2007年08月06日

広島原爆忌

 62回目の夏を迎えた広島。「FMシアター」でも原爆忌にあわせた内容のドキュメンタリードラマ、「兄と弟・広島に生まれて」をやってました。図書館から借りた本を読みながら聞いていたのですが…出征した兄(養子)はアンボン島で戦犯の罪を着せられ銃殺刑、語り手である弟のほうは広島で被爆、肉親や兄弟を放射線による深刻な後遺症でつぎつぎと亡くし、みずからも癒えることのない深い傷を心身ともに負い、長いあいだだれにも話せず心の奥底に封印していた戦争・被爆体験をいま、ようやく子どもたちに伝えようとされている方の物語でした。…それにしてもなんとむごい話だろうか。

 日系米国人監督スティーブン・オカザキ氏の記録映画「ヒロシマナガサキ」。地元紙にも関連記事が掲載され、またいまさっきも民放のニュース番組で取り上げていたので見たのですが、このままでは被爆者の方は報われない、と暗澹たる気持ちにならざるを得なかった。1945年8月6日になにが起きたのかと訊かれて「わかんない」だの「知らない」だのというこたえを平然と返す若い人にも唖然とするが、生存している被爆者の方の高齢化…を考えると、核兵器を落とされたただひとつの被爆国に住むひとりひとりが、8月6日と9日に広島・長崎にいったいなにが起きたのか、ということをいま一度知らなくてはならない。人道上許しがたい兵器はいくつもあるが、やはり核兵器は子々孫々まで深刻な影響を及ぼしつづけるという点で、人間が考案した兵器のなかでは史上最悪、悪魔的兵器だと思う。これはけっして「必要悪」なのではなく、けっして「使ってはならない」兵器で、絶対悪です。RNEPだったか、米国は都市圏を狙う「使える核兵器」の開発をしようとしているらしい。いまは専門家も軍部も「使えない」デメリットとリスクのほうが大きすぎる、として開発は中断状態らしいですが、なんとも空恐ろしい話ではないか。

 平和祈念式典ではふたりの子ども代表が、憎しみの連鎖をどこかで断ち切ること、たがいを認め合う寛容さがいまこそ必要だ、というような内容を訴えていましたが、まったくそのとおりです。とはいえまことに遺憾ながら、旧約聖書のころからいがみあってきた土地柄であるパレスチナ問題とか、原理主義組織による無差別テロとか、いまだに「憎悪の悪循環」はいっこうにやむ気配がないようにも見える。これらにくわえて経済格差に根ざす紛争とか、環境悪化に伴う地域間の争い(とくに水)とか、いろいろ複合的要因があって、さらに事態は複雑化していて、なかなか解決が困難になっているのも事実。それでも「正義のための戦争」なんてないんだということをひとりひとりが声高に訴えつづけるしかない。被爆者の方の苛烈な体験を風化させるものか、という強い意志が必要だと思います。

 民放ニュースを見ていたとき、ふとYouTube など動画配信サイトとかを活用してかつての敵国だった米国民にももっと広島・長崎の体験を伝えるべきでは…とか思っていたら、この記録映画は米国のあるCATVネットワークで今後ひと月のあいだ、放映されるらしい。これはとてもすばらしいこと。とにかくひとりでも多くの人に――彼我を問わず――「事実」を知らせなくてはならない。残された時間はあまりないことですし…。最大の敵は、被爆体験の風化と忘却。これだけはなにがなんでも避けなくては、ビキニ環礁で被爆して亡くなった人、米国やフランスなどがおこなった大気圏内核実験で被爆して亡くなった人と、いまなお想像を絶する苦しみに耐えつづけている被爆者の方にとてもじゃないが申し訳が立たない…気がする。ラジオドラマでは、語り手である主人公が被爆したとき、崩れ落ちた瓦礫に生き埋めにされた同級生が「仇をとってくれ!」と言い残して息絶えるシーンがあります…後年、同級生の母親に会った片山氏は、そのときはっと気づいたそうです。「このつらい体験をつぎの世代に語り継ぐことこそ、彼の仇をとることなんだ!」、と。

 …ラジオドラマの結末近くで、語り手の片山氏にたいして中学校の先生が、「『戦争は悪』だとか、『原爆は悪』だとか、政治的な発言はしないでほしい」と念押ししていた場面がありました。この部分、はたして実体験にもとづいているのか、それともドラマの脚色なのか判然としないが、いずれにせよ自分がもっとも慄然としたのはこの場面でした。政治的発言だって?? こんな非常識極まりない先生がげんに子どもたちを教えているのだろうか…と驚愕しました。そのとき頭に浮かんだのが、昨年、各地の高校で世界史や日本史の未履修が問題化したときのこと。いまのわれわれの生は過ぎ去った歴史の延長線上にある。これからの世代をおなじ過ちで苦しめないために、まずもって過去の歴史を学び、知ることは絶対不可欠のこと、義務であるはずです。歴史の軽視…ドラマで耳にした「衝撃的発言」をする教師とも、どこか通じるところがある。

 シュヴァイツァー博士はある集まりで、「われらはみな亜流者ではないのか」という疑問を耳にしたとき、現代文明の退廃を招いているものの本質をとらえた発言として天啓のごとく受け止め、のちに『文明の退廃と再建』という著作にまとめた。その本の続編(『文化と倫理』)には有名な「生命への畏敬」という考え方が出てきますが、いまの世の中、見渡してみると第1次世界大戦前の世界とたいして変わってないんじゃないかという気もしてくる。歴史はけっして軽んじてはいけない。

 そんな折、イタリアの弁護士ら4人がイタリアの子どもたちが折ったという千羽鶴を広島・平和公園内の「原爆の子の像」に捧げるために、大型バイクを連ねてユーラシア大陸を横断する、という話(→関連記事)には勇気づけられた。イタリアの小学生が、Webで折り方を習得して千羽鶴を折った、というのも感動しますが、ぶじに子どもたちの思いのこもった千羽鶴が届けられるように祈っています。

posted by Curragh at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2007年08月05日

水の事故には気をつけて

 ここ数日、水難事故がちょっと多すぎる…気がします。台風の影響でどこも河川は増水していますね。ダムから放流…しているというのに川遊びに行くというのは、やはり無謀ではないかと思います。海では、きのうもふたりの中学生の男の子が河口(!)を泳いで対岸へ渡ろうとして沖へ流され、まことに残念ながら遭難地点から2kmも離れた海岸で遺体で見つかったり…。西伊豆でもふたりの方が命を落としています。

 連日暑いので、川遊びや海水浴はたしかに魅力的です。でもたとえば「遊泳禁止」とか「ダム放流中」とか立て札が出ている場所ではまずいでしょう。危険な水域というのは理由があって危険なのだから…毎年のように水難事故の悲報は聞きますが、とくにこれからがある子どもたちの遭難の報道を聞くのはつらい。

 これは独断だけど、以前にくらべて、自然をあまく見ている人がいまはひじょうに多いように感じます。数年前にも神奈川の酒匂川だったか、中州でキャンプしていた人たちが流されたり取り残されたりといったことがありましたね。山登りもおんなじだと思うが「ここから先は危険だから引き返す」という判断ができない人、とくに歳相応の経験を積んでいるはずの大人にそんな人が多いように思います。

 だいぶ前、風景写真雑誌で著名な風景写真家の先生が、「わたしは危険がわからない、なにかあったらどうしよう」というのがいちばん困る、みたいなことを書いていたのを思い出します。天候が急変したり、体の調子がおかしいと感じたら即、安全な場所まで撤退するくらいの判断はできないとまずい。酒を飲んで…と、これは論外。

 半年ほど前に知ったのですが、昨年11月、聖ブレンダン出航の地とされるアイルランド西海岸ディングル半島のブランドン入江(Brandon Creek)でも、そのような不幸な海難事故がありました(→関連記事)。地元の会社に雇われていたポーランド人の30代の男性が入江の口付近の崖から海へ落ち、そのまま行方不明になって沿岸警備隊とか地元漁船とかが捜索に出て大騒ぎ、なんてことがあったそうです…なんでも断崖に砕ける波を背景に、友人とともに記念写真を撮っていたときに突然の大波に呑みこまれてしまったとか…その後男性の遺体があがったかどうか…は不明。

November 2006 Swept away

The Irish Coast Guard was put on full alert recently as Polish national, Adam Juniewicz, was washed from rocks near Brandon Creek. Mr Juniewicz (34) worked for local man Mike O’Shea’s company Irish Rope Access. Mike is a long serving member of the Dingle Coast Guard and at during the search, did not realise that he was searching for one of his own employees. When news filtered through of Adam’s loss, the rest of Mike’s 20-strong staff joined the Coast Guard in searching for their collegue. Now considered a search for a missing body, at the time of going to press, Navy divers were continuing sweeps of the area. The Irish Skipper extends deepest sympathy to family and freinds of Mr. Juniewicz.

 とにかく無茶をしないことが――ありきたりの結論だが――いちばんですね。

posted by Curragh at 20:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2007年07月27日

1. テュークスベリー水没!!

 20日ごろから豪雨に見舞われているイングランド南西部。英国在住の日本の方のblog などでかの地の大雨のことを知り、そうとうひどいことになっているな…と思っていた矢先、この大雨が60年ぶりという記録的な豪雨で、テムズ河やセヴァーン河(Severn は「セヴン」のように発音されるらしい)など主要河川の堤防が決壊、氾濫しているという記事が地元紙朝刊にも掲載されていました…で、いっしょに掲載された写真をよくよく見てみると、洪水で水没した道路脇に立つ案内標識の文字に目が釘付けになりました。Tewkesbury! 今回の豪雨で最悪の被害を出したのがなんとグロスターシャー州で、とくにテュークスベリー周辺はほぼ水没状態だということを遅まきながら知りました。

 そしてこちらの日本向け記事の写真を見てまたびっくり。アビイ・スクール聖歌隊の本拠地の大聖堂(もとは名前のとおり大修道院付属の教会)がまるで孤島のごとく突き出しているではないですか! 

 24日付けNYTimes にも英南西部の洪水被害をAP伝で報じていました。テュークスベリー上空から撮影した画像を見ると、これは想像をはるかに超えた大水害です。

 今年の「3聖歌隊フェスティヴァル」は洪水被害を被ったグロスターの大聖堂が舞台。公式サイトを見たら、やはりこちらも被災しているようで、チケット売り場を一時的に閉鎖していたみたいです(25日現在)。

 テュークスベリー・アビイの公式サイトにも今回の洪水被害について記事がありました。写真を見ると、聖堂内部も部分的に浸水しているようですね(→Daily Mail 紙の記事)。

 詳細はわからないけれど、こんなひどいありさまで、'Tewkesbury Abbey Schola Cantorum' 、もとアビイ・スクール少年聖歌隊は2度目のフランス公演に出かけているのだろうか(予定では明日が公演最終日)…??? チェルトナム・カレッジに在籍しているアンドリューくんのほうも気がかりではあるが…。

 米国でもテキサス州やオクラホマ州でやはり洪水被害があり、中国でも先週、150人以上も犠牲になった水害があったばかり。日本では相前後して台風4号に中越沖地震があったばかり。そして南欧では熱波、ギリシャ・アテネでは気温がなんと45度(!)を超え、またイタリア南部では熱波が原因と見られる山火事も発生。いっぽうの英国では肌寒いくらいの陽気と大雨で、「いつまでたっても夏が来ない…」という嘆きの声が。

 今月は世界各地で自然災害があいつぎました。北半球で進む温暖化…とも関連があるのかもしれない。日本も本格的な台風シーズンはこれからだし、これ以上の被害がないことを祈るしかありません。

posted by Curragh at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2007年07月16日

最悪のタイミングだった

 7月に上陸した台風としては史上最強と言われた台風4号(国際的表記ではTyphoon Man-yi)。予測よりだいぶ東へそれて、すわ伊豆半島上陸かと身構えていたけれど、けっきょく石廊崎をかすめてそのまま太平洋上へ去っていった。一睡もしていなかったので、やれやれと思い、かけっぱなしにしていたNHK-FMで「バロックの森」を聴きつつIMソフトを起動、たまたまお相手(英国)がいたのでほんのすこしだけ会話したあと、「ミュージックプラザ」の再放送でブルックナーの「ロマンチック」を子守歌がわりにして寝てました…気がつくと「みんなのコーラス」。元気な小学生の歌声を聴きながらまどろんでいたら、いきなり地震速報が。またしても新潟あたりで大きな地震があったらしい。震源がどこかはわからなかったが、津波警報まで出ている。

 そしてこれも偶然ではあるけれど、「弾き語りフォーユー」でLibera率いるプライズマン氏の「千の風('Do not stand at my grave')」を小原さんが弾いてくれるというのでエアチェック。その後あらためてNHKの地震関連ニュースを見たら、なんと原発の建物からもうもうたる黒煙があがっているではないか。ここ連日ずっと雨が降りっぱなし、ようやく台風とともに雨もひと息、というまさにそのとき、間髪入れずにこんどは地震。地盤がそうとう緩んでいるというのに、これは最悪のタイミングとしか言いようがない。

 NHK-FMは休日恒例の「今日は一日○○三昧」の日だったので、あいまに地震関連ニュースが入りましたがいちおう予定どおり番組続行。こんなときにハワイアンか、とはじめは思ったけれども、ゆったりした独特なリズム感の音楽は思いのほかよかった。こういうときだからこそ、かもしれない。いまはやりの言い方で言えば、ロハスな音楽なのでしょう…身も心も揉みほどしてくれる、そんな音楽。

 しばし聴いていたら、「ヘメレ・ケイヤ・ノ・ホクレア」という歌が…歌詞に、聞き覚えのある固有名詞が。あれれ、これホクレアの歌だ! 歌っている女性歌手が、ホクレア号がはるばるハワイから日本めざして航海する、という話を聞いて作ったとか言ってました。Hokule'a って「幸せの星」という意味でしたね、ホクレア号の応援歌みたいな曲でした。

 地震…については、先週、地元紙にちょっと気になる記事が載っていました。海上保安庁がGPSや海底に設置した基準局での観測の結果、御前崎沖約60kmの海底が、この5年で、年間3cm 西北西に移動していたことがはじめて判明したというのです。

 承知のとおり御前崎沖海底というのは、その真下が東海地震の想定震源域。陸上でも同様の観測結果が出ているので海底でもおなじような動きをしていることが明らかになったわけですが、それにしても年間3cm ですよ! 10年で30cm、100年で3m!! 安政東海地震から今年で153年が経過しているので、その間約4.6mは移動していることになる。これはたいへんなことです。

 いまさっきNYTimes に行ってみたら、今回の震災がトップページで大きく報じられていました(→記事)。

 …その後余震があいついでいます。一刻も早く収まることを祈るのみ。

 被災された住民の方には心からお見舞い申し上げます。

posted by Curragh at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2007年06月05日

Westminsterのバッハ

1). ハネケンさんこと羽田健太郎氏が急逝された。享年58。肝細胞ガンだったらしい。先月中旬から体調をくずされ入院していたらしい。あまりに急な悲報で、正直、ことばもない。とにかく若すぎます。

 合唱つながりで言えば、羽田氏は東京少年少女合唱隊OBでもある。たしかに最近、「題名のない音楽会21」を見ても、なんかやつれたというか、顔がひとまわりスマートになってしまって、大丈夫かなとは感じていたが…残念としか言いようがない。

2). 先日も書いたBBC Radio3 のChoral Evensong。番組終了直後の番宣で、「水曜日にウェストミンスター・アビイ聖歌隊によるバッハ」をやるとの告知が。さっそく先週の放送内容をチェックしてみたら、Performance on 3 という、「ベスト・オヴ・クラシック」英国版みたいな番組でオンエアしていたらしい。

 ストリーミング放送を聴いてみたら、この日収録された演奏はBWV.226とBWV.229のモテットふたつと「ルター派のミサ ヘ長調 BWV.233」、散逸した教会カンタータの一部と考えられている断章を復元したかたちで演奏された「ニ長調のシンフォニア BWV.1045」、教会カンタータ「偽りの世よ、われ汝を頼らず BWV.52」と聖霊降臨祭第一主日用教会カンタータ「おお永遠の炎、おお愛の源よ BWV.34」。最後にマレイ・ペライヤのピアノで二曲、オルガンコラールのピアノ編曲版をかけていました。うちひとつは豊かに装飾された定旋律がとても美しく、感動的な「いざ来ませ異邦人の救い主よ BWV.659」。自分もこのオルガンコラールは大好き。

 まったく偶然のことながら、BWV.226は1729年、トマス・カントルに就任してまださほど年月の経っていないバッハが、当時のトマス学校長でライプツィッヒ大学教授でもあったエルネスティの葬儀用として作曲した「葬送モテット」。なのでウェストミンスター・アビイ聖歌隊コリスターたちの清らかな歌声に耳を傾けつつ、ハネケンさんを偲んでいたのでありました。

 モテットといえば、ECMからもヒリヤード・アンサンブル盤が出ましたね。

 'Abbey Choir'とも呼ばれ、親しまれている英王室ゆかりの聖歌隊の音楽監督ジェイムズ・オドネルは2000年にオルガニスト兼少年聖歌隊長に就任、顔写真ではけっこう若い人に見えます。収録された演奏では、聖歌隊員にドイツ語の発音を徹底させたとかインタヴューでこたえてました。

 バッハの教会・世俗カンタータ…についてはあんまり聴かないから口幅ったいことは言えませんが、カンタータBWV.52の出だしのシンフォニアは「ブランデンブルク第1番」第1楽章の転用なので、とっつきやすいと言えばとっつきやすい。聖霊降臨祭用のカンタータBWV.34 のほうは、最後の合唱で盛り上がる部分、まるで天の高みから降り注いでくるかのようなボーイソプラノの力強く、清冽な響きがひじょうに印象的でした。

posted by Curragh at 01:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2007年05月26日

Cutty Sark が…

 カティ・サーク号の悲報を聞いたときはほんと驚きました。

 カティ・サーク号は1869年に建造された、最後のクリッパー型帆船として有名で、経度0の通るグリニッジに「永久保存」されています…ところが展示が開始された1957年以来半世紀、風雨にさらされつづけた結果、船体に付着した海水の塩分がビルジに流れ、船を形作っている鉄骨フレームの腐食が激しくなったため、昨年11月に全面的改修をすべく係留場所から特別に作られたドックに引き揚げられました。総工費2500万ポンドをかけた改修プロジェクトのまさに真っ最中にこのようなまことにショッキングな事態になってしまった。

 BBCニュースサイトNYTimes、Guardian のサイトなんかを見てみますと、現場はむろん火の気などなくて、あるのは金属と木材のみ。どう考えてもarson つまり放火らしい。もっと悪い。

 しかしながらマストなどの全艤装品に船長室をふくめた全甲板室、船体下部の木材のほとんどは鉄骨材の防腐処理のために取り外されていて被災しなかったことは不幸中の幸いだったと言うべきか。あれだけの炎に包まれ、爆発物(ガスボンベ)があったために周辺住民の避難を優先させたりと消火に手間取り鎮火したのが通報から約2時間後だったという不幸も重なったとはいえ、船首と船尾、そして船底部の木材はかろうじて焼失をまぬかれた(これには消防士が放水しつづけ、燃え尽きるのを防いでいたためもある)。なので、「船体の復元は可能」だろうと言います。監視カメラには火が出る直前、数人の人影が写っていたようで、消防当局と合同で捜査に当たっている警察は、目撃情報提供を呼びかけるとともにこのカメラの映像を分析中とか。「シルバーの車が現場から走り去った」という目撃証言もあるとのこと(いまのところは火災との関係は不明)。

 文字どおり紅蓮の炎に包まれた写真をはじめて見たときは――帆船好きとしては――かなりショックでしたが、いろいろ記事を見ると完全焼失ではなく、修理は可能かもしれない…ということなので、とりあえずは「最悪の事態」ではなさそう。しかしながらカティ・サーク号の保存にあたっている財団の専門家によると、今回の火事でもっとも心配なのは鉄骨フレームの被災状況。これさえ原形をとどめていれば復元できるかもしれないが、万一、火炎の熱で変形していたら復元修理は困難になるという。

 とはいえ…いったいだれがなんのために、建造されて140年近くも経過した老帆船に火をつけようと考えるのか。まったく理解できない。はやく犯人を検挙してもらいたいところです。

posted by Curragh at 23:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2007年05月21日

AmazonがDRMなし楽曲ストアを開設

 先週、目にとまったNYTimes 記事三題。

1). こちらの記事を見てちょっとびっくり。Amazonが、iTunesのような楽曲ダウンロード販売ストアを年内にはじめるというニュース。ここで重要な点は、デジタル著作権管理機能(DRM)、ようするに「コピー防止保護機能」なしで提供するという点です。

 せんだって音楽ダウンロード販売サイトの火付け役Apple社のスティーヴ・ジョブズが「音楽ファイルのDRM撤廃論(→'Thoughts on music')」を公開書簡というかたちで突きつけて音楽業界を騒然とさせたばかり(とはいえ最初にこのような「規制」にたいして懐疑的だったのは、Apple のFairPlay 解除コードを自社製品に搭載したことでAppleとごたごたになったReal Networks 社長のジョブズ宛てメールだったと思うが、ジョブズはこのやり方では煩雑になるとしてライセンス制についてはいまだ拒否。合法的に買った音楽に規制をかけていることが脱法にあたるかどうかについては欧州各国で問題になり、ノルウェイ議会はApple にたいして10月まで改善するよう求めてもいる)。

 アルバムの売り手であるレコード産業側からすれば、「自分たちに責任転嫁しているだけ」と言えなくはないけれど、ここは勢いに乗っている感ありのジョブズの主張のほうが一枚上手のような気がします。たしかにわれわれ一般の音楽ファンにとってみれば、DRMとかないほうがいいに決まっていますし。

 そんななか、ジョブズと手を組むということなのか、EMI が先月2日にiTunes Store で販売する楽曲からDRMを撤廃すると発表。またUniversal Music も「DRMフリー」楽曲販売についてGoogle と協議したとか(Universal側は公式には認めてはいないけれども)。こうなるとほかのメジャーレーベルはやはり旗色が悪くなるでしょうね。

 そうは言っても自分はたぶんこの手のアルバム単位ではない、「一曲一曲、せんべいよろしく切り売り」というダウンロード販売スタイルはなじめないし、買う曲じたいもクラシック系はどうしても長くなるので、いままでどおりCDというかたちになるとは思う。でも――Apple のほうが計算高いことは見え見えだが――ジョブズの言っていることはいちおう納得いくものだし、すくなくともここにきてようやく、CCCD 以来つづいてきた流れは音楽愛好家に利する方向へと風向きが変わってきた、ということは言えるでしょう。

 EMIがDRMを撤廃…なんだか数年前まで、おなじ会社(国内盤の旧東芝EMI)がウィーン少のアルバムまでCCCD で売っていたことを思うとなんかキツネにつままれたような気もしないではない。CCCD と言えば、BAC のベスト盤もそうだった。自分はこのような妙ちきりんな「規格外CD」、いや「CDもどき」を平然と売りつけるレーベル側の傲慢さに腹が立っていたし、げんに某S社のように、悪質なrootkitまで(!)混入させて売り、なにも知らずにWindows マシンに入れてしまったエンドユーザーが大迷惑をこうむった一件も記憶に新しいところです。そこまで一般の音楽愛好家を敵に回せば、売り上げが過去最大規模の低迷…というのもうなづけるお話。そんなときに出現したのがiPod であり、格安で楽曲を提供するiTunes のダウンロード販売サイトでした。いまや空前の大成功をおさめたおかげで、Apple社の業績や株価を好転させたばかりか、音楽業界に発想の転換を迫るまでに力を増しています(いま問題になっているrootkitについてはまた後日)。

 いずれにせよAmazonの試みは、「DRMフリー楽曲」が本格的に定着するかどうかの試金石になることだけは確か。NYTimes 記事の末尾は、音楽業界は生き残りの道として楽曲は無料、広告収入のみで運営できるようなサービスのあり方も考えるべきだとする業界ウォッチャーの大胆な主張を紹介して結んでいます。

2). SNSの元祖みたいに言われるMySpace。こちらの記事によると、なんでも性犯罪者がごまんとlurk しているようで…前科のある利用者をあぶりだすシステムをニューヨークの企業に委託して構築したとか。もともと弁護士から情報提供を求められていたMySpace側が、11年前に制定された「電子通信プライバシー法」に抵触しない範囲で提供に協力すると発表したものですが、弁護士団体ともめているのは「召喚状のあるなし」について。弁護士団体代表は「自分たちの求めているのはサイトに何人、有罪判決を受けた性犯罪者がいるのか」といった召喚状などハナから不要な情報なので、失望したと言っています。日本でも某サイトについていろいろ問題が噴出してきているようですが、SNSもメーリングリストも、この手のサイトにはどんなオオカミがいるかわかりません(自分も以前、たいしてことではなかったが少々痛い目に遭ったことがある)。最近のコンピュータウィルスも悪質で、カード番号が盗まれたりと実害が出てひじょうに困るけれども、常識とよくよくの注意が肝要、ということしかないですね。自衛するしかありません。

3). 最後にこちら。来月、環境問題についてはおそらく世界一やかましいドイツでサミットが開かれるそうですが、へぇ、Web上で動く「炭酸ガス排出量計算機」ですか。いったいどんな仕掛けなのかさっぱりですが、Web発祥の地らしく、「双方向性」とか「瞬時に情報を共有」といったメリットを最大限に活用していますね。

 極論を言えば、日曜の夜に見た某TV番組のように、洞穴住居に住み、電気もガスもない、完全な自給自足生活が理想なんだろうが…'Kyoto Protocol' を批准し、削減目標の実行が来年に迫っている手前、各自できることからはじめるしかないのでしょう。とはいえせめてこういうアイディア、批准さえしていない米国ではなくて日本から出してほしかったとも思います。すくなくともわれわれは欧州の人たちより炭酸ガス排出抑制については――国際会議を開催し、その結果作った議定書を批准しておきながら――あんまり真剣には考えていないですし。もし個人も産業界も真剣に取り組んでいるのなら、風力や太陽といった自然エネルギー発電がもっと増えていいはずですし、むりな場合はべつにして「車はひとり一台」ということもやめるべきだと思いますし。こういう記事を見ますと彼我の意識の差をどうしても感じてしまいますね(環境ついでに自分は某環境保護ロビイスト団体が大嫌い。日本の捕鯨にたいする抗議行動はいつものことだが、すくなくともヨウスコウカワイルカについてはなにもしてはこなかった。鯨類の絶滅は有史以来はじめてだという)。

posted by Curragh at 04:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2007年04月28日

Ruotaの衝撃

 今月は気象も異常だったが、事件・事故・災害も多すぎました。以下、気になったものだけ書き出しておきます。

1). 熊本市の慈恵病院がはじめた「赤ちゃんポスト(「こうのとりのゆりかご」)」。地元紙の特集記事にてはじめて知ったのですが、この発想じたいはそうとう古く、1188年、南仏マルセイユの病院に設置されたのが最初らしい(いまひとつは1198年、ときの教皇インノケンティウス3世の命によって建てられたサント・スピリト病院という伝説もある)。当時の名称がruota(=wheel)で、母親が赤ん坊を修道院に置き去りにするとき、赤ん坊を回り舞台のような円盤に乗った箱の中に置き、円盤をくるりと回転させると鈴が鳴り、修道士がかけつけるという仕掛けからそう呼ばれたらしい。たしかに中世ヨーロッパの修道院には救貧院や病院に相当する施設があったけれど、捨て子ポストみたいなものまで考案していたとは寡聞にして知らなかった。そしてそれが19世紀までつづいていたことも。イタリアでは事態はいまだ深刻で、捨て子があとを絶っていない。慈恵病院が参考にしたシステムはドイツのもので、ドイツでははやくも7年前にこの「最後の救済手段」を導入したものの、やはり賛否両論で国論は二分されているようです(こちらの記事)。

 「こうのとりのゆりかご」導入を決めた慈恵病院もカトリック系の病院なので、現実に捨てられ、幼い命を落とす子どもをひとりでも多く救いたい、捨て子を看過できない、と考えぬいた末の決断だったろうと察します。とはいえいまは捨て子にされる理由は暗黒時代のヨーロッパとはちがって、ほんとうに生きるか死ぬかの瀬戸際に追いこまれて八方手詰まりでしかたなく、というものではあるまい。あまりに身勝手で一方的な大人の都合による捨て子が大半ではないですか。中世ヨーロッパの人が21世紀の世界を見たら、見栄えこそ洗練され、モノがあふれる光景に圧倒されはしても、こと捨て子問題については自分たちのときとちっとも変わってない、と嘆くにちがいありません。

2). 米国で起きたおぞましいmass shooting。いかなる理由があろうと、犯人は許されるものではありません。とはいえ今回の悲劇は、またしても「銃社会アメリカ」をまざまざと見せつけられました。TVニュースで見たのですが、近所のコンビニよろしく、当たり前のようにガンショップが近所にある。そんな銃砲店を当たり前のようにふつうの人が訪れては、30分ていどの審査で服を買うみたいに手軽にピストルやショットガンを買ってゆく。そのあまりの異常さに寒気を憶える。事件が起きたばかりでまだ犯人の特定もできていないとき、NYTimes社説はこんなふうに書いてありました(下線強調は引用者)。

' ... Sympathy was not enough at the time of Columbine, and eight years later it is not enough. What is needed, urgently, is stronger controls over the lethal weapons that cause such wasteful carnage and such unbearable loss.'


…とはいえ現実の米国社会を海の反対側から見てみますと、「全米ライフル協会」や銃器製造会社の力のほうがはるかに強大なので、銃の乱射による第二、第三の大量殺人は残念ながら防ぐことはできそうにない。昔、米国の暗部をえぐる「アメリカン・ヴァイオレンス」という記録映画を見たことがありますが、開拓時代以来の銃依存という構造じたいはちっとも変わっていない。いくら「人種の坩堝」だからといって、ふつうの人がふつうの暮らしをするのに武装しなくてはならない国なんてどう考えてもおかしい。そんな国の現大統領というのが筋金入りのfundamentalistなのが、なんたる皮肉かとも思う。また、大学側の対応にも大きな疑問符が。最初の銃撃があってから2時間以上経過したあとで発生した2度目の銃撃まで、学生への注意喚起がたった一通の電子メールというのがまたわからない。校内放送ですぐさま授業を中断、避難を呼びかけることはできなかったのだろうか。そうするとパニックになるとでも思ったのだろうか。一刻を争う緊急事態にPCのネットワーク網経由で連絡、という発想もやっぱりわからない。携帯大国日本では、これがPCのメールではなくて全学生の携帯電話向けに同報メール、という形になったところかもしれませんが(まだそのほうがましだったかもしれない)。

3). そうこうしているうちにD.ハルバースタム(73)、K.ヴォネガット(84)、そしてロストロポーヴィチ(80)の各氏があいついで亡くなった。ハルバースタム氏は取材に向かう途中で事故死、ヴォネガット氏については転倒して頭部を強打したことが原因らしい。そして大チェリストのロストロポーヴィチ氏…いずれにしても「巨星堕つ」。冥福をお祈りします。

 地元紙の夕刊に、米国文学者巽孝之氏によるヴォネガット追悼文が掲載されてました。記事中、1984年、国際ペン大会出席のため初来日したときのエピソードがこんなふうに紹介されています。「核状況下における文学」というテーマで大江健三郎、フランシス・キング氏らと登壇したとき、

 「核弾頭には子どものオモチャをつけ、指導者たちには詩あるいは俳句を送りつけよう」

とユーモアたっぷりに語った、と言います。NYTimes の追悼記事によると、ヴォネガット氏が広島の原爆投下とからめて書いた『猫のゆりかご』は米国の高校で国語の教材として使われているらしい。また巽氏はヴォネガットの作品はかの村上春樹氏にも多大な影響をあたえていることも指摘しています。そしてこんどは村上氏の文学が英訳をつうじて米国の若い作家に影響をあたえている。ちょうどこの時期、日本ではどういうわけかキナ臭い改憲論が――国民そっちのけで進行中。困ったもんだ。ほかにもやるべきことが山積しているというのに…。

* 記事中、不正確な箇所があったので一部訂正しました。

posted by Curragh at 23:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2007年04月09日

なんと富士山の反対側にありました

 本日はいろいろとごたまぜで書きます。m(_ _)m

1). 『星の王子さま』に登場する「計算ばっかしている実業家」の原画がなんとなんと山梨にあった?! というニュース。ちょっとびっくりしましたね。散逸したと思われていたバッハの「結婚カンタータ」の自筆パート譜が日本にあったというニュースを聞いたときもびっくりしましたが…。エジプトだけでなく、日本国内も探せばなにかすごいものがまだまだ出てくるかも知れませんね。

2). NYTimesこちらの記事。なんでも米国人のあいだでは「多忙病」とでも言うべき現象が起きているらしい。忙しい=ステータスシンボル、ないしは金持ちの証拠、みたいな悪しき(?)風潮がはびこっているようで、のんびりと休養をとるべき休日でさえなにかをせかせかとせずにはいられない、ゴロゴロするのは罪とばかりにますます忙しい状態へ追いこんでゆく精神状態。ダイヤル式電話(!, 横文字ではrotary phone)でダイヤルをまわしているあいだもイライラしてしまう方、ご用心、それはりっぱな病気です! みずからこの「悪循環」ないしは'crazy busy'の「暗黒面」に落ちてしまった精神科医の先生が、自分の体験にもとづいて書いた本の紹介もあります…たしかにつまんないことであくせくしている身としては、この手の本になんだか興味をひかれないでもない。とりあえず「買い物かご」にでも入れておきますか。とはいえ自分は生来の怠け者ゆえ、crazy busyness ということはたぶんなさそう。反対に懐のほうはいっつもピーピー言ってますが(失笑)。

3). BBC Radio3のイースター特番いろいろ。とりあえず聖金曜日にオンエアされたバッハの「ヨハネ受難曲」と、きのうのChoral Evensong を聴きました。後者のほうはキングズカレッジ礼拝堂聖歌隊でして、S.S. ウェズリーの名曲をアンセムとして歌ってました。中間部の、ボーイソプラノのソロが絶品! 'Love one another...' これってかつてアンソニー・ウェイが出演したドラマ(The Choir)で歌っていたものです(ちなみにこれの出典は新約聖書「ペトロの手紙 一」1:22から)。歌い手がちがうとまた新鮮に聴こえていいですね。キングズのソリストの声はアンソニーにくらべると、すこし大人びた声質と歌い方でした(逆に言えばアンソニーのほうがやや幼い感じ。アンソニー…といえば、先日VoAの投稿を見たら、なんとピーターバラで今月26日にライヴをやるという!! …そしてさらに、インディーズ系アーティスト宣伝の場と化しているこちらにも店開きしているというからさらにaghast! …シンガーソングライターみたいなことやってんのかな??)。

4). 先週の「バロックの森」。水曜日の特集「ヴィヴァルディと18世紀フランスの音楽」がおもしろかった。そうそう、ミシェル・コレットという人はあの「四季」そのまんまの声楽ヴァージョン、「主をたたえよ」を作ってましたね! たしか前にもこの番組で聴いたことあるけれど、器楽合奏ならぬ人の声のアンサンブルで歌われる「四季」も意外性があって新鮮でおもしろいです。そして笑えるのがモンドンヴィルという人。自分の名前で出版してもだれも見向きもしないから、ヴィヴァルディもどきの作品を書いて、あろうことか「これは大作曲家ヴィヴァルディの書いた作品集です」という感じでなんとヴィヴァルディの名を騙って自分の曲集を出してしまった、ある意味すごい人です

 …「気まクラ」、こんどのお相手も鈴木さんですか…。

 …そして最後にこちら。へぇ〜っ、そうなんですか! 英語圏のblogをハナ差で押さえるなんて、日本語圏もすごいなと感心すべきか。そう言っているわたしもまたしてもこんなとりとめもないことばっか書いてお茶を濁してしまった。

 花粉症、ようやく治ってきました…。

posted by Curragh at 23:17| Comment(5) | TrackBack(1) | 最近のニュースから

2007年03月03日

ついにBBCもetc.

1). 夕刊のちいさな記事を見てびっくり。WarnerにつづいてこんどはBBCですか。よっぽどYouTubeのユーザー数の多さが魅力的なんですね、きっと。Warnerのときにもおんなじこと書いたけれども、たしかに本来は自前のコンテンツを投稿・公開すべきサイトなのに、けっこうな数の「違法」コンテンツが投稿されているのも事実です。違法ではあるが、YouTube側では「一度に転送できるファイルサイズは100MBまで、コンテンツの長さは10分以内」という制限つきにしているし、たとえば過去の、それも海外の番組となると見られるのはここだけ…というのもまた事実。そのへんのところをどうするのか。従来だと権利者側がサイトに削除依頼して、サイトが権利者の代わりに「利用規約違反」として当のユーザーに削除するよう求める、悪くすれば訴えられる、というパターンがふつうだったのですが、Warnerのことがあってから、あきらかに風向きが変わってきたような気がします。

 今回もたぶんWarnerとおんなじような方法でBBC側はYouTubeユーザー層を取り込もう、とするのでしょうけれども…そしてもっと驚いたのはNHKのニュースでこの話を取り上げたのを見たとき。なんとBBCは「BBCブランドを傷つけるよう意図的に編集されたりした場合をのぞき、すでに掲載された番組は削除を求めない」という!! 「商売に走っている」という批判も受けているようですが、利用者側から見ると、国際放送局BBCの制作した番組が事実上無料で試聴できるのはすごいこと。BBCは自前のサイトもひじょうに充実していてそれだけでも進んでいるなぁと感心していたんですが、まさかYouTubeと契約するとは思ってもみませんでした。これからはいままで違法扱いされていたコンテンツについてもここに堂々とリンクを貼ったり紹介したりできますねるんるん(BBC関連ではLiberaをはじめ、過去・現在のいろいろな番組がすでにYouTubeサイトに多数存在しています。そういえば『オーメン2』でダミアン役やってた俳優さんなんか、その後もいくつかBBCのTVドラマに出ていたなんてこともYouTubeではじめて知ったりしました)。

 自分はなにも違法コンテンツの投稿を手放しで認めているわけではありません。そうは言っても、従来の「手当たりしだいに潰す」やり方では限界がある。もっとこういう形で「共存共栄」したほうがいいのではないかと…著作権保護も大切だと思うが、たとえば書籍の世界で起きている「著作権保護を50年から70年へ延長すべき」という主張には賛成しかねる。だいいち「すぐれた作品・名作を産み出すこと」と著作権延長とはそもそも関係ないはず。なんでも欧米に足並みそろえなくてもいいのでは。いずれにしてもことが権利関係、利害関係になると話はややこしくなるものです…。

2). 高知大学の岡村眞教授のグループが、池や沼の堆積物の綿密な分析の結果、東海・東南海・南海地震が同時に起こる周期が350年間隔らしい、こんどはその「3つ同時発生型」になるかもしれない…というニュースを見たときには正直背筋が寒くなった。静岡では今年は「宝永噴火から300年」という認識はあっても、そのときその「東海・東南海・南海地震が同時発生した」ことはあんまり話題に上っていない。専門家の警告を待つまでもなく、もしそんなことが起きたら江戸時代では考えられなかった「想定外」の災害がたくさん発生するにちがいありませんし、太平洋一帯が壊滅するのはまず避けられそうにない。大地震の不安のない国にでも移住するしかないのかな…と考えたりもする今日このごろ(海外移住がそんなに生易しくないことは承知していますが)。無感もふくめれば毎日のように地震が起きる国というのは、たとえば英国の人にとっては信じられないことかもしれませんね。向こうではいつだったか、夜、震度4くらいの地震が発生したとき、慌てふためいた住人が外に飛び出した…という話を聞いたことがあります。

3). 考古学(?)関係ではこんなニュースも。せんだってDiscovery Channelでも放映され、NYTimesにも番組評が載ってましたが、あれま、いつぞやの『出エジプト記の真実』のコンビじゃないですか。でも今回にかぎって言えば、どうにも説得力に欠ける。石灰岩でできた「骨壷」みたいな箱というのも…個人的には表面に描かれた模様のほうが気になったりして(笑)。記事にもありましたが、番組制作者側の主張はなんだか「循環論法」のような気が…。すくなくとも記事を見るかぎり、このドキュメンタリー番組を見ようという気は起きませんね。むしろストーンヘンジ近くで見つかったという集落跡とか、バーミヤンの石窟寺院跡から発見され、日本の学者によって賢劫経(けんごうきょう)の最古の写本であると確認された椰子の葉の断片とか、そっちのほうがおおいに気になりますね。

 …NHK-FMの「バロックの森」。木曜の朝にブクステフーデの「われらがイエスの御体」から「胸について」をオンエアしてました。アルトパートをカウンターテナーの米良良一さんが歌ってました…まだ聴いたことのない作品だったから、とても興味深かった。全編ゆったりとしたテンポで歌われ、途中でアルトとバスの二重唱もあって美しかった。でもどうせなら全曲通して聴いてみたかった…気もする。

posted by Curragh at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2007年01月27日

よもや静岡でも…

 ついこの前北海道・北見市で3人の住民の方がガス漏れによる一酸化炭素中毒で亡くなったばかりだというのに、こんどは静岡、それも駅南口からさほど離れていない住宅地のど真ん中でガス漏れ騒ぎ。ガス漏れを起こしたのがまたしてもおなじ材質の老朽管、しかもこちらのほうがさらに年季が入っていてなんと1960年に敷設されたままのもの! 静岡ガスは住民を一時避難させ、周辺道路を通行止めにした上で亀裂の入った老朽管をあの黄色いポリエチレン管に交換して事なきを得た…とはいえなんか釈然としない。ガス漏れがなければ交換する気さえなかったのではないか。会社サイトもこのとおりで、じつにそっけない。すくなくともいまわかっていることはすべて公表するのが企業としての義務ではないですか。半年ほど前、とあるblogで、関西電力管内で長時間の停電があったことが綴られていたのを目にしたことがありました…それによると、当の関電に問い合わせても「調査中…」一点張りでちっとも埒があかない。では会社サイトにはなにか書いてあるかと思って関電のHPを見てもなーんにも書いてない。企業のサイトというのはこういうときこそ必要な情報を開示し、利用者にわかるように説明すべきだという内容でした。

 そう言われてみればたしかに企業のサイトって「宣伝」ばかり…でも不測の事態発生! となったら、われわれが「ほんとうに知りたい情報」をわかっている分だけでもよいからいちはやく伝えてほしいもの。なんのためにWebサイトをもっているのか。Webという情報発信手段を十全に活用していない証明です。自分たちに不都合なことであってもきちんとWebサイトなり報道機関を通じてなり、公表する企業こそ信用できる。いくらaccessibilityだのWeb2.0だの言ってもこの基本的な一点がおろそかだったら、いくら見栄えがよくてW3C勧告を遵守した造りだろうと、なにやったってダメ、と思うのは自分だけだろうか。食品業界にしてもそう。なんかここにきてやたらと「暴露」が相次いでいるのも、やっぱり「みんなでいっせいに公表したほうがダメージがすくない」とでも思ってるんじゃないのかなどと訝ってしまう。なんとかのひとつ覚えよろしく、compliance、complianceと口で言っているだけでほんとうに実行している企業がいったいいかほどあるのか。不二家もあいかわらずひどい。ガの成虫だの幼虫だの(ということは毛虫??)…あげくの果てにはなんと大腸菌!! ですと(おえッ!)。もうこうなると開いた口がふさがらない。と、かくいう自分もクリスマスのときに不二家のショートケーキを食べながらボジョレの新酒を飲んでいたけれども…これがほんとの「食わせ物」か。

 静岡のガス漏れに話をもどすと、30年前から東海地震が…と言われつづけてきたご当地なのに、いまだに40年以上も前のガス管が「現役」だったというのですからこれはもう驚くほかない。自分の住んでいる地区も昨年春に都市ガスに切り替わったばかりなので(うちはオール電化ですので都市ガスは引いてない)、こうつづくと不安になってくる。一酸化炭素が入っていない天然ガスだから大丈夫、なんてとんでもない。一刻も早く老朽ガス管はすべてポリ管に交換すべきでしょう。はっきり言ってガス会社の慢心、ないしは怠慢ですよ。それと地元紙もガス漏れから2日くらいはいちおう報道してはいたけれど、今日の朝刊からは記事が掲載されなくなった。いくら地元企業にたいしてものが言いにくいからって、「ガス漏れがありました。住民に避難指示がありました、老朽管を撤去してポリ管に交換しました、避難指示解除されました、上からなんらかの圧力がかかってガス管に亀裂が入ったらしい…」ていどでもうおしまい、という姿勢もおおいに疑問あり。企業の情報開示、という点から事故を起こした静ガスのサイトマップを見ても「どのへんに40年以上前に敷設した老朽管があるか」ということが一目でわかる地図はないくせして、こんなページを発見したので思わず失笑してしまった。なに言ってんだと思いますよ。

 北見市では21か所でガス漏れがあらたに見つかったとか…また、惨事を起こしたガス管には金属疲労による亀裂や腐食の形跡はなく、埋設された地盤もろとも「ズレた」らしいとも伝えられています…北見市の場所からしても、もしかしたら数年前より釧路沖でたびたび発生している地震の影響もあるのではないかとも思う。降雪、地盤凍結、地震…という場所でしかも一酸化炭素まで含まれる都市ガスならば、なおのことガス会社(事業譲渡以前は北見市)は赤字だろうとなんであろうと、そこで生活する住民の生命を最優先にした措置をとるべきだったのではないでしょうか(ガスと言えば強制捜査の入ったパロマもひどいな…21年前から知っていたくせにこれですからね…)。

 …というわけで、愚痴って終わってしまった。

posted by Curragh at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2007年01月16日

津波にもめげずホクレア号出航

  昨年10月、なんでいまごろ…という感じで青土社から刊行されたこちらの本。原本刊行は四半世紀以上も前。先週ぼんやり新聞見ていたら謎が解けました。あのホクレア号、なんと日本に向かっているのですね…。そういうつながりでしたか。

 ホクレア号ってよかれ悪しかれわりとよく知られた「古代船」ですね。船体はグラスファイバー製とはいえ…記事によると、1881年、ハワイ王カラカウアが訪日して以来の日・ハ交流を記念した試みらしい…もちろんコンパスなどいっさい使わず、ポリネシアの伝統航法のみで日本まで帆走。日本到着後は沖縄・熊本など8か所を廻るとか(こっちにも来ないかな…)。

 記事では週末にも出航予定、とあったけれども荒天のため火曜日まで延期、しかもちょうどその週末に千島列島沖でM.8.3の巨大地震が発生、ハワイ沖にも津波注意報が出されるという困ったおまけつき。さいわい今回の地震による津波の影響はなくて、ホクレア号はぶじハワイのカワイハエに入港。火曜の出発にそなえているとのこと。

 帆船なので当然セイルも艤装されていますが、新聞サイトの画像を見ますといわゆるラテンセイル型の縦帆のようです…ということは現代のsailing boatみたいにあるていど風上へ向かってジグザグに進めるのかな? 「ブレンダン」みたいな典型的な横帆(square sails)型古代船ではせいぜいがブロードリーチ、風を直角に受けて進むのが限界でしたが。こちらのほうが帆走性能は高いように見えます。

 …さてホクレアとは関係ないが、週末はこちらの番組の再放映も見てました。子どもたちに北極圏の氷河調査をさせる、というのはいくらなんでもちとやりすぎのような気もしたけれど…。最初、「地球を救いたい!」なんて現代人によくありがちな発想(誤解)を口にしていた子どもたちも、想像を絶する苛烈な北極圏の自然の中で共同生活をつづけるうちに、自然のなかでは人間の存在がいかに小さいものかを体感しつつ、自分たちにいまなにができるかということを考える過程がこまやかに記録されていました。この貴重な体験は今後の人生においてきっと生きるよすがとなるにちがいない…と思いつつも大の寒がりの自分にはとてもムリだなこれは…でもできることから実行するということはとても大切なことですね。環境問題…といえば、かつてウェルデル・ベリーやビル・マッキベンといった炯眼の書き手によるすばらしい本を読んでずいぶんと考えさせられたことをいまさらながらに思い出す。とくにマッキベンの『情報喪失の時代 The Age of Missing Informationは10数年前に書かれたものですが、あらためて著者の卓見には驚かされます。この件については稿を改めてまた書くかもしれない…けれども、未読の方はぜひ読まれることをお勧めします。これは「必読書」だと信じています。

 …と、いまちょこっと「地球ドラマチック」のバックナンバーを見ていたらヴァスコ・ダ・ガマの航海とか、古代ローマの巨大船とか、見逃しているものがけっこう多い!! ストラディヴァリウスの話は再放映されるみたいだから、録画しないと…。昨年では、タイタニックを沈めた巨大氷山の話がひじょうにおもしろかった…なんといっても革舟「ブレンダン」とまったくおんなじ海で氷山と衝突して沈んだタイタニックの話ですからね。氷山が転がって起きる「津波」の貴重な映像にはほんとうにびっくりしました。ブレンダン号もやはりこの「魔の海域」で浮氷群(パックアイス、オホーツク海の流氷はアムール河の氷が吹き流されて着岸しますが、こちらは海水が凍ったもの。氷河から崩落してできた氷山とは別物)に突っ込んで革の船体に穴があいてあわや浸水沈没…しかけたことがあります。このときはさいわいにして浸水箇所を特定でき、しかも補修可能な場所だったため「継ぎ」を当ててしのいだのですが、これがもしティム・セヴェリンの言っているとおり「硬い木造船」だったら一発で沈没したことでしょう。革舟は「船体がたわんで柔軟性が高い」ため、海氷の浮く最悪の海域を乗り切ったと言えます。

 …とはいえしょせん自分はarmchair adventurer にすぎないが…。

posted by Curragh at 03:16| Comment(3) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2007年01月06日

大西洋単独横断の最年少記録更新!

 14歳の英国人少年が大西洋単独横断の最年少記録を更新――という一報を聞いて、すぐ飛びつきました。この手の話には目がないほう(→本人のサイト)。

 こういうbreaking news を見聞きするたび、英国も日本も島国であることには変わりないけれど、海にたいする関心の高さは英国の比ではないのでは、といつも思う。海洋文学にしても――Brendan Voyage のようなじっさいの航海記録から、『ホーンブロワー』シリーズのような文学作品まで、英国(アイルランドもふくめて)の海洋好き・船舶好きは徹底しているように感じます。

 たしか3年前にも英国人少年がおんなじようなルートで単独横断に成功したっけなぁ…と思ってこの快挙を報じるBBCサイトを見たら、今回最年少記録を塗り替えたマイケル少年、セイリングはなんと6歳からはじめたというヴェテラン。大西洋単独横断の最年少記録に挑戦するきっかけは、やはり3年前の快挙に大いに刺激されてのことらしい…今回はべつの船から父親が伴走していたようですが、マイケル少年が自分ひとりの力で大西洋を横断したことには変わりないでしょう。とにかくぶじでなにより…。

 …そういえば日本にもすごい少年セイラーがいました…10年ほど前、太平洋単独横断の最年少記録を作った方ですが、いっとき連絡が取れなくなって自分も大丈夫かな…と心配した記憶があります。このときはなんと55日で太平洋を渡りきって米国サンフランシスコに到着したのだから、いま思えばこっちも負けないくらいの快挙にちがいありません。

 …べつにむりして危険なことに挑戦する必要はありませんが(ティム・セヴェリン自身、かつて革舟「ブレンダン号」で北大西洋を横断したような真似は人にはけっしておすすめしない、とあるインタヴューでこたえています)、こと海とか帆船とかにたいする関心は欧米人のほうが日本人にくらべてだんぜん高い気がする。BBCの報道で、プレスコット英首相代理も「偉大なる英国海事史上に残るすばらしいセイラー」という賛辞を送っているくらいですし(ついでながらsailorではなくsailerと綴るとsailing vesselのこと)。航海つながりでは昨年、ナイノア・トンプソンの考古学的実験航海で有名なカタマランカヌーのホクレア号のことを書いた本が――ちゃんと確認していないからなんともいえないが、原本はおそらくかなり前に刊行されたものでしょう――邦訳刊行されたけれども、この手の本って欧米にくらべて日本ではあんまり受けがよくないんですよね…。もっと読まれてもいいのに、とつい思ってしまうのですが。

 …船つながりではとうとうあの氷川丸まで…今後がやや気がかりではある。

posted by Curragh at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2006年10月23日

いわゆる「痛い」(?)ニュース

1). The Sixth Sense A.I. などで子ども離れした名演技を見せてくれた米俳優のヘイリー・ジョエル・オズメントくん。自分もPay it forward を見て泣いた口なんですが、なんと数か月前に飲酒運転で郵便ポストに衝突、御用となっていた…ということをいまさらながら知った。おまけに大麻所持の容疑も。今月20日、ロスアンジェルスの裁判所から保護観察処分を言い渡されたらしい…う〜んどうしたヘイリー?? たしか一昨年だったか、鈴木杏さんとNHKの「英語でしゃべらナイト」にも出て、「ハーバード大学進学も考えている」とかなんとか、あいかわらずの聡明ぶりを披露してくれていたのに(現在はニューヨーク大学に籍を置いているらしい)…。

 ちなみにHaleyの読み方ですが、来日記者会見のときに本人が「ヘイリー」のごとく発音していたので、ヘイリーかと思われます。

2). 飲酒運転…日本でも大問題ですね。「飲んだら乗るな! 飲むなら乗るな!」というのは子どもだって知っているのに、守れない人のなんと多いことか。とくに公務員関係で悪質な飲酒運転による事故があとをたたないというのに、あきれたことに某県の知事など、定例記者会見で「飲酒運転したからといって即懲戒免職というのはどうか」なんて趣旨のことを言い出すしまつで、ほんと挨拶に困る(どこの知事かはググッてみればすぐに出てきます)。飲酒運転で頭を悩ませているのはなにも日本だけではなくて、ワイン大国イタリア・ドイツ・フランスでもそう。最近、イタリアでは高速道路のSAから酒類販売を禁止する法律を成立させたとか聞きました…いままでお酒を売ってたんですねぇ…。

3). 個人的にちょっとびっくりなのがこちらのデータ。定評あるSymantec社のNortonなんて10位以内にも入っていない?! う〜ん、こっちも個人的にはゆゆしき事態。NOD32とかに乗り換えるかな? Nortonはいま使っているマシンにプリインストールされていたのでそのままずるずると買い換えながら使いつづけてきたのですが…メモリは大食いだしトラブったときなど、一度アンインストールして再インストール、と思ってもそうかんたんに再インストールできない構造だったり…完全削除ツールなんてものまで用意されているという使い勝手の悪さ! もうすこしなんとかならないかと思うこのごろ。

4). …Webのセキュリティ関連としてはこちらの記事も気になるところ。'Your PC is in danger!!', 'Error detected!!'とか、日本語でずばり「あなたのPCは危険にさらされています!!」とか表示するバナー。この手の広告は海外サイトに多く、てっきりセキュリティ関連ソフトウェアの広告だろう、くらいにしか思っていなかったら、なんとそんな生易しい代物ではなくて、詐欺そのものだという。最近はYouTubeなんかでもときおり見かけます――といってもまるで気にしたことなんてなかったけれど――YouTubeで投稿動画をよく見る、という方は注意されたほうがよいと思います、念のため。

 YouTubeがらみではNYTimesなんかも前々から報道していましたが、Googleに買収されましたね。いろいろな記事を見ましたが、ようするに動きの速すぎるIT業界で主導権をとるためには「とりあえず買っておく」ということが常套手段のようです。今回はじめて知ったのですが、YouTubeの創業者3人って、みんなPayPalの社員だったんですね。買収といっても株式交換だから、Google側もあんまり懐は痛まなかったみたいですが、大金持ちになったふたり(ひとりはスタンフォード大学の修士課程に入るため退社しています。ちなみにこの人は旧東独出身→NYTimes関連記事CNETJapanの関連記事)のビデオまで公開されています。よほど笑いが止まらないと見える。

5). 発売時期が来年はじめごろに決まったWindows Vista。発売の遅れの責任を取るということなのかどうか、ビル・ゲイツ会長やスティーヴ・バルマーCEOがボーナスを減額されていた…というのは置いておくとして、問題だと思うのはこちらの記事。折りしもIE7の英語正式版の配布がはじまったみたいですが、記事に出てくるMicrosoft社の人の発言はどうなんだろう。どうも大手セキュリティソフトヴェンダーとおんなじで、大名商売というか、あぐらをかいている。ほんとうにエンドユーザーの立場に立っていない気がする。個人的な感想では、IEよりFirefoxのほうがはるかに使いやすいし、ActiveXコントロールなどの脆弱性もないからセキュリティ的にも堅牢だと思います。はやくもIE7にセキュリティホールか? という話も出てきていますし。構造じたいが欠陥なんじゃないかとさえ思う。

 Macのことは素人ながら、いくらIntelチップになったからといってもそもそもプログラムコードじたいがWindowsとは別物のはずなので、Windowsに感染するマルウェアのたぐいが即Intel Macにも影響をおよぼすとも思えないし、公式サイトに書いてあることを信じれば、WindowsよりMacを使ったほうが安全ということに変わりはない。もっともアンチウィルスソフトは必須ですが、なんとこのご時世になってもまだ対策ソフトも導入せずに常時接続している大胆不敵なWindows(!)ユーザーもいるようで…とにかくおたがいに気をつけましょう。

 …どうでもいいことだがApple社サイトのトップページって…Macintoshパソコンのメーカー、ではなくて完全に「iPod屋さん」のおもむき…最近、「Macじわり復活」との見出しで、Macパソコンの売り上げがじわじわ伸びている、という「朗報」を報じた新聞記事を読んだのですが、銀座の直営店にiPod目当てに来店する若い客層はなんとここがMacマシンを扱うショップだということさえ知らないというのです…どうもMacと聞くと、食べるほうのマックだと思うらしい(苦笑)。さらに驚くのは、そんな若い客層、とくに女性客が、iPodのとなりにずらり並ぶMacマシンを見て気に入り、Windowsマシンから買い換える、そんなケースが急増しているらしい。いずれにせよこれ以上のMicrosoftによる市場寡占はロクなことないと確信しているので、これはいいこと(たしかAppleの日本法人ってオペラシティタワーにあるんですね。隣接するタケミツ・メモリアルではBACをはじめ、演奏会の思い出がいろいろとあります)。

 来年春には次期MacOSX Leopardがリリースされるので、ますます「OS戦争」がおもしろくなりそうです…。

posted by Curragh at 03:12| Comment(3) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2006年10月09日

まとめて雑感

1). せっかくの連休ですが、台風くずれの低気圧が北日本太平洋沿岸沖合いでもたもたしていたせいで、こちらの想像以上に悲惨な海難事故があいつぎ、ことばもありません…とくにショックだったのがサンマ船の事故。貨物船がまっぷたつになったり、伊豆近海では定員超過(?)の疑いのある遊漁船が転覆したり…山でも遭難事故がつづきました…とそんな混乱にまぎれて(?)北朝鮮が地下核実験をした、との一報も飛びこんだり。そういえば先日、国際天文学連合(IAU)が「太陽系第10惑星」を「エリス」と命名しましたね…ギリシャ神話の不和の女神。なんかこれ他意があるんじゃないかと勘繰りたくなるような惑星名でした。とにかくいまは、静岡県で唯一のサンマ船となってしまった安良里漁協所属の漁船がぶじにサンマを積んで帰港することを願うのみ(ちなみにかつてのPlutoは小惑星としてなんと番号に! 「134340」という通し番号になったらしい。ホルストの組曲「惑星」に冥王星を追加した作曲家の方にはなんとも皮肉な結末ですね)。

2). 宇宙つながりで忘れていけないのが火星探査車オポチュニティー。なんと2年半(!!)ものあいだ、せっせと働きつづけていたと知り、まだ現役だったのかとびっくり仰天。こんなに長持ちするとはNASA当局もうれしい誤算だそうで、先日配信された巨大クレーターの鮮明な画像には文字どおり目が釘付けになりました…。これはほんとにすごい。拍手を送りたい(→NASAサイト)。

3). とはいえではそんなすぐれた科学技術もけっきょく使う人間が悪ければとんでもないことになる。あのアーミッシュの学校襲撃事件がそうです…どんな理由であれ無抵抗の子どもに銃口を向けるというのは、西オセチアの学校襲撃事件のときもそうでしたが、悪辣卑劣なテロ行為。許せない。やっぱり米国はあいかわらずの銃社会だということをまたしても見せつけられたような気がする。犠牲者のなかには、みずから名乗り出て年少者をかばった少女もいたと聞きました…でもアーミッシュの人たちはそんなひどい仕打ちをされても「赦す」信仰の持ち主…らしい。なんとこんなひどい仕打ちをした輩の葬式に出席したアーミッシュの住民がいたらしい(→NYtimes電子版の記事)! 自分が当事者だったら…逆襲していたかも。キャンベル先生も、「人が人を裁けるのか?」と問うていたけれど、これはこたえの出ない難問だと思う。こういう理不尽な事件の報に接すると、「犯人を赦すかどうか」うんぬんより、どうしてもマーク・トウェインの論法を取ってしまう…「火に投げ入れるほうが手っ取り早い」。

4). …船、といえば「スカンジナビア」が「沈められて」はやひと月が経過。串本の海上保安署が調査に乗り出した…とか聞きましたが、けっきょくスウェーデンの不動産会社も引き揚げる気はないらしく、またかりにサルベージしても塩水に浸ってもろくなった船体が引き揚げる途中でバラバラになりかねない…など技術的にも困難らしい(→関連ニュース)。ようするにこのまま「魚のアパート」…になってしまうようです…。

posted by Curragh at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2006年09月24日

YouTubeとWarnerMusicが提携

 ネットユーザー間でいまや知らない人はいない(?)感ありのYouTube。本屋にも「YouTube使い方読本」みたいなものまでいくつも置いてあるし、利用者に占める日本人の割合がけっこう高い…ようですが、先日NYTimesにびっくりするような記事が。なんとWarner MusicとYouTubeが業務提携を結んだ、というのです。

 内容をかいつまんで言うと、YouTubeはいままで一般ユーザーが「無断」で転送・公開していた音楽ビデオクリップなど、ワーナーミュージック(WM)社が版権を所有するコンテンツを自動識別して広告を表示させ、そのスポンサー収益をコンテンツ利用対価としてWM社側にも一定額支払う、またWarner所属アーティストが希望すればコンテンツを削除したりできる、というもの。当然、ユーザーの行為はWM社から「公認」された、合法的なものになります(→Yahoo! ニュースの記事)。

 …なんか「きのうの敵は今日の友」みたいな展開…WMほどの一大レーベルが、版権侵害もはなはだしいサイトを逆に味方につける…というのは、とてつもなく大きな音楽業界再編に発展しそうな予感が…。げんにiTMS隆盛の影で、米国ではとくに洋楽もののCDがさっぱり売れず、老舗タワーレコードが破産したりしていますし。音楽CDがなくなるのは困るけれども、一昔前のような、メジャーレーベル側が「仕掛け」て消費者を囲い込む、ないしは誘導するという戦術はもはや通用しない時代になった、ということを象徴する出来事のような気もします(若手アーティストの多くは売り込みのためにYouTubeを活用するのが当たり前、見たいになっています。ちなみにビリー・ギリマンくんも本人公認インタヴュー動画を公開しています)。

 記事にも引用されてましたが、ワーナー側代表の言い方がまた振るってます。「法廷闘争より技術革新を通して業界をリードするのが当社の基本方針。この手の『ユーザーの作ったコンテンツ』という現象は今後ますます増大し、それを食い止める手立てなどないだろう。われわれもその一員として手を組んで消費者に最高の体験を提供し、それによってわれわれと所属アーティストにも確実に見返りが期待できるようにしたい」。いかにも米国らしいpositiveな発言ではありますが、見方を変えれば版権をもつ側の既存音楽業界が、この手のユーザー主導型サイトとの戦いで、はっきり自分たちの「負け」を認めたようなものとも受け取れます。とはいえまだまだYouTubeが「第二のNapstar」になりかねないと危惧する向きも多いので、今後どうなるのかは「神のみぞ知る」ところでしょうか。

 …ポッドキャスティングもまだなくて、当然のことながらiPodなど携帯mp3プレーヤもなかったころ、MyPlayというサイトを利用していたことがあります…自分が利用者登録してほどなく、ドイツのベルテルスマンという大企業に買収されてサイトそのものが消滅してしまったけれども、いま考えてみるとある意味YouTubeの先駆け的存在だったのかなとも思う。YouTubeでユーザーがアップロードするのが動画…なのにたいして、MyPlayのほうはmp3ファイルのみで、ようするに「自分専用のWebジュークボックス」を作るサイトでした。容量も当時としてはずば抜けていてなんと3GB。ファイルがmp3のみだから、じゅうぶんすぎておつりがくるくらい。利用者間でたがいの「ジュークボックス」内の音楽を聴きあったりできる点もYouTubeとよく似ていますが、自分はさすがに版権侵害にあたると考え、「共有」ということまではしませんでした…あくまで自分専用の「ロッカー」にアクセスして、個人的にストリーミングして楽しむのみ。でもこれがけっこうおもしろかったのです。

 最近、たとえば日本でもこちらのような、無料で大容量のオンラインスペースを貸し出してくれるサービスがありますが、この手のサービスってかならず米国のほうが先ですね…。

 音楽にせよ動画にせよなんでもかんでもデジタル化が進むと、どうしても突き当たるのが古くて新しい著作権問題。ワーナーとYouTubeの場合、メジャーレーベル側もいままでのようにすぐ「訴訟!」と言ってユーザーを敵にまわす手法より、合法的にユーザーを抱き込んでしまったほうが得策と考えはじめた最初の大きな事例でしょう。'User-generated content' はもはや無視できない流れ、一部の著作権者の利益より大多数ユーザーの「知の欲求を満たす」ことのほうに世の中の流れがシフトしつつあるとも言えると思います。たしかにYouTubeには「絶版」ないしは「門外不出」、お蔵入りになってしまった過去の貴重な映像が――画質もよくないし10分までという制限つきとはいえ――垣間見られる、というのはなんともありがたいこと。いわば掘り出し物の宝庫です。なんとBACやアンソニー・ウェイなんかもいろいろ出てくる。なかにははじめてお目にかかるプロモーションビデオまであったりする。LiberaにいたってはそれこそAngelVoices時代のクリップから現役のマイケル世代までぞろぞろ出てきます。

 著作権がらみではフランスでもiTMSをめぐって昨年来ごたごたしていますが、先日こんな記事も見かけました…。

 書籍など、出版物では「ベルヌ条約」というのが「世界標準」なのですが、欧米諸国は「条約」のうたう、「原著者の死後最低50年」保護されるべき著作権を、軒並み「70年」にまで延長している国がほとんど、日本もそうしてほしいと各著作権団体が文化庁に直訴した、という…。なるほど『星の王子さま』は故国フランスではまだ著作権保護期間が切れていないのですね…日本だけが先に切れてしまっている。自分たちは20年分の「権利」を奪われている…という主張です。

 言っていることはわかるけれども、どうなんだろ…その結果、埋もれたままになって忘却のかなたへ、なんて作品もけっこう出てくるんじゃないでしょうか。すくなくとも「ベルヌ条約」は遵守しているわけだし、やみくもに期間延長、というのは疑問。もっともこのへんは欧米諸国とこちらとでは、版権にかんする考え方の違いも絡んでいるので、単純に片づけられない難しい問題ではあります。

 出版物もそうだけど、こと音楽について言えば日本は某JXSRACの権限があまりに強すぎる嫌いがある。CDの版権も、アーティスト本人の利益を守るというよりレーベル企業の利益優先だったり…一読者ないし一音楽愛好家から言わせると、「だれのための著作権(版権)なのか」というところから議論しないといけない気がするのです。年金問題とおんなじで。レーベル側も、即「訴えるぞ!」とユーザーを敵にまわす従来のやり方ではもはや支持は得られないでしょう。いままでほんとうに音楽愛好家のことを考えていたら、あのバカげたCCCDなんてふざけた代物を買わせるようなこともしなかったでしょうに。もっともWinnyなどのP2Pソフトで「明らかに違法に」交換している、という場合は例外。こういうのは困ります。ちゃんと買ってください。

 もしや、と思って検索したら…だれです、テュークスベリーのフランス公演アップしているのは? …いまごろアンドリューくんはウースターとか、ほかの近隣大聖堂の聖歌隊にでも入って活動しているんだろうか…と思いつつ動画に見入ってしまった。

posted by Curragh at 12:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2006年09月04日

シュヴァイツァー博士の命日に

 9月4日はシュヴァイツァー博士が90歳で大往生した日(1965年)で、「大和雪原」名付け親でもある白瀬矗が亡くなった日(1946年)でもあるけれど、今日もまたスカンジナビア関係のことから。

 夕方、地元ニュースを見ていたらスカンジナビア沈没の続報をやってました。電話取材に応じた海洋ジャーナリストの方の話では、当時の客船は薄い鋼板をリベット留めで何重にも重ねて造られ、もともと12mmの厚さだった船体の鋼板が一部では3mmほどにも薄くなり、曳航時の振動で鋼板どうしのすきまから大量の海水が入って浸水したのではないか、と指摘していました。昨年、「保存する会」メンバー有志が船体を調べたところ、やはり喫水線以下の錆による腐食がそうとう進んでいたとのこと。ところが曳航許可を取るために船体を検査した神戸の検定機関によると、「問題はなかった」としてあっさり許可を出したらしい。伊豆箱根側も許可がおりたということで法的手続きには問題なしと判断して九州の曳航会社に依頼した…という。

 法的には問題なし…といってもいくらなんでも建造後80年近く経過している老朽客船を、一度も上架して検査なり修理なりしないで、36年間、海水に浸ったままでいきなり引っぱる、というのはやっぱりおかしい。沈没事故ではっきりわかったことは、伊豆箱根の上層部とこの船で長年働いてきた現場の人たちとは船にたいする接し方がまるでちがっていた、ということ。会社の上層部は船を「さっさと処分する」ということしか頭になかったらしい。

 今回の悲報、当然のことながら母国スウェーデンでも報道されているみたいです(読めない…)。とはいえ夕方のニュースでは、あたらしい船主であるスウェーデンの不動産会社(!)が船を引き揚げる方向で検討に入った、とも伝えていて、いまのところはこちらに望みを託すしかないようです。

 いずれにせよいまの大半の日本人にとって最大の関心事はお金に関することのみ、このような古い時代の遺産や文化的に価値あるものをいかに残すかについては無関心な場合がほとんど。まことに遺憾ながら、古いものを大切に保存するという発想が染みついているヨーロッパ諸国の人たちとは雲泥の差。前船主の伊豆箱根鉄道にしても、バブル全盛期までこの船で年間10億円ほど稼いでいたくせして、いざ不景気になり――そして自分たちのグループ企業オーナーが引き起こした一連の事件によって――もはやこの船では稼げないとなるとさっさとお役御免として見切りをつけてしまう。この船が世界の海事史上に残る、歴史的文化財であるのにもかかわらずこのあまりに冷淡な態度。けっきょく「一私企業の一所有物、煮ようが焼こうがこちらの勝手」くらいの認識しかない。スウェーデンの人には申し訳ないけれど、これがいまの日本の現実なのです。

 …「生命への畏敬」をモットーとしたシュヴァイツァー博士はこんなことも言ったそうです。「未来を見る目を失い、現実に先んずるすべを忘れた人間。 そのゆきつく先は、自然の破壊だ」。いまの日本人にもっとも足りない部分かな…。

posted by Curragh at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2006年09月03日

不幸中の不幸

 土曜日は朝からやぼ用のため出かけてました。帰宅したのは午後。地元紙夕刊を郵便受けから出すと、第一面に?、どっかで見た白い船が。…うすうすイヤな予感がしてはいたのですが、よもやこんなにも早く最悪の結末がやってこようとはまったく想像だにしていませんでした。とにかくいまだに頭が混乱状態で、呆然としています(→報道サイトリンク)。

 Von voyage! と、わりと楽観視して先日あんなことを書いてしまった者としては、舌の根も乾かないうちにこんなことになるとは、もう…。

 いろいろ情報を見ていくと、沼津市側も船の買い取りをしたかったようですね。でも「これはウチの船だから、外野の動きはいっさい関知しない」という徹底した「孤立主義」をつらぬいた伊豆箱根という会社には、けっきょくこの船にたいする敬意とか深い思い入れとかはなにもなかった、ということのようです。なんか裏切られた感じ

 そして自分はグノーシス関連記事でもおんなじこと書きましたが、いわゆる「陰謀史観」という発想を毛嫌いしています。しかしながら串本町沖で沈没す、という一報を伝える夕刊紙面の字面を追ってゆくと、伊豆箱根側のこれまでの対応はどうも腑に落ちない、というか、はっきりいってどうにも怪しい…キナ臭いものを感じるのです

 記事にはこんなことが書いてあるのです。↓

 「調査、移送方法に疑問の声」

 「えい航に耐えられるという判断は正しかったのか」――。スカンジナビア沈没の知らせを聞いた関係者の間からは、事前調査の在り方や移送方法に疑問の声も上がった。…
…(中略)えい航に当たり、伊豆箱根鉄道の依頼で船体の事前調査を行った沼津市内の建設業者は「船体の状態に問題はなかった」とするが、「船体を引っ張れば、係留されている時とは別の力がかかる。検討が十分だったのかどうか」と疑問視する関係者もいる。

 とくに下線部分。なんですかこれは。登記簿上いくら「建造物」扱いだからってズブの素人同然の建設業者に客船の船体調査を依頼するとは言語道断。そしてNHK静岡のニュースでも、伊豆箱根側のコメントはなんとなんと、「予想外の事態になりたいへん驚いている。とても残念だ」などとまるで他人事、船にたいする愛情などカケラも感じられない。

 こちらはてっきり、きちんとした「船舶の専門家」が太鼓判を押した上で、上海まで船を曳いてゆくものと思っていたので、このままあてもなく木負の入江にとどまるよりは故国へもどって第三の人生を歩ませたほうがはるかによい選択肢だろう…と思ってあのように書いたのです(言い訳じみてはいるが)。市長はじめ、市民と、かつてこの船に宿泊した思い出を持つ人たちが大勢見送りにはせ参じたのもおそらくは自分とおなじ気持ちだったからにちがいありません。…ま、いまさらなにを言ってもしょせん自分で植えもしないトウゴマの樹が枯れたと言っては文句をたれる「ヨナ」みたいなものだが、以上のような事柄が事実だとすれば、これってまさか…とどうしても勘繰ってしまう。

 この件について「北欧堂」さんとも連絡を取ったら、伊豆箱根は船を競売にかける前になって、なんと船内の文化財的価値の高い調度品類をあらかた取り払って運び去ってしまった、という内部情報があるとのこと。なんでそんなことするの??? ますます怪しい。

 静岡新聞は地元紙ということもあって、こと地元企業については概して態度が甘くていけません(おっとこれは静岡県政についても言える。裏金作りのときだってもっと追求すべきだった)。これだけ船主の伊豆箱根側に「疑惑」が出てきたのだから、徹底的に叩いたほうが報道機関としての株も上がると思うのですがいかが。

 奇しくもスカンジナビア離岸の翌日の朝刊に、地元出身の女性記者がこんなこと書いてました。↓

 かつて客船として世界の海をめぐり、沼津市西浦で海に浮かぶレストランとして愛された「スカンジナビア」が先日、36年間係留されていた内浦湾を離れた。
 今春異動で地元に戻ったが、事前取材で何度か足を運ぶうち、子供のころ見慣れた風景と何か違うと気づいた。原因は新しく開通したトンネル。出発の日、トンネルを通らず旧道を岬沿いに回ってみた。
 岬の先端を回ると飛び込んできた白い船の姿。「この景色だった」と記憶がよみがえった。
 懐かしさと同時に、旧道を埋めた見送りの車列に感慨を覚えた。さようなら、スカンジナビア。故郷まで安全な航行を。

 …伊豆箱根鉄道はこうした人たちの気持ちをないがしろにした。とにかく今回の悲報に「なんで、どうして??」と思う人すべてにたいして accountability、説明責任がある。

 …こんなことになるのだったらせめて「最後の」見送りに行けばよかった。悔やまれます…。

 …ひとつ言えるのは、欧米、ことにかつて世界に冠たる海洋国家だった英国では、このような海事遺産にたいする一般市民の意識がひじょうに高く、多くの艦船が保存・維持され、海事博物館も充実しているのにひきかえ、この国では市民の問題意識もきわめて低く、「古い時代のものをいかにして後世に残すか」という課題にはまるで無関心だという暗澹たる現実をあらためて突きつけられた、ということ。この無関心さが「スカンジナビア」を沈めてしまった真の要因ではないかとも思う。

 いろいろリンクをたどっていったらこんな興味深いページも発見しました…この記事を書いた人にも、こんなことになってしまってほんとうに申し訳ない、と言いたい。…記事の最後にこの書き手は、'Although far away from her original home, Stella Polaris lives on. May she continue to do so for a very long time! ' と締めくくっている。これしきのことも満足にできなかったこの国の現状を知ったら、さぞや詠嘆する…いや、激怒するだろう。

posted by Curragh at 04:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2006年08月27日

思いつくままに

 最近の新聞記事から雑感をいくつか。

 イランのハタミ前大統領が来日したことを聞いたとき、?? と思ってましたが、目的は第8回世界宗教者平和会議(WCRP)に参加するためだったらしい。その前に東京都内で講演会も開いたみたいですが、やっぱり言ってることはいまのイラン大統領と変わらないじゃないか、と思う。せっかく被爆国日本に来たのだから、京都からそのまま広島・長崎にも足を伸ばしていただいて、核兵器の恐ろしさを感じてもらいたいところです。核兵器といえば、闇市場もあるとか…なんとも末恐ろしい世界になったもんだ。ソ連など、旧共産圏が解体してしまったのもその一因でしょう。核の闇市場を扱ったエスピオナージュものもいろいろ出てますが、なにをするかわからないテロリストの手に核兵器が渡ったらそれこそこの世の終わりでしょう。

 世界宗教者平和会議では世界の諸宗教の代表が「平和とすべての命を守るために」いま宗教者になにができるのか、ということを命題としてきのうから全体会議がはじまり、ハタミ前大統領も「すべての宗教は寛容性や倫理を共有している。文明間の対話で憎しみを愛に変えていこう」とのスピーチをしたとのことですが、申し訳ないけれど既存の組織宗教にそんな力はないでしょう。逆に民族間の対立をあおっている。いまのレバノン「戦争」を見ても、両当事者ともどう考えても宗教をダシにして体よく利用し、一般市民を扇動しているとしか思えない。religion が、本来の語源どおり、「人と人をふたたび結びつける」使命をまっとうできるようになればよいがなと思わずにはいられません。

 ちょうどおなじとき、東京外大の学生劇団が昨年のインドにひきつづき、来月パキスタンでも「はだしのゲン」を公演するという一報も読みました…。昨年、東京外大のおなじ舞台はインドで反響を呼び、インド公演直後にたまたま来日したパキスタン人ジャーナリストが鑑賞していたく感激したことがきっかけになったそうです。「この劇は核放棄を望まない人々の心をも変えることができる」とこのジャーナリストみずからパキスタン公演を熱望して実現したとのこと。こちらはすばらしいことです。ぜひ成功させてほしいと思う。

 かつてジョーゼフ・キャンベルは人生において「宗教と芸術」がおすすめだと発言されていたけれど、もしおんなじことを訊かれたら、自分なら迷わず「芸術のほうがおすすめ」とこたえる。以前ノーベル賞作家の大江健三郎氏もおんなじこと言ってましたが、「芸術の力」は大きいと信じています。芸術には表面的な憎しみやわだかまりを解き、人が本来持っている良心を覚醒させる力がある。

 話変わってロシアのエルミタージュ美術館で古美術品221点が大量盗難にあった事件。先月末に摘発されたもので、じつは内部犯行だった…というお粗末な顛末の記事を最近目にしました。旧ソ連時代、文化遺産はそれこそ国家の威信をかけて手厚く保護され、それを管理する美術館にもふんだんに予算が割り当てられてきたが旧ソ連崩壊後、文化遺産を管理する美術館はどこも財政難に直面。切れるところから切る、ということで職員の賃金も低く抑えられた結果、モラル低下を招いて各地で内部犯行による盗難事件が続発している、という…。

 でもこれって他人事ではありません。いつだったか遺物発見を「捏造」したトンデモない輩がいたり、高松塚古墳壁画の修復作業中誤って壁画を損傷した事実をつい最近までひた隠していた文化庁。ロシアの事件は政府が経済効率つまり金もうけ最優先、美術館・博物館の現状には無関心で、学芸員のプロ意識も失われたことが背景にありますが、日本の現状も似たようなものでしょう…このまま文化・芸術軽視政策がつづけば、いずれこの手の事件が起きかねません。

 最後に九州大学名誉教授で日本外科学会名誉会長の井口潔医博が主催する「ヒトの教育の会」の記事を読んで、強い共感をおぼえたので紹介しておきます。最近、というよりかなり昔から乳幼児の英才教育についての関心は高いのですが、乳幼児期は知識より感性こそ大切、というもの。井口先生は各地で講演会を開き、「3歳ごろまでは英才教育の時期ではない。知識を得るのは十代からでいい」、「才能や感性は生まれついてあるもの。子どもそれぞれの能力を呼びさましてほしい」と主張、感性と知性をバランスよく見につけることこそヒトが「人間」になるうえで大切なのに、経済最優先の中で知性のみ重視されていると批判しています。

 まったくおっしゃるとおり。そもそもこの会を発足させたのも、「子殺し・親殺しなど、生物学的に見ておかしなことが人間に多発している」ことに危機感を持ち、医学者から見て、「ヒトを人間へと育てる生物学の視点がいまの教育には欠けている」と感じたことがきっかけだったそうです(リンク先は、脳科学者らの知見をもとに心の成長過程を整理したページ)。

 それによると、3歳ごろまでに脳細胞間をつなぐ神経細胞(ニューロン)の回路が8割できあがり、10歳ごろまでに大脳周縁系で感性が目覚める。知性に対応する前頭連合野は10歳を過ぎてから活発に機能する――こうした脳の成長に応じた教育が必要だと井口先生は説いています。

 自分も似たような事例を見たことがあります。黄金崎で写真を撮っていたら、まだ小学校低学年になるかならないかくらいの男の子と母親らしい女性が遊歩道から岬の展望広場へ上がってきました…ところがこのお母さん、「夕陽がきれいだね」とか「花が咲いているよ」とか話しかけるかわりに、「5足す5は?」とか、引き算とか、そんなことばかり幼い男の子に訊くのです…人さまのことながら正直暗澹とした気分になってしまった。幼い子どもはそんなことより、親の無条件の愛情や、美しいものや驚き(sense of wonder)のほうがはるかに重大な関心事なのに…。昨今、まだ十代そこそこの子どもが親を殺したり自宅に放火したりというニュースを見るにつけ、きっとこの子たちは幼少期にもっとも大切なことを学ぶ機会を失ったまま成長したんだなと感じる。

 でもこれはたんに教育にとどまらず、いまの資本主義社会全体を見直さなくてはいけない大きな問題に感じます。そしてこれは温暖化など、地球環境悪化ともリンクしている。なんといってもこの100年、自然環境をここまで破壊してきたのはほかならぬわれわれヒトなのだから、これはきわめて重大なことだと思う。
posted by Curragh at 10:10| Comment(0) | TrackBack(1) | 最近のニュースから

2006年08月06日

61回目の広島原爆忌に思うこと

 今年の広島原爆忌は日曜日でした。おりしも昨夜のNHK-FM「FMシアター」でも、広島で被爆した一家族の60年を描いた漫画作品を原作としたドラマをオンエアしていました。

 人間の歴史は殺戮につぐ殺戮の歴史でもある、ということは厳然たる事実ではあるけれど、いまのヒズボラとイスラエルとの戦闘にしても、もうすこしなんとかならないのかと思う。しょせんどちらも宗教を盾にして、自分たちの都合のいいように利用しているだけ、けっきょくなんの罪もない一般市民が連中に振りまわされて、犠牲になってしまう(この問題は根が深くて、一概にそうだとも言い切れないとはいえ)。一時、米国がイランにたいして核兵器を限定的に使用するかも…という情報が流れたとき、サルトルじゃないけど思わず「嘔吐」しそうなくらい、暗澹たる気分になってしまった。兵器にconventionalもnuclearもないけれど、ドラマに耳を傾けているうちに、核兵器ほど非人道的な殺戮兵器はないと思いました。どこの国の人間も、またどんな信仰・信条の持ち主であっても、なんの落ち度もない市井の人々をそれこそ子々孫々にわたって苦しめるという、こんなおぞましい「呪い」をかける権利はないはず。

 核兵器つながりでは、バルサ筏タンガロア号の航路も、かつてフランスが核実験を繰り返してきたムルロア環礁のすぐ近くの海域です。おじいさんのヘイエルダールがコンティキ号で漂流した時代は、あのビキニ環礁をはじめ、水爆実験が繰り返されました(タンガロア号は先月末にぶじ目的地タヒチ島パペーテ港へ到着したみたいです)。

 また最近になって強く認識するようになったのが、「子ども兵士」。たまたま日曜版朝刊にも関連本の書評が掲載されていましたが、こちらも核兵器におとらず「嘔吐」をおぼえる。なんとおぞましいことか。

 あるblogさまにもコメントしたことで、カブってしまうけれども重複もかえりみずにこちらでも紹介しておきます。

 先日、新聞記事に、こちらのNPO団体の講演の話題が掲載されていました。長年の内戦で疲弊したあるアフリカの国では、年端もいかない少年少女たちを誘拐して、あろうことか「兵士」として前線へ送り出す、という悲劇が繰り返されてきた。ある村に母とふたりで住んでいた12歳の少年も誘拐され、武器を渡され兵士として訓練された。ところがある日、上官から命令されたのは、なんと自分の村に行って肉親を殺せという。そんなことはできないと少年が訴えると、では母親の右腕を切断しろ、でないとおまえも殺すと脅され、泣く泣くそのとおりにしてしまった。何年かぶりに母と再会したが、少年は母親が以前のようには自分を愛してはいないと感じている、という、まさしく吐き気をおぼえるような恐ろしい話でした…しかも子どもたち対象の講演会で話されたことなので、聞き手は大人が感じる以上にショックを受けたかもしれません。この問題、古くはカンボジア内戦でも、アフガニスタンでも、そして聖ブレンダンゆかりのアイルランドでも、「子ども兵」問題はありました。アイルランドの場合はもちろん、北アイルランドのIRA対プロテスタント住民との戦闘。ごくごくありふれた街が戦場と化す市街戦。だいぶ前にTVニュースで戦闘のようすを見たことがあります…色白のかわいらしい少年が、眼光鋭くマシンガン(!)を構える光景は、いまでも鮮明に憶えています。

 これはどう考えてもぜったいに許せない大人の「大罪」。彼らは子ども時代を奪われたばかりか、かつて兵士だったということで成人後も偏見と差別を受けつづける。なんともひどすぎます。

 ですが、その記事で自分がもっとも衝撃を受けたのがある少女の話。日本の小学生とビデオレター交換をしているこの少女が、「日本では戦争もないのに毎年3万人以上もの人が自殺している」ということを知って、たいへん驚いた…そして、内戦で心身ともに深く傷ついたこの少女がなんと言ったか。「日本の人たちがしあわせになれるように、毎晩祈っています」。

 …呆然として、しばらくはことばが出ませんでした。

 人の命をあやめるのも人ならば、人の命を救うのも人。悪魔のせいではけっしてない。「他人を殺すところで自分を殺す(J. キャンベル)」人にならなければ、人は人になれず、「餓鬼畜生」、獣にひとしい存在でしょう(いやそれ以下かも…昨今の陰惨な事件の報道を見るにつけ)。
posted by Curragh at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2006年07月30日

どうにも解せない from the U.K.

 先日、いつもお邪魔しているあるblogさま経由でこんなニュースを知りました。

 12歳の仲良し3人組が、近所の公園の桜の木に登って、隠れ家をこさえようとして折れかかっている枝を数本、手折っただけでなんと警察に逮捕され、殺人犯などが入れられるのとおんなじ部屋に2時間も拘留、こっぴどく叱責されたあげく、顔写真を撮られたりDNAサンプルまで(!!)取られて、ようやく解放された、というもの。逮捕容疑は、公共物の破損(日本なら器物損壊罪に当たると思う)。公園の桜の木の枝を折ったことが悪質な落書きなどと同様にみなされ、当の警察側は「反社会的行為」にたいしてはどんなにささいなことでも断固たる態度で臨む、そうすることで重大な犯罪へ発展する芽を摘めるからだ、みたいに返答しているのですが…。

 この記事に寄せられたコメントのなかには「子どもにはこれくらいのお仕置きをしておかないとゴロツキどもが減らない」なんてトンデモない発言もありますが、ほとんどが「警察のやりすぎ」を非難する内容。「こんなくだらないことに税金をかける暇があったらほんとうの極悪人を捕まえてくれ」、「『反社会的行動禁止命令(ASBO, こんな略語はじめて知った)』が必要なのはむしろ警察のほうだ」、「ゆっくりだが確実に警察監視国家になりつつある」…などなど。

 「事件」は先月起きたようですが、もし報道内容が正しければ、英国ではたんなる「子どもの遊び」が「悪質な落書き」と同等にみなされてしまう国になってしまったと思う。どう考えても「折れかかった枝を数本」折っただけで子どもを逮捕、というのはおかしい。

 公共物、といっても、ここの人たちはその昔自分たちが子どもだった当時はやっぱりおんなじようにしてこの桜の木によじ登っては、枝を折って隠れ家を作ったりして遊んでいた…らしい(逮捕された3人のひとりの父親談)。でもこれは「やっているのはウチの子だけじゃない」という理屈で、「悪いこととは認識せずにやったことだからべつにいいではないか」という言い訳のようにも聞こえる。とはいえ子どもたちの悪ふざけがすぎたからといって近所の大人がいちいちこんなことで警察沙汰にするのもまったく大人気なくてやっぱりおかしい。日本だろうと英国だろうと、ここはふつうに「枝を折るな!」と一喝すればすむことではないか。

 …日本でも腫れ物でも触るかのように大人も子どももlive-and-let live policy、悪い意味での「人は人、不干渉主義」が横行し、他人様の子が行儀悪くしていてもなかなか注意できない世の中。地球の反対側でも似たようなもんだなぁ…と嘆息したしだいです。いつごろからこんなことになってしまったのか…すくなくとも自分が子どもだった1970年代にはまだ口うるさい近所の大人がいました。かくいう自分も悪さをしてはよく叱られた口なので、この件についてはまったく人のことは言えないが(ピンポンダッシュなんかもよくやりました…ごめんなさい…もし当時の自分がいまの英国の子どもだったら、まちがいなく悪ふざけがすぎたかどで逮捕されて前科者でしょうorz)…。

 英国での事件では、当然のことながら3人の子どもたちは拘留中ずっと泣いていたようで、さぞかしトラウマになったことだと思います。こういう心の傷は一生、消えることはない。コメントにもあったけれども、警察側の言い分とはまるで逆効果で、この子たちには警察に対する根強い不信感しか残らないでしょう。

 もうひとつ英国発のニュースから。エクセターにある国教会(英国聖公会)系の小学校、セント・レナーズで、学期末コンサートで歌う予定だった故ジョン・レノン氏の名曲Imagineを、「国教会の学校で歌うにはふさわしくない」として急遽べつの歌に差し替えた学校側の対応に保護者が反発している、というもの。学校側の言い分では、「歌うのを『禁止』したのではなくて、『緑の地球を歌う』というテーマをレノンの曲以上に表現しているほかの曲に差し替えた」とか言ってますが、BBCの記事では校長みずから「ウチの学校にはふさわしくないと判断した」とはっきり言ってます(子どもたちがこの曲を練習しているのを知った女性教員が校長に通報したことがそもそもの発端らしい)。

 …う〜ん、なんとも挨拶に困るんですよね、こういう話…。というか、最近の英国国教会どうした?! なんてことがつづいています。カンタベリ大主教があろうことか、映画版 The Da Vinci Codeと「ユダの福音書」は陰謀だなんて復活祭の説教で発言したり…正直、この話を聞いたときは思い切り引きましたよ。かたや虚構の物語、かたやたんなるグノーシス主義文書にすぎない古文書とをごっちゃにするとは…(米国地理学協会がわざわざ映画公開と聖週間にあわせて発表したことは陰謀かもしれませんけど)。

 …それにひきつづいての今回のこの騒動。これだから聖歌隊員志望の子がいっこうに増えないんだな、と勝手に思いこんでしまった。

 原始キリスト教会は、基本的な教理もまちまち、「新約聖書正典」も各派によってバラバラという状況だったから、グノーシスのような「変奏されたキリスト教」宗派についてもわりと寛容だった、というか、正統教会の教父たちが弁の立つグノーシス派と喧々囂々やりあっているなかで、彼らの教義の「使えるところ」は積極的に吸収していったふしが認められます(「ヨハネの福音書」とか)。ようはいま以上に多様性について寛大だったのです(一転して排他的になるのはカトリック教会が地歩を固めたずっとあとの年代のこと)。

 …国教会だってもとはと言えばローマ教会から破門されたヘンリー8世が「それなら自分が教会の首長になってやる!」とあらたにはじめた教会ですから、今回の場合も子どもたちの自主性にまかせて、おおらかに見守ってあげたほうがかえって国教会の株も上がると思うんですがどうでしょうか。

posted by Curragh at 08:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2006年07月16日

タンガロア号&Vista&AOL

 公式blogによると、バルサ筏タンガロア号、ぶじにラロイア環礁に到着後、現在はソシエテ諸島(タヒチ島のあるところ)に向けて再出航したもようです。

 ラロイア環礁はかつておじいさんのトール・ヘイエルダールの筏コンティキ号が座礁した、いわば筏乗りにとっては危険な水域なのですが、孫のタンガロア号の場合、環礁から高速艇に乗って市長やらお偉方が歓迎に来てくれたはいいけれど、かんじんかなめの風向きが最悪で、島で歓迎会が準備されているということもあって、けっきょく風待ちすることもなく、towing、つまり「曳航」してもらった…とのこと。これはいたしかたないですね。到着した日はなんとサッカーワールドカップの決勝戦当日!! おじいさんたちも立ち寄ったというレンガ造りの建物内に設置された大型スクリーンで観戦したそうですが、おじいさんが59年も前に立ち寄った建物がいまだに現役で、そこへまた孫が、おんなじ筏を駆ってやってきたのだから、当然感慨深いものがあったことでしょう。

 KV.63、けっきょくミイラは一体も出てこなかったみたいです。発掘があらかたすんで、墓――墓なのこれ? ――は閉鎖準備の最中らしい。発見された木棺のうち、「木棺E」と名づけられた棺にはたくさんの花輪がかかっていたらしい。花輪はどれも保存状態はよかったみたいです(くわしいことは知りませんが)。

 話変わって…最近では企業でも公式サイトにblogを設置するのがなかば常識になりつつあるけれど、Microsoft社にもWindows Vista開発チーム名義のblogがありました。記事を見てみると、たとえばVistaの特徴でもある、ウィンドウの透過表示処理(Aero Glass)のない画面表示のときのウィンドウフレームのデザインをもうすこしカッコよく変更したことなど、いち早く開発状況を知ることかできます(たしかに以前にくらべればすこし見栄えがよくなってはいる)。RSSという仕掛けもあって、たしかにblogというツールは従来型のWebサイトにくらべて速報性という点で優れていますね。

 …とはいえたかだかOSを走らせるだけで2GhzのCPUが理想だの、メモリも1GBはほしいだの、グラフィックチップはATIラデオンのなんとかという型番のやつで…というのは、どう考えもおかしくないか?? Vistaにも対応しますというノートPCもあるけれど、すくなくともビデオメモリ分をメインの物理メモリから拝借しているタイプではウィンドウの透過表示にはならない可能性がかなり高いです。実用上ではどうでもいいことなので、ふつーのAeroでかまわないと割り切ればいいだけの話ではあるけれど…いまいち納得いかない。発売時期(とくに日本語版)もいまだによくわからんし。

 …そしてこちらはときどき見ているNYTimesのポーグ氏のblogから。かつてTime Warnerと提携までして、米ITバブルの象徴的存在だったAOL。最近ではダイアルアップ接続料金を値上げしてまで、ブロードバンド常時接続サービスへの乗り換えを顧客に呼びかけているみたいです。そんな斜陽のAOL、いまの顧客を手放したくない…というわけで、解約申し込みの電話をかけてきた客にたいしては、あの手この手でなんとか解約させまいと粘る(?)ようで…そういったAOL社のカスタマサポートとのやりとりについて、ポーグ氏が槍玉に挙げていました。

 で、コメント寄稿者が問題のやり取りを録音したファイルをアップしているので、リスニングの訓練用としても面白いかなと思って紹介してみたしだい…訓練用、というのはもちろん自分もふくめてですけど(そういえばこの前も「ハートで感じる英文法 会話編」の再々放送やってましたね…)。

 …最近のニュースでもうひとつ。スイスアルプスの名峰・アイガー東壁の巨岩が崩落した、という記事が土曜の夕刊に掲載されてました。地球温暖化の影響…とのこと。断崖の写真をよくよく見てみるといたるところ亀裂だらけで、しかも雪解け時期はただでさえ岩盤がもろくなるので、一概に温暖化のせいとも言えないのでは…とは思ったけれど、個人的にはこの写真、よく撮ったなぁ、と感心しきり…(念のため調べてみたら、日本の報道機関に配信された写真は大崩落直前に発生した小規模の崩落のときのものらしい)。
posted by Curragh at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2006年05月11日

639年もかかる演奏会って…

 いろいろ変わったことをして町おこし、というのは過疎や高齢化に悩む町や村では世界的な常套手段です。

 音楽関係でもこの手の話題はよく耳にしますが、5日付NYTimes電子版のこの記事で紹介されたある演奏会もユニークさではピカ一かもしれません。

 「4分33秒」など、いろいろけったいな作品を残した現代音楽の巨匠ジョン・ケージ。記事の内容は、リューベック、ハンブルクとならぶハンザ同盟都市だったドイツのハルバーシュタットの廃墟となった教会で、ケージのオルガン(!)作品の演奏会が5日に開かれた、というものですが、ただの演奏会じゃありません。なんと作品を演奏し終えるのが639年後!!?? 

 いったいどういうことかというと、このケージの作品名はAs slow as possible で、それを文字通り「できるかぎり遅く」解釈して、きわめてゆっくりゆっくりのろのろ演奏していこう、という企画。作曲者ケージは演奏時間を指定していないことから、過去の演奏では30分だったり70分だったりしたそうです。今回の企画は、ケージの命日1992年9月5日(関係ないけれどもシュヴァイツァー博士の命日のつぎの日)にちなんで2001年9月5日から動き始めたそうですが、音を出すまでの準備に時間をとられて、実際にオルガン――ごたいそうなものではなくて、最低限そろえただけの代物――が最初の和音をめでたく奏でたのが2003年2月5日。以降、年に一度ないし二度ほど、その月の5日につぎの音符が奏されるまでずっとおんなじ音鍵が鳴りっぱなし(さすがにご近所迷惑なので、楽器はガラスケースに封印されている)。それをひたすら繰り返して639年後には晴れて演奏終了、お疲れさん! という運びになる…予定です(あくまで予定)。

 なんでまた639年なのか? 初期ドイツバロックを代表する作曲家・オルガニストで音楽百科事典(Syntagma musicum)もものしているミヒャエル・プレトリウスが、近代的な鍵盤(おそらく全音半音がほぼ現在とおなじ組み合わせの、完全8度音程をそなえた鍵盤のことだと思います。ただし当時は鍵盤と言っても指ではなくてこぶしでひっぱたく、カリヨンタイプの鍵盤でした。またこのハルバーシュタット・オルガンは復元されてもいます)をはじめて備えたオルガンがハルバーシュタット大聖堂に建造された、という記事を書いているため。それが1361年のことで、ミレニアムイヤーの2000年から引き算すると639…からだそうです(なんか牽強付会の嫌いがないわけでもないが…)。

 このとほうもない企画、単なる悪ふざけのようにも聞こえますが、もともとは町おこしとはまるで関係のない、9年前に開催されたきわめてまじめなオルガン音楽の会議に出席していたドイツ人音楽学者の何気ない一言から生まれたものだそうです。「ケージはAs slow as possible の演奏時間を指定していない。理論上、オルガンという楽器は音鍵を押しつづければ永遠に音を鳴らすことができる。となると、この作品の演奏時間は? 何日単位か何週単位か、それとも年単位なのか?」

 もっとも発言した当人は冗談半分だったのに、ほかの出席者が真剣に議論しはじめた…「楽器が壊れるまで」なんて意見まで出たり…ついで問題になったのが、これをどこで演奏するかということ。これについては、出席者のひとりだった作曲家がたまたまハルバーシュタットのシトー会修道院だったこの廃墟で少年時代に遊んだことを思い出し、当地の彫刻家のつてでケージ・プロジェクトとして組織。当局側も町おこしになるというので全面協力とあいなり、今月5日につぎの和音が鳴り響いたのでした。

 …ほとんど楽器と人間双方の耐久レース、みたいな感じではありますが、もうひとつ、聴衆のほうもたいへんな記憶力を要求されますね…つぎの音が鳴るまでそれまでのパッセージなんか憶えてないですって(苦笑)。

posted by Curragh at 02:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 最近のニュースから