今日もハインのつづきです。
きのう、いくつか図書館を廻ったとき、ふと『ちいさな労働者』という子ども向けに書かれた本を思い出しました。自分もまだ読んでいないし、きのう書いた記事の確認もこめて検索したところ、運よく立ち寄り先の図書館に一冊あったので、ついでに借りてみることにしました。
読んでみて、ハインという人の偉大さにあらためて感動をおぼえます。この本の存在は知ってはいたけれど、すっかり失念していました。orz 当時の悲惨な児童労働の実態についてももちろん書かれてありますが、ハインのすぐれた評伝としても読める本です。
ハインの残したネガは児童労働シリーズだけでもそれこそ膨大な数にのぼるので、じっさいに目にしたことのあるものはほんのごく一部にすぎません。本物は、10年ほど前、リンク先として紹介した東京都写真美術館での企画写真展に出品されていた一枚のみで、たしか靴下工場で働く少女たちを写した作品だったように思う。なので『ちいさな――』にははじめて見る写真も多かったのですが、それにしてもショッキングな写真が多い。このような過酷な長時間労働を強いられ、搾取される子どもたちの姿をはじめて目の当たりにした米国市民の受けた衝撃はいかばかりだったかと思います――といってもまだ100年も経過していないころの話です。新聞売り、靴磨き、カキの殻剥き、綿花農場の渡り労働、炭鉱夫、紡績工場…とくに印象に残ったのは、うなりをあげて回転する紡績機械によじのぼっててっぺんのボビンを取り替えようと手を伸ばす年端もいかない少年をとらえた一枚。機械も原始的で、猛スピードで回転する平ベルト駆動部は文字どおりむき出し、そのすぐ脇で少年が裸足で、危なっかしげに取りつきボビンを取り替えようとしています(→画像)。当時の紡績機械は安全装置もなくて、へたすると手を巻きこまれて指が飛んでしまう、という事故もしじゅう発生していました。また昔の紡績工場はひじょうに湿度が高いうえに高温で、窓も締め切り、こまかい糸くずや埃にまみれた劣悪極まりない場所だったので、結核や喘息になって若死にする子どもがあとを絶たなかったといいます。このへんは戦前の日本の『女工哀史』とよく似ています。ハインはこうした工場にもぐりこむとき、あらゆる職業を装ったといいます――機械の検査官、聖書のセールスマン、保険外交員、火災調査官、絵葉書売り…そう偽ってなんとかもぐりこむと、ハインはまずはじめは機械や工場の建物を撮って現場の親方を信用させ、その後親方の目を盗んでは子どもたちに声をかけて撮影したといいます。それもただ撮っただけではありません。子どもたちの記録も可能なかぎり細かく、正確に書きとめているのです。「身長130cm、体重はせいぜい20kgほどの貧弱な体格の女の子が、朝6時から夜6時まで働きづめだ。ちいさな彼女がいちばん上の紡錘の作業をするには、機械の枠をよじのぼらなくてはならない」というふうに。子どもたちを写すときも、紡績機にくらべていかにちいさいかを強調する撮り方を工夫していました。
ハインは「全米児童労働委員会 NCLC」の雇われ写真家として、工場主が利益を上げるためだけに子どもたちを搾取するという産業構造そのものが悪だと認識し、なんとかして人々の意識を変えさせようとこれらの写真を撮りつづけた。ただ写真を撮るだけにとどまらず、メッセージをより印象づけるために写真と文章(キャプション)の組み合わせを工夫したり、コラージュにしてポスターを作ったり、スライドショーとして講演会場で上映したりと、当時としては斬新な手法をつぎつぎと取り入れたことでも知られています。この本にはそのへんのこともずいぶんくわしく書いてあります。後半、『働く男たち』の話も出てきて、それまで労働の影の部分にのみ焦点を絞って撮影してきたハインがこんどはがらりと打って変わって、最前線で体を張って働く人がいなければビルも建てられない、と労働の光の部分を表現しようとしたことにも言及しています。ハインの『働く男たち』はハイン自身も建設中の足場にあがって命がけで撮影した力作ぞろいですが、当時から「労働者を英雄視している、過酷な労働を美化している」という批判も受けてきました。このへんが晩年のハインにとってマイナスに働き、没落してしまった要因ともなったのでした(それにしても建設途上のエンパイア・ステート・ビルの記録としてはハインの写真はたいへん貴重なものと言える)。
ハインの写した子どもたちはなぜかくも印象的なんだろう…と以前から思ってはいたけれど、じつはこの本でハイン自身がこたえていました。「わたしはただ、美しい子どもたちを写しただけです」(p.106)。…そうか、工場で鞭打たれ、長時間それこそ家畜のごとく働かされ、虐げられてきた子どもたちにとって、自分たちをひとりの人間としてはじめて認めてくれたのがハインだったのだ、といまさらながら気がついた。子どもたちはハインのことを「自分たちの仲間だ」と思ったのだ。だからハインの写真には説得力がある、と。
いまひとつ技術的には、「5x7インチのボックスカメラ」を使用していたことにも写真を見る者の印象を高める効果があったように思う。巻末にハインの撮影風景をとらえたこれまた貴重な図版が掲載されていまして、見ると胸のあたりでカメラをかまえ、真上からのぞきこむかっこうで焦点をあわせている。いわゆる「ウェストレヴェル」というファインダー形式で、レンズから入った映像を鏡で反転させて上からピントあわせするタイプのカメラです(そのため左右逆像で構図を決めなくてはならない)。しかもフィルムサイズは現在大型シートフィルムとして一般的な4x5インチ判よりさらに大きな「キャビネ判」の乾板(dry plate)を使っているから、暗箱はさらにでかくてレンズの位置は腹のあたりにきています…これはちょうどおあつらえむきに、ちいさな子どもの目線とおんなじ高さ。結果的に、ハインの写真ははじめから「子どもの目線」で撮影されていたわけです。また「正面向き」の写真ばかりでなく、たとえばp.113のような、子どもたちのほんとうに自然な一瞬を切り取った微笑ましい一枚もあることにも驚かされます。
子どもたちを写されるのを嫌がる工場主から逃れ、ほとんど隠し撮りに近い状況で手早く仕事を片づける必要があったから、こんなでかくて重たいカメラを抱えての撮影はさぞ至難の技だったろうと思う。そうして定着された子どもたちのイメージのすばらしさを考えると、奇跡的としか言いようがない。ハインの対象を見る目の確かさは天才的だったと思います。
この本の「著者あとがき」でも触れられていますが、もちろん程度の差こそあれ、いまだ児童搾取は根絶されていない。そんな子どもたちの生活・教育環境向上のために尽くした人をたたえる「ルイス・ハイン賞」というのが1985年から設けられている、という事実もはじめて知った。受賞者のなかには日本でもよく知られたMake a Wish プロジェクトに参加経験のある女性の方もふくまれているようです。
* 追記。p.105の、紡績工場で働く少女を写したひじょうに印象深い一枚。本文では「カリフォルニア州の紡績工場…」とあるが、手許のポケット版ハインの写真集にはフランス語で'Fileuse dans une usine de coton, Caroline du Nord, vers 1908.'とあり、またこちらのページにもそうあるので、これは原著者の筆が滑ったものをそのまま訳出したのか、訳者が「カロライナ」と書くつもりがうっかり「カリフォルニア」と書いてしまったかのどちらかでしょう。
posted by Curragh at 17:10|
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