クレムリンが(ノーム・チョムスキーだったか、いくら NATO の東方拡大に腹を立てていたとはいえ)じつに身勝手な理由をこじつけて、それまで平穏無事につつましく日々を送っていた市井の人びとに銃口を向け、巡航ミサイルを落としまくり、首都キーウ(今後、ウクライナの地名表記は判明しているかぎりヴァーナキュラーで表記します)から撤退したはよいが地雷だの爆弾だのをバラまいたまま立ち去ったりと、ソメイヨシノがいままさに満開、散り始めの日本にいる身にはにわかには信じがたい惨状を TV 越しに見せつけられる、 2022 年の春になってしまった。
しがない門外漢がここでこんなことぐだぐだ書いたところでどうだってことはもちろんないんですけれども、ロシアの大統領って、たしか熱心なロシア正教の信徒じゃなかったかしらね? 聖週間なんだよ。ダンテ・アリギエーリがこの凄惨きわまる光景を目の当たりにしたら、きっとこれを仕掛けた張本人と、実際に攻撃して、市民を殺しまくった手合いはすべからく「インフェルノ(もちろんこれは『神曲』の「地獄篇」の原題から)」送りになると確信するんじゃないでしょうかね。
英国の経済誌 Economist をはじめ、いま欧米メディアはウクライナ戦争一色という感じで、不肖ワタシのところに来るご依頼も、さっき触れたチョムスキーをはじめとする「知の巨人」と呼ばれている人が寄稿したコラムが多いんですが、前の米大統領といいこんどの戦争といい、いったいどこまで歴史を逆走すれば気が済むんでしょうね。ほんと常人には気が知れないとはこのこと。
クレムリン筋はあいもかわらずディープフェイクやらサイバー攻撃やらも動員して「悪いのはウクライナ」説を強弁してますけれども、彼らに教えてやりたいのは、人間の歴史を動かしてきたのはたいていの場合、「バタフライ効果」だということ(NHK の番宣ではない)。たとえば女性首相(まだ 30 代!)率いる北欧のフィンランドと──コロ助集団免疫政策は失敗だったとはいえ──スウェーデンのここ数日の動きなんかどうでしょうか。これってロシアが望んでいた方向とまるで逆の動きが急加速したことになりませんか。
グローバリズムはこれで終わったとかなんとか言われてますけれども、ロシアに経済制裁を仕掛ければそのぶん、ブーメランでこちら側も無傷安泰というわけにはぜったいにいかないのも現実。コロ助対策ではてんでバラバラだった欧州も、前世紀の2度の世界大戦の甚大な犠牲はいまだ記憶に生々しく、そして地続きということもあり、対ロシアではいっきに団結した印象を受けます。とくに日本と同じ敗戦国ドイツまで、NATO への防衛費負担の GDP 比を引き上げると表明していますし。さらに驚いたのは、クレムリンは当初ウクライナではなく、なんとバルト3国(!)に攻め込むつもりだったとか。懸念されるのはもちろん、東欧全域の不安定化です(最近の仕事でとくに印象に残っているのは、そのバルト3国のひとつエストニア出身の世界的指揮者、パーヴォ・ヤルヴィ氏のインタビュー記事。当時のエストニア人は旧ソ連時代にひどい目に遭わされたこととか、涙なしでは読めなかったですね)。
とはいえ、もうひとつ個人的に気に入らないのが、「知の巨人」たちが早々に「第三次世界大戦」と口走っていること。ウクライナの大統領はしかたない。一方的に攻め込まれた当事者だし、レトリックとしてこうでも言わないと、「環境少女」並みに self-complacent な EU 諸国を突き動かすことはできないと計算しての発言だろうから。ただし、それ以外の「外野」は軽々にそんなことを口にしてはならんでしょう。先の世界大戦で犠牲になった数千万柱に対し、はなはだ不穏当かつ失礼千万な無責任発言としか言いようがない。
国際連合がかつての国際連盟化するかどうかは、現時点ではなんとも言えません。このへんを突っ込んで書いたコラムなり記事なりあれば読みたいんですれども。いずれにしても、思わぬバタフライ効果、大どんでん返しがないとも限らない。これだけは確実に言えそうです。
最後に、Yahoo ニュースに転載された拙訳記事に寄せられたコメントでもっとも印象に残った文章を事後報告みたいで申し訳ないけれども、ここでも紹介しておきます。
1年前くらいだがコロナ対応を巡り、中国のような専制国家がスピード感があることを良しとする報道があった。
これに対しバイデンは「民主主義は時間がかかる」と応じたことがある。
そしていまは専制国家が自由を制限し、独裁者が暴走することを止められないことに恐怖を感じる。
われわれは単純に中国が豊かになり、民主主義国家と交流が深まれば専制国家が終わるだろうと考えていた。
同じようにアフリカも東欧社会のようにいずれ変わるだろうと考えていた。
今回のロシアの侵攻は独裁者の能力しだいでは愚かなことをする。
19世紀にかんたんに先祖返りするとわかった。
それでも人種、民族、言語、宗教、思想を越えて互いに理解をし、尊敬をして自由で民主主義的な社会に変わっていく必要がある。
長い時間がかかるが、あなたは何人と聞かれて「地球人」と答えられるようになりたい。