2007年01月06日

大西洋単独横断の最年少記録更新!

 14歳の英国人少年が大西洋単独横断の最年少記録を更新――という一報を聞いて、すぐ飛びつきました。この手の話には目がないほう(→本人のサイト)。

 こういうbreaking news を見聞きするたび、英国も日本も島国であることには変わりないけれど、海にたいする関心の高さは英国の比ではないのでは、といつも思う。海洋文学にしても――Brendan Voyage のようなじっさいの航海記録から、『ホーンブロワー』シリーズのような文学作品まで、英国(アイルランドもふくめて)の海洋好き・船舶好きは徹底しているように感じます。

 たしか3年前にも英国人少年がおんなじようなルートで単独横断に成功したっけなぁ…と思ってこの快挙を報じるBBCサイトを見たら、今回最年少記録を塗り替えたマイケル少年、セイリングはなんと6歳からはじめたというヴェテラン。大西洋単独横断の最年少記録に挑戦するきっかけは、やはり3年前の快挙に大いに刺激されてのことらしい…今回はべつの船から父親が伴走していたようですが、マイケル少年が自分ひとりの力で大西洋を横断したことには変わりないでしょう。とにかくぶじでなにより…。

 …そういえば日本にもすごい少年セイラーがいました…10年ほど前、太平洋単独横断の最年少記録を作った方ですが、いっとき連絡が取れなくなって自分も大丈夫かな…と心配した記憶があります。このときはなんと55日で太平洋を渡りきって米国サンフランシスコに到着したのだから、いま思えばこっちも負けないくらいの快挙にちがいありません。

 …べつにむりして危険なことに挑戦する必要はありませんが(ティム・セヴェリン自身、かつて革舟「ブレンダン号」で北大西洋を横断したような真似は人にはけっしておすすめしない、とあるインタヴューでこたえています)、こと海とか帆船とかにたいする関心は欧米人のほうが日本人にくらべてだんぜん高い気がする。BBCの報道で、プレスコット英首相代理も「偉大なる英国海事史上に残るすばらしいセイラー」という賛辞を送っているくらいですし(ついでながらsailorではなくsailerと綴るとsailing vesselのこと)。航海つながりでは昨年、ナイノア・トンプソンの考古学的実験航海で有名なカタマランカヌーのホクレア号のことを書いた本が――ちゃんと確認していないからなんともいえないが、原本はおそらくかなり前に刊行されたものでしょう――邦訳刊行されたけれども、この手の本って欧米にくらべて日本ではあんまり受けがよくないんですよね…。もっと読まれてもいいのに、とつい思ってしまうのですが。

 …船つながりではとうとうあの氷川丸まで…今後がやや気がかりではある。

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2006年10月23日

いわゆる「痛い」(?)ニュース

1). The Sixth Sense A.I. などで子ども離れした名演技を見せてくれた米俳優のヘイリー・ジョエル・オズメントくん。自分もPay it forward を見て泣いた口なんですが、なんと数か月前に飲酒運転で郵便ポストに衝突、御用となっていた…ということをいまさらながら知った。おまけに大麻所持の容疑も。今月20日、ロスアンジェルスの裁判所から保護観察処分を言い渡されたらしい…う〜んどうしたヘイリー?? たしか一昨年だったか、鈴木杏さんとNHKの「英語でしゃべらナイト」にも出て、「ハーバード大学進学も考えている」とかなんとか、あいかわらずの聡明ぶりを披露してくれていたのに(現在はニューヨーク大学に籍を置いているらしい)…。

 ちなみにHaleyの読み方ですが、来日記者会見のときに本人が「ヘイリー」のごとく発音していたので、ヘイリーかと思われます。

2). 飲酒運転…日本でも大問題ですね。「飲んだら乗るな! 飲むなら乗るな!」というのは子どもだって知っているのに、守れない人のなんと多いことか。とくに公務員関係で悪質な飲酒運転による事故があとをたたないというのに、あきれたことに某県の知事など、定例記者会見で「飲酒運転したからといって即懲戒免職というのはどうか」なんて趣旨のことを言い出すしまつで、ほんと挨拶に困る(どこの知事かはググッてみればすぐに出てきます)。飲酒運転で頭を悩ませているのはなにも日本だけではなくて、ワイン大国イタリア・ドイツ・フランスでもそう。最近、イタリアでは高速道路のSAから酒類販売を禁止する法律を成立させたとか聞きました…いままでお酒を売ってたんですねぇ…。

3). 個人的にちょっとびっくりなのがこちらのデータ。定評あるSymantec社のNortonなんて10位以内にも入っていない?! う〜ん、こっちも個人的にはゆゆしき事態。NOD32とかに乗り換えるかな? Nortonはいま使っているマシンにプリインストールされていたのでそのままずるずると買い換えながら使いつづけてきたのですが…メモリは大食いだしトラブったときなど、一度アンインストールして再インストール、と思ってもそうかんたんに再インストールできない構造だったり…完全削除ツールなんてものまで用意されているという使い勝手の悪さ! もうすこしなんとかならないかと思うこのごろ。

4). …Webのセキュリティ関連としてはこちらの記事も気になるところ。'Your PC is in danger!!', 'Error detected!!'とか、日本語でずばり「あなたのPCは危険にさらされています!!」とか表示するバナー。この手の広告は海外サイトに多く、てっきりセキュリティ関連ソフトウェアの広告だろう、くらいにしか思っていなかったら、なんとそんな生易しい代物ではなくて、詐欺そのものだという。最近はYouTubeなんかでもときおり見かけます――といってもまるで気にしたことなんてなかったけれど――YouTubeで投稿動画をよく見る、という方は注意されたほうがよいと思います、念のため。

 YouTubeがらみではNYTimesなんかも前々から報道していましたが、Googleに買収されましたね。いろいろな記事を見ましたが、ようするに動きの速すぎるIT業界で主導権をとるためには「とりあえず買っておく」ということが常套手段のようです。今回はじめて知ったのですが、YouTubeの創業者3人って、みんなPayPalの社員だったんですね。買収といっても株式交換だから、Google側もあんまり懐は痛まなかったみたいですが、大金持ちになったふたり(ひとりはスタンフォード大学の修士課程に入るため退社しています。ちなみにこの人は旧東独出身→NYTimes関連記事CNETJapanの関連記事)のビデオまで公開されています。よほど笑いが止まらないと見える。

5). 発売時期が来年はじめごろに決まったWindows Vista。発売の遅れの責任を取るということなのかどうか、ビル・ゲイツ会長やスティーヴ・バルマーCEOがボーナスを減額されていた…というのは置いておくとして、問題だと思うのはこちらの記事。折りしもIE7の英語正式版の配布がはじまったみたいですが、記事に出てくるMicrosoft社の人の発言はどうなんだろう。どうも大手セキュリティソフトヴェンダーとおんなじで、大名商売というか、あぐらをかいている。ほんとうにエンドユーザーの立場に立っていない気がする。個人的な感想では、IEよりFirefoxのほうがはるかに使いやすいし、ActiveXコントロールなどの脆弱性もないからセキュリティ的にも堅牢だと思います。はやくもIE7にセキュリティホールか? という話も出てきていますし。構造じたいが欠陥なんじゃないかとさえ思う。

 Macのことは素人ながら、いくらIntelチップになったからといってもそもそもプログラムコードじたいがWindowsとは別物のはずなので、Windowsに感染するマルウェアのたぐいが即Intel Macにも影響をおよぼすとも思えないし、公式サイトに書いてあることを信じれば、WindowsよりMacを使ったほうが安全ということに変わりはない。もっともアンチウィルスソフトは必須ですが、なんとこのご時世になってもまだ対策ソフトも導入せずに常時接続している大胆不敵なWindows(!)ユーザーもいるようで…とにかくおたがいに気をつけましょう。

 …どうでもいいことだがApple社サイトのトップページって…Macintoshパソコンのメーカー、ではなくて完全に「iPod屋さん」のおもむき…最近、「Macじわり復活」との見出しで、Macパソコンの売り上げがじわじわ伸びている、という「朗報」を報じた新聞記事を読んだのですが、銀座の直営店にiPod目当てに来店する若い客層はなんとここがMacマシンを扱うショップだということさえ知らないというのです…どうもMacと聞くと、食べるほうのマックだと思うらしい(苦笑)。さらに驚くのは、そんな若い客層、とくに女性客が、iPodのとなりにずらり並ぶMacマシンを見て気に入り、Windowsマシンから買い換える、そんなケースが急増しているらしい。いずれにせよこれ以上のMicrosoftによる市場寡占はロクなことないと確信しているので、これはいいこと(たしかAppleの日本法人ってオペラシティタワーにあるんですね。隣接するタケミツ・メモリアルではBACをはじめ、演奏会の思い出がいろいろとあります)。

 来年春には次期MacOSX Leopardがリリースされるので、ますます「OS戦争」がおもしろくなりそうです…。

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2006年10月09日

まとめて雑感

1). せっかくの連休ですが、台風くずれの低気圧が北日本太平洋沿岸沖合いでもたもたしていたせいで、こちらの想像以上に悲惨な海難事故があいつぎ、ことばもありません…とくにショックだったのがサンマ船の事故。貨物船がまっぷたつになったり、伊豆近海では定員超過(?)の疑いのある遊漁船が転覆したり…山でも遭難事故がつづきました…とそんな混乱にまぎれて(?)北朝鮮が地下核実験をした、との一報も飛びこんだり。そういえば先日、国際天文学連合(IAU)が「太陽系第10惑星」を「エリス」と命名しましたね…ギリシャ神話の不和の女神。なんかこれ他意があるんじゃないかと勘繰りたくなるような惑星名でした。とにかくいまは、静岡県で唯一のサンマ船となってしまった安良里漁協所属の漁船がぶじにサンマを積んで帰港することを願うのみ(ちなみにかつてのPlutoは小惑星としてなんと番号に! 「134340」という通し番号になったらしい。ホルストの組曲「惑星」に冥王星を追加した作曲家の方にはなんとも皮肉な結末ですね)。

2). 宇宙つながりで忘れていけないのが火星探査車オポチュニティー。なんと2年半(!!)ものあいだ、せっせと働きつづけていたと知り、まだ現役だったのかとびっくり仰天。こんなに長持ちするとはNASA当局もうれしい誤算だそうで、先日配信された巨大クレーターの鮮明な画像には文字どおり目が釘付けになりました…。これはほんとにすごい。拍手を送りたい(→NASAサイト)。

3). とはいえではそんなすぐれた科学技術もけっきょく使う人間が悪ければとんでもないことになる。あのアーミッシュの学校襲撃事件がそうです…どんな理由であれ無抵抗の子どもに銃口を向けるというのは、西オセチアの学校襲撃事件のときもそうでしたが、悪辣卑劣なテロ行為。許せない。やっぱり米国はあいかわらずの銃社会だということをまたしても見せつけられたような気がする。犠牲者のなかには、みずから名乗り出て年少者をかばった少女もいたと聞きました…でもアーミッシュの人たちはそんなひどい仕打ちをされても「赦す」信仰の持ち主…らしい。なんとこんなひどい仕打ちをした輩の葬式に出席したアーミッシュの住民がいたらしい(→NYtimes電子版の記事)! 自分が当事者だったら…逆襲していたかも。キャンベル先生も、「人が人を裁けるのか?」と問うていたけれど、これはこたえの出ない難問だと思う。こういう理不尽な事件の報に接すると、「犯人を赦すかどうか」うんぬんより、どうしてもマーク・トウェインの論法を取ってしまう…「火に投げ入れるほうが手っ取り早い」。

4). …船、といえば「スカンジナビア」が「沈められて」はやひと月が経過。串本の海上保安署が調査に乗り出した…とか聞きましたが、けっきょくスウェーデンの不動産会社も引き揚げる気はないらしく、またかりにサルベージしても塩水に浸ってもろくなった船体が引き揚げる途中でバラバラになりかねない…など技術的にも困難らしい(→関連ニュース)。ようするにこのまま「魚のアパート」…になってしまうようです…。

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2006年09月24日

YouTubeとWarnerMusicが提携

 ネットユーザー間でいまや知らない人はいない(?)感ありのYouTube。本屋にも「YouTube使い方読本」みたいなものまでいくつも置いてあるし、利用者に占める日本人の割合がけっこう高い…ようですが、先日NYTimesにびっくりするような記事が。なんとWarner MusicとYouTubeが業務提携を結んだ、というのです。

 内容をかいつまんで言うと、YouTubeはいままで一般ユーザーが「無断」で転送・公開していた音楽ビデオクリップなど、ワーナーミュージック(WM)社が版権を所有するコンテンツを自動識別して広告を表示させ、そのスポンサー収益をコンテンツ利用対価としてWM社側にも一定額支払う、またWarner所属アーティストが希望すればコンテンツを削除したりできる、というもの。当然、ユーザーの行為はWM社から「公認」された、合法的なものになります(→Yahoo! ニュースの記事)。

 …なんか「きのうの敵は今日の友」みたいな展開…WMほどの一大レーベルが、版権侵害もはなはだしいサイトを逆に味方につける…というのは、とてつもなく大きな音楽業界再編に発展しそうな予感が…。げんにiTMS隆盛の影で、米国ではとくに洋楽もののCDがさっぱり売れず、老舗タワーレコードが破産したりしていますし。音楽CDがなくなるのは困るけれども、一昔前のような、メジャーレーベル側が「仕掛け」て消費者を囲い込む、ないしは誘導するという戦術はもはや通用しない時代になった、ということを象徴する出来事のような気もします(若手アーティストの多くは売り込みのためにYouTubeを活用するのが当たり前、見たいになっています。ちなみにビリー・ギリマンくんも本人公認インタヴュー動画を公開しています)。

 記事にも引用されてましたが、ワーナー側代表の言い方がまた振るってます。「法廷闘争より技術革新を通して業界をリードするのが当社の基本方針。この手の『ユーザーの作ったコンテンツ』という現象は今後ますます増大し、それを食い止める手立てなどないだろう。われわれもその一員として手を組んで消費者に最高の体験を提供し、それによってわれわれと所属アーティストにも確実に見返りが期待できるようにしたい」。いかにも米国らしいpositiveな発言ではありますが、見方を変えれば版権をもつ側の既存音楽業界が、この手のユーザー主導型サイトとの戦いで、はっきり自分たちの「負け」を認めたようなものとも受け取れます。とはいえまだまだYouTubeが「第二のNapstar」になりかねないと危惧する向きも多いので、今後どうなるのかは「神のみぞ知る」ところでしょうか。

 …ポッドキャスティングもまだなくて、当然のことながらiPodなど携帯mp3プレーヤもなかったころ、MyPlayというサイトを利用していたことがあります…自分が利用者登録してほどなく、ドイツのベルテルスマンという大企業に買収されてサイトそのものが消滅してしまったけれども、いま考えてみるとある意味YouTubeの先駆け的存在だったのかなとも思う。YouTubeでユーザーがアップロードするのが動画…なのにたいして、MyPlayのほうはmp3ファイルのみで、ようするに「自分専用のWebジュークボックス」を作るサイトでした。容量も当時としてはずば抜けていてなんと3GB。ファイルがmp3のみだから、じゅうぶんすぎておつりがくるくらい。利用者間でたがいの「ジュークボックス」内の音楽を聴きあったりできる点もYouTubeとよく似ていますが、自分はさすがに版権侵害にあたると考え、「共有」ということまではしませんでした…あくまで自分専用の「ロッカー」にアクセスして、個人的にストリーミングして楽しむのみ。でもこれがけっこうおもしろかったのです。

 最近、たとえば日本でもこちらのような、無料で大容量のオンラインスペースを貸し出してくれるサービスがありますが、この手のサービスってかならず米国のほうが先ですね…。

 音楽にせよ動画にせよなんでもかんでもデジタル化が進むと、どうしても突き当たるのが古くて新しい著作権問題。ワーナーとYouTubeの場合、メジャーレーベル側もいままでのようにすぐ「訴訟!」と言ってユーザーを敵にまわす手法より、合法的にユーザーを抱き込んでしまったほうが得策と考えはじめた最初の大きな事例でしょう。'User-generated content' はもはや無視できない流れ、一部の著作権者の利益より大多数ユーザーの「知の欲求を満たす」ことのほうに世の中の流れがシフトしつつあるとも言えると思います。たしかにYouTubeには「絶版」ないしは「門外不出」、お蔵入りになってしまった過去の貴重な映像が――画質もよくないし10分までという制限つきとはいえ――垣間見られる、というのはなんともありがたいこと。いわば掘り出し物の宝庫です。なんとBACやアンソニー・ウェイなんかもいろいろ出てくる。なかにははじめてお目にかかるプロモーションビデオまであったりする。LiberaにいたってはそれこそAngelVoices時代のクリップから現役のマイケル世代までぞろぞろ出てきます。

 著作権がらみではフランスでもiTMSをめぐって昨年来ごたごたしていますが、先日こんな記事も見かけました…。

 書籍など、出版物では「ベルヌ条約」というのが「世界標準」なのですが、欧米諸国は「条約」のうたう、「原著者の死後最低50年」保護されるべき著作権を、軒並み「70年」にまで延長している国がほとんど、日本もそうしてほしいと各著作権団体が文化庁に直訴した、という…。なるほど『星の王子さま』は故国フランスではまだ著作権保護期間が切れていないのですね…日本だけが先に切れてしまっている。自分たちは20年分の「権利」を奪われている…という主張です。

 言っていることはわかるけれども、どうなんだろ…その結果、埋もれたままになって忘却のかなたへ、なんて作品もけっこう出てくるんじゃないでしょうか。すくなくとも「ベルヌ条約」は遵守しているわけだし、やみくもに期間延長、というのは疑問。もっともこのへんは欧米諸国とこちらとでは、版権にかんする考え方の違いも絡んでいるので、単純に片づけられない難しい問題ではあります。

 出版物もそうだけど、こと音楽について言えば日本は某JXSRACの権限があまりに強すぎる嫌いがある。CDの版権も、アーティスト本人の利益を守るというよりレーベル企業の利益優先だったり…一読者ないし一音楽愛好家から言わせると、「だれのための著作権(版権)なのか」というところから議論しないといけない気がするのです。年金問題とおんなじで。レーベル側も、即「訴えるぞ!」とユーザーを敵にまわす従来のやり方ではもはや支持は得られないでしょう。いままでほんとうに音楽愛好家のことを考えていたら、あのバカげたCCCDなんてふざけた代物を買わせるようなこともしなかったでしょうに。もっともWinnyなどのP2Pソフトで「明らかに違法に」交換している、という場合は例外。こういうのは困ります。ちゃんと買ってください。

 もしや、と思って検索したら…だれです、テュークスベリーのフランス公演アップしているのは? …いまごろアンドリューくんはウースターとか、ほかの近隣大聖堂の聖歌隊にでも入って活動しているんだろうか…と思いつつ動画に見入ってしまった。

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2006年09月04日

シュヴァイツァー博士の命日に

 9月4日はシュヴァイツァー博士が90歳で大往生した日(1965年)で、「大和雪原」名付け親でもある白瀬矗が亡くなった日(1946年)でもあるけれど、今日もまたスカンジナビア関係のことから。

 夕方、地元ニュースを見ていたらスカンジナビア沈没の続報をやってました。電話取材に応じた海洋ジャーナリストの方の話では、当時の客船は薄い鋼板をリベット留めで何重にも重ねて造られ、もともと12mmの厚さだった船体の鋼板が一部では3mmほどにも薄くなり、曳航時の振動で鋼板どうしのすきまから大量の海水が入って浸水したのではないか、と指摘していました。昨年、「保存する会」メンバー有志が船体を調べたところ、やはり喫水線以下の錆による腐食がそうとう進んでいたとのこと。ところが曳航許可を取るために船体を検査した神戸の検定機関によると、「問題はなかった」としてあっさり許可を出したらしい。伊豆箱根側も許可がおりたということで法的手続きには問題なしと判断して九州の曳航会社に依頼した…という。

 法的には問題なし…といってもいくらなんでも建造後80年近く経過している老朽客船を、一度も上架して検査なり修理なりしないで、36年間、海水に浸ったままでいきなり引っぱる、というのはやっぱりおかしい。沈没事故ではっきりわかったことは、伊豆箱根の上層部とこの船で長年働いてきた現場の人たちとは船にたいする接し方がまるでちがっていた、ということ。会社の上層部は船を「さっさと処分する」ということしか頭になかったらしい。

 今回の悲報、当然のことながら母国スウェーデンでも報道されているみたいです(読めない…)。とはいえ夕方のニュースでは、あたらしい船主であるスウェーデンの不動産会社(!)が船を引き揚げる方向で検討に入った、とも伝えていて、いまのところはこちらに望みを託すしかないようです。

 いずれにせよいまの大半の日本人にとって最大の関心事はお金に関することのみ、このような古い時代の遺産や文化的に価値あるものをいかに残すかについては無関心な場合がほとんど。まことに遺憾ながら、古いものを大切に保存するという発想が染みついているヨーロッパ諸国の人たちとは雲泥の差。前船主の伊豆箱根鉄道にしても、バブル全盛期までこの船で年間10億円ほど稼いでいたくせして、いざ不景気になり――そして自分たちのグループ企業オーナーが引き起こした一連の事件によって――もはやこの船では稼げないとなるとさっさとお役御免として見切りをつけてしまう。この船が世界の海事史上に残る、歴史的文化財であるのにもかかわらずこのあまりに冷淡な態度。けっきょく「一私企業の一所有物、煮ようが焼こうがこちらの勝手」くらいの認識しかない。スウェーデンの人には申し訳ないけれど、これがいまの日本の現実なのです。

 …「生命への畏敬」をモットーとしたシュヴァイツァー博士はこんなことも言ったそうです。「未来を見る目を失い、現実に先んずるすべを忘れた人間。 そのゆきつく先は、自然の破壊だ」。いまの日本人にもっとも足りない部分かな…。

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2006年09月03日

不幸中の不幸

 土曜日は朝からやぼ用のため出かけてました。帰宅したのは午後。地元紙夕刊を郵便受けから出すと、第一面に?、どっかで見た白い船が。…うすうすイヤな予感がしてはいたのですが、よもやこんなにも早く最悪の結末がやってこようとはまったく想像だにしていませんでした。とにかくいまだに頭が混乱状態で、呆然としています(→報道サイトリンク)。

 Von voyage! と、わりと楽観視して先日あんなことを書いてしまった者としては、舌の根も乾かないうちにこんなことになるとは、もう…。

 いろいろ情報を見ていくと、沼津市側も船の買い取りをしたかったようですね。でも「これはウチの船だから、外野の動きはいっさい関知しない」という徹底した「孤立主義」をつらぬいた伊豆箱根という会社には、けっきょくこの船にたいする敬意とか深い思い入れとかはなにもなかった、ということのようです。なんか裏切られた感じ

 そして自分はグノーシス関連記事でもおんなじこと書きましたが、いわゆる「陰謀史観」という発想を毛嫌いしています。しかしながら串本町沖で沈没す、という一報を伝える夕刊紙面の字面を追ってゆくと、伊豆箱根側のこれまでの対応はどうも腑に落ちない、というか、はっきりいってどうにも怪しい…キナ臭いものを感じるのです

 記事にはこんなことが書いてあるのです。↓

 「調査、移送方法に疑問の声」

 「えい航に耐えられるという判断は正しかったのか」――。スカンジナビア沈没の知らせを聞いた関係者の間からは、事前調査の在り方や移送方法に疑問の声も上がった。…
…(中略)えい航に当たり、伊豆箱根鉄道の依頼で船体の事前調査を行った沼津市内の建設業者は「船体の状態に問題はなかった」とするが、「船体を引っ張れば、係留されている時とは別の力がかかる。検討が十分だったのかどうか」と疑問視する関係者もいる。

 とくに下線部分。なんですかこれは。登記簿上いくら「建造物」扱いだからってズブの素人同然の建設業者に客船の船体調査を依頼するとは言語道断。そしてNHK静岡のニュースでも、伊豆箱根側のコメントはなんとなんと、「予想外の事態になりたいへん驚いている。とても残念だ」などとまるで他人事、船にたいする愛情などカケラも感じられない。

 こちらはてっきり、きちんとした「船舶の専門家」が太鼓判を押した上で、上海まで船を曳いてゆくものと思っていたので、このままあてもなく木負の入江にとどまるよりは故国へもどって第三の人生を歩ませたほうがはるかによい選択肢だろう…と思ってあのように書いたのです(言い訳じみてはいるが)。市長はじめ、市民と、かつてこの船に宿泊した思い出を持つ人たちが大勢見送りにはせ参じたのもおそらくは自分とおなじ気持ちだったからにちがいありません。…ま、いまさらなにを言ってもしょせん自分で植えもしないトウゴマの樹が枯れたと言っては文句をたれる「ヨナ」みたいなものだが、以上のような事柄が事実だとすれば、これってまさか…とどうしても勘繰ってしまう。

 この件について「北欧堂」さんとも連絡を取ったら、伊豆箱根は船を競売にかける前になって、なんと船内の文化財的価値の高い調度品類をあらかた取り払って運び去ってしまった、という内部情報があるとのこと。なんでそんなことするの??? ますます怪しい。

 静岡新聞は地元紙ということもあって、こと地元企業については概して態度が甘くていけません(おっとこれは静岡県政についても言える。裏金作りのときだってもっと追求すべきだった)。これだけ船主の伊豆箱根側に「疑惑」が出てきたのだから、徹底的に叩いたほうが報道機関としての株も上がると思うのですがいかが。

 奇しくもスカンジナビア離岸の翌日の朝刊に、地元出身の女性記者がこんなこと書いてました。↓

 かつて客船として世界の海をめぐり、沼津市西浦で海に浮かぶレストランとして愛された「スカンジナビア」が先日、36年間係留されていた内浦湾を離れた。
 今春異動で地元に戻ったが、事前取材で何度か足を運ぶうち、子供のころ見慣れた風景と何か違うと気づいた。原因は新しく開通したトンネル。出発の日、トンネルを通らず旧道を岬沿いに回ってみた。
 岬の先端を回ると飛び込んできた白い船の姿。「この景色だった」と記憶がよみがえった。
 懐かしさと同時に、旧道を埋めた見送りの車列に感慨を覚えた。さようなら、スカンジナビア。故郷まで安全な航行を。

 …伊豆箱根鉄道はこうした人たちの気持ちをないがしろにした。とにかく今回の悲報に「なんで、どうして??」と思う人すべてにたいして accountability、説明責任がある。

 …こんなことになるのだったらせめて「最後の」見送りに行けばよかった。悔やまれます…。

 …ひとつ言えるのは、欧米、ことにかつて世界に冠たる海洋国家だった英国では、このような海事遺産にたいする一般市民の意識がひじょうに高く、多くの艦船が保存・維持され、海事博物館も充実しているのにひきかえ、この国では市民の問題意識もきわめて低く、「古い時代のものをいかにして後世に残すか」という課題にはまるで無関心だという暗澹たる現実をあらためて突きつけられた、ということ。この無関心さが「スカンジナビア」を沈めてしまった真の要因ではないかとも思う。

 いろいろリンクをたどっていったらこんな興味深いページも発見しました…この記事を書いた人にも、こんなことになってしまってほんとうに申し訳ない、と言いたい。…記事の最後にこの書き手は、'Although far away from her original home, Stella Polaris lives on. May she continue to do so for a very long time! ' と締めくくっている。これしきのことも満足にできなかったこの国の現状を知ったら、さぞや詠嘆する…いや、激怒するだろう。

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2006年08月27日

思いつくままに

 最近の新聞記事から雑感をいくつか。

 イランのハタミ前大統領が来日したことを聞いたとき、?? と思ってましたが、目的は第8回世界宗教者平和会議(WCRP)に参加するためだったらしい。その前に東京都内で講演会も開いたみたいですが、やっぱり言ってることはいまのイラン大統領と変わらないじゃないか、と思う。せっかく被爆国日本に来たのだから、京都からそのまま広島・長崎にも足を伸ばしていただいて、核兵器の恐ろしさを感じてもらいたいところです。核兵器といえば、闇市場もあるとか…なんとも末恐ろしい世界になったもんだ。ソ連など、旧共産圏が解体してしまったのもその一因でしょう。核の闇市場を扱ったエスピオナージュものもいろいろ出てますが、なにをするかわからないテロリストの手に核兵器が渡ったらそれこそこの世の終わりでしょう。

 世界宗教者平和会議では世界の諸宗教の代表が「平和とすべての命を守るために」いま宗教者になにができるのか、ということを命題としてきのうから全体会議がはじまり、ハタミ前大統領も「すべての宗教は寛容性や倫理を共有している。文明間の対話で憎しみを愛に変えていこう」とのスピーチをしたとのことですが、申し訳ないけれど既存の組織宗教にそんな力はないでしょう。逆に民族間の対立をあおっている。いまのレバノン「戦争」を見ても、両当事者ともどう考えても宗教をダシにして体よく利用し、一般市民を扇動しているとしか思えない。religion が、本来の語源どおり、「人と人をふたたび結びつける」使命をまっとうできるようになればよいがなと思わずにはいられません。

 ちょうどおなじとき、東京外大の学生劇団が昨年のインドにひきつづき、来月パキスタンでも「はだしのゲン」を公演するという一報も読みました…。昨年、東京外大のおなじ舞台はインドで反響を呼び、インド公演直後にたまたま来日したパキスタン人ジャーナリストが鑑賞していたく感激したことがきっかけになったそうです。「この劇は核放棄を望まない人々の心をも変えることができる」とこのジャーナリストみずからパキスタン公演を熱望して実現したとのこと。こちらはすばらしいことです。ぜひ成功させてほしいと思う。

 かつてジョーゼフ・キャンベルは人生において「宗教と芸術」がおすすめだと発言されていたけれど、もしおんなじことを訊かれたら、自分なら迷わず「芸術のほうがおすすめ」とこたえる。以前ノーベル賞作家の大江健三郎氏もおんなじこと言ってましたが、「芸術の力」は大きいと信じています。芸術には表面的な憎しみやわだかまりを解き、人が本来持っている良心を覚醒させる力がある。

 話変わってロシアのエルミタージュ美術館で古美術品221点が大量盗難にあった事件。先月末に摘発されたもので、じつは内部犯行だった…というお粗末な顛末の記事を最近目にしました。旧ソ連時代、文化遺産はそれこそ国家の威信をかけて手厚く保護され、それを管理する美術館にもふんだんに予算が割り当てられてきたが旧ソ連崩壊後、文化遺産を管理する美術館はどこも財政難に直面。切れるところから切る、ということで職員の賃金も低く抑えられた結果、モラル低下を招いて各地で内部犯行による盗難事件が続発している、という…。

 でもこれって他人事ではありません。いつだったか遺物発見を「捏造」したトンデモない輩がいたり、高松塚古墳壁画の修復作業中誤って壁画を損傷した事実をつい最近までひた隠していた文化庁。ロシアの事件は政府が経済効率つまり金もうけ最優先、美術館・博物館の現状には無関心で、学芸員のプロ意識も失われたことが背景にありますが、日本の現状も似たようなものでしょう…このまま文化・芸術軽視政策がつづけば、いずれこの手の事件が起きかねません。

 最後に九州大学名誉教授で日本外科学会名誉会長の井口潔医博が主催する「ヒトの教育の会」の記事を読んで、強い共感をおぼえたので紹介しておきます。最近、というよりかなり昔から乳幼児の英才教育についての関心は高いのですが、乳幼児期は知識より感性こそ大切、というもの。井口先生は各地で講演会を開き、「3歳ごろまでは英才教育の時期ではない。知識を得るのは十代からでいい」、「才能や感性は生まれついてあるもの。子どもそれぞれの能力を呼びさましてほしい」と主張、感性と知性をバランスよく見につけることこそヒトが「人間」になるうえで大切なのに、経済最優先の中で知性のみ重視されていると批判しています。

 まったくおっしゃるとおり。そもそもこの会を発足させたのも、「子殺し・親殺しなど、生物学的に見ておかしなことが人間に多発している」ことに危機感を持ち、医学者から見て、「ヒトを人間へと育てる生物学の視点がいまの教育には欠けている」と感じたことがきっかけだったそうです(リンク先は、脳科学者らの知見をもとに心の成長過程を整理したページ)。

 それによると、3歳ごろまでに脳細胞間をつなぐ神経細胞(ニューロン)の回路が8割できあがり、10歳ごろまでに大脳周縁系で感性が目覚める。知性に対応する前頭連合野は10歳を過ぎてから活発に機能する――こうした脳の成長に応じた教育が必要だと井口先生は説いています。

 自分も似たような事例を見たことがあります。黄金崎で写真を撮っていたら、まだ小学校低学年になるかならないかくらいの男の子と母親らしい女性が遊歩道から岬の展望広場へ上がってきました…ところがこのお母さん、「夕陽がきれいだね」とか「花が咲いているよ」とか話しかけるかわりに、「5足す5は?」とか、引き算とか、そんなことばかり幼い男の子に訊くのです…人さまのことながら正直暗澹とした気分になってしまった。幼い子どもはそんなことより、親の無条件の愛情や、美しいものや驚き(sense of wonder)のほうがはるかに重大な関心事なのに…。昨今、まだ十代そこそこの子どもが親を殺したり自宅に放火したりというニュースを見るにつけ、きっとこの子たちは幼少期にもっとも大切なことを学ぶ機会を失ったまま成長したんだなと感じる。

 でもこれはたんに教育にとどまらず、いまの資本主義社会全体を見直さなくてはいけない大きな問題に感じます。そしてこれは温暖化など、地球環境悪化ともリンクしている。なんといってもこの100年、自然環境をここまで破壊してきたのはほかならぬわれわれヒトなのだから、これはきわめて重大なことだと思う。
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2006年08月06日

61回目の広島原爆忌に思うこと

 今年の広島原爆忌は日曜日でした。おりしも昨夜のNHK-FM「FMシアター」でも、広島で被爆した一家族の60年を描いた漫画作品を原作としたドラマをオンエアしていました。

 人間の歴史は殺戮につぐ殺戮の歴史でもある、ということは厳然たる事実ではあるけれど、いまのヒズボラとイスラエルとの戦闘にしても、もうすこしなんとかならないのかと思う。しょせんどちらも宗教を盾にして、自分たちの都合のいいように利用しているだけ、けっきょくなんの罪もない一般市民が連中に振りまわされて、犠牲になってしまう(この問題は根が深くて、一概にそうだとも言い切れないとはいえ)。一時、米国がイランにたいして核兵器を限定的に使用するかも…という情報が流れたとき、サルトルじゃないけど思わず「嘔吐」しそうなくらい、暗澹たる気分になってしまった。兵器にconventionalもnuclearもないけれど、ドラマに耳を傾けているうちに、核兵器ほど非人道的な殺戮兵器はないと思いました。どこの国の人間も、またどんな信仰・信条の持ち主であっても、なんの落ち度もない市井の人々をそれこそ子々孫々にわたって苦しめるという、こんなおぞましい「呪い」をかける権利はないはず。

 核兵器つながりでは、バルサ筏タンガロア号の航路も、かつてフランスが核実験を繰り返してきたムルロア環礁のすぐ近くの海域です。おじいさんのヘイエルダールがコンティキ号で漂流した時代は、あのビキニ環礁をはじめ、水爆実験が繰り返されました(タンガロア号は先月末にぶじ目的地タヒチ島パペーテ港へ到着したみたいです)。

 また最近になって強く認識するようになったのが、「子ども兵士」。たまたま日曜版朝刊にも関連本の書評が掲載されていましたが、こちらも核兵器におとらず「嘔吐」をおぼえる。なんとおぞましいことか。

 あるblogさまにもコメントしたことで、カブってしまうけれども重複もかえりみずにこちらでも紹介しておきます。

 先日、新聞記事に、こちらのNPO団体の講演の話題が掲載されていました。長年の内戦で疲弊したあるアフリカの国では、年端もいかない少年少女たちを誘拐して、あろうことか「兵士」として前線へ送り出す、という悲劇が繰り返されてきた。ある村に母とふたりで住んでいた12歳の少年も誘拐され、武器を渡され兵士として訓練された。ところがある日、上官から命令されたのは、なんと自分の村に行って肉親を殺せという。そんなことはできないと少年が訴えると、では母親の右腕を切断しろ、でないとおまえも殺すと脅され、泣く泣くそのとおりにしてしまった。何年かぶりに母と再会したが、少年は母親が以前のようには自分を愛してはいないと感じている、という、まさしく吐き気をおぼえるような恐ろしい話でした…しかも子どもたち対象の講演会で話されたことなので、聞き手は大人が感じる以上にショックを受けたかもしれません。この問題、古くはカンボジア内戦でも、アフガニスタンでも、そして聖ブレンダンゆかりのアイルランドでも、「子ども兵」問題はありました。アイルランドの場合はもちろん、北アイルランドのIRA対プロテスタント住民との戦闘。ごくごくありふれた街が戦場と化す市街戦。だいぶ前にTVニュースで戦闘のようすを見たことがあります…色白のかわいらしい少年が、眼光鋭くマシンガン(!)を構える光景は、いまでも鮮明に憶えています。

 これはどう考えてもぜったいに許せない大人の「大罪」。彼らは子ども時代を奪われたばかりか、かつて兵士だったということで成人後も偏見と差別を受けつづける。なんともひどすぎます。

 ですが、その記事で自分がもっとも衝撃を受けたのがある少女の話。日本の小学生とビデオレター交換をしているこの少女が、「日本では戦争もないのに毎年3万人以上もの人が自殺している」ということを知って、たいへん驚いた…そして、内戦で心身ともに深く傷ついたこの少女がなんと言ったか。「日本の人たちがしあわせになれるように、毎晩祈っています」。

 …呆然として、しばらくはことばが出ませんでした。

 人の命をあやめるのも人ならば、人の命を救うのも人。悪魔のせいではけっしてない。「他人を殺すところで自分を殺す(J. キャンベル)」人にならなければ、人は人になれず、「餓鬼畜生」、獣にひとしい存在でしょう(いやそれ以下かも…昨今の陰惨な事件の報道を見るにつけ)。
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2006年07月30日

どうにも解せない from the U.K.

 先日、いつもお邪魔しているあるblogさま経由でこんなニュースを知りました。

 12歳の仲良し3人組が、近所の公園の桜の木に登って、隠れ家をこさえようとして折れかかっている枝を数本、手折っただけでなんと警察に逮捕され、殺人犯などが入れられるのとおんなじ部屋に2時間も拘留、こっぴどく叱責されたあげく、顔写真を撮られたりDNAサンプルまで(!!)取られて、ようやく解放された、というもの。逮捕容疑は、公共物の破損(日本なら器物損壊罪に当たると思う)。公園の桜の木の枝を折ったことが悪質な落書きなどと同様にみなされ、当の警察側は「反社会的行為」にたいしてはどんなにささいなことでも断固たる態度で臨む、そうすることで重大な犯罪へ発展する芽を摘めるからだ、みたいに返答しているのですが…。

 この記事に寄せられたコメントのなかには「子どもにはこれくらいのお仕置きをしておかないとゴロツキどもが減らない」なんてトンデモない発言もありますが、ほとんどが「警察のやりすぎ」を非難する内容。「こんなくだらないことに税金をかける暇があったらほんとうの極悪人を捕まえてくれ」、「『反社会的行動禁止命令(ASBO, こんな略語はじめて知った)』が必要なのはむしろ警察のほうだ」、「ゆっくりだが確実に警察監視国家になりつつある」…などなど。

 「事件」は先月起きたようですが、もし報道内容が正しければ、英国ではたんなる「子どもの遊び」が「悪質な落書き」と同等にみなされてしまう国になってしまったと思う。どう考えても「折れかかった枝を数本」折っただけで子どもを逮捕、というのはおかしい。

 公共物、といっても、ここの人たちはその昔自分たちが子どもだった当時はやっぱりおんなじようにしてこの桜の木によじ登っては、枝を折って隠れ家を作ったりして遊んでいた…らしい(逮捕された3人のひとりの父親談)。でもこれは「やっているのはウチの子だけじゃない」という理屈で、「悪いこととは認識せずにやったことだからべつにいいではないか」という言い訳のようにも聞こえる。とはいえ子どもたちの悪ふざけがすぎたからといって近所の大人がいちいちこんなことで警察沙汰にするのもまったく大人気なくてやっぱりおかしい。日本だろうと英国だろうと、ここはふつうに「枝を折るな!」と一喝すればすむことではないか。

 …日本でも腫れ物でも触るかのように大人も子どももlive-and-let live policy、悪い意味での「人は人、不干渉主義」が横行し、他人様の子が行儀悪くしていてもなかなか注意できない世の中。地球の反対側でも似たようなもんだなぁ…と嘆息したしだいです。いつごろからこんなことになってしまったのか…すくなくとも自分が子どもだった1970年代にはまだ口うるさい近所の大人がいました。かくいう自分も悪さをしてはよく叱られた口なので、この件についてはまったく人のことは言えないが(ピンポンダッシュなんかもよくやりました…ごめんなさい…もし当時の自分がいまの英国の子どもだったら、まちがいなく悪ふざけがすぎたかどで逮捕されて前科者でしょうorz)…。

 英国での事件では、当然のことながら3人の子どもたちは拘留中ずっと泣いていたようで、さぞかしトラウマになったことだと思います。こういう心の傷は一生、消えることはない。コメントにもあったけれども、警察側の言い分とはまるで逆効果で、この子たちには警察に対する根強い不信感しか残らないでしょう。

 もうひとつ英国発のニュースから。エクセターにある国教会(英国聖公会)系の小学校、セント・レナーズで、学期末コンサートで歌う予定だった故ジョン・レノン氏の名曲Imagineを、「国教会の学校で歌うにはふさわしくない」として急遽べつの歌に差し替えた学校側の対応に保護者が反発している、というもの。学校側の言い分では、「歌うのを『禁止』したのではなくて、『緑の地球を歌う』というテーマをレノンの曲以上に表現しているほかの曲に差し替えた」とか言ってますが、BBCの記事では校長みずから「ウチの学校にはふさわしくないと判断した」とはっきり言ってます(子どもたちがこの曲を練習しているのを知った女性教員が校長に通報したことがそもそもの発端らしい)。

 …う〜ん、なんとも挨拶に困るんですよね、こういう話…。というか、最近の英国国教会どうした?! なんてことがつづいています。カンタベリ大主教があろうことか、映画版 The Da Vinci Codeと「ユダの福音書」は陰謀だなんて復活祭の説教で発言したり…正直、この話を聞いたときは思い切り引きましたよ。かたや虚構の物語、かたやたんなるグノーシス主義文書にすぎない古文書とをごっちゃにするとは…(米国地理学協会がわざわざ映画公開と聖週間にあわせて発表したことは陰謀かもしれませんけど)。

 …それにひきつづいての今回のこの騒動。これだから聖歌隊員志望の子がいっこうに増えないんだな、と勝手に思いこんでしまった。

 原始キリスト教会は、基本的な教理もまちまち、「新約聖書正典」も各派によってバラバラという状況だったから、グノーシスのような「変奏されたキリスト教」宗派についてもわりと寛容だった、というか、正統教会の教父たちが弁の立つグノーシス派と喧々囂々やりあっているなかで、彼らの教義の「使えるところ」は積極的に吸収していったふしが認められます(「ヨハネの福音書」とか)。ようはいま以上に多様性について寛大だったのです(一転して排他的になるのはカトリック教会が地歩を固めたずっとあとの年代のこと)。

 …国教会だってもとはと言えばローマ教会から破門されたヘンリー8世が「それなら自分が教会の首長になってやる!」とあらたにはじめた教会ですから、今回の場合も子どもたちの自主性にまかせて、おおらかに見守ってあげたほうがかえって国教会の株も上がると思うんですがどうでしょうか。

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2006年07月16日

タンガロア号&Vista&AOL

 公式blogによると、バルサ筏タンガロア号、ぶじにラロイア環礁に到着後、現在はソシエテ諸島(タヒチ島のあるところ)に向けて再出航したもようです。

 ラロイア環礁はかつておじいさんのトール・ヘイエルダールの筏コンティキ号が座礁した、いわば筏乗りにとっては危険な水域なのですが、孫のタンガロア号の場合、環礁から高速艇に乗って市長やらお偉方が歓迎に来てくれたはいいけれど、かんじんかなめの風向きが最悪で、島で歓迎会が準備されているということもあって、けっきょく風待ちすることもなく、towing、つまり「曳航」してもらった…とのこと。これはいたしかたないですね。到着した日はなんとサッカーワールドカップの決勝戦当日!! おじいさんたちも立ち寄ったというレンガ造りの建物内に設置された大型スクリーンで観戦したそうですが、おじいさんが59年も前に立ち寄った建物がいまだに現役で、そこへまた孫が、おんなじ筏を駆ってやってきたのだから、当然感慨深いものがあったことでしょう。

 KV.63、けっきょくミイラは一体も出てこなかったみたいです。発掘があらかたすんで、墓――墓なのこれ? ――は閉鎖準備の最中らしい。発見された木棺のうち、「木棺E」と名づけられた棺にはたくさんの花輪がかかっていたらしい。花輪はどれも保存状態はよかったみたいです(くわしいことは知りませんが)。

 話変わって…最近では企業でも公式サイトにblogを設置するのがなかば常識になりつつあるけれど、Microsoft社にもWindows Vista開発チーム名義のblogがありました。記事を見てみると、たとえばVistaの特徴でもある、ウィンドウの透過表示処理(Aero Glass)のない画面表示のときのウィンドウフレームのデザインをもうすこしカッコよく変更したことなど、いち早く開発状況を知ることかできます(たしかに以前にくらべればすこし見栄えがよくなってはいる)。RSSという仕掛けもあって、たしかにblogというツールは従来型のWebサイトにくらべて速報性という点で優れていますね。

 …とはいえたかだかOSを走らせるだけで2GhzのCPUが理想だの、メモリも1GBはほしいだの、グラフィックチップはATIラデオンのなんとかという型番のやつで…というのは、どう考えもおかしくないか?? Vistaにも対応しますというノートPCもあるけれど、すくなくともビデオメモリ分をメインの物理メモリから拝借しているタイプではウィンドウの透過表示にはならない可能性がかなり高いです。実用上ではどうでもいいことなので、ふつーのAeroでかまわないと割り切ればいいだけの話ではあるけれど…いまいち納得いかない。発売時期(とくに日本語版)もいまだによくわからんし。

 …そしてこちらはときどき見ているNYTimesのポーグ氏のblogから。かつてTime Warnerと提携までして、米ITバブルの象徴的存在だったAOL。最近ではダイアルアップ接続料金を値上げしてまで、ブロードバンド常時接続サービスへの乗り換えを顧客に呼びかけているみたいです。そんな斜陽のAOL、いまの顧客を手放したくない…というわけで、解約申し込みの電話をかけてきた客にたいしては、あの手この手でなんとか解約させまいと粘る(?)ようで…そういったAOL社のカスタマサポートとのやりとりについて、ポーグ氏が槍玉に挙げていました。

 で、コメント寄稿者が問題のやり取りを録音したファイルをアップしているので、リスニングの訓練用としても面白いかなと思って紹介してみたしだい…訓練用、というのはもちろん自分もふくめてですけど(そういえばこの前も「ハートで感じる英文法 会話編」の再々放送やってましたね…)。

 …最近のニュースでもうひとつ。スイスアルプスの名峰・アイガー東壁の巨岩が崩落した、という記事が土曜の夕刊に掲載されてました。地球温暖化の影響…とのこと。断崖の写真をよくよく見てみるといたるところ亀裂だらけで、しかも雪解け時期はただでさえ岩盤がもろくなるので、一概に温暖化のせいとも言えないのでは…とは思ったけれど、個人的にはこの写真、よく撮ったなぁ、と感心しきり…(念のため調べてみたら、日本の報道機関に配信された写真は大崩落直前に発生した小規模の崩落のときのものらしい)。
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2006年05月11日

639年もかかる演奏会って…

 いろいろ変わったことをして町おこし、というのは過疎や高齢化に悩む町や村では世界的な常套手段です。

 音楽関係でもこの手の話題はよく耳にしますが、5日付NYTimes電子版のこの記事で紹介されたある演奏会もユニークさではピカ一かもしれません。

 「4分33秒」など、いろいろけったいな作品を残した現代音楽の巨匠ジョン・ケージ。記事の内容は、リューベック、ハンブルクとならぶハンザ同盟都市だったドイツのハルバーシュタットの廃墟となった教会で、ケージのオルガン(!)作品の演奏会が5日に開かれた、というものですが、ただの演奏会じゃありません。なんと作品を演奏し終えるのが639年後!!?? 

 いったいどういうことかというと、このケージの作品名はAs slow as possible で、それを文字通り「できるかぎり遅く」解釈して、きわめてゆっくりゆっくりのろのろ演奏していこう、という企画。作曲者ケージは演奏時間を指定していないことから、過去の演奏では30分だったり70分だったりしたそうです。今回の企画は、ケージの命日1992年9月5日(関係ないけれどもシュヴァイツァー博士の命日のつぎの日)にちなんで2001年9月5日から動き始めたそうですが、音を出すまでの準備に時間をとられて、実際にオルガン――ごたいそうなものではなくて、最低限そろえただけの代物――が最初の和音をめでたく奏でたのが2003年2月5日。以降、年に一度ないし二度ほど、その月の5日につぎの音符が奏されるまでずっとおんなじ音鍵が鳴りっぱなし(さすがにご近所迷惑なので、楽器はガラスケースに封印されている)。それをひたすら繰り返して639年後には晴れて演奏終了、お疲れさん! という運びになる…予定です(あくまで予定)。

 なんでまた639年なのか? 初期ドイツバロックを代表する作曲家・オルガニストで音楽百科事典(Syntagma musicum)もものしているミヒャエル・プレトリウスが、近代的な鍵盤(おそらく全音半音がほぼ現在とおなじ組み合わせの、完全8度音程をそなえた鍵盤のことだと思います。ただし当時は鍵盤と言っても指ではなくてこぶしでひっぱたく、カリヨンタイプの鍵盤でした。またこのハルバーシュタット・オルガンは復元されてもいます)をはじめて備えたオルガンがハルバーシュタット大聖堂に建造された、という記事を書いているため。それが1361年のことで、ミレニアムイヤーの2000年から引き算すると639…からだそうです(なんか牽強付会の嫌いがないわけでもないが…)。

 このとほうもない企画、単なる悪ふざけのようにも聞こえますが、もともとは町おこしとはまるで関係のない、9年前に開催されたきわめてまじめなオルガン音楽の会議に出席していたドイツ人音楽学者の何気ない一言から生まれたものだそうです。「ケージはAs slow as possible の演奏時間を指定していない。理論上、オルガンという楽器は音鍵を押しつづければ永遠に音を鳴らすことができる。となると、この作品の演奏時間は? 何日単位か何週単位か、それとも年単位なのか?」

 もっとも発言した当人は冗談半分だったのに、ほかの出席者が真剣に議論しはじめた…「楽器が壊れるまで」なんて意見まで出たり…ついで問題になったのが、これをどこで演奏するかということ。これについては、出席者のひとりだった作曲家がたまたまハルバーシュタットのシトー会修道院だったこの廃墟で少年時代に遊んだことを思い出し、当地の彫刻家のつてでケージ・プロジェクトとして組織。当局側も町おこしになるというので全面協力とあいなり、今月5日につぎの和音が鳴り響いたのでした。

 …ほとんど楽器と人間双方の耐久レース、みたいな感じではありますが、もうひとつ、聴衆のほうもたいへんな記憶力を要求されますね…つぎの音が鳴るまでそれまでのパッセージなんか憶えてないですって(苦笑)。

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2006年04月30日

21世紀版コン・ティキ号出航

 トール・ヘイエルダール博士、と言えばあのバルサ筏「コン・ティキ号」「葦舟ラー1世・2世号」「葦舟ティグリス号」の実験航海でつとに有名な人類学者。NHKの「未来への航海」にも子どもたちとともにクルーザーに乗りこんで帆走体験させたり無人島でのサバイバルを体験させたりする先生として元気な姿を見せてくれましたが、2002年4月18日、87歳で逝去。このような「考古学的冒険航海」を実行した人はほかにもいて、アイルランドの古代船を復元して北大西洋の荒海に果敢に乗り出したティム・セヴェリン、最近ではヘイエルダール博士とも交流のあったスペイン人冒険家キティン・ムニョス氏の葦舟航海(1988年のウル号、1999年のマタランギII号など)がありましたし、ハワイ-ポリネシア間を航海した「ホクレア号」というカタマラン(双胴)カヌーもありましたね。マタランギIIのほうは、ほんとうは沖縄まで航海する予定…だったのが、船体を半分に切断…せざるをえない状況になり、途中で断念という残念な結果に終わりましたが…。

 4月28日、ヘイエルダール博士がコン・ティキと命名したバルサ筏でペルーを出航してからちょうど59年目、21世紀版バルサ筏「タンガロア号 Tangaroa」が6名のクルーを乗せ、ポリネシアめざしてふたたび出航した…という記事を目にしました。

 まだくわしいことがわからないのですが、今回の主役はなんとヘイエルダール博士の孫で、「祖父の『コン・ティキ号』から60周年を迎える前に再現航海をしたい」というのがこの21世紀版コン・ティキ計画の動機らしい…航海ルートもほぼ祖父のときとおんなじですし。学術的にどうこうというのではなくて、いわば環境学…59年前とくらべて現在の南太平洋の現状はどうなっているのか、おんなじバルサ筏で祖父とおんなじルートで辿りなおしてみよう…という趣旨だろうと勝手に思いこんでいます。あらたに建造された筏の全長は17mで、画像を見るかぎりおじいさんのバルサ筏より大きい。しかしよくまあ、これだけのバルサ材があったもんだ。森林伐採が進んで、材料調達だけでも、おじいさんがコン・ティキ号を建造した当時よりいまのほうがはるかに困難だったろうと思ったけれども…みごとと言うほかありません。

 「コン・ティキ」から59年が経過した現代の古代船は、さすがにおじいさんのときとはちがって、筏にもさまざまな「文明の利器」が搭載されているようです…太陽電池はもちろん、風力発電装置に航法衛星との通信装置、そしてインターネット。あるかなーと思っていたらやっぱりありました、公式ブログサイトが。

 …とはいえなんだこの文字!? 英語でも書かれてあるけれども、ほとんど北欧語(かな?)の航海日誌…しかたないか。

 でも古代船による航海…という話題はほんとうにひさしぶりだったので、個人的にはかなり血が騒いでいます…運動神経ゼロのくせして、なぜか海洋ものには興奮してしまうたち。日本でも、こんなプロジェクトがあります。

 …コン・ティキ博物館のページに孫のオーラフさんの顔写真が出てましたが、オーラフさんて、おじいさんの若いころに似ているなぁ。

 …これとはまったく関係ないのですが、今月中旬からはじまった熱海・伊東沖の地震活動、早く収まってくれないかな…こっちも気がかりではある。とくに日曜の地震は、震源域が相模トラフ近辺だったので、よけい気になる。ときおりこちらまで揺れを感じることがあります。
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2006年04月23日

きのうはEarth Dayだったけれど

 きのうの土曜は Earth Day ということでしが、以前にくらべると盛り上がり方がいまひとつのような気がするのは気のせい…? 

 …それよりもなによりも、いま巷で話題なのはむしろ来月25日のほう。こちらに詳しく載っています→関連blog

 数年前にもおんなじような「ニアミス」がありましたが、じつはけっこう頻繁にこのような「ニアミス」は――まったく気づかないうちに――発生しているらしい。

 …個人的には、なんだか某出版社から出ているオカルト系雑誌にぴったりなネタ…とつい思ってしまった。

 そろそろ National Geographic 日本語版の最新号が出るので、先月号につづいてまた買ってみますか(もちろん「ユダの福音書」がらみで。けっきょく買わされている…)。
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2006年03月11日

某週刊誌の記事を読んでみました

 先週発売の某週刊誌。ふだんこの手の雑誌は買わないほうですが、さきのトリノ五輪で日本に貴重な金メダルをもたらしてくれた荒川選手の演技について、NYTimes がこきおろしたと文句をつけていたのでつい買ってしまいました。

 で、いっさいの先入観なしで原文を読んでみますと…たしかにこの女性記者、そうとう口が悪いということは認めます。そうは言っても――この記者の書いたほかの記事を読んだことがないからなんとも言えませんが――荒川さんひとりをバッシングしているとも思えませんでした…最後の一文で、2位・3位の入賞者にたいしても苦言を呈していることからしても。

 スポーツはからっきし素人でよくわからないけれど、フィギュアが盛んな米国では、「難易度の高い技にあえて挑戦する態度」を是とするようなところがあって、このような批判の流れができたのも、荒川選手が公式練習では「3回転・3回転」を成功させていたにもかかわらず、本番では「3回転・2回転に落とした」と受け取られてしまったのがそもそもの発端らしい。

 そんな批判的な米国人も、もしNHKで放映されていたドキュメンタリーを見ていたら、見方が変わっていたのでは…とも思う。あるとき荒川さんは自身のサイトで、ファンからの書きこみを読んでいた。そのとき、「難易度の高い技の連続もよいけれど、もっと美しい演技が見たい」旨のコメントに目がとまった。それを目にしたとき、ご本人は「お客さんに感動をあたえられるような美しいスケーティングをしよう」と心に決めたそうです。

 こういう事情があってのイナバウアーのこだわりであり、回転技の 'downgrade' も、「演技の芸術的美しさ・優雅さ」を最優先させたための決断だったのでしょう。これはこれでよいのでは? 

 女性記者の記事中、個人的にもっとも唖然としたのはつぎのくだり。

 ...And she did not seem nervous, which may have been her biggest accomplishment (くわえて、彼女は緊張のそぶりも見せなかった。これこそ彼女がなしとげた最大の快挙だったかもしれない).

 いくらなんでもそりゃないでしょう!

 …週刊誌の記事もそこのところはきちんと書かれていたので、いたずらに反米感情をあおる系列の記事ではなかったのですが、すこしばかり気になる点も。

 NYTimes の記事中、前回五輪の金メダリスト、サラ・ヒューズの発言の訳が、

 「今回のオリンピックでは、信じられないような素晴らしい演技はひとつもなかった。誰も、自分の人生を賭けた演技はしていなかった。抑圧された戦いだった。どんなオリンピックでもあってはならないことだ

 となっている。原文を見ると…。

 "There was no unbelievable performance," said Hughes, who was here watching her sister Emily. "No one skated the performance of their life. It was a more subdued final. But every Olympics can't have that one amazing night."

But that is what figure skating fans have come to expect. Sarah Hughes's spectacular, seven-triple jump performance lifted her from fourth to first. In 1998, Tara Lipinski dazzled the crowd with a near-perfect skate that snatched a gold from the favorite Michelle Kwan.

 そんなこと言ってませんよ。

 'that one amazing night' は前回大会で、自身が「7回の3回転ジャンプ」を決めて4位から這い上がって金メダルを獲得した劇的な夜のことを思い出して言ったまでのこと。だから「それこそまさしく詰めかけたフィギュアファンの期待するところ」とつづくのです(ついでに 'It was a more subdued final.' にはヒューズの「しらけた印象」がにじみ出ていますが、「抑圧された戦い」ではやや難あり)。

 語法的には、太字の部分がよくわからない。おそらく主語が単数形だったからそれに引きずられてこんな変則形になったのか…ただたんにこちらのアタマが悪いだけなのでしょう…orz。

 …でもこれってひょっとしたら、雑誌ではよくある字数制限のための意図的な編集なのだろうか…。

 翻訳ものの雑誌記事は、たいてい字数制限のために原文を勝手に省略したりはしょったりというのが茶飯事です。理由はただたんに、横文字の記事と漢字仮名まじりの日本語とではおなじスペースに入れられる情報の許容量が決定的にちがうため。National Geographic 日本版が創刊された当時、ためしにおんなじ記事を突きあわせて調べてみたら、記事の情報量は原版記事のせいぜい三分の二ていどのものでした。

 でもさらに気になったのは、このNYTimes の記事について発言を求められた識者のコメント。さる著名なスポーツライターの方は、

 「この報道に学ぶべき点はないと思う…逆に、スルツカヤが転倒して3位になり、"それでも満足だ" といっているがそれは負け惜しみでしかないんです

 下線部、いったい主語がだれなのか判然としないが、スルツカヤ選手およびこの記事を書いた記者の名誉のために申し上げますと、だれもそんなこと言ってない。きちんと読んでから批判してください。

 ... But while Slutskaya said at her news conference that she was happy with a bronze, she was not wearing it. After the medal ceremony, she stalked into the dressing room and threw her medal aside. Mikhail Kusnirovich, a close friend, said she was sobbing. Kusnirovich, the deputy chef de mission of the Russian Olympic delegation, put the medal in his pocket...

 おそらくこのくだりだろうと思いますが、「顔で笑って心で泣いて」いたんですね。奇しくも前回大会のときとまったくおんなじ最終演者というプレッシャー。追う側のあせり…とはいえまたしてもふがいない出来で、演技後、控え室ですすり泣いていたそうです…そんなスルツカヤ選手ですが、こうも言っています。

 「それでもメダルを取れた自分はまだ幸せなほう。せっかく出場しても18位や20位で終わって、なにももらえなかった子が大勢いたのだから」。

 これはけっして「負け惜しみ」ではないと思いますがね。

 それとこれは「売るために」挑発的タイトルにしたんでしょうけれど、いくらなんでも「卑怯な女王」はないでしょう! それこそ失礼ではないですか(NYTimes の記事だってさすがにそこまで暴言は吐いていないし)。まぁ、週刊誌やタブロイド紙なんてどこの国でもこんなものですが。

 …読まなければならない和洋書が何冊もありながらまたしても寄り道してこんなつまらんことを書いてしまった、とこれは自分自身へのセリフ…。

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2006年02月26日

昼間からTokaji!!

 Liberaが「彼方の光」生歌唱を披露してくれてからちょうど一週間たったきのうの土曜スタジオパーク。「世界遺産100」の江守さんが出てましたが、しばらく見ているとなんとトカイが?! 

 …昼間からいきなり超甘口デザートワインですか…文字通りTV画面の前で垂涎のまなざし。

 うちのTV受像機(20年選手)のせいかどうかはわかりませんが、みなさんのグラスに注がれたトカイの色はずいぶん濃くて、ほとんどブランデーのように見えました。自分が数年前に飲んだものはもうすこし黄金色(こがねいろ)がかった琥珀色でした(きっとみなさんのは5プットニョスくらいの高級品だったんでしょう[?])。

 トカイは苺のショートケーキもしくはレアチーズケーキのお供には最適。

 今冬の欧州は日本同様、厳しい寒波に見舞われてさんざんでしたが、アイスワインにとってはよかったようで、先日海外ニュースを見ていたら、オーストリアの葡萄農家が嬉々として凍りついた葡萄の房を大急ぎで収穫している映像を見ました。

 アイスワインはいまだに口にしたことがないので、財布さえ許せば買ってみたい。

 …とそれはどうでもよいとして、やっぱり荒川選手の金メダルですね。女子カーリングや男子フィギュアも善戦かなわずだったので、とにかくこれはすばらしい快挙でした…お母様の実家が富士宮だそうで、地元紙も号外を出したりしてました(トリノ五輪、アイルランドの戦績はどうだったのかな?)。

 ショートのときはショパンの「幻想即興曲」(管弦楽編曲版)、フリー演技のときは「だれも寝てはならぬ(トゥーランドット)」(開会式でパバロッティが歌ってましたね。文字通りだれも寝られなかったでしょう…)、エキシビションでは'You raise me up'…という選曲でした。ショートとフリーでは使用曲を直前になって変更したそうですが(開催国に配慮して?)、どれも優美さそのもののスケーティングにぴったりだったと思いました。スポーツとはいえ、フィギュアスケートはどちらかというと総合芸術だと思うので、選曲も重要な要素にちがいありません。

 'You raise me up'... 演技がはじまってしばらく経過してから、「ああ、これか…」と気づきました…アレッドのセカンドアルバム'Higher' に収録されていた歌ですね。バックコーラスにLiberaが参加していて、ジョーゼフ・プラットくんがちょっとだけソロを聴かせてくれます。

 荒川選手の演技には女性歌手の盤が使われていましたが、こちらを歌っているのはだれなんだろう…。

 トリノ五輪ももうすぐ閉会式…早いもんだ。ここまで不穏な事件・事故もなかったので、つつがなく終わってほしいものです。

 …オリンピックもそうですが、個人的にはKV63、こちらの動向も気になるところ。先日、いろいろ探していたら、公式サイトが早くも立ち上がってました。発掘中ゆえ、サイトもまだ工事中…。

 さて、昨年のツタンカーメン王のCTスキャン調査以降、日本のメディア露出度が高くなった(?)感のあるエジプト考古庁最高会議長官ザヒ・ハワス博士。とにかく出たがりらしく、Discovery Channelにも自分の出演するエジプト考古学の番組をもっているし、大英博物館には「ロゼッタ石を返せ!」、ベルリン・エジプト博物館には「ネフェルティティの胸像を返せ!」と息巻いてますが、博士の公式サイトにも当然のことながら、新発見の墓について紹介されています…。とはいえ、些細なことですが重大な誤記が。

 いくらなんでも新発見の墓が「ツタンカーメン王墓から5kmの場所」はないでしょう!! 谷から飛び出しちゃいます。

 …先日紹介したブログにもあった、ドイツの報道機関サイトがまったくおんなじ誤記をしたというのは、これのせいかと思いました…。

 もうひとつcachetも気になるといえば気になります。おそらくcacheのつもりだったんでしょうけれども…。語源的にはおんなじみたいですが、現代用法では意味が異なる単語です(発音もちがいます)。

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2006年02月18日

WSKに専用ホール!

 WSK、ウィーン少年合唱団(ヴィーン…と書きたい気持ちをこらえて)は本拠地アウガルテン宮殿内に専用コンサートホールを建設するみたいですね。きのうの地元紙(静岡)夕刊にも掲載されてました。なんかオペラも上演できるかなり本格的なものだとか。

 ここの団員って14で退団なんだ…もう12年も前になりますが、珍しく自分の町にWSKのハイドンコアが来てくれたのでのこのこ聴きに行ったことがあります(当時の来日公演スポンサーは某千×会)。そのとき会場で買ったプログラムを見たらたしか15歳の団員もいたような気が…。

 それを聴いたあと、千×会が発売したサントリーホール公演を収録したVHSを買ったのは言うまでもありません…。

 Boni Pueriがアンコールで歌ってくれた杉本竜一さんのBelieve はとてもよかったですが、今年のWSK来日組もプログラムに組みこんでますね。こちらはどんな感じなのかな?

posted by Curragh at 16:36| Comment(0) | 最近のニュースから