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<title>Miscellaneous thoughts</title>
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<description>「聖ブレンダンの航海」管理人 Curraghの脱線だらけの雑感集です。脱線おおいにけっこう、という寛大な方のみどうぞ!　</description>
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<title>同一人物だった orz</title>
<description>1). いま、「気まクラ」改め「きらクラ ! 」を「らじる」にて聴きながら書いてます。自分のことをタナに上げて人さまのことを言えた義理ではないが、そうそう、前回放送分を聴かれた方はご存知かと思いますが、つい、「バッハのメヌエット … 」と口を滑らせてしまったチェリストの遠藤真理さん。当方もそのときすかさず「え ?　ボッケリーニじゃ … 」と思ったんですが ( しっかり聴いてはいなかった人 ) 、そのうち忘れた ( 笑 ) 。で、いまちょうど、そのことを指摘するリスナーのお便り..</description>
<dc:subject>聖ブレンダン/アイルランド関連</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-05-20T17:32:54+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<span style="color:#320065;">1). いま、「気まクラ」改め「きらクラ ! 」を「らじる」にて聴きながら書いてます。自分のことをタナに上げて人さまのことを言えた義理ではないが、そうそう、前回放送分を聴かれた方はご存知かと思いますが、つい、「バッハのメヌエット … 」と口を滑らせてしまったチェリストの遠藤真理さん。当方もそのときすかさず「え ?　ボッケリーニじゃ … 」と思ったんですが ( しっかり聴いてはいなかった人 ) 、そのうち忘れた ( 笑 ) 。で、いまちょうど、そのことを指摘するリスナーのお便りが紹介されてました。たしかいまをときめく若きピアニスト牛田智大くんが、たった 2 歳で両手で弾いてしまったとかいう作品がこれではなかったかな。でもあいにくこの「メヌエット」はバッハの真筆にあらず、クリスティアン・ペツォルト氏の作品なり ( → <a href="http://curragh.sblo.jp/article/30674272.html" target="_blank">関連拙記事</a> ) 。<br /><br />2). ここからが本題。前回記事で、「フィオナン・カムはディングル半島のローカルな聖人か ? 」と書きました。もしや、と思ってアードファート教区司祭だったオダナヒュー師の <em>Lives and Legends of Saint Brendan the Voyager</em> のページを繰ったら、あった。… フタを開けてみればなんだ、なんですが、この人は『リズモアの書』所収の『聖ブレンダン伝』に出てくるフィナン・カムその人でした。orz　綴りが一字、異なっただけだったのに、そのことにまったく気づかずにいた。そしてこの部分、本家サイトでも「<a href="http://curragh.sakura.ne.jp/irishchristianity.html" target="_blank">少年時代のブレンダン</a>」としてしっかり書いてあった。情けない、書いた本人が完全にこの人のこと忘れているという、ていたらくぶり。<br /><br />　… とはいえ、「この日からブレナンの顔には神々しい輝きが満ちあふれ、その眩しさゆえに少年の顔を見られるのはフィナン・カム以外、だれもいなくなった」という一文だけじゃ、印象には残らない ( 苦笑 ) 。ちなみに原文はファダなしの Brenainn だったので、「ブレナン」としています ( オショーバン博士の論考の表記は Bréanainn で、本来はこちらのほうが正式らしい。ちなみに『リーダーズ・プラス』はさすがというべきか、ちゃんとアイルランドゲール語表記名 Brenainn [ ただし読みは「ブレニン」としている ]も収録している。さらについでに昔、NHK 教育でやっていた「幻の民　ケルト人」では、『聖<ins>ブレンドン</ins>の航海』と訳されていた ) 。<br /><br />　というわけで、オダナヒュー本の、フィナン・カムに関する注釈を読んでみました。それによると聖フィナン・カムは 6 世紀前半、ディングル半島に住むキリスト教徒の両親のもとに生まれ、ほどなくしてブランドン山西麓にあるブレンダン建立の修道院に預けられ、師匠ブレンダンの弟子となり、後年、和風に言えば「衣鉢を継いだ」修道院を建てるよう師匠に言われたんだとか。オダナヒューは「おそらく」と条件つきながら、フィナン・カムをブレンダンの親戚筋の人だとしている。Finan ( Fíonán ) という名前の聖人は「『癩病者』聖フィナン」と「レイン湖の聖フィナン」、そしてエイダンの後を継いでリンディスファーン修道院長となったフィナンも含めてなんと 11 人 ( !! ) もいて、とくに「癩病者」と「レイン湖」のフィナンとブレンダンつながりのフィナン・カムはたがいの祝日がごっちゃに混同していることなども書いてありました ( さすがにその件についてここで書き出すのはいいかげん煩雑になるので、全省略 ) 。レイン湖というのは、キラーニー湖沼群のひとつでラテン語版『航海』冒頭で言及される、マンスターの覇権王族オーガナハト・ロッカ・レインの本拠地だったところ。ちなみに 812 年にノースメンがアイルランド南部のマンスターに侵入したとき、当時のオーガナハト族の王が撃破したことがある。話もどってフィナン・カムですが、現在のオファリー州 Kinnitty ( 異綴りあり、オファリー州は「バーの聖ブレンダン」のいたバーの所在地で、アイルランドのちょうど真ん中へんにある ) に修道院を建て、またキラーニー湖沼群に浮かぶ島イニッシュファレンにも修道院を建て、たびたび故郷ディングルに帰っていたという。<br /><br />　ところで … いまさっき自分の「Google ドキュメント」を見たら、「Google ドキュメントは間もなく Google ドライブにアップグレードされます。Google ドライブをファイルの新しい保管場所としてご利用ください」…。「Google ノートブック」→ いま「Google ドキュメント」となかば強引に移行させられた人としては、「こちとらのあずかり知らぬところでそんなこと勝手に決められちゃ、困る」としか言いようがない。<br /><br />　… とそんな折も折、こんどは <a href="http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120519/k10015235371000.html" target="_blank">20 世紀最高のバリトン歌手ディートリヒ・フィッシャー-ディースカウ氏が逝去された</a>との報が。… ホイットニー・ヒューストン、ドナ・サマー、クラシックでは別宮貞雄氏や玉木宏氏、グスタフ・レオンハルト氏に名トランペット奏者モーリス・アンドレ氏など、今年は著名な音楽家・演奏家の訃報がやけに多いような気がします … ディースカウ氏はドイツ・リートの名演が有名ですが、個人的には<a href="http://classicalmusicmp3freedownload.com/ja/index.php?title=%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F,J.S._%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%82%A4%E5%8F%97%E9%9B%A3%E6%9B%B2_BWV.244" target="_blank">バッハの受難曲などの録音の仕事</a>も忘れてはいけないと思う。合掌。<br /><br /></span><a name="more"></a>

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<title>出航の地はディングル半島ではなくて、もっと北 ?!　</title>
<description>　今日は「聖ブレンダンの祝日」。昨年はいろいろあって、正直、どうなることかとおおいに不安だったのですが、気がつけばもう一年が経過していた。ぶじでいられるというのは、ほんとうにありがたいかぎりです。そういえば今月 29 日は、忘れもしないあの故グスタフ・レオンハルト氏の文字どおり最後の来日公演、それも大好きなオルガンのリサイタルを聴いてからはや一年でもあるので、レオンハルト氏を偲んでまたいろいろ音源を聴いてみたいと考えてます。　前にも書いたけれども、当方が勝手に本家サイト特別顧..</description>
<dc:subject>聖ブレンダン/アイルランド関連</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-05-16T22:00:00+09:00</dc:date>
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<span style="color:#320065;">　今日は「聖ブレンダンの祝日」。昨年はいろいろあって、正直、どうなることかとおおいに不安だったのですが、気がつけばもう一年が経過していた。ぶじでいられるというのは、ほんとうにありがたいかぎりです。そういえば今月 29 日は、忘れもしないあの故グスタフ・レオンハルト氏の文字どおり最後の来日公演、それも大好きなオルガンのリサイタルを聴いてからはや一年でもあるので、レオンハルト氏を偲んでまたいろいろ音源を聴いてみたいと考えてます。<br /><br />　前にも書いたけれども、当方が勝手に本家サイト特別顧問にさせていただいているアイルランド・ケリー州トラリー在住の古地名学の権威、Breandán Ó Cíobháin 博士。いま博士は昨年の調査航海の補完のため、アイスランドを再訪する予定でいるらしいのですが、そういえば昨年、博士からいただいた貴重かつたいへん興味深い資料について、ここでなにも書かなかったことに思い至り、ブレンダン関係のことに絞ってここですこしご紹介しよう、と思い立ちました。いつも思いつきで書いてしまって、まことに申し訳アリマセン ( あんまり計画性のない人 ) 。m(_ _)m<br /><br />　昨年の調査航海の概要については<em>Dingle News</em> の<a href="http://www.dinglenews.com/news.asp?id=4302" target="_blank">関連記事ページ</a>下に PDF ファイルのダウンロードリンクがあるので、そちらをご参照ください。そして自分の手許の資料はいまひとつありまして、それはディングル半島とその南隣に突き出すイヴェラ半島における、船乗り聖人に由来する古い地名についての考察です ( 文書名は 'Ecclesiastical Structures of the Early Christian Period in Corca Dhubhne, Co. Kerry' ) 。そこで博士が指摘しているのは、たとえばディングル半島およびイヴェラ半島に残る初期キリスト教時代の遺構に見られる特徴はよく似ており、おなじような遺構が北西海岸のゴールウェイ、メイヨー州にも見られること、またこの時代の西海岸特有の記号文字オガムについては、アイルランド南東部カーロウ / キルデア以外では 'MARIANI',  'VITALIN' といった人名が記録された唯一の例がディングル半島に残っており、「長老 ( presbyter ) 」を示す 'QRIMITIR' なる肩書きを記したオガム文字はアイルランドの他の地域にはなく、この地域でしか発見されていないこと、ディングル半島西部の教会跡に残る後期オガム文字にはラテン文字の使用が見られることなど、はじめて知ることばかりでアタマは刺激されっぱなし。コーゲド ( cóiced, 「5分の1」の意 ) と呼ばれる、古くからの領地区分でのマンスター地方の守護聖人はラテン語版『航海』にも登場する聖エルベ ( アイルベウス ) だけれども、ディングル半島の守護聖人がフィオナン・カムなる人だということもはじめて知った。こっちはだれだろ、と思ってオンライン版 <em>Catholic Encyclopedia</em> にあたってはみたものの、項目はなし。ローカルな聖人、ということかな。<a href="http://freepages.genealogy.rootsweb.ancestry.com/~dgarvey/Griff_Garvey/kerry_griff_gar.html" target="_blank">こちらの解説ページ</a>によると、修道院創設期の紀元 5－6 世紀の人みたいですが。<br /><br />　というわけで、ブレンダン関係の古地名について、かんたんに書きだしてみます。<br /><br />1). 元来ケリー州中央部に拠点をおいていたキアリー・ルアフラ氏族は、8 世紀が終わるまでに、北部にいたアルトリー・カイル族を吸収し、アルトリー族の守護聖人だったブレーナン [ 原文はアイルランドゲール語表記 ] をそれまで彼らの守護聖人だった Carthach / Mochuda に代えて祭るようになった。これら 3 名の守護聖人について注目すべきは、彼らの創設した主要な修道院共同体はいずれも故郷マンスター西部 ( Iarmhumha ) ではなく他の地域にあり、彼らに対する崇拝はマンスターでは下火になっていった。アードファートは、マンスター西部地域に残るブレーナンが創設した唯一の共同体である。近隣のブランドンウェル ( アイルランド語名 Muileann Bhréanainn ) および 15 km 南東に位置する Uaimh Bhréanainn は、ディングル半島外の、マンスター西部に現存する数少ないブレーナンに捧げられた地名である。<br /><br />2). 11 世紀までキアリー族の支配階級だった Uí Fhearba 一族の封土 ( 現在のブランドン山東麓一帯、ブレンダン生誕の地とも言われるフェニト、その東隣のトラリー市にも近い ) では、ブレーナンに由来する地名はいよいよ少なくなり、唯一「ブレーナンの泉 ( Tobar Bréanainn ) 」と 「ブランドン山 ( <a href="http://en.wikipedia.org/wiki/Mount_Brandon" target="_blank">Cnoc Bréanainn</a> ) 」のふたつの地名によってのみ記念されている。後者はラテン語版『聖ブレンダン伝』では「ブレンダンの野 ( Saltus Brandani  ) 」、『航海』では「ブレンダンの座 ( Sedes Brandani ) 」とされ、ブレーナン出航の地と云われている。… ‘Cnoc Bréanainn’ という地名は、12 世紀後半になってはじめて登場する。いっぽうで『ブレンダン伝』と『航海』は 8 世紀ごろから大陸においてテキストが発展していることから、この呼称が故郷の地で最初に使用されはじめたのは 12 世紀になってからかもしれない。ブランドン山の西側に、ブレーナンに捧げられた泉が 5 つあることは、ノルマン人入植者のあいだでブレーナン信仰が高まった結果と言えるかもしれない。このブランドン山麓地域では彼は守護聖人であり、年1回の巡礼登山が何世紀にもわたって行われてきた。それどころか、12 世紀には北部地域における『聖パトリックの煉獄』に相当する、『聖ブレンダンの煉獄』に言及した文書まである。<br /><br /><strong>『聖ブレンダンの煉獄』!!　いったいなんぞや、それ ?!!</strong>　これはちょっと調べてみる必要があるかも。<br /><br />　さてここで昨年の調査航海の文書にもどると、個人的にはひじょうに気になる内容が書いてあります ( 下線強調部 ) 。↓ <br /><br />1). ブレンダンは現在のケリー州トラリー地域に居住していたアルトリー・カイル族の出身。彼の創設した主要な修道院共同体は現在のゴールウェイ州南西部に位置するクロンファートであり、小規模な修道院がコナハト州北西部にいくつかある。<br /><br />2). 見過ごされがちな事実だが、ラテン語版『聖ブレンダンの航海』に代表される「航海物語」は、すでに 7 世紀後半に編纂されたアドムナーンの『聖コルンバ伝』に「コルマックの航海」としてその原型的な挿話のかたちで現れている。<br /><br />3). 奇妙なことに、<ins>ラテン語版『航海』では元来北西部ドニゴール州にある「石の山 ( スリーヴ・リーグ ) 」だったブレンダン出航の地が、スリーヴ・リーグからクレア州北西海岸、そしてケリー州ディングル半島の「ブランドン山」山麓直下へと遷移してきた</ins>。これが示唆するのは、キアリー・ルアフラ氏族がブレンダンを一族の守護聖人に据えたことなど、当地でのブレンダン信仰が 11 世紀ごろまで拡大していったということなのかもしれない。<br /><br />4). イヴェラ半島沖のヴァレンシア ( アイルランドゲール語では「オークの茂る地」を意味するダルリイ Dairbhre ) 島には、「ブレンダンの祠の泉 ( ‘Tobar Ula Bhréanainn’ ) 」という地名が残っている ( イヴェラ半島の現地語名は Uíbh Ráthach [ おそらくウィベ・ラータハ ]で、英語名はこの発音が転訛したもの ) 。<br /><br />下線部で博士が指摘しているのは、おそらく『聖ブレンダン伝』に見られる記述を根拠にしているんだと思う。でも「クレア州」というのは … よくわかんないから、ご本人に直接訊いてみないとわからない。前にも書いたけれども、成立年代はおそらく『ブレンダン伝』のほうが先。『航海』の 3 章に出てくる、「出航 → 聖エンダのアラン島訪問 → ブランドン山麓の狭い入江にもどって舟の建造 → また出航」なんて奇妙なルートはどう考えても「もともとふたつの航海だったものをひとつにまとめた」とか、原典を改変したものと考えられます。ちなみに『ブレンダン伝』の該当箇所は、『リズモアの書』所収の版ではつぎのようになってます。「そこで、ブレンダンはコナハトの地へ行き、すばらしい大きな船を造りました。それは立派で巨大でした。彼はその船に一行と一族を乗せて、いろいろな植物と種も積み込みました ( 松岡利次編訳『ケルトの聖書物語』 p.133 ) 」。蛇足ながら本家サイトですが、先日、めでたく ( ? ) カウンターが 2 万ヒットを超えました。先週末自分がリンク先修正のために踏んだら、ちょうど20,100 でした。非常時に備え、どこか避難先 ( ミラーサイト ) をもっか探索中。<br /><br />　最後に、こちらの動画をどうぞ。<br /><br /><div style="text-align:center;"><iframe width="460" height="264" src="http://www.youtube.com/embed/-Hx1P_gKrqY" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></div><br /><br /></span><a name="more"></a>

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<title>「トッカータ　BWV.540」とミュラーオルガン</title>
<description>　つい先日、↓に貼りつけた動画を見まして、今宵はこれをサカナに書こう、と決めました ( 笑 ) 。　バッハの「トッカータ」とくると、つい超有名な「 BWV.565 」のトッカータ ( と中間に挟まれたフーガ ) のことを思い浮かべる人がほとんどなんじゃないかって気がしますが、往年の名手、マリー-クレール・アランがオランダ・ハーレムの聖バーヴォ教会クリスティアン・ミュラー製作の歴史的オルガンを弾いたこの動画を見て、ひさしぶりにこの大作を聴いてみたいと思ったしだい。　「トッカータ..</description>
<dc:subject>音楽関連</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-05-13T23:45:36+09:00</dc:date>
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<span style="color:#323232;">　つい先日、↓に貼りつけた動画を見まして、今宵はこれをサカナに書こう、と決めました ( 笑 ) 。<br /><br />　バッハの「トッカータ」とくると、つい超有名な「 BWV.565 」のトッカータ ( と中間に挟まれたフーガ ) のことを思い浮かべる人がほとんどなんじゃないかって気がしますが、往年の名手、マリー-クレール・アランがオランダ・ハーレムの聖バーヴォ教会クリスティアン・ミュラー製作の歴史的オルガンを弾いたこの動画を見て、ひさしぶりにこの大作を聴いてみたいと思ったしだい。<br /><br />　「トッカータ　ヘ長調　BWV.540 」は、バッハがヴァイマールの宮廷楽師長だったころ、1712 - 17 年ごろに作曲されたオルガン自由作品ですが、トッカータとフーガはべつべつに作曲されたようで、そのためか全曲の統一性、ということにかんしてはたとえば「ドリア調のトッカータとフーガ　BWV.538 」のほうが長けている ( と思う ) 。でも出だしの印象は強烈です ―― 長いオルゲルプンクト上で絡みあう両手鍵盤の旋律線 ( カノンになっている ) 、それにつづく華やかで技巧的なペダルソロ、和音連打、大胆な転調 … と、じつに堂々たる風格を持った作品です ( 3/8 拍子というのも珍しいかも ) 。ヘルマン・ケラーもこの曲を評して、「音楽史上ここではじめて、音階の 2, 3, 4 度の借用和音 ( 長調のナポリ 6 の和音でさえ ) が、なんと天才的に使用されていることか (『バッハのオルガン作品』) 」とべた褒めしているくらい。トッカータ、というより、これはっきり言ってイタリアの合奏協奏曲みたいなふぜいです。ブクステフーデばりの自由奔放な即興、というのではなくて、大聖堂の大伽藍のような規則的な構築性が全面に押し出されたような構造になってます。オルガン用トッカータでは、「ドリア調」についでこの「ヘ長調」が好きかも。この「構築性」が、やがてライプツィッヒ時代の傑作「前奏曲とフーガ　BWV.548 」への布石になったようにも思う。<br /><br /><div style="text-align:center;"><iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/j2oCX9woz9U" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></div><br /><br />… どうでもいいけれど、<a href="http://www.eo.nl/algemeen/nederlandzingt/page/St__Bavokerk_Haarlem/articles/article.esp?article=10229912" target="_blank">聖バーヴォ教会の会堂</a>っていわゆる「ゴシック」ではないですよね。それでよくあんなに高い天井を支えていられるもんだ。天井は木造だから、石造りよりは軽いんでしょうけれども。<br /><br />　ところで … アランの演奏もさすが、という貫禄じゅうぶんといった感じです。ついこの前もここの大オルガンについてすこし書いたばかりではありますが、動画を見て、あらためてオランダの古オルガンはすばらしい、と思いました。歌口部分の金色の装飾とか、ケースの彩色、てっぺんで睨みを効かせる獅子像とか、ほんと芸が細かい。<br /><br />　… オルガンついでに、こちらの南仏サン-マクシマン・ラ・サント-ボームにある旧女子修道院付属バジリカ聖堂のこの楽器。オルガニストが嬉々として説明しながら演奏してますが、昔の楽器は手鍵盤をカプラーで連結するとき、チェンバロとおなじように鍵盤じたいをスライドさせてました。楽器によっては上段鍵盤を動かすための「握り手」が下段鍵盤の両端についていたりします。↓ <br /><br /><div style="text-align:center;"><iframe width="460" height="264" src="http://www.youtube.com/embed/WlfcuawEUvg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></div><br /><br />　話は前後しますが、いまさっき見た「ららら♪ クラシック」。「母の日」特集だそうで、「母の教え給いし歌」とか、ブラームスの「ドイツ・レクイエム」なんかがかかりました。ブラームスがこの「レクイエム」に寄せた並々ならぬ思いはもちろん、痛いほどわかりますが、それだったらわれらがヨハン・ゼバスティアンのほうは、もっと不幸だった。9 歳にして最愛の母エリーザベトが、翌年にはなんと父ヨハン・アンブロジウスまでもがあいついで他界してしまったのだから。年端もいかぬゼバスティアン少年の受けた衝撃はいかばかりだったか、ということを考えると、察するにあまりある。最初の奥さんを亡くしているとはいえ、後年のバッハが子だくさんだったのも、このへんに遠因があるように思う。つまり、家庭は「サザエさん」よろしく、にぎにぎしいくらいがちょうどいいみたいに思っていたんじゃないか、と。これはあくまでも一個人の妄想に過ぎないけれども。<br /><br /></span><a name="more"></a>

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<title>116 年前の三陸津波写真発見 !　</title>
<description>　まずはじめに … つくば市と真岡市などを突如、襲った竜巻の甚大な被害には絶句した。大地震も大津波も「ゲリラ豪雨」も台風も火山噴火もこわいが、この竜巻のこわさはいざ発生したら、ほんの一瞬でわれわれの日常生活を文字どおり根こそぎ破壊してしまう点だ。土台ごとひっくり返された家の下敷きになったらしい中学生の少年の悲報にはもうことばも出ない。そしてあの雇用促進住宅に入居していたという、福島県双葉町や浪江町の避難民の方の話はほんとうにひどい。一刻も早く日常を取りもどされるよう、祈るのみ..</description>
<dc:subject>美術・写真関連</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-05-07T23:57:30+09:00</dc:date>
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<span style="color:#323265;">　まずはじめに … つくば市と真岡市などを突如、襲った竜巻の甚大な被害には絶句した。大地震も大津波も「ゲリラ豪雨」も台風も火山噴火もこわいが、この竜巻のこわさはいざ発生したら、ほんの一瞬でわれわれの日常生活を文字どおり根こそぎ破壊してしまう点だ。土台ごとひっくり返された家の下敷きになったらしい中学生の少年の悲報にはもうことばも出ない。そしてあの雇用促進住宅に入居していたという、福島県双葉町や浪江町の避難民の方の話はほんとうにひどい。一刻も早く日常を取りもどされるよう、祈るのみです。<br /><br />　ところで、竜巻報道を見ていて気になることばが … 「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%83%AB_(%E6%B0%97%E8%B1%A1)" target="_blank">スーパーセル</a>」というのは、いままで日本国内で発生したことがあるのだろうか … ついこの前、マッキベンの <em>Eaarth</em> について書いた記事で、「スーパーセル」の言及箇所を引いたばかりなので、よもや、と思ったのでした。それにしても … やはり大気の循環が狂いはじめているのだろうか、「いままでこんなことはなかった」、「こんなことははじめてだ」というのがなかば決まり文句みたいに聞かれるようになっている。つくば市付近の上空と地上との気温差はなんと 40 度だったという。いまや地球はマッキベンが言うような、「とても住みにくく、とても暑く、とても不安定でわれわれの生存を脅かす存在となった」惑星になってしまったんだろうか。… いずれにしても今年の GW は、いままで経験したことのないほど大荒れに荒れた天候つづきだった。竜巻も、もとをたどれば記録的大雨を降らせたあの低気圧が、北に張り出す高気圧に行く手を阻まれて生じた結果だと思うし … とにかく天城山で一日当たりの降雨量 800mm というのは、信じがたいことだ ( 伊豆スカイラインはまだ復旧工事中 ) 。<br /><br />　昨年の大震災は、この時期恒例の LFJ コンサートまで影響を与えてしまったけれども、今年はぶじに開催、自分も自室で NHK-FM の「今日は一日◯◯三昧」の生中継をずっと聴いてました。そんなとき、<a href="http://www.kahoku.co.jp/news/2012/05/20120503t75012.htm" target="_blank">この報道</a>に接して思わず目が釘づけに。3 日付の地元紙朝刊の一面に大きく掲載されていたもので、そのガラス乾板から「密着プリント」で起こされた印画紙画像を食い入るように見つめていた。116 年前の明治三陸地震津波の被害の惨状を記録した、まちがいなく第一級の記録写真です。記事によると、震災からわずか一週間後くらいで現地入りした、中島待乳という日本の写真草創期に活躍した写真師が撮影したものらしい。<br /><br />　掲載写真を見てまず感じたのは、その映像のシャープさです。いまみたいに片手でスナップ感覚で撮れるデジカメなんかじゃなく、でかくて重い「手札判」カメラで、三脚や現像機材とかも当然持っていったはずだからこの記録写真を残してくれた中島待乳の苦労はいかばかりかと思わざるをえない。また<a href="http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012050302000103.html" target="_blank">海岸から数百メートル離れた場所に帆船が斜めになって打ち上げられている釜石の被災地の写真</a>など、そのまま昨年の津波の惨状と見紛うばかりだ。背景の山裾がえぐられているように崩れている光景も写し出されているから、ひょっとしたら津波が削り取った痕なのかもしれない。<br /><br />　それにしても中島待乳はすごい人だと思う。寡聞にしてこの人のことは初耳でした。1850 年、千葉の銚子生まれで、銚子に漂着したオランダ人船乗りの時計の裏蓋に写真が貼り付けてあるのを見て、写真師を志したという。オランダ語原書などを頼って独学で ( ! ) なんとカメラも印画紙も自分で作ってしまったという。1874 年に浅草で写真館を開業、その後いろいろ賞をとったりして当時の日本における写真の権威的存在にまでなった人らしい。三陸地震は 1896 年の発生だから、中島は当時 45, 6 だったことになる。<br /><br />　今回、発見された中島待乳の記録写真のもうひとつすばらしい点は、見つかった 48 枚すべてに、「崎浜村被害の全景」など、説明 ( いまふうに言えばキャプション ) が付されていることです。中島が三陸沿岸の被災地を撮影していたちょうどおなじころ、太平洋の反対側の米国では、ジェイコブ・オーガスト・リースが扇情的な手法ながら、「報道写真」のはしりをニューヨークのスラム街で撮りまくっていた。たんなる偶然だけれども、このふたりの写真にはなにか通底するものを感じます。とにかく明治期の先人というのは、写真にかぎらずすごい人が多い。先人から学ぶべき点はやはり多いと思う。<br /><br /></span><a name="more"></a>

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<link>http://curragh.sblo.jp/article/55593679.html</link>
<title>受難曲、オランダの歴史的オルガン、レオンハルト</title>
<description>1). 先週の「古楽の楽しみ」は、「ドイツ・バロックの受難曲」特集。月曜の朝、のっけから案内役の磯山先生が、「復活祭を過ぎているけれども、お許しをいただいてお送りします」。額面通りに受け取ると、だれか文句つけた人とかいるのかしら ?　べつにすこしズレたっていいじゃない、音楽なんだから … と、こんなこと書くと信徒の方からお叱りを受けそうだが。　ドイツバロック教会音楽における「受難曲」というジャンルは、格別のものがあると思う。古くはシュッツの作品とかよく演奏されたりするけれども..</description>
<dc:subject>NHK-FM</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-04-30T14:24:43+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<span style="color:#320065;">1). 先週の「古楽の楽しみ」は、「ドイツ・バロックの受難曲」特集。月曜の朝、のっけから案内役の磯山先生が、「復活祭を過ぎているけれども、お許しをいただいてお送りします」。額面通りに受け取ると、だれか文句つけた人とかいるのかしら ?　べつにすこしズレたっていいじゃない、音楽なんだから … と、こんなこと書くと信徒の方からお叱りを受けそうだが。<br /><br />　ドイツバロック教会音楽における「受難曲」というジャンルは、格別のものがあると思う。古くはシュッツの作品とかよく演奏されたりするけれども、ここで磯山先生はとくに「北方ドイツ起源の」ルター派典礼における受難曲、とくに「オラトリオ受難曲」の変遷を時代順に作品を紹介しつつ丁寧に解説されていた。<br /><br />　でも個人的には<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%97%E9%9B%A3%E6%9B%B2" target="_blank">この記事</a>にもあるように、受難曲という形式そのものの起源はそうとう古く、中世初期のいわゆる「神秘劇」にまで遡ると思う。神秘劇っていうのは、イエスの受難と十字架上の死、そして復活を再現した典礼劇のこと。たとえば英国の大聖堂ではヴォールト天井のてっぺんに穴が開いていて、そこから子どもの聖歌隊員扮する天使が下ったりといった手のこんだ演出がされていたという話を読んだことがあります ( → <a href="http://curragh.sblo.jp/article/28292040.html" target="_blank">関連拙記事</a> ) 。いずれにしてもヨハン・クリストフ・ローテなる人の「マタイ」とか、フリードリヒ・ニコラウス・ブラウンスという人の「マルコ」とか、ふだん耳なじみのない作品ばかりで、楽しかった。ちなみに磯山先生の解説によるとなんとなんとこの「マルコ」、以前ラインハルト・カイザー作とされてきた通称「ブロッケス受難曲」なんだという !!!　それほんと ?　とちょっと調べたら、<a href="http://caprinet.msheritage.com/past4.html" target="_blank">こんなすごいページ</a>がありました ( 「2009.10.16 (金)  Ⅳ. ヨハネ受難曲をめぐって――15」の項目 ) 。言い出しっぺはクリストフ・ヴォルフ先生であられるか。<br /><br />2). ところでいまひさしぶりに Pipedreams サイトで聴いているんですが、最新のオンエアはこれまたうれしいことに、「<a href="http://pipedreams.publicradio.org/listings/2012/1217/" target="_blank">オランダの巨匠たち</a>」。オランダのオルガン音楽、とくるとまっさきに<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF" target="_blank">ヤン・ピーテルスゾーン・スヴェーリンク</a>が思い浮かぶんですが、もちろんほかにも当時有名な人というのはいるわけで、ふだんなかなか耳にできない貴重な音源をこれでもかというほどの大盤振る舞い ( 笑 ) 。オルガン音楽好きにはまったく、たまらない。これぞ至福のときと云ふべきか。<br /><br />　オランダの当時の楽器って、小型中型のものは建造家の個性が出ていておもしろい意匠の凝らされた楽器がけっこう残っています。演奏台が真正面ではなく、なぜか側面にくっついていたり、ストップノブがどういうわけか譜面台のてっぺんのほうに横一列に並んでいたり ( 操作しずらそう … ) 。たいして大型の楽器は「ブラバント型」とか「ニーホフ型」とか呼ばれるタイプが残っていて、巨大な「ペダルタワー」が両側にそそり立っている場合が多い ( シュニットガーの楽器でもそんなタイプの楽器、たとえばハンブルクの聖ヤコビ教会の楽器とかあるけれど、規模がまるでちがう ) 。たとえば<a href="http://pipedreams.publicradio.org/gallery/the_netherlands/haarlem_st-bavokerk_muller.shtml" target="_blank">このハーレムの聖バーヴォ教会のミュラーオルガン</a>。プロスペクトと呼ばれる「外装用パイプ」を収めるケースの高さは、なんと 30m にも達する。今回のプログラムでは、ヴァルヒャの弾いた<a href="http://pipedreams.publicradio.org/gallery/the_netherlands/alkmaar_st-laurenskerk_schnitger.shtml" target="_blank">アルクマールの F.C. シュニットガー改作の大型楽器</a>とかも登場します。主鍵盤とポジティフ鍵盤が物理的に分離している場合がほとんどで、現地でその響きを聴いたことはないが、レオンハルトが最後の来日公演で弾いてくれた明治学院チャペルのオランダバロック期のレプリカ楽器のように、心地よいステレオ効果をもった音響だと思われます。天井が木造の会堂が多いため、残響はそんなにはないかもしれない。そのぶん、鍵盤どうしの対比効果は明瞭に聴き分けられるはずです。<br /><br />　当時のオランダの教会って改革派、カルヴァン派がほとんどだから、教会音楽もルター派のように「会衆みんなで参加してコラール」、なんていうふうには発展しなかった。反対に、それを埋め合わせるかのようにオルガンの自由な即興演奏は長いこと認められていて、それがスヴェーリンクのような名人芸を売り物にするオルガニストを輩出し、まだ音楽後進国だったドイツからスヴェーリンクの名声を伝え聞いた弟子たちが大量に押しかけていった … ようです ( だからといって、この前の「音楽遊覧飛行」の DJ のように、スヴェーリンクを評して「ジミ・ヘンドリックスみたいな存在だったのかな」というのは、いやはやなんとも … ちなみにそのときかかっていたのは「大公のバレット ( <em>Variations on Balletto del granduca</em> ) 」で、鬼才ブリツィのクラヴィオルガン版でした。原曲は、Pipedreams のこのストリーミングで聴ける。演奏者はピート・ケー ) 。スヴェーリンクの有名な弟子にはザムエル・シャイトもいて、有名な変奏曲「わが青春はすでに過ぎ去り」も、シャイトから聞いたドイツ古謡の旋律にインスピレーションを得て作曲したとか言われてます ( → <a href="http://curragh.sblo.jp/article/1668634.html" target="_blank">関連拙記事</a> ) 。ちなみにレオンハルトも永らくオルガニストを務めていたアムステルダム新教会の楽器がそのニーホフという建造家の製作した楽器で、スヴェーリンクの音楽をよく響かせるにはこのニーホフ型の楽器がもっともふさわしい、ということになる。そしてペダルタワーが大型化するにつれ、それまで爪先だけで補助的に演奏していたにすぎない「プルダウン式」足鍵盤もしだいに大型の鍵盤に代わり、やがて両足を華麗に使ったブクステフーデのような北ドイツオルガン楽派が発展します。足鍵盤の音響が著しく発達したのもネーデルラント - 北ドイツオルガンの特徴。カトリック勢力の強かった南ドイツの楽器では、足で弾く鍵盤の役割は北ドイツほど発達せず、いまだ「プルダウン式」か、「奥行きの短い」補助的な足鍵盤が主流だった。<br /><br />　番組ではオランダゆかりの故レオンハルトの演奏した音源もかかっていて ( この音源は持ってる。曲はスヴェーリンクの「主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる」による 4 つの変奏 ) 、今回、はじめてどこの楽器を使用していたのかがわかった。<a href="http://pipedreams.publicradio.org/gallery/the_netherlands/kampen_bovenkerk_hinsz.shtml" target="_blank">カンペンにあるこの巨大なオルガン</a>だった。なんて心に染み入る、いい音色なんだろう !　と、この音源を聴くたびに思ってきたのですが、なるほどここの楽器だったわけだ。<br /><br />　ちなみにレオンハルト氏の葬儀は<a href="http://rogerevansonline.com/2012/01/22/the-funeral-for-gustav-leonhardt/" target="_blank">ここ</a>でとり行われたようですが、<a href="http://www.artsjournal.com/slippeddisc/2012/01/why-is-gustav-leonhardt-being-sent-off-from-the-wrong-church.html" target="_blank">こちらのブログ</a>では、「なんで新教会とかオルガニストとして務めていた教会から送り出さないのだ ? 」と疑問を呈している。コメントとか見ると、ただたんに「新教会は国事行為以外では 30 年以上も使用されてないし、ヴァールセ教会は狭すぎる。選択肢として残ったのはその教会」ということのようです ( ちなみに<a href="http://blog.oratoiredulouvre.fr/2012/01/hommage-a-gustav-leonhardt/" target="_blank">この記事</a>によると、レオンハルト氏は癌を患っていたらしい。あらためて氏のご冥福を祈ります ) 。<br /><br />　番組では DJ のマイケル・バローン氏が、「今年生誕 450 年を迎えるオランダの巨匠の作品の演奏者としてレオンハルト氏ほどふさわしい奏者はいない」みたいなことを言っていたが、そうか、今年はスヴェーリンク生誕 450 周年なのか !!　根が単純なので、ひさしぶりにレオンハルト校訂版「わが青春は … 」の楽譜を取り出してみようかしら … 。またバローン氏は、高校生のときに接したパワー・ビッグズの演奏から受けた強い印象についても述懐していた。<br /><br />< 本文とまるで関係のない追記 >：<a href="http://www.htmlgoodies.com/html5/css/learn-css3-from-a-z-selectors.html#fbid=XhzQkdcAzEn" target="_blank">こちらの記事</a>を参考に ―― というかコピペしただけ ―― CSS 3.0 というものを一部、本家サイトに取り入れてみました。といっても日本語表記のほうではなく、横文字版のほう。見ていただければどこを変えたのか気がつかれると思います。ようするに、洋雑誌とかの書き出しみたいに、<a href="http://curragh.sakura.ne.jp/eng/irishchristianity-eng.html" target="_blank">最初の文字をでかくしたかった</a>、ただそれだけです。ただしこの属性に対応しているのは Google Chrome や最新版の Firefox など。Windows7 に搭載されている IE9 ではどうだか … 年季の入った XP ユーザーなので、このへんのところはよくわかりませんが。<br /><br /></span><a name="more"></a>

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<title>&lt;em&gt;Eaarth&lt;/em&gt;</title>
<description>　今日は 1970 年に米国ではじまった「アース・デイ」ということで、いつも見る Google のロゴも緑の森みたいなデザインになってましたね。　地球温暖化 … についてはここのところ批判する本とかも出てなにやらにぎにぎしい感じはしているけれども、自分がはじめてこの地球規模で進むとてつもない気候変動を最初に意識したのは、マッキベンの処女作『自然の終焉』( 1988,　邦訳は 1990 年刊 ) でした。当時は「温室効果」と呼ばれてました。　この著作、「第二の『沈黙の春』」とも..</description>
<dc:subject>最近読んだ本</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-04-22T23:57:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<span style="color:#323232;">　今日は 1970 年に米国ではじまった「アース・デイ」ということで、いつも見る Google のロゴも緑の森みたいなデザインになってましたね。<br /><br />　地球温暖化 … についてはここのところ批判する本とかも出てなにやらにぎにぎしい感じはしているけれども、自分がはじめてこの地球規模で進むとてつもない気候変動を最初に意識したのは、マッキベンの処女作『自然の終焉』( 1988,　邦訳は 1990 年刊 ) でした。当時は「温室効果」と呼ばれてました。<br /><br />　この著作、「第二の『沈黙の春』」とも呼ばれ、著者マッキベンも一躍「才能ある若手の書き手」として注目を集めたものでした。そして、これ読んでた自分ももちろん当時は若かった( 笑 ) 。<br /><br />　マッキベン本については、近いところでは『ディープ・エコノミー』の原本を読んだりしたけれども、<a href="http://www.billmckibben.com/eaarth/eaarthbook.html" target="_blank">この新作</a>はタイトルからしてずばり『続・自然の終焉』みたいな本。『自然の終焉』を上梓した当時とくらべて「地球温暖化」がいかに進行、つまり悪化したかがいちだんと切迫感をもってたたみかけるような筆致で書かれています。この本で著者マッキベンが主張しているのは、地球の大気循環をもとの「安定状態」にもどすために大気中の二酸化炭素濃度を 350ppm にまで下げろ、そのためにいますぐ行動を、ということに尽きる。350ppm という数値は 1988 年に NASA の気候学者だったジェイムズ・ハンセンが「許容値」として提示した数字。2007 年にハンセン氏があらためて全米地球物理学連合の会議でこの数字がぎりぎりの許容値として提示した日は、すでに北極海の海氷が過去最大の減少を記録したのを知った著者にとって、「自分が知っていた地球はなくなった」ことを実感したときだったという。<br /><br />　冒頭から、背筋の涼しくなるような現実の絨毯爆撃のような列挙がひたすらつづく。「この10 年で、全地球上の総降雨量は 1.5 % 増え」、「スーパーセルと呼ばれる猛烈に発達しかねない積乱雲の発生率が 45 % に達する」可能性があり、「2007 年夏、北極海の海氷面積は過去最低を更新」し ( アポロ 8 号があの「地球の出」を撮影した年より 40 % 以上も減少 ) 、オーストラリアでは海水温度の上昇により偏西風の流れが変わって雨雲がはるか南の洋上に押し流されるようになり、「翌年はじめにはオーストラリア大陸の半分が旱魃」に見舞われた。「2008 年、南極半島の気温が地球上もっとも急激な気温上昇を記録し、西南極では過去 10 年とくらべて 75 % も速く氷が消滅した」。海水は酸性化し、「日本海の急速に海水温が上昇している水域では二酸化炭素の吸収率が著しく低下」した ( エチゼンクラゲの大発生のことも書いてあった ) 。このままのペースで大気中の水蒸気が増えつづければ乾燥地帯はさらに乾燥が進み、雨がちの地域はさらに降水量が増え、「降れば土砂降り」になりやすく生存じたいを脅かされる。また北半球に多く存在する泥炭地に封じこめられている二酸化炭素がいっきに放出されるほど温暖化が進行すれば、いちだんと事態は深刻化しかねない。ツンドラ地帯の永久凍土層に閉じこめられているメタンもどうなるかわからない。自由の女神像とおなじくらいの高さのあるエヴェレスト山の氷河も、マロリー隊がはじめてこの山の写真を撮った 1921 年以来、溶けつづけている。ちなみに現在の大気中の二酸化炭素濃度は約 390ppm で、これほど高濃度だったのは 2000 万年前だったらしい。2000 万年前というと、ちょうど伊豆半島の土台をなす湯ヶ島層群が、はるか南の海で海底火山活動をはじめた時代 ( 新第三紀中新世 ) 。いまの日本列島のあるあたりは、小島の散らばる海だった。もちろん縄文海進とはくらべものにならないほど海水面は高かった。<br /><br />　ハリケーンはますます大型化、その発生頻度も高くなり、旱魃や水害が多発する。加えていまは「ピークオイル」が同時に起きている。代替のエネルギー源はどうする ?　気がつけばそこにあるのはもはやかつての安定した、それゆえ人間の文明を築いてきた「地球」ではなく、まるで別物の惑星。とても住みにくく、とても暑く、とても不安定でわれわれの生存を脅かす存在となった「あたらしい地球」、著者言うところの 'Eaarth' になってしまった。<br /><br />　この本のもうひとつの特徴は、ところどころマッキベンの地元ヴァーモント州の記述が挟まれていること ( 『自然の終焉』を書いたころはアディロンダック山地に住んでいたが、その後ヴァーモントに移った ) 。「はしがき」でも自分の住む山間の町リプトンが大規模な土石流被害に見舞われたことなどを書いているけれども、ほんとこれ人ごとじゃない。自分の住む地区でも 2008 年に出水したことがあったし、近年の雨の降り方はあきらかに昔とはちがう。なんというか、気候変動があまりに極端だ。そしてこの極端さはたとえばハリケーン・カトリーナについて書かれた箇所でも触れているが、こういった大きな気候の振幅をもろに受けるのは貧困に苦しんでいる地域の人々。いま全世界の人口はついに 70 億 ( ! ) を超えたけれども、この本によれば2009 年、英国の著名な学者が <em>The Times</em> 紙に「2030 年までに、食糧危機と水不足の同時発生する最悪の事態が起きる可能性がある」と語ったらしい。2008 年、「飢餓の危機に陥っている人々」の数は 4000 万人増えて 9 億 6300 万人に達し、2009 年には 10 億人を超えた ( レスター・ブラウンの報告による ) 。2000 年の「国連ミレニアム・サミット」では世界の飢餓人口を「2015 年までに」半減させるという宣言が出されたけれども、国連の専門機関の試算によれば、飢餓人口を半減させるには「 2150 年までかかる」。また「ピークオイル」については、たとえば 2008 年の原油価格高騰時、米国の 30 の都市の航空路線が廃止された。将来もこのまま原油価格が高騰しつづければ、「2025 年までに全米の航空路線は 40 % 減少し、主要空港の数も現在の 400 から 50 へと急減する」。では「安い油 ( cheap oil ) 」がなくなったら ??　いまのところバッテリ駆動による飛行機は「ふたり乗りのウルトラライトプレーンくらいが関の山」。<br /><br />　… と、こんな感じでマッキベンはまず現実に進行中の事象を読者に示したうえで、ではどうすればよいかを後半の二章を費やして具体例を挙げつつ考察している。あまりに現象が大きすぎるこの気候変動について、マッキベンがもっとも恐れているのは、「あっさりあきらめてしまう口実にされる」こと。とにかく行動あるのみ、と読み手を奮起させる取り組みや具体例を挙げてます。たとえば再生可能エネルギーの「分散型」発電。でかい発電所を作るのではなくて、地域ごとに自前の小規模発電を行なって必要な電力を賄う「電力の地産地消」。キーワードは「一極集中型ではなくて分散型」、「身近にあるものを利用すること」、「大型志向は捨てよ、これからは小型志向で」。最後の大型志向はとくに米国人の大好きな発想だし、いままでの米国の歴史そのものみたいな感がある。そのためか、米国人読者向けにとりわけ噛み砕いて「なぜ『より大きく』が悪いのか」ということをくどいほど強調している。個人的には、その主張を裏付ける材料として著者の地元で開始された独立戦争にまでさかのぼって書いているくだりが印象的だった ( し、同時に勉強にもなった。はっきりいってこのへんのことに関しては疎いので ) 。食糧生産についても、たとえば英国サセックス大学の農業経済学者が世界 286 地域で実践してきた「( アグリビジネスに代表される「単式農法」ではない ) 代替農法」の成功例とか、西洋の知恵 ( 'double-dug beds', 訳語は不明だが調べたかぎりでは「二層掘り式苗床」といった感じか ? ) と伝統農法とを組み合わせて収量を上げたケニアの実践例とか。「自給自足の分散型発電」については、なんと中国の日照 ( 「リーチャオ」、名前からして日当たりよさそう … ) という新興都市の取り組みが紹介されている。なんでもここは 1990 年代から太陽光パネル設置が進んでいて、いまや 95 % 超の世帯が太陽光発電でお湯を沸かしているという。前の本では日本の太陽光発電の取り組みが書れていたが … 。<br /><br />　もちろん著者の地元ヴァーモント州の取り組みも紹介されていて興味深いんですが、いちばん心に響いたのは、著者の行きつけらしい地元ダイナーのカウンター席に貼ってあるというバンパーステッカーの文句。「思考はグローバルに、行動は地元で ( "Think Globally ―― Act Neighborly." ) 」。ちなみにここのダイナーのメニューには、前作の献辞に名前を挙げていたウェンデル・ベリーその人の詩 ( <a href="http://www.context.org/ICLIB/IC30/Berry.htm" target="_blank"><em>Manifesto: The Mad Farmer Liberation Front</em></a> ) の一節が引用されていたりする。<br /><br />　とにかくマッキベンの主張は一貫している。「われわれが創造してしまったこのあたらしい Eaarth と折り合いつけて生きてゆくために、われわれ自身が変わらなければならない。とりわけ小さくなること、分散化すること、成長ではなく維持に集中すること、そして危険なほどの高みにまで登ってしまったいま、その高みからうまく加減しながら降りること」。マッキベンは<a href="http://ourworld.unu.edu/jp/japans-horror-reveals-how-thin-is-the-edge-we-live-on/" target="_blank">こちらの記事</a>で「後退すること」を書いているが、この本で言っていることも基本的にはおなじこと。もうこれ以上、成長を求めることはやめなくてはならない。「大きすぎて潰せない」のではなく、分散化して小さくなること。といってもたんに「狭い世間しか知らない」ような昔にもどるのではなくて、「思考はグローバルに」。<br /><br />　というわけで、これから人間の生活に必須なものはまず食糧、水、エネルギー … そしてインターネットだという … たしかに自分もネットは印刷革命にも匹敵する技術革新だと思うし、メールや、最近では SNS かな、瞬時に地球の反対側の人とやりとりができちゃうというのはたしかにすごい発明だし、個人の考え方のみならず生き方まで変えたと言ってもいい。とはいえ、「安い油」の産出量が減ってきていると言いながら結論がこれか … という気もしないではない。これは実現可能な変革こそ重要という中道の発想と、マッキベンその人のやさしさがにじみ出ているのだと思う。マッキベンは米国最初の環境学部が設置されたミドルベリー大学の学生有志 6 人と結成した「 <a href="http://www.350.org/en" target="_blank">350.org</a> 」という草の根組織から、このインターネットというあらたな利器を最大限に活用して、全世界にそのメッセージを伝えて行動を呼びかけている活動について触れ、あらためてその伝播効果の大きさとその効用についても書いている ( マッキベンはここの大学の招聘教員になっている ) 。そういえばネットじたいも従来のメディアとちがって「集中型」ではなく「分散型」なので、ここでもまた「分散型システム」の長所が挙げられている。<br /><br />　とはいえ現在の大気中の二酸化炭素濃度は下がるどころか、過去最高の 390ppm なのでまだまだ「負け戦」。マッキベンと 350.org の闘いはまだまだつづくわけで、それが報われるかどうかは、ほかならぬわれわれがこれからどう行動するか、にすべてはかかってくる。すくなくともこの本はそのことを考えさせてくれると思う。<br /><br />評価：〓〓〓〓<br /><br />付記。以前切り抜いた地元紙記事をいくつか見たら … 英国 <em>Guardian</em> の報道として「北極圏グリーンランドの氷床は 300 年で消え、北極海の海氷は気温が 0.5 - 2.0 度上昇すると回復不能になる」、「富士山頂にイネ科の種子植物がはじめて確認された (2010 年 1 月22 日付 )」、「約 6 億年前、CO2 激減により全地球が凍結した可能性がある」( 2008年 ) … 。また先月 12 日に仏マルセイユにて「第 6 回世界水フォーラム」が開催され、その関連記事によると世界人口は 2050 年には 91 億人に達し、食糧需要がいまより 70 % 増えるという。<br /><br /></span><a name="more"></a>

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<title>こういうのは困る</title>
<description>1). 先週末、You've Got Mail という10 年以上前に公開された洋画が深夜のローカル局で放映されていたので見てました。なんでもこれ昔の作品のリメイクだそうで、かつての「恋文 ( この言い方はもう古い ? ) 」に代わって、電子メールでのやりとりが全面に押し出された感じの作品。このころのトム・ハンクスといえば、「アポロ13」のラヴェル船長役をすぐ思い浮かべるんですけれども、それにしてもこの映画を見ると、インターネットの使い方というものがわずか 10 年ほどのあい..</description>
<dc:subject>Web関連</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-04-16T23:54:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<span style="color:#323232;">1). 先週末、<em>You've Got Mail</em> という10 年以上前に公開された洋画が深夜のローカル局で放映されていたので見てました。なんでもこれ昔の作品のリメイクだそうで、かつての「恋文 ( この言い方はもう古い ? ) 」に代わって、電子メールでのやりとりが全面に押し出された感じの作品。このころのトム・ハンクスといえば、「アポロ13」のラヴェル船長役をすぐ思い浮かべるんですけれども、それにしてもこの映画を見ると、インターネットの使い方というものがわずか 10 年ほどのあいだでこれほどまでに変わってしまったのかとヘンな意味で感心してしまったり … 当時は当然、ダイアルアップ接続 !　しかも最近とんと見なくなった AOL の接続ソフト !!　つまり電話線でつないでいた。いまみたいに定額制なんてないから、使えば使っただけ通信代金がかかる従量制。いまなんかすごいですよね。iPhone とか Android 端末、iPad などのタブレット端末とかはみな携帯電話回線か、Wi-Fi 経由でつなぐのが当たり前、プリンタなんかも NetBEUI だったか、有線でさえ PC と接続するのに一苦労だったというのに、いまじゃ Wi-Fi 経由のプリント対応機種では無線LAN ルータ経由でかんたんにつなげてしまうのだから。<br /><br />　トム・ハンクスと相手役のメグ・ライアンは Mac Book ?　かな、いちいちノート PC をベッドに持ちこんだり、デスクトップ型マシンの CRT の前で頬杖ついたりしてチャットしたりメールを打ちこんだりしているけれども、iPhone で猛烈な速さでテキスト打ちこむいまの若い世代の人がこれ見たらなんて思うかな。この映画では老舗の街角の本屋さん vs. 大型量販書店という話でもあったが、いまじゃどっちも旗色が悪い。もちろん電子書籍のことだが … それについては、たとえば<a href="http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1204/16/news034.html" target="_blank">こんな報道</a>もありましたね。<br /><br />　ことほどさようにテクノロジーの発展というか進化の速さには目を見張るものがある。たとえば Google。まだ日本語版が登場する前から「これはすごい ! 」と使ってきた年季の入った ( ? ) ユーザーなので、最近の Google を見てるとなんかもうついてゆけない感じもする。それでも Person Finder というサービスをいちはやく立ち上げたりして社会貢献もしている … 点も考えると、好むと好まざるとにかかわらず、もはや Google は地球規模での社会インフラみたいな存在になってきている、と思う。ちなみにいま<a href="http://books.hankyu-com.co.jp/_ISBNfolder/ISBN_11100/11116_google/google.html" target="_blank">こういう本</a>を読んでいるのですが、いかんせん分厚い大作なので、ただいま中断中 ( ほかにも読むものがあるので … )。マッキベンの本もそうだけど、この取材本もひじょうにおもしろいので、近いうちにこちらについてもここで感想を書くつもりではいる。Google という社名が、創業者のひとりが登記するときに Googol と申請しようとしてミススペルした結果のもの、というのは知らなかった。Google っていったいなにしている会社なの ?　とか、Google のいまを知りたい向きにこの本はおすすめです。ちなみに Google 以前の「検索エンジン」というのは、まず AltaVista 、そして Inktomi というのが主流でした。どっちもいまの Google みたいに「ほぼ一発で」知りたい情報にたどりつける、なんていう芸当にはほど遠かった … 。<br /><br />　と、そんな折も折、<a href="http://www.kahoku.co.jp/news/2012/04/20120414t75009.htm" target="_blank">こんなニュース</a>が目につきました。うーむ … テクノロジーの発展でかならず問題になるのが、人間の仕事の口をつぎつぎと奪ってしまう、ということ。たしかジョブズ氏は、荷馬車からトラックへと輸送手段が変わるにつれて、人の仕事もまたそれにあわせて変わるものだ、みたいなことを言っていたような気がするけれど、「自然の摂理」に人間の手前勝手な経済モデルを押しつけるいまの経済社会構造にはっきりノーを突きつけている農民にして詩人のウェンデル・ベリーは、これにからめてつぎのように書いている ( 訳は拙訳 ) 。<br /><br />　―― かつて技能は、最終的には質を指すことばだった。その仕事はどれくらいできがよいか ?　その品はどれくらいよくて、長持ちして、使っていて心地がよいか ?　だが機械が大型化し、複雑さを増すにつれ、われわれの機械に対する畏怖の念もまた大きくなり、労働力をさらに節約したいと欲するようになってからは、技能というものを質ではなく量として判断する傾向がますます強まっていった。ある人はどれくらい速く、安く仕事ができるか?　といったぐあいに。「計量化できる」技能ばかりが、ますます求められている。計量可能な技能が求められるほど、それはいともたやすく機械に取って代わられる。機械が技能に取って代わるにつれ、機械は生命とのつながりを絶ち、人間と生命とのあいだに割って入るようになる。＊ <br /><br />　これはあくまで農業について書かれたものだけれども、おんなじようなことを比較神話学者キャンベルもまた書いていたりする ( 『生きるよすがとしての神話』の6 章、「東洋芸術のインスピレーション」後半部分 ) 。たしかに便利になることじたいに反対するような人は、きわめて少数派だろう ( いまのところは ) 。でも「テクノロジーの発展 ＝ 楽して手抜き」であっていいわけがない。それとこれとは話がべつだし。どうも最近、こういう話が多いような気がする。誤訳とかなんとか、それ以前の「意識」の問題ですね。これこそ、機械と人間の手仕事との重要なちがいなのにね。<br /><br />2). それともうひとつ、地元紙夕刊紙上にて「にっぽん色めぐり / 桜花の淡紅」という記事を見ました … 内容は、なんでいまの日本では桜、というとソメイヨシノ一辺倒なのか、ということをおもに歴史から焦点を当てて考察したもの。署名はないけれど、なかなか読ませるコラムでした。ワタシはソメイヨシノ … ももちろん好きではあるが、あればっかりというのはやはり自然の植生という点から見てもいただけないと前々から思ってます。個人的に理想なのは、吉野山のようなヤマザクラとその自然交雑種。ソメイヨシノは、いわゆるクローンなので、いっせいに咲き出す。オオシマザクラゆずりの大型の花はたしかに見栄えがいいし、散りぎわも華やかだし花筏もまたをかし。でも !　ヤマザクラの美しさはまた格別ですよ !　あの鮮やかなオレンジ色の若葉と同時に花を咲かせる姿が大好き。あれを見ると、なんというか欧米人が「イースターエッグ」を見て思い浮かべるのとおんなじような、強い生命力というものを感じます。先日、西伊豆へ花見に行ったのですが、あいにく今年は例の暴風が二度も吹きまくったためか、塩害でせっかくの花びらが変色した樹が目立った。これもまた自然だと自分に言い聞かせて撮影していたが、当日はくそ寒くて、午後は冷たい西風が吹きまくり、吹き飛ばされそうになりながらも堂ヶ島で断崖に砕け散る波とか撮ってました ( 苦笑 ) 。<br /><br />　… けさの「古楽の楽しみ」は、リュート作品特集みたいだったようで、ダウランドの「涙のパヴァーヌ」とかかかってました。そういえばバッハもリュート独奏作品をいくつか残しているけれども、キリのいい BWV.1000 はなにかと言えば、「ト短調のフーガ」でした。<br /><br />＊ ... <em>The Unsettling of America</em>, p.91. <br /><br /></span><a name="more"></a>

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<title>祝　水戸芸術館オルガン復活リサイタル</title>
<description>1). けさの「古楽の楽しみ」は、「ヴェネチアの古楽さまざま」その 1 。16 世紀、サン・マルコ大聖堂オルガニストだったクラウディオ・メールロという人の「第 1 旋法のトッカータ」、「第 8 旋法によるリチェルカーレ」という作品がかかってました。メールロかあ、ひさしく聴いてなかった。というか最近はめっきり聴く機会が減った ( 「オルガンのしらべ」が現役だったころは、NHK ホールの大オルガンを使った録音でときおりかかっていた ) 。ひさびさのメールロでしたが、… なんか似た..</description>
<dc:subject>音楽関連</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-04-02T23:29:37+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<span style="color:#323232;">1). けさの「古楽の楽しみ」は、「ヴェネチアの古楽さまざま」その 1 。16 世紀、サン・マルコ大聖堂オルガニストだった<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%AD" target="_blank">クラウディオ・メールロ</a>という人の「第 1 旋法のトッカータ」、「第 8 旋法によるリチェルカーレ」という作品がかかってました。メールロかあ、ひさしく聴いてなかった。というか最近はめっきり聴く機会が減った ( 「オルガンのしらべ」が現役だったころは、NHK ホールの大オルガンを使った録音でときおりかかっていた ) 。ひさびさのメールロでしたが、… なんか似たようなフレーズやトリルが多くて、個人的にはサン・ピエトロ大聖堂オルガニストだった<a href="http://2style.net/misa/kogaku/early032.html" target="_blank">ジロラモ・フレスコバルディ</a>のほうが好きだったりする。メールロの作品は、どういうわけか昔からあんまり好きではない。ちなみにこの日かかった「リチェルカーレ」はバッハ晩年の大作「音楽の捧げもの」とはちがって、厳密なフーガではなく、きわめて自由な進行のトッカータに近いもの。リチェルカーレついでに、以前、<a href="http://www.youtube.com/watch?v=Kbjg-nFvsFM" target="_blank">この作品</a> ( ?? ) をはじめて見たとき、椅子から転げ落ちたことがある。<br /><br />2). 水戸芸術館の玄関ホール 2 階バルコニーにある 46 ストップ三段手鍵盤とペダルをもつオルガン。昨年の大震災で被災して、とくにペダルタワーの大きなパイプがバラバラと階下の床に落下して転がっている光景は、オルガン好きとしてはなんともショッキングで、気仙沼の「水を運ぶ」松本少年の写真とともに強烈に印象に残っている。でも建造元のマナ・オルゲルバウのオルガンビルダー父子をはじめとする、関係者各位の懸命なご努力が実を結び、ついにきのう、復活公演とあいなった、との報道には心からうれしく思います ( オルガン復活が、「棕櫚の主日 ( Palm Sunday ) 」当日になったというのは、たまたまだったとは思うけれども。今年はつぎの日曜が西方教会における復活祭 ) 。ほんとは聴きに行きたかったくらいだったが、もうすこし落ち着いてから行ってみようかなと考えてます ( → <a href="http://ibarakinews.jp/news/news.php?f_jun=13332763765024" target="_blank">関連記事その 1</a>、<a href="http://www.yomiuri.co.jp/otona/news/20120402-OYT8T00388.htm?from=osusume" target="_blank">その2</a>。NHK ニュースの動画は<a href="http://www.nhk.or.jp/lnews/mito/1073576081.html?t=1333370273448" target="_blank">こちら</a>で。 )。→ <a href="http://arttowermito.or.jp/dir_download/img_hall/program/120401pipeorgan_program.pdf" target="_blank">当日のプログラム ( PDF )</a> 。<br /><br />　ニュース見てはじめて知ったんですが、修復ついでに「ツィンベルシュテルン ( Zimbelstern, 「シンバルの星」の意 ) 」ストップが取りつけられたんですね !　これはすばらしい。往年の名ピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプの回想録の書名( 『鳴り響く星のもとに』 )にもなっている。ケンプが子どものころ、この愛らしく軽やかなオルガンのストップを耳にしたことがあり、終生、その響きを忘れずにいたらしい。このツィンベルシュテルン、動画を見ればわかるようにストップを引き出すと先端についた星型の飾りがくるくると回転し、内部に取りつけられた小型の鐘をハンマーが打ち鳴らすという一種の自動演奏装置。このストップをもった楽器は、この近辺だと NHK ホールや東京芸術劇場大ホールの巨大なオルガンとかすみだトリフォニーホールのオルガン、豊田市コンサートホールのオルガンに、愛知県芸術劇場の大オルガンにもある。芸劇のガルニエの楽器は、なんか強風にあおられる風見鶏よろしく超特急で回転する ( 笑 ) 。この手の自動演奏装置はなんというか建造家の遊び心が垣間見えておもしろい。カテドラル聖マリア大聖堂のマショーニオルガンには、「水笛」が備えられている ( ほんとうに水が入っている ) 。<br /><br />　動画ではバッハの「ハ長調のトッカータ、アダージョとフーガ　BWV.564 」がかかってましたが、TV 画面で見たときは滝 廉太郎作曲の「花」が聴こえてきた。昨晩見た「 N 響アワー」後継番組で、ピアニストの舘野泉さんが、「音楽はわたしの人生そのもの」だとおっしゃっていたのが印象的でしたが、オルガン復活リサイタルを聴いた方が、「とてもよかったです。しあわせです」と語っていたのも心に残った。建造した松崎氏が言っているように、この楽器がいかに水戸市民に慕われているか、ということを知ってなんだかこちらもとてもうれしくなった。この復活公演前の先月にも、このオルガンの修復作業を追った企画も NHK で見たんですが、ここの楽器って、子どもが自由に触ったり弾いたりできる市民参加企画をずっとつづけてきたそうで、これこそまさしく市民に開かれたすばらしいオルガンだ、とひとり感じ入ったしだい ( 番組では、仕上げの「整音」作業のもようが映し出されていた。小指ほどの金属パイプの「歌口」を専用の道具で息を詰めての微調整。ほんのすこしの力の加減で音が狂ったりするし、雑音厳禁なので、暖房を止めた深夜に作業していたという ) 。だからこそのあの熱気、あの待望感なのですね !　この楽器に対する水戸市民の思いが伝わってくるようで、ほんと感動しましたよ。La musica è la mia vita !!　<br /><br />　… ところで AOI の楽器、2004 年ごろは「オルガン体験」みたいな企画を開催していたけれども、そろそろまたお願いしますよ !　そうだ、浜松市楽器博物館にも行かなくては … 。<br /><br /></span><a name="more"></a>

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<title>バッハの独創性</title>
<description>1). とうとう昨夜の放映で往年の名音楽番組「N 響アワー」が終ってしまったよ … というか、ほんと池辺先生って駄洒落の帝王だ ( 笑 ) 。あの調子じゃ、番組がちっとも進行しませんな。最後の締めがもっともリクエストの多かったというスヴェトラーノフ指揮のチャイコフスキー「5 番」の終楽章からでしたが、ひょっとしたら「チャイさま」と崇拝しているゲストの檀ふみさんへのサービス ( ? ) もあったのか、なかったのか … でも掉尾にふさわしい演奏となりました。　けさの「古楽の楽しみ..</description>
<dc:subject>音楽関連</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-03-26T22:56:20+09:00</dc:date>
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<span style="color:#323232;">1). とうとう昨夜の放映で往年の名音楽番組「N 響アワー」が終ってしまったよ … というか、ほんと池辺先生って駄洒落の帝王だ ( 笑 ) 。あの調子じゃ、番組がちっとも進行しませんな。最後の締めがもっともリクエストの多かったというスヴェトラーノフ指揮のチャイコフスキー「5 番」の終楽章からでしたが、ひょっとしたら「チャイさま」と崇拝しているゲストの檀ふみさんへのサービス ( ? ) もあったのか、なかったのか … でも掉尾にふさわしい演奏となりました。<br /><br />　けさの「古楽の楽しみ」は、バッハだ !　なんでも今週はバッハ特集らしい。で、案内役の磯山先生はのっけからシュヴァイツァーの有名なことばを引用してました。「… かくのごとくバッハは一つの終局である。彼からは何ものも発しない。一切が彼のみを目ざして進んできた ( 白水社刊『バッハ　上巻』p.26 ) 」。でも、バッハの音楽はただ中世・ルネサンス・バロックといった「古い」時代の音楽の集大成、それでおしまい、なんてことはない。同時にその独創性ゆえに、のちの時代の音楽が発展する礎ともなっているのだ、とそんなようなことを言っていた ( まじめに聞き耳立てていなかったので、うろ覚えですが ) 。で、そんなバッハの「独創性」、つまりユニークさが典型的に現れている作品の好例として、オルガンのための「6 つのトリオソナタ ( BWV.525 - 530 ) 」が取り上げられてました。そのうちかかったのは最初の「ソナタ　変ホ長調」、2 番目の「ソナタ　ハ短調」、3 番目の「ソナタ　ニ短調」、そして最後の「ソナタ　ト長調」から第 1 楽章と第 3 楽章。ただしこれだけリコーダーと通奏低音と右手担当のチェンバロという、演奏者の解釈による「原曲復元版」演奏でした。<br /><br />　以前にも書いたけれどもこの「6 つのトリオソナタ」、なんせオルガニストひとりに 2 つの声部と通奏低音からなる室内楽ソナタを弾け、って言うんだからそんなご無体な、的な超絶技巧練習曲集なのです。もっとも以前ここでも紹介した、<a href="http://curragh.sblo.jp/article/43402684.html" target="_blank">オランダの十代のオルガニスト</a>のような天才的な奏者の手にかかってしまうと、聴いていてこれほど楽しい作品もそうはない、と思う。磯山先生も告白されていたが、ワタシもはじめてこれを聴いた中学生のときは、「ニ短調のトッカータとフーガ」とはまるで趣の異なる、侘び・寂よろしくなんとちんまりまとまってつかみどころなくさらさら、さらさら流れるだけの作品に巨大な ?　がアタマに浮かんだものなんですが、チップス先生よろしく年とってくると(when you are getting on in years ... ) 、この作品の持つすばらしさに気づかされる。当方が持っているのはプレストンにコープマン盤、それとリヒターにヴァルヒャ盤ですが、けさ聴いたロレンツォ・ギエルミがミラノのアーレントオルガンを弾いた新録音も、またいい !　と思った。ストップの配合がなんとも微妙な陰影で、右手も左手も似たような音色なんですが ( 蛇足ながら、この作品はひとつの手鍵盤だけでは弾けない。「独立した二段手鍵盤と足鍵盤を持つオルガン」用とバッハみずから指定している ) 、混濁せずにくっきりと絡み合い、じゃれあう旋律線が耳に心地よく響いてくる。このアルバムも a must buy かな。<br /><br />　「6 つのトリオソナタ」は、バッハのオルガン作品としては珍しく自筆譜が残っている。長男フリーデマン・バッハの教育用だったから、当然のことながらフリーデマンによる筆写譜も伝えられている。で、これもまた<a href="http://curragh.sblo.jp/article/9759239.html" target="_blank">以前書いたこと</a>ですが、4 番目の「ソナタ ト長調　BWV.528」の終楽章は、オルガンのための「前奏曲とフーガ　BWV.541 」の「初期稿」では前奏曲とフーガのあいだにはさまれるかたちで記譜されかけている筆写譜が伝えられていて、当初はこのかたちだったのではないかとも言われてます ( 筆写譜では、記譜された最初の 13 小節が抹消されている ) 。ときたま、BWV.541 もこの「失われたオリジナル版」で演奏されたりします。<br /><br />　音楽ついでに … もう終わったけれども、<a href="http://www.nhk.or.jp/songbook/" target="_blank">この番組</a>もすばらしかった。ただたんに歌詞を翻訳するだけでなく、想像の翼を広げた日本語の歌詞まで生徒に作らせるところがいい。'True Colors' って名曲ですね !　「音楽もまた人なり」、シンディ・ローパーさんはその芯の強さをわれわれに見せてくれましたね。それにしても … 'Honesty' だの 'We're all alone' だの、懐しいことこの上なし。<br /><br />2). … というわけで、本日は米国の神話学者<a href="http://www.jcf.org/new/index.php?categoryid=11" target="_blank">キャンベル</a>の誕生日だったりします ( 1904 年ニューヨーク生まれ ) 。最近、なにかにつけてこの人の著作とか思想とか言及することが多いけれども、この前自室の掃除ついでにがさごそ漁ったら、だいぶ前に録画 ( いにしえの 3 倍モード !! ) した VHS テープがいくつか出てきて、ちょうど数冊ほど著作を読んだとこだし、懐かしさもあって見てみた。「神話の力」という TV 対談は 6 回シリーズですが、掘り出せたテープは初回も含めた 3 回分。きのうは初回の「英雄伝説」をひさしぶりに視聴したんですが … やはりその天性のストーリーテラーぶりには引きこまれてしまう。トカイを飲み飲み、「銀河を十何回か転がしていけばアンドロメダ銀河まで辿りつける」という発想のやわらかさがやたら印象に残っている、埴谷雄高の独白番組もおもしろかったけれど。訳者の飛田先生も書いていたけれども、この対談が成功しているのは相手役 ( いや、生徒役 ?? ) のジャーナリスト、ビル・モイヤーズによるところが大きいと思う。そういえばキャンベル神話学を映画化した ( らしい ) <em>Finding Joe</em> なる映画が昨年だったか、米国の一部地域で公開されていたみたいですが、「単館系」でどっかで上映してくれないかな ?　<br /><br />　書籍版『神話の力』は、かつて NHK の「海外ドキュメンタリー」で放映されたときとは話の順序が細かいところでちがっていますが、その書籍版から、モイヤーズとの対談で印象に残った箇所を引いておきます ( いまさっき「ベスト・オヴ・クラシック」で聴いた、シューベルトの「グレート」は、最高 !　でした ) 。<br /><br />　―― モイヤーズ　私はどうやって私の内なる竜を倒せばいいのでしょう。私たちが各自しなければならない旅とは、先生がおっしゃる「魂の高い冒険」とは、どういうものでしょう。<br /><br />　―― キャンベル　私が一般論として学生たちに言うのは、「自分の至福を追求しなさい」ということです。自分にとっての無上の喜びを見つけ、恐れずそれについて行くことです。<br /><br />　―― モイヤーズ　それは仕事ですか、それとも生活ですか。<br /><br />　―― キャンベル　もしあなたのしている仕事が、好きで選んだ仕事ならば、それが至福です。しかし、あなたがある仕事をしたいのに「駄目だ、とてもできっこない」と思っているとしたら、それはあなたを閉じ込めている竜ですよ。… <br /><br />　―― モイヤーズ　そう考えてくると、私たちはプロメテウスやイエスのような英雄と違って、世界を救う旅路ではなく、自分を救う旅に出かけるんですね。<br /><br />　―― キャンベル　しかし、そうすることであなたは世界を救うことになります。いきいきとした人間が世界に生気を与える。これには疑う余地はありません。生気のない世界は荒れ野です。人々は、物事を動かしたり、制度を変えたり、指導者を選んだり、そういうことで世界を救えると考えている。ノー、違うんです !　生きた世界ならば、どんな世界でもまっとうな世界です。必要なのは世界に生命をもたらすこと、そのためのただひとつの道は、自分自身にとっての生命のありかを見つけ、自分がいきいきと生きることです。<br /><br />　―― モイヤーズ　私が旅に出て、竜の居場所を見つけてそれをやっつけるとき、万事ひとりでやらなければならないのでしょうか。<br /><br />　―― キャンベル　手伝ってくれる人がいるなら、それはそれでいいのですが、やっぱり最後の仕事は自分でしなければなりません。心理学的には、竜は自分を自我に縛りつけているという事実そのものです。私たちは自分の竜という檻に囚われている。精神病医の課題は、その竜を破壊して、あなたがより広い諸関係の場へと出ていくことができるようにすることです。究極的には、竜はあなたの内面にいる。あなたを抑えつけているあなたの自我がそれなんです。<br /><br />… ブータンの若き国王が福島の子どもたちに語った、あのドラゴンの話を彷彿とさせるくだりですな。<br /><br />追記。いまさっきちょっと調べたら、なんともう<a href="http://www.findingjoe.jp/" target="_blank">国内上映公式サイト</a>ができていたりして … 。「なぜ、映画のタイトルはファインディング・ジョー」なの ?　という質問がありましたが、それはこの拙ブログ関連記事を見ればわかる ( 笑 ) 。べつに回し者じゃないけれども、閉塞という名のドラゴンに閉じこめられている感があるこの国でこの手の作品を上映するのは、それなりに意義あることだと思う。<br /><br /></span><a name="more"></a>

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<title>パディントンの命をつないだマーマレード</title>
<description>　昨年暮れ、クリスマス時期に放映されたこちらの番組。英語初学者 ―― いや、万年初学者 ?　 ―― だったころ、全巻ではないけれど読んだことのある『くまのパディントン』シリーズの原作。ぼんくらなワタシはこれらを見て、児童文学って奥が深い、そして意外とむつかしい … と感じたものです ( ただたんに読解力がなかっただけだが ) 。「どうぞこのくまのめんどうをみてやってください　おたのみします」はすばらしい名訳 !　だと思っているんですが、とにかく懐かしさもありまして、とりあえず..</description>
<dc:subject>日々の雑感など</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-03-19T22:58:00+09:00</dc:date>
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<span style="color:#320065;">　昨年暮れ、クリスマス時期に放映された<a href="http://www.nhk.or.jp/kamado/story/index12.html" target="_blank">こちらの番組</a>。英語初学者 ―― いや、万年初学者 ?　 ―― だったころ、全巻ではないけれど読んだことのある『<a href="http://paddington-bear.jp/" target="_blank">くまのパディントン</a>』シリーズの原作。ぼんくらなワタシはこれらを見て、児童文学って奥が深い、そして意外とむつかしい … と感じたものです ( ただたんに読解力がなかっただけだが ) 。「どうぞこのくまのめんどうをみてやってください　おたのみします」はすばらしい名訳 !　だと思っているんですが、とにかく懐かしさもありまして、とりあえず録画していたのです ( 年末はなにかと忙しいから、見ていられなかった ) 。で、やっと先日、録画を見たんですが … おどろきました!　パディントンが首から下げていた荷札のあのことづてに、作者マイケル・ボンド氏の体験した忘れられない悲しい思い出がこめられていたとは … 。<br /><br />　子グマのパディントンはご存知のように、ロンドンの<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8F%E3%81%BE%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3" target="_blank">パディントン駅</a>構内で例の荷札を首からぶら下げて佇んでいたところをブラウンさんの奥さんに拾われ、ブラウンさん家に「居候」することになり、そこでさまざまな騒動を繰り広げる … という筋立ての物語。ペルーの「老グマ園」にいるルーシーおばさんに送り出されて「密航」して英国までやってきたとき、パディントンの命を文字どおりつないだのがあの大好物のマーマレード。今年 86 歳になられるボンド氏にとって、あれは少年期の忘れられない光景が下敷きになっている。当時、ロンドン大空襲から疎開してきた子どもたちが、パディントンとおんなじように名前と住所が書かれた紙札を首から下げて、大切なものをいっぱいに詰めこんだ鞄を持っておおぜい佇んでいた … と言います。そうなのか、あの出だしにはそんな原体験が投影されていたとは … 「殺し合いから逃れてきた人々を見るのはいたたまれませんでした」。ボンド氏の両親も、ナチス・ドイツから逃れてきたユダヤ系の子どもふたりを預かっていたという。はじめてパディントンを見たブラウン夫人が、「クマの首から下がったあの札を見て、同情する。ここが、重要なんです」。<br /><br />　'PLEASE LOOK AFTER THIS BEAR　Thank you.' <br /><br />この一文にこめられた原作者の深い深い「思い」が、ようやくわかったように感じたのだった。<br /><br />　それにしてもボンド氏はお元気だ。きっと奥様手作りのマーマレードのおかげなんだろう。『くまのパディントン』シリーズもなんと 55 年目 !　だそうで、たいへんなロングセラーだ。そしてなんと、番組が放映された昨年暮れも、ボンド氏はパディントンの最新作を 7 か月かけて執筆していた !　執筆シーンも見ましたが、昔タイプライター、そしていまは Macbook と iMac が執筆道具なのですね !!　最新作って邦訳が出るのかどうか知りませんけれども、これはぜひ原本で読んでみなければ。『くまのパディントン』シリーズは、なんと全世界で 30 か国語以上もの翻訳が刊行されているという。ボンド氏いわく、「いまの世の中は急激に変化しています。パディントンは変わらないからいいのです。居場所もあるし、自由です。読者はそんなところに憧れを抱くのでしょう」。これを聞いて頭に浮かんだのは、サザエさん一家。あれだって変わらないから、いいんですよね。パディントンとよく似ている。ちなみにパディントンは典型的な英国紳士だと思う。まず彼は、自分のことを子どもだと思っていないふしがある。言葉遣いもいいし礼儀正しい。よれよれの帽子に、ダッフルコート。この微妙なアンバランス ( 正確には、インバランス ) さが受けたのかもしれない。'trick cyclist' なる俗語も、くまのパディントンから教わった ( 意味は「精神科医」、つまりアタマを診るお医者さん ) 。もちろんパディントンは真に受けて、「はやく自転車曲乗りを見せてください ! 」とせっつく ( 笑 ) 。こういうすっとぼけた英国流ユーモアがこのシリーズの特徴でもある。<br /><br />　料理ものにはとんと疎いワタシは、英国「伝統」のマーマレードというのが苦いセビルオレンジが原料だということも知らなかった ( そういえばきのう、NHK-FM で MET によるロッシーニの「セビリアの理髪師」がオンエアされていたけれど ) 。セビリア ( 厳密に表記すればセビーリャか、セビージャ ) … とくると、『語源論』の聖イシドール ( イシドルス ) 。 アイルランド人修道士はこれをせっせとラテン語訳した。そして、パディントンの命をつないだマーマレードの原料セビルオレンジの原産地であるそのセビリアに、この前ハイドン作品の実演に接して感動した、鎌倉のグロリア少年合唱団が公演を行う、というわけなんですね。<br /><br />　… しかしあの「ゆずのマーマレード」っておいしそうだな。柑橘系のワインとか西伊豆でも観光用に売り出しているけれど、「ゆずのマーマレード」ってあったかな ??　<br /><br /></span><a name="more"></a>

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<title>Unsettling of Japan ??</title>
<description>1). あの日から今日で一年 … になりました。　わたしはあのとき ( 金曜日 ) 、たまたま非番の日だったので、「英国王のスピーチ」という映画を観に行っていた。ベートーヴェンの「7 番」やモーツァルト、チャイコフスキーなどのクラシックの名曲が効果的に使われたすばらしい映画でしたが … 帰宅してやや遅いランチを食べた直後、ちょうど「気まクラ」の再放送のときに「緊急地震警報」がけたたましく鳴り響き、あの恐ろしく長い地震動がはじまった。　わたしはボランティアにも行ってないし、奥尻..</description>
<dc:subject>日々の雑感など</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-03-11T23:40:48+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<span style="color:#003232;">1). あの日から今日で一年 … になりました。<br /><br />　わたしはあのとき ( 金曜日 ) 、たまたま非番の日だったので、「英国王のスピーチ」という映画を観に行っていた。ベートーヴェンの「7 番」やモーツァルト、チャイコフスキーなどのクラシックの名曲が効果的に使われたすばらしい映画でしたが … 帰宅してやや遅いランチを食べた直後、ちょうど「気まクラ」の再放送のときに「緊急地震警報」がけたたましく鳴り響き、あの恐ろしく長い地震動がはじまった。<br /><br />　わたしはボランティアにも行ってないし、奥尻のとき ( 1993年7月の「北海道南西沖地震」 ) ほど義援金を寄付したわけでもないけれど、ここ数か月の動きを見ているとどうもヘンだと感じてしまう。<strong>Something is wrong!</strong><br /><br />　たとえばいまごろ、という感じで恐縮だが大量の「がれき」処理問題。これは、その件の報道でなんだか全国区みたいになった島田市にかぎらない。いろいろ手続き上の問題とかあるにせよ、「広域処理がないかぎり先へ進めない」被災自治体の苦しみが、どうしておなじ国の国民なのにわかろうとしないのか。島田市長が処理を決めたがれきというのは、べつに爆発した原発のすぐ近くとか、警戒区域とかそんなところじゃない。はるか北、岩手県山田町と大槌町の分で、ほとんどが木材。それなのに、焼却場や最終処分場のある地元自治会だかの関係者を現地にまで連れて行ったりしたあげく、ようやくその人たちも事の重大さに納得 ( ? ) したのか、ここにきて正式受け入れの運びになってきた。それはたいへん喜ばしいことだけれども、どっかの政府与党同様、決定に時間がかかりすぎる。もっともこれにはなんだか素性のよくわからん市民団体だかが声高に受け入れ反対の声をあげていた事情もあったようですが … 自分の見たかぎり、地元紙報道にはあんまりその「県外の市民団体」なるものについて報道はなかったと思う ( そのへんどうなってるの ? ＞　地元紙殿 ) 。また地元紙の「読者投稿欄」には当初、受け入れ消極派の意見が多かったけれども、ここにきてやおら「受け入れすべし」派が多くなった。… はやく自分の住むところもできる範囲内でいいから、受け入れてもらいたいところです。風評被害 ?　そういうこと言う人の気が知れない。被災地がたとえば首都の東京だったらどうでしょうか。強引にでも復興を進めるんじゃないですかね。<strong>想像力があまりにも欠如しているのではないですか</strong>。<br /><br />　放射線 … については、そりゃたしかに怖いですよ。でもがれきは数十万もする正式な検査機材使って計測しているんだし ( 前にも書いたが、素人計測はあんまり当てにはならない。あくまで参考ていど ) 、いつだったか問題視されたダイオキシンのほうがよっぽど体に悪いですよ。当事者の東電は当初、第一原発から「撤退」しようとして、それを知った米国の政府高官がびっくり仰天していたらしいけれども、東電と同様まるで当事者意識のない政府もそうだが、みなさんはやくも「国難」意識が風化しはじめたのでしょうか ?　これでは被災地はたまらない、と思う。* <br /><br />　もちろんそんなことはない … と信じたい。きのう見た NHK の特番では、その大槌町の「<a href="http://www.otsuchi.jp/" target="_blank">地場産品復興プロジェクト</a>」のことが放映されていて、すなおに感動した。個人と個人とを結ぶ IT テクノロジーの使い方のすばらしい例、と言えるかもしれない。なによりも心動かされたのは、「お返しの新巻鮭はいつでもいいから、この活動をつづけてほしい」という<a href="http://www.otsuchi.jp/message.html" target="_blank">応援メッセージの数々</a>。銚子電鉄の「ぬれ煎餅」じゃないけれど、こういう支援のしかたって 10 数年前まで考えられなかったこと。<br /><br />2). … 政府の原発および震災対応、そして弛緩しきった国会審議のていたらくぶりを見せつけられてはいるものの、さりとて政治家だけ、縦割りお役所組織だけを批判するのは木を見て森を見ず、かもしれない。卑見では、こういう窮状に陥ったのは、ひとつには既得権益組織の力が大きすぎていたことにもあるように思う。以前から感じていたのですが、「組織票」というやつですね。農協の組織票とか、労組の組織票とか。そういう一部の人の利益を代表する候補ばかり、あるいは「後援会組織」に支えられた「世襲」議員とか、そんな代議士が多く当選することが常態化してしまったことに原因のひとつがあるように感じる。それゆえ長らくつづいた自民党政権時代のように、「擬似政権交代内閣」がえんえんと繰り返されてきたのではないかな。個人の一票などではとうてい政治の風向きなんて変えられないし、あるいはだれがなったっておんなじさ、というアンニュイな倦怠感が一般の有権者に蔓延して、あるいはただたんに投票に行くのがめんどくさくて投票率がいっこうに上向かない、この繰り返しで国民全体が一種の思考停止状態、エゴ丸出しのマイホーム主義、てんで勝手なことし放題で気がついたらとんでもないことになっていた、という気がしてしようがない。<br /><br />　将来を担う子どもたちのことを考えると、震災と大津波だけでも「もうたくさんだ」と思うし、原発事故については完全に人災でやはり申し訳ない、とは感じるけれども、かつて幸田文が『崩れ』で有珠山噴火について書いていたように、子どもたちにはこれをバネに飛翔するだけの強靭な精神力がある、と信じたい。被災した若い人たちには、「地元の役に立つ人間になりたい」とか、じつに頼もしい決意を述べられる人が多いというのもまた事実。意識の風化 … なんてとんでもない。「国難」は、まだ終わっていません。<br /><br />　また今回の震災で痛感したのは、やはり<ins>自然は予測がつかないもの</ins>、ということ。高橋ジョージさんだったか、「ヘルメットをかぶって床に就く」くらいでなきゃダメかと。そこまで徹底していなくても、つねに意識しているだけでもちがうかと思う。あんまりそんなことばかり考えていたら、神経症になってしまうが。それと以前、名優高倉健さんが「宝物」として持っていたというあの「水を運ぶ少年」の近況も<a href="http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/03/11/kiji/K20120311002800860.html" target="_blank">この記事</a>で知りました。<br /><br />　せんだって見た「こころの時代」に出ていた哲学者の梅原猛氏ではないけれど、予測のつかない自然を制御する、というのがデカルト以降の西洋流思考法、とはときおり聞く言説ではあります。で、梅原先生は向こうのエコロジストにはそういう思想ないし西洋文明を面と向かって批判する人がいない、とかそんな旨を発言されていた。でもよくよく見てみるとエコロジー派の人でそんなこと言っている人はたしかにあまりいないかもしれないが、たとえばアーミッシュのように昔の「山川草木」を愛した日本人顔負けの暮らしを実践しつづけている共同体もないわけではない、数は少ないけれど。また、昨年読んでいい意味で衝撃を受けたウェンデル・ベリーの <em>The Unsettling of America</em> という古いエッセイには、ある意味こんにちのわれわれの苦境を予言したかのようなひじょうに興味深い一章がある。<br /><br />　「エネルギーの使用について」と題されたその章では、ベリーが尊敬する英国の植物学者サー・アルバート・ハワード卿 ( 1873 - 1947 ) の言う「生命の輪」を引き合いに出して、米国で主流の大規模アグリビジネスによる農業は化石燃料を大量消費する「機械化」によって、利益と引き換えに深刻な破壊と汚染のみならず、食糧生産の根幹である「自然の循環」による微妙なバランスの破壊をも前提として成り立っている、と書いている。ここでベリーは農業で使うエネルギーを「生物的エネルギー」と「機械的エネルギー」とに分けて定義してまして、「機械的エネルギー」の「歯止めなき使用」をとくに問題視している。<br /><br />　 ―― エネルギー危機は、つまるところたったひとつの質問に要約される。技術的には可能だが、あえてそれをせずにいられるか ?　 ( p.95 ) <br /><br />ここでもまた、「足るを知る」という日本の昔ながらの知恵に行き着いている。日本人のなかにはまさに宮沢賢治のような、あるいはベリーのような「アグラリアン」的生活を実践している人もいるとは思うが、その他おおぜいの人は ―― 宗教学者の Y 先生が言うような ―― 西洋文明、もしくは西洋のものの考え方、たとえば行き過ぎた個人主義といったものにどっぷりと浸かって数十年過ごしてきたのではあるまいか。そんな生活をほとんど無批判でつづけてきたわれわれが、これだから西洋文明的思考ではダメだ、とはとても言えまい。原発はどうですか。あれはまさしく西洋文明の申し子ですよね ?　ご高説もっともながら、やはり足許から、できることから見直すことからはじめなくては、「隗よりはじめよ」でなくてはいかんと思うのです。そういえば故阿久悠さんが、「日本人は自家用車を持ちはじめてから、傲慢になった」ってなにかの本に書いているって聞きました。それは一理あるかも、と思いました。<br /><br />3). 最後にやっぱり音楽について。いまさっき E テレにて放映していた仙台フィルを取り上げた番組、そして昨晩、NHK 総合で放映していた新日本フィルハーモニーの「震災当日のマーラー 5 番」公演の番組を見ますと、やっぱり勇気づけられます。音楽の持つ力だって、りっぱなエネルギーですよ。人の精神を元気づける、というエネルギーです。ことばはアタマで理解してから呑みこむものですが、ことばを超越した言語である音楽は、直接、聴く者の心に響く。とはいえことばから得られる癒しだってすばらしいパワーがあるし、精神的なエネルギーを持っています。そのことばというのはもちろん人それぞれですが、震災以降、このベリーの本もそうでしたが、やはり比較神話学者キャンベルのことばは深く深く胸に響くものがありました … 音楽と同様、自分にとって、ある意味「生きるよすが」だったかもしれない。<br /><br />　震災と津波で亡くなられた方のご冥福をあらためてお祈りします。<br /><br />* ... 以下、地元紙読者投稿欄からの引用。<br /><br />　―― 昨今のニュースを見ながら残念に思うのは、がれき受け入れ反対の動きです。山田町は私が住む宮古市の隣町ですが、中心部のほとんどが壊滅し、やっとがれきの処理が始まったばかりです。がれき処理が進まないと、町の復旧すらできない状況です。<br />　山田町は、福島から遠く離れています。直線距離で見ると島田市と大して違いはないと思います。また、放射線量が高いわけでもありません。津波被害で発生したがれきは全て汚染されているかのような受け入れ反対運動は、被災地としてはただただ悲しくなるばかりです。―― 岩手県にお住まいの会社員の方の投稿から。<br /><br />　―― 想像以上にたくさんのがれきは復興の大きな妨げになっている。その大きな壁を誰が壊すのか ?　それは私たちだ。静岡県にとって地震というのは人ごとではないはず。… 私は暖かい静岡が大好きだ。だからこそ、どうか受け入れてほしい。日本の未来のために。被災地で寒さに震えている多くの人たちの笑顔のために。―― 静岡市清水区在住の女子高校生の投稿から。<br /><br /></span><a name="more"></a>

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<title>&lt;em&gt;Missa in Angustiis&lt;/em&gt;</title>
<description>　'Kyrie eleison!' 「主よ、憐れみたまえ ! 」。　「ミサ通常文」テキストは、このギリシャ語で開始されます ( なんでここだけギリシャ語のラテン語読みなのか、についてはよく知りませんが。原語表記では 'Κύριε ἐλέησον.' ) 。ギヨーム・ド・マショー以来、このテキストにはいろんな作曲家が曲をつけてきました … 高校国語の教科書に、精神科医だった神谷美恵子女史の「なぐさめのことば」というエッセイが載っていて、出だしがいきなりこのギリシャ語、しかもバッ..</description>
<dc:subject>音楽関連</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-03-10T23:54:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<span style="color:#320065;">　'Kyrie eleison!' 「主よ、憐れみたまえ ! 」。<br /><br />　「ミサ通常文」テキストは、このギリシャ語で開始されます ( なんでここだけギリシャ語のラテン語読みなのか、についてはよく知りませんが。原語表記では 'Κύριε ἐλέησον.' ) 。ギヨーム・ド・マショー以来、このテキストにはいろんな作曲家が曲をつけてきました … 高校国語の教科書に、精神科医だった神谷美恵子女史の「なぐさめのことば」というエッセイが載っていて、出だしがいきなりこのギリシャ語、しかもバッハの「ロ短調ミサ」の言及ではじまっていたことも思い出す。<br /><br />　先週末、<a href="http://gbc.jp/#concert" target="_blank">こちらの演奏会</a>に行ってきました。… しばらくのあいだこの手の演奏を聴きに行く機会がなかったもので、楽しみにしていました。プログラムはヨーゼフ・ハイドンの通称「ネルソン・ミサ　Hob.XXII-11 」と呼ばれる 'Missa in Angustiis' 、「不安な時代のミサ」という、なんとも意味深長なタイトルの作品と「テ・デウム」、そしてW.A.モーツァルトの器楽作品「教会ソナタ」が4 つ ( KV, 244, 67, 69, 336 ) でした。<br /><br />　鎌倉のカトリック雪ノ下教会を本拠地とするこの少年合唱団および男声合唱団については、<a href="http://curragh.sblo.jp/article/21474349.html" target="_blank">だいぶ前にも書いた</a>から繰り返しませんが、もうすぐ 5 回目の欧州演奏旅行に出発するとのことで、今回はそのプレ公演。演奏旅行先は前回とおなじくポルトガルとスペインが中心らしいですが、400 年以上も前の「天正遣欧少年使節」ゆかりの地を巡る、というのはなんとすばらしいことだろう、と思う。<br /><br />　今回のプログラムは「不安な時代のミサ」と「朝課」で歌われる「テ・デウム ( 汝、神を ) 」といったハイドンの宗教声楽作品がメイン。しかし浅学のわが身は寡聞にして前者は聴いたことなし。「名曲のたのしみ」でかかったことあったかな ?　とアタマをひねったりしつつも、いまにも泣き出しそうな、いや雪でも降りそうな寒空の下、「カトリック大船教会」とか大船小学校裏とか、前回とは反対の南側のルートを通って会場へ。「大船市場」なんてのがあるんだ、新鮮な野菜がいっぱい、人もいっぱい。<br /><br />　冒頭には近現代イタリアの作曲家ロレンツォ・ペロージという人の男声合唱のための「三声のミサ」という作品が弦楽合奏つきで演奏されました。男声合唱団のほうは OB で構成されているらしいんですが、グロリアの変声した子もちらほら混ざってました。でもその一糸乱れぬあたたかいハーモニーに、まず心動かされました。つづいてモーツァルトの4 つの教会ソナタが演奏されまして、こちらはまたもやうれしいことにチェンバーオルガンも加わってまして、とくにオルガンの速いパッセージが活躍する楽曲はすばらしかった。「テ・デウム」というのは真夜中の日課である「朝課」のおしまいに歌われる散文の賛歌で、アングリカンではおもに午前の祈り ( Mattins ) において「詩編 100 番 ( 'Jubilate' ) 」とともに歌われることが多い。プログラムを見てはじめて知ったけれども、作詞者はあのミラノ司教聖アンブロジウスで、「愛弟子の一人に洗礼を授けるために即興で」作ったんだとか。One is never too old to learn!  <br /><br />　この「テ・デウム」と「ネルソン・ミサ」、率直に申しあげて名演!　でした。プログラム冒頭の 三声のミサといい、なんというか、たいへんな集中力を感じました … とりわけ出だしのフーガ風につづく「キリエ・エレイソン ! 」には。大人の独唱者やコーラスを支える室内オケ ( とオルガン ) の演奏もそうなんですが、年少さんから年長の団員、そして男声合唱にいたるまで、まったく破綻のない、ハイドンの音楽と渾然一体となったかのような、演奏という介在をいっさい感じさせない演奏でした。少年合唱も文句なしです。ひさしぶりにこの手の生演奏を聴いたせいか、ちょっと鳥肌ものでした。「ネルソン・ミサ」後半の、たぶん「ベネディクトゥス」あたりだったと思うが、たたみかけるようなフーガ風合唱など、じつに感動的でした。<br /><br />　ここですこし脱線だが … 演奏中、ハイドン作品に聴き入っているとき、ふと聖アウグスティヌスや聖ヨハネス・クリュソストモスの語ったとされることばを思い出していた。『告白録』だったか、アウグスティヌスは「歌詞そのものより、その歌の旋律に心動かされるとき、わたしは重大な罪を犯したと告白する」と言い、クリュソストモスのほうは「かくして悪魔はこっそりと町に入り火をつける、ありとあらゆる悪意に満ちた歌でいっぱいの、堕落した音楽によって ! 」と、もっと過激なことを言っている。これらの発言を見ますと、キリスト教と音楽って切っても切れない間柄、と思ったら初期教会時代はそうでもなくて、むしろ敵視されていたような空気さえあったらしい。でもそれが中世に入ると、単調な単旋聖歌ばかりだった教会音楽に、阿部謹也氏ふうに言えば「俗謡の侵入」によって、ノートルダム楽派をはじめとする初期多声音楽の華が開き … というふうに展開し、オルガンや金管楽器が加わり … フランドル楽派やヴェネツィア楽派が花開き、北と南の流派がまるで川が海に流れこむかのごとくバッハへと流れこむ、ととりとめなく思っていた。音楽を敵視した教父たちの気持ちはわからないでもない。音楽にはたしかに気分を高揚させるという点で、ちょっと危なっかしい魔力がある ( 中世の遍歴楽師は「悪魔の使い」扱いだった ) 。マンロウとかのゴシック期の音楽、とくに「俗謡」のたぐいの音源を聴いてみればびっくりするくらいアップテンポな、これほんとに中世西ヨーロッパの音楽なの ?　と疑いたくなるくらいモダンな音楽だったりする。でも教会側はけっきょく、「愚者の祭り」同様、こうした世俗の音楽の力には抗いきれず、うまく懐柔して日々の典礼に取りこんでしまう道を選ぶ。かくしてわれわれはいま、こうしてすばらしい音楽遺産の数々を、「生きた」演奏として享受することができる。やっぱり音楽ってすばらしい。人の歌声ってすばらしい。「人はパンのみに生きるにあらず」、その「精神の糧」がなんであれ、人はやはりこういうものがないと前には進めないものだ、という思いをあらためて強くしたしだい。歌詞の意味は、もちろん知っているほうがいいとは思うが、そんなにこだわらなくてもいいと思う。奏でられる音楽というのは、ことばの境界線をあっさり越えて、聴く者の心に「じかに」響くものなのだから。そこが音楽の力のすばらしいところ。<br /><br />　… 最後になりましたが、演奏旅行のご成功を祈願して。<br /><br /></span><a name="more"></a>

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<title>『時を超える神話』&amp;『生きるよすがとしての神話』</title>
<description>　読みかけの本があるにもかかわらず、ついキャンベル本を読みたくなってしまった今日このごろ ( 笑 ) 。でも先日、マッキベンの本( Eaarth ) はめでたく読了したので、そちらはいずれまたのちほどということで ( いつになるかは未定 ) 。　ジョーゼフ・キャンベル … については、この拙ブログ上でもそれこそ何度も取り上げてきた名前だから、あらためてどうこう言うつもりもないですが、昨年読んだ Myths to live by とあわせてすでに飛田茂雄先生の名訳による邦訳が出..</description>
<dc:subject>最近読んだ本</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-02-26T19:04:31+09:00</dc:date>
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<span style="color:#320065;">　読みかけの本があるにもかかわらず、ついキャンベル本を読みたくなってしまった今日このごろ ( 笑 ) 。でも先日、マッキベンの本( <em>Eaarth</em> ) はめでたく読了したので、そちらはいずれまたのちほどということで ( いつになるかは未定 ) 。<br /><br />　ジョーゼフ・キャンベル … については、この拙ブログ上でもそれこそ何度も取り上げてきた名前だから、あらためてどうこう言うつもりもないですが、昨年読んだ <em>Myths to live by</em> とあわせてすでに飛田茂雄先生の名訳による邦訳が出ているし、未読の『時を超える神話』とともに図書館から借りて読んでました。読んでいるうちに、以前原本を持っている人からコピーして放置状態だった <em>The Masks of God</em> の第三巻 'Occidental Mythology' のアイルランド関連のことが書かれたページとかも読みたくなり、今後も折をみて読み進めていこうかなと考えてます。<br /><br />　『時を超える神話』は、死後公刊されたビル・モイヤーズとの対談『神話の力』と同様、キャンベル最晩年の講演から収録したもので、訳者の飛田先生によると、同名のビデオシリーズ ( シカゴにある Joseph Campbell Foundation から出ているらしい ) を見ながら翻訳を進めたようです。キャンベルという人は、いわゆる学究肌の学者然とした学者ではぜんぜんなくて、当代髄一のストーリーテラーといったほうがいい。NHK で放映されたモイヤーズとの対談でその飾らない、でもひじょうに説得力ある語り口にすっかり打ちのめされた二十代のころを思い出す。この本も『神話の力』とおなじく、冒頭からキャンベルの飾らないストーリーテリングにすっかり引きこまれてしまった。<br /><br />　キャンベルの講演では、たとえば昨年読んだ『生きるよすがとしての神話 ( 原本 <em>Myths to live by</em> )』とカブる話、『パルツィヴァル』、「ニュージャージー行きの小舟のたとえ話 ( 大乗仏教と小乗仏教のちがい ) 」、「ゾウに道を譲らなかったインドの若い修行者の話 ( ラーマクリシュナお気に入りの寓話だったらしい ) 」、「クンダリーニ・ヨーガと経絡図 ( チャクラ3 とか 4 とか ) 」やチベット密教のオーム( 日本風に言えば「阿吽」 )の話、またはお気に入り ( ? ) らしい10 世紀のスーフィーの殉教者マンスル・アル-ハッラージュの「炎に飛びこむ蛾」の話や「トマスによる福音書」の引用などがけっこう出てくるけれども、聞き手を、というかここでは読者だけど、いっこうに飽きさせないのはさすがというべきか。いわばバッハの多用した、パロディの手法比較神話学版とでも言おうか。<br /><br />　日本人のくせして仏教についてはとんと門外漢のワタシみたいな読者は、「ニュージャージー行きの小舟の話」なんか、ひじょうにわかりやすくておもしろいし、『生きるよすがとしての神話』に出てくる、奈良の大仏の右手が「汝恐れるなかれ」という印であること ( 「施無畏印」というらしい ) とかをキャンベルの講義から知るのはなんともありがたいことではある。もっともキャンベル先生も人の子、ときおり数字がちがったりするし、古代エジプトの話 ( 4章 ) の話では当時の知見でものを言っているので、これは致し方なし。もっともそれは枝葉末節のたぐいなので、物事の本質を突いた言い方はさすがとしか言いようがない。<br /><br />　以下、この講演集を読んで印象に残ったキャンベルのことばをいくつか。<br /><br />　―― 私たちが持っている聖典は、私たちの生活経験を知らない別の民族が別のところで編纂したもの … そこには根本的な隔絶があります。… 自然に対する人間の支配を、人間に与えられた本性と見ている。それをシアトル酋長やブラック・エルクの言葉と比べてみてください。これこそ、すでにひからびて死に、本来の働きを失った神話と、いま機能している神話との相違です。神話が生きているとき、私たちはだれに対してもそれがなにを意味しているかを語る必要はありません。それは、ほんとうにあなたに語りかけてくる絵を見るようなものです。( p.56 )<br /><br />　―― 農業の確立と動物の飼育とに続く地域社会の拡大と共に、職業の差別が生まれました。ジェネラリストやアマチュアの文化とでも言えるようなものの代わりに、職業が生まれ、ある特定の人々とその一族が何代も続いて、官吏、祭司、交易、農業といった職に生涯を捧げることになりました。人々のあいだに差別が生じると、新しい問題も出てくる。つまり、生活様式の違う人々に単一組織のメンバーであるという自覚を持たせるにはどうしたらいいか、という問題です。われわれの世界がまとまりを欠いているのも、そこらに原因があるようです。労働者が経営者と対立する、あちらとこちらが敵対するという具合に、文化組織がボロボロと崩壊しますね。( pp.65-6 ) <br /><br />　―― しかし、インド人は捕囚の状態にあったのではない。つまり、異郷で流刑になっていたわけではありません。神は彼らのまっただなかにいるのです。私たちが異民族文化の交流について語るとき、比較宗教学の立場から宗教について語るとき、そういう相違を認識しておく必要があります。比較 ?　そうです、私は比較をします。それが私の商売ですからね。理念の相違が存在しているとの前提に立って、比較をするのです。 ( p.80, こちこちのユダヤ教徒だったマーティン・ブーバー博士の「私たちはみな捕囚の状態からそれぞれ独自の方法で脱け出さなければならない」との発言を受けて ) <br /><br />　―― 大乗仏教はインドの北西部で発達しましたが、面白いことに、その時期は主としてキリスト紀元の最初の二世紀のあいだで、キリスト教が発達した時期と重なっています。ボーディサトヴァ ( 菩薩 ) というのは、超越性を自覚した人が現実世界に参入するという思想です。… キリストの呼びかけはなんでしょう。キリストは人々に、もし世界に悲苦が満ちていると思うならば、その世界に参入せよと呼びかけています。もしあなたがキリストをブッダと同じような存在だと考えるならば、キリスト教と仏教とのあいだにはすばらしい対話が生まれます。その両者は、同じひとつの基本的な理念の二つの民俗的な表れです。( p.127 ) <br /><br />　―― あなたとあなたの神とは、あなたとあなたの夢がひとつであるのと全く同じく、ひとつです。とはいえ、あなたの神は私の神ではありません。だから私にそれを押しつけないでください。各人がそれぞれ独自の存在と意識とを持っているのですから。( p.169.　これ、どっかの聖書の押し売り団体に聞かせてやりたい名言ですな ) <br /><br />　―― … 興味深いことが起こります。近代語の進化です。ラテン語からフランス語が、古ドイツ語からドイツ語が生まれました。ラテン語では ―― <em>amo</em> は「私は愛する」、<em>amas</em> は「汝は愛する」などのように ―― 主語と動詞が一体ですが、いまや主語は動詞から離れる傾向が始まりました。ここでもまた個の強調が見られます。「私は愛する」は <em>ich liebe</em> です。( p.236, これはドイツ語ですね。ようするに西欧圏で顕著となる「個人」という意識の誕生と発達が、言語面でもはっきり現れていると述べている ) <br /><br />　ひとつ思ったんですが、グノーシス主義に近い文書とされる『ヘルメス文書』って、コジモ・ディ・メディチ支配下のフィレンツェにてラテン語に翻訳され、それがたいへんに受けたらしい。「ボッティチェリの作品はこの思想で満たされていますし、ルネッサンス芸術のすばらしい花盛りも、そこに盛られた思想を雄弁に語っています ( p.136 ) 」とあり、有名なドミニコ会士ジョルダーノ・ブルーノもこの翻訳に触発されて独自の神秘思想へと走り、「地動説」支持を撤回しなかったために火あぶりにされた … らしい。とにかく当時、この『ヘルメス文書』翻訳のあたえた影響というのはすごかったみたいです。<br /><br />　翻訳 … ときて思い出したのが、その前に読んだ<a href="http://www.amazon.co.jp/%E7%9F%A5%E8%AD%98%E3%81%AE%E7%81%AF%E5%8F%B0%E2%80%95%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%E3%81%AE%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E3%83%87%E3%83%AC%E3%82%AF-%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%AF%E3%83%BC/dp/4760123431" target="_blank">こちらの本</a>。現在の西洋文明を考えるとき、古代のアレクサンドリア大図書館およびアレクサンドリアという古代都市の果たした役割は測り知れないように思う ( たとえばクレメンスやオリゲネス、アタナシオスといった教父たち、グノーシス派のヴァレンティノスや水オルガン ( ヒュドラウリス ) の発明者<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%B7%E3%83%93%E3%82%AA%E3%82%B9" target="_blank">クテシビオス</a>やエウクレイデスなどなど …  ) 。ネット全盛時代とはいえ、われわれはいまだにその影響を受けつづけているようにも思うのでした。<br /><br />　キャンベルにもどって … 個人的には『生きるよすがとしての … 』よりは、最晩年の講演録であるこちらの本がいいような気がする。前者もすばらしい講演集ですが、いかんせん時代が古くて、アポロ計画たけなわのころの講演など、時代を考えてもちょっとハイなんじゃないかって気がしたものですが … でも冒頭の「科学は神話にどんな影響を及ぼしたか」は、合理主義者としてのキャンベル節全開、といった感じでけっして押しつけがましくはないものの、たいへん説得力に富んでいる。<br /><br />　『時を超える … 』の 213 ページにガッフーリオなる人の著した『音楽実践法 ( <em>Practica musice</em>, 1493 ) 』に掲載されているという木版画にも、おおいに興味をおぼえた。キングギドラみたいな三つの頭を持つ<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AD%E3%82%B9" target="_blank">ケルベロス</a>の長ーい尻尾が天上におわすアポロン神まで、テトラコードのギリシャ音階とともに昇っているという図は、はじめて見た。各音階にはそれぞれ 9 人のムーサつまりミューズとプトレマイオスの惑星と太陽があてがわれているんですが、よくよく見るとドリアが「太陽」になっていて、最下段のヒポドリアが「月」というこの関係は … よくわからない。でもこれって、ケプラーが『宇宙の調和 ( 1619 ) 』で太陽系の各惑星に音階を当てはめたのとまったくおんなじ発想なのかもしれない ( 「天球の音楽」という思想は、古くプラトンにまでさかのぼる ) 。それと、p.64 の、クノッソスの有名な迷宮に描かれている二頭のグリフィンの壁画について。「ダンスの絵のなかで女性たちはグリフィンの頭を持っています。… なぜかグリフィンは女神信仰の儀式とかかわりを持っているのです」とあるのは、まったくの初耳でした。<br /><br />　でもやはりなんといっても感動的なのは、 1855 年ごろに白人入植者にたいしておこなったとされる、シアトル酋長のスピーチのくだりです( pp.35 - 7 ) 。<br /><br />　―― ワシントンの大統領は「おまえたちの土地を買いたい」と言ってきた。しかし、空や土地をどうして売ったり買ったりできるのだろう。その考えはわれわれにとって奇妙なものだ。… もしわれわれが土地を売るとしても、空気はわれわれにとって貴重なものであることを忘れないでほしい。空気は、それが支えるあらゆる生命とその霊を共有していることも覚えていてほしい。… われわれはこの大地を愛する。生まれたばかりの赤ん坊が母親の胸の鼓動を愛するように。だから、われわれが土地を売ったなら、われわれがそれを愛してきたのと同じようにその土地を愛してほしい。われわれがそうしてきたのと同じように土地の面倒を見てほしい。心のなかに受け取った土地の思い出をそのまま保ってほしい。あらゆる子供たちのために、その土地を保護し、愛してほしい。神がわれわれみんなを愛するように。… われわれが土地の一部であるように、あなた方も土地の一部なのだ。大地はわれわれにとって貴重なものだ。それはあなた方にとっても貴重なものだ。われわれはひとつのことを知っている。神はひとりしかいない。どんな人間も、レッドマンであろうとホワイトマンであろうと、区別することはできない。なんと言っても、われわれはみな兄弟なのだ。<br /><br />　『生きるよすがとしての … 』では飛田先生はじめ、三名の共訳というかたちをとっている。「訳者あとがき」もそれぞれが書かれてますが、とくに目を引いたのが、こちら。↓ <br /><br />　―― … 原書を受け取り、数ページ読んでみると、これはたいへんな仕事だ、はたして私の手に負えるのだろうか、と不安になってきた。なにしろ、キャンベルの扱うトピックは、ギリシア神話という狭い範囲のものではない。神話・哲学・宗教のみならず、芸術、科学など広い分野の知識が網羅されている。… しかも、エッセーとはいえ文章はかなり難解で、調べものと翻訳作業とに四苦八苦するありさま。… 私の担当部分は原文の半分くらいでしかなかったにもかかわらず、半年以上ものあいだ、常に机の上に原書が広げられていた。ずいぶん長くかかってしまったものだが、このすばらしい本を訳すことのできた喜びは苦労よりも何倍も大きかった。… 章を追うごとに「知覚の扉が浄化され」、世界をこれまでより新鮮に見たり、感じたりできるようになっていく気がした。… 仕事を口実に手抜きばかりしているダメママに無邪気に甘えてくる二人の幼い娘たちの笑顔にささえられて、亀のようなペースではあったが、翻訳を続けることができた … 。<br /><br />もしキャンベルがこの「あとがき」を読んだら指をパチンと鳴らして、満面の笑みを浮かべてこう言ったかもしれない。「彼女もまた、ささやかなヒロインです ! 」。<br /><br />評価：『時を超える神話』〓〓〓〓〓<br /><br />『生きるよすがとしての神話』〓〓〓〓<br /><br /></span><a name="more"></a>

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<title>プラドの「モナ・リザ」を描いたのは ??　</title>
<description>1). だいぶあいだがあいてしまいましたが、オルガン好きとしては書かないわけにはいかない ( 笑 ) 。10 日の金曜夜の「ベスト・オヴ・クラシック」。「プラハの春音楽祭　2011」から、なんとオルガン四手コンサート !　こういうのがオンエアされるとは、ほんとうれしいのひとこと ( だが、長年つづいてきた良質な音楽番組、たとえば「N響アワー」を終了させるというのは、いったいどういうこと?　と思う。後継番組は、この前ちょこっとだけ放映された「ららら♪ クラシック」とかいう番組ら..</description>
<dc:subject>NHK-FM</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-02-25T23:53:00+09:00</dc:date>
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<span style="color:#003232;">1). だいぶあいだがあいてしまいましたが、オルガン好きとしては書かないわけにはいかない ( 笑 ) 。10 日の金曜夜の「ベスト・オヴ・クラシック」。「プラハの春音楽祭　2011」から、なんとオルガン四手コンサート !　こういうのがオンエアされるとは、ほんとうれしいのひとこと ( だが、長年つづいてきた良質な音楽番組、たとえば「N響アワー」を終了させるというのは、いったいどういうこと?　と思う。後継番組は、この前ちょこっとだけ放映された「ららら♪ クラシック」とかいう番組らしいが、「芸術劇場」といい見応えのある音楽番組はまたぞろ地上波から消滅していく感じ orz ) 。<br /><br />　「プラハの春音楽祭」にもどって … 演奏者の<a href="http://www.bach-cantatas.com/Bio/Rost-Martin.htm" target="_blank">マルティン・ロスト</a>という奏者は、旧東独ハレの生まれで、音大学生時代から早くもライプツィッヒ・ゲヴァントハウスの第二オルガニストを務めた人。歴史的楽器の修復にも携わっているらしい。もうひとりの<a href="http://www.varhany.slansko.cz/interpreti/pavel-cerny-varhany" target="_blank">パヴェル・チェルニー</a>という奏者はパヴェルという名前を見ればわかるように地元プラハの人で、1994 年の「プラハの春 国際音楽コンクール」で優勝後、本格的に演奏活動に入り、来日公演もしたことがあるらしい。プログラム前半は、モーツァルトの残した断片から、彼の死後にマクシミリアン・シュタードナーという作曲家が仕上げたという「フーガ　ト短調　K.401」とか、シューベルトがウィーン郊外の村でオルガンを弾くよう頼まれて、たった一晩で書きあげた ( !! ) という「フーガ　ホ短調」、1809 年ポーランドに生まれ、生まれ故郷のオルガニストとして生涯を送ったヘッセという人の「幻想曲　ニ短調」、ドレスデンの聖十字架教会オルガニストだったホフナーの「コラール『今やすべての森は憩い』による変奏曲 ( 同名コラールは、「偽作」扱いだがBWV 番号にも入っている ( [ BWV.756 ] ) 、そしてドイツのちいさな田舎町の音楽家だったというレフラーの「祈り」などなど、聴いたことのない美しい作品ぞろい。プラハのキリスト福音教会にあるオルガンは、現代の楽器なのかどうかわからないけれども、とても暖かい響きをもつ楽器だと思った。そしてメルケルというドイツ人作曲家の作品「ソナタ　ニ短調　作品 30」というのは、なんでも四手用としては演奏するのがもっともむつかしい作品なんだそうな。アンコールで演奏された小品では、グロッケンのストップも加わって、なんだか「手回しオルガン」みたいでユーモラスな曲で、クリスマスあたりに演奏するとぴったりだったかも。<br /><br />　この日はもうひとつ同音楽祭からオルガンのプログラムがかかりまして、こちらはエポック室内管弦楽団、アレシュ・バールタ ( 1960年生まれ ) のオルガンによる、齢 90 を超えてなお現役のチェコの作曲家、カレル・フサ ( 1921年生まれ ) の「オルガン協奏曲」でした。はじめて聴く作品ですが、印象としては冒頭のクラスタっぽいあたりなんか、どことなくトゥルヌミールとかメシアン、ガストン・リテーズみたいな感じ。使用楽器はルドルフィヌム内ドボルジャーク・ホールのオルガン。<br /><br />　そういえばこの前聴いた「ビバ !　合唱」では、フォーレの特集を組んでいて、「タントゥム・エルゴ作品 65 の 2 」がかかってました。これをとても澄んだ声で歌っていたのはパリ郊外のヌイイ聖十字架教会聖歌隊のソリストで、ボーイソプラノとボーイアルトのデュエットという珍しい録音。前にも書いたことの繰り返しですが、ここの聖歌隊のアルバムではペルゴレージの「スターバト・マーテル」を持っているけれども、こちらもいいね !　<br /><br />2). それはそうと、↓ の報道にはびっくりした。ええ ?!　と思って、この前行った「レオナルド・ダ・ヴィンチ　美の理想展」の図録を引っ張り出して確認。p.104 に掲載されている、「美しきモナ・リザ」というのが、問題の「模写」作品らしい。背景は真っ黒 … そして袖の襞々は、色鮮やかな緋色。ところが今回、修復したら、なんと真っ黒だったはずの背景は後年の加筆で、取り除いたらルーヴルの真筆「モナ・リザ」とまったくおなじ荒々しい岩山と渓流が出てきたんですと !!!　ちなみに同ページのレオナルド研究の権威で静岡展の監修にも当たったアレッサンドロ・ヴェッツォージ先生による解説では、<br /><br />　―― 原画は、背景の風景がなく、赤と緑の色使いと薄い上塗りという創意工夫をもって描かれたもので、以前はレオナルド作と考えられていたが、近年ではフェルディナンド・ヤニュス・デ・ラ・アルメディーナ作との説が有力である。彼はスペイン人のレオナルド派画家で、1500 年代初期にイタリア・トスカーナ地方で過ごし、レオナルドが「アンギアーリの戦い」を制作していた頃にはおそらく一緒に働いていたと考えられている。<br /><br />だそうな。でも AFPBB 記事では、なんでもサライだの、メルツィだの、直系の弟子が描いたのではないか、とするプラド美術館のルネサンス絵画主任キュレーターの見解が載ってますけど … 「アイルワースのモナ・リザ」といい、こっちも今後の展開が楽しみではある。というか、「モナ・リザ」直系の模写って、ずいぶんあるもんなんですねぇ。<br /><br />　… 神話学者キャンベルは、「神話は絵画的な言語」だと言い、レオナルドは、「絵画はもの言わぬ詩であり、詩は盲目の絵画である」と書き残している。なんだか相通ずるものを感じますね。<br /><br /><blockquote><script type="text/javascript" src="http://jss.afpbb.com/sdata/newsdelivery/sblo/js/sjis/8516000/055e12fe69b8421ef86919839a0177a5.js" charset="Shift_JIS"></script></blockquote></span><a name="more"></a>

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<title>木村伊兵衛とアッジェのパリ</title>
<description>　せんだって見た「日曜美術館」。木村伊兵衛氏、とくるとてっきり下町風景とかをモノクロで切り取った作品なんか思い浮かべるけれども、その木村氏が当時開発されたばかりの国産カラーフィルム ( ! ) でなんと花の都パリを撮影していたという!　1954 年というから、半世紀以上も昔のことです。でもその絶妙なスナップショットの数々を見て、さらにびっくり。なんて鮮やかなんだろう、と。50 年以上も前の写真だなんて、ちょっと信じらないくらいの鮮明さ。またおんなじことの蒸し返しですが、ほんと..</description>
<dc:subject>美術・写真関連</dc:subject>
<dc:creator>Curragh</dc:creator>
<dc:date>2012-02-12T23:58:00+09:00</dc:date>
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<span style="color:#320032;">　せんだって見た「<a href="http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2012/0122/index.html" target="_blank">日曜美術館</a>」。木村伊兵衛氏、とくるとてっきり下町風景とかをモノクロで切り取った作品なんか思い浮かべるけれども、その木村氏が当時開発されたばかりの国産カラーフィルム ( ! ) でなんと花の都パリを撮影していたという!　1954 年というから、半世紀以上も昔のことです。でもその絶妙なスナップショットの数々を見て、さらにびっくり。なんて鮮やかなんだろう、と。50 年以上も前の写真だなんて、ちょっと信じらないくらいの鮮明さ。またおんなじことの蒸し返しですが、ほんとこういうカラー作品を見せられると、ロラン・バルトの言っていたことは正しかったんだなとあらためて感じる ―― バカンスで閑散としたバールでなにやらしゃべっている客の親父さんとかの写真を見ますと、この人たちはたしかにパリに存在していたのだ、という事実がついきのうのことのように迫ってきます。こういう臨場感というのは、モノクロではけっして表現できないカラー写真最大の特徴でしょうね。逆にモノクロ写真は臨場感ならぬ距離感、ないしは時代性をつよく感じさせるメディアだと思う。たとえばもし、あの龍馬の肖像写真が色鮮やかなカラーだったら … 受ける印象はそうとう変わるはずです。<br /><br />　ところで「テスト目的」で木村氏が使ったという国産初の 35mm カラーフィルムって、どこのメーカーの製品なんだろ … 老舗小西六の「サクラカラーリバーサル」あたりなのかな … そのへんはよくわからないけれども、ASA ( 現在で言うところの ISO 規格感度 ) 10 というのは、これもまた信じられないくらいの超低感度フィルム。自分のこれまで使った最低感度はこの前破産してしまった、あの Kodak の Kodachrome 25 で、ISO 感度 25 というもの。これだってピーカンで絞りこむととたんに 1/16 秒という低速シャッターに落ちこみ、「玉の暗い」レンズだと手持ちで撮るのもむつかしい。夕暮れ時なんかとくに … それを木村氏は、たとえばコンコルド広場越しに望むエッフェル塔なんかを手持ちのスナップでバシっと撮っている。使用していたライカの標準レンズが開放F値 1.5 くらいの「ひじょうに明るい」玉だったから、こういう離れ技ができたんでしょうなあと、へたの横好きな写真撮りは思うわけ。それにしても「サクラカラー」って懐しいな。幼かったころ、フジカラーの緑の紙箱よりサクラカラーの紙箱のほうが印象に残ってるし。<br /><br />　生々しいと言っていいほどパリに暮らす市井の人々の生き様を、国産初のカラーフィルムでみごとにスナップした木村氏の作品は、当然のことながらいまとなっては当時のパリを知る貴重な記録です。で、見ているうちにふと思い出したのが、今日が誕生日の<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%8C%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A7" target="_blank">ジャン - ウジェーヌ・アッジェ</a>という写真家。アッジェは 18 x 24 cm の単純なヴューカメラ、つまり大型の蛇腹カメラで撮影したと言われています。当時はまだシートフィルムもなかったので、重くて割れやすいガラス乾板でした。感光剤の感度も低いし、レンズ性能もあまりよくなかったため、太陽の光がいちばん強い午前のうちにパリの街角を撮影していたらしい。とにかく生活のために、依頼された写真を計画的に撮影していったアッジェ。パリの近代化とともに見捨てられていく風物や庶民の姿を透徹したカメラアイで記録しつづけた人でしたが、晩年はパンとミルクと砂糖しか口にしなかったらしい。貧困のうちに 70 歳で亡くなるまで、なんと 8千点もの作品を残しています。簡素なカメラと「あおり」技法 ( 建物の歪みを取る「フロントライズ」 ) だけ、露出計もなしというまさしく必要最低限の機材しかない不便極まりない撮影だったにもかかわらず、アッジェの名は第三共和政時代のパリを克明に記録したこれらガラスネガとともにこれからも語り継がれるのではないかと思う ( → <a href="http://www.photo-seminars.com/Fame/eugene.htm" target="_blank">関連記事</a> ) 。<br /><br />　写真といえば、たいぶ前に地元紙に連載された「イメージの奥へ / 写真の自由な読み方」という記事も印象に残ってます。とくに土田祐介という 1981 年生まれの若い写真家の方の「<a href="http://tsuchiday.exblog.jp/9114224/" target="_blank">display</a>」という作品シリーズの一枚なんかは。おなじ空間を共有していながら PC のディスプレイ画面の向こう側にしか関心がないかのような 21 世紀に生きる現代人の生態を切り取ったもので、評者の大竹昭子さん曰く「まるでそれぞれが見えない壁に囲まれた個室に入っているような同一感がある」。いまじゃもっとすごいことになっていて、「歩きスマホ」は評者の言い方を借りれば「体は歩いているのに、頭と心はそこにあらず」という一種の精神分裂状態、ってことになりますな。この作品、フィルム撮影なのかデジタルなのかは知りませんが、作者は「煌々と光るディスプレイの向こう側への没入」を強調するため、画面を白くトバすという「加工」を施しているという。昔ながらのアオリ技法もいまではミニチュア効果としてだれでもかんたんに「加工」できてしまうし、アタマの古い自分なんか、デジタル時代の写真はどこまでポストエディット、ないしは「撮影後加工」が許されるんだろうかという気もしてくる。かんたんにいじれるようになった反面、それらがほんとうに現実を切り取った写真作品と言えるのかどうか。いままで以上に問われる問題かもしれない。<br /><br />　そういう色眼鏡で見てしまうためなのか、半世紀以上も前に感度 10 で試行錯誤の繰り返しで撮影されたカラー作品の迫真性、臨場感をどうしてもつよく感じるのでした。… ってそういう自分もコンパクトデジカメでお茶を濁すようになってしまったが。でもたとえばカラーリヴァーサルの「微妙な色再現性の差」というアナログな特徴を売りにしたような高級コンパクトタイプもフジフイルムから出ていたり、またべつの意味でおどろきの「ブローニー判デジカメ一眼」というのもげんに発売されていて、個人的にはデジカメの「正しい」進化だと思いました ( 笑 ) 。<br /><br /></span><a name="more"></a>

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