強している人にも有益なヒントが盛りだくさんです。母国語でさえ他者になにかを伝えるために文章を綴る、というのはたいへんなこと。外国語ならば言うもさらなり。「文は人なり」と言うけれど、この真摯なスピーチを聞いただけで、村上春樹という小説家の人となりが伝わってくるようです。とにかく「壁と卵」のメタファーは、ひじょうに深い。このスピーチ原稿を読んで、米国によるイラク攻撃のときに仏人メル友からもらったメールに吐き捨てるように書かれた、「正義のための戦争なんてない!」という一文を思い出した。そしてプリントアウトしたふたつの原稿を並べて較べているちょうどそのとき、NHK総合にて、アフガニスタンで残念ながら命を落とされた掛川市の伊藤和也さんの活動を取り上げた番組が放映されていた。TV画面に映し出された現地の人の屈託のない表情をみごとにとらえた伊藤さんの写真を目にしてあらためて「卵の側に立つこと」の覚悟というか、困難さを感ぜずにはいられなかった(伊藤さんが写された子どもたちの「正面向き」の写真には泣けてしまった。その写真のもつ雄弁さはまさにルイス・ハインの写真を見て受けたのとおなじ衝撃を感じた)。年頭に、音楽家の上野哲生先生の文章を紹介したとき、「これは心の叫びだ」と書いたが、こちらもまたおなじく一小説家の「心の叫び」ではないでしょうか。そしてたとえは少々、奇抜で若干ズレているかもしれないが、体制・組織・制度…いろいろにとれるこの'the System'に心身ともに呑みこまれると、ダース・ヴェイダーのような人間になってしまう。そんなヴェイダーも、「エピソード6」で息子ルークの必死の叫びを聞くや「本来の自分」が蘇り、ふたりして悪の根源である銀河皇帝を打倒する。言ってみればこのときになってようやく、父親はかけがえのないひとりびとりの人間としての「卵」の側に立てたのではないかと思うんですが…。またエルサレム賞の2001年の授賞者はイスラエル系米国人評論家故スーザン・ソンタグでした(写真好きは、この人の書いた『写真論』を思い出すかもしれない)。ソンタグ女史が記念講演で、イスラエルのパレスチナ政策を手厳しく批判したこととかも思い出しました。また故アーサー・ミラー氏の場合は欠席したけれど、行くか行かないかは当人の問題であってしょせん野次馬にすぎない外野がどうのこうのと口出し、あるいは不買運動するぞとけしかけるのはお門ちがいだと思うが…。上記引用原稿をじっくり読めば、村上氏が敵・味方のわけへだてなくひとりの人間として重い、ひじょうに重いメッセージを世界に向けて真摯に発信しようとしていたのはわかると思うんですがね(メール引用文を誤記したため、訂正しました)。

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2009年01月24日

The Inaugural Address

 第44代米国大統領に就任したオバマさん。20日の就任式は、おそらく全世界の人が、どんなことを話すのかと注目していたのではないかと思います。

 いろんな報道サイト上でオバマ新大統領の就任式演説全文が掲載されていますが、NYTimesサイトにももちろんありますので紹介しておきます。はじめこれを一読したとき、就任式の演説というより、まるで一編の叙事詩でも読んでいるかのような錯覚をおぼえました。なんでも2か月くらい前から20歳も年下のスピーチライターと練りに練った原稿だったとか。そういえば今夜、NHKのTVでもこのときの演説を原語のままで放映してくれるみたいですね。

 20日付け夕刊各紙にもオバマさんの演説が全訳されて掲載されていました。新聞紙面に掲載するものなので、すこし飛ばしている箇所があるのはしかたないとしても、あきらかにミスだと思われたのが、'The nation cannot prosper long when it favors only the prosperous.'の訳。「繁栄だけを望んでいると国家の繁栄は長くつづかないことを再確認させた」となっていますが、これは、すぐあとに'The success of our economy has always depended not just on the size of our gross domestic product, but on the reach of our prosperity; ...'とつづくので、やっぱり「富める者だけを優遇する国家の繁栄はしょせん長続きしない」ということだと思う。演説冒頭では――そういうならわしなんだろうと思うが――前職の労をねぎらったオバマ新大統領も、ここではちくりと前職の政策(いや失策?)を批判しているわけ。そう思ってほかの訳を掲載したサイトを見たらそうなってました(→全訳掲載サイトがいまひとつありました)。でもこのていどならまだまだ許容範囲。通信社の記者・特派員さんたちはつねに時間との勝負、ものすごい速さで大量の配信文を翻訳しないといけないわけで、すくなくとも20日付け夕刊用に配信された訳文はこれ以上ないくらい簡潔で無駄な言い回しがなく、かつオバマさんの言いたかったことがほぼ確実に訳出されているという点でたいへん好ましい訳文だったと思います。おみごと、という感じ。上記誤訳は、言ってみればうっかり、ないしは上手の手から水というやつですが、目に留まったので念のため(苦笑)。

 演説文で印象に残った箇所をいくつか挙げてみます。

And because we have tasted the bitter swill of civil war and segregation and emerged from that dark chapter stronger and more united, we cannot help but believe that the old hatreds shall someday pass; that the lines of tribe shall soon dissolve; that as the world grows smaller, our common humanity shall reveal itself; and that America must play its role in ushering in a new era of peace.

下線部はいざ訳すとなると意外とむずかしいところ。使われている単語がかんたんなものほど、こういう場面がある。ようは、わたしたちはおなじ人間なのに、民族という「線引き」で歴然と区別されている、その線が消えてなくなる…ということだと思いますが、「民族間の隔たりは解消され…」という20日付けの訳はうまいと思います。またこの前の、'our schools fail too many;...'は、自分だったら「学校は欠陥だらけ」とするかな(追記:深夜の放映番組では「学校は荒廃している」になってました)。

For us, they packed up their few worldly possessions and traveled across oceans in search of a new life. For us, they toiled in sweatshops and settled the West, endured the lash of the whip and plowed the hard earth.

For us, they fought and died in places Concord and Gettysburg; Normandy and Khe Sanh.

Time and again these men and women struggled and sacrificed and worked till their hands were raw so that we might live a better life. They saw America as bigger than the sum of our individual ambitions; greater than all the differences of birth or wealth or faction.

こういうふうに簡潔ながらも具体的に先祖のたどってきた道を列挙して聴き手の想像力を喚起するのもうまい人だと思う。また'This is the journey we continue today.'とか'So let us mark this day with remembrance, of who we are and how far we have traveled.'、'...; let it be said by our children's children that when we were tested we refused to let this journey end, ...'とか、'As we consider the road that unfolds before us, ...'みたいに「旅」にたとえた表現も好きみたいですね。

We will harness the sun and the winds and the soil to fuel our cars and run our factories. And we will transform our schools and colleges and universities to meet the demands of a new age.

All this we can do. All this we will do.

「〜できる」のお決まりのポジティヴ表現登場ですね。もうひとつの決め台詞のほうは

And to those nations like ours that enjoy relative plenty, we say we can no longer afford indifference to the suffering outside our borders, nor can we consume the world's resources without regard to effect. For the world has changed, and we must change with it.

で使われてました。どちらも効果的な使われ方ですが、後者は'What is required of us now is a new era of responsibility...'という、新大統領がもっとも力説したかったであろうくだりへ聞き手を導くような意味合いで使われていますね。世界が変わったんだから、みんなも変わらなくてはいかんよ、それがいまを生きる者すべての果たすべき役割ないし責任なんだ、というふうに。

For as much as government can do and must do, it is ultimately the faith and determination of the American people upon which this nation relies.

It is the kindness to take in a stranger when the levees break; the selflessness of workers who would rather cut their hours than see a friend lose their job which sees us through our darkest hours.

It is the firefighter's courage to storm a stairway filled with smoke, but also a parent's willingness to nurture a child, that finally decides our fate.

こういう市井の人に立った視点があちこちに散りばめられているのがこの人らしいところ。そして、

This is the meaning of our liberty and our creed, why men and women and children of every race and every faith can join in celebration across this magnificent mall. And why a man whose father less than 60 years ago might not have been served at a local restaurant can now stand before you to take a most sacred oath.

こう言ったときの心情はどんなだっただろうとつい思ってしまう。黒人が米国の大統領になるということが、いかに茨の道であったのかを感ぜずにはいられない。今年は奇しくも、大統領就任式がキング牧師記念日(1月第三月曜日)のつぎの日だったというのも、なんだか不思議な縁を感じる。米国大陸にアフリカからはじめて黒人奴隷が連れてこられたのが1619年だというから、ブクステフーデもまだ生まれる前で、オランダでスヴェーリンクが活躍していた時代です。長く、険しい道のりだった…'For us, they toiled in sweatshops and settled the West, endured the lash of the whip and plowed the hard earth.'という一文に、黒人もふくめた先人の歩んだ歴史への思いがこめられていたのかもしれない。

 民放のTVニュースで、観衆のひとりが感慨深げに、たしかこうつぶやいていました。「わたしは61年、彼に会うために生きてきた」。このひと言に、米国市民の声が凝縮されているようにも思う。またある黒人青年は就任式演説をどう思ったかと日本のTVクルーから訊かれたとき、感極まって泣いてしまった。「理屈じゃないんだ、彼のことばは。心の琴線に触れたんだ」。ことばのもつ力の大きさを、あらためて教えられた日でもありました。いずれにせよこの日は歴史に残るでしょうね。

 …そんな就任式演説とは関係ないけれど、オバマさんの好きな音楽は、スティービー・ワンダー、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス…とこのへんはわかるけれども、じつはバッハも好きだという!! おお同志よ! Man alive!! とまたひとりで勝手に感激して終わり。

追記。TV中継されて流されたヨーヨー・マさんたちの演奏が、じつは「事前録音」だったことが判明したことはNYTimes紙はじめ、各紙が報じているとおりですが、記事を見るかぎりではいたしかたなかったのかも(記事冒頭では'It was not precisely lip-synching, but pretty close.'なんてこと書かれてはいるが)。零下5度ですよ。たしかに合唱団とか海兵隊の軍楽隊はきちんと生演奏を流していたらしいけれども、弦楽器系はなにが起こるかわからない。そうとうな重圧だったんじゃないだろうか。またヨーヨー・マ氏がこんなことも言ってます。

Mr. Ma said he had considered using a hardy carbon-fiber cello, but rejected the idea to avoid distracting viewers with its unorthodox appearance.

カーボンファイバーのチェロって、あの真っ黒の骨組みの上に弦を張ったちょっと異様な電子楽器だと思うが、たしかにあれではね…酷寒対策にはそっちのほうがよかったんでしょうけれども。それにしてもうしろのスタインウェイはよくもちこたえましたね。演奏者は指先のない手袋をはめて弾いていたのが、なんだか痛々しかった。自分でも思うのだけれども、ふつうの人は10度以下になると指先がかじかんでまともに弾けませんよ。それでもきちんと弾いたのは、さすがプロと言いたい。それよりもむしろ、

The conditions raised the possibility of broken piano strings, cracked instruments and wacky intonation minutes before the president’s swearing in (which had problems of its own).

のほうが問題だったと思う。たかが言い回しのちがいとはいえ、先唱者がトチれば復唱者は「?」って一瞬思いますよね。なので前代未聞の「宣誓やり直し」とあいなったことはご承知のとおり。ちなみに「事前録音」は、以前から不測の事態に備えておこなわれていたらしい。パールマン氏もこう釈明。

'It would have been a disaster if we had done it any other way, This occasion’s got to be perfect. You can’t have any slip-ups.'

ふつうの演奏会ではこんなことやったら演奏家生命にかかわることではありますが、強風と酷寒のなか、ぜったいに失敗の許されない式典での演奏ということを考えれば、責められる問題ではやはりないと思いますね。また掲載画像をよく見ればわかりますが、演奏者は全員、イヤフォンをつけています。録音にあわせて演奏していたんですね。ご苦労さまです(記事には伊・モデナでの演奏会で故パバロッティ氏がlip-syncしていたことまでさらっと紹介してあるけれど、そんなことがあったんか)。

posted by Curragh at 17:32| Comment(8) | TrackBack(0) | 最近のニュースから