2021年05月28日

日本版 “Translation Studies” の必要性

 たまたま図書館で見かけたこちらの本。いかにもみすず書房らしいテーマの本だと思ったら、懐かしの『翻訳の世界』を取り上げた研究論文を叩き台にして書き上げたというのだから、ちょっとビックリ。ついにこんな本が出るほど、「わが青春の日々はすでに過ぎ去り」というか、昭和は遠くなりにけり、なんだなァと思わずひとりごちた。

 月刊誌『翻訳の世界』は、とてもユニークな立ち位置の雑誌だった。内容も硬軟織り交ぜ、とにかく「翻訳」と関係するものは時事問題(湾岸戦争、通信社の舞台裏、『悪魔の詩』事件、国際結婚 etc……)からマンガまで、来るものは拒まず的な言論雑誌だった。しかもなんたる皮肉か、もともとの発行元は「大学翻訳センター」、現在の DHC なんですぞ。しかもこの雑誌のよかったところは、対立意見や主張などおかまいなく、幅広い執筆者が精力的に記事を書いていたことだ。運営する翻訳学校の広報誌的役割(広告塔)も果たしていたから(これはしかたないこと。民間企業が刊行している「商業誌」だったので)、自社宣伝がハナについていたとはいえ、いまどきこんなおおらかな内容の言論雑誌は望むべくもないだろう、と思う(いまの国内の言論がいかに歪められているかは、書店に並んでいる本や雑誌を見れば一目瞭然)。

 本書の著者も巻末に慨嘆しているように、「あのころは多文化・多言語主義というものが十年後には当たり前の社会が来ると感じていた。しかし、これが全くの誤りであり、今は逆行しているように感じることも多い」。

 せんだってここにも書いた systemic discrimination もそう。当たり前だと思って意識してないから、ことはややこしくなる。そんな一例が、すでに 1986 年の『翻訳の世界』誌上で当時、『過越しの祭』で芥川賞を受賞した米谷ふみ子さんのインタビューとして載っていることも紹介している。
日本でもあります。アメリカはまだ法律によって保護されてるんです。日本の場合は法律もないでしょ、偏見に対して。だから危ないです。日本に住んでる日本人はそのことを知らない。…… 教えやすいし、操作しやすい。右向け言うたらみんな右向きますよ。違うことしたくないから。それが嫌な人はみんな出ていってしまう。──「マイノリティの生活経験を伝えたい」から

 英国やドイツでは「人種主義的な差別発言や言動は禁止されており、差別的なことを口にしただけで拘束されることもある」くらい厳しいにもかかわらず、このインタビューが掲載されてから 34 年後の欧州では新型コロナのパンデミックに悪乗り(?)したかのようなアジア系住民などに対するレイシズムの嵐が吹き荒れたことは記憶に新しいところ。

 といってもこの本は、かつて日本に存在したユニークな雑誌をただ懐古してるんじゃなくて、そういった言論雑誌というレンズを通して見たトランスレーション・スタディーズ、「翻訳論(カタカナ語とはニュアンスは異なってはいるが)」の可能性について論じた本。駆け出しのペーペーがこんなこと言うのは口幅ったいのですが、この本読むまで正直、「翻訳論」の必要性について真面目に考えことはなかった。ある意味、「技法と実践」のみに拘泥していたのかもしれない。柳父章さんとかはもちろん知っていたし読んでもいたけれども、海外ではこの手の「トランスレーション・スタディーズ」が盛んで、ご多分に漏れず大学制度「改悪」の進んでいるらしいイングランドの大学(著者の勤務先)では翻訳を学ぶ専門の学部や学科が存在している、と知ってすこぶる新鮮だった。こういう専門学部では、たんに翻訳技術を教えるのではなく、それをはるかに超えた「学問としての翻訳」を教えているという。たとえば、実際の仕事で必ずと言ってよいほど悩みのタネとなる背景知識の調べ方や習得などについても教え込み、このへんが日本国内で翻訳を教える民間学校とは決定的に異なるところだと書いている。

 「雑誌の分析だけでなく、インタビューという手法を取り入れた」とあるように、後半は『翻訳の世界』に携わった関係者諸氏のインタビューで構成されてますが、ここで一点、気になった点が。発行元が運営していた翻訳学校の当時の生徒になぜインタビューしなかったのかな、と。あいにくこちとらも数年間、定期購読していた『翻訳の世界』が山のようにあったけれども、とっくの昔に一部だけ残してすべて処分してしまったし(いまにして思えばモッタイナイことしたかも。地元の図書館に寄贈するという手も考えたが、先述したように「広報誌」的性格がイヤだったため、断念)、お声がけしてくれれば(あるわけないが)、喜んで差し上げたものを。

 あと印象に残っているのは、「翻訳を深めようとすればするほど、その政治性とイデオロギー性を確認することになる」とか、スラヴ文学者の沼野充義先生が著者のインタビューで、「アカデミックな研究の営みは、…… 自由なものでなければならないのではないか。すべてを既成の規範にはめて考えていたら、新しいものは生まれない。翻訳研究の場合も、一定の枠組みからはみ出すところにむしろ豊かさがある」として、欧州生まれの「トランスレーション・スタディーズ」の亜流ではない、1970〜80 年代にかけて芽生えつつあった、日本独自の「翻訳研究」の経験と実践を活かすよう述べていることはひじょうに示唆に富む発言だと思った。

 「翻訳とイデオロギー」ということでは、もうすぐ日本語版が出るトマ・ピケティの新作『資本とイデオロギー』のテーマとも重なる部分がけっこうあります。というわけで著者の次回作もおおいに期待しております。

評価:るんるんるんるんるんるん

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2021年05月02日

画家クールベの生き方に学ぶ

 いまさっき見た「日曜美術館」のクールベ特集。率直な感想は、「なんて戦闘的な人だ(汗)」。

 ギュスターヴ・クールベの名前をはじめて知ったのは、小学生のときに親に買ってもらった『美術の図鑑』に載っていた「こんにちは、クールベさん」。当時、この油絵作品(のカラー図像)を見て思ったのは、「自分で自分のことを『クールベさん』って言っちゃうんだ(笑)」と、なんて気さくな人なんだろ、ということ …… だったんですけど、じつは帽子をとって挨拶している相手というのがなんと当時、クールベの生活を支えてくれていた懇意のパトロンその人ですと ?! しかも『ゆるキャン△』に出てくる松ぼっくりよろしく「\コンニチハ/」されている画家クールベといえば、ふんぞり返って、パトロンなのに相手を上から目線で睥睨している。…… あれから 40 ウン年、気さくどころか、ハナもちならぬ男だったことが遅まきながら判明した(微苦笑)。

 でもクールベという人は、見ようによってはハナもちならない、「世界一傲慢な男」だったかもしれないが、こと芸術となると「レアリスム」つまり写実主義を提唱してそれを生涯、ブレずに一枚看板にして画業に励んだ結果、晩年になってようやくサロンにも認められ、まだ 20 代だったクロード・モネ(!)とも仲よくなったりと、時代の先を行っていた画家だったのはまちがいない。加えて、いまで言う炎上商法的なこともやっていたりと、「ドル紙幣をたくさんもらったときだけぐっすり眠れる」と豪語していたサルバドール・ダリもあのギョロ眼をさらにギョロつかせるくらい、そういう方面にかけても先駆者だった。「個展」というのをいちばん最初に開いたのもじつはクールベだという。

 最晩年、政治犯として投獄されたり、釈放後に失意のままスイスに亡命したりという話は、なんか哀れな末路にも思える。もしそんな政治的誘惑に乗らず、おのれの目指す道を独立独歩で突き進んでいたらと思う。そういう反省もあるのか、番組では「わたしはいかなる宗教にも、いかなる流派にも、いかなる組織にもただの一度も属したことはなかった」ということばを紹介して終わっている(ところであのバカでかい『画家のアトリエ』という作品、あれまさかホンモノなのだろうか?)。個人的に印象的だったのは、一連の「海」の連作もの。白い石灰岩の絶壁の景勝地エトルタの海景ってモネじゃなくて、クールベが最初に目をつけて描いてたんですね、知らなかった。

 ある意味孤高の人だったかもしれないクールベさんですけど、ひるがえっていまのアーティストってどうでしょうか。どこの世界も分業化が進んでいるから、なかなかそういうわけにもいかないとは思うし時代も違うから、単純な比較はいけないかもしれない。しかし「われわれアートの世界の人間にも○○の権利を !!」というのは、なんかちがくね? とも感じてしまう。

 そもそもアーティストって反骨の人、権力の対極にいる人のことでしょう。そういうのはほかの方にお任せしたらどうですかね。アーティストがほんとうにやるべき仕事って、ジョイスの言う「エピファニー」を創り出すことだろう。政治的・教訓的芸術ではないはず。クールベだってそうでした。また、SNS でさかんに発信したりするアーティストも多いし、それはそれでけっこうながら、アーティストのほんらいの仕事との比重が狂ってしまっては本末転倒だとも感じている。

posted by Curragh at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術・写真関連

2021年04月30日

巨匠アシモフの未来予測

 いつも行っている理髪店(創業 59 年目 !!)には、昭和 50 年代の古書とかも置いてあって、そのなかにはこれまた懐かしい「日本リーダーズダイジェスト」社が出していた事典ものもあります。その一冊、『世界不思議物語(Strange Stories, Amazing Facts 1979)』という大判本の巻末に当時の SF 界の巨匠アイザック・アシモフ(1920−1992)の「人類に未来はあるか」というインタビュー記事も収録されていて、ちょっと興味を惹かれて目を通してみた。

 インタビュアーはアシモフに、「予言者たちは、世界の終わりが来るともう何世紀も言い続けてきました。この地球に終わりが来るとして、それはどんな形でやってくると思いますか」という、あの当時の空気感を知るひとりとしては、ぶっちゃけアリガチな紋切り型っぽい質問から始めている(『ノストラダムスの大予言』シリーズ本なんかが売れまくってた時代。ちなみにスウェーデンの例の方はご存知ないだろうが、あの当時はいまとは逆に、「氷河期が来る !!」っていう予測本が売れていた時代でもある)。

 21 世紀に入ってもう 20 年代に突入してしまっているいまに生きている人間の眼であらためて読むと、さすがのアシモフもやや naïve だったかも、という箇所も散見されるけれども、そこは SF の重鎮だけあって炯眼ぶりはさすが、と思うことしきり。

 たとえば民間宇宙航空開発会社や EV 製造会社をいち早く立ち上げて期道に乗せているイーロン・マスク氏は、並行して「火星移住計画」みたいなことに大マジメに取り組んでいる。取り組んでいるのはけっこうなことながら、あいにくそれは解決策にはならんと一蹴する。
この太陽系内のほかの惑星を、人類の植民地にすることはできるでしょうか
 技術を使って大々的に改造しないかぎり、住めるようになる星は太陽系にはありません。改造の可能性があるのは、月はたしかにそうですが、あとは火星ぐらいでしょう。しかし、太陽が死ぬときにはみんな地球と同じ運命をたどるわけで、長期的にみた場合の解決にはならないわけです。

と答えて、「太陽が死ぬときまでに、われわれ人類がこの銀河系はもちろん、他の宇宙にも散らばって生きていくようになっていることは、ほぼたしかだと思います」と続けてます。

 そして話は「光速での宇宙旅行」や「地球がほかの惑星や流れ星と衝突する可能性」、「地球がほかの星から攻撃されたり滅ぼされたりする可能性」と、新型コロナのパンデミックにすっぽり覆われている 2021 年時点で見ちゃうとやっぱり naïve だなぁ、とひとりごちてしまうわけなんですが、そんなインタビュアーの軽薄さを見透かしてか、アシモフは「[その手の危機は]SF ではよく出てきますが、じっさいにはまず起こらないだろう」と述べて、「いますぐ手を打たなければ、この 30 年か 50 年以内に、人類は現在の文明を滅ぼしてしまう危険性がたぶんにあります。そういう方向に人類は突っ走っています」と警告する。こう切り返されてインタビュアーはなんと言ったか。「それはまたぶっそうな話ですね。しかもそんなに早い時期にですか」(!)
西暦 2009 年までには、地球の人口は 70 億から 80 億という数になりますが、食糧を現在の 2 倍も供給することなどできません。30 年か 50 年のうちには、地球の全人類が飢えることになるでしょう。
 しかも食べる物がじゅうぶんにないために、病気が増えます。世界的に不穏な状態に包まれるでしょう。……

 人類の歴史は、技術の進歩の歴史だったわけです。一時的に技術がおとろえた時代としては、いわゆる暗黒時代があります。人類は過去に何度も、そうした暗黒時代を経験していますが、いずれも特定の地域がそうなったわけで、人類全体の危機ではなかった。……

 しかしわれわれはやがては石油を使いつくしてしまい、石炭も採れるだけ採りつくしてしまい、地球の貴重な鉱物を掘りつくして世界じゅうにばらまいてしまい、環境が放射能をおびるようになるところも出てくるでしょう。しかも増え続ける人口をまかなうべく絶望的な努力をして食糧生産にはげみ、そのために地球の土壌を破壊してしまいます。……

 もちろん、人類は海洋から現在以上に、食糧を大量に取ることができるようになるでしょう。植物をタンパク源として、利用することもできるようになるでしょう。……

 またエネルギーについても、太陽エネルギーが人類の主要なエネルギー源になっていくでしょう。しかし、さきほどから言っているような最終的な危機をさけるためには、いますぐにでも画期的な進歩がなければ手おくれになってしまいます。


 そして、アシモフは最後にこう結んでます。
わたしたちが直面しているのは、全地球的な問題です。資源が減り続け、人口が増え続けていること、環境の汚染、そのほかみんなそうです。……

 過去にも、人類は何度も危機を乗り越えてきました。たとえば 14 世紀に黒死病が大流行したとき、人類のおそらく 3分の1 が死にました。しかし 3分の2 は生き延びたのです。衛生学の知識もなかった当時の人が、あのもうれつな伝染力を持った致命的な病気にも打ち勝って生き延びたのです。……

 人口問題を解決することができたら、21 世紀はすばらしい時代になるでしょう。それは量よりも質の時代であり、知識よりも知恵と洗練さが支配する時代であり、新しい技術と文明が打ち立てられることでしょう。そして人類の未来は輝かしいものになると思います。

 最後はなんだか一縷の望みが持てそうなことをおっしゃっていて、40 年以上も前にここまで言えた人って向こうのインテリでもそうはいなかったんじゃないかな。その数少ない例外のひとりは、やはりジョーゼフ・キャンベルだろうと思う。

posted by Curragh at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳の余白に

2021年04月15日

"systemic discrimination"

 前にも少し書いたことですけれども、昨今、急激によくお目にかかるようになったワードがあります。“systemic discrimination”です。

 たとえば手っ取り早くオンライン英和辞書なんか見てみますと、
構造[組織]的(な)差別、〔社会の構造・制度などと一体化しているような〕深く根付いた差別
なんてあって、わかったようなわからないような、隔靴掻痒感満載なんですね(一般に辞書の定義なんてそんなものだが)。

 こういう抽象的概念に近い横文字って、たとえば「エンパワーメント」のようにいつの間にかカタカナ語化して意味もよくワカランまま定着、というパターンがじつに多い。それじたいが悪い、と言っているんじゃなくて、「その用語、しっかり理解できていますか?」とつねに自問自答する姿勢が大事だとまずは言いたい。

 で、わかったようでまるでわかってないこの“systemic discrimination”。でも、こんな記述を読めばどうですか。
人種差別主義者があれほど肌の色にこだわるのが不思議でならない。有色人種が怖いから、憎いから差別するのではない。有色人種は地位が低い。階級が低いと差別し、自分のコミュニティーに異文化が入り込むのを嫌がり、白人が高い地位につく機会が多いから、白人の方が“優れている”と無意識のうちに思い込んでいる。
 なるほど、そういうことだったのかって、思いますよね? “systemic discrimination”とは、無意識のうちに刷り込まれた意識が、じつはりっぱな人種差別、レイシズムに発展するんだってことがこの一文を読めば伝わってくるではないですか。

 これ書いたのはタン・フランスという人。パキスタン系移民3世として英国北部のサウスヨークシャー州に生まれた人で、世界的に人気のあるリアリティーショー「クィア・アイ」のファッションコーデ担当、と言えば、知ってる人は「ああ、タンだね!」って思われるだろう。とこんなこと書いてる本人は、タンさんに取材した記事の訳出を依頼されるまでまるで知らなかった口なんですが、たまたま図書館にタンさんのメモワール本があったので、あわてて借りて読んでみたらすっかり自分までファンになってしまった。それほど人として魅力的で、なんて懐の広い人なんだろうって、ようは自分にはないものをタンさんの内に見つけたってことにすぎないんですけれども、それでもこの本は内容もすばらしくて、読んだことないって人にはぜひおススメしたいと思ったしだい。

 筆致はとても軽く、心のおけない親友に打ち明け話をしているかのようなノリで幼少期から現在に至るまで話が進んでいくのでじつに爽快な読書感なんであるが、そのじつ、書かれてある内容は、ふつうに書いたらまずまちがいなく暗く、沈んだ気持ちにさせられることまちがいなしの「重さ」がある。ここがすばらしい。こういう文章はなかなか書けない。これはひとえにタン・フランスという人の人柄がなせる業。「文は人なり」だ。

 “systemic discrimination”ということでは、たとえば自身の生まれもった肌の「浅黒さ」をなんとかして隠そうと従姉の使っていた漂白クリームをこっそり塗っては「神様、肌を白くしてください」とお願いしていたそうです。これだけでも胸が詰まる話ですが、人種差別主義的なイジメを受けたことをはじめ、「『クィア・アイ』のスター」として一躍、セレブの仲間入りを果たした現在もなお、空港の入国審査で足止めされ、別室で「検査」を受けるというくだりなんかは読んでいてやや信じられない、という思いさえ抱いていた。ちなみに英国はもともと階級意識が強く、住むところも労働者階級、中流階級、上流階級とはっきり色分けされている地区がいまだに存在しているような国。タンさんはこの本で、そんな英国でも NHS という医療制度は米国に比べてはるかにすぐれていると評価してはいるが、こと“systemic discrimination”に関しては、「僕らはいまだに、9月 11日が来るたび、危険な人種として身元確認作業を受けている」現実、その他いわれのない差別、根拠のない偏見にもとづく理不尽な扱いを受けたことなど、これでもかってぐらい具体的事例を挙げて、それでも「軽いノリで」書いてくれている。

 昔、まだ日本が「ナンバーワン」だともてはやされていたころ、日本人カップルがベツレヘムの紛争現場の真っ只中にフラフラ入り込んで、イスラエルとパレスティナ双方の兵士が撃ち合いを中断したって話、以前ここでも書きましたが、わたしたちもまた、肝に銘じなければならないと思う。やはり周囲を海に取り巻かれている島国で暮らし、それがアタリマエみたいに感じていると、ほんとうの意味でのリアルな世界がまるで見えなくなる。そういう意味でも、日本人ではない人の手になるこのような著作とその翻訳は、意識してでも読まないといけない。そういうふだんからの、「不断」の努力って必要だと思う。

 あと、これは付け足し的な話ながら、日本人以外の著者の本を(原書にせよ、邦訳本にせよ)触れることの効用を書いておきたい。

 たとえば、こんなコラムを見たとする。
……私の米国の知人は引退した普通のサラリーマンだったが、90 歳をこえるまで税金や医療費の申告をパソコンでやっていた。
ちなみにこの引用文、日本がいかにデジタル化の波に乗り遅れ、このままではヤバいぞと警告している(つもり)の定期コラム。かつて「ナンバーワン」だと言われていた技術大国日本はなぜデジタル化の流れではこんなにも出遅れてしまったのか、と「海外の人」から質問されると、「日本は旧来のやり方では非常に優れた仕組みを構築してきた。それがゆえに、デジタル化への対応を軽くみてしまった。別にデジタル技術に頼らなくてもやっていけると甘く考えていたのかもしれない」と答えるようにしているという、「なに言ってんだこの大学教授は、ダイジョブか?」とココロの中で毒づいていた口。

 米国では PC で確定申告は当たり前。どころか、公教育も州によってバラツキはあるだろうが、ほぼオンラインネットワーク化されていて、だいぶ前に見たヴァイオリニストの五嶋龍さんが自宅で仕上げたアサインメントをインターネット経由で学校に送信していた場面とかが印象に残っている。

 で、タンさんの本ではその米国における確定申告については、こんなふうに書かれてたりする。
アメリカに住むようになって一番悩んだのは、何といっても税金問題だった。最初に渡米したとき、アメリカ人がまさか税金の申告を自分でするとは知らなかった。個人が申告した税額を政府が信用するなんて、不条理だと思う。一度、知り合いの確定申告の様子を見せてもらったとき、あれも控除、これも控除って処理していた。アメリカの確定申告って、頭さえうまく回れば基本的には抜け道がいっぱいある。確定申告を一般人にやらせるのはおかしい。だって、ものすごく複雑なんだもの! それでいて、ミスすればうるさいほど指摘してくる。確定申告がアメリカ国民にとって必須の義務なら、学校の必修科目にするべき! だけど自分の税額は自分で計算しなきゃいけないのが現実。
「英国の医療費無料制度(NHS のことね)は百害あって一利なし」と言い切った夫ロブ・フランスのお父さん(つまり義父)に、タンさんは「英国に何年お住まいでした?」と訊く。すると義父は「住んだことはない」。「だったら医療費の話は誰から聞いたんです?」。「FOXニュースでやってた」!!! 

 …… 当たり前のことですけれども、新聞掲載のコラムだからって鵜呑みにするな、批判的に読め、ってことですかね。で、当方も昨年夏からフリーランスになったんで、この前はじめて(!)、「いーたっくす」なるものを恐る恐る使って申告したんですけど……申告じたいはわりとスムーズだったかな。でも、マイナカードの取得やら申告のために必要なオンラインツールがこれでもかってあって、そっちの下準備がタイヘンだった。もう少しなんとかならんのかねぇ …… って嘆息混じりだったんですけれども、ここで得難い教訓もありました。貧乏人こそ、しっかり確定申告すべきですゾ(還付金は貴重です、あと控除申告で使う領収書ももちろん忘れちゃいけない)!! 

評価:るんるんるんるんるんるんるんるんるんるん

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2021年04月09日

『翻訳家の書斎』

 宮脇孝雄氏、とくると、日本を代表する英米文学、とくにミステリもの翻訳の大家。当方みたいのがこんなとこで取り上げるのはオコガマシイかぎり …… とは思うのだけど、図書館でパラパラめくっていたらめっちゃおもしろかったので、古い本(1998 年刊行)ではあるけれど、文芸ものの翻訳はいかにすべきかを考える上ではずせない書だと思ったのであえて触れておきます。もっとも、いわゆる「書評」めいたことは今回はいっさいやらず、ただ個人的にツボなところのみ取り上げるにとどめておきます。

 外国語辞書の版元として有名な研究社はかつて、「一流翻訳家が手の内を開陳する」みたいな本を立て続けに出していた時期がありまして、たとえば机の上にいつも置いてある飛田茂雄先生の『翻訳の技法(1997)』もそのひとつ。でも宮脇先生のこのご本は雑誌の連載コラムをまとめたものだからか、とにかく読んで肩の凝らない、翻訳よもやま話的な本。にもかかわらず、翻訳のカンどころはしっかりおさえてあるのはさすがです。

 本を開いてまず飛び込んでくるのが、「翻訳家の書斎にある道具」という章。なんでも英米の通販商品カタログはひじょうに重宝するとか書いてありまして、一例として Mars Bar に Victor なんてのが出てくる。前者はチョコレートバー、後者はなんと! オーディオメーカーではなくて、「ネズミ捕り器」の名前だという !! 

 でも、とイマドキの人は思う。べつにこんなのそろえなくても、ググればいいじゃん !! そう。たいていの調べ物はいまや Google で(ほぼ)一発 O.K. な時代。Google、恐るべし、いろいろな方面で。いまのところ個人的にはメリットのほうがデメリットを上回っているから、いつだったかここで書いたことをもう一度引っ張り出して繰り返せば、「コンテンツプロバイダーという巨人の手の上で踊らされてるだけじゃないかって気がする」自分がいる。

 とはいえたかだか 20 数年前の翻訳の現場といまとを比較してみれば …… やはり唖然とする。原書に出てくる映画の邦題がワカラナイとくれば、昔はそれこそ国会図書館だのどこそこへ問い合わせだのとやたら手間がかかり、行きもしないのに(!)NYC の地図とか商品名事典(薄っぺらいくせして5千円はした)とか持っていて、出てくるたびに引っ張り出して調べるのがおそらくどんな翻訳者にとっても当たり前だったと思う。

 いまはラクなもんです。でも出版不況かなんだかはよくわかりませんが、最近とくに思うのが、「単価下げ」、つまりダンピング。そういえばついこの前も第一人者と呼ばれる出版翻訳者の方が赤裸々に暴露した本とかその筋では話題になってましたっけね。駆け出しのペーペーながら、中身はちょっと気になるところではある。ただ、どれだけ MT(機械翻訳)技術が進化しても、あるいは AI の支援を受けた MT が「人力」翻訳を脅かすすようになっても、それを理由に人間の翻訳者の労力を無視した労働対価を押し付けるのは出版人云々以前の、人としてどうなん? という低レベルな話になってくる。ついでに、いまはアナウンサーをはじめ、「日本語のプロ」でなければならぬ人々の日本語レベルがどんどん低下しているように思えてならない。「え? なんでこんな言い回しがダメなの?」ということもしばしば。そのうち「ゆめゆめ〜」とか「いきおい〜」も、「〜なんだ」と同様、死語の世界入りする日も近い(「〜なんだ」は、川端作品にも出てくる過去を表す述語表現)。

 気持ちが暗くなるんで宮脇先生のご本にもどると、「翻訳家の仕事」や「小説を翻訳するということ」、あと誤訳に関して書かれてある章は、戒められる思いがした。とくに、「『翻訳家』という立場は、はたで見るより危ういもので、少し手を抜くと、たんなる『翻訳支援家』になってしまう(pp.47−8)」というくだりとか。ここの一文は、宮脇先生が当時(!)、アキバの PC ショップにて数万円は下らない「翻訳支援システム」の実演販売を見て食指をそそられたときのことと絡めて書かれてあるセクションの締めくくりの文章になります。

 最後にとっておきの一文と名訳を。おなじセクションの最後に紹介された話がまたケッサクだったので、ここでも引用しておきます。
 翻訳者というのは、もっと独立した存在であり、ある面では独裁者なので、自分の責任においては何をやっても許されるのではないかと思っている。
 もちろん、先の例のように、あとあと矛盾が起こるような誤訳はまずいのだが、翻訳者がびくびくしていたのでは、いい訳文が書けるわけがない。
 私がまだ 20 そこそこのころ、敬愛するある翻訳家に初めて会ったとき、前々から疑問に思っていた点を尋ねたことがある。その人の翻訳に少女が一人出てきて、原文では別の髪型になっているのに、訳文では「ポニーテールの少女」となっていたのである。
 未熟な私は、「もしかしたら、あれは誤訳ではないでしょうか?」と尋ねた。
 するとその人は、「おれはポニーテールが好きなんだ」と答えた。
 翻訳者は独裁者であっていい、と悟ったのはそのときのことである。

 ご本にはもちろん、古今の翻訳家の訳例もいろいろ収録されていて、そこだけ読んでも楽しいんですが、思わず脱帽、参りましたと言いたくなるスゴイ名訳もありました。それが、1987 年に王国社から出ていた『不思議の国のアリス』の 'Who are You?' の訳(p.58、訳者は北村太郎氏)。なかなかこうは訳せませんよ。なにがスゴいかって、原文の持つ韻まできちんと日本語に置き換えているんですぞ。一発芸的かもしれないが、不肖ワタシはしばしうなったままじっと凝視しておりました。とりあえず使えそうな手はいつか使えるはずだから、持ち駒としてメモっておこう。

「あーた、だーれ?」

補足:音楽関連の「珍訳」についても少し触れられてました。たとえば『謎のバリエーション(苦笑)』とか(もちろんエルガーの『エニグマ変奏曲』のことじゃね)。

 日本語表現では、こんなことも指摘していました(太字強調は引用者)。
 クラシック音楽に関する文章を読んでいると、独特な言い回しが出てくることがある。気になって仕方がないのは、「手兵」という言葉である。
 たとえば、有名な指揮者が、手塩にかけて育てたオーケストラを使って、演奏会やレコーディングを行ったとき、「巨匠カラヤンが手兵ベルリン・フィルを率いて……」などと書く。
 絶大な権力を持つ指揮者を陸軍大将か何かになぞらえたくなる気持ちもわからないではないが、「手兵」というのはいかにも時代錯誤ではあるまいか。……
 …… 考えてみれば、クラシック音楽にかぎらず、外国のものをどこか仰々しく輸入紹介するのは、ついこのあいだまでの私たちの習慣だった。昔は漢語で凄んだが、近ごろはカタカナで凄んだりする(インテリ用語にそのたぐいの言葉がある)。
 「手兵」、たしかによく見ますわ。そして最後の一文、ここ最近の「反知性主義」とか「フェイクニュース」とかの不穏な動きは、ある筋から一方的に情報や価値観を押しつけられ、そのせいで割りを食ったと不満を募らせている一部「大衆」の反逆を出現させたその一端というか萌芽の要因のひとつにも感じられたしだい。いまでもそうじゃないでしょうかね、某都知事あたりの会見見てればその口から出てくるのは横文字の奔流。ご丁寧にパネルにゴシック体で大きく書かれてもいたりで。こういうのばかり見させられ、そのじつ「3密は避けて」とか言ってる張本人たちがこれまた信用ならんときている(直近のニュースでも流れてくるのはそんな情けない話ばっか)。ことばが人の心におよぼす影響を侮るなかれ。特大のブーメランとなって跳ね返ってきますよ。

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2021年03月31日

サクラバイバイ

 伊豆半島の主要道のひとつ国道 136 号線をそのまま南進すると、伊豆市(旧天城湯ヶ島町)の「出口」交差点で西に折れ、駿河湾へ向かって船原峠を越えていくことになります。かつては交通の難所でしたが、いまはバイパスがあるから短時間でスムーズに西海岸の伊豆市土肥(とい)温泉側に抜けることができます。

 バイパスの最後のトンネルを抜けて土肥新田地区に入ってまず目に飛び込んでくるのが、ソメイヨシノのみごとな並木。反対側の山側には、「グリーンヒル土肥」というお食事処があって、搾りたての新鮮牛乳を使ったソフトクリームが名物です。

 いま(3月 31 日時点)、そこのソメイヨシノ並木がちょうど満開なんですが、近いうちにすべて伐採されることを知りました。

 じつはこのソメイヨシノ並木、2007 年秋に地すべりを起こしてしばらくの間全面通行止めになり、地元の人はたいへんな難儀を強いられた場所にある。そのときの復旧工事はおもに山側の地すべり運動を止めるための工事だったので、並木は一部が伐られただけで、ほとんどはそのまま残りました。

 しかし昨年夏ごろから、こんどは山側ではなく海側の路肩がズルズルとズレはじめた。つまり、ソメイヨシノ並木を乗せた斜面全体が滑り始めたわけです(伊豆半島ジオパーク的には、あのへんの地質は「更新世の大型陸上火山時代」に活動した棚場山火山の噴出物でできている。棚場山は半島の基盤岩である変質安山岩系の湯ヶ島層群の上に乗っている)。

 いちおう、応急処置はしてあるのでいまのところ通行には問題ないけれども、いつもインスタでここからの夕景とか楽しませてもらっている方から、近日中にソメイヨシノの伐採が始まって、今年がほんとうの見納めになる、と聞かされました。

 もし現下のような状況でなかったら、おそらくワタシもホイホイ撮影に行っていただろうけれども、いまはインスタを開けば、有名な撮影ポイントはだれかが必ず「映え」な写真を残して公開している時代。なので極論すれば、べつに自分なんかが行かなくたっていい。自分の「分身(alter ego)」であるその人たちにお任せしておけばいい。いつぞや読んだ、ジョージ・ミケシュの旅行記本じゃないですけど。

 とくに風景写真系は、おのおのが「ホームグラウンド」的なお気に入りポイントを持っているから、この目で見に行けないのは残念ながら、以前の自分が感じていたほど、「撮りに行けなかった」ことによる後悔というのはほとんどない。べつに写真や被写体に対する passion とか思い入れがなくなってきたから、というわけじゃないですよ。自分ではないだれかさんが、必ずやすばらしい作品として半永久的に残してくれるだろうという、インスタを含めたオンライン写真共有全盛時代にありがちな期待(いや、錯覚? 錯視?)のほうが強くなっている、と言ったほうがいい。このへんのことも含めて、マーケテイング云々ではない、写真論としてインスタを論じた本とかないのかなん、と思うがどうもないようで。

 しかし土肥新田のソメイヨシノ並木っていつからあるのかな? たぶん 136 号線が開通した当初に植樹されたものだとは思うが。そんなこと考えていたら、かつて八木沢地区にあったソメイヨシノ並木のこととかも思い出した。そちらの並木も満開になるとどこを向いてもピンクでホントすごかった。文字どおり「桜のトンネル」。しかしそれも 40 年ほど前に行われた拡幅工事でほとんど消えて、いまはそのごく一部しか残っていない。ただ、すぐ近くの丸山公園には「土肥桜」の原木というのがあって、こちらは数年前に一度だけ撮りに行ったことがある。濃いピンクの花がとても印象的でしたね。

 ソメイヨシノにも寿命がある。加えてソメイヨシノに限って言えば、あれはすべて同一の親の分身、つまりクローンなので、老木になるといっせいに枯死する可能性がある。全国どこのソメイヨシノも同じです。だから、あまりソメイヨシノにばかり肩入れして感傷的になるのはよくないだろう。もともとそこに生えていた自然植生でもなければ、極相林でもないし。それに平安時代まで「桜」と言えば、目にもさやかな若芽とともに花を咲かせるヤマザクラのほう。ワタシもヤマザクラがいっせいに咲いた、「山笑う」光景が大好きときている。

 …… とはいえやはり寂しい気持ちには変わらない。道路が完全に復旧したら、あらたにヤマザクラとかも混ぜて、また桜並木を復活させてほしい。

2021年03月17日

貴重な音源が聴けてうれしかった話2題

1.この前の「古楽の楽しみ」、今谷和徳先生の回で「16 世紀イングランドの音楽」というのをやってました。イングランドの古楽の作曲家でジョン・タヴァーナーやトマス・タリスなんかはわりと知られているほうだから、ときおり聴いたことがあるぞという向きも多いかと思いますが、クリストファー・タイだの「イートン・クワイヤブック」に収められた楽曲だのはかなりの通好みと言うか、よほどイングランドの教会音楽、もっと言えばアングリカン(イングランド国教会)の音楽に親しんでいるような人でないと名前も知らないでしょう。そんな古い作品もけっこうかけてくれたから、こちらとしてはいとをかし。ヘンリー8世作曲の声楽曲なんてのもめったに聴けない珍品だから、この手の音楽が好きな人にとっては文字どおり朝から耳のごちそうだったんじゃないでしょうかね。

 そんなアングリカンの作曲家として初日にかかったのが、ウィリアム・コーニッシュという人の宗教声楽曲。じつはこれふたりいて、おなじ名前の親子(父子)なんです。なにぶん古い時代の人なので、史料でさえ父親のほうなのか息子のほうなのかワカラン場合も多々あるようです。「イートン・クワイヤブック」に収録されているのは同名の父の作品らしいけれども、やはりよくわからない。

 今谷先生が紹介されたように、コーニッシュ父子はチューダー朝時代にチャペル・ロイヤルと呼ばれる王室専属の少年聖歌隊長や、ウェストミンスター・アビイ聖母礼拝堂付き少年聖歌隊長を務めていた人だと言われてます。だいぶ前にここでも内容を紹介した手許の本をこれまたひさしぶりに開いて確認すると、「カイウス・クワイヤブック」に収録されている「第8旋法によるマニフィカト」は伝「父」コーニッシュの作品のようで、「グロリア」の終結部(アングリカンで歌われる英語のアンセムでは "... As it was in the beginning, and now, and ever shall be." に当たる箇所)は「テノールとバスの二重唱がひとしきり続いて開始され、複雑さを増しつつソプラノへと上行する」、言い換えれば「天界へと上昇して、天の栄光を賛美する」ように作られているとか。

 「息子」の手がけた世俗歌曲のほうもいくつか現存していて、わりと知られているのが初日にもかかった「ああ、ロビン、やさしいロビン」でしょうか。でも「おーい、陽気なラッターキン」とか「角笛を吹け、狩人よ」とかは寡聞にして知らなかったからなんか得した気分。タイトルどおり肩の凝らない、楽しい歌です。

2.聴けてうれしい貴重、いや希少な音源ということでは、日曜に聴いたこちらの番組も負けてない。なんと、あのヴィルヘルム・ケンプがオルガンを独奏しているのですぞ! それもなんと !! カトリック広島司教区の世界平和記念聖堂に完成したてのオルガンこけら落としリサイタルのライヴ録音(1954) !!! もうたまらんですわ。というか、在庫あるじゃん! No Music, No Life! なワタシではあるが、ここんとこ Aqours の CD しか買ってなかったから、コレはさっそく買わなくては。

 演奏を聴いた印象ですが、バッハの超有名な受難のコラールを使った小品「わが心の切なる願い BWV 727」の場合、コラールの各節の出だしで鍵盤交替してストップ間の音色の対比を際立たせているように感じた(ちなみにこのオルガンコラールは「受難の調」と言われるロ短調で書かれていて、番組後半でも流れたが、ケンプみずからピアノ独奏用に編曲もしている)。こういう演奏ははっきりいって古臭くて、ケンプのバッハ演奏が 19 世紀ロマン派のスタイルをしっかり踏襲していることがわかる。それでもなんと言いますか、えも言えぬ感情が深いところから湧き上がってくるのを抑えることができない。テンポばかりがやったら快速で薄っぺらい印象さえ受ける 21 世紀の演奏スタイルとは格が違うぞ、ということなのか。ヴァルヒャの演奏にも言えるけれども、ケンプもまた精神性のきわめて高い、心にストレートに刺さってくるバッハ演奏であり、バッハの音楽を「演奏(≒翻訳)」ではなく、まんまバッハの音楽がそのままドン! と突きつけられる感じがする。こういう感覚もまた、ひさしぶりに味わいましたね。

 ケンプは最晩年、認知症とパーキンソン病を患っていたようで、95 歳で大往生を遂げるまで演奏活動から何年も遠ざかってそれっきりだった。でも当時高校生だった不肖ワタシも、回想録『鳴り響く星のもとに──ヴィルヘルム・ケンプ青春回想録』という本には深い感銘を受けたものです(ちなみに「鳴り響く星」というのは、ストップを引き出すとくるくる回りだしてかわいらしい金属音を響かせる「ツィンベルシュテルン[英語読みでは「シンバルスター」]」のこと。文字どおりオルガンのプロスペクトを飾る「星」のかたちをしている)。

 そういえばケンプも、尊敬するオルガン奏者のヘルムート・ヴァルヒャも、逝去した年がまったくおなじ 1991 年だから、おふたりとも今年で没後満 30 年になる …… 早いものだ。なんかあっという間の 30 年だったな……などとついみずからの来し方を振り返ってしまう、今日このごろ。COVID-19 パンデミックにあえぐ人間世界を俯瞰して、両巨匠はなにを思うぞ。

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2021年02月14日

Words are mightier than the sword

 かつて、「あの子、大事なときには必ず転ぶんですよね」と言ったご本人が、コロナ禍ならぬ、ご自身の「舌禍」のために辞任に追いこまれた。べつにこの方にかぎらず、バブル崩壊以後の日本では、こういう「失言/妄言で身を滅ぼす」タイプの話はこちとら「耳タコ」状態の感覚麻痺状態でして、正直なところ、「ああまたか」くらいしか思わなくなってしまっている。

 べつにあの方のカタ持つわけじゃないですが、一連の騒ぎがイヤなんですよね。論点がズレまくっているというか。ここでも紹介した、スペインの思想家ホセ・オルテガ・イ・ガセット(1883−1955)の代表作『大衆の反逆(1930)』に出てくる記述なんかが、どうしても思い出されるのであるが ……。

 個人が思い思いに意見を表明するのはもちろん問題なし。動物学者ジェラルド・ダレルが軍政下のアルゼンチンで赤ちゃんバクに振り回されるようすをユーモラスに綴ったエッセイとかも昔、読んだけれども、そのエッセイでダレルが発言したように、この国にも「意見を自由に述べる権利くらいはある」。ただし、思いつき・便乗・個人攻撃・お門違い、あるいはとくに欧米圏のメディアや人間の言ったことをなんの疑問にも思わず、無批判に額面どおり鵜呑みにして当の失言した本人を咎めているようなことはないだろうか? 

・問題の発言と、進退について:欧米メディアはじめ、SNS 上でも集中砲火を浴びせられているようなところもあるにせよ、そもそもハナシ家じゃないんだし、ご自身の地位と立場、そしてこのタイミングとこのご時世をほんとうにわかっていたのなら、いくら内輪の会合の場だからって、女性を侮蔑したととられる発言は完全に「大事なときに転」んでいると思う。ただし、ヤメロヤメロと大合唱を浴びせるのは、オルテガの言う「私刑」つまりリンチではありませんか? 

 もし現在の与党出身者でしかも首相経験者の発言で問題だというのなら、それを生み出す腐った根っこをなんとかしないといかんのではないですか? 個人的にもっともイカンと思っているのは国会議員に定年がないこと、遊んでいても議員歳費をちゃっかり受け取れること、それとこれはとくに政権与党に当てはまるが、議員を「家業」にしていること、ようするに「世襲の禁止」をすべきだ、という3点にあると考える。この人だけを吊し上げて引きずり下ろして快哉を叫んでいるようじゃ、そういうあなたがたもやってることはたいして変わらないのではないですか? あと、問題発言を受けて聖火ランナーやボランティアを辞退する人がけっこういたとかいう話も「ちょっとなに言ってるのかよくわかんない」。問題となった発言と、聖火ランナーとして走ることやボランティアに手を挙げたこととは、ほんらい関係ないのではないですか? 

 Twitter なんかで今回の件をさんざん叩いた方は、今年はイヤでも国政選挙がありますから、ぜひとも有権者の義務を果たしてくださいまし。それもしないでなんだかんだ言うのは、オルテガの言う「慢心した坊っちゃん」じゃないですかね? あるいは自分で植えもしないトウゴマの木が枯れたといって嘆く預言者ヨナみたいなものかも。まずは「隗より始めよ」ですな。

・五輪を中止すべきという意見について:たしかに危険な賭けになるとは思う。世界的に予断を許さぬ状態でもあるし。ただ、いまはワクチンがあるだけでもまだ救いがある。あとはワクチン接種が間に合うかどうか。げんにいま、大坂なおみさんががんばっていて、深夜帯に中継をテレビ観戦して元気もらってる人だってけっこういるんじゃないでしょうかね? なんだかんだ言っても、いま批判している人たちも、いざ大会が決行され、たとえ無観客であったとしてもがっつりテレビで観るんじゃないでしょうかね? 

・五輪ではなく、ほかにカネを回すべきという意見について:そもそもこんなの「復興五輪」じゃない、なんて言ってる人も、年末の「紅白」で例の歌を披露した子どものユニットとかは観ていると思う。その子たちだけじゃない、五輪とパラリンピックマスコットのデザインは、たしか全国の子どもたちの投票も反映されていたんじゃなかったですか? あんまりオトナのリクツだけを振りかざしていては、こうした子どもたちを傷つけることになりはしませんかね? コロナだからやるな、ではなく、なんとかして開催する方向で進めるべきだと個人的には思う。生の音楽や絵画に触れることも大切だが、おなじくらい、スポーツ競技に真摯に打ち込むアスリートの姿に触れることもまた観戦する人、とくに若い人にとって、前を向いて自身の人生をまっとうする勇気を与えてくれるんじゃないかって思う。前回のリオ五輪のとき、選手団の凱旋パレード見に行った人はけっこういませんでしたっけ? 

 「だれのための五輪?」というプラカードをかざして無言のプロテストをする人の映像がテレビで流れていた。冷たい言い方かもしれないが、「保育園落ちた、日本死ね」と言い放った人と精神構造が似ているのかもしれない。ご自身がよければそれでよし。ただし自分が不幸なら、すべては悪い。ここで何回か触れてきた「マイホーム主義」のひとつにしか見えない。いまの日本はたしかに問題だらけだが、それじゃ BLM に揺れる米国はどうですか? バイデンさんが新しい大統領に就任してスピーチしたのを NHK の生中継で観たとき、さすが腐っても米国だと感動すら覚えたけれども、30 年前と比べれば、いまの日本も格段に恵まれていると思う。チャンスだって増えている。かつては在宅勤務だなんて、どんな職種だってマジでそんなことできるわけがなかった。もっともセーフティーネットやベーシックインカムはもっと真剣に議論され、検討すべき課題だと思うが、やはり大切なのは「組織票」をアテにするような昭和な政治屋諸氏を落選させることでしょう。五輪に罪はないはず。コロナ対策については、さっきも書いたようにワクチンがようやく承認されたし、いまやってるテニスの大会だって無観客と観客入れとをうまく切り替えて実施されているのだし、五輪だけ中止という選択肢がほんとうに正しいのかどうか、よくよく考える必要があるのではないでしょうか? 

・日本の女性参画について:今回の失言騒動の対応をめぐっては、欧州の風当たりはそうとうなものですが、ワタシとしては、その欧州で有色人種に対する差別がコロナ禍でいっきに吹き出した話とかがかなり引っかかっている。ドイツのサッカー観戦に来ていた日本人観光客に対する扱いとかはこちらの記事のような経過をたどっていたようですが、この前見たEテレの「ワンルーム☆ミュージック」という DTM 番組で紹介された、ロンドンを拠点に活躍する日本人アーティスト、リナ・サワヤマさんの受けたという壮絶な差別の話とか聞かされると、「おまえらのほうこそなんなん?」ってなるわけ。日本の女性問題のことを叩く前に、ご自分の足許も見なさいよみたいな水掛け論的になってしまうではないか。だいいち欧州の人種差別は、米国よりもさらに根が深い。ユダヤ人なんか典型的な例ですね。いや、島国の日本人こそ、そういう差別意識にもっとも疎くて、そもそも社会に差別意識があることすら意識していない。こういうのを systemic discrimination って言うんですが、たしかにこの点は日本人はおおいに反省すべきかと思う。

 しかしこうも言える。そもそもだれしもなにかしらの「差別」意識は持っているもの。でも人は変われる生き物でもある。そのために意見を言い合うのはおおいにけっこうなことだと思うし、少なくとも自分の内面にそういう差別意識や差別感情があることに気づくだけでも精神的な成長になると思う。バナナマンさんが CM で言ってるでしょ? 「人間は迷う。まちがえる。だから愛おしい」って。行動経済学界隈では、行動経済学的にカンペキな人間のことをなんか「エコノ」って言うらしいけれども、そんな人なんているわけないし、べつに目指すべきでもないでしょう。大切なのは、「二度とおなじ失敗を繰り返さないこと」のほう。これだけで人はじゅうぶん、生きていけると思う。

 そういえば、今年の芥川賞に決まった『推し、燃ゆ』。作者はなんと沼津市出身の女子大生だそうで、まずは御同慶の至りです。でも「推し」という言い方、通常はどこか「差別的」に用いている人もけっこういるんじゃないかって気がする。Otaku とおなじで。しかしながら思うんですけど、そういうものを持っている人のほうが、いざとなったら精神的に強いような気がする。今日、やっと作品全文が掲載された「文藝春秋」買ったので(遅 !!)、ちょっと仕事もヒマになったことだしこれから読むところなんですが、選考委員のひとりの選評がとくに心に残りましたね。
『推し、燃ゆ』の主人公は、…… わたしなどにとっては …… 正直なところ、まあ異星人のようなものである。自分の部屋に「推し」の「祭壇」を作ることが救いになる、それが生活の「背骨」になるといった心のメカニズムにしても、一応知的に理解はしても、何一つ共感するところがない。
 にもかかわらず、リズム感の良い文章を読み進めて、その救いの喪失が語られ、引退した「推し」の住むマンションを主人公が未練がましく見に行くあたりまで来て、不意にじわりと目頭が熱くなってしまったのは、いったいどういうわけなのか。共感とも感情移入ともまったく無縁な心の震えに、自分でも途惑わざるをえなかった。主人公の嗜好も生活感情も世界との違和感も、ごく特殊なものでありながら、宇佐見氏の的確な筆遣いによって、どこか人間性の普遍に届いているからだろう。

 こういうのもりっぱに普遍的テーマたりえる、ということの証左のような寸評だと思ったしだい。こういう「色」のついた、一見、クダラナイとさえ思われている「ことば」は、一般の人がそれと気づいてないだけでじつは人を生かすパワーが宿っていると思う。そういういわれなき差別を一方的に受けてきた「ことば」がほんらい持っている力をぞんぶんに発揮できる、そんな書き方のできる物書きというのはつくづく幸せだと思うし、こういう物語がいま、もっとも求められているのかもしれない。

posted by Curragh at 05:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2021年01月31日

バッハは名アレンジャー

 先週の「古楽の楽しみ」、バッハ好きにはたまらん特集でした。仕事の切れ目が朝になったり夜になったりで毎朝聴取できてないとはいえ、一連の「ブランデンブルク協奏曲」を聴き、案内役の加藤拓未先生のお話に耳を傾けていると、やっぱりバッハという人は稀代の名アレンジャーだったんだな、という思いを強くしたしだい。

 これは前にも書いたことで、もはや何番煎じかもわからないけれども、翻訳ってよく演奏行為にたとえられます。しかし、どっちかと言えば翻訳は「編曲」つまりアレンジに近い。「ヨコのものをタテにする」っていう言い方がかつてはありましたが、編曲という行為の場合、原曲(オリジナル言語)があり、それをべつの楽器やべつの編成(ターゲット言語)に変更して「改作」するのだから、まさしく翻訳そのものです。編曲=翻訳ととらえれば、さしずめバッハは歴史に残る名翻訳家だと言えます。

 そして、翻訳者に求められる資質とアレンジャーに求められる資質というのもまたよく似ている気がする。まず研究熱心であること。これは分野問わずアートな仕事に関わっている人にはすべて当てはまるだろうが、こと外国語で書かれ、異国の文化から発信されたテキストを日本語に翻訳するのは「〜の公式」みたいに機械的になにかの原理や公式を当てはめてハイ一丁上がり、なんてことにはぜったいにならない。まずもって目の前に広げた原書なり、Web 上の英文なりの「背景」を知らないと話にならない。知らなければ、学習しなければならない。これが嫌いな人は翻訳者に向いてない。たとえばいきなり「グノーシス」だの、「デミウルゴス」がどうのこうの、果ては「イーアイ・イーアイ・オー」とかがなんの前触れもなく出てくるかもしれない(最後の例は、たまたまいま読んでる哲学者ダニエル・デネットの最新の著作にホントに出てくる)。

 編曲もまさにそう。1714 年ごろ、バッハは当時仕えていたザクセン=ヴァイマール公国領主の 14 歳(!)だった甥っ子ヨハン・エルンスト公に、ヴィヴァルディとかの当時最新のイタリア音楽様式で書かれた「コンチェルト・グロッソ」を編曲するよう依頼され、さらにまたヨハン・エルンスト自身の作品も編曲するよう仰せつかった。で、ヨハン・エルンストが所望したのは、「これらの協奏曲を、すべてオルガン1台で弾けるようにすること」だった。

 バッハがどんな気持ちでこの依頼を引き受けたかはまったく妄想するほかないが、自分がもっとも得意とする楽器のために編曲せよ、というのはもう仕事というよりホビーに近かっただろうと思う。バッハは少年時代から、他人の作品の研究が大好きな人間で、しかもこんどはヨハン・エルンストじきじきに留学先のオランダから持ち帰ってきた、当時最新のイタリア様式の楽曲の出版譜が目の前にあったのだから。仕事として依頼を受けなくてもみずから率先してオルガン用編曲(BWV592 〜 597)に取りかかっていたはずです。若き巨匠バッハにとって、ヴィヴァルディらの楽譜はまさに「宝の山」であり、オルガン用にアレンジして過ごした時間は、文字どおり「至福のひととき」だったにちがいない。

 じっさい、そんなバッハの「ワクワク感」は、一連の「オルガン協奏曲」を聴くこちらにもビシバシ伝わってくる。バッハの音楽スタイルに、あらたな生命が宿ったその瞬間に立ち会っている錯覚さえおぼえる。有名な「小フーガ BWV578」など、バッハははたち前後から、それまで猛烈に影響を受けていた北ドイツの幻想様式を脱皮して、「朗々と旋律線を歌わせる」、音楽学者ハインリッヒ・ベッセラーの言う「歌唱的ポリフォニー」へと大きく変化していった。この「イタリア音楽編曲体験」も、そんな時期のバッハと重なっている。結果的に、後年のバッハの音楽スタイルは北ドイツ・南ドイツ・フランス・イタリアと当時の欧州大陸の音楽の流れが注ぎ込む「海」のような独特な混淆様式になっていった。加えて、最晩年にはパレストリーナやフレスコバルディなどの古様式研究の成果も反映された巨大な楽曲群(「フーガの技法 BWV1080」、「音楽の捧げもの BWV1079」、「ミサ曲ロ短調 BWV232」、「14 のカノン BWV1087」など)も生み出されることになる。だからダジャレ好きだったらしいベートーヴェンが、「バッハは小川ではなくて大海」と言ったのは、正直な気持ちの吐露だったのだろう。

 バッハの「編曲好き」はヨハン・エルンストによってもたらされた「イタリア体験」後もすさまじく、「無伴奏ヴァイオリンパルティータ BWV1006」の前奏曲を「教会カンタータ第 29 番」のシンフォニアに転用しているし、そもそも「ブランデンブルク」じたいがすべて自作の原曲を編曲・改作したもので、番組ではめったに聴けない「初期稿」ヴァージョンにもとづく演奏まで聴けたりと、興味は尽きない。とくに「5番」の第1楽章の有名なチェンバロ独奏パート、初期稿版はたしかに「そっけない」かもしれないが、いやいやどうしてこっちもおもしろいではないか! 「ニジガク」の侑ちゃんではないけれども、「完全にトキメいちゃった」感じ。こういう多様性、規則だらけに見えてもそれを軽々と超越してあらたな音の世界を作り出していくこのいかにもバロック的な生命力、グールドがかつて言ったようなバッハの「運動性」にこそ、バッハの真の魅力があると思う。ジャック・ルーシェ・トリオがあれだけかけ離れたスタイルで演奏してもやっぱりバッハはバッハでしっかり響いてくる理由も、このバッハならではのヴァイタリティにあるように思うし、それをもたらしたのは、ほかならぬバッハの研究熱心さ、そして一連の「編曲(=翻訳)」作業にあったように思う。有名なマルチェッロの「オーボエ協奏曲」や、そしてなんと! ペルゴレージの「悲しみの聖母(スターバト・マーテル)」まで、バッハは編曲しているのですぞ(BWV1083、前者はチェンバロ独奏用、後者はドイツ語歌詞によるモテットに編曲している)。

 バッハが 21 世紀に生きていたら、まちがいなく偉大なアレンジャーになったでしょうね。いまは Mac 系ではおなじみの「GarageBand」という DTM ソフトウェアもあるし、楽譜作成では「Sibelius」などのソフトウェアもある。もちろん無料の DTM ソフトウェアや素材もたくさんあるし、バッハがいま生きていたらいったいどんな音楽を作って、聴かせてくれたのだろうかと考えるだけでも楽しい(↓は、BWV592 の演奏クリップ)。



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2020年12月30日

「絶対悪」が支配する世界にしてはならぬ

 ようやく仕事にひと区切りつきそうになって、ヤレヤレというか、とにかく肩が痛いです(以前はこんなことなかったのに、トシですかね……)。

 翻訳専業になって、というか、実績的にはまだまだ駆け出しで収入的にもちっともペイしていないとはいえ、自分はまだ恵まれているほうなのだろうと感じています。ヘタの横好きだろうとなんのと言われようが、好きなことを仕事にできているのだから …… たとえ修正を求める校正や編集者からシツコク拙訳原稿が突っ返されても、そのために食うための仕事の予定が狂わされても(書籍翻訳の場合、印税制だろうと買い切り制だろうと、当たり前だが本が出ないことには当方には一円もカネは落ちない)、あまり文句は言えまい。

 そんなこんなで半年ほど過ごしてきたら、あっという間にもう年末。しかも今年は文字どおりの annus horribilis で、ここまで COVID-19 が全世界を席巻し、目には見えない暗闇で覆い尽くすとは思わなかった。

 それでもなんとかかんとか、大きな天災もなく、もちろんコロ助に感染もせずになんとか仕事を続けてこられただけでも、ご先祖さまをはじめとして、感謝しなくてはならない。とはいえ、コロ助のせいで墓参にも行けてない …… これはさすがに申し訳なく、悲しく思っている(ちなみにワタシのご先祖さまには、米国ポートランドへ「密航」して一旗揚げようとしたスゴイ方がおります。当時の西伊豆はいまの沼津市井田地区のような「アメリカ村」があって、「あめりか屋」という屋号の家は例外なく、明治から大正時代にかけてかの地へ聖ブレンダンのごとく船出していった冒険者を出している)。

 新型コロナ関連ではこの前、ここで橋幸夫さんのコラムについて取り上げたりしましたが、いちばん心に刺さったというか印象深かったのは、英女王陛下のクリスマスメッセージでしたね。もっとも印象的なフレーズはすでに既訳がいくつもあるので、たまには女王陛下のオリジナルのメッセージをじっくり味わうのも一興でしょう(ン? だれです、訳すのがメンドくさかっただけだろなんて心ないこと言うのは。ええ、たしかにそれはある。来る日も来る日も〆切を意識しつつノート PC のキーボードを叩き、細かい活字や辞書類を見ながら翻訳作業に追われれば、いくら好きでもさすがに精神的にボロボロにもなりますわ。出典元はここ、太字強調は引用者)。
Of course, for many, this time of year will be tinged with sadness: some mourning the loss of those dear to them, and others missing friends and family members distanced for safety, when all they'd really want for Christmas is a simple hug or a squeeze of the hand, If you are among them, you are not alone, and let me assure you of my thoughts and prayers.

..... “Let the light of Christmas, the spirit of selflessness, love and above all hope, guide us in the times ahead...... We continue to be inspired by the kindness of strangers and draw comfort that − even on the darkest nights − there is hope in the new dawn,
すべての人がクリスマスに心から願うのは、ただハグしたり、手を握り締めてくれることなのに」…… 新型コロナウイルス感染症をもっとも警戒しなくてはならないご高齢( 94 歳ですぞ!)の方から、こんな忝ないおことばをいただいたら、だれだってハッとして胸に手を当てるはずですよ。この期におよんでま〜〜だマスクなんてヤダとかダダこねてる欧米人に日本人よ、「目を覚ませ!」と、呼ぶ声が聞こえる(もちろんバッハの有名なオルガンコラールを思い浮かべながら)。

 ……というわけで、ほんとならば東京五輪の興奮冷めやらぬはずだったのに、激しい憤りと悲しみにまみれた 2020 年もおしまいです(なにに怒ったかって? いろいろあるけど、最近、とくにハラが立ったのは、「選挙はトランプが勝つ。米メディアの予想なんてアテになるもんか」と公共の電波でタンカを切ってその後、いっさいの釈明もせずケロっと忘れていらっしゃるらしい元 NHK キャスターの方。そろそろ引き際じゃないですかね? ほら「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」って言うじゃない?)。

 この仕事するようになってすっかり生活が夜型になってしまい(その前は朝2時半起きの超朝型で、出勤途中で朝陽に染まる富士山とか見ていたのに)、新聞配達の方が朝刊を新聞受けにいれるとほぼ同時に速攻でそれを取り出すんですが、こっちも重くなってきたまぶたをこじ開けて、「はへ? ラテ欄、いつ最終面に変わったんだ?」なんてぴろっと一面見たらなんとなんと○日新聞じゃないですかぁ ?! ウチは静岡のローカル紙だっちゅうの。すぐ新聞屋さんに電話して、駆けつけてくれたおじさんに誤配された朝刊を返そうとしたら、「差し上げますから、ぜひお読みになって……」と。かくして、誤配された朝刊とこっちが読みたかったほうの朝刊とふたつもらってしまった。できれば「東京新聞」を入れてくれればよかったかなん、とかバカなこと考えつつ、さっそく誤配朝刊にも目を通した。

 すると、元外交官で評論家の佐藤優氏の「核といのちを考える:核禁条約発効へ」というインタビュー記事に目が吸い寄せられた。佐藤氏は数か月前、「ラジオ深夜便」にてたいへん興味深く、示唆に富むお話をされていたし、かつての『ユダの福音書』騒動のときも初期キリスト教とグノーシスについて的確に指摘されていたのが印象に残っていた(というか、「深夜便」でも話されていたように、大学は神学部のご出身なんですよね。どうりでお詳しいわけです。こういう人が日本には少なすぎる。だからとくにキリスト教など宗教がらみの話になると、とたんに頓狂なこと言い出す人が出てくる)。

 日本は被爆国でありながら、核兵器禁止条約にはなぜか参加しなかった。物理的に核兵器をなくしていこうという動きはきわめて重要な一歩であり、日本はオブザーバー的立ち位置でもよいから、とにかく行動を、という佐藤氏の主張は説得力があります。なかでも開口一番、「核兵器は絶対悪と言っていい」という一文。Couldn't agree more! でしたね。ワタシはそもそも相対主義者で、たとえばスウェーデンの例の少女の言動とか見てるとなんかお尻のあたりがモゾモゾしたりするんですが、核兵器に関しては「絶対悪」でぜったいまちがいない。新型コロナ対策にしてもそうだが、ほんとうに医療従事者に拍手を贈りたいのなら、まずもってあなたが生活を見直すしかない。マスクもしないで忘年会? それせいでだれかが死んだら? 世の中にはぜったい守るべき最低限のことが突如として現れる場合がある。いまがそう。できることをしっかり実行したうえで罹患するのはしかたないことで、だれも責めたりはしない。しかしそうでない場合は …… その限りではないでしょう。日本だけでなく、どこだってそうずら。ってオラは思う。来年、五輪大会ができるかどうか、まったく未知数ではあるが …… それでも、ワクチンは年内に開発できた。希望はまだあると思いたい。以下、佐藤氏の発言を引用しておきます。
「シニシズムに陥ってはいけない。……あるタイミングで、すっとできる時がある。歴史の一種のめぐり合わせがあるんです。時の印を絶対に捉え損ねてはいけないと思うんですよ。あきらめてはいけないんですね、絶対に」
…… 来年こそ、"annus mirabilis" となりますよう祈りつつ。

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