2025年10月13日

『雨と君と』

 先日もすこし触れたけれども、この手の「何気ない日常に潜む非日常」を感じさせてくれる作品が個人的に好きでして、なんの予備知識もなく見始めたこの作品はまさにジャストフィット(微苦笑)。

 お話は、梅雨入りしたとおぼしき季節、ヒロインの小説家が、見ず知らずの目の不自由な老婦人に高校時代に使っていた傘を差し上げるシーンから始まる。ずぶ濡れになって、ひとり暮らししているマンションに帰る途中、どう見てもタ✕キにしか見えない(しかも頭頂部に葉っぱまで乗せている)自称犬≠拾い、自宅へ連れ帰り、次の年の梅雨を迎えるまでの「ひとりと1匹」のほのぼのとした日常が活写されている。

 … 全 12 話を見終わって感じたのは、ひとことで言えばジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』(1922)に出てくる次の一節とほぼ同じではないのか、という感慨だった。
スティーヴンは窓のほうへ親指をぐいっと突き出して言った。
──あれが神です
(柳瀬尚紀訳『ユリシーズ 1−12』 河出書房新社刊, 2016, p.66)

 これは、ダブリン市内の学校で歴史を教えているスティーヴン・デッダラス(※ 柳瀬尚紀訳版。ほかの邦訳書ではディーダラス表記が一般的)が、校長のディージーに向かって言った科白。「創造主の道は人間の歩んできた道とは違う」と説教じみたことを言い出した校長に、窓の外でサッカーに興じている子どもたちを指差して、「そうじゃない、神は、ああいう『街の声』の中にこそいるのだ」とそれとなく反論したくだり。一見なんの変哲もない、とりたててどうということのない日常がじつは奇跡の連続なのだ、ということをふんわりと包むこむようなやわらかい科白まわしと人物描写で表現しているようにワタシはこのアニメ作品から感じとれたので(唯一、シリアスっぽかったのは、第4話の神社の夏祭りで「君」がいっとき行方不明になった場面くらい)。

 それがいちばんよく表れているのが第7話「なんでもない」のラストで出てくる。フリップ(スケッチブック?)にペンで文字を書くという特技を持つ自称犬の「君」の飼い主になったヒロインの小説家・藤が、「今日はいい日?」と「君」に問われる。「べつに。なんでもない日だけど…」と答えると、こんどは「ぜひあしたも同じ日で」と書いた紙を見せられた。すると藤はやさしく微笑みながら、「同じ日はないのよ」と返す。「なんでもない日なんてあるんだろうか …… やっぱり書けないや」

 小説家としての日常(つまり執筆)と小説家ならではの創作の苦しみを描いているところもすごくリアルで、いちおうこれでも文筆業やってる端くれとしては「わかるわ〜その気持ち」という共感しかない場面が多かったのもおおいに◯なんだ YO(Zoom かな? ああいう形式で編集者と打ち合わせしたことなんかも思い出された)! 

 藤の高校時代からの2人の親友とのやりとり、動物病院の獣医、隣家のドイツ系ハーフの饒舌な少女、毛色の変わった女子生徒2人組とのややすっとぼけたユーモアを交えたやりとり、季節が移り変わる空気感や、いかにもおいしそうな食事やデザート etc. が丁寧に、いとおしく描かれている点もいい。すこしお高めの紅茶を淹れて、さらに手許にお気に入りの一冊もお供にして、それこそアーノルド・ベネットじゃないけど文学本を熟読玩味するように、秋の夜長に慈しむように味わいたいアニメ作品。

 そしてこれは余談ながら、第8話「鳴き声」で藤が偶然出会った老婦人の声は、バンドリ! シリーズでおなじみのライヴハウスの元オーナーでマイゴ(MyGO !!!!!)のギター担当・要楽奈(かなめ・らーな)の祖母の中の人と同じで、「君」の声は、『ラブライブ!』シリーズで有名な動物の声が専門の声優さんがアテている。
……(雨が降らなかったら、出会わなかったかもしれない)。わたしと、わたしの書いた本はべつだから、いまは内緒でいいの。たくさん本を読んでいたら、いつか出会うよ(出会った、……)。わたしと希依ちゃんだってこうして出会ってるんだから
(…… 出会わなかった、出会いたかった。そうかもしれないけど、出会えた。似たような顔をしているから、間違えてしまうけど。出会いは偶然なんだろうか?)
ほんとうに必要なら、ちゃんと出会えるよ。すこし不思議だけどね ……
(偶然じゃないとしたら、あなたはなぜわたしを選んだんだろう?)── 第9話「秘密」より

 ──これが神です(by スティーヴン・デッダラス)

* episode0で、藤が髪をばっさり短くしてショートにする場面がある。その偶然≠ェ、「君」との出会いの伏線になっているように思う。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるんるんるん

posted by Curragh at 03:15| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ作品雑感